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やっぱり連休明けの仕事はきついですねー。週末を今頃から待ち望んでいる私です。毎日少しずつD.C.&フィラデルフィア旅行記を更新しています。写真入りですよー。今日も2日分をアップ。日記に載せられなかった写真も今度まとめて特設会場に載せたいと思っています。思ったよりもよく撮れてたなぁ。ちょっと水平じゃないアンバランスの写真を除いて(苦笑)。今日はロックフェラーセンターのクリスマスツリーの点灯式が19時からあります。その関係で近くの道路は通行止めになっているとか。いろんなシンガーがイベントで歌ったり踊ったりするらしいので、混雑が予想されますが、今までに一度も名物ツリーを見たことがなかったので、なんとか人ごみにまぎれて様子を見てこようかなと思ってます。写真も撮れたら撮ってきますね。
November 30, 2004
Thanksgivingの連休をつかって友人3人とAMTRAK(列車)で行って来ました。ワシントンまで3時間ちょっとと、意外に気軽に行ける距離だったことに驚き。ワシントンDCはまさに首都の貫禄をばりばり駅の造りから発揮していて、どこもかしこもきれいだし豪勢だしで、我々が支払っているTAXがすべてここにつぎ込まれているような印象を受けた(苦笑)。NYCの汚くて臭くて、ごみが落ちていて、ねずみがいて古くて、乗り心地の悪いメトロとは雲泥の差のワシントンDCのメトロは、おしゃれでモダンで間接照明が素敵で、電気で動くメトロは静かでごみ一つ落ちていませんでした。ワシントンDCの中華街で飲茶を到着後食べたのですが、その中華街ですらNYCのそれとはまったく異なり、きれい。NYCのは臭いは汚いわで行く気にもならないです。街はDCもPhillyもゆ~~ったりとしていて、景観が美しく、木々も多い。そしてなんといっても食べ物がすべてウマスギ!!今回は食べ物運がついていました。NYCはこれだけ大きな都市で何でも揃っているけれど、食べ物の質はてんでばらばら。大金を積まないかぎり、本当にうなずける味を提供するお店にはなかなか巡り合えません。しかしDCもPhillyもリーズナブルですべておいしい。今回は初めから最後まで、ほとんど毎食のように生牡蠣(Hamahamaという種類が甘くて最高!)、ロブスター、海老、クラブストーン蟹などのシーフードを堪能していました。この質であの価格(12個の生牡蠣が20ドル以下)はお買い得すぎました。(写真はまた後日UPします。)そしてフィラデルフィアといえば、Philly Cheese Stakeサンドイッチが有名。会社の友達がPhilly出身で「ココのお店にいってこい!」と言われた場所に赴き挑んだPhilly Cheese Stakeサンドイッチ。お店は非常にローカルなお店でホットドッグ屋の雰囲気と同じようなチープさと親しみやすさを漂わせる店構えにもかかわらず、店をぐるりと取り囲む客の長蛇の列にはびっくり!!25分は並んでいたと思う。。。来る客も地元の人から全米各州までに及んでいて、相当有名なお店らしかった。フランスパンより少しやわらかいバゲットの中には、薄くスライスされたぎっしりのビーフととろりとトロけるチーズがかかっており、そこにお好みでケチャップやピクルス、チリなどをかけて野外に仮設されたピクニックテーブルでかぶりつくワイルドな食べ物。少々当初あなどっていたこのサンドイッチはやはりおいしかったです。足をわざわざ運んで正解でした(後日写真&店情報UPします)。DCではホワイトハウス、ワシントン記念塔、リンカーン碑のある建物、キャピタル(国会議事堂)などを廻りました(写真は後日)。食の運はついていた今回の旅でしたが、美術館運はまさにはずれまくり。一年のうちでももっとも賑わう祝日だけあり、どこの美術館も博物館もチケットが売り切れだったり3時間待ちだったり、改装工事で閉鎖だったりでした。DCではFBIとその近くにあるインターナショナル・スパイ博物館に行く予定でしたが、クローズだったりチケット完売で入館拒否を受け、Phillyではタイタニック展に行くはずだったのに、3時間待ちと言われ、その日はNYCに帰る日だったので断念。タイタニック展~。NYCに来る日を待ち望みます。
November 29, 2004

D.C.で一夜あけました。昨夜は恐ろしいほどご飯とワインを堪能したにも関わらず、不思議と朝はそれなりにお腹が減っています。(くいすぎやて。。)ホテルで朝食をとった後、ホワイトハウス、ワシントン記念塔、第二次世界大戦モニュメント広場、そしてリンカーンセンターに行くことに。この日は最高の観光日和でぽかぽかと暖かく、歩きやすい陽気に恵まれました。あ、そうそう、友達の2人が大阪出身でばりばり関西弁です。東京の私としては方言はあたたかみがあって個性があっていいなぁと感じてしまうのです。まねするつもりはないのですが、彼らと日々を共にしていくと、知らず知らずのうちに自分の語尾が関西風になっていくのが分かります。結構うつっちゃうんですよねぇ、言葉って(笑)。 ホワイトハウスは意外と小さかったなー。でもさすがに見た瞬間、アメリカ国歌を口ずさんでしまった(注:決して愛国主義ではない。)。実はこのホワイトハウスの建築デザインが、19世紀当初、コンテストで募った作品の中から選ばれた1つだって知ってました?ホワイトハウスから10分ほど歩くと、そこはワシントン記念塔。残念ながら現在来年春まで改装工事中だそうで、中に入って上までのぼることはできませんでしたが、ふもとで記念写真を撮りました。吹き抜けるような青い空と美しい白い雲と白い建物たち。すばらしいコントラストでした。 ワシントン記念塔から左のほうに5分ほど歩くと、そこは第二次世界大戦のモニュメント広場。丸い広場には各州の名前が彫られた石碑にブロンズでできたレイが州の数捧げられてありました。 そこの広場から西を向くと、かの有名なリンカーンさんの記念館がタージマハールを髣髴とさせる人口湖の向こう側に見えています。 階段のふもとから薄暗い建物の中にひっそりと座っているリンカーンさんを見上げると、まるでお寺の参拝に来たようなそんな気分もしないでもありません。~如来像を拝みに来た様な(笑)。階段をあがってくるりと振り向くと、そこには美しい光景が目の前いっぱいに広がり、気分も晴れ晴れとしますね。名所を見学したあと、FBIとその近くにある国際スパイ博物館に寄ったのですが、FBIはまず閉館。スパイ博物館は夜の18時までチケットが完売で入館拒否。17時の列車でフィラデルフィアに行かないと行けないので留まるわけにも行かず、博物館はあきらめて、併設のスパイショップでいろんなスパイアイテムをチェックしました。ショップであれだけ楽しめたんだから、展示はもっとおもしろかったんだろうなぁー。残念。祝日はやはりどこも混んでます。15時にもなって昼ごはんを食べていなかったと気がつき、歩きつかれもあったので、博物館近くのレストランに行きました。そこはシーフードのお店で、またまた昼間から生牡蠣にカジキマグロのステーキにサーモンのタコスに舌鼓みしてしまった。生牡蠣は4人で24個も!特にHAMA-HAMAという種類が最高に甘みが強く、しかも磯の癖がやわらかいので皆に絶賛でした。その後ぶらぶらし、国会議事堂を遠めに見て、17時にワシントンを出発し、18時すぎにフィラデルフィアに到着。ダウンタウン中心部に程近いかわいいホテルに到着し、荷を解き、これでも食べ飽きないのか、またディナーをしに街にくりだすことに。今回はイタリアン。生Jazz演奏が聴けるお店で、味、値段ともに満足でした。2階にあるレストランから1階にある海をテーマにしたBarに移動し、音楽を聞きつつ、夜遅くまで仲間と語らいました。大阪の友達はやはりテンションが高いっ。つっこまれるとどうボケていいのかいまいち素人なので、まともに彼らの言葉を受けちゃったりなんかして、ボケの練習いるなぁと感じました。
November 26, 2004

アメリカ列車AMTRAKに乗って旅行するため、朝5時にマンハッタン、ペンシルバニア駅に着く。そこにはすでに多くの旅行者たちが早朝便を待っていた。座席が指定じゃないため、大混雑が予想されるこのThanksgivingdayの旅行では、早朝の座席取りが身体をはって行われることを予想したものの、6時45分発の電車にはすんなり乗ることができた。ニュージャージーを通り、フィラデルフィアを通過し、ボルティモアを抜け、ワシントンD.C.へはおよそ3時間30分の旅。仮眠をしたらあっという間についてしまった。ワシントンD.C.のUnion Stationに到着すると、目の前には広い広場とCapitol(国会議事堂)の丸い屋根が見えている。雨が降っていたのでホテルまでタクシーを使う。D.C.のタクシーはとにかく高い。メーターはゾーン制になっており、1ゾーンの移動につき$5。さらに人数が増えると料金も割り増しになるという仕組み。マンハッタンなら$5で十分移動できる範囲で$10も取られた。ホテルはとても快適。そのまま荷物を置いて、チャイナタウンに戻り朝食兼昼ご飯に飲茶を食べることに。NYCのチャイナタウンに比べたら、これまた隅々まできれいだし臭くないしでかなり驚いたが、この飲茶もまたおいしい。お店の店員がカートにいろんなシュウマイやら餃子やら野菜の炒め物などを載せて運んできてくれるので、そこから食べたいものを選ぶ。1皿大体$3くらいだ。おなかがいっぱいになったころ「こんなアイテムはどうだ?」と回ってくる女性店員に「いや、いらない」というと、ちょっと不機嫌そうにフンっと顔を怒らせた。カートを運ぶ店員同士にもどれだけ客に自分のアイテムを売ったかという、なにかライバル意識があるのかしらん? 思う存分食べた後はD.C.のメトロに乗って土地勘をつけることに。一旦メトロに入るとこれがまた驚きのきれいさ。照明は間接照明がおしゃれに施され、天井はワッフルのような凹凸模様が美しく半円の弧を描いてドーム上になっている。改札口の雰囲気はこれからディズニーランドのスペースマウンテンでも乗るかのような未来的な雰囲気すらする。上りと下りの電車レールの間にはやはり白い間接照明が一列に下から照らし出されており、車体を下方部から光らせる。電車が来る知らせは、ホームの黄色い線に沿って配された丸い電光がゆっくりと光って教えてくれる。どこか映画「マイノリティ・リポート」を彷彿とされるそんなメトロ。電車は電気で稼動しているのか非常に静か。ホームにもレールにももちろん空き缶一つ、新聞一つ落ちていない。もちろんNYCのメトロのように尿の匂いがして気分を害されることもない。ただメトロを乗っただけで仲間と一緒に「NYCとは大違いだねー、すごいねー」と関心してしまった。 夕方ホテルに戻って長い夜を乗り越えるべく仮眠。これですっかり本寝に入ってしまった男子を一人ホテルに残し、残る3人はホテルのコンシエルジュにお勧めのシーフードレストランを教えてもらい行ってみた。ホワイトハウスから目と鼻の先のお店だ。Thanksgivingのディナータイムだけあり、ほとんどの人たちはクランベリーソースとグレービーソースがかかったターキーとマッシュポテトを堪能していたのだが、今回の旅のもう一つの重要な目的は「おいしいシーフードを堪能すること」というミッション付きであるから、ここはひとつひと盛り$80のシーフードプラッターを頼むことに。待っている間、おのおので注文したスープを堪能。私はあくまでも魚介にこだわり、牡蠣フライのクリームシチューというものをオーダーしてみた。これが激ウマ!もともと火を通した牡蠣は好きではないし、まして煮ると独特の香りが増す牡蠣のクリームスープは嫌いだったのだが、こうやって牡蠣フライをシチューにいれるのは名案です。(一度お試しあれ!) スープの絶品さに更に期待が高まってくると、テーブルの真ん中にデデデーーーンと2層の皿に氷がはられ、そこに綺麗に盛られたロブスター、生牡蠣、生貝、ゆで海老、ストーンクラブがババーーンとお目見え。この大きさには全員驚きをかくせない。こんな贅沢をしてもいいのだろうかとおそるおそる生牡蠣を食すると、、、、甘くて美味しい~!ロブスターの身も甘くてしまってましたー。一人あたり$20ちょっとでこんなに豪華なものが食べれるだなんて東京はおろかNYCでも絶対考えられない質です。来た甲斐があったねーと皆涙して食べました。量が量だから、アイテムの奪い合いにすらならない!余裕でおなかいっぱいになり、それでも数アイテム残っている状態。残すともったいないからがんばって最後まで食べつくしたという贅沢な量でもあったっ。12時過ぎまでずっと話しつつ、食しつつで楽しい夜を送ったD.C.第一夜でありました。ホテルで本寝していた男子一人は言うまでも無く、起きなかったことに大後悔!!皆で「いやぁー、くったぁくった。奪い合いにもならなかったよぉ」とふざけてましたとさ。
November 25, 2004
今日のオフィスはがらんがらん。社長も副社長も、そして従業員の半分が今日からすでに休みを取って出社してきません。って社長~、休むって誰も聞いてないんですけど、会社この状態でいいんですか~!?仕事もそんなにないので、皆話したりぶらぶらしたりしてます。おそらくお昼後には退社できそうな感じ。ニュースで今年のThanksgivingホリデーには、3000万人の人が故郷に帰ったり旅行に出たりして移動するそうな。そのため道路は渋滞の嵐になるらしい。私は友達とD.C.とフィラデルフィアにAMTRAKという列車で行くので大丈夫だとは思うけれど、それでも指定席を買ってないので、早朝体をはって席を確保しなければいけないかも。。。そんなわけで3、4日日記の更新が滞りますが、週明けにばばんと更新しますのでよろしく!
November 24, 2004
日ごろから海を隔てて両親や祖母のサポートに感謝しながらも、なかなかそのご恩を返しきれていない、この恩返し滞り娘である私。せっかく就職したことだし、自分の稼ぎで日本に帰ったときぐらい何かのかたちで感謝の気持ちを伝えたいなぁと考えているものの、安月給では先が見えている。しかしJALマイレージの会員である私は、今年の12月末でマイル得点の何点分かの有効期限がきれることを知った。そこで思い切って30000マイルを特典に変えることに。30000点だと、25000点分のアメリカ国内線往復無料航空券にもかえられるのですが、日本に年末一時帰国することだし、横浜の某ホテルで使えるお食事券\45000分にすれば両親や祖母を豪華にもてなせると思い、お食事券にかえました。ある意味で自分で稼いだ商品券なので、OK? それにやっぱり皆と楽しいひとときを過ごしたいし。。。食事招待に関しては両親、祖母両方にフォーマルな招待状を送りました。日ごろの感謝の気持ちをこめて当日は招待したいなと思っています。
November 23, 2004
仕事してます。でもなんだか気がそぞろ。おそらく木曜日から始まる4連休前の水曜日なんて、皆仕事してないと思う。午後15時には退社できるかも、社長がそういう方針でいれば。今日は会社の友達がチョコレートケーキを持ってきていた。結局一切れ食べてしまった(ダイエットする気あるのかー?)。でもいいんです。近頃会社が終わってからもジムで1時間は運動するようにしているんで。なんとかそこで罪滅ぼしをしたいものです。
November 22, 2004
サークルで知り合った友人から今週の木曜から週末まであるやっとやっとのThanksgiving Day連休に旅行に行かないかと誘われ、自分も含め4人でAMTRAKという全米を走る列車に乗ってワシントンDC、ボルチモア、フィラデルフィアに2泊3日で行って来ようと思います。アメリカに3年もいるのに、カナダのトロント、モントリオール、ケベックを除いて、国内はバッファローにマイアミ、キーウェスト、オーランド、そしてNYCにしか行ったことがないので、ここらでアメリカ観光してもいいんじゃないかなー。まぁ祝日中なので休館の建物もあるとは思いますが、急がずあせらず、ゆったりその土地のものに触れ合い、おいしい地元の食べ物を満喫(これ、かなり重要!!)してこれたらなぁと思います。ワシントンの地元名産ってなんだろう??あるのかー?私的にはメイン州のロブスターに興味がなかったわけでもなかったが。。。それでもって、今日は旅仲間の友人宅で旅行日程の打ち合わせを開き、宿泊場所やチケット手配、おおまかな旅行行程を決めました。列車は3日間乗り放題でなんと$99!宿は一人当たり2泊で計$80くらいとこれまた安い(一応3星半のよい宿らしいのですが)。なので、木曜から週末にかけて当日記が一時的に滞りますが、週明けに旅レポートをがんがんアップしますので、読んでみてくださいね。
November 21, 2004
今夜はサークル仲間のご友人が、音楽家逸材を輩出させるあのジュリアード音楽院のピアノ科博士課程に在籍していらっしゃり、リサイタルを開かれるということで、ジュリアード内にあるコンサートホールに行ってきました。サークル仲間は10人ほど集まった。演奏はピアノを軸にバイオリンやチェロ、ビオラ奏者と其々あわせてのもので、特に私の大好きなブラームスのチェロe-mollは最高でした。自分もピアノだけでなく、弦楽器もやるので、チェロ奏者の力強い弓使いや呼吸法、体全身を使った堂々たる演奏法に大変興味がありました。ピアニストともう一人の弦楽奏者の呼吸が一致するあの瞬間は、まさに鳥肌ものですね。ピアノは20年以上やっており、弦楽器は5年そこそこですが、ピアノはやはり難しい楽器だなと比較してみて感じます。ピアノも弦楽器も指や弓の巧妙な力加減と絶妙なテクニックによって演奏の色彩感が生み出されるという点においては、それぞれに同等の難しさがあるのですが、20年間ピアノをやっていて思ったことは、弦楽器を演奏するときに感じる楽器との一体感というものが希薄だということ。弦楽器は身体の一部に抱え込むようにして演奏するのに対し、ピアノは演奏者の身体から物理的に切り離されていますよね。弦楽器は身体に抱え込むことによって何かしらの音の振動を腕なり脚なりで感じ取れるのですが、ピアノはまずその振動を現象として身体的に感じられない。弦楽器であればコンサートやコンクールに出場するときには、すみのすみまで心得ている愛用の楽器を使用することができるので、楽器との強い信頼関係において演奏をすることができるですが、その一方で、ピアノで出場するときは会場据え付けの未知のピアノを使用しないといけないので、一種の賭けです。もちろんコンクールでは試し弾きなどできないので、楽器によってまったく異なる鍵盤の重さや深さはもちろんのこと、ペダルのかかり具合や上音部、下音部の響き方のバランスなどは、演奏第一音目で瞬時に判断し、演奏法をその場で調整しないといけない場合がほとんど。今でもピアノは大好きだけれど、楽器との信頼関係が自分のなかには薄かったなぁと感じてなりません。あと、テクニックに関して言えば、クラシック楽器は早期教育が必要とされていますよね。たしかに一日5時間のたゆまない練習によって指先の技術は10歳の子にでも身につくのでしょうが、彼らの未熟な心が成長過程の子供達が本当の意味で「苦悩」や「情熱」などを理解して演奏に反映できるかは疑問が残ります。だから小学生ぐらいでコンクールでばりばり賞を取っていた子も、大きくなってからだめになるなんてことは日常茶飯事。本当に感情を音楽で表現できるようになるのは、もっと失恋や挫折、歓喜などをさまざまな人生経験を通して知らないとだめなような気がします。今では練習も昔ほどできない私で、ピアノの指や腕のテクニックなどの衰えもいいところですが、「歌心」はその分成長し、曲の深い真意への想像力は今の自分のほうが熟しているんじゃないかなぁと感じます。でもそれだけじゃやはりいい演奏はできないわけで、テクニックも必要なんですが(苦笑)。どっちつかずですね。。。
November 20, 2004
毎週金曜日は直属のボス、副社長は自宅で仕事をするため、オフィスにいない。フロリダ運転免許証をNYのものに切り替えなければいけない時期になっており、会社の昼休みに抜け出してDMVオフィスに行くには、副社長のいない金曜しかなく、とうとう今日行ってきた。最初に並んだラインでは写真を撮るためにすでにたくさんの人が待っており、そこで25分くらい並んだであろうか。自分の番になって係りの人に必要書類とされているソーシャルセキュリティーカード、IDそしてフロリダライセンスを提示。すると、「あら、この免許証、テンポラリーよ。テンポラリーの免許からNY免許証への切り替えは無理よ。だめ。筆記試験とロードテストを初めから受けないとだめ。」といきなりリジェクトを受ける。「テンポラリーってどういうことですかぁ??3年前にNYの免許証からフロリダのヤツには問題なく書き換えられましたけど。」というと、「昔、NYライセンスもってたの?じゃぁスーパーヴァイザーと会って相談してみて。彼女のサインをもらえば大丈夫だから」と言われ、H293という待ち番号をもらう。窓口は25箇所くらいあるのだが、それぞれ扱われるケースによって分かれているらしく、待ち番号のアルファベットがそれを意味するらしい。わたしのHの窓口はどうやら2箇所にしかなく、しかもスーパーヴァイザーの判断が必要なくらい問題のあるケースがそこに集中するから、ほかのAとかFとかから始まる窓口はすいすいと番号が進んでいくのに対し、Hはいっこうに動かない。貧乏ゆすりが止まらない状態までストレスがたまってきた頃、Hの窓口で一人の女性が大声で騒ぎ立て始めた。「だからあんた(従業員)のIDをみせろっていってるのよー!なんで見せないのよ~!!カスタマーはみんな法的にそれをみせてもらう権利があるのになんであんたは見せないのよー!!私は法学部でてんのよぉ~!(どうみても50代の女性)。法がどう働くのかちゃんと分かってんだからっ。それだけ意地になってみせないんならスーパーヴァイザーをここに呼んでらっしゃい!!」とけたたましくなにか抗議していた。どういうわけか、従業員は自分の名前とID番号を彼女に提示するのをかたくなに拒んでいるらしい。彼女の反応にその従業員も「おれはわるくないっ」みたいな態度でキレて、終いには「そんなに俺のIDがみたいのかよぉ!?ほ~れほ~れ、これだよぉ~。みーえまーすかぁーってんだ!」と頭の薄い中年従業員が年甲斐もなく、首からぶら下げているIDカードをわざと見えない距離から彼女にちらちらさせてふざけている。そんな事態がおさまるまでHの窓口はちょっとしたコモーションで閉鎖状態。その後さらに待たされ、自分の番号が呼ばれたのに気がついて行ってみると、そこに係員がいない。他のとろーい従業員に「スーパーバイザーはどこですか?」と聞くと、「ここにいないわよ。」とか「今来るわよ」とか曖昧な返事ばっかり。3人目に「スーパーバイザーが来ない」と文句を言うと、「今来るわよ」というので、「もうかなりスーパーバイザーをここで待ってるんですけど、てんで現れない」とちょっとキレルと、「なにいってんのよー!?(私の隣の窓口の女性を指差して)スーパーバイザーは今ここで別件を担当しているのよ。だれもこないってことないでしょ?!」となんだか叱られた。けっ、、、彼女がスーパーバイザーって誰が知るかぁ~!こんな目の前にいるのなら、そう教えてくれればいいじゃんっ。やっとスーパーバイザーに会って彼女のサインをもらうと、今度は「じゃぁ、写真撮るためにまたさっきの列に並びなおして」とあっさりと言われた。そこにはいうまでもなく、30分はかかる行列がある。そこに仕方なく並びなおし、写真を撮る。この時点でオフィスに来てすでに2時間30分が経過。これでお金払って帰れると思いきや、また別の番号を渡された。支払いは別の窓口で行われるらしい。さらに30分待ち、笑顔が顔から拭い去られた状態で窓口に行き着く。「フロリダライセンスにばいばいって言って(笑顔)~!」とユーモアいっぱいの従業員にカチンと来て、そんなジョークもまともに受け取れない私は真顔で「なんでもいいから。私ここを今すぐに出なくちゃいけないから」とかなり仏頂面で言ったと思う。結局全部終えるのに3時間。ストレスたまるたまる。。。アメリカのお役所仕事は日本の銀行よりもトロットロです。決して普段F-WordsやS-Wordsは言わない私ですが、口を開けば言ってしまいそうなくらい怒り爆発でした。今夜は友人とジュリアード音楽院の室内楽リサイタルに行き、その後飲み会なので、そこでストレスを捨ててきたい。。。
November 19, 2004
今日はちょっとディープな話。アメリカの表現に”It's meant to be”というものがある。人生とは結局かくして運命ずけられていたのだ、という意味合いを持つ。”We were meant to be...”なんて恋人同士が言い合ったら「私たちって結ばれる運命だったのね。。。」なーんていうバラの香りぷんぷんの意味にもなる。私が自分の人生に起こったいろいろなことを振り返ってみるとき、絶望の淵にそんなに長くとどまっていることはなかった。何かしらの困難や超えなければいけないハードルには幾度となく経験したものの、立ち直りが意外に早いのがこの私。これは性格がそういうポジティブで楽天的だからということも大きな理由の一つだと思うが、概して自分の人生は「かくあるべきものなんだ」と無意識のうちに納得しているからかもしれない。人間後悔すると必ず「もし~しておけば今頃~だったのに」と、仮定法表現で違う人生もあったんじゃないかと振り返る傾向があるが、私はこれをしない。だって人生なんて一つなんだから。いくつかの選択肢のなかから一つを人生の分岐点で選ばなければいけないとき、その一つを選んだ瞬間片方の人生の可能性はその時点で消えうせる。その一つを選んだということもまた、「人生かくあるべきもの」なのかもしれない。つまり、私がここで言おうとしていることは、偶然にみえるようなことも、辛いと感じることも、すべて起きるべくして起こっているんじゃないかということ。それは、決して自分の人生の選択を「運命」のせいにして消極的、受動的であれということではなく、そういう試練も偶然の出会いや喜びも、その後必ずや自分の人生に必要となる部分として、自分の目の前に起こっているのではないかということ。今は苦しいことでも、それを乗り越えれば、結果はどうであれその先に新しい道があるということ。そしてその新しい道は過去のそういうさまざまな経験なくしては存在しえないということ。人生ってやっぱり「It's meant to be」なんだと思う。
November 18, 2004
前回はまったくもって受動的にしかビザスポンサーに関して動いてくれなかったうちの副社長。まだ勤務してから時期が浅かったこともあって、当初は会社としてもどこまで私が「使える人材」なのかを判断しかねていたということもその背景にありました。先日副社長が私のオフィスにきて、ビザに関していろいろと話したと日記にも書きましたが、今日はEmailで「君のビザ申請を担当するのに適当であろう移民法弁護士をこちらで見つけました。君と弊社の状況を説明し、12月に一度オフィスのほうに弁護士にきてもらうよう、予約をいれたので詳しい日にちが分かり次第教えます」と言っていた。はっきりいってこれには私もおどろいた。私はてっきり私がまた新しい弁護士を用意しないといけないと思っていたのに、会社のほうですっかり手はずを整えてくれていたからだ。手のひらを返すように、ボスのビザ対応がかわりました。結局、一番大事なのは、自分がどこまで会社のために貢献でき、利益をもたらすことのできる人材かを私自身が彼らに納得させなければいけないということ。以前は「アメリカ人だから外国人がビザに関して置かれている状況を理解できないんだ」と感じたこともありましたが、このビジネスの世界、認められなければそれに対する報酬もないんですね。アメリカでは仁義も情けもないビジネス社会で、いくら目標が高くあってもそれを結果として証明しなければ「はい、さよなら」となる所ですが、逆に会社のニーズに自分という人材価値が合致すれば、それだけ対応もはやいというように、いたってシンプルなものなのかもしれません。しかしボスの態度が好意的、積極的になったとはいえ、ビザ取得が100%確実になったわけではないのも事実。このさき彼らにうっとおしい思いをさせることもあるでしょうし、それだけこっちもストレスを抱えることに。とにかく次回は前回うまくいかなかった部分を慎重に進めていきたいと思います。
November 17, 2004
4ヶ月越しで担当してきた某日本人女性Hip-Hopシンガーと弊社のプロデューサーとのコラボレーションに関する交渉が最終段階を向かえ、近々まとまりそうです。現在は金銭的な問題と権利に関する問題の交渉中で、今日の段階で双方の合意が見えそうです。インターン時代から一からはじめたこのプロジェクト。会社がアメリカの会社ですから、日本のアーティストのこともレコード会社の関係者もまったく情報がない地点から自分でリサーチをはじめ、国際電話でプロダクションの担当者(しかも興味をもってくれる相手)を突き止め、日本人アーティストのテイストにあったプロデューサーの選出、および選曲。DemoCDを送り、限りないEmailでの交渉。アーティストに気に入ってもらうかいなかがまずは大きな分かれ道。一旦気に入ってもらえれば、さらに交渉経験の乏しい私には難しかった金銭的+権利の交渉。アーティストのこれまでの売り上げ実績を洗い出し、大学院で習ったプロデューサー費の概算の出し方を使って、こちらとしての希望数字をはじき出す。A&RのボスJustinははるかに格安な数字をはじきだしたが、私は「このアーティストだったらもっと大きなディールでいける」と大胆な態度で交渉。権利の分配で多少こちらが折れる形はあったものの、妥協策として他の部分で金額をあげてもらえるようカウンタープロポーザルをさらに打ち出し、今にいたっています。最終的には、こちらが予想していた数字+アルファーがついてきたので、良い感じ。交渉は一曲あたり●百万単位のもので、初めてにしては満足のいく結果になりそうで、上司たちもよくやったねと満足しているようです。
November 16, 2004

ロックフェラーセンターの有名なスケートリンクがすでにオープン。大勢の人がスケートを楽しんでいました。っていってもこの場所、実際に行ってみると意外に小さくって驚かれる人も多いんですけどね。あんなに小さなリンクでスケートしてぐるぐるやってると目が回っちゃいそうですけど(笑)。ちなみに大きなツリーも今建設中。これからデコレーションや電飾がつきます。電飾点灯式は11月30日だそう。ぜひ行って見てみたいです。そういえば、この有名なツリーをNYCでみるのは今回が初めてだなぁ。
November 14, 2004
アメリカで歯の治療。そう聞いて「恐ろしい」と感じない人はまずいないだろう。なんていったって歯の治療ほどアメリカで高いものはないのだから。先日、物を食べたとき、一つの歯がズキンとし、同じことが2回ほど起こった。「もしかしたら虫歯かな」と思っていたのだが、それ以降痛むこともなく過ごしていた。「日本に帰ったら親の国民保険でまた歯医者さんで検診してもらおう。そのほうが断然安いし安心だし。」と、毎度日本に帰るたびに1年に1回は行く歯医者に顔を出そうと計画していたのだが、今回はアメリカで就職したため、親の話によると「とっくにあなたの名前はパパの国民保険から外されてるわよ。」と言われてしまった。もう扶養家族でなくなった今、父親の国民保険が使えないのだ。だから日本の歯医者で治療を受けたら、実費がいいところ。日本の歯医者で実費で歯を一本治すと幾らかかるんだろう??私も健康保険が無いわけではない。アメリカの団体保険に加入した。働いている会社が加入している保険がすでにあったので、自分で選ぶことはできず、自動的に加入させられた。アメリカにはいくつか保険の種類があり、どれに加入しているかによって、保険料も病院での診察も医者選びもすべて変わってくる。又保険会社によっても保険でカバーされる%が異なるから、風邪ひとつひいても保険のききかたはそれこそ何千通りと違う。私が加入している保険はHMOと呼ばれるもので、主治医制。加入した時点でPrimary Care Doctorと呼ばれる主治医を一人決め、何か不調があれば必ずその主治医を通して治療を受けなければ保険がきかない。だから日本のように保険証があれば所かまわず病院のドアを叩くことができないのだ。歯医者もそれと同じく、Primary Care Doctorを指定し、そこにだけ訪問するシステム。噂によれば、虫歯一本治すのに$1000はかかると聞いていたので、かなり今回は緊張した。最悪の場合、日本で実費払いで治療を受けたほうが、どれだけ安くあがるかしれないとも考えた。歯医者はGrand Central 駅目の前でアクセスはしやすい。かなり立派で豪華な大きな雑居ビル。ちゃんとドアマンもいて、内装はなんだかキンキラしている。「これはかなり儲かっているお医者さんだから、患者からの信頼もあついのかも」と豪華なエレベーターを乗りながら考える。15階に到着。ドアが開くと、15階の雰囲気がエントランスのそれとはまったく違う(汗)。。。。天井が抜けてる箇所がたくさんあり、そこから工事用のおおきなランプとケーブルがだらんと無数に垂れ下がっている。。。どうやら改装工事中?(崩壊しているとは考えたくなかった。。。)前夜、トムクルーズの映画「MinorityReport」でトムが眼球を他人の眼球に取り替える手術を受けるために、汚い崩壊寸前のビルに住むモグリの医者を訪れるシーンを見ていたせいか、どういうわけだか自分も同じようなことをしているような気がしてしょうがなかった私(苦笑)。床とか壁はきれいなのだが、部屋を探す私の足が確かに怖気づいていたことはひしひしと感じていた。歯科医がいるはずのドアを発見し、恐る恐るドアノブをまわす。あ、、、小奇麗なフツーの歯科でした(安堵)。土曜日だし完全予約制ということもあり、患者は私の前に一人だけ。歯医者は痛いから行くだけでもいやなので、新しい医師に歯をいじられると思うと、それだけで恐怖体験だ。30分ほど待って自分の番。おそらく韓国人か中国人の若きDr.Lによって診察開始。診察台の目の前の窓からはミッドタウンの景色が見え、気持ちが良い。やはり前回痛んだところに初期段階の軽い虫歯1本が発見された。さてここで問題になるのが、ハウマッチ。今回は非常に初期の虫歯だったことから、神経を抜いたりする必要がないごく簡単なかぶせ物だけで済むそうなので、$70だという(それでもたっかーーー!)。アメリカのDental Insuranceはほとんど治療費がカバーされなく、特に私のやつはDentalに関してはあまりよろしくないらしい。(カバーされるのは診察前の歯の検診と相談が無料になるだけ。ってそんなの無料に決まってるジャン!!!)だから結局ほとんどの治療が実費にならざるを得ないのだ。本格的にフルカバーのDentalInsuranceももちろんあるらしいのだが(ここも日本と違うところ。保険証一つで眼科にでも歯科にでも皮膚科にでも渡り歩けるパスポートのようなものはアメリカにはない)、それはかなり高くつくらしい。おそらく月々の掛け金がウン万となるらしいので、アメリカ人でもデンタルInsuranceを持っている人は少ないという。日本でこの治療が幾らになるか気にかかるところだったが、放置して悪化させたくなかったし、日本でもおそらくそれくらいするだろうと見込んで、治療を受けることに。一つ安心したことは日本で受ける歯の治療もアメリカのそれも、まったく内容が同じだということ。あ、これってやっぱり世界共通なんですね。ちょーーっとだけ軽く削って、詰め物をしてはい終わり。その後歯石除去に追加$49。やっぱり高いけど$300とか$1000とかとられたわけじゃないし、お医者さんも上手で親切だし、まぁ良しとしましょう。
November 13, 2004
現在OPTステイタスで給料をもらって働いている私は、そろそろビザに関する下準備にはいらないといけないなーとひそかに思っていた。今の会社はキャリアを積むのに最適な環境だし、私もいい仕事を自分なりにしていると思うが、だからといってビザサポートが100%してもらえるという保証はなんらないのがアメリカ企業の「情け」の浅さ。会社側が外国人をサポートする余裕がなければ、「はい、さよなら」とされちゃうのが当たり前の社会なので、我々も大きな期待はできないのである。だから水面下で他の就職探しも行わないといけない。実は最近大手Performance Societyの採用募集にレジュメを送ったばかりだ。しかし、その後1週間経ったものの、電話はやはりかかってこない。こればかりは、会社の内部に知人がいないと、転職もなかなか競争が激しい。今日うちの副社長が私の部屋に来て、あたらしいプロジェクトを渡しがてら、ビザのことについて私に尋ねてきた。このHPを見ていてくださる人ならもうご存知であろうが、(じゃなかったら「就職、H1ビザ」の日記をみてみてね)この副社長が最終的にYESと言ってくれなかったことで、前回のビザ申請ができなかったのだ。彼は「YUKO、今度のビザのことだけど、いつから申請がはじまるんだい?」この質問を聞いたとき、私はかなり唖然としたことは言うまでもない。だって前回、かなり私と副社長はこの一件で互いにせめぎあい、私の中では「もう彼はぜったいわかってくれない」とその後きっぱりあきらめていたからだ。そうはいっても会社に残りたい気持ちは十分あるので、1月ぐらいになったら、社長のほうに私の気持ちを伝えようと考えていた矢先、副社長直々にビザのことを聞いてきたから、びっくりのなんの。私は「来期は年明けて4月1日から始まります。」と答えた。すると彼は、「最近、このAdministration関係では君がいい仕事をしてくれてるってColinが褒めていたよ。Justin(A&R Senior Director)も、君がはじめたうちのプロデューサーと日本人アーティストの交渉が大変うまく言っているといっていたし。会社としても、これからも君にこの調子でがんばってもらいたいと考えている。ビザサポートが必要なら今度は良い弁護士を探さないとね。」(驚驚驚)!!!どうやら副社長は真剣に私が会社に残れるようにすることを考えてくれているらしい。これにはかなりびっくりした、ほんとうに。このことをColinに報告。彼も私の置かれている状況を前々から分かっていてくれる理解者のうちの一人であり、今回、どういうわけだか、私の仕事振りに関する良い面を副社長の耳に入れてくれたらしいのだ。そんなColinは「僕も君に残ってもらいたいからね」とやさしく言ってくれる。「じゃぁ、今回もしビザがうまくとれたら、Colinには借りができるね。Sultanaも私がインターンを始めて以来、よき理解者としてサポートしてくれるから、一件落着したらディナーにでもご招待しなくちゃね」と話した。するとColinは「ディナーかぁ、いいね。でも君は僕になんの借りもないよ。すべては君自分の力で勝ち取ったものなんだからね。」と更なるあたたかい言葉をかけてくれた。やはり持つべきものは友だなぁと感じた。うちの会社は小さいけれど、一人一人がパワーをもった人たちで、しかもみんな優しい。大きな会社には絶対ない、一種の家族的団結力と他者への気遣いのある、そんな連中にかこまれて仕事をしている私は、本当にラッキーだなぁと感じざるを得ません。
November 11, 2004
なにがと申しますと、この寒さです。11月の中旬で摂氏0度という中、すでにロングコート(スエード+ファー+フッド)にマフラーを動員しているのですから、これからの長くて極寒の冬をどうのりきればよいのでしょうか?おそらく1月、2月なんていうころは、コートでおしゃれするなんていう観念はなくなり、とにかく凍え死なないように着込んで防寒というFanctionalというかサバイバル的な目的で日々の洋服を選んでいるのかも知れません。それを物語るかのように、服屋には足のくるぶしまである長いモコモコのダウンコートが売られています。マイナス10度にもなったらぜったいあれがないとしぬぅ~~!!!
November 10, 2004
今日はサイコーに寒いっ。最低0度最高7度!日曜日のぽかぽか陽気が、太陽の暖かさをかんじられる今年最後の貴重な一日だったのかもしれない。。。昨夜今交渉中の日本人HipHop女性アーティストの担当者と電話で細かい部分を煮詰め始めました。アーティストが弊社のプロデューサーを気に入ってくれていることは良しとして、そのほかにもいろいろと交渉しなければならないであろう部分がある。たとえば著作権問題。今回弊社のプロデューサーはHipHopの楽曲の要になるBeatをアーティストに提供する。この場合にまず大事な問題は3つ。プロデューサー費をいくらにするか。曲の著作権はだれがもつことになるのか。そしてPublishingのシェアはどうなるのか。一応そのへんの話はA&RのSenior Directorとまとめておいたので、電話でもスムーズに説明することができた。話のおわりになって、「あ、YUKOさん、もしかして○△レコード会社のXXさん、ご存知ですか?」と聞かれた。たしかにXXさんはインターンの面接にNYCに来た際に泊まったユースホステルでご一緒した方で、それ以来ずっとEmailで連絡をとり情報交換などをしている、いってみれば私のアドヴァイザー。「あ、XXさん、知ってますよ。」というと「いやぁ、うちの会社、ちょっとXXさんのほうとも取引がありまして、そこでYUKOさんの名前がでましてね。大変やり手の方だってXXさん言ってましたよ。そのへんはEmailを見てもこちらも伝わってきますがね~」どうやらXXさんは私に関して良く言ってくれていたようで、いい印象を受けたらしい。(これってうれしい)。「YUKOさん、それで今年の冬帰ってくるんでしょう、日本に?もしお時間があったら社長とかプロジェクトの関係者にご紹介したいんですけれどねー。それまでに今回のプロジェクトの件もなんとか形をつけておきたいですね。」とあちらから会社訪問のお誘いも受けました。顔つながりが大事なので、そういってもらえるだけでも嬉しいですね。なにかと忙しい年末ですから、うまくその日程がつくといいのですが。
November 9, 2004
私の部屋にはビオラダガンバというチェロに似た弦楽器がある。昨夜の4時ごろであろうか、寝ていると突然「パキーン!!!」という破裂音がし、3秒ほど間をあけて、また「パキーンン!!!!」と立て続けに弦が切れるような音が部屋中に鳴り響いた。いくらそこに楽器があると知ってはいても、いきなり夜中にそんな不気味な音がこだますると、寝ていても背中の血の気が引くのがわかる。弦はバイオリン属のようにスチール弦ではなく羊腸弦(ガット)なので、切れやすいことは確か。音からして第3弦か第四弦が切れたような感じ。しかし2本も立て続けに切れるか~???よくそういう奇怪な現象は幽霊が自分の存在をアピールしたいからだとか、人間をなんとかその場所に導こうとしているとか聞いたことがあるが、今回のこれもそれだったらどんなに恐ろしいかと、頭の中でぐるぐる考えた結果、確かめにいくのをやめ、完全に無視することにした。そうすれば幽霊さんも「あ、コイツは通じないんだ」と断念して隣の家にでも行ってくれると思ったから(←幼稚だ)。そうして狸寝入りをはじめた私。すると朝7時ごろ、また「ドロォーン!!」と今度は低い音で弦が鳴った。音からして一番低い第7弦が切れたような音だ。7弦は一番太くスチール弦なため、切れるなんて事はめったにない!!これはおかしいぞと感じ、とうとう起きて楽器を恐る恐るチェックすることにした。そこで発見したものとは!?!?弦が一本も切れていない!!!じゃぁあのケタタマシイ炸裂音はなんだったんだぁ~!?!?よくよくじっくり弦を見てみると、、、、あ、ただペグがゆるんで弦がゆるゆるになっていただけでした(苦笑)。あー、切れて無くって良かった。一本高いんですよ、ガット弦って。しかしやっぱり寝ているところにあの音は怖すぎぃー。
November 8, 2004
木曜日の日にPartyが夜な夜なあった。だから金曜日の夜はまっすぐ家に帰って「さぁ、テレビでも見ながらご飯でもたべよう」と一口手作りかに玉を口にしたとき、友達から「あ、今日友達と集まるんだけど来る?」とのお誘い。んで行ってしまったー。日本の居酒屋風レストランに行ってちゃっかりおごってもらってしまったです。面子は皆男の子でしたが、なかにはパーティープロモーターの子がいて、聞くところによるとあの、宇○▲ヒカルのアメリカでのCDリリースパーティーに名前を載せてくれるそうな。おそらく日本の業界関係者も来ていると踏んだ私は、自分の名前もパーティー参加者リストに加えてーと御願いしておいた。以前彼女が所属する某レコード会社の社長に直談判Emailをしたときは「彼女はプロデューサーに関しては独自のラインを持っているから」とコラボレーションの件はおそらく無理だろうと言われ、コンタクトを取っていなかったが、そういう話をする機会も無くもない気がしてきた。これでパーティに潜り込めたらちょっとすごいかも。仕事仕事~。そんなところで、2連チャンの飲み会を「業界コネクション作りの場」だと正当化させる私であった(笑)。そのあとハウス系のクラブに行くというので、面白そうなのでついていった。私はクラブな人間ではないですが、たまにそういう自分が行きなれないところに足を伸ばすのも、これまたおもしろい。またクラブで踊っている人たちの人間ウォッチもなかなか楽しいんだこれが。小さなお尻とかわいいアウトフィットでぷりぷり踊っている人がゲイGuyだったことを発見したりとか。しかし木曜金曜で1か月分の食費のほとんどが交際費のために飛んだ~。残りの3週間、食費のやりくりに苦しくなったら、友達宅でごはん寄せてもらうことになるかも!?
November 7, 2004
身体的衰えは、昨日より今日、今日より明日と確実に下り坂になっているのが自然の摂理。そんな身体的衰えはひょんなときに自覚されるものですよね。人それぞれでしょうが、「あ、もう年だな」とネガティブに感じる場合もあれば、「あ、まだ自分はイケてるんじゃない?」と感じたり。ジムで激しい運動をした次の日の筋肉痛の痛みに「あ、まだイケてるな」と感じる瞬間。しかし2日後ぐらいにとんで痛みがくると「あ、ヤバイな」と感じる瞬間。ボリューム満点の食事をして胃もたれも起こさず翌日朝食をたいあげられるとき、「あ、まだイケてるな」と感じる瞬間。しかし、「最近、お肉だめ。やっぱ魚がいいよ」と言ったとき、「あ、ヤバイな」と感じる瞬間。4時までオールナイトパーティーをして、肝臓君に負担をかけ、3時間くらいの睡眠にもかかわらず、出勤したり大学に定刻どおりに二日酔いも寝不足も感じずに行ける時、「あ。まだイケてるな」と感じる瞬間。しかしそんなしわ寄せが週末の延々たる睡眠に跳ね返って、「あ、ヤバイな」と感じる瞬間。
November 6, 2004
さて、インターン。アメリカの大学のほとんどは、このインターンを学校のカリキュラムの一部として組み込んでいる。なので、1科目授業料と同じ分のお金を学校に払って、ほとんどが無償働きだから、そこが貧乏学生の辛いところではあるけれど、経験が積めるのだから、採用されるだけでもありがたいと感じなければいけない。インターンへの募集は企業によってはウェブサイトに公表されている場合もあるし、そうでない場合もある。いずれにせよ、自分が興味のある部署の部長レベルの人に直にEmailないし電話でポジションがあるかどうかを聞く必要がある。レジュメを送った後も、2週間ごとに送った相手にフォローアップとして自分のステイタスを打診したほうがよい。そうしないと、そのままほったらかしにされるのがおち。インターンでは会社選びに大きく分けて2つ選択肢があります。大企業で働くか、それとも中小企業で働くか。どちらにもメリット・デメリットあり。まず大企業。履歴書的にも箔がつきそうなかんじなのがこちら。しかも会社が大きいので、インターン後の雇用を考慮してもらいたい場合、ある意味会社も雇用に対する予算が比較的ある場合(どこの大手音楽業界も最近はリストラで大変ですが)がある。音楽業界は特にポジションの空きがでても外部に知らされることが少なく、インターン生や知人、その他仕事関係者がそのポジションを埋めるというケースが生じるので、大企業にもぐりこめば、空きがでたときにそこに配属してもらえる可能性も場合によってはあるので、有利かもしれない。しかし大きい会社になればなるほど、部署が細分化され、自分が配属された部署の仕事しか経験できないし、大企業でのインターンの扱われ方は「パシリ」にされやすい。ゆえに、コピーや電話応対がほとんどだったりする場合もあり、自分がなにか主体となってプロジェクトに取り組むチャンスが希薄。又、新しい考えにフレキシブルじゃない場合もあり、自分のアイディアも取り入れてもらえない場合が多い。逆に中小企業のメリットは、会社の規模が小さい分、業務全般の動きが手に取るように見えてくる。インターンとしてこなす仕事内容も各部署にまたがってこなすことが多く、その分、業務の全体像を把握することができるので、勉強にもなる。比較的、自分のアイディアをだせば、(少なくともうちの会社は)いくらインターンとはいえども、社長レベルの人も耳を貸してくれ、どんどん取り込んでくれるし、同時にいろいろなプロジェクトも即戦力として任されるようになる。よい経験が積める一方で、就職となると中小企業の運営資金は大企業のそれに比べて余裕がないことがしばしば。それゆえ、どんなに良い仕事をしようとも、雇う余裕がないという理由で本採用してもらえないことがよくある。つまりどこでインターンをしようとも、それが就職の足がかりとなるかどうかは、実力や経験にも益して運もいることなので、こればかりは神頼みですね。「就職戦線-就職、ビザ」はまたのちほど。
November 5, 2004
当HPに来てくださる方の中にはMusicBusinessに興味ある方や、留学そのものに興味がある方、そしてその後の就職に関して懸念される方などいろいろいらっしゃいます。アメリカでの就職はアメリカ人でも大変なのですから、我々外国人にとっては巨壁を乗り越えるのと同じこと。留学時代の友達は台湾や韓国からの留学生が多くいて、Buffalo時代の友人は優秀にもMBAを卒業したツワモノばかり。しかし就職となればその状況は手のひらを返したように厳しいものばかりのようで、4人の留学生は誰一人としてアメリカで就職できなかった(あるいはしなかった)らしく、母国にかえっても就職活動にかなり大変なおもいをしたようです。日本人の友人も、大学(院)を修了すると同時に皆日本に帰国。その決断にはそれぞれの理由があると思うのですが、中には日本の大学の博士課程に入学し、学問を更に極めたいという人もいれば、アメリカでインターンを数ヶ月経験した末、アメリカでは働きたくないと決断する人もあり。要するに、外国人がアメリカで仕事をするにはそれだけの覚悟が必要だということです。一方でアメリカ人学生は就職にまったく無関心。日本での就職活動の猛威を思えば、考えられないくらいくらいに皆ノラリクラリしており、多くの学生は「卒業したあとは、ちょっと旅行に行くから、就職活動はそのあとでするよ」と同級生のアメリカ人に言われたこともあります。学生の間のうちに就職活動をしていた生徒など見たことがありません。しかしアメリカの大学制度で良い点はインターンシップ制度があること。学科によっては履修科目となっておらず、あくまでも個人の自由でインターンシップ活動をする生徒もいますが、私の学科では必修単位として組み込まれていたので、夏休みなどの長期休暇や、あるいは学期中を利用してフルタイム乃至パートタイムで各企業にはいり、実践的なノウハウを学んでいます。インターンシップに関してはアメリカの学生も高い関心を持っており、複数のインターンを経験する生徒も中にはいるよう。というのも、そういった経歴がいざ就職する際に必要となるレジュメに箔をつけるから、という考えも無きにしもあらずだからです。「必修科目だから、じゃぁ学校が企業を斡旋してくれるのか」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、学校側は教授を含めまったくノータッチ。あくまでも自分がそのポジションを探し出し、勝ち取らないといけないのです。そこが一番大変。どこの企業もインターンを募集しますが、そこにもやはり選抜が存在するわけですし、かといって良いレジュメを送って待っていればむこうから連絡してくれるわけでもない。レジュメを送ったら必ずフォローアップでこちらから先方に電話で伺いをたてる必要があるのです。企業によってはインターンに関してまったく外部に公表しない企業もあるので、レジュメを送る際に、インターンを募集しているかどうか聞く必要もあります。とにかく何に関しても自分が動かなければ、そして自分から尋ね、要求しなければ何も起こらないし、誰も助けてくれないのがアメリカ。私もインターンを探すのにはかなり苦労し、グロッキー状態になりました。未開拓の地に第一歩のきっかけを作る作業が一番難しいですね。特にインターン受け入れ先としても、同じ学歴で同じ経験を持っているアメリカ人と外国人がいたら、アメリカ人を雇うほうが簡単だと思うでしょう。よっぽどその外国人が会社に利益をもたらせうると判断されない限り、非常に難しい。しかし一旦中に入ってしまえば、自分が持っている熱意と知識をアピールすることで、次のきっかけは比較的容易に見つかるものです。特に日本人は欧米人に比べて緻密で合理的で働き者ですから、十分にアメリカ人と肩を並べて自己アピールできる立場にあると感じます。もちろん、語学の面ではネイティブではありませんから、日々の学習と鍛錬が必要ですが、そんなことは本人の気合でどうにでもなることですね。学生時代にGPA的知識の多さを吸収するばかりでなく、強靭な精神力を養っておくこともインターン時代、そしてその後を乗り越えるためのキーポイントだと感じています。「就職戦線-インターン~就職-」はまたのちほど。
November 4, 2004
夜は開票状況に釘付けでした。ジムで汗を流している最中も、目はテレビモニターに。NYはケリー派がほとんどでブッシュの名などほとんど耳にしません。(彼の名前を口にするだけでも色眼鏡で見られてしまわれそうな雰囲気すらあります。)しかしテキサスを中心とする南部のブッシュ派の勢いはとどまりませんね。テレビでは各州がどちらの派が多くの票を集めたかという状況を地図上で青(ケリー)と赤(ブッシュ)で示していましたが、中部南部はぜーーんぶ真っ赤赤。それに対して東部沿岸と西部沿岸は青。今夜中に決着がつくかと思いきや、結局一晩こさないといけない状態のようで、夜中3時まで粘っていた私もついに夢の中へ。。。聞くところに拠れば、オハイオ州では投票に7時間も並んだという人もいるらしいですね。そういう合理性にちょっと欠けるのも、やはりアメリカ式なんでしょうか。ブッシュに決まるのかなぁ。どちらの人に決まっても、外国人のアメリカでの雇用が楽になるわけではないのでどーでもいいですが、せめて世界を敵に回さない賢い政策と日本経済にやさしい人に大統領になってもらいたいですなぁ。
November 3, 2004
今日は大統領選挙の日。もちろん、私はまったくもって選挙の投票には関与できませんが。朝出勤しても、オフィスはがらがら。皆投票しに行っているようでした。NYCの人はケリー派がほとんど。みんな胸に「ケリー」とかかれたバッチをつけていたり、中にはAntiブッシュバッチをつけている人もいて、ブッシュに勝ち目はないような雰囲気すらしますよ、ここでは。そんなわけで、今日の業務もスロースタート。おまけに、社長は留守だし、副社長は風邪で昨日今日とお休み。やっぱりオフィスに自由な風が吹くのはそのせいでしょうか??
November 2, 2004
今日は聞くところによると社長の誕生日兼弊社創立9周年らしい。朝から社員にEmailがひそかに交わされ、お昼にサプライズパーティーをするから内密にということだった。ということでお昼はカンファレンス室にドデカイピザ3つとドーナッツが用意され、社員が社長を待ち伏せ。社長が現れると、一斉に「オメデトー」ってかんじでした。皆でピザ食べたよ。まぁこういうことができるのも、小さい会社ならではですねー。
November 1, 2004
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