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今日は一時帰国の楽しみの一つであった大学時代の友人との忘年会がありました。東京は朝から初雪を観測。夕方までこんこんと降り続けた雪の中、6人集まって串焼きのお店へ。今年はまだ食べていなかったお鍋料理も満喫できました。友人と再会するのは1年ぶり。年末に帰国するたびに集まり、各々のその年の出来事を振り返ってます。1年1年、皆なにかしらの手ごたえを仕事なり私生活の中で感じつつ頑張っている様子がうかがわれ、それぞれが去年よりも一回り大きく成長しているようでした。音大を卒業しても、それと関係ない分野に就職したりする人もいますが、今回の仲間6人は私も含め、なにかしら音楽関係で皆頑張ってます。これって実は珍しいことだなぁと感じたり。それだけみんなが音楽を愛し、信念をもってやっているという証でもあるような気がします。6人6通りのさまざまなジャンルや視点で音楽について語らえるのも、また味わい深き時間でした。来年また会うときまでに、皆それぞれに大きく成長しているといいですね。
December 29, 2004
私がBUFFALOに留学して、はじめて出会ったといってもいい友人Y君と表参道の日本食ごはん屋さんで再会を果たしました。Yとは思い返せば3年半前、留学第一日目にBUFゆきの飛行機を待つ経由空港でばったり会いました。その日は成田からの飛行機が5時間も遅れて離陸したため、完全にフライトスケジュールが後倒しになっていた。BUF時間で19時に到着する予定だったのがそのためにBUFに午前1時過ぎに着陸。留学初日にそんなことが起こって、初心者の私は少々不安気味だったのですが、デトロイトかどっかの経由先で待たされていたとき、唯一日本人でやはり同フライトを待っている男の子をゲートで発見し、「あの人ももしかしたら同じ学校に行く人ではないか?」と勇気を奮ってたずねてみると、やはり友人Yはそうだった。BUFに到着後、ふたりで一つのタクシーを拾い、寮に向ったという、そんな偶然の出会いをしました。2ヶ月間ほど大学入学準備のためにはいっていた大学付属の語学学校でも奇遇にも友人Yと同じクラスに振り分けられたこともあり、クラスメイトとして仲良くやっていました、当時は。それからというもの、友人Yは別の大学院に行ったし、私はBUFからMiamiに移動したこともあり、3年間も会わずじまいだったのですが、その間にもEmailで事あるごとに近況報告を交わしていたので、お互いに就職やインターンなどで苦労したことは十分に知っていました。逆に彼のほうが1年早く就職することになったので、私が困難にぶちあたっていたとき、逆にいろいろと励ましてくれたり。友人Yはスポーツビジネスを現在日本でやっており、私はアメリカで音楽ビジネスでなんとか身を立てんとしている点でも、国は違えども同じ出発点から共に頑張りあった、そんな素敵な友人Yです。今夜はBUF時代の思い出話や仕事の苦労話などを日本酒を片手に語らい合え、幸せな一夜でありました。
December 28, 2004
今日は青山まで、現在プロデューサーディールを進めているレコードレーベル、Uに出向き、担当者の方と1時間半ほど打ち合わせをしてまいりました。プレスキットをお渡ししたり、デモテープをお渡ししたり、弊社の業務内容詳細をご説明したり。話はプロデューサーディールにうつり、楽曲発注にいたるかは3月にはじまるというレコーディング前まで時間が必要なものの、プロダクションの人は弊社のプロデューサーの才能を高く買っていただいているようでした。日本人ヒップホップアーティストは現在アジア、日本で活動を積極的におこなっているものの、最終的にはアメリカ進出、そして究極にはグラミー賞受賞も狙っているという。弊社はハリウッド映画やCMに管理楽曲をライセンスしているので、もし弊社のプロデューサーを次回発売アルバム収録につかってもらって、かつアメリカ&カナダテリトリーでのアドミニストレーション権を委託されれば、その進出のお役にたてるかもと売り込んできました。ただ、そういう二国間をまたぐディールは、新米の私も初経験(というか、すべてが初体験でやりつつ学びつつの日々)なので、先方から「この点はどうなるんでしょうか?」と質問されたとき、うぅぅっとなってしまうことも数回あり。でもここはビジネスの場であり、「わかりません」では会社の代表としての面子が潰れるので、なにがなんでも「わかりません」以外の返答をしなければいけないというプライドもそこにはある。大学院で習ったこと、業務の際に目にしてきた契約書事項を必死に思い出しつつ、必死で回答。もちろん上司から情報のウラを取らなければいけませんがね(苦笑)。帰りがけにアーティストの既に発売済みのアルバムとまだ未発売の出来立てほやほやシングルなど、フリーマテリアルもわんさかもらってきました。ちょっとラッキー。1時間半に及ぶ一対一の打ち合わせは、まぁうまくいきましたね。夜は母親と新宿で待ち合わせて日本食を食べに行きました。
December 27, 2004
今日はクリスマスですね。前から計画していた両親+祖母への感謝パーティーとして中華料理をご馳走するために、横浜に住む祖母を迎えに両親と車で出向きました。17時からお食事会。主催者である私はメニューから前菜盛り合わせ、蟹卵と蟹肉とフカヒレスープ、蟹の爪のフライ、えびのチリソース、ショウロンポウに大根餅、酢豚に北京ダック、海鮮粥にデザートの杏仁豆腐をチョイスしました。やはり中華は大人数で食べるとおいしさも増しますね。生まれて初めて、遅ればせながらではありますが、自分の稼ぎで今までお世話になった大事な人にディナーをご馳走することができたことは、私にとっても大きな喜びでした。特に85歳にもかかわらず、肌の艶とハリを保っている祖母に非常に楽しんでもらえたことは、私も嬉しかった。普段はなかなかあらたまって十分に口にできない日ごろの感謝の思いも、こんな特別な機会だからこそ、正直に伝えることができる。1年に一回はこういう形で両親と祖母を食事会にご招待できたらなぁと、新たな計画が自分の中に生まれました。
December 25, 2004
昨日帰国早々、今日は取引会社との打ち合わせがあり、表参道まで行ってきました。まだ時差で苦しんでいる私は、正午から午後にかけて睡魔に襲われ、体調は万全とはいえなかったですね。気がつけば電車や道にはアツアツのカップルが。そーいえば今日はクリスマスイブなんですね。どうりで「愛」がいたるところに露呈しているはずだ。。。打ち合わせは1時間くらいで終わりました。プレスキットとデモテープを持参し、プレゼンテーションをし、今後どういうところにもっと力をいれていきたいかを話させていただきました。家に帰ってきた20時にはもうくたくた。渋谷なんかCrazyに混んでるし、電車もラッシュで押し寿司状態。NYCも人口密度が高いですが、ここまで混んでないので、人混みを見ただけで疲れちゃった感じもあります。帰宅後おなかも空いていたのですが、その空腹感よりも疲労感のほうが勝って食べる気力すらわきませんでした。とにかくお風呂に入って早く今日は寝ます。
December 24, 2004
飯!風呂!!寝る!!!この黄金三拍子に勝るものはなし!13時間のフライトでたまった寝不足、疲労、空腹はまず父親の新宿までのお迎え+久しぶりの父親の笑顔で少し報われる。家に20時に着き、そこに待っていたのは、私がNYCから母にリクエストしておいた料理の数々~!今夜の献立は、銀鱈の西京漬け、お刺身盛り合わせ、きんぴら、かぼちゃの煮つけ、ホタテ貝柱と五目入り炊き込みご飯、そしてなめこと木綿豆腐の味噌汁、母自家製カブのぬか漬け。箸を動かすごとに「おいひぃ~」の連発で、食べるのが忙しい忙しい(笑)。やっぱり母のご飯は最高っ!食後、My Baby、トイプードルのべべと戯れ、お菓子でご機嫌をさらに取って遊ぶ。ご飯を食べて1年ぶりの談話に花が咲き、気がつけば12時。お風呂でゆ~たりとゆずの香りのする湯船につかり、「はぁ~~~~、これこそ日本文化の極み~~~~」ととろける私。お風呂ほど体の疲れをほぐしてくれるものはないですね~。これでマッサージが入れば言うことなし!!これから羽毛布団にくるまれて寝ますー! 明日は会社まわりがはいっているので元気回復したいです。
December 23, 2004

今日は社内ボーリングPartyがありました。午後1時から仕事を中断し、皆でUnion Square近くにあるボーリング場にくりだし、16時半までお酒を飲んで食べてプレイして。。。楽しかったなー。おかげで腕がすんごくダルイけど。。。んで、これがそのメンバーの一部です。Thums-Upしている中央の人が社長のMark。皆若いでしょ?小さい会社だからこそ、若くして皆独自の個性とスキルを存分に発揮して仕事をしている、生き生きとした会社です。このあと会社にもどって1時間ほど仕事。かなりウィスキーをあけていた人もいましたが、仕事になるのでしょうか??
December 22, 2004
昨夜から急激に冷え込んだNYC。朝、窓から外をみるとうっすらと地面が雪で覆われてました。初雪降ったようですね。テレビのニュースで気温表示をみてびーっくり。華氏12度とでてます。アメリカに3年以上住んでいますが、いまだに華氏はピンとこない。昨日まで34度くらいだったので、それ以下ということから相当寒いんだろうと比較予測し、セーターにダウンジャケットに、毛糸の帽子にマフラーに、厚手ソックス+ブーツ&手袋をつけていざ出社。家から最寄駅まで片道10分歩くのですが、その間に足の指先の感覚はなくなるは、手袋をしている指はしびれて「痛い」は、強風にむき出しの頬は切れるように痛いは、ジーンズを履いている太ももはやっぱりしびれるように痛いはで、完全防備もまったく役にたたない。電車に乗れば、34stからCanalStまでローカル線路に異状があって、会社のある23rdにローカルが止まらないとかで、大幅にダイヤに乱れが出、30分遅刻しての出社。(メトロは100周年と大変ぼろい)会社についてからココアを飲みつつ、ネットで摂氏気温をチェックすると、そこにはおそろしい温度表示が。気温マイナス11度。体感温度はマイナス20度!バラの花も凍る温度じゃん!横浜にあるアイスワールドで体感できる温度を無料で体感してるんじゃんって感じです。どうりで末端の感覚がなくなるくらいに冷えるわけだー。摂氏温度にするとこの寒さにリアリティーが付加されて、よけいに寒く感じるのは不思議ですね。まぁこの寒さは今日だけで、明日からは通常の-5度くらいにもどるようですよ(苦笑)。遅かれ早かれ、膝丈のダウンジャケットが必要になりそうです。いい帽子も買いたい。。。ウールじゃだめです。皮で中に毛があって、耳が完全に覆われるタイプじゃないと死にます。強盗用マスクがあると頬も助かりますが、そこまで外見を寒さのために捨てることもできずにいる私。
December 20, 2004
金曜の夜に5thAvenueにあるロックフェラーセンターに行ってきました。何を隠そう、あのスケートリンクにある有名なツリーを観るのは、これがはじめて。ライティングセレモニーにには異状な混雑で行けませんでしたが、今日は近くにある日本の書店に寄りがてら行ってきました。(写真とったのですが、家にカメラを忘れてきた。。明日写真はアップします。)さすがに綺麗ですね、イルミネーションされたツリーとスケートリンクは。このロックフェラーセンターの向かい側、5thAvenueを挟んだところには、高級百貨店のSaks Fifthがあり、ウィンドウにはクリスマスのデコレーションが美しくされていました。又、建物自体に雪の結晶を模ったライティングデコレーションが無数に張り巡らされ、定時になるとクリスマス音楽が大音量で演奏されるのとシンクして、ライトの色が変わったり点灯したりと楽しい仕掛けもあります。5thをちょっと先に行くと、カルティエのお店。建物が赤いネオンの帯でラッピングされたようになっており、ダイアモンドのブローチのようなリボンがアクセントで輝いてました。入り口にはダイアモンドのティアラのようなものも設置されており、素敵でした。街頭やメトロの構内ではストリートアーティストがスチールドラム(カリビアン音楽のアレです)やSAXなどで、国際色豊かなクリスマスソングが奏でられ、NYCはまさに光と音で溢れるロマンティックな時期を迎えています。Saks Fifthのなかに入ってみると、まぁそこはブランドばかりがひしめいている高級なデパートなんですが、セールス商品がごちゃごちゃと入っているカートの値札を見てびっくり。。セール価格でも3桁だよぉー。毛皮の帽子なんて4桁だし。。。こんなのを買う金持ちはNYCに腐るほどいるんでしょうね。(自分は完全にその階層から外れている)
December 19, 2004
金曜日の仕事で、15日の日記に書いたような小さいバージョンがまたおこった。しかし完璧にこれは私の責任でもなく、私にその仕事を依頼した先輩の責任でもない。のだが、内部でのミスコミュニケーションが大きな原因。というか、同じ職場でもすべて「テリトリー」とか「バウンダリー」の問題なんだなぁと感じた。お互いに幅を利かせているテリトリーがあって、そこを荒らそうとするものは、攻撃される。そういう目にみえないものがぐいぐいとひしめき合っているのが職場だなと感じた。自分が他の職員の上に立って実権を握ろうとする。そういう権威の誇示のようなものが、例のPからは垣間見れてならない。先輩PはCreative部門にいて、先輩Sや副社長B、私はAdministrative部門にいる。でも職務上、仕事が2部門をまたがるから、双方でのコミュニケーションが重要になる。別の言葉で言えば、双方のパワーの均衡をとることでもある。先輩Sがぽろりと今日こぼしたこと。「こんなときに(副社長の)Bがいてくれたら、バックアップしてくれて我々の立場が強いのに。。。」。。。っていつも「監視されているようでイヤ~」と陰口ばかりきいてるくせに、こういうときには役に立つんですか、彼も(苦笑)。副社長Bが病欠しているときに限ってこんな事態もおこっちゃうんですねぇ。やっぱボスって見えないところで目を光らせているからこそ、平穏が保たれている部分もあるんだなぁと、思いました。
December 18, 2004
すっかりNYCの皆さんはクリスマスショッピングに散財なさっているご様子。日本でいうところの年末年始のデパートの混雑がこのクリスマスシーズンにやってくる。今はいているハイヒールがかなり履きつぶされてきたので、何足か買いに34stのMacy'sデパートに行った。ちょうどローカル新聞に15%OFFのクーポンがあったので、それも持参。普段はあまりデパートで物を買わない。買うとすれば会社まわりにある5thAveのブランドショップのような一軒一軒見てまわれるようなお店に行くことがおおい。久しぶりにデパートに入って行きなれないせいか迷った(苦笑)。それに人ごみがすごいし。。。なにせ50%Offという出血大サービスのセールシーズンなので、女性客はもう必死にショッピングしている。靴売り場は日本ではたいてい1階にあることが多いが、Macy'sはどうやら4階5階にあるらしい。しかもその階に行っても靴売り場らしきところが見当たらない。サインをよくみてみると、靴売り場は別館にあるというから、フロアをぐるぅーっと歩いて、別館連絡通路を探す。私の足の大きさはおそらく24.5~25.0で、靴の形によってサイズが微妙にかわる。アメリカのサイズ表示だとだいたい7.5~8になる。この足の大きさは日本では非常に標準サイズ。だから日本のデパートに行くと、必ず「在庫切れ」にぶちあたるサイズでもある。しかしここはアメリカ。女性も背が高ければ足もでかい。女性で9や10(26cmとか27cmくらいか?)をはいている人はざら。だからどこのお店に行っても私のサイズの在庫切れに直面したことがないのがちょっとうれしいところ。デパートの靴売り場で担当してくれた店員さんは、あからさまにゲイの男性だった。アメリカの女性店員には接客マナーがまったくなっていない横柄な奴らが多い中、ゲイ店員はけっこう卒なく丁寧に接客してくれ、客としてはうれしい「女性的」なマナーを持っている。靴のサイズをたびたび倉庫から出してもらわないといけないときでも、いやな顔一つせず、額に汗を光らせつつ出してきてくれる(こういうところがゲイだぁ)。(注:日本ではあたりまえなこの接客態度はアメリカでは決して当たり前ではないのです。)そんなわけで、結構スムーズにショッピングができました。最近自分の中では先が尖っているPointyなハイヒールが旬なので、二足ほど15%引きで買ってしまいました。
December 17, 2004
昨日が激寒の-5度だったから、すっかり自分の気温に対する「寒さ」に幅がでた。おかげで気温3度でも「昨日よりもあったかいじゃ~ん」と言えてしまう。おそろしや。確かにBuffaloで-15度を経験したときは0度が暖かいで表現されてたなぁ。今日会社に出勤すると、先輩が「病欠の副社長からEmailが来たんだけれど、聞くところによると24日から1月2日までずっと冬休み休暇で会社自体を休業にさせるみたいだよ」ですって。この音楽業界、年末はどこの会社もクローズするのが常。皆働かないらしい。弊社はそれでも営業するという悲しき宿命を負っていると聞いたことがあったのだが、この流れに乗じて、弊社もとうとう休業にするようだ。22日から日本に一時帰省する私としては特に得したというわけでもないが、それでも会社自体が休業になるのなら、有給をほとんど使わないで日本に帰れるということだ。ちなみにバケーション休暇は10日までとれる。今回会社が休業になれば、2日の有給休暇を使うだけで12日間日本に帰れるということになる。ちなみに病欠5日、パーソナル休暇5日、計10日をあわせれば、来年の8月まで最高18日間の有給がまるまる残ることになる。日本で働いている方にとっては、有給はあってないものだという事を聞いたことがある。日本人の皆さん、ほんと有給取りませんよね、アメリカ人と違って。でもそこで「えー、いいなぁ~」などと思わないよーに!アメリカ資本の会社には基本的にボーナス制度はありません。ボーナスないんだから休みくらいは欲しいですよねー。かといって休みを取って贅沢な旅行に繰り出すための資金があるわけではないのですが(苦笑)。クリスマスを過ぎるとアメリカではまとまった連休が秋までないのでちょいと寂しいです。
December 16, 2004
ビジネスの世界はひとつの間違いが大きく業務に響くこともあるから、常に完璧に徹しないといけないということは分かっている。私のSynchronization部署の先輩、Sultanaから今後は彼女が行っていた映画、TV用の音楽ライセンス料の見積もり書(QUOTE)をデータベースに入力するのを私が彼女のかわりにすることになった。以前にもすでにこれはやっていたことなので、なんら難しいことはない。TV局や映画プロダクション会社からFAXされてくるQUOTEは、同じものでも何度か先方からFAXされることがある。だからデータベースに入力する際には、重複登録しないようにサーチエンジンを使って、既に登録済みかどうかを確認する必要がある。このQuote、実はSultanaともう一人別のPeterにもFAXコピーがまわされる。今日2件登録したときに、その一件分がPeter宛てに来ていたので、直接彼に「この見積もりはあなたが出したい?それともSultanaにまわす?」と聞いたとき、「あれ?それは確かもう僕が先週見積り額を先方に出したやつだと思うけれど」と言うので、データベースをチェックすると、ふぅーむ、すでにPeterが自分で登録したQUOTE情報がある。私は、「あれ?サーチエンジンで探したときはどういうわけだか出てこなかったなぁ。OK、じゃぁこれはもうQUOTE済みということだから、今私が入力した同件情報は削除しておきますね」ということで、事なきを得た。2時間ほどすると、またPeterから「今~~のQUOTEをデータベースでチェックしたんだけれど、同じものが二つ存在するんだよね。。。一つは僕が入れたんだけれど、もう一つは誰か他の人が同じ情報なのに入れたらしい」。曲の名前から私が昨日登録したものだとわかったのだが、彼は「君、このデーターベースの使い方、本当に知ってるの?サーチエンジンはこれこれこうこう使うんだよ。」「私:それは既に知ってます。」ここで問題になったのがプロジェクト名のスペリング。QUOTEが来た時点でサーチエンジンで探す名前の対象がこの先方から使いたいと指定されてきたTVないしFilmのタイトル(プロジェクト)名だ。昨日私がFAXで受け取ったQUOTE上には「MALCOM~」と先方が記入してあった。しかしどうやらこれは先方が「MALCOLM~」と書くべきところをミススペリングしてMALCOMとタイプしたらしいのだ。先方のスペリングミスがたたって、私がデータベースで検索をするときにMALCOMとタイプするのだから、本来の正しい名前であるMALCOLMは該当する由もない。そこで私はこの件はまだ未登録だと判断してしまい、結局ダブル登録になってPeterが発見したのだ。私はまず、Peterを混乱させたことについては誤ったものの、「昨日私が受け取ったQUOTE上にはMALCOLMではなくMALCOMとなっていたと思うんだけれど」と訴えたのだが、なーんか彼は私が日本人だからスペリングも知らないんだ、みたいな印象がぷんぷん匂ってきていた。挙句の果てに、会社全体にこの一件をメールで流し(私の名前は伏せられていたが)、そこには「会社内部でのミスコミュニケーションは避けたい。私は弊社の誰かさんがした失態でクライアントを混乱させ、それに対して説明しなければいけなかった。こういう混乱は会社内だけの問題ではなく、クライアントにまで迷惑をかけることにもなる。自分はFilm/TVのSynchライセンスからの利益上昇に貢献してきたのだから云々。。。今日は二件のエントリーミスが見られた。データベースに登録するときは検索を怠らないようにしてもらいたい」というような内容が書かれていた。2件のエントリーミスっていったって、一件は入力後数分で発覚したから誰にも迷惑かかんなかったし、別の一件は私の過失というよりもクライアントがタイトルをミススペリングしてよこしたのだから私の検索ミスでも結局はない。Peterを混乱させたことは事実でそれに対しては申し訳ないが、なにも社内中にEmailを流さなくてもいいじゃんとも感じた。まぁ私が思うに、彼は私に対する個人的な攻撃のつもりでしたわけではないので、「いい機会だから、皆に注意を促そう」と思ってやったまでだとは思う。この事情をSultanaに報告して、証明のFAXのミススペリングを彼女に見せると、「あー、大丈夫よ~。あなたのせいじゃないわよ~。今から社内に釈明メールを流すから任せておいて。Peterとはよくこのことで私も問題があるのよ。チッチャイ犬は虚勢を張るために吠え立てるのと同じで、彼も同じことをやってるんだから、気にしないで」とサポートしてくれた。失態事態は特に大事ではないのだが、Peterに「日本人だから」みたいなインプレッションを持たれたとしたなら、それは非常に腹立たしい。日本人だから会社内の先輩には楯突かないでいるのだが、これがアメリカンガールだったら、自分の非を全面的に弁護し、楯突くだろうなぁとも思ったり。アメリカではボスにでも自分の意見は思うままばんばん表に出すことも稀ではないので、自分をそういう会社組織内でどうACTしたらいいのか、たまに混乱するのである。まぁ、大きなミスでもないし、下っ端の私が大きな口をたたいたところでいいことは一つもないので、頭の中で「日本人だからってなめるなよ!大学院だってでたんだぞ!盲目じゃないんだからスペルくらい読めるってんだ!自分が優れているとおもうんなら日本語しゃべってみろって言うんだ」と野次を飛ばして冷静さを取り戻しましたとさ。
December 15, 2004
今日は激寒の日。最高2度最低-5度らしいよー。仕事虫で病欠をしたことがほとんどないという副社長が先週からずぅっと休みでしたが、伝染性単核細胞症(mononucleosis :通称Mono)という病気になったらしく、年内は自宅で休養することにしたらしいです。どうやら血液内の白血球が異常に増加して喉がはれたり脾臓が炎症を起こして肥大化したり、疲労を感じたり熱が出たりと症状が結構長引くらしい。空気感染、接触感染はないもののキスなどによる唾液では感染するらしい。そんなわけでAdministrationの仲間はボスが病欠にも関わらず「Yahoo~!」とかいって留守を喜んでたし。。。私はどういうわけだか血液検査をすると通常値で必要とされている白血球数が少々いつも少ない。免疫が少ないってことですよね、これ。だから風邪引かないようにしなくては。風邪を引くときはいつも喉を痛めることから始まります。喉の粘膜がおそらく弱いのでしょう。喉を一旦痛めると、そこから有無を言わさず発熱するのがお決まりのコース。NYの冬は非常に乾燥するので、先日加湿器を買いました。$30也。楽器の保管にも適度な湿度がいりますしね。湿度調整はいつも55%くらいにあわせているのですが、何しろこの機械がうるさい。だから寝る前に昨夜その加湿器の湿度調整を40%にあわせて寝たら、夜中に喉が痛くて目がさめた。いつも枕元に常時してあるお茶で水分を補給し、布団からでて湿度をMAXに設定して寝たら、朝方は喉もぜんぜん大丈夫でした。加湿器さん、一冬宜しく御願いいたしまする。
December 14, 2004
午後に音楽ビジネスで他のパブリッシング会社に働く日本人の先輩格のSさんから電話がかかってきた。昨夜はパーティーで角煮を持参し、冷蔵庫にまだ残っているということを話しているうちに、ブルックリンにある先輩のおうちにデリバリーすることに。しかたないなぁ~もうっ←とかいいつつ、人に手料理をご馳走することにひそかな喜びを感じている自分なのです(笑)。2人前は確実に残ってたので、一人で食べてもしょうがないし、夕飯に持参することにしました。私が住んでいるQueensからブルックリンに行くにはミッドタウンに一度出て、グランドセントラルで乗り換え、ユニオンスクエアまで南下して、トランスファーしてLラインに乗らないといけない。直線距離的には非常に近いのですが、移動線にすると逆「コ」の字に動かないといけないので、非常に時間がかかる。1時間くらいでしょうか。メトロでBedfordという駅に降り立つと、そこは非常におしゃれなエリア。何を隠そうブルックリンに行くのはこれがはじめて。私のイメージのブルックリンはブラックばっかで危険でアパートの窓には鉄格子がはめられていて、危険な地域では車が燃えてたりなんていう、ちょっと80年代チャールズ・ブロンソンの映画の影響をまともに受けた古いイメージを持っていたのですが、これがぜんぜんちがうんだ。私の住んでいるクイーンズには八百屋かアイリッシュパブかパン屋くらいしかありませんが、ブルックリンは最近アーティストが移り住むようになっている街らしく、いたるところにかわいいカフェやパン屋、こじんまりとしたレストランやセレクトショップ、ブティックなどがずらりと軒を連ねている。むちゃくちゃブルックリンに住みたくなったけど、家賃はクイーンズの倍ぐらいするので、そんな贅沢も今の給料じゃできないし(泣)。しかし駅から離れると、やはりそこはスパニッシュエリアらしく、決してクイーンズのように安全とはいえないのだそう。先輩宅でビデオを観、ご飯を食べ、音楽ビジネスの話を交わし、先輩のCDコレクションから私も好きなピアソラのギター組曲を弾いているアサド兄弟の演奏を聞いたり、ラヴィシャンカールの70年代にカリフォルニアで行われた音楽祭でのシタール演奏(シャンカールはグラミー賞を受賞した、あのノラ・ジョーンズの父親。彼のシタール演奏は70年代にジミー・ヘンドリックスにも大きな影響を与えたといわれるくらい、ハイパーでロックな演奏をする。ちょっとマリワナでハイになって視線すらちょっと「イっ」ちゃってるフラワーチルドレンにとって、彼の音楽はドラッグに次ぐ現実逃避の材料だったのかもしれない)を観たり、極めつけには先輩が自分で作り+ミキシングも自分でやったという音楽も聞かせていただき、+クラシックギターの生演奏もしていただき、久しぶりに音楽でもりあがった一日でした。以前から先輩はギターを弾くと話には聞いてましたが、実際に歌声や演奏を聞くとやっぱりアトラクティブですねー。なんでこう楽器が弾ける人はアトラクティブに見えるんでしょうか?たぶん意外な一面性って部分が素敵なんでしょうね。私も楽器を弾きますが、もっぱらクラシックなので、ポップミュージックのように作詞作曲なんてしたことがない。でもアメリカでは日本以上に自分で音楽を作って楽しんでいる人がまわりに多くいるので、そういう人たちは私の目に非常にクリエイティブに映りますね。そうなると、自分のクリエイティブさってなんだろう、なんて逆に思ったりもします。結局1時過ぎまでそんな話題でもりあがり、すっかりおじゃましてしまい、家にはタクシーで帰宅することに。これが驚くことに10分で家についたとな。。。直線距離はやっぱり近かった。行きに1時間。帰りに10分。意外にご近所でした。
December 13, 2004
土曜日の夜に友達の豪邸(ミッドタウンど真ん中、グランドセントラル駅近くのマンハッタンの夜景が眺められる高層ビル高級マンション48階にて。)で7人集まってのホームパーティに行って来ました。大阪出身の友達がおいしい関西風お好み焼きを作ってくれるというお好み焼きパーティー。私も持ち込みで、得意の自家製チーズケーキや大根と豚三枚肉の角煮、そしてがんもどきとおくらの煮含めを持参しました。こんな私も母の味付けで舌が鍛えられたせいか、料理はそれなりに得意。「男性の心を得るにはまずは胃袋から」という恋愛教訓があるとするならば、準備ばっちりといったところでしょうか(笑)。とにかく料理はできるのですが、一人暮らしの自分の日々の食事のためには面倒くさくてなかなか作る気がしないのが常。だからこんなふうにパーティーなどがあると張り切って作ってしまうんです。またこんな機会がないと料理の腕も上達しないですしね。金曜日の夜、会社帰りに食材を買うことに。この日はあいにくの雨でかばんにはすでにジムに行くための洋服やシューズが入っている状態。この日はまっすぐ地元に行かず、イーストビレッジの大きなワインショップ屋さんに行って、日本にもって帰るための貴腐ワイン(Ice Wine)を探しに出かけ、これがまたまた簡単にお店が見つからずうろうろ。やっと見つけワインを購入し、別の日本スーパーでがんもどきとおくらをゲット。地下鉄に乗り地元の駅で下車し、韓国食材屋で大根と肉塊の豚三枚肉(1kg余裕であった)をゲット。駅前からさらに歩くこと7分。今度はスーパーでクリームチーズ4箱、サワークリーム1つ、白砂糖1箱、小麦粉1箱、グラハムクラッカー1箱を買う。買ったはいいものの、これが重いのなんの~。荷物もあわせて5キロは絶対あった。それを持ち、傘を持ちヒールで歩く。。。こんなことするから肩がいまだかつてないくらいパンパンになるんですよー。(泣)家についてからご飯も食べずにチーズケーキ作り。焼いてから寝かせたほうがよりおいしくなるので、できるだけ早く作ってしまいたかったから。結局ホールで2つ分のケーキをいっぺんに作りました。一つはパーティー用。もう1つは会社に持参用。ク今回は台のグラハムクラッカーにシナモンフレーバーのものを用いたので、これがまたグーでした。フードカッターという器具がないので、グラハムクラッカーは袋に入れられハンマーで砕かれるという非常にローテクな労働が必要。。。クリームチーズをたっぷり使い、それを1時間かけてじっくりと焼き上げた上に更にサワークリームの1層を足す、2層チーズケーキ。翌日は大根と豚の角煮を昆布だしとしょうゆ、砂糖、みりんで煮付ける作業。昔母が「油抜きをきちっとしないと煮物というものは味がしみないんだよ」と言っていた言葉を思い出し、豚肉は沸騰した湯に入れ油抜き。がんもどきの煮含めも同様に、熱湯をかけて油揚げの油抜きから。コトコトと煮ること1時間30分。10分ごとに表面に浮いてくる油をこまめに掬い上げ、調味料を加えてコラーゲンたっぷりぷりぷりの角煮とポタッポタに味がしみた大根が完成。油抜きをこまめにしたおかげでぜんぜん油っぽくない。その証拠に翌日冷蔵庫から出した冷たい煮物には綺麗な「にこごり」ができてはいても、油の白い塊すらなかった。初めて作った角煮でしたが、パーティーではかなりご好評いただきました。自分の得意料理の一品が増えた感じ。毎回思うのですが、料理をするときに使うものは舌。特に作りなれてない料理なんかを作るときは舌の感覚がものをいう。そういうときに舌の記憶をたどってたどり着くのは母の味。昔聞きながしていたような母の料理の知恵袋も、意外と思い起こされるものなんですよね。しかし煮物は作る人の味が出るといいます。母の煮物と私の煮物はやはりまったく個性の違う味でしょうね。個性があって私のは私なりにおいしいのでしょうが、やっぱり自分的には母に作ってもらった煮付けが最高です!
December 11, 2004
友達と飲みに行くと、よく質問されるのが「好きな男の人のタイプって?」である。フツーの女の子なら即答できちゃいそうなこの質問が、私にとっては結構厄介だったりする。というのは好きなタイプが何かだなんて、改まって考えたこともないからだ。今までは何気なく「好きなタイプはない。タイプで人を好きにはならない。」と答えていたのだが、最近自分にも実はタイプがあるんじゃないか、と遅ればせながら感じるようになってきた。容姿は生理的に受け付けるか受け付けないかという最低限のラインはあるが、それが人を好きになる第一要素ではないのは確か。究極論をいえば、「X-MEN」のウルフ役のヒュー・ジャックマンとか「Unfaithful」「S.W.A.T.」のフランス男優、オリヴァー・マルティネスのような渋くて、無精ひげもCleanにはやせちゃう人はかーなーり好き。そんな人、めったにいないのが現実論ではあるが(苦笑)。もちろん、容姿は大事だ。門構えがよければ、第一印象で好感を得られるのだから、それだけ好かれるチャンスも多くなるわけだ。しかし私が最近求めてならないのは、いくつになっても「自分の人生に何かやり甲斐を見出して楽しんでいる」そんな男性だ。人生を自分らしく生き生きと生きることに年齢制限はない。常になにかに対して向学心を持っている人や好奇心溢れる人は、話していて楽しいもの。そんな男性の目はやはり輝いていて素敵だ。そもそも目は心の鏡。目を見れば、大体どんな人なのか見えてくる。それくらい目は心を映し出す。もう一つ私が求める要素は相手を「リスペクトできる」かということと、相手が自分をそうしてくれるかという点。相手をリスペクトするということは、相手の本質を見出し、それを愛し受け入れることでもある。完璧な人間などいないのだけれど、しかしその個人個人が持つ不完全な部分も含めてリスペクトしあえることは大事だと思う。肩書きやマテリアリズム的なものがすべて失われたときにでも、相手の本質が尊重できるものであれば、なんとか支えあっていけるものだ。
December 10, 2004
9日。本年度の仕事納めまで、あと9日出勤すればいいということです。本来ならばクリスマス休暇の後も仕事は30日まであるのですが、日本の取引先会社との打ち合わせもあり、一足早く日本に帰って先方会社の御用納め前に滑り込むべく有給休暇を5日分使っての冬休み~。毎日がカウントダウンです、最近。最近妙に朝が辛い。ジムへ仕事帰りに行った日の翌朝は特にそうですが、冬になるとどういうわけだか布団から抜け出せませんよねー。目覚ましは念のために2つ。朝は10時出勤にあわせ、8時30分には起きる。最初の目覚ましは8時20分に鳴り、この時点でまず布団の中からモゾモゾとリモコンでTVをNBCにあわせる。8時25分にもう一つの目覚ましが鳴り、ここで「あーもっと寝たいぃぃ」と必ず思う。今週なんて直属ボスの副社長が鼻炎アレルギーで先週金曜から今週いっぱい休んでるから(って鼻炎くらいで休みすぎじゃない??数週間前にも1週間まるまる鼻炎で休んでたし。。。人の健康管理には非常にうるさい方で社内メールで「今月はいろいろと決算で忙しいから健康管理は十分するように!」なんていってたのにねぇ。)、私もついつい自分の心に悪魔が生まれてきて「今日は偏頭痛とかいって休んじゃえっ」と毎朝のように耳元でささやかれるのですが、なんとかいやいやでも起きて今のところは皆勤で出社してますよぉ。大学院時代なんて寝る時間は朝2時3時でしたが朝は10時まで平気で寝ていましたから、ああいうことができるのは学生の特権ですねー。なつかしい。だから毎週末の寝坊の時間が非常にシ・ア・ワ・セ♪独身一人暮らしの特権もまた、週末の寝坊タイムですね。今週もあと1日半労働で終わり。なんとかふんばりたい。
December 9, 2004
先週の日記ではフ○コ・へミングのカーネギーでのサイアクなコンサートに大きなストレスとチケット代の浪費を抱えたことをお話しました。んで、今日はかなり前からチケットをとっておいた五嶋みどりのバイオリンコンサート。今回は前回の屈辱を晴らす(笑)べく、行って参りました。前回のフジコのコンサートには日本人のお客が9割。座席にも空席がかなりみられた。しかし今日の五嶋みどりの演奏会には超満員のお客様で、日本人は3割くらいで残りはすべて外国人。もうここで「世界のはばたき」方がちがうなぁと感じた。フジコは日本マスコミのイメージ戦略でNYC在住日本人にはよく知られているのかもしれないが、カーネギーまで来るほどの外国人層ファンがまったくいない。おそらくあの当日来ていた外国人聴衆はショパンやリストといったスタンダードなピアノ作品が好きな人や日程的にあいていた人、あるいはごく稀に本当にフジコの演奏が好きだという人で構成されていたように思う。しかし五嶋みどりはやはり違う。11歳ですでに舞台に立ったみどりさんは今年で33歳(およそです)のすばらしいバイオリニスト。自分と対して年齢が違うわけでもないのに、世界をプロフェッショナルに渡り歩いている彼女のバイタリティーはすごいなぁと、同じ日本人同世代女性として尊敬の念でいっぱいです。演奏された曲はドビュッシーやヤナーチェク、ブラームスのバイオリンソナタ。彼女の幼いときから変わることのない独特のバイオリンの構え方や演奏姿勢などが音楽に彼女独特の個性を添えていました。とにかく彼女は小柄なのにいろんな音と色彩感を持っている演奏家。ピアノ伴奏者との呼吸の取り方もこれまた彼女独特のもので、演奏中にも聴衆に向かって弾くというよりむしろ伴奏者のほうに向かって対話を投げかけるように弾く姿勢がしばしみられ、またそれが双方の演奏に絶妙なコラボレーションを生み出していた、まさに阿吽の呼吸の演奏でした。小柄な身体にも関わらず、ダイナミックで重厚な音をなんなく表現するみどりさんは、作られてから200年近く経つ、時価数億円バイオリン(彼女はこの名器を一生無償で借りている)にもはや依存する演奏家ではなく、彼女自身の身体こそが名器としてファンクションしているとしかいいようがない演奏をする女性。デリケートな弓使いが必要となる高音の持続音は、ピンと張られた金糸のようにどこまでも乱れることなく鳴り響く。その音の緊張は、弓の毛一本一本がどう弦と摩擦しあっているのかを理解していなければ弾けない神業とも思わせるもの。そして彼女の音楽作品に対する深い解釈とたゆまなく磨き上げられたテクニックが音楽構築においてゆるぎない土台として成り立っているので、演奏がしっかり安定している。演奏後、カーネギーホールの一室で握手会があったので実際に握手と軽いお話をさせていただいたのですが(きゃっ♪)、まぁ、彼女は本当に小柄さん。150センチくらいでしょうか。あの華奢な身体つきにも関わらず、握手が非常に力強かったのが印象深かった。限られたものの数十秒の間しかお話をする機会がなかったのですが、ちょっと興奮ぎみでまともなことが聞けなかった(苦笑)。まずは「本日はすばらしい演奏をありがとうございます」とお礼をいったはいいが、次に何を言おうか迷った。音楽をやる者として聞きたいことはいろいろあった。(世界トップクラスの演奏家は1回のコンサートにどれくらい演奏料をもらえるかとか(苦笑)(←素人的率直な疑問だが場にまったく相応しくない失礼極まる他人のおせっかいな好奇心)、彼女の音楽のフィロゾフィーは何かとか(←数秒の会話にはちょっとheavyすぎるネタ)、数々の海外公演をする為、年間にどれくらいフライトマイレージが貯まるのかとか(←どうでもいい質問)、アメリカの音楽院で教鞭に立たれている経験はどんなものかとか(←生徒になりたい)、カーネギーホールの音響システムは弾きやすいかとか(←あ、これちょっとまとも))。 結局いずれの質問もしませんでしたが。。。気の利いたとっさの質問って難しいですね。。。自分の練習方法など彼女のそれに比べたら穴だらけだと思い知らされ、家に帰ってからむしょうに楽器の練習がしたくなりましたが、夜更けでしたのでやめた。(←いろんなことで喚起されやすい人)
December 8, 2004
週末は急に鍋が食べたくなった。だから自己流レシピで創作鍋を作ってみた。ヒントはベトナムヌードルの「フォー」がインスピレーションの源。野菜の甘みは白菜とねぎから。アジア風のスープの香りはバジルの葉とコリアンダーから。飲んだときの「あ~」感は大事なので、ぴりりと辛いキムチと豆板醤を忘れずに。ぴりりと辛いにもかかわらずライムのシトラス感が更なる食欲をそそらせる、そんな鍋です。1.鍋3分の1くらいに水をいれ、粉末カツオダシの素と昆布を入れ煮立てる。2.白菜、豆腐、ねぎを食べやすい大きさに切っておく。3.出しが煮立ったら2の野菜を入れ、キムチと豆板醤をお好みで足す。4.豚肉薄切りを入れる。5.フレッシュバジルの葉二つかみくらいとフレッシュコリアンダー(パクチー)をこれまた2つかみくらいいれる。6.ライム3個分を鍋にしぼり、ポン酢を加える。7.うどんをいれる。8.最後に塩・コショウで味を調える。ぜひお試しあれ。
December 6, 2004
金曜の夜は大学院時代の友達と軽くごはんを食べに行ったあと、別の日本人の友達と3人で日本酒のお店に行くことにした。酒蔵という名前のお店に決まったのだが、友達の一人しかそこに行ったことがなく、当人が少々遅刻気味だったので、住所から判断して私ともう一人は先にお店で待ってることにした。大きな雑居ビルの中にお店はあるらしく、そのビルの前で数人の日本人客(中年男性2人、女性一人)を発見。彼らも私たちが行くところに行く客だろうと思い、彼らになんとなくついていったのが今夜の珍事の始まりだった。。。ビルのメインエントランスを入ると「酒蔵」の看板がすぐにかかげられている。その横には一見事務室のような殺風景な扉とちーさなインターフォン、そして簡単な足拭きマットが置かれた一角が。我々の前の日本人客はそこで立ち止まり、なにやらインターフォンを押すと、中から日本人のがっちり黒スーツを着た女性店員が扉を開けた。その扉の雰囲気からすると事務室のような感じだったので(もちろん中は見えない)、「この先頭の日本人客がいなかったらすっかりお店の入り口を見逃していたところだねぇ」、と友達と話す私。入り口に入るとお店の人がまずはコートを預かってくれた。ずずずと案内されるまま店の奥に行くと、、、、あれれ?小さなラウンジバーのようなこのこじんまりさ。ソファー席がいくつかあって、高級そうな赤い絨毯が敷かれ、室内照明がダークな感じは、友達が電話で言っていた「ちょっと高いけど落ち着く日本酒のお店」の雰囲気をかもしだしていたものの、どこのテーブルにも着飾ったかわいい女の子を4人も5人も連れて来ているお客さんが目立つ。。。この瞬間、今までに体験したことのない場所にいるような、不思議な空気を直感的に感じた私。私はジーンズを履いてきてるのに、お店に来ている日本人の女の子たちはどういうわけだかみんなワンピースかスカートで髪の毛なんかくるんくるんだし持ち物は高そうなものを持っているので、「ドレスコードのあるお店なのかなぁ?」とちょっとクエスチョンマークが私の頭のまわりに浮かびだす。席に通されると、お店の店員がお絞りをくれた。しかも床に膝までついてお絞りをくれた。。。あらあらー、サービスいいですねー。いままでにそんなふうにお絞りを渡されたことはありませんでしたよー。そんなことに感動していると、私の友達のほうに店員が何かを言っている。どうやら飲み物のオーダーを聞いたらしい。友達は「あ、もうちょっと待ってください」とこたえていたのが聞こえた。私はそんなことに構わず、もう一人の友達の到着を待っている間、トイレに行くことにした。トイレにもまぁ背丈が小さくてかわいらしい日本人女性客とみられる人がいた。「最近の日本人は皆かわいいなぁ。」と思いつつトイレを拝借。7分ほどして席に戻ってみると、なにやら私の友達と店員が込み入った話をしているらしい。店員の後ろにはどういうわけだかドレスアップした日本人のこれまたこじんまりとかわいい女の子が立っている。私は「あれ?私の友達が女友達と偶然お店で会ったのかな?」と思いきや、私の顔を見た友達は突然苦笑いをしつつ「行こう!店間違ったぁ~!」だって。、、、どうやら我々はNYCでも高い、ホステス嬢のいるラウンジバーに誤って足を踏み入れたらしいのです(苦笑)。お客が同伴で来ていたと思っていた女の子達はお店のホステス嬢。どうりでみんな着飾っているわけだ。。。どうりで女性が男の人を囲っていったわけだ。。。どうりで膝をついてお絞りまで出してくれたわけだ。。。友達が店員からオーダーを聞かれたのはどうやら「お飲み物はどのように(お湯割りとかロックとか)いたしますか?」と聴かれたらしく、危うくボトルを入れられそうになったらしい。私がトイレから帰ってきて座席のあたりに女性がうろうろしていたのも、友達の知り合いとかじゃなくって、お店側が女の子をつけようとしていたらしかったのだ。どうやら私たちが探していたお店は、ビルの入り口からもっと奥に入ったところらしい。どうりでこのお店になんの看板もサインもでてないわけだぁ。秘密クラブのようにメンバーや常連しか知らないようなバーだったらしい(苦笑)。こんなことがないとホステス嬢のいるラウンジバーなんかに足を踏み入れることなど人生上なかったので、今日はちょっと社会経験に幅が出た夜だった(笑)。でもやっぱり場違いって肌で直感的に感じるものなんですねー。五感は信じませう。そのあと、無事にもう一人の友達と酒蔵で合流。岡山や新潟の日本酒を試しましたが、いやぁー、創業150年の造り酒屋を営んでいる親戚の日本酒に舌がこえてしまっている私としては、「これだ!」という日本酒にはいまだ出会ったことがありません。
December 4, 2004
昨日マイアミの大学院時代のクラスメイトから思いがけず電話をもらった。彼はこの夏NYCの某レコード会社でインターンをしていたことは知っていたもの、それから連絡が途絶えていたので、そのまま就職できたのか、それともMiamiに戻ったのか定かじゃなかった。しかし昨日「実はEMIPublishingに就職したんだ」との嬉しい報告が!EMIといえば全米で一番大きいPublishing会社だ。就職募集も決して表立てしないから、ポジションに就くことすら非常に困難な会社。しかも聴くところに寄ればオフィスは私の会社の数ブック先。同じクラスメイトが同じ街で同じ職種に就いていることは非常に心強く感じる。お互いにがんばり連絡を取り合っていれば、強いコネにもなる。この業界どれだけ業界人を知っているかが重要な鍵になるだけあり、今後のビジネス上の付き合いが楽しみです。一緒に仕事をすることもあるだろうし。そんなわけで今夜はその友達とごはんを食べに行ってきます。さすが連休明けの金曜なので体力的に疲労がきてますが。。。
December 3, 2004
前回、申請寸前のところでケッ躓き申請にいたらなかったH1ビザ。インターンからはじめ、OPTステータスで本採用になって働き始めてから3ヶ月が経った現在、仕事のほうもうまくいき、会社側も真剣に私の在留を考え始めてくれるようになった。今回は副社長が積極的に移民法弁護士の選出にのりだしてくれ、今朝日本人の女性弁護士がオフィスにまでカウンセリングのために来ていただいた。最初の30分は副社長が個人的に弁護士と話し合い。おそらく前回彼が抱いた不信感の点をクリアにしているのだろう。30分後私を呼びに来た副社長。「彼女とはうまくできそうだ」と語る。前回副社長がまったく理解を示さなかった申請のためのプロセス(実際のJobtitleでは申請受理が難しかったり、政府が提供しているJobtitleリストでは特殊すぎて見つからない場合、その職種に即した臨時の架空jobtitleで申請すること)に関しても、今回の女性弁護士から「前の弁護士がやっていることは決して間違ってはいない。それは唯一取らなければならない合法的な手続きの手段であって、会社側が攻め立てられることは決してない。」と副社長は聞かされ、今回ばかりは確信したらしい。うちの副社長は、どちらかというと理屈っぽい人。自分の耳と目で実際に見聞きして確かめない限り、いくら回りが正しい意見を吹き込んでも信じない。こっちが自分達の考えをあまりにもプッシュしすぎると、拒絶すらする。しかし今回は2度目の正直で信じる気にもなったのだろう。前回は弁護士と副社長の間のミスコミュニケーションのために生まれてしまった副社長の不信感も、今回ばかりは自分で選任した女性弁護士ということもあり、かなりご納得の様子だった。今回の女性弁護士の弁護料は前回の2.5倍も請求され、しかも数年前まではあったもののここ何年かはなくなっていた「トレーニング費」と呼ばれるお金(昔は$1000、来年度から$750)を政府に申請する際払わないといけなくなり、会社側としても負担が大きくなるのは目に見えている。ちなみにこのトレーニング費は法律的に雇用主が支払わないといけない。弁護士も政府もこの移民に関することではボロ儲けです(泣)。来年4月の申請に向け、すべてがうまく運ばれるといいのですが。
December 2, 2004
昨夜はロックフェラーセンターのクリスマスツリー点灯式にくりだしましたが、予想をはるかに超えた人だかりが道にあふれ、広場に近づくこともできませんでした。人の波にはまったが最後、今度は抜け出れない(泣)。やっとの思いで抜け出たあと、友達がカーネギーで行われるフジコ・へミ△グの演奏会に行くといっていたのを思い出し、当日券(しかも一番高い$60の席)を買って出向きました。数年前に癒しの音楽として再度スポットライトが当てられた彼女の演奏を噂(しかもネガティブなものばかり)でしか聞いたことがなかったので、「食わず嫌いで物申すな」という心情から、実際に聞いてみようと思ったのです。しかしそれが大きな間違いだった。私は3歳からピアノをやっていました。コンクールの経験もそれなりに積み、大学もピアノでではありませんが音大に行きました。20云年のクラシック音楽のバックグラウンドがある手前、物を言わせていただきますと、彼女の演奏ほどひどいものを人生において聞いたことがありません。コンサート前半は有名どころのショパンの曲が6曲続きました。もちろんすべて私も弾いたことがあるので、私なりに曲を解釈済みなのですが、彼女はまず右手に頼る演奏家だということ。左手は添え物のように音を弾いているだけで、決して前にでてこない。右手と左手の対話がないから、音にも音楽性にも重厚間がなく、非常に表面的で薄っぺらな響きになってしまっていました。右手が相当弾ければ、それなりに曲としてまだまだ聴けるのかもしれませんが、彼女の音表現に使われる指や手のひら、腕のテクニックはたった2通り。指先だけの圧力で弾くか、手首をへにゃーと上方向に放りだすことによって音に歪曲性をつけるかのどちらか。手首をあんなにふにゃふにゃしてたら、バリっとハードに音をつかまえないといけない和音のところなんか、もう台無しもいいところ。だから「幻想即興曲」と「革命」はかなり骨なしな音楽になっていた。さらに悪いことに、彼女の聴覚障害が問題となってか、ペダルテクニックがあまりにひどく、至る箇所で(特にペダルが一番タブーで神経を使うとされている下降のアルペジオで所かまわずペダルを用いるので)音が濁る濁る。音が濁ってしまったら一音一音の意味がまったくなくなってしまうし。曲全体がにじんだ絵の具で書かれた、はっきりとしない絵画のような印象になってしまった。音楽表現にしてもしかり。音楽には感情の波という力学がある。波が岸に打ち寄せ引く時、波の大きさ(感情の持ち方)は演奏者によってさまざまでも、その波の力(音が持つ動力)はある頂点に達するまで岸に打ち寄せる(クライマックス)し、そこからスムーズにまた海へと引いてゆく。音楽は感情という名のボールを空中に向かって投げたとき、腕にかけられた力加減は様々に異なることがあっても、物理学的に規則的な綺麗な弧を描いてある一点で頂点に達し、そこからまた規則的な弧を描きつつ落ちるはず。感情の入れ方は音楽家それぞれの音楽解釈や表現法によって大きく異なるが、ある程度、聴衆はそれを予期して楽しめるはずなのに、彼女の演奏ときたら、まったくの期待はずれもいいところ。劇的で情熱的に弾ききるべきと解釈される部分で急に速度を変えてへなへなと力尽きたり、もっとバリっと弾ききって欲しいところで変に腕をくねくねするもんだから、音にも演歌的コブシがかかる。もたせなくてもいい箇所で間を持たせるものだから、音楽の全体的な動きが滞る。今まで音楽を聴いてストレスを感じたことなどありませんでしたが、今日ばかりはストレスがマックスに達し、小休憩のときに残り半分を聴かずに帰宅しました。観客は日本人がほとんどで、なかには恍惚と「はぁ、すごい」と感動している方もいました。音楽は結局個人の感性にどうフィットするかなので、「これが正統の演奏だ」というものはありませんし、自分が好きだと感じればそれに尽きる世界なので、気持ちよくなっている人を乱すように私が「いやぁ、あれはちがう」とはその場では言いませんでしたが、あの演奏がショパンが意図したものかどうかには大きな疑問が残ります。彼女の演奏にはあのワルシャワの厳しい冬の寒さや当時の政治的革命の人々の苦悩と生死がまったく音として表現されていなかった。自分の解釈だけで演奏したいのなら素人にでもできます。素人と演奏家のちがいは、テクニックもさることながら、深いところでの作品解釈と自己表現を融合させることではないでしょうか。確かに彼女は音楽家として有望視されていた矢先に、音楽家にはなくてはならない聴覚にダメージを受け、それでも音楽を愛し彼女のその情熱がある人に感動を与えるのかもしれません。彼女の力強い人生観にはもちろん拍手喝さいしますが、彼女をプロフェッショナルの演奏家かどうかを問うとき、私は断固として否と言いたい。何よりも悲しかったことは、あの音楽の殿堂といわれたカーネギーがこの程度の演奏家を受け入れるということ。これもまた、現在音楽ビジネス、とくにクラシック部門が直面している売り上げの伸びの悪さを、なんとかフジコの奇跡的なイメージでもって回復しようというレコード会社の戦略的な意図もみえないでもない。
December 1, 2004
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