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ノーベル文学賞受賞者スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ氏の東京外国語大学における名誉博士号授与式記念スピーチについてと、合唱団「樹の会」主催の新実徳英氏作曲の合唱曲コンサートについて書いておきたいが、それは後日にする。 きょうは終日仕事場にこもって作品制作し、小品1点を完成した。12月はなにやらいろいろスケジュールが入っているが、年内にもう1点描きたい。大作も中作も無理だろうから、やはり小品になろう。
Nov 29, 2016
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きょうは夜の8時まで一日中、作品制作。今月中に完成しようと思いながら----。小品のうえ、画面いっぱいの若い女性の顔のほかは何もない。単純そのものの絵で、ただ目の表情だけで物語をつくろうという意図である。 さて、明日は昼から夜中まで外出する。 まず東京外国語大学に行き、昨年度のノーベル文学賞作家スヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチ氏特別スピーチを拝聴する。アレクシエーヴィッチ氏の著書はその主要作品は邦訳されてい、『戦争は女の顔をしていない』『アフガン帰還兵の証言(原題:亜鉛の少年たち)』『死に魅入られた人びと ー ソ連崩壊と自殺者の記録』『チェルノブイリの祈り ー 未来の物語』『セカンドハンドの時代 「赤い国」を生きた人びと』がある。 東京外国語大学はアレクシエーヴィッチ氏に名誉博士号を授与し、その式典が明日挙行されるのである。 私はその後、新実徳英氏の合唱曲コンサートへ行く。新実氏が東日本大震災以降に書きつづけてきた和合亮一氏の詩による合唱曲『黙礼す』第1番と第2番を、合唱団「樹の会」が初めて全曲演奏する。これは演奏時間40分におよぶ交響曲的合唱曲だそうで、私は楽しみにしている。久しぶりで新実氏に会うのも楽しみだ。
Nov 27, 2016
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さきほどまで男子フィギュアスケートNHK杯を観ていた。羽生結弦選手がショートとフリーの合計301.47点という今季最高の圧倒的強さで総合優勝した。2位はネイサン・チェン選手(米国)、3位に田中刑事選手。 ところで9位の日野龍樹(りゅうじゅ)選手のお名前に、私は「ホーッ!」と目をみはった。大乗仏教史で忘れることのできない「龍樹菩薩」と同じ名だったからだ。 龍樹菩薩は、『大乗起信論』(馬鳴;めみょう著)の注釈書ともいうべき『釋摩訶衍論』(しゃくまかえんろん)の著者である。弘法大師空海はこの『釋摩訶衍論』を学び、『釋摩訶衍論』の注釈書である『辯顯密二教論』(べんけんみつにきょうろん)を著した。この書を重大なよりどころとして後に、法然、道元、日蓮による修行を旨とする鎌倉仏教が成立する。さらに言えば、日本の芸道修行の根底を築いているといっても過言ではない。 スケーターである日野龍樹選手のお名前の由来を知らないけれど、「龍樹(りゅうじゅ)」という名は、道を極める修行と深い深い縁があるのである。NHK杯を観ながら、そんなことをちょっと思ったのだった。日野龍樹選手、がんばってください。
Nov 26, 2016
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いやー、チョンボしてしまった! 昨夜のこと、じつは合唱団の練習日だったのだが、行かなかったのだ。忘れていたといえばそうも言えるのだが、市から出て来るスケジュールに記載されていなかった。どうして記載されていなかったのか分からないが、で、私は九日前に他の団員に確認して「多分、練習はないのではないか」と聞いて、まあ、安心して昨夜のスケジュールを削除したのだった。ところが、今日、「山田さん、練習、欠席しましたね」と言われて、「えっ?」となったわけ。「山田さんは、何があっても練習にはやってくる人だから----」と、もう「かんべんしてヨ!」である。 さて、それはそれとして、今日は民生委員の地区定例会議だった。そしてその後、3年1期の改選年にあたるので長年福祉に携わり定年退任する方々のために、感謝と送別の会食があった。 私は来月から2期目に入る。2期目の終り、すなわち2019年11月に、私は73歳で定年退任だ。その時まで、今月で退任される方々のように元気で福祉活動ボランティアをつづけられるかどうか-----。 政府の政策は高齢者や弱者に対していよいよ過酷になる。民生委員として直接おおぜいの高齢者から相談を受けたり、暮しを見守っていると、その過酷さはおのずと分かる。なんという国だろう! この人達の1票1票によって国政の場に立ったというのに、それを忘れたかのように足蹴にする傲慢不遜さ。福祉ボランティアの私たちは、いったい何をすればいいんだ?!
Nov 25, 2016
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東京11月の雪。小雨が深夜に雪に変わって、今日の午後3時ころまで降りつづいた。我家の庭は3〜4cm積もった。私が東京に住むようになって50年以上になるが、11月の積雪は記憶にない。その記憶は確かなようで、報道によれば、やはり観測史上初めてのことだという。 落葉散り敷く上にシャーベット状になった雪路を、それもひとつの雅趣と思いながら、外出してきた。帰宅後は作品制作。とんと変わらぬ私の日常である。
Nov 24, 2016
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昨日から新たに描き始めた小品は、二日目の今日、8割ほども進んだ。今週中には完成するだろう。 ところで、母が亡くなったとき、私は棺のなかに家族写真や母自身の書の作品写真アルバム、そして私の作品写真を、遺体をすっかり覆い尽くすほど入れた。 私は仕事場に家族といえども決して入室することを許さなかった。自由に出入りしていたのは猫達だけだ。母は別室で書道に打ち込みながら、息子の私に負けまいとする無意識のライヴァル心があったかもしれなかった。私は「趣味の芸」が大嫌い。同じ家のなかにいればなおのことで、母の書道に対して厳しかった。母の才能を認めていたからだったが、「漢文を勉強しなさい。臨書なんてやめなさい」と、きつい言葉を放った。一方で母は、私の作品が完成するのを楽しみにしていた。私は、制作しているところを見せなかった代わりに、作品が完成すると一等最初に母に見せることにしていた。それは在宅医療の寝たきり状態になってもつづけられた。といっても、私は看護のためにほぼ休筆休業状態だったので、見せた作品の数は少ない。母はベッドに寝たまま、「できたの? すごいねー!」と言うだけだったが-----。 母が死んだ時、私は作品をめぐっての二人の無意識の闘争が終わったと思った。棺の遺体を作品で埋め尽くしたについては、私のそんな思いがあった。 今朝、先日亡くなったY氏の夫人が電話をしてきて、葬儀の様子をしらせてくれた。私はあいにくどうしてもキャンセルできない先約があり、葬儀に参列できなかったのだ。 夫人によると、葬儀場にはY氏と私とによる仕事の成果としての作品が多数飾られた。長い闘病の間、私の活躍を喜んでいたそうで、自身の回復への励みにもしていたようだ。 葬儀場に私の作品が飾られたというのは初めてのこと。死者への慰めとなれば、それも画家冥利である。ありがたいことである。 じつは昨夜の夢に、昔知っていた人達がつぎつぎに出てきた。その人達の消息を今は知らないので、元気なのかどうかさへ分からない。私の無意識に、人生を回顧して総括する気持があるのかもしれない。つぎつぎに出て来る人達の間を通り抜けながら、私はまた同じ夢の中で別の意識で、自分はこんな夢を見ながら一体何を考えているのだろう、と思っていたのだった。
Nov 23, 2016
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今朝の津波警報には驚いた。またも東日本沿岸である。転覆した船があるとのことだが、人的被害はどうなのか。重軽傷者がいるという報道がある。 警報は昼の12時50分には全面解除された。どうやら5年半前の東日本大地震の余震と分析されているようだ。日本海溝付近で北アメリカプレートに太平洋プレートがもぐりこんでいる。その軋轢が原因であるとされている。今後もまったく予断をゆるさない事態が海底の奥処ですすんでいる。 今回の最大の問題は、やはり原発であった。東京電力第2原発の冷却が、90分にわたって停止してしまったという。 折しも東京電力会長は、このたびの選挙で当選した新潟県知事に面会する予定だったが、急遽中止して帰京した。新しい新潟県知事は、「東京電力・柏崎刈羽原発の再稼働に慎重」を表明して当選していた。安倍政権の原発推進政策にとっては憤懣やるかたない壁がたちふさがった。どうやって懐柔し、切崩してゆくか、その先兵として東電会長はのりこんでいったはずだ。 今日の地震は震度5弱。仙台港では予測を上回る1m40cmの津波が押し寄せた。またもや「予測を上回る」だ! そして原発の冷却停止だ! 新潟県民のみなさん、福島県民の味わった----そしていまだに味わっている地獄の苦しみは、みなさんのものになるかもしれません。もちろん心ある日本のみんなの苦しみになります。津波に襲われ、原発の放射能物質によって汚染されて、茫漠たる荒野と化した日本の風土を思い描く、その想像力は、「想定外」とか「予測を上回る」などという低劣さを超越しなければなりません。
Nov 22, 2016
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昨日の遅れをとりもどすべく制作に打ち込み、午後4時30分に小品が完成した。明日からは次の小品にとりかかる。すでに最初の粗塗はすんでいる。今月末までに仕上げたいところだが、他のスケジュールが入っているので、ちょっと無理かもしれない。今年中に他にもう一点描いておきたいのだが---------
Nov 21, 2016
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朝から防災訓練。私は、地域の「気にかけネットワーク」のメンバーと「中央大学ボランティアグループ」のメンバーと共に、災害時要支援の高齢の方々53軒を訪問した。防災訓練ではあるが、民生委員としては心身の健康状態や生活の現況をうかがいながら。 町内全世帯の「我家は無事です」を知らせる黄色いハンカチの掲出率は85パーセント。すなわち訓練に参加した世帯だ。まあまあの数字ではなかろうか。 さて、訓練から帰宅して作品に向かったが、坂街をのぼったり下ったりしたので、いささか疲れた。制作にとりかかる前に椅子にかけたまま眠ってしまっていた。「疲れた」という言葉を禁句にしてきた私だが、いまやポロポロと、こんな日記のなかにもこぼれだす。いやはや、である。
Nov 20, 2016
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午前中は雑用に追われ、午後になってようやく作品制作にとりかかった。 明日は朝7時30分から午後3時まで、「黄色いハンカチ運動による防災訓練」がある。炊き出しの実施訓練もやる。私は民生委員として、災害時に支援を要請している高齢者等の家々を実際に訪問する。 この訓練のためのポスターを小学生が作ってくれた。ちょっと数が足りなさそうなので、急遽、私もつくってあげた。-----とにかく山の斜面に広がる街なので、防災には特に配慮が必要なのである。
Nov 19, 2016
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昨夜はあまり眠れなかった。床に就いてから、作品の方向性についてあれこれシナリオを考えていたら、眠りについてからも数十分おきに目が覚めてしまう。そんな繰り返しで、とうとう夜明けを迎えてしまったのだった。 午前中はなんだか気力がわかず、午後、数日掛けて読んでいた本を読了し、ようやく制作にとりかかった。あと実働3日ほどで完成するだろう。 ずいぶん昔に構想したイメージを、昔にもどったような画風で描いた。なんだか人生が後ろ向きなような気がしてためらいがあったのだが、構想を捨ててきたことにも、「それでいいのか?」という引っかかりはあった。描いてみて、まもなく完成するところまで来ると、やっぱり作品にしておくべきだったのだと思った。 そんな打ち捨ててきたイメージが幾つもある。もう残された時間もないが、新しく生まれでるイメージを作品化するのと並行して、それらをひとつずつ作品にしていこう。
Nov 18, 2016
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先日、韓国の大邱(テグ)で開催されたアートフェアの写真が届いた。わずかながら一部ご覧ください。私の作品『私は美しい;イヴのゼロ焦点』を観る人たちです。下にのぞいている作品は『誕』。
Nov 17, 2016
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きょうは朝から一日中、あわただしい日だった。その隙間を縫うように1時間だけ作品制作。
Nov 16, 2016
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私の30歳代後半から40歳代半ばころまで、広告関係の仕事でチームを組んでいたデザイナーのY氏が亡くなったと、夫人が報せてきた。いまは言葉がない。ご冥福を祈る。 Y氏が総合ディレクションした日本軽金属グループの季刊PR誌『COMPASS』のための「山田維史のアート世界」シリーズの1点、『バベル・キューブ』(1984年11月作)
Nov 15, 2016
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スーパームーンは雨もよいの雲に覆われて見ることができない。満月では68年ぶりと言うから、前回は私が3歳のときだったわけだ。今夜のスーパームーンは私の今生の見納めと思っていたのだったが----- 星のめぐりの悠久なり、悠久なり! 私のいのちの短きこと-----一瞬だよ、一瞬だ。笑いがこみあげてくる。 いまこのときも、殺し合うばかものどもがいる地球よ! この地球さへ銀河系の1,000億個の塵のひとつとしてやがて消滅するものを! 私は笑いを噛み締めながら、午後のいっぱい、作品を制作していた。作品は私の短いいのちの、おおまじめな冗談である。【11月18日後記】CNNがイギリスの理論物理学者スティーブン・ホーキング博士が最近の講演で次のように地球壊滅について語ったと、次のように報じた。《地球を壊滅させる要因は気候変動や核兵器、ロボットなど。米紙クリスチャン・サイエンス・モニターによると、ホーキング氏は英オックスフォード大学組合で行った講演で、「地球という惑星が壊滅する確率は当面は極めて低いかもしれないが、時が経つにつれて可能性は高まり、1000年あるいは1万年たてばほぼ確実になる」と予想。「その時までに我々は宇宙やほかの星に散らばっていなければならない。地球の壊滅を人類の終わりにしないために」と語った。》
Nov 14, 2016
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明日14日は月が地球にもっとも近づき、満月としては68年ぶりの近さとなるスーパームーン。日本全土で見られるはずであるが、ところがどうやら天候がおもわしくなく、東京では見られないかもしれないという。 さきほど18時前、郵便を出しに外にでたら、夜霧におおわれた赤い月が大きく見えた。満月の1日前だが、普段よりずっと大きい。すでにスーパームーンの顔である。 ここで一句といきたいところだが、あいにくすぐには出て来なかった。 そこで蕪村の句を。 寒月や衆徒の群議の過ぎて後 蕪村 我国のようでもあり、いまや壊れた世界のあらゆる国々でのことのようでもある。スーパームーンが夜霧にぬれて寒月である。
Nov 13, 2016
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我家に隣接している家屋が売却されて、昨日から解体の準備がはじまった。午前8時から午後17時までの作業が約40日間つづくと言ってきた。低振動重機を使用すると言うが、長年静寂につつまれていた我家だが、40日間の騒音に悩まされそうだ。 初日のきのうは、猫達が驚いて、テーブロクロスに囲われた座卓の下にナリをひそめていた。 今日は幸いにも雨模様、作業は休みらしい。私は午後から制作にとりかかった。描き始めたら周囲の騒音も気にならない方だが、はたしてどうなることか。まあ,ケ・セラ・セラである。なるようになるさ。
Nov 11, 2016
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作曲家・新実徳英氏から二つの音楽会の案内とそれへの招待状を頂戴した。★ 『新実徳英の合唱世界 〜愛と祈りのかたち〜』 川崎洋の詩による五つの混声合唱曲「やさしい魚」 混声合唱曲「三つの愛の歌」(柿本人麻呂 歌/旧約聖書/キーツ 詩) 混声合唱とピアノのための「黙礼スル 第1番」(和合亮一詩) 混声合唱とピアノのための「黙礼スル 第2番」ー『馥郁たる火を』よりー(和合亮一詩) 指揮 藤井宏樹 ピアノ 浅井道子 合唱 合唱団樹の会 期日:11月28日(月) 午後7時15分開演 会場:東京・勝どき 第一生命ホール 料金:一般 2,000円/学生 1,000 (全席自由) チケット販売:e+(イープラス) www.eplus.jp/★ 『四人組とその仲間たち 2016』調和の原点 ー 単色と双色で ー 池辺晋一郎 『バイヴァランス XI ~二人の声のために~』 新実 徳英 『ピアノのためのエチュード ー 神々への問い ー』第2巻 IV.V.VI 西村 朗 『ハラーハラ ~サクソフォン・ソロのために~』 金子 仁美 『味覚・臭覚 ~2本のギターのために~』 中村ありす 『風の門 ~アルトサクソフォンとピアノのために~』 演奏:工藤あかね、松平敬、寺嶋陸也、須川展也、鈴木大介、大萩康司、羽石道代 期日:12月9日(金) 19時開演 会場:東京文化会館小ホール 料金:一般 3,000円/学生 1,800円 (全席自由) チケット販売:チケットぴあ http://pia.jp/ (Pコード 311-293)
Nov 10, 2016
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やっぱりね、と思った指摘が出てきている。博多の道路陥没事故についての原因をめぐる後追いの状況分析である。 現場は軟弱な地層で、すでに同じ地下鉄工事において二度も同様の事故が起きていたにもかかわらず、判断の甘さと対策の不備が指摘されるというのだ。採用した工法も軟弱地盤には不適な固い地盤に適するナトナム工法だったいうのだから、まったく何をかいわんやである。 この前代未聞の陥没事故を受けて、福岡市交通局幹部は「原因をしっかり究明したい」と話した、と朝日新聞が伝えている。 バカも休み休み言え、とはこのような発言のことだ。すでに2度起っていた事故についての究明は、どうなったのか。やっていることがトンチンカンなのだ。倒錯しているのだ。 軟弱地盤の掘削に適したシールド工法を採用しなかったのは、ナトナム工法の方が安上がりだったからだといことが、われわれ一般人にも報道によって分かってきた。 もちろん「同じ条件」のもとでなら、安上がりのほうがいいに決まっている。もし高上がりの方を採用したなら、なんらかの不正な利益還元を疑わなければならないだろう。 だがしかし、今回の事故現場の場合、地層に関するデータに「軟弱地盤」であることがあらかじめ出ていた。いくら安価だからといって当然考慮すべきリスクを不問に付して、固い地盤に適したナトム工法を採用したというのは、事故災害を軽視したと言わざるを得ないだろう。 さらに、毎日新聞の取材記事は、「地下鉄七隈線延伸工事の現場一帯の岩盤に、元々亀裂や断層があるとみられていた」と、市当局がそれを把握していたことを報じている。 当局の責任は回避できまい。
Nov 9, 2016
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今朝の国内ニュースには驚いた。博多駅前大通りの陥没である。午前5時15分、道幅約23m×長さ30m、深さ15mが歩道側から垂直に陥没したようだ。早朝のため、目撃した通行人はいたものの、人的被害および車輌等の被害もなかったというが、前代未聞の事件でまさに奇跡的としか言いようがない。間もなく通勤時間帯に入るところであったろうし、これがもし東京のどこかの駅前通りだったならと想うと、ゾッとした。東京なら、人的被害無し・車輌被害無しと、なったかどうだか。 福岡市長は、2次災害を防ぐ処置をまず第一におこない、原因究明を徹底すると述べている。この現場の地下25mで地下鉄延伸の掘削工事をしているらしいが、それが原因なのかどうか。 近年、TV各局はこぞって、日本は優れていると外国人に言ってもらう、なんだか物欲しげな乞食根性まるだしの愛国エンターテイメント番組を制作している。世界のTV番組のなかにあって異様な傾向のように思える。 確かに優れているところはあるのだ。けれども、わざわざ外国人をひっぱってきたり呼び止めたりして、「どう? 私たち日本人は優れているでしょう?」なんて聞いてまわるのは、私に言わせればやっぱり幼稚。 こんなTV番組をもちだしたのは、日本の土木技術が実質的に優れていることを取り上げていた番組もあったからで、そしてその優秀さは間違いない事実である。さまざまな国の国家的土木・建築プロジェクトを、しのぎを削る世界の競争に勝って、受注し、つぎつぎに完成してきている。 しかしその一方で、東京都の豊洲市場建設問題は、なんというザマだろう。そしてオリンピック会場建設に関わる右往左往。 破壊し仮設し、それをまた破壊して移転して本建設と、その一事一事ごとに300億円ともいわれる出費をし、さらには将来的な利用法やメンテナンスの問題やら、税金を湯水のような垂れ流しにする浪費ぶり。税金にタカリ、税金を食い物にすべく計画を提案している関係者が多数いるのではないか、と想像するのは穿ちすぎだろうか?-------土木・建築技術は優秀でも、最初にある(おそらく行政の、そしてそれを掌握しているトップの)計画性と予想リスクの探索追求と解決能力は、まったくゼロに等しい。彼らは大問題が発生すると「想定外だった」と釈明する。それは責任機関の常套句だ。 たしかに世の中も人生も、想定外のことだらけだ。しかし、出来(しゅったい)した社会的大問題の釈明にあたって、しゃあしゃあと「想定外」と言うのは、いったいバカなんだか利口なんだか。 つまり、計画にあたってリスクを想定するその範囲は、ひとえに正確なデーターの収集とその分析に必要な知識の集積量と経験知と、さらに想像力の広さ深さにかかっている。それは誰もが等しく有してはいないので、もはや能力があるかないかの問題なのだ。したがって、「想定外でした」と言った時点で、「私は無能でした」と公言していることになる。ちっとも釈明にはならないし、無論、責任機関の逃げ道を拓きはしない。この理屈、お分かりだろうか。 博多駅前大通りの陥没からうすうす見えてくるのは、上に述べた正負の二面性を包含していた現場ではなかったかということだ。言い得べくは、博多だけの問題ではない。博多地下鉄の掘削はオーストラリアの工法であると強調する報道もあったが、日本が優れてる優れてるとばかり言っていられない、我々の何かの欠落を例示されたのではあるまいか。
Nov 8, 2016
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きょうは美術講義のための原稿執筆。 ところで前日の日記に、乗馬をしたいと思いつづけて来たがこれまで時間がつくれなかった、と書いた。じつは、まったく騎乗したことがないわけではない。下の写真は、伯父の所有していた馬に鞍をつけずに乗り、山を散策している19歳の私である。
Nov 7, 2016
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主治医のクリニックから、患者さんや周辺の人達のために、二回目の美術講義をたのまれた。12月7日(水)の午後を予定しているが、まだ確定はしていない。 一回目(同じ演題で二日にわたったが)のときは、大変熱心に聴講してくださり、講義後の質疑応答やそこから発展した話で、結局私は5時間喋りっぱなしだった。しかし、こういう意欲は大歓迎。精神状態が生き生きとエネルギッシュになってくるのに接すると私も楽しい。 午後、作品制作。 友人Mが亡くなったと、その息子が知らせてきた。この息子が誕生したとき、私の亡母が制作した押絵額を贈った。45、6年のつきあいである。若いころは鎌倉や茅ヶ崎あたりを遊び回り、海岸沿いをサイクリングしたこともあった。次第に私も多忙になり、つきあいは淡くなったが、3年程前に電話で話したときに、乗馬をしているという。私も絵を描く以外にやりたいことといえば、乗馬なので、いつかおしえてもらおうかと思っていたのだった。その時間もつくれないまま、今日の訃報となった。
Nov 5, 2016
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塗った絵具の乾燥を待つ間、新たに浮かんだイメージを更に新しいキャンヴァスに描き、最初の塗りをほどこした。小品2作を交互に描いていればちょうど良いだろう。とにかく湧出するイメージはどんどん作品化していかなければ、と------気持ばかり逸る昨今である。 ところでアメリカの保健福祉省が新たに7つの発ガン性物質を発表した。そのなかに金属のコバルトが加えられている。コバルトは油絵具の顔料でもある。 油絵具の純粋発色の美しさは、様々な種類の顔料特有の物質美がその正体なのである。つまり、金属性のものはその金属特有の、土性のものならその焼成度合いによって発現する美しさである。したがってその毒性も問題にならないわけではない。警察科学研究所化学室の分析では、油彩画制作で取り扱う上で人体に直接の影響はないとされているが、やはり絵具のついた筆を舐めたり傷口に付着することは避けたほうが無難なことは言うまでもない。 たとえば市販されているホワイト(白)絵具にはその原料によって幾種類かがある。 シルバー・ホワイト(塩基性炭酸鉛)、ジンクホワイト(酸化亜鉛)、チタニウムホワイト(酸化チタン)、チタ・ジンク・ホワイト、アルミナホワイト(酸化アルミニウム)、クレムニッツホワイト(塩基性炭酸鉛)、フレークホワイト(鉛白+酸化亜鉛)、アンダーペインティングホワイト(酸化チタン+酸化亜鉛)、セラミックホワイト(チタン酸ストロンチウム)等々。 みなそれぞれの特性があり、画家はその特性を自己の技法のなかで消化しているわけだ。シルバーホワイトはいわゆる鉛白であり、我国ではその昔、化粧おしろいとして使用し、その毒性については鉛毒として衆知することとなり、現在、画家のなかにもシルバーホワイトを使用する者はヨーロッパにくらべて少ないと言われている。しかしルネッサンス期以降のヨーロッパ油彩画の陶器のような堅固ささえ感じられる白の美しさは、ほとんどシルバーホワイトによるものである。 さて、問題のコバルトであるが、油絵具ではもっとも普通に使われるコバルトブルー(アルミ酸コバルト)や、セルリアンブルー(硫酸コバルト)、コバルトグリーン(酸化コバルト+酸化亜鉛)、オーレオリン(亜硝酸第2コバルト加里)、コバルトバイオレット・ライト(砒酸コバルト)、コバルトバイオレット・ディープ(燐酸コバルト)がある。 これらの絵具について発ガン性の研究があるかないか、私の浅い知識では判明しない。コバルトバイオレット・ライトについては皮膚や粘膜に対して腐食性があるとの研究がある。 絵具の毒性については、エメラルドグリーンのような銅化合物は経口によって胃腸障害を起こすことも知られている。 カドミウム系の配合顔料として使用されている硫化カドミウムは、水にも人間の体液にも不溶であるから、無毒と考えてよい。 いずれにしろ、一般の方々はおそらく油絵具のこのような特性について研究されてはいないと思われ、そんなに神経質になってパレットから排除することはないが、注意するにこしたことはなかろう。
Nov 4, 2016
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寒い一日だった。気温は、午前中はずっと9℃、午後2時頃に19℃までに上がったが、すぐに下がりはじめて20時ころからまた9℃がつづいている。 猫のサチを膝に抱きながら、先日30日に開始した新作の小品を描いていた。サチは私のそばを離れようとはしない。寝床に寝かせても私を呼ぶので、結局、膝に抱き上げて仕事をしているのである。右手に筆をもち、左手でサチの頭を撫でながら、「ルック・アッチュー(Look at you!)」などと言いながら。 (--------これ、最近、クリント・イーストウッドの映画で覚えた言い方。直訳すれば「あなたを見ている」だが、しばらくぶりに会って「元気だね!」というほどの米語表現。これに対して「君も元気じゃないか!」は「Look at you too!(ルック・アッチュー・トゥー」と言えばよい。忘れないうちに猫を相手に言ってみているのだ。ハハハ。)
Nov 2, 2016
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先日、地域の人たちのために開いたミニミニ個展のおりに、「また朗読をしてください」と言う方がいられた。6月の朗読会で私が読んだのは、伊藤桂一『時代小説自選集』第二巻より「川止め」だった。 その伊藤桂一氏が死去されたという。享年99。「蛍の河」で直木賞受賞、1985年に紫綬褒章受章。 私は大学生時代、伊藤桂一氏が文芸誌に発表される戦場体験をもとにした戦記小説に感銘を受け、注目した。当時、「群像」等の文芸誌に、伊藤氏はじめ田村泰次郎氏や有馬頼義(よりちか)氏が次々とすぐれた戦記小説を発表していた。大岡昇平氏の渾身の戦記もつづいた。 それらは、日本現代史があえて閑却しようとしていた一兵卒の苦難の体験、戦場の日常ともいうべき光景を活写していた。この小説家達の後に、すぐれた戦記小説はあらわれてはいない。開高健氏や小田実氏のようにベトナム戦争をルポルタージュしたものはあるが、戦争当時者である兵士として戦場を体験しているわけではない。しかしそれでもお二人の心意気は買わねばなるまい。日本文学は、以後、大衆小説をふくめて戦争を冒険小説や劇画(マンガ)の題材として扱うようになっている。全部とは言わない。森村誠一氏の「七三一部隊」告発のルポルタージュもある。 ・・・・伊藤桂一氏は99歳だったそうだから、天寿をまっとうされたのであろう。今後も戦場の真実をお書きになられたかどうかは分からないが、私のように終戦直前に生まれたとはいへ、身をもっての戦争を知らない者に、その愚かしいバカげた実体をおしえてくれる「本当」の知識人(うさんくさい偽物はたくさんいる)が、ひとりふたりと亡くなられる。 伊藤桂一氏のご逝去を悼みます。
Nov 1, 2016
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