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前回のブログでミツバアケビの花だろうと書いた写真を載せた。Wikiで調べるとアケビ属にはアケビとミツバアケビが存在する。アケビは5葉でAkebia quitana, ミツバアケビは3葉でAkebia trifoliataとそれぞれ形状そのままの命名である。アケビは山女・木通・通草などと書かれ蔓は漢方薬に用いられる。訳の分からない語が出てくるので興味が湧いてきた。銀杏の木などのように雌雄が別の個体木になる例はよく知られているが、雌雄同株・雌雄異花は一本の木に雄花と雌花がつくというのだ。自家不和合性とは一本の木に咲く雄花と雌花間では受粉・受精ができないことらしい。一つの花に雄蕊・雌蕊がある植物 → 雌雄同株・異花 → 雌雄異株の順に進化したのかあるいはこの流れが逆なのか興味のあるところだ。近親結婚が悪い結果を伴うことが多いと言われていることが思い起こされる。Wikipediaの記述を確かめようと我がマンションから2,3分の処にあるミツバアケビの写真を撮りに桜が開花した川畔に降りていった。ミツバアケビも花は満開であるが葉っぱは出始めたばかりである。学名や日本語名も写真の様な3枚葉に由来している。濃紫色の花はクラーとなって一塊に咲いている。皮をむいたミカンのような形の小花が雌花で花弁はなく、花の根元で開いているのはガクミカンの房のようなものが雄蕊だそうだ。集合化の雄花がついてる花柄の根元を見る、雄花に比べて主幹からすっと伸びた花柄に着いて花弁を開いているのが雌花だそうだ。つまり雌雄異花といっても別の枝に咲くのではなく、下の写真でよくわかるように一つの集合化の根元に雌花、それから先に雄花の集合がある。雌花の花弁に包まれて6-7本のバナナのような雌蕊がついている。それなのに自家不和合性であり、虫媒花と考えられているが、受精のメカニズムはいまだに不明だそうだ。念のためWikipediaから借りて通常のアケビの写真を下に示すと、葉っぱは学名通り5葉で雄花、雌花がミツバアケビと同じく隣接して咲き、ともに落ち着いた色合いで雄蕊や雌蕊の形状はミツバアケビと同じである。実物観察はしていないが集合化の全体構成は少し違うかもしれない。 小さいので今まで見過ごしてきたアケビについてかなり分り、今日は少し気を良くしている。
2018.03.24
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前ブログで桜の開花状況を知るためにカメラを持って散歩に出た時の記録を残したがその際、草花のみならず小さな樹木にも春の花が咲いていることに気ずき画像に納めたのでここで記録しておくことにする。白いこぶしの花はいつもソメイヨシノの露払いを務めてくれる。辛夷が満開になるとその一週間後は桜である。我が家の隣にあるマンションの網塀に絡まりついている蔓植物に咲いたひとつ5ミリくらいの小さな集合花。何年か前に実がなっていたので「アケビ」か「ムベ」と思って調べたがなかなかヒットしない諦めかけていたがこれは「ミツバアケビ」という種の雄花と分かった。面倒なことに雌雄同株で雌雄異花という変わった植物らしい。もう少し精査を要するようである。低く群がって細い幹を多生するヒュウガミズキの黄花。似た名前で灌木のトサミズキがある。ヒュウガミズキは群生幹の灌木であるがトサミズキは一本木の喬木である。少しだけ色調が違うが槙の木のような薄紫の花をつけてた低灌木が2種となりあって植えられている。=昨日の散歩で葉を手にしてみると強い匂いがする。そこで調べてみるとこれぞ有名なハーブのローズマリーであった。匂い音痴で不明の至り(3月24日改定)= 雪柳の白い花流れの向こうには珍しく足を水に浸したキセキレイの姿が見えた。この日はよく見かけるカワセミは見えなかったが必ず見かけるシラサギはいつも通り水草の中で足を振動させて漁に励んでいた。石垣の間には冬の間耐え残ったヒメツルソバ、下方には昨年の枯れ蔓が吹き溜まっていてその小さな種は冬の間小鳥たちの大切な餌になっている。後ろにちらりと見えるのはカラスノエンドウかスズメノエンドウであろう。時期的には少し早い気もするがこれはどう考えても花桃だろう。ボケもこの時期のもの。馬酔木も今の時期地味な花を咲かせる。どうしてこんな字を書くのか不思議であったが馬がこの葉を食べると動けなくなるということだ。「馬」と書くが他の動物や人間(?)が食べても効くらしい。毒成分はグラヤノトキシンでその化学構造は私の友人が決定したのである。友人はツルウメモドキという植物から精製していた。
2018.03.22
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いつの間にか桜の季節となった。桜の開花は冬寒くて蕾が絞まり、3月高温になると早く開花すると言われている。先週のバカ陽気でこれにはまってしまったらしい。15日高知から始まり翌日には東京でも開花が発表された。気象庁の開花宣言ほどばかげたものもすくない、特殊な地域の特殊な木の花が5輪咲いたとてマスコミがもてはやすだけでほとんど意味をなさない。それなら相変わらずの天邪鬼ノ気性を表して、地元の開花状況を調べようと我が家の下を流れる石神井川河畔をカメラをもって歩いてみた。3月19日午後、岸から川面に向かって垂れ下がる枝の蕾の1%くらいは開花している。ソメイヨシノ以外ではもうかなり咲いているものもあり、株によってはもう満開状態の木もある。私はソメイヨシノよりも花と若葉が同時に出てくるサト桜や山桜が好みである。ソメイヨシノは満座の宴会を、サト桜・山桜は緋毛氈での一服の茶を連想させる。ソメイヨシノも古木の幹から出た花は美しい。これもまた大宴会には似合いそうもない。ピンク色の蕾の洪水の中にソメイヨシノの白い若花のクラスター咲は風情がある。花にもいろいろな役目があって一色に染まったなかで同じ色の花を咲かせるのもいいが、北朝鮮のマスゲームを見るみたいである。蕾の中に際立って咲く、大観衆を従えての舞台上の花の舞も風流ではないか。今日は春分の日、今テレビをかけてみると都心でも雪がちらほら同時に上野公園で桜祭りが始まったというちぐはぐなニュース。
2018.03.21
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まだ寒い日があったり暖かくなったりと三寒四温の日々であるが、節分だ啓蟄だと言っている間に植物は光の春を感じ取って確実に活動を開始してぃる。8階の我が家のルーフバルコニーにある植え込みにもいつの間にか花が咲いている。何年か前に植えた記憶があるものもあるし、どうしてこんなところまで飛んできたのだろうと思わせるものもある。今回はそんな花を記録しておくことにする。 春は黄花が多い、私の印象では春・黄花、夏・赤花、秋・白花という印象である。上左の写真、植えた記憶はないのにいつの間にか数本のラッパスイセンが咲いている。これは高さが30センチ以上はある。一方写真では区別がつかないが右の写真は10年位前に植えこんだ高さが10センチくらいのテータテートで日本ではミニスイセンとも呼ばれている。フランス語源でtete-a-tete(eに山記号)、英語に直してhead-to-headで、tete-a-tete talk(顔を突き合わせての話し合い)のような使い方をするらしい。たしかにラッパスイセンが花を水平に向けて堂々としているのに対してtete-a-teteの花は皆下向きでこそこそと話し合ってるみたいである。ラッパスイセン(ダッフォディル)はイングランドに春を告げていたるところに咲き乱れるさまはちょうど日本のソメイヨシノに相当するのではなかろうか。私は一春を北イングランドで過ごしたことがあり、懐かしい思い出である。 メランポジウム ? いきなり一株だけ生えてきました、何でしょう もうとっくに盛りを過ぎている黄花のジギタリスがまだ一株花をつけていた。紫色は多分昨年のプリムラ(ポリアンサス)ジュリアン。 定番の雑草であるヒメオドリコソウ(姫踊り子草)とホトケノザ(仏の座)いずれもカタカナで書くと命名の優雅さがなくなる。 優雅さの欠如に関しては別格のオオイヌノフグリ、ハナニラも悪臭を思わせるがそれは濡れ衣で花も清楚である。ノースポールは寒さに強く冬でも花を咲かせるそうで名前は多分そこからくるのだろう。マーガレットやムルチコーレという他の園芸種と区別しにくい。さすがに今年の寒さにはもたずこの花はまだ1センチくらいの低い新株から地を這うようにして咲いている。 今日は珍しくハクセキレイ(?)が8階まで若葉のサラダをついばみに来ている。
2018.03.20
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練馬区立美術館は企画展の構成力に定評があり、シニア区民は無料ということもあってほぼ毎回訪れている。今回はフランスのposter作家サヴィニャックの作品展である。現在は超大型印刷機による外装パネルがが簡単で電車や建物があっという間に飾られ一夜明けるときれいに取り払われていたりする。1960-80年代パリの地下鉄に乗るとホームに張られた大型ポスターが目を引いたものである。そのころの日本のポスターは一枚づつの掲載であったがパリでは地下鉄の端から端まで大型の同じポスターで飾られていることが多く感心した記憶がある。サヴィニャックは戦後そのようにパリの街角を飾ったポスターの著名なデザイナーである。今回の展覧会は宣伝・公告ポスター作品ということで、ほとんど期待せずに出かけたが嬉しい予想外れで楽しいひと時を過ごすことができた。いつもそうしているが行きは電車で二駅、インドレストランでの昼食をはさんで帰りは徒歩。ナンを食べて獲得する体重をそぎ落とすための歩きであるが実際にはさらに2,3日の節制を要するのはいつものことである。動物オブジェのある児童公園から階段を上るとこの鏡オブジェ、タイル敷きの直線がデフォルメされて中々の景色を演出している。館内に入って外を見ると今回の展覧会の作品のモチーフを描いた窓が目についた。2階の窓にはポスターの部分を巨大な窓に描き、それをレースのカーテン越しに外の景色と重ねる試みで成功していると思う。 航空会社のポスターより作品では窓の中には新聞の紙面となっている作業服の会社の宣伝ポスターから、いずれも美術館の外の景色と一体となっている。突然だがフランスの国鳥が鶏だということを初めて知った。フランス国旗のトリコロールを使って描いている。ついでに調べてみると日本の国鳥がキジだということも今知った。おそらくほとんどの人はトキと思っているのではなかろうか。展示室の入り口は下のシャンプーの宣伝ポスターから商品名を除いたものあえて色は変えているがこれもトリコロールを意識したものであろうか。次は毛糸のポスター、編みながら着ているところが面白い冷蔵庫の宣伝、男の左側は寒そうですね。シャンペンも見えますね牛乳石鹸のポスター、日本にも昔「牛乳石鹸良い石鹸」という歌とともに流れたテレビコマーシャルがありましたが、調べてみると今もれっきとして存在する石鹸会社らしい。もっとも日本の会社は明治時代創業なのでどちらが先かとか、互いの関係は分かりません。ヨーグルトの宣伝。上の石鹸と併せて牛の乳首からの製品で直接的でわかりやすいです。サヴィニャックのポスターは商品の表示が控えめで、エスプリの効いた語句が並ぶだけである。写真に突ことはできないが最盛期1960年代の豊島園、サントリー、森永製菓などのポスターも展示されていた。分かりやすく大人の絵本を見る感じである。
2018.03.17
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やはり今年は開花がだいぶ遅れたようで湯河原・幕山公園入口辺りにある2本の河津桜が今やっと満開であった。寒い時期に一足早く咲く寒桜には沖縄の寒緋桜(緋寒桜)、彼岸桜、熱海桜などなどいろいろ有るがその美しさと品の良さではやはり河津桜が一番ではなかろうか。本来ならもうとっくに終わっているはずだが今年は本場の河津でもまだ見られるそうだ。日本の花の名所の欠点は自然の花が一番美しい季節になると無秩序な露店と騒々しい演芸大会が開かれることだ。ここは町の観光協会が整理して出店も街の業者だけで限られた場所に限られ不愉快ではない。そのうちこの日は野外劇場で湯河原芸妓の舞踊が始まるとアナウンスが流れた。日本舞踊を見る機会もなかったので覗いてみることにした。席から目を横に振ると幕山の頂上や大きな幕岩、さらにその下に広がる梅林が一望でき、遊歩道から舞台を眺めている人もいる。この岩は禁止されているが隣の「岩」ではロッククライミングを楽しんでいる人もいる。限られた場所でロッククライミングから日本舞踊までバラエティーに富んだ遊びが行われていた。湯河原温泉には昔から日本を代表する政治家や文人が別荘を持ったり隠居所を持ったり長逗留をしている。現在でもあの殿様知事・殿様総理が住んでいて悠々自適の生活をしている。そんなわけで当然芸妓子組合があり、この日は「湯河原温泉梅の宴・湯河原温泉芸妓の舞い」が披露されていた。ここに顔を出すべきか迷ったが公的機関の催し出演者も実名(芸名)で出ているので2,3葉の写真を載せておく。美しい顔(かんばせ)にマスクではかえって失礼と思った。素人の舞いと違って日々鍛錬している方々の所作はさすがに優雅である。テレビ以外で実物を見るのはあまり記憶にないので感激した。内面から湧き出る上品な色香はさすがである。無垢な娘が色男にまいってしまう所作も見事である。出演者の名前紹介で西洋の言語に由来すると思われるものがあったネットで調べるとこの芸妓さんはペルー出身で日本語、スペイン語、英語がペラペラでイタリア語とポルトガル語にも通じているということである。という訳で梅に酔い舞に酔った春の日・桃の節句であった。
2018.03.08
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湯河原・幕山梅林は温泉街のある谷筋から尾根を挟んで向こう側の谷筋に位置している。この尾根の頂上は城山で、そこには源野頼朝をかくまった土肥氏の城があったという。梅林公園の上には下の写真のように尾根筋に杉(?)の列が並び、重装備をして城に向かう武士の軍団に見えてくる。この梅林には約30種4000本の梅が植えられているそうで、その多くに名札がつけられている。 黒雲:黒みがかった紅梅輪ちがい:一本の木から枝によって紅白の花をつける白加賀:地味な花だが青い空によく映える白加賀緑萼梅:多くの梅の花のガクは赤っぽいがこの種は上品な緑で豪華な八重咲である緑萼梅一重緑萼梅:これも緑色のガクであるが一重咲きのため表から見てもガクの緑色が透けて見える紅千鳥:単独だとやや精彩に欠けるが白梅と共存すると互いに高めあっていい感じ玉牡丹:ボタンに擬えられるだけあって花の密度が高い淡路枝垂れ:満開になれば見事であろう。淡路島にしだれ梅の銘木があるので多分これはその子孫なのだろう樹名は記録し忘れたが、次の日には咲くであろうつぼみの色と花弁の薄ピンク色の品の良さに感心したので載せておく。他に「楊貴妃」「乙女の袖」「月影」「思いのまま」など乙女チックな名前の梅もあるがふさわしい写真が撮れなかったので割愛する。これも名前を記録し忘れたが、園内の広い範囲に咲き乱れている上品なピンク色の花は梅というより山桜に近い風情である。 さて最後に梅に関するうんちくというよりも今回初めて知った豆知識。 紅梅と白梅の違い分かりますよね。まず紅梅からは梅干しの実は取れない。 紅白の違いはー花見れば分かる?それでは花期以外はどうやって見分けるの? 上の「輪ちがい」は白、黒? 赤い花の白梅もあるらしい 答えは次の写真です。 確かに紅白同株の「輪ちがい」を前にして判断を迫られると困りますよね、でもこれで解決。
2018.03.07
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三月三日桃の節句、ホテルが湯河原梅園への無料バスを出してくれた。湯河原という場所は箱根火山外輪山の外側にあり、火山灰が固まってできた凝灰岩でできた台地である。その大きな凝灰岩に刻まれた石碑が幕山公園の入り口にある。標高626mの幕山は凝灰岩の塊で頂上は岩山であるが、裾の部分にマグマがゆっくり固化した巨大な板状の節理がある。これが劇場の緞帳幕に似ているというので幕山の名があると言われている。節理はもろく崩れやすいので農家の人達が山崩れ防止のため梅の木を密に植えたのがこの梅園公園の始まりと言われている。まだ満開とは言えないが5,6分咲の梅の花はまさしく春の景色である。ここの梅園には多くの種類の梅が植えられ、それぞれ名札がかかっているので名前からいろいろなことを想像しながら見て歩くのは楽しい。しかし散策道といえども登山道の様相でガレ場歩きは結構足に来る。花弁は紅色にも濃淡があり、桃色あり、微妙に違う白梅も多く幹の苔や咲き遅れた椿とともに春の風情としては中々のものである。中には「輪ちがい」と称する一本の木からの別の枝に色違いの花をつけるものやさらに一番先端の小さな枝の色ちがいもある。園内に点在する巨岩の中には層を示すものもある。繰り返し起こった噴火のマグマが固まって層ができたのであろう。興味あることにこの凝灰岩の中に異質の岩が包み込まれているものがある。火山噴火が既存の山体を吹き飛ばしその岩石を流したのであろう。梅林の中を厚さ20センチ、ダブルベッド大のマットを折りたたんで背負い、ヘルメットに登山靴のクライマーを見かけた。梅の枝を透かして巨岩を見るとカラフルな点が動いている。何年か前に来た時には見かけなかったが、今年のこの日は土曜日であった。若いクライマーたちが週末ロッククライミングを楽しんでいるのだった。先ほどのマットレスは滑落時のクッションだったのだろう。ロッククライマーのトレイニングだと分かった。半分ほどは女性クライマーであった。首都圏に近い岩場として週末は有名な場所らしい。余禄:今日は24節気の啓蟄、地球が太陽の周りを一周する角度360度を24等分して15度分が1節気ということになる。だが啓蟄はこの期間を言うのではなく節気の分割点を含む日を指すことが多い。そうすると満月などと同じように節気点の時刻があり、今年は今朝の0時28分だったそうだ。虫が方位計を持っている かどうか知らないが、人間のように電波時計は持っていないだろうから時々地上 に首を出して太陽の高度を図って時刻を合わせているのだろう。かわいそうにまた明日から冷えるらしい。
2018.03.06
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厳寒の2月も過ぎ行きやっと3月である。いかに気温は低くとも光の春は今が盛り、そろそろ木々の花も目を覚ますころである。月初め日本一早咲きと称する熱海梅園を訪れてみた。ここは明治期に温泉と組み合わせた官制の保養施設がはじまり。古い時代には春の花といえば桜よりは梅の花だったのだろう、古歌には梅を題にするものが断然多い気がする。正月が過ぎて新年になるとテレビや新聞は熱海に梅が咲いたと報じるのが常である。例年ならもうとっくに咲き終わっているのだろうが、今年の寒さは開花を2週間以上遅らせているらしく、まだ満開には程遠い状態であった。細い谷の流れに沿って赤い橋や東屋があり、奥の方には人工の滝があったりする。滝の裏側に回り込むことができ、裏側から見る滝は水滴が美しく、水滴を透かした光と梅の花と合わせるとやはり春の気配が感じられる。早咲き遅咲きとあるらしいが外見上は黄梅と白梅に限られる。有名な熱海梅園であるが感想としては大きな日本庭園に梅が咲いているだけで少々名前負けがしないわけではない。無理やり春を嗅ぎ取る為に来る所だろう。早々に切り上げ、ほとんどの人は熱海駅へのバスに乗るが坂道を下って来宮駅に出てこの日の宿泊地湯河原へと向かった。もう何度も降り立った湯河原駅であるがその都度駅前が整備されて雰囲気が明るくなっている。駅前には源頼朝を助けたという土肥氏の像があり、道路を挟んで深い崖となり住民はエレベータを使って行き来している。ホテルの送迎バスを待つ間エレベータ乗り場の横の小さな踊り場の椅子に座った。椅子の前には滑らかな3-5センチ大の小石が敷き詰められていた。すぐ横にやはり石を敷き詰めたつくばいが配置されている。横に案内板があったので目をやると、江戸時代湯河原から京都仙洞御所の庭つくりのためこれらの小石を送ったそうで、その際農民達に褒美として米一升を与えたことから「一升石」と呼ばれるようになったそうである。
2018.03.05
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