《 幸せのひろいかた 》 フェルトアート・カントリー木工 by WOODYPAPA
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この人の存在を、初めて知ったのはいつの頃だったろうか。第85代内閣総理大臣になった、2000年には当然承知していたんだろうけど、その前の小渕内閣の幹事長時代あたりかもしれない。その小渕首相が脳梗塞で急逝し、自民党幹部の談合で幹事長の森が首相を引き継いだ。首相になった経緯が、選挙によらず密室で決まったことが批判された。当然、国民の支持は上がらず「シンキロウ内閣」などと呼ばれていた。森首相は恰幅が良く、見栄え的には外国の首脳と並んでも見劣りがしなかった。外交においてはロシアのプーチン大統領と馬が合い、後々プーチンのご威光が存在を強化する。北方領土返還問題でも重要視され、安倍首相も切り札として持ち上げ続けていた。(もっともプーチン側としては、利用しやすいということで、関係を続けていただろうことは想像に難くない。)しかしよかったのはそれだけで、当時から失言は繰り返され、マスコミ対応の悪さも影響し、首相としての能力には疑問を持たれていた。「サメの脳みそ」などと言われていたのを思い出す。そして2001年、ついに「えひめ丸事故」処理の不手際(事故の連絡を受けた時、ゴルフのプレーを続けていた)により、支持率はどん底に落ちる。奇しくも2月10日は「えひめ丸事故」20周年であった。事故は、ハワイ沖でアメリカ原子力潜水艦と衝突した水産学校練習船「えひめ丸」が沈没、日本人が9人命を落としたというもの。アメリカの原子力潜水艦の元艦長が、発生から20年目にあたり遺族に謝罪、「責任はすべて自分にある」と遺族に宛てた書簡を公表したのと対照的に、森のコメントはいまのところ伝わっていない。森内閣の支持率は最終的に、支持率8%、不支持率82%に達した。あの鳩山由紀夫に「消費税並みの支持率」と揶揄され、森内閣は1年で幕を閉じた。政治家がニュースになるのは、スキャンダルや失政しかない。いいことをした政治家の話など話題にならない。それにしてもこの人に関しては失言ニュースに事欠かない。「日本は天皇を中心とする神の国」発言。”政教分離”に反するということで、左翼政党や仏教政党から批判を受けた。「無党派は寝ていてくれればいい」発言。無党派は支持する政党はなくても、不支持する政党はある。「イット革命」「電気がなくてもiモードは使える」というネット音痴ぶり。あの頃は、ネット音痴は多数派だったが。今振り返ると、他愛もない失言だが、当時は全マスコミが批判の矛先を向けた。女性に対する発言では「子供を一人も作らない女性が、自由を謳歌し、楽しんで、年取って、税金で面倒見なさいというのはおかしい」というのがある。女性団体から猛抗議を受ける。この辺で学習していればよかったのに。僕が一番眉をひそめたのは、ソチ五輪で浅田真央選手が失敗したとき「見事にひっくり返った。あの子は大事な時には必ず転ぶ」と、日本国民の心が折れそうになったときに、足蹴にしたような言葉を発した。自分の娘が傷つけられた気がした。そんなことで森喜朗に対しては、多くの人がいい感じを持っていない。そして今回の「女性がたくさん入っている理事会の会議は時間がかかる」発言。一斉に”女性蔑視”だと非難の炎が上がった。ここまでさんざん森喜朗に対する批判めいたことを書いていたが、ここから先はちょっと立ち止まりたい。この発言は、毎日TVのワイドショーで、世界中から非難されていると報じられている。世界中の女性はもとより、ちゃんとした男性からも罵倒されている。それが、当然。当たり前でしょという風に森会長批判一辺倒になる。国会で立憲民主党の女性議員がこぞって白いスーツ姿で登場した。白いスーツは、女性差別に対する抗議の象徴であるらしい(アメリカ民主党のまね)。立憲民主党の女性議員全員が蓮舫になった、というおぞましい光景をさらした。だが、ヘンクツジジイの僕としては、ちょっと待てよ、という気持ちになる。屁理屈に見えるかもしれないが、ちょっと弁護する。今回の「女性蔑視発言騒動」は世間が言うほどとんでもない物なのか?僕も高齢男性の一人として、同じ偏見が身についているのかもという危惧も考慮しつつ論を進める。女性の話が長いという引き合いに出された、日本ラグビー協会の理事として、谷口真由美さんがコメントを発していた。サンデーモーニングでおなじみの谷口さんだが、確かにこの人がはいれば長くなるだろう。ただし、会議が長くなるのが悪いのか、ということも考慮しなければならない。女性が入って長くなったというのであれば、それは、女性がよく質問をし、意見を言い、納得のいくよう議論をしていたということだ。すべての女性がというわけではないが、谷口さん含め女性のコメンテーターは視点が現実的で、見たことと理想との距離を測りながらものが言える気がする。わかりきったことを偉そうにだらだら述べるのは、むしろ男の解説者だ。当たり前のことを言うのは誰でもできる。実生活に基づいて発言ができるのは、女性の方が多い。また、会議が長くなるのを嫌がる人たちは、会議というものは、事前に根回しされたことを、ただ承認する場だと考えている。時間を短く、シャンシャンで終わらせる形が、会議の相応しい形であると。会議は、個々の意見を出し、すり合わせて、合意する場だ。言葉を出し合わさなければ、合意もない、上位の人の意に従うだけなら、会議ではない。と思えば、会議が長くなることを”女性蔑視”という観点で語られるのはおかしい。会議に対する考え方の違いであって、性別に限定する話ではない。議論百出、白熱した会議は民主主義のあるべき姿だ。そのための代表者だろう。そもそも本当に女性理事が増えると会議が長くなるのか。誰も数字をあげて反論もしくは肯定もしないのが不満であったが、経済紙雑誌『『Forbes』が検証していた。結論だけ引用すると、話が長いのは男女差ではなくその人の地位による。地位の高い人が長い傾向があり、地位の高い人は男性の方が多い。つまり、男性の方が話が長く会議も長くなる。競争心が高いのも、むしろ男性の方だというデータも並んでいる。つまり森会長の完全な認識違いということだ。もちろんこの錯誤は、森会長の女性蔑視が根底にあるという推測は成り立つ。そもそも例の発言の出た、森会長のスピーチは40分にも及んだそうだ。40分の喋れば、一つや二つ失言も混じるだろう。スピーチの全文を見ると、前後にフォローの言葉も入れているので、それなりに工夫はしていた。まさに”切り取られた”報道が、世論に火をつけたと言える。そもそも日本の高齢男性は、ほぼ森会長と同じ考え方をする。だが、女性蔑視が根底に透けて見えていても、それは推測の範囲の話で、実際の言葉以外のことで賛否を論じるべきではない。考えるのはしょうがないが、口に出すなということだ。もし検証の結果、女性の方が話が長く、競争心が強いと何らかのデータで証明したとしたら、森会長の発言は正しかったということになる。結果はそうではなさそうだが、まず事実関係を立証してからの批判であるのが順序であろう。しかるに森氏を糾弾する側は、誰もデータを探す努力をしていなかった。”女性”というくくりで論じたというだけで気色ばんだ。論理が感情に負けているのだ。それだから”女、子供”などという蔑まされ方をされるのだ。まず議論をするなら、科学的論理的にデータに基づいて行うべきだと僕は考える。と言いながら、批判をかわす意味ではないが、僕の個人の信条としては、女性に屈服している。人類は体力・筋力以外は女性の方が男性より優れていると考えている。話はそれるが、少し述べる。神様は、人類を女性中心に考えて構成した(進化論的にいえば、女性中心に構成した種族が生き延びた)。男性は、女性を庇護する役割で存在する。その方が、種を継続するのに有利だから。もし、世界中の女性が絶滅したら、人類は絶滅する。しかし、男性が絶滅しても、女性だけで子孫を残す可能性はあるのではないか。非常で緊急の事態が起きた場合、何らかのセンサーが働いて、メスだけで子供を作る機能が、人体にはプログラムされているはずだ。”処女懐胎”は歴史上なかったわけではない。歴史の中で、集団として生きやすくするため、形式としての”男性社会”が作られていった。女性が存続するために、その方が有利な何かがあったのだろう。だから、”女性蔑視”の思想は、男性社会が作った幻想である。であるのに、社会全体の錯覚が定着して、女性差別という事態が生まれてしまった。話がとめどなくなってしまったので戻そう。森会長の発言は、女性蔑視の心理が根底にあったとしても、意図はない。むしろ、森会長を貶めることで”オリンピック開催”を阻もうとする力が働いているのではないかと危惧する。『コロナ禍』などと世間では呼ぶが、日本においては新型コロナはインフルエンザ並みの流行感冒だ。さっさと「指定感染症第2類」を解除すべき。それで医療崩壊の心配も失せる。確かにコーカソイド系の外国人には重症度が高かったが、それもピークアウトしつつある。ワクチンも間に合って、とりあえず集団免疫の期待も持てる。開催時期は夏季に当たるので、ウイルスの弱い時期。むしろ罹ってしまえばワクチンと同様に抗体獲得効果がある。ワクチンの目的が集団免疫にあるなら、この時期に積極的に感染する方がいい。オリンピック開催を阻もうとする動きを見て、1995年の『世界都市博覧会』中止を思い出す。なぜか急に『世界都市博覧会』反対の機運が上がり、都知事選で中止を公約に掲げた青島幸男が勝った。その結果、3兆9000億円をかけた、10年プロジェクトが開催予定前年に吹っ飛んだ。今思うと、あの中止に向けての熱量は何だったんだろうと思う。僕は当時、お台場のあるビルの工事に携わっていて、敗北した鈴木知事が最後の視察に来るのをお迎えした(正確にはお迎えの準備をした。当日鈴木知事が転んだかなんかで来れなくなったから)。その後の青島都政を見れば、彼が都知事にふさわしくなかったことは証明されている。(人気で当選して、不適当を証明したお方はほかにもいるが。)人の心は、何かを作る喜びの向こうに、それを壊したいという衝動も隠れているようだ。人を批判したり、反対したりするときは、心の中の悪魔にそそのかされていないかを問うべき。冷静な判断が、大人としての義務。なかなか難しいけど。
2021年02月12日
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