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9月30日土曜日。天気がイマイチではあるが日本第二の高峰北岳に登ろうと早朝出発した。驚いたことに三連休でもないのに新宿7時発のアズサ1号は満席で座席未指定券で乗車し、空いている席を見つけて移動し、その席に乗客が来るとまた空席を探してを繰り返して、何とか甲府に到着した。甲府駅前には立派な信玄公の銅像があたりを睥睨していた。 甲府駅前 武田信玄像甲府駅前からバスに揺られて2時間、南アルプスの登山基地広河原に着いた。アルペンプラザで登山届けを出し、準備を整えて出発。野呂川にかかる吊り橋を渡ると樹林帯になり、およそ3時間の急坂のアルバイトで白根御池小屋に着いた。この日は天気が良くて、白根御池はテントや青空を写してとても素晴らしかった。透明度が高いのだろうな。紅葉はまだ始まっていなかった。 スタート ゴール 白根御池白根御池小屋は公営の山小屋で予約も支払いもオンライン、しかも1泊2食で11000円と安いのが有難い。広く清潔で素晴らしい宿舎だ。特にトイレがとても綺麗で完璧だった。 白根御池小屋早く到着したので御池の周辺を散策したり、読書したりして寛ぐ時間たっぷりだった。夕食は広々したテーブルで頂き、寝床はベッドではなく床の上で、一人一人仕切られていた。持参したカバーを使用して眠った。 夕食 低いしきりのある寝床参考タイム 最寄り駅5:47⇒新宿7;00⇒甲府9:04⇒広河原10:55 11:15⇒第一標識12:20 12:35 ⇒第3標識13;35 13:45⇒白根御池小屋14:22
2023年09月30日
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9月29日金曜日。一日はっきりしない天気だった。今日は研修会があったのでプラッツ習志野まで出かけた。研修は不登校児童生徒のサポートにあたる関係者が集まっていて、講師は千葉県こどもと親のサポートセンターの指導主事だった。期待していたが、とてもつまらなかった。データのオンパレードで沢山のデータを出してくるのはいいが、それをどう読み解くかが全く無く、単なる羅列に近かった。そもそも膨大な資料それも数を出されてもすぐには思考が追い付かない。かみ砕く暇もなく次々とデータが出てくるのでとてもついていけなかった。研修の新しい形として受講者相互のディスカッションや発表というのがあるのだが、それも単に二人組で話合い、講師があてていくのみで意見の深まりや会場のまとまりもなかった。最後に縁談に参加者が上がって、ロールプレイイング的なオープンダイアログをした。この活動そのものはとても画期的だと思うが、テーマへの迫り方がずれていて、あまり役にはたたなかった。頑張ってやろうとしている講師の意欲は感じたが、焦点がずれている内容ですっきりしなかった。とても疲れたが、職務は遂行した。
2023年09月29日
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9月28日木曜日。今日は戻り残暑?でメチャクチャ暑くてまいった。朝のうちは濃霧注意報が発令されていたため、太陽が出なかったが、10時過ぎると太陽の陽射しが強くなり、退勤する午後2時頃は最高に暑かった。運悪く車が使えない日だったので、歩いて帰宅した。サングラスをかけ帽子をかぶったうえに傘をさしてノロノロ歩いたが、とにかく暑くてたまらなかった。木陰や建物の影を探しながら歩いて、JR津田沼駅で切符を買い、コンビニで法事用封筒を買った。森林公園までたどり着いて一休み。道端には鮮やかな花が咲いていたが、とても花を愛でる気分にはなれず、自販機で炭酸飲料を買って飲んだ。 キバナコスモス 千日紅 カンナそうこうしてる間に蚊が寄ってきて、たちまち足や手を何か所も射されていてもたってもいられない不愉快さに襲われた。痒さを我慢しつつ、なおも歩いて4時前、やっと帰宅できた。息子に「暑くて疲れた」と言うと「こんな日に歩くなんて暴挙だよ」と言われてしまった。
2023年09月28日
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9月27日水曜日。夫の介護保険更新のために調査員が来宅することになっていたので仕事は休暇を取った。市役所から担当の男性が来て、夫も同席して日常生活の実際について色々話をした。スムーズに終了したのでお茶の水にある「モンチュラ東京」まで買い物に出かけた。夏用のパンツは持っていてこの夏中使用して大活躍してくれた。秋は少し寒いので地厚のパンツが欲しいと思ったのだ。お江戸は千葉とは異なる都会の雰囲気で人出も多かったのでマスクをして行動したら、超暑くて苦しかった。 洒落た色合いのモンチュラ東京店 イメージアンバサダーは淺田真央モンチュラはイタリアの高級登山ブランドで、私のような貧乏人が買えるような品ではないのだが、とにかく高機能で品質が良いので何は節約してもパンツだけはモンチュラと決めている。地厚でXSサイズを購入して津田沼まで戻り、お直し専門店に持参して丈詰めを依頼したら裾が特殊な作りになっているので7500円と告げられた。いくら何でもお直し代に7500円は出せない。諦めて帰宅し、さてどう細工して自分の体に合わせようかと悩んでいる。
2023年09月27日
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9月26日火曜日。朝夕大分涼しくなってさすがに秋らしくなってきた。実は耳が遠くなってきている。通常の声はきこえるのだが、小さな声、雑踏の中での話し声などが聞き取りづらくて悩んでいた。認知症の本によると「難聴は音の刺激が少なくなるので認知機能に悪い影響を与える。難聴の人は補聴器などを使用して早く改善したほうがよい」と記載されていた。これを読んで実は以前、耳鼻咽喉科に「補聴器を作りたい」と相談に行ったことがある。ドクターはオージオメーター等で聴力を検査した結果、「まだ補聴器をつける必要はありません」と告げられてしまい、そのままになっていた。しかし、仕事中にザワザワした中で生徒の話す声が聞き取りづらく、聞こえてないのに聞こえたふりして話のつじつまを合わせるのも惨めだし疲れる。遂に決心して、通販のショップジャパンで集音器「楽クチンヒアリング」を買った。補聴器ではなく集音器である。今日、早速耳にかけて生徒たちの会話を聞いてみたら、しっかり聞こえた。マスクをして小さなヒソヒソ話や男子の低音で話されると音としては聞こえても何を言ってるのかつかめないことが多かった。楽チンヒアリングをつけた今日はしっかり聞こえた。この手の物にはあまり乗り気ではなかったが、しばらく使用してみようと思う。
2023年09月26日
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9月24日日曜日の朝8時からNHKテレビで「小さな旅」が放映された。私はその時間はハイキングに出かけていたので録画して夜、観た。「はるかなる頂~南アルプス 光(てかり)岳~」というタイトルだ。これに15年ほど前、アコンカグア登頂の時の隊長の大蔵喜福さんと南アルプスこもれび山荘で知り合った小宮山 花さんが登場した。大蔵さんからは事前に案内ももらっていたのでしっかり観た。光岳と書いて「てかりだけと読む。南アルプスの最深南部に位置する光岳(2592m)は近ずくのも大変な辺境の地にあるので、山好きの私ですらまだ行ってない。花ちゃんがこの小屋の管理人になるということは知ってはいたが、コロナで1年営業が遅れたりして、彼女も相当苦労をしてきた。無事管理人に就任して実室2年目だろうか。とても地味で遠い山なので訪れる人も少ない。この山を目指す人の多くは100名山狙いの人で、最後の一座になる人もいるらしい。大蔵さんは登るだけで9時間かかる光岳の途中・面平にテントを設置した人だ。地元愛に満ちている。世界を股に登山活動をしていた彼がこんな地方でこんな地道は活動をしていたとはついぞ知らなかった。テレビで見た彼は10数年前と変わらない容貌に体形、エネルギッシュな印象は当時のままだった。 光岳小屋 花さん 35歳 笑顔を絶やさない女性 大倉喜福さん 登山 家愛称タワシひげ女性で山小屋の管理人を務めるのはすごく大変だと思う。綺麗ごとだけでなく、建物の管理、メンテ、風水害対策など力仕事が必須だ。小柄な彼女はすごく頑張っていると思う。いくら自然が好き、山が好きと言っても35歳という若さでこの山奥で山小屋の切り盛りはさぞかし苦労が多いことだろう。私なぞ日常は都会の便利で何でもある地に住んでるから山に行けるのだ。毎日不便な山で生活するのとは根本が違う。花ちゃん、元気で頑張ってね。何とかして光岳に登って会いに行くよ。
2023年09月25日
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9月24日日曜日。久しぶりに晴れた休日になったし、気温が下がってきたので、低山の縦走に出かけた。山はいつもの高尾山⇒小仏城山⇒景信山⇒陣馬山である。北鎌以来ずっと休息していたので高尾山辺りまでは体が重くて、太ももが上がらなくてノロノロ運転だったが、城山を過ぎたあたりから調子が戻ってきた。一日中、涼しい風が通って最高に気持ちよく、快適だった。登山道の周辺には秋の花も見えて、自然の中にいる喜びを感じた。 高尾山頂から朝の富士山 ススキが群生してトンネル状態 小仏城山の天狗さま 景信山山のススキと東京遠望 明王峠 ここまで遠くて飽きた 終着の陣馬山帽子を忘れてしまい、白髪の頭をさらけ出してて登っていたら、大勢の人に「頑張ってますね」「お気をつけて」などど声をかけられた。人間、やはり外見がものを言うと実感させられた。参考タイム 5:32最寄り駅⇒新宿⇒6:30京王特急八王子行き北野乗り換え⇒高尾山口7:32 7:40⇒高尾山頂9:14 9:30⇒小仏城山10:25 10:35⇒影信山11:30 12:15⇒名王峠13:35 13:45⇒陣場山14:35 14:45⇒和田バス停15:405 バス 15:42⇒藤野16:00 16:06⇒高尾駅 京王高尾16:42 16:52乗り換え⇒新宿⇒帰宅
2023年09月24日
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9月23日土曜日。秋分の日。彼岸の中日。昨夜半は雨がかなり激しく降っていた。朝になると少し小やみにはなっていたものの、しとしと降っている。涼しいのはよいが雨の中を歩くのもちょっとわびしいので家で掃除などして過ごした。午後になると雨が止み、少し日も照ってきたので久しぶりにウォーキングに出かけた。ほんの少し見ない間に街の草木はけっこう変化していて秋の草花が街路を賑わしている。暑いといいつつも季節は進んでいる。中でもあちこちで彼岸花が盛大に咲いていた。今年は天候不順なのでお彼岸に彼岸花がちゃんと咲くだろうかと疑問に思っていたが、しっかり咲いている。桜の木の下の草むらなどに真っ赤な彼岸花が群れをなして咲いていてそこだけが極端に極彩色だ。時々白い花もあって目を惹く。赤と白はこれまで見ていたのだが、今日は何とゴールドの彼岸花を見つけた。森林公園から子安神社に向かう民家の庭先に咲いていた。珍しい!!。この色見たのは産まれて初めてだ。赤と白が野生なのに対し、ゴールドは園芸種として栽培したものだろうな。貴重な花を見て、嬉しくなりながらのんびり歩いた。 三色の彼岸花
2023年09月23日
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9月22日金曜日。雨が降るという予報ではあるが、なかなか雨は降らない。恵みの雨が欲しい。今日は退勤後、コロナウイルス予防接種の確認に市役所に寄った。担当者から説明を受けて予約しようとしたらもう市役所やかかりつけ医は予約で満杯!!。結局11月まで待って予約することになった。皆さんの出足が早いのに驚いた。市役所のロビーに認知症関連の展示があったので、立ち寄ってみた。手順よく内容に従ってパネルがディスプレイされていたので順番に読んで学習した。 ここで大きな発見をした。実は私は最近とみに物忘れが激しくて認知症または軽度認知障害ではないかと不安であった。しかしこの展示物によれば通常の老化による物忘れと認知症による物忘れは全く異なるという。老化による物忘れは「昨日の夕食なんだっけ?」だが認知症による物忘れは夕食を食べたこと自体を忘れていると記載されていた。私は「夕食のメニューは何だっけ?」とすぐには思い出せないこともあるものの(自分が調理しているにもかかわらず)、食べたことは記憶している。だから認知症ではない。大いに安心した。最後に認知症安心ガイドなるパンフレットをもらって帰宅した。気になっていることについて学べてよかった。
2023年09月22日
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9月21日木曜日。今日は久しぶりに雨が降った。でもたいした雨にはならずポチポチで雨より風が強かった。平常通りに出勤し、仕事をして、帰り道に病院に寄って膝の注射をした。帰宅後はこのところ北鎌登山後の休息週としてのんびり過ごしている。上の娘一家も夏休みは家族旅行したり、イベントに参加したりと有意義に過ごせたみたいです。あちこち出かけた孫たち(と言っても実際は咲ちゃんがメイン)の写真をアップします。見るたびに成長しています。 プールと消防車
2023年09月21日
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9月20日水曜日。北鎌の記録に日時がかかってしまい、今日はもう20日だ。敬老の日も過ぎ、秋の彼岸の入りを迎えた。「暑さ寒さも彼岸まで」のゆるぎない気象の目安も今年は揺らいでしまった。暑さはいっこうにおさまらない。下山した翌日15日は押し花教室だったので、相当無理して参加した。押し花のことなど完全に失念していたが、そこでキバナコスモスをもっと押しておかねばならないことに思い当たり、今日は久しぶりに散歩に出かけて道端に咲く植物採集に出かけた。一株の彼岸花が深紅の花をつけていたのやオオケタデのピンクの花を見て、季節を感じた。 農園付近の荒れ地にキバナコスモスが乱れ咲いていたのをもらってきて、押し花にした。 キバナコスモス ついでにヘチマの花
2023年09月20日
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9月14日木曜日。午後、ガイドと分かれた後は松本市立美術館で草間彌生を見た。美術館の前庭と建物の壁面に彼女が作品があり、草間弥生のオンパレードになっている。館内では「魂のおきどころ」というテーマで展示されていた。 美術館脇にはみどり一面の芝生と水辺があるので、そこで登山の疲れをいやすべく、のんびりした。平日の午後で人も少なくとても寛げた。 芝生と中庭の「松本賛歌」の像その後は再び歩いて松本城を観に行った。石垣の上に黒いカラス城がお濠に姿を投影させて美しい姿を見せていた。ここは外国人観光客がものすごく多くて驚いた。 松本城その後は松本の街をのんびり歩いて駅に向かった。市内の随所にサイトウ記念オーケストラのポスターが貼ってあって、岳都であると同時に楽都である松本を印象づけていた。世界のオザワの地であり、バイオリンの学習方法スズキメソッド発祥の地でもある。松本は盆地でとても暑かったが、北鎌の奮闘を思えば何と言うことはないので登山の余韻に浸りつつ、文化面も楽しんで松本の街を存分に楽しんだ。 小沢征爾とサイトウ記念オーケストラ
2023年09月19日
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9月14日木曜日。今日は上高地に下山するだけなので朝もまったりして過ごした。田口ガイドは何とヨガをする人だったので談話室で一緒にヨがをしたりした。そして槍沢ロッジを後にして快調に下り始めた。今日も良い天気に恵まれ、樹林帯は涼しくて爽やか、清新な空気に満ちている道を気持ちよく下った。昨日までの道なき岩道を攀じ登ったことを思えば、この一般道はもう散歩道でプロムナード気分だった。横尾山荘で預けておいた不要なギアを頂き、あの親切なスタッフから北鎌登頂のお祝いを頂いて多少ハイになった。横尾山荘はとても良かった。次回、時間が許せばここに宿を取って登れる計画を立てたい。 屏風岩もくっきりと姿を見せる 迫る谷と清冽な槍沢の流れ更に下った徳澤は木々が少し色づいて秋の気配が漂っていた。ここの定番・コーヒーソフトを食べ、ガイドはソフトクリームを舐めた。今日は天気が良くてこの辺りから前穂高主峰や北尾根が見えて素晴らしかった。ここで前穂高がこんなにしっかり見えたことはほとんど無かった。 徳澤園名物 コーヒーソフト 前穂高方面 明神まで下ると人の数が増え、賑やかになった。明神館前に真っ赤なフサスグリのような実がなっていて目を惹いた。 明神の赤い実明神から上高地まで戻るとバスターミナル辺りは観光客で賑わっていていつもの上高地の風景だったが一段と暑さが増した。今季、この地は3度目なので新鮮さが無くなってしまっていた。絶景の日常化だ。 上高地 梓川と穂高連峰ガイドは南信遭難対策協の有資格者で上高地の駐車場に車を置けていたので、ここから松本まで一直線に移動できてとても楽だった。通常なら沢渡で乗り換え、新島々で電車に乗り換えと時間がかかる。松本までスムーズに移動して山旅はめでたく完了し、ガイドに松本市立美術館前まで送ってもらって別れを告げた。参考タイム 槍沢ロッジ6:15⇒横尾山7:35 7:45⇒徳澤⇒明神9:39 9:50⇒上高地10:35 10:45 ⇒松本12:20
2023年09月18日
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9月13日水曜日。槍ヶ岳山頂から肩の槍ヶ岳山荘に下降した。このルートはもうバリエーションではなく一般道なので鎖に梯子に岩には〇印や⇒や×印がいっぱいつけられていて迷いようもない。何て楽なんだ!!。一般道とバリエーションルートの違いを大いに実感した。スイスイと肩まで下降してキッチン大槍に駆け込み、待望の普通食を食べた。ガイドは肉うどん、私は麻婆ナス丼とコーヒーをオーダー。レトルトでない通常食は口に優しかったし、久しぶりに呑むコーヒーも苦くて楽しめた。 キッチン大槍の麻婆ナス丼 老婆の後姿 馬場島で買った「試練と憧れ」Tシャツを毎日着ていた一息ついて下山開始。一般道で下るだけだし、先月下ったばかりの道なので超リラックスしてしまった。小屋前の急斜面を下り、どんどん高度を下げていく。播隆屈を過ぎ、なおも下り続けて天狗原との合流点までたどり着く。南岳から氷河公園を回ってここに下った先月は雷鳴と土砂降りでうなだれていたことを思い出す。そのうち今日も雨がポツリポツリと落ちてきたが涼しくていいやと続行。時々ナナカマドが真っ赤な実をつけていて秋を感じさせた。なおも辛抱強く下り続け、大曲まで来た。 槍の肩直下の斜面を下る 赤いナナカマド実が秋を告げる 出発点の大曲 感慨深いここまで来れば後はすぐだと思うのが間違い!!。ここから槍沢ロッジは遠い。赤い屋根が見えても中々着かない。赤岩岳、ババ平を過ぎてやっと今夜の宿・槍沢ロッジに到着したのだった。ヤレヤレ、今夜は汗を流し布団にくるまって眠れる。 槍沢ロッジのブランコとヘリポート参考タイム 槍ヶ岳山荘12:40⇒天狗原分岐14:38 14:58⇒大曲15:30 15:35⇒槍沢ロッジ16:38
2023年09月17日
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9月13日水曜日。ガイドも私も予想以上に寝過ごしてしまって目が覚めたら4時30分!!。これはヤバいと準備を整える。朝食は尾西の炊き込みご飯だけ。水も少なくなっているのでココアもなし。天気は上々、槍ヶ岳が見え隠れする。今日は槍の穂先を踏んで肩に下降し、休憩後は槍沢ロッジまで下山するロングルートだ。少し寒いので雨具を着込み、ザックカバーも着けて出発する。 くっきりと槍ヶ岳方面の稜線 あのてっぺんまで登るまずは最低コルまで岩稜の登り下りを続けていく。昨夜充分眠れたので体は軽い。北鎌ホイホイの紛らわしい道なき道をガイドの指示に従いながら進むが、ザラザラの崩れ落ちそうな進路でとても慎重に行動した。赤い岩壁の手前が最低コルで、ここから登り返して北鎌平へ登り返す。目で見るとすぐのように見えたがけっこう登り下りが激しく、クライミングを続けてやっと北鎌平に到着した。目の前にはもう大槍だけ。遂にここまでたどり着いたのだ。とても嬉しかった。あとは槍の穂先まで岩稜を攀じ登るだけだ。 最低コルから北鎌平への登下行北鎌平で一休みして最後の登りに備える。びょうびょうたる岩壁の中に遭難した人たちの慰霊碑が並んでいる。新しいものも1990年代の古くてよく見えないものもあった。ここまで来て遭難とはさぞ無念だったろう。槍の穂先への前半は段差の大きい岩の道をしばらく登る。その後は完全なクライミングになり、槍の穂先めがけて一歩一歩確実に登って高度を稼いでいった。割と快調だった。そのうちに山頂にいる人の声が聞こえ、山頂の祠も見えてきた。喜びのあまり、思わず「祠だ!!」と叫んでいた。そして追に槍ヶ岳山頂に抜けた。 大槍に向かって最後のクライミング ガイドと私 感激の山頂山頂に着くと15人位の登山者から大きな拍手で迎えられ、お祝いの言葉と笑顔、賞賛の言葉が行き交った。ものすごく嬉しく感激した。ガイドが山頂にいた男性に依頼して最後の登りをずっと撮影してくれていたのも超貴重画像で有難かった。参考タイム 独標の6:12⇒最低コル7:28⇒ピーク7:33 7:40⇒北鎌平10:04 10:15⇒槍ヶ岳山頂 11:35 11:55⇒槍ヶ岳山荘12:10
2023年09月16日
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9月12日火曜日。午後1時過ぎに独標2880mに到着し、そこで稜線ビバークした。この地点は最高に素晴らしかった。独標の巨大な岩峰の裏側の砂地にテントを張れたので風が来ないので安心して過ごせる。眺めは360度全て見渡せた。東側には巨大な大槍、小槍、孫槍が存在を示し、明日登る最低コルや北鎌平の稜線もはっきり見える。 大槍、小槍、孫槍と北鎌平に続く稜線夜になるとこの広大な自然の中にいるのは私たち二人だけ。静寂に支配された夜空にはオリオン座が広がり、無限の宇宙を感じさせた。硫黄尾根と谷の反対側には三俣山荘と水晶小屋の光が灯台の光のように位置を示し、北穂小屋の光も高みに光っていた。東側のはるかかなたには松本市の街の灯が温かい光をためている。山好きにとっては至福の一夜だった。北鎌沢でチロチロ流れていた水を3.5ℓ背負ってここまで運んできてくれたガイドと簡素な夕食を摂った。私は尾西のチキンライス、彼はご飯ブラスラーメンだった。5時過ぎに夕食を食べるとすることもないのでシュラフに入って休んだ。夜中に2度テントの外に出て思う存分、北アルプスの夜を楽しんだ。天気は安定して風もなく、不安要素は皆無だった。しかし標高が3000近いので夜半は冷え込み、ホッカイロを貼ったりした。シュラフを持たずシュラフカバーだけのガイドは水を沸かしてナルゲンボトルに入れて湯たんぽにして暖を取っていた。日の出の朝は一段と絶景が広がった。 真正面の槍は真っ赤に染まり、赤富士ならぬ赤槍だった。一瞬の輝きの後にいつもの岩肌に戻った。 あそこまで登るんだと到達点が明確になり、ここまで来たらもう成功は約束されていると大いに安堵した。
2023年09月15日
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9月12日火曜日。朝3時起床、チーズリゾットの温かい食事を頂き、身支度を整えていざ、出発。今日が本番だ。ヘッドランプに照らされて北鎌沢のゴーロに取り付く。大きな岩がゴロゴロとランダムに積み重なり、段差の激しい道なき道で私が最も不得意な地形である。身長138㎝で当然ながら手も足も短い。短い足で段差のある岩を登り続けていると大腿四頭筋が疲弊して最後は太ももが攣るというのがこれまでのパターンだった。所がこの難所で強力なサポートを得た。ガイドの田口さんが段差の激しい岩があるとヒョイと引き上げてくれるのだ。これは大腿四頭筋の負担を軽減し、ものすごく助かった。お蔭でものすごくしんどかったものの標高差600mの急坂を頑張って登りきることができた。こんなサポートをしてくれたガイドは今までいなかった。北鎌沢は途中で右股と左股に分かれ、右股を登った。昨夜、ガイドが水汲みに行ったのは左股、今日登った右股には通常水が流れていることになっているようだが、今回は相当上部まで登ってやっとチョロチョロとわずかの水が流れているに過ぎなかった。噂通り、水は涸れていた。そうこうしてやっと北鎌のコルに着き、遂に稜線に出た。谷底から這い上がったのだ。嬉しくて笑顔になった。 北鎌沢入口 夜が明けて美しい稜線 やったね!!北鎌のコル到着コルで一休みし、次は独標を目指して登る。コルからしばらくは狭く急な地面の道が長く続いた。谷側はすっぱりと切れ落ち、山側はハイマツが茂っている。ハイマツに掴まりながら登っていくと独標が見えてきた。本物の独標の手前にニセ独標が似たような山容で並んでいる。ここから実に遠かった。登って登ってやっとニセ独標に到着。ここまで来るともう樹木はなく巨大な岩稜が立ちはだかるように聳えている。 ハイマツ帯をひたすら登る 独標とニセ独標独標は目の前近くに見えているのだが、めちゃくちゃ遠かった。地図上に道がない完全なバリエーションルートなので、1本の指導標もなく目印のピンクリボンもなく岩に〇印も×印もない。無垢の大自然の中を行かねばならない。おまけに「北鎌ホイホイ」と呼ばれる怪しく紛らわしい踏み跡はある。いかにルートファインディングしていくかが北鎌尾根の最大のポイントだと言われている。私の場合はガイドがルートファインディングしてくれるのでホイホイにひっかることはなかったが、とにかく岩稜のてっぺんからザラザラの谷底まで下って、また登り返しての連続だった。一歩間違って怪しいルートに踏み入ってしまうと遭難は免れないような所ばかりだった。でも徐々に岩場がメインになってきたので比較的楽ではあった。ガイドの後をスタッカットや同時に登ることが多く、簡単なクライミングマルチピッチみたいで楽しかった。 岩場の連続 赤く特徴的な硫黄尾根をバックに 独標直下こうして頑張って登り続け、遂に独標に到達できた。槍ヶ岳が背後にドーンと圧倒的巨大さで姿を見せている。時間は13時10分。さあ、ここでこの先どうするか。大槍の穂先まで登ると6時間はかかる。ここから先でビバークできる地点は数か所しかない。最低3時間登った地点に一個あるという。あれこれ考えたが結論として、天気も良いし、この標高2880mの独標は360度ぐるりと展望が効く絶景ポイントなのでここで稜線ビバークすることに決定した。疲れながら焦って先を急ぐ気象状況でもない。独標の山頂岩壁の陰にテントを設営した。岩が風を防いでくれる最高の地だ。まだ時間は早いし、景色は最高だし、私は次第にワクワクしてとてつもなく楽しく愉快な気分になってはしゃいでいた。 雲上のホテル独標参考タイム 出合4:50⇒水場6:02 6:10⇒北鎌のコル8:23 8:40⇒ニセ独標10:20 10:40 ⇒独標13:10
2023年09月14日
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9月11日月曜日午後3時前、無事、出合のテント場に到着した。すぐに砂地の平坦な場所にテントを張った。疲れた私はそこに座って放心していたが、ガイドはすぐ水袋を背負って水汲みに出た。北鎌沢のかなり上まで登らないと水がないらしく、往復1時間以上を要した。東側正面には貧乏沢が稜線から切れ込んできていた。あそこを下ったんだ、そりゃ、疲れるだろうよ。などど感慨にふけり、一人のうちに汗臭くなった体を清拭し、着替えて夜の準備をする。 貧乏沢 テントの隣で寛ぐそうこうしているうちにガイドを水を汲んで下山。夕食の支度にとりかかった。今夜のメニューはグリーンカレー、鶏肉や野菜がゴロゴロ入った自宅で調理してきたカレーにココナツミルクとパウダーを加えて出来上がり。すごく美味しかった。よくある辛いカレーというのではなくマイルドだけどスパイスが効いた味で洗練されていた。我が家ではこんな洒落た味のカレーを作ったことはない。 調理中のの田口ガイド 絶品 グリーンカレー食後はミルクココアを頂いた。体が温まるし程よい甘さで有難かった。夕食終了午後6時前。早すぎるが明日に備えてシュラフに入ったものの、頭は冴える。この日、この地に入ったのは私たちだけ。広大な沢のなかは見渡す限り誰一人いなかった。ガイドと一緒とはいえ、日が落ちて暗闇の中にいるのは心細かった。それに熊が出没するのではないかという恐怖も加わって中々寝付けなかった。すぐ隣でガイドはすやすやと寝息をたてている。しかし、昼間の疲れ、前日の不眠もあって、いつの間にか眠っていた。
2023年09月13日
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9月11日月曜日。いよいよ登山開始。横尾山荘を出発し、まずは槍沢ロッジ、大曲を経て水俣乗越まで一人で登る。ガイドは日程の都合上、後から追いかけてくる。昨夜ろくに眠れなかったし、テント泊装備なのでザックが重い。足取り重くとぼとぼと槍沢ロッジまで登って一休み。更に登って槍沢大曲へ。 槍見河原からはるかに槍の穂先 大曲りここから急坂だ。若い青年二人が軽々と登ってゆくのを見て、私も意を決して登り始める。樹林帯の中、急坂に次ぐ急坂、日も照り付けて苦しかったが自分の選んだ道だ。頑張るしかない。90分余り登ってやっと水俣乗越に到着してほっとしたら、すぐ後ろにガイドも来ていた。さすが若手ガイド、何て早いんだ!!。ここからガラガラの急斜面・天上沢を延々と下って出合までが本日の核心。2年前貧乏沢で敗退してここを水俣乗越まで登り返した時のしんどさがいまだに鮮明に記憶に残っている。そこを今回は下るのだ。 水俣乗越でガイド待ち 一直線に切れ落ちる険悪な天上沢ここからは完全なバリエーションルートかつ危険地域なのでガイドとアンザイレンしてガラガラ・ザクザクの急坂を下る。2年前ここを登らねばならなかった時はホントに辛かったが、下りも楽ではなかった。急斜面のガラガラ地域は灌木に掴まりながら早く下れたが、それから乾いたゴーロの涸れ沢を延々と下る。道なき道でどうルートをとるのが楽なのかもわからない。でも登り返したことを思えばまだよいと思って一生懸命下った。左手には北鎌尾根の長大な稜線が見事に展開している。あすはあの稜線まで沢底から登り詰めて更に稜線を登らねばならない。 天上沢から見る北鎌尾根の稜線 下っても下ってもゴロゴロの大岩ばかりとにかく長かった。大岩の堆積したエリアを過ぎても中岩・小岩・砂地が出てきて一体いつまで下れば出合につくんだ?と集中力が途切れがちだった。傾斜が落ちて平坦地になってからも相当遠かったが、やっとのことで今夜のテント地出合に到着した。ヤレヤレだ。 天上沢末端参考タイム 横尾山荘6:20⇒槍沢ロッジ8:00 8:25⇒大曲9:35 9:45⇒水俣乗越11:19 11:50 ⇒第一休憩地12:40 12:50⇒第2休憩地13:30 13:40⇒出合 14:45 テント泊
2023年09月12日
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9月10日日曜日。朝8時半、ガイドからの連絡を受け、急遽決断。9時45分自宅を出発し、新宿から特急アズサで松本へ。今日中に横尾山荘に入るには通常の松本電鉄では間に合わないのでここで大決断して上高地までタクシー19000円を奮発。タクシーの運転手は昔、郵便局員でその後紆余曲折してドライバーになったとのことで、とても愉快に話がはずんで1時間20分後、上高地に到着。とき既に午後3時半ちかく、夕闇が迫ってくるため、一刻の余裕もなくすぐに歩き始めた。明神までは明るくて大丈夫、徳澤あたりから少しづつ夕暮れが迫り、最後の横尾に続く道は樹林帯ということもあり、かなり薄暗くなって心細かった。上高地周辺は近年とみに自然に帰りつつあり、猿は常駐し、熊も出る。この時間、行きかう登山者はほとんどなく、クマ鈴を鳴らしながらひたすら登った。 途中2か所に設置されたクマベル これを鳴らして進む正直、熊が怖かったし暗いので心細かったが、一生懸命登って午後6時過ぎ、無事に横尾山荘に到着した。 穂高方面に向かう新村橋と横尾山荘横尾山荘のスタッフは私の突然の宿泊で到着も夕食時間を過ぎていたにも関わらずとても親切だった。食堂には私一人だけだったが温かい夕食を頂いた。お風呂もあるので、汗を流して明日からに備えた。 横尾山荘の夕食と朝食参考タイム 最寄り駅9:45⇒新宿11:00アズサ⇒松本13:35⇒タクシー⇒上高地15:30⇒明神 ⇒徳澤⇒横尾18:05
2023年09月11日
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9月10日日曜日。朝夕は秋の気配が感じられるようになってきました。急遽、ガイドから連絡が入り北アルプスバリエーションの最難ルート北鎌尾根に出かけることになりました。ここ二日間ほど予約していたガイドと連絡が取れなかったので、諦めていてまったりしていた朝8時過ぎに連絡があり、これからでも間に合うと言われて、ドタバタで出発しました。本来の予定なら今日は上高地から槍沢ロッジに向かって登山開始していた所なのです。それをこれから出発なの相当な無理が予想されます。2年前に 貧乏沢から入って敗退して以来、北鎌尾根はずっと頭から離れない課題でした。今回も確実に登れる確信はないけど最後のチャレンジをしてきます。9/10日曜日 自宅⇒松本⇒上高地⇒横尾山荘9/11 (月) 横尾⇒北鎌出合9/12 (火) 出合⇒北鎌尾根⇒槍ヶ岳⇒ヒュッテ大槍9/13 (水) 槍ヶ岳⇒上高地⇒帰宅無事、登攀できて帰宅できますよう神のご加護を。
2023年09月10日
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BSプレミアムで音楽番組を観た。いつものことながらナンの期待もしていなかったが、観て聴いて驚いた。こんな天才見たことない!!たちまち年甲斐もなく虜になってしまった。一人目はクラウス・マケラで若干27歳。マスクも良く人を惹きつけてしまう。指揮する姿は完全に音楽と一体になっていて、全身から音楽があふれ出る感じがする。 二人目は日本人の藤田真央(男性)、こちらは24歳だ。 24歳 この笑顔!! 天真爛漫 この笑顔を見た瞬間、以前読んで大きな感銘を受けた本「蜜蜂と遠雷」に登場してくる天才ピアニストで父親が蜜蜂飼いの自然児の少年・風間 塵をイメージした。まさにこのような少年ではなかったか。作者は藤田真央を知っていてあの作品を書いたのか?更に驚いたのはその「蜜蜂と遠雷」が映画化されたとき、その風間 塵のピアノ演奏を彼が担当していたということ。誰が抜擢したか知らないが最適だと思った。 共通するのは二人とも心から音楽を楽しんで演奏していることだ。音楽をする幸福感が表情に現れていて見ていてとても共感できた。コンサートの機会が到来したら必ず出かけて彼らの生の演奏を聴きたい。
2023年09月09日
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9月8日金曜日。台風が予想よりかなり西側に進路変更したことで関東地方も暴風圏内に入ってしまった。今日の出勤時間はひどい雨だったものの、風があまりなかったので助かった。台風に配慮して授業は午前中で終了。先生たちが通学路が冠水してないか点検に行き、安全を確認して下校させた。本校は歴史が長いが校舎は老朽化しているので、アルミサッシの窓から水がしみ込まないよう内側の溝に新聞紙を詰め、カーテンも閉めて対策した。私は午後2時頃、丁度雨風が落ち着いている時に退勤できて特に身の危険や家屋の被害もなかった。しかし同じ千葉県でも南部の房総半島周辺は緊急安全確保が発令され、養老川など川の水が氾濫水域まで溢れて危険な状況になっていることが報じられていた。 同じ千葉県でも県北と県南では状況が大きく異なる。2年前の台風でも房総地域は大被害を受けていて、とても気の毒だ。明日には熱帯低気圧になるとのことでこれ以上は酷くならないらしい。とにかく被害が最小であることを願っている。
2023年09月08日
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9月7日木曜日。今日は朝から曇り空で久しぶりの猛暑から解放されて涼しかった。剱の山旅から帰宅して5日ほどが経過し、その間、登山の記録を書くのに集中していたのだが、9月4日から仕事に復帰し、日々出勤して業務をこなしている。それに伴い日常生活も戻ってきて、穏やかな生活になっている。今日は退勤後、久しぶりに整体師さんの所でボディメンテナンスをしてもらった。体のあちこちが硬くなっているのを実感した。その帰り道、菊田神社に立ち寄ってお参りした。神社の境内には菊の飾り物が風にゆらいで秋仕様だった。 菊田神社の注連縄と菊飾りせっかくなので境内の端っこにある珍しい巻き毛の狛犬を見てきた。この神社は狛犬の宝庫で何種類かの狛犬があるのだが、この蒔き毛の狛犬が好きだ。 巻き毛の狛犬
2023年09月07日
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奥大日岳から大日小屋周辺で出会った花 大日平湿原とその先の山麓で出会った花
2023年09月06日
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今回の山旅は登るのに必死でゆとりがなかった日がほとんどだったけど、やはり道中のあちこちに咲く花は大いに心を癒し、勇気を与えてくれた。時期的に晩夏で多くの花が咲き終わっていたが、健気に残っている花もあったし、山麓に近ずくにつれて秋の気配も感じた。早月小屋付近で見た花 早月小屋前のテントサイトの辺りはまるでイチゴ畑のように野生の木イチゴが群生していて、真っ赤な大きな実を沢山つけていた。もったいないのでもいで食べた。やや硬く渋みがあった。 奥大日岳周辺で見た花 奥大日岳から中大日岳の登山道はかなり花が残っていた。初夏の頃は百花繚乱でさぞかし美しかっただろうと思われた。また新室堂乗越辺りは黒豆の木が群生していて黒く小さな実がいかにも食べて下さいと言わんばかりに豊富になっていたので、立ち止まっては食べ、立ち止まっては食べしてけっこう食べた。生の野菜や果物は皆無の小屋食だったので、少量であっても生の実は貴重だった。 くろまめの木 シラタマノキ 立山リンドウ
2023年09月05日
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9月1日金曜日。いよいよ最終日になった。早いものだ。最初から最後まで好天に恵まれ、剱岳を飽きるほど見ることができたが今日でお別れだ。朝の剱岳の絶景を満喫してすぐ大日岳に向かった。15分ほど登るとすぐ山頂に到着した。ここでも岩陰に祠があって小さな仏像が鎮座していた。 朝の剱岳 大日岳 小さな祠大日岳の後は予想外にしんどい道だった。大きな岩がランダムに出てくるのでリズミカルに歩けず、ここまで来てねん挫などしたら泣いても泣ききれないので慎重に慎重に下った。眼下はるかに赤い屋根の大日平小屋が良く見えた。昨日に懲りて今日はもうすぐだとは考えず、標準タイムで行ければ上出来、早く行くことより安全に下ることが最優先と心に言い聞かせて下った。辛抱の末、最後は草原の中に木道が現れて平坦な穏やかな道が続き、大日平小屋に到着した。 大日平小屋ここでコーヒーを呑もうと楽しみにしていたのに、何と小屋が工事中で売店とトイレが休み!!。残念だった。ものすごく暑いのでここで短パンに衣替えした。もう恥も外聞もなく楽な方法を選ぶ。大休みして再出発。しばらくはのどかで素敵な道だった。はるかかなたには広大な弥陀ヶ原が伸び伸びと広がり、気持ちよかった。この辺りは立山弥陀ヶ原・大日平湿原とラムサール条約登録地だったのだ。周辺は湿地帯と池塘で木道が多く、よく整備され、ワレモコウが沢山咲いていた。 しかし湿原を過ぎると「ここまで来て噓でしょ!!」と言いたいような悪路になった。おまけに太陽が照り付け、標高が下がっているので酷く暑くて暑くてめげそうだった。岩場、梯子、鎖、階段などあらゆるものが登場してきてとにかくストレスフル、最後になって難儀した。下っても下っても登山口には着かない。バスの時間も気になったが速度はあがらない。やっとのことで牛の首を過ぎ、以前見たことのある登山口に出た。時間をみるとバスの時間にギリギリだった。でもここまで来て称名の滝を素通りするなんてできない。炎天下の陽射しを浴びまくって滝まで登った。噂では今年は日照りで水が無いと聞いたが、滝に水が流れていた。ああ。良かった!!。感慨深かった。隣のハンノキ滝は完全に干上がって岩底がむき出しになっていた。 称名の秋滝を見て満足し、すぐバス停に向かった。最後は走ったりもして遂にバス停に到着した。乗って10分後にバスは発車し、有名な称名廊下や悪城の壁を懐かしく見ながら走り、富山地方鉄道立山駅に到着した。すっかり下界に戻った。富山駅に戻ると駅構内は激混みで人の多さと暑さにめげた。おわら風の盆の祭りがあり、観光客が押し寄せていた。キトキト寿司でも食べたかったがすごい人混みに圧倒されて駅弁を買って新幹線「かがやき」に乗って帰宅した。毎日疲れたものの何事もなく老婆の一人山旅が完了して大いに安堵したのだった。参考タイム 大日小屋⇒分岐⇒大日岳8:31 8:41⇒大日平小屋9:35 10:10⇒大日登山口12:25 ⇒称名の滝12:45 ⇒バス停13:10⇒富山地鉄立山駅14:00 ⇒富山15:00 16:17(北陸新幹線かがやき⇒最寄り駅
2023年09月04日
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大日小屋は比較的小さな小屋だったが、何と言っても剱岳が眼前にドーンと聳えているのが圧巻だった。早月尾根の途中、緑の中に赤い屋根の早月小屋が豆粒のように肉眼で見えて、感無量だった。あそこから来たんだ!!。小屋前のベンチに座ってしばし景色を眺めて思いにふけった。行く手には大日岳も見えている。この小屋はランプの宿で温もりのある柔らかい灯りが灯り、宿泊者は少なかった。 大日小屋外観 ランプの宿 小屋前からの大パノラマ 左 早月尾根の中程に赤い早月小屋この小屋はなかなかIT面で進んでいた。宿の予約がWEBで宿泊費の支払いもカードで処理できたし、トイレ前には手をかざせばノータッチで開くゴミ箱があり、ピカピカの床はお掃除お掃除ロボットが2基置かれていた。コロナ対策も万全で部屋と部屋は仕切られており、水も歯磨きと洗面程度は使え、食事も美味しかった。 大日小屋の夕食最大の特徴は小屋の管理人杉田健司さんがプロのギター制作者であることだ。食堂の壁には彼が制作したギターが2台展示されていた。そじてずっと彼の制作したギターを使用した伍伍慧さんなどプロのギター演奏家の音楽が流れていてとても気持ちが潤った。確かにこれまで聴いてきたギターの音色とは違っていて、モダンで洒落ていた。夜7時から杉田さんのライブがあり、壁からギターを下ろして肩にかけ、自作自演で3曲演奏してくれた。なかなかユーモアに富んだ曲で笑い声と拍手が湧いた。管理人としての仕事をしている時とは全く別人のミュージシャンの顔になっていて驚いた。 壁のギター ライブ中の杉田さんライブが終わるとすることもなく、最終日の明日に備えて床に入った。寝袋と毛布が1枚だったが寒くはなかった。
2023年09月03日
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8月31日木曜日。老婆の一人山旅も後半に入った。朝も剱の絶景が見えた。小屋の新平さん、ガイドの田口さんと記念写真を撮って再会を祈念した。スタッフが80歳になってもまた来てくださいねと言ってくれたのが新しい目標と希望になった。剱沢から別山乗越まで登り返して剱御前小屋へ。あさイチで沢から尾根に出る登りでしんどかったが景色に助けられてコツコツ登った。別山乗越は風が強くて寒く、雨具を着込んだ。ほとんどの登山者が雷鳥沢方面に下るのでここから道迷いしたら致命的だ。きちんと指導標を確認して、大日方面に進んだ。新室堂乗越あたりまではグングン急降下して下る。その後は穏やかな道になってくろまめの木が両サイドに沢山生えていて、黒い実が沢山なっていたので、実を食べながら歩いた。眼下には広大な雷鳥沢や室堂方面が広がり、立山三山がくっきり見え、地獄谷も噴煙をあげていた。 立山三山 噴煙上げる地獄谷室堂乗越を過ぎると急坂になり、谷を挟んで剱岳が堂々たる姿を見せてくる。登山者は少なく、行きかう人はまばらだった。暑い陽射しの中を一登りすると奥大日岳に到着した。まさに剱の展望台、早月尾根を従えた剱岳がピラミダルな姿を惜しげなく見せていて最高の景色だった。これが見たかったのだ。 奥大日への稜線 山頂と岩の下に祭られている大日如来奥大日岳山頂で小一時間休憩してランチした。美しくおおらかな剱の姿を見つめ尽くして大満足だった。あとは今夜の宿に着くだけだ。山頂からはるか先に赤い大日小屋がはっきりと見えていた。しかしこの気楽さが安易すぎた。それからの道が予想以上に起伏があり、急坂の登り下りに梯子や鎖の岩稜が頻繁に登場して難儀した。登っても登っても着かない。焦りながら登っていたら何と雷鳥が出てきて、おおいに和んだ。人間を怖がらずカメラをむけても逃げないので写真が取れて感激した。でも雷鳥は天気が崩れる前に現れる鳥だ。要注意と警戒しつつなおも登りに登り、やっと中大日岳に到着した。ヤレヤレだ。ここからの剱も素晴らしかった。 雷鳥と中大日岳ここから先はすぐだった。ハイマツの道を少し進むとあの赤い屋根の大日小屋だった。参考タイム 剱沢小屋6:00 ⇒別山乗越7:07 7:15⇒室堂乗越8:31 8:42⇒奥大日岳11:00 12:10 中大日岳14:25 14:35⇒大日小屋14:45
2023年09月02日
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早月小屋と剱沢小屋に泊まった。どちらも歴史が長く、この地域を代表する有名な小屋である。 早月小屋早月小屋は元々は伝蔵小屋と言い、初代伝蔵さんのあと、今は三代目の健太郎さんがあとをついている。日本三大急登にあえいだ最後に出てくるこの小屋は小規模で収容数も少ないが、小屋前から展開する小窓尾根の絶景は類を見ない魅力を秘めている。この日本離れした稜線美はここでしか見ることができない。 夕暮れの小窓尾根 朝の小窓尾根部屋は畳敷き和室で敷き布団は小ぶりだから大男には狭いかも。布団は無く毛布2枚だった。トイレは二つ、入り繰りに消毒スプレーを設置するなど衛生面には配慮されていた。この小屋の弱点と言えば水が全くないことだ。そのため、私は水1ℓ、500mペットボトルのお茶2本を購入、1本500円で水代2000円を払った。小さな食堂はコロナ対応で全員同方向を向いて食べた。食器もすべて紙製で食後は全て廃棄した。すごく無駄が多いが洗う水がないのだからどうしようもない。小さな小屋なので宿泊者がすぐ打ち解けて和やかに話せたのも小さな小屋ならではの良さだろう。同じようで水の利で対照的なのが剱沢小屋。こちらも初代、二代目友邦さんを経て現在は三代目の新平さんが切り盛りしている。そこそこの規模で豪雪に流されるので建物の裏側は堅固な石積みに守られている。 剱沢小屋と剱をバックに新平さんと剱岳のバリエーションルートにはここが拠点になるため、何度もお世話になった馴染みの小屋である。また人気が高いため、いつも登山者で賑わっている。水がない早月小屋と対照的にこちらは沢で雪渓の水を利用できるため、シャワーがある。3基あって男女交代で入れる。これが超有難い。勿論、水道があるので歯磨き、洗面もでき、水は無料で頂ける。夕食が美味しいことでも定評がある。揚げたてのエビフライなどご馳走である。部屋は二段ベッド式で温かく柔らかい羽毛布団である。剱を代表する二つの小屋に連続で泊まることができ、大満足した。
2023年09月01日
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