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前記したようにわが相棒は冬のイルミネーションが始まると目を覚ます。まだ寒くなく、ほとんど人が見向かない11月の暖かい日になるとお声がかかる。心臓に問題を抱える彼女には付き添いが必要で同じく心臓に問題を持つ小生がつっかえ棒になる。そんなわけで11月の暖かい一日、日が暮れるのを待って西武園に出かけた。西武球場前で漆黒の中を走る軽便鉄道・山口線に乗り換えて終点にある。先週のよみうりりランド同様丘陵地にある遊園地とて夜はそれなりに寒い。ただ有難いことに先週のイルミネーションとは全く違ったイメージの設定である。こんな時間に電車で来る客はいないらしく入場口広場に人影無し、休みかと思ったが切符売り場には人がいる。なな・・なんと、乗り物フリー切符付きの料金しかないと言うのだ。老夫婦には乗り物など無用である、キャーきゃーでもないし、第一心臓に悪い。入場すべきか逡巡したが電車を乗り継ぎ1時間以上かけてやって来たのでなるべく静かに動く乗り物に乗ることにして入場することにした。静かな乗り物として目についたのは大観覧車である。夜の観覧車は丸く暗闇に浮かんでいる。まだ半月であったが何十年ぶりかでジジババ・ランデブーである。観覧車から見る月は眼下の灯に邪魔されずに輝き、宇宙旅行をしている気分になる。宇宙旅行も募集されたと聞くが私には金も時間もないので、これを仮想宇宙旅行としよう。 月とは反対側の下方には漆黒のかなに一本の直線が見える、これは東京の水がめ村山湖のダム突堤である。この光景も宇宙船から地球を眺めている仮想景観としよう。観覧車が下ったところでは北極の景観が現れる。ポーラーオーシャンと名付けられたこのゾーンにはクジラやホッキョクグマ、アザラシなどが集まって冬ののお祭りの真っ最中である。遊園地中央部の飾りはシンデレラ城のような氷のお城が列をなしている。城の周りの木々は宝石のなる木とか雪の結晶とかに化けて城への階段を飾っている。一段高いところにあるアーケード通路・スノーコリドーにはスノーレジェンドと題する神話や伝説上の主人公たちの氷像に見立てて張りぼての像が並んでいる。スノーレジェンド ペガサス、スノードラゴン、イエティ―先週見たよみうりランドがどちらかと言えばきらきらと、めくるめくイルミネーションだったのに比べて西武園のそれは氷像を中心にした静的なものが多くそれはそれで見ごたえがあった。伸縮性のある薄布が出来たのであろう、キラキラと輝く氷面がきめ細かいしわに至るまで表現されていて美しかった。何よりもこの日は暖かいのがうれしかった。
2018.11.23
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よみうりランドの夜景は写真の左にループを描くジェットコースター、次いで2本の塔はジャイロタワー、紫色の建物はウオータースライダーの乗り口でイルミネーションはジュエリータワーと称している。手前の小プール状の飾りはカリビアンボルケーノ、向こうの赤い噴水は火山の噴火を表すらしい。空中に描かれた線は流星コースターと言うジェットコースター。乗り場から推進力を得るため最高点に導く大きな傾斜をゆっくり登るさまは確かに流星にも見える。しかし私には芋虫の行進にも見えた。漆黒の中に繋がってゆっくり進む姿はまさしく銀河鉄道である。光のパサ―ジュと称するトンネルの照明は刻々と姿を変えるがオーロラの中を旅行する気分か?園内各所から見えるたかさ25mのジュエリーマウンテン、これは明らかにマッターホルンの山容である。感心したのは全ての面がほぼ二等辺三角形から出来ていることである。実際の山の画像をWikipediaから探してみたが微妙に違っている。やはり二等辺三角形での造形の限界も見える。イルミネーションは立体モデルと言うよりは三角形のパネルをいろんな角度で配置して立体感を創出しているのであろう。それが証拠に園内どこから見ても山容に大きな変化は見られなかったし、裏側からの景色に山は見られなかった。せっかくなら立体的にして街中からでもMatterhornが眺められたらいいと思うが入場料も払わない人にそんなサービスをすることもないだろう。時間をかけて検索したがWeb上の画像はほとんど下の写真の角度からのものである。やはりこの山が一番美しく見えるのはあのミラーレイクに映った雄姿なのでそれも致し方のないことだろう。イルミネーションの角度は少しずれているが三角形の集合体で表現する場合写真の角度からの山容表現が難しかったのであろう。 ウィキペヂアより30年以上前のことであるが家族でツェルマットからゴルナーグラートに電車で登り、Matterhornに向かって2時間ほどのハイキングを楽しんだことを思い出した。帰る間際にまだ見たことのないコーナーがあったので立ち寄ってみると大きなマジンガーゼット(?)があり、しばらくすると変身すると云うので待っていると、音楽とともに前かがみになり腕をたたみ始めた。腕立て伏せを始めたのかと思っていると、手と顔を押し出して肩の覆いを外すと見事なレーシングかーが出来上がっていた。私はアニメに疎いがこんなシーンが漫画にあるのかもしれない。
2018.11.21
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夏場はいろんなプールとして使われている水たまりが今は噴水をあしらった水上イルミネーションの場となっている。ここのプールは桁外れに大きく舞台も備えている、いつもいろんなショウがあるのだろう。今は大きな円形のスクリーンがあり、その円周には回転する噴水のノズルが付いている。円形スクリーンに四季の映像が投影されそれに沿ってダイナミックな噴水ショウが演出されている。ややあっていろんな色の人間の骨格がライトを付けて登場し、大きな舞台や水上に作られた袖舞台のようなところに散らばってモダンなダンスを披露している。山中の漆黒の中に人骨が饗宴を繰り広げているみたいである。こんな演出ができるのもELの出現で熱くならない光源が出来たおかげで有ろう。昔の電球を身に着けていたらダンサーたちはたちまちやけどをすることだろう。衣装をまとったダンサーたちが影絵として登場する演出も優れている。インドネシアのワヤン影絵芝居が有名であるが、これは人間ワヤンとも言うべきものである。
2018.11.20
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ハロウイーンが終わると遊園地はクリスマスモードになりイルミネーションが始まる。ELの出現で省電力を謳いながら豆電球時代の数倍の光源を使うので節電どころではない。私はイルミネーションに批判的であるが、わが相棒の数少ない趣味であり癒されるという。これまで多くの犠牲を払わせてきた身とて、付き添いの役目を果たしている。長島温泉、妙高高原、相模湖、よみうりランド、西武園、豊島園、新橋、六本木、丸の内など数えればきりがないが、経済的・身体的負担と規模・美しさにおいて彼女のお気に入りはよみうりランドである。多くの遊園地には観覧車があり全体が見えるようになっているが、ここは電車の駅前からいきなりスカイシャトルと言うロープウエイで遊園地入り口にアクセスする。そのゴンドラからの移り変わるイルミネーションの景色が良いというのだ。ゴンドラが動き出すと薄暮の中に参道のような石段があり「巨人への道」とある、階段が尽きるところに読売ジャイアンツの二軍球場がある。私はどちらかと言えばアンチジャイアンツ党であるが、ファンはこの階段を登って神社に詣でる気分で練習や二軍戦を見に行くのだろう。高い建物は屋内練習場で合宿も隣にあるらしい。球場を過ぎるとイルミネーションの全体像が薄暮の中に浮かんできた。二本の柱は客を乗せて上まで持ち上げ一気に落とす遊具、ネットはゴルフの練習場で隣接してメジャーな大会も開かれるカントリークラブがある。すぐ下に大きなパゴダが見えるがこれは遊園地とは関係のないお寺のものだが上から眺めるのはまれな経験である。この日は曇り空で夕焼けがなかったのが残念である。やがて遊園地のセンター部にかかるが上から見る園内にまだ人影は疎らである。確かに幼児連れは帰宅、若いカップにはまだ仕事がある。ところが入場してみるとこの時間帯のアベック(和製フランス語で英語のwith、この語分かるかな?)はほとんどが高校生であった。堂々と手をつないで歩く高校生、《青い山脈》の高校生像とは比較にもならないが、カップルの語は本来夫婦とかダンスパートナーをさすので高校生にはふさわしくないのではなかろうか ー JK Couple ? これなら女学生二人連れになる。帰り道のロープウエイ、こんどは漆黒の中なので空中に描かれたゴーカートの線や空中に浮かぶゴンドラ(これも変な用語だが日本語としては馴染んでいる)が奇麗である。空中で交錯する線が美しい図形をを描いている。都心と違ってここは半分山の中なので曇天の夜空は黒い、それだけに上から眺めるイルミネーションは冴え渡っている。マッターホルンが美しい、本物のマッタ―ホルンもこの角度からの景色が抜群である。こうしてみると場内で見る景色よりも行き帰りの移動手段であるロープウエイからの眺めが抜群である。しかもあくまで駅からのアクセス手段なので遊園地内の乗り物と違って往復500円と抜群のコストパフォーマンスである。
2018.11.19
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山中湖は紅葉の時期遅れだったので翌日河口湖に向かった。河口湖の紅葉だけに限れば前ブログに記したの紅葉谷が一番であるが、紅葉回廊入り口のミュージアムが集まる辺りの街路樹もちょうどいい色付きである。下の猫ミュージアム・オルゴールミュージアムの辺りの紅葉は後一週間くらいが最盛期だろう。紅葉回廊奥の谷を少し行くと《久保田一竹美術館》がある。ミシュラン三ツ星と言うこの美術館は日本の着物絵美術としては最高峰なのだろうが何度か見ているので最近は紅葉に包まれてガウディー風の建物と庭を無料で鑑賞させて貰っている。インドの古城を模したという門は紅葉に囲まれて遺跡を思わせる雰囲気である。門をくぐるとすぐ自然の渓流を利用した滝の庭園がある。滝壺に赤く色付いたモミジの葉っぱが重なり才能が有れば一句浮かびそうな雰囲気。歩道脇に大きな切り株が何本かあり、ちょうど滝を鑑賞する椅子に見えた。左の株はその朽ち具合から見て明らかに古木の株である、一方右側の切り株は古いのに形がしっかりしている。触ってみるとこれは石であった。公園によくあるコンクリートで作った疑似木かとも思ったがそれにしても疑似木であればもうちょっと崩れていそうな気がした。隣にまた別の株があったがその崩れ方はまさしく化石の《珪化木》である。《珪化木》は古代の大木の林が一度海底に沈み、地質学的時間を経て木の有機質が無機質に置き換わりケイ素の化石になって再び隆起したものである。この《珪化木》は大変貴重な石材で、かってヨーロッパやアメリカの富豪の家の暖炉のマントルピース上板として使われた。アリゾナの砂漠の中に”Petrified Forest National Park”と言うのがあり、直径1メートル以上もある大木の珪化木が無数に横たわっている。私は半世紀以上も前ここを訪れ売店で木目も樹皮もはっきりしてきれいに研磨されている小枝の珪化木化石を買ってきた。長い間引き出しの肥やしにしていたが今は無事孫の宝物として引き継いでもらっている。それにしても美術館の下の写真の化石もかなり大木である、どうやってここにやって来たのであろうか、ぜひ知りたいものである。前述したようにこの美術館の建物はガウディー調である。以前は無かったが最近(?)は屋上にカフェテラスが出来たようである。美術館の屋上も庭園風でやはりインド様の門が見える、もちろん近づくことは出来ないが何やら天国に通じている門のような気がする。前庭は石を敷き詰めた広場になっており、ここにも門とその前に小さな舞台がある。時々ここで薪能が催されると聞いたことがある。紅葉の中でのマチネー興行も乙な気がする。
2018.11.18
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山中湖の紅葉が空振りだったので翌日は期待をもって河口湖に回った。河口湖湖畔の紅葉見どころはなんといっても紅葉回廊の一番奥の紅葉谷であろうか。ここは例年に比べて色付きはいまいちであったが時期的にはまだ最盛期で、落ち葉敷く歩道やドウダンツツジの生垣、用水路の落ち葉共に溢れる外国人観光客の感嘆に声を挙げさせていた。東京から手ごろな距離のせいか富士山の引力か、外国人客が8-9割の印象である。一昔前なら簡単だった富士五湖方面へのバス席も今回は離れ離れでやっと確保できた。昨年までと異なり中国・香港・台湾・韓国人に交じって東南アジア・ヨーロッパからの人も多く私の隣席もポーランドからの客であった。黄色単色のヨーロッパ、常緑の東南アジアの秋の色と違って五色に輝く日本の紅葉を楽しんでもらって日本の好感度が上がるのは良いことである。台湾人が”It's completely different !"と言っているのを聞いて私も嬉しくなった。山道の紅葉もよし、湖畔のホテルの水際や裏庭の一本一本の色調の違いなど瞼に浸み込ませて帰っていただきたいものである。確かに外国人客は多くなったが、時代の変化であろうか団体客でもかって日本人がヨーロッパでがなり立て、中国の団体が日本で喚めき立てた時代は終わったのだろうか。世界全体が豊かになり人々の心も少しづつ豊かになっているような気がした。
2018.11.17
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11月と言えば例年なら紅葉見物に何度か出かけているが今年は二人の条件が整わず12日になって時期を失したかと心配しながら山中湖に出かけてみた。恐れていた通りほとんど落葉していて残念な結果であった。なんでも今年は先だって霜が降り葉っぱが紅葉する前に枯れて無くなってしまったようである。旭丘の周辺で何とか残ったモミジを見つけてはカメラに納めた。部分的にみるとまだ見ごたえのする木もあるが下は一面に枯れ敷いた落ち葉の絨毯である。早々にホテルに入ったが低く垂れこめた雲に遮られて霊峰の姿を目にすることはなかった。日没と思しき時刻になって一瞬雲の中に淡い富士の姿がかすかに浮かんだがすぐ消えた。同じころ白鳥たちが一日の仕事を終えたとばかりに揃ってねぐらに急いでいた。夕食後窓外を見ると湖面に対岸の街の明かりが美しく長い尾を引いて揺れていた。しばらく眺めていると湖面の影は長くなったり短くなったり、時には全く消失してしまう。一寸した風の向きや強さで波の方向や高さが変化し、湖面の反射光が私たちの部屋に向かったり他に向かったりするためである。遊覧船乗り場当たりの変化に富んだ灯の色に対して離れたところにあるホテル街の辺りはさすがに落ち着いた影を落としている。翌朝も霧が立ち込め普段は賑やかな展望ロビーも陰気で、華やかな覇気のない姿である。
2018.11.16
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毎日の散歩コースは家を出てすぐに西武腺の高架下を通り抜ける。池袋・大泉学園間を高架化する時、特に線路北側の住民から反対があった。そこで都が持ち掛けた案は高架下北側に側道を設けて住宅から離して日照を確保するという妥協策であった。側道は車の抜け道にならないようにブロックごとに逆方向の一方通行にすることであった。こうしてほとんど意味のない車道とゆったりした歩道が確保され、余裕のある分離帯には植栽が施されている。なぜかその植栽はハナミズキである。ハナミズキはアメリカのいくつかの州の州花にされ、首都ワシントンにソメイヨシノを送った返礼品として日本に移入された外来種であるが今やすっかり東京のシンボル的街路樹となっている。この時期あまりさえない紅葉が始まり赤い実が一杯なっている。花や葉が日本のヤマボウシによく似ているのでアメリカヤマボウシと呼ばれることもあるがこちらの実は食べられない。散歩道はすぐ石神井川の両岸を大きく掘り下げ川幅を広くし、水面近くに遊歩道を設けた遊水域へと近づく。遊歩道の脇には小鳥が種を運んだであろういろいろな植物が生えている。大きなピラカンサスからは赤い実が枝も折れよとばかりに垂れ下がっている。対岸にはこれも名前は知らないがどこにでも見られる雑木がまさに黄金色に色づき始めている。夏の間は燃えだしそうな高温になる石垣の間からも小さな草花が花をつけ、小さな花房からけっこう大きな触ると刺される硬い実をつけている。間違えているかもしれないがコウゾリナかその仲間だろう。川辺にうっそうと茂るのは《蓼食う虫も好き好き》と失礼な言われ方をする蓼の一種の白花ミゾソバだ。この時他の期雑草の花や葉はよれよれのものが多いが、水辺に生えるこの蓼は元気そのものである。その葉っぱの形から《牛の額》とも呼ばれることもあるが確かに目鼻をくっ付けければ牛の顔に見える。蓼の葉や実は角ばってとがった形をしている。これこそが《蕎麦、そば》の語源で《稜》と綴る。写真のミゾソバと食用のソバはその葉や花の形がそっくりである。調べてみるとソバはまさしくタデ科ソバ属の植物である。いやいや日本人はソバ大好きだが、ソバは蓼の一種なのでる。一寸見下げた言い方で《蓼食う虫も好き好き》と言うが、日本人は蓼を食べている。水辺のミゾソバに対して水辺を離れて土手の石垣の割れ目からは高温や乾燥に強いヒメツルソバが茂っている。南面の石垣では真冬を除いていつもピンク色の金平糖のような花を咲かせている。植生が全く違って見えるので《ソバ》の語は違和感があるがタデ科なのでやはりソバの仲間である。
2018.11.10
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なぜか昭和記念公園を訪れると必ず立ち寄るのが日本庭園の中にある《盆栽苑》である。自分でも《詫び寂び》《優雅》の真髄を理解できるとも、小さな鉢の中に大自然を押し込めるとも考えていないが、つい足が向き何故か安らぎの時間を持てるのである。ここの盆栽苑が好ましいのはそのサイズである、20分も当てれば十分に鑑賞し終えることが出来るので疲労感を全く伴わないのがいい。まず小さな畳部屋の床の間に季節にふさわしいカエデとモミジの盆栽が迎えてくれる。額は「大休 大歇」(だいきゅう だいけつ)と読める。「歇」は《漢字源》の手書き入力でやっと探し当てた字で「一息つく」と言う意味らしい。丸くない◎印は禅僧が好んで描く図形なので多分禅問答の深遠な意味があるのだろう。要するに「肩ひじ張らずに生きなさい」と言う意味、あるいはこの盆栽苑にいる間はリラックスして心を休ませなさいという意味かも知れない。作業部屋の壁際の棚には鉢を合わせても高さ20センチ以下のミニ盆栽が並べられている。ケイトウ我が家の植え込みに前年の種から芽生えた季節外れのケイトウが生えることがあるが同じ貧弱な鶏頭でも盆栽のケイトウとは天と地の境遇である。ケヤキ ?ハゼハマボウ外に出て屋外に飾られている盆栽棚を見ると《株立》の南京ハゼ最近街路樹として増えたナンキンハゼ、私が道路で拾った種から育て樹高が背丈くらいまで育っていたが、風に弱くすぐ葉が枯れてしまうのでとうとう今年は抜かれてしまった。これも彼我の個体の運命の差である。《寄せ植え》のヒメシャラ箱根に多く自生するヒメシャラは木肌が美しい。定宿のレストランの名もヒメシャラである。《石付き》のヒメリンゴ(?)幹に石を抱かせるのは大変な根気で頑張るか、山で発見するかだろう。旧制一高の寮歌《ああ玉杯に花授けて》に「石を抱きて野に謳う 芭蕉の寂びを歓ばず」が心に浮かんだ。《文人木》のマユミ細い幹を倒れそうで倒れない形に育てるらしいが、確かに和服姿の川端康成を彷彿させる。盆栽の基本は直角三角形と聞いたことがある。対称形の二等辺三角形では盆栽の心が表せないらしい。西洋の庭園が左右対称な二等辺三角形ないしは四角形なのに対して日本庭園は常に非対称である。庭園池の形にしても有名な日比谷公園の《心字池》や寺院の庭池にあるのように人の心に心の字を浮かばせるような非対称性こそ和の形なのだろう。この見方は西洋哲学と東洋哲学の間にも存在する気がする。《舎利》を持つシンパク(真柏)「舎利」は釈迦尊の遺骨であるが、言われてみればそんな気もする。ちなみに細い枝先になると《ジン(神)》と言うらしい。やはり盆栽は神仏の啓示によって作られたものか。Youtube を見ると《舎利》を作るには枯れた枝を利用したり、皮を剥いだり幹の一部をはがしたり、かなり残酷な所業を施し、癒合剤を塗って傷口を白くしている。これも神仏の啓示なのだろうか。
2018.11.08
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昭和記念公園も完成した今となっては老人の足には大きすぎるので最近はもっぱらこのミニトレイン(?)が移動手段である。まだコスモスが見られるかと期待したが数日前に刈り取り会があったみたいである。参加者が自分で刈り取り自由に持ち帰るという趣向らしい。刈取り代は省けるし参加者はお土産付きで参加意識も高まるし素晴らしい催しである。コスモスがないので日本庭園の色好きを探りにミニトレインに乗った。湖畔の見晴らし亭からの眺めはいつも実にトランキライジングである。亭の対岸の橋が景色にアクセントを添えて美しい。大名屋敷の庭を見るようである。水前寺公園、栗林公園、岡山後楽園、彦根城公園、兼六園、偕楽園と大名屋敷の名園は多いが江戸城にある東御苑が一番貧弱に見えてて仕方がない。やはり江戸時代の藩は独立国なので裕福な藩が多かったのだろうが軍備にではなく趣味に金を浪費することは江戸幕府にとっては安心できたのであろう。変わってここは米軍基地跡に国・都が作った公園である。軍用(自衛隊)にするのか公園にするのかずいぶん迷ったことだろう。大名の庭なら茶室が置かれたであろう場所にはお休み処の見晴らし亭が湖面に風情を映している。松の木も中々の樹形である。多分今も句会なども催されていることだろう。亭の傍らの小さな入り江に屋根付きの舟が繫がれている、今は飾りであるが世が世なら舟遊びなども優雅な催しになったことだろう。
2018.11.06
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昭和記念公園のミニトレインの車掌によるとこの公園の広さは東京ドーム38個分だとか。この表現が意味を持つのかどうかいつも疑問に思えてくる。これは「このカボチャの大きさはジャガイモの千倍です」と言うのと同じである。ジャガイモの大きさが千差万別のように野球場(グランドではない)の広さもまちまちである。「400mトラックの国立競技場のグランドの何倍」と言えば日本人には意味を持つだろう。早々に愚痴ってしまったが昭和記念公園のメインゲイトから園地に向かうカナル並木はいつ見ても素晴らしい。実は文化に日の公園訪問はこの銀杏並木の色付き具合を探りに来たのであるが、残念ながらまだ色づき始めであと暫くのようである。メインゲイトのイチョウ並木は下の写真で見るようにけっこう長いカナル並木だ。質・サイズ共に比較するのは無理があるが、それでもあのベルサイユの庭園をちょっとだけ彷彿させてくれる。ベルサイユ宮殿の噴水と庭園(WonderTrip Homepageより拝借)いろんな天然石をモザイック模様に敷き詰めたカナルのサイドウオークも結構しゃれている。カナルの両側に伸びる東京のシンボルツリーの銀杏並木の樹下はしゃれた散歩道で、白い帽子とドレスの貴婦人が馬車で通ったら絵になるだろう。あと2週間もすれば日本とも思えない光景を呈するだろう。最も樹種は西洋にはほとんどない生きた化石と言われる銀杏である。面白いことにイチョウの学名はGinkgo bilobaで、そのの語源は銀杏(Ginkyo)とするべきところ筆記体の”y”を”g”と読み違えて”Ginkgo”(ギンコ)になったというわけだ。ウィキペヂアによると銀杏の仲間は氷河期に絶滅し、銀杏だけが生き残ったとのこと、分類学的にも見かけとは違って広葉樹ではなく針葉樹に近いそうである。いずれにしてもフランス庭園のようなイチョウ並木の黄葉もあと暫くである。
2018.11.05
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3連休の中日《文化の日》好天に誘われて久しぶりに国営立川昭和記念公園に出かけた。国立公園が自然の大景観を擁し自然景観を保護保存しながら国民に親しませようとするのに対して国営公園は都市の近郊にあってほぼ人工的大規模公園である。運営面で見れば国立公園は国の直轄、国営公園は国営と謳っているものの運営は地方公共団体がしていると考えられる。都市近郊で大規模園地となるとどうしても占領時のアメリカ軍基地跡が多い。昭和記念公園も《砂川基地闘争》で知られる空軍基地跡で、現在でも隣接して航空自衛隊の基地がある。青梅線の西立川駅前が西立川口になっている。しばらく進むと秋に風情を漂い始めた森林風景が広がる。湖畔には数知れぬ種類の樹木が茂っているが、その一つにプラタナスがありかってこの木は都心の街路樹に多く使われていたが最近はあまり見かけなくなった。街路樹のプラタナスは幹はすくっと立ち上がり電線の上で枝を広げていた。そして9月初めになると台風に備えて丸裸にされるのが常であったが今は主として公園ですくすくと育てられている。園地のプラタナスは低い位置から枝を張っているがこの写真に枝はあまりに低い位置だったらしく枝跡が大きな洞になっている。余談であるが田舎育ちの私には《鈴懸の木》とも言うロマンチックな別名のこのプラタナス並木は外国映画でのみ目にする風景で、少年・青年時代のノスタルジックロマンの源でもあった。昭和30年に上京して赤離宮前と新宿御苑でこの木肌を見て深く感動してことを思い出す。この公園はペットの持ち込みが自由なので多くの愛犬家が自慢の犬を(半分は自慢げに)楽しませに連れてきている。犬車に乗った小型犬から子牛かと思わせる大型犬まで犬の品評会みたいである。森に囲まれた小高い丘では地元のカブスカウトの地区ジャンボリーが行われいた。約40年前になるが我が家でも二人の息子たちがカブスカウト・ボーイスカウトに所属していて、よく出判けていたことを思い出した。年少のカブ(小熊)スカウトは数名でデン(コグマの巣】と言う班を作りそれぞれに上級のボーイスカウトから派遣されるデンチーフとデンマザーが付いて世話をする。勿論ジャンボリーともなるとデンファーザーとも言うべきお父さんたちの出番が増える。ジャンボリーでは各デンはいろんな出し物を工夫して競う。このデンは忍術仕掛けらしい、このデンは玉入れをしているがどんな仕掛けがあるのだろう、このデンは二本のロープを渡して綱渡りをしている。小学3年生ぐらいが考えることなので単純な仕掛けだがこれはこれで楽しい交流の場なのだろう。文化の日にふさわしい光景である。
2018.11.04
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11月に入りいよいよ秋本番。各地の紅葉も今を盛りと色づいている。例年ならばブログ書きよりも紅葉旅をしているころであるが、今年は夫婦そろっての体調が整わず出かけるチャンスを逸している。秋の自然は紅葉ばかりではない、空の美しさも逃してなならないと、毎日ルーフバルコニーに出て昼間は雲の動き、模様 濃淡を楽しみ、夕方には区の広報スピーカーから《4時半になりました 良い子はおうちに帰りましょう、明日もまた素晴らしい一日でありますように》と流れると外に出て夕焼けを堪能している。先日昼間の雲模様をブログしたので今日は夕焼け景色を記しておこう。年に何度かは空全体に薄雲が広がり,時間差は有るが空全体がピンク・オレンジに染まり、現世と思えないような光景もあるが今年はまだ見たことがない。それでも下の写真のように空の1/4位が赤く染まることはよくある。地表に近い高度となるとどうしても雲の層が厚くなるので光が透過せず黒い部分が多くなる。さらに高度が下がると雲の層がますます厚くなるので黒さが増しておどろおどろしくなる。下は次の日の駅方向地表近くの空である。高い位置の雲に反射した赤い夕焼け、丹沢山塊の上にたなびく低空の黒い雲、山の手前の黒い雲が見て取れる。上の中央部のアップが下の写真。富士山の右側に位置する三つ峠方向にも同じような三層構造の雲が夕焼けに浮かんでいる。晩秋・初冬の季節になると70年前目にした光景が浮かんでくる。鎮守の広場での鬼ごっこ・馬乗り・草野球も終わり家路に急ぐ頃夕焼けの空を決まって南に向かう渡り鳥の群れがあった。赤く染まった空の雲よりも高いかと思われるところをリーダーを先頭にし左右にきれいな ”<”の形をした集団が一糸乱れず進んで行く姿によく見とれたものである。
2018.11.02
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