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azareaもそうですが、ある年齢よりも上の世代は幼い頃から日記に慣れ親しんでいます。国語の授業の一環としてやお友達との”交換日記”や自分の内面を吐き出す鍵付きのノート、様々な用途に応じて”使い分ける”術も心得ています。でも、若年層の中にはそれ以前にいきなりインター・ネットに親しむ事例も増えております。丁度、私達が初めて鉛筆を握った時の感覚でキー・ボードを打ち込んでしまうのでしょう。さらには、コミュニティが発達し”仮想空間”に現実のお友達を出入りさせてしまう方々も少なくありません。女性は、何事も”言葉”で言ってみたり書いてみたりして反芻し”自己確認”をする傾向があります。女性同士が、毎日お互いを「可愛い」とか「元気?」と言い合ったりちょっとした出来事でもメールや手紙やカードに書き送り合うのも同じ動機からです。恐らく、本人しか読まないであろう個人的な日記よりも不特定多数に向けて発信される”ブログ”ではよりその欲求が強調される側面が推察されます。つまり、「広い世界の何処かにいる誰かが、判ってくれる」と考えてしまうのです。ところが。現実には。毎日毎日、インター・ネットの世界を徘徊して鵜の目鷹の目で”ブログ炎上”を見つけ出し、話題にしては面白がろうとするヒトビトもいるのです。最近のマス・メディア特にインター・ネットのニュースは、素人以下です。正当に出来事の本質を読み取る”責任とリスク”を恐れて、嘲笑でお茶を濁しているだけ。最も問題なのは、その様な不安定な現状を無視し思いやろうともしない姿勢です。azareaが常時目にしているあるインターネット・ニュースでは、毎日必ず”著名人のブログ”を笑いものにする見出しが並びます。私自身、そのランキングを目にするだけで不愉快です。何とか、取り外したいと願っていますがままなりません。彼等は、有名人達がブログを更新しなければその日数を数えて論います。当たり障りの無い文章を書いたら書いたで、「ご挨拶文ばかり・表面的な内容」と指を差して貶しています。かと言って、内面を打ち明ければ今度はそれをもの笑いの種にしています。いったい、どうすればご満足なのでしょうか。HPにしろブログにしろ、本来はインターネット上に公開されている”無料の読みもの”でしかありません。こうして、必然的に図式が出来上がります。「著名な女性が、心の奥底まで曝け出す内容の日記をブログに綴ってしまう→有名人に、心の隙が無いか狙っている彼等がそれを吊るし上げたり哂いものにする→公的な仕事である以上、それは”人気”にも影響を及ぼしよりいっそうの不安に駆られる→自分自身の心情を吐露した結果、慰めや安定どころか思いがけない反応に直面させられ元々不安定だった精神が行き場を失いバランスを崩す」有名人とは言え、”コメント機能”が付けられている場合彼女達は読み手からの反応を欲していたと思われます。そこに、相手の気持ちを無視した罵声や誹謗中傷を(大量に)書き込むのは言葉の暴力です。そんな反応を、防いだり削除するのは書き手側を守る秩序です。ところが。”有名税”を履き違え、その様な対処さえ非難するヒトビトがいます。それでは、公的な人間はいつまでも黙って叩かれていろと言うのでしょうか。追い詰められた彼女達が、慌てて文面を削除したりHPを閉鎖したり謝罪会見を設ける事もあります。ところが。それさえも、考慮に入れず追い討ちを掛けて責め立てる風潮です。その一方では、日本全土に「自殺の方法指南」をばら撒き高みの見物を決め込んでいます。優しさの一欠けらさえない、「話題だけ」の世界。インター・ネット上のニュースは、その影響を鑑み厳しく自重すべきだと考えます。
2008年05月30日
TVドラマ「絶対彼氏」で、速水もこみちさんが演じる”天城ナイト君”は女の子達から熱狂的に支持されております。また、以前は”韓流ドラマ”での俳優さんも同じ様に人気を博しました。azareaは、その遠因に現実の一部の男性達の言動があると思います。”無感動・無反省・無神経・無責任”第三者である、占い師である私がお伺いしてもあまりにも優しく無さ過ぎると感じます。殿方の皆様は、驚かれるかも知れません。女性は、彼氏さんのちょっとした態度で傷付いてしまうのです。悪い態度例ご主人にしても恋人にしても「女性に、送迎や買いものをさせ自分は日がな一日裸同然でごろごろするだけ」「気が向くと、下半身だけを脱がされて男性のみを満足させる性行動をする」男性がいるらしいです。みっともないです。彼等の中には、(10代~70代でも)TVドラマ等の影響で「部屋デートこそ、ラブラブの王道」と信じ込み恋愛の度にひたすらお部屋に篭るカップルも多いです。その結果、怠惰な威張るだけの男性が増えています。こんな彼氏さんと付き合う彼女さん達の大半の願いが、「デートはもう、諦めました」「せめて、Hの前にKISSだけでもされたい」なのです。はぁぁ。これでも、”ウマく行っている方”のカップルだなんてがっくしです。 悪い会話例「お前、不細工だな・胸小さいな(形が悪い・大きい)」「本当は、お前なんかより前カノが良かった(or他の子が良かった)」「KISSは、”好きな”女の子とやりたい。は?お前なんか、嫌だね(性生活はする)」「(終わった後)さっさと、帰れ。あっちへ行け・シャワーを浴びて来い(or自分がBedから出る)」別に、ピンク色の照明を灯してキティちゃん柄のBedでムード・ミュージックを流してくれとはお願いいたしません。女の子にとって、性生活は”行為”では無く愛する人とのコミュニケーションです。せめて、ご自分自身のご判断で「もし、俺が女の子でSEXの時に取られたら嫌だな。聞かされたら、落ち込むな」とお感じになる言動は考え直して頂ければと願っております。
2008年05月18日
先日、ある女性教育評論家の文章を読みました。彼女は、心身に問題を抱えた児童を担当する専門家です。自論として、「”泣くのを我慢する”=不幸な人生」との前置きを語られました。彼女が、ある施設を通りかかったところ母親が静かにするのを嫌がって泣いている女児(3~4歳)を叱っている場面に遭遇しました。数分後、その女の子がたまたま独りで遊んでいました。彼女が「どうして、泣き止んだの?」と質問すると女児は「お母さんが、叱ったから」と答えました。彼女は、「泣きたかったら、泣いて良いんだよ」とその女の子を”諭し”ました。数日後、その女の子は「お母さんが叱ったけど、今度は一杯泣いたよ」と報告に来ました。この女性は、「これで、また”不幸”な女児が一人救えた」と大満足をされていました。azareaは、違和感を覚えました。根本的に、「公衆の面前で、大泣きを抑制する」のは彼女が大人の感覚で感傷的に考えている深い意味を持った”悲哀”とは意味合いが違うのです。もっと言えば、公衆の面前で”大泣きしたい”衝動を抑制出来る大人に成長するからこそ深い意味を持った”悲哀”を味わえる心が育つのです。また、別の日には男性教育評論家が「夜更かしが止められない・親御さんが注意すると逆キレする小学生」を「自由があって、素晴らしいのに叱るな。その子には、“自主性”がある」とまで褒めていました。彼等は、きっとすんごく難しい教育論を読破されて立派な勉学を収められたのでしょう。そして「子供=傷付けてはいけない」との信念をお持ちです。でも、これではご自分達のセンチメンタルな”感傷”を幼児達に押し付けて悦に入っているのと同じです。エチケットの為の躾や1日のリズムを守る流れを親御さんや周囲の大人達から”叱られながら教わる”事は傷なんかじゃありません。万が一、子供達が”傷付いた”と言い出しても毅然として明瞭に”違うよ”と説明する中に愛情があると思います。
2008年05月11日
ゴールデン・ウィークは、何とかかんとか仕事を終えその後母を連れていつもの旅行にお出掛けしました。北海道でも九州でも希望通りの場所に出向くつもりでパンフレット等を取り寄せるのですが、母はいつも伊勢志摩を望みます。とうとう、毎年毎年もうすぐ10年経とうとしています。お食事は美味しいし風景は綺麗だし、お土産も盛り沢山で飽きません。さらに、皆様のお人柄の良さには感動します。旅の途中で、母の気分が悪くなったり履物が壊れたりしてしまいました。その度に、(他の御用があるのに)送迎を申し出て下さったりあれこれと工夫して下さったりととても親切にして頂き大満足で帰宅しました。帰った途端、「また、行きたい」と母が言い出しています(爆)鳥羽シーサイドホテルラ・コスタリカホテル近鉄アクアヴィラ伊勢志摩
2008年05月09日
“少年事件の被害者側が、意見陳述で少年に暴言を吐いたりネットで実名をするケースがある事が日弁連の調査で分かった。少年事件の審判は、非公開で行われるが、意見陳述などで被害者側が審判期日に呼ばれることがある。日本弁護士連合会の少年法問題対策チームが弁護士に聞き取り調査をしたところ、このケースの様に、意見陳述の機会などで被害者側から少年に暴言・暴行等逸脱した行為がある。国会には、被害者側の審判傍聴を認める少年法改正案が提出されている。日弁連では、調査した事例をもとに、少年法改正に反対していく構えだ”(2008年5月3日ニュース )理由について、日弁連人権第一課では、以下の様に説明されております。「被害者側が入廷し侮辱されると、少年が頑なになり本当の事を言わなくなってしまいます。また、審判廷は刑事法廷より狭いので被害者側が少年に暴言を吐いたり手を出したりし易くなります。少年が萎縮してしまっては、真実を知りたい被害者側にとっても望ましくないでしょう」これは、単に弁護士さんの”力量”の問題ではないでしょうか。加害者少年に「まず、何より自分達の身の安全を100%保障してからじゃないと”真実が聞き出せない”と教え込んでしまったのです。”真実”とは、単に被害者側が全く反論出来ない密室状態で加害者側に”吐露して頂いた”「言い分」だけなのでしょうか。加害者側の心象風景だの動機だのきっかけだのが、”真実”なのでしょうか。私は、違うと考えます。被害者・加害者・弁護人・検察官の”間”にあります。それを「一緒に発見する」のを怠り、少年の人権を盾に弁護士さん達の権力に置き換えてしまった現実がこの事態を招いたのです。ご自分達の”弁護活動”に向けられた、その甘っちょろさこそが”少年法”をこうまで歪めてしまったのです。100歩譲って、「少年法」が元々冤罪や性急過ぎる捜査・審判から少年を守る意図で建てられたのだとしましょう。しかし、いつしか「弁護士さん=加害者少年」が同列となりそのプライドを振り回すだけの凶器に成り下がったのです。被害者側は、何年間も掛かって育てて来た大切な家族を失っています。その悲しみが迸る様を、少年への”侮辱”と捉える彼等の姿勢がそれを物語っています。彼等が理想とする、被害者側の悲しみを受け止めようとさせない”更正”とはつまるところ「罪を犯した現実を忘れる・認めない」でのさばる道しかありません。それが、数限り無い模倣犯や再犯を生み出し社会に不安を与え遂に「少年法を見直そう」との提案に至っているのです。さらに、彼等は少年教育に偏った悪影響を及ぼしました。人間は、自らの行いの結果実を得ます。それは、幾ら人権や金バッヂに逃げて形だけ隠れても免れないものなのです。被害者側の親御さんを吊るし上げる前に、自らの襟を正す時なのではないでしょうか。
2008年05月04日
azareaは、仕事の空き時間にパソコンを開いては時にインター・ネットも利用しています。あるサイトを、「スタート・ページ」として設定してあります。スペースの中には、連日10項目位の見出しが並びます。その言葉使いは、新聞等に比べてただただ”センセーショナルでありさえすれば良い”と言う印象が拭いきれません。目を覆いたくても、サイトを利用する限り目に飛び込んで来ます。1回、“ニュース”のみを外そうと思いましたが駄目でした。数日前、「”自殺のススメ?”市販の薬品を混ぜ合わせ猛毒ガスを発生させれば、自殺が出来る」との記事が出ていました。その内容自体は、ある大手ショッピング・サイトで特定のものを検索すると”自殺”に使用可能な商品が“セット売り”状態で上がって来る事実を茶化した内容でした。もっと言えば、一部の”インターネット世論”をニュース・ソースにしてそれを無責任に上から見下ろしているだけの論調でした。「話題に困ったら、とりあえず”インターネット世論”に便乗してやれ」一般人の尻馬に平気で乗り、報道する側としての責任もスタンスも”丸投げ”する姿勢です。普通、誰しも文章を書く場合「誰に・何を・どう伝えたいか」を考えます。ところが、「インター・ネットで」となった途端“不特定多数→責任転嫁出来る→言いっ放しで結構”との発想が沸きそれ以上考えようともされないのでしょうか。日常的に、”インターネット世論”を物色しブラックなコメントを言い添えて”話題”として商標ラベルを張り替えているだけです。azareaは、思います。彼等だって、ご自分の胸に手を当ててみれば「面白がって良い事・悪い事」の分別位は持ち合わせている筈です。ところが、実際に情報を操作されている方々の主流はこの逆でインターネットになった途端「どうせ、誰の目にも触れるんだから一緒じゃん!!」としかお考えになられないのでしょう。私は、老若男女に広く行き渡ってしまう情報にはより慎重さが求められると考えております。何故なら、無作為に無差別に人間に行き渡ってしまう危険性が大きいからです。言葉の”影響力・伝播力”は、そんなヒトビトの軽薄な人知を超えているのです。この様なニュースの視点や書き方が、”寝た子を起こす”可能性まで思い及んでいないのかも知れません。最近多発している自殺事件に加え、遂には他者を巻き込む事件まで発生し始めました。警視庁がそれ等を”有害情報”として各主要サイトに自粛を要請した模様です。大勢の犠牲者を出し、警察の手を煩わせる以前に普通に大人としての常識を弁えて情報を取り扱っていれば尊い人命を失わずに済みました。それは「伝える側」として、どの地点に立つかの差です。
2008年05月01日
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