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20日の土曜日午後、この秋初めて雲のない見事な青空が広がった。練馬区報でこの日、光が丘《四季の香 ローズガーデン》で《金管五重奏・ローズガーデンコンサート》があることを知っていたのでショッピンッグを兼ねて出かけた。ここは《バラの香りの庭》と自賛していて、ダマスク・ティー・フルーティー・ブルー・スパイシー・ミルラの6種の香が楽しめるバラ園と宣伝している。もともとは団地のごみ焼却熱を利用した熱帯植物園であった、東日本震災の後耐震性に問題があることが分かり、解体された後に出来たミニバラ園である。秋バラは春バラに比べて花の数も少なく香りも弱いが馥郁たる香りの花園での音楽界と言うのもロマンチックな気がする。 バラ園中央の芝生広場に椅子が用意、多くの年寄りが陣取っている。我々は久しぶりに紅いレジャー毛布を芝生に敷き楽しむことにした。考えてみれば芝生にレジャー毛布でのコンサートと言うのは数十年ぶりである。規模も質も比較にならないが、昔ボストンフィルの夏のキャンプ地で開かれるタングルウッド音楽祭やチャールズ河畔でのボストンポップスの演奏会以来ではなかろうか。会場の空には秋の雲がゆっくり流れ、空模様も絶好の音楽日和であった。舞台の前に咲いているのはブライトピンクアイスバーグのバラ。春の華やかさに比べれば豪華さはいまいちであるが演奏者を囲む自然の舞台装飾には十分である。東京音楽大学の卒業生を中心とした若きミュージシャンたちである。トランペット(x2)、ホルン、トロンボーン、テューバの金管五重奏で、この日は特にバラが登場する楽曲が主に演奏された。例外はAutumn Leaves(枯葉)で何とこれはシャンソン曲をジャズにアレンジして演奏され、初めて聞くこの《枯葉》は新鮮に聞こえた。時々秋の日差しが演奏者の顔に直接差し込みまぶしそうであったが、彼らにとってもバラに囲まれての演奏会は初めてらしく楽しそうであった。今はもうどこもハロウイーン飾りであるが舞台前にも大きなカボチャが並べられていた。そしてバラの根元にもよくもこんな変な形に育てたものだと感心する色や形の小さなカボチャが飾られていた。先ほどまで立ち見客で埋まっていた園外道路にきれいな自転車が並んでいる。最近はやりのシェアーサイクルだ、パンフレットをピックアップしてみるとまず会員登録をしてスマホをかざしとテンキーでパスワードを入力して借り出す仕組みだそうだ。いつか試して公園をサイクリングしてみたいと思う。
2018.10.23
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練馬ふるさと文化館での《鳥観図展》からの帰り道は石神井池を通ることになる。週末は親子ずれが足漕ぎボートを繰り出してさざ波が絶えないがウイークデイの湖面は鏡のようになめらかである。時折カモが泳ぎ去るがその軌跡がいつまでも尾を引いている。つい何年か前までは手漕ぎボートだったがいつの間にか屋根付き足漕ぎボートに代わっている。湖面に映るボートや木立の鏡像が美しい。この日は一台のボートも出動していなく、きれいに列をなして休んでいる。こんな光景もあまり見たことがない。ひときわ大きなスワンボートがある。50年以上も昔アメリカの市内公園公園に行くとスワンの屋根を持った乗り合いボートをよく見かけた。その後日本でも観光地の湖でよく見かけるようになったがいまは小さな公園池で必ず見かけるハクチョウボートたちである。残念ながらまだブラックスワンボートは見たことがない。そういえばまだ黒鳥も国内では見たことがない気がする。個人的には幼児期は別として白毛が汚れて茶色になったパンダよりもハクチョウや黒鳥のほうが気品があるように思う。白黒の対比と言えばクリスマスの飾りによく羊の群れが置かれることがある。私が始めてそれを見た時その中に一匹か2匹黒い羊がいた。当時黒い羊がいることを知らなかったので何の寓意かと思ったが、何年か後イギリスの湖水地方をドライブした時、普通に黒い羊が居ることにがっかりしたことを思い出す。話は戻るが、びしっと黒い燕尾服を着て客席からは本当にツバメの先生が指揮しているように見えるオーケストラも少なくなったと思われる。小澤征爾さん以来断末魔の燕の指揮者が増えた気がする。石神井池の湖尻にスゲの一帯があり、もうすっかり秋の風情であった、その中にひときわ背の高い南米のスゲとも言うべきパンパスグラスが目立っている。 《稔るほど首を垂れる稲穂かな》とは古来からの教訓であるが、私は《ススキのように歳を取るほど頭をたれよ》を自戒の念として抱いている。パンパスグラスはひときわ高く周りのススキたちを睥睨(へいげい)して見下している。これは反面教師の役割である。後ろのイチョウが色づけば両者揃って例年中々の佇まいとなるがあと暫くである。
2018.10.22
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先日”鳥観図展”を見に石神井池のほとりにある練馬郷土文化センターに行ってきました。入り口の外に林宏さんの「やさしさについて」と題するウサギのお父さんと人間のお母さんの掌に赤ちゃんのが乗っている彫刻があります。説明版に「自然からの恵みや先人の英知を感謝の気持ちをもってこどもたちへ そんな思いを形にしました」とあった。作者の気持ちが分かると彫刻がより近く感じられる。館内にも廊下の片隅に一連の親子像があった。こちらは岡島延峰さんの作品で大小2体の勾玉様の金属塊で母子の愛情が見事に表現されている。日本語と英語の表題がかわいい。「パパおっきして!」 "Daddy wake up"日曜日子供と遊び疲れたパパはついうとうと、せっかくの日曜日パパに眠られては困る。「イタイのイタイの飛んでけ痛いの飛んでゆけ」 "Kiss it better"お母さんが傷口にキスして叫ぶ常用句、唾液の消毒作用はすべての動物のDNAに先天的にかきこまれているらしい。「ママ あそんでよ!」 "Play with me mammy"子供はいつもママのスカートを引っ張る習性がある。「パパ おうまさん」 ”On the daddy's back"昔よく畳の上でやらされたが、今は硬いフローリングで膝が痛いことだろう?「パパとサッカー」 "Play football with daddy"昔はキャッチボールだったけど今はサッカーなんですね。どうしてフットボールを日本ではサッカーと言うのだろうか。「パパとかくれんぼ」 "Hide and seek"小さな子供の金属塊がないと思ったが台の裏面を見ると"hide"していました。
2018.10.21
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我が家のベランダの手すりに琉球アサガオ、ヒルガオ、ヨルガオを植えてある。暑い盛りにはヒルガオがピンク色の小さな花弁を多く咲かせていたが秋の彼岸を過ぎるとそれは全く見られなくなった。代って6月頃に咲いて夏の間すっかり途絶えていた琉球朝顔とヨルガオが昨日再び咲き始めた。 琉球朝顔アサガオは早朝開花し昼前にはしぼんでしまうが、琉球朝顔は大輪の花を一日中開いている。したがってアサガオの名は理屈に合わないが、花の色や大きさがヒルガオよりはアサガオに似ているので琉球朝顔の名が付いたのであろう。ただ植物としてはヒルガオ科サツマイモ属だそうだ。種ではなく挿し木で増やすところはサツマイモに似ている。アサガオが単年生なのに対して琉球朝顔は多年草で、この木も昨年植えたものである。琉球朝顔の隣の鉢から出た蔓には大きな白い花が咲いている。長い花柄と大きなサイズが特徴的である。こちらはヨルガオで原産地の熱帯では多年草であるが日本では春撒きの単年草として扱われる。これもアサガオと同じくヒルガオ科の植物である。他によく聞く「・・顔」に「ユウガオ」があり、ヨルガオと間違われることもあるが、こちらは全く別の「ウリ科の野菜」でこの果実を薄くそいで乾燥したものが干瓢である。 (Wikipediaより拝借) (Weather News社ホームページより拝借)ユウガオはヒョウタンから分化した植物だそうで、そういえばヒョウタンの幼果は漬物として食べると聞いているし、ユウガオの実も漬物にすればおいしいことだろう。ヒョウタン、ユウガオ、ヘチマは同族であるが前2者は白花に対してヘチマは黄花である。源氏物語で若き光源氏の恋人で麗人の名も「夕顔」であったことを思い出す。この人の印象は若くぴちぴちとしたピンク色で、皺くちゃの干物干瓢では艶消しである。
2018.10.20
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今年は経験したことのない夏を見た。その後も急激な低温や夏日の再来の繰り返しである。年寄の口癖として「今の若いものは」「今年の天気は」がある。長いスパンで見ると自然の動きには大きな波と小さな波がある、地質年代で見る時間目盛りと人生年代で見る時間目盛りは交錯しないのでどちらの視点に立つか表現が違ってくるがどちらも正しいのだろう。そんな人々の言葉をよそに秋の空は地平線近くではまだ上昇気流に乗ってもくもくとした雲の群れを見かけるが、上空を見ると白くて横にたなびく薄雲が流れる秋の様相を呈してきた。秋の雲を眺める楽しみはその刻々と変わる形を動物や物事に例えて楽しむことであろう。子供がまだ小さいころ家の本棚にあったミヒヤル・エンデの「はてしない物語」に出てくる空を飛ぶ龍を思い出す。映画も見に言った記憶があるが今でも情景が目に浮かぶ龍の変身、飛翔、科白すべてが懐かしい。我が家の南側にはルーフバルコニーがあって空を見るには絶好である。残念ながら都心の灯があって多くの星は見えないが夕焼けの景色は広い。こちらのほうは雲が動くのではなく光源である太陽の動きが速く、雲のスクリーンに投影される光の変化は見事である。いまはレーザー光を使ったイリュージョンショウが遊園地などで広く見られるがレーザーと太陽では光源のスケールが違う。夕焼けのこの壮大さは今でも心癒される自然のスペクタクルである。
2018.10.18
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後期高齢期も佳境に入り早起きが普通のところ私は一向に成長せず、いまだに朝は苦手である。あんなに盛んだった夏の太陽もすっかり鳴りを潜め、最近では6時前にならないとお目覚めにならない。先週のある朝トイレに起きた時、辺りが明るいので東の空を眺めるとまさに日の出の時であった。朝焼けや既に空に浮かび上がった太陽はよく目にするが昇りきらない太陽を目にする機会は朝寝坊にとってはまずらしい経験である。(一番右がサンシャイン60、煙突は豊島区清掃工場)少しアップにしてみると太陽が楕円形に見える。つい日が昇るのを眺める羽目となってしまったが、よく見ると昇るにしたがって円形になってゆくが今度は上部が少し金色に輝いてくる。先日たまたまチャンネルを合わせた放送大学の講義で、日の出や日没の太陽が楕円形にゆがんだり、正確に日の出(始めの始め)と日没(終りの終り)の瞬間に緑色を呈するグリーンフラッシュ現象を空気中の光の屈折率で分かりやすく解説していて、つい見とれたことを思い出した。上手く再現できないが要は地表に近いところでは高度によって空気密度が異なるため太陽の上部と下部では光の屈折率が違ってきて歪んだり、緑色の光だけが目に入ることがあるらしいのだ。そういえば確かインドネシアの島でグリーンフラッシュが見える所があると、いかにも怪奇現象のようにテレビで放送していたが分かってしまえばごく自然な現象なのだ。朝日の上部が金色に輝いていたのはやはり空気の濃度や粉塵の濃度などで屈折散乱に違いが出るせいなのだろう。朝日を観察した後眠れなかったことはあったが、朝日・夕日のゆがみを目に出来たのはラッキーであった。
2018.10.17
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前ブログで芝生面に出来る”妖精の輪・Fairy circle”について記した。その際Webで調べているともう一つの”Fairy Circle”があるのに気が付いた。南部アフリカにナミビアと言う国があり(下の地図で緑部)そこに広大な赤土のナミビア砂漠がある。 Web上には権威のある科学雑誌”Science"の記事がいくつも紹介されている。(以下の写真もその記事から拝借したものである)私はアフリカ砂漠の経験は無いがアメリカやオーストラリアの赤土砂漠にはどこも背の低い灌木や草が疎に生えている。ナミビア砂漠もそのようであるがそこに下の写真のように円形の枯れ地があるそうだ。キノコの妖精の輪とは異なり一定のパターンを示して無数に散らばっている。芝生のFairy Circleがキノコ菌の出す植物成長ホルモンによることは前ブログに記したが、この砂漠の円形脱毛症のようなFairy Circleの方はその原因についてまだ論争が続いている。今までの説で節で有力なのが砂漠に住む”砂アリ・sand termite”とするもので、隣り合うアリのコロニー間の争いの結果とするものとか、アリの住んだ後は土がボロボロになり水分を保持できなくなって草が枯れてしまうというものである。もう一つは植物の領域争いや相互扶助がこのような自然に組織化(self organize)されてこのような模様を描くというものである。最近その両者が相互作用しあってこのような美しいものが出来上がるという説が現れた。その論拠は私にはまったく理解できないがコンピュータによる精度の高いシミュレーション結果なのだそうだ。この仮想実験はなぜ丸くなるかではなく無数の円の描くパターンを算出したみたいである。上に記した砂アリ関与説に対して異論を吐く人もあり、最近砂アリの居ないオーストラリアの砂漠でも同様のミステリアスな円形模様が発見されたことを挙げている。いずれにしても世の中には不思議なことがいっぱいある。前ブログにも記したがどちらのFairy Cirdle も今のところ人類に大きな利益を与えているようには見えないが、このメカニズムの解明がいつか人類の抱える難題を解決する方法にならないとは限らない。いずれにしても人々に”なぜ?”を感じさせるには十分である。
2018.10.05
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いきなりの化学式で恐縮である。私は恥ずかしながら元化学者である。そんな次第で学生時代から日本やアメリカの学会に加入していた。50年以上も加入していると名誉会員と言うことで会費免除で機関誌を送ってくれる。アメリカの会報"Chemical and Engineering News"の10月3日号に面白い記事を見たので紹介したい。静岡大学の河岸教授と名古屋大学の伊丹教授の研究である。Fairy Circleと言うのをご存じだろうか。恥ずかしながら私はこの言葉を初めて知った。イギリスの民話では「妖精が輪になって踊った跡」とされていたり、ヨーロッパでは「魔女の輪」とか「妖精の世界への入り口」などと言われている。丸い輪状にキノコが生えていたり、芝生が輪状になって成長していたり、逆に輪状に芝生が枯れていたりする自然現象である。今ではこれはある種の菌類・キノコ類のいたずらと言うことが分かっている。したがって正式には《菌輪》と言うものらしい。(Wikipedia より借用)今では約50種のキノコ菌が菌輪を作ることが知られている。リングのサイズは一定ではなく、直径2,30センチから700mものが知られている。また下の写真のように大小が隣り合ったりする。 手前には小さなリングその後方には大きなリング(Wikipedia より)さて河岸さんらは以前からコムラサキシメジと言うキノコが2-アザヒポキサンチン(上の構造式でAXH)という植物成長ホルモンを生産し、それが芝生などの成長を促進することを明らかにしている。円の内部には異常は見られないのでAXHはキノコの菌糸が地下で同心円状に広がってゆく、その成長部でのみ生産されるので輪っか状の芝生だ出来るのだろう。今回の論文はAXHから簡単に合成できるPhenyl-AXHの類がAXHよりもはるかに強力な成長促進作用を示すというものだ。芝生の成長にとどまらず米や麦、豆類にも効くらしい。植物のサイズが大きくなるだけではなく穀類や豆類の収穫量が大きく増えるそうだ。今年の日本人ノーベル賞受賞者の本庶さんを含め皆口にすることは基礎研究の重要性である。”なぜ”芝生が輪を作るのから始まって研究していると農作物の増産につながったという事例がここにある。河岸さんも最初から食糧増産を目的に研究したわけではない。ノーベル賞の推薦要綱にも明記されているが、要は広く適用される原理の発見こそが賞の対象である。マスコミはすぐ何に役立つと言いふらすが、何に役立つか分からない原理の発見こそが後に応用されて人類に役立つのだ。本庶さんの賞にしても免疫細胞のブレーキ機構の発見がその授賞理由でオプジーボの開発は後からついてきた成果である。
2018.10.04
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先週の連休24日午後NHK・BS3で”ニューシネマパラダイス”と言うイタリア映画を放送していた。なんとなくチャンネルを合わせると何年か前にも見て感動したことを思い出し、コマーシャル無しで2時間半の長時間付き合った。架空の地名になっているが舞台の街はシチリア島のパルレモから直線で50キロ近く南にあるPalazzo Adrianoと言う寒村の物語である。あのマフィアを輩出したCorleone村も近くにあり、映画”ゴッドファーザー”初代の出身地で、彼は出身地の村の名を名乗っていた。さて映画”ニューシネマパラダイス”であるがこれは村で唯一の娯楽である映画館の名前で、ムッソリーニの時代には常に神父が上映に立ち会って、キスシーンなどになるとそのシーンをカットするよう鐘を鳴らして指示する。映写技師はフィルムに鋏を入れてカットしフィルムを継ぎ足して上映する。一人の少年が映写技師に付きまとって離れず,少年は40年後著名な映画監督になった。40年後技師の葬儀に帰郷した監督に遺品として一巻のフィルムが渡される。ローマに持ちかえって映画会社の試写室で映してみると、それはカットされた無数のキスシーンを集めたものであった。監督のシチリアでの少年時代、青春時代、青年時代の回想が映画の主題である。日本でも戦後はテレビもなくラジオもNHK一局の時代で映画は娯楽の九割であった。ぐちゃぐちゃにされながら少年にはスクリーンも半分くらいしか見えず、目につくのは映写機から出る光路に渦巻くタバコの煙を見ながら何時間も立ち続けた。私が生活した四国の片田舎とイタリアの田舎シチリアの寒村には共通する場面も多く、映画の物語と私自身の経験したこととが重なることも多々あり十分に楽しんだ。当時映画は大都会にいくつかある封切館、映画会社の直営館、非直営館、都会の場末や田舎の三流館の順に降りてくる。地方や都会の三流館は近隣の映画館とフィルムを回し上映していた。青年になって映写助手になった主人公が隣の町へ自転車でフイルムを受け取りに行くが間に合わず観客がブーイングをする場面である。日本でも当時田舎の映画館は必ず2本立て上映であった。理由は隣町の映画館とフィルムレンタルを共有しているからだ。直径50センチくらいの丸いフィルムケースに入ったフィルムを交換して使い回す。上映ごとに助手が自転車で行き来するわけだ。したがって2本立てにしないと連続して上映できないわけである。「ニューシネマ」では繰り返し見ている観客の一人がセリフを全部覚えていて、涙を流しながらせりふを先々に言ってしまう場面があるが、そのくらい映画は田舎の人にとって娯楽のすべてであった。。
2018.10.03
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いきなりだが下の絵は昨夜吹き荒れた台風24号の軌跡と椿の花である。落語の三題噺にも似た二題ブログである。昨夜の台風は国際的には《台風チャーミー》と言うらしい。北半球の南方太平洋で発生した超低気圧を台風と言い、国際的にもTyhoonの名で知られるが2000年からカンボジア/中国/北朝鮮/香港/日本/ラオス/マカオ/マレーシア/ミクロネシア/フィリピン/韓国/タイ/アメリカ/ベトナムの14か国・地域で「台風委員会」を作り、各台風に名前を付けることにした。この14か国・地域が順番に名前案を出して1サイクルを5順して70個の名前を用意し、年度に関係なく命名して行くことにした。平均1年に出来る台風の数は25と少しなので一巡するには約5年かかることになる。そして昨日の台風24号が《台風チャーミー》と言うわけである。これはベトナムが付けた名前で《椿の花》だそうだ。命名は自由なので自国の名所名跡だったり、動植物名だったり、ちなみに日本が命名した名前は順にテンビン、ウサギ、ヤギ、カジキ、カンムリ、クジラ、コグマ、コンパス、トカゲ、ハトですべて星座の名前である。そういえば今ちょうどモントリオール映画祭で受賞した岡田准一主演《散り椿》と言う映画が上映されている、もう一つ黒澤明の《椿三十郎》で三船敏郎が椿の花を滅多切りにして流れに浮かべる光景はすごかった。 大西洋で生まれたハリケーンはアルファベットの人名で呼ばれる、1979年までは女性の名前であったが今は死語の《ウーマンリブ》で男性名と同数となった。それでもまだ白人の名前が多いということで2007年からアフリカ系の名前が加わっている。こちらは毎年”A"から始まるのである意味わかりやすい。とはいってA-Tに一個、UXで一つ、WXYZで一つ、一年にこれ以上発生すると後はギリシャ語でハリケーン・アルファ、ハリケーン・ベータ・・・と続けるそうだ。日本では1913年からは番号で呼ぶようになったが終戦後しばらくは日本でもアメリカ人女性の名前が付けられていて、ジェーン台風とかキティー台風などは子供心にもよく覚えていました。それまでは日本に上陸した台風は《室戸台風》のように上陸地の名を付けていたが、全てに名前を付けるにも昔は台風の定義がなかったのかも知れない。今回の台風も日本では24号台風だが国際的には冒頭に記したように《台風チャーミー》と言うことになる。ちなみにどの命名法でも歴史的に特記すべき台風・ハリケーン・サイクロンの名前は欠番として以後使用しない。確かに大災害をもたらした台風がまた来るというのは気持ちのいいものではない。日本のように番号だと来年の台風24号が特に疎まれるということはない気がする。来年は番号が24にまでならないことを願うとしよう。
2018.10.01
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