全20件 (20件中 1-20件目)
1

自動灌水器の分品が届いて、朝夕に水やりが十分にできるようになり、茄子も成長して今朝、収穫した。灌水器の部品はモノの値段よりも送料の方が高いという主客転倒的なものだったが、ま、仕方ないかと渋々受け入れることとした。ネットで買えば送料無料だったかな?まあ、某ネット市場などは、送料無料を出店サイドに無理強いして、公正取引委員会からなんだかんだとあった記憶があるから、その尻馬には乗りたくないとも思う。多分、今シーズンはこれが最後の収穫かと思う。こじれて小さいのと、まあまあ育ってくれたのと、計6個。茄子の料理って、何が美味しいか??楽なのは煮浸しだが・・・・塩分制限でたっぷりの醤油を使えないのが残念なことだ。スライスして、キュウリやキャベツと一緒に塩揉み・・・これも塩をチョッピリしか使えない。機能が日々衰えていく五臓六腑、今更遅いとはいうものの、少しでも長持ちするように労わって働いてもらうしか他に選択肢はない。茄子は油をどんどん吸い込んでいくので、油炒めはなかなか気の進む使い方とは言えない現状。油を吸わない下処理もあるけれど、面倒くさいというのが本音だ。そうだよなあ、あれもこれも面倒なのだ。面倒が先に立つと、全てがそこで止まってしまう。老化は面倒さとの闘いの日々・・・負けないぞ、面倒クン!!
2025/09/29
コメント(0)

自動灌水器と言う便利なものを知り、購入したのはもう13年も前になっていたが、未だ故障することもなく動いている。 もっとも、稼働するのは夏場だけのことだが。後の時期は物置で眠っている。しかし、蛇口に固定する部分のパッキンが劣化して漏水が激しくなり、購入したホームセンターに行って、部品を探したがオリジナルらしくて売り場には無かった。店員に相談すると、メーカーに問い合わせてくれたが、当時のカタログ等調べてくれと言う。自宅に取って返してなど、手間がかかったが、取り寄せできることになった。予想したことだったが、部品は700円余り、送料の方が高くて960円だったか・・どうしますかと聞かれたが、それが無いと全体が不具合を免れずに、使えなくなる。苦渋(笑)の決断で取り寄せた。その際に撫子の花を見掛けて、買って帰り鉢に移した。カワラナデシコとか、タカネナデシコとか種類はいろいろあるらしいが、ボクにはどれも同じに見える。花にはマコトに申し訳ない次第だ。以前にも鉢植えにして何年も花を咲かせたことがあるが、大概は出掛けて水やりが出来なくなって枯れてしまうのだった。そこで、水やりを代わりにしてくれる機器を買ってみたのだった。維持管理が面倒で、ホースが劣化して外れてしまうし、ヘッダーが劣化して折れてしまう、等々あると、面倒になってすべて捨ててしまえと思ったりする。マイナーチェンジを繰り返しているらしいこの機器の最新モデルは多くの例に漏れず、小型化して機能もプラスされているようだ。だが、まあ、買い替えは全く考えていない。そんなに多くのプランターや鉢を面倒見るつもりは無くなったし、出掛けることも減ってきている。つまりは、老化という事らしい。
2025/09/26
コメント(0)

この季節が来て、徘徊している路傍に咲く彼岸花(曼殊沙華)を見つけるといつも決まって思うことがある。ちゃんとお彼岸には計ったように花を開かせているということだ。暑い夏だったから、しかも飛び切り暑かったから、花を開くのが遅れるかと思えばそんなことは無かった。子供の頃に墓参の道すがら、田圃のあぜ道にこの花が毒々しい赤い花を開いて咲いているのを見て、母が「毒のある花だから、触ってはいけない」と、無鉄砲なボクに先回りし、諭すように注意してくれたのを思い出す。 こんな時に思い出すのは母のことなのだ。決して父では無い。子供にとって、母親は永遠なのだと改めて思う。男親は埒外なのだった。そんな記憶もあり、彼岸花は余りいいものでは無いと心の奥に刷り込まれている。この花を栽培し、一面の赤い絨毯を敷き詰めたように咲かせている観光地が幾つかあるが、行ったことは無い。その訳は案外そんなことが行動を規制するように働いているのかも知れない。
2025/09/25
コメント(0)

お茶する?・・・・・する、する!!コーヒー? 紅茶? 緑茶? ほうじ茶? さんぴん茶?いや、お茶って言ったらお茶だよ、深蒸し茶!!茶どころに住んでいるから飲んでいるお茶。日本茶ともいうかな。最近、その消費が落ちているらしい。風聞だけれど、幼馴染がお茶屋に努めてン十年、売れなくて、スーパーなどの店頭に立って販売活動をしているが、売れないという。若い人は緑茶なんて飲まないだろうなあ・・・コーヒーは世界的な需要増に対して、温暖化によるものかどうか、コーヒー豆の不作が重なって、値段が高騰している。そんな折だから、日本茶に転向してもいいんじゃない??急須を使って入れるのが正しいのだろうが、面倒なので、最近は百均に行ってパックを買い求めて使用している。茶匙で分量を量るらしいが、ボクは目分量で適当に入れる。パックに入れたお茶の葉。お湯はあまり熱くない70度くらいがいいらしい。温めのお湯で、時間をかけてゆっくりと出すのがいいらしい。気が短いと、この時間をかけるというのがイライラするが、まあ、待つと言うことで、精神修養と言い聞かせて。そういえば、玉露という最高級の茶葉は低めのお湯でジンワリと出す、と聞いたことがある昔の話。抹茶がインバウンドの方々に好まれているとか。抹茶は高い・・・インバウンドは円安と日本のスタグフレーションとが相まって、兎に角、日本は物価が安いというらしい。ボクらは昨今の値上げラッシュで息の根が止まりそうなのだが。。。。ああ、愚痴は言うまい 嘆くまい で いいのか???
2025/09/24
コメント(0)

涼しくなる前に、8月の末頃に、花を付けなくなった茄子の枝を切り詰める。新芽が出そうなと部分の少し上で切る。すると、数日経ったころにそこから新芽が出て来て伸びていく。それからまた数日経つと花を付けて、実を結ぶ。その実が収穫できるまで、また数日。「親の意見となすびの花は千に一つの無駄も無し」、このことわざのように、茄子の花はほぼ確実に実を結ぶ。ただし、それがすべて育つわけではないようだが。「秋茄子は嫁に食わすな」という格言(?)もある。余りに美味しいから嫁に食べさせるのは勿体ないという舅・姑の意地悪と言う解釈と、秋茄子を食べると冷えるから、身体に良くない、孫を生むのに大事な嫁の身体を心配して、と言う解釈があるとか、無いとか。かつてはボクはナスは糠漬けしか食べたくないと思っていた。煮びたしや、油炒めはどうも舌になじまなかったのだが。今や、塩分控えが大命題となって、糠漬けは食べないようになり(食べられないようになったというべきか、)煮浸しとかが主となった感がある。暑い夏がずうっと続いて行くような錯覚さえ起こし兼ねない九月の暑さだったが、此処へきて漸く朝夕の気温が下がり、涼しく感じられるようになり、秋の襲来を信じてもいいような気持になってきた。茄子の鮮やかな紫の色を残した糠漬けを食べられないのは本当に残念だが、他のやり方で茄子を食べることを楽しみたい。鉢植えのナス3本に、いくつのナスの実がつくことだろう?
2025/09/23
コメント(0)

もう夏は終わっているはずだが、ボクの家のノウゼンカヅラは今頃咲いている。陽当たりが悪いからだと、毎年咲く度にそう思う。この名前を漢字で表現したことが無かったから、その意味するところも当然知らなかった。空に向かって伸びて行って咲くという意味があるという。四方八方へ向かって弦が伸びて行くので邪魔だから、花が咲く前に切ることが多く、咲かないで終わる夏もある。大体が、ボクが植えたわけではなく、庭に車を入れたくて、ブロック塀を一部解体し、邪魔だったこの花を伐採した。しかし、しぶといこの花は地中に残った根から再び芽を出して来て、切っても切っても出て来ていた。そんなに生き残りたいのかと思い、根を邪魔にならないに隅に移した。それ以来、毎年毎年春になれば新芽を出して繁って、其の度にボクは丸坊主に近いくらいに切るが、絶対に枯れはしない。生命力が凄いと、しみじみ思う。真夏の暑さをイヤになるほど感じさせるこの花、夾竹桃もそうだが、如何にも暑苦しい。この花、毒性があるという、夾竹桃もそうだと聞く。暑苦しいうえに、皮膚炎を起こす毒性があるという、何が良くてこの花を抹殺しないのかと自分に向かって訊いてみる。折角生えてきているのだから・・・・そんな気持ちだけだと応えるしかない。
2025/09/22
コメント(0)

長い間使っていたウエストポーチが先日の北海道徘徊中に壊れてしまった。子供達が誕生日のお祝いで贈ってくれたもので、お金には代え難い品物。ブランドを示すマークの刺繡は疲弊して消えつつある。プラスチックのバックルの爪が折れてしまったのだった。メーカーにメールで問い合わせたところ、バックルの部品売りはしない。ポーチ自体をメーカーの修理部門に送って欲しい、送料はメーカー負担になるという。そんな成り行きに一時は納得したものの、やはり、ここまで草臥れて壊れたものをそこまでするか?という気持ちと、自分で直そうという気持ち、その二つの気持ちがメーカーへ送ることを躊躇わせた。折れたバックルは、本体に縫い込まれてFIXされているから、外すとなると縫製を解すしかないが、バックルに切り目を入れて外すことにした。壊れたものは切ったとしても、もう再度使うことはないのだから、どのように扱ってもいい訳だ。切り目を入れるのは、金鋸、金属を切るのこぎりだ。新しいバックルは雄雌一体のセットで他のメーカーのものを購入した。今までのものよりもやや大きい。これも、FIXされたベルトを通すために同様に切り目を入れて、何とか通した。切り目はベルトに隠れて見えない。ベルト全体の幅で引っ張り荷重を負担するから、切り目に集中荷重がかかる訳じゃあないから、何とか持つんじゃあないかと、勝手に思う。新たなバックルは、ベルトの幅よりもかなり大きい。しかし、これでまあ、何とかなった。バックル代金は354円だったかな?洗濯したら、ポーチ自体も多少は綺麗になるだろうか?こんな風に身の回りの物を不細工、不格好ながら、何とか身の丈に合わせて自己満足に浸りつつ生きて行くのが老いというものか。
2025/09/19
コメント(0)

物価高の折から、何かと切り詰めた生活をおくる毎日。命も切り詰めなくっちゃ・・・なんてことになりかねない日々。キムコという冷蔵庫用の脱臭剤があったと記憶するが、今はあまり聞かない気がする。さる筋から、ドリップで使用したコーヒー粉、これを乾燥させて使うと活性炭よりも優れた機能を発揮するという事を聞きこんだ。早速やってみる。濾した後のコーヒーの粉を天日で自然乾燥する。こんな風に乾燥する。このまま、ドリップ用の濾紙の口を閉めてホッチキスで閉じて冷蔵庫や、ゴミ箱の蓋の裏、靴箱の中、あちこちに放り込んでいる。効いているかどうか?少なくとも、コーヒーの香ばしい残り香がしていることから、多分。効果はあると思っている。活性炭よりも、使用済みのコーヒー粉の方が粒子にある穴の数が多いのだそうで、穴の数が匂いを吸収する元なのだという。毎朝飲んでいるドリップコーヒーだから、ドンドン追加で供給されている。最後は、家庭菜園に肥料として漉き込むことにしている。これ、いいかも!guddojyobu!!
2025/09/17
コメント(0)

こンな日が来るなんて、、、、、、マジ、自分の事とは思えない@@ジジ会、(いや、アタマに血が上って間違えた、)自治会から届いた熨斗紙付き。間違いじゃ無いらしい。本人にはそんな自覚は無い、そんなに生きて来たという感覚が無い。本人の自覚の問題じゃないのだろう、そりゃそうだ何か気の利いたことを言おうとしても、前頭葉のシワが消えかかっているせいか浮かばない。らしく生きることは今は未だ出来ない。これはおあの世から迎えが来る前触れ。
2025/09/15
コメント(0)

長谷村は仙流荘のある村だが、伊那市に合併されたらしい。小さな自治体は中々独立独歩を貫くことは難しい。隣接する高遠町もまた同様。20006年に合併したとのこと。高遠の名はその城跡のサクラの見事さを伝え聞いていて、南ア、北沢峠に行く途中にその名を眼にする毎に寄ってみたいと思っていた。今回その希望を果たした。高遠は三峰川の流域の山間に位置する細長い集落になっている。城はその中の小高い山の上にある。戦後、しばらくは高校があったというグランド跡の駐車場は曲輪のあったところだという。そこへ車を置いて、ヒノキの厚板で作られた広い階段を上がっていく。その入り口には、小さな小屋があり、サクラの開花時に入場料を徴収する場所らしい。石垣は見られず、土塁を主にした城郭らしい。本丸跡に太鼓を打ち鳴らしたという櫓があるが、明治の廃藩置県の際に城を撤去させられた際に町内他所に避難して、その後此処へ戻して、近年まで時刻を告げる太鼓を打ち鳴らしていたという。サクラの木は城跡全体に植えられていて、いずれも古木となっている。季節柄、今は濃い緑を見せているが、開花の頃はさぞ見事だろうことは想像出来る。タカトオコヒガンサクラというらしくその数1500本という。ソメイヨシノは種から栽培できないため、その寿命は短いが、コヒガンサクラなら、寿命は長いだろう。樹の幹にはコケが生えていることから、古木だろうことは想像出来る。花の無い時期にサクラを見に来る、しかもこの異常な酷暑の中に。涼しい木陰を作る木々の緑が花になった光景を想像して、その鮮やかさを偲ぶことにして、木立の中を歩いて行く。本丸の堀を渡る橋、桜雲橋と呼ぶ。その向こうに、門がある。この門も城打ち壊しの際には、城下の方へ引き取られてその形を残したという。ボクは水呑み百姓の小倅なので、城などと言うものは我が身を圧迫する象徴でしかありえないはずだが、そういう「身分」を忘れれば、そこはかとない歴史を肌に感じる。それにしてもよくもまあ、これだけ桜を植えたものだ。順序が逆だが、最後に案内板を見上げた。兵どもが夢の跡。
2025/09/12
コメント(0)

先日の北海道でのこと、ボクの登山靴を見た方が、そんな靴底だと(すり減っていて、ゴムの溝が無くなりつつある)滑って危ないよ!と忠告してくださった。いえ、それは分かってはいますが、何だか勿体ないのですよ、と胸の内で叫んだ。キャラバン社のもので、山を歩いていると同じ靴を履いている人を方々で見掛けて、へえ、人気あるんだなと思ったのだった。この靴を買うときに、値段が手頃なことと、50数年前にハイキングシューズの代名詞として、キャラバンシューズと呼ばれたくらい一世を風靡したものだったことを思い出して買ったのだった。冬山以外はこの靴で歩き回ったから、かなりの回数の山行でお世話になっていると思う。いずれ諦めなければならないことは分かってはいたが、とうとうその時が来たかと観念した。アッパーの布の部分が擦り切れて穴が開いている。靴の先端の外側の部分も擦り切れている。左右どっちの靴も似たようなところに穴が空いている。で、代わりの靴を買う算段をしたのだが、ワークマンのものを選んでみた。キャラバンの4分の1くらいの値段になる。トレッキングシューズという呼び名になっている正札。靴紐をスニーカーのように穴に通している。穴を開けないで金具に引っかける従来の登山靴とは異なって、穴から水が入るなあと思わせる。値段相応か・・・・妻先から甲の部分の布地も見た目が柔らかそうで剛性に欠けるような弱いような印象を持たせる造りだ。文句言うなら、買うなよなあ、って自分に突っ込みたくなる(笑)足首に当たるシューズの縁は柔らかくクッション性がある。靴底のラバーが薄っぺらい。直ぐに減っちゃいそうなそんな見てくれだと思う。山を歩いていてこのラバーがベロンと剥がれて来ないか?なんて疑いたくなる。値段が値段なのだから無理言っちゃあいけませんよ、それはそうなのだ。取りあえずこれを履いて、南アの仙丈ケ岳を歩いてきた。別に違和感はなかった履き心地だった。ダメ元みたいな気持ちも正直なところ持っている。後は、どの位の使用回数の耐えられるかという事が問題かな?段々と山行回数が減っているし、高山も回数が減るだろうし・・・分相応なのではありますが・・・・いや、年齢相応か。
2025/09/11
コメント(0)

北海道最後の日、フェリー乗り場の駐車場で一夜を明かした。フェリーは大間に向かうのもあるらしい。下北半島の突端、距離が一番短いと思われる。青森へ着いたならリンゴを買いに産地へ向かう予定があり、青函が一番良さそうだと思う。船の乗り込み口の後ろへ先着順に並んで駐車して乗り込む指示を待つことになる。乗船時間は4時間くらいだろうか。ポッカリと黒い口を開けて停泊しているフェリー船を見ながら、一か月の滞在ももう終わり。過ぎてしまえば短いと思うばかりだ。行けなかった地、山、村、町、市、いろいろあるが、去る時にはいつもそういう想いを抱くものだと思う。山をあちこち歩きながら、熊に遭遇しなかったのはラッキーと言うしかないし、偶然と言うべきか。青森港に着いてフェリーを下りてから、一路五所川原方面へ。十三湖の方になるらしい。地理的に全く詳しくなく、毎度のようにナビ任せ。見つけた農産物直売所には一種類だけリンゴが置いてあった。「恋空」という初めて聞く品種だが、この時期に食えるという事は早生種という事なのだろう。弘前でも買いたいと思っていたから、ここでは一袋(6個位入り)買っただけだった。しかし、この後、弘前では直売所を見つけられずに買うことはできなかった。リサーチ能力不足を反省。この後は、秋田に入り、列島の真ん中に当たる地域R286 を走り、鹿角、安比を経て盛岡に出る。下道を走り、途中もう一泊して帰宅した。
2025/09/11
コメント(0)

長万部町の隣にある八雲町を通ると「噴火湾パノラマ・丘の駅」と書かれた大きな看板が嫌でも目に入る。昨年は通過したが、今年は寄ってみることにして国道の信号を曲がった。駐車場に車を停め、登山靴を出して陽に当てて、建物の中へ。カフェの入り口に行列、食券購入の列らしい。例によって、ソフトクリームを食べたいから、仕方なく並んで購入し、外へ出て噴火湾を隔てた駒ケ岳を眺めながらベンチタイム。ソフトクリームは白い恋人というブランド・・・並ぶよなあ・・・此処にもキャンプ場があるが、RVだろうから、検討の余地もない。 それよりもお風呂へ入りたい欲求は強い。すぐ下に日帰り温泉に550円払い飛び込む。2階のバルコニーにある露天風呂は前を走る国道から丸見えだが、その分、風呂から見える噴火湾の風景も又、良い。この日の宿泊は次の七飯町の大沼公園キャンプ場の駐車場に。昨年はここでテントを張ったが、今年は止めて車中泊にした。翌日、恵山行きを決めて、函館市内を通らない亀田半島の鹿部町側から海沿いに向かった。今年の恵山はお天気が良くて、ガスはかかっておらずに眺望はバッチりだった。噴煙を上げ続けている爆裂火口が正面から見えている。蒼い空と白い噴煙。標高は高くはないけれど、その眺めは強烈だ。半島の突端から、青森の下北半島が霞んで見える。噴火で吹き上げた岩がゴロゴロしている中を歩いて行く登山道。何時噴火が再び起きても不思議じゃない雰囲気だ。登り始めてからおよそ40分くらいで山頂へ到着する。お手軽に登れるから体力的には丁度いいかもしれない。噴火の焼け野原に、わずかに植生が点在する。直近の噴火は1876年、明治のことらしい。すぐ前が海と言うロケーションがまた良い。半島の突端が見える。灯台の建物が旅情を刺激する。下山して、麓の山中の保養所の温泉に寄ったが、駐車場に車が一台だけ。玄関前にオジサンが一人花壇の縁に腰を下ろして寛いでいた。今日は営業していないのか?尋ねると、いや、やっているよ、の回答。人が居ませんね?ーこんな日もあるさ。だよねえ。いいなあ、のどか・・・・山を下りて少し離れた道の駅から恵山を眺めると、今日は良く見えている。此処の道の駅はすぐ裏が砂浜になっていて、波が打ち寄せては引いていて、波音がザザ~~ンと響いている。キャンプ場も併設されているが、ゴミはお持ちかえりのポリシーだった。ペット入場禁止の看板直ぐ傍のターフの下に犬連れのオジサンがキャンキャン吠えている犬と寛いでいた。この道の駅を出て、函館市内に戻り、五稜郭の土産売り場にて品定め。イオンで買い物して、イートインで食事をしていたら、周囲にいた家族連れが皆外国人だったことに気付いた。知らない言葉が飛び交っている。インバウンドでは無さそうで、住民のようだった。日本の生産を支えている外国人だろうと想像する。最早彼ら無しでは第一次産業は成り立たないと聞く。肌感覚でそれらを感じる。明日乗ろうとした青函フェリーは、ネットの購入が手続きの段階の送付数字を受けると手続き画面が消えてしまう・・・操作不慣れなため。仕方なくTELで予約すると、3000円も余計に料金が高くなってしまった。ジジイにネットの壁は高い・・・
2025/09/10
コメント(0)

暦は9月、初秋だというのに酷暑は一向に去る気配すら見せない中、山の上なら多少は涼しかろうと南アに行ってきた。世間の夏休みは8月で御終いだから、混まないだろうと思ったのは浅薄な思い込みだった。綺麗に整地されて柵で仕切られた駐車場は係員が、あと3台なら入れるぞ、と言うような声すら聞かれるほどの人出だった。トイレもきれいに化粧直しされて、ウオシュレットすら整備されていた。休日はAM5:30が始発、4時くらいにはもう並んでいた。北沢峠着は6時半。真っ直ぐに長衛小屋のテント場へ行ってテントを張った。小屋の外部トイレは只今新築中、基礎の鉄筋が組みあがっていたが、テン場の一部が彫り上げた土砂置き場で占領されていた。天場も仮の混雑ぶりで、撤収した直ぐ後に張る幸運だった。小屋泊まりを考えたのだが、満員で無理、テントに切り替えた。小千丈がチラッと見えるが、テントを張ったのちに、あそこ迄行く訳だが、やっぱり遠い。北沢峠のバス停からくる登山道と、長衛小屋のアプローチからくる道、その合流点が二合目になるらしい。三合目を見落として、4合目の標識へ。五合目、この春の連休には雪のあることもあって、ここで折り返した。振り返ると、花崗岩で白く見える甲斐駒が見えている。6合目に来ると、森林限界で小仙丈ケ岳の頂が見えてくる。もう、ここらへんで顎が出て来る。頂上を前にして、右の太ももが突然、引き攣って痛みで呻く・・通りがかりの方が、攣った症状の緩和漢方薬を下さって、感謝。先日の北海道でも同じような症状がでたが、癖になったのだろうか。思わずついた尻もちで休んで痛みの引くのを待って、山頂へ。山頂にいた数人のグループはミャンマー人だったらしい。南アでもインバウンドが闊歩。北岳はガスの中だが、その後方に富士が見えた。雲が多いが、雨は無さそうなお天気。小千丈から千丈山頂へ向かう道はアップダウンの多い稜線歩きになる。カールの美しい仙丈ケ岳の足元。遠くから見えるアプローチ、あそこ迄行かなきゃならないと思うと、ウンザリして疲れが増してくる。山頂が過密状態、空くまで下でお昼でも食べていようと思う光景だ。お昼を食べ終えてから上がった行った山頂は、みんな降りて行ったようで空いていた。足元に千丈小屋が見下ろせる。何度目の仙丈ケ岳だっただろうか。山頂が段々遠くなってくるのはやむを得ないだろうか・・あっちは、大仙丈ケ岳方向。バカ尾根の入り口になり、両股小屋へ寄る道にもなる。バカ尾根を歩いて、もう、何年になるだろうか?登山道が目立つなあ・・・・ラクダのこぶみたいなピーク。登らないで、巻いているが、アップダウンが身体に応える。鳳凰三山、地蔵岳のオベリスクが眼立って見える。下りに入っても2度ほど足が吊った。本当に辛いが、耐えて治るのを待つしかない。塩分を控える食事療法を行っているせいで、こうなるのだろうか、などと思う。痛くて座した足元に、ナナカマドの実が赤く実っているのが目に留まる。鮮やかな赤が眼に凍みる。翌朝のテントは結露で濡れていた。朝方の気温は10℃くらいか。涼しさを越えて寒い。太陽を浴びないと、結露は乾かない。小仙丈ケ岳は朝陽を浴びてはいるが、谷底にあるテント場はマダマダ日は届かない。テント場から見た甲斐駒をズームアップをしてみた。小屋のトイレの工事現場。テント場の水場。加熱して(煮沸?)飲んでくださいと書かれている。やや湿ったテントをたたみ、ザックに詰め込んで小屋をあとに、峠のバス乗り場まで歩く。仙流荘の駐車場で1000円を払って、長谷村を通り、塩尻のマルシェでリンゴを求め、蔦木の道の駅で温泉に。ここで初めてJAFの割引があるのを知って、使用。お風呂が100円安くなり、ソフトクリームも同様でこちらは50円引き。年金暮らしの爺さんに、今回の山行きでイチバンのいい事だったとテンションが上がった。
2025/09/09
コメント(0)

8月12日(火)未明にキャンプ場を出て、写万部山へ向かって畑の中を行く。登山口がイマイチ良く判らず凡その見当でナビに従って車を走らせる。何時もこんな時には半分くらいは心細さを抱えている。林道に入りゲートの前に着くが、登山口の表示は無い。しかし、ゲートは開いているが、車はがーと前の広くなっている駐車場と思しいところへ停めて、ゲートの中には入れない。ゲートの中にザックを背負って踏み込むが、登山口の表示は中々出て来ない。林道の両側が、植林した苗の下草刈りがされていて、ゲートを開けているのはこのためかと勝手に納得。林道が尾根を回り込みはるか上の方まで見通せる位置に来ても尚、登山口が見つからない。かなり歩いて行って、林道が下りに入って、漸くこれは間違えているぞ!と気づき、戻ったがかなり時間をロスした。車を停めた近辺を探したが見当たらず、林道の分岐まで戻り、道なりに少し行くと広く小高い丘を見つけた。ここが登山口だった。ちゃあんと整備されてプレハブ小屋まであるのに、なんであんな道に入り込むかと、事前の準備不足を反省。低山だが、樹林帯を歩く訳ではなかった。ただし、道は黒土の土質。朝露やガスで湿っていて良く滑る。石ころゴロゴロの山道が多い登山道なのだが、この山はそんなところは無かった。海側の斜面は樹木が無くてクマザサに覆われていて、見通しがとても良い。こんな低いところに樹木が無いというのは、海からの強風で樹が育たないからだろうか。登山道のトレースがずうっと良く見えている。此処を登る予定は全く無くて、キャンプ場に来てから思いついたが、長万部岳と写万部山とよく似た名前があるのに興味を持ってしまったから。勿論、長万部岳の方が標高が高いし、やや奥の方にあるようだ。海と反対側の山腹には樹木が茂っている。山が風を防ぐ格好になるからだろう、当たり前のことだが。その向こうに噴火湾が見えている。山頂に着いた。この標高なら里山みたいなものだろう。ザックを下ろして、軽食を食べてカロリー給付する。登ってきた尾根筋が良く見える。ギザギザ葉っぱのノコギリソウ?ツリガネニンジンか、モイワシャジンか?ガクが反り返っているからツリガネニンジンらしい。モイワシャジンも、ツリガネニンジン科というから、同じ種類、似てて当たり前らしい。下りになって、登ってくる時に滑るぞ!と感じた懸念はものの見事に当たった。4度、尻もちをついたのだった。滑るぞって警戒しているのに、それでも尻もちをついてしまって苦笑いするしかなかった。ザックと短パンの尻、泥んこ・・・北アで頻発している高齢者の転倒遭難の記事が頭を過ぎる。ヤバいぞ~~~500m足らずの標高の山を下りてから、今度は長万部岳を登ろうと思って道をそちらへ取った。心細くなるような細い道へ分かれて暫く走る。鉱泉があるようで、標識がその名を示しているが、長万部岳の名前など全く出て来ない。やがて、鉱泉と真っ直ぐ行く分岐になり、分岐の直ぐ上でバリケードが出ていて、この先の橋の工事中で通行止めと書いてある。ボクの前を走っていた車がUターンして、渓流釣りに来たけど、これじゃあ無理と窓から顔を出して挨拶して引き返していった。ここから2キロ弱歩いて行って、そこが登山口だという事らしく、考えて止めた。橋が工事中だなんて、そこを渡れるのかどうかわからない。そのうえ、雨が降ってきた。ボクも引き返すことにして、二股ラジウム鉱泉を覗いてみたくて分岐を曲がって行ってみた。直ぐに行き止まりになってそこにこじんまりとした建物があって、前の駐車場には数台の車が駐車していた。帰路、広い道路に出てから、雨は強くなってきて、直ぐに土砂降りとなり、長万部岳登りを強行しなくて良かったと思ったのでした。
2025/09/05
コメント(0)

伊達道の駅から長万部方面へ向かって車を走らせていく。昨年はこの途中から真狩村の方へ道を分けて行ったのだが、今年は真っ直ぐに噴火湾沿いに走る。昨年下見だけして諦めた長万部公園キャンプ場を目指す。長万部の手前に静狩という地名があって、その海岸に鳴き砂の書き込みを地図で見つけ、車を停めて見学出来るのかと目を皿にして車内から探したがそのような気配は全く見つけられなかった。見逃したのかどうかわからないが残念だった。長万部の街をスルーして公園に行き、受付でゴミのことを確認したが、生ごみ以外は持ち帰りと、厳しい。昨年は見つけられなかったスーパーマーケットがあるというので一旦、公園を出て街中に戻り買い物。公園の一角がキャンプ場になっていて、路肩に車を停めて近くにテントを張っている家族連れが多くいる。ここでも、キャンパーは在日外国人が多いようだ。ボクが車を停めた直ぐ傍に後からやって来た大きなワゴン車は大きなテントを2張り張ってた7,8人グループだったが、やはりそうだった。思いのほか北海道には外国人の定住が進んでいるようだ。今回の北海道は、そんなに山を目指すつもりは無く、山用の上下のウエアーは一組だけだったから、まめに洗わないと替えが無い。ここでも、炊事用の流しにバケツを持って行って、水洗いして、洗った洗濯物を電柱に細引きロープを張り、天日干しをした。長万部はボクの世代は、由利徹のギャグ「おしゃまんべ!!」で名前だけ知っているのだが、もう、死語だろうな、と思う。昭和30年代の喜劇役者だったが、これまた忘れられているだろう。名前の響きが面白いからと言う、そんなギャグだったのだろうと思うが、違うのかな?公園はやはり北海道らしからぬ暑さで、車の窓を開けてネットを掛け、そのまま夜を過ごしているが、朝方に足が冷えてくる時だけ、北海道だと思うのだった。次の日には、長万部岳と、写万部山、似たような名前の二峰に登ろうと準備をして眠りに就いた。
2025/09/04
コメント(0)

8月10日(日)室蘭市のダンバラ公園駐車場から伊達市方面へナビをセットして出発する。目的地は、有珠山の登山用駐車場だ。伊達市市街地を通過して、JRの有珠駅付近を山の方へ入って間もなく高速道路の高架の下。そのすぐ手前の道路の路肩のようなところが駐車場で、数台駐車していた。昨年は直ぐ傍の昭和新山は訪れていたが、有珠山には登らなかった。これもまた、今回登らなければ登る機会は失われるだろうと思った上での行動と言うことになる。愛車を置いて、高架を潜り、始めはアスファルトの車道を歩いて行く。この先、どんな道になるんだろうか?と、期待と、小さな不安とを交えた気持ちを抱えながら。歩いていると、ミンミンゼミの鳴き声が森の中から響いてくる。北海道にもミンミンゼミはいるんだなあ、と、ボンヤリ思う。北海道にミンミンゼミは居ないなんて、誰からも聞いてなどいなかったし、何処からも聞いてはいない。だけれども、そんなことを思うのはなぜだろうか?道は直ぐに登山道に入る。最初は、勾配の無い森の中の道を行く。昭和36年、1961年に有珠山は爆発している。そうすると、昭和新山が出来た方が早かったのか・・・・なんて今思う。爆裂火口が良く見える。登山道は最後の方に、ジグザグの九十九折の急こう配になって、火口を臨む縁に出る。これ以上の上には行けないようだ。洞爺湖がちらっと覗ける。昭和新山そばから上がって来るロープウエイの方へも行けるらしい。1000段近い階段を歩くと、ここで話した地元ハイカーが言っていた。写真で見るとまるで牧場のようだ。噴煙を上げている対面側の崖も見えた。軽食を摂ってから降りると、汗を流すために、温泉に向かった。昨年もそこへ強い雨の中を走って行ったことを思い出す。それは伊達市の一部になるが、無料で入れる温泉があるという情報を知り、探しに行ったわけだが、一軒の閉鎖されたそれらしきものの、いわば抜け殻だった。しかし、稚内で話をした飯坂出身の彼に、今でもそれは未だ在って、入浴したという事を聞き、もう一度確認しようと思い、再び向かったのだった。この建物は昨年訪れた記憶がある。しかし、昨年は閉店していて、営業していなかった。今回は幟を立てて営業している。入浴施設は、その隣に建っていた。ここだったのか・・・・・ドアを開けて、営業しているのを確認してから、着替えとシャンプー、ソープを持って中へ。テーブルの上に置いてあった書類に簡単な書き込みをする、手続きはそれだけ。その書類は、住民か、ビジターか、チェックをするだけの簡単なもの。浴槽はあくまでも小さく、カランは5台しかない。だが、清潔なお風呂だった。昨年の空戻りのリベンジをしたと言う訳だが、達成感はあったかな?自分の好奇心を満たしただけだったかもしれない。その後、伊達市内へ戻り、食料を買い、道の駅に入り、お約束のソフトクリームを食べ、同じ敷地内にある図書館へ入り読書。直ぐ隣に新しい図書館を建設中だった。ここも、東川町や室蘭市みたいなガラス張りのキラキラした建築物にするのだろうか。いや、まあ、住民ではないボクが言いう事でもないとは思うが。。。東川町も室蘭市も、両方の図書館は高校生達がテーブルを占拠していたが、ここには誰もいなかった。キラキラした入れ物になったら、若い人達が図書館を訪れるかもしれない。スマホ用の電源コンセントだって付いているし、Wifiはどうだったか記憶にないが。そんなこんなでこの道の駅で夜を過ごさせていただいたのだった。
2025/09/04
コメント(0)

8月9日(金)今日は室蘭岳から縦走しても行けるらしい尾根続きの山、カムイヌプリへ登ろうと、キャンプ場から、隣の市、登別市へ向かう。道案内のナビ任せで、狭い道を何度も曲がって登別市内へ向かい、登山口へと向かうが、またしても登山口のはるか前に車止めのバリケードに阻まれた。こっちじゃあダメなのか?と、もう一つの登山口、川上公園の方へ行き先を変えた。判りにくい登山口で、一度は行き過ぎて戻り、見落として通過した看板を見つけて、車をそこへ導くが、何処まで車が入れるかと不安になるような林道。此処で車を停めて歩こうかと何度も思ってしまうが、繰り返しているうちに車止めのゲート前に着いた。もしも、林道分岐に車を置いていたら、1時間は歩くことになったと思う。支度をしていると、オフロードバイクに乗った40代くらいの男性がやって来た。彼もハイカーらしい。暫く登ると、ヒュッテと称するらしい小屋に着いた。そこで一服する。小屋から少し行くと、小さな岩場があって、鎖場になっていた。出発してから1時間半、山頂に着いた。先に着いていたいたバイクの彼に訊くと、先着の女性ハイカーがいたが、ボクらが登ってきた反対方向に去って行ったという。どうやら昨日登った室蘭岳の方からやって来て、そちらへ又戻ったらしい。地図で見ても近い位置にあるから、多分そうなのだろう。ボクもそういう歩き方をしても良かったなあと、少し羨ましくなってしまった。雨こそ降ってはいないが、あまりお天気は良くない。ガスとクマザサとで、室蘭岳とよく似た風景だが、海もガスの向こうにチラッと見えた。下りで、ヒュッテの少し上で単独で登ってきたハイカーとすれ違う。彼は多分、林道の分岐辺りに車を置いて、ボクらよりも一時間多く歩いて来たんじゃないかと想像した。降りてきたゲート前にすれ違ったハイカーの車は無かった。ここで既に三合目だものなあ。。。。ボクは、この看板を見過ごして行き過ぎた。この裏にミニバンが駐車していた。やはりここから歩いて行ったらしい。バイクの彼が教えてくれた登別温泉の立ち寄り湯に興味を持って、ここから向かうことにした。10数キロ走ることになるが、もう登別など来る機会も有りはすまいと向かう。登別の市街から山へ向かって登り、温泉街へと至る。登別温泉は有名だ。全国区。さぎり湯というらしい。ここも、インバウンドの観光客が三々五々歩いている。この温泉は500円の入場料だが、石鹸とシャンプーは自前だ。この料金なら、付いていたっていいじゃないかと思うけどな…温泉から、市街地に戻り、スーパーで買い物をして、またダンバラ公園に戻り、もう一泊。夕方の公園の空は夕焼けに染まっていた。この旅で唯一の贅沢は、北海道の温泉をいろいろ巡れることだろうか。わざわざ温泉目当てで来ている人もいるだろうけれど、ボクの場合は、旅のついでだ。もしかしたらついでの方が価値があったりして・・・・なんてね。価値の重さで物事を決めているわけじゃあないけれど。今年は室蘭市の図書館に寄ることは無かった。けれども今年は、ボクの中では、「室蘭市は鉄の町、製鉄所で栄えたところ」そういうイメージで固まっている記憶の街を、製鉄所の煙突を見て確かめることが出来た。でも、煙突は赤錆をまとって佇んでいたが、もう使われていないのかな?高炉はどんどん火を落としていっていると聞くから・・・
2025/09/02
コメント(0)

8月8日(金)室蘭道の駅から出発、コンビニで2Lの水を買い、ループ橋を渡り昨日と逆方向からダンバラ公園へ向かう。駐車場に車を置いて、スキー場の方へ行って、登山道の取り付きを探すが見つからない???おかしい?こっちじゃあないのか?もう一度駐車場に戻り、奥の方へ行ってみると、そこが取り付きだった。判りにくいなあ。。。と、ボヤく。暫くダケカンバの林の中の泥濘の広い轍の残る道を歩いて行くと、山小屋のような建物があって、そこで入山届を書き込む。ここで、登山道は二手に分かれている。ダケカンバの根元はクマザサで覆われている。こんな風景、これはこれでいいのかも知れないと思って歩く。風が強いからか、ダケカンバはくねるようにその幹を左右に捩じっている。そのうち、笹原になって来て、カバノキは姿を隠していくようになる。山頂の鐘だろうか?何だかそのようなものが見えて来た。山頂の手前に三角点がある。山頂には室蘭岳911mの大きな表示板がある。鷲別岳という、別名は表示はない。ここで軽食を取り、給水して休憩。他にも2人ほどハイカーがいたが、早々に西尾根の方へ去って行った。ボクは全然急ぐ理由は無いから、ゆっくり休んで、眼下の景色を楽しむことにする。少々ガスっているが、海に面した室蘭の町が見下ろせる。駐車場からここまで約一時間半くらいだったろうか。これくらいが今のボクにはちょうどいいのかも知れない。山頂を後にして、戻るように進むと直ぐに西尾根分岐になる。一周して先ほどの小屋に戻ると言う訳だ。こちらに見えるのは、登別の方だろうか。登別はクマ牧場があったんじゃなかったかな?なんて漠然と思う。笹原の中のトレースを歩いて行く。晴れていると何だか気持ちが良いし、下の街中の耐えられない暑さもない。ただ向こうに見えるピークの登り返しがいやらしいなあと、そんなことが頭の中で浮かんで消える。無事下山して、駐車場に戻ると、昼飯にスーパーで買ったジャガイモを皮ごと丸茹でしてそのまま食べた。炊飯はまたしても上手くいかなかった。4度目も失敗。こうしてみると、電気炊飯器はすごいなあと感心するしかない。汗を全身にかいたので、着ていたものを全部脱いで着替えて、バケツに入れて炊事場に持って行って水洗いし、擬似木の手摺に干した。しかし、この時、空は曇っていて乾くのを期待するのは無理な状況だった。洗剤を使わない水洗いは汗臭さを無くすだけのものだと思うけれど、洗わないよりは増しかと・・・。お昼を食べた後は、椅子を出してコーヒーを入れて、ノンビリと日の暮れるのを待つようにして、何をするでもなく過ごした。ラジオも入らないし、耳も休んでいた。ただし、この手摺の上には、無料のスペース、地元のグループがブルーシートを張り、バーベキューを始めていた。彼らは深夜までワイワイやっていた。このままこうして旅を続けて、残り少ない人生を放浪して過ごすのもアリだな、なんて、漠然と思う。住所不定、無職、身寄り無し、先のことは考えない、考えたってたかが知れているし、今更変わる訳もない。だよなあ・・・・・
2025/09/01
コメント(0)

襟裳岬から少し走り、海岸沿いの道から山へ上がる道に入ると、直ぐにキャンプ場になり、そこがアポイ岳の登山口になっている。山容が、見えているアポイ岳。駐車場がキャンプ場と、その上に登山用の駐車場と、ビジターセンターだろうか、管理棟がある。車中泊禁止の断りが掲示されている。アポイ岳は特異な環境の山らしい。ナキウサギが生息しているとか。庫山植物も多いらしい。標高810.5mだから、コースタイムは登り2.5時間くらいらしい。丁度降りて来た男性に話しかけると、ボクと同じ年齢の地元の人、登りたいが明日は雨で諦めるというと、5合目の小屋に今日これから入って、悪天候ならそこから降りて来ればいいじゃないか、と。それに乗ったのが、浅薄なこの身。小屋までは50分くらいだった。何か所も休憩所のベンチが短い間隔で設置されている。駐車場に車を停めたまま夜を明かしたら、遭難者と思われはしまいかと念のためにその断りを入山帖に記したのは余計なことだった。コンクリートブロックのカラフルな小屋だった。夜半から雨が屋根を叩く音がしていた。やはり、予報通りになったかと外へ出て山頂を望むが、ガスに包まれて見えない。雨の中をガスに包まれながら登ってもいい事は何もない。合羽を着て、直ぐに山を下りた。そのまま車に乗って苫小牧方面に向かって走りると、途中から滝のような雨脚になった。やがて、道の両側に馬が草を食む風景が出て来て、ここが場産地の日高町だということを知る。日帰り温泉が眼に入り、寄ってみたら、時間が早くて地元の人が開いていない玄関前でオープンを待っていた。直ぐにオープン時間になって、ボクも入っていって温泉につかった。500円の料金を払って入ると、サウナも露天風呂もあるし、お風呂を出れば、食堂まであった。ここで、ゆっくりと寛いで北海道に来て初めて新聞を読む機会を得た。お昼には480円で笊そばを食べて、自分で作らない手間いらずと、楽をした。苫小牧では、道の駅には寄らずに通過して、そのまま室蘭へ向かった。室蘭では真っ先にコインランドリーを探してグルグル回って、やっと見つけて洗濯し、ダンバラ公園にキャンプ場があること知り、行ってみた。意外と時間がかかり、着いた時には夕方、何だかカラーコーンで行き先が塞がれていて、よく確認ができない。ネットで、指定管理業者が有料化しているという事だったし、その有料部分は閉鎖されていたし、なんだかよくわからなかった。有料のサイトは土日、祭日だけのオープンらしい。工事はスキー場の方だったようだ。兎に角、今日のお泊りは室蘭の道の駅という事にして、ダンバラ公園を後にして室蘭市内へ戻った。
2025/09/01
コメント(0)
全20件 (20件中 1-20件目)
1


