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ああ、こんなこともあるのだ、と思った。夜明け近く、夢を見ながら歌を詠んでいた。ああでもない、こうでもないと決めかねて、「見せ消(け)ち」(一旦書いた文字を見えるように消すこと)にしようかなと思ったところで目が覚めた。夢の中で詠んだ歌が、頭の中に忘れずに残っていた。 たちどまり湯島社の梅が香は我が衣手に流れひかりて 湯島天神の境内で、梅の香にふと立ち止まると、その香りが私の衣の袖を光のように伝って流れた----。 一応、歌になっていた。 それにしても、どうしてこんな歌を夢のなかで詠んだのだろう。夢の前の部分はすっかり忘れてしまっていた。家人に話すと、「いつから宮司になったの?」と冷やかされた。
Feb 29, 2016
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昨日、角川書店から荒俣宏著『脳内異界美術誌 幻想と真相のはざま』が発売された。すでにこのブログに何度か書いて来たが、第6章に荒俣さんと私との対談『他人に見せる夢としての幻想アート」を収録する。 博物学者・小説家として、また古今東西の万巻の書物の渉猟者として、荒俣さんならではの「美術誌」である。 私に送り届けられた本に添えられた編集者からの手紙に、「人間の本能と美術の関係に鋭く切り込んだ、非常に読み応えのある1冊となりました」とあり、編集者岡田さんにとっても快心の1冊のようだ。 これから309ページを一気に通読しようと思う。
Feb 28, 2016
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テレビ東京の番組『美の巨人たち』が、会津若松市飯盛山山腹にある奇想の建築、円通三匝堂(さんそうどう)、通称栄螺堂(さざえどう)をとりあげていた。番組自体はつまらないものだったが、私は中学・高校時代にこの地に住んでこの栄螺堂に親しんだ。TV映像で見ると昔とは周囲の環境が変わっていて、個人の所有物件なのでいたしかたないとしても、残念なことではある。 このブログを始めてすぐの2005年8月24日に、私は栄螺堂について書いている。その記事を以下に再掲することにする。 また私の別ブログ「山田維史の青空日記・遊卵画廊」の2025年7月4日に英文 ”About the Japanese Meaning of the Double Helix (二重螺旋の日本的意味)" を掲載している。 「山田維史の青空日記・遊卵画廊」 会津若松市の北東に小高い岡のような飯盛山がある。戊辰戦争のとき白虎隊の少年達が悲惨な自刃をした場所である。御存知のかたもあるだろう。 この山の中腹に正宗禅寺円通三匝堂(さんそうどう)、通称栄螺堂(さざえどう)という大変めずらしい建築がある。寛政8年(1796)の建立である。ある種の建築空間に敏感に反応し、あまつさえ性的昂揚感さえおぼえる私だ。この栄螺堂こそ私の眷恋(けんれん)の建築のひとつなのである。 外観は六角堂なのであるが、内部はまるでDNAのように二重螺旋のスロープが4層を貫いている。高さは約16m。唐破風の正面から入ると、右回りにスロープが螺旋状にのぼり、頂上で橋を渡ると、下りのスロープがこんどは左回りに螺旋を描きつつ正面とは正反対にある背面出口に通じている。 まさにDNA遺伝子の二重螺旋構造そっくり。のぼる人と降りる人が顔を会わせることはない。本来、このスロープにそって計33体の観音像がまつられていて、上下一巡すると西国観音札所を巡礼したことになるという、江戸時代の庶民のための簡易巡礼道だった。 このような〈栄螺堂〉は葛飾北斎の「富嶽三十六景五百らかん寺さざゐどう」や、江戸名所図絵「五百羅漢寺三匝堂」にも描かれ、頂上の見晴らし台から遠く富士山を望み見る江戸の人々のすがたをしのぶことができる。現存するこの形式の仏堂は関東に3棟、そしてこの会津飯盛山の1棟だけである。しかし塔の形は飯盛山のものだけで、仏堂建築としてはきわめて特異なものである。 私としては、この特異な建築構造の発想の源を知ることに関心が向う。建築学的研究の嚆矢は日本大学理工学部建築史研究室の小林文次教授であろう。私の収集した資料のなかにこの御堂の実測図があるが、それは小林研究室が1965年8月に制作したものである。 はたして日本人のオリジナルな発想であるか、それともヨーロッパあたりの渡来であるか。 秋田藩主で画家でもあった佐竹曙山が残したスケッチ帳に二重螺旋の図があり、日本における初期西洋画についての研究者はこのスケッチを洋書からの写しと考えて来た。小林教授はこのもとの書物を1670年にロンドンで出版されたジョゼフ・モクソン(1627―1700)の著書『実用透視画法』の第35図であることを発見した。そして佐竹曙山が1785年に没していることをふまえて、飯盛山の栄螺堂が建立された1796年以前に、二重螺旋構造の建築図は日本の一部の人には知られていたと発表した。しかし小林教授は慎重に、曙山のスケッチと栄螺堂を結ぶ直接的史料は発見されていないと述べている。 二重螺旋階段といえば、私は、レオナルド・ダ・ヴィンチの発想になるというフランソワ1世のためのシャンボール城の中央階段を思い出す。つい最近(註;この記事を書いた2005年)、NHK・TVがレオナルドをめぐる番組でこの中央階段の映像を見せていた。残念ながらその天才的発想と同じ発想になる建築が、会津若松市に現存することまでは気が回らなかったようだ。 何もかもぶっこわしてしまった会津若松だが、どうかこの建築は建築史上重要なものであることを忘れないでほしいものだ。世界に誇れる建築でありますぞ。そしてもとはと言えば実用に発するものながら、なんと幻想味にあふれていることか。なんだかそのあたりに、実用と非実用とのうまい組み合わせの哲学が発見できるのではないだろうか。私はいまそんな思いに深くとらわれているのだ。
Feb 27, 2016
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大阪・梅田の車暴走事故で、運転の男性が事故直前に大動脈解離を突然発症し、大動脈が破れたことにより意識不明になり事故につながったと、大阪府警が司法解剖の結果として発表した。 実は、私の亡母が大動脈解離を発症した。ある日、胸部大動脈瘤の人工血管置換術 血管内治療(ステントグラフト内挿術)後の自宅療養中のベッドで、胸部に激痛が起り、猛烈な苦しみのなか、救急車で、通院していた大学病院に搬送した。私は救急車に同乗して付き添ったのだが、救急救命センターで医師から告げられたのが大動脈解離だった。 ただし、母は、ほとんど奇跡的に血管を構成する三層の膜のうち一番外側の膜が、文字通り薄皮一枚でつながっていた。しかし90歳を過ぎてい、先の大手術後ということもあり、手術不可能。絶対安静状態で服薬による自力回復を期待するしかないと言われた。 それから50日間の闘病が始まったのだが、母の生命力は驚異的だった。骨と皮ばかりのようにゲッソリ痩せてしまったが、血管は自力回復したのである。 その後、3年半の在宅医療になり、だが、次第次第に進む老衰との追いかけっこには勝てなかった。或る夜、午前0時過ぎ、私が一日の看護を終わって母のベッドの横の床にゴロ寝しようとして、母に「おやすみ」の挨拶をしようと顔を見やると、母の呼吸は止まった。就寝中の主治医を電話で起こし、駆けつけてくれるまでの間、私は心臓マッサージをしつづけたが、蘇生することはなかった。静かに眠ったまま逝った。 やってきた医師は死亡診断書を書くために帰り、交替するようにやってきた看護士に手伝ってもらいながら、私は母の衣装箪笥から絹の黒に近い濃緑色の地に金糸で細竹を織出した着物を選んで着せた。 看護士も帰り、私一人だけになり、私はスケッチブックをとって亡母の死に顔を描いた。 梅田の事件の報道を見聞きして、死因が大動脈解離だというので、亡母のことを思い出したのである。事件の車の運転者は、おそらく、ほぼ即死に近い状態だったであろう。
Feb 26, 2016
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おもいっきり歌い、ステージを楽しんだ。第3回・東京都民生・児童委員「合唱チャリティー・コンサート」、文京シビックホールのステージである。 このチャリティー・コンサートは東日本大震災による孤児と遺児を支援するための募金が目的で、これまで3800万円を贈っている。今回も多くの浄財が寄せられ、私たち東京都民生・児童委員一同はご来場のお客様に感謝しております。ありがとうございました。 「かしの木」合唱団としては、ワン・ステージでは物足りなく、もっとツー・ステージ、スリー・ステージと歌いたかった。 ------実はですね、内緒にしたいのですが、私、本番前に、一つの曲の暗譜していた自分のパートの2小節分を、不意に忘れてしまったのです。出番まで随分時間があったので、楽譜を見直して、本番ではどうということはなかったのだが、いやー、自分でもびっくり! 別にアガッテいたわけではないのです。歌いおわってから先生に、「まちがっていませんでしたか?」と聞くと、「だいじょうぶ、まちがいませんでした。やや走っていましたが」と言われました。-----内緒、内緒。 というわけで、次のステージは3月12日。日野市「福祉のつどい」に出演する。練習無しの〈ぶっつけ本番(後註)〉。もう一度楽譜を浚っておかなくちゃ---- 【註】〈ぶっつけ本番〉----この言葉、私の遠い親戚の著書の題名が原拠。その映画化でも作品タイトルになっている。 プログラム 画像の上でクリックすると拡大します。
Feb 24, 2016
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月末から3月半ばまでの連日の忙しい週に入った。今日の午後は1時半から5時半まで、民生委員としての場所を変えて二つの仕事。28年度の1年間の主要な活動スケジュールも決まった。この柱の周囲に、私の場合、月平均12日の福祉活動が入って来る。そしてもちろん、本職のスケジュールがある。すなわち、作品制作とその発表だ。 「老いて益々盛ん」というのは、どういう事を指すのか知らないが、決まったスケジュールをコンピューターのカレンダーに打ち込みながら、そんな言葉が浮かんで来た。
Feb 22, 2016
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きょうは東京大学駒場リサーチキャンパス内の生産技術研究所を訪ね、「Research Portrait02:Elegant Cell ー細胞とバイオマテリアルの小さな実験室」展を見せてもらった。細胞を生きたまま配置し、立体をデザインするという、「ものづくり」への新しい挑戦である。 「人間機械論」といえばフランスの唯物論哲学者ジュリアン・ド・ラ・メトリが、デカルトの「動物機械論』における心身二元論の延長線上に提起された思想であるが、私は上述のプロジェクト展を見ながらその「人間機械論」を思い出していた。が、しかし、この東京大学山中研究室と竹内研究室との共同プロジェクトは、もっと徹底していて、心身の「心」の方は完全に閑却されている。ジュリアン・ド・ラ・メトリの「人間機械論」は、センチメンタルと思えるほどだ。 山中研究室・竹内研究室共同研究は、細胞をきわめて高度な機能部品として生きたまま配置し(点、線、面、と表現していた)、ビーズ状に加工したり、線状にして編み込んだり、面として培養したものを折り紙のように立体化したり、要するに点・線・面という規格に沿った部品に加工することによって三次元構造体をつくるというものだ。 私の質問に対して研究員は、「指」を作る再生医療への応用例を言ったが、では感覚機能はどうかと言うに、線状の神経細胞をつくり電気信号を脳の知覚神経に連結することによって可能になろう、と。心筋細胞はそれ自体に伸縮(拍動)機能がそなわっているが、そのような電気信号を創りだすことが可能であろうと言うのである。 私がこの「展覧会」を見に出かけたのは、画家としての人間表現の可能性を研究するためであった。
Feb 21, 2016
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合唱コンサートで団員に迷惑をかけないようにと、午前中に主治医のクリニックに行き検診を受けて来た。なにしろ男性パートは6人しかいない。この人数で27名の女性パートとのバランスをとっているので、私ごときでも欠けるわけにはゆかないのである。 身体はすべて良好。肺も大変良いとの太鼓判を押してもらった。これで思いっきり歌えるというものだ。 帰りに、ふと見やると、あるお宅の庭先に桜が咲いていた。もう6、7分というところだ。桜の幹の独特の樹皮の照りも美しい。梅はすでに盛り。近くの梅園の梅祭りは3月13日までと言っていたが、はたしてそれまで保つかどうか。出逢った顔見知りに、「春ですねー」と挨拶された。「桜が咲いていましたよ」と言うと、「えっ、どこにですか」「○○さんのお宅」「見て来ます!」
Feb 19, 2016
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いよいよ来週24日水曜日、チャリティー合唱コンサートを控えて、今夕、最後の練習をした。総勢35名の我ら「かしの木」合唱団。一同、張り切って本番ステージを楽しみにしている。 皆様、どうぞご来場ください。画像の上をクリックで拡大画像に変ります
Feb 18, 2016
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角川書店編集部から連絡があり、荒俣宏氏と私との対談を収録した本、荒俣宏著『脳内異界美術誌 幻想と真相のはざま』が2月27日に発売になる。 先日、私はO氏邸サロンで美術講義をしたが、そのテーマに通じる問題を荒俣氏と話し合っていた。 以下、カドカワストアのwebから-----『脳内異界美術誌 幻想と真相のはざま』著者:荒俣 宏定価: 2,592円(税込み)発売日:2015年02月27日 目 次序 見えないもののリアリティーをさがして導入――「異様な美術」の発見史を見わたす1 驚愕の松沢病院コレクション 「熟成された幻想」のゆくえ with 春日武彦 京極夏彦2 「アウトサイダー・アート」の現場を巡る with 大西暢夫3 近世が産んだ「異なる画像」の歴史と運命 with 大内郁4 「脳」と「お化け」の謎に迫る! with 茂木健一郎5 「供養絵額」から見る遠野の深層 with 前川さおり6 「他人に見せる夢」としての幻想アート with 山田維史7 橘小夢 幻想を視覚化する技量 with 加藤宏明 •ISBN コード : 9784048851039•KADOKAWA/角川書店•サイズ : A5判 変形●荒俣 宏:1947年東京生まれ。作家・博物学者。1985年に執筆を開始した『帝都物語』は、500万部を超える大ベストセラーに。膨大な知識を駆使してジャンルを超えた文筆活動を展開、テレビでも活躍中。
Feb 17, 2016
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八百屋に春らしい香り高い芹があったので買って来た。夕食の一品として、おひたしにし、炒った胡桃を擂って味噌と合わせ、鰹出汁で溶いたソースをかけて小鉢に盛った。 芹を茹でているとき、不意に、小学1年生のころに長野県川上村住んでいたとき、母と一緒にバスに乗って農家の芹田に摘みに行ったことを思い出した。たしか隣家の親戚の家で、信濃川上駅の近くではなかっただろうか。60数年になる昔のことだから、映像はおぼろげだが、バスに乗っているところと農家の裏手の芹田とが浮かんできた。芹の緑だけが、あざやかだ。--------その家の名前が、思い出せそうで思い出せない。
Feb 16, 2016
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おもしろいねー! たったいま(午前10時7分)毎日新聞Webのニュースが、モーツァルトとサリエリとの共作をチェコ国立博物館が発見したと報じた。 映画『アマデウス』は、私は手持ちのDVDでも繰り返し観てきたが、サリエリがモーツァルトの才能に嫉妬して、ついには毒殺するという含みをもたせていた。冒頭にサリエリが収容されている癲狂院の様子が描かれていた。そしてモーツァルトの最後の曲、未完成となった『レクイエム』を、サリエリが発注したことにし、さらに病床のモーツァルトで『レクイエム』を作曲するのを口述筆記したことにしていた。ピーター・シェーファーの戯曲を原作とした映画だった。 チェコ国立博物館が発見した共作曲の存在は、少なくとも二人の作曲家の交流を物語り、それ以上にもっと重要な作曲上の接点があったことを証明しているであろう。つまり、両者のそれぞれ逆方向からの処世術としての歩み寄り、そこまで俗に考えたくないなら、後世の我々が歴史的に見て新旧と判断するスタイルのいわば潮目が共作と言う形で存在したということであろう。 発見された曲は、完全な形のものなのだろうか、それとも断片なのだろうか。 いずれにしろ、近いうちにその曲の演奏実現が聴けることだろう。チェコ国立博物館は16日に詳細を発表するという。 【関連報道】毎日新聞 モーツァルト:サリエリとの共作発見 【追記】17日のCNNによると共作者は、モーツァルト、サリエリ、コルネッティの3人で、さらにウィーンの宮廷詩人ロレンツォ・ダ・ポンテの30節の詩が付属しているという。楽曲は16日にプラハで実演披露された。
Feb 15, 2016
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我家の小庭に二羽のウグイス! 柿の上枝(ほつえ)に止まって、干涸びた柿の蔕(へた)を啄んでいた。家人を呼ぼうと、そっと玄関扉を開けたが、残念! 飛び去ってしまった。 なんだか蒸し暑い日曜日である。
Feb 14, 2016
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我家の小庭に二羽のウグイス! 柿の上枝(ほつえ)に止まって、干涸びた柿の蔕(へた)を啄んでいた。家人を呼ぼうと、そっと玄関扉を開けたが、残念! 飛び去ってしまった。 なんだか蒸し暑い日曜日である。
Feb 14, 2016
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まだまだ寒さに注意がいるようだが、しかし、我家の小庭のアガパンサスが、気づかないうちに5cmもの芽を出していた。一昨日までただの土床だった。昨日、一気にその土を押し上げて、たちまち強い緑の丈を伸ばしたにちがいない。例年のことながら、植物の力には驚く。 猫達も陽がささないうちからベランダに出て、室内に帰ろうとはしない。気温が温かくなっているのだ。 私は昨日、柿の木の剪定をした。この時期に適当な作業かどうか分からぬままに、葉が繁ってからでは高いところが伐りにくい。芽吹きもまだなので、隣家のフェンスを越して伸びている枝だけを伐ったのだ。電話の架線近くに4mもの高さで伸びている主幹を、しばらく躊躇いながら見上げ、可哀想だが1m程伐った。 高枝鋏に装着した鋸を操っていると、隣家の夫人が顔を出した。「高いところは大変ですね」と言って、一旦家の中に戻った。すぐにまた出て来て、「山田さん!」と呼びかけて「これ、召し上がってください」と、びっくりするような大きな梨を下さった。 ありがたく頂戴して、あとから、この時季に梨とはめずらしと思った。梨は収穫後の保存が難しい果実だと聞いたことがあったのだ。 季節はずれの見事な梨に驚いたが、春は確実に近づいている。
Feb 13, 2016
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重力波が観測されたというニュースで、報道メディアは持ちきりである。質量の巨大な二つの物質が衝突したときに起る空間と時間に歪みを生じさせる「波」のことで、「宇宙のさざ波」と言われている。アインシュタインが相対性理論の中でその存在を予言していた。しかし、その歪みはきわめて小さく、観測の成功は極度に困難とされてきた。今年は、この5月2日がアインシュタイン没後100年に当たる。その日を目前にして、マサチューセッツ工科大学などの「重力波観測プロジェクト」研究チームが、ついに13億光年彼方で起った二つのブラックホールの衝突によって発生した「宇宙のさざ波」、重力波をとらえることに成功したという。 天文学史上、ガリレオ・ガリレイの望遠鏡による天体観測以来のエポック・メイキングな事件であろう。 画家の私が量子力学や宇宙物理学に関心を抱くのは、それらによって明らかにされてゆく宇宙の真相が、実体として描く事ができないからである。否、そもそもイメージ(映像)が不可能なのだ。今回の重力波観測成功を伝える各メディアが、コンピューター・グラフィックス等で解説図を制作しているが、それは解説図でしかない。絵描きは時に「見て来たような嘘を描き」と嘯くが、それさへも出来ないのが、宇宙物理学が解明する宇宙像だ。絵描きには科学的に真正な「宇宙のさざ波」も時空間のゼリー状の「歪み」も表現出来ない。------私は、そのような空間に関心が惹かれるのだ。
Feb 12, 2016
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一日中、外出することもなく読書。といっても、時々うつらうつらと、ほんの数分の居眠りをしながら。 春眠不覚暁(しゅんみん あかつきを おぼえず)-----では、ない。午前4時には猫達に起こされてしまう。眠ったふりをしていても、ちゃんと分かっていて、頭や頬を軽く叩かれる。 CNNが、イギリスのサセックス大学研究チームの〈馬は人間の笑顔や怒った顔を見て感情を認識できるか〉という心理学調査の一環としての研究を伝えている。何を今更と思わないでもない研究だが、それはともかくとして、心拍数が変化する明確な反応があると発表した。 同大学チームの研究によると、動物が感情を表す表情は、馬では17種類、犬は16種類、チンパンジーは13種類、そして猫は21種類だという。 これらの動物のなかで、人間と同じ祖先をもつチンパンジーが一番表情に乏しく、猫が一番多いというのは意外だ。 意外ではあるが、40年近くずっと、一度に何匹もの猫を飼って来た私としては、毎日終日、彼らと言葉でコミュニケーションをとっているのだから(まあ、人間としては言葉しかないわけで、まさかニャーニャーとも言えまい)、その表情の豊かさは実感している。私が何を言っているのか言葉から察知できないときは、一心に私の顔や身動きを見て、知ろうとする。うっかり尻尾を踏んだり、手が顔にぶつかったりしても、「ごめん、ごめん」と謝れば、彼らには「赦し」の心もある。 早起きの猫達に起こされて、私の睡眠時間は4時間でぶつ切れ。そんなわけで、休日ともなれば、本を読みながら居眠りも出るのである。私の膝にはサチが坐って眠っている。居眠りの「入れ子」である。フフフ、その構図から、ジオメトリカルな入れ子状空間相貌が想像されて、私はおもしろい。
Feb 11, 2016
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きのうは午前10時から午後2時30分まで、S氏主宰のO氏邸サロンでの私の美術講義とミニミニ展覧会。Sさん、Oさん、お世話様でした。また、ご参加下さった方々に御礼を申上げます。 一つのかなり重いテーマを1回の講義で終わらせるため、用意した原稿を相当はしょりながらだったが、予定時間を大幅に超過してしまった。申し訳ない事だった。 それにしても、話をしながら思ったのだが、私は子どもの頃から、特に小学入学時に樋口カエ子先生に出会ったときから、ずっと一つのことをやってきたことに改めて思い到った。絵を描いて来たというのでは全然無い。絵を描いて遊ぶ子ではなかった。 そういうことではなく、「世界の編み目」を爪で探るように数えている、と言ったらよいだろうか。それは大げさに過ぎるが、要するに自我の確立-----泥沼のような曖昧さに引きずり込む日本精神文化のなかで、自他の確立を探って来たということか。私には、どこを切っても「土着性」がない。そこが私の始まりで、そして死してなおそこに帰着するだろう。いや、我が屍を埋められて初めて、私に「土着性」が備わるのだろう。------皆さんを前に話しながら、そんなことが胸に去来したのだった。
Feb 9, 2016
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昨夜の雨は、霙に変わらず雪になった。早朝、寝室にやってきた猫のサチやリコやフクが、外を見たいとせがむので、私はベッドに寝たまま窓を見やると、うっすらと雪が積もっていた。「ああ、だめだめ、雪が積もっているよ。お家のなかで見ていなさい」と私は猫達に言ったが、しかしたいしたことはない、1cmもあるまいと思われた。 9時過ぎには日差しも出て来て、私は民生委員としての仕事のため外出した。 午後、予定通りに作品を搬入。5点のつもりだったが、つながりがある作品をと思い、6点になった。 会場になるO氏邸をお訪ねして、ちょっと驚いた。招かれて上がった室内に、すでに故人となられたが芸術院会員のO氏の作品が、数点壁にかけられていたのだ。作品1点だけならまだしも、数点となると気にかかる。お名前は同じだがもしやと思ってお尋ねすると、O氏は芸術院会員O氏の従弟だというのであった。 昔、私の家と芸術院会員O氏邸とはご近所だった。------なんだか不思議な感じがした。
Feb 7, 2016
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美術講義の時に、ついでに拙作を見せてほしいというので、承知していた。50号作品を5点ほど観ていただくことにした。前もって、明日、日曜日に搬入することになっている。 先ほど22時過ぎて、雨音がしだした。天気予報は、雪になるかもしれないと言っていた。 ピンポイントで調べると、24時には強く降り、午前3時には霙、次第に止んで、午前9時には晴れるとなっている。搬入は午後なので、一安心。雨や霙だと、いささかならず厄介になるところだ。 午前中に2件、民生委員としての外出仕事がある。
Feb 6, 2016
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フルート奏者オーレル・ニコレ氏(スイス)が、先月29日に亡くなられていたことを、新聞で知った。享年90。 武満徹の遺作『エア』は、優れて美しい音色を奏でるニコレ氏の70歳の誕生日を祝って作曲されたものである。 私がオーレル・ニコレ氏の来日コンサートを聴きに行ったのは、いつのことだったか。年月日は忘れたが(探せばどこかにそのプログラム・パンフレットが残っているかもしれないが)、たしか上野の文化会館ホールだった。すばらしいコンサートを懐かしく思い出し、氏の逝去を悼みます。R.I.P.
Feb 5, 2016
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安倍晋三首相が、自分の政治行動をナチスになぞらえて批判されることに不快を表わし、その喩えを「度が過ぎる」と言っている。 ところで、私は『政治演劇史』(白水社)を読み返してはその鋭い指摘に教えられているのだが、著者ジーグフリード・メルヒンガーは、1906年シュトゥットガルトに生まれ、ヒトラーのナチ党が国政選挙で初めて議席を獲得した1928年に22歳だった。まさにナチズムのドイツを生きて来た。そのメルヒンガーが、こう指摘している。 「(1927年頃のドイツに)弥漫しはじめていたのはファシズムというより、むしろ愚鈍さであった。ヒットラーの言うことを本気にとらなかったか、ヒットラーを操縦できると考えたか、または彼の約束にころりと参って馳せ参じた市民、小市民、秩序好きの女たちの、あの愚鈍さがもしなかったら、ヒットラーはあれほど危険にはならなかったろう。」(前掲書第24章、蔵原惟治訳) この指摘は、いま、日本国民に突きつけられた言葉であると、私は考える。 先頃亡くなった野坂昭如氏の最後の著書『絶筆』(新潮社)の広告が新聞に掲載されていた。そこに惹句として引用された氏の言葉。-----「戦争は気がついた時にはすでに始まっているものだ。こんなお上を選んだのは国民である。病も政治も同じ、危ないと自覚した時はすでに手遅れ。この国に、戦前がひたひたと迫っていることは確かだろう。」 野坂氏の指摘も、日本国民よ愚鈍さから目覚よ、ということだろう。愚鈍が弥漫するところの民主主義は、大破局ですべてが崩壊するまで突き進んでゆくものだ。つまり、愚鈍な国民によって「民主的に」法的な手続きはきっちり踏んで、非民主的な社会へと逆転させる、ということだ。
Feb 4, 2016
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寒くなったり少し緩んだりのこの頃。今朝、庭掃除をしていて、植木に小さな新芽が出ていることに気がついた。やはり春は近づいているのだ。 そういえば、先日、合唱練習の日、練習場の入口で同じ団員のSTさんと一緒になった。「日が長くなりましたね」とSTさんは言った。「そうですねー」と応じながら、私はあたりを見回した。たしかに前回は、同じ時間にすでに闇が降りていた。それから1ヶ月、闇の先兵はまだ彼方にあって、灰色の薄明りの中にまさに「かわたれ(彼誰)」であった。 さて、来月11日は東日本大震災から5年目になる。今日、注文しておいた災害時用の保存食品が届いた。長期保存食である。飲料水や缶詰や、その他なんだかんだと用意はしてあるが、賞味期限を調べるのがなかなか厄介だ。期限が近づいたら食べればよいのだが、マメに調べてもいられない。つい先日も、廃棄したものがある。それで、なるべく長期保存ができるものをと、あらためて購入したのだ。 それにしても、あの3.11のとき、亡母はまだ存命で、いろいろチューブに繋がれて在宅医療をしていた。酸素発生室内器の幾つかのパイロット・ランプのうち二つが断線した。酸素ボンベは、被災地に回すために品薄になり、それでも契約していた会社が2本確保して即座に届けてくれた。母の命をつなぐ唯一の食糧である缶入りの液体完全栄養食品は、工場が津波でやられて製造不能になった。これも契約していた薬局が必死で在庫を掻き集めて届けてくれた。 災害後の電力不足対策で、時間停電があった。しかし我家の地域は、ごく一部の地域であったが、幸いなことに一度も停電にならずにすんだ。もし停電になっていれば、母の酸素発生装置は停止し、痰などを取る吸引器は使えなくなったはず。医療用ベッドも動かなくなったであろう。 いま思い出してもゾッとする。 寝たきり状態の母は、自分が置き去りにされるのではないかと思った。私は、母の耳に口を寄せて、「心配しないでいいよ。置いて逃げはしないよ。ずっと一緒にいるよ。心配しない、心配しない。大丈夫、大丈夫」と言っていたのだった。
Feb 3, 2016
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さきほどまでNHK BSプレミアムで2012年のアメリカ映画、サーシャ・ガヴァシ監督作品『ヒッチコック;Hitchcock』を観ていた。主演・アンソニー・ホプキンズ、ヘレン・ミレン、スカーレット・ヨハンソン。ヒッチコックの最高傑作『サイコ』制作の舞台裏をヒッチコック夫妻の関係を味付けにして描く。主演俳優が名優だけに、単なるバックステージものにおわらない、大変おもしろい映画だった。 私は、来週月曜日(8日)に美術講義をすることになっていて、すでに準備はおわっているのだが、今日はほぼ終日その内容を検討していた。じつは、『サイコ』とまったく無縁ともいえない問題を講義するので、私の気分作りにも、この映画を観たことはちょうどよかったのだ。荒俣宏氏の著書『脳内異界美術誌 幻想と真相のはざま(仮題)』も2月半ば過ぎに刊行されるが、この本に収録されている私との対談で語り合ったのも、サイキックの問題だった。 というわけで、これらを美術講義のためのセレンディピティー(引き寄せ)と考えることにしよう。ハハハ。
Feb 1, 2016
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