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デジタルオーディオプレイヤーを手に入れた。 新しいアップル社の廉価版Ipodを目前に、ソニーのネットワークウオークマンを選択した。 iriverのフラッシュメモリータイプと、店頭の現物を前にして、迷ったが、結局はソニーのデザインに勝てなかった。やはりデザインと造りは顧客の心を揺さぶるのだ。 オレのはNW-E75。 256MBフラッシュメモリー内臓のソニーお得意のスタミナ再生最長約70時間、CD約11枚分の音楽が楽しめるタイプじゃ。 オレは通勤時などでの語学学習をメインに考えているので、これで十分なのだ。三日坊主でパートナーに怒られないようにしたい。 リピート機能も2種類用意されている。 今から、ソフトをパソコンにインストールし、さっそくCDをパソコンを通じて転送してみよう。うまくいくかどうか、ちょっと不安である。 愛知万博開幕まで、あと68日。 オレの語学は上達するのだろうか。 ちなみに26日にカナダの偉~い方をまたまたお迎えするが、そのときまでには、当然間に合いませ~んから。残念。
January 16, 2005
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芋焼酎にお湯を足しながら、「藤村」の話題になった。 オレの舌と前頭葉にうまい料理を覚えさせた和食処。 「藤村のカマって最高だよな」Yさんがこのごろ食べていないのを残念そうに話し出す。Aさんも頷いている。 もちろん「マグロ」のカマである。直径30cmほどのカマをガスの強火で直接あぶり、あつあつをみんなで箸をつつき、骨以外のあらゆる身を削いでいくのである。 最高である。 旅行先の焼津の魚市場でマグロのカマのパックを見つけて、喜び勇んで、自宅で温めて食べてみたことがある。ところが、魚の臭みが取り切れずに「うまくな~い」のであった。 それ以来、本物は食べたことがない。 Yさんは毎日のように「藤村」に通っているそうだが、マグロにはまず出会えず、ブリのカマかタイの御頭焼きで我慢しているとのこと。 そのころまでのオレは蟹が嫌いだった。食べられなかった。その一番の理由は蟹が「蜘蛛」に似ているからだ。 生理的にいやだったので、20代後半まで蟹を食べたことがなかったのだ。 そんなオレが「藤村」のカウンターのガラスの中に棲んでいた毛もくじゃらのま・さ・に蜘蛛そのものに見える「毛蟹」を口に入れた。 おいしかった。 それ以来、毛蟹に始まり、ズワイ蟹、タラバ蟹、わたり蟹と次々と克服し、いまや蟹なしのご馳走は考えられない。 なぜ、そのとき毛蟹を口に入れる気になったかというと。藤村に通い始めてから、今まで口にしたことのない素材、新鮮で上物を大将のAさんが次々オレにウンチクも含めて勧めたからである。 このわた、アンキモ、茹で立ての蛸、生きたままで食べる口に吸盤がくっ付いてしまう足長蛸、刺身各種、とこぶし・・・。お酒の大吟醸を覚えたのもこのころだ。 数年前に小さな貸し店舗から自分のお店を新築し移転した。歩いて通った店も今はタクシーでなければ行けなくなった。 したがって、今は大きなイベント終了後や記念日などにパートナーや部下、同僚と年に数回顔を出すだけで寂しい限りである。 「今日は美味しいものある?蟹はどう?」 愛知万博開幕まで、あと69日。 今日は一日、筒井康隆の本を読んで充電していた。 また、故障していたパソコンのメディアプレイヤーが遂に直った。いや、直した。1年以上放置していたため、パートナーと娘から最後通牒を突きつけられ、半日かかって原因を突き止め、新しい適合ソフトをダウンロードして復旧した。 CDの音響がパソコンの2つのスピーカーから流れるのを聞いて、娘が素敵な笑顔になった。 これでポータブルMDを買おうか迷っていたが、最新のポータブルデジタルオーディオプレヤーを購入することにしようっと。パソコンを直した数日間は文句は言うまい。さっそく、堂々と電化店に遊びに行こうっと。 Ipodの最新版がもうすぐ日本でも発売される。どうしようかな。
January 15, 2005
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4枚の年賀状がオレ宛に届いたのである。 時期を過ぎての年賀状にはそれぞれの理由があるはずだ。 ここに実例を記して皆さまのミス防止と本人からの名乗りを募るものである。 なお、オレは大学時代に年末年始だけの郵便局アルバイトをやっていた経験があるのである。それでは実態は如何に。 その1、同じ人からの年賀状なのだ。 2枚とも夫婦で連名であるところを推測すると、年末にオレ宛に旦那さんが投函し、オレの年賀状を見た奥さんが私に来たと思い込み、オレ宛にもう一度投函したのではあるまいか。夫婦とも偉~い方であるため、恐ろしくてご報告申し上げられません。オレ宛の2通は字体が違っているのだから間違いないのじゃ。両先生、2枚ご投函ありがとうごじゃりまする。当たるといいな、るんるん。 その2、郵便番号欄に「番号ちがい」のゴム印ありなのだ。 まったく違う郵便番号であるため、郵便局の判読機から不明ボックスにご入場。年末年始で疲れ果て、アルバイトがいなくなった後、正職員がのんびり整理したのだ。間違いないのだ。機械判読に慣れてしまった以上、いちいち調べるのは面倒なのだ。そんな年賀状なんか見たくないのである。 自分の郵便番号を書かない年賀状にいちいち調べて返事を書くとき、相手の顔を浮かべながらとっても不機嫌になるオレとしては、分かりますよ、ええ、分かりますとも。あなたが悪いのじゃ。 その3、郵便番号欄に「番号ちがい」のゴム印あり。しかし、本当は正しかった年賀状なのだ。 郵便番号をパソコンのイラスト丸文字で打っているため、判読機が読み取れず、はねてしまったのだ。それを、その2と同じように疲れ切ってだらけた担当さんが、わざわざ番号を調べたところ、何と「番号は合っている」のが分かった瞬間、年賀状を持つ手は細かく振るえ、こめかみの血管が切れそうになったと推測されるのじゃ。その場の衝動で破られなかったのが幸いと思わざるを得ない。 ということは・・・。彼の投函した何百枚のイラスト丸文字の郵便番号はことごとく判読機に嫌われたのではあるまいか。判読は送付元の地元の郵便局であるから、年末年始のアルバイトの茶髪のおにいちゃんは「またまた、コイツだ」と舌打ちしながら仕分け棚にぶち込んだに違いないのじゃ。 元幼稚園PTA会長兼美容師のM君にこの事実を告げるべきか、告げざるべきか、それが問題である。 その4、自分の宛名がまったく書いてない年賀状なのだ。 なぜ、この年賀状が遅れたのかは不明だ。でもこの年賀状にはもう一つ重大な瑕疵があるのだ。 裏面も何も書いていない白紙の状態じゃ。つまり、オレ宛の宛名だけの年賀状なのである。筆跡だけじゃ、さすがのオレも分からない。かといって、去年の年賀状と比べるのは、いやじゃ。いやじゃ。いやですよ。いまだ相手は不明のままである。前年の年賀状本体を元に手書き年賀状を描くオレにすれば、あなたには来年の年賀状は届かないかもしれないのでありまする。 今日の一言「郵便物には自分の宛名を忘れずに」 さて、愛知万博開幕まで、あと71日。 TVの取材の打ち合わせも無事終り、来週から始まるであろう臨戦態勢のために、今日はちょっとほんわり、人と話してばかりの一日じゃった。 ひげおじさんが、ご自分のブログを使って、万博コーナーのPRをしていただいた。そこに乗っている画像の1メートル右側にはオレが立っていたのだ。 ひげおじさん、コメントありがとう。声援ありがとう。 ブログの記事を初めて「トラックバック」させていただきます。どうなるのかな・・・。 ちなみに「ひげおじさん」とオレ(Tackey)は、あるオフィシャルな各月発行のメルマガに、隔月ごとに交代で「ひとり言」の原稿を投函しています。興味がある方は、お気に入り一覧の10番目以降のHP中を探検してみてね。毎号の目次の部分にネームが乗っているのじゃ。分かるかな、暇つぶしにどうぞ、いらっしゃい。 晩酌前の記帳はキーボードを叩く指が弾んでしまって長くなった。また、読中の筒井康隆氏の文体の影響が残っていることで不愉快な感じを持たれた方、ご容赦くださいませ。 それでは、明日のTackeyの活躍を乞うご期待。
January 13, 2005
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筒井康隆さんの「笑犬樓の逆襲」を読んでいるのだ。 これは断筆解除後の戦果を報告するエッセイ集で、前著、「笑犬楼よりの眺望」の続編なのだ。 わたしが文中で「オレ」を使っているのは、筒井氏の「おれ」と村上龍の作品中の「俺」の影響であるのである。 普段は「わたし」とか「ぼく」に戻るのである。そうなのである。恥かしいからである。 読んでいて、これはペーパーベースのブログだとオレには思えるのだ。彼は本著の中でかなり私的なことを氏名、地名、事件を具体的に掲示して、真っ向に世間に語っているのだ。見出しもさすがの文章が並んでいるのだ。オレは直ぐに影響を受けっちゃたりするのだ。 読中に昨日完成したばかりの「焚火」のイメージのトップページを変更したくなる気持ちを両指が押さえられなくなったのだ。この「笑犬樓の逆襲」の単行本は濃い目のワインレッドの装丁に白抜き文字と山藤似顔絵だけのシンプルなものじゃ。しかも、本の6面ともすべて同じワインレッドなのだ。 オレは直ぐにまたまた素また金たま大事、このワインレッドをベースにトップページを塗り替え作業にかかったのだ。 1月10日現在のページがそれなのだ。なぜ、日にちを書くかというと、ブログは簡単にデザインが変えられるので、何時までこのデザインが続くか、まったく自信がないからである。 「文学外への飛翔」も合わせて読中でありんす。 「笑犬樓の逆襲」中「蓑川幸雄から大役のお呼びがかかった」は、この本にも掲載されていたのじゃ。 愛知万博開幕まであと74日。 明日はジブチ講師、TV取材の朗報が待っている。 「Evereything's going to be OK.」
January 10, 2005
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次は、黒トリュフ。 白よりも香りが濃い。オレのパートナーは味付け海苔「ごはんですよ」みたいだとのたまった。 白は鼻のトンネルをすっと通り抜け、後頭部に運ばれたが、黒は鼻の洞窟の中で香りがいったん大きく膨張して、強烈に臭覚細胞に存在を意識付けてからゆったりと頭の中をふわっと漂う感じ・・・。 黒は表面がごわごわしている。まるで油で強く揚げすぎて焦げたみたいだ。表面部を歯で挟むと、口の中で細かく粉砕し、粉の粒が舌の上にまぶされ、触感がいい。 料理にするには黒の方が素材自体の触感があきらかに強い。白はマッシュルームのようになめらかでやさしい。黒は粉々に分解し、口の中、アゴの上、歯茎のあたりを楽しそうにさまよっている。 香りは白、触感は黒がオレの好み。存在感は香り、触感とも黒がかなり強い。さっきから、口、鼻、両目の奥、頭の中がトリュフとオリーブオイルの香りで酔いそうだ。たかが、こんなキノコの切れ端で、これだけ存在感が残るのは驚きだ。 オレの好きな村上龍の小説には料理作品が多い。 最近映画でブームになった「69」の続編といえる「はじめての夜 二度目の夜 最後の夜」にトリュフを素材にしたフレンチメニューが描写されている。オレのHP中「ひとり言62」でも紹介した。http://www5.ocn.ne.jp/~odland/hitorigoto62.htm イタリアンパスタを作りたくなる欲望が・・・。バジルとオリーブオイル、ニンニク、それとトリュフだけで十分。 あっ、トリュフの強い香りと競わない麦焼酎を1杯いただき。 写真の端に少しだけ参加しているのはアンチョビー。次回以降に紹介します。
January 3, 2005
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まず、白トリュフから。 イタリアの国旗の封印を解いてグリーンの洒落た蓋を開ける。小瓶に鼻を近づけると5cmの境界の向こうから、鼻の表面の毛穴にふわっと香りがまとわりついてトリュフの挨拶が始まる。 呼吸に合わせて息をすると、鼻の空洞を瞬間的に臭覚細胞に染込みながら鼻の奥、両目の間をつきぬけ、後頭葉を包み込みこむ。 ヴォーン。オリーブオイルに乗った初めての香りの訪問者だ。 濃厚な香りの微粒子は臭覚細胞に取り付き、漂い、前頭葉が後頭葉から情報を得て、過去の情報を検索し始めた。 椎茸をうす~いしょうゆでからめたような日本にない香り・・・。かすかなメタル的な苦味臭も混じっているかな。薬臭とも違う。一緒にいたパートナーは、かいだ途端に顔を背けたが、オレは強烈な香りの虜になり、香りを表現する言葉を探したが、オレの経験の中には見当たらない。 オレは更に強い刺激を期待し、スライスされた肉片を1切れ、口に運ぶ。滑らかな感触、前歯で噛み切るとすっと分離し、喉に滑り込む。肉片そのものには味は感じられない。香りも顎の下と喉の奥にやんわり刺激するが、鼻から入ったときと大きな違いだ。 トリュフは舌の味覚細胞よりも鼻の臭覚細胞を興奮させるようだ。おれは白トリュフと黒トリュフを交互に焼酎で口中をリセットし、鼻と舌で観察しながら5切れを吸収した。 黒トリュフは色だけでなく、白とは違った素材だった。⇒次回以降に書き込みます。
January 2, 2005
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あけましておめでとうございます。 Tackeyから、年賀状、届きましたか。 今年の絵手紙年賀は干支の鳥の漢字を崩して、フライフックに見立てて、色のマテリアルをタイイイングしてみました。下の方で顔を出しているのは、まだ若いトラウトちゃんです。フライフィシング、つまり毛ばり釣りを知らない方は何だか分からなかったでしょう。 今コレを見ているあなた、年末にこのブログを設定しました。これからもよろしくお願いします。
January 1, 2005
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