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仕事の合間に時間が空き、近くで開催されていた「平安京創生館」の展示を見に行った。794年、桓武天皇によって西安の都を参考につくられたという平安京はその後400年の歴史を刻むことになる。そしてその展示は、発掘調査の様子の写真の展示とともに、平安京の復元模型が展示してあった。今から1200年以上前の京都。そこには変わらぬ上賀茂神社、下鴨神社、大覚寺などのお寺がある。白河院の領地は広大でその権力を伺わせる。いま現存する東寺に対する西寺もある。芥川龍之介が書いた小説で有名になった「羅生門」もある。朱雀大路は今は千本通りとなり、細い方の通りとなっているが、当時は幅84Mだったと伝えられているそうだ。そして朱雀門を入ると平安の殿が広大な敷地に立ち並んでいる。え?御所はどこ?二条城は?見慣れた大きな建物はそこには認められない。実はこれらの建物はこれらの後に建てられたものだ。1200年前の人たちが見慣れていた風景。1200年の時を超えて存在するもの。感慨深いものがある。
2006.11.30
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昨日ご飯を炊くのを忘れていた、私。 食事の用意をしていると、 小学2年の息子に、 「今日はご飯炊くの、忘れへんかったか?」 とチェックをいれられてしまったのでした。 今日は忘れへんかったよ~。
2006.11.29
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うちの子供たちはご飯食い。食べさせているとどんどんご飯ばかり食べるので、栄養の関係で先におかずを出して食べさせている。今日もおかずをせっせと食べさせ、何かと手がとまりがちな子供たちに、「はよ食べなさ~い!!」と叫んでいて、さて、ご飯の番、とおもったら、「は?ご飯炊くのわすれてるわ・・・・」と呆然。今からお米を洗って・・・といっても、元々仕事から帰って遅くから食事を始めているので、今からご飯を炊くのを待たせておくわけにはいかない。あわててご飯の残りを冷凍したものを探し出す。一つ、また一つ。「ごめん、ご飯こんだけしかないし、適当に仲良く分けて。」と母はなげやり。「え~!!!こんだけ~!!」と子供たちのブーイングを「だってないもん。」とばっさり。なんとか分けながら食べている子供たちなのでした。
2006.11.28
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40度近くの大熱を出してどうなることかとおもった3歳の息子。無事に熱も下がり、保育園にも行くことができるようになった。お医者さんでいただいた薬はのみにくそうな粉薬とオレンジジュースのような水薬。オレンジジュースのような水薬を好んで飲むかと思いきや、なぜかお気に入りは粉薬。「お薬飲む~。」と薬の時間がお楽しみ。大きな口をあけて、上を向いて万全の体制。大人のように粉薬を口に流し込んであげると、むせもせず、むにゃむにゃと味わっている。「もう一つ飲む~。」と粉薬をさらに指さして言う。「あかん、あかん、いっぱい飲むもんと違うし。」よっぽどおいしいのか???
2006.11.27
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知り合いの年配の方は、近所の世話係をしていて、とても子供たちに優しく人気だ。先日少し話していて、「○○さん、お子さんは?」と聞くと、「いいひんねん。ほしかったんやけど」とおっしゃる。「それじゃあ、この子たちがみんなご自分の子供みたいなものですね。」と言うと、「そうやねん。ところで、おとうちゃんは?」と聞かれるので、「あ、うちいないんです。離婚しちゃったから。ちょうどいいやん、ここにお父さんいるし。なってもらおっか。」と隣にいた3歳の息子にいうと、かわいがってもらっている息子はにこにこ。私は大意なく発言したのだが、その後なにやらしていると、視線を感じてふと目を上げると、その方の視線。ひょっとして誤解させたかしら。。。
2006.11.26
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暖かいのもあって、子供が発熱することもなく、 熱がでたために仕事どうしよ~というのがここしばらくなかったのに、 ついにでました。息子の発熱。 前の日に声が少し変だと思っていて、 本人もご機嫌で変な声をたのしんでいたが、 夜中にとってものどがいたくなり、 「いたい~いたい~」と大泣き。 結局朝まで時々起きて泣き続け、 体も熱い。 どうしようととりあえず体温を測ってみる。 どう考えても無理なのだが、熱が出てませんようにと願って。 37.8度。 もう一度願いを込めてはかってみる。 38.2度。あがってるやん。 はあ。しんどい子供にはかわいそうだが、 仕事を持つ母としては、 こんな時が一番ストレスだ。 こんなとき、堂々と休ませてくれるシステムか、 暫く子供をみてくれたり、病院に連れて行ってくれるシステムが あればいいのに。 少子化っていうけど、全責任を母親にかぶせられては、 産む気も育てる気もなくなるわ。 公務員か権利が認められている大企業ででもない限り、 解雇が怖くて、そんな簡単に休むなんて言えないしね~。 子供が熱だしたりするのはあたり前のことなのに、 どうしてそれが全部母親の責任なんだろうと思ってしまう。 国の将来を担う子供を育てる、大切な子育てという仕事。 子育て中は国で雇ってくれないかしら。
2006.11.25
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息子がやっている野球は、とにかく予定がつかなくて困る。雨が降ってもやるが、グランドがびしょびしょで使えなくなると中止になる。相手チームが何かの事情でこれなくなると(この間は風邪がはやって、だめになった)不戦勝、というのではなく、もう一度セッティングしなおしだ。前日の晩に「明日試合」と連絡が回ってくるのも珍しくない。天気に振り回される野球。今更ながらに、東京ドームなんかの”ドーム”はすごいことなんだと感心する。何万人が雨のためにうろうろすることになるんやもんなあ。それに「休む」というと、またコーチが怖い。うちも私が一人で子供たちをみているので、一人で別行動をするにはまだ少し小さいと思うのだが、「家族でいるのもええけど、チームワークが崩れる。」ときっぱり。そんなあ。土日、祝日全部やでぇ。それだけ言い切るコーチもすごい。それだけ思い入れをもってみてくださるということなのであろうが、家族のチームワークも必要。やはり、家族の日は作らないと。野球野球の息子に、「できるだけ合わせてあげるけど、年に4回ぐらいは家族の日をつくりなさい。」と厳命。「大人になって結婚しても、仕事があってもなんでも、家族の日は作らんとあかん。そやないと、家族から見放されるで~。」といっておいた。それでもコーチに休むというのは言いづらいやろなあ。5,6年になったら、親の野球の当番にほとんど休みがなくなりそう・・・。ほかの兄弟たちの人権はないのかってかんじです。
2006.11.24
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今日は祭日。でも朝から大忙しだ。 小学校2年の柔道イベントの手伝いに行き、 一方で小学4年の息子の野球の当番もある。 たまたま近所でやるので、 下2人を引き連れ、あっちこっちとうろうろ。 終わった頃には疲れ切って、 子供たちが何をしていたかわからないくらいだ。 あまりばらばらに動かれるととんでもないので、 野球のコーチに「○日、お休みしていいですか?」 と聞くと、 「あかん。メンバーにはいっているので、チームワークがくず れる。」 と休むことはまかりならんと怖い。 「まだ小学生やし、この間みたいにちょっと調子悪いのに、 一人でおいていくのはちょっと。。野球中止になったら、 ずっと朝からひとりぼっちになるし。。。」 といっても、 「家族でいるのもええけど、野球を優先してほしい。」 ときっぱり。 なんだか、もうすでに息子をとられた気分である。 それだけ言い切れるコーチもすごいなあ。 それだけやっている自信があるからいえるんやろう。 今は2人バラバラで、それでも大変やのに、 これから、4人バラバラに動かれたらいったいどうしたらええ のやろうねえ。
2006.11.23
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3歳児検診に保健所に行く。 3歳の息子はいたってご機嫌。 まずは母への質問。前もって記入しておいた紙をみて質問される。 いつ歩いたか、なんて忘れてるわ。と適当に10ヶ月と書いていたら へえ、すごいですね。といわれ、あ、それはつかまり立ちする頃か、 とうそがばればれ。 『だれか悩みを相談する人はいますか』 NO 『子育てをしていてイライラすることはありますか』 YES と答えていた母に、保健士さんは鋭くチェック。 『悩み、相談できないんですか?だんなさんは』 「あ、うちだんなさんいないんで。」 「あ・・・・・・」 「あ、でも適当にいます。」 「そうですか。学校の先生とか。」 「まあ、そんなとこです。」 「子育てでイライラするのはどんなときですか。」 全部、と答えたいのをぐっとこらえ、 「朝ご飯なかなか食べないときかなあ。」 なんとか、母はごまかし合格。 母への質問を横で聞いていてなれた頃、 保健士さんが息子に質問する。 「お名前は?」 でへへ~っと笑って舌を出して答えない息子。 「お名前は?」 保健士さんは、『名前をいえる』の欄にペンを置いて聞く。 ぶんぶんと首をふって「いや」と答える息子。 保健士さんはあきらめて、ほかの質問をし出す。 「これは?」「これは?」 こんどは順調に、 「めがね」「いす」「さっかーぼーる」 と答えていく。 へえ、生まれて3年で、『これはいす』とか勉強してないのに、 けっこう答えられるもんやなあ。人間ってかしこい。 積み木で「これと同じのつくって」 といわれると、あっさり作れる。 やっぱこれはほかの動物にはできんやろうなあ。 ご機嫌の息子は、その他のほかの質問や動作をなんなくクリア。 そして 「お名前は?」 保健士さんは、『名前をいえる』の欄にペンを置いて聞く。 「ゆはへーん。」 「まあ、『家ではいえる』にしておきましょうか」と保健士さんはあきらめる。 最後の最後、 「ここで名前ゆはへんかったら、もう言われへんで。」 というと、 息子は「○○○○です!」という。 無事、『名前をいえる』の欄に○がつく。 私も4人目だし、どうでもええわと思っているところはあるが、 はじめての子だと、結構プレッシャーを感じるお母さんがいるかも。 それにしても、私の答えはかなりごまかしやったなあと反省。
2006.11.22
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最近どうも、宿題がおろそかになっているようだ。私が仕事から帰ってくると、夕食の準備に忙しくて、気がついたら、9時をすぎている。この時間から昼間さんざんあそんで目がくっつきそうな小学校組を勉強させるのはほとんど無理。そこで、仕方なく朝起こしてやることにした。ところが、私は根っからの夜型。朝早起きは体によいとは思っていても、朝はなんだかせわしなく、いろいろゆっくりできない。その点夜だと、後は寝るだけ~と気持ちもゆったりになるし、夜のうちに全部すませて、朝ぎりぎりまで寝ているのが大好きだ。子供たちは朝起こしてあげるのがよいだろうなあ。この際、自分も朝型に改造しようかと、ここ2,3日は早く起きてみるが、だんだん寒くなってくるのでいやだなあ。何日続くのだろう???
2006.11.21
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野球の練習というのは、雨でもグランドが使えれば、行われる。最近は寒くなってきたので見ている方もかなり寒い。それでも野球をやっているうちはそれでもよいのであるが、待ち時間のときは特に寒そうだ。といっても、野球に飛び出していくときは、気分が高揚しているので、「行ってきマース!」と、小雨なら傘も上着も持たずに飛び出していく。試合だと、上の子と下の子が行く場所が違うので、忘れ物をすると、あちこち走りまわらなければならなくなる。普段ならもう放って置くのであるが、さすがにこの寒さで上着も傘も持たずということになると、気になって、雨の中、下の子を置いて走り回らなければならなくなる。はあ、疲れる・・・。ちゃんと持っていってよね。
2006.11.20
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柔道から帰ってきた小学4年の息子。涙をこらえていたようで、帰ってくるなり大泣きだ。よくよく聞いてみると、足がいたくなったので、先生に許可を得て正座をしていなかったら、2人の友達に、「オーバーやな」と足をたたかれたという。とても悔しかったみたいで、またまた「柔道やめる~」と騒ぎ出した。その友達はちょっかいだしのようで、いつもそれがいやだと息子はいっている。でも、逃げても逃げても、逃げる癖をつければ、そのうち逃げ場がなくなったとき、困ってしまうのではないかと思う。先生も言っても聞いてくれないし、もういやや、やめると言う。そうでなかったら殴るというので、「どこに行っても、嫌なやつはいるし、逃げ続けても、居場所はないで~。そんなに腹立つんなら、思いっきし殴ってきたらええやん。だけど、自分の拳がつぶれてもええ覚悟で一発決めるぐらいで殴ってきいやあ。自分の拳は無事で、明日から普通に野球ができるような、中途半端な殴り方はすんなよ~。人を傷つけるのに、自分が無事でいようと思うなよ~。そのぐらいの覚悟がなかったら、一発で決めることはできひんで~。」そこで、またまた、母の体験談。会社でいやな目に遭ったとき、どうやったか、どう考えたか。大人になったときの力関係は、子供のときの比やないで~、大学では先輩のいうことは絶対やし、会社に入れば、上司のいうことは一切逆らえへんで~。もちろん、最後には逆らっていいけど、そのときには、自分の首をしっかりかけなあかんで~と。息子はいろいろと母の体験談に質問しながら、少し気持ちが落ち着いてきたよう。「腹が立って殴りたい気持ちはわかんねんけど、問題は殴っても相手が自分の思い通りにはならんことや。自分やったらどう?殴られたら、『すごいなあ、この人強いなあ』って思える?尊敬できる?それよりも、殴られた悔しさから、自分の悪いところなんか考える気持ちにはなられへん。仕返しをしようとずっと思うだけや。だから、普通は殴ったら余計うっとうしいことになることが多い。ただ嘗められるといつまでも絡んでこら
2006.11.19
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学芸会が小学校であった。 下の子2人をつれて行くと、学芸会を落ち着いて見ていられな い。 でも、お兄ちゃんたちの晴れ姿も見たいだろうし、 連れて行くにあたって、下2人の意見を聞いてみた。 とくに3歳の息子はビデオを撮っているとき、 「見せて~」 と腕を揺らすので、 「ビデオを撮っているときは、『見せて』はあかん。だっこも あかん。約束できるか?それが約束できひんのやったら連れ行 かへん。」 というと、「約束する~。」と3歳の息子。 「できる~。」と5歳の娘。 約束をとりつけて、いざ、学芸会へ出発。 小学2年の息子は、主役(4人いる)になり、ほとんど出ずっ ぱり。 多くの台詞を楽しそうにちゃんと言っている。 思えば保育園のある年、学芸会のような劇があったのに、 何をすねたのか、舞台上で、でくのぼうのようにつったってい て、 台詞もはなさず、動きもせず、といった時期があったのが嘘の ようだ。 そのときは、合唱の時もかたくなに一切口を開かなかった頑固 者である。 小学4年の息子は、主役をやるよりも、おもしろい役がよいよ うだ。 今日も変な役で、変な話し方をして、自分で受けて、楽しそう にやっていた。 3歳の息子も、約束通り、ちゃんと大人しくすわっていた。 また家で一緒にビデオみようね~。
2006.11.18
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京都は外国の人も観光で訪れることが多い。 そのため、時々外国の方も紛れてやってくる。 しかし、外国の人には当然でも、 日本的にはあまり合わず、対応に困ることもある。 一応予約が基本の老舗料亭に飛び込んできた一人の少し年配の外国人女性。 「これは何か?」 とちらしに印刷されている料理をひとつひとつ英語で聞いていく。 飛び込んできた女性は、日本語が全く話せず、理解もできないが、 堂々と英語で質問。 この落ち着きは日本人には無い。日本にいて、日本語が話せなくて平気。 メジャー言語を使う強みである。 「あ、これは、『むかご』だけど、でる料理はこの写真通りじゃないんですよねえ。」 と対応にでた仲居のお姉さんは、ほとんど独り言。 外国人女性はだめだと思ったのか質問を変えて、これなら答えれるだろうと、 「これは肉か、魚か。」 仲居のお姉さんは、 「イエス、イエス。肉か魚。」 と答えている。 肉と魚、と答えないといけないところを、『and』と『or』を間違えて 答えているので外国人女性は混乱。 たいして英語が得意ではないので、こっそり後ろに隠れていた臨時仲居の私は、 その辺が少しわかったので、ちょっとだけ口を出してしまった。 「肉か魚か、と聞いたはります。」 「え?両方はいってんね。そう言うて。」 しまった。英語得意でもないのに口をだしてしまった。大丈夫かなと思いながら、 「肉も魚も入ってます。」とおずおず言うと、 「私は肉は好きだけど魚は嫌い。エビはいいけど。」 と堂々とわがままを言う。この辺は日本ではありえない。 仲居のおねえさんに伝えると、 「でも中味決まってるし、かえられへん。」 とりあえず、英語を並べ立て、伝えようと努力。 ふんふんと聞いていた彼女。わかったのかわからなかったのか、 「30分後に戻ってくる。」 と店を去っていく。 それを伝えると、 「あ、予約するかどうか聞いて!!」と仲居のおねえさん。 あわてて呼び止め、予約するかを聞くと、YESだったので、 ほっとして帰ってくる。 「予約するそうです。」 というと 「名前は?」 「あ、すみません。聞きませんでした・・・」 予約表には、「外人。」と記入された。 30分後、彼女は無事戻ってきて、 席に着く。 「あなた、○番席いって。」 とすっかり、外国人の彼女の担当。 でも実は料理を聞かれても、そっちの方がよくわからない。 日本語で説明されても複雑なのに・・・。 かなりてきとーに説明する。 「さけはあるか?」 と彼女。 「日本のお酒?熱いの?冷たいの?」 ときくと、 「冷たいの。」 仲居のおねえさんに言いにいくと、 「冷たいのは高いねん。『冷たいのは値段がはりますけど』って言ってきて。」 値段がはる?そんな高度な言葉よう使わん。 「ちょっとメモ貸してください。」 この際筆談だ。 彼女に価格を書いたメモを見せると、 「高い。こんなおっきいのでしょ?ちょっと試したいだけだし、小さいのでいいの。ないの?」 というので、 また仲居のおねえさんに相談。 「そんなんないわ~。」 でも、ちょっと親切なおねえさん、 「周りのお客さんもいるし、内緒にしてなあ。」 とおちょこに少しだけお酒をつぐ。 「これもっていってあげて。」 私は彼女に 「シークレット。」と、お酒をさしだす。 にっこり笑った彼女は、ちょっと満足そう。 さらに、ひとつひとつ嫌いな魚じゃないか確かめながら、 「これは何か」と聞くので、 京料理を食べて何をいうかと 「全部おいしいからトライ、トライ」 と勧めておいた。 いい加減な仲居である。 しかし、外人さんというのは、 既存のしきたりにとらわれないのでとてもおもしろい。 これが日本人だと、一方的に、 「常識を知らん」と余計なことを言ったほうが負けだが、 外国人の人は許される。 この特権を是非とも利用してほしい。 ちなみに、彼女にほかにどこへ行くのかと聞くと、 「東京、広島、岐阜。」 どんなチョイスなのかさっぱりわからない。
2006.11.17
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小学4年の息子が、柔道の練習から帰って来るなり、 「頭いたーい」と私の膝の上に頭をうずめてきた。 私が膝の上の息子を抱えて、 「どこがいたいの?」 とやさしく声を掛けていると、 3歳の息子が、すかさず 「おっきな赤ちゃんやなあ。」 とつっこんでいるのでした。
2006.11.16
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シングルマザーだと、家でなかなか相談に載ってもらえる大人がいないので困るだろうという人がいる。確かに、処理しなければならない作業では子供は役に立たないことも多いだろう。しかし、以前から思っていることだが、こどもはことばの表現力としては発達していないかもしれないが、感情面での、感じる感覚としては大人に比して遜色はないと考えている。そこで、先日仕事上で納得のいかないことがあったので、子供たちに話してみた。すると、子供たちは、「学校でこんなんで、こんな気持ちやった~」とか、「保育園でこんなんやってん。」とかいろいろ話してくれた。もちろん、仕事上で起こった細かいいきさつついて、理解できないことは簡素化して話したが、子供たちに話そうと話をまとめているうちに、本当の問題は、仕事上の難しいところにあるのではなく、単純に子供たちのもめ事にありがちなような人間の弱さから発する、ちょっとしたごまかしや、保身にあるのではないかと思った。実際話していると、子供たちは肝心な部分を感じ取って、同じような事例を話してくれたのである。大人はさらにそんな子供染みた理由であるのを隠そうとするので、見かけ上は、たいそうな問題に見せかけたりすることがあるが、もともとは、子供と同じように、悪気やましてや悪意があるわけではないのだろうなと感じた。しかし、大人の世界でやっかいなのは、自分を正当化するために、それを隠そうとしたり、しつこく持ち出したり、さらには口裏をあわせたりすることである。大人の世界では、事件が給料に響いたり、出世に響いたりということもあるので、ある程度は仕方がないし、理解をしてあげないといけないということかもしれない。大人はプライドも高いので、素直にけんかをすることも難しい。大人はやっかいだ。今回の事件で、小さくても、子供たちは私と一緒にいてくれる、大切な家族なのだとしみじみ感じた。
2006.11.15
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小学2年の息子が帰ってきて、ぶちぶち愚痴を言っている。「全体遊びのときになあ、鬼ごっこってきまったのに、女子がなあ、やらあらへんねん。」「なんやの、全体遊びって。」「全員で遊ばなあかんねん。」「絶対?やりたくない人は?」「それでも遊ばなあかんねん。それ終わったら好きなことできるのに。」話をよく聞いてみると、中間休みの間、10分だけは、「全体遊び」としてクラス全員参加で遊ばなければならないらしい。仲間はずれをなくそうという取組なのであろうが、なにか、この個性尊重の時代におかしなことでかなり笑える。遊び時間の内容が、強制で、「遊ばなあかん」と言っているのも笑える話である。不満そうな息子の前で悪いなと思いながら笑ってしまった母でした。
2006.11.14
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先日、柔道の試合があった。 小学4年の息子のほうは、どうしても野球が優先させたいとい うことで、 その息子を家に1人置いての応援である。 小学2年の息子は、団体戦も含めて4回対戦。 結果は1勝3敗。それでも息子にとっては、先日の試合を含め て、 生涯第2回目の勝利をゲットして、満足している。 それでも、「柔道好き?」 と聞くと、 「きらい。やめたい。」と言う。 家に帰ってから、試合を見ていなかった小学4年の息子も含め て、 柔道の試合について、話がもりあがった。 見ていると小学生でも、強い子はみんなに名前を知られること となり、 柔道のくせもあるので、話していてもなかなかおもしろい。 話が盛り上がり、 「おもしろそうやな。お母さんも柔道やろうかな。」 というと 「やり。やり。面白いで~。」と小学2年の息子。 「え?柔道おもしろないしやめんのとちがうの?」 というと、 「おもしろない。3年になったらやめる。」 というので、 「じゃあ、なんで面白ないっていうの?」 というと、 「おかあさんにやらせようと思って。」 とすまし顔でのたまうのでした。
2006.11.13
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柿のおいしい季節である。 わが家でも、柿を食べようと、むき出すと 「○○もやりた~い」とわさわさとこどもたちが寄ってくる。 とりあえずは何でもやらせる方針なので、 こどもたちに包丁のもちかたを教えて、危なっかしい手つきで 子どもたちの柿の皮むきが始まった。 「そこに指があったら切れるで~」 「その持ち方逆や。」 わいわい言いながら、頑張っている。 3歳の息子まで、 「○○もやりた~い」 後ろから手にもってやらせようとしてみたが、 さすがに私の指を切りそうなので、 「食べる方専門にし。」 というと、自分でも無理だとおもったのか、 珍しく納得している。 柿の実の部分がいっぱいついている、 柿の皮の山が出来上がっていく。 これもなかなか楽しい。
2006.11.12
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米大リーグ移籍を西武・松坂大輔投手が世間を騒がせ、契約金 が数十億といわれている。 華やかな世界の一方で、 すべては『契約』にかかるプロ野球選手はリストラに遭ってい る選手もいる。 たまたまそのシーンがテレビに取り上げられていたので 録画し、プロ野球選手にあこがれる小学4年の息子に見せた。 『プロ野球選手になりたい』という子供の言うことにいちいち 水を差す必要はないと言う人もいるだろう。 私も子供たちが夢をできるだけ長く見せてあげたいとおもって いる。 でも、これは『サンタさんを信じること』とは 別次元の、現実にふりかかってくる現実である。 将来、まったく野球選手として下手であればまた問題はないの だろうが、中途半端にうまかったりすると問題がでてくる。 どの世界でもいえることであるが、とくに華やかな世界では、 その世界で成功すれば莫大な利益を得るが、 その陰で多くの失敗が隠されていることを知っておく必要があ ると思う。 それを知った上で挑戦するかどうか。 それは息子自身が決めることである。 そして、これを知って挑戦するからこそ、 『プロ野球の選手になる』『宇宙飛行士になる』 などの一般的ではない夢の世界を 現実化する可能性を引き出すことができると信じている。 ある日突然、気持ちよく眠っている子供を夢から覚めさせるの ではなく、 現実のものとして、挑戦するのか、あきらめるのか、 可能性がゼロでない限り、選択枝の一つとして、 どんなばかげた夢のような道だってあってよいと思うのである 。
2006.11.11
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5歳の娘曰く、 「○○君なあ、○○(自分のこと)が好きやって言うて、 ぎゅうしてきはんね。結婚したいってゆうたはんねん。 それでな、ちゅーもしてきはんね。 いややっていうて、顔横に向けたら、こっちむいてってゆはんねん。」 そこで、 「○○は○○くんのこと好きなん?」 と聞くと、 「いやや。」 というので、 「なんで?」 と聞くと、 「だってなあ弱いもん。○○が守ったげなあかんし。」 「そしたら○○はだれがすきなん?」 と聞くと、 「○○君。」 「なんで?」 と聞くと、 「だってなあ、走るの速いし、頭ええし、包丁使うの上手やもん。」 (先日、保育園でおいものお菓子作りがあったので。) 5歳でも、やっぱりなんでもできるかっこいい人がいいんやなあ。
2006.11.10
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1年ほど前のこと、小学2年の息子が柔道の試合にいったとき、 私は仕事でついてけず、子供だけで行かせたことがある。 そのとき、まだ息子は小学1年で、柔道着のズボンのひもがうまくはずせず、 おしっこが間に合わずにそそうをしたという事件があった。 幸い、周りのみなさんが着替えを用意してくださって、 なんとかその場を乗り越えたが、 なぜか、一人のお母さんだけが、 特に、息子のために何をするのでもなく、 私に電話をしてきて、 仕事で息子を放ってると私を責め、なじり、みんなに迷惑をかけていると さんざんいわれたことがある。 その日は、数回、数時間にわたって、 電話をかけて来られ、こちらとしてはひたすら謝るしかないので 謝り続けたことがある。 さてあれから1年ほどたった最近、 その方が同じ柔道場をやめられたと聞き、 やめたんならいいかと、 何かの拍子で、そんなことがあったと息子たちに話していた。 そんなある日のこと。 最近柔道の試合があり、そのときは気がつかなかったが、 そのお母さんがその柔道場に見に来ていらっしゃったということを 小学2年の息子が聞いてきた。 そしてうれしそうに、 「見に来たはったらしいで~。またいろいろいわれるで~。」 「は?何の話?」 「だってなあ、こないだ、お店で鞄忘れたし、また迷惑かけて~とか。」 実は、柔道の試合の帰りに、息子たちは打ち上げに連れて行ってもらって、 小学2年の息子はしっかり、そのお店に柔道着の入った鞄をわすれて、 きてしまうという事件を起こした。 しかも、それがはじめはどこに忘れたかもわからず、 帰りにのったバスなのか、乗り継いだバスなのかもわからず、 またそれで一騒動を引き起こしていた。 『またいろいろいわれるで~。』とは、私の話から、完全に そのお母さんの性格を把握してしまっている息子に、 吹き出しそうだったが、 「それはわかるけど、なんであんたがそんなにうれしそうなん?」 「また言われるで~。鞄なんか忘れてきてとか言われるで~」 とにやにや。 「なんでやねん。そもそも、あんたがおしっこたれたり、 鞄忘れたりするから言われるんやろう? なんであんたが喜ぶねん。」 「また言われるで~。また言われるで~。」 なぜかとっても嬉しそうな息子なのでした。
2006.11.09
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落語をテレビでみていた5歳の娘。小咄やりかたをちょっと会得したとおもって、私の所にやってきた。「おかあさん、落語やったげよか?『自転車のったげよか?なんでやねん』きゃははあ。」雰囲気は合っているが、なんの落ちもない。しかし、それからしばらく、落語言葉で会話が続く。「やめときなはれ。」「なにゆうてまんねん。」う~ん、言葉すぐうつるし、なんかおばちゃんみたいやし、落語は見せるのやめとこ。落語は日本の誇れる文化やとは思っているんやけど・・。
2006.11.08
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5歳の娘曰く、「○○ってすごいねんで~」と小学4年の息子のことを言う。「なんで?」と聞くと、「だってなあ、こうやって○○が寝ててなあ、こーんなに下の方を通ったのに、『踏まんといて』って言うねん。」「そうやなあ、大きくなったなあ。」と感慨にふける。これから中学なんかに行ったら、靴も身長も軽々とぬかされるんだろうなあ。
2006.11.07
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私の住む京都市はこの10月からゴミ減量化のため、ゴミ収集が有料化となった。具体的には、京都市指定のゴミ袋を買うという方法で、支払いをすると言うことになる。今まで無神経に出していたゴミを、なるべく少なくする努力ができるということで、なかなか良い方法であるとは思うが、わが家では困ったことがある。というのも、わが家では家事手伝いの一貫として、ゴミ出しの日には、子どもたちにそれぞれゴミを小分けにして、ゴミ収集場所まで出しに行って貰っていた。小さくても、ちゃんとお手伝いができ、5歳の娘も2歳からゴミ出しをしている。ところが、有料化になって、ゴミの袋が有料なので、4人分としてゴミの日の度に4つづつ使うことは、家計を圧迫するので、やりたくはない。せっかく小さな子どもたちにもできる、家事手伝いだったのに、とても残念である。しかも、袋を節約するために、一袋に、ぎゅうぎゅうと押し込むので、一袋がかなり重くなり、小さな子どもたちに持っていって貰うのは不可能となった。近所のお年寄りの皆さんも、袋を小分けにできないので重くて運べず、台車みたいなものを持ち出している。思わぬところで、影響が出ているようだ。
2006.11.06
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飴に吊られて参加した柔道の試合。そこで参加賞として、バッチをもらった息子。去年もらったバッチと一緒にカバンにつけ、「コレクションするね。来年のはこの横につける。」「そやけど、柔道いやなんやろ。やめてしもたら来年のバッチはもらえへんで。」というと、あっさり、「じゃあ、柔道来年までやる。」彼の動機は、小さく単純なところにあるようだ。
2006.11.05
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クリスマスのサンタさんの本を小学2年の息子が借りて帰ってきたので、 絵本を読んであげる。 小学4年の息子も、こちらもまだまだ幼く、 見向きもしないかと思いきや、一緒に寄ってきて、 絵本をのぞき込んでいる。 そして、 「なあ、サンタクロースって本当にいるやんなあ?」 と確認する。 「さあ、お母さんは会ったことがないしわからへんけど。 プレゼントはもらったことあるし、いるんちゃう?」 そしてさらに、私を指さして、 「なあなあ、絶対プレゼント、お母さん買ってへんやんな?な?」 と念押ししている。 友人が親御さんから現金でクリスマスプレゼントをもらったりしている中、 まだまだおぼこいうちの息子である。
2006.11.04
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小学2年の息子が、食事時に卵かけごはんをしようと、卵を取りにいった。そして、話しながら、卵をぽーん、ぽーんと上へ放り投げる。「そんなことしてたら・・・」と言うとまもなく、卵は落下。畳の上に無残な姿となった。あっちもこっちも、本当に余計な仕事を作ってくれる!と頭にきた私は、「自分で始末をしなさい!」と、自分で畳を拭かせた。ここで、皆さんどうだろうか。「ごめんなさいは?」と言わせる親が多いのではないだろうか?私自身、小さいころ、何かをこぼしたりしたとき、「ごめんなさいは?」といわれ、ごめんなさいと言わされていた。幼心に、「何でごめんなさいって言わないといけないんだ?」と思っていた。もちろん、物を無駄にしたことに対する、ごめんなさいはあるだろう。わざわざ用意してもらったことに対する、ごめんなさいもあるだろう。そうであるから、当然、よそのお宅でそそうをしたときは、「ごめんなさい」であろう。しかし、家に置いては、大人は一般的に「ごめんなさい」を言わない。自分がそそうをしたときは大人は何も言わずに、黙って「あーあ」と後始末をする。ほかにも、頑張って稼いできたお金で買った大切なものを無駄にするからとか言うことも考えられるが、それなら、そこにいた他人が口にするのはなぜか?つまりは、後始末をする人に対してごめんなさいと言わされているのだ。だから大人は「ごめんなさい」を言わない。後始末を自分でするからだ。この違和感に気が付いて、後始末をする人に対して言うなら、そそうをしてごめんなさい、というよりも、後始末をしてもらった後に「ありがとう」だろう、と考えた。(ひねた子供だ。)その後、私もごめんなさいを言わされる歳をクリアして、言わされることはなくなった。その思いから私は、自分で後始末をし、落ちたものでも、拾って食べることができた場合は、「ごめんなさい」を子供たちに言わせることはない。後始末を手伝うと、自然に子供たちの口から、「ありがとう。」の言葉が出るのが心地よい。
2006.11.03
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「柔道いやや~」と言い続けていた小学4年の息子。野球を優先したいので、野球のある日は絶対試合にも行かないと言い切っていたのに、「○月○日は試合いく。」と言い出す。ふん、まあよい傾向かと思ったが、その辺を調査。「なんで、試合行くの?」「だってなあ、賞状もらえるかもしれへんから。」(前に出たその大会で、16人という少人数での戦いで、2回勝っただけで、4位入賞でできた。)いやいや、君はそんな欲はないはずやと、問い詰めていくと、「帰りになあ、先生がラーメンおごってくれはんね。」ほう、目的はラーメンか。よっぽどおいしくて気に入っているのかと思うと、「そのラーメン屋さんがなあ、食べ終わったら飴くれはんね。」「飴?どんな?」「こんな、一つづつ袋にはいった飴。」「いくつくれはんの?」「2個。」う~ん、あれだけ騒いでこだわっている野球の試合や、いややと騒ぎ続ける柔道より、その『飴』が彼の信念を揺るがす大きな力になっているのか。。。
2006.11.02
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なんか最近とってもブルーだ。 いつも子供たちを口うるさく鬼のような顔をして 小言を言っているような気がする。 子供たちの顔をみたら、 「お箸を出しなさい」(給食に持って行ったもの) 「洗濯ものはないのか」 「連絡プリントを出しなさい。」 「靴下をその辺に脱ぎ捨てないで。」 「ゴミをちらかさないで、ゴミ箱にいれて。」 毎日毎日同じことばかりを言い続けなくてはならず、 言葉を荒げていわざるを得なくなる。 「何度毎日同じことをいえば気が済むの??」 これを言わずに放っておくと、ただでさえ片付かない家が ゴミの山となり、 休みの日は一日中、掃除に明け暮れることとなる。 なにかよい方法はないのか。。。
2006.11.01
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