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彼はふとあきらめたように力を抜き、苦い微笑みを口もとに浮かべた。そして肩をすくめた。ラテン・アメリカの人間がよくやるみたいに、大きく表情豊かに。「もちろんだ。何もかもただの演技だ。ほかには何もない。ここは――」、彼はライターで胸をとんとんと叩いた。「もうからっぽだ。かつては何かがあったんだよ、ここに。ずっと昔、ここには何かがちゃんとあったのさ、マーロウ。わかったよ、もう消えるとしよう」彼は席を立った。私も立ち上がった。彼はほっそりとした手を差し出し、私はその手を握った。「ご機嫌よう、セニョール・マイオラノス。お会いできてよかった。短いあいだとはいえ」「さよなら」彼は振り向いて部屋を横切り、出て行った。(レイモンド・チャンドラー「ロング・グッドバイ」P533)
2015年03月31日
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「今ならまだ思い直せるぞ」「いやけっこうだ。市のバスチーユ監獄から私を家まで送り届けてくれたときのことを覚えているか?私にはさよならを言うべき友だちがいたと君は言った。しかしまだ本当のさよならを言ってはいない。その写真複写が紙面に載ったら、それが彼に対するさよならになるだろう。ここにたどり着くまでに時間がかかった。長い、長い時間が」「言いたいことはわかった」彼はねじくれた笑みを浮かべた。「それでもまだ、あんたが特大級の馬鹿だという僕の見解は変わらないぜ」(レイモンド・チャンドラー「ロング・グッドバイ」P464)
2015年03月30日
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川上弘美さんの「水声」を買書つんどく。「川上弘美さん待望の長編小説。「都」と「陵」のきょうだいを中心にストーリーは展開します。2014年の現在から時間は過去へと遡り、また現在へと行きつ戻りつし進みます。ふたりの関係にはいくつもの秘密があります。そして、パパとママの間にも大きな秘密があります。存在の輝きを放ち続けたママは死に、その死が現在まで反響し続けています。この小説は死とは何かをテーマにしているのかもしれません。川上さんにしか書けない流れるがごとき文章を味わってください。またそこに響く不協和音も。」(文藝春秋社の紹介)
2015年03月29日
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「彼女をそのままにしておくのは間違っている。それは彼女がやったことと同じくらい不正なことだ。君という人間がだんだんわからなくなってくるよ、マーロウ。だいたい君さえ油断していなかったら、ロジャーが死ぬことだってなかったんだ。そしてここまで来て、君はどういうわけか彼女を見逃そうとしている。これでは今日の午後、君がここで派手にやらかしたことはそっくり全部、ただの空芝居となってしまうじゃないか」「よくぞ言ってくれた。これは実は偽装されたラブ・シーンなんだ。アイリーンが僕に首ったけなのは見てのとおりだ。ほとぼりがさめたら、我々は結婚するかもしれないぜ。彼女もたんまり財産が手に入ったはずだしな。私は今のところウェイド家からまだ一銭も報酬を受け取っていない。そろそろ徴収にかかってもいい頃だ」彼は眼鏡をはずし、それを拭いた。目の下のくぼみの汗をぬぐってから、眼鏡をかけなおした。そして床を見下ろした。「すまなかった」と彼は言った。「今日はとてもきついパンチをくらった。ロジャーが自殺したというだけでも相当参っていたのに、その上こんなとんでもない成り行きになってしまった。それでなんだかわけがわからなくなってしまったんだ。しかしまさかこんなことになろうとは」、彼は顔を上げて私を見た。「君を信用していいのかな?」「私の何を?」「君が正しい行動をとるということをだよ。それが何であれ」、彼は身をかがめ、黄色いタイプ用紙を取り上げ、小脇にはさんだ。「いや、忘れてくれ。自分が何をしているのか君にはよくわかっているはずだ」(レイモンド・チャンドラー「ロング・グッドバイ」P441)
2015年03月28日
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私は立ち上がり、机の向こう側に歩いてまわり、正面から彼の顔を見た。「私はロマンティックなんだよ、バーニー。夜中に誰かが泣く声が聞こえると、いったい何だろうと思って足を運んでみる。そんなことをしたって一文にもならない。常識を備えた人間なら、窓を閉めてテレビの音量を上げる。あるいはアクセルを踏み込んで、さっさとどこか遠くに行ってしまう。他人のトラブルには関わり合わないようにつとめる。関わりなんか持ったら、つまらないとばっちりを食うだけだからね。最後にテリー・レノックスに会ったとき、我々は私が作ったコーヒーをうちで一緒に飲み、煙草を吸った。そして彼が死んだことを知ったとき、私はキッチンに行ってコーヒーを作り、彼のためにカップに注いでやった。そして彼のための煙草を一本つけてやった。コーヒーが冷めて、煙草が燃え尽きたとき、私は彼におやすみを言った。そんなことをやっても一文にもならない。君ならそんなことはしないだろう。だから君は優秀な警官であり、私はしがない私立探偵なんだ」(レイモンド・チャンドラー「ロング・グッドバイ」P389)
2015年03月27日
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なんとも思っていないというのは嘘ではなかった。私は星と星とのあいだの空間のように、虚ろでからっぽだった。家に戻ると、強い酒を作り、居間の開いた窓のそばに行って、それをちびちび飲んだ。ローレル・キャニオン大通りを行き交う車が立てる地鳴りに耳を澄ませ、怒れる大都市が丘の斜面に投げかけるぎらぎらとした光を眺めた。大通りはその丘のところで視界から消えている。警察車両だか救急車だかの泣き叫ぶようなサイレンが高まり、そして消えていった。静寂が長くつづくことはない。一日二十四時間、休みなく誰かが逃げ、誰かがそれを追っている。犯罪に満ちた夜の中で、人々は死んでいく。手足を切断されたり、飛んでくるガラスで切られたり、ハンドルに叩きつけられたり、思いタイヤに踏まれたりして。人々は殴られ、強奪され、首を絞められ、レイプされ、命を奪われる。人々は腹を減らせ、病気を患い、退屈し、孤独や後悔や恐怖で自暴自棄になり、怒り、残酷になり、熱に浮かされ、身を震わせてすすり泣く。都会なんてどこも同じようなものだ。都市は豊かで、活気に満ち、誇りを抱いている。その一方で都市は失われ、叩きのめされ、どこまでも空っぽだ。人がそこでどのような位置を占め、どれほどの成果を手にしているかによって、その相貌は一変する。手にしたものなど私にはなかったし、とくにそんなものを求めてもいなかった。(レイモンド・チャンドラー「ロング・グッドバイ」P380)
2015年03月26日
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彼女は所持品をまとめ、身体を滑らせてシートを出た。「あなたに警告を与えておきます」、彼女はゆっくりと注意深く言った。「とても簡単な警告です。もしあなたが私の父をそんな人間だと考えて、今私に言ったようなことをそのまま世間に喧伝するようなら、この街でのあなたのお仕事のキャリアは、それがどんなお仕事であろうと、きわめて短いものになるでしょうし、唐突に終わりを迎えることになるでしょう」「お見事だ、ミセス・ローリング。まことに完璧だ。私はその警告を司法当局からも受け取ったし、そのへんのやくざものからも受け取ったし、上流階級の誰かさんからも受け取っている。言葉づかいはそのたびに変わるが、中身は同じ、要するに手を引けってことだ。私がここに来てギムレットを飲んでいるのは、そうしてもらいたいとある男に頼まれたからです。それだけのことだ。ところがどうだろう。もうほとんど墓穴に片足を突っ込んでいるも同然だ」(レイモンド・チャンドラー「ロング・グッドバイ」P233)
2015年03月25日
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彼は肯いた。そして素早く、しかし注意深く私を品定めした。「あなた自身について少し教えていただけませんか、ミスタ・マーロウ。もしお嫌じゃなければということですが」「何を知りたいんですか・私は認可を受けた私立探偵で、けっこう長く仕事をしています。一匹狼で独身で、中年になりかけている。裕福ではありません。一度ならず留置場入りしたことがあり、離婚がらみの仕事は引き受けません。酒と女とチェス、それ以外にもいくつか好むものごとがあります。警官にはあまり好かれていないが、気心の通じる警官も一人か二人います。ここの生まれです。サンタ・ローザ。両親はすでに亡くなりました。兄弟姉妹はいません。ですからもしどこかの暗い裏通りで闇討ちにあってあえなく命を落としたとしても、誰かを悲嘆にくれさせることはありません。私たちの稼業ではそれはあり得ないこととも言えませんからね。あるいは昨今じゃ、場所や職種を選ばずそれくらいのことは起こり得るのかもしれませんが」(レイモンド・チャンドラー「ロング・グッドバイ」P129)
2015年03月24日
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玄関前の、サクラソウです。シロとピンクがまじりあってもうた。
2015年03月23日
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今年の、我が家のヒメコブシ、なんと! 今んとこ、ヒヨドリに食べられることなく、咲いています。と、思ったら午前10時現在、しっかり食べられて、もはや見る影もありません(泣)。
2015年03月22日
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芳賀日出男さんの、「日本の民俗 祭りと芸能」、「日本の民俗 暮らしと生業」を買書つんどく。「大自然と調和して生きてきた日本人。四季の移ろいの中から神や精霊の概念が生まれ、祭りや郷土芸能が育まれてきた。神事である御幣の祭り、大黒舞などの初春の芸、様々な鬼の祭りや獅子舞、田植えの祭りや語り物、能や風流ー時代の変化の中で刻々と失われゆく信仰の情景を、折口信夫に学び、宮本常一と旅した目で捉える。各巻200点超の写真を収録、民俗学的フィールドワークと写真家の眼差しを交差させた、記念碑的大作。」(「祭りと芸能」)「「神は季節の変わり目に遠くから訪れ、村人の前に姿をあらわす」。師・折口信夫の「まれびと」論に目を開かされ、ハレとケのリズムとともに年を過ごす日本人の姿を追い続けた眼差しは、何を捉えてきたのか。正月や盆などの年中行事から、農村の田植えや漁村の海女、その他巫女や人形まわしー共同体の内に入って語り、距離を置いて眺めてこそ写し得た、日本古来の暮らしと生業。変貌し続ける伝承と習俗の真の姿がここにある。」(「暮らしと生業」)(「BOOK」データベースより)
2015年03月21日
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飯嶋和一さんの「狗賓童子の島 」を買書つんどく。「弘化三年(1846)日本海に浮かぶ隠岐「島後」に、はるばる大坂から流された一人の少年がいた。西村常太郎、十五歳。大塩平八郎の挙兵に連座した父・履三郎の罪により、六つの年から九年に及ぶ親類預けの果ての「処罰」だった。 ところが案に相違して、島の人々は常太郎を温かく迎えた。大塩の乱に連座した父の名を、島の人々が敬意を込めて呼ぶのを常太郎は聞いた。 翌年、十六歳になった常太郎は、狗賓が宿るという「御山」の千年杉へ初穂を捧げる役を、島の人々から命じられる。下界から見える大満寺山の先に「御山」はあったが、そこは狗賓に許された者しか踏み入ることができない聖域だった。 やがて常太郎は医術を学び、島に医師として深く根を下ろすが、徐々に島の外から重く暗い雲が忍び寄っていた。『神無き月十番目の夜』『雷電本紀』『始祖鳥記』『黄金旅風』『出星前夜』と、いずれも歴史小説の金字塔となり得る傑作ばかりを書き続けてきた作家・飯嶋和一。 いつの頃からか、書評家や書店員のあいだで、「飯嶋和一にハズレなし」と語られるようになった作家の6年ぶりの新刊です。 今回も超弩級の大作です。存分にお楽しみください!」(小学館の紹介)
2015年03月20日
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小池真理子さんの「千日のマリア 」を買書つんどく。「生まれてから死ぬまでの『時間』。死に向かって生き続けるための哲学。この10年間、私はそればかりを考えて書いてきました」(著者)「義母の葬式で、男が思い浮かべた“女”の姿は――。生と死、愛と性、男と女を見つめ続けた珠玉の8篇。小池真理子の新たな到達点。9年越しの最新作品集。」(講談社の紹介)
2015年03月19日
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私はもう、死ねない。「事件」で死ぬことを支えにした、あのすべてが清潔で、透明感溢れる光に満ちていた日々は、もう二度と帰ってこない。――私たちは、やり損ねた。(辻村深月さん「オーダーメイド殺人クラブ」P354)私は、余生を生きている。(中略)やり損ねた『悲劇の記憶』を、私たちはずっと抱えながら、これから先、その余生を死ぬまで生きるのだ。認めて、腹をくくって、諦めて、なるべく楽しく、精々、生きるのだ。(辻村深月さん「オーダーメイド殺人クラブ」P371)というわけで、辻村深月さんの「オーダーメイド殺人クラブ」を読みました。中学生の頃なんかには、一時の感情でというか、むしろ「あてこすり」というんが正しいんか、「死」への願望が生まれることはありましたが、美意識として、そんなことをずっと考えるいうんはなかったかな。なので、よくわかりませんでした。すまん。「中学二年のふたりが計画する「悲劇」の行方。親の無理解、友人との関係に閉塞感を抱く「リア充」少女の小林アン。普通の中学生とは違う「特別な存在」となるために、同級生の「昆虫系」男子、徳川に自分が被害者となる殺人事件を依頼する。」(集英社の紹介)
2015年03月18日
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私が思う、本の中の清潔な世界はどこにも存在しない。「少女」であることに価値がある、人形たちの無機質な表情こそ尊ばれるあの空間は幻想で、現実を生きるリア充たちには、そんなもの無価値だ。「まだ」だって笑われるだけ。崇高な血や、儀式や、趣味は理解されず、芹香のようなリストカットの怪我がここでのリアル。どうしようもなくつまらない、くだらないリアル。それが私の現実なら、そんなものいらない。つぶれてしまえ。(辻村深月さん「オーダーメイド殺人クラブ」P266)
2015年03月17日
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「・・・・・気に入ったのはね、少女っていうのは、剥製とか標本にしなくても、『少女という存在自体が、つねに幾分かは物体(オブジェ)である』ってとこ」(中略)「自分が、今まで人形見ていいなと思ってた理由が、読んでてちょっとだけわかった気がした」読みながら、自分が今中二で「少女」と呼ばれる年齢と立場にいることがたまらなく嬉しい瞬間が何度もあった。性欲とも生々しさとも無縁な、だからこそ生々しい、いいとこどりの「少女」。(辻村深月さん「オーダーメイド殺人クラブ」P158)「澁澤龍彦、読んで思ったんだけど、私がしたいのは、一枚の写真になることなんだと思う。絵として完璧な、犯行現場」「写真?」「『臨床少女』に入ってる写真みたいな、理想の一枚が作りたいの。あそこでモデルになってる人形の女の子たちみたいに、私もなりたい」(辻村深月さん「オーダーメイド殺人クラブ」P164)
2015年03月16日
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誰もみんなセンスがない。私を理解しない。誰も、誰も、誰も。こんなセンスのいいことを言ってくれた人はいなかった。歯を食いしばり、吐息のような声を出す。「私を殺してくれない?」(辻村深月さん「オーダーメイド殺人クラブ」P107)パターン、と口にしたことで思いつく。「この先の少年Aたちがやるたび、ああ、あのパターンだよねっていう基本に、この先ずっとなるような、そういう事件じゃなきゃ、意味ない」想像したら、頭を抱える佐方の顔が、泣くママの顔が、「一般人」にならなかった私を見て言葉を失う芹香やえっちゃんの顔が、順に思い浮かんだ。驚くほど魅力的な光景だった。「実際にはもう、やられつくされてるかもしれない。だけど、徳川、考えて、やってくれない?新しい少年Aになってよ。私を使って」(辻村深月さん「オーダーメイド殺人クラブ」P114)
2015年03月15日
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又吉直樹さんの「火花」を買書つんどく。「お笑い芸人二人。奇想の天才である一方で人間味溢れる神谷、彼を師と慕う後輩徳永。笑いの真髄について議論しながら、それぞれの道を歩んでいる。神谷は徳永に「俺の伝記を書け」と命令した。彼らの人生はどう変転していくのか。人間存在の根本を見つめた真摯な筆致が感動を呼ぶ!「文學界」を史上初の大増刷に導いた話題作。」(「BOOK」データベースより)
2015年03月14日
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それから彼女が驚くべきことを言った。「――徳川のこと、誰か好きって言ってる子でもいるの?」「はあ!?」思わず大声が出た。今度は私の反応に驚いたように、えっちゃんが肩を引く。「違うの?」と顔を覗きこんできた。「じゃ、そういう子が、アンのクラスにいるわけじゃないんだ」「いるわけないよ」昆虫系は、哺乳類の生態系から弾かれている。好きや嫌い、彼氏や付き合うっていう概念がやつらの上に降りてくることはないと思ってた。冗談でも言ってるのかと笑おうとしたところで、えっちゃんが「ならいいけどさ」と唇をすぼめた。(辻村深月さん「オーダーメイド殺人クラブ」P56)
2015年03月13日
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『魔王』が流れる。歌声の間に、音楽室のそこかしこから忍び笑いが洩れる。サクちゃんが「きちんと聞いてください」と怒りと悲しみを織りまぜたような顔をして、二回、手を打ち鳴らした。父を呼び、魔王が来ることを訴える息子。心を完全に違う場所に飛ばしてしまいたい。目を閉じ、音楽に没頭して妄想したい。私は音楽に浸ったり、酔ったり、そういうことができる。芹香たちはそれができない、どこまでも目の前の現実しかない子たちなんだってことが、去年の終わりくらいから、私はわかるようになっていた。いろんなことを想像する。静かな森や、嵐、水槽、死体、人形、腕、死というもの。中二病というものを、私は多分、正しく理解している。私は、中二病。(辻村深月さん「オーダーメイド殺人クラブ」P26)
2015年03月12日
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村田喜代子さんの「八幡炎炎記」を買書つんどく。「製鉄の町・北九州八幡を舞台にした著者初の自伝的小説。敗戦の年に生まれたヒナ子は複雑な家庭事情と黒煙のたなびく環境のなか、祖父母のもとで炎の子のようにたくましく育つ。」(平凡社の紹介)
2015年03月11日
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――あなたにきっと覇権を取らせてみせる。だってあなたは、私にとってのアニメそのもの。憧れと尊敬のすべてだから。(辻村深月さん「ハケンアニメ!」P122)というわけで、辻村深月さんの「ハケンアニメ!」を読みました。アニメ愛に満ち溢れた、感動的な「お仕事小説」ですが、ベタです。あまりにベタです。ところで、ちょっと前から、書店で見かける、「ハケンアニメ!」の本の表紙が最初のものから変化していて、なんでや、とカバーの裏を見てみると、三人のヒロインの過去のショートストーリーが書かれていました。そんで、立ち読みをしてしまいました(笑)。「伝説の天才アニメ監督王子千晴が、9年ぶりに挑む『運命戦線リデルライト』。プロデューサー有科香屋子が渾身の願いを込めて口説いた作品だ。同じクールには、期待の新人監督・斎藤瞳と人気プロデューサー行城理が組む『サウンドバック 奏の石』もオンエアされる。ネットで話題のアニメーター、舞台探訪で観光の活性化を期待する公務員…。誰かの熱意が、各人の思惑が、次から次へと謎を呼び、新たな事件を起こす!anan連載小説、待望の書籍化。」(「BOOK」データベースより)
2015年03月10日
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「このリア充が」を、和奈は貶す意味で、確かに何度も口にした。あれは、揶揄の言葉だ。疑いなく地元の人間関係に浸って、人に慕われ、恋愛して、つるむような人たちは、和奈の敵だったから。世の中には、アニメを含む、フィクションの物語を必要とする人と、しない人がいる。それを必要としてこなかった人たちは、皆、屈託がなくて、自分とは違う世界の住人たちに見えた。アニメに理解のない、日向の道を歩く人たちは眩しいから、自分みたいな日陰の人間にこんなことを言われたくらいじゃ傷つかないだろう、と、そう思っていた。――バカにしていた。(辻村深月さん「ハケンアニメ!」P314)
2015年03月09日
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中沢新一さんの「日本文学の大地」を買書つんどく。「権力と性愛が交差する源氏物語。幽玄の神秘主義を湛えた新古今和歌集。驚異的軽薄さの背後に人間の深淵を垣間見せる東海道中膝栗毛・・・・・。傑作古典を生んだ日本人の心の大地を探り、日本文学の新たな見方を提唱する。」(角川書店の紹介)
2015年03月08日
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つまるところ、人海戦術のアニメ業界において、和奈は自分を軍隊アリだと思っている。監督や、プロデューサーや、評判の高いアニメを作り上げ、その芸術性や価値、作品に込めた哲学を語る、表舞台のクリエイターたちを女王アリとするなら、自分は彼らにむけて、せっせと食べ物を運ぶ働きアリだ。好きで始めた仕事だけど、そういうものだと一度呑み込まなければ、やっていけない。不満はない。絵を描くのが好きだし、きっと、これしかできないから。(辻村深月さん「ハケンアニメ!」P243)
2015年03月07日
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アニメの映像は、原画と動画の二つから成る。監督や演出が描き起こした絵コンテをもとに、そのカットの絵を描くのが原画であるとすれば、一つの原画からその次の原画までの間をつなぐのが動画だ。手を振り上げて走るシーンがあるとして、手を下ろしている一つの原画から、上げている原画までの動きを埋める。アニメーターは、動画の仕事からこの業界に入ることが多い。動画マンを経て、原画マンに、そこから経験を積み、さらに、うまいとされる人が作画監督へと進む。作画監督は、各カットが滑らかにつながるかどうか、一つの世界観が自然な形でつながるかどうかのチェックを、監督や演出とともに行っていく。(辻村深月さん「ハケンアニメ!」P168)
2015年03月06日
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覇権アニメは、単純な利益を指す言葉ではもうない。意味の最初のスタートはそこだったかもしれないけれども、今やもう、“覇権”アニメは制作サイドが高みから放った言葉の枠を越えて、アニメファン全体のものだ。このクールで、どのアニメが一番人の心を打つか。記憶と、時代に名前を残せるか。そういう言葉に、今は変わっている。(辻村深月さん「ハケンアニメ!」P102)
2015年03月05日
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私は監督を守りたいのだ。この仕事をしながら、いつだってそう思ってきた。私の仕事は、監督を――王子を守ることだ。その覚悟でやってきた。王子は作品の核だ。お金も、人も、事情もいくらもある。それらの雑音があることを知ってなお、青臭いほどに作品のクオリティのみにこだわり続ける核が、アニメの現場では常に燃えていなければならない。彼の意に沿わない主題歌も声優も、だからこそ、彼は香屋子にこう言ったのだろう。――それ、本気で言ってるの。有科さんが、それを俺に言うの?不遜な言葉の裏側で、あの時、王子の瞳の中には、確かに弱々しい光が浮かんでいた。彼は、傷ついていた。守らなければならないと、だから思った。(辻村深月さん「ハケンアニメ!」P62)
2015年03月04日
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フローリアン・イリエス「1913 20世紀の夏の季節」を買書つんどく「第一次大戦の前年のヨーロッパー世界史の転換に人々は何をしていたのか。ひと月ごとに著名人たちの動静の膨大な断片をつなぎあわせながら、1913という一年を微細にしてダイナミックに描き出す、かつてなかった手法による空前のドキュメント。ドイツはじめ世界の読書人の絶大な支持を受けたベストセラー。」(「BOOK」データベースより)
2015年03月03日
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「あなたって大したものよね」と彼女は言った。「どこまでも勇敢で、強情で、ほんの僅かの報酬のために身を粉にして働く。みんなよってたかってあなたの頭をぶちのめし、首を絞め、顎に一発くらわせ、身体を麻薬漬けにする。それでもあなたはボールを離すことなく前に前にと敵陣を攻め立て、最後には相手が根負けしてしまう。どうしてそんなことができるのかしら」(レイモンド・チャンドラー「さよなら、愛しい人 」P363)というわけで、村上春樹さん訳、レイモンド・チャンドラー「さよなら、愛しい人」を読みました。この本を読むのは2回目で、1回目は清水俊二さんの訳で読みましたが、その時に比べても、また、同じ村上春樹さんの訳でも「大いなる眠り」に比べても、マーロウがずいぶんキザっぽく感じました。「ヘミングウェイ」んとこは、面白いけど、キザなんは、いまいちやな。
2015年03月02日
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「彼女は君に好意をもっている」とランドールは言った。映画に出てくるFBIの捜査官みたいに、いくらか悲しげに、しかもきわめて男らしく。「彼女の父親は誰よりもまっすぐな警官で、それで職を失った。あの子も間違ったことをする人間じゃない。君に好意をもっているんだよ」「良い子だ。私の趣味ではないけれど」「良い子は気に入らんのか?」彼は新しい煙草に火をつけた。そして手を振って、その煙を顔の前から払った。「私はもっと練れた、派手な女が好きだ。卵でいえば固茹で、たっぷりと罪が詰まったタイプが」(レイモンド・チャンドラー「さよなら、愛しい人 」P247)
2015年03月01日
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