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先週、伊吹がペースト状につぶしたパスタを単品で食べたと書いたのだが、今日は更に一歩前進?!(残り物の)麻婆豆腐の豆腐を二切ればかりパスタと一緒に持たせた。これまでも豆腐は「麺と和えれば」食べていたが単品で食べることは期待していなかった。しかし!迎えに行き、早速訊いてみると「あ、食べましたよ~。普通にツルツルって。」え~~?!・・・私も見届けたかった・・・一体どうしたのだ、イブちゃん。そして、何故家では頑として麺しか食べないのだ。ま、どういう形にしろ、とにかく食事面でいい方向に向かっているのは確かである。次はどんなおかずを持たせようか。やっと少しでも、「子供にお弁当を持たせる普通のお母さん」に近づけた気がする。ところでここ最近、日記のネタと言えば伊吹のことばかりだ。通園が軌道に乗り、また、伊吹自身にも変化が出てきたので話題がどうしてもそれ中心になる。親の私としては喜ばしいことだと思う。たまには和樹のことを。今日は一時保育に預けた。いつも7時までには必ず起きるのだが今朝は何故か朝寝坊、8時起き。(それでも伊吹よりはずっと早いが)近頃は食事の食べムラ、特に朝はそれがひどく今朝などご飯や味噌汁も出したのにおかずの卵しかまともに食べなかった。ご飯を口に持っていっても、ニヤニヤ笑って首を振る和樹。ちきしょう・・・憎いけど可愛いじゃねぇか(;'A`) そんなに小食なのに、機嫌よく保育園に行き今日は大変珍しく、私との別れ際も泣かなかった。あれで、午前中のおやつはガッツリ食べているに違いない。今頃は昼寝の真っ最中だろうか。迎えに行き、真っ先に和樹の顔を見るのが楽しみである。
2005年05月30日
今日は、長男発・どうでもいい話題から。先日、学校で卒業アルバムの撮影を行ったらしい。(ああ・・・もう次は中学なのねぇ・・・)「ねー、お母さん!『モリナガアキラ』って歌手知ってる?」と聞いてきた。はい?聞いたことありません。「えええ?!知らないの?お母さんぐらいの世代は誰でも知ってるらしいよ!」と、信じられないという顔をされた。いや~・・・当時から天邪鬼だった私は歌謡曲など興味なかったから、知らなくても不思議じゃないが。それとも演歌歌手かい?「あっ、思い出した。ナカモリアキナ(中森明菜)だった。」なんでも、学校に来たカメラマンは、中森明菜の専属カメラマンだそうで。一度人や物の名称を間違って覚えると、なかなか修正出来ない我が家の長男。夫もそういうところがあるので、きっと似てしまったのだろう。しかしモリナガアキラって・・・どう聞いてもモサッとしたオッサン歌手みたいで笑える。あっ!同姓同名の方、いらしたら申し訳ないです。それだけの話でした、すみません。ちなみに、楽天デビューも果たした長男、何とか日記は続いている。しかし内容がゲームのプレイ日記一色なのでコメントの付けようもなければ彼の人となりも分からない。まあ、更新が飛び飛びだろうが内容がアレだろうが何かを続けることはいいことなのでこれからも陰で生暖かく見守っていきたい。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆今週火曜日はS園ばなな組の遠足だった。場所は、電車で一駅先の所にある、沼のある大きな公園だ。普段乗る機会の少ない公共の乗り物に乗ったり、お母さんや先生と園以外の場所で楽しく過ごすという目的があったようなのだが電車に乗ろうが沼で鴨を見ようが相変わらずポーカーフェイス(笑)の伊吹、だった。それでも、以前はベビーカーに乗せても顔を伏せって周りに一瞥もくれなかったのだが最近は顔をしっかり上げていることが多くなった。この日も、何か特定の景色を注目するわけではないが顔を上げて背筋を伸ばし、伊吹なりに楽しんでいる様子だった。身体の周りにグルリとつかまり用のパイプをつけた一人用ブランコがあり、そこに座らせるとニコニコといい笑顔を見せてくれた。高い高いなどのダイナミックな遊びが好きなのでその延長みたいで楽しいのだろうか。他、滑り台を私の膝に乗せてやらせてみたが嫌そうな顔をされてしまった。間もなくランチタイム。芝生に敷物を広げてお弁当を食べる。伊吹は、相変わらずS園ではミルクしか飲まなかったので遠足でも期待はせずに、毎度おなじみパスタ弁当を食べさせることにした。普段は先生が介助しているが、今回は私が介助をする、つまり家で食べさせるのと同じやり方をした。すると・・・ちゃんとパスタを食べてくれたのだ。家と同じぐらい、ちゃんと。先生に聞くと、園では「一本ずつ」箸やフォークで口に運んでやっていたらしい。私は「一本ずつ」ではなく、普通に何本も(箸で)「まとめて」運んでやっている。要するに、食べさせ方が違うのが気に入らず伊吹は今までS園で食べなかったようだ。イブちゃん・・・そんなことでか?!とは言え、本人にしてみればそれだけの違いが大きな問題なのだろう。この遠足の日以来2日間、園でもしっかり食べるようになり、母感激。一昨日の帰りに「麺以外の食感に慣れさせていきたいので離乳食中期ぐらいの柔らかい食べ物を別に持って来て下さい」と言われ、OTでも行っている、すり潰したパスタを別にして昨日持たせた。すると・・・すり潰した方「だけ」で食べられた、と。今までは麺に混ぜ込まないと絶対食べなかったのがS園で1年以上ぶりに出来るようになった!そう・・・以前はスプーンでおかゆなども食べていたのだが。まさか遠足がきっかけで、食事問題が(少し)改善するとは思ってもみなかったので、大感激だ。もっとも「『一本ずつ』ではなく、まとめないと駄目」という説明を早くしなかった私も悪いと思うが普通なら、まさかそこが原因だとは思わないだろう。それにしても・・・今まで食べさせるのに毎回四苦八苦していた先生方、本当にありがとうございます。一つ問題をクリアすればまたその次、と周りを悩ませる伊吹でしょうが、これからもお力を貸して下さいね。
2005年05月27日
先週・今週の伊吹三大ニュース。その1・・・療育手帳、マルA判定を受ける。その2・・・19日、オマルでおしっこが出来る!その3・・・本日23日、小児医療センターにてメガネ製作と相成る。先週のいつだったか(←おい)児童相談所から電話があり、「ここ一年間の伊吹ちゃんの伸び具合と、福祉サービスの面を考えまして、『最重度』(マルA)ということで・・・」とのことだった。判定まで一ヶ月ぐらいかかると聞いていたが、とても早い。きっと長くかかってしまった場合の予防線として長めに見積もっておいたのだろう。あとは市からの「手帳を作りに来い」という連絡を待ち、役所に赴いてからまたしばらく待ち、手帳が出来上がる。最重度・・・ねぇ。伊吹をよく知る方々は「退行しているということはない」と口を揃えて言って下さるし、かと言って「伸びている!」と力いっぱい断言するのも微妙なぐらいの発達ぶり。しかし、ここは最上級の福祉サービスを受けられる身分ということで、ありがたくいただくことにする。市からもらった障害者福祉の冊子をザッと読むと、マルAの人は出張理容サービスなんかも受けられるらしい。おもちゃやアニメで子供の気を引く「子供美容室」にも無縁だろうと思われる伊吹には朗報だ。今、散髪はどうしているのかというと、S園で一緒のママさんに元美容師さんがいて、希望者はほとんどボランティアでカットしてもらっている。しかしこれから先のことを考えると・・・障害者お断り、の理容室・美容室の方が普通だからこうした福祉はありがたい限りだ。他、自家用車のガソリン割引など色々ある。(正直、これぐらいしか思い出せない)と言っても、冊子に色々書いてあるところで、自ら窓口で聞き、申請しないと上手に活用できないのが国の福祉の実態か。年金と似たようなものだ。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆オマルでおしっこ成功、それはS園での出来事。数日前から、トイレタイムには形だけでもトイレに行かせようとオムツを脱ぎ、トイレ内のオマルに座らされては暴れていた伊吹。オマルの中ではなく、立ち上がって腰をずらした瞬間ジャーッとしてしまうこと二回。(それでも、その状況でもよおすこと自体は褒めてやるべきだが)しかしその日は2,3分以上おとなしく座っていたらしい。それでもおしっこが出ないので、立ち上がらせようとした時。オマルでナイスキャッチ!だった。お昼の後に迎えに行った時、先生が「今日は大ニュースがあるんだよね~?イブちゃん」とおっしゃり、このことを聞かされたのだった。一度トイレで成功すれば、次も・・・というのは一般的に言われることだが、伊吹の場合はどうだろうか。休日を挟み、今日も休んだのであまり期待は出来ないかな?家でも練習させようか、と軽い意気込みで、自宅用オマルを買うことにした。(昔長男に買ったのがあったのだが、まともに使わないまま捨ててしまった)☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆今日はS園を休み、眼科(&耳鼻科)受診。目の瞳孔を広げる目薬を無理やり点眼させること5日間。(こうしないと小さな子の正確な検査は出来ないらしい)始めはハンディタイプの検査機を使い、伊吹の顔に機械を近づけて検査しようとしたが瞼に触れられ、機械の気配を感じただけでイヤイヤのポーズ。おもちゃで気を引こうとしても無理。そりゃあ・・・それで検査出来るなら苦労しないわな。最終手段として「寝かせ」の検査を行うことになった。機械で瞼を開かせるという、伊吹にとっては拷問だがこうなったら仕方ない。「お母さんは待合室でお待ち下さいね♪」との言葉に従った。数十分ほど経ったろうか、息を切らせているようにも見える眼科医と看護師が、泣いて汗だくの伊吹を連れてきた。やはり強度の近視で、目の前数センチ程度しかはっきりと見えていないらしい。・・・そんなんじゃ、周りの景色や周りの人の顔を見ろ、というほうが困難だっただろう。親としてもう少し早く対処出来なかったのだろうか、伊吹の可能性を遅らせてしまったんじゃないだろうか、と内心、結構後悔した。「メガネを作ることをお勧めします」と言われたことに断る理由はなく、作ることに決定した。メガネの枠はプラスチック製、レンズもプラスチックで、ツルの部分も予定では柔らかなプラスチック。更に頭にグルリと留めるよう、バンドが後頭部と頭頂部の二箇所に付いている。・・・ちょっと説明が難しいだろうか。ヘッドギアみたいな格好だと思っていただければいい。出来上がったら画像で紹介する。楽しみなような、緊張感が漂うような。
2005年05月23日

2週間以上更新を怠っていた。忙しいということもあるが、何となくPCに向かう心の余裕がなかったというのが正直なところ。新たに日記をリンクして下さった方もいるのに申し訳ないです。まずは伊吹のこと。今週火曜日、児童相談所まで出かけてきた。療育手帳の再判定を受ける日をやっと決められ、この日になったのだった。面接をした相談員はまだ若い、優しそうな雰囲気の男性。お決まりのレンジョウ式何とか検査を試みたが年齢相応のことは出来ないことづくし。そればかりか、丁度一年前の判定の時に出来たことも出来なくなった事柄が多かった。「積み木を二個以上積むことが出来る」とかいうのも以前は出来たのが今では二つの積み木を打ち鳴らす、もしくは放り投げる。透明の瓶に小さな鈴を入れるというのも入れるどころか見ようともせずに放り投げる・・・今の伊吹は、どんなおもちゃでも放り投げるか唇に当てて遊ぶことしかしないので当然の結果と言えるだろう。和樹が一緒に同室で遊んでいたが、伊吹が放り投げたおもちゃで、ほぼ目的に沿った遊び方をしていた。積み木は二個どころか四つ五つ積むことが出来、周りにあるもの全てに興味を示す和樹。2ヶ月前に歩行が出来るようになるもっと前からとっくに彼は姉を追い越していた。「周囲に対する関心のなさが大きいですね」と相談員。今回は担当の医師(予防接種や健診でお世話になっている顔見知りの先生だ)の診察はなく、後日相談員と医師が協議をして判定するとのことだが、この日の結果と相談員の意見によれば「重度(A)、もしくは最重度(マルA)。私個人としては最重度に近いと思います」ということらしい。前回、2歳半の時は知的レベルが「10ヶ月程度」だったので今回はどうなのか訊くと、「7~8ヶ月程度」だそうだ。ただし、最重度に近い、とは言え正確なIQテストをしたわけでもないし年齢も幼いので結果があいまいであることを考えると協議の結果、最重度とはならないかも知れないらしい。「療育手帳というのは、要は公のサービスを受けるためのものなので、どうせなら最重度としておいた方が少しでも待遇がよくなるんですが・・・」相談員も言葉を選んでいるのか、親切な対応をしてくれた。この方が担当にあたって、よかったと思う。で、「重度もしくは最重度」という意見について私がどう思ったかというと・・・「重度」どまりだろう、とは思っていたので最重度という言葉は少しだけ意外、しかしもっともな意見かも知れないな、ということ。けれど、「7~8ヶ月程度」の知的レベルであるという点。3歳6ヶ月で7~8ヶ月の乳児と同じオツム。具体的に表現してみると、・・・凹むなぁ。かなり。これから少しずつでも1歳程度、1歳半程度・・・と伸びていくのか、とか、一生乳児レベルなのかな?とか今更ながら様々な思いが頭の中を駆け巡る。伊吹との大人の会話は無理でも、せめて日常の挨拶ぐらいは人並みに出来るようになるのだろうか?話が前後するが、その前の月曜日は小児医療センターにて眼科&栄養指導を受診。メガネの処方箋を!と勇んで訪れたのだが前回から担当医が変わり、又前回の検査結果があいまいなので次回最検査をしましょうとのこと。曰く、この検査は医師の主観が主なのだそうだ。よく分からないが。2時間半待ってこの結果ですかそうですか。まあ、再検査の予約が“たった”二週間後に取れただけでもよしとしよう。S園には今のところ風邪で休んだりすることなく毎日通い続けている。相変わらずお昼はミルクだけ、トイレタイムではオマルに座るのも暴れて嫌がり他の子たちにはとても追いつけないでいるが、今日、朝と帰りの集会で伊吹と共に過ごしていておや?と思うことがあった。良い意味でのおや?だ。集会で椅子に座っていなくてはいけない時に今までは数分でズルズルと椅子から降りていたのに今日は最後まで座っていられた。疲れて眠いということもあったのかも知れないが・・・現に、昨日もおとなしく座っていると思ったら座ったまま半分眠っていたし。また、手遊び歌を終えた後、一人でその手遊び歌らしき仕草を無表情のまま繰り返していた。前から結構お気に入りらしい歌だが、ここしばらくは真似することがなく残念に思っていたのだが。そして、一番の良い変化。哺乳瓶を自分で持って飲めるようになった!・・・そんなこと普通だろ、と言わないでいただきたい。自分で持ち、尚且つ自分で食事(?)する意欲が出てきたというだけで伊吹の世界では大変革なのだ。これも以前から、無理にやらせれば数秒間は出来ていたが今では最初に手を持っていってやれば最後まで息継ぎをしながら飲むことが出来る。私がその場にいないS園でだけかな?と思っていたが試しに家でもやらせてみたところ、この通り。 すごいよ、イブちゃん。手帳の上では重度だろうが最重度だろうがまた、傍から見れば大きな赤ちゃんだろうが一瞬一瞬の輝きを見届けることを大切にしつつ一緒に出来る限り頑張ってみよう。S園の先生の努力も大きい。週一のつくしんぼグループでは分かりえなかった先生方の温かい眼差しと力にお礼を言いたい気分である。 先月最後の日記に書いた、春歌のメモリアルベアは予定通り家に届いた。サイトにあった文面どおりの丁寧な梱包でメーカーの親切さが伺えた。配達員からダンボール箱を受け取った時は拍子抜けするほど軽く感じたのだが、いざ中身のベアを取り出して抱いてみたところずっしりと重く感じた。 ↑“HARUKA”の上には両親である私たち夫婦の名前が刺繍されている。2438g、45.5cm。春歌の命の重さを思い起こさせてくれる。こんなに重たかったっけ・・・メモリアルベアだけで春歌の全てを語れるものではないが、愛らしいその姿でいつまでもあの子の思い出の一端を担ってくれると思う。
2005年05月12日
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