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久々に『駄歌凡歌』をひねってみました。 バックナンバーも左のFreepage List にまとめました。 (41~50)こんな日は 「よろしく哀愁」 くちずさむ "会えない時間が 愛育てるのさ~♪"幸せの 脳内ホルモン 駆け巡る 君の笑顔を 思い浮かべて悲しくて 怒って悩んで 苛立って 喜んでるのは すべて脳なり愛される ことを求めて 暮らすより 愛することに 生きる喜びおじさんの 恋は炎を 上げられず 炭火のごとく 愛し続ける良かったと 思えることの あった日は 少しだけれど 心が伸びた忘れよう 嫌な記憶は ポイポイと 失くしたことが 何か不都合?願い事 叶えてくれる 魔法など無い 少しずつでも 近づく幸せ生きていて 良かったんだと 思える日 きっと来るから すぐに来るから過去の日の 採点をする 愚かさよ これでいいんだ すべて正解
2010年07月27日
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テレビのニュースで、どこかの水族館のイルカショーで、イルカがプールから飛び出してしまった事件を報じていた。そのショーは、屋外のアクリルの囲いで出来たプールで行われており、それが段取りの芸かどうかはわからないが、一頭のイルカがさも飛び出すかのように半身をプールから出すことで、観客の歓声を浴びていた。それがつい調子に乗って、やりすぎて飛び出してしまったようだ。係員が大勢で戻そうと悪戦苦闘をしているのだが、驚いたのは、その様子をプールの中から、何頭もの他のイルカがアクリルプールに顔をつけるぐらいにして、見守っていたのだ。仲間を心配しているのがはっきりわかる。それから先日はこんなのも見た。自然ものの番組だったが、イワシの群れを数等のアザラシが追っかけている。イワシの群れは大きな一塊になって泳いでいるのだが、その大きさにしては機敏で、アザラシが群れを捕らえようとすると、くるりと向きを変えてしまう。アザラシは何度も口をあけて突っ込んでいくが、イワシの群れは、一糸乱れぬみごとな協調心でかわしている。アザラシは何度も挑むが、イワシの一匹も捕まえられない。そこへ、今度はやはり数等のイルカがやってくる。するとイルカは、イワシの群れをぐるりと囲み、逃げ道をふさいでしまった。あれだけ統率の取れていたイワシの群れも、今度は右往左往するばかりで簡単にイルカに捕食されてしまった。途方に暮れていたアザラシも、おかげさまでご相伴に預かれていた。イルカの頭がいいことは皆知っている。しかし、こんな映像を見ると、その賢さは想像以上だ。同じ水族館で芸を見せるアザラシと比べてもこれだけ差があるのだ。今、「ザ・コーブ」というイルカの追い込み漁を、批判的に撮ったドキュメント映画が話題になっている。話題になっているのは、それが日本批判であり、上映しようとした映画館が右翼の脅しで上映中止にしたり、それが話題になって逆に上映を支援したりという社会事象がだ。出演者のリック・オリバーは、イルカの調教師だそうだから、イルカの知能については良く知っているだろうし、愛情もさぞ深いだろう。この映画に対しての批判もかなり聞こえる。イルカ漁に対する悪意を前提にしているとか、違法の隠し撮りであるとか。イルカ漁は日本の伝統文化だとか。僕はこういうイルカ漁が行われていることを知らなかった。鯨を獲っていることは知っていても、イルカとはつながらなかった。考えてみれば同じなのに。この映画を見るまでもなく、イルカ漁などやめればいいと思う。僕はイルカを食べたことはないし(一般には鯨肉として流通しているそうだが)今後も食べたくはない。同じく、鯨についてもそう思っている。小学校で「鯨の龍田揚げ」を食べた世代ではある。「鯨の大和煮」缶詰も食べた。どちらも旨いものではない。実際食わなくなってから、ちっとも残念でない。美味かったと懐かしがる人も居るが、単なるノスタルジアだ。当時は安い鯨肉しか口に入らなかった。くさいし、硬いし、歯に詰まるし。家畜の肉が食えるならそれでいい。捕鯨もやめればいいと思う。「調査捕鯨」などといういんちきは恥だと思う。少なくとも、南極まで税金使ってわざわざ獲りに行くのはばかげている。鯨を"神"と思い愛しているオーストラリア人のことを思えば、さっさといんちきはやめて、オーストラリアと握手したほうが国益になる。たとえば、どこかの国で、猿を食す習慣があり、はるばる遠くから、調査のためだと言って、日本猿を獲りにきたら日本国民は怒るでしょう。他国の文化に口を出すななどといって、猿の丸焼きを食ってたら残酷な奴らだとおもうでしょ。そんな国とは貿易も友好もするものかと思うでしょう。それもその国のほんの一部の人間の嗜好でしかないのに。鯨を獲ればアフリカの子供の命が救えるとかいうのとは話が違う。食料の二割を捨てている飽食の国の話しだ。鯨のニュースではこんなのもあった。網に引っかかってしまった鯨を、なんとか外して逃がしてやると、どこに居たのか、もう一頭の鯨が並んで泳いでいった。夫婦だったのか親子だったのか。
2010年07月23日
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参議院選挙について。世間一般の評価、マスコミの報道は、民主党惨敗。これは、民主44議席、自民51議席という勝敗を見ての評価なのだろうが、選挙結果の数字を見てみると、得票数自体は民主2274万、自民1948万で民主党が勝っている。つまりこの選挙制度では、票数と議席数とが一致しないということだ。民意が反映されない制度は考え直すべきではないか。この不具合は、主に地方の一人区の勝敗で生まれた。一票の格差というやつで、たとえば鳥取の候補者は15万票で当選しているが、大臣でありながら落選したと批判されている千葉景子法務大臣は実に69万票もの信託を受けている。千葉大臣自身が格差是正をしなかったためこんなことになってしまった。ちなみに鳥取の1位候補者と2位との差は、たったの2万6千票しかない。こんな差でも1議席。これで国政を左右されてもどうかと思う。いっそ全部比例区にしてしまえばいいのではないかとも思うが、そうするとタレントが有利だとか批判が出るのだろう。タレントといえば、民主党の谷亮子、やわらちゃん。当選第一声が、「ロンドンオリンピックで金を目指します」には笑った。この比例代表のルールも良くわからない。谷亮子は開票開始で当確が出て35万票。国民新党の長谷川憲正は40万票で落選。国民新党は民主党と連立を組んでいるわけだから、仮に民主党として立候補していたらトップ当選していたはずだ。選挙は棄権せずにしてきたと思うが、いつからこんな変な仕組みになっていたのだろう。比例区の得票は、民主1845万、自民1407万でこちらも民主党の勝ち。なのに「民主大敗」はマスコミのとらえかたがおかしいと思うが。仮に一つの党が巨大にならなければ政治が安定しないと考えているなら、それは絶対おかしい。この複雑な社会においては、色々な考え方を皆が共有しあわなければ前に進めない。日本国内だけではない、世界にとってもだ。まず、自分と対立するものに理解を示すことが、物事の解決に向かう第一歩である。対立の歴史は終わった、と思う、思いたい。そもそも民主党と自民党はどれだけ対立しているのだ。菅首相がポロリと漏らした消費税10%についても、言い出したのは自民党だし、普天間問題も、辺野古移転に両党向かっている。細かいところが違うんだよといっても、両党内部の違いほど両党の差はない。「ねじれ国会」が問題になるというが、ねじれているのは党内路線だ。今回の結果のトピックスのひとつは、片山さつき・佐藤ゆかり・猪口邦子などのいわゆる『小泉チルドレン』が復活したことだ。だったら選挙民は小泉改革路線を望んでいるのか。そんなわけはない、このおかげで弱者や地方は疲弊してしまった。それに、小泉改革=行政改革はむしろ民社党の方が引き継いでいる。地方で民社党が敗れたのは、反小泉改革の流れである。自民党内の小泉改革派は、現在主流からはずれているが、皮肉なことに今回自民党が勝ったために、谷垣おろしが出来ず、浮上の目が消えてしまった。そして、民主党は、自民党より自民党のDNAを持つ小沢一郎が、どたんばで失脚したような隠れたようなおかしなことになってしまった。鳩山・小沢がダブル辞任をして、菅直人の支持率が60%も瞬間とれたのも、小沢失脚に快哉を上げた結果だ。今回民主党に投票した人たちは、この功績に対して投票した部分もある。民主党の議員に反小沢と親小沢があるように、支持者も反・親小沢がいる。ここをはっきりさせてからでないと、他党との協力は無理だろう。今から9月の民主党の内部抗争が行われるが、マスコミの報道が偏向しているので気をつけなければいけない。どのみち国政選挙はしばらく無いので、国会議員は本来の仕事に専心してもらいたい。とにかく、年金を含む高齢者社会対策は時間が無い。国民に老後のプランを提示し、その上で消費税増税の必要性を問えばいい。将来の安心が担保されれば、目先の消費税アップは致し方ないことである。普通の考える力がある人間なら、解り切った事だろう。細川政権で消費税7%を認めていれば、赤字国家財政もここまでにはならなかったはずだ。増税トラウマになってしまうと、取り返しが付かなくなる。政治についてこのコラムで述べるのは、安倍晋三が首相になったときのコメント以来だ。この間色々あったが、書きそびれてたらこうなった。政治については後で思うと、見る目が無いことをしみじみ感じてしまう。
2010年07月18日
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