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娘と三人で 薪わりをしました 長女が上手く 割れました これが しちゅぎたむぬ といわれる 門松です これから お供えものを直して 明日は お雑煮をたべます。 神様への挨拶を考えて もう眠たい。 行く年来る年は目覚めてみたい。 十の根振りの夢を見て 浅き夢見市 よいも瀬で 新年 おめでとう。 今日になってやっと門松を立て終えた。「しちゅぎたむぬ」というのを作ってみた。「たむぬ」は焚き物の意味だろうが、「しちゅぎ」とは 何の意味だろう。 それはどうでもいいとして、正月の飾り物だとは子供の時分から知っていた。もうあまり見られなくなったので、今年は頑張って作ってみた。 写真で 見てください。どんな意味や思想があるかも解らないまま見たり聞いたりして作りました。
2007.12.31
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お墓の門松代わりに こんなドラゴンを植えてみようか・・・。 私は辰年生まれなので 龍が好きなのです。 竜宮城も好きだなー。 私の家で門松用のしめ縄を3個買ってきてある。もちろん、門に立てるのと、あとの2個はお墓用である。お墓になんで門松を立てるのか、不思議である。お墓に門松をたてたあと線香をともし、お祈りをする時、「新しい年を迎えるので家族と一緒にお正月をすごしてください」みたいなことを先祖に伝えるのである。 お盆の時も同じように、お家の中にお招きするのである。 与論のお墓参りは、このような行事からみれば盆と正月は欠かせないといえる。共同墓地の清掃に昨日も7時に行ったが、数名しか見えなかったので、通路付近を少し草取りをして共同作業がなくなった様だと妻に告げて朝食をすませ、いつものごとく砂の様子を見に行行く途中、お墓の前は車だらけだった。時間を間違えたらしい、恥ずかしく思い素通りすることにした。今日は、門松つくりが主な仕事だ。材料の竹と松が手に入りにくい。今年は自宅の竹が小さくてチョット様にならない。来年用に竹を植えるとしよう。
2007.12.31
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与論島では 千年朴 というらしい。末娘がお昼を作ってくれた。姉娘を迎えの準備をするので、 今朝の早起きのつぐないの くだら日記。 パーマカルチャー菜園の冬仕度。 ドラセナの原種の系統なのでしょうか? 山羊は食べます。 娘は帰ってきたが 息子よ いつかは帰って来いよ 今は だめだけど・・。 飛行場の駐車場が満杯でした。 いつも今日のごとく あらちたぼーり。 新体操で活躍された 与論島ゆかりの方もおみうけしました。 教育委員会のお世話で 新成人をお祝いできることに感謝。
2007.12.30
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ドラゴンフルーツの花 この植物だったら葉っぱも落ちないし お墓を汚すこともなく 夜にひっそりと咲いて 芳香を放つので 植栽したい樹種である。 年末の恒例の行事に共同墓地の清掃作業がある。子供のころから祖父につれられて参加していたが、父を飛び越えて何時しか私の役目になった。そして、祖父が私におしえてくれたように、子供達をひきつれて掃除に参加した。 近年は集落行事としての墓地清掃の知らせが来ない。恒例になったせいであろうか・・・?早めにすませたお墓も見受けるようになった。私も娘が帰ったのを契機に昨日掃除を済ませた。火葬場ができてから墓地の整理や納骨堂の建立が盛んになった。墓石屋さんが繁盛しているように思える。それに伴ってお墓のなかに雑草が少なくなってきた。与論のお墓参りは、普通の家庭では盆と正月前であり、たまに帰省した方が親戚のお墓をまわるというぐらいのものであった。私の墓のある船倉墓地には近年のうちに以前と比べ立派な墓石が立ち並んで、花立には生花もみられるようになった。昔はどこの家庭でもカジュマルの枝だったのに・・・。私はいつしかクロトンの枝に変えた。そして最近はドラセナの赤と白も添えることにしている。長持ちすることと、庭木としていつでも切り取れる手軽さからである。 花立で根を出しているクロトンを、娘にどうするのと聞かれ、隅に植えているよと言って、縁に埋めてやった。埋葬の頃は墓地に植物を植えることはご法度だった。でも今は火葬だから、植物の根が埋葬した肉体にからみつく心配もない。私の墓地を手始めに、安らぎを感じる墓地の緑化を考えていきたい。となりの墓地のマツばあちゃんの改葬儀が済んだら・・・。 今朝が共同墓地の清掃作業ではなかろうか?通路の草抜きや周りの防風林の伐採を手伝いたい。
2007.12.29
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笑う門には福きたる 藁の文には服 着たり お粗末 マツタケウメで 年賀。 お世話になりました。 例年のごとく 年賀状をかけませんでした。 娘の帰りを待ってビニール張りを計画してた。運よく、快晴の無風の好天気。お墓の掃除を済ませて、準備も綽綽。 何とか張り終えて、もう今年は言う事なし。 仕事治めにしたいが、 農業収入を予定するには明日が肝心。 あすありとおもうこころのあだざくら 余話のおとずれ いつかまたなん 長女から電話がはいったようだ。 仕事かたづいて かえれるかなー。 お正月は 懐かしき人たちとの出会いが楽しみ かわいい(5才)の虫の友達がきてくれた。 きっと 科学の研究の道に進む事 願いたい。 文学のほうも いいけれど・・・。 まーま。
2007.12.28
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キンコー・マンゴー 写真の取り込み練習で 何処かのホルダーから試してみた 文と関係ありません マンゴーの花芽を確認したので そろそろビニールを・・・。 島人(シマンチュ)と与論の言葉で表現する時、対象は大和人(ヤマトンチュ)とか内地人(ナイチンチュ)なのだろうか? 昨夜寝る前に目に付いたタイトルの本のことを思い出し、早くに目が覚めた。何が書いてあったか思い出せなかったが、若い頃に初めてよんだ奄美出身の著作だったのを思い出した。著者は昭和8年生まれなので、私の親の年代である。友達からもらったのだが、役場に就職が決まってたので、こんな生き方もあるものだと思ったのを拾い読みしながら思い出した。序文は 大津名瀬市長 「旅立ちの決意」として 県立図書館奄美分館長 島尾 敏雄「牧哲也君を語る」として 黒田大島支庁長 「奄美の十年後のビジョン試考」が特に印象に残った。「大島支庁の中では、こんなことも語り合っていました」とお知らせしておくのも悪くない。「大島支庁だより」ですでに公表済みであるわけだが・・・、 根底のところを考える1、与論島は楽園か? ここのところが著者に感動し、私の役場勤務時の接遇の根底を作ったと思われる。 島人として 世界に向け絶えずビジョンを持ち続けることは 私が与論を愛する原動力である。
2007.12.27
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東京タワーに登ってみました ウマンカと呼ばれている 三弦の調弦道具 ちんだみ が できたら 弾けるはずだ TVから テイクファイブの曲が流れている 久しぶりの スイング。 もうねます。 最初にめがねを買ったのは 鹿児島天文館どおりのアーケード街だった。レコードの専門店十字屋の前あたりの店だったと思う。県庁でのヒアリングを受けたあとに同窓生のN部長と立ち寄った店だった。年代別老眼鏡で4000円ぐらいだった。 今、老眼鏡を3個使っている。検眼して作ったもの、役場の先輩から頂いた100円ショップのもの。そして、と、めがねがはずれて、クリップをさして使っている、天文館めがね。 鹿児島市の天文館のアーケード街がさびしくなったと聞く。世代交代なのだろう。 今日、同窓生でダイエーに努めてた方にあった。何してるのと聞かれて、やりたい放題よと応えた。かの女はお母さんと店番していた。こんな狭い島なのに、会えないのも不思議とおもう。55歳にもなると会社では邪魔者よ・・。 明るい笑顔がステキだった。高校生のころには話もしてなかったかも、 これからが 本番なのだ。お母さんに、一番できだったと紹介されて もっとしかりしたいと思った。 今日、娘が帰ってきたので、記念に蛇皮線を練習してみた。たった一曲なのに おもうようには行かない。 日の丸 だったらなんとか・・・。 チヌマンダイは イキントウに似ている節に思えた。無難な 与那国小唄で 正月をつくろおうかと 安易な気持ちになった。
2007.12.27
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ウーニヌムイ(大岑山)より北(古里集落)を望む下は耕地防風林用の苗木配布状況私は別の圃場で ビヨウタコノキとオガサワラタコノキを購入した 夢の続きを見てしまった。7時前から寝床にはいった。農作業の疲れか体が少々だるく感じていた。12時前に目が覚めた、階下では人声がしたのでお客さんだろうと思い又寝した。 夢はかなりしっかりしたストリーで思い出される。産業課勤務時代の畜産部会の面々とで、逃げた親子牛を捕まえる手伝いを頼まれた。獣医に伝染病予防のワクチンを注射指していた際に逃がしてしまったらし。私は高台に立って逃げる子牛を目で追っていて、めぼしをつけていた牛小屋を訪ねた、牛は何故か白色だので、そこいらのく黒牛とは直ぐに見分けつく。見つけられないうちに、山の中に迷い込んでしまった。そこは広大な牧場で、馬も牛も山羊も鶏もみんな白い動物ばかりだ。与論にこんな地所があるなんてと思いながら、逃げた子牛を探していると、牛や馬や鶏の無残な死骸が横たわっている。疫病死体だとはあきらかだ。大変なところに迷い込んでしまったと思ってたら・・・、目が覚めた。2時半だったので、ブログでもと思い下に降りていったら、もう少し寝てよと言われ、再び横になった。昨日とは打って変わって、強風がふいていた。昨日は穏やかな天気のおかげで無事に焚き火ができた。溜めてあった木の枝を半日かけて燃やす事ができた。気だるさは焚き火のせいでもあるだろう。夕方から雨になって、灰を雨で抑えることもできた。 今朝起きたのは5時半を過ぎていた。子牛探しをした場所からの帰りの場面であった。女房たちの婦人団体の野菜市場開設の手伝いをさせられた。果物や野菜を積み込んだ荷台にのせられ、狭い道をすれ違う事故への恐怖から開放された帰りの風景は東区集落のいつもの夢に出てくる場所である。ウーヌヌムイと呼ばれる小高い丘で、つい先日に登ったら清掃が行き届いていた。しかるべきだと感心したが、夢のなかではスモモの果樹園として登場したが、いつの間にか成木園が無く、苗木の生産地になっていた。大きな畑を抜けると、自宅の門に通じる道路になって、洪水の水があふれているが、そこはかって知ったる遊びなれた地形で楽々帰りつくことが出来た。 夢は願望を叶えさせてくれる。会いたい人にもあわせてくれる。実現不可能なことも体験できるし、ほんとうにいいなー。夢でよかったと思うことは忘れる事にして、いいことは繰り返し思い出すか、書き残しておくと良い。 今日は末娘が帰る。正月に向けて清掃の手伝いと農作業を期待したい。
2007.12.27
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盛窪の戸籍を目の前にしている。鹿児島県大島郡輿論村古里弐拾参番戸前戸主 竹 玉恵窪戸主 竹 盛窪 安政元年7月8日生妻 ウシ は大島郡中間村大原里奥三女入籍スとなっている。私は 盛窪の名前で3番目であるので初代盛窪は前前の戸主である。戸籍ではここまでしかみれなくて、その上の先祖は高祖神として神棚で拝んでいる。この上の家系図がないのは大した家系ではないであろう。苗字もあとでつけてもらったであろうから竹やぶのしたで生まれ育ったものと推測される。屋号というのが残っているが、その屋敷の地形を意味しているようだ。そのような意味合いで盛窪の屋敷を むいくぶ とよめる。窪んだ地形に盛り上げて屋敷を作ると解釈したい。凸と凹である。実に都合よく、男と女である。先祖の出所である按司根津栄神社に近縁している竹藪がまさしく盛と窪の地形でどうしてもそこに思いがいくのであるが親戚づきあいもしたことがないし、子孫のこともしらない。調べてみたくなってきた。屋号を調べて書き残すことにしょう。
2007.12.25
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資本金 1円からのすたーと。NPOの預金口座を作りたいが、 信用金庫がうけつけてくれるだろうか? 3年で1億円の預金残高を目標と定め、女房をたきつけた。 昨夜は妻だったが、 今日は 女房に格上げ。 資本金は みひとつ よふたつ すごくおしい。 ぱいRの惨状。 今日から 蛇皮線の一曲を練習。 曲名は 「チヌマンダイ」 死ぬ万代 なんて じゃれない。 オオゴマダラが迎えに来た。 いい日 旅立ち。 頑張るぞー。
2007.12.25
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昨日、自宅でオオゴマダラが飛んでいた 期待してた2個の蛹はとうとう羽化できなかった とうとう 2頭の羽化しか確認してない この2頭がオスとメスならば もしかして冬を越して 新しい生命が誕生するかもしれない 旧い日記は 私らの夜明け前 久しぶりにMが酔ってる姿をみた。 ご愁傷様。 S.54.12.20 木曜日、晴れ、 23.8度 昼休みキャッチボールをして汗を流し、鮎子の歌を見たあとに、鹿児島からの飛行機が到着した。お客さんは30名ぐらい、谷○老夫婦が混じっていた。霧島の林田ホテルに旅行されたと聞いている。先輩のTさんの家庭は余裕たっぷりの暮らしをしている。うらやましい・・・、私もあんな暮らしができるだろうか?与論の文化生活の最先端を行っている。共稼ぎでいい職場、地位についているからであろう。Mが教職を続けられるならば、似たような暮らし向きにもなれるだろうが・・。彼女としても続けられるだけは、続けようと思っているようで、問題は出産育児の負担にある。母がある程度手伝ってくれるけれど、産休をもらうには気後れがする。M先生などの例があるのでできないこともないのだろうが・・。子供は多くは作らないことだ。多くても3名にしたい。 今晩古里青年団忘年会が巴里にて、20名ほどの予定らしい。久しぶりの仲間との顔あわせ、飲みすぎに注意しながら愉快にやろう。明日は奄美の所長がいらっしゃるので、沢山は飲めないといい訳するとしよう。二次会はいかない・・、送ってもらう人がいなかったらMのところに立ち寄っていこう。バイクでいくことにするか。
2007.12.24
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にーるやんぐ・ぷれすりー・・・それとも朴かなー・・・。 真昼に かってー さーく。郷土研究会の発表の発想をしています。 も一度、pワーポイントの使い方マスターしなければと 反省をしてます。 まずは、写真の取り込みから。 あと、5分。 昼と夜が 逆さにナット でー。
2007.12.24
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砂で埋まった グラスボート発着所 水鳥の遊ぶ 親水公園に作り変えたい溜め池(沈砂地) 中略笑いに包まれて、次々とゲームが進んでいた。一息ついてから、栄作のジョニクロでの与論献奉、そして久米島土産のゲームになり、一人一芸は途中までで時間がきてしまった。二次会は各自自由にとういうことにして、私等は歩いて帰ることにした。R子が腕につかまっていっしょに歩いた。ウーニヌムイの坂道で石につまずいて、スッテンコロリン・・・。目をつぶって歩いていたらしい。橋のところで一息休み、栄作が畑から引き抜いてきたサトウキビをみんなしてかじった。栄作が別れ、よしの、範夫とも別れた。トーペーダーから山崎巡査の車が弘伸と話しながらついてきた。車なんか乗っていたらあぶないところだった。最後にM子を送ったあと、レコードをしばらくかけていい気分でぐっすり寝ることができた。飲みすぎ、浪費なしのいい忘年会だった。 12月21日 いよいよ日記帳の書き治めになった。ずいぶん書いたものだ・・、3年日記を1年足らずで書き上げてしまった。 今年中を振り返れば青年団のことでホトンドのページを占めている。いろんなことがあった。酒の付き合い等・・・、若い自分を試したとも言えるだろう。はめをはずした生活態度であった。「青春の可能性」もここまでで尽きるだろう。これからは人生に於ける可能性でなければならぬ。確実、着実にである。来年は大人の仲間入りをするつもりだ。自己を主張すること、生活をキチンとけじめをつけ、目標とする夢を追うことなどである。何が何でも青年団活動に振り回されないことである。 今年もあと10日。新年の抱負と今年の反省とで新しい日記帳をはじめることとしよう。
2007.12.24
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砂山 古本屋ISSHINDO-東京神田 皆さんこんにちは 皆さんも毎日、学校のこと、仕事のこと、家庭のこと、恋愛問題などなど悩んだり憂鬱になることも多いことでしょう。そんなときこの本を開いて大声で笑ってください。貴方に少しでもハッピーな気分になっていただければ、それだけでぼくは幸せです。そしてまだ会ったこともないあなたと、楽しい会話ができればこんなに楽しいことはありません・・・。 南 こうせつ かぐやひめかぐやが月の三日月を写してくれた 与論島は 今日も真夏日和 昨夜は忘年会で 舞い上がってしまった。 しめ縄つくり 大成功。
2007.12.23
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古里公民館の老人クラブ花園の植栽前 の様子 保安林改良工事 クズレ橋付近 このモクマオウの下で運動会をしたことがあた。 幼稚園生のころだろうか・・・? カンピザクラのポット植えが20本ぐらいある。苗として販売するには小さいのでもう少し育てたいのだが置き場に困った。苗木の商売は突き詰めれば、高く売れる商品を限られた面積のなかで育てるかにかかっている。遊びで育てた時はあまり考えなかった。鉢に入れる土もそこいらにある落ち葉の朽ちた砂利まじりの庭の隅にあるのを使っていた。 桜の鉢を移動する際に気がついた。与論の農家に一番嫌嫌われている雑草ヤハタソウ(オイザリス)が鉢のなかで生い茂っている。これでは商品にはならない。苗木の商売は、用土の準備からだと、せっせと真土を運び砂と堆肥とに混ぜ合わせた。 苗木の商売もコンビニエンスストアーと同じようにいかにスペースを有効に使うかである。青空を利用する空間展示場だと考えよう。光と風、雨と土、見回りの道と潅水の道。虫と病気につても考えなくては・・。野菜と果樹はこれまでいわば有機農業を実践しているが、苗木づくりでも無農薬で行こうと思っている。除草剤を使わないような工夫が必要だ。
2007.12.22
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突然役場の同僚がきて オオゴマダラ再生グループの綴を求められた 資料の整理が出来てないので捜すのにおおわらわ これも夢の原因 山口 誓子さんの句碑 皆田はなれを望む 夢から覚めて良かった。昨日、夕食時にブラジルの人の、予知夢の放映をみながら最近見た夢の話をした。私は予知夢は見れないが、色や音、香り、触感はもとより自由自在に空を飛ぶ夢を見ることもある。怖い夢は、ブレーキの利かない車に乗った時などがあるが、決してぶっつからないのが不思議だ。 今さきの夢は、簡単な入試試験会場で受験者や試験官が全て親戚や知人であった。楽々合格するつもりで受験会場に座っていた。試験開始1分前に、母が教室内に励ましの声をかけにきたので、「うるさい」と追い出した。開始の合図を受け、筆記用具を探すと、鉛筆も消しゴムもない。となりの聖子ちゃんが貸してくれたが、今度は試験用紙が見つからない。数学のテストだと思っていたのに、問題用紙は音楽だという。あせった・・・、窓からは知人の応援の顔がのぞいている。親戚の山西さんがどんぶりでぜんざいを持ってきてくれて、余裕時間があるだろうから食べてから頑張れという。まだ試験用紙がみつからないというのに・・・。弟が来て「兄さん、蛸とり棒をしらないかという」この前とったまま、蛸がくさってるかもと返事すると、頭上の柱時計の時間があと10分しかない。試験官が次の問題からは時間を短縮すると話している。まだ、試験用紙が見つからない。 目が覚めた。役場を辞めたら期限を気にしないで過ごせるとの思いは強く持ってた。又、テストで失敗した深層心理も働いていると思う。年内の達成したい目標も気になっていた。蛇皮線の歌の一曲を残している。もう一つは、郷土研究会の発表課題も手をつけていない。 夢でよかったと、忘れないうちに書いておこう。今日は注文した緑化苗木の配布がある。来年は私も苗木生産者として産業振興課の事業にお世話になりたい。夜は、沖縄県伊江村長の講演がある。今夜は色々な催しがあるが、伊江村にお世話になったのと将来の島づくりの夢を追い、村長のお話を聞きにいきたい。その後は、中央通りのイルミネーションに誘われるままに。夢老い酒でも歌ってみるか。
2007.12.20
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私のパーマカルチャーも何とか進んでいます。 ミミズの土と去年のこぼれ種のイギリストマト 昼過ぎ、鹿児島地方法務局与論出張所から電話がきた。「登記謄本がいつでもとれますよ」これで年内に目標のNPOの立ち上げをする事ができる。目的等 目的及び事業 この法人は、与論島において、与論の自然の蘇生に関する事業や地域活性化に関する事業を行い、住みよい与論島作りを目指し、地域の発展に寄与することを目的とする。 この法人は、上記の目的を達成するため、次の事業を行う。 1 環境の保全を図る活動 2 まちづくりの推進を図る活動 この法人は、上記の目的を達成するため、次の事業を行う。 1 特定非営利活動に係る事業 ・記念植栽事業 ・植生調査事業 ・植樹指導事業 ・与論島の情報発信事業 2 その他事業 物品販売事業 登記記録に関する事項 設立 平成19年12月19日登記 鹿児島県知事に登記完了届けを提出して受理されれば設立会員の皆様に申し開きができる。報告会は来年の新年会を兼ねて中旬以降を予定にしよう。 設立趣意書は又の機会で・・・。 このブログで、今後ともよろしくお願いします。 とうとぅがなし。
2007.12.20
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蛙が丘の 廃品利用水溜め これから珊瑚石を並べてみます 挿し木のクロトンを鉢あげして育てています 応援農業隊員に 報告と感謝 ようやく陽が射してきて、寒さから解放されそうだ。9時には15.5度だったので今年一番の寒さだったようだ。けど、今年は割かし暖かい冬だ。昨日のニュースでは、磯庭園の桜(狂い咲き)が写されていた。冬は冬らしいほうがいい。 忘年会も無事終わった。集まりが遅く、開会は8時だった。25名ぐらいを予定していたけれど、男性2人が抜けてしまった。集まるまで冗談をさかんにとばして、談笑していたがあまりおそいので先につまみ食いなどして待ってた。ぴしゃりと集合、閉会ができるといいのだけれど・・・。7時はあまりにも早かったのだろうか? 美智子が用意したくじで座席を決めて座った。私は司会を頼まれていたので、進行に注意を払わなければならなかった・・、いい具合に玲子のとなりが空いていた。あまりいい挨拶はできなかったが、さて開会。早速して、よしの嬢の乾杯の音頭、武雄の大杯係り、が一巡するまで料理をつついた。有線が一通り廻ったあとは、美智子が準備してくれたゲームにかかった。 つづく
2007.12.20
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ミミズ きゃべつ ニンジン・大根 登記申請書の作成で悩んでいたが今日、やっと申請書を作り上げ受け付けてもらった。昨日、粗仕上げの書類を持って法務局・与論支所に行ったら以前与論に勤務されていたMさんが窓口で対応していただいた。Mさんとは町民生活課在職中に顔を見知っていたので、申請書の相談をするのに気持ちが落ち着いた。申請書類の不備な点を指摘してもらい、あとはワープロで手直しや追加作業を終えて、きょうの午後には届出を終えることが出来た。 今日は雨も降ってくれて、昨日予定してた農作業もできなかったので、室内作業の有意義な時間のとり方となったが、3時あとから家のなかでのらりくらりと過ごしている。雨の日は思い切って外に出ると仕事も多いが、いったん引きこもると体を動かすことが億劫になる。 図書館に行こうと女房に誘われたが、毛布を足にまいてパソコンと睨めっこ。夕べの仕度の臭いをかぎながら書いている。 ミミズの土を昨日畑に戻してみた。写真で確認できるだろうか・・・?一応、ミミズ育てには成功したが、ミミズの魔法の土はできていなかった。ミミズの種類が違うせいかもしれない。
2007.12.19
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果樹振興会のアテモヤ栽培農家の主なるメンバーによるアテモヤの試食会をした。果樹農家の大先輩の西さんから千葉県暖地園芸研究所からアテモヤが贈られて来た。見事な大玉の果実なので一人でたべるのはもったいないからヨロン産のと味比べをしたいとの誘いをうけていた。産業振興課の担当が連絡取ってくれて、昨日の昼後試食会をした。ヨロン産の出荷用の箱に並んだアテモヤを見たときチェリモヤではないかと思えるぐらいにゴツゴツの突起がなかった。形が揃った、400グラムほどの果実だった。数日置いて食べごろになっていたので灰色をしていたけれど、ついた時は緑のきれいな出来栄えだったと聞いた。流石は園芸の先進地、千葉県だとため息がでた。 品種は「ヒラーリーホワイト」と「ピンクスマンモス」だった。糖度は24~25度で充分に味があった。食味には好みがあるので、どっちがいいとには評価が違ったが競争の産地になるのは間違いはない。 西さんが自宅のものを切ってきた。糖度は25度でまずまずである。千葉さんより酸味が強いと評価で一致した。 その後、産地の拡大や交配技術等について雑談した。3時過ぎから飲むのは不謹慎だというところに「レモンが豊作だ」と訪ねてきた阿多重機の社長宅で数種類の蜜柑を試食し、又お土産で貰って帰宅した。 与論島(ゆんぬ)ブログ村開設のお知らせ をもらってたので参加したが、わたしのパソコンの不具合でつながらずあまり勉強にはならなかった。 となりの与論マサさんがミクシーのメールを送ってもらったので帰ったら早速試してもらった。 疲れが溜っていたのか夕食をそこそこに早寝して、今朝は寝坊するまで充分に睡眠をとった。長く寝ると沢山の夢をみることができる。 夢の体験で人生が2倍楽しめる。今日は、どんな日になるだろうか。遅い散歩にでかけよう。右肩が少し傷むので、海岸掃除はお休みしよう。
2007.12.19
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おたまじゃくしの棲家 のつもりで 蛙の丘これをコピーして貼り付けてみてごらんなされ!! 自給野菜の栽培に本腰で取り組んでいるが、思ったようには育ってくれない。農大卒だといばってみても、実際に食卓をにぎわせる作品が出来なくては妻に笑われている。大根、ニンジン、ほうれんそう、キャベツ、さといも、しょうが、ジャガイモ、きゅうり、タカナ・・・。 ハーブとか葉野菜は妻のエリア試しているが、これもなかなかである。今朝に、スナックエンドウの支柱にネットらしきものを張った。夏野菜に比べ冬野菜は作り易いと聞いていたが、あにはからんや・・、である。これから北風も厳しくなるので、明日は農協で頼んでいた防風ネットでパイプハウスを覆ってみよう。 蛙の丘の石組みは砂に埋まって写真映りがよくないが、現時点の畑の様子を写してみた。妻は民生委員の第1回の会合で出かけている。一人では夕食も進まない。友達とワイワイ騒ぎたい気分だ。ちょっと疲れ気味のようだ。 ぐっすり寝たら元気もでるだろう。今晩は冷えるかんじがする。
2007.12.18
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一向に片付かない部屋 地球儀は 弟が誕生祝いにくれたもの 南半球で役に立っただろうか 疑問 皆田海岸のいつもの姿 スナックエンドウを1袋蒔いたらきれいに揃って発芽している。支柱を立てたてこれからネットを張ろうかと準備まではしたが、小雨が降って作業を中断した。雨を待っていたが潤いをするほどには降ってくれず困ったものだ。里芋農家にとっては特にその思いは強い事だろう。里芋の導入経過については以前に少し触れたが、現在の産地形成につながったのは、立長集落の有元さん宅での試作から始まった。赤いダイヤになるとの音頭をとったのが、時の農業改良普及員、後迫先生であった。インゲンが定着してたあとに、サトウキビとの輪作にあった作物の選定であった。4年輪作の100ヘクタールが目標だった。値段の低迷で目標には及ばなかったが、一応の産地として認められているらしい。中国の輸入物に脅かされたりもしたが、安全安心が見直されて値段も引き合いも多くなったと聞いて最初に取り組んだ者として嬉しい限りだ。 そういえば、実えんどうも試作された。城集落の林さんを先頭に立長の伊波のグループが取り組んだ。オクラと同様、台湾の輸入物との競合で衰退してしまった。何時しか台湾が工業国にかわり輸入農産物がすくなくなったのだろうか。オクラが再び栽培されるようになった。農業こそ国際競争の時代になっている。油が高騰すれば農産物の値段も上がらざるをえない。将来を見越した作物の選定を常に考えておかねばならない。経営の能力が問われる所以である。
2007.12.17
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明日 羽化してくれるかいな・・。 大金久海岸 グラスボート発着所より 南の方角 りんごの贈り物が届いた。唱歌 ふるさとの里 のチラシが入っている。妻のおばさんと今電話してる最中に書き込んでいる。 長野県 環境にやさしい農業推進会議の折り紙つきの商品である。毎年いただいて 親戚にもおすそ分けしている。農家の顔が見える農産物がこれからの商標だろう。私のマンゴーも こんな商標をつけてもらえるような有機農産物でありたい。 海の無い長野県と 山のない与論島がもっと交流できたらいいなーと思う。渡りをする蝶 アサギマダラの調査研究の交流も期待している。 夕方、犬の散歩と中に呼び止められた。広島の大学の研究室でオオゴマダラに興味のある先生がいると聞いた。与論にゆかりのある方が助手をしていて、アサギマダラやオオゴマダラの研究をしてるとのことなので、何か手助けをしてあげたいが、今のところ私もオオゴマダラ再生の実験中。違う立場で研究するのも面白い気がする。 マダラチヨウのおかげで交流が広がるかもしれない。
2007.12.17
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もやい結びの練習 写真がヤット取り込めた 今朝はまともな状態にある。昨日の朝は集落の奉仕作業で植栽をしてきた。他の自治公民館のモデルとなるような緑地にしたいと願っている。宝くじの事業で一応の植栽をすませていたが、まだまだ殺風景に思えていた。そのときの樹種の選定にかかわったので、物足りなさを感じながらも見過ごしてきていたのに、今回は老人クラブ会長からの声がかかりに喜んで苗木を提供できた。ついでに多少の管理もさせてもらいたい。花壇以外の緑樹については庭木のような植栽をしていきたいと考える。以前から数本の植栽を試みたが、雑草と間違われて切り取られてしまった。今回はみんなで植えてもらったので大丈夫だろう。目立つ花木を記念に植えたい。テイキンザクラ(インドサクラ)が挿し木で咲いているので移植してこよう。夜明けが待ちどおしい。
2007.12.17
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あひるが ある日に転嫁。とある出来事でしたが、 皆田の海岸に摂りつかれてしまった。 不思議の縁でとりまとめられたムヌガッタイがある。 多分に ガシガシのヤカが知らせてくれると思う。 映画 めがね は 解りにくい。 がしがよー、 自由とはなんだ、 しあわせとは・・・、 誰のために生きるかを考えたら もう 眠りたい。 飛行機の音が自宅で聞こえて 時間がわかる 幸せ。 映像が ダセナイ もったいなさ。 ソウソウ 山口 セイコさんの句碑の前にて、 思ったこと。 すみません。 雨に歌えば
2007.12.16
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,73・6I邸宅園 清水友雄 造園家 の ガーデンアラカルトによるとハナミズキが珍しいと思われる時代があったようである。明治の末、日本からアメリカえ桜を贈った返礼として大正4年に当時の東京市に寄贈されたのが第1号であるという。日比谷公園のアメリカハナミズキはチェキーチーフだったろうかは記憶にないが神代植物園や新宿御苑のハナミズキが印象に残っている。学校をサボって新宿御苑に都会の喧騒から逃れていた。温室の前のユリのきはすでに大木であった。3年ほどか前にハンテンボクを視に行ったら、丁度花の季節で写真家が三脚のカメラを構えていた。 誰と一緒だったか忘れてしまったが・・・、与論の人に都会のなかの泉を見せたかった思いがある。 はなみずきといえば白ではなく ピンクぽい 恥紙色かな・・・。弟の嫁の披露宴は正月あけの123に決まった。 一人芝居のかくし芸を考えておきたい。もう一つ オオゴマダラが羽化していた。 今朝は 古里公民館で老人クラブの庭園づくりの応援をさせてもらった。自宅の緑化の次は集落に向けて発信したい。 そして、町へと広がれるように 心したい。昨日は 町の建設業会のボランテアで溝掃除があった。これから現場写真を撮っておきたい。 自慢したい 奉仕作業である。 公務員の姿が見え隠れしてたのも、 いいね。 ちょっとした 甘口。 これは 私の果樹園となりでの 集落民による半分は奉仕作業。 公民一体の作業である。 与論の 誠はいかにぞある。
2007.12.16
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追い込まれた魚 追い込み漁の体験写真 中秋の海 朝、閉口一番「しっかりしなさい」といわれてしまった。で、タイトルを 社会性がないにした。 人間失格 に 似た感情になる。太宰には私をひきつけるものがあるので深入りはしないつもりがある。南国に居て、東北の感情が解る筈も無いのにと思いながらも、 何故かしらとの情感である。 訳のわからないこと、書いてしまった。役場を辞めて気ままに暮らしているので、確かに社会性を失っているのだろう。 社会が畑の中にあるだろうか、などと考えるから社会性がないと諭される。 あまり考えると働きたくなくなるから、少しは反省して相方のいうことを素直に認めよう。 今晩は弟の長男の結婚の日取の打ち合わせがあるという。だから、「しっかりしてね」 なのだろう。与論の結納は「くちだるん」からはじまる。 私の結納には弟が父の代りに出水まで行ってくれた。しっかりしてね、 に意味がある。そうだった、竹 の顔があったのだ。 相手方の親族から面白い兄がいるらしのでと指名があったらしい。やはり、しっかりしないといけない。 今朝は散歩は省略。しっかりしてないと思う。
2007.12.15
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この蛹が 羽化してくれた。 この庭で 子孫を増やして欲しい。 与論島十五夜踊りの組踊りの中に この庭 の題目がある。 林学博士 上原敬二 著 6 庭垣・袖垣・工作物類を開いてみた。 冒頭に書かれているのは「垣は日本人の心のなかにある」垣は単なる構造物、工作物であるには違いはないが日本人である限りはそうした外形にだけとらえられず、その奥にひそんでいるいろいろの意味をかみ分けてこれからさきの庭園にその精神を活かしてゆきたいものである。すでに幾度も述べたとおり、日本式庭園の特徴は石組みと垣つくりと植栽の三つにあるので、これを除いてしまえば日本の庭師はただの労務者になりさがってゆくばかりである。この三つのうち最もおろそかに考えられているのが垣つくりであると思う。 「庭つくりの用意と構想」とともに、何時か自分の庭を造る時のためにと買い置きしていたが、まだ熟読してない。足腰がたたなくなってから読みたくなるような入門書である。 紐の結び方 で思い出して開いてみた。昨日はパイプハウスの棟上げをする予定だったが、止め金具がなくて中断、注文した部品が届くまでお預け。代わりの作業に、鋼管パイプで箱型の風除け施設を作ってみよう。夏場には黒の寒冷紗をかけてキュウリや葉野菜を栽培しようと考えている。これが完了したら、地割がほとんど出来上がる。周りには、気に入った花木の植栽を楽しみたい。 蛙の丘の石組み(小さな小さな)の廻りにを砂で埋めた。もう少し継ぎ足すとしよう。マンゴーも花芽が見えてきたようだ。農作業が本格的に 忙しくなりそうだ。法務局への手続き書類は来週おくりとしよう。 底冷えがするので、足を毛布でくるんでの書き込み。犬を連れてでかけよう。
2007.12.14
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赤い紐が切れてしまう前のつながれし 犬 もやい結びの練習に使ったが またもや 忘れてしまった。 畑の隅に蛙の水溜を造っておいてた。そこに 少しの石組みをしてみた。 悦に入っていた。 5時のチャムが鳴って、隣の新築現場の帰りの準備をするところに初代の果樹振興会長が有線瓶を1本携えてきた。案の定酒盛りが始まった。 居ても立っても居られなく、野菜の水掛をおえてイカの塩辛を持ってお邪魔ムシ。結局盛り上がって、カラオケしに茶花の飲み屋までおでかけしてしまった。まーまー、 あんまり怒られないですんだようだ・・・。時間が来ているのに外が暗い。曇り空のようだ。 心配してた肩は動かしているうちに良くなった。貧乏性だな。 オオゴマダラが飛ぶ姿がみられたらいいけれど、次に羽化する蝶を捜してみよう。
2007.12.13
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かんまりに酔ってます、 できれば 写真だけでも。
2007.12.12
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農作業で便利のものは荷物を運ぶ一輪車だ。ネコ車と呼んでいるが、どんな意味からそう呼ばれているのだろうか?車輪の鉄環の部分が錆びてチューブに穴があいたので車輪ごと交換した。購入して1年足らずなのにとメーカーに文句いいたかったが、安かったのでなき寝入れして、仕入れた農協さんに注文つけておいた。係りの対応が良くて、結局交換タイヤを買って付け替えた。つぎから次へと農作業の資材がいるので農家はたいへんである。 法務局にNPOの登録申請の指導を受けたついで、税務課を訪ねて農業所得が赤字になった場合の払い戻しが出来るか聞いてみた。3月までの給与所得があるので確定申告で領収書をつけて申告したいと思う。これらの税の申告を怠ると働き損になる事も多い。キビ作農家には無申告で基準評価額が課税され大きな損をしている方が多い。私も、父や母の医療控除を申告してないので、これからはもう少し関心をもつことにしょう。 昨日から別のパイプハウスの組み立てにかかった。Kー6型なので高さが高く、一人作業は苦心した。おかげで左肩を傷めて今日の農作業は出来そうもない。今日中に棟上げ祝いができる心積もりだったのに残念だ。 昨日、オオゴマダラの蛹が黒く色づいてきた。今朝は羽化が見られるかも意知れない。玄関横の蛹が見当たらないのが不思議だ。大きな天敵がいるのだろうか? 一輪車の使い試しをしようと思ってたのに、この肩の痛さでは、砂を乗せて運ぶ気にはなれない。申請書のワープロ作業に専念するとしよう。
2007.12.12
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盛窪(むいこ)離れ島 書くことがなくなってしまった。そろそろブログのネタ切れか?夜明けまであと1時間、本棚の背表紙を見たら「カラヤンの世界」 カール・レーブル著作が目に付いた。内容は全く記憶にない。一世を風靡した彼の指揮者としての名声は誰もが知るところである。金管楽器の切れのよさと流れるような華麗さは学生時代の私はあまり好きにはなれなかった。与論に帰ってからはクラシックを話題にする仲間がいなかった。何時しか、レコード針も買えなくなり自動制御のビクターQL-7の回転もおかしくなって、交響曲を聴くこともなくなってしまった。暮れが近づくと、第九が流れるのでTVの演奏会で見ることも在った。紅白の裏番組などが思い出される。 子供にはピアノをおさわり程度には弾けるようにと、中古のピアノがパソコンの横に置いてある。何時しか、私の雑用書類の置き場になった。近所の子供の遊び道具になってた事もあった。調教師も来なくなっているのでどんな音がでるのか。正月は娘が変える予定なので、ふたが開くかもしれない。 21日(金) PM:8~食べて、うたう、AMANの年末パーテー!第一部 食事(軽食) ワンどりんく月第二部 うたと演奏 歌と演奏は 池田理恵さん そして、みんなで歌いましょう! トラットリア AMAN 長崎 (97-4422) 与論島もこんなに変わりました 与論島への移住者 歓迎いたします。
2007.12.11
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菊池寛のちちかえる。そういえば、地下鉄がどこから入ってどこから出るかで眠れなかったことがあった。 満員電車で 父がかえるなんて小話も懐かしい。 あわさんが あぶさんで酔った映像。 どうだい、 未だ若いつもり。
2007.12.10
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船倉から 大金久を覗く 葬儀会場の 屏風絵 大内森業著作 「ゆんぬ」 与論 島のくらしと民俗 から いちょき長浜にうちゃいひく波や 茶花乙女(みやらび)ぬ微笑(みわれ)歯ぐき 解 茶花のいちょうき長浜に、打ち寄せては引き、また打ち寄せては引いていく小波をみていると、丁度きれいな乙女たちが歯茎を少しあらわして微笑している美しい姿と好一対である。 記念誌 大島支場80年のあゆみ 昭和57年7月 によると 祖父 竹 玉盛は 大正4年就業者になっている。糖業伝習生 で 与論町で出てくる名簿の筆頭者は明治42年修業者 叶 喜志盛 町 前菊 山下 為内奄美大島の糖業史の名簿を見ながら考える。 今年はサトウキビが豊作だ。 薩摩と西郷 奄美はキビしい。 淋しいを黒糖に変えれば ペリーも喜ぶかも知れない。 たった支配で 夜も寝られず 朝が 待ちどうしい。
2007.12.09
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犬のチレットと砂遊び 保安林については、森林の公益的機能のため、保安林内における行為制限が定められております。 里山というのがあった。他の市町村では共有財産であったろう。与論には共有の山がない。与論町有地がほとんど無いにひとしい。海浜地は国のもの、保安林は県の管理であり、町は申し立てで借りてるような感じがする。 法律の範囲内で有効に活用できるように資源を活かしたい。 保安林に守られた砂浜が地球温暖化でどのように変わるだろうか・・。今日もいい天気。
2007.12.09
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指令市町村第 65 号特定非営利活動法人 与論島ウンパル学校の設立について・・・認証します。県知事より通知が届いた。次の作業は法務局への登記である。そして登記完了届けを提出して完了となる。年内には済ませたい。 通知の出所は鹿児島県総務部 市町村課長 岡田○○ となっており出会いの奇遇さに驚いている。岡田さんとは農村振興運動を担当してたころに知り合った。エリートコースを歩いていると聞いていたが、やはりそうだったのかと嬉しいポストだ。お世話になった方々がそれ相応の管理職のポストについている。お会いして色々指導を受けたいものである。 忘年会のシーズンになっていて、郷土研究会から打診があった。郷土研究の発表をまとめてないのが気がかりである。あれこれありすぎたと、言い訳して参加しようと思う。 NPOの申請手続きにお世話になった瀬戸口さんにあいさつにと思ってたが今回も暇をつくれなかった。せめてはと思い早朝に、鹿児島県民交流センターに立ち寄った。写真だけでも・・・。 名山町 の行きつけの テリーナでカラオケ歌いました。 25年ぐらいののお付き合いでしょうか 港大通公園のイルミネーションがクリスマスを連想させました。
2007.12.07
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昔を思い出せる熟年の方から与論島の海の事聞かされると、島に住む者としては罪人のような思いがする。 魚が少なくなったが第一声である。ついで、きれいだった珊瑚がない。 珊瑚礁の衰退は与論で暮らす者たちだけの影響ではないが、私もこどもの頃から海で泳いでいるのでその変化については良くわかる。皆田の海岸を長年見続けてきた。船揚場が出来、漁港もできた。防波堤が潮の流れを変えて、浜の形も昔には戻れない。その、生活のための施設のおかげで、生計を立ててる人もいる。 先日、お魚を頂いた方からお話を聞いた。法律とは、人を殺したり、政治や大きな商売をするそんな偉い人が悪事をしないためにあるもので、我々の貧乏人が暮らすために、自然を法律で縛る事はおかしい・・・。 私がお魚を獲ることも、貴方が砂を取ることもこれは海の神様からの贈り物だから・・・、と。 砂の移動があちこちで見られる。珊瑚が砂で埋まってしまい、海水の温暖化が進むと思われる。珊瑚の復活のための努力がダイバーの協力で進められている。そして、海洋研究・調査も進められている。これを契機に、与論の海洋資源について住民がもっと意識を高めるべきだと思う。 世界遺産を意識した活動をどの部署で進めて、本気で取り組むかを住民に知らせて早く意見をまとめてもらいたい。 議会便りが届いた。3期目を果たした町長の心境は 「原点に返り町政発展に全身全霊をささげる」とある。公約に対して、協力を惜しまない者の一人でありたい。表紙の「親子で健康ウォーク」 海岸の写真はいいね。 写真を載せるつもりが、取り込みの操作が出来ず困った。 しらん
2007.12.06
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天国の使者 オオゴマダラ蝶 商標登録 南国特産 文旦飴 とある。セイカ食品株式会社の製品である。子供の頃、鹿児島に住む親戚の方からのお土産として食べたのが初めてであろう・・。 鹿児島のお菓子は、かるかんや紅いもなど今では色々にぎやかになってきてなんでもありになってきた。飛行場でお土産を選ぶのに困ってしまう。豊か過ぎる日常の生活に麻痺してしまってはいないだろうか? 祖母の妹(六女)の葬式に行って昨日帰ってきた。鹿児島市で2年暮らした(浪人)。其の時お世話になったのが故人(98歳)であった。東京で学生暮らしをしてた間、船と列車の乗り継ぎに立ち寄らせていただいてのが三和町でした。神棚には何時行っても花が飾られ、線香のあとがくっきりと刻まれていた。薩摩焼の湯のみを愛用していた。訪ねていくと「なぐりゃー、きちゃんみー」と気安く迎えてくれた。 何時も、西駅(現在の中央駅)まで見送りに来てもらい、発車するまで構内に立っててくれて、手を振ってくれた。お土産は何時も、ボンタンアメだった。西駅を離れると、「カクイワタ」と「ボンタンアメ」の看板があちこちでみることができた。鹿児島の印象として今でも残っている。 時代もかわり、今は飛行機で行ったりきたりするので気が付かないことも多くなってしまうが、空間の移動のなかでイロイロな事を考える。ワープする瞬間が私の過去と未来を想像の世界へとかきたてる。 予想以上に、懐かしい方々と出会うことができた。ウメばあちゃんに感謝。天国で見守ってください。 朝の三日月がみえている。農作業を本格的にしないと収入がない。頑張ろう。
2007.12.05
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砂泥棒の軌跡 幼虫が次第に大きくなるにつれて観察できる固体が少なくなって、どうなるか心配していたがついに蛹が見つかった。冬に向って寒くなっていくので、今度は何時羽化するのかまたもや心配は続く。幼虫が羽化前にぶら下がっている写真を撮ったが、残念ながらこの固体は羽化に失敗してしまった。現在のところ、3頭が黄金色の蛹となっているのを確認した。幼虫を見かけなかった玄関脇のアダンで蛹を見つけた。ということは、どこか別の場所でも産卵している可能性があると思われる、嬉しい発見であった。昨日、保安林の改良で造成された防風林帯を見回りながらゆくゆくはここら一体に放蝶したいと思った。幼虫の餌となる食草のホウライカガミを種子から育苗する技術も実験済みであるのも心強い。パイプハウスにネットをかぶせれば、飼育場もできあがるのでいよいよ来年から本格的に取り組める。次はベニモンアゲハの飼育に挑戦してみよう。鹿児島昆虫同好会の「SATSUMA]が届いている。表紙は話題になっている「クロマダラソテツシジミ」である。お世話になっている、田中洋先生の記事も載っている。ソテツの害虫であるが、私の庭のソテツも食害に会っているので、与論で越冬するかの記録をとっておくと発表できるかもしれない。未だ一度も投稿してないので、先生方の仲間にいれてもらうための記録を少しはしておきたい。 鹿児島市に住んでいる、祖母の妹がお亡くなりになった。浪人時代お世話になったこともあり、祖母に一番似たおばあちゃんのお見送りに今日の飛行機に乗る予定。葬式ではこれまで会えなかった親戚に会えるという嬉しい部分もある。高齢だし、看護を尽くしたという安堵感も手伝ってのことだが・・・。久方ぶりの、島外でのお葬式だ。 今朝は小雨が降っているので、砂運びはどうであろうか?お魚のお礼もしなければならないいけれど。
2007.12.02
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この水槽を引っ張って泳いでいるお魚を載せたらうけたので続き。今朝も同じところで砂運びしてたら、昨日の漁師がウエットスーツに着替える姿が遠目に見えた。運び終える頃には昨日とは別の場所で素もぐりの様子が見えた。獲った魚はどうするのだろうか?漁業協同組合で聞いてみよう。今朝も昨日もらったお魚の料理だった。手には昨日捌いたお魚の臭いが残っている。今日は芸術の秋、子供育成会や公民館教室の発表会がある。すこぶる天気がいい行楽日和。農業にはもったいない天気だけれど、庭弄り半分、農作業半分、芸術の秋は見逃そう・・・。
2007.12.02
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数日前から、前浜の砂を頂いてきている。海に向って右側に集まる砂に以前から不思議と魅かれていた。今朝は昨日の報告会の後片付けをしたあとこの砂場に足を運んだ。久しぶりに晴れて、海もないでいた。沖で誰かが漁をしている。素もぐりの漁であることは解ったが、何を獲っているかを知りたくて眺めていた。漁を終えたみたいで岸に向うので、行方の方に岩場伝いで追いかけたが途中で見失ってしまった。仕方なくそこいらを探検したあと車にもどると、近くの船揚場に先ほどの浮き箱をつないだ漁師が見えた。獲物を見たかったので(サザエかと思い)近寄ってみると、顔見知りの方だった。獲物は、意に反して魚だった。写真を撮らせてくださいと言ったら、お魚を分けていただいた。何といっていいかわからないような、断っても失礼なようで頂いて帰った。今日のお昼の味噌汁を作って思い出すことも出来ない久しぶりの自炊をした。 オーストラリアの研修報告会も無事に済んで、いよいよ師走の月に入った。今年の締めくくりをそろそろと考えよう。昨日、オオゴマダラの蛹を見つけて、これも一段落。自然万物のうつろいに感謝。 お魚の写真を取り込んでみよう。
2007.12.01
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