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ここのところ諸々の事情で外出が無く、ブログ種がなかったが先週末旧知の人から鎌倉の自宅での昼食に招待された。時々会ってはいるのだが今まで自宅を訪問する機会を逸していた高校の級友である。工芸作家や歴史家として活躍してきたが親から莫大な遺産を継いだわけでもないので普通の一戸建てと思っていた。鎌倉独特の路地に近いような道に面して2,3台はゆっくり停まれる駐車場からいきなり森の中にスロープが始まり、この日は姿を見せなかったが樹間に富士山が望めるという。平地の道路筋には民家が連なっているが鎌倉独特の崖線の端に位置する尾根筋の端に位置するそこはもう山中の感である。80歳を超す夫婦の住まいとて手入れが行き届いているとは言えないが家の周りからは人家が全く見えず昔よく映画で見た文人の住まいの趣である。食事前にワインを選ぼうと導かれたところは20畳近い広さの岩の洞窟、壁際には数百本のワインが横たわっている。その他にも毎年敷地から収穫される6斗もの梅を漬け込むという梅酒や果実酒の瓶が無造作に貯蔵されている。なんでもここは年中13℃の石室なのだそうだ。裏庭に回ると石垣の上に焼き物を重ねて造った水槽がある。30年以上も前、前オーナーが設置したもので下にある井戸から水をくみ上げて自家水道としていたらしい。水槽の下には石囲いの古井戸があり石の蓋がされている。今は電動ポンプで水をくみ上げ飲料水以外の用途に利用しているとのこと。かってはこの井戸から手押しポンプで上の土器水槽に水をくみ上げて自家水道にしていたのだろう。前記したようにここは鎌倉崖線の端で、石垣や岩からは清水が湧き出ている。その湿った壁面には苔が茂りイワタバコが自生している。今は初々しい若葉でこの日の食事にはイワタバコの天ぷらが供された。敷地内にはスダチ、ダイダイをはじめ柑橘類がおおく、昨年収穫したというこれらのしなびた果実が紀伊吉野川のアユに添えられていた。前記のワインセラーとなっている岩室であるが、知人がこの屋敷を購入した時は完全に泥で埋まっており、その存在を知らずに購入したそうだ。ある時崖に小さな穴を発見して掘り進むとこの石室が現れたとのこと。天井には石を削った石鑿(のみ)後もはっきり残っている。近所の岩崖には「やぐら」と呼ばれる鎌倉特有の人工的窪みや道祖伸などもあり、これもその一つであろう。「やぐら」は小さな石仏一体を納める小型のものからかなり大きな物もあり知人宅のもその一つだろう。この岩室の壁からは水滴がしみ出るので入り口をドアで塞ぐことは出来ず、このワィンセラーの弱点はラベルがすぐ湿気でぼろぼろになってしまうことだそうだ。この日は昔100本単位で求め、13℃のこのセラーで30年以上も寝かせてあるという日本では市販されていないバスクと南イタリア産のラベルのないワインをご馳走になった。門外漢の私が言うのもおこがましいが、さすがこの位熟成すると渋さも和らぎ実にまろやかな舌触りであった。古酒ワインを手に談笑は絶えず、奈良の遺跡で見つかった果物の種の年代が卑弥呼の時代のもので、邪馬台国論争が動くとの最近の新聞報道なども話題に上った。すると立ち上がった知人は棚から箱に入った光るものを取り出した。それは私も福岡の国立博物館で実物を見た卑弥呼の金印のレプリカだという。プラスチックかと思って手にするとずっしり重い。鋳金か鍍金かと詰め寄る私に彼はただ微笑むばかりであったが鉄よりはかなり重く感じたのは気のせいだろうか。写真はすべて使い慣れないスマホ写真なのでボケボケであるがカメラを持参すればよかったと思った時にはすでに時遅しであった。
2018.05.24
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フジサンミュージアムは古今の画家によって描かれた富士山だけの絵画が展示されている。展示室は長い回廊形式をとっており、それも片面壁だけの展示なので実に見やすい構造である。もう一つの趣向は富士山をイメージして中央に向かうにしたがって緩やかな登り傾斜になっており、中央部には平らで小さな別室展示室があり、さらに後半はまた緩やかな下り傾斜になっている。すべての絵画が中型で揃っておりその意味でも実に鑑賞しやすい美術館である。もちろん収蔵品のすべてが展示されているわけではなく、展示替えもあるようで多くの著名作家のものは確認できなかった。撮影は自由だということで私自身の記憶のために多くの絵をカメラに納めた。もちろん著作権の問題もあるだろうと思うので、ここではあくまでも個人的記録のため私の興味ある絵をカタログ的に羅列しておくことにする。著名画家であっても私の好みに合わないものは無視してあるので念のため。日本画・洋画が混じっているが展示室でも特に区別はしてなかったのでそのままにする。 棟方志功 山本鼎 岡田三郎助 大藪雅孝 石田武 平松礼二 片岡球子 杉山邦 奥村土牛 坪内滄明 前田青邨 奥田元宋 最後の3枚はプロの画家と言うよりは本業は別の才能ある人の作品である。 絹屋幸二・長嶋茂雄 八代亜紀 石坂浩二前記したように美術館中央部には回廊部とは別の部屋があり富士山の浮世絵コレクションが展示されていて、おなじみの作品が並んでいる。富士と言えば何といっても「富嶽三十六景」「富嶽百景」の北斎、そして「富士三十六景」の広重であろうか。時代的には北斎が先のようであるが東海道中の絵としては広重も優れいる。浮世絵の使命として歌舞伎俳優のブロマイドや旅土産の絵ハガキの役割が大きかった。 葛飾北斎 葛飾北斎 歌川広重 歌川広重小林清親は幕末から明治にかけての最後の浮世絵師と言われる人物で錦絵も多く描いている。さらに川瀬巴水は明治期に浮世絵を復興させた人で旅行物が多い。 小林清親 川瀬巴水川瀬巴水の「山中湖の暁」と題する上の絵は山中湖の東岸からの景色で、地形から考えてまさしく前夜我々が宿泊したホテルあたりからの風景である。さらに実をいうと私はこの浮世絵師をほとんど知らなかったが、朝日新聞販売店が今年は川瀬巴水の版画を毎月2枚届けてくれている。いろんな偶然が重なって印象深い一葉となった。
2018.05.13
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台風が去った後のあの静けさには格別の爽快感がある。空気ではなく人間の激動が引き起こすが喧噪が終わり静寂となる大型連休明けの月曜日、あいにく空模様は台風一過とはいかなかった。朝目を覚ますと目前の山中湖の湖上にあるべき富士山の姿は全く目に入らない。富士五湖地方には数多く訪れているが富士急ハイランドはいつも通過点にすぎなかった。せっかく混雑とは縁遠い日でもこの天気では致し方なく富士急ハイランドのフジヤマミュージアムに行くことにした。今にも降りそうな空を気にしながら富士急ハイランドホテルから回廊でつながっている「ふじやま温泉」をパスして「フジヤマミュージアム」へと急ぐ。入場してみると白を基調にして広くて長いホール、しかしそこに人の姿は見えない。壁際にはカフェのテーブルが並んでいる。ホールに何枚か大きな富士の写真パネルが設置してある。中央付近の窓からはエッフェル塔のミニチュアが見える。フランスのマンガかアニメかを主題にした入場無料のテーマパークらしい。美術館から外に出てみるとミニフランス庭園があったり、やはりフランスのアニメか絵本かを参考にしてた街角が現れるがこれらの入場無料区域はみなお土産屋や食べ物屋である。客は2,3人しかおらず、もちろんメリーゴーランドも動いてはいなかった。また富士急ハイランドの名物ジェットコースターも後ろに見えるが、隣の有料パークに聳え立つコースターに比べてやや小型のような気がする。前日まで賑っていたであろう遊園地ではさみしい気分が起こるばかりである。今回はつまらないブログになってしまったが、フジヤマミュージアムに行ったらその前が遊園地だったのでつい写真を撮ってしまった次第。
2018.05.12
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大型連休最後の日曜日、山中湖・河口湖に行ってきた。河口湖駅と背後の富士山天気予報は翌日から天気が荒れるとのことで予定を変更して河口湖駅で高速バスを降りすぐ富士芝桜公園へと急いだ。いかにも翌日は雨ですよと言わんばかりの雲の形である。今年は昨冬の異常な寒さでツツジやその他春咲きの花はさんざんである。この公園でも花が最盛期のゾーンでも花の下には土がかなり見えている。本来土が見えないくらい花の量が多くなければいけないのだが。ミニチュア富士もちょうど頂上の雪の量が現実の富士にあっている。外国の雑誌か広告写真の撮影なのだろう、和洋のモデルを使っての撮影が行われていて、ズーム写真は遠慮するがどちらかと言えば芝桜より魅力的であった。本栖湖近くにはぼこぼことに円錐形の噴火丘が線状に並んでいるのが見える。この先に今の富士山よりも前からあった古富士があるので多分これらの噴火丘は地理学的には今の富士山よりも古いものだろう。一番左の大室山は中央に噴火口があり左右対称の「**富士」である。大室山(1468)片蓋山(1468)弓張塚(1566)噴火丘ここは本栖湖の近くなので大沢崩れではないが正面に大きな谷間が見える。良しにつけ悪しきにつけバックに富士山あっての芝桜公園である。それでもいろんな花色を混ぜ植えたゾーンは実に華やかである。芝桜のヘッジに植えられている花の色が芝桜と同じ組み合わせで華やかである。いずれにしても富士山あっての公園と言うことが再認識される。
2018.05.09
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ミッドタウン日比谷に出かけた際”Hibiya Festival"と言う催しがあり、ステップ広場という広い階段に特設された舞台で久保田リョウヘイさんの「ハンドパン」の演奏が行われていた。Handpanとは中華鍋を重ね合わせたようなあるいはUFのようなものを手でたたいて音を出す楽器でまだ出現して20年もたたない楽器だそうだ。インドネシアのガムランの音色にちょっと似ていて癒しの音楽である。まだ20歳になるかどうかと言う久保田さんは数少ない日本人奏者で既にヨーロッパでの演奏旅行をしている。この楽器は特に今回のような屋外での演奏に向いている気がする。久保田さんは昨年アルバムを出していてそのPR のページを冒頭にリンクしておいた。久保田リョウヘイ@ミッドタウン日比谷地下鉄駅に急ぐため道路を渡ろうとすると正面にあるペニンシュラホテルの前にマロニエの並木があり花がきれいに咲いている。パリが小説やシャンソンの中だけの世界であった時代にはマロニエと言えばすぐパリの街を連想するように刷り込まれていた。パリに行ったことがない人がパリの街についてエッフェル塔とシャンゼリゼ通りのマロニエについて語るのが常で、シャンソンコンサートでは歌の合間に歌手は決まって話題にしたものである。和名は「西洋トチノキ」で本来は白花が多いようだが日比谷の並木は実に上品なピンク色である。「トチノ木」と言うだけあってドングリがなるが毒性が強い。私が初めてこの花を見たのは藤の花で有名な足利フラワーパークであった。今年も今頃は咲き誇って藤の花に負けず劣らず多くに人を楽しませていることだろう。
2018.05.06
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前ブログに記したように「ミッドタウン日比谷」の1-6階はショップ・レストランなどの商業施設7-35階はビジネス・オフィス空間である。6階のパークガーデンデ眼下の風景を楽しんだ後食事をしようと思ったがさすがに連休の谷間でどこも長い列である。下の写真にあるように6階の庭から見ると7,8階の上にも植木しきものが見えるのでガードマンに聞くと9階にスカイガーデンと言う庭があり、そこへは一般の人も行けると言う。「ここから上はビジネスエリアです」と言う掲示がありその掲示板に隠れてエレベータのボタンがあった。教えられた通り9階どまりのエレベータを降りると、人気のない全面ガラスのスカイラウンジと称するスペースに出た。下を見ると6階のパークガーデンや日比谷公園が眼下に見え3階分上に来ると景色も大分違っている。日比谷公園は6階のパークガーデンから見ると緑が重なり合ってうっそうとした森に見えたが9階から見ると芝生広場や公会堂辺りまで公園の全体が俯瞰できる。前回のブログにのせた法曹会館や桜田門もここからだとはっきりとわかる。ここまで登ると文科省などがある虎ノ門一帯が見え、六本木ヒルズと同じ構造の虎ノ門ヒルズの屋根がよく見える。さらに地上250メートルの東京タワーのトップデッキから上が見えてくる。虎ノ門ヒルズはこの界隈で一番高いビルで地上52階高さ247m、ここに特記したのは実は我がマンションの部屋から望見できるからである。残念ながら東京タワーは新宿のビルにさえぎられて見えない。さて9階のスカイガーデンは文字通りところどころにベンチを配した狭い通路の両側は森をイメージした植栽である。まだ開園したばかりなのでうっそうとしたとは言えないが何年かすれば森になるだろう。ところどころで勤め人が森林浴をしながらランチを楽しんでいる。9階のエレベーターを降りたところのドアに「ここからは一般客はご遠慮くださいと」と掲示があり、吹き抜け天井の高いホールに受付のデスクがある。さすがにここから先には進まなかったが植栽の間を進んでゆくと大きなホールがあり、”Deli &Cafe"とある。恐る恐る「一般客でも食べられますか」と尋ねると、「もちろんです」との答え、広々として立派なカフェテリアである。「本来は7-35階のオフィスで働く人のためのものですが一般の方も大歓迎です、ただここまでたどり着くお客様はごく稀です」との答えだった。考えてみればビジネスにも客人は必ず伴うので食堂は共通のはずだ。そんなわけで9階のガーデンやカフェテリアは一般に公開されているということらしい。そうはいっても一般客に殺到されては困るのでパンフレットにも一切触れられておらず、知る人だけにどうぞと言う事らしい。こんな裏話を記すと迷惑をかけるかもしれないが私のブログを読む人などごく限られて人である。東京のセンター・オブ・センターでの森林浴も悪くない。
2018.05.05
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世の中ただいま大型連休真っ最中である。そうでなくとも混雑いる都心、こういう時は水面下に潜り竹筒を水上に出し静かに息をして人様の目に触れないようにするのが年寄りの作法と思っていた。それでも連日の好天にそそのかされて連休の合間の2日なんと都心への電車に乗ってしまった。好奇心旺盛なわが相棒の目指すところは1月前に開業した「東京ミッドタウン日比谷」という名の「タウン」ではなく「商業ビルディング」の探索である。。日比谷交差点前の入り口広場では”Flora"が出迎えてくれる。今ちょうど日比谷祭りというものが開かれているので、その期間だけなのか、これからずっといるのかは分からない。ドレスの中には色とりどりのLEDがあるので夜は派手な存在なのだろう。このビルは1-6階がお店やレストランの商業階、映画館やホール、そして7-35階がオフィスビルとなっている。映画館のフロアを通り抜けて6階にある「パークビューガーデン」に向かう。一般客の立ち入りは原則ここまでで植栽に囲まれた7,8階はジムなどいろいろな会員専用フロア―らしい。6階の屋外ガーデンは日比谷公園に面した側全体に広がっており、霞が関・虎ノ門の中央官庁、日比谷公園、皇居やそれを取り巻くお濠周りの景色が楽しめる。上方を見ると力強いエンタシスに支えられてオフィス空間が広がっている。新宿副都心などと違って日比谷公園や皇居に直接面したこの空間は景色も大きくこんなところで働ける人が羨ましい限りである。地上のエントランス広場を見下ろすと丸い赤じゅうたんに立つフローラお嬢さん、そしてローマのスペイン広場をイメージさせる広い階段に特設されたステージでのダンスショウに観客が集まっている。都心のさらに中心の場所で公園や皇居の緑に囲まれて、ついに東京にもあか抜けた広場ができた感じである。欧米の街造りは広場を中心に行われるが東京にもそんな広場が一つできた気がする。直近の日比谷公園は後に記すとして、このパークガーデンから北方に目をやると法務省・検察局の巨大なビルの右側に白亜の「法曹会館」が見える。何年か前に界隈を歩いたことがあるがこの歴史的法曹会館の他にレンガ建ての旧庁舎も保存されていた気がする。その法曹会館の右に白く見えるのはあの井伊直弼が刺された「桜田門の変」の桜田門である。法曹会館桜田門右に目を転じると日比谷交差点の堀越に御所のある皇居や東御苑方向が望める。下の日比谷から大手町に向かって伸びる馬場先濠側には歴史的建造物が繫がっている。まず手前の白い建物は第一生命館、そして向こうの橋のたもとにあるやはり低層の白い建物は明治生命館である。いずれも保険会社の社屋で頑丈な建物、アメリカも空襲しなかったため戦後いずれも進駐軍の総司令部(GHQ)として使われた。昭和30年代コンサートができるホールとしてはよく使われた。。舞台に大きなスピーカーを2台置いて円盤レコードをかけて聞くレコードコンサートに私も何度か足を運んだことがある。また最近東京駅が改修されるまでは各国の新任大使は明治記念館から馬車に乗り皇居に信任状を出しに皇居へと出発していた。いずれの記念館も最近の改増築に際して旧館を取り込み高層化するあの歌舞伎座と同じ手法をとっている。
2018.05.04
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