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採点地獄中、まだまだ答案は減った気がしない。しかし、この日は学会の全国大会へ。久々にお会いする方々ばかりで、楽しくお話しできた。もちろん、勉強になることもたくさんあった。日頃は学生の相手や雑務にかなりの時間を割いているので、そういうのがないところで、ガチンコで議論するというのは、ゴチャゴチャした頭を整理するのにもとてもよい。自分も頑張らなければという気持ちになる。会場は母校で、自宅から近いところにある。いつも学会といえば出張という感じなのだが、それが全くないのも不思議な感覚である。それだけに、体は楽だったな。
Jul 31, 2010
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本当に答案の山が減ってこない。そんな中、別の仕事も期限迫る!しかも、それが終わっても、まだ2週間ごとに体力と精神を使う仕事がとにかく目白押し。心休まる時間はしばらくなさそうだ。子供たちの夏休みにも当然付き合わなければならない。もちろん、そのときは楽しくである。体調管理が何より大事だ。学生さんや一般の方々は「夏休みがあっていいですね」と言われるが、それは授業がないだけで、授業がない時期だからこそ来る仕事もあるのだ。確かに、授業がない分だけ、時間の融通は利くようになるので、それは助かるのだが...。本当に気分が休まるとしたら、9月になってからの1週間ぐらいだろうか、それまでいろいろ頑張らなければ。
Jul 30, 2010
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昨日で試験監督地獄は終了するも、今度は採点地獄に突入。履修者数が多いために、いくらやっても山が減っていかない。とりあえず、昨日は夜まで監督業務があったため、朝は少しだけゆっくり起きて、そこから採点開始。途中睡魔が襲ってきて、30分ほど椅子に座ったまま熟睡してしまった。さて、今日は子供たちが幼稚園のOB会旅行で泊まりがけでいない。妻はいつもだと行けないところに行きたいと言っていたが、大雨のため遠出はできず、大阪ミナミへと買い物に出かけた。採点業務に疲れた頃に少しは出てきたらとのことで、室内で楽しめる吉本新喜劇を久しぶりに見ようということになり、おやつの時間前ぐらいに向かう。NGKの前で合流し、早速建物へ入っていく。いきなりホール内ではたこ焼きの売り歩き、こんなのがあったのかと驚いた。まるで球場のビール売りである。しばらくして開演。ものまねに漫才に落語、どれも面白かった。各個人の持ち時間は15分間、テレビでは縮小されるネタもフルスケールで堪能できた。やはりこれだけお笑い番組があっても、間近で見られる劇場にはかなわない。ライブが一番である。休憩後は新喜劇。こちらもテレビで見るのもいいが、やはり現場の方がおもしろさ倍増、カットなしなので小ネタもたくさんあった。3時間はあっという間。終演後は買い物にちょっと付き合い、食欲減退はよくないのでインド料理を食べて元気になって帰宅。そしてまた採点地獄だったりするわけだが、他の仕事の方が締め切りが早く、その準備にも追われている。そんなしんどい状態だからこそ一日の4分の1だけ使ってリフレッシュ。笑いは体にいいというのは何だかよくわかるような気がする。
Jul 29, 2010
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この日でようやく試験監督が終了した。少し前までは本当に地獄というようなコマ数だったが、今はそこまでひどくないのがありがたい。それでも、シフトはなかなか厳しいところだ。快眠できていないせいもあって、とにかく疲れが取れないのが問題である。定期試験の監督は、入試と違って緊張感はそこまでないのだが、最近ではあまりにもひどいのではないかと思うこともある。答案用紙を配布するといってもしゃべりつづけ、「静かになるまで配らない」ことを言って初めて静かになるという感じ。その時間の長さはここ3年ほどの傾向かなと思う。さらに、試験が終わっていない教室のドアを開け放ち、ずかずかと入ってくる学生。止めに入ると「なに?まだ終わってないの?うざいのぉ~、いる場所ないやん」と叫んで出て行った。きっとこれまで中学や高校でも無敵キャラでいたのだろうなと思う。今回新たに発見された新キャラであるが、こういうのが増えてくるとぞっとする。やはり、教育機関であるなら、「お客様は神様」だと思うことは悪くなくても、わざわざ言ってしまってはいけないとは、こういう時に思う。
Jul 28, 2010
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最近、演奏する機会が決まったCDを購入しなければならなくなったので、ついでにいろいろと購入。今回は馴染みの曲と、聴いたことのない曲を織り交ぜて。・ ブラームス交響曲第2番&ウェーベルン「夏風の中で」/シャイー指揮・ロイヤルコンセルトヘボウO.・ ストラヴィンスキー「春の祭典」他/ドゥダメル指揮・シモンボリバルo.・ ステンハンマル交響曲集他/ヤルヴィ指揮・エーテボリo.・ バーバー交響曲集他/アルソップ指揮・ロイヤルスコティッシュナショナルo.一通り聴いてみた。シャイーのブラームスは「ノン・トロッポ」や「ポコ・フォルテ」の指示があるところは本当にそうしているのが、ある意味新鮮。ドゥダメルの「春の祭典」は面白い。あれだけ複雑な曲の中に独特の流れがある。ドラの扱いによる音色が他の演奏にないもので新鮮。ステンハンマルは一回ではまだ体に入っていないので何とも。ただ、交響曲第1番はちょっとブルックナーっぽいかも。バーバーも一回ではまだ入ってこない。が、第2番は音色などがなかなか強烈だ。渋めの取り合わせ、しばらく楽しめそうである。
Jul 27, 2010
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この日はゼミの卒業生と夕食の約束。結婚式の招待状を渡したいというのと、婚約者に会わせたいとのことだった。もちろん、喜んで行かせてもらった。この卒業生と会うのは、卒業式以来である。久々にメールをしてきたので、たぶんそうかなとピンと来た。開けてみたらやはりそうだった。予約してくれていたという店にまずは卒業生と私とが先についてしばらく話す。遅れて婚約者も登場。彼は同じ大学の先輩らしく、私の授業も履修していたらしいが、落ちたらしく残念...。といっても、「大学以外に忙しかったんで、仕方ないです。すみません」ということだった。彼にとってみれば、私は授業の時に私語をかなり厳しく注意するので、結構厳しいというイメージを持たれていたそうだ。一方、彼女(ゼミの卒業生)はゼミでの私しか見たことがないので、逆に厳しいイメージはまったくなかったそうだ。両方から話をきくと面白いものだ。話し込むうちに、彼女はもちろん、彼ともすっかり打ち解けていい雰囲気の食事会となった。彼はとってもいい人で、彼女のご両親も納得だろう。彼女は2年間見てきたがほんわかした雰囲気を常に持ちつつ、一本筋の通ったところもあり、いい奥さんになれるだろうなと思う。そして最後に「お願いが」ということに。それは「楽器を弾いてほしい」とのこと。彼女はご両親と一緒に市民オケの演奏会にも足を運んでくださっていたのは私も知っていて、そのご両親の希望もあるのだとか。そんなことで喜んでもらえるならということで、もちろんOKすることに。他のゼミ生も何人か披露宴には出るそうだから、その人たちにもお聴かせすることに。こっちが、緊張かな。そんなこんなで話し込んだら遅くなってしまった。でも、とても楽しかった。幸せをお裾分けしてもらった感じがいっぱいだった。いやいや、若いっていいですな...。
Jul 26, 2010
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最近の酷暑は本当にかなわない。天気予報の気温は日陰で測っているものだから、日なたでアスファルトの上だと軽く40℃は超えているだろう。 しかし、一番きついのは夜の暑さである。深夜に帰宅するときでも汗がだらだら出てくる。毎日熱帯夜だ。あまりの寝苦しさにかなり早く目覚めてしまう。対策はどういうのがいいのかなと。 妻は扇風機の風に当たるのが大嫌いなので、扇風機直撃はダメ。かといってクーラーが冷たいのもいやなのだそうだ。暑がりの私にはきつい。 起きるたあとは、水分不足で気分が悪い。そこで寝る前に牛乳を飲むといいらしいときいたので、飲んでみた。そこそこ効果はあるかな。 あと、アイスノンをタオルにくるんで首の下に置いて寝てみたら、まあまあだった。しかし、これも朝になるとぬるくなっているのが、がっかりではあるが。 あれこれ苦戦する毎日である。いいアイデアはないものか。
Jul 25, 2010
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アマチュアオケの練習で難しいのがこの加減だなと、オケの友人と話していて思ったことだ。1つの演奏会を多くて3日で仕上げてしまうプロとは違って、それを半年近くかけて仕上げていこうとするのがアマオケである。その期間の違いはもちろん、個人の力量がまったく違うことに起因する。そこで、アマオケは個人としての力だけではなく、みんなで補い合って何とかしていこうという要素がかなり多くなってくる。そうなると、調整の要素が多くなってくる。当然ながら、ゆるい状態でダラダラやっていってもうまくいかないわけだが、しめすぎるということも実は問題になりやすい。物事を組み立てていくときには、細かい問題を順々につぶしていって積み重ねていくという方法が最も確実に思われやすいが、一方で全体という視点からのバランスを見ていかなければならない場合が多い。オケの演奏も全体として一つの作品に仕上げるわけだから、全体的な視点も必要だと思う。このどちらを大事にすべきかに対するアプローチの仕方は、人によって違うし、段階によっても違うべきだと私は思う。アマオケの練習の場合は、練習が演奏会のためのものであることはもちろんだが、その時々で参加して楽しむためのものでもあると思うので、あまりに細切れ状態の練習ばかりだと疲れてしまう。ある程度流してみることも大事だなと。このあたりの加減は難しいとは思うが。ただ、楽しむとはいってもただ好き放題やるのでは全く芸がないわけで、演奏に成長が見られなければ練習の意味がないことも確かである。「楽しさの要素がちゃんとあって成長もしていけるように」とは自分が仕事でも直面している問題で、難しいことも十分わかっているが、それだけにできたら素晴らしいと思う。やっていることは仕事という本業ではなく、趣味としての音楽であると考えれば、やはり一番いいのは楽しむこと。でも、みんなで作り上げていくものだから自分勝手であってはいけないわけで、オトナの楽しみ方が必要であり、もっといいものを作りたいという向上心もあった方がいいと思うが、そのプロセスがあまりにも窮屈であるのもよくないとも思う。ただ、それを具体的にどうやっていくのかについては、それぞれに考えがあって難しい。わかりきってはいることだけど、世の中単純には行かないものだ。
Jul 24, 2010
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今日も酷い暑さだった。今日は金曜日なのだが、非常勤の授業へ。月曜日が非常勤の日なのだが、月曜日はハッピーマンデーの影響で授業回数が少ないところへきて、必ず授業は平等にしなければならないということで、学期末に必ずしわ寄せがくるのだ。休講した分も補講するルールになっているが、それ用の日がないために、一日で6コマとか、もうぐちゃぐちゃになってしまうとよくきく。日程調整に苦労する時代になったということだ。加えて非常勤先は、クーラーの設定温度が高いために、とにかく暑い。太陽光線を直接浴びないだけマシだというぐらいで、室内のどこにいても暑い。教室も例外ではなく、とにかく暑い。午後などは気絶しそうな感じである。当然、学生の集中力はもたない。しかし、それでもふざけてしゃべる学生には一喝。今日の学生は本当に態度も悪く、困ったものだ...。仕事の帰り道、等級版図(仮名)に寄ってみたら、あるコーナーに人だかりが。何かと思えば、熱中症対策グッズの売り場だった。ぬらすとひんやりするタオルだとか、襟に巻くと涼しいというグッズも(襟がぬれるのではと思ったりするが)あった。どれか買おうかなとも思ったが、もう少し様子を見ることに。ただ、出口近くで見つけた扇子だけはやはりほしいなと思ったので購入。とにかく暑かったわけだが、何とか仕事は終了。帰宅後は息子の誕生会と称して少々豪華めの夕食。息子はごきげんだった。子供たちは、暑さに負けずに遊んでいる。まあ、今遊べるうちに遊んでおこう、それでいいかなと。
Jul 23, 2010
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いよいよ半年に一度の大変なイベントが始まった。そう、試験である。試験監督の最初は自分の科目から。2年生との面談ではみんなこの科目の勉強を必死にやっていると言っていたので、楽しみにしていった。出来は採点してみないとわからないが、試験がスタートした瞬間に「ゲッ!!」という表情をした人がたくさんいた。あらら...。最後の時間にポイントもちゃんと説明したのに、大丈夫なのかと思った。その後も2コマ夜までたっぷり試験監督。空き時間は繰り上げ試験を行った科目の採点を必死で。集中して、こちらはすべて片づけた。出来はまあまあ、みんなちゃんと授業には来ていたし、それなりにきいていたとも思うので、この結果はある意味予想通りだった。しかし、今日終わったものやこれからあるものの方が採点は大変である。すっかりくたびれて帰るのも疲れる。今日は自家用車で通勤だったので、先週と同じくマーラーの「復活」を大音量でかけて帰る。最近、心が荒れ気味なので、すっきりしたり癒されたり。最後の3分ぐらいは自宅の駐車場で聴いていた。泣けるわ、これ...。
Jul 22, 2010
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FDとは、大学での教育をよりよくしようという試みで、多くの大学で取り組まれていることで、その研修会があった。そこでのお題は、自分の授業でやってきたことを記録に残して、振り返り、さらには他の先生と共有できるようにするような試みについてであった。そもそも、そういった試みが行われるようになったきっかけは、FDが「やらされ感」でいっぱいになってしまって形骸化してしまうのを防ぎ、本当の意味で改善をしていけるようにしようということのようだ。確かに、FDを実践するようになったところは多いようだが、実際の活動が形骸化しているという話はきいたことがある。あくまで自主性を重視するところが話のキモである。ただ、実際に授業をちゃんとしている人は、フォーマットがなくてもちゃんと何らかの記録は残しているだろうと思う(使ったプリント、反省のメモ書き等々)。私もそうしている方だと思う。しかし、そこへフォーマットを決められて「はい、この通りにやってください」と言われたら、これはすでに自主的な取り組みではなくなる。さらに、これを評価に使うこともできるという主張もあったが、さてそうなったら、さらにやらされ感は満載になる。その時点で、本来の趣旨から離れてしまうのだ。自主的にやることを強制するという何とも矛盾した状況である。もともと、この試みはカナダで始まり、アメリカで使われているものであるそうだが、そもそも大学のシステム自体が全く違うことを考えれば、同じような手法でうまくいくのかという問題もある。できるだけ多くのことを開示して「自分はここまでやってます」というアピールが重要である社会と同じやり方でいいのかとか、あるいは学生に対して自己責任でついてくることを求めるような大学のあり方ではないところにこの方法でいいのかとか、思うところはいろいろとあった。そういう意味では、この話をきいたことはいろいろと刺激になったとは思うし、いろいろと考えていかなければならないことが多いなとも感じた。後は、そんな話を一部肴に飲みに行った。
Jul 21, 2010
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先週末、ようやく梅雨が明けた。それからは以前がウソのように毎日いい天気。とにかく暑い。夕方の太陽もジリジリ照りつける。テレビで「今の日本の夏に涼しい時間は無いと思った方がいい」と言っていたが、まさにその通りの天候である。研究室にも西日が照りつける。日没直前がとにかくまぶしい。でも、この光の具合と空の色は大好きだ。いい季節がやってきた。話は変わって、昨日は子供たちのピアノ教室の発表会。息子は初舞台だったが、何とか無難にこなした。トップバッターだったが、物怖じせず、大御所ぶりを発揮した(家でもゴロゴロして何もしない態度の時はまさに大御所)。2曲目は娘の助けも得て、連弾も決まった。娘はトリをつとめた。モーツァルトのソナチネと嵐のメドレー。ソナチネはちょっとスローテンポながら、ミスタッチもちょっとだけ、曲としてはまとまって、止まらずに最後まで行けた。もうちょっと練習しておけばもっと行けたはずなので、その反省を次に活かしてくれたらとは思うが、いい演奏だった。嵐のメドレーは先生との連弾。こちらは正直驚いた。先生の音のマジックはあったわけだが、娘の音は負けていない。しかもほぼノーミスで、流れもちゃんとできていた。少々親の欲目はあるとは思うが、録画したビデオでもいい演奏であることはわかった。娘はやはりピアノが大好きなのだろう。これからピアノとどう向き合っていくつもりなのかはわからないが、ずっと好きで弾いてくれていたらなあと思うのだった。息子はまだまだこれからである。
Jul 20, 2010
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室内楽はやっぱりやると楽しい。今回は六重奏の基本的に第2ヴィオラ担当。このパートはいろいろなパートの間に入っていっていろいろと考えながら弾けるのが楽しい。できれば、もっと作り込んでいける形になると、たぶんもっと楽しいと思う。しかし、やってみて思うのは、自分はまだまだ演奏が下手だなあと言うこと。四重奏や五重奏の時には休憩になるが、他のメンバーがやっているのを見たり聴いたりしていたら、本当にそう思った。まだまだ精進しないとと思った次第。でも、楽しかった。
Jul 19, 2010
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「俺の目の黒いうちには譲れないものは譲らない」という団塊の世代の方が身の回りにたくさんいらっしゃる。 多数決で決めたことでも少数意見でひっくり返る組織も身の回りにいくつかある。 そんなことを見るたびにウンザリする。これは日本社会に普遍的に存在する現象なんだろうか。「若手には元気がない」というが、元気にできない状態を作っているんじゃないのか。 確かに、経験豊かであることは、尊重すべきことだ。それをぞんざいに扱うべきではない。でも、その状態のままなら、将来には何も生まれない。自分に合わない意見は排除する、そのためなら何でもするというのではダメだ。 なんか、そういうことに振り回されるのは、いい加減ウンザリ。
Jul 18, 2010
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今朝、日経新聞を読んでいて文化欄に目が止まった。その記事がタイトルにあるような内容である。最近、30歳前後の指揮者が台頭しているという。ウィーン・フィルの来日公演、サイトウキネンフェスティバルのオペラ公演にはその年代の指揮者が登場するそうだ。国内のオーケストラも主席客演指揮者にそういった人々を招いている。最近注目を集めるグスターボ・ドゥダメルもこの年代である。クラシック音楽の世界にこういった若い人々が挑戦する機会があるというのはいいことだ。もちろん、巨匠もいいが、やはり音楽は人と人との間に成立するものであり、ライブ感が大事だ。実際にそういった若い指揮者が紡ぎ出す音楽を聴くという機会はもっとあっていいと思う。しかし、現代は逆に難しい時代でもある。いろいろなことはやり尽くされているために、新しいことにチャレンジすることも含めて、個性を打ち出すのはなかなか難しくなってきているのではないかと思う。特に第一線ではなかなか難しいところだろう。とはいえ、世の中はそんなに単純でもなく、いろいろな多様性を受け入れる懐の大きさはあるだろうと思う。まだまだ若手が自分の音楽を届けている範囲は狭いだろうとも思うし、いろいろチャレンジしていくべきだろうと思う。自分には指揮者の方と知り合いになる機会が結構あるので、こういった話は興味深い。苦労話もいろいろときく。専門性を追求していくのはもちろんのことだが、相手のある仕事でもあるので、これがまた難しい。人としての力も磨いていかなければならないわけで、大変だ。できなければもちろんダメだが、できればいいかというとそういうわけでもない、これはやはり世の常ということだろうか(突き抜けてしまえばいいのかもしれないけれど、そんな人は本当にごくごく少数だと思うし)。そんな若手の人たちに望みたいのは、同世代の若い聴衆を増やせるようになることかなと思う。「のだめ」ブームによってそういう雰囲気はできつつあるので、失速しないようになるといいなと思う。同世代だからこそ出せるメッセージがあるんじゃないかなと思う。ぜひ、いい音楽を届けてほしいと思う。
Jul 17, 2010
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この曲はヤナーチェクの代表作であり、晩年の作品である。最近、この曲がクローズアップされるようになったのは、ご存じの通り村上春樹の『1Q84』に登場してからだ。本の発売直後はCDショップでもずいぶんたくさん並べられているのを見た。今も、やはりそのことが店の棚にあるPOPに書かれていたりする。しかし、それを見てCDを買ってみたという人にとっては、最初不思議な感覚を持つのではないかと思う。いきなりきこえてくるのは金管楽器とティンパニーだけで、旋律も流れるような感じではない。でも、その楽器の組み合わせだからこその面白い音色と力強さが「何となくいいかも」と感じさせる。しばらくすると、あまりなじみのない節回しが続いていくので、最初はよくわからない感じがするのかもしれないが、何度も聴いていくと結構面白い場所がたくさんあることがわかってくる。最初からとっつきやすい感じではないという点では、何となくオトナ向けの味なのかもしれない。シンフォニエッタとは「小さな交響曲」という意味なのだが、実はこの曲、交響曲の様式とはまったく異なる。楽章は5つあり、それぞれ「ファンファーレ」「城」「王妃の修道院」「街頭」「市役所」という面白い名前がつけられている。また、各楽章に様式があるわけではなく、基本的にはいくつかの素材が何度も形を変えながら繰り返されていき、いつの間にかそれが大きな流れになっているという感じだ。「交響曲」を名乗るのには「ん?」という感じがしないでもないが、1926年という作曲年代を考えれば、そういう曲があってもおかしくないようには思う。シンフォニエッタは、演奏するには非常に難しい点が多い。特に、時折使われる無茶な音域は大変だ。低すぎて本来出ない音があったり、ヴァイオリンやフルート・ピッコロは高すぎる音(指板から外れるような場所)で急速なパッセージをやらされたりというのがある。8分の13拍子でシンコペーションをやるとか、もうどうやって数えるんだという感じだ。この曲について考えていたときに、ふと思ったのは、何となく大きくとらえてみると、バルトークの「管弦楽のための協奏曲」と共通点があるような気がした。楽章の結びつき方は違うが、第1楽章から第5楽章までのキャラクターの並べ方とか、土地のにおいや人がいるという感覚などが、そうであるように思えるのだ。そういった曲は、その土地独特のものをたくさん含んでいるだけに、一度聴いただけではわかりにくいところがあっても、だからこそずっとわからないわけではないと感じられるのかもしれない。私が持っているCDはチャールズ・マッケラス指揮/ウィーンフィルの演奏である。他のCDを持っていないので比較はできないのだが、非常に音作りが丁寧であり、また独特な語り口になっている雰囲気をよく出しているように思う。マッケラスはオーストラリアにずっといたが、留学先はプラハ。その頃にヤナーチェクの音楽に理解を深め、レパートリーに早くから加えていったのだそうだ。さらに、チェコ語を習得するところまで徹底している。ヤナーチェクの音楽には「発話旋律」という手法が使われている(実際に話している声を音高で表す)が、これを理解するのには原語に遡る必要があるのだと考えたのだろうと思う。私はチェコ語はちゃんとわからない(昔旅行で行くときに参考書やCDをちゃんと買って勉強はしたが)ので、発話旋律がどのようなイメージや意味を持っているかまでは理解できないのだが、いずれ理解できるようになってみたいものだと思う。今朝の新聞を読んでいたら、マッケラスが亡くなったとの記事を見つけた。今夜はゆっくりとマッケラスを偲んで、ヤナーチェクのCDを聴いてみようと思う。
Jul 16, 2010
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今日は阪神~巨人戦が雨で中止。自家用車通勤の日は必ずラジオでナイターを聴いて帰るのだが、その楽しみもないため、久々にCDをかけてみようかと。夜にまとまった時間、車を運転するときについつい聴いてしまうのが、なぜかマーラーの「復活」だ。テンションと音色の移り変わりが飽きるのを防いでくれるからかもしれない。しかも、夜の高速道路のライトや周りの景色が何となく雰囲気にぴったりくると感じるのだ。今日は3~5楽章を聴いてみた。まさにスケルツォな感じの第3楽章、静かな歌に吸い込まれそうな第4楽章、天の声から地鳴りまで感じるようなスケールの大きい第5楽章、いずれも素晴らしい音楽だ。夜のドライブと「復活」には思い出深いエピソードが。ちょうど、息子が生まれた日、仕事で出産の時間には間に合わなかったが、終わってから車を長時間運転して妻の実家の近くの病院まで行くとき、車が全く周りにいない状態で真っ暗な国道をひたすら走っていたのだが、そのときにたまたまかかっていたのが、この曲(当時の車にはCDチェンジャーをつけていたのでそれを流しっぱなしにしていた)。曲自体はまったく逆の状況を扱っているわけで、そういう意味ではふさわしくないなとも思うのだが、それでもスケールの大きな音楽は、自分にとって生涯忘れられない時間にふさわしいものだったと思う。今日は久しぶりに聴いてみた。疲れていたが癒され、元気ももらい、やはり、いい音楽だな。
Jul 15, 2010
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今朝は大学に行って朝一番に書類の作成。研究関係の書類を一式そろえて関係部署に持って行くと、何だかカウンターの向こうでざわざわ。何事かと思ったら、「この印鑑、押す場所を間違えてます。」と言われた。いや、そんなはずはないと思ったら、別の部署の人が押した印鑑の場所が違っていたらしい。しかし、こう続けられた。「申し訳ないんですけど、もう一度書類を持ってあちらに行って正しい場所に印鑑をもらい直してください」はぁ?!この書類をどこに押してもらうかなんて知らない。そもそも、毎年のようにルールが改定されてしまうし、必要記入事項に問題がなければ、あとは部署間の問題のはずだ。どうも、その毎年のようにあるルール改定が混乱を招いているらしいことは理解できるが...。しかし、こんなところで喧嘩をしても仕方がないので、半分キレかけていたが言葉と口調は慎重に選びつつ、「わかりました、行ってきます」と言って、結局階段を上がったり降りたり、いい運動にはなったが、確実にかなりの時間のロスにはなった。同じ建物なのになんでフロアが切れているんだか、理由は知っているが、1階まで降りて上がり直しやはり不便である。行った先では、担当者が印鑑を押し直しながら、「昨年はそれで問題なかったんですけど、なんでですかね?」と言っていた。そんなこと、私はわからない。お互いに日頃からやりとりのある部署同士のはずなのに、なぜここまで噛み合わないのか、縦割りの弊害を見せつけられたような気がする。
Jul 14, 2010
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何だかいつもより疲れる。というのは、今日の阪神~巨人戦のことだ。帰り道、車でいつも通りAMラジオをつけたら、当然ナイターをやっていた。すでに試合は8回で4-4の同点。チャンスとピンチを繰り返して、帰宅時には延長戦になろうかというところだった。そこからは、テレビをつけるも、娘が「もう野球のテレビ終わったよ」というので、BSで必死に探すとやっていた。そこから先はずっと見ていたのだが、延長12回表に最悪のパターン。ホームランで勝ち越された。その裏、ホームランを打ち返すも及ばず。もちろん、監督の意思決定、選手も必死に頑張ってきたことだから負けは仕方ないわけだが、あとアウトを1つ取れば負けはなくなったわけなので、何とも悔しい。最後まで見てこの負け方というのは疲れた。といっても、まだ1.5ゲーム差。明日こそは勝ってほしいぞ...。
Jul 13, 2010
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結局、選挙は与党の大敗に終わった。参議院は野党が多数派になり、いわゆる衆参のねじれ国会という状態になる。 しかしまあ、結果をみれば野党が勝ったように見えるが、結局のところ、制作が評価されたわけでもなさそうで、与党のオウンゴールみたいなものであるような気がする。 今回ばかりはさすがに政権交代したとはいえ、その政権運営にガッカリ感が漂った感じがする。 ねじれ国会がどのように進んでいくかは不透明だが、きっちりと政策で勝負してほしいと思う。 今回はタレント議員がたくさん立候補したが、ほとんどは落選、さすがにみんなそこまで何も考えずに投票するわけではない。各政党の思惑はかなり外れたわけだが、これは健全なことだと思う。 いずれにしても、もはやノロノロとやっている場合ではない。責任ある立場になられた皆さんには、ちゃんとやっていただきたい。
Jul 12, 2010
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何とも盛り上がらない感じ。消費税の話は急に争点になったが、その発言前には争点になると言われていたことを覚えている人はどのくらいいるのだろうか。タレント候補がたくさんいるのも何だかしらける。消費税は、いずれ上げなければならないことは明白だろう。そのことをわかっている人も多いと思う。しかし、そのやり方と、税金が納得できる形で使われていないことによって、いつまで経っても進まない雰囲気。いくらにするといってブレているとかいろいろな話は出てくるが、それも本質的に重要なことではないだろう。結果としてどのような方々が選ばれるのかはわからないが、とにかくこの選挙が終わったらまたいろいろいなことが停滞して、重要な問題が先送りされたり、逆にまともに審議をしないで決まるということだけは避けてほしいものだ。
Jul 11, 2010
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さっき、ブログデータを何気なく見たら、「開設日数2000日」と表示されていた。始めたときから2000日もたっているのかと思うと驚きだ。あまり何も考えずに始めたことも、ここまで続くと自分ながらへぇーと思ってしまう。この2000日間をちゃんとしてきたのだろうかと思うとちょっと反省。しかし、なんだかんだ言って続けてこれたのは、生きている証拠。これはきっと喜ぶべきことなのだろうと思う。約5年半、そういえば、小学生の頃は何も考えていないときに親に勧められてずっと日記をつけていた。それも6年間毎日やっていたから、だいたい同じくらいの期間、毎日書いていることになる。でもやっぱり、大人になってからの方がはるかに時が経つのは早いように思う。大事に過ごしていかなければと思ったのだった。
Jul 10, 2010
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最近、忙しくてヴァイオリンの練習時間がなかなか取れない。そんな中、唯一ほぼ確実に取れるのが、金曜日か月曜日の夜、夕食後入浴前の30分ぐらい(あとはオケの練習日に出かける直前)である。というわけで、今日は練習。練習する中でひょっとしてできるんじゃないか?と思い始めたのが、肩当てをせずに演奏することだ。私は肩がなで肩ではないので、肩当てを低くして演奏してきたのだが、肩当てをしていること自体がどうもよくないかなと思い始めた。指や肘が疲れる感じがしたり、締め付ける感じになって肩当てが外れてしまったり、しっくりいかないなという場面が増えてきたのだ。そこで、思い切って先週から肩当てを外してみた。問題は、オケの練習で3時間、肩当てをせずに演奏できるかということだった。楽器が滑ることを気にして力が入って疲れるのではないかと思ったのだが、いざやってみると問題なく、むしろ左手の指や肘の疲れがなくなった。さらに、楽器をちゃんと構えられているかどうかのバロメーターにもなっていいのだ。さらにいいのは、楽器がとにかくよく鳴る。肩の骨にダイレクトに振動が伝わるわけだから、それは当然なのかもしれない。というわけで、今日も肩当てなしで練習。梅雨のこの時期は楽器が鳴らないものなのだが、それでも結構鳴ってくれた。これからはこのスタイルでしばらく行ってみようと思う。
Jul 9, 2010
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最近では、どこの大学でも半期の授業の終わりぐらいに学生による授業評価アンケートというのを実施している。これは、自分のやってきたことが相手にどのように伝わり、受け入れられているのかということを知るのにはいいことだと思う。実際にやってみて、いろいろな意見があるし、なるほどと思うこともある。しかし、これが授業改善のためだといいつつも、処遇に反映されるとしたら、状況は一変する。授業の改善ではなく、処遇の改善に関心が向くようになるだろう。そのためには、媚びてみたり、脅してみたり、いろいろなことが起きるかなと。本当は楽しかったはずのことが、それにお金が絡んだ瞬間にそうではなくなり、モチベーションが下がってしまうというのは、その分野では有名な話だ。今は授業をして、学生といろいろと話したりすることは、仕事ではあるけれど、やっているその瞬間は仕事だとは思っていない。それ以上の楽しいことだと思っている。しかし、そこにお金が絡んできたら、今までのような気持ちでいられるのだろうかと思ってしまう。もちろん、それを実施するのならば、プロセスに不正がないような手立てを講じなければならない。しかし、それは非常に手間のかかることであり、実際には何とか簡便な方法を用いようとするが、そうなるほどプロセスもいい加減なものになり、不公正なものになりやすくなる。教員のいない場所で第三者がいる前で学生に評価させるという形が想定されるが、果たしてそんな第三者がいるのかという問題がある。さらに言えば、たまたまその回にだけ来た学生なども評価に加われるとしたら、それはおかしいと思うだろう(「総合的に見て」と書いてあるのに見てない人が評価するのって...)。出席率との相関を考えた評価にならなければ不公平な評価になる。それに、企業ならば評価者は訓練を受けることになるはずだが、学生にはもちろんそういう機会はない。クラスサイズが大きくなると、それだけうるさくもなりやすいので、それによる運・不運が出てくることもある。教室や学生数を選べない状態でそれはやはり不公平になる。例えば、定員を超えたら抽選にするという方法でもとらなければその問題は解消しないだろう。それが無理なら、クラスサイズとの相関を考慮した評価尺度を開発すべきだろう。というふうに考えていけば、処遇に絡めることは越えるべき課題がかなり多くあると思われる。何のためのアンケートなのか、今まではやることが目的だったと思うが、数年やってみて、だいたい結果は毎年極端には変わらなくなってきている。どこまでうまく意見を拾うかまで工夫していかなければ紙ゴミを増やすだけになってしまうだろうし、評価する人もされる人もすっきりしないものになるのではないかと思う。
Jul 8, 2010
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レポートというのを学生にやってもらった結果が示された。ちなみに、これは外聞業者さんの手によるものであって、他の大学や全国集計との比較が可能になっているというもの。結果を見ていると、まあ確かにそうだなという感想。統計的処理は細かく言うと問題だと思うところもあるが、そんなもんだろうなという感じ。しかし、「自己発見」として問うている内容は、本来言われていた目的とはちょっと違うかなという印象だ。個人へのフィードバックは重要であるし、その趣旨はわかるのだが、全体としてまとめてみることと、それがどこまで十分にできているのかという点についてはちょっと「?」というところも。とはいえ、そこから思考を進めることは可能だろう。問題は次のアクションだろう。それがなされなければ、ただの紙ゴミになってしまう。もちろん、それは個人でフィードバックを受けた学生たちも同じことだ。これを会議の時間中にやったのだが。実は時間を取られすぎて、さらに重要な話はさらっとしか触れられず。そちらのほうが問題かもしれないと思う。
Jul 7, 2010
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この日は午後からゼミ。3年生の発表は、かなり慣れてきた感じで、うまくまとまってきた。これはとてもいいことなのだが、ゼミでのイベントを巡ってはちょっとギクシャクしたところが見えた。夏休みの合宿企画に学園祭での屋台出店、話し合いはしているのだが、どうも温度差が。仕切っている人はしんどい思いをして、ついて行く人はまだそこまでの意識はないようで、という具合。さすがに、これはまずいと思ってこれを最後にするつもりだと言ってお説教。仲間のすることには関心を持つこと、これがすべての基本だと。あとは自分たちでうまくやっていけるように頑張ってほしい。といっても、仲良くなるのはそれらのイベントを経てからのことなので、難しいなと思う。4年生は卒論発表。と、教室に行ったら中が真っ暗。なんで??と思ってドアを開けるといきなりクラッカー連発。誕生日を祝ってくれたのだった。花束までもらったりして、とてもうれしかった。最初の時間を使って、みんなでケーキ代わりに買ってきたシューアイスを食べ、ジュースを飲みながら歓談。その後はしっかり仕事はしてもらったわけだが、この学年は本当にメリハリがしっかりしていてよい。笑いを提供する人、ゆるんだ雰囲気を締める人、ほんわかと和ませる人、本当にいいキャラクターがそろっていて、しっかり機能している。こういう人たちと一緒にいることは本当に幸せなことだ。ここまでくるのには1年半近くかかったわけだが、それでもみんなが仲良くなるように頑張ったからこそそうなったのだと思う。仲良くなってこそ到達できる楽しさというのは間違いなくあると思う。それは、他のこともいい方向へと持って行く力がある。ぜひ後に続く人たちもそうなるようにと思ったのだった。
Jul 6, 2010
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最近、大きく取り上げられているゆうパックの遅配問題について、日本郵政の社長が記者外見で言っていたのは、正しくはこうだというのが、タイトルである。すでに遅配がとんでもない規模で起こっていることからすれば、判断は正しくはないはずだ。しかも、「少し遅れても重大なことではないと思っていた」というのは、利用者からすれば、一気に利用する気がなくなるであろう一言だ。 問題の発端は、日通のペリカン便との統合にある。宅配便市場は、ヤマト運輸と佐川急便の2社で半分以上のシェア、そこに何とか食い込むためには統合が必要たという判断、それ自体は十分ありえるものだ。 しかし、問題は統合する際の段取りの甘さにあったのではと思う。荷物の取扱量は2倍に増えた(確かに中吊り広告には取扱店舗数拡大と銘打ってある)のに、配送センターは1ヵ所増やしただけだという。時間の制約を甘く見積もれば処理できるのだろうが、今や時間帯を指定して配達することは当たり前になっているわけで、処理の遅れは致命的である。 さらに問題を難しくしたのは、2社のシステムの違いを残したまま出発したことである。この失敗はみずほ銀行の統合時にあったものと同じだ。システムの違いを残すならば、きっちりシミュレーションを繰り返す時間があるべきだと思うが「担当者が不慣れ」でうまくいかなかったのだと説明されている。 結局思うのは、なぜここまで統合を急ぐのかということだ。やはり準備不足は否めないように見える。もちろん、実際に進めている人は否定するだろうし、「素人に言われたくない」というのが本音だと思う。 しかし、実際にそれで困るのは顧客だ。何だかんだ言っても、利用されなければシェア拡大という会社の目標も達成できないわけで、自分のところに跳ね返ってくる。 現場に対してはきっちり教育してきたと会見では言われていたが、やはり処理能力を超えた状態にあるシステムの中では、人間の努力にも限界があるということなのだろう。気合いと根性だけではカバーできないこともあるのだ。この状況が今後どのように収束していくのだろうか。どうやって「次へ、踏み出そう」とするのか、注目である。
Jul 5, 2010
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いろいろと考えなければならない時期だ。何しろ、月曜日は控室にいる方が耐えられないぐらいだし、かといって外へ出かけても暑い。何とか対策をということで、最近の買い物はそれを如実に物語っている。例えば、アンダーシャツはこの時期かなり考える。汗かき&暑がりの私は、普通の素材だと汗のせいで風邪を引くなんてことになりかねないので。そこで、コニクロ(仮称)へ走り、「絹的乾燥下着」(仮称)を買いたいと思う。しかし!売り出し日の後はXLサイズが極端に少なく、運が悪いと品切れである。こうなるとがっかりだ。最近行ってみたら、何とかアンダーシャツを見つけ、ついでにパンツもあったので、試してみることにした。「絹的乾燥下着」はなかなかいい感じである。あとは、群是のシャツもいいらしいので、試してみたいかなと。それから、靴。買い換えに行ったのは、老朽化&底破れのため。アーベーツェーマート(仮称)にいったのだが、そこではなかなか面白い靴が。底が通気性をよくするために一部空洞になっているというもの。ビジネス用もちゃんとあって、なかなかいい。ただし、水たまりだけは厳禁である。また、雨用の防水機能の靴も購入。いずれもなかなかよい。この時期、気分ももやもやしがち。何とか快適に過ごせる工夫をしてできるかぎりいい気分でいたいものだ。
Jul 4, 2010
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この日は会議に呼ばれて大学へ。ところがこれがいい加減で、開始時間すら寸前まで決まらず、誰も知らないという状態だった。それだけでも不親切だと思ったが、中身もこれまた不親切。議題らしきものはどんどん出てくるものの、資料が配られていない話がたくさん。異議はないかと言われても、異議の唱えようがない。中身がわからないのだから。とまあ、調子の出ない日中だったわけだが、夕方からはいいサプライズが。オケの練習に行くとき、いつもは特急に乗るのに、たまたま来た普通に乗ったのだが、途中で「もしかして、よんきゅさんですか?」という声。顔を上げてみたら、大学院時代の後輩だった。いったい何年ぶりだろうか。もう10年近く会っていないかな、しかしほとんど変わっていないことに驚いた。今は遠方の大学で同業者であるが、出張で来ていたそうだ。「たぶんそうかなって思ったんですけど、ヴァイオリンのケース持っていたから声をかけようと思ったんです」とのことだった。本当にうれしかった。考えてみたら、もし普通に乗っていなかったら会わなかっただろうし、楽器ケースを持っていなかったら声をかけられなかったかもしれないのだ。こういう偶然はうれしい。オケの練習が終わった後は、いつもの居酒屋へ。ここでも、飲んでいる途中にサプライズが。店内の照明が消され、自分のところへケーキがやってきた。皿には名前と誕生日が書いてあった。以前、別のメンバーがやってもらっていた現場に立ち会ったことはあるが、自分もまさかそうしてもらえるとは思わなかったので、これまたうれしかった。誕生日はやっぱりいくつになってもうれしいものだ。気分はみんな同年代(本当は若い人もいるが)みたいなものなので、変な照れなどはなく、とても楽しかった。幸せ者である。
Jul 3, 2010
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今日は自分の誕生日。朝、父から電話があった。用件は別にあったのだが、「誕生日やなあ、おめでとう」と言ってもらった。誕生日にそういう会話をしたのはいったい何年ぶりかなと思ったら、なんだかわからないけれど、うれしくて泣けてきた。昨年の誕生日は最悪に落ち込んだときだった。それでも、その時を迎えられたことがとても幸せなのだと思い知らされた。あれから1年、忙しさにどんどん吸い込まれるように生きてきたような気がする。それでも、新しいことに挑戦する機会をいくつかもらって、少しだけだけれど成長はできたのかなという気がする。健康には本当に気を遣うようになった。勢いだけではダメで、周りが若い人ばかりだからと調子に乗っていてもダメだとわかったからだ。家族との時間も以前より大事にしてきたと思う。子供たちの成長を感じるのもうれしい。しかし、そんな誕生日も仕事でしたなあ...。帰宅すると、唐揚げパーティーが用意されていた。頑張って作ってくれていたのがうれしい。娘からオリジナルに作ったというカードをもらった。以前にもらったものも取ってあるのだが、それを見るとだんだん手の込んだものになってきているのがわかる。成長しているのだなと思う。そんな今日は1/365で、平常業務の一日ではあったけれど、それでもうれしい日だ。その日を無事迎えられることは、いつであっても素直に喜ぶべきなのだと思う。
Jul 2, 2010
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とは、何のことかというと、就活で選考結果を知らせる場合に、不合格を知らせるメールなのだそうだ。メールが「今後の健闘をお祈りします」という文で締めくくられているために、そう呼ばれているらしい。そんな話を仕事帰りの自家用車で聴いていたラジオで言っていた。その番組には、キャリアコンサルタントの方が出演されていた。その方は週1回、街頭に出て就活をしている学生に会って相談に乗るという活動をされているそうだ。会うための約束はツイッターでやっているのが何とも今どきという感じである。話を聴いていると、自分が日頃持っている感覚に近いものだった。今年は女子学生が就活で本当に苦労している。その傾向はやはり強いようだ。ある女子学生の母親が投書したという新聞記事が取り上げられていたのだが、「私の娘はお祈りメールを何十社からももらっていて、こんなに祈られているって、私は会社にとっては神か仏だねと言っていた」というものだった。そうでも言わなければやっていられないのだろうと思う。最近では、就職活動の開始時期がどんどん早くなっている。在学実質2年半でもう始まるのだ。しかし、学生に毎日会う立場から見れば、その時期だとさすがに早いような気がする。3年生の後期のゼミだと、11月を過ぎてくれば説明会などで欠席者が出始める。4年生のゼミも5月いっぱいは欠席者が多い。いろいろな経験を積ませようと考えても、なかなか難しいのだ。しかも、3年生の3月や4年生の4月に「卒論のテーマは?」と面接できかれることが少なくないそうだが、その時点で決まっている人はそう多くはないだろう。本当に就活に合わせて考えるのであれば(個人的にはそれで本当にいいのかと思うが)、1年生や2年生で、いや、それよりもっと前から、どのように教育していくのかまで見直していかなければならないはずだ。しかし、実際のところ、そこまで早くして優秀な人材がほしいといっても、本当にそれでうまくいくのかなと思ってしまう。企業の要求レベルはどんどん高くなっているように思うが、それに対して実際に学生はついて行けていないように見える。学校と企業との接合部分がうまくかみ合っていない。そんな中、企業は学校に対してもっとちゃんと教育してほしいといい、学校は企業に対して採用の仕方を考えないと教育上望ましくないといい、ということを繰り返していように思う。お互いの事情があるので、なかなか落ち着いて意見交換をするというわけにはいかないのかもしれないが、こういうはざまで苦労しているのは、就活をしている学生なのだ。就職氷河期の頃のように、定期一括採用でうまくいかなければ正社員での採用がないという状態はまだ続いているようで、学生たちにとっては人生がかかっていると考えるのは当然だろうと思う。お祈りメールだけでバッサリという感じで終わってしまうのは、今の状況では仕方がないのだろうが、この状況をどうするかはやはり考えていかなければならないと思う。苦しく、夢のない社会を作っていては、みんな疲れるだけだ。どうしたらみんなが元気になれるのか、もっと真剣に考えなければ。
Jul 1, 2010
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