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今日はイタリア対オーストラリアを後半から観戦。最後は劇的な幕切れになったが、これは偶然に起こったものではないように思う。まず本題に入る前に、2002年のワールドカップを振り返る。ご存知のようにイタリアはヒディング率いる韓国と対戦しゴールデンゴールで敗退した。「Number」誌によると、試合当日の昼にヒディングはコーチにその日のメンバー表を1枚渡した。しかしその後訂正を加えて再度メンバー表を渡した。今度は2枚。最初のメンバー表に名前がなく、次のメンバー表にあった名前。それがアン・ジョンファンであり、2回目に渡した際に増えたものはPK戦までもつれた場合の蹴る順番を書いたもの。そのPKを蹴る順番の1番上に書いてあった名前は、アン・ジョンファンだった。試合のほうは前半開始早々、韓国がPKのチャンスを得るが、そのアンが失敗。逆にイタリアに先制を許す。その後次々にFWを投入し、終了間際に同点に追いつく。そして延長後半、アンのゴールで韓国が勝った。つまりヒディングは試合前からPK戦も視野に入れていた。最初のPKを外した後に「死にたい」と思いながらプレーを続けたアンを使い続け、新鮮なFWを投入してもアンは残し続けた。さて2006年に戻る。後半開始早々、(やっぱりお前か)マテラッティの退場で10人になったイタリア。猛攻を仕掛けるオーストラリアであったが、イタリアの守備を崩せない。1人少ない状況もあり早々と交代枠を使い切ったイタリアに対し、FWアロイージの投入のみという交代だったヒディング。そしてロスタイムのイタリアのPKに続いていくのだが。ヒディングとしては、得点こそ入っていなかったものの終始攻勢だったし、相手は1人少ない10人だった。例え延長に入っても有利なのはこちら側であると踏んだ。だからこそ延長に入ってもより有利に試合を展開できるように交代枠を残しておいた。イタリアが交代枠を使い切っていたことも加味すれば、延長に入ってフレッシュな選手を投入すれば勝てると考えた。しかし勝ったのはイタリアであった。監督というのは、今起こっている問題を的確に判断し処理するだけでなく、同時に先を見据えリスクを回避すべく処置を取らなければならない。よく「ヒディング・マジック」というが、本当にマジックをしているわけではもちろんなく、人よりも周囲の状況を的確に判断でき、先を見据える能力が高いのだ。そして人と違う、しかし絶対の自信を持つ論理が頭の中に存在し、それを実行に移しているのだ。ただし今回ばかりは少し先を見すぎたようだ。「現状」と「未来」を比較した場合、より重要なのは「現状」であり、その点でイタリアがオーストラリアを上回っていたのだと思う。100%「現状」を見つめていた(そして「未来」を見たくなかった)イタリアと、ほんの少し「未来」を見てしまったオーストラリア。それがあのPKにつながったのではないだろうか。それにしてもグロッソのオーバーラップ。あの気持ちが少しでも日本にあればなぁ。ほな、また。
2006.06.27
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1996年アトランタ・オリンピック。サッカー日本代表は予選リーグでブラジル、ナイジェリア、ハンガリーと同組になった。そして初戦の相手はブラジル。圧倒的不利を予想されたこの試合だったが、川口の好セーブに助けられ、相手ディフェンスのミスからラッキーな形で得点を奪い、1対0で日本が勝利した。いわゆる「マイアミの奇跡」である。あれから10年である。ワールドカップ日本対ブラジルを見ているうちに、この10年前の出来事を思い出していたのはぼくだけではないかもしれない。もしかしたら試合前に思い出した人もいただろう。何せ「マイアミの奇跡をもう1度」とメディアが騒いでいたから。あの時と同じように勝って決勝トーナメント進出を決める、いわゆるポジティブな意味での「マイアミの奇跡」を。しかしぼくが思い出したそれは、逆にネガティブな意味でのそれだった。96年のブラジル戦。当時の監督だった西野はブラジルから勝ち点を得るために、あわよくば勝つために、全員で守備を徹底しカウンターでチャンスを作る、という至って現実的な戦術を採った。これは間違っていなかった。当時の日本はJリーグが始まって4年とはいえ、海外でプレーする選手もいなければ、世界を知る人間などほとんどいなかった。かたやブラジルは相も変わらず強豪国の1つであり、ジダ、ロナウド、Rカルロスなど現在も代表でプレーする選手が名を連ねていた。そんなブラジルを相手に守備を固めるのはごく自然なことであり、なおかつ勝利という結果も出した。しかしこのやり方に異議を唱える選手がいたのも確かであり、それが2戦目のナイジェリア戦で表面化する。当時のナイジェリアは身体能力だけの、組織などまるでなく個人技に頼るだけのサッカーだった。しかし世界をほとんど知らない選手からすると、初めて相対するその身体能力に体がついていかず、守備をするだけで精一杯。違う意味で組織などまるでなく、攻撃に構っている余裕などなかった。ヒデを除いて。その数年前、ワールドユースでナイジェリアとの試合を経験していたヒデにとって、ナイジェリアの身体能力はさして驚くほどのものでもなかった。もちろん1度経験しているということもあるが、ワールドユースに比べ全くナイジェリアに成長の跡が見られなかったのだ。これならもっと攻撃をすることが出来る、ゴールを奪うことが出来ると判断したヒデは、前半終了後のハーフタイムに後ろの選手、つまりディフェンス陣に対しもっとラインを上げるように要求した。ラインを上げることで人と人の間隔が狭くなり、パスも繋ぎやすい。また高い位置からディフェンスをすることでボールを奪った際の攻撃への切り替えが早くなる。そんなこともあって要求をしたのだが、ディフェンス陣からすると土台無理な話であった。上にも書いたようにナイジェリアの攻撃を防ぐだけで精一杯であり、なおかつ低い位置での守備は監督からの指示だった。今でこそ個人の判断でラインの上げ下げが出来る日本であるが、これは10年前である。ディフェンス陣からするとヒデの要求は無理難題であり、仮にその要求を実行に移したところで失敗するのは目に見えていた。このやりとりに対し、周囲の選手は口を挟むことはなかった。いや、挟めなかった。彼らもまた自分のことで精一杯だったのだ。ハーフタイムの時間は限られている。刻一刻と後半開始の時間が迫る中、西野監督がヒデに言葉を、優しくない言葉をかけた。どんな言葉だったかは忘れてしまったが、なにしろキツイ言葉を投げかけた。後半のピッチにヒデの姿はなかった。結局、試合は0対2で敗れてしまった。さて2006年に話を戻す。日本の現状について色んな雑誌を読んでいる中で、代表選手の中でヒデが孤立しているのが感じられた。見た目や言動からくるのか近寄りがたいイメージもあって、何かあると「ヒデさんは特別だから」「あの人は別次元の人」と別世界の人間であるかのような扱いだった。これから代表として1つにならなければいけないのに、である。また2年前のヒデの怪我による代表離脱も影響している。ヒデのいない間に厳しい予選を戦い、アジアカップでも優勝を果たした日本だったが、ヒデが復帰すればすぐ先発で使われた。これでは他の選手は「なぜ?」と思うのは想像に難くなく、モチベーションも下がるというものである。ヒデと周囲にあった「壁」。代表として戦う意味を、現代表の中で1番知っているであろうヒデは、何度と無く「壁」を壊そうとした。まずは周囲から話しかけられるのを待って。それでも無理と思えば、8年前ならしなかったであろう、下に下りることで自分からコミュニケーションを図ることで、自ら食事会を開くことで。しかし無理だった。そして最後に取った手段。それがメディアを通じて訴えること、そしてプレーや練習で、背中で訴えることだった。それに対しての答えは、変わらず「特別」「別次元」だった。結局、最後まで「壁」が取り除かれることはなかった。もしヒデにもっと社交性があれば。修羅場を経験している戦友がいれば。そして勝利に飢えている味方がいれば。「ドルトムントの奇跡」は成し遂げられ、結果は違ったものになっていたのかもしれない。96年オリンピック。1勝1敗で迎えた第3戦、ハンガリー戦。3対2という点の取り合いを制し勝利を収め勝ち点を6にした。しかしブラジル、ナイジェリアと同勝ち点で並び、結局得失点差で予選敗退となった。実はこの時、ヒデの反乱よりも前に内部分裂があった。それは得点を挙げメディアに賞賛される攻撃陣と、守備があるから攻撃陣が働けるのだと自負する守備陣との分裂である。この分裂に監督の戦術がプラスされヒデの反乱に繋がったわけだが、96年にあって2006年になかったもの。それは「勝利への執着心」ではないか。勝つために守備をする。勝つためにゴールを奪う。勝つためにラインを挙げろと要求する。勝つために引いて守ろうとする。他の余計な雑念を一切取り除いて、唯一「勝利への執着心」だけがあった。だからこそ予選敗退にはなったものの2勝を挙げることが出来たのではないか。ワールドカップ対ブラジル戦の試合後、センターサークルで仰向けになり涙を流したとされるヒデ。今まで無愛想ながらも何かを話していたのが、ブラジル戦後は言葉になっていなかったヒデ。クロアチア戦のPKを止めた川口に真っ先に飛びついていったヒデ。ちなみに川口とヒデ、共にアトランタ経験者である。ほな、また。
2006.06.26
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ワールドカップのグループF最終戦。日本対ブラジル。2点差以上の勝利が最低条件であり、なおかつ同時刻のクロアチア対オーストラリアの結果次第と言う極めて厳しい状況のなかで行われた。結果はご存知のように1対4の敗戦。グループ最下位となり予選敗退が決まった。さて、ぼくがいつもチェックしている某携帯サッカーサイトに、「ブラジル戦の日本に一言」のようなコーナーが設けられてあった。色んな人達が色んなコメントを投稿していたが、それらを読んでいくと以下のように分類された。1・世界との差を痛感する敗戦2・ヒデと周囲との温度差、及びヒデへの賞賛と他選手への批判3・おそらくは2に対する反対意見を含むであろう、前を見据える激励色んな人達がいるのだから色んなコメントがあるのは当たり前であり、それに対してどうこう言うつもりはあまりない。でも何か言わないとわざわざ箇条書きで挙げた理由もなくなるので言うことにする。まず1である。おそらくこの内容のコメントを出した人達は、まだサッカーの造詣に深くない人達ではないかと思う。ブラジルの凄さは全世界のサッカーファンに知られているところであり、今大会ダントツの優勝候補である。「カルテット・マジコ」をどの国がどう止めるのかが最大の関心事と言っても大袈裟ではない。しかしサッカーをあまり知らない人達からすると、ブラジルが強いのは分かっていても、どこがどう強いのかはあまり知らないだろうし、1年前のコンフェデのような結果もある。10回やって1回勝てるかどうかの相手だが、その1回が今回かも、なんていう、いわば根拠の無い淡い期待も含まれていた。これらの人達について批判しているのではない。ぼくもサッカー覚えたての頃はこうだった。応援する全てのクラブ・国において根拠の無い自信が頭のほとんどを覆い尽くしていた。(今もたまにそうなるときはあるのだが)だからこの人達に言いたいのは、「これで世界のサッカーが少し分かった。 これからもサッカーを見続け、サッカーを好きになってほしい。 そして、メディアの根拠の無い扇動に乗らず自分の意見が作れるようになってほしい。」ということである。次に2と3である。これはワンセットと考えたほうがいいと思う。なぜなら対照的な意見であり、どちらも間違っていないからだ。まず2についてだが、詳しく書くと、「大会前からコメントを発することで勝利に対する姿勢を見せていたヒデと、 あまりにも直球すぎるコメントだったために敵対心を感じた周囲」「その勝利への執着心をピッチで限界まで見せ付けたヒデと、 それが偶然か必然か、見せれなかった周囲」とこのようになる。これについては別の面で思ったことがあるので、それについては次回書くとする(必ず)。そして3は、「終わったことを批判しても仕方ないよ。 それよりこれからどうするか考えようよ。」「(批判的な人達に対して)同じ状況に自分が立ったとき、自分なら何か出来るのか? そもそも同じ状況に立つことが出来るのか? そんな選手を批判することは出来ない。」というものだった。日本戦3試合を通して感じたのは、勝ちたい気持ちが全く見えなかったことだ。例えば個人的にはパスミスが多いように感じたが、攻めの姿勢が見れるパスであったり、これが通ればチャンスになるリスクの高いパスなど、何らかの意図が見えるパスなら仕方ないと納得できるのだが、攻め手が無く単に横へパスしたものをミスしたり、バックパスがあらぬ方へいったりと訳の分からないパスミスというのがやけに多かった。またボールホルダーへのチェックやマークの受け渡し等の場面で、特に後半全く動けていなかった。これでは本当に選手が勝ちたがっているのか疑問に思うのも不思議ではない。コメントの批判的な意見を見ても技術以前に気持ちの部分での意見が多かった。さらにその中で唯一と言っていい、勝ちたい気持ちを見せていたのがヒデだった。だからこその出来なかった人間への批判があるのは当然であり間違っていない。一方で、批判してもそこで終わってしまえば批判が意味を成さなくなってしまう。さらにはもう戻ることはできない。ならどうすればいいか。批判を忠告・助言・叱咤激励と捉えて、前へと進んでいくしかない。今回なぜ勝ち点1しか挙げることが出来なかったのか、勝ちたい気持ちをファンに伝えることが出来なかったのか、それらの失敗を糧とし4年後、8年後、その先まで成功を続ける努力をすることで、初めて今回の批判が意味を成してくるのだ。つまりはこれも間違っていない意見である。今回、某サイトのコメントを3つに分類した。この3つで全コメントの大体90%以上を占めていた。つまりは、ぼくから見ればそれだけの人が間違っていない意見を持っていることになる。しかし残念ながら極々少数の人達(そしてメディア)について、同意できない意見があった。それは「ありがとう」というもの。「ありがとう」それは何かをしてもらったときに言う感謝の言葉。今回の日本に何をもらった?何をしてもらった?悪いけど、日本から感謝するほどのことは何もされていない。だから3試合を見終えてこの言葉が頭によぎることは微塵もなかった。もしかして皮肉の言葉だったのだろうか。なら・・・ぼくも皮肉を込めて日本代表にこの言葉を贈る。「お疲れ様」さて書き終えたところで、どうやら次期代表監督がオシムになりそうだというニュースが入ってきた。キャプテン曰く、「弱かった千葉をJで魅力あるチームにしたのが一番。 選手の判断が中心になるような練習をしており、 ジーコの考えを受け継いでやるには最もふさわしい。」とのこと。個人的にはオシムはいいと思う。「選手の判断中心の練習」というのがぼくの記憶と少し食い違うが、記憶が間違っていなければ、オシムの練習はとにかく走らせることで有名だったように思う。ならば今の日本にピッタリの選択だと思う。ただキャプテンの考える「ジーコの考えを受け継ぐ」のだけはやめてほしい。今回分かったように、「自由」を与えられた日本が出した結果を見れば一目瞭然である。ある程度の「自由」は必要だが、「自由」が全てではない。まぁオシムのことである。そのあたりは良く分かっているはずだ。「オシムの言葉」でぼく達を盛り上げ、選手を奮い立たせ、メディアを盛り上げてくれるだろう。ただしそうなるとメディアの載せるオシムの言葉の裏を、今まで以上に読む必要が出てくるのだが。ほな、また。
2006.06.24
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「死のグループ」と呼ばれたグループC。その中で期待を大きく裏切ったセルビア・モンテネグロ。ご存知のように、今大会が「セルビア・モンテネグロ」として戦う最後の大会だった。国民投票により「モンテネグロ」の独立が決定したからだ。つい10数年前まで「ユーゴスラビア」として存在していたのが遥か昔に思えてくる。87年のワールドユースで優勝を果たした「ユーゴスラビア」は、90年のイタリア・ワールドカップでもベスト8入りを果たし最盛期を迎えようとしていた。しかしその後始まった内戦により、国内は戦争状態に突入してしまう。それでもなんとか予選を突破して本大会に駒を進めた92年のユーロだったが、国連の決定によって、直前になって出場権を剥奪されてしまう。ちなみに代替出場を果たしたデンマークが優勝してしまうとは皮肉な結果だった。94年のワールドカップには欧州予選さえ参加できず、その間に「ユーゴスラビア」も崩壊の道を辿っていき、「ボスニア・ヘルツェゴビナ」「スロベニア」「クロアチア」「マケドニア」が相次いで独立。残った「セルビア・モンテネグロ」も「ユーゴスラビア」として、98年のワールドカップや2000年のユーロには予選を突破していた。この頃の代表の1つの特徴として選手の年齢が挙げられる。つまりワールドユースを経験している世代と内戦後に全盛期を迎える選手が極端に多く、内戦時に全盛期を迎えるであっただろう世代の選手がいないことだ。これによりスムースな世代交代を進めることも出来ず、独立による選手の離散でチーム力は下降線を辿ることになった。そして今回「モンテネグロ」の独立決定により、「セルビア・モンテネグロ」として戦う最後の大会になってしまったわけだが、初戦はオランダの快足ウィンガーと暑さにやられ、2戦目は南米のセレステに大量失点を喫し、最終戦はアフリカのパワーの前に2点差をひっくり返された。政治に左右され続けてきた「ユーゴスラビア」としては、ある意味ピッタリの最後だった。この大会を最後に代表引退を表明したミロセビッチは最終戦終了後、「これで1つの時代が終わるけど、 俺たちのサッカーには明るい未来が待っている。 なぜなら俺たちの国には多くの恵まれたタレントがいて、 それは誰にも奪い取ることは出来ないからだ。」とのコメントを残している。上質の選手や指導者を輩出し続ける旧「ユーゴスラビア」。それは国が分離・独立しようとも、予選を突破し大きな大会には必ず名を連ねていることに裏打ちされている。1つの時代は終わった。それは次の新しい時代が始まることを意味する。宗教や人種によって分離を続けた歴史も、今回の「モンテネグロ」の独立で終わりを告げるだろう。そしてこれ以上、選手の拡散も起こることはないだろう。ミロセビッチの言う「多くの恵まれたタレント」による新しいダンスは、今始まったばかりだ。ほな、また。
2006.06.22
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ワールドカップもグループリーグ最終節に突入した。イングランドはスウェーデンと対戦し、2対2のドローでグループ1位突破を決めた。ぼくのワールドカップ全試合観戦という目標のおかげで、この試合もいまだ観戦出来ず(ちなみに今日、ようやくスペイン対ウクライナを見終わった)。ということでハイライトを見た限りの印象だが、いつも通りのイングランドの戦い方だったように思う。今回は累積警告による出場停止を防ぐ目的でクラウチとジェラードをスタメンから外した。その代わりルーニーがスタメンからの出場になった。前の試合から復帰はしていたのでギャンブル的要素は少なかったが、エリクソンとしては、先を見据えて時間限定でルーニーを使い、そのあとは展開次第で他の選手に交代させるプランだったはず。そのプランが脆くも崩れ去ったのが開始4分のオーウェンのアクシデント。これによりあまり使いたくなかったクラウチを使わなければならず、他のプラン変更も余儀なくされた。Jコールと交代出場のジェラードのゴールで勝ち越したものの、終盤はいつものように相手の猛攻に遭い、後半44分にラーションに同点弾を浴び、そのまま終了。毎度のことながら同じような展開を見せてくれるイングランドだが、今回もその例に漏れず後半は攻められまくった。決勝トーナメント進出が決まっている、あるいは想定外のアクシデントがあったことで仕方ないことではあるのだが、以前のブログでも書いたように、試合を重ね毎に内容を良くしていってもらわないと、とてもじゃないが優勝なんて無理な話である。前2戦のパラグアイ、トリニダード・トバゴは正直言ってしまえばランクは1つ落ちるわけで、そういう国が相手だと内容が悪くてもなんとか勝つことができるし、実際出来た。しかし今回のように強豪が相手となるとそうもいかない。現に終了間際に同点弾を許し、勝ち点2を落としている。こうやって書いているうちに、ふと、「何で毎回毎回同じ戦いぶりなのか?」と思ってしまった。考えうるに、理由は2つあるのではないかと思う。1つはエリクソンの保守的采配。もう1つはイングランドが強いから。リオとテリーのセンターバックはおそらく世界最高レベルであり、ちょっとやそっとの攻撃ではほとんど崩れることはないだろう。また最高の選手が揃った中盤ではベッカム、ランパード、ジェラード、Jコールの4人が織り成す攻撃は、相手ディフェンスにとっては厄介な相手である。この4人にはキープ力、シュート力などの攻撃的センスはもちろんのこと、守備的センスも高水準で兼ね備えられており、どんな展開になろうともある程度の戦いは見せることが出来る。そんなイングランドだから、大抵の相手国は試合の序盤を引き気味に構えてくる。イングランドはボールをキープし、相手ディフェンスをこじ開けようとする。FWに難はあるもののなんとかゴールを奪い先制する。そうなるとエリクソンの保守的采配が出てくるわけで、2点目を奪いにいかずそのリードを守りきろうとする。前線を削って守備的選手を入れて逃げ切りを図る。また交代要員として登場する選手もほとんど決まっており、素人が見ても意図がバレバレなのである。素人でも分かるのだから、プロである相手監督・選手にも当然分かるわけで、相手の攻撃がより強くなってくる。守備の強いイングランドではあるが、守備の時間が長くなると、ふと集中力が切れたりすることもある。するとスウェーデンのような強豪はそんな一瞬の隙を見事に突いてくる。これでイングランドの戦いの印象が毎回同じに思える印象が分かった。ならば違う印象を与える試合展開は今まで無かったのか?と言えば答えはノー。昨年行われたアルゼンチンとの親善試合のような例である。相手のレベルが高いから、ではなく、常にリードを許す展開だったからだ。もちろん格下相手と違い、アルゼンチンのような強豪は引いてこないのも1つの理由だが、先制するから保守的エリクソンが逃げ切ろうとするわけで、先制されれば点を取りにいかなければならない。すると後半に入っても引かずに前に出ようとする。ただ1つ印象が変わらないのはFWに難があることなのだが。さて決勝トーナメント進出を決めたイングランド。次の相手はエクアドルである。ドイツには完敗したものの、ポーランド戦を見る限り前線は怖い存在である。しかし、そこは所詮レベルに差があるのは否めない。ということは、次戦もまた同じ展開になるということだ。ほな、また。
2006.06.21
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ワールドカップで盛り上がっているサッカー界ではあるが、その影で1人の選手が引退を発表した。ユナイテッドで「闘将」と呼ばれ数々のタイトルに貢献し、今シーズン途中からは俊輔の所属するセルティックに移籍したロイ・キーンである。長年腰痛を抱えており、「担当医とクラブの医師の忠告により、 残された選択肢が引退だけになってしまった。 セルティックの選手、監督、スタッフに感謝の言葉を送りたい。」というコメントで現役生活に別れを告げることになった。ノッティンガム・フォレストからユナイテッドに加入し、10年以上に渡ってユナイテッドの中心選手としてプレー。今シーズン初めのユナイテッド退団時には後味の悪さが残ったが、ユナイテッドがキーン退団後の後釜を探しきれていないことを見ても、いかにユナイテッドに影響力があったかが分かる。その影響力の大きさが退団につながってしまったのは皮肉な結果だったが、それだけ勝利への執着心があったということであり、ユナイテッドへの貢献度は計り知れないものであった。選手としてのサッカー人生第1幕は終わったが、キーンなら第2幕を初めたとしても必ず成功するだろう。そしてその際には是非ユナイテッドでお願いしたいと思っている。ほな、また。
2006.06.17
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なんでも、某お笑いの大御所は6・7月の目標が、ワールドカップとNBAのファイナルを全戦ライブ観戦することらしい。ぼくもその域まで達したいところだが無理な話。でもワールドカップだけは全戦観戦することにしている。なにしろ98年のワールドカップからEUROも含めて4大会連続観戦中だから、ここでその記録を終わらすわけにはいかない。さて、ワールドカップ開幕から早1週間。現時点で64試合中23試合が消化されたが、ぼくが消化したのはわずか8試合のみ。仕事の関係もあり前半だけ観戦したのも含めるともう少し消化数は増えるが、そこは90分通してこその観戦。しかも基本的には日程順に見たいのが正直なところ。ということでリアルタイムに近い試合レポートをほとんど書けない。前回の日本代表についての続きも少し古いように思うので書くのを止めることにする。日程は予選リーグ2節目に入り、5カ国が決勝トーナメント進出を決めた。A組からはドイツとエクアドル。B組からイングランド。C組のアルゼンチンとオランダ。「死のグループ」と呼ばれたC組は2節を終わって早々と結果が出てしまった。敗退が決まったコートジボワールは細かいパス回しやミドルの威力、さらに身体能力の高さなど、見ている側に「少しでも長く見ていたい」と思わせる戦いぶりだった。一方でセルビア・モンテネグロは大きく期待を裏切った。代替選手に関して騒動があったものの、「東欧のブラジル」と言われるだけのサッカーを見せてくれるのかと思いきや、オランダ戦は単調なロングボール、昨日のアルゼンチン戦に至っては6失点と散々たる内容だった。結果的には順当な結果になったわけだが、強豪国が同居したからこその「死のグループ」。いい感じにもつれ合って最終節に進出国が決まるのが理想だった。それでも例えば進出を決めた2カ国のどちらかでも敗退することになっていたら、それはそれで見たくない展開だった。早々と進出を決めてしまっただけに、もう少しハラハラした展開になってほしかった。ぼくの応援するイングランドも進出を決めたが、トリニダード・トバゴ戦も圧倒的に攻めながらも終盤にようやく得点する有様。いつものことと言えばそれまでだが、もう少し楽な気持ちで観戦させてほしいのも事実なわけで。ベッカムからのクロスで先制点を決めたクラウチも、何度も外しまくって最後にようやく決めた感じ。イングランドに関してはハラハラした展開っていうのは見たくないので、次戦はもう少し楽な展開をお願いしたい。進出を決めたイングランドではあるが、まだ順位のほうは確定していない。最終節のスウェーデン戦に敗れれば2位通過になる。イングランドにとっては進出が確定しているので消化試合的要素もいくらかあるが、スウェーデンはまだ進出が決まっていない。引き分け以上で進出が決まることを考えると、メンバーを落とさず本気でイングランドに立ち向かってくるはずだ。1位でも2位でも進出に変わりなく、1位通過だからといってボーナス的なものもないが、1位で突破すれば決勝トーナメント初戦をA組2位と、2位で突破すればA組1位と戦うことになる。ではA組はどうなっているかというと、先にも書いたようにドイツとエクアドルが進出を決めている。最終節でこの2カ国の直接対決があり、それによって順位が決まる。2カ国とも現在の勝ち点が6なので、最終節に勝ったほうが1位通過になるのだが、引き分けた場合は得失点差の関係でエクアドルが1位通過になってしまうのだ。その場合もちろんドイツは2位ということになる。つまりイングランドが1位、ドイツが2位で進出となれば、トーナメント初戦で顔を合わせることになってしまう。もちろんエクアドルの方が与しやすいわけではないが、強豪と言われるのはドイツであり、ましてや開催国である。いくらイングランドのファンが大挙して押し寄せるといっても、ホームなのはドイツである。また仮に初戦で当たることになった場合、おそらく選手のコメントとして、「いずれ当たる可能性があるのだから決勝でもトーナメント初戦でも一緒」といったニュアンスのことが聞けると思う。それでもどちらか選べるなら後回しにしたいのが本音だろうし、当たりたくない気持ちも持っていると思う。ということで、進出を決めたイングランドではあるが、先を見据えると最終節は完全な消化試合ではなく、体はもちろん、頭も使わないといけない戦いになるのである。1つ付け加えると、イングランドはスウェーデンに対し40年近く勝利がないらしい。そう考えると最終節も楽な展開にはなりそうもなさそうである。まぁこれだけ長々と書けるのも、イングランドが進出を決めてくれたからなんだけど。日本代表と違い、贅沢な悩みの多い今回のワールドカップである。ほな、また。
2006.06.17
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今しがた、ようやく日本対オーストラリアの試合を見終わりました。見た感想としては、「そりゃ負けるよ・・」ってこと。あれだけ攻められて、よくあそこまで持ちこたえられたのが不思議なくらい。攻めに関しても決定機はほとんど無く、パスもまともに通らない。他の強豪国はなんとか客観的に見れるから「初戦は結果が大事」って言えるけど、日本人である以上、日本代表については内容についても大事に思ってしまう。さらに今回は結果も伴わなかった、しかも最悪の展開で。さて日本の初戦が終わって、某スポーツ新聞が、代表選手及び監督の読者採点ネットアンケートを実施していた。それによると、DFから中盤にかけては平均4~5。FWの2人は共に3点台。監督に至っては1,99っていう恐るべき平均点になっていた。でも、それを知った上で試合を見たぼくにとっては疑問の残る採点結果だった。まず監督。確かに策の無さは否定しようがない。試合中に動くことのほとんど無いのだからそう見られるのかもしれない。だから監督としての採点の判断材料は選手交代だけということになる。今回の採点の低さは選手交代で失敗を犯した、成功ではなかったとファンが受け取ったのだろう。オーストラリア戦で行われた選手交代は枠一杯の3枚。坪井に代えて茂庭、柳沢に代えて小野、茂庭に代えて大黒。坪井の交代は戦術的交代じゃなかったので判断材料にはならない。ということは残りの2枚の交代がダメだったということだ。まず茂庭に代えて大黒を投入した場面。89分に逆転されてDFを削ってFWを投入したが、結果的に見れば2分や3分しか大黒に時間はなく、結果を出せということのほうに無理がある。なら、もっと早く大黒を出すべきとの意見もあるが、それまではリードしていたし、89分までは負けてはいなかった。初戦の大切さはよく分かっているはずだから勝つに越したことはないが、最低ドローでも十分だと考えたのではないか。時間的に見ても残り時間は少なかったし、それまでは守備も崩壊していなかった。ここで選手を代えてバランスが崩れるより、疲れはあるものの終了まで乗り切れると判断したのだろう。まぁ、攻め込まれていた状況だったから、前線にフレッシュな選手を入れてチェイシングさせるのも1つの手なので、そう考えると大黒の投入は遅かったかもしれない。そうなると柳沢に代えて小野を入れた場面だ。結果論として小野が入ってから逆転され3失点したわけだから、交代は失敗だった。さらに上に書いたようにバランスを考えると、ここで大黒を入れたほうが良かった。なぜ小野を入れたのかは分からないが、個人的には守備固めだと思われる。これは大黒に守備力がないのではなく、守備のポイントを低くしたということ。本来FWの大黒に前線から守備させる方法ではなく、MFの小野に中盤で守備をさせるようにしたんだと思う。時間はロスタイムを入れて10分強だったから、前からではなく引いて守って、ボールを奪えばひたすらキープの作戦だった。キープ力だと大黒よりも小野の方が上だろうし、中盤の選手を1枚増やすことでゴール前を固めることもできる。だからこその小野だったように思う。ただ小野が入ったことで微妙なバランスが崩れたのか、3失点したのも事実だから結果的に失敗だった。結果を残すことが最重要なので、勝ち点が取れなかったという結果が出た以上、監督に批判は出る。しかしワールドカップ初戦ということも踏まえて見てみると、監督の判断が間違っていたわけではない。ただ結果がついてこなかっただけなのだ。それが一番大切だけど。もう1つあるけれど疲れてきたので続きは次回。ほな、また。
2006.06.15
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プロ野球で史上初の出来事が起こった。巨人・李がホームランを打ったのだが、走者だった小関が3塁ベースを踏み忘れ、ホームランが取り消しになったらしい。ホームランを打った打者がベースを踏み忘れた例はあるが、走者が踏み忘れた例というのは史上初のことらしい。競技は変わって、サッカーのワールドカップでも史上初の出来事が起こった。トーゴのフィスター監督が突如辞任を表明した。これがなぜ史上初かというと、大会が開幕してから出場国の監督が1試合も指揮を執らず辞任したからなのだ。例えば予選突破が決まってから開幕までの期間に監督が代わったり、98年大会の韓国のように予選リーグ2試合が消化された時点で更迭されたことはあったが、今回の件はまさに前代未聞の出来事だった。辞任の理由としてボーナスを巡るいざこざが挙げられている。大会出場給や勝利給などの支払いに関して選手側と協会側の折り合いがつかず、大会直前ながら選手が練習をボイコットしていたらしい。フィスター監督は「ワールドカップで指揮をするのが夢だったが、プロとして決断した」とコメントしていたが、大会を目前に控えながらこんな状況では、大会が始まったところで結果は目に見えている。プロなら何があっても最後までやり遂げるべき、なんて意見もあるかもしれない。しかし、そもそもフィスター監督は今年の1月にトーゴの監督に就任したのだが、その時点ではワールドカップに出場することは決まっており、ボーナスの問題も起こっていたのだが、協会は「開幕までに問題を解決する」とフィスターに約束していたのだ。もちろん「解決できなければ辞任できる」という契約があったのかどうか知る由もないが、まず約束さえ守れない上司の下で働きたい部下などいないだろう。さらにその部下はトーゴ国民の期待を一身に背負っており、世界からの注目も集まっている。そんななかで信頼できない上司と名誉より金を選んだ駒で、どうやって結果を残せと言うのか。「お家騒動」として大会毎に沸き起こるアフリカ勢のピッチ外での問題。特にボーナスを巡る問題は、もう恒例と化している。前回のカメルーンも中津江村に遅れて到着した理由がこれだった。サッカーにおけるバックグラウンドとして、南米とアフリカは似ていると思う。ヨーロッパ諸国からの植民地支配からは抜け出したものの、決して全ての国が豊かになったとは言いがたい。その貧困から抜け出すための手段の1つにサッカーがあり、サッカーで得た、母国にいれば考えられないような金額の、給料で家族を養っている。しかし、アフリカでは起こっているこの問題が南米では起こっていない。では南米とアフリカの違いは何か?アフリカにあって南米にないもの、それが政府と協会のつながりであり、アフリカになくて南米にあるもの、それが“組織”だ。アフリカでは政府の要人が協会の要人であることが多い。ということは政府の意向が協会に反映されやすい。ファシスト時代のヒトラーやムッソリーニではないが、サッカーを通して政府高揚が出来る。またアフリカには長期政権や独裁者が多いように思う。そうなると彼らの子孫も親と同様、要人となる。そうなると政府の意向にそぐわない協会の判断は却下され、癒着の元になっている。プライオリティーは協会や代表そのものではなく、要人自身ということになっている。また、そもそもフィスター監督は、アフリカ予選突破の功労者でもあるケシ監督の跡を継いだのだが、ケシ監督は表向き、1月のネーションズカップ惨敗を受けての解任だったが、トーゴのエースでもあるアデバイヨールとの確執もあった。監督をとるか、エースをとるかの決断を迫られた協会(政府)が下した判断が監督解任であった。また選手間でもケシ監督を支持するグループとフィスター監督を支持するグループに分かれているとも言われており、このあたりに“組織”よりも“個”を優先する考えが見える。ピッチ内でもそれは同様で、戦術を持ち込んだメツ監督に率いられた前回のセネガルや、アフリカでは最先端の組織力を誇るチュニジアなどが(継続的な)好成績を収めているのは偶然ではない。90年代によく言われていたのは、「21世紀はアフリカの時代だ」というフレーズだった。迎えた21世紀だが、優勝候補に挙がるのは毎度おなじみの国であり、そこにアフリカの国の名前はない。選手個人の身体能力を見ればアフリカ勢は南米に引けを取っていない。スピードやナチュラルなテクニックはアフリカ勢の方が優れていることもある。それらを活かし、21世紀をアフリカの時代にするには、体制を抜本的に見直し、選手も含めたサッカーに関係する全ての人間が“個”よりも“組織”の意識を持たないといけない。ほな、また。
2006.06.12
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今日(時間的には昨日)は三宮に行ってきました。以前このブログで書いたこともある広島に住む友人が嫁さんと遊びに来ているらしく、嫁さんは嫁さんで神戸の友達と会うらしく、ぼくはその間の「つなぎ」として呼び出されたわけです。地元の友人とかならまず間違いなく、ワールドカップを理由に断るのですが、年に何回も会えない異郷の親友ということで別なわけです。とはいえその日のうちに広島に帰るということなので、時間的には2~3時間しかありませんでした。喫茶店で潰すには長すぎ、ネットカフェ行くなら「何で呼んだ?」ということになるし、昼間から開いている居酒屋なんて知らないし、という話を喫茶店でコーヒーでも飲みながら考え、結局ビリヤードとダーツをすることに。ビリヤードは数え切れないほどしてるのですが、ダーツは初めて。いざやってみると、これが面白いのなんのって。帰ってきてからドンキホーテにダーツボードを見にいったぐらい、本屋でダーツの本を探したぐらい、はまりました。プレイしたのは「カウントアップ」と「301」(名前があってるのかどうかは知りませんが)。「カウントアップ」は単純に出た得点の合計を競うゲームで、「301」は持ち点301から得点が減っていき、ちょうど0で終われば勝ち、というゲーム。つまり残りが3なのに4以上を出してしまうとダメということ。それは時間も押し迫って、「これでラストにしよう」といっていたゲームでのこと。「301」をやっていて6ラウンド(これもこの言い方であっているのか?)が終わったとき、ぼくの得点は残り45でした。つまり15のトリプルを出せばあと1投で終わることに。7ラウンド目に入って先行のぼく。その時、今までそんなこと言ってなかった(言うタイミングもなかったけど)ぼくが口にしたのは、「1発で決めてええか?」もちろん冗談であり、ド素人のぼくが狙って当てれるほどの技術もないのは分かっています。それがなぜかこの時は口を突いてしまったのです。そしてぼくの手から放たれた1投目の矢は・・・もう言わなくても分かりますよね。まぐれなのも分かってます。ビギナーズラックなのも分かってます。通算成績では確かに負け越しました。これがもしワールドカップならグループリーグ敗退の成績という記録しか残りませんが、記録よりも記憶に残る戦いぶりでした。明日は日本代表の試合です。いい意味で記録にも記憶にも残る試合を見せてほしいものです。ほな、また。
2006.06.11
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いよいよ始まったワールドカップ。開幕戦では開催国のドイツが4対2とコスタリカに勝利。同じ日に行われたもう1試合はエクアドルがポーランドを2対0で下した。ドイツの試合はまだ見てないので結果から判断すると、強豪国の初戦、特に開催国で開幕戦となると相当のプレッシャーがかかるはずで、1対0かスコアレスドローが妥当なところかなと思っていたけど意外や意外で大味な乱打戦になったようで。攻撃陣はクローゼの2得点を含めて計4得点。相手の違いこそあれ、前回大会のドイツは開幕戦でサウジアラビア相手に8対0で勝利し、クローゼもハットトリックを達成していたはず。そこから波に乗って決勝まで進んだし、クローゼも得点王を争っていた。そう考えると今回も順調な滑り出しを見せた。更にバラックがこの試合は欠場していたが、復帰したところでどうなるかってところ。逆に守備は2失点。失点シーンだけを見たけど、完全に裏を取られ2失点とも同じパターン。結局ワンチョペの動きについていけなかったのだが、この問題は今に始まったことではない。今更じたばたしてもしょうがないから、取られたら取り返せ的に試合を進めていけばいいんじゃないか。さてイングランドである。初戦はパラグアイとの試合だったが、1対0で勝利。前半早々ベッカムのFKからオウンゴールで先制。その後も試合を優位に進めるイングランドだったが、決定機は作れず前半終了。後半は逆にパラグアイのペースで進む。何度もゴール前へ攻め入るパラグアイだったが、イングランドがなんとか守りきり勝利を奪った。見ていて思ったことを何か書こうと思ったけど、正直あまり試合について思い出せない。なぜなら、今までのイングランドの親善及び公式試合と何ら大差のない内容だったから。まずまずボールをキープし自分たちのリズムで試合を進める。ポゼッションを競うゲームなら優勝だろうが、サッカーとは得点を競うもの。ボールはキープするもなかなか得点を奪えず、また1点は取れてもそのあと立て続けに追加点を奪えないまま前半終了。後半は相手に攻められながらも相手にゴールを割らせず、時間の経過と共に逃げ切りを図るべく、守備的選手を投入し逃げ切りを図る。そして気がつけば試合が終わり、結果は伴っている。まさに今回のパラグアイ戦そのまま。ただし、これが親善試合ならああだこうだと言えるのだが、これはワールドカップである。さらに大事な大事な初戦である。内容はともかくまず勝ち点3を取ることが重要だった。先にも書いたように強豪国が初戦で苦労するケースというのは意外と多い。そういう意味では合格点に近い初戦だったということになる。さらにはドイツのバラック同様、イングランドはルーニーがいなかった。ルーニーは出場できたとしても決勝トーナメントに進出してからということになる。今回は初戦ということもあって内容については度外視したが、試合を重ねるにつれて結果とともに内容についても成果をみせなければならない。予選リーグ残り2試合である程度の内容と結果を見せ、トーナメントに入ってからはルーニーが復帰し、アクセル全開で最後まで突っ走る。そしてイングランドが優勝すれば、もう文句はございません。さてと、今からドイツの開幕戦を見て寝るとするか。ほな、また。
2006.06.10
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それがスペインという国なわけで。いつの頃か呼ばれだしたのか、誰が最初に言い出したのか、付いたあだ名が「無敵艦隊」。確かに中世の時代には地理的な優位性を利用し、海上を我が物顔で謳歌していた。しかし時が経ち、舞台をピッチの上に移すと、名前ばかりが先行し周囲の期待を裏切り続けてきた。昨日行われた親善試合、スペイン対クロアチアの試合。試合を見たわけではないので詳細は省くとして、2対1でスペインが勝利した。日本代表を応援する立場としてはクロアチアが負けたということで、最初のオーストリア戦以外は結果が出ていないクロアチアに対して楽観論が出そうにもなるが、如何せんまだ本大会は始まっていない。オーストラリアのビドゥカ同様、クロアチアにも長身プルソがおり、その周りを衛星のように動くクラスニッチがいる。スルナ、バビッチのサイド攻撃は脅威だし、プルソもサイドに開きチャンスメイカーとしての役割も果たせる。そんなことよりスペインだ。クロアチア戦の1失点はオウンゴール。デルオルノの怪我によって緊急招集されたペルニアのFKとトーレスのゴールで2得点らしい。さらにはPKも1本もらっていたらしいがこれは外したらしい。現在のスペインの魅力は何と言っても中盤センターの人材の豊富さ。召集メンバーだけでもシャビ、シャビアロンソ、セスク、セナ、アルベルダ、イニエスタ、と、2チーム作っても余るほどの戦力を有している。アラゴネス監督はこの戦力を最大限使うために中盤3枚の4-3-3を導入しようとしている。ただそうすることでサイドからの攻撃が手薄になり、どうしても真ん中に集中している。ウィンガータイプの選手のコンディションの悪さや人材自体の不足などもあるが、親善試合を見る限り、レジェスやホアキンなどが出場しているほうが、攻撃にリズムが生まれているしチャンスの数も多い。ビセンテの落選は痛いところだったが、それにしても戦術に疑問は残っている。また、4-3-3にすること、そしてウィンガーをあまり置こうとしないことで、ラウールをトップ下のトーレス、ビジャの2トップで前線を組んでいる。スペイン代表のFW登録はこの3人のみ。誰か1人でも調子が悪ければ、即チームに悪影響を及ぼし、しかしながら交代させることもままならない。その分中盤の選手を変えることで流れを変えることも出来るが、人数は1人少ないまま戦うのと同じことになってしまう。アラゴネスの頭の中にはこだわりというか、アンタッチャブルな存在だったラウールは外さない、外せないという考えがある。もし勇気を持ってラウールを外すことが出来るなら、中盤の人材をより有効に活用することができるように思う。なんならセスクやイニエスタをラウールに変えてもいいんじゃないか。開幕前には必ずといっていいほど優勝候補に挙がるスペイン代表。それだけの選手が揃っているのは疑う余地のないところなのだが、毎回期待を裏切り続けてきた。そして今回、予想ではずば抜けたブラジルの本命度と前線の不安から、前評判は決して高くない。それでも結果だけを見るなら2004年のユーロ本大会のポルトガル戦以降、スペイン代表は22試合を戦い無敗で本大会に臨むのだ。つまり結果だけなら「無敵艦隊」のあだ名は間違っていないのだ。とはいえスペインはスペインであり、「無敵艦隊」がスペインなら、何度も言うが、前評判をことごとく裏切ってきたのもまた、スペインである。ほな、また。
2006.06.08
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高齢による弱体化を防ぐためにディフェンスの再編が必要なミラン。その中で右SBを務めるカフーは、プレーの幅を広げるためにCBでプレーすることを考えているらしい。「周囲の人間が言うように僕は歳を取ってしまった。 しかし、かつてのバレージのように中央からディフェンスを統率することも 良いのではないかと考えている。 CBを経験することでプレーの幅は広がる。 それに僕はポジショニングセンスには自信がある。」最近では1つのポジションしかこなすことの出来ない選手は少なくなり、複数のポジションをこなせる選手が増えてきている。使う側の監督としても代役が効きやすく、そういう選手を重宝する傾向にある。今回のワールドカップのような短期間の大会になると尚更、顕著である。また複数のポジションをこなせる選手というのは、FWよりも中盤やディフェンスの選手に多く見られる。選手としては、複数をこなせることで出場機会の可能性が増え、監督としては、先にも書いたように代役が効きやすい。今回のアルゼンチン代表を見た場合、サムエルやサネッティが落選しエインセやクフレが召集されたのは、監督の好き嫌いや実力もさることながら、ユーティリティ性が決めての1つだっただろう。さて、カフーである。所属するミランにもCBと左が出来るマルディーニやカラーゼ、今シーズンで退団したがCBと右の出来るスタムなど、複数ポジションをこなせる選手はいる。クラブで練習や試合を通してこれらの選手を見ている間に、また自身の年齢や残りの現役生活のことも考えて上のコメントをしたのだろう。カフーの代名詞である機を得たオーバーラップや、いつディフェンスに戻ってきたのか疑いたくなるような走力。数年前、ある雑誌でカフーに関する面白クイズが掲載されていた。5択のクイズで「『カフーは寝て待て』の正しい説明は?」というもので、選択肢は以下の通り。1、「俊足の右SBは出現を待つしかない」という強化委員の諦観2、「奴は上がったら戻ってこないんだし」という味方DFの覚悟3、「上がりを待って裏でも狙おう」という敵SBの作戦4、「寝ない待たない」を旨とするカフー家の家風に対する皮肉5、「カフーよ、たまには上がらずに待てないのか」という監督の嘆き現在のカフーを考えると、何個かは間違っているものもあるが、当時のカフーには全てが正解に思えるほど的を得たクイズだった。いささか抽象的だが、だからこそのカフーであり、CBで相手FWと1対1のカフーを見たいとは思わない。サイドで上下動を繰り返し相手を混乱させるのがカフーなら、その行動で相手だけでなく味方や監督さえも良い意味で諦めさせるのがカフーだった。ユーティリティが重宝される現代に1つのポジションを極めた選手として、現役を全うするのも悪くないんじゃないか。所属しているミランには、先にも書いたように、マルディーニやスタム、カラーゼなどの先駆者はいる。しかし、カフーも名前を出したバレージや先日引退したアルベルティーニなどは、ミランで1つのポジションを極め、全うして現役を終えた。クラブ一筋と移籍してきた外様の違いはあるものの、“カフー”の名前を残すなら、結果は見えていると思うのだが。ほな、また。
2006.06.06
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さて、またまたまた更新が滞ってしまった。訳が分からないまま忙しい日々を過ごしていたが、ワールドカップまであと4日。ぼくの心のモードもワールドカップへ向けて高まりつつあるし、このブログもそろそろキチンと更新していきたい。で今回はワールドカップと関係ない話題。タイトルのように、ロベルト・バッジョがユベントスに復帰する可能性があるらしい。といっても選手としてではなく、クラブの副会長としてだが。現在、イタリアで騒然としているユベントスの不正疑惑問題。この問題の影響でユベントスの役員連中は総辞職したわけだが、クラブとしては新しい役員を決める必要があり、バッジョに副会長のポストをオファーしたらしい。バッジョの代理人曰く、「復帰するとは断言できない。 しかしながら実現することはない、とも言えない。」と、今後の行方を注意深く見守りながら慎重に検討する様子である。バッジョとしては、わざわざ火中に飛び込むような現状は避けたいはず。しかしながら5年ほど所属したクラブに愛着があるのも事実であり、窮地を救いたいという思いももちろんあるだろう。個人的にも、選手としてではないがサッカー界に復帰するバッジョを見たい気持ちがある一方で、このタイミングでの復帰には反対する気持ちもある。クラブ側から考えた場合、今回の騒動でクラブのイメージは大幅に下がり、株価も下落の一途を辿っている。さらには優勝を剥奪され、下部に降格という事態に陥ると、ユベントスというブランドはボロボロになってしまう。そうなると、クラブはイメージアップをまず図ろうとする。どうすれば手っ取り早くブランド力が回復するか、株価が上昇するかを考えたときにまず思いつくのが、クラブのシンボル的存在だった選手をフロントに招き入れること。つまり今回のバッジョへのオファーになる。選手としての能力に疑いの余地はなかったバッジョだが、フロントとして、クラブの経営であったり強化の面でも成功を収められるかは未知数である。もしかしたらピッチ同様のファンタジスタ振りを発揮するかもしれない。こればっかりはやってみないことには分からない。1サッカーファンのぼくでさえこう思うのだから、経営のプロである人間に分からないはずがない。その上でバッジョにオファーをしたということは、バッジョに期待していることはフロントの改革、ではなくクラブのイメージアップのための広告塔ということになる。そう考えると、そんな哀れに映るバッジョは見たくないし、考えたくもない。もちろん、バッジョがそれらを全部受け止めた上で復帰するなら、それはそれでカッコいいのかも・・いや、やっぱりカッコよくないし、見たくない。ほな、また。
2006.06.05
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