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「タコさん、髪は男の命ですよ。」学生時代行っていた教会で知り合った福原さんが言う。彼の髪の毛はクセのない素直な髪で、肩くらいまでかかる長髪。俳優の江口なんとかいう人の髪のようだった。全共闘時代、こういう素直な髪の長髪の人が格好良く見えた。私はどちらかというと弱天然パーマ型だ。学生運動家のイタリア語科のMは、こんなクセのない長髪を振り乱して敵対グループを私の目の前で殴っていた。どうしてあんなことができるのだろうか、と私はなす術もなく凍りついた。池袋西口にあった水着喫茶のマスターのSは、やはりこのての髪でウエートレスとやや斜に構えて話し込んでいて、私に全く隙を与えなかった。「最近彼女と別れましてね、落ち込んでいるんですよ。」と福原さんが肩を落とした。「その理由分ります?『あなたの目が気に入らないの』っていうんですよ。もう何年も付き合ったきて、そんな理由ってありますか?」私に言われても困る。それはダメだ、なんて駄洒落でも言おうものなら蹴りでもとんできそうな目つきで私に語りかけてくる。福原さんは、教会に来る青年の中では変った方だった。「タコさん、将来浮気して現場を奥さんか彼女に踏み込まれたとしますよね。そして、『誰よこの人?』、なんて言われても、『えっ、誰?この人?知らないよ。』ってしらばっくれるくらいじゃないとダメですよ。そのくらいの根性がなければ浮気なんかしちゃダメですよ。」、とある日彼が私に言ってきた。そういうのを根性、というのかどうかは分からないが、未だに、どうしてあんなに真面目に私に言ってきたのか理解に苦しむ。私は自慢じゃないが、「喜怒哀楽が顔に出る人コンテスト」でもあったら三多摩代表くらいには十分なれる自信がある。とても浮気はできないなとその時思った。実際は、何があったのか分らないが福原さんは彼女と別れたという。何でも話してくれる彼だったが真相はヤミのなかだった。もしかしたら、浮気の現場に彼女に踏み込まれたのかもしれない。それから暫くして、福原さんは教会に来なくなってしまった。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2005年11月30日
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シドニーのQVビルの中で発見して、思わず写真を撮ってしまった男性用トイレ。このシンメトリー、4人でしている時は絵になるだろうし、クルクル回りでもしたら手放しで踊りだせるような勢いも出そうだ。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2005年11月29日
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前にインドのデリーの男子トイレが高くて苦労する人が多いと書いた。それを読んだ静岡の友人からコメントが届いた。「南アフリカに20年以上前ですが2週間ほど出張しました。その当時はまだアパルトヘイトの時代で、工場や事務所の白人用のトイレの入り口には鍵が掛かっており黒人は入ることが出来ませんでした。日本人は名誉白人待遇だったので、白人用トイレを使わせてくれました。私は日本人の平均より背が低い上足が短いので朝顔には届きませんでした。その当時は南アの通貨ランドが300円以上しており日本の金型屋が大勢押しかけていました。その背の低い日本人用に会社側は子供用の踏み台を用意してくれまして皆喜んだ事を記憶しています。」なんだか、皆さんで楽しそうに子供用の台に乗って用を足している姿が見えるようで微笑ましい。それにしても、日本人は思わず萎縮してしまいそうな豪快なトイレだったんだろうなと思ってしまった。因みに、南アの白人はオランダ系が多い。英語もオランダ語の影響を受けているという。そして、オランダは世界でも背の高い人が多い国として知られている。いつか、オランダを訪ねてみたいと思っているタコ社長だが、ぜひ、オランダで使用可トイレ写真集でも作ってブログでチンレツでもしてみたいものだ。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2005年11月29日
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1964年、東京オリンピックの女子体操界の華はなんといってもチェコのチャフラフスカだった。私の秋田出身の母の体型とあまり変わらない肉付きの彼女が、平均台に座り両足を揃え伸ばしてVの字になり、それからゆっくりと頭を両膝につけるポーズが目に焼きついている。もっとも、あれが平均台の上でなくても、それは小学校6年生の私にはどこでもよかったことだった。それからは、アフリカの難民のような体型のソ連、東欧の選手が体操界を支配していった。機械体操とはよくいったもので、もう機械そのものという感じで興味を失ってしまっていた。もっとも、どんな興味であったのかは定かではないが。メルボルンで世界体操選手権が行われてた。女子選手の競技を見たときに、本当に唖然としてしまった。オーストラリアのそこらにごろごろといるような馴染みの体型の方々が、2メートルも3メートルも飛び跳ねている。ちょっと見ていない間に、女子体操界の選手の体型がすっかりと変わってしまっていたようだ。しかし、あの東京オリンピックのチャフラフスカの優雅さなどは、もう期待するほうが無理なのだろう、そういうものは力強いたくましさに取って代わってしまっていた。もっとも、こちらの方が西洋女性には実に相応しい気がしないでもないが。タコ社長、筋肉トレーニングが欠かせない所以でもある。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2005年11月28日
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カツ丼を食べにシドニーに行った。シドニーの歌舞伎町、キングスクロスで箸をつけたカツ丼は、人には絶対に紹介できない代物だった。薄焼き煎餅より薄いカツ。食いちぎるのに時間がかかるのだけは楽しかったが。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2005年11月27日
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明日の朝早くシドニーに向かいます。帰りは日曜の夜です。一応ラップトップは持っていきますが、なんせ週末にネットをやると口をきいてくれないオランダ系の連れ合いがいっしょなもので、ご無沙汰するかもしれません。ロックスあたりでカツ丼探します。
2005年11月24日
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「タコ社長!あんたは顔が広いというより、デカイね。」人の顔を見るたびにそう言う人がいる。なかなか親切な人だが、勿論日本人。日本人は、容姿とかに関しては率直に、ストレートな物言いをする割と分かり易い国民だと思う。以前、深く関った金髪の女性が言っていた。You’ve got a strong face. 物も言い様、とはこの日のためにあったのかと悶えてしまえるほどの表現だった。西洋人は日本人の尺度からは欠点も売るほどみつかるが、こういうニクイ言い回しを臆面もなくサラッと言えるのが素晴らしい。タコもおだてりゃ庭掃除。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2005年11月23日
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メルボルンを代表する日本飯屋の昼のカツ丼です。1000円です。どうですか。最近、オーストラリアの物価は決して安くないです。百円ショップもぜんぜん充実していません。永住希望者が、タイやフィリピンに流れるのももっともです。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2005年11月22日
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突然、警報が鳴り外へ出るように指示があった。ブリスベンのホテルでの出来事で、朝の6時前だった。年取ると早く目が覚めるので、5時から起きていて警報にたたき起こされたわけではなかったが、それでもビックリするほど大きな音だった。ドアを開けると、何人かの人がエレベーターで下りかけていた。隣はインド系の人だったが、トレーナー姿で裸足だった。「トーストでパンを焦がして警報が鳴ったようだよ。」ホテルの人がそう言った。火災報知機が作動してしまったようだ。外へ出たのは、私の階の3人だけで真面目な人が集まった階だということは分かったが、他の多くの人は出てこなくて何のための警報かこれでは分からない。警報が鳴ると、自動的に消防署に通報になって、消防車が来る。メザシを焼いていようが、トーストを焦がしていようが、一度鳴ってしまったらもうお手上げだ。ホテルの人もどうしようもない。一台、消防車が来るとこちらのお金で800ドルということ。日本円で7万円くらい。普通、三台くらいは来るので、それだけで20万円にもなってしまう。あとで、ホテルの人と話していたら、その人はこう言っていた。「ずいぶん、高い朝ごはんになってしまったようです。可哀想だけどしかたないんですよ。」何件かこういうことを聞いているので、私は絶対にこちらのホテルでは焼いたり炒めたりはしないことにしている。勿論、トーストも。もっぱら、安全に「チン」するだけで食べられる物にしている。日本でも、こういう場面で消防自動車が来たら個人負担なのだろうか。こちらは、救急車も、メンバーになってお金を毎年払っていないと、200ドルくらい取られるという。おちおち、病気や怪我もしていられない。火災報知機が異常反応したりして、本人の責任でなくても同じ結果になった人も知っている。オランダ系の連れ合いからは、出張するとどうして毎晩外食するのかと問われることがあるが、これからはこの話で外で遠慮なく飲み食いができそうだ。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2005年11月21日
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今日の晩御飯。一つの皿に盛られる一品主義。サマータイムで、7時でも外は明るい。会話も少なく、久しぶりの静かなひと時。
2005年11月20日
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メルボルン、もうすぐ夏祭り↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2005年11月20日
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赤ワイン4本、白ワイン1本のブリスベンの宴。ワインは韓国料理にも似合う。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2005年11月17日
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日曜日の私の昼ご飯は、朝ごはんだった。昨日の、ゴールドコーストでの派手な昼食 間もなく出張も終わるようだが、こうしてメルボルンとブリスベンで、美味しいものが食べられるのは正に至福だ。これも両方の事務所で、スタッフがしっかりとやっていってもらっているお陰でだと感謝している。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2005年11月15日
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ブリスベン、今日の、他の人が食べたランチ。ハロウィーンで余ったカボチャも活躍。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2005年11月13日
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メルボルンと、今私が出張で来ているブリスベンは約2,000キロくらい離れている。飛行機で2時間かかる。車では2日、自転車で回る人もいるが、そこまでいくとよほどの決心と時間がいる。出張中だから、ほとんどブログもできない。片足取られたような感じだ。そんな日々でふと新聞に目をやると出張中に相応しい統計に出会った。絶対に誰も驚かないような統計だが、イギリスのコンドーム会社から出た。そこまで言えば、このブログの読者の方々はこの統計が何なのか分かってしまうだろうから、今日はこれまで、としてもいいのだが。因みに、東京は三多摩の天地真理が通っていた高校の反対側にあった都立国立高校の学生だったとき、クラスにムーさんというアダナの学友がいた。苗字が近藤だった。私が付けたアダナではなかったが、悪いことをしたと反省している。やたらにトランプの強い理系の人だった。彼は今も独身だと思う。ところで、この統計なのだが、セックスの年平均回数の世界比較なのだという。わが祖国の人々、日本人の年間セックス回数は調査した41カ国中最低の45回。平均が103回。最高が、さすがオリンピック発祥の地ギリシャの138回。そういえば、古代オリンピックはナイキなどないきの素っ裸。この関連性は実証はされていないだろうが。う~ん、と唸って悶えたくなるような結果ではないか。これで、ギリシャ文明の遺跡をたずねて行ってみたいという思いに弾みもつくが、メルボルン、ギリシャ人が履いて捨てるほどいるので、そこらの人に信憑性を確認できなくもない。しかし、私はやや憤慨している。45回とは?少し多すぎるのではないだろうか。「いやいや、タコ社長。回数は問題じゃないんだ、密度、と満足度なんだよ。」、などという言葉が埼玉あたりの中高年の方から飛んできそうだ。そこで、満足度。世界のほぼ半数が「満足している」との答えなのに、日本人だけが4分の3は「満足していない」と答えたそうだ。ここまでくると、日本人にはセックスは必要ないものとも言えてしまうよな勢いを感じる。ところがどうだ、この統計に萎縮する必要はないようなのだ。初体験の時期は日本人は、ほぼ世界平均の17.3歳。そして、相手の人数はは、世界平均が9人に対して、日本人は10.2人と大きく上回っているとのことで、これは胸などあっちこっち張って自慢できそうだ。この41カ国が、どういう国なのか、私と瓜二つの子供がいると噂の南アフリカとか、夜が長いアイスランドとか、戦争中のイラクとかが入っているのかは定かではない。しかし、これからの人生の一つの指標にはなるのではないかと思う。セックスと仕事は家に持ち込まないという日本のサラリーマンも増えているというし、援助交際が国際認可を受けているご時勢なので、この統計はまんざらウソでもなさそうだ。ブリスベン出張の週末は、相変わらず静かに流れている。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2005年11月12日
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24歳の松尾大尉は、二人乗りの特殊潜航艇に乗りシドニー湾に突き進んでいった。1942年5月31日に、3隻の特殊潜航艇に乗った6人の若者達は帰らぬ覚悟で作戦を実行した。この内、1隻から発せられた魚雷で、オーストラリア兵19人とイギリス兵2人が戦死した。松尾大尉の潜航艇は、魚雷を発することなく撃墜され、拳銃自殺を遂げたという。1967年、この松尾大尉の83歳になる母親が、シドニー湾とキャンベラの戦争記念館を訪れた。引き上げられて展示されていた息子が乗った潜航艇に触りながら、母親は涙したと記されている。オーストラリアは、自決した日本兵を手厚く弔い、そして遺骨は日本に返したそうだ。戦争中の敵国日本にだ。そして、母親がこの国を訪問したとき、オーストラリアは国賓並みの歓待したという。攻撃の前に、遺書をしたため両親に送った松尾大尉だったが、その遺書を読み、母親が詠んだ句が残されている。君がため散れと育てし花なれど 嵐のあとの庭さびしけれ25年して、母親はやっと息子の戦死の地を踏んだ。4年がかりでこの話のドキュメンタリーを制作したオーストラリア人の記事がこちらの新聞に出ていた。もう放送されたのかもしれない。見たかったが。日豪関係、知らないことがまだまだ山とある。
2005年11月10日
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「犬と人間は入るべからず」? 但し、「犬に引かれた人は例外」。猫はいいのだろうかとルーシーを思う。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2005年11月09日
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明日からブリスベン出張で、バタバタしている。メルボルンの事務所には、しつこいようだがエアコンがない。大型扇風機が7機あるが。今日、暑いので扇風機を出してもらった。なにしろ地球温暖化で、2,30年前のメルボルンと今のメルボルンでは温度が違ってきているようだ。昔は、エアコンはいらなかったのだろう。タコ社長、花粉症でハンカチ鼻かみだが、汗を拭くのもハンカチ。左のポケットに汗用のハンカチ、右は鼻かみ用だが、先日、ふと人並みに考えごとをしていたら逆にしてしまった。慣れないことはしない方がいい。苦しい季節が続いている。ブリスベン、外は海パンになっても良いくらい暑いだろうが、事務所にはクーラーが入っている。少なくとも、部屋の中ではハンカチで汗拭きがないのが嬉しい。じゃ、行ってまいります。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2005年11月07日
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今日は昼前に友達たちとカフェでブランチ。この下にトーストが隠れている。やはり、健康食は食べていて気持ちがいい。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2005年11月06日
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オランダ系の連れ合いの、大学1年生になる姪っ子がパーティーに行くという。「連れて行って欲しい!」といったら断られた。どんなパーティーなのだろう。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2005年11月06日
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オーストラリアでの統計だが、最も信頼のできる職業のランキングが出た。1.救急隊員2.消防士3.看護婦4.パイロット5.医者因みに、警察官は7位、教師は8位だという。ここまで聞いたら、じゃ、最も信頼でいない職業も知りたくなる。下からいうと、5.ジャーナリスト4.霊感術師3.不動産屋2.車のセールスマン1.政治家だという。妥当といえばあまりに妥当な結果だともいえなくもない。仕事のために命を懸けている度合いで決まるのだろうか。しかし、政治家も、どこかの国の首相の弁を待つまでもなく、「命を懸けている」のは間違いないのだろう。してみると、政治家、という人たちは本当に割りの会わない仕事をしている人たちといったらいいのだろうか。そうではないだろう。全く逆なのだろう。一番割りの合わない仕事に命を懸けているから、救急隊員が最も信頼されているのだろう。政治家とは、信頼されているかどうかなんていう次元では全く考えられない職業に就いている人たちの総称ということなのだろう。そういう職業に相応しいから政治家になるのか、政治家になるとそうなっていくのかは論を待たない。中小企業の社長、なんてはどうなっているのだろうか。「命を懸けている」なんてことを云々されるのだろうか。あまり突っ込んでは考えないことにしよう。それでなくても、夜寝られない日が多くなり、会社で毎日居眠りしていると評判のタコ社長なのだから、これ以上悩みが増えてもらっては困るところだ。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2005年11月06日
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今週末もパーティーが続くタコ社長。話しは連れ合いに任せて、ただひたすら飲む予定。胃散も泣いて喜ぶ、食欲、アルコール欲の初夏。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2005年11月04日
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明治時代にアメリカに渡った野口英世は、15年間日本に帰らなかったという。その15年目に帰って母親と水入らずの日々を過ごし、アメリカに戻る。それから、50歳にしてアフリカに渡りそこで客死。アメリカ人の連れ合いをアメリカに残して。最後に日本で大晦日を過ごしたのは8年前、とか言って同情を誘っているようなタコ社長とは覚悟の格が違う。「永住」という重みがちっとも分かってない私だ。「永住」とは読んで字の如し。正月以外には何度も帰国もしている。日本人の「永住」はあまりに軽い。「何が何でも永住権」と言って33歳でオーストラリア入りした。取れるまでは帰国しないと公言背水の陣。梅毒の研究はしなかったが、梅毒の心配はした。そこだけが野口さんとの僅かな接点。「バーレーンで英語教師を募集してるんだって。」オランダ系の連れ合いが突然言い出した。1年間現地で英語を教える。条件もいいらし。最近あまり、ドキッとすることのない人生だがややドキ。しかし、この会話は、我が家の老猫130歳と一緒じゃないと行かない、という連れ合いの結論で無事終結。やれやれだった。私は、オーストラリアに永住しているので、ルーシーには何とか長生きしてもらわないと困る。あっちこっちに「永住」なんていって浮気してたら、世の中にも相手にされなくなる。これからは、野口英世ならぬ、ルーシー永世とか呼んで大切にしていかないとならない。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2005年11月03日
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オランダ系の連れ合いが、限られた日本からのお土産の中に入れてきたのは、あの夢にまで見た「大食いビデオ」復活版、「デカ盛り王選手権」ビデオだった。数年前にTV放送が中止になってから、東村山の実家からのビデオ送付が激減。待ちに待った復活だった。しかし、酷なのだ。私が今、毎日、毎食でも食べたいと思っているカツカレーが、1.5キロとかのカツ姿で、でこれでもかと出てきて、急に極度の空腹感を覚える。思わず、キッチンに立って冷蔵庫を開けたが、ここは岐阜の高山辺りじゃなくメルボルン、2日前に揚げたカツの残りなんかは絶対に期待できない。そこで、硬めのリンゴをかじって我慢した。せっかく粗食のオーストラリアにいるのだから、これからもその恩恵に十分与っていきたいものだ。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2005年11月02日
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今日はメルボルン、競馬の「メルボルンカップ」で祝日。いい街ですね。右隣のクリスさんの家に近所の人が集まって、ビールを飲みながらの観戦です。32度までなるといいます。半ズボンです。タコ社長、「寿司もどき」を作り、オランダ系の連れ合いと参加します。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2005年11月01日
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全25件 (25件中 1-25件目)
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