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もう、体の動かなくなった父さんには、母さんをどうして上げることもできなくなった・・と、会話の途中に父から言われたのが土曜の9時のこと。その日は受講生さんのお子さんが運動会ということで、急遽講座予定を変更し、何気に親に電話をした私。そこで母が大変な状況になっていたのが判明した。母が真夜中に下痢・嘔吐・吐血・下血と辛い7時間を過ごしているという、もう慌てて夫と車で行くと、布団に横になったままの母が・・・・子供たちに迷惑をかけたくないから、死なせて欲しい、このまま病院に連れて行かないで欲しい、と懇願した。そんなことを聞いている間もなく、母を乗せ病院に行った私たち。すぐ母は入院させられ、私たちはまた入院のしたくをしに実家に戻った。すると、父が・・・子供たちにはこの数年、随分と世話をかけているから、父さんたちは死んもいいと思っているのだ・・と言う。父も転倒しては救急車のお世話ばかりになっている近年。母は心臓を悪くしてから、私たちを頼りにしながらも、口では空元気だから、ついつい私たちも母の言葉に甘えてしまった。こんな話、きっと客観的に聞くと、ひどい子供たちだと誰もが感じることは間違いない。私もそう感じる。4人も子供がいるのに、誰も同居をしないとは、一体どういうことなのだろうか?そこそこの家庭内の事情が絡み、難しい話になつていく。できる人が出来るときにというと、結局は姉と私だけである。 義理兄も体調が悪く、姉は自転車で走り回り、私は一台の車を夫に遠慮しながら使う。家庭内で無理に収めようとするのは、親譲りの私たちのDNA・・・要は他人にいろいろな事情を知られたくないという環境からだけのこと・・姉と二人で、母の病院に行く人、その間父の食事・洗濯・夕食を共にする人の分担が始まった。毎日交代でドチラかが、ドチラかに行くという日々がこれからも続く。89歳と85歳で寄り添うように頑張っている老親に、自分達の心の在り方・これから順番に続く自分達の人生を重ね合わせ、今は懺悔の気持ちで一杯である。母には父のことで心配かけずに元気にしてあげたい父にも、心配しないで母を待とうね、といってあげたいこんな些細な言葉だって心に余裕が無いと、出てこない・・・。
2011年05月31日
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いつもの日課、掃除をしている私にベランダから体ごと乗り出して、オヤツお頂戴する老犬エルです。この子は娘が14歳の時に拾ってきたミックス犬で、まるでぬいぐるみのように愛らしかったです。オヤツのオヤというだけで、千切れるほどシッポを振ります。しかし、これ以上は部屋には入りません。
2011年05月29日
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こんな晴れた日は、うじうじと家にいることはない! オモイッキリ外に飛び出しましょう!私の企画で、母と私の姉(長女)と3人で始めて日帰り旅行をした。行き先は、小樽。 JRに乗って海を見つめて、ランチして、お土産をゲットしてきましょう。ということで、姉を迎えにいき、続いて母を迎えにいき、母娘の小旅行が始まった。母は85歳。杖をつくようになってから、弱気になってきた。 遠出の運転をしたことの無い私は、地下鉄駅に駐車し、そこから地下鉄・JR・タクシーで北一ガラスのメイン通りに2時間かけて到着した。杖をつき汗をかきながら、私たちと同じ歩幅に歩く母の姿に、強さを感じた。・・・お母さん、大丈夫? 休もうか?・・・・・・大丈夫、大丈夫、昔はもっと早く歩けたのにねぇ・・・そう、以前の母の歩くスピードは、風のごとく早かったので、私たちは走って母の後を追いかけた。勿論、70歳を過ぎてもチャキチャキしていたので、うかうかすると私たちのほうが母に負けた。・・・・お母さん、ここら辺でお茶しなーい?・・・・・・・さっき、お茶したばかりでしょう・・・という会話が当たり前だった。しかし、そんな母も、4年前に心臓の手術をしてからというものは、急激に衰えた心身ともに。小樽の町は情緒あふれるレトロな街で、行くところ行くところが新しいのに、どこか懐かしさを感じる。昼食は「ベリーベリーストロベリー」でパスタランチ+ケーキ、おまけに母がおごってくれるというので、お言葉に甘えて姉ともどもご馳走になった。 とても美味しく、母までもがパスタをペロッと食べつくした。ガラスでできた金魚を4匹買い、ビー玉も買った私たち。1000円均一のお店では、シルバーにブルーの色のファッション時計。ワイワイ言いながらの女3人旅は酒屋の試飲コーナーで鼻を赤くして終了した。岐路の汽車の中で母は一言・・・今日という日をお母さんは忘れないよ、娘たちと一緒に歩くことが、おかあさんのたっての願いだったから・・・。そうなのです、母の願いは35年かかってやっと達成できそうだというのです。何故だというと、私たち母・娘が大人になってから4人そろって歩くということは本当になかったからです。こんな小さな誰にでもできそうな当たり前のことが、私たち母・娘にはできなかったからです。杖をつきながら、必死に歩く姿は、まるで私たちから離れたくないという・・・つまり、たっての願いを体ごとで味わいたい母だったのではないかと・・・心が痛くなりました。親孝行、したいときに親はなし・・この言葉をしっかり胸に畳み込み、これからは母の願いをかなえたいと痛感した私たちであった。
2011年05月28日
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嫌な場面を見てしまった、というのが本当の気持ち。 あれは3日前のこと。「ホラッ! ジュンコ、今夜はイカフライをアンタに作ってもらうからね!」スーパーの鮮魚コーナーで大声で叫んでいる中年の女性。その人は、特売品のイカをジッと見ている私の隣にきて、イカを見る前にジロジロと私を見て、それからやみくもにジュンコ!と嫁らしき人を呼びつけ、先ほどの言葉をあびせた。カートを押してやってきたジュンコさんらしき人は、薄化粧をした、ごく普通の30代のおとなしやかな女性に見えた。叫んでいる母親らしき人は、ジーパン姿、ノーメイク、小太りで声がだみ声、おまけにタバコの臭いを漂わせていた。ハッキリ言うと、同年代とは思えないほどの女性であった。次に、肉コーナーに行くと、「ジュンコ! イカフライもいいけれど、ウインナーもフライにするんだ!」ですって。この人、、どうなっているのだろうか? カートの中のカゴ一杯にどんどん食料品を入れていく。そのたびに「ジュンコ、ジュンコ」と、まるで自分のもちもののようにジュンコさんの名前を叫ぶ。娘を嫁に出した私としては、断じて許せないこの光景、どうして、このオバハンにこの嫁がしたがっているのか・・? 不思議だった。もたもたやるんでないよ! 作ってもらうんだからね!まあ、常識では考えられないような言動に、ややもすれば朝からパッゲームをしているのだろうか、この二人・・と想像をしてしまうほどであった。買い物よりもこのオバハンに興味を抱いてしまった私は、目が釘付け。気がつくと、もうレジに並んで、腕組している母親らしき人は、「ジュンコ!ほらっ行くよ」 両手一杯の買い物袋をジュンコさんから奪い取って、重そうにしかし、持ちなれた姿で、颯爽とジュンコさんを従えて、歩いて行った。勿論、ジュンコさんは何一つ買い物袋は持たずに、シズシズと付いていった・・・。妙な場面でもあり見たくなかった場面でもあったけれども、ヤヤモスレバ本当の母・娘かな?それとも、嫁・姑?アア~、私もジュンコ!と一度でも、叫び呼びをしてみたい・・・・チョツト、やきもちを感じた。
2011年05月27日
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料理のできないご主人だって・・これがならできると・・内緒で教えてあげたいほど簡単・栄養満点・・ 是非、是非、お試ししてください!我が夫、なあんにもできないのよ~と、嘆く前に、テレビでボビーさんの朝食を放送していたので、作ってもらいましょう。アラアラ、こんなに簡単に、しかも、栄養満点! 驚きなのはフライパンでアッというまに、作れてしまうことですから、これができない男なら・・・仕事だってできない人かもしれません。是非、是非、お試しアレ。★ボビー家のビックリ朝食1・・トースト用パン(厚目のほうがおなか一杯に食べられます。)をパン型どおりに中を切ってくりぬく。2・・パンの枠だけをフライパン(油で熱した)にいれ、ソノ枠の中に、玉子を落とす。3・・枠の中の玉子を焼きながらハシで割り解き、少し焼きいたら、スライスチーズ1枚・続いて切り抜いたパンで蓋をして、ひっくり返す。4・・しばらくじっくり、焦げ目が付くまで弱火で焼く。5・・皿に蓋をしたほうを下にして乗せる。 ナイフ・フォークを使い切ると、中から、程よく焼けたトロトロのチーズと玉子が・・・・美味しい!今朝は早起きした夫が、玉子の中にミックスベジタブルを一緒に入れて、同じように作ってくれていました。 キレイな彩りで、まるでお菓子のように仕上げていましたよ。この写真は、ミックスベジタブルが入っていません。もし、・・ボクは仕事で精一杯だという夫がいたのなら、なにかにつけてその夫は、仕事のせいにするでしょう。近年は、多忙でも、料理の得意な男性がふえました。 独身であっても家庭持であっても、いざというときに作れる人が一番です。それには、日ごろの男子厨房に入るべきをしているか・・していないか・・が問題です。
2011年05月23日
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仕事から帰宅すると、クーラー一杯に、ホッケ・カレイ・カジカが顔を出していた。そう、夫が早朝から船釣りに行き、霧の中を5時間かけて釣ってきたのだ。だいどころで出刃包丁を持って、魚をさばいている姿は、もはや料理人さんのよう。・・・・お疲れ~ 何匹くらい摂れたの・・・・・・・天気が悪く寒さと霧と戦ったので、例年よりもすくないよ・・・まあ、ざっと数えても80匹ほどはいる。カレイは今年は手のひら大の小さなカレイ、これを小分けして、実家・姉夫婦・留学生夫婦と私たちに分けた。勿論、夫は疲れ果て、魚をさばいたら、グーグーとソファで寝込んでしまったので、私がみんなのお届け人となった。夕食は、釣って来たばかりのカレイのカラ揚げてです!早速、片栗粉をまぶして油に入れると、待ってました!とばかりに、尾がひのり、続いて体もひのった。生きがいいとはこのことです。年に一度の贅沢な時、感謝しながら食べたカレイは、酒のサカナとなり、手でかぶりつきました 本当に美味しかったです!早朝から出かけた夫、誘ってくださった職場の人たち、そして、眠い目をこすりながら、やはり朝の3時半におきて、行ってらっしゃい~ができた自分のおかげだと思っています
2011年05月22日
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またまたやってきました!恒例の船釣りで緒庶路(オショロ)まで朝つりに行きます。私は仕事なので、夫だけが仕事関係の人タチから招待されて、朝4時に出航します・ですから、夕べはオニギリを握り、仲間の分のゆで卵・塩・おせんべい・和菓子・飴玉・コーヒー缶を一人分ずつビニールに分け入れ、持たせる用意をしました。まるで小さな子供の遠足の支度を母親がしているようにです。・・・朝は4時にお見送りできないから、夕べ作った野菜スープとオニギリ・バナナを用意したので、食べて行ってね!食卓に並べた朝食を見て・・・ありがとう・・1階の和室に夫は寝て、仕事のある私は2階へと分かれた・・・・なんとなく気になりながら、こういう日は朝3時まで起きているいつもの私・・だから、仕事にさしさわりが出てくる。 フラフラだから、歯切れも悪く、不機嫌な表情の自分を鏡に見つける・・・・・やはり、今回こそ、起きることはできないわ、朝食・昼食つくったので勘弁してね。。ということで、2階に上がってきたものの、夫にお手紙を書いてみた。出かけるときに、顔を見て、背中をトントンと叩いてあげるのが私流のご挨拶だから、やはり気になる>・・・・お父さん、カレイ100匹釣らなくていいよ~ 身内にあげまわっても、冷凍庫がパンパンになる、それに、カレー三昧の日々が当分続くのは残酷というものです。。。何でもほどほどがいいものです。あと3時間すると、夫はお迎え車に乗ってオショロにいきます。 今は雨・・朝まで雨です・波も穏やかで、体調もよく、同乗した方たちが全員笑みを浮かべて下船できることを心から、願っています。 ソレでは、いってラッシャーイ、おとうさーん。 私はこれから、お休みなさーいです
2011年05月20日
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こんな可愛いケーキを作ってみました。 ホールケーキよりも正方形のほうが新鮮味があってキレイに見えます。ケーキミックスをバットに流し、焼き、クリームで飾っただけです。 勿論、イチゴは旬でお手頃価格ですから、たくさんかざりましょう。春は、おなかにも心にも気持ち一杯、ときめきを届けたいものです。
2011年05月16日
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休みだというのに、8時に起床した。 カーテンを開けると、ややうす曇だけれども、窓から光が差し込んだ。 そうだ、今日こそどこかへ行こう!こんな日はグズグズしているともったいない!ということで、私だけか゛早起きし、朝食つくり、コーヒーを入れながら、化粧もした。昨日は帰宅してから、掃除をした。洗濯は家人が既にしていてくれた。仕事のある日は、家人は休みなので、色々と手伝ってくれるようになったのだけれど、洗濯物の中では、実は下着はして欲しくないのが私のホンネである。夫婦といえども、よほどのことではない限りに下着は手にして欲しくない、まして私が不在の時などは、ほっといて欲しい、という心の決まりがある私。 ・・・・ということで、日曜の今は、ヒマでこれからおでかけという形をとる。実家の両親のところに立ち寄り、それから、気分晴らしにドライブしょう。どこがいいかなぁ・・?どこに行くのぉ???? 返事が無いので、きっと気分が乗らないのかもしれない。けれど、こんなお日様が陽気になってきたからには、本気でどこかに行きましょう!
2011年05月15日
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いつかきっと私も・・と、心の中だけで思うことはありませんか?昔の俳優たちは、スポツトライトにいかに当たることができるのか・・?と考えていたようです。 勿論、今も俳優の卵さんたちはそう考えながら、脇役を頑張ってこなしているのだと思います。スポットライトは、スター中心に当たります、だから、撮影だって主役を中心に撮影します。しかし、脇役はチラッと映るだけで、注目されず、ややもすればソコに居たこと自体も見つけられずに終わることもあります。そこで、彼らは、自ら、いかにスポツトライトの中に入れるのか?を位置づける努力をするわけです。望むものを得るためには、このような努力をしなければなかなか自分の思うようなことにはなりません。いつかきっとステキな結婚ができるわ・・めぐり合えるわ・・そのうち仕事で、抜擢されるかも・・誰かに気づいてもらえるかも・・そんな都合の良いシンデレラストーリーはまず起こらないのが現実です。幸運を掴むにも行動を起こさなければならないのです。宝クジだって買わなければ、当たりません。ステキな出会いを願うなら、出会いの場所に出向かなければなりません。なりたいものがあるのなら、そのような努力をしなければなりません。果報は自ら取りに行く、これが現実です。今日は講座でこのようなお話をさせていただきました。やはり、何事も行動を起こすことが一番の近道なのです。
2011年05月14日
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お誕生日を向かえてしまい、気分がめげた私の目に、こんな文字が飛び込んできた。・・・心のよりどころのある人は、美しく成熟していきます。・・・・・心のよりどころのある人は、美しく年をかさねていきます・・・年令に抵抗すればするほど、自分が自分の心に乱される、年を重ねるということは、平等であり、今お若い人達も、やがては同じように年を重ねる。 だから自分だけが何時までも若いというわけにはいかない。たとえば、40代になれば生き様が顔に表れれるようになり、50代になれば体が顕著に年を表す、60代になれば男女ともに定年という現実を迎え、向き合わなければならなくなる。体は20代のようには動かず、肉体的・精神的な弱さがやってくる。しかし、年を重ねるごとに「美しさ・気品・活力」を増やしていくことは可能です。そのヒントとは?★プライベートで一緒にいても、安らげる人を持つこと。★仕事では信頼できる人を持つ。★趣味を、一緒に楽しめる人を持つ。・・・人から、美しさを奪う一番の理由は、孤独感です。いざというときに頼れる・信頼できる人が居ないという不安は、若さを蝕みます。・・・人から、気品を奪うものは、「アノ人は自分を騙しているのではないか・・裏切るのではないのか? 」人を疑う心だということです。・・・人から活力を奪うものは、幸せを分かち合う相手、話をする相手、心配してくれる相手が居ないという寂しさです。これらが欠けると、オシャレを楽しむ気品も失い、あっという間に老け込んでいきます。良き友、良き家族、パートナー、友人を持つことが大切なのです。と、書かれてあった。。私はどうかなぁ・・? 普段、人に話すときは当たり前のごとく話をしていますが、自分に当てはめるとどこかが、抜けていないだろうか?自分中心に見回し、自分の心を乱す人はいないだろうか・翻弄させられる現実はないだろうか? そっと胸に手を当てて考えてみた。自分も周りもいつしか、相手を老けこませて居ないだろうか・何気ない文字により、開眼させられた私である。
2011年05月13日
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今年もまた、痛い季節がやってきた。 毎回そう感じるのは私だけではなさそうだ。乳がん検診のマンモグラフィーは、20年は行っているのものの、毎度・・・痛すぎ!と泣きそうになる。 今日、予約なしに乳ガン検診に行った。 覚悟してはいたものの、100人以上が待合室で疲れた様子で座っている。 まだ10時だというのに・・。マンモは男性は経験が無いと思うのでご理解できないでしょうが、胸を挟み上下・左右に板でできるだけペツタンコに潰してしまうのである。その痛さはなんというのか、乳腺共々本当に潰されるという感覚である。・・・痛くて我慢ができなければ教えてくださいね・・・と女性技師さんは優しく言いながらも、足元のペダルを踏んで片方ずつ潰していく、ギューッと。ソレを4回されるのだから、たまったものではない・・。しかも、位置を決めるのに時間がかかる。・・・もっと胸をそらせてください~、前へ前へと・・・言いながら、少しマゾ的にどこか、楽しんでいるように感じるのは、わたしだけだろうか? ・・この後、アノ痛さが・・と想像している意気地の無い私が心の中でつぶやく。・・・どうか、神様、今回こそは痛くないでありますように・・・そこで、技師さんが足元のペダルをギュツギュツと踏んで序所にはさんでいくのだが、かわいそうなほどつぶれていく自分の胸を静止できずに、天井を見上げ痛みに耐え忍ぶ姿が、また、哀れ。エコーもかけ、触診も終わり、3つそろって、完全終了。というわけで、5時間はかかった。終了してすぐ、おなかがすいたので、病院の向かえにあるラーメン屋に飛び込んで塩ラーメンをたべた。開放感と安堵感で実に美味しく感じられた。勿論、今回も悪いものはなし、というお墨付きをいただきました。先日、天国に旅たったスーちゃんのおかげで、女性はより乳がん検診を真剣に考えられるようになりました。
2011年05月12日
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大丈夫だよ・・・いつもの返事が返ってくる。今年89歳を迎える父がまた転倒し、救急車で運ばれた。病院通いは月5回、大体は末娘の私がアッシー君になるけれど、いつも時間があるとは限らない。昼近くにサイレンが鳴り近場を救急車が走ったが、気にはなりつつも親には連絡しなかった。連休前に実家に行くと姉(長女)がバスに乗り継ぎ、父の薬を届けていた。車の無い姉は、私と交代で、夕食を届けたり、買出しに行ったりと自転車とバスで走り回ってくれる。 其の日は雨で、寒かった。・・・お父さん、兄(長兄)に薬を頼むといいよ、車があるのだから、遠慮しないで頼むといいわ、オネエチャンが可哀想過ぎない?・・・と、ついつい日ごろの不満が口から出た。実は、恥ずかしながら、私の老親と兄嫁とはうまくいってはいない、互いに言い分はあるかもしれないけれど、この8年間一度も実かに顔をださないのは、人として・・・。だから、どうしても女手が足りない、85歳の母は杖をつき、近頃はめっきり年老いた。勉強の合間を縫っては顔を出しながらも、私もいつも健康とは限らない、姉だって同じことだ。先日の私の言葉が強烈パンチだったらしい・・・ 娘たちには迷惑をかけられないと今日父・母は二人で病院に歩いていった、やっと杖をつき歩く父に杖をつき寄り添う母には、転倒しそうな父を止めることはできなかった。転倒し、頭を強打し、顔から血を流し、起き上がれない父を通りすがりの人達が助けてくれた。 本当にありがたいことです。やっと連絡が付いた兄の第一声は・・・オヤジ、何しているんだ、だから、タクシーで行けといったじやないか・・・。誰も転びたくて転ぶわけではない、痛い思いをし、頭をペコペコ下げた自分が情けないと感じているのは父本人なのだ・なのに、頭ごなしに怒りつける兄に、私はさもしい心になっている。私たちウチワの話だけれど、いつか自分たちにもやがては訪れる現実なのだと痛感した。同居するなら、早いほうが良い、互いのサイクルが固まった頃には、中々同居はできないものだ・実の親とはなおさらだ。私の家人はよくこう言ってくれる・・・そんなに長い期間ではないはずだ、何故に我慢ができないのだろうか・・・私も悲しい、・・・男尊女卑で育てられた私たち姉妹には、きっと心の中に、あの当時親に逆らえなかった気持ちが、何時までも残っているに違いない。
2011年05月11日
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ベロを出して、おかんの顔が迫ってきた時は本当に怖かった~と、某テレビ番組でお笑い芸人のナイツさんが話しをした。彼の話では、彼が子供の頃に目にゴミが入ると、決まってお母さんが彼を膝にのせ、仰向けにして、痛がっている彼の顔にベロをだして、迫ってきたということです。しかも、お母さんは子供の目の中のゴミを、舌で瞬時にとるのだから、ベロに神経を集中させ、真剣な顔は恐怖に近かったというのです。子供の目にゴミが入ったときに、舌で舐めて取り出すということは、実は私は始めて聞きましたが、昔からの親の愛の一つだというのです。それで、彼はなるべくゴミが目に入らない状況の時に遊びをしたというのです。そうそう、これに近いものですが、娘が生後3かつきの時に鼻かぜをひき、ズーッズーッと苦しそうにしていると、夫が突然娘の顔に顔を近づけ、詰まっている娘の鼻を吸ったのです。私は始めてみる光景に驚きましたが・・・親の愛はすごいなぁ・・と感動しました。勿論、娘は鼻どおりがよくなり、スヤスヤと寝てしまいました。きっとこんなことだと思います。
2011年05月11日
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という訳で、8日は夕方5時に帰宅した私に、家人はこれからディナーを作ってくれるという優しさで、雨の中を買出しに出かけた。とりあえず、反省した私は、ハンバーグの下ごしらえのために野菜を刻んだ。ナポリタンも食べたいナァ・・・なんて、スパゲッティもゆでてしまった。ふと、洗面所に行くと花瓶になにやら花束が入っているのを目撃、ピアノの上には娘夫婦からの和風ブリザーブドフラワーの贈り物が届けられていた。本当に、こんなに温かく包まれている私なのに、ひにくれているもう一人の自分が顔を出す。セレモニー好きな私は、いままでには年中行事を精一杯こなしてきた。それが当たり前であり、嬉しそうな家族の顔を思い浮かべるのがウレシカッタ。しかし、近年はかなり疲れ気味、楽しんでいたのは自分だけかもしれない・・・そう自分の世界に家族を巻き込んでいたのかもしれないと感じる瞬間が多くなったからだ。ダメ、ダメ、こんな考えは! 同じ時間を送るなら、明るい心でいきましょう。ただいまー! 家人の声に・・・バトンタッチね、と私は自分の部屋に入った。一生懸命作ってくれたディナーです。
2011年05月10日
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あ~またまた、贅沢病が・いけない、いけない、。ありのままを受け入れるとは、とても難しいことだと痛感している近頃の私。昨日は母の日であり、私のバースディでもあった。 セレモニーが大好きな私は、年中行事は欠かさない、なのに、近年の私は、バースデイを迎える頃にはスッカリひねくれだしている。そう、自分自身にひねくれだした。・・・心身ともに後退しだしたことへの抵抗と、家人の何気ない言葉に機敏に反応する私。仕事柄、精一杯の笑顔と服装、だけれども、本心はそういう自分に疲れを感じだした。・・・TVの画面を見ては、エーツとこの人の名前は・・・・と唸ることのほうが多くなってきた私に、家人は・・・そういう言葉は使わないで欲しい、と厳しく批判する。・・・年齢がいくと男女問わず、あごが2重になってくるらしいよ・・・と、私に何気なく言う家人に、万有引力には逆らえない、と、また腹立たしさを覚える私・・・ガードルをはいてパンツルックすると、ヒップラインが押さえつけられているよ・・なんていわれた時は、いささか驚いた。だから、家人のまえではチエニツクでヒップを隠すようになった私。一体、これは何故なのか?そうだ、近頃は隠せない心身の衰えに戸惑っている私がいるからだ。そこへ、そうとは知ってか、知らずか、平気でスバッと物申す家人。 しかも、一番近くにいて、日ごろの私の困りさ加減を知っているはず。だから、イヤミにしか、聞こえない。 ・・・・この人は実は意地悪な人かも知れない・・・・なんて、妙に深刻に捉える私がいる。だから、昨日の朝、手渡されたバースディカードに・・・お誕生日おめでとう、最高に素晴らしい君に!・・・と書かれてある文字が、憂鬱にうっつた。・・・最高に素晴らしいなら、色々と私に注文つけないで欲しい・・またまた、ひねくれだした私の心・・・。反抗心が出てきて、素直な自分になれない、・・・実に失敗している私。女心は複雑だ、精神的には若い自分、しかし、現状は年相応の自分がいる。このギャップに悩むのが人間なんだ、そうそう、ありのままを受け入れていくとは難しいこと。人に言いながら自分では中々できない自分に面食らっている。だから、昨日は一人で街に出かけ、コーヒーを飲みながら自分と深く対面した。こんな幸せな環境に自分の心のあり方で、自ら不幸にさせようとしている自分がどこかにいる。ひとつ大人になったのだから、心もひとつ大人にしよう!いけない、いけない、一人の時間は私にとって、与えられた一番のプレゼントだったのかもしれない。
2011年05月09日
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今年もまたまた、鯉のぼりとともに、のほほ~んと温泉に浸かってきた。ここは定山渓温泉、GWは鯉のぼり、夏はカッパまつりと、私たち夫婦にとってはお気楽な癒しの場所。どこも万館で、二人だけになってしまった今では、小さな子供たちのはしゃぐ姿に目を細め、親子連れには、自分たちのことを思い出す。鯉のぼりは役200匹、風に吹かれてスイスイ、ときにはビュービューと吹かれている。温泉の極意とかで・・到着してまずは11階より景色を眺め、そして仲居さんが入れてくれたお茶を温泉饅頭とともにいただく。 しばらく休んでから、温泉に軽く入るということらしい。それを到着したからには何が何でもと、部屋にはいるなり、浴衣に着替え、風呂に入るのはタブーとのこと。お茶と饅頭で小腹を満たし、余裕をもって風呂にはいることが良いという。それで、余裕を持って風呂に行くと、なんと脱衣場で女性が倒れてすでに介抱されていた・・。冷たい水・水・若いスタッフの女性が水を運んでは、飲ませようとしているが、倒れていた女性は、イヤイヤと頭を振る。・・・冷たい水は却って逆効果ですよ、ぬるま湯を与えてあげてくださいな・・・そうなのです、こんなときは、熱くなりすぎている体にはダメラらしく、ぬるま湯が良いとのことです。実は私にも経験があるのですが・・。 そのときに居合わせた中国の女性が教えてくださったのです。・・・・なーるほど、東洋医学はすごいものだと痛感しました・・・適当に小腹を満たし、急がない、体調が悪いときは長湯はしない、のんびり、のほほん、まったりと、、できればいいですね。そうそう、私が風呂から上がったときも、その女性は横になったままで、お若いスタッフが心配そうにソバについていらっしゃいました。
2011年05月06日
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黙ったその横顔は暗かった、私の母は私が小さな頃より鼻歌を歌うことが多く、私たちは母が歌のスキな母親だと思っていた。しかし、母の鼻歌は悲しいとき、心が疲弊しているときに歌っているのだと、最近になってそれを知った。だから私たち親子は、実に何でも話し合える母娘だと勘違いしていたことに私は愕然とした。近年は仲良し親子が多く、友達のような関係を望む親が多いというが、それは、やはりありえないことだと思う。子を育てあげるのに心の中を全て子供に吐露していると、やがて成長した子供はそのことで親を批判し、軽蔑し、親を上から目線で見てしまうのではないだろうか・・。母は、反物屋のお嬢さんで育ったが、15歳のときに父親が雇用人に裏切られ倒産したという。 昨日まで乗馬をしていた母の生活は一変した。でも、ソノ後の苦労話は母から聞いたことがない。。 母は、苦労が多すぎて、そんな悲しい時代の思い出は心の底から消したいと思っているらしい。 だから、労苦をともにした父親の悪口は聞いたことはない。特に、自分の心底悲しかった話は絶対にしない。実は、娘の私も同じである。娘には母親として、言えないことがある・それは、何故なのか・・・ 自問自答しても私の心の毅然としている部分が叫ぶ、・・・この子には、知らせられないこと、い・え・な・い・・・。だから、もし、私が今、いなくなったとしても、この子は何が原因でなのか、たぶん察し得ないことだろう。時々、家人には冗談で言う・・私に何か起きても、娘はたぶん私の心の奥は到底知らないだろう・・・だから、そのときは娘にそっと告げて・・と。母のいえないことは、私も同じくいえないことなのだろうか。
2011年05月03日
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ブッタさんがおっしゃっています。愚かな人とともにいれば、心をひどく乱されます。それは仇敵と一緒に暮らすのと同じくらい、辛いことです。聡明でマジメに生活している人をパートナーにすれば自分自身にも幸運が訪れます・・・・・・・・・・・・人生を幸せにしてくれる最大のものは、それは人との出会いです。戦国時代に名を上げた武将には、よき軍師が居たものです。一台で企業した人にも、よき参謀がいたはずです。迷ったときの相談相手、心の支え、自分を信じて応援してくれる人、また、自分もその人を信頼できること、それが必要だと思います。では、どうしたのなら、よきパートナーができるのか?それには、自分自身を高めなければなりません。 自分の人間性、人を見る心の目を養わなければなりません。皆さんは、いかがでしょうか・・?私は、近頃、感じることがあります。やさしいウソ・・という言葉がありますが、それは本当に優しいことなのでしょうか人生のパートナーとなるには、やはり、どんなときにでも、ウソはつかないという姿勢が鉄則だと思います。・・・余計なことを話して、相手を傷つけるかも・・・と思い、ついつい裏をよんでしまい本当ではないことを口から出すことは、かえって相手に失礼というものです。一つウソをつくと、それが雪だるまのように膨らまざる得ない状態になるよりも、本当のことを話すことで、必要以上に相手を傷つけないことだってあります。目的のため、人をだまし自分の満足心だけしか考えないような人には、力になってあげよと思う人はいません。真摯に誠実に、夢を追い求める人だから、人は応援したくなるものです。
2011年05月02日
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