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子豚のウエブちゃんが、人生の教訓を考えて。。こういいました。人生の時間は何よりも尊い取り返しの付かないものだから最も大切につかうべし。・・・・・・・・・・・・・・・そうなのです。過ぎ去った時間をどんなに悔やんでみたとしても、ソノ時間には戻れません。 だから、人生の一つ一つの出来事や時間はとても尊いものです。 私たちは時間を大切に使いたいものですね。私も後悔、後悔の連続です。とりかえしのつかないことをして、痛恨の至りになるよりも、一つ一つを大切に、そして{光陰矢の如し}人生とは早いものだからこそ、時間を有効につかいましょう・・・という教訓のお話でした。30日土曜は小樽までドライブに行き、楽しかったはずですが、言葉の行き違いが生じて、家人と帰宅途中の車の中では、、、、残念ながら、会話が成立しませんでした。せっかくドライブしたのに・・・小さな行き違いのために、大切な時間が意地の張り合いで。まあ、今となっては後悔しています。教訓、教訓、自分と家人に言い聞かせながら、しまった!心を改心しましょう。
2011年04月30日
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・・・引越ししました・・と、ご挨拶状が届いた。差出人を見ると、なんと、つい先月の上旬まで[できればお会いしたく思います 」と連絡をしてきたくれた彼女。。私の講座1期生で、時々は優しいお便りをくださったり、声の便りも届けてくださった。昨夏は、私の甲状腺検査に手作りの大きな美味しいオニギリを持参して付き添ってくださったSさん。私への心遣いと愛が詰まっていたオニギリは本当に美味しかった。あれから半年、Sさんから心細い声での連絡だったのに、忙しさで、Sサンのことを気にはなりながら4月を向かえてしまったGWには連絡してお会いしようと本当に考えていた矢先のことだった。・・・また同じことをしてしまった私・・・後悔が募る。Sさんは稚内に行かれた・・・ 汽車に乗ってすぐにいける距離ではなく、私は途方に暮れている。自分の行動を振り返り、損得からではなく、道義の心から、し・ま・っ・た・!と、思っている私。忙しい忙しいと言っても、何とか、無理に時間は作れたはずではなかったのだろうか。お会いすればよかった・・ 今になっては、なんと思ってみたところで、もう追いつかない。残念で悔恨の思いに駆られている・・今さっきSさんに電話をした、稚内の住人になった彼女は電話の向こうで明るい声で・・・私は札幌よりもここの水が合うかもしれないです!・・・5階から見える景色はとても素晴らしいものです。 私は随分とSさんに詫びた、本当にこのGWにはお会いする予定でいたことを告げた・・優しかった彼女の誠意に甘えすぎていたのかもしれない、私は稚内には1度も行ったことが無いので、これを機会に彼女に会いに行こうと思っている。人間は一生のうちに出会うひとつひとつの出来事やその関係は一回かぎりの場面であって二度と繰り返すことはないかも知れない。だからこそ、一つ一つの出来事を大切にしなければならないのだと、人として大切なことを感じ取った瞬間であった。本当にオニギリは優しいSさんの心でお母さんの味がしました。
2011年04月27日
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ラララ~、楽しい、充実した時間であった。今日、私のバースディの前祝いを親友がしてくれた。彼女は早生まれ、私は遅生まれ、ので10か月は互いの年齢が違うのである。同級生なのに、、ちょっぴり羨ましい!当時は早く大人になりたい・・なんて思っていたけれども、今となっては1歳でも若くなりたい。・・体も心もリフトアップして、また1年磨きあげましょう!ということで、バスタイムグッズとテイッシュケース、それも私の好きなピンクのバラ。・・・花飾りという和のランチでご馳走様!おしゃべりに5時間、、こんなに話せるのは彼女だけ。いつも控えめで優しい彼女は、もはや私のスーパーバイザー。誰にもいえなかった悩みを受け止めてくれ、的確な言葉でアドバイスしてくれる。「あたらしい友達を作っても、古い友達ちを忘れてはいけない」・・教訓です。親友にこころから、ありがとう! そして、これからもよろしくね!
2011年04月26日
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こんな本がありました・・・ウエブちゃん・・(子豚の男の子です)見かけに寄らず、いつも人生について考えています。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・教訓ウソをついて得られることは 一つだけ本当のことを言ったときに信じてもらえないことだ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・これは昔、オオカミ少年という話で、たとえられたことですが、ある嘘つき少年が、オオカミがきたー 、オオカミがきたーと叫んでは、村の住民を驚かしていたけれど、最後は本当にオオカミが山から下りてきても、誰も信じてくれず助けてくれなかったという悲しいお話です。私たちも、ふとしたことで話を摩り替えてしまったり、悪気は無いけれども、うそをついたりしたことがあると思いますが、その人にとって真剣なことではなくても、聞く相手にとつては真剣なこともあるので、やはり、正直に話しはすべきですね。後、言葉が足りないと、コレも相手の誤解の一つにもなります。先日仕事帰りにウエブちゃんの本を買いました。この本は、日めくりになっていて、そのときの気分でパッと開くと、人生の教訓になる言葉が書いてあります。たぶんその日の教訓にしなさい・・という本なのでしょうね。本日は私はお友達からの、バースディの前祝いです勿論、すこしだけオシャレをして、いってきまーす・/FONT>
2011年04月26日
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昼食時、某TV番組を見ると、とても可愛いKアナウンサーさんが出ていた。 振ったサイコロの表に書いてあるタイトルの話をしなければならない番組で、ほんの時々楽しませていただいているわたし。タイトル・・(書いているうちに忘れました・・)彼女が言うには、小・中・高・大学も一緒の仲の良い幼友達がいるそうな、その友達と小・中下校時は、未来の結婚式の話題に盛り上がっていたそうです。・・・私は友達の結婚式の進行役という設定での想像の話でしたが、いつも、私が司会役となっていたのです・・・・・・・その当時は自分がアナウンサーになるなんて考えても居なかったですし、実は先日、その友達の結婚式があり、私が司会進行役をたのまれたのでした・・・当時の話どおりに現実がなり、とても驚いています。。。そう、Kアナウンサーさんの言葉どおり、人間はイメージしたようにな・る・ものです。良くも悪くもイメージングするとおりに人の行動はソチラのほうに向かうものです。どうせ、な・る・のなら、良いほうを考えて膨らませたほうがいいのでは無いかと、近頃は自分にも言い聞かせている私ですが、この番組のおかげで、今夜から、自己暗示法・・・私はあらゆることが、益々良くなる・・・と唱えて、今週もまたも仕事をがんばろうっと!
2011年04月21日
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Suzutan??? 家人の部屋のビニール入れ袋を整理すると、紺色の袋が見えた。何かしら?と思い袋を手にとると、B4サイズの明らかに、洋服が入っていたような折りたたみシワ。よく見ると、鈴丹ではないのかしら????これって、誰のお洋服? 私が以前購入したものかしら?それとも、娘が置いていったものかしら?記憶をたどっても判らない。しかも、パソコンの買い物袋が数々入っている袋の底に堂々と入っているではないのか。。そして、もっと驚きはハート模様の可愛い袋がチョッコリ、ある。なんだか、記憶にあるような無いような・・。どうして、こんなところに入っているのかしら? ひとまず、記憶をたどって、みようっと!
2011年04月15日
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チーッチーッ、我が家の庭にも春がきた。 毎年冬からやってくるヒヨドリもスッカリ顔なじみとなり、サクラの木に止まっては、パンのおねだりをする。掃除のたびに窓をあけるものなら、どこからともなく飛んできて、チョッコリを私を見つめる。そのような中、昨日より四十からまで飛んできた、(設置して10年の巣箱に去年の夏、スズメバチが侵入したので冬に取り除いた)ことを知らないで、巣箱を探す。チーッチーッと鳴きながら、枝から枝に止まっては、探す。だから、ヒヨドリ、四十から、スズメなどが、忙しく出入りしてくれる我が家の庭。老犬エルまで庭に入れると、気持ちよさそうに寝る姿平凡っていいな、日常の生活の何気ない一こまを感謝するこのごろです。
2011年04月14日
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4月、スタートとともに心も環境も新しくしましょう!ということで、捨てましょう作戦が始まった私。まずは、クローゼットの中から、洋服の選別。着ないのに、いつかは手を通すかもしれないと・・何時何時までも着ないままで10年。捨てるのには・・勿体無い・・コート類が10着も・。春夏秋冬の洋服をざっと数えるだけでも、私って芸能人並・・・2つのベットの上も床も、全部服の山、ソノ中をポツンと座って途方に暮れた私が居た。20年前の服までも、捨てられしない。 いつかいつかで今日まで大切にしまっていた。こうなったら、とことんスッキリさせたい!服の山を乗り越えて潔く、袋に詰め込んだこと、4時間。目の前にあっては、またまた取り出すしまつ、だから、このままリサイクルの店にお願いしに行った>・・・・なんでもいいので、ドウゾ、お引取りしていただけますか?・・・108番さん、108番さん!・・呼・ば・れ・た・・・1875円ですが、よろしいですか?・・・ハイハイ、ありがとうございます、という私の手には、しっかり春先のカーディガンを握っていた結局、自分の服を引き取った代わりに、追い金して、誰かのカーデイガンを買ってしまった。捨てる神(服)あれば、拾う神(服)もあり、これだもの、何時までもスッキリはできないかも。
2011年04月13日
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土曜から今期の講座が始まる。 用意に関しては1月から始めていたが、3月は上京2回、震災などで気持ちが落ち着かない日々の中を、受講生さんが集まってくださる。いつもとは気持ちが違うけれど、こんなときだからこそ、今まで以上に真剣に講義を進めたい。昨日夕方、美容室で髪をきった、普段はメガネを必要以上にかけない私だけれども、今朝からは、メガネをかけて、やる気満々! メガネの私は別人のようにキリリッとして見える。今日から心機一転! 色々なことに新しくスタート!遣り残しのないように、一つ一つを丁寧に向き合いたい。
2011年04月07日
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旅立ちの日にちなんで、恩師のご家庭での心打つお話です。・・・・・一昨日長男は、被災地仙台市に到着したと連絡が入りました。日常生活で何かと不便があるようです。一人で心寂しいかもしれませんが、厳しく育てたのでどこででも生き抜く強さがあるのが救いです。仙台に旅立つ朝は久しぶりに妻と長男と三人で朝食を食べましたが、昔の辛かったことを思い出して涙が止まりませんでした。自立した人間を育てなければという思いが強すぎて、あまりにも理不尽な躾をしたこともありました。家庭内の秩序を維持するために厳しく叱責したことも多々ありました。子どもたちには本当に迷惑をかけたと悔いています。長男には、どうしてそういう厳しい躾をせざるを得なかったかという事情を話しました。そして泣いて長男に「本当に申し訳なかった」と詫びました。妻も長男も泣きました。そしてお父さんが先に死んだとき「お母さんをよろしく頼む」とお願いしました。それにたいして「どちらかが一人になったときは、大丈夫! 俺が面倒をみる」と言ってくれました。いままで親に対して不信感をもつこともあったと思います。しかし真面目に必死に私たち夫婦が生きてきたことだけは分かってくれていました。旅たつ前日、長男が次男を連れて酒を飲みに行き、最後に「おまえは将来医者になるので忙しくなる。だから親の面倒は俺がみる。だから立派な医者になってくれ。ただしスポンサーになってくれ(笑)」と伝えたら、次男は感極まって号泣したと言っていました。長男は多額の奨学金返済義務を背負って被災地に行きました。次男もそれ以上の奨学金の返済をすることになります。彼らは自分の力で大学に行き社会に出ます。森信三師は他のところで、こうも言っています。「金の苦労を知らない人は、その人柄がいかに良くても、どこか喰い足りぬところがある。人の苦しみの察しがつかぬからである。」「金の苦労によって人間は鍛えられる」私は子どもの頃、お金で惨めな思いをしたことは一切ありません。だからお金は自然に与えられるものだと勘違いしていました。そういう現実を知らない脳天気な人間だったので、人間いかに生きるべきかを自覚したのは45歳を過ぎてからでした。経済的苦労が人格を磨きあげることは確かなことだと思います。最後に、森信三師の父親観(私が目指す父親像)で締めくくります。「子どもの立場から、父親の真のエラさがそれなりに認識されるのは、まずは齢(よわい)四十に達しなければ分かりにくいかと思われますが、その場合に、子どもの心に印象づけられた父親の一語、もしくは父親像の一面なりとも種まきできているとすれば、父親としてはもって瞑(めい)すべく、卓(すぐ)れた父親と申してもよいでしょう
2011年04月06日
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「金の苦労を知らない人は、その人柄がいかに良くても、どこか喰い足りぬところがある。なぜなら人の苦しみの察しがつかぬからである旅立ちの春にちなんで、恩師のご家庭での・・・心打つお話です。・・・・・一昨日長男は、被災地仙台市に到着したと連絡が入りました。日常生活で何かと不便があるようです。一人で心寂しいかもしれませんが、厳しく育てたのでどこででも生き抜く強さがあるのが救いです。仙台に旅立つ朝は久しぶりに妻と長男と三人で朝食を食べましたが、昔の辛かったことを思い出して涙が止まりませんでした。自立した人間を育てなければという思いが強すぎて、あまりにも理不尽な躾をしたこともありました。家庭内の秩序を維持するために厳しく叱責したことも多々ありました。子どもたちには本当に迷惑をかけたと悔いています。長男には、どうしてそういう厳しい躾をせざるを得なかったかという事情を話しました。そして泣いて長男に「本当に申し訳なかった」と詫びました。妻も長男も泣きました。そしてお父さんが先に死んだとき「お母さんをよろしく頼む」とお願いしました。それにたいして「どちらかが一人になったときは、大丈夫! 俺が面倒をみる」と言ってくれました。いままで親に対して不信感をもつこともあったと思います。しかし真面目に必死に私たち夫婦が生きてきたことだけは分かってくれていました。旅たつ前日、長男が次男を連れて酒を飲みに行き、最後に「おまえは将来医者になるので忙しくなる。だから親の面倒は俺がみる。だから立派な医者になってくれ。ただしスポンサーになってくれ(笑)」と伝えたら、次男は感極まって号泣したと言っていました。長男は多額の奨学金返済義務を背負って被災地に行きました。次男もそれ以上の奨学金の返済をすることになります。彼らは自分の力で大学に行き社会に出ます。森信三師は他のところで、こうも言っています。「金の苦労によって人間は鍛えられる」私は子どもの頃、お金で惨めな思いをしたことは一切ありません。だからお金は自然に与えられるものだと勘違いしていました。そういう現実を知らない脳天気な人間だったので、人間いかに生きるべきかを自覚したのは45歳を過ぎてからでした。経済的苦労が人格を磨きあげることは確かなことだと思います。最後に、森信三師の父親観(私が目指す父親像)で締めくくります。「子どもの立場から、父親の真のエラさがそれなりに認識されるのは、まずは齢(よわい)四十に達しなければ分かりにくいかと思われますが、その場合に、子どもの心に印象づけられた父親の一語、もしくは父親像の一面なりとも種まきできているとすれば、父親としてはもって瞑(めい)すべく、卓(すぐ)れた父親と申してもよいでしょう
2011年04月06日
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今朝の朝刊に堂々と掲載されていた。人生は か・き・く・け・こ・である。か・・は感動するき・・は興味を持つく・・は工夫するけ・・は健康こ・・は恋をするこれを目標とすると、人生長くボケずに楽しめるらしい。今の日本は、工夫すること、ゼロからのスタートをどのようにきること、それが一番である。
2011年04月03日
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こういうのもなんですが、あまりのキレイさに通り過ぎてしまった花嫁姿の娘を。写真館に到着してから、1時間が経過した。 震災のこともあり、上京した私の心は複雑だった。3年前に海外挙式をあげた娘夫婦が帰国してから半年。・・・やはり内掛け花嫁姿と白無垢で記念写真を残したい・・との希望で3か月前から準備をしていた。海外挙式写真は1枚のドレスのみだったので、娘の気持ちもとても理解ができていた。・・・お母さん・・と婿殿の声に振り向くと、婿殿が姿で凛々しく立っているではないか・・。娘はどこかしら・・・?写真館のスタッフに囲まれた花嫁姿の美しい女性がそそとしているのは横目に見えたけれども、娘とは気がつかずに通り過ぎてしまった母親の私。・・・実にキレイな花嫁さん・・・心の中でつぶやいてしまった・・・お母さん、わ・た・し・・・よ・・エエ゛ーッ、キレイ過ぎる花嫁さんは、実は娘であった。本当に美しい! 化粧が厚いわけでもないのに、お人形さんのように、いやいや、雪女のような透き通るような美しさに、思わず驚き転ぶ寸前だった。・・・キレイねぇ! 本当によく似合うこと・・・3年前はドレス姿に涙したけれども、今日の花嫁姿の娘は、本当の花嫁さん・。ググーッと心にこみ上げたいとおしさ、、夫の顔を見ると、悔しそうな顔をしていた。こんなに我が娘が美しいなんで、親ばかといわれようが、身内過信といわれようが、キレイなものはキレイで、手から離したくないほど美しい。結局、神社と古風な家に移動しながら、200枚の写真を4時間かけて撮った本人たちは、アッチ、コッチとポーズをとらされ、まるでモデルのような感じ。すっかり板に付いた二人もさすがに最後は、クタクタ疲れていたようだ。婿殿は1枚の姿だったけれども、なかなかの男前で私たちも惚れ惚れとした。勿論、婿殿のお身内も顔はニコニコ、体力は写真撮りでヨレヨレ状態。夜は家族全員で、お食事会。震災の時だけれども、本当に出席できて良かったとしみじみと感謝した。
2011年04月01日
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