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毎年開かれている東京ドームの世界らん展では沖縄の「沖縄美ら海水族館」とコラボして美しい展示をしている(後記)。もちろん各水槽の周りはかぐわしい蘭で囲まれている。そう言えば何年か前に沖縄を訪れた時、国営沖縄記念公園に行ったが園内は蘭の花で溢れていた。次の水槽では変わった魚の群游で、浮草としか思えないような常に縦になって水中を漂う魚。濃い色の魚たちとともにカラフルなサンゴも躍動感を感じさせる。ブルーのクラゲがいたとは知りませんでした。殆ど黒に近いクラゲもいる。岩穴に潜っているのはカラフルなフグ。水族館に必ずいる縞模様の鯛。行ったことないですが竜宮城みたいですね。水の中にも水玉の魚がいるのだ。それにしても小魚の群游は見事で、北朝鮮の軍事パレードのように統制がとれている。抜群の運動神経は驚きですね。後記:「美ら海水族館」は沖縄が1972年に本土復帰したことを記念して1975年に開かれた沖縄国際海洋博の跡地にできた記念公園の中にある。ちなみに本土復帰とはサンフランシスコ講和条約(1952.4.28)によって日本に奄美大島(1953)、小笠原(1968)、沖縄(1972)の施政権がアメリカから返還されたことを指す。どうしてこういう言葉が使われ出したのだろうか。講和条約以前にも一時アメリカの施政権下にあった伊豆諸島(1946.1.29~1946.3.22)、トカラ列島(1952)などの復帰も含まれる。若い人には変に聞こえるかもしれないが沖縄では長い間ドルが使われ右側通行であった。沖縄旅行は外国旅行で、旅行者はTax Freeの土産物をしこたま買い込んで帰り、Johny Walkerの黒ラベルはジョニクロと呼ばれて貴重品であった。伊豆諸島は一時小笠原らとともに日本から分離独立させる計画があり、憲法草案まで考えられたということである。アメリカの施政権下にあった2か月余り伊豆諸島ではドルが使われたのだろうか。平和な伊豆諸島では多分そんなことは無かったと思うが犯罪者などはどちらの法律で裁かれたのであろうか。いずれにせよ伊豆半島沖の大島が本土復帰したとは奇妙な話である。
2018.02.27
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この蘭展には蘭を題材にした大型の生け花も池坊、草月、小原といった流派で共演していた。池坊流草月流またあまたの愛好家達による盆栽風蘭の寄せ植えコーナーもある。個人的にはこの位の大きさでこの位の華やかさと苔・巌の寂びの調和が好きである。さらに各愛好家たちが日夜精魂込めて育てた自慢の一株が名誉の賞版とともに展示されている。多分ここで受賞した一株は愛好家の誇りであり、友人の一株のためにここに足を運ぶ人も多いことだろう。客集めの手段でもあるのだろうか受賞作品数はかなり多い数字である。残念ながらじっくり鑑賞する体力は残されていなかったが一株一株丹精込めた様子はうかがえた。 殆どの作品が「奨励賞」と「トロフィー賞」で占められている。前者は「これからも頑張ってください賞」後者は「良く出来ました賞」といったところかもしれない。
2018.02.26
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浮世絵の中でも私の好きな北斎の「神奈川沖浪裏」、ダイナミックな構図といい色使いといい、富士山や波に合わせた形の船とその動きなど、その臨場感は初めて3D映画を見た時のような気分になる。サーフィンを知らなかった北斎がこの構図を考え着いたのは何がヒントだろう。今回の蘭展の一角に北斎の浮世絵そっくりの蘭のディスプレイがあった。題して「神奈川沖蘭の浪裏」大波は割竹を敷き詰めて表現している、さすがにブルーの竹は無いので緑色の浪であるが裏返しにして白い波筋はしっかり表現されている。白い波浪は溢れんばかりの胡蝶蘭である。雲は薄布であるがもう一つ何か工夫がほしかった。船の積み荷が赤い胡蝶蘭というのもちょっと泣かせる。実際の大波を思わせるサイズのディスプレイなのでその迫力は十分である。
2018.02.25
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今年の東京ドーム世界蘭展では「アフリカの蘭」のコーナーがあった。コーナー全体が赤い照明で少しおどろおどろしくしてあるのは理解できないが、「ダーウィン・蘭・昆虫」の見出しに惹かれて入ってみた。アフリカの蘭と銘打っているが展示されているのはマダガスカル島のものである。マダガスカルはアフリカ大陸に近いがもともとはインド大陸から分かれたとの説もあり、植生はインド大陸に近いので「アフリカの蘭」というくくりでいいのかどうか疑問である。案内板によるとダーウィンはビーグル号での調査公開の際アフリカ(マダガスカル?)でアングレカム・セスキペダレという奇妙な蘭の花に出会う。ヨーロッパでは開花時期からChristmas Orchidと呼ばれるこの蘭はマダガスカルの固有種で面白いことに花の根元から「矩、キョ」と呼ばれる長い管が下り、その底に蜜がたまっている。その蜜に花粉が混じっていることを発見し、この花の受粉は距に届く長い口吻(吸引管)を持った昆虫(送粉者)の存在を予言した。アングレカム・セスキペダレの花からは長い「距」が垂れ下がっている。このことはダーウィンの生前には証明されなかったが後に下の写真のような長い管を持つ蛾、キサントパンスズメ蛾、が発見されてその受粉行動が証明されてしまった。驚くべき洞察力である。下の写真はちょっと分かり難いが二匹(羽?)のキサントパンスズメ蛾が送粉者として花に密着して蜜を吸っているところ。 同じ属の蘭でアングレカム・レオニスにも長い「距」がついている。その形からComet Orchid(彗星)星と称されることもある。マダガスカル固有種のもう一つ代表的な蘭としてバルボフィラム属に属する蘭がある。バルボフィラム(bulbophyllum)の名は根と葉の間に球根のような膨らみ(bulb)ー偽球茎ーがあることによる。もっともこの属の蘭には一多くの種類が存在し、分布も世界中に広がるのでマダガスカル固有種は限られた種のものだけである。 バルボフィラム属の一種バルボフィラム・パープレオラキスはコブラ・オーキッドという名を持つグロテスクな蘭である。グロテスクさがさらに際立つようにか暗赤色の照明に照らされている。ねじれた板のようなものは花柄で蘭の花は中央部のぶつぶつしたものである。写真上部の小さなひよこのようなものが花弁ということになる。色悪し、形不気味、悪臭を放つ、と良いとこ無しであるが、こうやって世界の蘭展覧会で注目を集めるのだから悪臭を放つ勢いもない我が身に比してはるかに大きな存在であることは確かである。
2018.02.24
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世界らん展ともなると私たちが日ごろ花屋で見かけないものが多く展示されている。興味の向くままに撮った写真を載せておく。名前は分からないが房状に集まった蘭らしくない黄色い蘭はこの展覧会でいたるところに見られた。右側のも小さな花でまるで草花のようだ。 典型的な小さめのオーキッドだが雑草的オリズルランの葉っぱに埋もれたディスプレイが新鮮。 次の二つはカラフルな曼殊沙華といった感じ。始めて見たがSFの惑星で育てられているいるような蘭の花、小さなぼつぼつが花弁である。バルボフィラム・パープレオラキスというアフリカ大陸の原種らしい。 小鳥のような形と頂に着いた長い角があるので蜜を吸う嘴を持ったハチドリのような花、 左:我が屋にも一株ある君子蘭の一種だろう。 右:赤い華麗なネギ坊主 二様とも無茶苦茶な表現だが、斑入り胡蝶蘭とでも記しておこう。 チェッカーの市松模様を葉っぱにしたような蘭というが花は見かけなかった。観葉蘭というのもあるのだろうか
2018.02.23
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望遠レンズもマクロレンズも持たず胸ポケットに入るデジカメをカバンに入れて「世界らん展2018」に出かけることになった。お断りしておくが定年後、老妻の後をくっついて歩く「俺も族」ではなくこれでもサポート役として必要とされているのである。野球見物で入ったことのない東京ドームの一塁側最上段からの入場である。上段の入り口通路から見るとアリーナ一には出店ブースがあり、画面左の大きな白いディスプレイはバックスクリーン上のスコアボードである。ライト側外野方向レフト側外野方向鉄骨屋根であればもう少し高く大きく感じるのだろうが、天井は膜で覆われているためか圧迫感が強く、文字通り杞憂の念に駆られる。そのせいで私でもホームランが打てると錯覚するほど随分狭く感じられる。それぞれの幕には垂れさがった部分に穴が開いていてボールは隙間から抜けても転げ落ちるようになっている。そういえばいつかオールスター戦で大谷選手が打った球が幕の間から入り込んで出てこなくなったことを思い出す。確か2塁打として処理された気がする。いずれにしても低く・狭く感じる、これではよく広さに例える「東京ドーム10個分の広さ」という表現は間抜けた表現にしか聞こえなくなる。肝心の蘭に目を転じると「日本大賞」と書かれたこのディスプレイはよくわからない。埼玉の蘭協会の胡蝶蘭の山とにかく数も種類も溢れている。花だけのモザイック飾り。ユニクロのような気がする。花の価値は区別できないが気持ちいいディスプレイ。カスミソウのように黄色い小花の蘭。假屋崎という有名なフラワーアーティストの作品。せっかく花をふんだんに使っているのに派手な添え物が我が物顔である。
2018.02.22
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今年の冬は厳しい寒さである。余りの寒さに外出することも少なくブログも種切れである。いきおい多くの時間不本意にも平昌からの中継を見る時間が多い。中でも女子ノーマルヒルの沙羅ちゃんには大いに力が入った。メダルの色はどうでもよいが今回は優勝させてあげたかった。本ブログではスキーのジャンプ台と私の関わりについて記すことにする。関わりと言ってもスキーもスケートも1,2回の経験しかなく立つのがやっとの身とあればジャンプなどとんでもない話。観光旅行でスタート台に上がり身が震えたのを覚えている程度。白馬高原には紅葉見物でよく出かけるがいつもジャンプ台が左前方に見えてくると白馬に着いた実感がわいてくる。2014年の旅でジャンプ台の前に位置する「山のホテル」を予約しておいた。下の写真はホテルの部屋から撮った白馬のオリンピッ・ジャンプ台。元ジャンプ選手のマネージャー、マネージャーがヨーロッパ留学時に知り合ったというルーマニア人の奥さん、ハーフのお嬢さん、2泊したがいずれの日も客は一組で毎日楽しい会話を楽しんだことを思い出す。スキージャンプと言えば冬のスポーツであるが最近はどのジャンプ台も人工芝が張られ、選手は夏でもトレーニングに励んでいる。10月のこの日も中国の女子選手の合宿で次々に舞い上がっているのがホテルの部屋から眺められた。白馬のジャンプ台は右がノーマルヒル、左がラージヒルで、選手が出発するあの腰掛バーに座ったがとても怖かった。下の写真で芝生の境目がランディングポイントなのだろう、その左側にコンクリートのスタンドがある。正面の天然芝の傾斜地は大会運営者の場所なのだろう。着地点の当たりは芝生というよりは毛の長いブラシのようであった。2000年夏の北欧旅行でオスロを訪ねた時、町を俯瞰する展望台と郊外での食事を目的にホルメンコーレン・スキージャンプ台を訪ねた。こちらは1892年の建設から今では19回の改装・改築を経たものである。私が見たのは現在のものより一つ前のものである。郊外への地下鉄を降り、前の人に付いてゆくとジャンプ台の下に着いた。この時、台直下のスキー博物館を通ってゆけばエレベーターですぐスタート台に登れたがピクニックの人に付いていったためスタンドに囲まれた池之端に出た。そこから振り返って街を眺めながら滑走路わきの階段を大変な思いをしながら登っていった。するといきなり人が滑って来てジャンプし、着地直後に勢いよく池に滑り込んでいった。夏にもジャンプをすることなど知らなかったのでスキーと水上スキーを同時に楽しんでいるもの思ったが、今思えばジャンプの練習だったのかもしれない。冬はもちろん凍るので雪を敷けば立派なランディングバーンになることだろう。世界各地にジャンプ台があるがプール、スケート、ジャンプと多用できるものは例がないのではなかろうか。舞台のような構造物もあるので円形劇場としてコンサートにも利用されるのだろう。平昌のジャンプ台は強風で死のジャンプ台と酷評され悪名高かったが幸いオリンピック期間前半は好天であった。ラージヒル競技が行われる後半はどうだろうか。スタンドはカラフルになっているがもちろん雪に埋もれる冬の今は白一色えある。つれずれにジャンプ台の思い出を記したが、今日は現在この時刻、羽生選手や宇野選手のフィギュア―スケートが行われておりもうすぐ羽生選手の出番である。ーーー今羽生・宇野1・2位が決定!!!ーーーオメデトウ 🎊(後記:初稿は優勝決定の瞬間に書いたが後で不備を訂正したら時刻が変わってしまった、残念)
2018.02.17
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おとといの夜(1・31)の皆既月蝕は知っていたので寝る前に時々夜空を眺めようとは思っていたが手術後回復期なので余り深入りするつもりはなかった。しかしテレビのニュースを見ているとスーパー・ブルー・ブラッドムーンだという。初めて聞く単語であるが、スーパーム―ン、ブルーム―ン、ブラッドムーンという別々の言葉があり、今夜はそのすべてが現れるのだと知ってしまった。月の公転軌道は楕円形なので近接点では当然大きな月が見える、これがスーパームーン。単一季節に4回、あるいはひと月に2回満月になる2回目をブルーム―ンということを知った。極めて稀にしか起こらないので幸運を表すともいう。日蝕と違って皆既月蝕は光の屈折の関係で月影が赤黒い輪郭を表し、これをブラッドムーンと言うらしい。そしてこの夜はそれらが一遍に起こるというのだ。翌2月1日の朝日新聞には4分ごとに露光した下の素晴らしい写真が載っていた。興味深いことにブラッドムーンは皆既月蝕になって初めて出現するということだ。実は昨夜写真を撮っている途中で月の色がかわったのでカメラの設定が悪いのではないかと心配したがそうではないらしい。コンパクトデジカメで手持ち撮影でのトライである、夜景撮影モードと微光撮影モードの両方を試みたがどちらも思ったよりきれいに取れた。いかに最近の汎用カメラが優れているかを思い知った。 蝕の前の月はさすがにスーパー・ブルーム―ンで素晴らしい。東京での蝕の始まりは8:48とされていたが練馬では47分にはすでに始まっていた。 8:21 8:47順調に左下からかけ始めた。 8:52 21:00だんだんやせ細ってくるが21:00にはまだ三日月型とは言えない。 21:12 21:2921:30には堂々たる三日月でそれまであまり見えなかった影の部分が丸く見えてくる。 21:38 21:40これから一時間20分くらいは皆既蝕でいわゆるブラッドムーンである。 21:48 22:1022:29が最大の蝕であるが皆既月蝕時でもどこか一か所は少し明るく見える。 22:10 22:53そしてその明るい場所は皆既月蝕の時間帯の中で右上から時計回りにブラッドムーンを周回して下方に移動し、やがて左下から蝕が解けてゆく。 23:09 23:4023:40にはもう蝕も半月状にまで解けてしまい、ブラッドムーンはその影もない。 23:58 0:090:10蝕が終わる時刻であるがまだ右上はほんのりと暗い。それと同時に今まではっきりしていた月の輪郭がぼやけてきた。薄雲に近づいたようである。どうやら行く先にはしっかりした雲が漂っている。 0:10東京の天気予報では雲の合間に時々見えるだろうと予報されていたがこの夜のムーンショウは完璧である。ショウの終わりとともに月は雲間にというのは余りに出来過ぎた話である。天もたまには味な演出をしてくれる。ブルーム―ンは出会うと幸運が来るという言い伝えもあるようだが、青い月の光が人に狂気を呼び込むともよく言われている。バイエルン王ルードビッヒが湖に身を投じたのも青い月の夜だったと言われている。両方とも西洋の伝説とあれば釈然としない気分である。またこの夜見た月の皆既蝕の月は血の色ではない、やはり赤銅色といったところでせいぜいコッパ―ムーン(copper)くらいが適当な気がする。いずれにしてもスーパーブルーブラッドムーンを一部始終見られたのはまさに幸運であった。
2018.02.02
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