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最近アクセス数が増え、6月2度目の駄歌凡歌です。思い付きや成り行きで書いている、方向性の定まらぬブログですので、何かを求めてご来訪いただいたお客様には、落胆させてしまうことも多々あると存じます。それも何かの縁。僕は皆様にとてもとても感謝をしております。よろしければ、闇鍋のごとき謎のブログをお楽しみください。 1万アクセスの区切りに読んでいる和歌です。前回は、舛添批判を書いていましたが、粘り腰及ばず6月21日に都知事を辞職しました。見送りは8人。そそくさと荷物をまとめて出て行ってしまいました。ワイドショーの舛添バッシング枠が急に消えてしまったので、各局は次の都知事は誰かということを詰め草に、櫻井翔君パパやら、そのまんま東やら、丸川珠代やら、蓮舫やらと盛り上がって(本当は盛り上がってなどいない)いましたが、ここにきて自民党・小池百合子元防衛相が立候補の宣言をしました。その公約第一声が、「舛添前都知事が進めていた、”朝鮮人学校”への都有地貸出問題を”白紙”に戻す」ということでした。この問題を知らない人のために補足すると、舛添前知事が就任間もない14年7月に朴槿恵大統領に朝貢使節のごとく詣で、「90%以上の東京都民は韓国が好きなのに、一部がヘイトスピーチをして全体を悪くしているのです」などと言ってへりくだり外交を展開したことがありました。その時に差し出したお土産が、東京都新宿区にある都立高校跡地を”朝鮮人学校”に貸し出す提案で、約束をしてしまったのです。JR市ケ谷駅周辺はマンション新設が相次ぎ、保育園不足が緊急の問題となっています。「保育園落ちた。日本死ね!」で公然となった待機児童問題。この場所は保育園を作るべきだという声が湧き起っています。小池議員はこの声に後押しされ選挙活動を展開するでしょう。それにつけても舛添要一の韓国愛は様々な負の遺産を残しました(そのダサさに批判が殺到した、韓国風?東京オリンピック・ボランティアユニフォームなど)。 日本では舛添セコイ騒動で盛りあがていましたが、世界は違う問題が湧き上がっていました。イギリスのAU離脱問題国民投票です。イギリスの国民投票と言えば、昨年のスコットランド独立問題がありました。結果は否決され、やれやれという感じでしたが、今度のEU離脱で、また独立ムードが復活しました。日本でも、大阪で「大阪都構想」の是非を問う住民投票がありました。1%の僅差で否決された拮抗した論議でしたが、実際に「大阪都構想」の内容を理解している住民はどれだけいたのでしょうか。賛成派の人は、とにかく”改革”の美名のもとに、中身もわからず”変化”の道を選んだのでは。イギリスも選挙が終わって離脱派が勝利した後で、Google検索が多かった1位は「EU離脱の意味は?」で、2位は「EUって何?」でした。やっぱりよくわかっていなかった。 EU離脱が決まったその瞬間から、ポンドは下落、ユーロも下落、関係ない円が上昇ということになり、日本にとっては”円高不況”の再現ということになりつつあります。 ダイヤモンドオンラインのアンケート調査でこんな質問がありました。 質問1 イギリスのEU離脱は短期的だけでなく、長期的にも自国の経済を低迷させると思う? 僕は、長期的には良いと考えていたので、”そうは思わない”に投票しました。で、結果を見るとこうでした。 世間の大騒ぎをしり目に、結構大丈夫と思っている人が多かったのです。もちろんこれは日本人の推測ですので、現場の臨場感とは離れたものになっているかもしれません。”民主主義”は”衆愚政治”です。頭のいい人から見ると、何と愚かなと嘆くような結論も生まれます。最近の日本においても、”郵政選挙”と”政権交代選挙”の二度、国民投票的な選挙で大衆が踊らされてしまいました。そして結果は、熱が冷めた後の揺り戻しが起きました。一体あれは何だったんだと、幻想を見た自分にあきれるのでした。でもあの経験が、無党派層の恐ろしさを施政者に思い知らし、その後の配慮に役立っているという一面もあるのです。歴史的な決断の検証には、時間が必要です。頭のいい人たちの思い込みより、有象無象の感性が良い結果を導くこともあります。世界が揺れても、大切なのは一人一人の人生です。 高邁な 理想を言えば 立派だが リアルの悩み 感情が振れ歴史的 判断下す 一票が あおり振られて 見知らぬ港金儲け できる頭の いい人が 見下す人に 数で敗れるグローバル 故郷を持たぬ 根無し草 いつかはびこり 手も足も出ずEUを 離脱するぞと 勇ましく ホントを言えば よくわからないそれぞれの 正義を叫ぶ 壁の中 民主主義って そんなものなの世界中 一つにまとまる 日は何時か 宇宙人の 襲来まで待つ民族の いがみ合いなど 忘れよう DNAを たどれば一つ悪口を 言えばどこかで 嬉しくて のぼせていくよ 理性は失せて金ばかり 話に上がる せちがらく だけどやっぱり お金は欲しい
2016年06月30日
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鹿島アントラーズが’16年1stステージ優勝を飾りました。 と言っても、まだ”1stステージ優勝”というだけで、本当の意味を持つ”年間優勝”ではありません。アントラーズは、Jリーグ発足第一回の優勝をしたチームですが、それも”前期優勝”というだけで、チャンピオンシップで2nd優勝のヴェルディ川崎に負けたため(審判の偏向による?)、タイトルにカウントされませんでした。そんなトラウマもあって半分優勝など本気で喜べないのです。小笠原主将の優勝コメントも「僕たちの目指していたのはここではないので。まだ1stステージを獲っただけ。本当の意味でのタイトルとはいえない。90分通していい試合ができているわけではない。これに満足することなく、もっと内容をよくして、これからも勝ち続けていけるように頑張りたい」という、浮かれることのない〔勝って兜の緒を締める〕慎重な発言でした。 この最終節の福岡戦は、優勝が懸かった一番という意味と他に、もう一つ注目されていたことがありました。契約が切れるブラジル国籍のジネイ選手と、鳥栖に電撃移籍が決まった青木剛選手の最終戦という試合でした。引退試合ではないのですが、共に戦った仲間の最後のアントラーズユニフォーム姿が、ピッチで見られるのかどうか。優勝決定戦となる大事な試合で、それが許されるかどうかが気がかりでした。思えば昨年のチャンピオンシップガンバ大阪VSサンフレッチェ広島第2戦。ガンバには、この試合を最後に移籍をするベテランの明神智和選手がいましたが、最期の交代カードで出場したのは同じポジションのルーキー井手口陽介選手でした。明神選手のコンディションの問題もあったでしょうが、前年の三冠優勝にも大いに貢献した、日本代表でも活躍した大選手の姿が最終戦で見られなかったのは残念だったし、プロの世界の厳しさも感じました。 さて、わがアントラーズはどういう思惑でいるのかとメンバー表を見ると、ジネイ、青木共に控えに名を連ねているではありませんか。ふたりとも前2試合(神戸戦・浦和戦)にはベンチに入っていませんでした。メンバー表を見てサポーターは、ある期待を持ちました。試合展開によって、二人かどちらかがピッチに送られると。多分、3点差が付いた時。サッカーにおいて、2点差というのはまだ危険な点差なのです。5分で2点が入るなんて試合は珍しくはありません。2点差が1点差になると、選手の心理状態が乱れ、守る方は不安に足を取られ、攻める方は居丈高に変身します。アントラーズは勝たなくては優勝しません。”優勝”という実績は、チームのメンタリティを確実に挙げます。若いメンバーの多い今のアントラーズには、是が非でも落とせない試合なのです。それに大事な1stステージの賞金5000万円は、優勝チームのみ。2位ではダメなんです。5000万円が懸かった大一番に、甘い判断は許されません。 前半で2点を先取し、プランは上々の出来で進行しました。後半はゲームをコントロールしつつ、すきを見て3点目を取ればよい。そうなれば、残り10分ぐらいから二人を投入しても大丈夫。多分そんな希望をみんなが抱いていたでしょう。ところが、後半になってなかなか点が入らない。66分に杉本太郎が決定的場面を迎えますが、ノーゴール。これが決まれば万々歳でしたが、なかなかそうはいきません。初めに交代カードで投入されたのが、守備力に秀でたボランチの永木亮太。いつもの真剣モードの交代です。そしていつもなら、前線で追いまわす鈴木優磨が控えているはずですが、石井正忠監督はその選択をしません。じっと辛抱し続けます。そして、ついにロスタイムに突入。まず呼ばれたのがジネイでした。最前線でターゲットになる役割のジネイは、その通りのミッションを果たし、なんとヘディングでゴールします。この出来すぎの演出にスタジアムは湧きますが、なんとオフサイドの判定。空喜びのパフォーマンスや判定に抗議したりでごちゃごちゃとなって、どんどん時間が過ぎていきます。場内からは3万人の”青木コール”が響きます。これには青木自身も驚きの表情を見せていました。このショットが画面に映ると、思わず胸が熱くなるのでした。そしてついに、声援にこたえるように青木がスタンバイします。あと何分残されているかと、ロスタイムを確認すると、なぜか表示がありません。まさかの審判も青木の投入を待っているではないか。そこでようやくゴールキックとなりゲームが切れ、青木が交代出場します。スタジアムの興奮は最高潮に達します。青木がピッチに立ったことを確認し、曽ヶ端がゴールキック、ボールが流れ試合終了のホイッスルが響きました。もう少しピッチ上の姿が見たかったけど、すでにロスタイムは5分以上が経過していました(とくにロスもなかったので通常なら2分程度のはず)。 青木剛選手は’82年生まれの33歳。アントラーズには’01年に入団しています。アテネオリンピック世代で、同予選も阿部勇樹(当時・ジェフ市原、現・浦和レッズ)、今野泰幸(当時FC東京、現・ガンバ大阪)鈴木啓太(浦和レッズ)森崎和幸(サンフレッチェ広島)らとボランチを争い、茂庭照幸(当時・FC東京、現・セレッソ大阪)、那須大亮(当時・横浜F・マリノス、現・浦和レッズ)、菊地直哉(当時・ジュビロ磐田、現・サガン鳥栖)とセンターバックのポジションを競っていました。アジア予選では出場していたのですが、本番の年に田中マルクス闘莉王の帰化によりはじき出された格好で、残念ながらアテネオリンピックには出場できませんでした。アテネ世代はこの他に大久保嘉人(川崎フロンターレ)、前田遼一(FC東京)、松井大輔(ジュビロ磐田)、駒野 友一(FC東京)等、現在も活躍中の選手が多数います。人材豊富な当たり年でした。アテネオリンピック予選もそうでしたが、所属の鹿島アントラーズでもポジション奪取には壁がありました。大型ボランチとして期待されて入団したものの、本田泰人や中田浩二、小笠原満男、熊谷浩二などのアントラーズレジェンド的選手からポジションを奪取しきれず、いつしかCBとしての起用が増え、そこでも大岩剛、岩政大樹、中田浩二、イ・ジョンスらの牙城を崩せずにいました。結果、ボランチとセンターバックと両サイドバックがこなせるというポリバレント(複数ポジションができる)な能力に磨きがかかり、緊急出動要因としてベンチを温めることが多くなります。万能選手のジレンマに陥ってしまいました。そして今年は、昌子源、植田直道のヤングコンビがCBに定着し、さらにブラジル国籍のブエノが急成長をしていよいよ居場所がなくなり、今年はJリーグの出場がまだありませんでした。 福岡戦を前にして、海外移籍をした大迫勇也と内田篤人が練習に参加していました。インターネットを通じて青木の出場機会がゼロだったことを知っていた内田は、古巣のトレーニングに参加しながら素朴な疑問を青木に投げかけました。「監督とは話をしているんですか?」返ってきた言葉に、改めて青木への尊敬の念を深めたと言います。「青木さんは『自分の力が足りないからであり、自分で乗り越えるだけだ』と言うんですね。やっぱり青木さんらしいなと思いました。多くを言う人でも怒ったりする人でもないですけど、常に自分に厳しくやっている。ああいう人と一緒にチームでプレーできたことを、すごく誇りに思います」2人一組で行われた練習前のウォーミングアップで、たまたま青木と組んだ内田は、「今日が最後の練習っすね」と話しかけました。「青木さんが『そうだね』と言った瞬間から、俺、下を向いたままになっちゃって……。すごく寂しくなって、危うく泣きそうになった。俺もシャルケで7年目で、その前に鹿島に4年半いますけど、それを加えても青木さんの在籍年数にまだ足りない。それほどメディアで取り上げられる選手ではないし、プレーも相手を潰したり、ロングキックを蹴るという感じでしたけど、ああいう人が鹿島を支えていた。ボランチを含めていろいろなポジションができるし、タイトルを取るためには欠かせない人。試合の最後、サポーターの方々はよくぞ青木さんの名前をコールしてくれたと思います」内田と大迫は、青木のユニフォームを着て最後の試合を観戦しました。 鹿島一筋15年半の選手が新天地へ旅立つ。青木剛の鹿島アントラーズでの記録は、リーグ出場375試合8得点(ナビスコ杯・天皇杯計488試合10得点)、獲得タイトル10冠。小笠原満男のような危機察知能力、統率力はない。柴崎岳のような決定的なパスや果敢に攻めあがってゴールを奪うことはない。昌子源や植田直道のような瞬間的スピードやフィジカルの強さはない。それでも彼がベンチで待機する事で、チームの底力は確実に上がっていました。中田浩二、本山雅志が去り、アントラーズ黄金期を知る選手は小笠原と曽ヶ端だけとなってしまいました。しかし、黄金期が存在したチーム自体が少ないのです。青木の実力は、他のチームだったら十分レギュラークラスです。その上で身に沁み込んでいる鹿島のスピリッツは、宝物なのです。前橋育英高校時代から目を見張らせたキック力が生かされれば、まだまだ活躍の機会はあるでしょう。ぜひともサガン鳥栖で、才能を思い切り開花させてもらいたいと思います。サッカー選手は、スター選手に注目が集まりますが(他のスポーツ選手もそうですが)、こういういぶし銀のような選手もチームには絶対必要で、チームを愛するサポーターはその価値を十分知っています。頑張れ、青木剛。ありがとう、青木剛。
2016年06月28日
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おもしろいTVドラマが、最終回をむかえてしまいました。その名は『重版出来(じゅうはんしゅったい)』、同名のコミックを原作とした出版編集者と漫画家たちのドラマです。”おもしろい”というレベルは、今やっているドラマの中でとか、今年の一番とかではなく、僕が今まで見てきたドラマの中で一番面白かったというものです。視聴率は二ケタには届かなかったようなので、一般的にはヒットしたとは言えないのでしょうが、僕は毎週涙ぽろぽろ流しながら見ていました。一人で見てたので、人目をはばかる必要もなかったのですが。このブログはTVドラマを語ることはほとんどありませんでしたが、今日のTBSラジオ『たまむすび』で、町山智弘氏が同じく涙ぽろぽろ流して見ていたと語っていたので、同じ感性が嬉しくて書きたくなりました。 原作となるコミックは読んだことはなく、予備知識は全くありませんでした。この作品に限らず、僕は全くマンガを読みません。子供の頃は大好きで、小学生時代は漫画家になるのが夢でした。それが何故かあるときから、マンガを読めなくなってしまったのです(文章の方に趣味が移ったということもありますが、何故かマンガを読むのがつらいのです)。漫画家になる夢は、様々な障害や挫折により高校ぐらいで断念しましたが、出版業界自体は継続して興味を持っていました。高校時代に同人誌を主宰して、雑誌を作る楽しみを覚えたためかもしれません。そんな青春体験がこのシチュエーションに、より深い感情移入を誘ったんだと思います。 主演の黒木華は大好きで、初主演ドラマということで、その意味で見たいという衝動は持っていました。黒木華について述べると、ご存知のように現在売り出し中の若手演技派女優で、2014年には『ちいさいおうち』女中・タキ役で第64回ベルリン国際映画祭最優秀女優賞(銀熊賞)を受賞という輝かしい実績も持っています。僕が彼女を初めて見たのは、堺雅人主演の『リーガルハイ(2012年。第2シリーズ2013年)』のチョイ役で。この時はホントに端役で、第1シリーズではほとんどセリフもなかったのですが、第2シリーズで同じ役なのに全く違う性格に変わった人物を演じ、なりきっていました。この変わりようにはびっくりしました。昔から、”存在感”のある演技というのは、並みの演技とどういう違いがあるのだろうかと研究対象(?)にしていましたが、その才能をまざまざと見せつけられた気がしました。去年は『天皇の料理番』でまた素晴らしい演技を見せてくれました。自由すぎる佐藤健に翻弄されるいたいけな妻を演じ、見事に泣かせてくれました。今年は『真田丸』で堺雅人の初めの妻・梅役で出演。梅を見て(『天皇の料理番』の俊子も勿論)、理想的な妻像が焼き付きました(息子の嫁にぜひ)。梅が死んでしまった時は、三谷幸喜に抗議の電話をしようかと思いました。歴史上どうだったかは知らないけど、また物語の構成上邪魔になったかどうかはわからないけど、梅を殺すことは許せない。 その黒木華が初主演です。役柄はこれまで(タキ、俊子、梅のような控えめながらも芯が強い女性)とまったく違う、体育系の張り切り新入社員。ネット情報によると、黒木華はこの役の三人目のオファーだったそうです。当初目論んでいた女優がダメになり、代わりの女優に断られ、そして三人目が彼女でした。しかし、前二者ではこれだけ入り込めるドラマにはならなかったでしょう。存在感のある芝居は、役者を忘れさせます。前二者だとアイドル感が立ちすぎ、嘘っぽさが表に出てしまうと思います(『あまちゃん』のような現実味のない話ならともかく)。存在感を持つ俳優は自らの役者感を消し、ドラマの狙いに沿った人物になり切ります。黒木華はその意味で、才能をふんだんに見せつけるほどの好演をしました。黒木華も素晴らしかったのですが、さらに登場する人物がみんなよく練られていて、演じる役者も役柄の細部まで気が利いて、皆そん色なく素晴らしかった。原作が良いのか、野木亜希子の脚本が良いのかわかりませんが、深いところもしっかり作られた精密な水準の高いものでした。ちなみに僕はシナリオライターを目指している時期があり、多少勉強もしていましたが、嫉妬するほどの良い脚本でした。もちろん演出家をはじめ、スタッフ全ての能力が高かったからこれだけの物が出来たということは認識しています。 ただ、この『重版出来』に思い入れを激しくしてしまったのは、作品の出来や黒木華の魅力と共に、自分が多少なりともかかわってきた世界に触れているということが大きいと思います。同じTVドラマでも、自分の経験が符合する設定のものは、また違った興奮を覚えます。『天皇の料理番』は僕が料理人であることから興味を持って見始めたドラマですし、昔大好きで正座して見ていた『前略おふくろ様』も、萩原健一が板前修業中の料理人の話でした。こちらは大脚本家倉本聰先生の作品で、シナリオの勉強と料理人の勉強を兼ねたものなので当然です。『重版出来』の漫画家の世界は、周りに漫画家や漫画家を目指す若者がいた(僕がやっていた大泉学園の喫茶店の常連客に沢山いました)ということと、実体験として僕が書店に努めていた経緯も大きいと思います。濱田マリ演じる書店員に、ひとかたならぬ共感を抱きました。僕の書店員経験は短かったのですが、彼女のように自分の趣味を反映した書棚を作るのが夢でした。書店にいた時はいろいろなプランがあり(書店新聞やイベント)、実行できていたら結構楽しいものができたと思います。実際には日常の業務に追われ、本の入れ替え作業に終始しただけで何もできませんでしたが。 ”仕事”には、”生活”のためという命題があります。どんなに偉そうに夢を語っても、生活をする収入がなければ成り立ちません。働かなくてもよいほどの資産があるという生活をしたことがないので、”生活する=仕事をする”という図式しかわかりません。この状況を脱するため、宝くじを買い続けていた時期もありましたけど、対費用効果があまりに悪いのでやめました(まだ競馬の方がリターンは多かった。儲かりませんでしたが)。宝くじに当たった人の転落する人生の話も知り(高額当選者の80%が破産している)、お金で幸せは買えないということはデータ解析できました。いまも低収入で暮らしていますが、とりあえずぎりぎりでも生活できれば特に問題はないと考えています。そんな毎日の中で、ドラマは昔の熱かった情熱を彷彿とさせてくれました。若き日を振り返って、何がエネルギーになってあんなに一途に仕事ができたのかと、自分に感嘆を覚えます。ひとつは独身だったから、ということでしょう。『重版出来』に、安田顕演じるクールで残酷な先輩編集者が登場します。この人物が、ドラマを現実につなぎとめています。夢を追う若者を蹴落とすような振る舞いもしますが、生活の基盤である組織の理論と、個人の安定を理解している大人の思考ができます。ヒールな役回りですが、陰の正義でもあります。組織はそうしてできているのです。 ドラマを見て涙を流すのは、見る人の共感脳に触れるからです。仕事あるあるや人物あるある(いるいる)が共感を呼ぶと、脳内ホルモンが分泌され興奮と快楽が生まれます。自分の体験が重なるドラマは、眠っていた反骨やルサンチマン(恨み)が活動し、感情を揺さぶります。こうなったらいいなあというだけのドリーム系ドラマは、実体験が伴わないのでそれほど揺さぶられません(子供は別ですが)。人間は生きる知恵を常に模索しています。良いドラマとは、自分の生きてきた道を照らし、自分を肯定できる理由付けをしてくれるものです。人生の坂を登り切った(それ以上登るのをやめた)大人こそ、ドラマを楽しめる存在なのかもしれない。『重版出来』の面白さを述べようと、思いつくまま綴っていたら、こんな結論になってしまいました。良いのだろうか?
2016年06月14日
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ありがとうございます。アクセス数が1万増えるごとに、短歌を詠んでいます。積もり積もって300首を越えました。目標は1000首です。1000首詠んだ暁には、”夢”が叶います。ところが、現時点では願をかけるほどの有力な夢が特にありません。将来へ向けての、色々な夢はあるのですが、それはすべて”計画”で、自分がそこに踏み出せるかどうかだけの問題であり、身の程知らずの夢ではないのです。だから1000首成就で夢を叶えようとは、本気では考えていません。そこがちょっとこの企画の難点ではあります。 さて、”世事雑感”。”ゲス乙女”の曲がようやく頭から消えたと思ったら、今度は”ファンモン”の曲が耳について離れません。連日ワイドショーが取り上げる度、バックで流れている曲が脳に潜在的にインプットされる。音楽は脳に快楽を与えます。一旦そうなると無意識でも脳は勝手に快楽ホルモンを欲しがり、メロディを追い求めてしまいます。音楽というのはホント不思議です。ファンモンは過去一度取り上げました。http://plaza.rakuten.co.jp/sontiti/diary/201311290000/単純に励ましてもらえるので、車の中でよく聞いていました。今は車を変えてしまったので、無くなってしまいましたが(TUTAYAで借りて録音してたので)。浮気の話は古今東西、人類誕生から続いています(DNA的には人類になる前からも)。世界最古の小説「源氏物語」も、光源氏の浮気戦歴の話です。いまさら非難しても仕方がない。ただ、子供に害が及ばないように配慮する必要がありますが、まあ子供は子供で人生を構築しますので、大人はいろいろな環境の子どもも受け入れられる社会を作ることを、差別偏見のない社会をつくることに努力するべきでしょう。婚外子やシングルマザーが差別偏見の被害を受けない社会を。 婚外子を二人持つ舛添要一も、そういう改革に実績を作っていれば擁護する人もいたでしょう。こうなる前の印象とまるで違っていたことが、怒りの根源です(選挙の時は知らなかったから)。相変わらずバッシング人気抜群の舛添要一都知事で、姿を見ない日はない。ワイドショーでは必ず新スキャンダル(錯誤金銭感覚)が登場し、なぜかついつい見てしまいます。都民でないので、本来他人ごとなのですが、バッシング派に同調している自分がいます。 他人を批判したり非難したりするとき、脳の中では興奮ホルモンと快楽ホルモンが発生します。極端な話、いじめをすると興奮と快楽を覚えて気持ちよくなるのです。その仕組みは、集団の中の正しさを維持するために、異質なものに攻撃を与えるという、集団性を持った動物が持っている本能なのです。本能だから許されるという論ではなく、人間は本能を抑えることも必要だという話です。だからもし自分が他人を批判したくなった時、それが集団で行われているバッシングであった時はなおさら、その行為が度を外したいじめになっていないかを常に検証する必要があります。社会悪を批判しているつもりが、いつにまにかいじめによる興奮と快感に酔いしれているかもしれません。 それを踏まえて考察してみても、やはり舛添要一は批判されるべきと考えます。舛添要一は”せこい”から都知事を辞めるべきだというのではなく、公金を私用に使うことを悪いと思っていない感覚の持ち主であり、その傾向は首長にふさわしくないからです。トップが法の欠落を利用して、公金横領を繰り返せば(金額の多寡ではない)、部下もその判断基準に従うようになります。その結果、決済を担当する職員の判断が甘くなり、公金がダダ漏れになってしまう危険がかなり生まれます。舛添が使った無駄遣い(パリ視察旅行費5000万円)は、東京都民の税金だし、議員時代に私用で使った金は、「政党交付金」で元は国の税金です。猪瀬直樹元知事は、徳洲会から同じ5000万円を借りたことが発覚して辞任しました。しかしこちらは自分が選挙資金で借りた金で(しかも返した)、税金を流用したわけではありません。税金という国民の共有の資金を、法の目をかいくぐって自分の家族旅行や絵画コレクションに使っていたのです。あの都知事選で敗れた田母神俊雄は、同じようなことをして”政治資金横領”で告訴されています。選挙で勝ったか負けたかで、犯罪者になるかどうかが決まるのは公平ではない。やっぱりこういう判断基準の人が首長であることは災難です。オリンピックの日程をにらんで秋には替わっていただきたい。選挙費用も掛かりますけど、それ以上の損失の危険も考えると(反日的行動も目立ちますし)やむをえません。 言い訳が できるかどうか そればかり 誰に向けての 弁明なのかせこいから 責められている わけじゃない 公私混同 公金流用社会悪 定める規定は 法なれど 法を逆手(さかて)の 貪欲の業過ちは 身を捨ててこそ 赦される しがみつくのは 恥の損得悔しさが ばねになっての 成り上がり のび過ぎた時 弾性は失せ 生き物が 子孫を残す 正しさと 社会ルールの けじめの狭間快楽に ひとりの喜び 酔いしれて 際限のない 闇の誘惑性(さが)なれば 好きになるのは 仕方ない 人の定めを 秤にかけて子はすべて 神様からの 預かりもの 子どもはみんな みんなの子ども誰の子も ひとしく愛す 「どですかでん」 三波伸介 神の姿ぞ 黒澤明監督『どですかでん』に、浮気性な妻のために、父親の不確かな子供をたくさん(5人の子どもとさらに妻の腹の中にも)育てている夫、三波伸介が登場する。近所の人に、悪口を言われて泣く長男が、「父ちゃん、…ぼくたちみんな、父ちゃんの子じゃないって、ほんと?」と問うと、「そういうこと、自分で考えてみろよ、父ちゃんの子かそうでないか。父ちゃんはみんな自分の子だってことは知っている。だからみんな好きだし、かわいくてしょうがない。だけどお前たちが、父ちゃんを好きではなく、自分たちの父ちゃんだと思えないんなら、父ちゃん、お前たちの父ちゃんじゃない」「だって、みんなが言うんだ、ずっと前から、…ぼくたちみんな父ちゃんの子じゃないって、…本当の父ちゃんは別にいるって、…ぼくだけじゃないんだ、次郎も、花子も、四朗も言われているんだ」「人はいろんなことを言うよ、なんだのかんだのって、好き勝手なこと言って、なあ…。けど、本当の親か本当の子かなんてことは誰にもわかりゃしないんだよ。俺は本当の父ちゃんだ、これは俺の子だ、心底から思えば、これが本当の親子だ。もしも、今度またそんなこと言うものがいたら、お前たちの方からききかえしてみろ。お前はどうなんだと。返事ができるものがいたら、お目にかかるよ。つまり、そのー、父ちゃんを信用するか、父ちゃんじゃない他の人を信用するか、どっちかだ。どうだいみんな」 子どもにとって一番大事なのは、嫡出子であるかどうかではなく、どれだけ親に愛されて育っているかということでしょう。「どうだいみんな」と父親が言うと、全員が「父ちゃんだ!」と手を上げます。 人の幸せは、出自や環境や財力で決まるわけではありません。『どですかでん』には、スラムに生きる様々な人が、その日のために懸命に生きています。この集落には、それこそゲスの男女が吹きだまっています。彼らにも人生があり、悲しく切なくおかしい毎日が繰り返すのです。この項を書くにあたり、ふと思い浮かんだ映画でしたが、改めて見てみると重い警鐘を鳴らしている作品でした。僕の黒澤映画のランキングでは、そんなに高くありませんでしたが、今思うと、このメッセージがよく伝わります。素晴らしい映画です。歳を重ねないと解らないことってありますよね。
2016年06月08日
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このブログは、僕の日常の話はほとんど書かないのですが、たまには日記風もいいかなあと、いつも愛犬ピノと散歩をする道を画像に撮ってみました。コースは家を出て500歩ほどのところにある「栄緑道」から。 後ろに見えるのは「福祉の里」という公民館。子どもの遊戯施設や図書館があり、うちの子も小さいときはよく連れてきました。 入るとこんな風な散歩道があります。奥にはテニスコートがあり、土日はにぎわっています。 ピノは写真が嫌いで、カメラを向けるとそっぽを向いてしまいます。 これはすきをついて撮ったショット。 良く見えないけど、隣は自衛隊・朝霞駐屯地。訓練中です。この自衛隊員は女性隊員で、かけ声だけ聴いていると女子高生と変わりません。あんまりそばまで行くと怒られそうなので、そっと遠くから見ています。さっきまで、銃声も聞こえていました。先月北海道の自衛隊で、実弾を撃ち合ったという事件がありました。通常空砲で行う訓練に誤って実弾を使ってしまい、200メートルの距離で撃ち合って2名の負傷者が出たというから恐ろしい。負傷者は弾が当たったわけではなく、銃身につけた器具が壊れた破片によるものだったそうでまだよかったのですが。安保法案成立で、この乙女たちが海外派遣され、実弾で敵と撃ち合うことを想像すると、そういうことは現実になってほしくないと願うばかりです。 けっこう立派な桜が並び、その季節は花見客でにぎわいます。 お年寄りのご夫婦が散策しておりますが、この時間は(午後2時)、ほぼ年寄りばっかり。 反対側へ出て、通りを渡ると、こちらは「新座緑道」。 石畳の散歩道に変わります。左側は駐屯地が続きます。時々基地の中に入れるイベントがあり、中を見学したこともあります。戦車やヘリコプターもありました。 サミット前にはこの辺りを、退職警官風の年配のお巡りさんが、不審物の監視に見回りをしていました。ご苦労様です。 そして、なぞのゆり畑。 散歩道のわきの一角に、謎のゆり畑があります。何のために栽培しているんだろう。 なぜか”ローズマリー”。 その他、いろいろな植物が植えられています。 ずうっとこんな道が続きます。この道の終点、朝霞駐屯地の隣は、 「和光樹林公園」。 中へ入ると広い公園になり、様々な風景も撮れるのですが、きりがないので反対側の「都立大泉中央公園」へ。 そうなんです、この辺りは、埼玉県の新座市と朝霞市と和光市が隣接し、さらに東京都練馬区が面しているのです。でも、僕が人に住まいを尋ねられると、迷わず「大泉学園」と言ってしまいます。ほんとの住所は新座市栄です。 中央公園はこんな感じ。 もっといろいろなスポットを撮りたかったのですが、久々にデジカメを持ってきたので、何とここでまさかの”バッテリー切れ”。 ここから帰り道へ向かいます。フィトンチッド(森の香り)満喫で、健康には充実した散歩になります。 森林浴の効果ストレスホルモン軽減、リラックス効果自律神経整え、免疫力アップ1/f揺らぎによる癒しNK細胞活性化 全行程30分で、歩数計は5000歩。 今日は多少風もあり気持ちよかったのですが、この時間帯ではそろそろ限界の時期かも。虫に刺されたし(涙)。
2016年06月03日
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