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お酒の方はどんどん呑まなくなってきてる。十五からそれを頼りに生きてきたのだけれども、どうにももう俺には酔っ払う為の理由が見当たらない。少々機嫌良くなる為だったり、気分転換であったりと今後はどんどんそうなっていくのかもしれない、、、素面で居る事がとても多く、酒に酔ってる自分はあまり好きに思えないようにもなってきた、、、多くの事を受け入れ全ての事を受け止めたからもう逃げる必要がないのかもな、、、遠い昔に逃げ出さず受け止めた痛みの先に答えはあるのかもな、、、と絵葉書に書いたけれども、そん時はそこまで深くは考えてはいなかったけれども案外言えてたな、、、それを今のこの歳になって心底そう理解するなんて思っちゃいなかった、、、なんか自分で書いてた事なのに可笑しなもんだな、、、
2013.10.25
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心動かされる事は大概本当の事。本当に慕ってる気持ち。本当に相手を思う心。本当に尊敬してる事。本当に人を慈しみ労わる心。他にも色々。そうしたもんが人に見えた時に俺は多くの欠点やら見栄え社会的地位やらその他諸々とあまり気にしない。まぁ付き合いとかが深くなり関わりが濃いものへとなれば言うべき事は言うけれども初めの段階でそうした壁をあまり作らない。(自分なりの哲学に反する事には実は口うるさい。どうしてかと言えばそうしたもんがこの自分をまだ人としてのまともさのぎりぎりの所を生かしてきたし、そうした上で多くの関わり出来事が自分を形成し、多くの心やら気持ちを育んできたから)だからホームレスと共に行動もしてたし、ヤクザとも付き合いはあったし、おたくとも普通に仲が良かったし、ヤンキーとも仲間だったし、ぬくぬくボンボンとも普通に接してたし、美男美女ともそれなりの関係でもあったし、見栄え誉れない誰彼等ともてんで問題なかったしそこに優劣の気持ちはあまり生まれないし、誰かを連れてるから恥ずかしい、誰かを連れてるから得意がる。そうしたもんはあまりない。得意にだから俺はこうなんだと自意識に自分を特別視してる訳ではなく、ある時に人はそうしたもんで左右されての人との付き合いが散々とある事を俺は知ったから。身近な友達。関わり深い女の人。賛同し集まる仲間。そうした間柄の人たちにそうしたもんが幾らでもあった。俺はそうしたもんで誰かを選んだ事等なく、(まぁ完璧な人間でもないから多少の有益不利益的な心持ちもあったりはするけれども人の心やら気持ちを傷つけ裏切る程のもんでもない生きて行くうえでの必要最低限のもんだと思ってる。)ただ普通に楽しく感じてるからなだけであり、(相手を純粋に気に入り)それにおいてどれほどにこの俺ががっかりし、心寂しくおもんなくつまらなく人の気持ちに希望を見出だす事が困難な事になったのか誰も知る事はない。(言うつもりもない。それは諭し、説明し、事細かく話し合い伝わり解り合うものではなく、生まれ生きてきたこれまでが自分達の心をそうさせるだけでの事なだけであり、例え”本当だね。そうだよなと納得してくれてる風でも、その心に本気で届いてる事はまずない。)昔絵売り初期始めたての頃。ム所上がりたての辰兄が俺のしてる絵売りの所にきた。横暴で人をからかいおちょくる感じに態度悪く、いかにも自分の方が上なんだと力を誇示する(喧嘩ごとな)調子と俺の絵を一枚よこせと取り上げた。俺はよくぶち切れたり、かっとなって人を蹴り飛ばしたり殴ったり怒鳴り散らし罵る事もあるけれども実のところさほど喧嘩が強い訳ではなく、ただ負けを認めないたちの悪い気概さがあるだけなもんで、ただ余裕当然と喧嘩事に勝る訳のない誰かとは普通に喧嘩はふっかけずやり過ごすそうした小物さもあるんだよな。だから不快ながらも内心びびり辰兄に渡した。俺の絵葉書を手にし、本来の自分なら切れるような舐めた態度を幾らでも取ってた。それから何度と俺の絵売りに辰兄は足を運んだ。けどやはり男として負けを認めたそん時の自分を許せなくも思ったから対等、同等のつもりで、普通になれなれしく、ちょいからかいながらも気さくな感じに普通の連れのように接した。けどだからと辰兄は態度が悪いだとか、俺の事をもっとびびれとか力を俺に誇示する事はなかった。(よくそこいらで目のつく所で人をぶん殴ってたけれども。)それからしょっちゅう俺の所に来た。色んな話しをしたけれども、なんてないごくありふれたような話しで普通の身近な友達な感じの調子で、生い立ち、今の自分の境遇、環境、立場そんなもんはこれっぽっちもなく、ただ普通の会話。で、ある時にお前のような奴と友達になりたいよなとそう言ってた。もしも俺の記憶が正しいならば、何言ってるんですか、俺達は友達じゃないですかと普通に言ってたと思う。で、それから少しして、唐突にお前の絵を買いたいとそう言い、出会いたての横暴なそうした態度はなく俺の絵を一枚を普通に買い、お前は絵を頑張ってるもんなとその絵を懐にしまい去ってた。それからまた少しして(幾日)ウィスキーを持ち歩きラッパ呑みしながら意識散漫な感じで俺の前にへたり込み、なぁお前から見て、俺は普通に見えるか、、、、と一言つぶやき、俺は此処に居る、、、と言葉を書き起し二度と俺の前に姿を現す事はなかった、、、のちに人づてでまた刑務所に入った話しを俺は聞いた、、、友達を失ったような寂しい気持ちが自分にある事に気がついた、、、そして俺は本当の事を(辰兄との付き合いに)感じた、、、だからあれから十年以上もの月日は流れたけれども今も辰兄を忘れる事もなく、一言漏らしたその普通と言うもんに今だ執着し、その意味を探してる俺も居る、、、それは辰兄の本当の心、、、俺の辰兄を慕う気持ちがごく自然と本当に産まれた事、、そうした本当の事が俺の心を捉え動かし大事な事に思えてそうした事を意識しない事はあまりない、、、そして俺が常々言葉にする本当の事、、、嘘の事はこうした事にある、、、俺は下らなくしょうもないつまらない子供じみた嘘をよくつく、、、(実はそれにも理由はあるのだけれども今回の話しには関係ないから省く。)けどついてはならない嘘がある、、、そしてそうした嘘をついた時につかれ時に、人を嫌いにも思えるし、自分を堪らなく嫌いにも思え、だからとなるべく正直に本当であるべきだと一環して、特にこの三年間近くを過ごした、、、人を怒らせたりぶち切れさせたりもする事も多いのだけれども、つまらなくやり過ごす、その場をただ流す何も産まれやしない嘘に比べれば、そこにどれほどの価値をこの俺が感じてるのかは言うまでもないよな、、、そして、それが俺の敢えてと時に言葉にするその一部の意味合い、、、
2013.10.24
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軽く缶ビールを煽り絵を売り、そしてちょこっとだけ呑みに行き(ビール半分だけ)そしてあるとこに顔を出して、で色々とその他諸々と、やっぱり俺の真意に本意は誰にも解らないんだなぁと(敢えてそうしてるのだけれども。知れたら意味ないもんな。)何か自分なりに思うことがあった。深く掘り下げ言う事は出来ないけれどもだからこそ、吉田さん、アンテナ屋さん、辰兄、サム兄、歌を聞かせてくれた子、うる星やつらの話ししてくれた子、ホームレスのおっちゃんが何時も俺の心を突っつくんだよなぁ、、、内緒の話し、人は俺にがっかりする事が多いのだろけれども、実の所、何よりもこの俺ががっかりしてる事を知ればどう感じるんだろうなぁと何気に思う。で、最近絵売りで知り合った子がまめにメールをくれ何をしてる??と何時も気にかけてくれる。初めの頃は関心もなく、何も感じず、何を思う事もなかったけれども、ずっと気にかけて貰えているうちに気持ちに変化が出て、そして絵売りで長い事お喋りし(珍しく自分で呼んだ)その子の家近くまで送った。(いけない事をしないよう心がけ、そしてだからこそ自分と言う人間があまり大した事がないそんな調子に振舞ってたけれども。)友達になってくれるとそう言ってくれた。嬉しく思った。、、、、、ただ俺は相手側を思うからこそ、こうした態度にあまり無条件と好かれる行いをしないその事に時折と誰か一人だけでもいいからと触れて欲しく感じる時もある、、、けどまぁそれは優しい人だとか、善い人だとかそんな扱いのそうしたもんじゃないもん、、、なんだかまぁむずかしいんだけどな、、、で、よく呑みに行く店の店長が店をやめる事になった、、、だから、もう最後が近いから、今のこれまでの自分を謝っておいた、、、そして少しばかり俺の本当を伝えた、、、、、、、、、疲れ果て寂しげだった、、、、、、、、酒の場でのひたすらの三年間、、、、、、、、きっと本当の事はなかなかとないのだからくたびれたのかなぁと勝手にそう思ってた、、、、俺にも似たような事が多々あったから、、、だから一番、めんど臭くたちが悪く好きにも思えないそんな男がほんの少しくらいは本当の事を見せれば、気持ち救われるのかなぁとまるで俺の事実からは(彼から思う)正反対に思える事をラインなり面とした上でなりそれなりと言葉を送った、、、、天邪鬼なんだからとそう一言言葉にし、けれどもその口調は俺に優しかった、、、、、、、、また明るくテンション高く、様々な事に希望を抱き、色んな事がおもろくて堪らないそんな彼にまたなるよう密やかと心に願った、、、、、、、、彼にがっかりする事はない、、、(人は彼を本当に嫌ってると勘違いしてるけれども、、、)、、、、だからずっと憎まれ口を叩く俺だったんだから、、、、、、、じゃぁ、俺は何にがっかりし、誰にがっかりしたのかは俺の胸のうちに、、、、
2013.10.14
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十一月まで一人の世界にこもりたいのだけれども色んな状況がなかなかとそう出来ない感じです。まぁそれでも人に必要とされてるのだからそれに感謝の気持ちを持ち自分の世界に堪能するのを気持ち早く切り上げようかなぁとちょい思ってきました。で今週はひたすら暑い中ハードに体動かす肉体労働してみた。無理やり強引に気力を取り戻す荒療法。それが自分のやり方。やる気が戻った。それで感じたことがある、、、そろそろ枚方も潮時だなぁと、、、、
2013.10.12
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最近はあんま絵を描いてない感じですがそろそろと気分テンションも上がり色々と楽しく描いていけそうです。数年に一度そんな調子とこれっぽちも絵を描きたくないそうした時期と言うもんがやってきたりするんですよね。けれども少しの間、別の何かに没頭してるうちにそのうち勝手に復活するもんで何時もどおりの事ってところですね。それと同じく缶ビールを呑んでる割合も増えてきてこの一週間で11、2本ほど呑んじゃいました。(ちょい前までは週に1、2本しか、もしくは二週間に1本とかだった。)で昨日はどこぞにと呑みに行きそうにもなってしまってたので、お酒の方にはあまり意識が向かないよう気をつけないといけません。とそんな感じながらと最近は人に優しいと言われる割合が増えてるのと、女の人にお誘い受ける事が増えてるそんな調子です。善い事なのか悪い事なのかあんまよくは解りませんが人に好感持たれ、善い人間として捉えて貰えてる事にありがたくそう感じるそんな気持ちをなるべく素直に持てるそんな奴で居れてもいいのかもしれませんね。しかし人間関係、交友関係、もしくは異性関係としたもんは柱となる中心となるそうした確固たる揺らぐ事のない関係性で落ち着きたいのが本当の気持ちです。どうも僕の場合はこうした生き方上、ふらふらと気ままな調子の寅さんみたいなもんで何かに落ち着くと言うもんが決してないので、そうした気ままな生き方を楽しんでる部分もあるにはあるのですが、しかしその反面、皆と同じように普通に人との普通とした関係性を結びたいそうした気持ちもあったりします。端からそうしたもんを遠目と眺めながら、羨ましいのか、憧れるのか、それとも孤独に寂しくも感じるのか、それとも決してそうなる事がない自分を自覚し侘しいのか、もしく何度とそうしたチャンス、機会があっても何度と解った上で反故にした空しさなのか、はたまたはそうしたもんを幾ら築いても今までの多くの経験、体感したそうした日々の何かしらが胸を熱く叩くからこそ、(気持ちあるからこそそうしたもんを得た事への恐れ)自分を押し殺し、そうした普通の人であろうとするそのような振りをする自分が居るのではないのだろうかとした危惧したそのような心持がちらほらとあるようなないような、なんとも言えない心情が入れ混じりだからこそもっと別の何かを心に思い描いたりするそうした調子の日々だったりもします。色々と憧れは多くやってくる、、、自分にはないもの、、、それは気持ちだったり、心だったり、生活だったり、生き方だったり、環境だったり、交友関係だったりと幾らとて幾らでも、、、、で、それに比例するようにそうした憧れるものへと別種のまったく違うものへと突き進み歩んでいく自分が確かに居る、、、憧れ続ける限り、それはそれにおいて自分が絶対にそのような人間ではないからこそ、そうしたもんがないからこそ憧れるのだから、そしてそのようなもんに憧れる気持ちが産まれた時に、自分も少しは善き人間になれたのかなとそう感じる気持ちが芽生え、ほんの少しくらいは人にも優しく出来るのかもしれねぇよなぁとそう感じる事が出来たのも確かな事で、だからこそそうした気持ちを(何かを憧れる。妬み、嫉妬、恨みつらみではなく、尊重し敬意を払いその事へと敬う素直な心)人以上に大切に大事なもんと感じてる自分が居るもので、(自分で勝手にそう感じてるだけで幾らでも自分以上にそのような人は居るのは至極当然)特別気に入ってたりもするから、だからこそずっとそうしたもんを憧れ続ける自分であるのは変わる事無く、と、言う事は憧れは憧れで、もしも自分が似たような事に幾らそこに身を置いてもそこに純粋、まっさら本当の事は産まれる事はなく、そのような環境、位置に身をおけた事への安堵感(普通の人のように)もしくはそこに居るのは自分ではなく、憧れの対象に自身がなってる事、憧れてるイメージそのものに自身がなる事で自分が損なわれるだけで、そんな振りをしてるだけなのだから、だからこそ、もっと別の何か、もっと違う何かで人の気持ち、心を得ようとしてる自分が居てたりするから、まったく掛け離れた、変わりもんとしてその身を晒す事へなってたりと、、、欲しい事も願いもあり、得たい事も結びたい(心)事もより深く強まり、どうすればそれらの事へと気が済むのかと、、、、人に嫌われるのにも理由があり、人に好かれるのにも理由があり、人を嫌う心にも理由があり、人を好く心にも理由があり、しかし、そうしたもんを通り越した命に深く無条件と理由もくそもなく直撃と突き刺さるものがある、、、意味なく心が魂が揺れ動かされる、、、、気持ちが支配される、、、、、、、妬み、嫉妬、憧れ、そんなもん一切関係ない、自分の本当、、、、、、、その本当の事の為に人生の全てを投げ打ち棒に振るに事になろうともそこに本望と思えるその心があり、それ同様それを変える事が出来やしない自分の真実もあり、そしてそう思えば心に思い描かれる己の世界が様々な形で見え隠れする、、、、、、、、俺が本当は見てる事、、、見てるもん、、、、、、、そいつは本当はちゃんとあるんだよな、、、
2013.10.11
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今日はさっきまで甥っ子の運動会を観てた。で色々と感じる事があった。その一つ、、、甥っ子と言う一人の存在で疎遠だった妹達との接点、関わりが生まれ、家族が皆集まる事が増えて、人は何か一つの理由、中心となる何かがあれば、面白い面白くないを関係なしに一つの事に一つの気持ちを置いて一つの場所に集まる事が出来るのを身を持って体感してるもので、(俺達の家族は本来は一つの事に皆が意識向き集まる事等ありえなかった。)俺に取ってのその一つが絵売りであったもんで、だがしかしもう年齢的に心持ち的には密やかとひっそり気ままにのんびり楽しみたい気持ちの方が大きく皆を集い意気揚々とテンション高く派手やかに行くのはちょい無理でしかしそうしたもんを欲しいと願う心は損なわれた訳ではなく、きっとそれは別の領域、別の場所、別の何かで培い育むべきであり、時間が掛かってでもいいから何時かそう言うのを見つけねぇとなぁとそう感じてたりした。子供の運動会を観ると言うだけで多くの家族が一つの場所に集い行動を共に出来るのだから(暑い中、とくにめちゃめちゃ面白い訳でもなく、派手やかで刺激に満ちてる訳でもないもんな。だからと言ってつまらない訳でもないよ。)そうした理由、きっかけさえあれば人はおじいちゃんであろうともおっちゃんであろうとも若者、子供であろうともなんであろうとも自然と集まれるから何か感じるもんがあった。その二つ目、、、大して意味がないのだけれども子供が大勢張り切りはしゃいでたりいちびってたり元気に飛び回ってたり誰々と誰々が仲が良かったり、ちょっかいかけてたり、興味ある男の子に黄色い声援を送ってたりそうした健気に明るく楽しげではつらつとした空間に居たら自身の汚れとでも言うか悪というか、そうしたもんが清らかなもんで洗い流されるようで悪い気がしなかった。その三つ、、、普通に働いて、普通に家族を持って普通に生きてたら自分にもこうした未来があり、そして普通にこうした行事に揉まれて人として人らしく慎ましく生きれてるそうした人並みの人としての実感が沸き幸せみたいんもんを感じれる自分になれてたのだろうかと何気に感じた、、、、その四つ、、、子供は無条件に明るく楽しそうでまだまだこれから多くの出来事に未来に希望が満ちてるもんで、決してお金を貰える訳でも褒められる訳でもないのに暑い中、運動会に向けての練習をしてたり、それをしてたりと、これが大人だったらお金が必要だったり別の見返りが必要だったりと、でこれからもまだまだ色んな出来事やら行事にイベント事が待ち受けてるもんで、そしてそうしたもんは有難く幸せにも思える事でもあり、俺もそうしたもんを楽しむべく時には心から楽しんでれば良かったのかもなと感じてたり、そして今、俺が生きてる大人の世界は半分人生が終わった感みたいのが多くの人から滲み出ててけれども俺を含めまだ誰もが半分以上もの人生が残ってるもんで、子供の時に無条件とやってきた出来事、イベント事、高揚とする何かがなく、そいつが面白くもなく感じる事もあるだろうし、そうした種類での別の何かもあるだろうけれども、(仕事がおもんない。男、女が居ない。金がない。おもろい事ないとかなんなりと。)それはある一定の人生をこなし過ぎれば己の力量、器、命みたいなもんで導き出し培い築きあげるもんで、そこにはただただ努力に根性あるのみと(あと心)そしてそうしたもんに必死となって踏ん張ってる毎日が必然的に充実し満ち足りてる毎日となってたりと、、、、まだやれる限りの何かをとことんやり尽くしてない限り、、、命が半分以上も(普通に生きてたらな。)残されてるのに、その残りをおもんない、おもんないと半ば人生終わった感で生きるのは空しくつまらないようにも、子供たちを眺めそう感じてた、、、まだまだ楽しい事がありそうで輝きに満ちてるその姿を見てて、、、
2013.10.06
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ふと思ったのですが、何気に僕はひたすらと海外ドラマをもう三、四年もみてるんですよね。こんなにもドラマを見続ける事は人生でそうなかったよな。でそんなにも観てるから次第に有名所も観終えそして多少興味引くのも大概見尽くして、でしまいには恋愛もんをも観てたりもしたのですが、僕はあまりそうしたもんにてんで興味がなく、むしろ嫌悪してるくらいの始末で、(幽霊のお話しとかもだな。パニック映画も)十代半ばに幾つか観たぐらいでまるっきり興味がまったくなく、そんな調子の僕ですがまぁもう観るのもないしとちょいちょいと観てたんですよね。そしてそもそもが恋愛事の話しをするのも全然好きではなく、まぁ人の相談やらとそうしたもんに付き合うのは悪い気はしてなかったけれども、(余計なおせっかいやきだからそうしたもんをよく叱咤激励はしてた。)とくに自分の恋愛事、女の人との関係を人に言葉にする事自体も嫌いでほぼ誰にも何も言わないそんな奴であり、そしてそもそも恋愛と言う言葉自体もタイピングするような男でもなく、それくらいそうした感覚、感情、心が皆無で(相手をちゃんと好きに想ってる気持ちはあるけれどもどうにも恋愛的な事、それを意思表明やら言葉、感情ではっきりと出すのがあんま得意じゃない。茶化したり、誤魔化したり、適当な事言ったりと)そうした僕だからこそ随分と女の人には怒られたもんです。しかしこうしてひたすらと恋愛事のドラマを観てたら心底思ってきたんですよね。(まぁドラマの話しでしかないけれども恋愛に対する心持的な事には飛躍しすぎる事もないもんな。人が異性を好きに想い慕う気持ちな。)僕は人生でただの一度も恋愛はしていなかったんだなぁと、、、(恋愛した上でのお付き合いとでも言うのかなぁ、、、恥ずかしくなるような照れるお付き合い、夢中になる感じ、二人だけの世界とでも言うのか、、、)で、ふと最近絵売り時に弟に言ったんですよね、、、俺は一度もちゃんとした恋愛をしてないんだろうなぁ、、、恋愛しておけば良かったと、、、確か手塚治虫も生涯で大恋愛をしたかったとそう言ってたけれども子供時の僕にはその当初あんまよく解らなかったですが今にすれば解るような気もします。(手塚漫画でのそうしたもんは切ないのが多かったような気もしますね。)彼女が欲しいとか、女の人が欲しいとか、肉欲的なそうしたもんじゃないんですよね、、、なんだかずっと恋愛事の海外ドラマを観ててそうした感覚、気持ち、心持ちみたいのが何気に見えてきて、だからこそ、もう少し相手の気持ちを噤み、そうした世界へとしっかりと夢中に二人だけの世界へと互いに気が済むまで浸ってれば良かったよなぁとそう思うんですよね。けど、しかしまぁ、そうした事に気がつけた事は大きく、そして僕の内面が善い意味で変われてきたのだろうし、それに出会いのチャンスには恵まれてはいる方だと思ってはいるので何時しか俺も普通にそうした世界を楽しみ喜べる奴でいようと妙に晴れ晴れとしたすっきりした気持ちだったりします。(どんどん争い事へと心持ち向けるトラブル依存症的な事は損なわれつつあるのかな、、??)
2013.10.03
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