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バイブルを見ていると、神さまは私たち人類に約束を与えられました。そして、その約束をすべて果たして下さいました。信仰の父といわれたアブラハムに、神さまは約束を与えられました。約束の乳と蜜の流れるカナンの地を与えるということです。そして、約束通り、ヨシュアという人を通してカナンの地にアブラハムの子孫であるイスラエルは入りました。そして、後には、その約束の地で一人子イエス・キリストが十字架にかかって死んでくださいました。この十字架も約束でした。この十字架によって、ただ信じるだけで、過去・現在・未来の罪がすべて赦されました。悪魔から解放され、聖霊に満たされます。心と体がいやされ、健康が与えられます。アブラハムの祝福を与えて下さいます。天国に入れて下さいます。神さまは、約束を絶対に破らないお方です。絶対にです。そこで大切なのことは、私たちも約束を守る人にならせて頂きたいです。もちろん、誰であっても、自分の過去を振り返ってみたら心が痛いだろうと思います。しかし、私はまず自分の子どもに対して約束したことは、可能な限り絶対に守るようにしています。子どもは、約束したらそれを楽しみに待っています。それを裏切ってしまったらかわいそうですし、大きな失望と心の傷を受けることになります。でも、そうはいっても仕方ないこともあります。それでも、最善を尽くし、それを違う形で補って行こうとする姿勢が大切だと思います。どうぞ、簡単に約束が破れる人にならないようにしたいです。そして、誠実と真実を持って人間関係を築いていきたいものです。神さまは、絶対尽真実であり、誠実な方です。もしこれが、そうでなかったとしたら、どれだけ寂しく、どれだけ絶望的になってしまうでしょうか? それを考えたら、それを人に感じさせない生き方をして行きたいものです。約束。いい言葉ですね。祝福がありますように。
2007年06月29日
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人生は、本気がどうかということを試されることがあります。そして、本気なところに道が開かれます。こういう風になれたらいいし、なれなくてもいいし・・・という曖昧模糊とした感じも悪くはありません。必要以上にストレスも感じないかも知れません。しかし、本気な生き方だけが道を開くことになります。どんなことをするにしても、そのことを極めようと思ったら、一筋縄には行かないものです。例えば、私のように牧師になって、牧師の働きを続けて行く上で、本気ならば一生涯行って行けますし、もちろん浮き沈みはあっても必ず道が開かれます。しかし、どちらでもいいという感じで牧師を行っていたら、続かないものだと思います。それは、どんな道でも同じだと思います。たった一度の人生、本気になれる道を見つけ出し、本気で歩み続けられたら、必ず道が開かれるものですし、充実感や自信につながり、人生は好循環して行きます。もしかしたら、今あなたがマンネリの生き方をしているとしたら、この本気さが足りないのではないでしょうか?イエス・キリストは、病人に向かって、「なおりたいのか?」とよく聞かれました。病人は病気がなおりたいに決まっていると感じるかも知れませんが、中には、病床利得ということもありますから、今病気であることを実は楽しんでいて、病気が治ってしまうと人々からの愛が受けられなくなってしまうと考えて、病気が治ってほしくないと考えている人もいない訳ではありません。どうぞ、本気になって行きたいものです。そういう生き方に祝福は追いかけて来ると思います。祝福がありますように。
2007年06月28日
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私の短い人生の経験だけを思い起こしても、夢幻はその通りに実現します。単なる野心や一時の夢、借り物の目標は、すぐに消えて行きます。真の夢幻、それは神様から来るものです。これは変らないものであり、祈れば祈るほど強く、鮮明になって行きます。あなたが今考え、思い描いていることはどんなことですか? それは、やがてあなたの未来となるのです。ですから、考えと言葉を吟味し、注意したいものです。私たちは、創造者である神から愛されています。愛の中で憩い、愛の中で真の夢幻を描き、見続け、歩んで行きたいですね。変ってしまう夢幻ではなく、実現するまで普遍の夢幻は本物です。神様が下さったものです。これを見つけ、これを心に思い描き、祈り、前に進んで行きましょう。やがてそれがあなたの現実となります。祝福をお祈りします。
2007年06月27日
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私は牧師という職業柄、イエス・キリストがあちこちで伝えられることに無上の喜びを感じます。2007年度は、パワーフォーリビングという聖書を伝える小冊子が無料で配られるようになりました。また、この宣伝のためには、テレビや新聞が用いられました。また、ビル・ウィルソン、リカルド・ロドリゲス、レイモンド・ムーイというような世界的な牧師が日本に説教をするために来日されました。また、来月7月には、日韓トップリーダシップフォーラムが東京で開かれ、韓国から政治家や芸能人を中心に250人、日本からもそのレベルの人たち250人が集まって会談が行われます。ここでは、AU(EUに対して、アジア・ユニオン)についても話し合われる予定です。そして、同月の翌日には、ラブソナタ東京大会が埼玉スーパーアリーナで開かれます。ここでは、韓流ブームに乗って、韓国から芸能人や有名人も来られ出演しますが、主催は、オンヌリ教会で、メインスピーカーは河ヨンジョ牧師です。8月には、エルサレムサミットという日本とイスラエルの宣教と平和交流の集会が永田町の憲政記念館で開かれます。私はこの働きの副議長をお願いされて引き受けてしまいましたが、500人規模の集会が約1ヶ月後に開かれるのは非常に慌しい感じです。そして、9月と11月には、もう一度レイモンド・ムーイ牧師が来日します。11月には、国会クリスマスフェスティバルが三回目になりますが開かれます。その他、一つ一つをいっていったら切がないくらい、たくさんの集会やイベントが各地で行われます。神様の大津波が押し寄せてきているような気がします。こういう時には、必ず批判や反対が起きてくるものですが、どうぞ私たちは、その波に身を任せて、波乗りをしたらいいのです。神様の大津波は、悪魔・悪霊、人間の悪の働き、神を除外した働きをすべてなぎ倒し、人々が真に求めている愛を持ち運んでくれます。2007年、すごいことが日本各地で起こってくると信じます。共に祈り、共に力を合わせて参りましょう。祝福がありますように。
2007年06月26日
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私たちの人生は、農夫が種をまき、収穫することにたとえることができます。ですから、どんな種をまくかが最初に大切です。それは、私たちの目標、考え、言葉、行動等です。ただ目標を持てばいいのではありません。大切なのは、本物の目標を持つことです。真の、人まねではない、単なる野心ではない、自分の心の奥底から出てくる目標であることが大切です。そうしたら、そのまかれた種を成長させ、収穫させるためには、その目標ができると信じることです。聖書には、「人にはできないことも、神にはできる」と書かれています。そして、言葉使いや考え方に注意することです。前向き肯定的であることが重要です。また、他人をねたんだり、憎んだり、許さないようなことがないようにしましょう。これは、収穫を妨げる茨とアザミとなってしまいます。そして、いつもその目標に向けた行動が出来ることが大切です。そうしたら、やがて収穫することが出来ます。その目標は現実となります。どんぐりからはどんぐりの木、りんごからはりんごの木がなりますが、あなたの目標はあなたの真の目標であるべきです。多くの人が夢の実現をすることができない理由は、自分の本当の目標を知らないからです。ここが第一なのです。祝福をお祈り致します。
2007年06月24日
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「人事を尽くして、天命を待て」ということわざがありますが、私は座右の銘のように思っていました。しかし、ここ数年感じることは、これが逆なのでは中と感じます。すなわち、天命を待って、人事を尽くす。バイブルには、「まず、神の国と義とを第一に求めなさい。」とありますが、これはすごく大切だと思います。もし、人事を尽くして成功したら、傲慢になります。また反対に、うまく行かなければ、「神様は私を見捨てたのかも知れない」と思います。これは、シーソーのようなもので、上がったり下がったりします。大切なのは、まず、天命を待って、神に祈り、神の声を聞くことです。そして、その言葉や導きに従って人事を尽くすことです。また、こんな人もいます。一にも二にも三にも神様が全てといって、何もしないで、棚から牡丹餅が落ちるのを口を開けて待っている人です。大切なのは、私と神様がパートナーとなることです。神様と一緒に働く同労者、協力者となることです。使徒パウロは、自らを、神と共に働く者であるといっています。私たちも、神と共に働く者でありたいです。そのためには、まず自分の頑張りではなく、神の導きを聞いて、それから一緒に働くことです。祝福がありますように。
2007年06月23日
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名詞のことはアメリカでは、ビジネス・カードと言ったりもします。自己紹介を簡潔にし、そこからビジネスに発展して行く可能性があります。名詞は、偉くなるほど肩書きが少なくなると言われますが、そうかも知れません。私も肩書きを上げたら、名詞一杯にもなりますが、今はシンプルに、新宿福興教会牧師と牧会学博士だけで十分です。~の会長、委員長、顧問等々は、別に関係ないですし、頂いた時の気持ちは、シンプルがベストに感じます。あなたを一言で紹介するのが名詞だと思います。ある人は、自分に肩書きがないので・・・ということを言いました。しかし、よーく考えてみたら必ずあるものです。先日会ったある人は、東京大学修士課程学生という名詞を頂きました。また、~教会教会員とか、何でも自分にとって一番大切なものを一つ選んだらいいのです。また、肩書きなしの名詞を頂くこともあります。あなたと出会えたことを感謝します。とか、心一杯の花束をあなたに、なんていうものもありました。ですから、肩書きがなくても、あなたが伝えたいメッセージを添えて、あなたの名前を書いたらそれでいいのです。私は今、大きく分けて二種類の名詞を使い分けていますが、キリスト教関係者に対してのものや、一般の人に渡すものもあります。また、友達になった人に渡すものとかに渡す名刺もいいかも知れません。あなたもビジネス・カードに限らず、あなたならではの名詞を作ってみたらいかがでしょうか? 素敵な出会いが、さらに深まって行くかも知れませんよ。
2007年06月22日
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昨日まで3日間開催されたいやしの集会では、心燃やされて帰ってきました。それは、信仰の原点に戻ることが出来たからです。日本の教会は、KKT〓かたい・くらい・つまらないと一般的に考えられています。それは、私になりに考えますと、原点からずれて来ているのではないかと思います。聖書をそのまま信じ、その主人公であるイエス・キリストを信じ、祈り、話し、行動して行ったらこんなに素晴らしいものはなと思います。教会は、ATT〓明るい・楽しい・ためになることが大切だと思います。その答えは、原点に戻ることだと思います。この集会で印象に残ったことは、身近なところで神様の奇跡を体験できるということです。話の中には、つい最近の奇跡の証から、目の前で病がいやされ、目が見えるようになり、耳が聞こえるようになりというようなことがいくつも起こりました。いつからでしょうか。キリスト教徒は難しく考え、信仰よりも理性を優先するようになり、神様を過小評価し、聖書は絶対的な聖典ではなく、参考書になってしまっています。バック・トゥ・ザ・バイブル、聖書に戻りたいと思います。バック・トゥ・ザ・ファースト、原点に戻りたいものです。祝福がありますように。
2007年06月21日
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梅雨入りしてからというもの、東京はどこ降る雨というような感じで、よい天気の日が続いています。私が記憶して限りですが、梅雨入り前はよく雨が降っても、梅雨入りしてからは雨が少なく、あっという間に夏になってしまうような気がします。季節の変わり目ですが、みなさんの健康が支えられるようにお祈りしています。ところで、今日で三日目になりますが、いやしの聖会が中野ゼロの視聴覚ホールで行われています。繰り返し講師がチャレンジしているのは、いやしは神の御心か?ということ、そして、その答えはもちろん「イエス」です。そうしたら、次に大切なことは、いやしを本気で信じるということです。三つ目は、いやしを受け止めるということです。言葉で言うのは簡単ですが、実際も非常にシンプルです。神様はいやしたいお方です。今日もおそらく、病院は混雑していると思いますが、日本の教会は空です。しかし、これが大逆転する日が来ると信じます。教会には、誠一の医者であり、いやし主であるイエス様がおられます。ですから、教会でいやしが起こりますので、わざわざ高いお金を払って病院にいく必要もなくなってきます。今日は、参加者にいやしの賜物が頂ける様に祈ってくれるようです。みなさんの中で興味関心がある方は、今からでも遅くはありません。東京都中野区立の中野ゼロホールにいらして下さい。主のいやしを祈ります。
2007年06月20日
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いやしの聖会今日から3日間、東京都中野区にある「中野ゼロホール」にてレイモンド・ムーイといういやしの伝道者が来られていやしの集会が持たれます。私は讃美の奉仕で参加いたしますが、この聖会は、病のいやしが顕著に起こるだけではなく、参加者自身がいやしの賜物を受けるということで期待されています。今、私たちの国日本は、心も体もいやしが必要とされています。一説によれば、うつ病の人が国民10人に対して1人くらいいるのではないかといわれます。また、ちょっと病院に行きますと、病院は病人で一杯で、診察してもらうまでに何時間も待たされることもあります。聖書には、「私(神ご自身)は主であって、あなたをいやす者でる。」と書かれています。いやしの伝道者がいやすのではありません。神ご自身がいやされるのです。病院や医学、薬、精神科等を否定しているのではありません。それらもいやしの一部です。しかし、神さまは、超自然的に、垂直的に働いて、癌がいやされ、エイズがいやされ、不治の病がいやされ、うつ病や精神的な病がいやされ、健康にしてくださることが出来ます。私は、このような聖会では讃美の奉仕をさせてもらうことが時々ありますが、目の前でそのいやしを目撃してきました。私は、保守的な福音派の教会出身ですし、そういう神学校を出ていますから、いやしとか奇跡ということにはどちらかというと懐疑的です。しかし、この目でそれを見たらどうやって否定できるでしょう。そして、私自身がいやしを体験したらそれを否定することは出来ません。神様は、今も生きて働いておられ、今日も私たちによいことをして下さいます。神様はあなたを愛しておられます。罪を赦し、悪魔から解放し聖霊で満たし、心と体の病をいやし、アブラハムの祝福を与え、天国に入れてくださるのです。祝福を祈ります。
2007年06月18日
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アメリカでは、宣教の働きもすることができました。(今回は、少し前のブログでも書きましたが、主目的が博士号授与でしたので)ロサンゼルスで路傍伝道をしたことは大きな挑戦でした。私はアメリカの事情をほとんど知っていませんが、路傍伝道のような働きは残念ながらほとんど行われていないようです。にも関わらず、10人以上の人たちが集まって下さり、讃美をし、チラシを配り、個人伝道をすることができました。これだけでもアメリカに行ってよかったと感じました。また、いくつかの集会でメッセージと証をすることができました。メッセージも好評でしたが、証に対して聞いてくれた人が興味を持って下さり、お祈りをしてくださるとの応答を得ることができました。献金をささげて下さった方もいらっしゃいました。ロサンゼルスでは、有料の宿舎にステイしました。サンフランシスコでは、お友達のお宅にホームステイしました。どちらも素敵な時間を過ごしました。アメリカは車社会だということを痛感しました。レンタカーをしなかったので、ライドしてくださる方が忙しかったロサンゼルスでは少々不便も味わいましたが、サンフランシスコでは、多大な犠牲をして頂きまして、車であちこちに行ったことが思い出される位です。アメリカの車は、開拓時代の馬車がそのまま車に代わっただけのような感じがします。車の会社が鉄道の線路を取り払って、フリーウェイをどんどん作ったという歴史もあるようです。しかし、車があれば、自由にどこにでも行けるのがアメリカの素晴らしさであると思います。今回は、友人の犠牲があったので、あちこちを回ることができました。聖書の福音は、グッドニュースですが、それは、うまい話です。もちろん、私たちの側から見ればですが、神さまの側から見たら、一人子イエス・キリストの尊い命の代価が払われています。その恵みに改めて感謝したいと思います。そして神さまは、「私があなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。」と言われましたが、誰かに対して犠牲の愛を持って今度は私たちが仕えたいものです。その時、神さまの愛の大きさがわかりますし、感謝が湧き上がってくるだろうと思います。祝福がありますように。
2007年06月17日
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アメリカと日本で違うことはあいさつです。日本では、通常握手をしますが、アメリカではハグをします。アメリカに留学をした10年前には、教会で、「お互いの人とハグをして下さい。」と言う時に、とても恥ずかしく感じたことを思い出します。しかし、今ではそれが自然に出来るようになりました。それは、慣れということもありますが、自分に対する自信がなかったり、心を開いていないと抵抗を感じます。子供が何か嘘を付いた時には、親の顔をまともに見ることが出来ません。また、神様との関係が良好でないと、大胆に礼拝をすることも出来ません。あいさつとは、真実な心で、互いに心を開き合って行うものだと思います。それが国によって多少形は違いますが、大切なのは心です。日本では、だいたい同じ黄色人種がほとんどですが、アメリカに行きますと、黄色人種のアジア人も多いですが、白人や黒人も多くいます。見た目からして違います。白人の多くの人は、黒人を嫌っていると聞きます。しかし、黒人の多くも、白人は真っ白で気持ちが悪いと感じているようです。アメリカでは、今でも人種差別があると聞きますが、それは色々な人種が住んでいるので仕方ない気がします。私たちが教会として一つの体であるということを考える時に、すべての人と仲良くしなければいけないのではなく、例えばあなたがひじの部分であるとしたら、腕と二の腕と密接つにつながって入ればいいのです。そこで何も、足とつながったり、頭と直接つながる必要はありません。同じように、親しい何人かと密接につながっていれば、それが全体で見れば一つの体ということになります。少なくとも、家族は親しく結び合うことが大切です。愛はそこからはじまります。家族や身近な人を吹っ飛ばして、遠くの人を愛するのは簡単です。身近な人、今目の前にいる人を大切にして行きたいですね。真心からあいさつを今日も出来たら、お互いに気持ちいいですし、そこから関係が深まっていくと思います。よい一日でありますように。
2007年06月15日
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アメリカのカリフォルニア州のロサンゼルスに着いた初日、アメリカはメモリアルディで休日なので、多くの方が車でお出かけをしていました。私はすぐに、西海岸のビーチでのバーベキューに連れて行ってもらいました。そこでは、ぶ厚いステーキやおいしい料理がたくさんありました。私は時差ぼけのために疲れていたこともあって、そんなにたくさん食べませんでしたが、私の胃は消化不良を起こしていました。1時間以上車を飛ばして宿泊施設に到着しますと、飛行機で食べた分も含めまして、すべて出してしまいました。それから2~3日は、水だけで過ごしました。しかし、胃袋を安め、体を休めることが出来ましたし、多くの祈りの課題がありましたので、強制断食祈祷をすることが出来ました。神様の恵みでした。この期間を通して、「随分やせましたね。」と言われましたが、後半、普通に食べたら、元に戻ってしまったようです。また、次の週には、ロサンゼルスからサンフランシスコに移りました。そこで宿泊させて頂いた方がベジタリアンでした。そんなこともあって、野菜や果物、チーズやパン等を中心とした食事をしました。知りませんでしたが、ベジタリアン、つまり、肉類を食べない食事は胃に優しいですね。肉類は、確かに大きなエネルギーにはなりますが、消化に多大なエネルギーが必要です。そして、アメリカ人は、子供でも大人っぽいですし、老けるのが早いですね。それは、肉食が中心だからと言うことを言っていた人がいました。年を聞くとまだ若いのに、顔にシミがたくさんあったり、年以上に老けて見えます。ところが、そのベジタリアンの方の顔を見ますと、つやつやしていて、とても若々しいのです。もう私はベジタリアンになることは不可能ですが、しかし、肉を減らして野菜をたくさんとるようにしたいなーと感じました。食事とは、生活の習慣です。なかなか変えることは難しいですが、今からでも遅くはないですね。少しづつ生活習慣、食習慣を改善して行きたいと思いました。アメリカに行って感じさせられた一つのことでした。ありがとうございます。
2007年06月14日
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アメリカと日本は、日付変更線をまたぎますので、一日の差があります。カルフォルア州は今サマータイムですが、実に16時間の時差があります。例えば、日曜日に礼拝を終えてから、ゆっくり成田空港に行って飛行機に乗ったら、同じ日の日曜日の朝にアメリカに到着します。ですから、もう一度礼拝をすることが出来ます。しかし、何度かの外国旅行の経験を経て感じることは、過去にさかのぼる方向で飛行機旅行をする時に、非常に時差ぼけが強くなり、体が疲れます。日本からアメリカに行くのがその過去にさかのぼることに相当します。ですから、アメリカから日本に帰国するのは、一日潰れてしまいますが、比較的時差ぼけはありません。いずれにしても、時差ボケを少なくする秘訣は、飛行機に乗ったらすぐに、現地時間に時計を合わせて、その時間で行動することです。ライト兄弟によって、この有人飛行する飛行機が開発されましたが、それ以前の船旅はそんなに時差は感じなかったと思います。飛行機が発達したおかげで、思わぬ副産物である時差ボケというものが出来ました。時間を過去にさかのぼることが時差ボケを強くし、とても体の疲労を強めます。そして、未来に向かって行く時には時差ボケが少ないということから、人生は過去思考ではなく、後ろのものを忘れて、前のものに向かって進んで行くことが重要なのではないかと感じます。前向き肯定的な人生は疲れないし、楽しいし、幸せだし、良いことがドンドン起こるのではないかと感じます。私は今回、その飛行機旅行を通して、そんなことを感じました。祝福がありますように。
2007年06月12日
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アメリカほど、自己責任という言葉が似合う国はありません。例えば、ニューヨークなどに行きますと、表通りは非常に都会で素晴らしい場所ですが、一筋二筋裏の道に入って行きますと、マフィアがいて、「金を出せ!」と言われて、金を出さないとピストルで撃たれてしまう可能性があります。麻薬の売人が密売をしたり、売春婦がいたり、ありとあらゆる闇の世界がそこにはあります。アメリカは、日本と違って、場所によって、光と闇がはっきりしています。ですから、それを知っていて闇のエリアに入って、ひどい目に会ってしまっても、ある意味自己責任です。以前、日本人が戦争中のイラクに恐いもの見たさで旅行をし、拉致され、殺されてしまうという事件が起こりましたが、それはある意味自己責任でもあります。私はその時、本当に心を痛めてお祈りを致しましたが、とても悲しい結果に終わりました。私が以前留学してた、テキサス州のダラスという場所は、とても危険な場所の一つでした。学校から一歩外に出ると非常に危険な場所である、特に黒人と目を合わせてはいけない、徒歩で行ってはいけないと、よく聞かされました。私が行く少し前には、そのエリアで学生が銃殺されたということです。最近では、韓国人の学生が学校で銃を乱射して、多数の学生を殺傷したというニュースが世界中に報じられましたが、それは自己責任の域を超えています。しかし、やはり原則としては、危険な場所には行かない、近づかないということです。また、法律やルールを守ることが必要です。そこを超えない限り、アメリカほど自由で楽な国はないと思います。日本では、昼間に寝ていると怠けているように取られる場合があります。もちろん、個人の自由なはずですが、それを公にしにくい面があります。しかしアメリカでは、それが個人の自由ですし、尊重されます。また、食べ物が豊富で、余れば、ドンドン捨てられて行きます。ショックを隠せない面もありましたが、それが現実でした。そんな食文化の中で、特に女性は太った人がたくさんいます。私などは序の口で、丁度いいか、目立たないくらいです。自由なだけに、スマートな人ももちろんいますし、非常に太っている人もいます。これは自己責任の部分かも知れません。以前、マクドナルドのハンバーガーを食べて太り過ぎてしまって、その責任を会社に取ってもらおうと裁判までしたニュースを聞いたことがあります。これは「どうかなー」とも思いましたが、そこまでも自由であり、ある意味尊重される国です。とにかくアメリカは、たくさんの国からの移民を受け入れていますから、一つの言語、一つの価値観に統一することは難しいですし、そういう自由が必要になってくるのだと思います。あなたはアメリカに行ったことがありますか? あなたの知っているアメリカをコメント等で分かち合ってください。ありがとうございます。
2007年06月11日
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今回アメリカに行った主目的は、牧会学の博士号授与です。ことわざに、「千里の道も一歩から」というものがありますが、何事もはじめないと何も手にすることは出来ません。神学の勉強は、計16年間行いました。つらい時もありましたし、止めてしまいたいと思うこともありました。しかし、はじめて、そして次に、継続したら何事も形になると今回の博士号授与は教えてくれます。牧師は、10年やって形が付き、20年でプロになり、30年以上でベテランになると、よく先輩牧師が言っていたことを思い出します。しかし、今の多くの人たちは、10年もしないうちに方向転換をしてしまう人がいます。もちろん、自分に合わない仕事をやり続けることは時間の無駄ですが、方向転換を繰り返している人もいます。今回アメリカに行って感じることは、日本の常識はまるで通用しません。結婚を二回・三回とする人もたくさん出会いましたが、それで幸せに生きておられるますし、すごいなーと感じました。また、自由があります。法律を犯さないならば、何でもすることが出来ます。そして、誰にでも平等に成功するチャンスがあります。もちろん、自分が不幸なことを人のせい、時代のせい、環境のせいにしている人には道は開かれませんが、自分のやりたいことを「やりたい」と言える自由がありますし、目標を持って進んで行けば必ず何がしかの形を得られますし、充実感を持つことが出来ます。私は、アメリカに住むには難しく感じるほど日本人であると思います。しかし、遊びに行くとか、短期の宣教旅行に行くには最高に楽しい国です。神様は、2007年度に、私が博士号を取得出来るように導いて下さり、約2週間の間、カルフォルニア州のロサンゼルスとサンフランシスコに行くことを許して下さいました。神様に心から感謝をしています。腕に三本線が入った博士ガウンを着ることはやはり憧れでした。私は、ただ続けていればいいとは思いませんが、しかし、「継続は力」です。学位は、高校卒業資格があってこそ、はじめて大学の学士の資格を取得できます。そして、大学を出た人がはじめて、大学院の学びをすることが出来、大学院の修士を取得してはじめて、博士課程の学びをすることが出来、学術論文を書いて博士として認められます。私が、何の資格ももらえない神学校を16年勉強していても、5つ~6つの神学校卒業ということだけです。同じように、ただやればいいということではないと思います。人生はそんなに甘いものではありません。しかし、そうであっても、継続こそ最も大切な習慣です。どうぞ、人生において自分に与えられた使命を知り、それを達成するという目標と夢を持って、かつ、その実現を信じ、継続して行きたいものです。どうぞ、自分の可能性を限定したり、あきらめたり、何かのせいにしてやらないというずるい考えを捨てましょう。そういう人は、人の成功の足を引っ張って、同じ人や、自分より劣っていると思う人を見つけてホッとします。人をねたむか、さげすむかする人生に別れを告げて、自分自身を生きて行きましょう。そして、人へのやきもちのエネルギーを前進に使ってください。私はそうしています。人生はそう長くはありません。どうぞ、あなたの道を生きて下さい。祝福をお祈り致します。
2007年06月10日
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今回6年ぶりにアメリカに行って来ました。アメリカは、一言で言って、とても大きな国だと思います。「ピンからキリまで」という言葉がありますが、日本の「ピンからキリまで」とアメリカの「ピンからキリまで」の幅の広さはまるで違うと感じるくらいです。アメリカには、多種多様の言語を使う人種、肌の色が違う人種、様々な国から来て住んでいます。ですから、日本で普通に通じる常識が全く通じないことも多々あります。そんな時、とても不安になりますが、だから、自分のことは自分でする、そして、自分の身は自分で守るということが大切になってきます。それだけを心得ていたら、後は、こんな自由で生きやすい国はないのではないかと思います。私は、一人の人間としてこんなに生きやすい国はないのではないかと感じます。日本に帰国して感じることは、人をアコーディオンにたとえますと、日本の人は縮んだアコーディオンのように感じます。韓国のイー・オリョンという人が「縮み思考の日本人」という本を書きましたが、それはピッタリだと思います。これは、ある人から見たら日本の弱点になるかも知れませんが、やはり私は日本が好きですし、自分は日本人以外にはなれませんし、これが日本の美点であり、素晴らしさだと感じます。日本人がアメリカに行きますと、好きか嫌いの二つの意見に分かれると思います。もちろん、1~2週間の観光でははっきりしませんが、留学をしたり、ホームステイをしたりしますと、はっきりとして来ると思います。私がアメリカでの5回の滞在の経験を思い出しますと、途方もない大きくて広大な荒野で主の恵みを得たということと、アメリカでイエス様の愛に出会ったと言えます。少し抽象的な表現ですが、最初は、とてもとても多くの苦労をしましたが、段々慣れるにしたがってそれが楽しくなって来たとも言えますし、あまりにも思い通りに行かないので、自分の人生のコントロールを神様に委ねた時に、神様が大きな恵みを持って助けて下さいました。アメリカは私にとっては大嫌いな国でもありますが、大好きな国でもあります。それは、私の思考やプライド、その全てを完全に破壊してくれた国だからです。しかし、それで大きくされたように感じます。アメリカは大陸ですし、土地の面積もとても広いです。それと同じように、アメリカ人の心も広いですし、何もかもが大きくて広いです。今回は、カルフォルニアのロサンゼルスとサンフランシスコに二ヶ所に行きましたが、距離にしてみたら、東京と大阪くらいです。しかし、その気候の違いには驚かされるくらいです。ロサンゼルスは、感覚的には砂漠のように空気がとても乾燥しています。サンフランシスコは、霧が多くて、空気が湿っています。ですから、テキサスとか、ニューヨーク等に行ったら、全く違う気候だと思います。そして何と、アメリカ国内なのに、時差があるのです。この時差があったので、カルファルニアの同時多発テロは失敗に終わりました。時差を計算に入れていなかったようです。それも、アメリカの大きさを感じさせるには十分です。帰国して、アメリカは大きかったという一言を感じます。また続きを書きます。素晴らしい一日でありますように。
2007年06月09日
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