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たまには劇場にも足を運ばないと、ですね。観たい映画はたくさんあるのですが、やっぱり劇場に足を運ぶ機会が減っています。ので…ここは思い切って大作をチョイス。『パイレーツ・オブ・カリビアン~生命の泉~』、観てきました。 思い起こせば、『パイレーツ~』シリーズは、全部劇場で観たなぁ。とにかく、子供の頃の夢は海賊。っていうと、今はなんか、後付けっぽく聞こえません(笑)?だって、ジャックあり、ルフィあり、戦隊ヒーローありで、今や全世界的に海賊ブームですもんね。 なんせ私は、子供のころに読んだ、スティーブンソンの『宝島』!!これで海賊に憧れました。なんか、白黒のビデオで、多分映画も観ましたね、当時。 『パイレーツ~』シリーズは、そういう意味で、まさにスティーブソンゆずり(ディズニー映画でありながら…)、という感じで、もちろん私も大ファンですが、ジョニー・デップが立ち過ぎて、三作目では、ちょっと路線が逸れてしまったような気がしていました。これって、子供ないしは童心で受け入れられる作品なのかな?ちょっとシュールじゃないか?と思うシーケンスにも疑問符。 ですが、新作『パイレーツ・オブ・カリビアン~生命の泉~』は、原点回帰と言いますか、一作目の、クラシカルさとキャラクターの斬新さ、ストーリー展開のスピード感が渾然一体となった、エンタテインメント性に特化し、それをパワーアップしたような内容になっていました。 とにかく、飽きさせない。これまであまり描かれてこなかった陸での生活(あるいはロンドンの町並み!!)も、短いけれど、ストーリーに奥行きを持たせる意味で、しっかり描きこまれていましたし、ジャック・スパロウとバルボッサの腐れ縁…もはや絶妙なコンビネーションですが、これがまたイイ。新キャラである、ペネロペ・クルス演じるアンジェリカは、もう少し、この“男同士の絡み”に混ぜてあげたかったような気がしました。ちょっと、入り込めない感があって、可哀そうかな。でも、この人くらいのパンチ力を持ってこないと、ちょっと厳しいかも。ということで、キャスティングは成功でしょう。そして、伝説の海賊・黒髭。ついに出たか!! もう、これまでの作品で登場したのが、骨船長に、タコ船長…などと、まぁ濃厚なお面相ばかりだったので、あまりにフツーすぎる、直球勝負な海賊っぷりに、逆に新鮮さが。変身、呪い、CGなしでこの貫録。やっぱり伝説の大海賊はこうでなくちゃなぁ。また、アジのある親父俳優が一人、大役果たしました(この方イアン・、マクシェーン氏、不肖ワタクシは『カンフーパンダ』の声の出演でしか知らなかったかも…汗)。 で、内容ですが、ズバリ、テーマは聖杯!!またしても!!まぁ、あの時代の海賊が狙うんですから、究極のお宝と言ったら、ピサロとかコルテスの隠し財宝か、もう聖杯以外あり得ないワケで。というか、まぁヨーロッパ・キリスト教世界において、古今を問わず、究極のお宝と言ったらもう、イコール聖杯なんですよね。日本では、徳川の埋蔵金ってのがありますが、それと同じように。歴史的にも、スケール的にも、やはり聖書の世界からの派生なので、聖杯の方が、宝としても、宗教的にも、ひいては政治的にも圧倒的に価値が高いですけれど。。。 メジャーなところで聖杯ネタを挙げますと、『インディ・ジョーンズ 最後の聖戦』、『ダ・ヴィンチ・コード』あたりがすぐに思い浮かびますね。フェイヴァリット・ムービーでもある『インディ~』シリーズ。何度見返しても、謎解きの部分は、本当に稚拙です。飽くまで、キャラクターとストーリーが主で、すべて物語のための仕掛けや謎解きでしかないから当たり前です。それが冒険映画であっても、ジェットコースター・ムービーとしてのスピード感を損ねる謎解きは必要ないわけです。とにかく、唯一無二のキャラクターであるインディ・ジョーンズと、アクション、音楽、ムードでどんどん押しまくる。 一方、『ダ・ヴィンチ・コード』は、後で知ったら「あぁ、なんだ。そういうことか」という話ですが、ある程度、聖書ですとか、美術、歴史、舞台となる街の特徴などを知っていると面白くなるような仕掛け方で、謎解きとの相乗効果を出して聖杯探究の旅を体験させてくれました。 じゃぁ、『パイレーツ・オブ・カリビアン~生命の泉~』どうなのよ、といいますと…これ、『インディ~』シリーズ直系型なんですね。21世紀を代表する冒険活劇とも呼べる『パイレーツ~』シリーズの聖杯探索の温度を、すでに『インディジョーンズ』が作り上げていたというのも面白い話ですし、ある意味、『インディ~』シリーズは、現代的な冒険活劇に必要なフォーマットを、ディティールにいたるまで作り上げ普遍化していたとも言えるのかもしれません。 さて『パイレーツ・オブ・カリビアン~生命の泉~』、やはり聖杯が目的でも謎解きは何でもいい(考えてみれば聖杯、テーマですらないんですよね)。ストーリーの邪魔にならず、世界観を醸し出すのに一役買ってくれればいいというレベル。この作品もまた、キャラクターが持つブランド力をベースに、スピードを孕んで展開させていきます。特に、この最新作こそ、ブランド力に思い切り乗っかった作品と呼べますし、それゆえに、エンタテインメント度とスピード感が加速し、より一作目に近い、親子で楽しめる原点へと回帰していても、新鮮で、斬新で、まさに一番観たかった海賊映画の最高傑作と拍手喝采できるのです。原点回帰でいてパワーアップ。理想的な続編となりました。 ハンス・ジマーの音楽も素晴らしかった(ロンドンつながりで『シャーロック・ホームズ』との連続性を感じます)ですし、なんと、ジュディ・デンチ姐(通称M?)が、上品なコケットリーを発揮するカメオ出演も!!作品がヒットしたからこそ、そして支持されたからこそ、こういう遊びができるんですよねぇ。贅沢なカメオ出演です。 このような大作はお祭り。いろんな遊び心がたくさん詰まった打ち上げ花火を、いろんな目線で是非楽しまれてはいかがでしょう?(了)【8月発売予約】ホットトイズ ムービーマスターピース パイレーツ・オブ・カリビアン 生命の泉 ジャック・スパロウ【特撮リボルテック】パイレーツ・オブ・カリビアン ジャック・スパロウ (ケンエレファント/海洋堂/2011年4月1日)【6/3までエントリーでポイント5倍!】【送料無料】パイレーツ・オブ・カリビアン/生命の泉 オリジナル・サウンドトラック/サントラ[CD}【送料無料】 BD/洋画/パイレーツ・オブ・カリビアン ブルーレイ・トリロジー・セット (Blu-ray) (本編ディスク3枚+特典ディスク4枚) (限定版)/VWBS-1229名画DVD 宝島 VCDD-13(監督:バイロン・ハスキン/出演:ボビー・ドリスコール)
2011/05/31
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もう、ちょっと前の話になりますが、先日、ロマン・デュリス/ジョン・マルコヴィッチ出演『メッセージ』を観ました。ストーリーそのものは、もうひとつ食い足りないというか、ベタという気がしたのですが、とにかく映像が美しい!!ストーリーと直接関係ない、余韻のようなシーンの使い方がものすごく美しんです。話の筋は、確かに前フリは複雑ですし、最後に一応どんでん返しもあるのですが、「仕掛け」という意味では、ちょっと安直…というかすぐに筋が判ってしまいます。 しかし主人公が“メッセンジャー”という、人の死を予知し、その人が死を受け入れる手助けをする存在についてどう理解し、誤解し、そして、自分の寿命、あるいは愛する人とのこの世でのつながりを考え始めるか。あまり書くとネタバレになりますが、そういう機微のような部分は、丁寧に描きこまれていたと思います。 そして何より、死を意識することで、一瞬一瞬を大切にし愛おしく生きることができる、というシンプルながらストレートな“メッセージ”に感ずる処多々あり。まさに、「メモント・モリゆえにカルペ・ディエム」を地で行く佳作でした。ロマン・デュリスも健闘しましたが、やっぱりジョン・マルコヴィッチの異様な存在感は圧倒的でした。(了)【ポイント10倍】送料無料!!【DVD】『メッセージ』ロマン・デュリス/ジョン・マルコヴィッチ
2011/05/30
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駆け足になりましたが、ご挨拶かたがた行ってきましたうつわ謙心さんの『大中和典』展。写真手前のプリンの様な器に惹かれて足を運びました。 私にとっては、大中さんとの作品は初対面。慌ただしさの中でも、ギャラリーの落ち着いた雰囲気にマッチして置かれた作品は魅力的。入って奥が、大中和典・従来のスタイルの作品。入り口側が、うつわ謙心さんをして、「いままでの大中和典とは思えない驚きを感じて頂けます。」という、新作群。過去からの“大中ファン”からすれば、まさに新境地と呼べる世界観とのこと。 また、より身近な生活の中での使用を望む声がファンより多く、新作では、そうした普段使いをより強く意識した作品が並びました。次は改めてゆっくりと…。個人的には、彩りある新しい作品世界、好きでした。(了)■『大中和典 展』 2011年5月26日(木)~5月31日(火)
2011/05/30
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先日、出張先の小松空港から帰ってリムジンバスを待つ間に訪れた『茶席 千利休』展。タイトに絞り込んだ展示内容の潔さもさることながら、ニッチなスペースをうまく使い、空港のムード(デッキの最奥に位置するのですが、そこからフライトを待つ人々の行き交う姿もまた、演出のようでした)と場所の特性(狭いスペースが、趣味性の高い隠れ家的な雰囲気を作っています)をコンセプトに反映した展示の仕掛けはとても雰囲気が良かったです。 やはり、空間の擁する各要素の関係性・文脈と茶道は、かくも深く影響しあうのか、と再認識した次第。無料にして、隙間時間を利用した“15分のご馳走”。機会がある方は是非。(了)会場:Discovery Museum会期:2011年4月16日(土)~2011年7月18日(月) 期間中無休
2011/05/26
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児玉清氏が、去る5月16日に亡くなられた。最近のテレビでのご活躍ぶりも素敵だったが、それが私にとって素敵に見えたのは、子供の頃に抱いた氏への「思い出が素敵」だったことは間違いない。 海外生活から帰国して間もない頃、日生劇場で、はじめて観たミュージカル『サウンド・オブ・ミュージック』(東宝ミュージカル公演)。1982年のことであったか。 素晴らしい名曲、ストーリー、私にとっての、ミュージカルというスタイルの目新しさ。決して忘れられないよき思い出だが、マリア役の方が誰だったか、失礼ながらまったく思い出せない一方で、児玉氏が演じたトラップ大佐だけはいつまでも記憶に焼き付いている。 その後、両親には、国内外でたくさんのミュージカルに連れて行ってもらったが、私にとって、ミュージカルの思い出=トラップ大佐なのである。スラリとした長身、男性として美しい身のこなし、上品で知的なムード。やはり、演目が演目だけに、トラップ大佐の歌声はあまり記憶にないのだが、ミュージカルを見て、歌の記憶に辿りつかないトラップ大佐が印象に残る、というのも稀有なことである。 さて、児玉氏のトラップ大佐は、まさにダンディそのものと呼べるものであったが、それは、氏のたたずまいに、私はどこか、古き良きクラシカルなスタイルを見ていたからかも知れない。 その後、どのような時代にどのような役柄で演技をされても、柔軟ながらブレのない、芯の通ったそのダンディズムに敬服してきた。翳りを愛する私の中で、児玉氏は珍しく、圧倒的な輝度を持ったスターであった。ご冥福を心よりお祈りしたい。(了)
2011/05/20
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***********************************************************塩野七生著『ローマ人の物語』(40) キリストの勝利(下)(新潮文庫)読破ゲージ:読破ゲージ:■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■***********************************************************ユリアヌス、ヨヴィアヌスの死により、ヴァレンティニアヌス帝の時代に突入。蛮族出身の皇帝、実弟のヴァレンスを対等の共同皇帝として治世スタート。ヴァレンティニアヌスの治世とは即ち、アンチ・ユリアヌスで継いだヨヴィアヌスの発展型。ただし、質素な皇宮生活つまり宦官らの追放などは継承。しかし、教養にコンプレックスのあったヴァレンティニアヌス、元老院の三分の二を、反逆罪の汚名を着せて処刑。慌てた元老院の殆どは処刑前に議席返上。無教養を負い目にしていた皇帝、息子のグラティアヌスには西方随一の知識人で教育。治世十一年目、激変は訪れる。蛮族撃退&討伐で戦場を駆け回った蛮族出身皇帝、北の冬で、ゲルマン民族との戦いを前に、突然死。脳卒中か、心筋梗塞か。帝位継承は、順当たるグラティアヌスが、幼い異母弟のヴァレンティニアヌス二世にアウグストゥスの称号を贈って、帝国西方のイタリアの統治のみを任せる形で、帝国の責任を双肩に負う。蛮族仲間も震え上がるフン族登場。怖れたゴート族が、命と生活の保障を求めて、ローマに大移動。兵役も条件であったから、皇帝も受け入れたが、その数は予想を大幅に超え、流入したゴート族で帝国はキャパオーバーに。武装した難民たるゴート族が、約束不履行に不満爆発。弟と言うだけで皇帝になったヴァレンス帝の担当地域で広がる不満は、ついに軍隊の発動を誘う。が、即断できない逡巡の人・ヴァレンスは、甥のグラティアヌスの進言と応援を受けることは面子に関わると、熟慮なく開戦。史上名高い「ハドリアノポリスの大敗」を喫す。ローマ軍は、三分の二の兵士を失う。逃走したヴァレンスは、逃げ込んだ小屋で、皇帝が中にいるとも知らない兵士に火をかけられ死亡。無政府状態と化したヴァレンスの担当地域である東方に、十九歳になってはいたグラティアヌス帝は右腕を求める(イタリアを譲ったヴァレンティニアヌス二世はいまだ七歳)。先帝ヴァレンティニアヌスの元で戦功に輝くテオドシウスを皇帝に迎える。空白の時間に、互いにわだかまりはあった(テオドシウスの父は、讒言により、未熟だったグラティアヌスにより無実の罪で処刑されていた)が、年若い皇帝は働き盛りの軍人皇帝に、ハドリアノポリスの大敗の処理を託す。粋に感じたテオドシウスも偉かった。後に「大帝」の名を戴くテオドシウス、よしと引き受け、馬首をゴート族の居座るトラキアとダキアへ向ける。あらゆる手段で兵力回復、ボーナスもいとわず。世襲制も反故にするとして、文字通り兵士をかき集める。勝たなくても良い。事態を終息するのだ。目の上のたんこぶペルシャのシャプール王の死を追い風に、一気にゴート族の移住を公認し、不満鎮圧。これで、“ローマのゲルマン化”も加速。訪れた小康状態は、帝国を新たな変革に導く。徹底したキリスト教の国教化である。親キリスト教路線復活。元高級官僚。政治の裏も表も知り尽くした、代々の名族出身の男。後に聖人と呼ばれるミラノのアンブロシウス、歴史舞台に登場。またも、アリウス派と三位一体派の抗争勃発の処理を任された高級官僚アンブロシウス四十三歳。キリスト教徒でもなかったのに、司教に選ばれる。最初は辞退するも、無理矢理洗礼、叙階に必要な手続きは一週間でぶっ飛ばして一気に司教座へ。王権は神の意思。それを定着させたい皇帝の帝国ビジョンを受け、能吏は司教の道をひた走る。それもまた、一級の官僚の美学なのか。司教である前に、帝国安泰に身を捧げるアンブロシウスは、着々とキリスト教飛躍の地盤固めに手を打つ。「異教」と「異端」が分離。すなわち前者は、宗教的寛容の中で、多神教として崇められた宗教。後者は、決して許容されない、一神教の敵。ここに、「ミラノ勅令」から発しながらも、宗教の不寛容、それも排他的な不寛容の姿勢が歩みを始める。グラティアヌス帝による、次か次へと打ち出される「異教」廃絶政策。建国以来の女祭司制度の廃止、そして、一千一百三十五年燃え続けたフォロ・ロマーノの神殿の「聖なる火」の消火。神殿のみならず、祠までが閉鎖。コンスタンティウスが言い出して、そのままになっていた元老院会議場の「勝利の女神」も撤去された。たたりがあったか、グラティアヌス、ブリタニアで反乱を起こした司令官マクシムスに殺される。二十四歳の死。それでも、アンブロシウスの手は緩まない。ヴァレンティニアヌス二世も、成人を待たずに暗殺される。さて、「勝利の女神」撤去問題をめぐって、世紀の大論戦が繰り広げられる。クイントゥス・アウレリウス・シンマクス。ガリア系ながら名族中の名族。公職キャリアではアンブロシウスの上を行く、「内閣官房所属秘書官」、アナクロながらも、ノスタルジックな帝国最高の知性の一人。迎え撃つは、司教アンブロシウス。シンマクスの論旨は、とにかく「ローマの象徴、帝国の魂、愛国精神と誇りを喚起させ私心なき宣誓を保証する、伝来の栄光の目撃者たる勝利の女神像の撤去、まかりならぬ」。「異教ローマの誇りの最後の炎」の名に恥じぬ、正論。老獪なりアンブロシウス、反論は、すべて理路整然の一本槍。人情の付け入る隙間もない。ハンニバルが攻めてきた時、戦ったのは兵士で、女神ではない、と。屁理屈ギリギリ。だが、アンブロシウスに勝てる者などローマにはいない。女神像の、その後の行方は知られない。ちなみに、ローマ名物「真実の口」は、二千年前は、下水道に水を落とし込むためのマンホール。形を変えて、女神もどこかで生きながらえているのでは…とは筆者。キリスト教以外の「異教」の意味を「邪教」と変えたテオドシウスに大帝の名が贈られても不思議ではない。事実、キリスト教は勝利したのだ。止まらない神殿破壊。“宗旨替え”したパンテオン、生き残って良かった。コンスタンティウスの時代には、芸術鑑賞の対象としてならば認められた神像は、コンスタンティノープルで生き延びた。フィディアスのアテナ女神像もまた。しかし、テオドシウス時代にはそれも認められず。五年を要したブリタニア反乱鎮圧、マクシムス処刑。テオドシウス、ローマを訪問。凱旋も名所見物もせず、まっさきに元老院の会議場に向かい、「キリスト教を選べ」。この一言で、ついにキリスト教はローマ帝国の国教となる。一神教の時代到来、それはまた、多神教では成立し得なかった、ただひとつ、己の信じる教えのために死ぬという「殉教」を発明した。紀元393年、オリンピック、全廃。ギリシャとローマの文明が公式に終焉した年となる。宗教、皇帝の上座にさらに高く座す事件勃発。ユダヤ教徒のシナゴーグを焼いたキリスト教徒に、政治家としては処罰を下さざるを得ないテオドシウス皇帝、処罰を命じ、シナゴーグ再建をキリスト教会で賄うよう命令。それがアンブロシウスの布石の蜘蛛の巣にかかった。皇帝と言えども、神の前には罪を悔い改めよ、と。八ヶ月の抵抗の後、皇帝、司教の前に膝を折る。羊飼いが、羊を飼いならした瞬間。「カノッサの屈辱」のリハーサルは、700年前に行われていた。懺悔した大帝テオドシウス、死す。操ったアンブロシウスは、キリスト教会の基盤固めに最後の仕上げ。理論武装マニュアルを作成、さらに聖人信仰制度を設け、周到にも自らを聖人として、テオドシウスの死から二年後に帰天。もともと何十万もの神々に相談してきたローマ人たちだ。一神教を守りながら、神にとりなしを行う守護聖人を大量に生産したのは、独創的かつ、その後の中世の歴史における異教の取り込みを考えるにつけ、アンブロシウスの偉業と呼ばざるを得ない。さて、キリスト教国家となった帝国、大帝なのだからテオドシウス、神の意思を取り付けておいたろう、息子二人にスムーズに譲られるが、もはや分担統治の概念は機能せず。アルカディウスとホノリウスの帝国は、それぞれ、帝国東方、帝国西方ではなく、「東ローマ帝国」と「西ローマ帝国」へと分割していくのであった。実質的には、独立した二つの国になった帝国は、最後の世紀である紀元五世紀に突入していくのである。(了)【送料無料】ロ-マ人の物語(40)
2011/05/16
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ダンヒル銀座本店のラウンジ「THE AQUARIUM」にて行われた、ミホ・シェフ・ショコラティエさんのコラボ・イベント、行ってきました。 スイーツ好き男子の私にとってはあまり違和感はありませんが、一般的にはスイーツと無縁であろう、まさに“男の世界”を再現したダンヒルの特別スペースで、日本が誇るミホ・シェフ・ショコラティエのお料理&新作スイーツのお披露目イベント。 お誘いいただきましたので行ってまいりましたが、もう雨風なんぞなんのその、雰囲気のある、書斎風の会場の柔らかい明りの下、しっとりと妖艶に輝く、あるいは暖かく丸い光を放つ、またまたあるいは、摘まれることをカラフルに欲望する甘い新作の数々!!たまらん!! ということで、もはやいつもの自分を忘れて“食い”に走ってしまいました。反省。中でも、ひんやりとしたグラスに、やわらかい彩りが映える作品は、その濃厚な味わいに比してしつこさのない風味、ひたすらにやさしい口当たり、記憶に残る食感で、完全にノックアウトされました。シャリシャリ、ヒンヤリなクリームに、可愛らしいピンクのチョコを添えた逸品。五感すべてにとって、まさに「愛らしい」としか表現のしようのない新作で、なお一層ファンになった夕べでありました。(了)
2011/05/12
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***********************************************************塩野七生著『ローマ人の物語』(39) キリストの勝利(中)(新潮文庫)読破ゲージ:読破ゲージ:■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■***********************************************************ディオクレティアヌス、コンスタンンティヌス両帝によって封じ込められたペルシャが黙っている由もなく。コンスタンティウスの専制と、ユリアヌスの快進撃に、四十年の雌伏の時を経て、いま、有能なるシャプール二世によって、ペルシャが待ったをかける。大敗と休戦条約で、溜飲の下がらぬペルシャ王、齢五十にして、悲願に臨む。ふたたび、帝国最後の歴史家、アミアヌス・マルケリヌスの記述によって、戦端を開いたアミダの攻防は詳らかに。ローマ側の、数少なくなった歴戦の勇者ウルシチヌスも、アミダの死守はかなわず。命運を賭けたシャプール二世の本気の大軍の前にはなす術もなし。やがて、守るが有利な攻城戦も、圧しては戻る大軍と、城壁を越える兵器登場、城内には疫病が蔓延し、空いてはならぬ穴が空くことに。件のアミアヌス・マルケリヌス、ここで上司を捨て、逃げに逃げて、公人としてのキャリアと将来を捨ててはやくも隠遁生活に。ペルシャ攻撃から七十三日にてアミダ落城。ここでようやくコンスタンティウス帝、ペルシャ遠征を決意。もはや、完勝にて敵を掃討し、さらには帝国当方の防衛線深くまで取り返して安定を図るところまでいかねば、面子に係る。なにしろ、兵力はあるのだ。その数、ざっと六十万。ペルシャの十万を呑み込むには十分。副帝ユリアヌスも、この一大決戦に参戦せよとの声がかかる。西方で手一杯のユリアヌスに、余裕すらあるコンスタンティウスが命じた兵力の供出は、もはやいじめ。その精鋭の半数近くを、皇帝の指揮下にまわせとのお達し。これには、ユリアヌスの部下が納得しなかった。単に、敬えない主の元へ、はるばる西から東へと移動することが億劫だったのではなく、この職業軍人らにも人情はあった。ユリアヌスを、正帝へ!!突如、兵士らが、ユリアヌスを抱え上げ、「ユリアヌス、アウグストゥス!!」と叫んで胴上げ祭。それは賛同の声となって、遠くセーヌ河の対岸まで轟いたという。ローマ式のアウグストゥス決定の倣いに回帰!!哲学青年、ここまでも人望を勝ち得ていたとは…。しかし、これが謀反と取られては意味がない。冷静だったユリアヌス、まずは兵士の動揺を鎮めるため正帝を受けると宣言。次いで、コンスタンティウスには、東西二人の正帝成り立った「二頭政」を例にひいて、波風立たぬよう自分の正帝就任を認めて欲しいと弁明&嘆願書を送り続ける。理には、かなっていたのだ。しかし当然、あの陰湿なコンスタンティウスから返事が来るはずもなく、俟ち続ける一年を無駄にせず、最悪の事態に備えたユリアヌス、やがて、ペルシャの勝利に目をつぶることでいったん敵を満足させ、また同族争いは大歓迎だろうと見越してシャプール二世と簡単に休戦したコンスタンティウスが、ユリアヌス討伐に軍を動かしたことを知る。もはや、ここにいたっては帝位を受けるか受けないかではない。帝位を守るか、否かの問題である。内線覚悟の決断のとき。相手は、大帝の息子にして、兄弟肉親を殺して帝位に就いた、正統なる皇帝。誰が自分に従うのか…そう、西方での輝かしい勝利と、純粋さに惹かれた歴戦のゲルマン戦士たちが、ユリアヌスを皇帝にすると誓って立ち上がった。次々と、ユリアヌスに投稿するドナウの防衛軍。数においては相変わらず不利も、戦の流れは完全にユリアヌスにあった。命運尽きたか、矛交える前に、コンスタンティウス、病に倒れる。その死を、親子二代の夢の都であったコンスタンティノープルに向かう途上で知ったユリアヌス、一兵も失わず、人望だけを集めて、ただ一人の皇帝となり、その行軍は、皇帝としての入城となった。しかし、コンスタンティスの、父譲りの入念周到な二十四年の治世は、一つの政治基盤を堅固に形成していた。ユリアヌス、前帝の遺した東方の王族的な、豪奢で重厚長大な政治システムおよびヒエラルキーを換骨奪胎するため、矢継ぎ早に政策を発布。リストラ、官僚機構に巣食う帰省中を皇宮から一掃。宦官追放。そして、後に彼が「背教者(アポスタタ)」と呼ばれる所以たる、大帝コンスタンティヌス以前の宗教政策への回帰。辻邦生『背教者ユリアヌス』、ゴア・ヴィダル『ジュリアン』で描かれた、“背教者ユリアヌス”誕生。しかし、その実、寛容を謳いながらキリスト教を道具として支配基盤を作ったコンスタンティヌスよりは、キリスト教の圧倒的な優遇を排して、すべての宗教への寛容=つまり伝統的なギリシャ・ローマの多神教の尊重に戻したという意味では、背教どころか、ミラノ勅令の真の理解者&実行者だったユリアヌス。だが、ウケは良くなかった。なにしろ、政局の安定のために、キリスト教が邪魔だったディオクレティアヌス、そして帝位の神の指名の代弁者が必要だったコンスタンティヌス。どちらも目的は同じ。だが、信じるより疑うことが仕事の哲学者皇帝・ユリアヌスにとって、指示における「神の意志」は有効性を持たなかった。その政策は、コンスタンティヌス、コンスタンティウス父子のとったキリスト教政策すべての反故であるからには、もはやキリスト教への宣戦布告に等しく。そして、キリスト教の牽制のために敷いた、古来からのローマの神祇官の禁欲生活まで規定した日には、行き過ぎた感あり。めまぐるしく、敵を増やすばかりの政策に明け暮れつつ、次に向かうは、コンスタンティスが一旦は休戦に持ち込んだペルシャとの戦闘再開。休戦とて、敵が内側に居座っての休戦である。途上、アンティオキアでは、投機に明け暮れる元老院議員二百人を投獄。次いで、ダフネの街で、アポロン神殿を参拝して顰蹙を買うと、ユリアヌスを押し上げてきた魔法は何処へ、反感は雪だるま式に皇帝を覆った。自著『ミソポゴン』で、この恩知らずで分からず屋な民たちに思いの丈をぶつけるも、なんだかリアクション薄。とはいえ、ペルシャ戦役に突入すれば不人気ムードを一掃するかと思いきや、かつての深謀遠慮どこへやら、近隣諸国への根回し、ロジスティクスのリスク分散蒸無視、ペルシャの亡命王子を切り札として恃みすぎたこと、と三重のミスを重ねてのスタート。しかし戦は、歴戦の精鋭部隊を率い、巧みな戦術眼でローマ有利に進んだかに見えたが、最後の最後、唯一にして決定的な勝利への一手となる場面での追撃に踏み切らず、これがユリアヌスの運命を決定してしまう。次いで、船に頼った兵站は、敵に利用されることを恐れて船を荷ごと焼き捨てる作戦に出たがため、軍務生活の糧と、故郷への足を目の前で、自軍の総司令官の命で失った兵士たちに動揺を与える。背水の陣でもないが、暗雲立ちこめる自軍を鼓舞して、会戦にも勝利、シャプール二世に煮え湯を飲ませて、戦は進む。かつて、ユリアヌスに人望を備えさせた、あの陣頭指揮。八面六臂、獅子奮迅の戦いぶりが、まさか徒になろうとは。紀元363年、胸甲もつけぬままの馬上の皇帝を、どこからともない槍が貫く。その日の戦果は実りありとの報を受けると、三十一年の生涯の幕を閉じる。槍の主、そして胸甲さえ用意してもらえなかった当日のユリアヌス、その死の真相はまたも薮の中。後継者争いの醜さの中で皇帝となったユリアヌス、子はなかったのだからなおさら、後継者は決めずに世を去った。そこで、無難の無名人、ヨヴィアヌスが正帝就任。事後処理のつなぎ役。まずは、勝っていながら被害拡大を恐れてのペルシャとの講和。そして、今度はアンチ・ユリアヌスな法律と政策の大盤振る舞い。そこまでやって、まさかの暴飲暴食のため死去。七ヶ月の治世、果たして、ヨヴィアヌスの登板で得したのは誰?最後に筆者曰く、「宗教が現世をも支配することに反対の声をあげたユリアヌスは、古代ではおそらく唯一人、一神教のもたらす弊害に気づいた人ではなかったか、と思う。(中略)「背教者」とは…(中略)…三十一歳で死んだこの反逆者に与えられた、最も輝かしい贈り名であるのかもしれない。」(了)【送料無料】ロ-マ人の物語(39)
2011/05/10
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仙台出張から戻りました。被災地の方の、復興への元気な声をインタビューできました。しかし、青葉城址からこの街を眺めた時、遠藤周作『沈黙』の「人間がこんなに悲しいのに主よ、海があまりにも碧いのです」という一節を思い出しました。 何事もなかったかのように美しい自然、脅威たる自然、そして人間。何とも、やりきれないものがこみ上げました。(了)
2011/05/10
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「生誕100年 岡本太郎」展@東京国立近代美術館行って来ました。最終日だったので、混雑を覚悟しましたが、意外にスンナリ。混んでいたのは、海洋堂制作による会場限定のフィギュアのガチャ(一人二個までとか)。 実は私は、あまり岡本太郎が好きではありません。画家自身が作品化してしまうあり方って、どうなんだろう?という思いが抜け切らず、ずっと岡本太郎の偉業に疑問符を付けてきていました。同じ理由で、ダリもまた…なのですが、あそこまで露悪的だと受け入れることができるのです。 そういう距離感を抱いてきたので、逆にいま、岡本太郎が体現したすべてがやけに新鮮で、ちょっと覗いてみようか、という程度の気持ちで足を運んだのです。結果として、私の中の岡本太郎が大きく変わる、ということはなかったのですが、あの、人間の深奥の原初的な衝動にねじ込んでくる作風は、“子供的な感受性”が枯渇していた私の内側にガンガン入り込んできました。まさに刺激の塊。 岡本太郎の思想、興味関心、作風の軌跡に沿った展示から、彼の闘いが垣間見えましたし、やはり日本的なアニミズムやフォークロア的エッセンスへと突進して行く思考実験には、昨今の日本人のメンタリティの先駆けを見る思いでした。思えば、高度成長期から欧米志向へと日本人が真っしぐらに進んでいく時代、自らの立脚点を確かめるために、攻めながら立ち止まりもした岡本太郎は、単にアーティストであるというだけでなく、アクロバティックな日本人、稀有な現代日本人だったと言えるかも知れません。(了)岡本太郎『炎』リトグラフカプセル「生誕100年 岡本太郎展」会場限定 岡本太郎 アートピースコレクション 全8種セット(海洋堂)
2011/05/08
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***********************************************************塩野七生著『ローマ人の物語』(38) キリストの勝利(上)(新潮文庫)読破ゲージ:読破ゲージ:■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■***********************************************************紀元337年5月、死の直前に洗礼を受け、大帝コンスタンティヌス逝く。その治世は四半世紀なり。これ、アウグストゥスの四十年に次ぐ長期政権。満足、納得の死。さて後継者選びに抜かりはなかったか?ライバルとの権力闘争に明け暮れた働き盛りの苦い経験から、布石は打っていた。先に謎の刑死を与えた実子クリスプスの不在も、今にして思えばこの布石のうち。皇后ファウスタとの三人の子の成長した今、彼らが大帝の跡継ぎ、綻び、かろうじて外敵を押し返す広きに過ぎた帝国を三分の計。コンスタンティヌス二世、コンスタンティウス、コンスタンスの「正帝(アウグストゥス)」三兄弟による分担統治時代スタートも、まずは「四頭制」が生んだ複雑な皇位継承者の乱立の粛清から。大帝の異母弟の子、ガルスとユリアヌスのみ、年少につき死は免れるも、事実上僻地への追放および監視。この周到な粛清、黒幕がいて当然の大成功ながら、犯人像はまったく浮かび上がらず、それもそのはず、それが専制君主の世界。キリスト教を公認した大帝の子らの時代。神への関心の高さは人間への関心に反比例したのか。個性はバラバラ、無頓着な長男、陰気な次男、やんちゃな三男。共通項は、実質的な軍事経験ゼロ。加えて、この時代、宦官(エウヌコス)がネットワークを強化してきた時代。若き皇帝は、それぞれ、耳に吹き込む佞臣にちやほやされるに事欠かず。早速お耳に入れましょう、我が君コンスタンティヌス二世、あなたの取り分、少な過ぎじゃありませんか?後悔人間コンスタンティヌス二世、末弟に異議申し立て。いまさら何を、お兄さん。どこ吹く風の三男坊。ダキアに赴く隙をついて、コンスタンス襲撃を目論むコンスタンティヌス二世、戦闘らしい戦闘もないまま兵士に逃げられたところを捉えられ、近くの川に棄てられる。父の死後、わずか三年也。死んだ兄の担当地域の行方を決めるため二男と三男が激突か…と思いきや、話し合いもなく、当たり前のようにやんちゃな三男コンスタンスが継承。内気な次男はなすがまま。牙を剥くのは後回し。ラッキーボーイが転落する時。幸運続きで戦果は上がったコンスタンス、十年の治世は己の軍事的才能のゆえと過信。蛮族撃退への貢献を評価されない蛮族出身の精強軍団、表向きはマルケリヌスを、実は歴戦の軍人マグネンティウスを御輿に担いで、ついに反旗を翻す。コンスタンスの心に緩みに、まさかのクーデター。コンスタンスを廃してマルケリヌスを擁立したマグネンティウスらの報に接し、コンスタンス慌てて逃走するも、ピレネー山脈のふもとで追いつかれ、殺された遺体は山犬の餌食に。残ったのは、コンスタンティウス、ただ一人。二男が頭を悩ませたペルシャ王シャプールとは休戦協定、急ぎコンスタンティウス、西に軍を向ける。もはや傀儡はいらぬとマグネンティウス、自身が起って、まず自分を副帝に、と話合いを持ちかけるも、コンスタンティウス、権力独占への手は緩めず。即断で拒絶。父帝お得意の「お告げがあった」の演説で、帝国をまとめると、対決へ。マグネンティウスに合流されてはたまらぬヴェラトラニオを先に叩くと、マグネンティウスを裸に。裸の逆賊、かつて粛清で夫を殺されたコンスタンティーナと互いに接近し合い、策謀を成そうと動く。右腕が欲しい、インドア皇帝コンスタンティウス、やはりかつて粛清で孤児にしたガルスとユリアヌスを思い出す。いまだ年若く、おまけにギリシャ哲学に傾倒しているユリアヌスは補欠、まずはガルスを副帝に立てる。ガルスに東方を任せ、いざ、マグネンティウスと雌雄を決す。幾は苦手なコンスタンティウス、大勢の戦死者を出す。マグネンティウスも兵力を失うが、戦巧者ではあった賊将、皇帝に一矢報いて敗走に成功。ここでもまた、皇帝は勢いに乗らない。乗れない。慎重に最終決戦の場を決めると、ようやく内向皇帝、動く。支持を失い続けるマグネンティウスも、共同皇帝に立てたデケンティウスが街々で門を閉ざされ、待つのは絶望のみ。マグネンティウス、無念の自決。こんスタンスの殺害から始まった内乱処理、三年でようやく決着。小心皇帝、ゆえに、ここで残虐性を一気に露見。マグネンティウス側の人間を大虐殺、結果、ガリアの防衛は無防備に。これが次の悩みの種。宦官の甘言だけを信じる孤独な皇帝、心は開かなかったが利用はした副帝ガルスに、その残忍性を向ける。宦官に阻まれ、情報を遮断され、あるいは監視されながら、突如副帝の任を負うたガルス。息苦しい孤立無援の皇宮生活は耐えがたく、やがて思春期を穢されたガルスの残忍性も顔を出す。ユダヤ教徒とキリスト教徒との衝突に軍を出して介入し、ユダヤ教徒に肩入れした町も町民も皆殺し。ここまで我慢して健闘するも、重なる宦官の讒言を信じた皇帝から、こたびの粗相について呼び出し。イコール、実はコンスタンティウスにすれば、マグネンティウス無き後、ガルスは不要。更迭、そして拷問→死刑。肉親を殺し、あるいは失うことには慣れてしまっていたコンスタンティウスの、蛇のような冷血が炸裂。兄貴の次は弟だ。次に呼ばれたのはユリアヌス。学究一筋、ギリシャオタク、権力なんて興味ありません。そう言い逃れて一命を取り留めたユリアヌス、それがゆえに、衰えるガリアの防衛線対応のために副帝に抜擢される。学究一筋、ギリシャオタクは方便に非ず、事実剣も握ったことがない青年ユリアヌス、運命のままに歴史の舞台に引き上げられる。このユリアヌス、不器用ではあったが、失敗を繰り返さない聡明さと、失敗を教訓として結果につなげる胆力には恵まれていた。その純粋さと力量によって、頼りなき副帝は、次第にベテラン兵士らの支持を集めてゆく。古来からの難関ガリア行は、ユリアヌスを成長させた。ライバルの芽は摘む。それがコンスタンティウス流。だからこそ、この成長は慎重さを要す。フラビウス・サルスティウスという練達の軍事長官にして、数少ない友人を得たユリアヌス、生真面目に『ガリア戦記』も陣中で読んで、蛮族侵入に晒されるガリアの防衛に起つ。ゲルマンでも名高きアレマンンノの勇者たちを前に、積極戦法で不屈の闘志。実に、ユリアヌスの手によって六年ぶりにライン河はローマの手に帰る。一歩進めば、コンスタンティウスが邪魔をする。そうやって一進一退、外敵と内側の敵と切り結びながら、勝利を妬みはするが応援はしない皇帝を背負って、前線を下げ続けながらも屈しない、三倍の数のアレマンノ族との決戦に進む。兵数に勝り、堅固な城砦を要するアレマンノ族の裏をかいて、頼りない包囲からの攻城線ではなく、抜擢したセヴェルスの才覚を活かした伝統的ローマ戦法で、定石を崩された敵軍を撹乱、戦局の主導権を握って逃げるアレマンノ族を追撃すらしたこの一戦、ストラスブールの勝利は、帝国後期以後のローマ史で久しぶりの完勝。ユリアヌス、ここに、名実ともにローマ帝国の「インペラトール」となる。意地悪皇帝でも、遊んでいた訳には非ず。ユリアヌスが西で結果を出せば、コンスタンティウスはドナウ河畔のサルマティア撃退を完了。皇帝、ここに凱旋式挙行を決定。記念すべき、これが、ローマでの最後の凱旋式になろうとは。その詳細は、タキトゥスの文学上の弟子とでも言うべきアミアヌス。マルケリヌス『歴史』に。そのリアルなノンフィクションが描きだす、コンスタンティヌスは、やはりリアルに最低な男のようで。といって、コンスタンティヌスにも孤独な自己演出が必要だったわけで。一方のニューヒーロー・ユリアヌス、ようやく落ち着いてガリアの統治に着手。法の見直し、減税政策、海賊掃討による安全保障の確保。その再興を図る。ちなみにコンスタンティヌス、キリスト教への貢献度からいえば、父にも劣らず。大帝コンスタンティヌスが打ち出した保護と振興策をさらに補強し、キリスト教の公認→キリスト教のみの優遇→ローマ伝来の宗教を排撃、のステップで、キリスト教の国教化を強力に推進。ちなみに、誘惑を退けた伝説の隠遁聖者アントニウスは、この時代の聖人、御年106歳也。(了)【送料無料】ロ-マ人の物語(38)
2011/05/02
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