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Dec 31, 2016
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作品制作で忙しいので、大晦日恒例のホームパーティーを中止した。それでも御節料理だけは作らなければなるまいと、20時から23時さきほどまで、とりあえず3品作った。仏父母に供えなければならないので、まず父母の好物だった品を先にこしらえたのである。 下拵えから後片付けまで、何もかにも私がやってしまう性分。しかし、3時間、立ちっぱなしで切ったり刻んだり、揚げたり煮たり洗ったりしていると、さすがに年だ、腰が少々痛くなってきた。それで今日のところはおしまい。 病気知らずの私である。が、じつは中学生のときに運動会の練習で腰を強打し、独り暮しだったので病院にもいかずに何とかやりすごしたのだが、大学時代にフェンシング(サーベル)で踏込んだ途端に古傷がぶりかえした。札幌の両親のもとに帰ったときに、手かざし療法士の伯父に一週間ばかり泊まりがけで来てもらい治療してもらったこともあった。それ以来、40歳くらいまで、作品制作で無理をして背筋が固くなると古傷が痛んでいたのだった。 もう25,6年、痛むことはまったくなかったが、注意するに越したことはなかろう。それで今日のところは調理を終了したというわけ。明日はまた朝からとりかかろう。
Dec 30, 2016
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ふと思い出した。ヘミングウェイの死後に刊行された小説に『エデンの園』がある。20万語におよぶ未整理の原稿として遺されていたのを、出版社の意向で、或る編集者が7万語に構成して刊行された。ヘミングウェイとしては非常にめずらしいエロティックな作品である。 作家である夫とその妻、そして若い女との異性愛・同性愛の三角関係の深まりと並行して、ヘミングウェイ自身をモデルにしているような父子の愛憎に関わる小説執筆が本作品のなかで進行し、二つの流れが綯い交ぜになって本作品『エデンの園』のカタルシスに向かって行く。数ページ毎に登場するしつこいほどの種々の酒と食い物が物語の場面を彩る。これは彼の最初の短編『フランシス・マコーマーの短い幸福な生涯』が、いきなりライム・ジュースやレモン・スカッシュ、そしてギムレットの登場から始まるのを思い出させる。 ところで、私がふと思い出したというのは、『エデンの園』のなかに、おそらくヘミングウェイ自身の作家としての信条と思われることが主人公の作家の内心の言葉として書かれていて、私は心に留めていたのだった。おおよそ次のようなことだ。 〈今悲しみを抱えているなら、その悲しみを使って昔の悲しみを理解するがいい。かつて信じたことは忘れずに記憶するのだ。そうすれば、書いているもののなかに必ず出て来る。-------書いた物が理解されない、評価されないといって、嘆いたり傷ついたりするな。面と向かわなければならないことには面と向かうべきなのだ。〉 このような信条を書きながら、----そして私はこれを芸術創造の極意と思うのだが----しかしヘミングウェイは猟銃自殺をしてしまった。父親と同じに。
Dec 29, 2016
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きょうも終日、年賀状を準備して、夜の10時過ぎに投函。明日は朝から夕方まで予定が入っていて多忙なためである。忙しさは大晦日までつづく。弟夫婦に電話で大晦日恒例のパーティーを取り止めにする旨を伝えた。我家の歴史で初めての中止だ。
Dec 26, 2016
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きょうはほぼ一日、年賀状の準備。
Dec 25, 2016
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家人に「年賀状はどうなっている」と訊かれ、おっとっと、となった。 来年、私は年男である。すなわち72歳。だからと言って、別段どうという感慨もないのだが、次の12年間の作品プランについては思い巡らさないでもない。とりあえず来年のスケジュールはおおよそ決まってきている。その後の11年間だ。まあ、たちまち到達してしまうだろうが、これまで描いてきた2,3のテーマをひとつに合せる方法はないものか。それで向後11年間をやり、次の12年間、すなわち96歳まではまったく新しいテーマで制作し、はいサヨウナラ------と、なればめでたしなのだが。 「年賀状はどうなっている」と問われて、12年間の計は年末にあり、と思った次第である。
Dec 25, 2016
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休日ということもあり、終日、のんびり作品プランを考えていた。また、書いておきたい美術思想史のテーマが2,3あり、その一つの語り口を思いついたのでメモし、ついでに書棚から参考資料となりそうな英語の原書を探して2,3ページ目を通した。15,6ページほど翻訳したほうが便利かなと思うが、しかし目下は展覧会用の作品プランに集中しなければ----と、ふらふらと蹌踉の我が悪癖を戒める。
Dec 23, 2016
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今夜は民生委員合唱団「かしの木」の練習。私は前回休んだので、2ヶ月ぶりである。私は月に一度の練習以外に歌をうたわないので、声が出るかどうかも心配だが、これで上達するのかと自分自身に不審感を抱く。3月のステージは、会場の都合で取り止めとなったと、今日知らされた。次のステージは6月11日(日)。まだ半年先だが、じつは練習は5回きりである。エライこっちゃ。6月初めまでに私は本業のアメリカでの7月の展覧会のための新作を完成しなければならいし-----。エライこっちゃ。 まあしかし、いつも書いているけれど、練習は楽しんでいる。
Dec 22, 2016
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過日、11月28日、私は合唱団「樹の会」主催の「合唱音楽の夕べ 新実徳英の合唱世界~愛と祈りのかたち~」を聴きに行った。 合唱団「樹の会」は指揮者・藤井宏樹氏を音楽監督とする現在11合唱団の総員185名で構成する集合体である。11の合唱団は、普段はそれぞれ個々の団体として活動している。その個々の枠を超えた集まりとして合唱団「樹の会」の活動があり、その音楽的成果は好評を博している。 今回のコンサートは、作曲家・新実徳英氏の作品のみを演奏するというので、長年、新実氏の音楽に親しんできた私は楽しみにでかけたのだった。 プログラムは2部に分かれていて、第1部は、新実氏自身が「若書き」と言っているが、もとより世評高い「やさしい魚」と、還暦になられたときの作品「三つの愛の歌」。 「やさしい魚」は川崎洋氏の詩による5曲の混声合唱曲集。「感傷的な唄」「ジョギングの唄」「天使」「鳥が」「やさしい魚」を含む。全曲初演は、1982年である。 「三つの愛の歌」は同じく混声合唱曲集で、柿本人麻呂の歌による「寄り寝し妹を」と、旧約聖書の「雅歌」をテキストとした「Thy mouth like the best」、およびジョン・キーツの英詩の新実氏自身によるラテン語訳をテキストとした「Suavies cantus」から成る。初演は2007年。 そして第2部。混声合唱とピアノのための「黙礼スル」第1番、第2番。東日本大震災の犠牲者に捧げた和合亮一氏の「詩/黙礼」と、その主旨を同じくして福島原発事故に言及する、新実氏が和合氏に書き下ろしを依頼した詩による。全曲連続演奏としてはこれが初演である。 さて、新実徳英の合唱曲は、いつぞや本人曰く「簡単なものもあるので、山田さん歌って遊んでよ」であるが、実のところ相当専門的な訓練を積んだ合唱団でないと歌えない高度な音楽性を要求している。 今回のコンサートで私が驚き、かつ陶酔さえしたのは、「樹の会」の見事さだった。総勢185名が、指揮者・藤井宏樹氏の音楽作りに応える技術力の高さである。新実さんは、この夜、作曲者として本当に幸せを感じたのではあるまいか。 たとえば「三つの愛の歌」で、ピアニッシモから急速にクレッシェンドしてフォルテッシモあるいはフォルテ・フォルテッシモで爆発する、----たゆたいながら大波が繰り返し打ち寄せ砕けるような部分がある。この混声4部の爆発力はすばらしく、安定した音程をたもった余韻がホールをとよもした。まさに混声合唱の醍醐味である。 同様の驚きは、「黙礼スル」の最終部にもあった。この曲は第1番・第2番を連続演奏すると40分を越える長大なものだ。 和合氏の詩は、 「山や川や海や詩が眠らないように/死もまた眠らないのだ/私が死んでも/放射能の影だけは残る/オオ馥郁タル火ノ廃炉/火が消えたとしても/それは十万年も残る/オオ火ヨ死ヨ/そんなに泣かなくたっていい/きっと新しい祈りが/私たちにさずかる」 と、締めくくられ、曲も終わる。 私は、ここに和合氏の屈折した心情を見、かつそれが余りな哀しみのためとも思うが、また、私たち人類が経験した事がない事態を語る言葉の限界を思いもする。 しかし、それはともかくとして、「樹の会」は最後の1音、すなわち「る」を、ピアニッシモで、なんとまったくの乱れなく30秒ほども延ばし、さらにデミヌエンドしてピアノ・ピアニッシモで終わったのだ。残響が2秒ほどつづいた。 いやー、私はほんとうに驚いた。無言の感嘆でつくずくと団員たちをみつめたのだった。 混声合唱とピアノのための「黙礼スル」は、プログラムにおいて新実氏が、長編詩のため和合氏の許可を得て「自分自身の音楽プランを突き合わせながらエディットし、そして作曲を進めていく作業は思いのほか苦しいものとなった。内容の重さの作用もあったろう。」と述べている。 さもあろうと思う。私のような素人目にも、和合氏の長編詩はいわゆる文芸詩であって歌謡詞のような単純なストーリーの上に成立してはいない。イメージのソラリゼーションがあり、デペイズマンがある。情動の波がある。爆発するかと見れば、反省的に心が静まる。内省の言葉があり、他者への呼びかけがある。あるいは個人的な思い出の影像を普遍化しようとする。それらの錯綜したアマルガムのなかに「黙礼する」という慰霊鎮魂の気持がうまれてくる。 この「詩」の流れ(構成)を、音楽としての流れ(構成)に変えるのは、それは難しかろう。時間軸に沿って「声の物語」を作り上げなければならないからだ。 言うまでもないが、文学上の時間と音楽上の時間はまったく異なる。ついでに言えば、それらと絵画上の時間もまた異なる。そして、音楽こそが物理的時間と一致していて、「時間芸術」と言われる所以だ。-----私見では、現代音楽は、もしかするとこの「時間」を問いなおしているのかもしれないが、それにしても私たちはある何事かを「音楽」と認識したり排除したりしていると思う。ロックミュージックはシャウトやスクリームを技法として用いるとはいえ、叫びの連続を耳にしても「音楽」を聴いたと感じないのではあるまいか。20世紀最大の画家の一人と言っていいと思うが、フランシス・ベイコンは生涯、人間の「叫び」を追求していた。数多くの原画が並ぶのを観て、しかし私はそこに音楽を聴取りはしなかった。 (私はいったい何を言っているのだろう?)-----つまり、新実氏は、和合氏が文芸として実現した現実世界に対する情動のアマルガムを、みごとに音楽的に統御した------それが合唱曲「黙礼スル」である。 詩にこんな一節がある。 「アコヤガイが水際に阿呆のように/置かれている/笑うなら笑えばいい/私の死後は冬怒濤だ/人工衛星の内部はどうせインド洋だ/冬至カボチャを煮始めた/------」 ここを一語一語の音節をつなげてメロディックに、リズミックに、おおきくまとまった曲とするのですゼ! 私は言葉を失ってしまった。コンサートから20日以上も、何も書けずにいた。そして、「樹の会」からご丁寧に礼状を頂戴して、やっと書いたのはこんなことだけ。 新実さん、おそれいりました。
Dec 20, 2016
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やっぱり、「惜しかった」と言うべきだろう。昨日の男子サッカー、FIFAクラブW杯決勝戦、鹿島アントラーズ vs レアル・マドリード戦。アントラーズの戦いぶりのことである。 前半7分にマドリードが先制したのでその攻撃力の速さに、やはり胸を借りるだけのアントラーズかと思ったが、とんでもなかった。攻守ともにその布陣は、私からすれば寄せ集め組である日本A代表にはないような、巧みさ。それが見事に光った前半終了間際の柴崎選手の同点ゴール。つづく後半、まるで前半のマドリードの写し絵のように、開始9分に再び柴崎選手が決めて2−1にひっくり返した。私はTVを観ながら、思わず声をあげた。快心の一撃だ。 マドリードの選手達の顔つきが変わった。 アントラーズは、ボールキープの時間が短くなる。 そして痛恨のPKを与え、ロナルド選手のキックしたボールはネット左隅に突き刺さった。試合は2−2で15分ハーフの延長戦にもつれこんだ。この決勝戦まで善戦してきたアントラーズも、ここに至って疲れが出てきたか。 アントラーズ、なお死力を尽くすものの、マドリードの個人技が光りだす。そしてロナルドのつづけざまのシュートが炸裂して2点。ロナルドはこの試合ハットトリックである。鹿島アントラーズ、ついにおよばず2−4で試合終了。 世界30万といわれるクラブを押しのけ、アジアのクラブとして初めて決勝戦まで来たが、惜しくも惜しくも優勝は適わなかった。------しかし、鹿島アントラーズ、すばらしい試合をした。私は惜しみない拍手をTV画面におくった。---------------------- さて、私の本業。来年の大まかなスケジュールが入ってきている。まだ予定ではあるが、4月と7月にアメリカでの展覧会。早急に新作の準備をしなければなるまい。
Dec 19, 2016
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きょうは僅かばかり作品に手を入れただけ。 長らく気がかりだったある問題に関する資料がたまたま見つかった。私が推測していた答がほぼ正しかったので、そのことについてぼんやり考えていた。答えが出て、かえって調査しなければならない領域が広がったと思いながら、------ぼんやり、ゆらりゆらり、ほとんど一日遊んでいた。
Dec 16, 2016
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きのうは、すでに半年前に引き受けていた隣町のクリニックで、3回目の美術講義。 私の講義は、美術的なひとつの限定的で特異なテーマを、美術史を大きな流れとして、その流れを出来るかぎり多方面から見る、------一般歴史学や、社会学、政治学、宗教学、神話学、あるいは犯罪学や服装史やエポックメイキングな巷のエピソード等等-----そのような視点から照射することによって見えてくることを再構築して、未来へ向けての「人間存在」を提示する、あるいは問うものだ。 聴講してくださるのは、主婦であったり、リタイアした方だったり、病気を抱えていられる方だったり------要するに、学生ではない一般の人達。そして、私は本気だ。 実を申せば、私自身の研究が進んでいない部分もあるのだが、そこは正直に告白している。ここと、ここが、まだ解明していない、とか。一つにこういう予想、二つにこういう予想を、頭の中にひっかけて長年回答を探っているのだが、いまだにこれだという確証を得ていない、などと私は説明する。質問に対しても同様で、明確に補足説明できる問題もあるが、私が思いもよらなかった事柄を指摘されると、私は自分の課題として受け止める。あるいは、回答を得る方法は知っているけれども、私の力では入って行けないのだと、告白する事もなきにしもあらずだ。 私と聴講者とのフィードバックがおもしろい。そういう場をつくりたいと思いながら臨んでいる。講義-----まあ、講義には違いないだろうが、私はエンターテインしたいのだ。 主催者でもある院長夫人は私を称して「お話がおもしろいが、お人柄もおもしろい」とおっしゃる。そう、私はエンターテナーとして臨んでいると思う。きのうも途中休憩をふくめて4時間あまり、その後にまだ話したいという方々と1時間ばかり、前回同様、5時間。 -------聴講者の自家の畑で穫れたという葱や大根、菠薐草や卵やライ麦パンやら、いろいろ贈り物を頂戴して(こんなところ、おもしろいでしょう?)------ステージを下りて楽屋に引っ込むように家に帰り着くと、さすがにドッと疲れがでた。 サッカーFIFAクラブW杯の準決勝をTV観戦をしようと椅子に沈み込んだら、「サッカーは録画して、早く寝たら?」と家人が言った。
Dec 15, 2016
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ここ2,3日間、ずっと作品制作にかかりきりだった。技法的に描いて寝かせておかなければならない部分をやっつけていたのだ。 それが午前中に終わり,午後、明後日の隣町のクリニックでの美術講義のための原稿を読み直し、あらたに400字詰め7枚を書き足した。全75枚になった。スライド上映しながらだから、少し早口で話さないと2時間を越えてしまいそうだ。前回もたしか3時間になってしまった。どなたも帰らずに聴講してくださったので恐縮した。もっとも、講義終了後、質問やら何やらで私はさらに2時間喋ることになったけれど-----。みなさんの熱心さが、明後日の講義依頼につながったのだろう。ありがたいことだ。
Dec 12, 2016
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今夜は新実徳英氏とお仲間の新作室内楽の初演コンサート。ただいま23時になるところ、帰宅したばかりだ。 みなさん張り切って新作を書かれているので、それを聴く私は、コンサートが終了するといささか疲れてしまう。普通のコンサートプログラムならば、緩急というか剛柔というか、まあ、観客に手加減した流れをつくってあるものだが、この全音出版社が企画制作する『四人組とその仲間たち 室内楽コンサート』は、楽譜出版と初演コンサートがセットになって四人+一人の作曲家に新曲を委嘱するので、作曲家は実験も含めた豪腕勝負に出て来る。私のか弱い頭を五人でドッカンドッカン殴りつけるわけ。一年に一回のおもしろいコンサートだが、いやー、体力がいります。 というわけで、各人の新曲について書くのは今日はおあずけだ。今夜も新実さんに先日の合唱コンサートについてまだブログに書いていないと指摘された。「楽しみにしているんですよ」とひどく上品な言い方をされて恐縮したが、あの合唱はあまりにもすばらしくて私の言葉などふっとんでしまったのだ。触れれば火傷してしまうだろう。今日の新曲も同様だ。帰りがけに私は新実さんに言ったのだ。「いつもいつも完成度が高くて驚きます。すばらしい! 恐れ入りました!」と。
Dec 9, 2016
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きょうはジャ−ナリズムの気骨と大学の気骨を強く感じる報道にめぐりあった。 ひとつはアメリカの雑誌タイムが「今年の人」に次期大統領ドナルド・トランプ氏を選出して表紙に掲げた。これはアメリカ雑誌ならば当然のことだろう。が、私がジャーナリズムの気骨と言ったのは、タイムがトランプ氏の肩書きを「PRESIDENT OF THE DIVIDED STATES OF AMERICA(アメリカ分断衆国大統領)」と書いたからだ。 ジャーナリズムの本質とは権力監視である。権力の言いなりになっているような報道媒体はジャーナリズムとは言えず、プロパガンダ(政治宣伝)と言うべきだ。日本には残念ながらジャーナリズムの本質に照らして「気骨ある」とはとても言えない、権力に従順なものが非常に多い。ジャーナリストと自称しながら権力の旗降りをする者さへ、うようよいる。とても危険な国なのだ。それだからこそ、タイム誌の表紙には喝采するのである。 さて、もうひとつ大学の気骨。 防衛省や民間軍事産業が、大学の軍事研究に対して、研究者からの応募によって補助金を出している場合がある。このたび関西大学が、大学の研究倫理基準に則り、軍事研究をさせないことを決定した。 大学人というのはとかく「研究費」名目の金に弱い。先端的研究とは金がかかるものなのだ。潤沢な資金は良い研究成果を生むという一面は否定できない。しかし、軍事研究とは結局のところ人殺しの研究である。どんなに言葉をとりつくろっても、それは間違いないことだ。 関西大学は研究倫理基準に「人間の尊厳、基本的人権や人類の平和・福祉に反する研究活動に従事しない」と定めているそうで、当然、軍事研究はその規定に反することになろう。 私があえて「気骨」と言うのは、現代の世界的風潮にさらされれば、「それでは研究倫理基準を変えてしまえばいいではないか」という意見が出て来ないはずもなく、それをいわば振り切って高邁な理念に向かって頭をあげた、と感じたからである。 世界を変革するような発見発明は、実は軍事研究から派生したと言ってよいほどである。敵を倒すために、-----人を大量に殺すために、人間は夢中になるものらしい。それを考えなければ自分が殺られるという、強迫的不安があるのだろう。原始の昔から、人間はそうやって生き延びてきて、DNAに組み込まれてしまったのかもしれない。 そんなふうに考えると、関西大学の決定は、世界の進み行きについて、そのための発見発明についての研究者の哲学的・思想的ベクトルをまったく新しい方向にくりだしている、と言えるのではあるまいか。大学がとかく安っぽくなっている今日、関西大学にはいまだ真の知性の「気骨」があったのである。
Dec 8, 2016
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終日、作品制作。
Dec 6, 2016
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きょうは一日中、作品制作。ただ黙々と。
Dec 5, 2016
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きょうは社会福祉協議会主催の「歳末たすけあいバザー」の開催日。好天にめぐまれ、たくさんの来場者、そしてお買い上げいただき、まことにありがとうございました。130余万円の寄付ができました。私自身も文房具など7点を買わせていただきました。 朝9時から午後3時まで、立ちっぱなしで売り子をしたので、帰宅するとさすがに椅子に根を張ったように座り込んでしまった。 それにしてもあらためて面白いものだと思った。扱った商品はすべて、市民のみなさんのご自宅に新品のまま死蔵されていた物を寄付してもらったのだが、物がめぐりめぐると言うか、電気掃除機から小さなハンカチまで、それを必要とする人の手にわたってゆく。私には必要なくとも、あの人には必要なのだということを、目の当たりにするのだ。なにも不思議がることはないのだが、ハンカチ1枚が「財物」として世の中をめぐっているのだと、私はつくづく実感した。寄付された山のような物品が数時間のうちにあらかた消えて行った。物品があらたな持ち主を得たわけだ。------普段、そんなことを考えもしないが、面白がりながら、「物を作る」ということに思いを馳せていたのである。
Dec 4, 2016
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多忙だったので三日間、日記を書かなかった。 昨日は、4日(日曜日)に開催する社会福祉協議会主催の「歳末たすけあいバザー」の準備を、午前9時から11時30分まで。一旦帰宅して、次に午後5時から6時30分まで、東京都民生委員・児童委員および兼任の日野市福祉委員の、私にとっては再任二期目の委嘱式に出席。厚生労働大臣と市長、それぞれから委嘱状を受けた。平成31年11月30日まで向こう3年間、再び地域の福祉活動にたずさわる。 と、こんなことを書いていたら、さっそく地域の高齢者見守りネットワークから、高齢者のための学習会を開催して美術講義をしてくれないかと言ってきた。2月を予定しているそうで、承知の返事をした。 再来週14日(水)は、隣町のクリニックで3回目の講義を頼まれている。--------------------------- さて、去る28日(月)に私は東京外国語大学へ行った。2015年度ノーベル文学賞受賞者、ベラルーシのロシア語作家スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ氏が同大学から名誉博士号を授与され、その式典に参列し記念の特別スピーチを拝聴するためだった。 スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ氏の著作は、膨大な聞き取りによる市井の人々の証言記録であるが、記録文学がノーベル文学賞を授与されたのは史上初めてのことだった。授賞理由は、「苦しみと勇気に捧げられた記念碑」であると讃えていた。処女作『戦争は女の顔をしていない』(1985)をはじめ、主要著作はすべて邦訳が出版されている。すなわち、『ボタン穴から見た戦争』(1985)、『アフガン帰還兵の証言』(1989)、『チェルノブイリの祈り』(1997)、『セカンドハンドの時代 「赤い国」を生きた人びと』(2013)である。 『アフガン帰還兵の証言』は、原題を『亜鉛の少年』という。アフガン戦争で戦死した、あるいは殺された少年たちの屍体が、あまりにも惨たらしかったので、亜鉛の棺に密閉された。原題はそれに由来する。 東京外国語大学の名誉博士号授与のアレクシエーヴィチ氏の「功績書」には、次のように記されている。 《(前文略)壮大なユートピア的実験であった社会主義国家ソ連に生きた人々のさまざまな思いを聞き取り、人道的な立場から「ソヴィエト的人間」とは何だったのかを問い続けるアレクシエーヴィチ氏の文学的営為は、旧ソ連という国家の枠を越えて人類の普遍的な価値を模索し、形而上学的課題を追求する深い思索を伴うものであります。 世界の多様な文化の共存・共生に寄与することを使命とする東京外国語大学は、「耳の作家」として多様な人々の声を聞き「多声的(ポリフォニック)」な様態を多くの読者に伝えてきたアレクシエーヴィチ氏の真摯な姿勢に深く共鳴するとともに、その創造的な著作が人類の未来に対して極めて大きな貢献をなしていることを称え、ここに名誉博士号を授与することにしました。》 アレクシエーヴィチ氏の講演は非常に重かった。 氏は第一に「自由」について考えてきたと言う。しかし、たいていの人達は、「自由」とは何かを知りはしないのだ、と。刑務所や強制収容所に入れられている人間は、誰もが自由を夢見るが、それだからといって決して自由を知っていることにはならない。知識人達が自由を語ったとしても、頭でっかちが自由を理解しているとは限らないのだ、と。そして、こういう話をした------- 「かつてのソ連人が新時代に放りだされて20年以上が経ち、再び帝国の建設に乗り出しました。全世界を敵にする覚悟です。ここでまた問題が浮上します。なぜ人間は自由を拒むのか。なぜ自由がいらないのか。」 プーチン政権下のこの現状指摘は鋭い。そしてこの時代錯誤的な逆行は、ロシアに限ったことではない。いま、日本もまさに安倍政権下で進んでいるのは時代の逆行である。安倍政権を強力に支援している胡散臭い団体「日本会議」の大東亜戦争下におけるような愛国主義的な主張、そして憲法改正政策をめぐって「明治憲法」をもっとも範とすべきと呆れるような愚論を公言する国会議員。アメリカ合衆国もまた然り。ヨーロッパ諸国においても世界分断の思潮が渦を巻き始めている。 アレクシエーヴィチ氏は、この歴史逆行を「セカンドハンドの時代」と言う。つまり、私が補足するなら、2001年9,11以降の世界を望見し統一する新しい社会を創造する理念、新しい哲学-------すなわち新しいグローバル・パラダイム理論(地球全体の規範理論)が生み出せないまま、一度は否定して乗り越えたはずの使い古した思想に、鍛えた知性の持ち主ではない(狂犬的)強権者がしがみつこうとしている。彼らは世界を二者択一の単純な手続きによって、つまりもっとも簡便な方策によって、困難な局面を乗り越えようとしているのだ。 だが、このような状況をつくりだしているのは、何も狂犬的な強権者だけではない。一般民衆もその愚行を押しているのである。アレクシエーヴィッチ氏は言う。「私たちは奴隷どころか、夢見る奴隷だったのです。」と。 アレクシエーヴィチ氏は来日後、福島県を訪れ、多くの人達から話を聴き、また、福島原発の現場をも遠くから見てきたという。 「チェルノブイリと福島原発の状況は、まったく同じでした。そして事故後に自殺者が出ていることも同じで、その自殺者はみな土に結びついていた人達でした。農業者であり、畜産業者などです。チェルノブイリでは現在も30km以内に近づくことはできませんが、福島原発ではすでに帰還を許していて、それがどういう理由によるのか私には理解できません。放射性物質は百年、二百年、一千年は放射線を出しつづけます。私が不思議だったのは、被災者たちが国に対して抵抗しなかったことまで、チェルノブイリと同じなのです。福島ではたったひとり、祖父を亡くすはめになった人が、提訴して抵抗の意志をみせています。チェルノブイリは全体主義によって人心がコントロールされていたので抵抗が無かったのですが、日本の場合はなぜ抵抗がなかったのか。提訴した孫のように、もし1,000人の抵抗があったなら、政府の対応も変わっていたかもしれないと、私は思いました。」 そして、アレクシエーヴィチ氏は次のように述べた。 「人間に残された人間らしさを私たちはどうやって守るのか。この問いに対する答えを私は探しているのです。私は人間の魂を集めます。それは影も形もなく、掴みどころがないと言われるかもしれません。芸術にはそれができるのです。どんな時代にも、それなりの答えがあるのです-------」
Dec 3, 2016
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