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挿し木床 鉢上げしたクロトン 商品管理の勉強をしなくてはならない 親不孝と言う言葉があるので、恩師不幸と思って過ごしてきた。この前は東京で育ててもらったご夫婦にも挨拶にいけたので、今度の上鹿の際には、心から恩師とおもっている高校3年の時の副担任の先生に挨拶に行きます。 受験の準備で落ちこぼれてた私にはっぱをかけてくれた先生です。職員室でいきなりボディブローを受けてしゃがみこんでしまった。教職員が何があったのかと驚いたそうである。その後、時間外に生物と数学を教えてもらった。お金がかからない国立を受けようと思っていたので勉強が必要な時であった。2年生の時、突発性難聴になってから若きウエルテルの心境でうつうつと過ごしてたときの救世主と思ってください。先生の努力にも係わらず、受験は失敗におわりました。予備校に通うことになって、先生に下宿の世話にもなりました。奥様の実家の近くでした。あの頃のことが懐かしく思い出されてきます。 浪人時代の青春を過ごしながら、磯の庭園から桜島を眺めたとき、進路を変更した。環境への興味を感じたからである。教えていただいた生物を基礎にして今の私の生活と趣味の世界があると思う。学生時代の行きかえりに何度か先生宅にも泊めてもらった。奥様はずい分前、与論にテニス仲間で来島されたことがあったが、それ以来にお会いすることになる。与論高校のテニス部がちゃんとした指導をうけられたのは先生のおかげだと思っている。語りたいことはいろいろあるが、夜が明けてしまった。小雨が降ったようだ、畑を見回ろう。
2007.10.30
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久しぶりにアサギネットを検索してみたが新しい情報が上手く検索できなかった。しかし三重の記録で再捕獲を確認できた。 今朝、第2陣の渡りを確認し、マーキングをした。最捕獲はできなかったのでデータについては後日まとめて報告したい。 オオゴマダラは幼虫の数が10頭以上を見つけることができた。昨日、通称、ハニバンタでベニモンアゲハを見かけた。 クロトンの町並木を作りたい。 紅葉がないかわり クロトンの色がきれいな秋になりました。 虫の声も・・・。
2007.10.29
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ペンだけでは人は動かない 重機の機動力と鍬・スコップ・バケツにいろいろな自作の道具 それが 人の輪をつくる まるきのー 誰かが指導してくれた言葉。 誰がマルクの課 ○枯れるのか。 パソコンの変革違い。 夜が開けた。 そろそろ活動しましょう。 「農地・水・環境保全向上対策」で地域に活力を!大島支庁農村整備課 からのチラシが週の知らせに入っていた。私の待ち望んでいた記事である。「ドゥ(私達)の地域はドゥーナで」私が農村振興運動を担当した時は昭和55年でした。農村三作運動を農村振興運動と名づけて活動したのは時の鎌田県知事だった。いろいろ鹿児島弁の標語も生みだされた。「自らを興す心が村づくり」が一番すきだった。妻の父も同じ担当をしていて、出水郡の野田や高尾野を先進地視察したあと構造改善事業について教わったり議論したりしたものであった。母も「農村振興運動の踊り」など熱心におしえてもらったことが懐かしい。その構造改善事業の変わり目の、経営構造対策事業を担当することになった時あらためて農村の現状を考えることとなった。 過去はそれとして、めまぐるしく変わる農政に対して、やはり地域興しは人の輪だと思える。結い、共同作業である。水の管理が国の管理につながる所以であろう。 さて、いいたいことは私の町の「農村環境計画」がどのように実行されるかにかかっていると思う。私は役場在職中に計画書の策定委員の一人でもあったし、助言者でもあったので、この計画書を大切に手元にとってある。世界遺産としての県の目標もこの計画書に盛り込まれていると思う。もう一度、特に担当の部署に配置されてる方は熟読して欲しいとおもって書いている。そうでない部署の職員も目を通して欲しい思いがある。 その担当分野以外の連携が特に欲しいと思う。地域に帰ればいい知恵が浮かぶ。やれる事からはじめなければならない事に気が付く。法を説いても、水は待ったなしで流れてくる。「KAMあまみ21」の活動は次の奄美振興事業につなげなければならない。自立自行の精神を思い起こそう。
2007.10.29
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上は有機商品市場での夕食材料の物色 下は生ごみを使った堆肥作りの実習 そろそろオーストラリア研修のレポートを作成しよう 朝の散歩の途中、かねてから欲しかったニンニクの球根をもらったので早速植えることにして、畑を鍬で耕した。去年、イギリスのトマトを栽培した場所だった。耕す度にミミズが顔をだす。嬉しくて鍬を振るった。朝食まで頑張って家に戻る時腰の痛みに気が付いた。ぎっくり腰は未だ経験してないので、普通の腰の痛みだろうと思ったが、今朝起きても未だ痛い。 昨日は腰の痛みを気にしながら、倉庫の片付けをした。古い家を取り壊す準備作業にかかっている。ずい分前にブログで紹介した木の根っこの彫り物も片付けた。今日は古畳などを果樹園の下草防止に敷いてみよう。 午後からは集落の共同作業の溝掃除がある。先週の日曜の続きで重機類を使った大掛かりな作業だ。彫り上げた土砂は、ダンブで私の畑に運んでもらう相談をしている。ドブの土だけれどいずれは腐葉土になるよう枯れ草などと混ぜるつもりで居る。不用品を有効に使う工夫が資源の有効利用だ。ゴミ処理を資源に活用する手立てはないものだろうか・・・。
2007.10.28
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イミヌプリムヌ(夢は奇想天外)と祖父はよくはなしていた。夢占いをしていたようだ。坂道や崖を苦労して登る夢は途中で目が覚めたらいい夢で上り終えたらわるい夢だとはなしていた。魚釣りに行く前の晩は うんこの夢は善し女性の夢は凶などと言ってたように思う。 眠たくて眠たくて8時前から今朝の6時前までゆったりと眠る事ができた。アルコールガ切れると眠れない事がしばしばあったからよく眠れたのは良かった。夢は親戚の人たちが新しい飛行機の就航式で来島するので祝賀会に参加するとのことでにぎわっているのに私は会場にいるのに布団のなかでのうのうとしていた。飛行場を砂浜に俄かに作ったというので、面白いので起きてみたら、なるほど砂浜を均して踏み固めただけの長い長い飛行場であった。会場は花の品評会やらべつの色々なイベントの準備をしていた。親戚の顔ききの面々も準備でいそがしかった。(亡くなったはずの)F雄おじさんが宴会の係りだと聞いて心配のなったが飲み物だけは用意してあった。そんな会場を見回っているところにやけに白い飛行機が着陸態勢で東の空から降りてきた。申し分の無い着陸態勢だとおもった。滑走路の砂地に車輪をつけたとき飛行機の胴体は沈んだり浮いたりで砂に半分は埋まったまま止まってしまった。飛行機の操縦士らか一生懸命らしいのに誰もあわてる風も無く、助けに行く風もない。飛行機の頭から、からふるな気球がだされて持ち上げようとしている。機体が少し浮いた窓からはお客が酸素マスクをつけて外に出てきた。なるほど、其の手があったのか。拍手でむかえることにした。親戚の若い州も迎えることが出来たが顔は思い出せない。 人物は実際夢でみたときと、思い出すときは違うことがよくある。願望がでたり、おもいだしてはいけない人は無意識にマスクされるのかもしれない。夢を見ることによって現実からの逃避である、願望の成就であろうか。久しぶりの夢は私の願望そのものである。ありもしないことを、できもしないことを夢のなかで成したい願望である。やらなければいけないことがプレッシャーとなっている。ここらで、あらたにネジを巻こう。数日来の出来事は反省し、ブログの良い点 悪い点についてあらためて勉強し与論情報サイトの名を汚さないように努力します。ただ書けばいいではありませんでした。いい読者と交流が真の目的です。人格と人権を失い記述は慎みたいとおもいます。気が付いたら、注意してください。上昇トレンドさん 本当にありがとうございます。ホヤさんも、今後ともよろしくお願いします。 オオゴマダラが庭にやってきて舞っています。しょしょう動きが遅いが、2頭いておっかけっこしているのでもしや、と捜していたら妻が卵を2個みつけました。一令幼虫もいるようです。このまま土着が確認できればと期待をふくらませております。偶然にも垂水市の教育長になられた肥後先生の便りも届きました。ベニモンアゲハを追いかけた時の記憶がよみがえって益々土着の確認に心がけたい思い出います。
2007.10.27
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サンシャインコーストの夕日 昔読んだ本を取り出してみた。小森幸正著とあり、かなり難しそうだ。サイデルの5収差などにアンダーラインが引いてあるが、さっぱりと記憶に残っていない。天文学への招待、などが実用のオーディオや「明日の田園都市」などと並んでいる。 季節がかわっている。あきのひのびおろんのためいきのみにしみて ひたぶりにうらがなし だったろうか
2007.10.26
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2007.10.25
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2007.10.25
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千夜一夜物語。
2007.10.25
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2007.10.25
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何も無い から
2007.10.24
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独り寝の かぐや姫。 絵が描けたら」いいのになー。 ベランダで お月見。 贅沢。
2007.10.24
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課fラオkr」 ウjタtr 行くbん。 も 寝たい、 ぱそこんと 10ぷんもにらめっこしてた。 時運の ぶす7真木綿も かがやtえいtのかな^・
2007.10.24
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これは 実録である。天井の玉手箱に残された記録の一部。 鹿児島市武町三島産婦人科 大西方 竹 盛窪 殿 与論町 古里 竹 正起 今年も亦残り少なくなり お正月がどんどんと迫ってきました。元気で頑張っていることと思います。もう来年はいよいよ成人、御目出度い成人の通知を教育長より戴き考えを深くさせられます。竹下 ○○さんも帰るとかと言う話を聞いています。帰らぬのは君一人になるのではないかとも考えられます。成人式の洋服は四万円位はするようですが帰るなら買う金は大丈夫です。一週間ですから勉強の方にも大した影響はないのではとも考えられる。亦、来年の志望大学のことも帰って話しあったらとも考えられる。 今年の南瓜は定植当時、10月8日から約四十日の雨が降らず大変いたみ、其の上、家つくりが多く手が届かず自分で着果してしまい、五日第1回集荷、11日は第2回で私のものは2回とも30キロぐらいでしたがもう来る18日、3回目はこれ以上置けぬので500キロ位出る見込み、価格も今のところふるわず、しかし、少し上がって来る見込みです。 中略 鹿児島等大分冷える事と考えるが布団等はそれだけで良いか知らせ。ではこれで止める、体に気をつけて頑張るように 十二月十四日晩 父 盛窪へ 古里1283番地 竹 盛窪 様方 竹 美知瑠 様 成人式の案内の往復はがきを前にして。 ぬれにぞぬれし いろはかわらず あまの小船の つなでかなしも やっとこさ 5時脱字は お許し下さい。
2007.10.24
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どこに こ 毒者があるのかと思える映像を。 赤の色の ドリンクを 一杯。jつは私の家は スナック真弓なのですが、 きょうは 主人ひとりなので まー ひるまです。 美味い。どこに感覚があるのかと思うほどに おいしい。 れいぞうこの 泡と レッドじんじゃー きゃろっと そんなのを飲んでみた。 もう の見飽きた。 ご飯 お米のも食べた。 カロリー計算も 寝たきり食と 活動食事とは 多分に違うだろう。 私は 食料の生産者だとおもっているので 大きくはいえないが ゴミは しげんである。 力のあるうちに 溜めて蓄え ひでりのときに・・・・。
2007.10.24
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今なら未だいい。冷蔵庫に 一杯あるし すきな かっぷらーめんも お湯は 今朝 湧かしすぎて 穴が開いてしまうほど。 お湯を沸かすより ミミズのほうが大切なんだから。 世の中来るって居るよ。 そーなんだけれど 真面目にだよ、 与論の歴史本当にやる気があるのかなー。 私は 農学者でいいとしても ちょっとうのぼれ 本格的に 地学 歴学 心霊学 そんなにはないけれど 時間と空間を活かせる 思いがある 指導者と戯れたい。 沖と名は もっと高い視点で。 人工衛星をみあげながらも おもうことです。 実は さtっやんに ご挨拶。 もりぎょう 先生と 南 の じんちゃんもつながって さんしんの おとが聞こえて気m、明日。 雄ひり前なのに。 ダメな情事。 あしびんちゅ だから。 がしゃんちゃー ならんぬしんがよー、。 にゃー ぱんかたなてぃでんどー。 あきぱてられて あぴゃーからん ぴんぎらりてぃちゅーさ。 がんなてぃ。 あぬ もりくぼや ちゅーさんどー。 がんちがでぃ。 そーさー。 わなー ほーむらんや 内名ランぬしが ブラ父や うちぷだ と くーるもうしゃーや得意でんだー。 しょんしゃー 泳ぎと つりは 難破ではないよ。 ただにして 流れるばかりだから。 パピヨンを思い出す、 自由とは・・・。
2007.10.24
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もちろん 健康。 歩けます。 目も耳も 少しふべんですけれど。 手は かって次第。 いやはや 地球を動かそうとは思いませんが 左手はほほじゅえついて 片手で 右手で パサオコンと 戯れています。 55の手習い・。 3分待ったら 酔い覚め。 現実が待っている。 これからが 活動。
2007.10.24
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めがね忘れてきたので おもいでの はなす。 むかーしむかし 天文 缶のはずれでしょうか お月や 交番所 というのがあった・。 私の泊りは にっせんれん だと思う。 アル研修会で 子供をアズカッタ。 自分の息子と同じ年頃だったので、 ほったらかしていきつけの飲み屋で酔って帰った。 鍵が無い 内鍵か 外の窓からもあかない。 仕方ないので kぁうんたーに言った。 貴方 酔ってますね。 それは そうです。 ひさしぶ理 の 鹿児島ですから。 と そんな事 いいながら またもや の見直し。 どこを歩いたか解らないほど は のんではいないけれど 鍵を お願いします。 そんな 思い出。 でも お月野の ジャズ 喫茶は覚えています。
2007.10.24
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yuuhi の画像が星かったけれど 携帯から妻の声がはいり どらいあうとでした。 本当は カール・セーガンを 取り出していたのです。 宇宙的 ぱー ほうまんす。 木村 役と やくのかね。真実を追究すのが趣味だとすれば その連れ合いは どういきるであろうか。 連星 という 物体がある。 何億年もつずく そのえねるぎーの 葛藤は地球にもとどくなのだろうか。 昨日は、 パソコン教室に 行かなかった。 いけなかったのではなく なんとはなしに 飲みたかった。 そんな思いでいたときに 知らせが来た。 ずいぶんとお世話してくださった方の送別会。 郷土研究会の先輩とも久しぶり。 のもう会を宣言してしまった。 車とデジカメ忘れてきたので 8時の出勤バスで街まで行こう。 昨夜のかえりに 千円を渡したら お釣りが 8戦円を超えていた。 ひょっとしたら これが賄賂。 ちゃんとした道 とおってかえったつもりだけれど。 オアシスで相手してもらえず カトレ ワで歌って踊ってきました。 女性ばかりで たいへんさー。
2007.10.23
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Butterflyもし地球が蝶になったら 何のために生まれてきただろう? 一度でもそう思ったことのアル貴方! 是非 この本を開いてみてください。 貴方も、 未来を変える力を持った大切なひとりなのです。 ノリ・ハドル/きくちゆみ著 ホームページ作成のための課題を手がけてみたがどうもアクセスできない。これがあくせくしているとのいましめなのだろうか。仕方ないので 色のついた本を開いてみた。昨日来から網をもって歩いた 蝶々の本ではないか。 副題の もし地球が蝶になったら まともや 夢をみたのかと疑いたくなる。 それは まずはとっといて、 身辺の整理をしなくてはならない。 資料が散らかされて、何から始めていいか解らなくなった。 子供の頃は 10人家族だった。 食台が子供心には大きく見えた。 今も 夫婦二人きりでは 物足りない食台。 母 キクが注文した。 食器棚も そして 応接せっとも。 私には似つかわしくないと思ってくらしたが いつの魔にか 当たり前になってしまった。 葬式や結婚式ができる間取りを考えて設計したのが当時、借金コンクりーと、と言われた我が家である。 今、又私は、曽祖父の建てた家を壊しにかかっている。罰当たりといわれても仕方ないが、 バチがあたらなければ、太鼓はならない。 このバチがあたる息子に 記憶は薄れるが 記録は残る話が聞けたらと思う。 ツルゲーネフか 菊池 缶でも抱いてねようか。 そぞろよにしみ ハイソサエテイの 目ちゃんに憧れ氏 日々のくらし より。
2007.10.23
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1番早い おれんちの鉄道。そういえば、 草道・ 道草。 文月 今日古 古いはなしですが 杏の里のイメージが忘れられません。 それと 菊か 町だったか 押し花と マンジュウシャゲの棚田の風景が なんねん経っても忘れえぬ思い出です。 私は大和の人にあこがれて結婚しました。 やまとの人は ランクが違う・・教育だったのかもしれません。 今西、思えばですけれど。
2007.10.23
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人が輝き・島が甦る・おんりーゆーの島を目指して。 面白じゃーなるの 鈴木 建次さんの講話にあったような、記録を見つけた。 よく 話題を作る人だとおもってた。 日向子さんも 特に印象が深い。 私は祖父に 論語を聞かされた。 論語読みの論語知らずで、 祖父は農学校出であった。 サトウキビの製作で勉強してたと思う。 そんなことも 露知らず、 忙しい息子と妻(母)は 新しい農業の模索をしてたのかも しれない。 母は当時の新生中学校で 文革をおそわったのだろうか。 尋常小学校、と与論中学校のハザマにあった。 父は 昭和4年、 母は5年 みじかな歴史の 勉強するにあたり記録は怖い。 ゆんぬ の記録である。 私の祖父の 先輩でもある。 私が 書いてることは 私の趣味であり 楽しみであるけれど 火葬にされるには 忍びない。 焼かないで 焼いて と それぞれの 思いはあるけれど。 さわありんなんでしょうか・。 夜明けが待ちドウすいい。 ど0-しいまい おしい米にならないように。
2007.10.22
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ありばい つくるもいが もっと真剣で酔う。
2007.10.22
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さぎし 不思議なエアリアがある。蝶のロリコンに霧消に誘われて、通称ビャーヌパンタへ行った。いたいた、アサギマダラがアワユキセンダングサにぶら下がっている。やはり数日来の北風にやってきたのだろう。昨日は町民一斉清掃の奉仕作業で1日を過ごした。昨日は確認に廻っていないので到着の日にちは定かではないが、30頭以上は目視した。あみで7頭すくったが、マーキングは見つからなかった。古い羽を確認したので、おそらく飛来であろうと思われる。観光客らしいい夫婦が近寄ってきてくれた。マーキングを2頭して蝶の渡りをおさわり程度に・・・。多分、知っている方のように感じた。 今日は アマンの開店日。移住して丁度1年になるという。 妻が昼過ぎの飛行機で鹿児島へ・・・。 アマンで昔のろまんの話をしたかったが、 お昼からは ちょっと不謹慎だ。 飛行機を見送ったあと寄り道して写真撮影。 座万宮枯れ といいたいけれど、 沖縄はまだ暑い。
2007.10.22
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昨日のつづき・・・。 通学路の金木犀が今でも目に浮かぶ。10月になればあの甘酸っぱい香りがあちこちで漂ってたものだ。 きんもくせいはどこだどこだとまごつかせ・・・、とうたわれているのは、樹のあるところより遠くの方でその香りが強いからのようだ。秋にもくせい、春に沈丁花といって香りの高い花の代表だ。くちなしも香りは高いが僕はあまり好きではない。年増女を思わせるからだ・・。 花の美・香り・色は女性を感じさせる。かわいい女、知的な女、色っぽい女・・・。コスモス、ユリ、芍薬、ひまわり・・・、街を歩く時その女性のファッションと照らし合わせて考えてみる事も楽しいものだ。女性も花も、色や形より香りのほうがより大切ではなかろうか?きんもくせいのことでこれだけ想像できるから楽しいものだ。どこどこにどの樹があったなどと思い出せばきりが無い。東京の街並みよりむしろ樹にまつわる話しのほうが印象深いのも不思議だ。そういえば、金木犀の咲く頃に、よくセンチメンタルになったものだ。ほとんど同時内容だったのだろう。今にして思えば、寒い冬を迎えるための心構えだったようで、秋も深まるころになる頃には自分なりに考えがまとまっているか、どうしてそんな事考えた解らなくなってしまう。 さてさてと7月から始まった家の工事だけれど今月一杯で完成するだろう。家ができあがったら家具類をそろえたり庭いじりする楽しみが増えるが、また で終わっている。 長いお付き合いに ありがとう。 今日もアサギマダラを探しに行こう。夜明けが待てないので昨日止めて帰った軽トラックをとりに散歩してこよう。大犬座がちょっと霞んで見えている。
2007.10.21
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夢があ何かがしたいけれどまだ わからない。 それは 青春時代の思い出。 今、なら金も、地位も 実力もある。 しがらみこええて、やってきたのに、 僕の尊敬する 実力者が齢をとってしまった。 今朝、かぼちゃのの花のことを、 妹の手紙でしらせたのに、 きょうのしらせは 二度と会えぬ この世の人。 カボチャの歴史が これで途絶えるのか、 そんなことはない。 私に、もっと思慮があるならば、 何かができるはずだ。 父、の生存中に、 植物防疫の話しをもっと切手おきたい。 本土とは、沖縄とは。 持ち込みはいけないけれど、 地球は戦争の 船上ではなかろうかと。 大分、 酔ってますね。 もう、 寝ます。 寂しさに 何処も あきの ゆぐれ。
2007.10.21
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訃報を聞いた。与論かぼちゃを最後までまもり続けた 人生訓をおしえてもらったお方でした。父の向かいとなりの病室だった。 そんな、私を導いてくださった方々の入院をみると忍びない。 私も、父とその家族も申し分なく生きてこれた。 少しぐらい、我慢の時であろう。 今朝は 集落清掃日。 新しい動きができているみたい。うれしいことによってしまった。 むらつくりの、 原点に帰りたい。 ふるさと を ふりかえり 未来のふるさと。 今、 ふるさとを 試したい。 写真は、 次回。 有泉 を 贈りたいけれど、 ヒットした方は 憲法がきついぜよ。 遊びに きてよね。 とりあえず、 魔昼間。
2007.10.21
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ミミズの土づくり研修 不定期に島中を見回りしている。希少野生動植物保護推進員をさせてもらっている関係で。シロオビあげはチョウと似ているが、お腹の紅色が明らかな違いである。昨日はアサギマダラを探して廻っていたので、2箇所でベニモンアゲハを見かけた。幸いに写真撮影できたので、もう一度載せてみよう。この蝶も北上している迷蝶の仲間である。このほかにリュウキュウムラサキやアオタテハモドキも土着していると思われる。アオタテハモドキは自宅の周辺で確認している。この蝶はもうあまり珍しくもなくなったがそういえば一度も写真を撮ったことがないので記録に残しておこう。 昭和54年11月17日(土) 昨夜土砂降りだった雨が今朝までしょぼしょぼと降っていたが、出勤時の止んでくれて、いつものようにオートバイで出かけることが出来た。観測を終えた後、一月以上も前の妹からの手紙を開いてやっとペンを執りあげている。明日の日曜日は、ビニールトンネルを建てるのだと父があくせくしているのでどうしても晴れて欲しい・・。どうやら青空も見えてきているので天気は回復するのではなかろうか?今年の春は雨が多かったけれど、秋になってカボチャの仕事をする頃になってまた雨が多くカボチャ畑の準備ができず父をくさらせていた。が、何とか植え付けも終わり、4・5日ほど前からカボチャの花が咲いている。これから1~2ケ月が最も忙しい時期になるだろう。学生時代の田舎の父の便りは、決まって仕事が忙しいということばかりに終わっていたが、いざ自分で帰って来て手伝ってみると、父には仕事のほかには何をするのでもないのだから当然だったように思われる・・・。暇の日は全く無く、いつも忙しいのであって、たまの祝い事、葬式があると、仕事が遅れると嘆いてばかりいる・・。 知らせが届いたかどうか・・?親戚のKさんが腸に虫がいる病気で亡くなった。51歳だからまだこれからだろうに・・。人の一生は本当にわからない。次女の和江の結婚式から帰ってから2ケ月ほど入院してたと言う事だった。幸と不幸は隣りあわせ、運命とは諦めきれない時に使うことばのようで悲しいものだ。 さて、東京の暮らしはどうですか?便りよると、なかなか考え深けでいるようで結構なことじゃないか・・。自分がどんな人間なのか、何をしたいのか、何のために生きるのか、確かな答えを出せる人はなかなかいないと思う。一生涯を通じて人ははそれを自問しながら生きていくものであって、こうだとかああだとかを他人について言えるものではないだろう。しかし、より長い人生を歩んできた人は何がしかの助言をすることができるかもしれない。長くなるかもしれないが、思いつくままに書けたらと思う。 平成19年10月21日そろそろ夜が明けた。犬のチレットと散歩にでかけよう。今日はきっとアサギマダラの集団が視られる事を期待し、できたらベニモンアゲハにも出会いたい。
2007.10.21
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先日からうろうろしてたアサギマダラを網ですくった。オスと妻がいう。ピャーヌパンタでマーキングしたYTの3固体のオスかメスかを間違えたかもしれない。羽の印を考えないで、おなかにあるタマゴを触ってみるか、オスだったらヘアーペンシルを出すかで見分けることに注意をしてたのである。 ヘアーペンシルを出さないオスはひょっとしたら生まれたてかもしれない。 蝶の世界ではオスが早めに羽化して成熟したころにメスが羽化すると聞いたような気がする。成熟したオスは 羽化したばかりのメスを待ち構えて交尾するとか・・。人間の世界では 無い事であろう。 哺乳類だったら、オスもメスも成熟(幼年期をすごしたあと)しないと子孫をのこせない。 ちょと、時間がないので続きはいずれかで。今晩のパソコン教室がこれからの私の仕事を作る手立てになる。あと4回で卒業予定だが、 果たして終了証書(ホームページが開ける)がもらえるだろうか? ベニモンアゲハが土着したと思われる 記録を写真で残しておこう。 写真のアサギは自宅で撮影したもの。先日のとは違う個体であった。いちおう、マーキングして放した。
2007.10.20
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地形を利用したテラス式別荘 昭和54年11月25日 (日) 慶子(妹)への手紙は書いたまま出していない。今日中にポストに入れよう。一週間あまりこのノートを手にしていないが・・・。 小説を読んだり、他のことに忙しかったせいだ。今朝も小雨が降った。少々冷たい。おかしな天気が続いている。 カボチャの花入れ(受粉)を毎朝手伝っている。ヤマダとぺーの畑を担当している。約、1時間ぐらいの作業である。毎日欠かさずしなければならないから大変な仕事だ。父は本当に偉いと思う。 略 平成19年10月20日(土) 今日は 与論中学校創立60周年記念の日である。私は第20回卒業生である。昭和8年生まれのF雄おじさんが第1回生だと自慢してたのを思い出す。奇しくも今日、鹿児島で昭和27年生まれの同窓会が開かれる。私も出席予定に入っていたが、父の看病のせいにして断ってしまった。約束を守れなくてすまない。 昨日から北風が強く吹きだした。 あらし吹く三室の山のもみぢ葉は 竜田の川のにしきなりけり 久しぶりに 百人一首の本を取り出してみた。 御三家 とブログに書いたお方にコメントをとのおもいで・・。 それで、秋風に乗ってくるという アサギマダラの蝶が 数日前から庭で見え隠れしているが 捕まえることができない。 オオゴマダラ蝶にしろ どうもいつもとは違う不穏な行動である。身辺に波風が近づいてきたような気がするのは プラス思考の私としては珍しい。しかし季節柄、 いつもの体感であると、昔の記録を探る事にした。過去の記録の中に、潜在的な自分の理想と生き様を見ることができる。父の看病をしていて、 いつかそうなる自分像をみると、切れてしまって、 ついつい怒りたくなる。 自然との係わり合いが楽だ。人間の感情の絡む福祉は難しいと思う。医師や看護婦さん、そして見守ってくださる方に感謝。 アサギマダラの時期になると信州・長野で亡くなった妹・慶子のことを思う出してしまう。 妹の火葬をした時、自分は妹の分も長生きすると誓った。 火葬の経験が少なかったけれど、 綺麗に火葬された姿は忘れない。与論に火葬場が出来た時、 葬儀の方式を色々検討したいと思った。その思いは今も変わらない。 火葬の陳情書を上げた 祖父の思いも解りたいからである。 秋風が吹くと、 必ずや感傷的になるのは、 芸術の心得があるからなどと またもや、詭弁論者だ。 太陽に吠えろ の季節が 又やってくるだろう。 今夕は、ホームページ・ブログ・ネット通販開業の講座 いよいよ本番。 落ちこぼれそうなので、 早起きして復習しょうとしたが、テキストがみつからなくて 変なこと書いてしまった。 夜明けまでまだ 時間があるが・・・。 オーストラリアの研修写真と追い込み漁の経験 を載せてみます。 初体験の 船上にて。
2007.10.19
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玄関前のヤシの植栽 小さい面積を利用して何種類ものヤシを植栽することができる。 拾ってきたヤシの種が発芽するか楽しみ。 1年近く待たないと発芽しないと思うが。 ジャックの豆の木は芽がでている。 台北のタワー前で時間待ち デパートは貧乏人には 退屈なところだ 夕月だったので、月に向って吠えたわけではなかろう。チレットの遠吠えで起こされてしまった。近頃、何かに向って吠えることがある。近所迷惑なので玄関に入れて、そのままパソコンで暇つぶし。星が冴えてるので今日も雨は期待できないだろう。夜明けを待って、農業用ポンプを作動させ野菜と苗木に水まきしよう。昨日からマンゴーの枝整理に手をつけている。分岐した小枝を間引いてやらなければならない。今の枝で成長を止める事ができたらいいのだけれど、今年もこのままだと暖冬になりそうだ。枝の剪定の時期に迷いがあるが、自然に任せるしかないと思う。今日も遊びながら1時間ばかりの手入れを楽しむことにする。昨日の続きで苗木の移植を中心に農作業。
2007.10.18
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写真だけアップして 後で 書きます。 チョト 病院へ お見舞い。 時間と空間が 少し違えば 行き違いもあるし 上手くいくこともある。 今朝早く 自宅にアサギマダラが来てくれた。あわてて、網を探しているうちに 逃げられてしまった。秋風がふきだしたので、そろそろのアサギの渡りを期待して出かけたが未確認。 チョット視点を変えて、オオゴマダラを捜しに行った。皆田海岸のとなりのとなりの、ワリバマ。 知る人ぞしる、 プライベートなびーち。 昼間からたそがれてみた。 オオゴマダラも確認できなかったけれども、 ベニモンアゲハが目に止まった。 網を取り出し追いかけたが何処かに消えてしまった。 この地域は 魔の三角地帯。 何かしら、 不思議発見のエリアである。 皆さん、 与論島に興しの再は 寺崎から 黒花 皆田 船倉海岸が 面白いですよ。 与論の歴史に出てこない 自分探しがお楽しみ。 出会いは 人と自然、 何と言っても、 海。
2007.10.18
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あおい科の植物の花の代表はハイビスカスとして園芸品店で扱われている。 沖縄の伊江島に研修旅行に行ったとき千種類もあると聞かされてびっくりした事がある。ハイビスカスは与論島の町花であるので町花指定を記念して、時の教育長 益田 元圃先生が鹿児島県内から百種類を集めたことでびっくりした事があったが、千種類とは たまげたものである。花万博の展示で使われたものを貰い受けて育てていると説明された時、沖縄の気候に合った植物だと思い、納得すると同時に、観光に生かそうとの発想に敬服した。 県道わきの植栽にハイビスカスが使われている。きれいな刈り込みのためあまり咲いているの視た事がない。毎年刈り込んで枝をつめているせいだと思う。枝透かしをしないでの刈り込みのため枝が込み入って、カイガラムシもついて、枯れた株も目だっている。一言注文つけたいと、庭師の手ほどき受けた身には思っているが、言い出せない。 観光課の職員が道路植栽をし、丁寧に水かけしている姿は美しい。否定はしないが、もう少し植栽の手法を勉強して欲しい。植物はただ単に植えればいいと言うものではない。後の管理までも考慮したいものだ。季節ごとに植え替える花壇はよしとしても、道路景観は中・長期の構想で植栽と管理がなされた方がいいと思う。観光課長が変わったので、そろそろ相談したいことが山ほどある。幸いに、このブログ読んでくれていたら話しかけやすいのだが・・・。 海洋少年が、モンパの木とクロトンを植栽してから町民の景観に関する意識が変わったと思う。口で言うだけでなく、少しづつでも実行することだ。やるとしても、なるべく意志の統一された景観つくりに協力してもらいたい。すでに、与論町の数々の計画書に打ち立てられている事を理解して進めて欲しい。特に、行政の携わるものは横の連携をとり、町の打ち立てた計画書を吟味してもらいたい。 プラン・ドゥー・シー・アクション町田議長さんの口癖だった。 ニャ間彼円盤(にゃまからえんばん) まにえんまにー。 今からでも 遅くはない。 さー、始めよう、 自らが。 5時から 無料のコイン式給水機の開放がされる。農家は 水掛が仕事だ。一雨欲しいところだが・・・。 クリスタル・ウォーターズの村つくり計画 自然を残し、水の収支計画を重要視している ゴミの排出を抑える 自然エネルギー計画が生かされている
2007.10.17
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アサギマダラにマーキング。2007年の初見日。 ピャーヌパンタで3頭捕まえた。YT-1~3いずれも ♀であった。羽は真新しく 地元で羽化したのかとの疑いを持った。石積みのパンタにも行ったが未だ飛来はなかった。 雨が降らないので今日の農作業は 水かけ。大根の芽がほとんど発芽した。ホーレンソウは今だ土の中。ニンジンの種を蒔いた。種子が細かいので、砂にまぜてぱらぱらと手巻きした。あら上手と妻が言う。 何一点の、僕これでも 農大出なんだと 威張ってみた。 芽がでるか心配。 気になる オッパイやの 写真をアップしたら 父の見舞いに行こう。 画像画面表示が足りません。 ママいん なのに パパイヤ 父は苦手です。 そうも言っていられない。 高校は生きているうちにという。 となりの修学旅行は 横浜商業高校生のようだ。 甲子園野球の名門だっただろうか。 なかなかいい漢字の男子生徒だ。 それでは。
2007.10.17
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南の大地の バンブーさんが案内人 与論の 竹さん夫婦もびっくり 世界は広しといえど タケノコ 建材 夜があけたら 一番早い汽車にのる は・・・。 不覚にも 起きたら 夜があけていた。 帰りの車も見つからず 田舎では こっそりと帰ることも出来ず 誰か顔見知りがいないかと捜してみるが 周りには 野良犬しかいない。 さて、 これから茶花のまちまで 車取りに行ってこよう。 犬の チレット と。
2007.10.17
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まだゆめを 視ているみたいです。 与論町の概観ー各章の解題に関してー 野間 晴雄 私が 縁あって知り合った 高橋先生のおかげで 自分ではない 別分野の自分を見つけた気がする。 歳をとるにつけ 妻とよりそって生きるのが 幸せだと思う。 他方、 もっと自由に生きたいとの思いもある。 我が儘だと思うかたはら もういいかとの思いも。 関西大学の研究報告書を与論の将来像に活用してもらいたい 思いがあるとしたら まだ答えが出せない自分史 与論の島も 心にのこる島がたり。 竹 酔人 やっと 農作業が板につきました。 今日は にんじん の種を蒔きます。 夜明け待ちの 酔う人。 そうそう 今夕はパソコン教室 ホームページの基礎古座 画面の取り込み忘れて居るけれど 大丈夫ですかね 盛窪さん。 頑張れと自責。
2007.10.16
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上は中性 下はオス 下の2枚はメス木 違いが解りますか? 今年は台風の被害がなくてパパイヤが豊作である。鳥の糞からか屋敷のあちこちで芽をだしている。パパイヤには雄木と雌木のほか中性木があることは前にも書いたことがある。今日は 花の写真を載せてみよう。 先ほど、オオゴマダラが2ひきで追いかけっこしていたがまたもやいなくなった。次は 蛹の導入でなく幼虫から育ててみようと思う。その方が土着しそうな気がする。
2007.10.15
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堆肥・アイドーラ製法の1年寝かし堆肥を施用してみました 鉢の用土に使用しようと思っています。 植えた植物は責任を持って管理しましょう。 与論マラソン記念植樹にご寄付していただいたみなさん ありがとうございます。 今年のマラソンのポスターも出来上がっていました。 妻と競争しようと話しています。 ハーフでお会いしましょう。 13,14日とも快晴でした。アサギマダラが例年だと見られるのでいつもの飛来地を見回ったが1頭も確認できなかった。未記録も記録のうちではある。サシバが鳴いているのでそろそろであるのは間違いないが・・・。今年はマーキングを心がけようと思う。鹿児島昆虫同好会発行の「SATUMA]が届いている。読ませてばかりいるので投稿してみようかなと思った。今年の会費が未納なのでそれを済ませることが先決だった。 昨日で畑の雑草整理を終え、耕運機で畑を耕す事も終えることができた。大体畑の形が出来上がってきた。ここに小さなパイプハウスを2棟立てる予定にしている。1棟は自給野菜用、も一つは苗木の育苗用にと考えている。農業は自分の思うことを即実行できその成果が自己評価できるのが楽しみである。昨日ホーレンソウの種を蒔いたが、果たして芽がでるであろうか。今日は、妻がハーブ(ルッコーラ)の種を蒔くという。お互いに競争するとしよう。オオゴマダラは最後の2頭が3時まではぶら下がっていたが、4時半には何処かに飛んで行ってた。子孫を残して欲しいものだ。去年から始めたオオゴマダラの再生運動、与論島の緑の再生とあわせて私の生涯の楽しみにしたい。 椿の下で洗濯はさみでつるされて オオゴマダラの羽化が終了しました
2007.10.15
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ランタナの花が栄養ドリンク オオゴマダラの蛹32頭が自宅についたのが10月5日の夕方であった。丁寧に包装され真綿に納められた黄金色の蛹の中の3頭はすでに空けた羽の色が見えた。夜になって再びみてびっくり、羽化が始まっている。あわてて、洗濯干しのはさみに吊り下げることにした。記録写真を撮ろうとしている間に羽が出てきたしばらくして、2頭は自力でぶら下がることが出来ず落下。手当てを施したが結果は飛び立たせる事ができなかった。あと1頭は無事に夜を過ごしたし翌朝から部屋の中で過ごした。吸蜜させるための花など用意したが反応を示してくれなかった。部屋に吊り下げた物干しを外の椿の下に移動した。去年、椿の枝や葉に幼虫が移動し蛹になり羽化して行った経過をみていたので自然の環境に近い条件を選んでみる事にした。最初からの失敗は心が重かった。10月5日 午後6時20分 羽化開始 30分 2頭落下 6日 羽化にきがついた。 7時頃 10時15分、病院より帰宅 飛び発っていた 窓辺のカーテン裏にぶらさがり (室内での自力の行動が弱弱しいので、食草のホウライカガミに捕まえさせた) 7日 6時30分 羽化 2頭 8日 3頭羽化 午後1時まで1頭は飛ばず残っていた 9日 2頭羽化 10日 3頭羽化(7時ころ気がつく) 11日 羽なし 12日 6頭羽化 13日 4頭羽化 これが昨日までのメモである。羽化したあと何処に飛んで行ったかわからない。近くの海岸端の食草の自生地付近でも見かけることが出来なかった。昨日の夕方は自宅で3頭が追いかけっこをしていたのでもしや留まってくれるかもしれない。今日中に、最後の5頭が羽化する予定。1頭は黒くなって3日過ぎているので明らかに失敗だ。今回のオオゴマダラ再生の試みも本番がきている。祈りが通じるものなら、祈りたい。いやいや、祈り続けているつもりだ。これこそ、運天 運を天に任せての船出でございます。 楽天 楽天 と笑える日も近いと思いたい朝。夜明けが近い。 最後と思う、蛹を視に出かけよう。 蜜柑の木で一休み ピントが合ってませんね これから どうしましょうか。 自然のなかで交配しなければ 種の保存は上手くいかないと思います。
2007.10.14
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今朝 4頭羽化 あとは5頭を残している 1頭は失敗 自宅の庭には とどまってくれない いったい どこへ 父の受け入れ先が決まった。荷物を運んでいる間にすでに徳州会病院に着いていた。レントゲンやら色々検査を受け、外科は院長先生で、検査結果を見ながら端的な説明を受けた。妻がテニス仲間との交流があって、顔見知りだとの親しみもあり先生には信頼を持てたし、全面的にお世話になるとの思いを感じた。 人との信頼関係は直感的なものもある。早く大きな病院へと心をはやらせたのが間違いだったようだ。遠回りして行き着くところにきたとの、やるせない気持ちが残ったものの、助けてくれるだけでもありがたい。病院のサービスは沖縄で受けたそれと変わらないようだ。顔見知りが多いし相談もしやすい。熱があるのでこれが取れてから治療に入るという。とりあえず、一息つくことにしよう。 今日は環境サミット。1年前から期待してたフォーラムなので講演会に参加するとしよう。 広大な大地と熱帯雨林
2007.10.13
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量売りの仕分け 昭和55年3月2日(晴) 記録より 気持ちのいい朝だ。FM週間ガイドをみていたらやがて10時になろうとしている。今週は録音したい番組が多くあって困るほどだ。今日の番組でも、10時特集、世界のメロディーなんかはエアチェックするには最高の番組だったのに残念だ。デッキが故障かと思ったら、アンプの方がいかれているみたいだ。Tape1の調子が悪い。しばらくTape2のオープンデッキを使って録音するとしよう。オープンリールで録音しといて、あとでカセットにダビングするといいだろう。4;00 軽音楽特集、(ロックンロール大全集)を録音しようかと考える。2時間づつの番組だから、45分を半分回転すればいいだろう。Y君のラジカセを使ってみてもいいのだが・・・。古いテープを録りなおしていくことにしよう。 幸せを感じさせる日だ。健康である事が何よりである。昨日は午後からクロトンを植えた。風呂場とのブロック境界線に沿って、クロトンの列植、桜の木を植える予定の場所には、木立チョウセンアサガオを移植、フリージアを植えたりして、久しぶりに庭いじりを楽しんだ。明日の休日は、ムクゲ(白)を移植するつもりでいる。道路の境界を花壇にして、その内側を垣根にするつもりでいるので、ムクゲを垣に使う。これからボツボツ庭いじりを始めたい。生垣の次は花壇を作ることにしよう。それと、花木の挿し木、北側の生垣、芝生が手に入り次第芝庭つくりを始めよう。ソテツなどの移植も今のうち計画しておくことだ。 私の 庭造りの用意と構想の 一歩を みーつけた。 日月の アプローチは未だ日の目を見ていない さやさや さんに コーチしてもらいたい。
2007.10.11
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月見て一杯 といきたい花です。朝方まで咲いていてくれる。 今年最後の花であろうか・・? しびれを切らしてしまった。もう待てないので病院の先生に話しをしてきた。離島医療の現場に立たされた先生も苦労されており気苦労がおおいので与論を離れて転院することが決まっているという。 父のことで苦情を申し立てとりあえず、与論病院を紹介してもらった。初めからそこでOKを言っていれば問題もなかったと言える。結果論を言えばむなしくなってしまう。何かの行き違いでこうなったとは思いたくない。 福祉のこころは むつかしい。 足りない 自分がたくさんでてきた。 私にくらべ 月下美人 は美しい。 やりどころのない 寂しさに このはな見て 一杯。
2007.10.11
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水の重要性を認識させられた。 溜めた水をいかに大切に使うかを考えたい。古いマンガを持ち出してしまった。青春とは、人生とは?そして愛とは、結婚とは?夢と現実の食い違い・・・、マンガの単純さ・・・、感動すること、反発すること・・・、古いモラルと新しいそれ、生きる事が不安で自信がなくなっている。自責、4年間何をしてきたのだろう。 あれから30年あまりになる。これで良かったと思える今に感謝。 昨日は土地のとなりに新しい屋敷ができた。土地の神様にお神酒をあげて祝った 今日も農作業の続き。大根の種をまくことにしよう。
2007.10.11
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やどかりの求愛 昨日は旧暦の8月29日、改葬の風習が行われる日である。私の墓所、船倉墓地でも通りがかりにそれを見ることが出来た。古里婦人会の花壇を早朝見に出かけながらのことであった。改葬は一族にとっては33年忌とともに 大変大儀な行事である。親の葬儀をし改葬を済ませ、祖父や祖母の33年忌を執り行って初めて1人前と言われるのではないだろうか。幸いに私は先祖代々の墓も家もあるので、順番よく葬儀や33年忌を済ませることが出来れば幸いである。祖母の33年忌も近づきつつあるが、親族に不幸があっては年忌ができないとか、としまわりが云々・・・、ややこしい日取りというのがあるようである。 それはそれで、風習の行事を終えれば ほっと するものだ。55歳も生きると、まー一人前にはなりたいものだが知ったかぶりで、実際は何も出来ない事が葬儀の場をふんで良くわかる。私も年寄りに近づくにつれて、この風習をどう残すかを考えてしまう。体験するために親族を殺すわけにも行かない、まして身内の時は気が動転していて何がなんだかわからず日にちが過ぎていくだけだった。齢が行きやっと冷静に見ることが出来るようになった今、火葬のしきたりで事が運ぶのを見ると、心が楽になった。本音である。父や母がもし私より先に無くなったら、私としては埋葬もできる。がしかし、息子や娘が果たして改葬(洗骨)の行事を快く受けてくれるか心配である。さとして教えれば大丈夫とは思うのだが・・・。本当は自分は、やはり 洗骨されたい。との 思いはあるが、私の代からは火葬にしようと決めている。納骨堂は新しくは建てないで、昔式の甕にしたいと今色々、墓をデザインしているところだ。そんな風にして、自分の死にいたるまで与論に残る魂を見つめて生きたいとおもう。明日は明日で 考え方も違うとおもうが・・・。 シリウスが真南に輝いている。今日もいい天気らしい。昨日の農作業を続けよう。今日こそは父の入院先が見つかるといいのに。神頼みといこうか。 有機農産物市場にて夕食の買出し 種類が豊富 量り売りが主流 朝の散歩をしてきました。今朝の東の海岸の様子です。満潮でした。 海岸より形のいい珊瑚の石を拾ってかえりました。 私の庭の宝物です。 さー、出かけよう。
2007.10.09
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日本で紹介された(子供向け) 由香里さんの家族の暮らし方(パーマカルチャー) 生ごみで土づくりの実習 与論島でも実践してみます 果たして研修どおりの魔法の土がつくれるでしょうか・・? 久しぶりに耕運機を使ってみた。知人が鍬では難儀なので誰か頼めないかときいていたので適当な耕運機を探してオペレーター付きで紹介しようと思ってた。当てにしていた親戚のお兄さんは二日酔いなのか呼んでも起きてこない。仕方ないので弟の畑に行って親父が使っていた古ぼけた年代物のヤンマー社の耕運機を使うことにした。一人では自信がなかったので弟を呼んできて軽トラックに乗せて目的地まで運んだ。耕すべき耕地は邸宅の奥にあるので、園路をなんとかかんとか通過した。ここまでくればしめたもの。弟に指南をうけたあとは自分で耕すことができた。これを幸いにしてこんどは自分の畑を耕すことにした。これまで鍬を使っての農作業だったので耕運機で耕したら楽チンであった。こう書いたらまるっきりの素人に見えるかもしれないが長らく使用してないだけである。かつては小さなトラクターも持っていたのだが、しばらく農業らしいことをしてなかったので忘れてただけのことだ。土壌改良に砂をいれてみた。今日は堆肥を運び込んで、再び耕運機をつかってみる。あとで年代物の耕運機を写真アップしてみたい。それではまたあとで。 昨夜の雨のため土がぬかるんでいるので 作業ができるかどうか 白く写っているのは浜砂である 太陽の砂を集めてせっせと運び溜めた汗の結晶 是を土に混ぜて 作物の生命となるいい土壌をつくりたい
2007.10.09
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蛙がなくから かえろー。けろけろ けろけろ。 おたまじゃくし。 写真の取り込みの練習です。 かぶんがー の写真が掲載された本をデジカメで撮影しました。 ブログにアップできるか 試してみます。 何とか できました。 蛙の住む家と みみずの住む畑は 地球環境に優しい。 明日も いい日でありますように。 おやすみなさいませ。
2007.10.08
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今朝は3頭羽化した 昨日羽化したのは何処かに行ってしまった。 ビオトープという言葉を知ったのは3年ぐらい前のこだった。母校の小学校の校長先生が竹さんのにビオトープ教えてもらいたいと言われて私が遊びに水溜りを作っていたのがそれらしいと気がついた。講演できいたパーマカルチャーのことしか頭になかった頃である。インターネットで調べたら、「ビオトープで遊ぼう」というページがでてきてこれは私がやっていることにぴったっりだと思った。最初は家の廻りに屋根の水を溜めて、グッピーと水草を飼うことから始めた。次第に庭を意識するようになり、次は家の近くの畑に進出した。古いゴムシートを調達し、池を作ってみた。少しでも穴があいていると水を溜めることができないことも経験した。市販の水槽を埋めることが一番楽だと気が付いて、妻に内緒で夏のボーナスをあてに水タンクを7つも注文した。それに、蓮や睡蓮、その他の水草を植え、グッピーを泳がせていた。植栽も変化が欲しいので、土質の違うのを運びいれた。ドラムカンも埋めてみたら結構使える。不用品の水の溜る物はたいがい使ってみたが結構いける。我が家はかえるだらけである。困ったことは蚊が多いことだ。グッピーを飼って蚊だやしを試みているがなにしろ水溜りの数がおおすぎて管理が行き届かない。水溜りは大・中・小、優に100は超える。これは行きすぎだと思うが・・・。さっきオオゴマダラの羽化途中写真撮ったが写りが悪いが・・。 おーい 東京の息子よ 頑張っているか 父ちゃんは 元気で禁酒しているよー たまには 電話でもくれよな 伊藤縁あって かぐや秘め わっかるだろーか? まーいいや。
2007.10.08
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今朝 羽化した 昼過ぎには飛び立てるだろうか 今朝羽化した蛹 部屋の中で撮ったあと 庭の椿の樹に移動 昨日羽化したが外に出してもらえない サッシから外を覗いている 今朝はカーテンでぶらさがっているが 外にだしてやります。 1日中部屋の中で飼ってみたが吸蜜させることができなかった。 自然にまかせよう。 楽天のメンテナンスだったので書き込みができなかったので、奄美関係のブログ見て過ごした。写真集など奄美の魅力がたっぷりである。アカハラタカの渡りが確認されたとの記録をみた。2度寝して起きたら夜が明けていたので犬と散歩にでようとしたら、妻も一緒に行くという。じつは昨夜東の海でみた幽霊船(クルーズ豪華客船)が未だ停泊しているかを見たかったのである。作家森瑤子の別荘の庭からは直ぐそこに見えた。台風の波を避けての停泊らしかった。船はいなかったのでちょっとドライブ、モクマオウの防風林からアカハラタカが数羽舞い上がった。次はサシバが渡るだろうか・・・?それにしても今年は新北風(ミーニシ)を体感していない。サシバの次はアサギマダラが渡ってくる。今年は誰かに協力してもらい、マーキングをしてみたい。蝶の仲間に与論島からの情報発信である。犬のチレットといつもの散歩道、楽園荘を過ぎたあたりで空に白い集団が南のほうに飛んでいった。アマサギの集団で100羽は超える数だった。台風15号の影響もあるので島つたいの旅は変化があって面白いかもしれない。 オオゴマダラが今朝2頭羽化していた。今回は自宅で手をかけずに静かに見守ってみよう。
2007.10.07
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研修場所 デジャーデン・由香里さんのベランダから撮影 宿泊したコテージ (自炊する) 上農は草を見ずして草を取る。 下農は草を見ても草を取らない。 堕農は草をもって草を取る。 妻に草を取るなと言って怒られていた。 それは取ったに越したことはない。 またもや生えてくる雑草はほっとけといいたかっただけである。 雑草には勝てない。 庭の小面積はいざ知らず、 10アール以上の畑の雑草は手にあまるものがある。 その雑草の抜き取りに今真剣に取り組んでいる。 パーマカルチャーの研修の成果だ。 育った雑草がみみずの食料だと教えてもらったからだ。 これなら雑草が雑草とは思えなくなった。 雑草も生えない畑は大変だ。 ある一部に雑草も生えていないエリアがある。 堆肥センターから中熟堆肥を要求して 畑で腐葉土(鉢上げ用の土壌)を作る実験をしたところである。 市販されている堆肥をこれまでに 私が理解してた完熟堆肥と違うとの思いがあった。 使用方法と完熟品でなかったのが 不都合の原因であることを了解する説明をうけて 一応の納得はしている。 まー、そんな課程をふみながらの土づくりへの挑戦である ミミズの作った腐葉土はまるで魔法の土だった。 触って、にぎりつぶしてみないとわからない。 粘土のように固まるとおもえば、ほぐすとさらさらになる。 不思議な状態である。 妻のおかげで雑草の半分以上を引き抜くことができた。 これでミミズの土づくりの実験ができる。 南半球でできたことが北半球でも出来るか お楽しみ。 これからも雑草を益草に変える工夫をして行こう。 いいことばかりでないにしろ いい方向に転換する目を持ちたい。 台風15号はそれ程の影響はないみたいだが、 交通の便が気になる。 父の病院の受け入れ先が未だ決まらない。 それがないと搬送方法を手配できないが 父からは早く行くため小型飛行機を頼まれている。 母を搬送した時のことが頭にあるようだ。 床づれが少々あるとの事でよほどの痛みであろう。 私達の病院への頼み方が間違っていたのだろうかと 少しいらついてきたが、 これが病院のたらい回しなのだろうか。 3連休になってしまって、 それに台風とも重なる最悪の状況だ。 これでは 神にすがるしかない。 祈る事にする。
2007.10.06
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去年の12月からオオゴマダラの再生に取り掛かっていた。春までは成功したかに見えた。自宅の庭で2世代までは確認したがその後夏の間はオオゴマダラは自宅にはやってこなかった。どこかに飛んでいったきり・・・。野生で繁殖してくれることを期待したが、自生の食草があるところでも今だに確認できていない。相当数(50頭以上)旅立って行った。他の飼育箇所からも旅立っている。捕獲したとの情報ももらってないので、野生での世代交代は失敗したのかも知れない。去年から食草のホウライカガミを増やす運動をしている。食草の減少がいなくなった原因のひとつとも考えたからである。もうひとつの原因には台風の度重なる来襲を考えた。しかし、今年は台風は1個しか影響してない。とすれば、天敵と考えられる。自宅では羽化に失敗した蛹も多数見られた。ヤドリバチかどうかを確認してなかった。まさか再生に失敗するとは思って無かった私のあさはかさがある。今回は真面目に記録を残しておきたい。 沖縄県うるま市 石川さんから蛹を取り寄せた。届いた32個の蛹のうち3頭はすでに羽の形が透けて見えていた。洗濯ハサミに吊り下げて写真を撮った。しばらくすると黒くなった蛹が動き出し羽化が始まったのが6時半ごろ。食事中に落下していたので助けてぶら下げるがうまくつかまってくれない。あれやこれやと手助けしてみたがどうも上手くいかないので床の間に、すがりつける縄や木の枝と一緒に置いて様子をみることにする。
2007.10.05
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