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きのうの遅れを取り戻すべくほぼ終日制作。明日はまる一日別の仕事のスケジュールが入っているので、できるかぎり進めておきたかった。予定どおり9月10日までには完成するだろう。 夕方、どこからか笛の音がきこえてきた。子どもがたぶんリコーダーを練習していたのであろう。 私はその第一音を耳にして、「おや!」と仕事の手をとめた。音色が特別に美しいのだ。そしてトレモロやグリッサンドが安定して、なおかつ音と音とのつなぎが流麗でたしかな音楽になっている。練習曲は、ちょっとタイトルを思い出せないが一度ならず聞いたことがある。民謡風なのだが------何だったろう-----。さわりの部分を繰り返し演奏している。短いフレーズである。 子どもにはちがいなかろうが、子どもの演奏でこんな音楽性豊かなリコーダーの音色を私は聴いたことがない。おとなでもこんな演奏はできないかもしれない。おとなの趣味の域をはるかに超えている。「才能」を感じるのだ。 隣近所の子どもの顔を思い浮かべてみたが、さて、誰だろう。しかるべき専門教育を受けた器楽演奏家に聴かせたいものだ------と、思った。練習は10分ほどだった。
Aug 31, 2016
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きょう、京城展のための作品を画商にひきわたした。一安心だが、なんだか少し疲れを感じる。気が抜けたわけではないのだが、制作になかなか取りかかれず、午後4時頃になってようやく執筆開始。2時間で終了。9月10日までには完成するだろう。そろそろ次の構想をまとめなければなるまい。
Aug 30, 2016
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朝、食事をしながら昨夜録画しておいたNHKBS1のドキュメンタリー「もうひとつのショパンコンクール 〜 日本人調律師たちの闘い」を観た。 2015年に開催された5年に1度のショパンコンクールの裏舞台。コンクールはまずエントリーしたピアニストたち(2015年は78人)が、ステージにならべられた4社4台のピアノから自分に適したピアノを選ぶことから始まるという。そのピアノ製造会社4社(スタインウェイ&サンズ、ヤマハ、ファツィオリ、シゲル・カワイ)の調律師たちの競争を、ファツィオリの調律師・越智晃氏とヤマハの花岡昌範氏を中心に据えてコンクールの約1ヶ月間を追ったものだ。 まず、とにかくまったく見たことがない世界だった。余計なことに目移りせずに、また、バカげたナレーションを入れずに、各社各人が社運をかけている微妙な側面を真摯に撮っていた。好感がもてたばかりでなく、たいへん優れたドキュメンタリーだった。 ピアニストに自社のピアノが選ばれるか否か。そして選ばれたなら、そのピアニストが優勝するかどうか。優勝してもらうために技術の限りをつくして調律する。その耳! ファツィオリ社社長が越智氏について「百万に一人の耳」と評していた! 音楽的に鋭い聴覚といえば、ついでながら、剣豪小説家だった五味康祐氏を思い出す。氏の耳は、音盤ターンテーブルのごくかすかなかすかな水平傾斜度の歪みを聴き取るほどだったという。 耳の構造というのは、おおざっぱに言えば目に見えないような微細な弦がハープのように張っていて、その弦がどこまで等間隔であるかが、いわゆる音感のよしあしに関わっている。その間隔は生後数ヶ月(6ヶ月以内ともいわれている)で決定する。したがって赤ん坊が生後数ヶ月間にどのような環境で育つかが問題で、大音響の環境では弦の間隔が乱れてしまう理屈だ。 五味康祐氏がどのような生後環境だったのか。そして世界にその名を知られている調律師・越智晃氏や花岡昌範氏のそれは? さて、各社のピアノにはそれぞれに特徴があることは、私も生のコンサートで実感していた。ピアニストとピアノの相性もさることながら、じつは聴き手の耳にも相性がある。ある国際コンクールで注目されたピアニストの来日演奏会は、私はただただ疲労困憊するばかりだった。ピアノの音が固いのだった。しかし、天才ピアニストといわれたフランス人のN氏は、包み込むような柔らかな音だった。リサイタルにはいつも招待してくださった故山岡優子さんは、上述の二人と同じ某社のピアノだったが、私のバイオロジーの波長と一致するのか、私の身体は内部からポカポカと温かくなったものだ。-------この御3人のピアニストの陰に、それぞれの感性をひきだす縁の下の力持ちとしての調律師がいたわけだ! TVを観ながら、私は山岡さんやN氏を懐かしく思い出していた。 N氏は、我家にもディナーに来てくれ、私の手料理を食べてくれた。私の書棚をながめて、ジョルジュ・バタイユの全集が揃っているのをみつけて驚いていた。私の作品『彼方へ(奉奠)』(1984年)を観ながら、「desire」について語っていたことを思い出す。山岡さんがN氏の指について、柔らかくグニャグニャしていながら非常に強い、と言っておられたことも思い出す。ディナーの最後のスイーツが気に入られて、もっと食べたそうだったので、私がさしあげようとすると、「ノン、ノン」と笑った。ちょっと肥り気味だったからな〜、ははは。
Aug 30, 2016
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現在制作中の作品の題名は、構想段階ですでに腹案があった。通常私は三つの言語を用いている。日本語と英語、そして展覧会開催国の公用語である。このたびの作品の題名は主題に副題をつけるつもりだった。ところが、きょう、執筆しながら新たな題名を思いついた。 英語でたった2語!。しかも腹案としてあった主題・副題をひっくるめて、すべてを表現できる。 勿論、題名で絵を説明するつもりはないし、描いていないことを言葉で補足するつもりもない。そんな姑息なことをして、何事かを「表現」したなどと、恥ずかしくて言えません。 だが、「題名なんか必要ない、見ればわかる!」などと言う衒気もない。そんなことを言うのは若気というものだ。 まあ、たったひとりの理解者を得るよりは二人目の理解者を!------という程度の題名だ。しかしそれを付すかぎりは、私の思想を十全にこめなければなるまい。それが、ふいに、英語のふたつの単語ですんでしまうことに気がついたのだ。笑いがこみあげてきそうだ。
Aug 28, 2016
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午後5時30分、きょうの制作を切り上げた。午前中からとりかかり、根をつめていたので少々疲れた。 蹠の描写にてこずっていた。人物描写で普段めったに蹠を描かないし、もっとも厄介だったのが醜くなく描くということだった。いっぱつで仕上げることができなくて、じつはこの3日ばかり描きながら形態を変えたり,色調を変えたり、果てはデッサンをやり直したりしていた。 オーギュスト・ドミニク・アングルの「グラン・オダリスク」を思い出し、かつてルーブルで実物を観て、その蹠の描き方に感心していた。 そこで、その画像の蹠を拡大してみたが、いかんせん美しくはあってもやはり18世紀から19世紀にかけての描写。参考にはならなかった。つまり、現代美術と比較すると、「抽象化」され「理想化」された蹠だった。 アングルの人体はアングルの「幾何学的精神」による独特の美学につらぬかれていて、これは18世紀当時に批難をこうむっていた。私の受け取る感じはその批難とはまったく関係ないし、その批難については私としてはむしろ弁護の側に立つ。およばずながら私自身の「幾何学的精神」が共感しているからでもある。 ともかく、古典を参考にできないとなれば、へたはへたなりに、満足行くまで何度でも描き直すしかない。 -------というわけで、まる一日、蹠を研究していたのだが、ようやく自分で納得いく描写に仕上がった。
Aug 27, 2016
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朝の光と空気に、かすかな秋の気配が感じられた。とはいえ昼間はあいかわらずの猛暑である。 民生委員としての仕事で例によって自転車で外出し、そのついでに少し遠出の買い物をした。京城(ソウル)展のための作品にあらかじめ展示用の金具をとりつけておこうと、作品の大小にあわせて2種類を選んで来た。 往復の途中で自動販売機で飲み物を買って水分補給。実際、目眩のするような暑さだ。 それにしても年の所為か、自動販売機で買ったものをその場で飲んだりするようになった自分に、驚くとまでは言わないが、行儀が悪くなったものだと思う。子どもの頃,青少年時代、私は旅行中の列車の中でも人前で飲食物を口に入れることができなかったものだ。-------まあ、熱中症になっては大変なので、自分ばかりではない、家人の外出時にも、こまめに飲み物を摂るようにと言って送り出しているが。 帰宅して仕事場に入っても、それからの休憩時間が長い。なかなか仕事にとりかかれず、グッタリしていた。気をとりなおして筆をとり、執筆開始。次第に完成時の効果が見えてきている。「いいぞ、いいぞ!」と内心に呟く。
Aug 26, 2016
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きょうは月例の合唱練習日。出かける時間まで制作にうちこむ。 エロチックな作品だが、いいぐあいにできてきている。とにかくめちゃくちゃなことをやって、なおかつ品よく------というのが狙いだ。まあ、そのてんは自信がある。自信がなければこんなことを今更やりはしない。--------ここ数年来の新作をブログに掲載できないのが残念。さまざまな事情があるのでいたしかたない。 合唱練習は、絵画制作とはまったくことなる環境になるので、私は息抜きになっている。他の仕事で制作を中断しなければならないのとは気分的にちがうのは、合唱も音楽をつくりあげてゆくということでは、絵画制作の精神と共通するものがあり、私としては苦痛ではない。むしろ練習日を楽しみにしている。 たとえば今日なども、男声パートは休んで女声パート(ソプラノとアルト)のハーモニーや音質が次第に豊かな響きになってゆくのに耳をかたむけていた。1回目に対する先生の指示が、2回目には克服されてステップアップしたのがはっきりわかる。そういう芸術的成果を如実に確認できる現場に自分がいるというのは、じつにおもしろいものだ。
Aug 25, 2016
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きょうは朝夕と民生委員としての仕事で、制作に集中するのが難しかった。しかし、仕事場に帰ってきてドアをあけるたびに、やりかけで立てかけてある作品に「はっ!」とする。自作に対していい気なもんだが、でも、そう思えることが私には仕事がうまく運んでいる証である。自分の作品に新鮮な驚きを感じないで他人を驚かせられるはずはない。 もう10日もすれば完成するか、それともまだ2週間はかかるか。画商との約束の期限までにはまだたっぷり時間はある。高揚感を持続させながら、あせるまい。じっくり取り組んで行こう。
Aug 24, 2016
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台風9号は我家を何事も無く置き去りにして行った。都内では原宿駅で倒木のために山の手線の一部が長時間運行不可になったようだ。東北の太平洋沿岸部や道東部は河川の氾濫など大きな被害に遭われたところは、まことに御気の毒であった。 北海道が台風被害にみまわれるのは珍しいのではあるまいか。我家は北海道に縁があるけれども、少なくとも私は耳にしたことがない。 そして、ふと、大昔の歴史上の出来事を「あれは、台風だったのだろうか?」と思った。 母がたの家が代々の寺院であることは、このブログでもたびたび口走ってきた。曾祖父・顕月が、遙か昔、延宝6年(1678)12月22日から23日にかけての大火災で消失して途絶えていた大伽藍の塔頭の一寺を、現在の地に再興した。 その大火災というのは、北海道松前藩五代藩主矩広(のりひろ)の「柏巖禅師斬首事件(門昌庵騒動)」にまつわるもので、松前藩の怪談として有名である。 藩主の菩提寺の柏巖という禅師が、讒言によって流罪地に送られ、門昌庵で斬首された。その首を首桶に入れて松前に戻るときに、上ノ国までやって来ると猛烈な嵐になった。そのため江差まで引き返して上述の寺に泊まった。首を内陣に置き、外陣の本堂に16人ほどの侍たちが寝た。するとその夜------言い伝えによると-------首桶が倒れ、中から柏巖禅師の首が転がり出て火を吹いた。大伽藍は一夜にして全焼してしまった。 幕末の頃には曾祖父は再興を果たしていたのだけれども、火災はそれよりおよそ200年前のことになる。 さて、私が先に「あれは、台風だったのだろうか?」と思ったのは、首桶を運んでいた侍や警護の者達が遭遇した「上ノ国の大嵐」というのは、はたしてどれほどのものだったのだろうかということだ。「上ノ国(かみのくに)」という地は現在もある。昨日台風9号が北上して行ったちょうど反対側の地方だ。 北海道に台風がないのは、気象学的には樺太海峡の低温海水のためらしい。すなわち温かい海水からたちのぼる水蒸気が台風のエネルギーになるのだが、樺太海峡の冷水がそのエネルギーを殺いでしまい、台風にならないのらしい。 ということは、昨日の例は、北海道以北の海水の温暖化が指摘できるわけで、台風被害以外に漁業への影響等、大きな問題をふくんでいることになろう。 まあ、例によって私の思考はあっち行ったりこっち行ったり、いろいろ駆け巡るが、延宝6年12月22日の上ノ国を襲った暴風雨について、何か歴史傍系資料はあるだろうか。ちょっとそんな詮索癖が頭をもたげたのだ。 また別な話しになるが、私の青春時代の町、会津若松についてもブログに何度も書いてきた。戊辰戦争(会津戦争)のとき、白虎隊二番隊の十九人が戸の口原の戦いから潰走し、自刃の地・飯盛山へ到達した日、暴風雨だったと言い伝えられてきていた。じつは、この天候が正しいことが別の方面から確認されている。榎本武揚らが咸臨丸その他の旧幕府艦隊を奪って江戸品川沖から蝦夷地へ脱出するため仙台をめざした。ところが船団は常陸沖合で大しけに遭い、咸臨丸と美加保丸が沈没している。------この日の暴風こそ、会津白虎隊の少年達が遭遇した暴風雨だったのだ。いかに猛威をふるった雨風かが、この両者をすりあわせて分かる。 榎本武揚の名が出たついでに、箱館(函館)戦争(あるいは五稜郭戦争、1868-69年)のときのこと。松前藩主徳広が腰元などを引き連れ敗走した。その足音を私の曾祖母は耳にしている。雪解け道をビチャビチャ、ビチャビチャと走る音。 史書によれば松前城を脱出した藩主徳広は、一旦、館城に拠り、明治元年(1968)11月12日にそこを退去。館城も15日に落城。徳広は熊石に退き、22日に家臣ら数十名とともに船で弘前藩へ逃亡している。 熊石という地は、先述の柏巖禅師の流罪地でその門昌庵があった地である。曾祖母が耳にしたという敗走の足音というのはどの時点のできごとなのか。藩主はいったん庄屋の家(上戸家)に泊まったと、曾祖母は言っていたようだ。風呂の中で一心不乱に念仏を唱えていた、とも。 台風9号のことから歴史上の気象に思い巡らしながら、取り留めも無くとんだ話になってしまった。 【下の画像は、私が子どもの頃、祖母にもらった「門昌庵縁起」(昭和8年刊)。上述の事件の経緯が書かれている。】
Aug 23, 2016
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はげしい雨が降っている。風も強い。台風9号が昼過ぎに関東に上陸するもよう。 我家の近辺と言えるかどうか、さきほど12時15分前後に2、3分間の停電が2度あった。コンピューターやテレビの電源が突然落ちたのだ。我家だけのことだろうか。わずか2、3分間というのがかえって気にかかる。--------おや! ただいま市の広報車が住宅街を巡回し、土砂災害の危険性があるため避難の心づもりをするように呼びかけている。放送による防災注意もはじまった。
Aug 22, 2016
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昨日はこのブログ日記を書かなかった。制作の大事な部分に取り組んでいたからだが、じつは朝、午前八時半に主治医のクリニックに行った。もう2ヶ月前に受診した年1回の健康検診の即日出ていなかった結果をまだ聞いていなかった。ズボラと言えばズボラだが、忙しいので2ヶ月後にと、先生には伝えてあった。 クリニックに着いたとき、主治医の院長先生が車に乗り込んで出かけるところだった。私の姿を見て「おや?」という顔をされたので、はたと気がついた。クリニックが夏休みに入っていたのだ。私はそれを忘れていた。院長は車を離れ、病院の職員入口を開けて私を招き入れた。そして簡単な診察をしてから健康検診の結果を説明してくださったのだ。まったく申し訳なかった。 その結果だが、まったく異常なし。栄養状態も良ければ、コレステロール値も中性脂肪値もバランスよく、肝機能も血圧も血糖値も、そして大腸がんも、いずれの項目もまったく問題無し。よく自己管理ができている、と。 というわけで、意気揚々と帰宅し、仕事場にとじこもったのであった。 亡母の死後、私はマメに主治医のクリニックで簡単な検診を受けている。最期まで画家として執筆していたいからだ。それ以外に何の望みもない。 子どもの頃はひょろひょろして病弱のように他人には見られていた。60歳の時にたまたまのように中学時代の体育教師と音信が復活した。ずっと私の消息を当たっていたようで、「オメぇ、ひょろひょろしてたから、もう死んだんじゃねべかと思っていたんだ」と電話でおっしゃった。 ところが、その見かけと大違いで、71歳の今日まで病気らしい病気をしたことがない。風邪もひかない。最近の風邪ひきは、9年前だ。そんなことを覚えているくらい、まあ、しぶといほど頑健だ。両親も私の健康状態を気遣うことなどなっかったのではないだろうか。いま、主治医に診てもらっているけれど、それまで私自身に関しては、病院知らずだったのである。 自己管理といっても私の場合、全然マニアックではない。第一、私は気をつけて何かをしなければならないという「枷(かせ)」が大嫌いだ。じゃあどうして管理しているかというと、日常の生活時間のなかにごく普通なこととして組み込んでしまうのだ。 たとえば、我家に車はあるが、私は運転をしない。なぜか。街の人を見るため、風景を見るため、道端の草や昆虫を見るため、空気を嗅ぐため、雨風を肌で感じるため。そうしたことが画家である私に、もっとも必要だからだ。 「不便じゃないですか?」と言われる。「何が?」と私は思う。「便利」が私のとぼしい画家の感性を殺いでしまったら、私はどうして生きていけばいい? たしかに、そのために家人は私に協力してくれているのだから、私は家人を犠牲にしていることになる。 そうして車を使わないで自転車を使い、それを運動にしている。 我が町は山あり谷ありの凸凹な地形だ。バス路線が縦横に発達しているわけでもない。要するに東京都といっても不便な町なのだ。私はそれを自分の健康のために逆手にとっているのである。 私にはランニングしたりスイミングしたり、そのほかのエクササイズのために時間を割く事はできない。そういう時間が「もったいない」のである。それに、あらためて健康のためになどと考えただけで、やる気が失せてしまう。そういう気力がまったくない。自分自身を知り尽くしたうえで、私は「無意識」のうちに自己管理を「徹底」しているのである。 徹底的ではあるが、失敗しないようになんて全然思わない。失敗したらやりなおせばいいのだもの。気楽に,気楽に。ハハ、のんきだネ、というのが極意。 -------ただし、この極意にはもうひとつ大切な極意が入れ子になっている。すなわち、科学的に分析的に導きだした管理のルーティンに気ままな「穴」を開けないということだ。 こうして私は死ぬまで筆をにぎっていようとしているのである。どうなることやら。最期の日は、近づいている。
Aug 20, 2016
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日本女性は強い。五輪レスリングの話しですが。 48キロ級で登坂絵莉選手が金メダル。58キロ級で伊調馨選手が金メダル。69キロ級の土性沙羅選手も金メダル。 伊調馨選手は女子の五輪種目では全競技を通じて史上初となる4連覇である。 女子レスリングは今日、53キロ級に4連覇を目指す吉田沙保里選手、63キロ級に川井梨紗子選手、75キロ級に渡利璃穏選手が登場する。いずれも上位メダル獲得が期待できる選手。はたして結果はいかがか。 バドミントンの女子ダブルス決勝に登場する高橋礼華・松友美佐紀両選手にも期待がかかる。勝てば日本ペアとして初めてのゴールド・メダリストとなる。デンマークのペアとの対決である。 閑話休題 午前中に新宿に買い物に出た。じつは途中の駅まで自転車で行き、駅近くの駐輪場に預けて電車に乗り換えた。ついでに買ってきてほしいと家人にたのまれたものがあり、しかしその店は駅から離れていたので、それならば途中までは自転車で----ということにしたのだ。 その判断が良かったのか悪かったのか。帰路、電車を途中下車して自転車に乗り換え、鼻歌まじりにペダルを踏んでいたまでは良かったのだ。午後2時15分。もうれつな音をたてて雨が降り出した。バケツをひっくり返したようにとは、このことだ。たちまち着の身着のままで川に飛び込んだように、ズブズブグチャグチャ。荷籠に入れたデパートの紙袋は、中に持ち重りのする品が入っていたので、すっかり破けてしまった。 一昨日も雨に当って、そのときは生乾きの洗濯物を着たような程度だったが、きょうは絞れば水がほとばしる状態。通りを行く車の運転席から「あらら!」という顔が見ていた。 帰宅してシャワーを浴び、着替えをしていたら画商の担当者から電話。京城(ソウル)と大邱(テグ)の展覧会のための現在制作中の作品の進捗状況について。ソウルの分は完成している。あとはテグの分だ。 「滅茶苦茶なことを描いている」と言うと、「いつも、いい意味で予想を裏切られる作品を受けとるので、それも楽しみです。観客もそう思っていると思います」と、まあ、これは私の意欲を殺がないようにするベテラン担当者の戦術だろう。サンキュー、サンキュー。 「お着替え中でしたね、風邪ひかないでください」------サンキュー、サンキュー。
Aug 18, 2016
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午前10時から執筆を開始し午後7時まで、ほぼ終日、作品にとりついていた。構図の迷いは、大幅に変えることなく、要素をひとつ加え、それによって別の要素を従来の位置からずらして解決。 70歳を超えてから滅茶苦茶なことを描き出した。それでいいのか悪いのかなど、もう考えない。プロモーターは面食らうかもしれないが、どっちみち発表しての結果はみな私に還ってくる。家人はそのような私の方向性に以前から反対していたが、今では何も言わない。言っても聞かないことを、あらためて知ったのだろう。 ところで、その「滅茶苦茶」だが、今日、ふと思い出したのだ。昔、20歳前、絵描きになるなんてまるで考えていなかった頃、スケッチブックに手慰みで描いた鉛筆画が、現在描いている作品によく似ていたことを------。 もちろんそっくり同じではないが、そのことに気がついてみると、どうも執筆しているときの気持というか感覚というか、はたまた眼前にない何事かをとらえてくる手法というか、-------それが重なってくるのだ。懐かしいというのでは全然ないが、ああ何だか同じようなことをやろうとしている、と。昔の稚拙さを、今、あの頃より少しはましな確かな技術で描こうとしている-------そんな思いがした。
Aug 17, 2016
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未明にかけて関東沿岸に台風が接近しているという。我家のあたりも午後3時前から雨風が吹きはじめた。ちょうどその時刻、降り出す前にと自転車で猫の缶詰を買いにでたのだが、帰路、もう少しで家に着くというところでバラバラと音をたてて横殴りに降り出した。ずぶ濡れにはならなかったものの、上から下まで生乾きの洗濯物を着たみたいになってしまった。 家人が明朝、横浜へでかけるという。友人達と会合があるのだそうだ。先日も屋形船を借りてパーティーをしたようだが、まあ、台風のなかご苦労なことだ。 さて、あいかわらず作品を創りつづけている毎日だが、ここに来て構図にちょっと迷っている。解決案がみつからない。筆を止めて、一両日考えてみることにする。
Aug 16, 2016
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午前中に墓参してきた。 昨日(日曜日),一昨日(土曜日)は高速道路も墓地の駐車場も混むだろうと予想し、今日まで延ばしていた。案の定、往きも還りもスイスイ。墓参の人影もそれほど多くはなく、むしろ深閑として、時折心地よい風が吹き抜けていた。 昨年の盆祭のときに、我家の墓地に、植えたはずのない白百合が一本咲いていた。それが今年は四株になっていた。しかも去年の株に寄り添っているのではなく、それぞれまったく離れたところにちょうど墓石の四方を囲むように育っていた。風媒花ならまだしも百合は球根草なので、球根分けをして移植しないかぎり、離ればなれに四方を囲むように生えることなど考えられない。しかもわがやの墓地は玉砂利を敷きつめてある。いったいどうしたことだろう。 私は合掌しながら、四本の白百合が我家の墓守という幻想を、しばし楽しんだ。 私の17歳の詩集『窓なきモナド』のなかのわずか二行の短詩に、 墓の群れのなかに うつむきし山百合----------------------------------- オリンピックは、日本選手がつぎつぎにメダルを獲得している。メダルにはおよばなかった選手も、その闘いぶりは賞賛すべきすばらしい熱戦の軌跡である。 体操の男子種目別床運動の内村選手と白井健三選手は共にミスをして残念ながらメダルを獲得できなかった。世界の体操界から多くの敬意をあつめているお二人だが、まさに上手の手から水、あるいは弘法も筆の誤り、猿も木から落ちる--------ハハハ、喩えはいくらでもできるが、彼らの凄さはメダルなど突き抜けている。 錦織圭選手の3位決定戦もすごかった。相手はラファエル・ナダル選手(スペイン)。過去、ふたりは11回対戦している。互いに手の内を知り尽くしているといってもよいかもしれない。 錦織選手は準々決勝でアンディ・マレー(フランス)と対戦し、錦織選手が苦手意識をもっているといわれてきたが、そのせいかどうか知らぬが、ミスがつづいて完敗してしまった。リオ五輪での錦織選手の対戦を通じて、このような試合はなかっただけに、「苦手意識」はこんなにも影響するのかと驚いた。 しかし、この3位決定戦での錦織圭選手はちがった。錦織選手にとって日本の期待は重圧だったであろう。なにしろメダルを獲得できれば、なんと96年ぶりのことだというのだから。 息詰まる試合というのはこのことだ。1セット目は錦織選手が取った。2セット目も-----と思ったらナダル選手が息を吹き返し、あわやのところで錦織選手は6−6のタイに挽回。そこから7ポイント先取すれば勝敗が決するすさまじい闘いがはじまった。 結局、幾度ものブレーク・マッチを最後に制したのは錦織選手。しかし、どちらの精神力も讃えなければなるまい。------------いいもの観ちゃった!というのが正直な私の感想だ。
Aug 15, 2016
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すごい試合だった。錦織圭選手とガエル・モンフィス選手(フランス)との準々決勝戦。 7−6、4−6、そして最後の第3セットが6−6で7ポイント先取のタイブレーク、錦織はいきなり0−4と先行された。3−6と挽回したものの、モンフィスはあと1点で勝利。しかし錦織は耐えて5−6。そしてサーブはモンフィス。ところがここでモンフィスはまさかのダブル・フォルト。6−6。ここから錦織はすごかった。ファースト・サーブを入れて7−6の劇的大逆転。すごかった。 試合時間2時間50余分におよぶすさまじい試合を錦織は制した。日本テニス界の五輪における96年ぶりのメダリストとなることを期待されて準決勝へすすむ。対戦相手はアンディー・マリー選手(イギリス)だ。まもなく午前0時(日本時間)に始まる。 それにしても準決勝進出選手の顔ぶれは、いつもの4大世界大会とかわらない。ジョコビッチ選手が初戦で敗退してしまったのは、意外というより呆然としてしまったが、しかしこの戦列にならんだ選手は、ゆるぎない本当の実力者たちなのだな〜!と、ヘンに感心してしまう。恐ろしくも潔い世界だ。 さて、私は今日はまるまる一日、制作を休んだ。理由はとくに無い。たぶんこれが一日だけの夏休みとなろう。
Aug 13, 2016
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メダリストがつぎつぎに生まれている。 競泳女子200m平泳ぎ、金藤理絵選手が圧倒的強さで金メダル。バルセロナ五輪(1992年)の岩﨑恭子さん以来の快挙。 競泳男子200m個人メドレー、萩野公介選手が銀メダル。萩野選手は今大会でこれが三つ目のメダル。 卓球男子シングルスで水谷隼が銅メダル。男子卓球では日本人初のメダリスト。「エア隼(じゅん)」とでも名付けたいような、空中飛翔からのものすごいショットは、この大会での見ものだった。 柔道男子100キロ級で、羽賀龍之介選手が銅メダル。敗者復活戦での1本勝ちはみごと。 私の仕事は3時過ぎに早々と終了。この後1日、指触乾燥(完全に乾いていないが表面が指でさわって濡れない程度の乾燥状態)を待つことに。かなり進んだ。初期塗りをすこし急いだのは、後の描法に時間をかけたいのだ。
Aug 12, 2016
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オリンピック。体操男子個人総合、内村航平選手の金メダル。その闘いぶり、ウクライナのオレグ・ベルニャエフ選手に0.901ポイント差をつけられてのぞんだ最後の種目鉄棒。目を見張った正確さ、美しさ。得点は15.800。しかし内村選手の後に演技するベルニャエフ選手が優勝するためには14.8なにがしかのポイントでよく、一般にメダル獲得ラインは15ポイントといわれているから、それを下回る点数を出す事など、落下でもしないかぎり同選手にとっては容易なはず。 TVを観ながら手に汗にぎるとはこの二人の対決だ。 ベルニャエフ選手の演技もすばらしい、ほぼ完璧なものだった。-------判定には時間がかかった。得点は14.800。なんと0.099の僅差で内村選手の優勝。 そして内村航平選手はオリンピック個人総合2連覇。 オリンピックで団体総合と個人総合で一人で二冠は、日本の体操界では過去に二人だけだ。東京五輪の遠藤幸雄氏、メキシコ五輪とミュンヘン五輪で2冠2連覇の偉業の加藤沢男氏。そして内村選手となる。 この二人の好敵手の点差について、試合後の記者会見でのできごとを朝日新聞デジタルが伝えている。すなわち審判が内村選手に好意をもって高得点が出されたのではないか、という質問が発せられたというのだ。記事を引用すれば、次のようだ。《 内村は「僕が審判に気に入られていると言うことですよね。まったくそんなことは思っていない」。すると、別の質問に答えていたベルニャエフがわざわざ、「先ほどの質問だけど、いったん得点が出ればそれは公平なものだし、内村は過去に今回よりももっと高い得点を取っている。だからそういう質問は無駄だと思う」と話した。》(朝日新聞デジタル 河野正樹 2016年8月11日15時57分 より) 【山田註】記者会見でのこの質問を発した記者(どこの国のどんなメディアかは不明)を心ないと批判してはなるまい。たぶん日本のメディアは「心ない」と報じることが予想されるが、この記者はジャーナリストとしてまったく正しい精神の持ち主というべきだ。なぜなら体操の専門家ではない一般観客の目には、ベルニャエフ選手の着地における一歩とびだしはあったものの、14.800という点数は、落下以外に有り得ないからだ(実は大変細かな点で、たとえば腰が伸びていないとか、腕が曲っているとかが専門家から指摘されている)。つまりそのように考える観客の疑問に応えるためにも、取材対象へのこの鋭さは、ことばの選択とともに、日本のジャーナリストのおおいに学ぶべきこと。もちろん、内村選手の答弁はすばらしい。ベルニャエフ選手の人格も高潔ですばらしい。 さて、メダリストはまだいる。 柔道男子90キロ級でベーカー・茉秋(ましゅう)選手が金メダル。 同じく柔道女子70キロ級で田知本遙選手が金メダル。 競泳女子200mバタフライで星奈津美選手が銅メダル。 ぞくぞくと活躍の映像が送られてくる。 私はあいかわらずほぼ終日作品制作にかかりきりで、ときどき食事をしながら録画ビデオを観ている。
Aug 11, 2016
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午後5時、きょうの制作を終了。下図を拡大し、すでに1週間ばかり以前に地塗りしておいたキャンヴァスに転写。その後、1年程前から試行していた新たな技法のための仕掛けをほどこした。1日乾燥させて2回目の仕掛けをほどこし、それ以外のところに並行してプリミエール・クーシェにはいることにする。 オリンピック------------ 競泳男子800メートルリレー(萩野公介、江原騎士、小堀勇気、松田丈志)で銅メダル。この種目でメダル獲得したのは1964年の東京オリンピック以来だという。 同じく競泳男子200mバタフライで坂井聖人選手が銀メダル。優勝はマイケル・フェルプス選手(アメリカ)、1分54秒36。坂井選手は1分54秒40。なんと0.04秒差の勝敗。 この坂井選手はすごかった。150mでターンしたときは6番手だった。フェルプス選手は力強い泳ぎで終始トップ。坂井選手にメダルはとどかないかと思った私はまことに失礼きわまりなかった。ものすごい追い上げ。ゴール手前5mあたりで、フェルプスを抜くか!と思ったが、まさにタッチの差でフェルプス選手に金メダルを攫われた。 ちなみにフェルプス選手のオリンピック金メダル獲得数は歴代最多の通算21個だそうだ。「怪物」と称されるゆえんだなー! カヌーのスラロームで羽根田卓也選手が銅メダル。カヌーではアジアで初のメダリスト。 柔道男子81キロ級で永瀬貴規選手が銅メダル。
Aug 10, 2016
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38℃とは驚いた。まさに猛暑である。朝、庭の植木鉢に水やりしたほかは外出はしない。仕事場にとじこもって作品構想を練っていたが、なんとその部屋に3種類の冷却装置を稼動させた。エアコンデショナーと小型扇風機、そして坐りつづけているイスに空冷座布団。まあ、おかげでどうにか構想がまとまり、下図の下図もできあがった。明日はこれを拡大してキャンヴァスにトレースする。おおまかな下塗り(プレミエール・クーシェ)までやれるかどうか。 さて、オリンピックは体操男子団体が金メダルを獲得した。内村航平・山室光史・田中佑典・加藤凌平・白井健三の各選手のすばらしい演技に堪能した(録画しておいたのだ)。 そして柔道男子73キロ級で、大野将平選手が金メダルだ。女子57キロ級で松本薫選手が銅メダル。 そうそうマーリンズのイチロー選手が3000本安打を達成したことも嬉しい。 私はTVはニュースと国際スポーツを主として観るだけなので(じつはオワライも好きなのだが、近年のオワライは私には子ども騙しで、ああ、ここでも幼稚化がすすんでいるか!と思うばかりだ)、オリンピック中継は全部観たいのだが、忙しくてそうもしていられない。 男子サッカーのグループ初戦の対ナイジェリア戦や、女子バレーボールの初戦の対韓国戦などは、途中まで観て、あっこれは何かがおかしい、敗れるな、と直感したところで観るのをやめてしまった。案の定、このそれぞれの試合は敗戦だった。 見限っているわけではなくて、次の試合までに立て直しができるかどうかに関心があるのである。体操男子団体戦がまさにその例で、彼らは予選で意外なほどミスがつづいたのだが、それから中一日で見事に立て直してきた。 いったい、何をどう調整したのだろう? メンタル面だろうか、技術面だろうか? 私がスポーツに関心をもっているのはそういう点だ。
Aug 9, 2016
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71年目の長崎原爆忌。 昨年1年間に亡くなった被爆者は3487名。長崎原爆死没者名簿には、総数17万2230名のお名前が記された。 この方々に「安らかにお眠りを」などと私たちが祈るのは、私たちの勝手な、そしていい気な思いだ。この方々が安らかに眠れるはずがあろうか。無辜の人々が、この世の火焔地獄のなかで、蒸発するように死んだのだもの。 そして、その咆哮する魂を我が身に負うことができない私の感覚の、なんと鈍いことか!
Aug 9, 2016
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オリンピック。 水泳男子個人400mメドレー、萩野公介選手が金メダル第1号! 同じく瀬戸大也選手が銅メダル。 ウェイトリフティング、三宅宏美選手が銅。 柔道男子60キロ級高藤直寿選手が銅、柔道女子48キロ級近藤亜美選手が銅。 メダル獲得のニュースとともに、意外な場面も目撃することに。体操団体、日本選手につぎつぎにミス。内村選手が鉄棒で背中から落下したり、床運動の白井選手がマットから飛び出る着地をしたり、田中選手、山室選手もミスをして、予選は4位。中国と1、2位を争うかという大方の予想が意外な結果になった。決勝までにたてなおしてくることを期待しつつも、内村選手はこの鉄棒のミスによって個人種目鉄棒の出場権を失ってしまったのはなんとも残念。 さらに意外だったのはフェンシング、フルーレの太田雄貴選手が初戦敗退してしまったことだ。あっけない幕切れにTVの前の私はいささか呆然としてしまった。太田選手は試合後、引退を表明した。 大阪の占いタコが、日本の金メダル獲得数を8個と予想していた。どんな結果になるやら。私の希望的予想も7〜8個だ。------------------------------ さて、毎日34℃前後の猛暑がつづいている。私の作品制作も、一昨日、小品シリーズの最後の作品が完成した。すぐに次の作品に考えを進めるが、まだ構図が決定していない。期限の9月15日から逆算しながら、時間の過ぎ去る早さばかりが気になるが、できないものはできない。 小品シリーズの感覚を少しく引きずっていて、しばらく考えるのをやめて、合唱練習で新しくはじめた曲の楽譜をとりだして、小声で歌っていた。 沖縄の歌である。歌詞は漢字で書いてあるが、読み方や発音が独特で、私は練習初日にルビをふっておいた。節回しも独特ではあるが、まあ、おぼえやすい曲だ。 You tubeで探したら、何人かの人が歌っているのをみつけた。しかし、プロの歌手をふくめて誰一人として楽譜どおりに歌っていないので、これにはちょっと驚いた。音程がはずれているのは論外だが、スタッカートを付けたり、1音抜かしたり、休符を入れたり--------。いやはや。
Aug 8, 2016
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71年目の広島原爆忌。今年は何人の被爆者がお亡くなりになったことか。 世界の核廃絶ムーブメントはいまだに前途多難だ。新防衛大臣も前々東京都知事も日本が核保有国に向かうべく,軽薄な言動のパフォーマンスで浮薄な国民の有卦をねらう。防衛大臣の発言内容を首相は否定するが、この政府は常に二枚舌。国民に嘘をついてミスリードすることを政治と心得ている。これは現政府に限ったことではなく、この国の政治のありようのひとつの大きな特徴だ。 核保有は暴力団(ならず者)の脅しの道具のようなものだ。その意味では専守防衛型兵器だが、実戦的にはむしろ先制攻撃型兵器といってよかろう。つまり核保有するということは、はじめから攻撃をしかける意思決定がなされていなければ、保有している意味をなさないのだ。 戦争は、国民に精神力があるかないかの問題ではない。固有の物産資源があるかないかの問題だ。こう言ってもわからないだろうか。日本にはその資源が絶対的に無い、ということだ。物産資源は、いくら「頑張って」も地から湧いてくるものではない。日の丸染めた鉢巻きして竹槍もって突進する時代ではない。75年前だってそんなことは世界のお笑いぐさだったのだが、井の中の蛙大海を知らず状態の日本国民の狂気は、広島と長崎に原爆を落されてはじめて「本当の世界」と向合うことになったのだ。 そんな地獄を経験したにもかかわらず、戦後の原水禁(原水爆禁止運動)は数年も経たずして内部分裂し、やれ誰が指導者になるだの政党がちがうだの、-------バカはいつまでたってもバカ。戦争の生き血をを甘い汁として吸っていた者達がいたというこを知ってか知らずか、その「利口者」に手玉に取られるはめになって今日の日本がある。なんと「美しい」ことか! 地球の反対側、ブラジルのリオデジャネイロでは、今日、オリンピックが開催された。私もTVで3時間余の式典を観た。日本選手団の登場は広島原爆投下の時間に合わされて演出されていた。 このオリンピックで初めてのことがいくつかある。ひとつは「難民選手団」の受け入れである。もうひとつはオリンピック名誉賞がケニアのキプチョゲ・ケイノ氏(Kipchoge Keino, 1940-)に授与されたこと。ケイノ氏は元陸上競技の選手。現在のケニアの陸上中距離を世界的な位置に押し上げたばかりではなく、貧困児童の救援、学校設立など、同国の教育のために尽力しつづけていられるという。 そのお名前を私は記憶にとどめ、敬意をもってささやかながらここに記しておこう。
Aug 6, 2016
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五輪開会式を前に始まった男子サッカー。日本はB組予選リーグ初戦でナイジェリアと対戦。4−5で敗れた。 ナイジェリア・チームは現地到着が遅れ、合宿地アトランタから6時間余のフライトで到着したのは試合開始6時間前。許されていた実戦ピッチでの1回の練習はできたのかどうか。疲労もあっただろうに、我が日本チームを見事なプレーで降した。日本チームは勝ち目がないわけでもなかったが、点差がひらいてからのナイジェリアの頭脳プレーには足がだせなかった。 B組の他のチーム、すなわちコロンビアとスエーデンの試合は引き分けとなった。つまりB組初戦の結果は、ナイジェリアがトップで勝ち点3、コロンビアとスエーデンはそれぞれ勝ち点1、日本は0。 今後日本はコロンビア、スエーデンと対戦するが、勝利をものにする可能性はあるものの、場合によっては得失点差が鍵となる。今日の負けは必ずしも楽天的には受け止められない。 というわけで、いささか意気のあがらないリオ五輪開幕となった。口先だけでは勝利を得られないのが、スポーツのおもしろさ。私はそこが好きだ。
Aug 5, 2016
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リオ五輪が始まる。かつてこんなにも多難だった開催地はなかったように思う。報道によれば同国国民の50%以上が開催に反対だというのだから、これを推進した人達の思惑は奈辺にあるのだろう。大統領が開会式に出席しないらしい。弾劾裁判にかけられ職務停止となっているからで、副大統領も汚職が疑われており、騒動と混乱はやむことがない。生活が苦しいい国民にとって、巨額出費するオリンピックでもなかろう。抗議行動にこめられた国民の憎悪は、真性とみなければならないだろう。 それにしても、男子サッカーは日本時間で今夜午前2時前には予選リーグ戦がはじまる。明日は日本チームがナイジェリアと対戦する。しかし、可哀想に、ナイジェリア・チームはお金がなくて、合宿地のアメリカ・アトランタから飛行機を飛ばせないのだそうだ。遅くとも試合の2日前には開催地に入らなければならない規則があるようだが、試合当日の到着さへ危ぶまれている。一時貸付のようなかたちで救援できないものだろうか。【後記】 国そのものの存在を危うくする国際経済のありさまを、こんな形でまのあたりにしようとは! なんともやりきれない。【後記】日本時間5日のCNNによれば、航空料金はデルタ航空が一時負担した。ナイジェリア・サッカー協会はこの立替金をすべて返済するといっている。 CNNは次のように報じている。 〈デルタ広報はこのはからいについて、「ちょうど20年前のこの日、ナイジェリアのサッカーチームはアトランタのオリンピックで奇跡を起こしてアルゼンチンに勝利し、金メダルを獲得した。我々は喜んで、もう1度奇跡の手助けをする」とコメントしている。〉--------------------------- 問題は変わるが、各国から危険視されるような愚かしい人物が、防衛大臣として入閣した。どうしてこういう人事をやるかね、安倍という男は。 日本会議という愚者のあつまりのように、お山の大将みたいに息巻いていては、結局は隣国と同列になってしまう。相手国をけなしても自らのやることが同じでは、国際社会の鼻つまみになるだけだろう。奇怪な愛国心をふりまき、許されていると勘違いして息巻くのは、外交の無能をさらけだしているようなものだ。 組閣人事成るや即座に他国から釘をさされるようでは、その人物はたちまちごたごた騒動を起こすに違いない。国防問題における風当たりを女性起用で避けようとしているなら、頭の悪い考えだ。
Aug 4, 2016
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昼前に民生委員としての2件の訪問の仕事をすませ、午後から制作。午後6時過ぎまで。小品は明日には完成するだろう。次の少し大きな作品は、まだ構図ができあがっていない。日曜日までには下図までもっていきたい。
Aug 3, 2016
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2日早朝の驟雨、そして昼過ぎに再びの驟雨。仕事場の窓越しに見下ろす家並の甍に叩き付ける雨音を聴きながら、終日こもりきりで制作。小品、残りの1点がまだ手を離れない。絵になるかならないかぎりぎりのところだな、と思いながら、勘所は押さえたつもりで力技。
Aug 3, 2016
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錦織圭選手は残念ながら3-6、5-7で優勝はジョコビッチ選手にさらわれて準優勝。 しかしながら第2セット、5-5で並んでから実に見応えのあるすばらしい闘いだった。ロジャーズ・カップで決勝に進んだのは今回で3度目のはず。試合後の新聞のインタビューで「(優勝は)近くて遠い」と言っているが、TVがとらえた試合終了直後のベンチに坐ってじっと考え込むような、あるいは放心したようにも見える姿に、「近くて遠い」思いは私にもひしひしと伝わってきた。 かたやジョコビッチ選手は、このロジャーズ・カップは4年ぶり4回目の優勝。マスターズ1000ツアーでの優勝回数は31回というからすごい。いったい、どこがどう違うのだろう、他の選手と? ところで第58代横綱千代の富士・九重親方が亡くなられた。 亡母の生れ故郷は千代の富士関と同郷といっていい近さ。そのためでもないが相撲ファンで、弟が両国国技館に連れて行ったりもしていた。私もTV観戦するのだが、観る時観ない時の時代に波があって、千代の富士関が活躍されていた頃は、私がイラストレーターとしてもっとも忙しい頃だった。たまにしか観れなかったが、その強さは忘れられない。そして「美しい相撲」だった。 TVのバラエティー番組などでおみかけしたのは、つい先頃のようにも思うが、あのころすでに病体であったのだろうか。ご冥福を祈ります。
Aug 1, 2016
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