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今年の出だし数ヶ月は一日篭りひたすら絵だけを描く日々を過ごし(お金の蓄えがあったから没頭出来た。)そして、それからまた数ヶ月は絵事だけの日々だけを過ごせる環境作りとめちゃめちゃ地味な生活を過ごしてる調子とそれもそろそろと落ち着きを始め、来週末くらいからは色々と絵事方面に取り組んで行けそうです。まぁ少し余裕が出てきたので一昨日に軽く枚方で絵売りをし(三ヶ月振りくらい)そしてちょいと缶ビールを煽ってました。気分転換と夜風にあたり黄昏気分と心持ちは大分良く、随分と善い心と言うもんを自身に感じる事が出来たようにも思えます。本当に願い望んだ世界に、本当に願い望んだ自身に辿り着くためにごちゃごちゃと騒ぎ立てず男は黙ってそいつに身を捧げるまでです。日の日差し暖かみあるそうした場所に居たいと言うならばそれを温もりあるものだとそう心から感じる己の心が必要で時折とそれでも深い影が突き刺さりじめじめとした暗闇が甘い誘惑と誘いの手を伸ばす事があろうとも気持ちをひたすら強くもって、人が言葉にしてくれた、それでも俺の中に見てくれた善い心と言うものを、そうそれは決して人にそれが善い人なんだとそう映る自分事としたもんを味あいいい気となれるそうした材料としたものとするのではなく、もう誰の気持ちもがっかりさせたくはないその気持ちから本当にそうありたいんだと思える真実あるその心から生まれる本物の願いあるものからとその善い心、一面としたもんを確かに己の中にある人に喜び与えれる温もりあるものとし、常に意識し自覚を持って、出来る限り暖かみあるそうした人間で俺は居たい。暖かみある世界に居たいと言うならば、そう願う己自身が暖かみある人間ではないのに(それは利己的、計算、打算、都合、言い訳が混じってはいけない本当の心から無償と自然と沸き起こる親が子を思うような真実ある温もりでなければならないように思えるんですよね。)ただそれが欲しいと口にするのは随分と身勝手と我侭な限りでだから、、、だからと、、、人が俺に優しかった事、、、人がそれでも俺を愛してくれた事、、、人がそれでも気持ち救ってくれた事、、、その一つ、一つを何時も想い、ひたすらとそれを想いただただそれだけを想ったら、そしたら何時しか暖かみある世界の片鱗を俺は感じれた、、、暖かみあるその世界は人がどうのこうのとではなく、(人に対する不平不満、あいつは悪い奴、あいつは善い奴等等)ただそれをそうなんだと感じれる己の心が導き出すその世界なのかもな、、、、
2013.06.29
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絵事だけの日々を送る為の環境作りとお酒は呑まず絵売りもせずに地道にコツコツと過ごしてるそんな調子です。このままいけば七月ちょいくらいからはそうした感じにやっていけそうな気配でまずまずです。けれどもしかしこんなにも地味にはでやかさなく過ごすのはどれぐらい振りなのか変な感じですね。時に自分がなんだったのか、何者なのかが解らなくなるそんな心持ちがふいにやってきたりもします。だからこそか唐突に全てから逃げ出し何者でもなく、何でもなく、何一つ持ち合わせてない心無い空っぽだった(心が無かったからこそ心と言う物に執着してるんだろうな。)過去を妙に思い起こしてしまったり、過去の事が悪夢として呼び起こされたりとするのですが、だからといって以前のようにお酒に溺れる事も多くの事を怒りに変える事もなく望んだ自分、思い描いた健全で裕福な人との関係性を出来る限り明るく前向きな物として思い描きそうした道へと突き進むんだと極自然とそう感じれてます。[望んだ自分]暗い過去に支配されず温かみある心温かみある行い温かみある自分無償に沸き起こる人を心から気持ち込めて愛せれるそんな自分思いやれる気持ち
2013.06.20
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心に従う。気持ちある事。都合良く己に言い聞かせ納得させるそうしたものではなく、命の底から湧き上がる魂の響き。それに逆らわず従順にと。何時しかそれは一つ一つの想いとして源に宿り数々の願いが生まれる。人と手を取り合いたい。ただ絵を描いていたい。人と人が許し合え仲良く過ごせる世界。ある子の心からの笑顔。強く、強く望むその想いがぎこちない音色としながらも至る所で所構わず奏でられる。それが俺が生きてる事でそして変わらずそれがそうで在り続けれると信じられるから本当で本物の事が実をむすび真がこの眼(まなこ)に焼きつく。
2013.06.14
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四、五歳くらいの時くらいだか、朝にフランダースの犬のアニメを観てた。主人公のネロが教会に行き、そこにある絵を模写してる場面があり、何時でもつらい事やら悲しい事に嫌な事があってもそうして絵を描いてる事で前向きとしてる事が子供ながらに気持ち捉えた。俺自身もあまりいい環境での生活でもなかったので、自身を投影してだかなんなのか子供過ぎるから分かりはしないのだけれども絵をよく描いてた。貧しい環境だったから数カ月に一度剥がしたカレンダーを遊び道具として与えられたのでその裏に絵を描くのが楽しみだった。地面に木の枝で描いてたり、切りかぶの上に描いてたりとちゃんとした白い紙一杯のノートに描けると言う事は早々にありはしなかった。俺も何時しか小学校にあがり、そこではキン肉マンが流行ってて皆がそれを休み時間に描いてた。皆がそうして描いてるキン肉マンの絵を見せて貰えるのが楽しかった。俺も家でひっそりと描いてはみたけれども何だか気恥ずかしいから誰に見せる事もなく、持ってきても机の中に隠してた。三年生に上がるくらいからキャプテン翼が流行り、皆サッカーに夢中になり翼やら日向小次郎の真似をしてて休み時間に絵を描いてる事はなくなり、残された数人がほそぼそと描いてるぐらいで、そうした楽しさの残骸の中で共に居る事が絵事に実を置く事が好きではあったけれども逃げ出したいくらいに侘しい思いで、俺もサッカーに興味の矛先を向け少年サッカークラブに入ってた。小学校高学年に唐突に大阪に戻る事になり、全ては田舎に置いていきキン消し数個だけを手にしてた。大阪の小学校に転入して、直ぐに友達も仲間もでき、張り切りキン肉マンの話しをしたらそんなの見てるのかと本気で驚かれたので、見てるわけないだろと誤魔化した。大阪の小学校ではドラクエが流行ってて皆が手作りのゲームを作ってて、そこでドラクエ風の敵モンスターとかを描いてたりと皆そうした自作のゲームを携え休み時間を過ごしてた。誰も彼も絵が上手いもんだな。案外俺も絵を描けたりもするんだけれどもそれを知ったら皆どうなんだろうなぁと思いつつも絵を描ける事は黙ってた。高校を中退し、唐突に社会人になった。十五のガキにしては皆に比べ多くのお金、小遣いを何時でも手にしてたから、カラオケを奢って人を連れてたり、小遣いあげてたり、そして手当たり次第欲しい物を買って、買って、買い続けてた。あまりに何もない子供時代を過ごしてたから貪欲に物に出来事に執着し、その全てを発散させてた。その時期に酒を覚えた。段平おっつぁん彷彿させるような土木、土方が屯する演歌流れる居酒屋なんかで十五のガキのクセしてそうしたとこで親方と共に呑んでる事も多かった。もう絵を描いてる事はそんなにもなく、然程興味もなく、そして同年代が過ごしてるような青臭い青春からは遠ざかり、酔っ払いはちゃめちゃと気を晴らしてる事に身を費やしてた。何時しか人は離れ誰も居なくなってた。孤独で侘しく寂しく、自分が惨めに思え堪らなく、部屋に篭もり絵ばかりを描いてた。数年人に会うこともなかった。こうした年齢でのそうした時期は堪えるもので、随分と世の中から取り残されたつま弾き者とされた気分と寂しさを怒りへと変える事でどうにか乗り越えやり過ごしてた。絵事で成功する事で皆を振り向かせ見返し取り戻すべくやっきとした。この時期に実は随分と絵を描いてた事が後の路上での絵売りに置いて絵を描く事にやくにたってた。人にはこの時期にはやさぐれ荒み酒に溺れいかれてた事しか伝えず口にはしていなかったけれども、本当はガキの頃観てたフランダースのネロが如く絵を描き心を気持ちを未来へと向けてた。何時か俺は皆を楽しかった輝けるあの時を取り戻すんだと。仲間に友達が何時しか出来てた。それで気が済んだのか絵の事を素直に諦めた。一切描く事をやめた。解放された気分と心が楽でもう何も考えないでいい事が気が楽で堪らなかった。しかし、それに反するように言い表せないような虚しさが込み上げ、人も仲間も友達も女の子関連もあるのに常に酒に溺れてた。馬鹿みたいにスニーカーを買い漁ってたり、役にも立たぬような意味の分からぬものを買い漁ってては要らなくなり人にあげてたり人も仲間も友達も居るのに虚しくて物欲を満たし発散させた。絵をやめる事で何かが安心したその心が許せなかったのかもしれない。誰もが俺を知らない所に行きたくなり、名古屋に住み込みで行ってみたり、歩いて野宿しては島巡りを繰り返してた。俺は路上で絵を売ってた。誰にも絵を見せる事もなかったのに、その俺が面とした上で人に自分の絵を見せそれを売るその行為に至り、それはちょっとした宇宙兄弟みたいなものだった。生きてる世界は180度変わり、俺が今まで見てきたものとはあまりに違うものが溢れてた。感動する事やら、素敵な出来事に喜ばしい事、嬉しく思える事に、善い出来事、それでも絵事から気持ち損なわなかったのはこの時の為だったのかなと素直にそう思え、俺はもうこれだけで生きていけるとそう心から感じてた。何よりも絵を描いてる事でそうした世界が成り立ってる事が堪らなく心満たした。予想以上にお金になり、もう道端で絵を売りそこから得るお金だけで生活出来るレベルまできて、何かがずれ行き、俺は絵を描く行為ではなく、路上での絵売りに置いて連なる中で人と知り合う事、女の人との巡り合わせ、ぼろ儲けする事だけに気持ちあった。醜く、がめつく意地汚く、貪欲で最高潮にいい気になってた。トラブル、争い事、模め事、善い事は影を潜め暗い影を落としてた。絶頂期の中、絵売りをやめ、一日十二時間半勤務の肉体労働に身を費やし半年で百万貯めてパソコン買って後は何かが燃え尽きて、人にも会わず絵も描かず絵を売ることもなく部屋に半年近く引きこもり、ただ犬の散歩だけ行ってた。テレビを観る事もゲームをやる事も漫画を読む事もしないから、この時期部屋でどうしてたのかよく覚えてはいないけれども、きっとパソコンに没頭してたんだろう。そうした日々中唯一十年以上付き合いある幼馴だけが俺を嫌がる事なく受け入れてくれ共に朝方までガンダムを見てた。と言うより観せてくれてた。何となしに路上での絵売りに戻った。もう前ほど輝けるものでもなくなりそれでも俺は戻ってた。ある宿無し、職無しの元テキヤのおっちゃんが俺は昔は選り取りみどり女をたらしこめ金も随分儲け、今のこうした状況ではなかった事を口にした。俺は一度男が出来た事ならまた一度出来るはずで、現におっちゃん自身が自身の器でそうした事を得てきた男なんだから今一度出来るはずだと口にしてた。それから数日してまた俺の所に足を赴き、今日は一日五千円の肉体労働に行きひと踏ん張りしてくると俺に誇らしく言ってた。それから数年、俺は絵事に絵に心を取り戻し、一日、ご飯一杯だったり、食事無し、ビール一杯だけ、あめちゃん一つ、ジャムひとなめの食生活ながらも、絵だけの事に身を費やし、全てを取り戻す事に狂った程にそうした事に日々の全てを費やした。馬鹿みたいに絵を描いてたり、絵事で多くを取り戻すんだとこの上なく心が燃えてて、第一次全盛期を上回る程に絵での好調さを得てた。あの時よりも。あの時よりも。まだまだあん時よりもまだまだだと。気がつけば多くの者達が俺を慕ってた。どうして俺はそうなのか、心持ちは慕う男は全員俺の子分とし、知り合う女の人は肉体的興味の対象とし、ただある子へと俺の心がどれほど本気であったのかをそれを自身に証明する為だけに命を燃やし、絵、絵事に没頭してた。また何時ものように全てを失くした。と言うよりも自身の手で反故にしたのか、しかしそこには本当で本物の事を得る為には致し方なく乗り越えなくてはならない、辿らなければならない道であり、だからといって余裕しゃくしゃくとやってのけれる事でもないので、随分と人前で大の大人のくせして俺は泣いた。馬鹿みたいに絵を描き、馬鹿みたいに肉体労働で酷使し、馬鹿みたいに酒を煽り、二年半を過ごした。宣教師に誘われ、教会に足を運んだ。罪悪、贖罪を俺に語ってた。多くの裕福家庭の日本信者がインテリ気取ってる感じながらも、その宣教師ただ一人だけが己の世界と真剣と神と対話するが如く手を強く握り合わせ頭垂れ本気で祈ってた。教会には俺が子供時に観たフランダースの犬のネロが模写してみせたようなキリストにまつわる絵が飾ってあった。そうか、まだ俺は絵を描いてて、そしてまだこれからも描いていくんだろうなぁと自然とそう感じてた。そこに俺は何を見ているのかはもう知ってる。その多くを知る為に必要な道のりと言う道のりを歩み続け、そこから連なる多くの出来事に俺は感謝してる。そしてまた俺は今一度と絵事に気持ち取り戻し、本当に欲しかった世界を得るべく絵を描いている。何度でも、何度でもそうやって生きてきて、ずっと心は離れやせず、それでもやめれやせずに、そうまでしてそこに気持ちある事が今は誇りにも思えた今日の朝。
2013.06.02
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夏くらいからまた絵事だけに没頭出来るようその環境作りにコツコツと取り組んでます。新しい絵のサイトも準備したし、今までになかった宣伝活動用のもんもニケ月かけ準備したし、絵事の宣伝と弟が下調べと生配信もしてそこでのやりようも見いだせたし、これからはまた色んな場所で絵売りも取り組むのでそこいらも少々パワーアップしていきたく、で、昔のようにちょいちょい展示会にも参加してアート方面の人達とも知り合い関わるよう積極的に取り組み、健全爽やかな日々を取り戻したくも思います。憧れ望んだ日々を手しようと訳も分からず没頭した二十代始め、そこからつまずいたり気力が失せたり、全ての事から逃げ出してたり、やさぐれみせてたり、それでも絵事をやめれる事なんてなくて、今もまだ本気で欲しく願ったそうしたもんが手に出来るのだと信じてる。それは決して成功するだとか、有名になるだとか、見栄を張れるだとか、多くの金を得るだとかそのようなもんではなく、物心つかぬガキの頃、学校帰りに寄り道して友達やら仲間と駄菓子を買ってつまみ食いしどうでもいいような事に関心もってそれらについて話してたり、それで本気で遊んでたり、気持ち届かぬ好きな子が居て消しゴム借りたり鉛筆借りるだけで照れ臭くも嬉しかったりと、明日の事は明日でどうでもよく目の前のその時がただ全てで今日は取り敢えず外は晴れてるから機嫌良く皆とぶらっと遊び行くかとしたそんな些細ななんてないそうしたもんを絵事を巻き込んだ上で欲しいだけだったりもするんだよな。絵を描き、絵を売り、絵を宣伝して、絵事での様々な活動してて、そこから成り立つ些細で他愛ないなんてない人から見たら羨ましくもなんともないそんなもんが無性に欲しい。で、今もこうした年齢に達してそれでもそうしたもんを得ようとしてるもんだから人からは何時まで好き勝手やってんだかとした対応は受けるには受けるのですが、そこには浅はかと刹那に生きる世の道理に常識から外れる道に愚かと悪戯に彷徨ってるのではなく、その答えは敢えてであり、欲しいもんがそうした所にあるから、様々な所が軋み痛み伴いもするのだけれどもその道を歩み突き進んで行きたく、そして何よりもそうした事に心ある気持ちある自分を失いたくなく、だからこそそれらを命に魂に携えたまま果てればそれで本望だったりもする。(そうした以外の他の要因もあるけれども)絵を描き、絵を売り絵での活動して、だから心ある出来事に、だから心ある誰かに会えて、そう言うので俺は充分機嫌良く生きていける、、、、("機嫌良く"生きていけると言う事かな)
2013.06.01
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