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今年もあっという間に一ヶ月半が経ちましたね。僕はと言えば絵ばかりを描いてアニメを観てる調子の日々です。本当は映画が一番で、次は海外ドラマが好きなのですが、時にそう言うのもいいんじゃねぇのかなぁとそんな感じです。で、案外驚いたのが、あまりに皆がおもしろいと言うので観てみた魔法少女まどかマギカ。練りこまれた設定に視聴者をひっかけたその手法にびっくりしちゃいました。やはり人はお話に現実にと全てにおいて納得出来る辻褄合うそうしたもんをそしてそうではない事への粗探しとやっきにもなってるようにも感じ得るので、(人の失敗、嘘、本当ではない事、嫉妬妬みから連なる多くの事からと)そしてそこに予想外(これも同じで人は予想、憶測、思い込みが好きだもんな。)とした要素が絡み合いへぇすげぇもんだなぁと最後まで面白く見ちゃってました。と、そこで僕は思うんですよね。ここに(この文に↑の事な)あるのは、鑑賞したアニメを題材に人批判する僕の心に潜在的な事、そして思惑であり、悪い事を見つけるのはとても簡単。嫌な事もムカつく事も気分悪くなる事も腹立つ事も。そうしたもんは意図せずほっといても楽勝と持ち合わせる事は余裕なもんで、だからこそ、素敵に思える良い事を人の中に世の中に自身の中に見つけ、そして育むそうした素直さが必要なんだよなぁとここ最近そう考えるんですよね。これでは魔法少女まどかマギカが案外おもろく感心させられたと言うその気持ちは伝わる事なく、そこから自身が批判する粗探しと言うもんを上から目線もどきと批判すると言う形の(自分の事は棚に上げ)僕の人へのあら探しの相乗効果だったりするんですよね。そうした事がやはりこうした事以外で、対人在りけりに多くの出来事へとあるもんは確かな事であり、だからこそと、何が何でもと良い事、素敵な事ばかりとしてても、変な宗教みたいにおぞましいものへとそれが変わる事もあるので、ほどほどに素敵な事に、ほどほどに悪い事を感じ取り、ほどほどにそう言う奴で居ればそいつが一番なんじゃねぇのかなぁとただ人の正体探し(本性)とやっきになる事なく、物事を大きく寛容に捉えるそうした自身の気持ちが大切であり、もういちいちとそう言う事を見出し探る自身があるその段階で自分もただそれでしかないんだよなぁと、(その一部、巻き込み、巻き込まれたその一体)しかしまぁ、そう考えれば随分と僕も多くの年月をそうした世界で生きてたもんだよなぁとそう思っちゃうんだよな。で、因みに魔法少女まどかマギカのセリフでいいのがあった。(けれども無骨で無頼派系のもんが好みでアウトロー気取りと生きてきたこの僕が魔法少女なんて、、、もうその言葉を口にするだけで本当は気恥ずかしい、、魔法少女ってよ、、、なんだよそれはってなもんですよね、、、)けれども、それは君の頭だけでの世界だろうとしたその台詞、、、実は僕も人によく言うんですよね。で、皆はそうした頭の中でどうした世界を生きてるんだろうなぁと時に思うんだよな。と、色々とややこしい話しになってきたのでこうしや話しはこんなもんでとして、でここ最近、枚方の路上で絵を売ったのですが、数人の女の子達が立ち止り絵を手にし持ち帰ってくれ、その上で随分と話し相手になってくれ、ヘラヘラと機嫌良くしてました。うら若きお嬢様方々にただただ感謝です。で、どうして僕はそうへらへらするかと言えば、何かそうした彼女等は明るく楽しそうにしてるから、その相乗効果と僕自身も明るく楽しい気持ちになるからなんだよな。
2013.02.16
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今年も既に一ヶ月が過ぎましたね。僕はと言えばナルトと絵に嵌ってる調子です。しまいにはYouTubeでナルトの主題歌なんか聞いてたり随分と幼稚な限りですが、それもそう悪くないようにも思います。僕がナルトのop観てたりすると甥っ子もナルト観てるからやたらとくいついてきたりとするし六歳の子供と同じ目線で居れるのも楽しいですもんね。で、昨日くらいに気がついたのですが弾き語りの高校生もナルトの主題歌を歌ってた事に気がつきました。この前ぶらっと呑みに行ったその帰りにも彼の所に寄って二人でナルトについて真面目に話しちゃってましたね。お兄さんはどのキャラが好きなんですかと九尾の事とか、はたから見たらおっちゃんの僕がそんな調子と、自分で言うのもなんですが僕も随分ととげとげしさが消えたもんだよなぁと自然とそう感じます。因みにナルトで好きなキャラはと言えば(今の段階で時期がくればまた変わるけど。)一番はナルト、ヒナタ、イルカ先生(みんな純粋一途でいい奴らだから。)二番はオビト、(僕も含め皆オビトみたいなもんで共感出来るから。リンが必要な世界を望みつつもそれを潰したカカシをもそれでも望むその世界に必要とするその心は何か解る。)三番は大蛇丸、(僕は常に子分みたいな存在を引き連れ生きてたから、子分一杯の大蛇丸にそりゃぁ君、おもろいだろぅとした気持ちで。)四番はガイ先生とリー、木ノ葉丸、キラビーですね。(人に惑わされずに自分が自分のままで居るからかな。木の葉丸はちょい別な感じかな。)と、そんな幼稚な世界に浸りながらと、お酒の方は随分と控えめで落ち着いたもんです。なるべく時間の全部を絵を描くその行為に費やしてるもんで、そうした中何げに色々と思うもんです。(黙々と絵を描いてるとどうにも何げに色々と思うんですよね。)僕には叶えたい事が幾つかあるんですよね。で、その一つ、一つを想えばどれもが果てしなくも思え、時に到底辿りつけやしないのかもしれないとした寂しさみたいのもやってきて、そしてそこで思うんですよね。なら、その全てを無かった事にし、楽観的気楽に生きてみたらどうなるのかと。きっとそうしたなら、そうした事から逃げた自身を哀れみその気持ちからもまた逃げたく馬鹿みたいにお酒に溺れ、他者に行き場のない気持ちをぶつけあたり散らし本当の事から目を逸らし本来見たいもの見るべきものを見る事なく、誤魔化した幻、存在しない世界を幽霊のように生きるだけで、そして思うんですよね。そんなのは御免だと。(一度十代終わりから二十代始めくらいまでそうした時期があってそれがどう言うもんか知ってるからこそ尚その恐ろしさを感じる。)果てしないなら果てしなくてもいい。辿り着けないのかもしれないなら辿り着けやしなくても構いやしない。それならば、死ぬその寸前まで、全ての想いを、一つ、一つの叶えたいと感じたその多くを叶おうが叶わなかろうがお構ないなしに純粋一途そこに心を置いて、勇気凛々と魂焦がして、その情熱のど真ん中歩いて、叶った、叶わなかったの理解及ばないそのまんま死ねれば(その情熱ひっさげたまま)そこに真実、本当があるように思えるんですよね。で、きっと、そうした中、何度と、何度と本当は幾つもの事を知らず、知らずと叶えてるもんで、所詮そんなもんで、(なんかそれなりに生きてたら何だか何時もそうだった。)だから思うんですよね。ただ、向けるべきものに、向けたいものに、そこに心を何時でも置いとけ預けとけれる奴で居て、で、それに夢中で生きてたいんであって、じゃ、なら、果てしなくて、まっ、いっかとそんな所に行き着くんですよね。そして、そうしたこんな感じの何かを僕は人に伝えようとしてる節があるんですよね。そいつはそうした事に僕は心を持ち合わせてて、その気持ちは本気であったりするから、(自分がそう感じてる事な。)一人、一人の、皆の、胸の中にひた隠してるそうした想いの中での果たす事のないその寂しさと言うもんが見え隠れして、どうにもそれを無視出来やしなくて、だから僕は、人から言わせれば理解しがたいその行動の一つ一つをとっちゃうんですよね。と、まぁ多くを言えばきりがないからこんなもんで、、、
2013.02.04
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