全689件 (689件中 1-50件目)
『宝島』真藤 順丈 、講談社、第160回直木賞受賞 1952年、サンフランシスコ条約によって、沖縄はアメリカの統治下に入った。これから1972年に本土復帰するまでのことを本書は描いている。 〝戦果アギヤー〟が一つのキーワードだ。米軍基地に侵入して食料などの物資を盗む者のことをいう。もし、見つかると米兵に射殺される。基地の外に出れば、琉球警察に追われることになる。 この日、オン、グスク、レイの3人の少年は、嘉手納基地のフェンスを破って中に侵入した。途中、米兵に見つかり、銃弾の飛ぶ中をヤマコの待つフェンスをめざした。オンは行方不明になり、残る3人を中心に物語はすすんでゆく。 やがて3人は大人になった。グスクはコザ署の刑事、ヤマコは小学校の教員、レイはヤクザになりオンを探した。 1959年6月、米軍機がヤマコの勤める小学校に墜落した。教え子が死んでゆく姿を目の当たりにしたヤマコは、この日から変わった。集会やデモに顔を出すようになり、教職員会の一員とし活動するようにもなった。そんな彼女に、「ほんとうに目の仇にしなきゃならんのはアメリカよりも日本人なんじゃないか」とレイは言った。 当たり前のように起こる米兵の犯罪、米兵を逮捕できない琉球警察、まさにアメリカによるやりたい放題の状況が続いた。 そして、祖国復帰闘争が始まった。 本土に住む人々が知らない本土復帰前の沖縄が分かる本書をぜひお読みください。 ホーム・ぺージ『これがミステリーの名作だ』も御覧ください。http://bestbook.life.coocan.jp
2019.11.23
コメント(0)
『狩人の悪夢』有栖川有栖 、角川書店、初版2017年1月28日、2018年「このミステリーがすごい!」第6位 本書、有栖川有栖の『狩人の悪夢』は火村シリーズの一冊である。ミステリー作家・有栖川有栖は、京都府亀岡市に住むホラー作家・白布施正都の家に招待された。有栖川が白布施の家に泊まった翌日、白布施の借家に泊まっていた若い女性が死体で発見された。同時に、容疑者として浮かび上がった青年が、少し離れた空き家で発見される。死亡推定時刻は二人とも、ほぼ同時刻だった。しかも二人とも手首が切断されていた。犯罪学者の火村英生が、警察と一緒に難事件にとりくむ。 第一の特徴はその設定にある。二人の死亡推定時刻の直前、激しい雷がとどろき、それが大木を直撃し、道路をふさいでしまった。つまり、犯人は車で逃げることができなくなったのだ。これでは容疑者が6人に絞られる。そこで犯人は、それを防ぐための工作をおこなった。 第二は、女性が殺害された家には、2年前に死んだ白布施の助手の渡瀬という青年が住んでいた。沖田は渡瀬の同級生で、その家で何かを探していたという目撃証言がとれた。何を探していたのか? それが事件の謎を解く大きなカギになる。 第三。推理小説というものは、一般的に最後で謎解きがおこなわれる。普通、怪しいと思われる人物が犯人ではなく、容疑者の外にいた者が犯人である場合が多い。本書は、まさにそれで、火村がなぞ解きをして、犯人を追いつめてゆく場面がみものだ。 ホーム・ぺージ『これがミステリーの名作だ』も御覧ください。http://bestbook.life.coocan.jp
2019.06.04
コメント(0)
『昨日がなければ明日もない』 宮部 みゆき 、文芸春秋、初版2018年11月30日 本書は宮部みゆきの作品集で、杉村シリーズ第五弾になる。「絶対零度」 杉村探偵事務所に、筥崎静子と名乗る女性が来た。嫁に出した娘・優美が手首を切って自殺未遂をした。現在、メンタルクリニックに入院している。自殺未遂の理由はわからない。原因はお母さんにある、と娘の夫は言って、娘に合わせてくれない。何とかしてほしいという依頼だった。 杉村は、優美の居場所の特定と身辺調査から始めることにした。 ストーリーの特徴は、調査にインターネットが使われていることだ。関係者のツイッターやブログなどから人物の住所などの情報を得る場面が多い。「華燭」 杉村は竹中松子の依頼で、彼女の友人の娘の結婚式に出ることになった。ところが、式の開始時間が過ぎたのに始まらない。いろいろ聞き込みをしてみると、新郎の恋人が怒鳴りこんできたという。二股かけていたのだ。 さらに、同じホテルで、もう一組の結婚式も中止になっていた。21歳の花嫁が62歳の相手と結婚するのは嫌だと言って逃げたのだ。 同じ日の同じ時刻、同じフロアーで、花嫁が逃げて破談になる。これは偶然ではない。杉村の推理が冴えわたる。「昨日がなければ明日もない」 朽田美姫と娘の漣が杉村探偵事務所に来た。息子で漣の弟の竜聖は静岡の親戚に預けている。彼が交通事故に遭い、入院している。これは事故ではない、竜聖を狙った殺人未遂だ、と訴えた。殺人の証拠を探ってくれ、というのだ。美姫と漣は素行が悪く、まわりから嫌われていた。 杉村は、交通事故と竜聖が置かれている環境などについて、調査することで話がついた。 杉村の調査で間違いなく交通事故で殺人未遂でないことが証明された。これで、一件落着かに見えた。 ところが、美姫が行方不明になった。 ホーム・ぺージ『これがミステリーの名作だ』も御覧ください。 http://bestbook.life.coocan.jp
2019.05.09
コメント(0)
『それまでの明日』原りょう 、早川書房、初版2018年3月10日、2019年「このミステリーがすごい!」第1位。 渡辺探偵事務所に、望月皓一と名乗るミレニアム・ファイナンス新宿支店長が、調査の依頼に来た。業平という料亭の女将・平岡静子の身辺調査だ。探偵の沢崎が調査に入ると、静子は数カ月前に病死していたことがわかった。この事実を知らせようと新宿支店に行くと、望月は席空きだった。そこへ、二人組の強盗が銃を持って押し入り、沢崎は人質の一人になった。 本書は、殺人事件が起こって、それを探偵の沢崎が解決するというミステリーではない。殺人事件は起こるが、それが中心ではない。一つの人間ドラマが展開される。 調査が進む中で、料亭の女将に人生をささげた平岡静子の姿がわかってくる。強盗事件で、沢崎は人質になった海津一樹と知り合いになる。彼は、母子家庭で育ち、父親を知らなかった。沢崎は、お父さんではありませんか、と聞かれた。 これらに、ヤクザの抗争が絡んでくる。 そうこうするうち、沢崎の依頼者・望月は、彼の名をかたったニセ者であることがわかった。では、本物の望月はどこにいるのか、ニセの望月は何者なのか? 読者は物語に、引き込まれてゆく。 ホーム・ぺージ『これがミステリーの名作だ』も御覧ください。http://bestbook.life.coocan.jp
2019.03.21
コメント(0)
『ファーストラヴ』島本 理生 、文芸春秋、初版2018年5月30日、第159回直木賞 大学4年の聖山環菜は、キー局の2次面接の直後、画家の父・那雄人が講師をする美術学校に行き、包丁で彼を刺殺した。彼女は「動機は自分でもわからないから見つけてほしいぐらいです」と警察の取り調べで言ったことが世間の話題になった。 主人公は臨床心理士の真壁由紀。彼女は環菜の本の出版を依頼されていた。臨床心理士の立場で環菜を描くのだ。そのため、由紀は何回も拘置所に面会に行った。二人が話し、後で手紙を環菜が由紀に送り、面会の補足する。また、由紀は、彼女の友人、恋人などの関係者に会って話を聞いた。そうこうするうち、事実が解明され始め、環菜の心に隠れていたものがじょじょに表に出てくるようになる。ここが、本書の核心になる。 もう一つの特徴は、登場人物の人間関係だ。由紀の夫の我聞は写真家で、彼の弟の迦葉は学生の時、由紀と付き合っていた。環菜の弁護をするのが迦葉。 さらに、検察側の証人として法廷に立つ環菜の母。アジアへの出張の時、夜の街に立つ少女を買った由紀の父。母が来ても居留守を使う由紀……。人間模様が展開し、現代の家族とは何か、を考えさせてくれる一冊である。 ホーム・ぺージ『これがミステリーの名作だ』も御覧ください。http://bestbook.life.coocan.jp
2019.03.01
コメント(0)
【中古】『ミステリーズ』山口 雅也 、講談社、初版1994年8月25日、1005年「このミステリーがすごい!」第1位 本書は、山口雅也氏の短編集で、9編が収められている。順番も、<DISC ONE>に収めてある作品、<DISC TW0>に収めている作品、分け方に意味がある。<DISC ONE>「密室症候群」――ロシターは密室ものを得意とする作家だ。彼は鍵がかかった自室の中にいると落ち着く。今、執筆中の新作の密室トリックが思い浮かばなくて、悩んでいた。 ある夜、どうやって部屋に入ったのか、中世の騎士の服装をした兄に揺り起こされた。ソファの陰に両親の遺体があった。兄が、私が殺したと言った。そして、兄は弟に剣を向けた。 この作品では、心の密室を描こうとしている。「禍なるかな、いま笑う死者よ」――アダムスは、QBSテレビの敏腕プロデューサーで新番組に出演するお笑い芸人のオーディションをしている。コーエンというアダムスの古い知り合いが、演技をしたがまったく面白くなかった。彼はコーエンを落とした。 コーエンはアダムスへの復讐を計画した。「音のかたち」――「人はなぜ、音楽を聞いて、感動をするのでしょうかね?」とハルが聞いた。甥のボブ、弁護士のサイモンと3人で議論になった。その後、ハルが最近買ったドイツのシーメンス社製高級スピーカーを鳴らしてみせた。 数日後、サイモンが殺された。その翌日、ハルが失踪した。「解決ドミノ倒し」――吹雪で山荘は陸の孤島となり、そこでオーナーのマンスフィールドが殺された。宿泊者と使用人が食堂に集められた。トレイシー警部が、食堂に集まった容疑者5人から事情を聞いた。 そして、犯人は執事のジャーヴィスだ、と特定した。しかし、話を聞いていると、彼に殺人はできないことが分かった。次に、弁護士のバトラーが怪しい、ということになったが、彼も犯人ではなかった。次々に容疑者が絞られては、犯人ではないとわかってゆく。 どんでん返しに次ぐどんでん返しがみもの。<DISC TWO>「あなたが目撃者です」――10代の少女娼婦ばかり7人殺される事件が発生し、レッド・リヴァー連続殺人事件と名付けられた。これを≪あなたが目撃者です≫というテレビ番組が取りあげた。映像で再現しながら、視聴者から情報を寄せてもらう。 ある家のリビングで、中年夫婦がその番組を見ていた。情報が寄せられるにしたがって、妻の顔色が変わって来た。「私が犯人だ」――二人の捜査員が、部屋を調べている。「私が犯人だ」とグッドマンは言った。レノラの死体は暖炉の中にある。もう一度「私が犯人だ」とチャールズ・グッドマンは言ったが、捜査員は無視した。そしてグッドマンに言った。「邪魔をするな。さっさとここから出て自分のするべきことを考えるんだな」 なぜ、だれも信じてくれないんだ、とグッドマンは考えた。「いいニュース、悪いニュース」――ゲイがひとつのテーマになっている。二組の破局を迎えつつある夫婦があった。フランクは妻のエレンに離婚話をきりだした。エレンは絶対に離婚しないと言いはった。アンジーはポールに離婚を切り出した。ポールは法外な慰謝料を要求した。彼女にとって、とても納得できる額ではなかった。 結局、フランクはエレンを殺害し、ポールはアンジーを殺害したが……。「蒐集の鬼」――マッケリーはSPレコードのコレクターだ。セールスマンをしており、行く先々の骨董店でSPレコードを買いあさっている。 ひょんなことで、トム・ガスキンの店にいいものがあるという情報を得た。行ってみると、たいしたものはなかったが、何枚か買った。宿に帰って、SPレコードを洗っていると、大変な失敗をしたことに気がついた。 レーベルのシールを使ったトリックがみもの。「不在のお茶会」――植物学者、3月生まれの作家、精神科の女医が、四角いテーブルを囲んでいる。テーブルの上には、ティポットやカップが置いていあった。テーブルの一辺には空席だった。 「わたしとは何か?」というテーマで議論が始まった。それぞれが意見を述べて、「植物にも人間のように、意識がある」というような流れになった。 この作品だけ、事件が起こらない、哲学的内容になっている。 全体として、殺人事件が起きて、探偵や刑事が捜査をして、なぞ解きをするという定式ではない。いろいろと工夫がされている。ちょっと違うミステリーである。 ホーム・ぺージ『これがミステリーの名作だ』も御覧ください。http://bestbook.life.coocan.jp
2019.02.16
コメント(0)
『空に向かってかっ飛ばせ! 未来のアスリートたちへ』筒香 嘉智、 文芸春秋、初版2018年11月30日 横浜ベイスターズの四番・筒香嘉智が本を出した。きっかけは2014年、ドミニカ共和国に行ったことだ。 ドミニカの子どもたちは楽しそうにプレーしていた。ミスをしても怒られない、打つためにどうしたらいいのかを自分で必死に考える。コーチはそれを手助けする。日本では、ミスをすると監督やコーチに怒鳴られ、ときには手が出ることもある。過剰な練習で中高校生投手の多くが肘を故障している。 こうした状況は、彼らが大人になってから差がつく。メジャーリーグで活躍しているドミニカ人は150人、アメリカ人の次に多い。その一方で日本人は10人もいない。 筒香は、この根底にあるのが〝勝利至上主義〟だと結論づけている。そのため、勝つことが指導者の実績や功績になり、これが監督やコーチの暴力、パワハラにつながっている。 二つ目に、子どもたちが監督やコーチの顔色ばかり見るようになる。監督の言いなりになり自分で考えて答えを見つけだそうとしなくなる。 三つ目は、選手の成長の芽を摘むだけでなく、故障で身体が使えなくなるなど最悪の事態を引き起こしかねない。 本書は筒香が自らの野球人生を振り返りながら、日本の野球界の発展のために現状をどう打開するのか、その解決策を提案している。野球の将来に思いをはせる人物だからこその内容である。 ホーム・ぺージ『これがミステリーの名作だ』も御覧ください。http://bestbook.life.coocan.jp
2019.02.05
コメント(0)
『赤穂浪士』電子書籍、 大佛次郎 赤穂浪士47人が、吉良邸へ討ち入る事件を題材とした小説は、『忠臣蔵』として多数出版されている。本書はその中でも最も有名なものの一つで、戦前に書かれた。 本書の特徴の一つは、ストーリーの基本は守りつつ、あまり焦点が当たらなかった隠密を比較的前面に出して書かれている。上杉家が放った隠密と柳沢が放った隠密がいた。上杉家の家老・千坂兵部がひょんなことで知り合った浪人の堀田隼人を赤穂に派遣する。隼人は、これまたひょんなことで知り合った大泥棒〝蜘蛛の陣十郎〟を仲間に引き入れて、行動を共にすることになった。これがおもしろい。 また、大石内蔵助を影から守る、いわゆる影番も登場する。 第二に、本書は、だれのために死ぬのか、を考えさせてくれる。これが主題といってもいい。徳川家康は、支配を盤石なものとするために、いろいろな手を打った。そのうちの一つが、思想的に従わせるということだ。そのため、朱子学を奨励した。武士は主君のために命をかける、お家存続がすべてにおいて優先される、という思想だ。これを貫いたのが赤穂浪士だ。また、上杉家家老の千坂と色部も上杉家存続のために、上杉家当主・綱紀の実父である吉良上野介を見捨てる。 赤穂浪人毛利小平太と小山田庄左衛門は、ともに討ち入りに加わることを決意していた。二人の間でどう死ぬかの議論になった時、毛利は主君のために死ぬと言った。小山田の考えはこうだ。「最も生甲斐あることは、世間の最大多数の幸福のために闘うことだ」 本書が書かれたのは1928年、昭和でいうと3年で、日本は天皇が支配していた。教育勅語で天皇のために死ぬことが日本人として正しい、と学校で教えられていた。その時代に、何と革新的な思想を書いたことか。これは、他の忠臣蔵には見られないことである。 一昔前まで、12月といえば、どこかのテレビ局が、長い時間をとって忠臣蔵を放送していた。今は、されない。 革新的な生甲斐を提起した『赤穂浪士』をぜひお読みください。 ホーム・ぺージ『これがミステリーの名作だ』も御覧ください。http://bestbook.life.coocan.jp
2019.01.23
コメント(0)
『模倣犯』宮部みゆき、小学館、初版2001年3月21日、第55回毎日出版文化賞特別賞、2002年芸術選奨文部科学大臣賞文学部門、2002年「このミステリーがすごい!」第1位 1996年9月12日早朝、東京の大川公園に設置してあるごみ箱から若い女性の右手が出てきた。発見したのは犬の散歩をしていた男女の高校生。これを契機に、若い女性の連続殺人事件が幕を開ける。 本書は比較的早い段階で、犯人が読者に示される。普通、最初から犯人が分かっているのは、アリバイくずしをテーマとするミステリーだが、本書はそうではない。 では、何がテーマなのか。犯人の動機である。主犯は網川浩一、みんなからピースと呼ばれている。頭がよく周りから人気もある。共犯は同級生の栗橋浩美。二人は人を殺すことに痛みを感じない。自分の描いたストーリーの通りに殺人をおこない、警察が捜査をはじめ、マスコミが報道する。それに反応する大衆。網川は脚本家であり、演出家なのだ。栗橋は少し違う。この二人の心理が絶妙に描かれている。 被害者の家族の動向も多く描かれている。大川公園での第一発見者は塚田真一。彼は、両親と妹を強盗に殺された過去があった。連続殺人と関係のない被害者を登場させるのが、宮部みゆきのすごいところ。もちろん、網川に孫を殺された豆腐店店主・有馬義男などもリアルに描かれている。 その一方で、犯人の家族も登場している。真一の家族を殺害した犯人の娘は、ストーカーのごとく彼に付きまとい、父の話を聞いてほしいと迫る。網川に犯人に仕立て上げられた高井和明の妹は、一貫して兄の無罪を主張する。 普通、捜査をおこなう警察は捜査本部を中心に描かれるが、本書は捜査本部におかれるデスクと呼ばれる資料係が中心になっている。ここがおもしろい。 警察の捜査が進み、最後の最後に犯人がストーリーの中で特定される。逮捕まで秒読みに入っている時、思わぬことがおきる。ここが見どころ。 最初から最後まで人間模様が展開される宮部みゆきの長編ミステリーの代表作である。 ホーム・ぺージ『これがミステリーの名作だ』も御覧ください。http://bestbook.life.coocan.jp
2019.01.04
コメント(0)
『時計館の殺人』綾辻行人 、講談社、初版1991年9月、第45回日本推理作家協会賞 鎌倉に、古峨倫典が建てた時計屋敷と呼ばれる建物がある。この屋敷で、倫典の死んだ娘の幽霊が出るという噂があった。超常現象をあつかう雑誌『CHAOS』が、この建物に目をつけた。そして、霊媒師の光明寺美琴とアルバイトの学生を連れて、取材に乗り込んだ。そこで、連続殺人事件が発生した。 本書の特徴の第一は、巨大な密室で殺人事件が起きることである。時計屋敷は倫典の時計コレクションを飾ってある旧館と、時計塔のある新館で構成されている。新館と旧館は渡り廊下でつながっており、旧館と渡り廊下を仕切る扉は内側からもカギがかかるようになっている。 一行は旧館に入る前に、腕時計をはじめ身に付けている装身具は、すべて新館に置いてくことになった。また、旧館には電話はない。だから、旧館に入ると、いっさい外との連絡が取れなくなる。 そして、連続殺人事件が発生した。外に知らせるためには渡り廊下に出る扉の鍵を開けなければならなし。しかし、その合鍵は、旧館の中で行方不明になった光明寺が持っている。そうこうする間にも次々と犠牲者がでていった。 やっと、外に出て新館から警察に電話した。しかし、台風でがけ崩れが起き、道路が使えなくなり、警察が来ることができなくなった。 特徴の第二は、時間のトリックである。普通、時間のトリックといえば、時計をすすめるとか、遅らせるのがよくあるパターンだ。しかし、本書はちょっと違う。こんなことがあるんだ、というちょっと現実離れしたトリックが使われる。これが本書の最大の特徴である。 第三は、殺人は10年前に古峨倫典の娘が14歳で死んだことに端を発していた。死因は、病死だとされていたが、実は自殺だった。その自殺の原因が、今度の連続殺人に大きくかかわっていることがわかってきた。 殺される人が増えてゆくにしたがって、残った者の中に疑心暗鬼が広がり、パニックになる。その中にあって、アルバイト学生の瓜生民佐男と、鹿谷の友人で『CHAOS』編集者の江南孝明は、冷静に事件を解明をしようとする。 謎解きをするのは、推理作家の鹿谷門実。どんでん返しに次ぐどんでん返しで、次の展開をまったく予想させないストーリーがすすみ、読者を楽しませてくれる。ホーム・ぺージ『これがミステリーの名作だ』も御覧ください。 http://bestbook.life.coocan.jp
2018.10.29
コメント(0)
『事件』大岡昇平 、新潮社、初版1977年9月、第31回日本推理作家協会賞 1961(昭和36)年7月2日、神奈川県の金田町にある杉林の中で坂井ハツ子の刺殺死体が発見された。警察は、ハツ子の妹・ヨシ子と同棲中の上田宏を殺人の容疑で逮捕した。上田は警察の取り調べで犯行を自供し、裁判になった。 本書『事件』は、裁判で判決が下るまでを描いている。 本書の特徴の第一は、新しい憲法のもとでの裁判の進行を、法律にもとづいて描いている。例えば、裁判の手順の説明から、弁護人や検察官の実際の発言を例に、発言の意図や目的などを解説している。また、弁護人や検察官、そして裁判官のタイプなども折り込んでいる。 上田の弁護士は元判事の菊地大三郎。検事から弁護士に転向する人は珍しくないが、判事から弁護士になる例は珍しい。この設定からして、裁判で何か起こりそうな予感を読者に与える。 裁判では、殺人か傷害致死かが争われた。 第二は、裁判がすすむにつれて、調書に書かれていない事実が明らかになってくる。これは、弁護士である菊地の質問の成果である。彼の法廷での質問で新たな事実が出てきて、読者に真犯人は別にいるのではないか、と思わせる。そして、菊地は、これは殺人ではなく事故だと言い出した。 第三は、本書は、1961年から『朝日新聞』の夕刊に『若草物語』という題で連載し、1977年に『事件』と題を変えて単行本になった。連載当時、世の中にはカラーテレビは存在していない、電話を持っている家は1割ぐらい、ファックスや携帯電話はもちろんない。こうした当時の様子を本書で知ることができる。 裁判というものはこうしてすすむ、ということを読者に教えてくれ、60年代初旬の日本の変化を知ることができる絶好の作品だ。ホーム・ぺージ『これがミステリーの名作だ』も御覧ください。http://bestbook.life.coocan.jp
2018.10.17
コメント(0)
『遠い国からの殺人者』笹倉明、文芸春秋、初版1989年4月20日、第101回直木賞 『遠い国からの殺人者』は、笹倉明のミステリー小説である。〝ジャパゆきさん〟という言葉がある。アジアの国から日本に出稼ぎに来る女性のことをいう。本書は、フィリピンからのジャパゆきさんが主人公だ。 シエラはストリップ小屋の踊り子で、自分に寄生するヒロシをものの弾みから殺害してしまう。 つまり、事件直後から犯人はシエラだと特定される。刑事や探偵が状況証拠を積み上げて犯人に行き着くストーリー展開ではない。事件が起こるまでの伏線、そして起きてから裁判で判決を言い渡されるまでのことを描いている。 本書の特徴は第一に、日本にやってきた外国人ストリッパーの置かれている過酷な状況を描いている。シエラはフィリピンのセブ島から、家族を食べさせるため日本にやって来た。ヌードで踊るだけでいいと言われ踊り子になったが、実際は客との性交も強制された。一日3回舞台に出て日当は1万円。本当は5万ぐらいあるが、会社にピンハネされている。 シエラはフィリピン人ということを隠し、アメリカ人ということで舞台に出ている。アメリカ人ではないということがばれたらコロンビア人という。フィリピン出身だと中南米出身者の半分しか給料がもらえないのだ。 第二に、ジャパゆきさんの悲哀を描いている。ヒロシはシエラのいわゆるヒモだ。32万の彼女の給料から15万をヒロシが取った。残り17万から家賃と生活費を引けば、国に充分な仕送りができない。ヒロシの機嫌が悪いと殴られる。それでも、ヒロシが出ていこうとすると、シエラは「お願い帰らないで」と言って彼にすがる。 第三に、ミステリーとしては、弁護士の赤間がシエラの正当防衛を証明して、無罪を勝ち取るために奔走する。その過程で、踊り子の実態や、彼女たちの悲哀が明らかにされてゆく。 また、この事件と別に起こった連続婦女暴行事件がかかわってくる。ここがミステリーとしての質を高めている。 踊り子を通じて展開される人間模様に重点を置くドラマチックなミステリーである。さすが直木賞受賞作。ホーム・ぺージ『これがミステリーの名作だ』も御覧ください。http://bestbook.life.coocan.jp
2018.09.21
コメント(0)
『戦場のコックたち』深緑野分 、東京創元社、初版2015年8月28日、2016年「このミステリーがすごい!」第2位、ミステリマガジン2016年版「ミステリが読みたい」第2位、『週刊文春』2015年ミステリーベスト10第3位。 時は1944年、第二次世界大戦のヨーロッパ戦線。アメリカ軍に所属するティムは、パラシュート歩兵連隊として、フランスのノルマンディー上陸作戦に参加した。ただし、コックとして料理をすることが優先される任務だ。 本書の特徴は、まず第一にミステリー小説である。ティムたちが行く先々で奇妙な事件が発生する。第一章ではバラシュートを集めている兵が二人いた。第二章では約3tの粉末卵、箱数にすれば600箱が盗まれた。第3章ではオランダの民家で待機している時、家の持ち主の夫妻が地下室で自殺をはかった。第4章ではベルギーでドイツ兵と対峙していた時、ディエゴが不気味な音を聞いた――ここまでのなぞ解きは、ティムのコック仲間のエドがおこなう。第4章では、「あっ」というようなことをティムが暴く。 第二に、戦争の悲惨さを描いている。学校では、第二次大戦は日独伊と連合国との戦いとして習う。しかし、実際には日本で生まれ育った人には、日本はアジア諸国を侵略したということは切り落とされ、アメリカと戦争をし負けたという、イメージが強い。本書はヨーロッパが舞台になっているため、主にドイツ軍と連合軍との戦いが描かれている。 特に、ユダヤ人収容所の描写では、毒ガス以外の方法での殺戮がリアルに描かれている。 また、黒人差別の問題がところどころで顔をのぞかせている。 戦争が終わり、ティムは故郷に帰ってきた。駅を降りると平和だった。僕らはこのために戦ったと思った。それなのに、この虚しさは何だ? と最後に、読者に問題を提起している。 本書は、ミステリーであるとともに戦争とは何か、を考えさせてくれる名作である。ホーム・ぺージ『これがミステリーの名作だ』も御覧ください。http://bestbook.life.coocan.jp
2018.09.14
コメント(0)
『緋い記憶』高橋克彦、文芸春秋、初版1991年10月30日、第106回直木賞 本書は、高橋克彦の短編集である。「緋い記憶」「ねじれた記憶」「言えない記憶」「虜の記憶」「霧の記憶」「冥い記憶」の7編が収められている。共通するのは、すべての題に「記憶」という単語が付いていることである。筆者の高橋克彦さんは、記憶に興味を持って、それを書きためていたと「あとがき」に書いている。 表題になっている「赤い記憶」のあらすじはこうだ。東京に住む山野のもとに、高校の同級生だった加藤が盛岡からやって来た。山野を同窓会に誘うためだ。たまたま加藤が昭和38年の盛岡の住宅地図を持っていた。山野は、自分が祖母と二人で住んでいた家を探した。 しかし、あの家は見つからなかった。地図には「空地」と記述されていた。史子が祖父と住んでいた家だ。山野は行くしかないと思った。 盛岡に着き、現地を歩いた。同級生や当時の知り合いに話を聞いた。そして、だんだんと思い出していった。ある、殺人事件のことを。そして、完全に思い出した。 現代から始まって、あることがきっかけで高校生時代に記憶が戻り、それが殺人事件に行き着く。これがどの短編にも共通するストーリーの柱となっている。 「ねじれた記憶」――主人公がある画集を見せられ、そのうちの一枚に宿屋が描かれていた。この絵が、主人公の記憶を刺激した。そして、そこに向かう。 「言えない記憶」――講演で故郷に帰った主人公が、昔の友人が集まって歓迎会を開いてくれた。その席で、台風が来た日にした缶蹴りの話題になった。缶蹴りの直後に典子が行方不明になり、それが主人公の記憶を突いた。 「遠い記憶」――主人公の家に岩手県の新聞が送られてきた。しゃれた割烹の店の広告を切り取って手帳に挟んだ。翌日、彼は取材で盛岡に行った。タクシーに乗って周りの景色を見ていると、25年前の子どもの時の記憶が徐々によみがえってきた。 「虜の記憶」――主人公は、半年ほど前から食あたりで、腹痛と頭痛、吐き気が同時にやってくるようになった。その原因を探ってゆくと、水に原因があることがわかった。水の産地に主人公は行き、食あたりの原因を突き止めたが……。「霧の記憶」――20年前、主人公と早良、咲子、美千代はロンドンの同じホテルに宿泊していた。咲子と美千代が旅行に出て、早良が帰国するという前日、お別れパーティをした。翌日、咲子は失踪した。そして、現在、主人公は咲子失踪の謎を探る。「冥い記憶」――18歳の毅は休学していた。叔母の由香里と彼女の恋人の松平らと東北をめぐるミステリーツアーに出発する。参加者は全員で9人。東京をマイクロバスで出発した。行く先々で毅の記憶が目覚めてきた。どの作品も、あることが原因で、古い記憶が刺激される。最初は記憶と現実が離れているが、それがだんだん縮まってくる。記憶のあいまいさを利用したミステリーである。ホーム・ぺージ『これがミステリーの名作だ』も御覧ください。http://bestbook.life.coocan.jp
2018.09.02
コメント(0)
『高齢ドライバー』所 正文 、文春新書、初版2018年2月20日 高齢者の交通事故が大きな社会問題になっている。本書では、なぜ高齢者の事故が増えるのかを解明し、どうすればそれを防ぐことができるのかを3人の専門家が提起している。 まず、交通事故そのものの根本的な原因は、わが国の「自動車優先主義」にあるとしている。つまり、自動車が増える速度に、交通環境の整備が追い付いていないのだ。 ヨーロッパでは道路を建設するときは、車道とともに自転車道や歩道も一緒につくる。日本では、高速道路や自動車道が建設されても、歩道や自転車道の建設はあまりなかった。 また、免許を返納する高齢ドライバーがある一方で、家族が説得しても多くは免許を持ち続けている。なぜか? 二つの理由がある。①病院に行くにも、買い物に行くにも不便が生じるから。②車を運転することで、家族の役に立っていることを実感し、そこに生きがいを見出している――ここを解決しないとうまくいかない。そこで、筆者はすすんだ自治体のとりくみを紹介している。 さらに、自動車の運転は高度な脳トレになり、それが様々な社会活動に参加して健康と生活の質を維持するためのツールにもなっている。だから、一方的に免許を取り上げればそれで解決する問題でもない。本書は、高齢者がどう運転能力を維持してゆくのかにも言及している。 高齢ドライバーを抱えている家族に特に読んでほしい一冊である。ホーム・ぺージ『これがミステリーの名作だ』も御覧ください。http://bestbook.life.coocan.jp
2018.08.29
コメント(0)
『屍人荘の殺人』今村昌弘、東京創元社、初版2017年10月13日、第27回鮎川哲也賞、2018年「このミステリーがすごい」第1位 S県の市街地から近い山の中に紫湛荘(しじんそう)というペンションがあった。夏休み、神紅大学映画研究部の合宿が2泊3日の予定でおこなわれた。ミステリ愛好会の明智と葉村、剣崎も参加した。事前に映研に脅迫状が届き、事件が起こりそうだったからだ。 そして、事件は起きた。部長の進藤とOBの立浪、七宮が殺害された。 しかも、ゾンビにペンションが包囲されている中で。 謎解きをするのはミステリ愛好会の剣崎比留子。 本書の最大の特徴は、ゾンビが登場することだ。ジャンルでいえば、SFミステリーになる。班目(まだらめ)機関という組織が、人間をゾンビに変える薬を使って集団感染テロを実行した。紫湛荘の近くにある自然公園で、「サベアロックフェス」がおこなわれていた。集まった観客は数万人。彼らがターゲットになった。 第二は、3つの殺人が500人ほどのゾンビに包囲されるなか、おこなわれたということだ。なぜ、犯人はこんな状況の中で殺人を決行したのか。自らの命を守らなければならない状況で、とても人を殺す余裕などないはずだ。 ところが、犯人にとっては、このほうが都合が良かったのだ。 第三は、2人の殺害が密室、殺害方法は3人ともゾンビを利用するなど、手の込んだ仕掛けが用意されている。 これまでにない発想で描かれているすごい作品である。ホーム・ぺージ『これがミステリーの名作だ』も御覧ください。http://bestbook.life.coocan.jp
2018.08.19
コメント(0)
『写楽殺人事件』高橋克彦 、講談社、初版1983年9月、第29回江戸川乱歩賞 浮世絵界の重鎮の一人・嵯峨厚が北陸の海岸で投身自殺をはかった。その直後、大学で浮世絵を研究している津田良平は、秋田欄画の画集を手に入れた。その一枚に「東洲斎写楽改近松昌栄」と署名されている絵があった。これが本物だったら歴史的な大発見だ。写楽はいまだに正体がはっきりしていないからだ。津田はその画集が本物かどうかをはっきりさせるため、秋田県に調査に出た。 調査の結果、写楽は近松昌栄であることが証明された。そのことを師である西島俊作教授に報告した。 しばらくして、西島の家が火事になり、彼が焼死体で発見された。 嵯峨と西島の死に疑問をもった津田は、秋田県警の小野寺刑事と事件の解明にのりだす。 写楽といえば歌麿や北斎に並ぶ江戸時代の浮世絵師で、日本人なら誰でも知っている。その写楽が誰なのか、いまだにわかっていないのだ。この解明が本書の特徴の一つだ。津田が、一歩一歩階段を上るように、写楽の正体に迫ってゆく。まるで殺人事件で状況証拠をもとに犯人を特定してゆくのに似ている。これだけで一つの推理小説として成り立つ。 第二に、推理小説としては、アリバイくずしがテーマになっている。津田と小野寺は容疑者を特定するが、彼らには嵯峨と西島の死亡時、完ぺきなアリバイがあった。これをどう崩してゆくか、ここに推理小説としてのだいご味がある。 本書は、推理小説として楽しめると同時に、浮世絵というものに興味がわいてくる作品に仕上がっている。ホーム・ぺージ『これがミステリーの名作だ』も御覧ください。http://bestbook.life.coocan.jp
2018.08.09
コメント(0)
『北斎殺人事件』高橋克彦 【中古】、講談社、初版1986年12月10日、第40回日本推理作家協会賞(長編) アメリカはボストン美術館の中庭で、益子という日本人の他殺体が発見された。彼はボストンに住む絵描きの独居老人だった。 同じころ、日本では中学校教師で日本画研究者の津田が、北斎に関する本の執筆を依頼された。依頼したのは画廊を経営する執印摩依子。日本画の重鎮・執印岐逸郎の娘だ。彼女は、津田に①北斎の年譜を作成してもらいたい、②北斎隠密説を追いかけてほしい、③北斎の新しい作品を見つけてほしい、と注文を付けた。 本書の特徴は第一に、北斎は幕府の隠密だった、という説を証明することが紙数の多くを占めている。北斎といえば、日本人なら誰でも知っている江戸時代の絵師である。彼が隠密? うそだろうと誰もが思うに違いない。津田は、北斎が90回以上も引っ越しをしていること、雅号を頻繁に変えたことなどから隠密説に迫っていった。 これが殺人事件以上にミステリアスな内容になっている。 第二に、北斎の新作が発見される。問題はそれが真筆か贋作かを見極めることだ。箱書きには「天心」と署名があった。 第三に、津田以上にこれらの問題解決に乗り出してきたのが、彼の友人で都内の私立大学で風俗史を教えている塔馬だ。最終的には、彼が警視庁の菅刑事と協力して解決に当たる。 北斎など、版画や浮世絵にまったく興味がない人でも理解できるようわかりやすく書かれているので、読めば日本画に興味がわく宣伝的な要素も含んでいる。 本書は、殺人事件と北斎がリンクしたミステリーである。ホーム・ぺージ『これがミステリーの名作だ』も御覧ください。http://bestbook.life.coocan.jp
2018.07.27
コメント(0)
『いくさの底』古処 誠二 、角川書店、初版2017年8月8日、第71回日本推理作家協会賞(長編) 本書はミステリー小説である。舞台は太平洋戦争中のビルマ。賀川少尉を隊長とする40名弱の小隊が、ビルマのヤムオイ村に入った。村に駐屯し、警備態勢に入った。重慶軍(中国軍)から自らと村を守るのだ。 その夜、賀川少尉が殺害された。翌々日の夜、村長が殺害された。殺害方法は二人とも同じだった。厠(かわや)から出てきたところをダアという、日本でいうナタのようなもので喉を斬られていた。 杉山准尉は、賀川少尉はマラリアにやられたので病院に搬送したと兵隊と村人に説明。連隊に事実を報告した。 連隊から上條という副官がやって来て、隊長代理をするとともに、事件の解決に当たる。 本書の特徴は、犯人を特定するのに、工夫が見られることである。 副官は、通訳の依井、杉山と3人で、犯人の推理をする。考えられるのは、重慶軍、村人、そして兵隊である。三人は動機を怨恨とみた。 副官には気になっていることが3つあった。村長が死んだというのに、ただ埋められただけ。普通の村人の埋葬よりも簡単にすませている。また、土侯という村長を取りまとめている人物に連絡されていないこと。さらに、村長を助ける3人の助役の動きだ。3人はオーマサ、コマサ、イシマツと呼ばれた。 最後のなぞ解きは、通訳の依井が容疑者との対話を通じておこなう。これが従来のミステリーと違って斬新なところだ。 ただし、時代考証ができていない点が気になる。あまりにも日本軍が美化されている。 最後まで読みすすめると、『いくさの底』という題の意味がわかる、新しい形態のミステリーになっている。ホーム・ぺージ『これがミステリーの名作だ』も御覧ください。http://bestbook.life.coocan.jp
2018.07.19
コメント(0)
『一外交官の見た明治維新』アーネスト・サトウ 、岩波文庫、初版(上巻)1960年9月25日、(下巻)10月5日 今年は明治維新150年ということで、山口県や鹿児島県はもちろん、関係各県で記念行事がおこなわれている。 では、明治維新とは何だったのか。幕末から維新にかけて日本に滞在したイギリス人アーネスト・サトウが見た日本を本書は描いている。 サトウは通訳として来日した。日本で日本語を勉強し、世界で初めて日本語と英語の同時通訳をする人物になった。 彼は、大名はもとより、将軍・慶喜や明治天皇とも通訳として言葉を交えている。さらに、西郷隆盛、勝海舟、伊藤博文……などと個人的な付き合いがあった。つまり、日本の歴史の裏側を知り得る立場にあった。その裏側を表現したのが本書の最大の特徴である。 例えば、長州は下関(関門)海峡を通過する外国船を大砲を撃って攻撃した。これに対し、イギリス、フランス、オランダ、アメリカの4ヵ国は数十隻からなる連合艦隊を結成し、下関に報復攻撃をかけた。この連合艦隊結成の根回しをしたのがイギリス公使のオールコックだった。また、彼は、長州の中心都市・萩を攻撃すべきだと連合艦隊のキューパー提督に進言している。これは、提督が拒否したため実現されなかった。 また、日常生活もリアルにえがかれている。例えば、日本貨幣とドルとの交換レート。1862年のレートで、100ドルが311分金と交換された。 さらに切腹の場面までも目撃しており、その作法について細かく書かれている。 イギリス人だからこそ、日本を客観的に見ることができる。幕末・維新と一連の流れを深く知る絶好の書である。 ホーム・ぺージ『これがミステリーの名作だ』も御覧ください。http://bestbook.life.coocan.jp
2018.07.15
コメント(0)
『腐蝕の構造』森村誠一 、第26回日本推理作家協会賞 雨村征男は物理化学研究事業社で原子力の研究をしている。出張のため乗った飛行機が、自衛隊機と衝突し、日本アルプスに墜落。懸命の捜索がおこなわれたが、雨村の遺体は発見できなかった。妻の久美子は、夫が生きているような気がして、独自に捜索を始める。そんな時、雨村の高校からの親友・土器屋貞彦がホテルで殺害された。 本書は、ひとことでいえば社会性のきわめて高いミステリーである。 第一に、トリックがなかなか解けない。土器屋殺害の目撃者がいるにもかかわらず、また犯人はホテル5階のどこかの客室に逃げ込んだことが明らかなのに、5階の客全員の身元調査もしたのに、警察は犯人の逃走経路がつかめないのだ。犯人は一体どこに消えたのだ。 第二に利潤第一主義の資本主義の内面を描いている。雨村は濃縮ウランの基礎実験に成功した。しかし、彼はあまりうれしくなかった。それが核兵器に転用できるからだ。彼の能力を狙って、いろいろな企業がヘッドハンティングに出た。雨村はそういった企業のスカウトをすべて門前払いにした。 さらに、自衛隊の御用達を狙った政財界と自衛隊幹部の癒着、カネをめぐる政治の仕組み、カネのためなら殺人まで犯す企業のやり方を描いている。ホーム・ぺージ『これがミステリーの名作だ』も御覧ください。http://bestbook.life.coocan.jp
2018.07.06
コメント(0)
『ホワイトラビット』伊坂 幸太郎 、新潮社、初版2017年9月20日、2018年「このミステリーがすごい!」第2位 兎田孝則は、誘拐専門の犯罪グループに属している。その犯罪グループに、愛妻の綿子を誘拐された。少し前にグループのカネが盗まれて、折尾という男の手に渡った。綿子を返してほしかったら折尾を連れてこい、というのが彼らの要求だ。折尾の鞄にはGPS発信機が入れられており、スマホで電波をたどって行ったら仙台市の佐藤という家の中にいることがわかった。 家の中には母と父、息子の二人がいた。兎田は、銃で脅し、3人をガムテープで動けないようにした。 気が付いたら、家の周囲は警官隊に包囲され、立てこもり事件としてマスコミが大々的に報道を始めた。 さて、兎田は折尾を発見することができるか。 本書の特徴の第一は、伊坂幸太郎さんの初期の作品『アヒルと鴨のコインロッカー』に似ている。両方とも映画にはできにない作品だ。映像にするとトリックがばれる。 第二に、現在と過去を行ったり来たりする記述になっている。しかもその時間差は数十分しかない。最後に時間的にストーリーがかみあう。時間差があるために、トリックが生きてくる。 最後に、読者が予測するような結末を迎えるが、作品に引き込まれ、一気に読める。 コミカルな犯罪者が登場し、親しみが持てる作品になっている。ホーム・ぺージ『これがミステリーの名作だ』も御覧ください。http://bestbook.life.coocan.jp
2018.06.21
コメント(0)
『風は西から』村山由佳 、幻冬舎、初版2018年3月30日 〝ブラック企業〟という言葉が世に知られるようになって久しい。労働基準法を無視したケタ外れの長時間・過密労働に低賃金、こうした超劣悪な労働をさせている企業のことだ。 藤井健介と伊東千秋は恋人同士で、結婚も考えている。健介は大手居酒屋チェーンの『山背』で、千秋は食品会社『銀のさじ』で働いている。健介は会社から店長を任せられるが、長時間労働に耐えられず、精神的に追い詰められ、自殺してしまう。 なぜ、健介は死ななければならなかったのか。千秋と彼の両親の3人は、『山背』とたたかうことを決意する。 本書は第一に、いま問題になっているブラック企業の実態を描いている。居酒屋チェーンの店長や店員が過労死、過労自殺をする例が、現実の世界でも起きている。おそらく、著者は綿密な取材をおこない、それを土台に描いているものと思われる。 ひとつ例をあげる。『山背』では売り上げに占める人件費の割合が、一定の水準を超えるとテンプクという。店長は本社に呼び出される。これをドッグ入りという。役員たちに罵倒され、言葉のリンチをうける。 第二に、ブラック企業とのたたかいを描いている。千秋ら3人は、『山背』の労働実態を調査することから始めた。そして、最終的に裁判に持ち込む。 つまり本書は、恋愛小説を得意とする著者が描く現代のプロレタリア小説である。 なお、『風は西から』という題は、奥田民生さんの楽曲からとっている。ホーム・ぺージ『これがミステリーの名作だ』も御覧ください。http://bestbook.life.coocan.jp
2018.06.18
コメント(0)
『奇想、天を動かす』島田荘司 、光文社、初版1989年9月30日、1989年「このミステリーがすごい!」第3位 消費税は1989年4月1日、3%の税率で始まった。2日後、浅草の乾物屋で400円のお菓子を買った男が、消費税を払わずに店を出た。女店主は消費税の12円を払えと言って追って来た。男は、彼女を刺して殺した。その場には多くの人がいて、男は逮捕された。 警視庁の吉敷が取り調べをした。この男が犯人であることは間違いない。しかし、12円で人を殺すか? 吉敷は、事件の背景に何かあると考え、男と被害者の関係を洗ってゆく。 すると、この事件が1957(昭和32)年1月29日、北海道でおきた事件とつながっていることがわかった。 本書の特徴の第1は、まるで魔法でも使ったのではないか、と思える現象が起きることである。札沼線を走る列車のトイレで、ピエロの格好をした男が拳銃を握ったまま死体で発見された。遺体の周りには無数の火が点いたローソクが立っていた。 車掌はいったんドアを閉めてロックし立ち去ろうとしたが、ローソクの火を消した方がいいと考え、ドアを開けた。すると、死体が消えていた。ドアが閉まっていた時間はわずか30秒。 第2に、戦前、日本がおこなった朝鮮人の強制連行がからんでくる。犯人は黙秘を貫いていた。吉敷は、多方面を捜査し、男が戦前、強制連行で朝鮮から連れてこられた人物であることをつかんだ。彼の生き様がすごい。これがストーリーの根幹をなしている。 第3に、冤罪が取り上げられている。島田荘司の小説には冤罪がからんだ作品が少なくない。本書では、犯人に仕立て上げるため、戸籍の偽造までやってのける刑事が登場する。 単なるミステリーでは終わらない、日本の歴史と警察社会を考えさせられる作品となっている。 ホーム・ぺージ『これがミステリーの名作だ』も御覧ください。http://bestbook.life.coocan.jp
2018.06.07
コメント(0)
『天国までの百マイル』浅田次郎 、朝日新聞社、初版1998年12月。 城所安男の母は、心臓病で大学病院に入院している。ほおっておけば死ぬ。病気を治す手術ができる医師は、日本で曽我慎太郎しかいない。彼は千葉県にあるサン・マルコ病院にいる。安男は、母を車でそこまで運ぶことにした。距離は百六十km、つまり百マイルだ。 本書は、安男の母が手術を終えるまでを描いているが、ストーリーがみょうに入り組んでなく、単純で分かりやすいのが特徴の一つだ。読者に訴えているのは、「どう生きるか」である。 安男は、四人兄弟の末っ子で、二年前に事業に失敗し何もかも失った。将来への見通しもカネもない生活を送っている。それに比べ長兄は一流商社のサラリーマン、次兄は医師、姉は銀行の支店長夫人になっている。しかし彼らは母の見舞いにも来ない。手術も、カネは出すがあとは安男に任せた、という無責任な態度をとった。 安男はこうした兄や姉に怒りを覚えるが、母は違った。貧乏のドン底から子どもたちは這い上がった、立派になったと評価している。安男は安男で、自分も金持ちだったら、兄たちと同じ態度をとっただろうと思う。 また、安男と離婚した英子と母との触れ合い、母の恋、安男と同棲しているマリの思い…ストーリーを通じて様々な人間模様が展開される、心温まる一冊である。 浅田次郎は『鉄道員(ぽっぽや)』で直木賞を受賞したが、本書もこれに勝るとも劣らないすぐれものだ。ホーム・ぺージ『これがミステリーの名作だ』も御覧ください。http://bestbook.life.coocan.jp
2018.05.20
コメント(0)
『悪魔が来りて笛を吹く』横溝正史 、角川文庫、初版1973年2月20日、初出:探偵小説雑誌『宝石』1951年11月~53年11月。 本書『悪魔が来りて笛を吹く』は、終戦直後の東京と神戸を舞台にしている。元子爵の椿英輔は当時、世間を騒がせた天銀堂事件の容疑者にされた。アリバイが証明され、家に帰されるが、失踪した。しばらくして、信州の山の中で遺体が発見された。警察は自殺としてかたづけた。 ある日、金田一耕助のところに椿英輔の娘・美禰子がやって来た。父の英輔は生きているかもしれない、と話した。目撃者がいるのだ。今度、目賀という医師が父が生きているかどうか、占いをするので、立ち会ってほしいと言われた。 金田一は占いに立ち会った。その日の深夜、殺人事件が椿邸で起こった。事件の前に英輔が作曲したフルート曲「悪魔が来りて笛を吹く」が聞こえてきた。この事件を皮切りに、次々と殺人事件が起こってゆく。 本書の特徴は、推理小説のいろいろな要素を含んでいることである。 一つは、冒頭で東京の宝石店・天銀堂に族が忍び込み、宝石を奪うという事件が発生する。これは1948年に東京で実際におこった帝銀事件をモデルにしている。いわばパクリだ。 二つ目は、第一の殺人が密室のトリックを使っている。部屋は占いをした場所だった。すべてのドアと窓は、内側から鍵がかかっていた。ドアの上の換気窓は開いていたが、腕を通すのがやっとの幅だった。 三つめは替え玉。死んだはずの椿英輔が現れる。みんなは死んだのは椿ではなく別人だった、と考えた。読者もそう思う。この時代、DNA鑑定というものはない。椿英輔だと判断したのは、死体を見た娘の美禰子ら三人の証言だけだった。指紋も確認していない。 そして、意外なところに殺人の動機が隠されていた。 『悪魔が来りて笛を吹く』は古くても、現代でも通用する名作であり、横溝文学の中でもっともすぐれた作品のひとつである。 ホーム・ぺージ『これがミステリーの名作だ』も御覧ください。http://bestbook.life.coocan.jp
2018.05.04
コメント(0)
『科学者は戦争で何をしたか』益川敏英 、集英社新書、初版2015年8月17日 本書の著者は、2008年にノーベル物理学賞を受賞した益川敏英さんである。科学者が大量に動員された戦争を振り返り、本来は平和に使われるべき科学が軍事利用されないよう、自らの体験を踏まえ、その道を探っている。 「勉強だけでなく、社会的な問題も考えられるようにならないと、一人前の科学者ではない」――これは益川さんの師匠・坂田昌一さんの持論だった。彼の影響で、学生の頃から平和運動にとりくんできた。 安倍政権になって、どんどん危険な方向に進んでいるなか、大学などの研究の場はどうなっているのか。防衛省が、大学や民間研究所に資金援助というエサで科学者を釣り、兵器開発をやらせている。直接、軍事にかかわらなくても、軍事に転用できるものはどんどん吸い上げてゆく。 そして、「資本主義国においては、科学者はもはや自由職業ではなく、政府か、独占資本の使用人でしかない。科学の成果が何に用いられるかは、科学者の意図とは無関係に、政府と独占資本の意思によって決定される」と、イギリスの物理学者バナールの言葉を紹介している。 最後に、「物理の研究と平和運動は二つとも同じ価値がある」と坂田昌一さんの言葉を紹介し、「戦争兵器を使える国にするという野望だけは、科学者として、そして生活者として、絶対に阻止しなければなりません」と平和を守るためにたたかうことを呼びかけている。ホーム・ぺージ『これがミステリーの名作だ』も御覧ください。http://bestbook.life.coocan.jp
2018.04.27
コメント(0)
『真実の10メートル手前』米澤穂信 、東京創元社、初版2015年12月25日、2017年「このミステリーがすごい!」第3位。 本書は米澤穂信の短編集で6編が収録されている。フリーの記者・太刀洗万智が登場し、難事件を解決することが、6編に共通している。「真実の10メートル手前」――東洋新聞記者の太刀洗は、新入社員の藤沢を連れて、山梨県の甲府に向かった。早坂真理のインタビューをとるためだ。彼女は、倒産したフューチャーステア社長の妹で、広報担当だった。現在、行方不明になっている。 真理の妹・弓美が、姉から電話があったと太刀洗に教えてくれた。弓美は真理との会話を録音しており、その内容から大刀洗は、真理は甲府にいると突き止めたのだ。 さらにピンポイントで真理の居場所を録音の内容から推理してゆく。「正義漢」――ある駅のホームから男が線路に転落した。その直後に来た列車にひかれ死亡。大刀洗はその場にいた。同時に、誰が犯人かを瞬時に推理し、捕らえて、警察に引き渡した。 その時、いっしょにいた高校の同級生に犯人を捕まえる手助けを頼んだ。犯人は、彼女が予想した通りの行動をしたのだ。 なぜ、大刀洗は犯人を特定することができたのか。「恋累心中」――三重県の恋累(こいつづり)という地域で、高校生の桑岡高伸と上條茉莉が心中をはかった。遺書があったが、県警は自殺と他殺の両面から捜査をすすめている。マスコミは「恋累心中」と名付けた。 週刊『深層』の都留はこの取材をまかせられた。同時に、太刀洗というフリーの記者が付いた。太刀洗は一週間前からこっちに来ている。昨年、三重県の教育委員会や県会議員に何度か爆弾が送りつけられた事件があり、その取材が彼女の仕事のメインだった。 取材を進める中で、太刀洗は二つの事件を同時に解決した。「名を刻む死」――福岡県鳥崎市の民家で田上良造(62)の遺体が発見された。第一発見者は中学3年生の檜原京介。田上の日記に「私は間もなく死ぬ。願わくは、名を刻む死を遂げたい」と書かれてあった。 しばらくして、京介は太刀洗から取材を受けた。そして、彼女は事件の本質に迫ってゆく。「ナイフを失われた思い出の中に」――浜倉駅で、太刀洗はヨヴァノヴィッチと合流した。大学の図書館で火事があり、彼女はその火事の調査のために、以前、この街に来た。6日前、松山良和(16)が、姪の花凜(3)を刺し殺す事件が発生した。花凜の母親の良子(20)はその時、買い物に出ていた。 警察は良和を殺人の容疑者として逮捕した。本人は犯行を認めた。しかし、警察は、まだ送検しないでいた。「綱渡りの成功例」――8月、台風が駿河湾から本州に上陸した。長野県の大沢地区にある三軒の家が孤立した。そのうちの一軒が戸波家だった。レスキュー隊員が戸波夫妻を背負って川を渡り、二人を救出した。 マスコミはこれを大々的に報道した。そして、正月に戸波の息子が来た時、保存食としてコーンフレークを置いていったことを美談として報道した。 太刀洗は 「コーンフレークには何をかけたのですか?」と戸波に聞いた。 一般的な推理小説は、まず事件が起き、警察が捜査を開始する。その過程で物証や目撃証言などが出てきて、容疑者が絞り込まれてゆき、最終的に犯人が特定される、というパターンだ。しかし、本書は違う。 事件が発生し、太刀洗が登場した時には、すでに彼女がその8割がたを解決している。読者は、なぜ彼女はそんなことを聞くのか、と戸惑ってしまうが、その後でそのわけがわかるというストーリー展開になっている。 さすがは米澤穂信と思わせる作品である。ホーム・ぺージ『これがミステリーの名作だ』も御覧ください。http://bestbook.life.coocan.jp
2018.04.20
コメント(0)
『悪魔の手毬唄』横溝正史、角川文庫、初版1971年7月10日、初出:雑誌『宝石』1957年8月~59年1月。 岡山県と兵庫県の境にある鬼首村。昭和30(1955)年の8月、連続殺人事件が発生した。庄屋の流れをくむ多田羅放菴を皮切りに、若い娘が次々に殺害された。ちょうどこの時、静養のためにこの村に滞在していた金田一耕助が、事件の謎を解く。 『悪魔の手毬唄』は、典型的な見立て殺人をテーマにしている。鬼首村に伝わる手毬唄になぞらえて、犯人が死体に細工をした。金田一は、村に伝わる歌などを探したが、発見できなかった。だいぶ後になって、鬼首村の手毬唄を発見する。しかも、すべて殺人がうまくゆくということではない。犯人は失敗も犯す。そのために、よけい事件の解決が手間取ってしまう。 また、金田一はたまたまこの村で静養していたわけではない。本人は静養のつもりだったが、鬼首村の温泉を紹介したのは岡山県警の磯川警部だった。彼は若いころ、昭和7年にこの村で起こった殺人事件を担当していた。しかし、犯人はいまだに行方不明のままだった。磯川は、金田一にこの事件を解明させようと考えたのだ。 ところが、23年の時間を越えて、新たな事件が発生したのだった。ホーム・ぺージ『これがミステリーの名作だ』も御覧ください。http://bestbook.life.coocan.jp
2018.04.04
コメント(0)
『犬神家の一族』横溝正史 、角川文庫、初版1972年6月10日、初出:雑誌『キング』50年1月~51年5月号。 1970年代中旬から横溝正史のブームが起こった。火付け役となったのが『犬神家の一族』の映画化だ。これがヒットし、彼の作品が次々と映画化された。それにともなって原作がベストセラーになった。そして、金田一耕助の名が全国的に知られるようになった。 信州の那須市に本邸がある犬神家の当主・犬神佐兵衛は、日本を代表する大企業の社長だった。終戦から間もない頃、佐兵衛が死んだ。莫大な遺産が誰に引き継がれるのか。佐兵衛には息子はおらず、3人の娘にそれぞれ男子がいた。遺産の継承者を明らかにした遺言状が、一族が全員そろった場で、公開された。 長女の松子は当然、自分の息子の佐清に遺産が引き継がれるものと思っていた。ところが、相続人は3人の孫でも、その親でもなかった。これを契機に連続殺人が始まる。 本書の特徴の一つは見立て殺人である。犬神家では、遺残を引き継ぐということは当主のあかしである三種の家宝――斧、琴、菊を引き継ぐことも意味していた。3人の死体にそれぞれ斧・琴・菊を意味する細工がされていた。 二つ目に、この事件は偶然が絡んでいたため、解決を困難にした。1人目、二人目を殺害した犯人と、菊、琴の細工をした者とが違うのだ。これは、共犯者がやったのではなく、偶然のなりゆきだった。 三つ目が、入れ替わり。顔に大きなけがを負った佐清が、はたして本物かどうか、当然、疑いを持つ者が出た。そこで、彼が出征する前に残した指紋と照合することになった。 四つ目に、本書はホラーものである。 本書は、推理小説の要素をいろいろな点で含んでいる、ミステリーファンなら一度は読んでおきたい作品である。ホーム・ぺージ『これがミステリーの名作だ』も御覧ください。http://bestbook.life.coocan.jp
2018.03.25
コメント(0)
『獄門島』横溝正史 、角川文庫、初版1971年10月30日、初出:雑誌『宝石』1947年1月~48年10月。1985年「東西ミステリーベスト100」第1位、2012年「東西ミステリーベスト100」第1位。 獄門島――それは瀬戸内海に浮かぶ小さな島だった。ここは、網元の鬼頭家が支配していた。金田一耕助は、鬼頭家の後継・千万太と戦友だった。彼が死ぬ間際「…おれが帰ってやらないと三人の妹たちが殺される…。金田一、俺の代わりに獄門島へ行ってくれ…」と頼まれた。金田一は復員すると、獄門島に渡った。 そして、まず千万太の妹・花子が、殺された。 本書のテーマは見立て殺人である。松尾芭蕉の『奥の細道』に収録されている3つの俳句に見立てた殺人事件が起きる。ただし、金田一耕助がそれに気づくのは後の方になってから。 金田一は、なかなか事件の本質に迫れなかった。容疑者全員にアリバイがあるからだ。このアリバイをどう崩すかも本書の魅力の一つになっている。 また、この頃、周辺の海を海賊が荒らしていた。事件の直前には、警官隊と衝突し、海賊の一人が獄門島に逃げたという情報が入ってくる。そのことが、事件をいっそう複雑なものにしている。 見立て殺人に、アリバイくずしが絡む、横溝正史の代表的作品である。ホーム・ぺージ『これがミステリーの名作だ』も御覧ください。http://bestbook.life.coocan.jp
2018.03.17
コメント(0)
『君たちはどう生きるか』吉野源三郎、岩波文庫、初版1982年11月16日、初出:1937年7月、新潮社。 昨年から今年にかけて、本書がベストセラーになっている。本書を漫画化したものが出版され、売り上げが200万冊を越え大ヒットしているからだ。 初版は1937年、ちょうど日中戦争が始まった年に世に出た。戦後、二回内容を改訂して現在のものになっている。 主人公は中学一年生の本田潤一。みんなからコペル君と呼ばれている。彼の日常に起こる出来事を、水谷、北見、浦川と家庭環境がまったく違う3人の友人ととともに乗り越え、成長してゆく物語である。 本書を優れものにしているのが、コペル君の叔父の存在である。コペル君から話を聞いた叔父は、ノートに彼のコメントを書く。 例えば、コペル君、浦川、北見が水谷の家に招待された時のこと。水谷の姉・かつ子が、ナポレオンが英雄だという話をした。コペル君もそう思った。その話を叔父にすると、彼は次のようにノートに書いた。「英雄とか偉人とかいわれている人々の中で、本当に尊敬ができるのは、人類の進歩に役立った人だけだ。そして、彼らの非凡な事業のうち、真に値打ちのあるものは、ただこの流れに沿って行われた事業だけだ」 この文章は、科学的社会主義の世界観そのものだ。戦前の自由や民主主義が蹂躙された天皇制の社会で、よくこれだけのものが書けたものだ。 ぜひ、お読みください。ホーム・ぺージ『これがミステリーの名作だ』も御覧ください。http://bestbook.life.coocan.jp
2018.03.16
コメント(0)
『本陣殺人事件』横溝正史、角川文庫、初版1973年4月20日、初出:雑誌『宝石』1946年4月~12月号、第1回日本推理作家協会賞。 一柳家は、岡山県の某村でいちばんの分限者で有力者だった。当主の賢藏が結婚することになった。相手は、久保克子という小学校教員だ。 祝言も披露宴も一柳家でおこなわれた。結婚にともなう儀式がすべて終わり、二人は午前2時に離れの寝室に入った。 4時過ぎ、離れの方から男女の悲鳴が起こった。母屋で寝ていた人々は、飛び起きて離れに行った。 賢藏と克子は、刀でめった斬りにされ息絶えていた。 『本陣殺人事件』は、日本推理作家協会賞の第一回受賞作品で、テーマは密室。探偵の金田一耕助が登場し、事件を解決する。 事件現場は一柳家の離れ。雨戸が全部閉まっており、玄関の鍵も内側からかかっていた。雨戸と天井の間には欄間があったが、とても人は通れない。便所の窓は格子がはまっているうえに、金網が張ってあった。さらに、離れの周辺は雪が積もっており、足跡はまったくなかった。 また本書は、推理小説として様々な演出がなされている。例えば、悲鳴の直後に琴の音が聞こえた、結婚式の2日前に三本指の男が一柳家の前で目撃されていた、賢藏の日記に「生涯の仇敵」と書かれた男が出てくる…。 そして事件は意外な方向で決着する。ホーム・ぺージ『これがミステリーの名作だ』も御覧ください。http://bestbook.life.coocan.jp
2018.02.24
コメント(0)
『愚者の毒』宇佐美 まこと、祥伝社文庫、初版2016年11月20日、第70回日本推理作家協会賞 葉子と希美とは職安で知り合った。誕生日が同じ35歳。葉子は死んだ妹の息子・達也を抱えている。希美は弁護士事務所に勤務している。二人はたびたび会うようになり、葉子は希美の紹介で難波という大邸宅の家政婦になった。 実は、この二人すごい経験を過去にしていた。 本書『愚者の毒』はミステリーではあるが、すごい人生ドラマを展開している。葉子は、妹夫婦がつくった借金の連帯保証人になったことから人生が変わった。妹の家族は、借金取りから逃れるため、一家心中を図った。息子の達也が生き残ったが、その時のショックで声が出なくなった。葉子は、達也の親代わりになり、借金取りから逃れるため、夜逃げをくり返した。 希美は、九州の炭鉱の街で生まれ、育った。父親が落盤事故で脳に障害を負い、働けなくなった。母親は家族を捨て家を出た。中学校を出たばかりの希美は、父、中3の妹・律子、小学校入学前の二人の弟を食べさせて行くために必死で働いた。住んでいるのは、廃鉱部落の長屋だ。いわゆる極貧層が住んでいる。世間が東京オリンピックで浮かれて、カラーテレビが売り出されている時に、ここではラジオもない。水道もない。鉱毒水の風呂に入っている。廃鉱部落に住んでいるというだけで、学校でも職場でもいじめにあった。 希美は、同じ長屋に住む同級生のユウとここを出てゆくために、殺人を犯し、東京に逃げた。ところが、平穏な生活は長くは続かなかった。経済的には、安定した生活になったが、極貧生活から逃れるため犯した罪が一生付きまとうことになった。 また、本書は、殺人事件が4回起き、6人が死ぬ。警察は、すべて病死、もしくは事故死として処理した。これを殺人として犯人を特定したのは、葉子と希美だ。 ミステリーというよりも希美とユウの波乱に満ちた人生を描いた小説に近い。ホーム・ぺージ『これがミステリーの名作だ』も御覧ください。http://bestbook.life.coocan.jp
2018.02.07
コメント(0)
『八つ墓村』横溝正史 、初出:雑誌『新青年』1949年3月~50年3月、中断をはさんで雑誌『宝石』1950年11月~51年1月。<あらすじ> 1948年のある日、神戸に住む寺田辰弥は、岡山県の山村・八つ墓村でいちばんの大金持ち・田治見家の血を引いていることがわった。そして、会社を辞め、家を継ぐため八つ墓村に帰ることになった。 八つ墓村出身の諏訪弁護士の事務所で、辰弥は迎えに来た祖父といた。突然、祖父が苦しみだし、そのまま絶命した。 彼が八つ墓村に着くと、次々に殺人事件がおこった。事件の解決に挑むのは、たまたま村に滞在していた金田一耕助だ。 <良さんの解説> 本書『八つ墓村』は1938年に、岡山県で実際に起きた津山事件を下敷きにしている。それは津山市の北方20キロにある西加茂村で起きた。一晩で30人の村人が犠牲になった。 また、八つ墓村は戦国時代、村人が落ち武者8人を殺した歴史を持っていた。彼らは3000両のお宝を村のどこかに隠した。26年前には、一晩で32人が殺害されるという事件が起きていた。村人は、二度あることは三度ある、と噂していた。 そんな時に、事件は起きたのだ。 本書のテーマは不連続。殺害される人たちに法則性がないのだ。一応、犯人が落としたと思われるメモはあった。法則性がないということは犯人の動機も分からない。ただ、連続殺人事件は辰弥が八つ墓村にやって来てから起こっている、というのが、村人の共通認識になっていた。 八つ墓村には鍾乳洞が村の地下に網の目のように存在していた。この鍾乳洞が、本書にいっそうの面白みを加えている。 金田一耕助が大した活躍をしないというのも本書の特徴である。 横溝正史の代表作中の代表作で、これまで3回映画化されている。こっちのDVDもおすすめです。ホーム・ぺージ『これがミステリーの名作だ』も御覧ください。http://bestbook.life.coocan.jp
2018.01.26
コメント(0)
『ババ抜き』永嶋恵美、『アンソロジー捨てる』文芸春秋に収録、初版2015年11月15日、第69回日本推理作家協会賞(短編) 私と三枝、金井の三人は、課の旅行で会社の保養所に来ていた。3人は職場で〝三ババ〟と呼ばれていた。台風の影響で、外の出ることができない。テレビもアンテナが壊れて映らない。トランプをすることになった。ババ抜きだと抵抗があるので、ジジ抜きにした。 ジジ抜きに飽きたころ、三枝が罰ゲームをやろう、と言い出した。負けた者が自分のでも、他人のでもいいから秘密を暴露するのだ。 金井ばかりが負け、到頭、自分の離婚に関する秘密を打ち明け始めた。 私はなぜか負けなかった。 三枝が負けた。現在、彼女は家庭内離婚状態にある。なぜ、そうなったのかを話し始めた。 金井と三枝の秘密を聞いているうち、読者は、二人が不幸な目に遭った原因が「私」に関係していることを知る。 同じ職場で、本来ならば助け合ってゆくはずの女同士が、腹と腹の探り合いをおこない、相手の弱みを握り、一方で弱みを握られないよう努力している。こうしたOLの醜い面を本書は表現している。 いつから日本はこのような国なったのだろうか。日本民族とは何者か、ということを考えさせてくれる内容になっている。ホーム・ぺージ『これがミステリーの名作だ』も御覧ください。http://bestbook.life.coocan.jp
2017.12.30
コメント(0)
『白髪鬼』江戸川乱歩、春陽文庫、初版1987年9月1日、初出:月刊誌『冨治』に1931年4月から32年7月まで連載。 本書の原作は、イギリスの作家・マリイ・コレリの『ヴェンデッタ』である。ヴェンデッタは「復讐」という意味である。黒岩涙香が日本語に翻訳し、『白髪鬼』と邦題を付け、出版している。これを江戸川乱歩が読みやすいようにアレンジした。 本書は大牟田敏清の復讐の物語である。彼の先祖は九州の中規模の藩主だった。父が藩主の時に御一新を迎えた。早くに母を亡くし、17歳の時に父が死に、莫大な財産を相続した。大学入学で上京し、美大生の川村義雄と知り合い、親友になった。卒業後、川村を地元に招き、アトリエまで建ててやった。二人は常に行動をともにした。敏清は世間知らずの若様だが、川村は貧しい家の出で、世間をよく知っていた。また、美男だった。 敏清は、瑠璃子という美少女にひと目惚れし、結婚した。彼は、瑠璃子の美しさにおぼれた。彼女の奴隷になった。 ある日、敏清は川村と瑠璃子と三人でハイキングにでかけた。そこで事故に遭い、敏清はあっけなく死んだ。 棺桶に入れられて、大牟田家の墓地に埋葬された。ところが、奇跡が起こった。息を吹き返したのだ。墓地というのが、石室に先祖代々の当主の棺桶が並べられたもので、棺桶は土に埋められていない。 墓地を脱出した敏清は家に帰った。ところが、そこで目にしたものは瑠璃子と川村の情事の場面だった。 敏清は、その場で出て行って二人を責めることはしなかった。自分と同じ苦しみを二人に味あわせるため、効果的な復讐の計画を練ることにした。 さて、敏清はどのような復讐を考えたのか。 本書『白髪鬼』の特徴は、大牟田敏清が計画した復讐が、すべてうまくゆくこと、出来過ぎなところにある。特に、復讐に必要な資金が向こうから勝手に転がんでくるところがすごい。しかも、そのカネは黄海を荒らしまわっていた海賊の宝だというのが、なおすごい。 また、主人公の大牟田敏清が、本藩主の息子であること、一度死んで生き返るという設定は、SFのようだ。 復讐をテーマにした小説は多いが、ここまで徹底するとすごい。ホーム・ぺージ『これがミステリーの名作だ』も御覧ください。http://bestbook.life.coocan.jp
2017.12.26
コメント(0)
『黄金仮面』江戸川乱歩、創元推理文庫、初版1993年10月1日、初出:雑誌「キング」に1930(昭和5)年から1931年にかけて掲載。 東京の街は金色仮面の話題でもちきりだった。ソフト帽を目深にかぶり、オーバーの襟を耳のところまで立てて、顔をすっかり包むようにしている。一寸ほどの隙間から黄金色に光る無表情な物が見えるのだ。 彼は五つの罪を犯す。第一は、東京で開かれていた大博覧会で、「志摩の女王」と呼ばれる国産真珠を奪う。第二は、日光にある鷲尾正俊伯爵の小美術館から、藤原時代の木彫阿弥陀如来像を盗み、鷲尾の一人娘・美子と彼女の侍女・小雪を殺害した。第三は、大富豪の大鳥喜三郎の蔵から家宝の「紫式部日記絵巻」を盗む。こともあろうに鷲尾の娘・不二子が黄金仮面に恋をし、彼女が実行犯だった。第四は、F大使館で、大夜会がおこなわれることになった。こそに、黄金仮面が参上するという予告状が届いた。第五は、東京美術学校名誉教授の川村雲山のアトリエから、超国宝級のものが盗まれ、その直後に川村は自殺した。 五つの事件すべてに明智小五郎と警視庁の波越警部が登場する。ただし、それぞれの事件ごとに解決してゆくのではない。 本書『黄金仮面』の最大の特徴は、彼の正体が日本人ではなく、ヨーロッパでも世界的にも有名な盗賊だということ。盗みはしても殺しはしないことでも有名だったが、日本では殺人に手を染める。それはなぜか。 また、人々が恐れる怪盗に、両家のお嬢さまが恋をするという設定はおもしろい。 乱歩はよく、このようなストーリーを次から次に考え出すものだ。最後の最後に、黄金仮面が飛行機で逃げるという設定は、よく思いついたものだ。ホーム・ぺージ『これがミステリーの名作だ』も御覧ください。http://bestbook.life.coocan.jp
2017.12.21
コメント(2)
『何者』江戸川乱歩、『D坂の殺人事件 』角川文庫に収録 、初出:1929(昭和4)年『時事新報』に掲載。 時代背景は昭和初期。大学を卒業したばかりの結城弘一、甲田伸太郎、そして松村の3人は夏、鎌倉にある結城の邸宅に逗留した。毎日、結城の従妹の志摩子と4人で遊んだ。 ある夜、結城の父の誕生パーティが自宅で開かれた。パーティが終わってしばらくして、書斎から銃声がした。中では弘一が足を撃たれ倒れていた。窓ガラスが割れ、窓の下には犯人のものと思われる足跡が塀まで続いていた。書斎にあった金の置時計、金の万年ペン、金の煙草セットなど金製品が無くなっていた。 直ちに警察がやって来て、捜査が始まった。しかし、犯人の遺留物は足跡以外に何もなかった。指紋は拭き取られていた。 本書の特徴は、この事件の解決に挑戦する人物が多い。松村、赤井という結城の父の碁仲間、結城弘一、警部の波多野である。明智小五郎は、最後の最後に登場する。基本的には、銃でけがを負った弘一が病室で推理を展開する。 松村は弘一の足になり、彼の指示で動いた。また、彼が行くところどころで赤井に出くわした。 本書でいちばんすごいのは、弘一が謎解きをして警察も完全に納得し、容疑者を逮捕する。しかし、それ以上の推理をして事件の本質を暴き出したのが赤井だった。 本書は、乱歩の作品の中では、そんなに有名ではないが、現代でもこれだけのものは、なかなか書けないのではないと思う。ホーム・ぺージ『これがミステリーの名作だ』も御覧ください。http://bestbook.life.coocan.jp
2017.12.18
コメント(0)
『桜疎水』大石直紀 、光文社、初版1917年3月20日、『おばあちゃんといっしょ』は第69回日本推理作家協会賞を受賞。 本書『桜疎水』は大石直紀の短編集で6編が収められている。 『おばあちゃんといっしょ』――第69回日本推理作家協会賞(短編部門)の受賞作品。詐欺師からカネをだまし取る詐欺師の物語である。 私には両親はいない。詐欺師のおばあちゃんに育てられた。ある日、警察に捕まり、私は施設に入れられた。高校を卒業し、就職が決まり、施設を出た。私は詐欺師になるのだ。 そこでは、新興宗教を使った詐欺がおこなわれていた。ところが…。 『お地蔵様に見られてる』――さやかは、京都で大学生活を送った。4年の時、遊び友達の靖宏が死んだ。まだ息があったのに、保身のため彼を見捨てて逃げた。 今、さやかは仕事で京都にいる。この日、ジョギングしていると、真如堂の前で靖宏の母を見た。本当は、亡くなったはずなのに…。 『二十年目の桜疎水』――正春は京都の大学の3年生だった。一つ年下の芸大生・雅子と交際するようになった。正春が4年の時、二人は結婚の約束をした。 しかし、不幸にも雅子は交通事故に遭った。体にひどい火傷を負い、ケロイドが残った。正春は、結婚の約束は守るつもりだった。が…。 『おみくじ占いにご用心』――上宮は適当にヘルパーの後をつけて、独居老人の家を特定する。その後、信吾が宅配便を装ってその家の状況を調べる。そして、上宮が介護施設の職員を偽って家に上がり込む。 決行の日。上宮がおみくじを引くと「凶」が出た。こんなことは初めてだった。 『仏像は二度笑う』――片山正隆は子どもの時から手先が器用で、仏像を作る仏師になった。20歳の頃、ギャンブルにはまった。それで、仏師を首になった。京都で光文堂の店主・滝口に雇われ、贋作を作るようになった。滝口の娘に、贋作は作らないと約束させられ、二人は結婚した。しかし…。 『おじいちゃんを探せ』――大阪の大学に通う沙和は、冬休に長野県の実家に帰省した。正月、母がおばあちゃんのところに行ったら、あの人から年賀状が来ていた、と父と話していた。あの人とは、外に女を作って離婚されたおじいちゃんだ。 春休みに入ってすぐ、沙和はおじいちゃんが住む京都のマンションに行った。すでに、引っ越していた。一ヶ月後、上賀茂神社の手づくり市に行った。そこで、おじいちゃんがキッシュを売っているのだ。しかし、いたのは母だった。母に連れられ、おじいちゃんに会った。そこで、わが家の秘密が明らかになった。と、思ったら…。 本書に収録されている作品は、家族が一つのテーマになっている。祖父母と孫、恋人同士とその家族など、人間模様が展開されるミステリーになっている。 また、詐欺がテーマの作品が三本ある。新興宗教を利用した詐欺、介護制度を使った詐欺、美術品の贋作を使った詐欺。それほど、詐欺が増えているのか。 『二十年目の桜疎水』は、これだけ恋愛小説になっている。これは読ませる。ホーム・ぺージ『これがミステリーの名作だ』も御覧ください。http://bestbook.life.coocan.jp
2017.12.14
コメント(0)
『みぎわ』今野敏、『所轄 警察アンソロジー』ハルキ文庫に収録。 初版2016年10月18日 大型遊興施設の駐車場で、強盗致傷事件が発生した。東京湾臨海署刑事課強行犯係の安積班が出動した。 現場に着くと、みんなは聞き込みに散った。通報を受けて駆け付けた警官の話では、被害者は病院に搬送され手術中。須田刑事が被害者に連れがいなかったかを聞いたら、警官は見なかった、と答えた。 桜井刑事が、防犯カメラを調べたら、犯行の模様が録画されていた。犯人は前科のある奥原琢哉と分かった。桜井は、だめもとで彼のアパートに急行した。近所の人が、奥原が帰ってくるのを目撃していた。 すぐに安積班のメンバーが到着した。 しかし、桜井の相棒のベテラン刑事・村雨はしばらく様子を見ると言って、桜井がはやる気持ちを抑えた。 なぜ、村雨はすぐに突入の指示を出さないのか。本書は、こういったケースの事件の場合、現場にいる刑事はどのような対応をすればいいのか、それを教えている。犯人が最初から分かっているミステリー小説である。 安積は新米の時、目黒署の刑事課で、これと同じような事件に出くわしたことがあった。その時、安積は刑事課でいちばん若く、ベテラン刑事の三国とバディを組まされていた。三国もあの時、しばらく様子を見る、と言った。 村雨は、その時の三国と同じ判断をしたのだ。ホーム・ぺージ『これがミステリーの名作だ』も御覧ください。http://bestbook.life.coocan.jp
2017.12.05
コメント(0)
『オレキバ』呉勝浩、『所轄 警察アンソロジー』ハルキ文庫に収録。 初版2016年10月18日 大阪市のある商店街で深夜、2台のリアカーを先頭に日雇い労働者数十人が歩いて続いていた。一台のリアカーに乗った青年が、ラップを歌いながら、菓子パン、小銭、缶ビールなどさまざまな物を投げ捨てていた。後に続く日雇い労働者たちはそれを拾っていた。もう一台のリアカーにはDJが乗っていた。この動画がインターネットにアップされ、瞬く間に再生回数を増やしていった。この動画は「オレキバ動画」と呼ばれた。 しばらくして、この動画に出演していたDJが、リアカーに全裸で載せられ、病院の前に放置されていた。体は痣だらけで、骨折もしていた。 西成署は、リアカーに付いていた指紋から、住所不定無職の矢内幸造を重要参考人として取り調べを始めた。この捜査に、矢内と知り合いの浪速署生活安全課の鍋島が首を突っ込んできた。 そうこうするうち、オレキバ動画を撮影した沖光が、オレキバ動画の中心人物・ザッキーの部屋で発見された。全裸で両手がガムテープで縛られ、口はガムテープでふさがれていた。 本書『オレキバ』の特徴は第一に、二つの事件の動機がかわっていることだ。西成署は、二つの事件とも矢内の犯行とみて、取り調べを強化した。動画を見てむかついた、というのが動機と考えた。しかし、鍋島は何か腑に落ちないものを感じていた。二つの事件の犯人が違うのではないかと。そして、所轄とは別に独自に捜査をすすめた。 第二に、本書は大阪の西成区を舞台に設定している。そこはかつて釜ヶ崎と呼ばれていた。日本一の日雇い労働者の街で、暴動も日本一多い。1961年から24回。労働者と警察が衝突している。一番最近では平成20年6月。原因は大抵、警察による日雇い労働者の弾圧である。 この地域の特徴が、犯人の動機となる。 短編ではあるが、現代の西成区の特徴を反映した内容になっている。ホーム・ぺージ『これがミステリーの名作だ』も御覧ください。http://bestbook.life.coocan.jp
2017.12.04
コメント(0)
『黄昏』薬丸岳、『所轄 警察アンソロジー』ハルキ文庫に収録 、初版2016年10月18日、第70回日本推理作家協会賞<あらすじ> 女性の声で「幸田二美枝(88)さんが亡くなっているのではないか」と区役所に通報があった。行ってみると、スーツケースの中に彼女の白骨死体があった。二美枝は娘の華子と二人暮らしだった。華子は署に連行され、事情聴取を受けた。 華子は警察の取り調べに、3年前に買い物から帰ったら、母が死んでいた、と答えた。なぜ、区役所に届け出なかったのか、という問いには、年金の不正受給といわれても仕方がない、と言った。 所轄の夏目刑事は、彼女は何か隠している、とにらんだ。そして、捜査をすすめた。<良さんの解説> 薬丸岳のミステリーは、最後にどんでん返しがあるストーリーが多い。しかし、本書『黄昏』はそうではない。 最近、親が死んでも役所にとどけ出ない人が増えている。年金の受給がストップするからだ。華子が親の死を隠したのは、不正受給がからんでいる、と読者は最初そう思う。しかし、違った。 なぜ華子が母の死を隠していたのか、その本当の理由は何か。夏目は、ここに事件の謎を解くカギがあると見た。そして、幸田親子をよく知るため、親子が以前住んでいた厚木のアパートにいった。ここで、すべてがわかった。 二美枝は俳句サークルに入っていて、ある男性と恋をしていた。 娘の華子は49歳になる。親離れできない娘が犯した事件だった。ホーム・ぺージ『これがミステリーの名作だ』も御覧ください。http://bestbook.life.coocan.jp
2017.11.30
コメント(0)
『幽霊塔』江戸川乱歩、岩波書店、初版2015年6月5日、初出:『講談倶楽部』1937年1月号~38年4月号。<あらすじ> 時代背景は1915(大正4)年、田舎の方では電気が十分に普及しておらず、停電はしょっちゅうあった。列車がレールを外れて脱線することもたまに起った。 主な舞台は長崎県。Kという小さな町に三階建ての洋館があり、屋根の上には巨大な時計塔が載っていた。そこで、6年前に殺人事件があり、その時の当主は行方不明になったきりだった。それ以降、だれも住んでいない。町の人からは幽霊塔と呼ばれていた。 この建物を元判事の児玉丈太郎が購入した。甥の北川光雄が下見に来た時、野末秋子という同世代の美人と出会い、光雄は一目ぼれした。彼女は、児玉にも気に入られ、彼の養子になり、幽霊塔に一緒に住むことになった。 そうこうするうち、光雄の許嫁・三浦栄子が他殺体で発見された。また、児玉が毒殺されそうになった。状況証拠は、秋子が犯人であることを示していた。彼女の疑いを晴らすため光雄は奮闘する。 <良さんの解説> 本書の原作は、アメリカのアリス・マリエル・ウィリアムソンという女流作家の小説『灰色の女』。これを黒岩涙香が日本語に翻訳し、それを江戸川乱歩が彼なりにアレンジした。1937年~38年に『講談倶楽部』に連載された。日本が中国に侵略を拡大し、アジア・太平洋戦争が始まる3年前に当たる。つまり、戦争中だ。 本書の基本は、幽霊塔そのものである。九州の大富豪・渡海屋市郎兵衛が別荘として建てた。彼の趣味で隠し部屋が、いたるところにあるのが特徴だ。時計塔の機械室には入れない。ゼンマイを巻いたり、時間を調整したりするのは、秋子にしかできない。 この幽霊塔で殺人事件、その他が起こる。また、ここには、渡海屋が貯めた金銀財宝が隠されているという噂があった。 基本ストーリーは、容疑者になった秋子を、真犯人を探すことによって救おうとする光雄の活躍である。養虫園という怪しげな蜘蛛屋敷に潜入したり、東京のモグリの医者に会ったり、東奔西走する。なお、アニメ映画の製作・監督として有名な宮崎駿が、この作品のファンで、巻頭に16ページを使い、マンガで幽霊塔を表現している。ホーム・ぺージ『これがミステリーの名作だ』も御覧ください。http://bestbook.life.coocan.jp
2017.11.28
コメント(0)
『高層の死角』森村誠一、講談社、初版1969年8月16日、第15回江戸川乱歩賞 本書は、森村誠一が有名になる前、初期の作品である。 東京のパレスサイドホテルで同社社長の久住政之助が殺害された。殺されたのは34階のスイートルーム。二間あり、奥の部屋がツゥインの寝室になっていた。そのベッドの上に、久住社長は胸を刺されて死んでいた。 寝室に入るためには、まず3401号室のドアと、寝室に通じるドアの二つの鍵が必要になる。そのカギは両方とも閉まっていた。つまり、密室だったということ。 次に、久住社長の秘書・有坂冬子が、博多のホテルの一室で、殺害された。死因は、ヒ素系の毒物による中毒死。犯人を特定する遺留品は、冬子の体に付いていた犯人の体液と毛。そして、トイレに落ちていた鉛筆で文字が書かれた紙片。水に漬かっていたため「…内申、縮、男国男、秋、光、しく、わりたく、情、テル、約…」の文字しか識別できなかった。 二つの事件はつながっているが、それぞれ独立している。久住社長の事件は密室をどう打ち破るかがカギになり、有坂の事件はアリバイ崩しがテーマになる。 森村誠一は作家になる前、ホテルで働いていた。本書は、その経験が十分に生かされた作品である。とりわけ、冬子殺害事件では、しばらくして容疑者が特定されるが、そのアリバイがなかなか崩れない。飛行機を使ったトリックと、チェックイン・チェックアウトを使ったトリックに警視庁捜査一課の村川班はいどむ。これで崩れた、と思ったら崩れていなかった、という繰り返しが続く。 出だしを読んだら、すぐに作品にのめり込んでしまう、森村の名作の一つである。ホーム・ぺージ『これがミステリーの名作だ』も御覧ください。http://bestbook.life.coocan.jp
2017.11.19
コメント(0)
『満願』米澤 穂信 、新潮社、初版2014年3月20日、2015年「このミステリーがすごい!」第1位 本書は、2015年「このミステリーがすごい!」第1位になった米澤穂信の短編集である。6編の短編が収録されている。それぞれのあらすじは次の通り。 「夜警」――緑1交番に新任の川藤が配属になった。ある日の深夜、「夫が刃物を持って暴れている」と110番通報があった。すぐに、交番長の柳岡、梶井、川藤は現場に向かった。 庭で、男が妻に刃物を突き付けていた。川藤が「緑1交番だ」と叫んだ。男は刃物を構えて彼に突進してきた。 「死人宿」――男は姿を消した恋人の美佐子が温泉旅館で仲居をしていることをつかみ、会いに行った。彼女は、脱衣所で遺書を見つけたと言って、男に見せた。泊り客は男以外にあと3人。自殺を止めなければならない。二人は誰が書いたのか、解明を始めた。 「石榴」――さおりは祖母の容姿を受け継ぎ、美人でもてた。大学生になり、佐原成海に恋をした。ライバルたちを蹴落として、結婚することになった。父は反対したが、既成事実をつくって結婚した。生まれた娘に、鳴海は夕子と名付けた。2年後に月子が生まれた。さおりは、娘たちのために働いた。鳴海は、大学を卒業しても定職に就かず、ブラブラしていた。 さおりは離婚を決意した。鳴海は、同意したが、親権は譲らなかった。そして、裁判になった。 「万灯」――伊丹は井桁商事のバングラディシュの事務所に室長として異動になった。目的は天然ガスの開発だ。彼は誰も目を付けていないボイシャク村を候補地に選んだ。しかし、地元の同意がとれない。あきらめかけていた時、向こうから連絡があった。 「関守」――男はライターで交通事故にかかわる都市伝説を取材しに、伊豆の桂谷峠を訪れた。4年で4件の死亡事故が発生しているのだ。ドライブインに入った。店主の老婆にいろいろと話を聞いた。彼女は事故についてすべて知っていた。 老婆は「記事になるのか」と聞いたので、男は「なる」と答えた。すると、老婆は「順を追って話す」と言って、事故の本質についてしゃべりだした。 「満願」――時代背景は1970年代。藤井は法学部の学生で司法試験を目指して勉強している。下宿が火事になり、調布にある畳屋の二階に移った。そこのおかみさんは妙子と言って、藤井に親切にしてくれた。勉強がうまく進まないときは、励ましてくれた。 そして、藤井は弁護士になった。数年後、妙子が殺人事件を起こし、その弁護をすることになった。 どの短編にも共通するのは、単なるミステリーというのではなく、登場人物の人間模様が展開されることだ。そして、「アッ」という結末。だから読んでいて飽きない。 もう一度読もうか、という気にさせてくれる作品である。ホーム・ぺージ『これがミステリーの名作だ』も御覧ください。http://bestbook.life.coocan.jp
2017.11.14
コメント(0)
『孤島の鬼』江戸川乱歩、創元推理文庫、初出は博文館の雑誌『朝日』1929(昭和4)年1月より5年2月まで連載。 時代背景は、1925(大正14)年。箕浦は、東京の貿易会社で働いていた。新入社員の初代に恋をした。結婚しようという段階になって、ライバルが現れた。なんと、それは箕浦の友人・諸戸だった。 ところが、初代が何者かに殺害された。箕浦は素人探偵の深山木に犯人の捜索を依頼した。しかし、彼までも殺された。殺害の手口から同一犯の犯行と推測された。 箕浦は、今度は諸戸と一緒に犯人探しを始めた。 本書は、二人が犯人を特定し、事件を解決するまでの物語である。 本書は、推理小説で使われる様々なトリックが盛り込まれている。初代の殺人は密室。深山木の殺害は白昼、衆目の中でおこなわれた。 さらに、暗号の解読とつづく。これは、箕浦が初代から預かった彼女の家の家系図に、お宝のありかを示す暗号が示されていた。この解読にいちばん時間がかかった。また、時代を反映して、「片輪者(不具者)」という差別言葉が出てくるが、犯人を捜してゆくうち、諸戸の父・丈五郎が手がかりを握っていることに行き着いた。諸戸の親は両親ともに、背中に大きなこぶがあり、腰から背中が直角に曲っている「せむし」だった。そして、様々な片輪者が登場する。 今から90年以上も前に書かれた作品だが、十分、現代でも通用する内容になっている。ホーム・ぺージ『ミステリーはおもしろい』も御覧ください。http://bestbook.life.coocan.jp
2017.11.10
コメント(2)
『孤狼の血』柚月裕子 、角川書店、初版2015年8月27日、第69回日本推理作家協会賞、2016年「このミステリーがすごい!」第3位。 本書はヤクザの抗争と刑事の在り方を描いている。主人公は日岡秀一。国立の広島大学を出て警官になった。日岡はこの日、広島県南部にある呉原市を管轄する呉原東署に異動になった。捜査二課で暴力団を担当する大上班に加わった。大上は、県内でいちばんの検挙率を誇る腕利きの刑事だ。しかし、一方でヤクザと癒着しているなど悪いうわさも絶えない。いつもパナマ帽をかぶってトレードマークにしている。日岡はこの大上とバディを組むことになった。 この時、二課は行方不明になっている上早稲を探していた。彼は加古村組がバックに付く街金・呉原金融の経理担当だった。警察は、ヤクザがらみのトラブルに巻き込まれていると考えた。この事件をストーリーの軸に大上とヤクザとのやりとりや人間模様が展開される。 本書は、様々なキャラクターの登場人物がいる。刑事としての職務を逸脱し、ヤクザと関係を持つ大上を押さえようとする真面目な日岡。仕事が終わると毎日のように二人が通う「小料理 しの」の女将・晶子。日岡は晶子と大上の仲を勘繰るが、彼女は大上とは男女の関係にないという。また、大上を恩人と慕うヤクザの幹部など、バラエティに富んでいる。 そして、次々に起る組同士のもめごと。これが戦争に発展しないよう、手を打つ警察。不良刑事と国立大学出の新米刑事のバディがヤクザに挑む、スリルとサスペンス満載の仕上がりとなっている。 なお、文体がすべて広島弁で書かれているので、広島の人にとっては懐かしい印象を与える。ホーム・ぺージ『ミステリーはおもしろい』も御覧ください。http://bestbook.life.coocan.jp
2017.10.26
コメント(0)
『涙香迷宮』竹本健治、講談社、初版2016年3月9日、2017年「このミステリーがすごい!」第1位 伊豆の旅館で一人の老人が殺害された。囲碁の勝負をしていたらしく、背中からアイスピックで心臓に達するまで刺され、碁盤の上に突っ伏していた。 ちょうど伊豆に滞在していたプロ棋士の牧場智久は、地元の刑事・楢津木に誘われて事件現場に行った。ただし、そこは立ち寄っただけで、すぐに東京に帰った。 本書は、黒岩涙香という人物を一つのテーマにしている。彼は幕末に生まれ、有名な『萬朝報』を立ち上げるなど、新聞社の経営者・主筆として活躍したばかりか、海外小節の翻訳、自らも著作を残している。また、囲碁や将棋などあらゆる分野に傾倒している。 その涙香の隠れ家が発見されたということで、涙香ファンたちと一緒に智久は、その調査に参加することになった。 本書のミステリーとしてのテーマは記号の解読。隠れ家は廃墟になっていたが、地下はそのまま残されていた。 そこは広間を中心に12の部屋があった。どの部屋にも子から順番に干支の部屋になっていた。中には壁3面にそれぞれ銅板が貼ってあった。それには、七五調の歌が四行で一つの詩が刻印されていた。しかも「いろは47文字」をすべて使っているのが特徴だ。12部屋あるので12×3の詩があって、そのすべてが「いろは47文字」だけで構成されている。 牧場智久は、涙香は何を言いたいのか、この謎に挑む。 さらに、本書は連珠について、詳しい記述があり、単に五目並べではない奥の深さを教えてくれる。この連珠が殺人事件に大きくかかわっている。智久はこの隠れ家で殺人事件も解決してしまう。 江戸川乱歩よりも以前の作家・黒岩涙香が、あの世から現代人に挑戦する。ホーム・ぺージ『推理小説を作家ごとに読む』も御覧ください。http://bestbook.life.coocan.jp
2017.10.12
コメント(0)
『パノラマ島綺譚』江戸川乱歩、角川ホラー文庫 、初版2009年5月25日、初出『新青年』1926年10月号~27年4月号。 本書は西暦でいうと1926年、昭和では元年から翌年にかけて雑誌『新青年』に連載された。いまから約90年前の作品である。本書は二つのことがテーマになっている。 ひとつは「人生をやり直せるなら」。ある人が別の人物になり代わって新たに人生を踏み出すというテーマの小説は多いが、本書はその一つである。 大学を卒業し、小説を書いてはその場をしのいでいた人見広介は、夢があった。しかし、その実現には膨大な資金が必要とされたので、その日暮らしの広介には文字通り夢だった。ある日、大学の同級生が下宿にやって来て、広介と顔も体格も声もそっくりだった菰田源三郎という同級生が死んだと聞かされた。彼は、大資産家の当主だった。 この話を聞いた広介は、一つの賭けに出た。死んでしまった菰田と入れかわる計画を立てた。いったいどうやって死人と入れかわり現実の世界で夢を実現するのか。 もう一つの本書テーマは、テーマパークの建設。彼は、ある無人島を買い取り、そこに夢を建設していった。その名は「パノラマ島」。90年も前に、よくもこのようなことを考えたものだ。これを現代社会に建設すれば、立派なテーマパークとして成り立つに違いない。 現代でも十分通用する発想で、さすがは乱歩といえる作品である。ホーム・ぺージ『推理小説を作家ごとに読む』も御覧ください。http://bestbook.life.coocan.jp
2017.10.02
コメント(0)
全689件 (689件中 1-50件目)