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先日、初めて執筆をお願いすることになる著者の方との打合せに行ってきました。 その方は東京から少し離れたところに住んでいるということもあって、一日かけての執筆依頼となりましたが、久しぶりに特急とローカル線を乗り継いでのことで、ちょっとした旅気分を味わうこともできました。 出張というと、普段は新幹線を使ってのことが多く、それだと気分も仕事モードから抜け切らないのですが、今回はのんびりとした車窓の風景を楽しめたことが、旅気分を感じさせてくれたのかなと思っています。 ところで、編集者がどのように (自分にとっての) 新しい著者を開拓していくかということは、編集者によって様々だと思いますが、一般的には次のような場合が多いのではないかと思います。 ・他社で執筆した著者の作品や雑誌の記事を読んで惚れ込み、自らもその著者に依頼する。 ・いろいろな会合やセミナー、イベントなどに参加する中で、顔見知りとなる (関係を築く)。 ・すでに自分と繋がりのある著者から紹介される (紹介してもらう)。 ・ネットでの情報や良い意味でのうわさ話などから、著者の候補となりそうな方の情報を得る。 編集者であれば、他社での執筆経験がなくても秘めた力を持った、まだ無名な方を著者として発掘し、その方と一緒になって良い作品を創りたいという思いを持っているものです。 しかし、過去に一度も執筆経験がないということで、その方の力量が読み切れないということもあり、企画会議においては大きな決断が迫られることになります。 もちろん、これまで安定して読者の高い評価を受けてきた著者が、次の作品でも同じような評価を受けるということは決して言えません。その意味では、新しい作品を執筆して頂くという点においては、経験豊富な著者も、まだ無名な著者も同等と言えるわけですが、作品の完成度に対するある程度の予想ができるという点で、経験豊富な著者に執筆をお願いする傾向が高いことも確かです。 そして、これが結果として、出版社 (編集者) 同士での著者の奪い合いを引き起こすことに繋がっています。 そうした著者の争奪戦がある一方で、編集者として嬉しいことの一つは、こちらから執筆をお願いする前に、自分が信頼する著者の方から 「こんなのを書いてみたんだけど (こんなのを書こうと思っているんだけど)、ちょっと読んでみてくれないかな (相談にのってくれないかな)」 と声をかけられることです。 (どこよりも先に) 信頼する著者から声をかけられることは何よりも嬉しいことですし、このことは、編集者としての力量を表すことでもあります。 秘めた力を持った新しい著者を開拓する (見つけ出す) こと、そして、すでに繋がりのある著者との信頼関係を保ち続けることは、編集者としてどちらも欠かすことのできないとても大切なことの一つとなっています。
2010.08.23
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今から5年ほど前に、 「結局最後はプリントアウト」 というテーマで、 じっくりと思考を巡らせながらの読解には、 画面を通して直接読むよりも、 それをプリントアウトして読む方が向いている (頭に入りやすい) のかもしれない、というようなことを書いたことがありました。 パソコンがどのオフィスにも当たり前のように導入された当時、文書の電子化によるペーパーレスの時代がやってきたことが叫ばれ、「これで紙ゴミも減る」 と言われたことがありましたが、実際は、なかなかその通りにはなりませんでした。 それは、人は 「結局最後はプリントアウト」 したものを読んだり、 (文書データの保存だけでなく) プリントアウトしたものも同時に保存する傾向が強かった、というところにあったのでしょう。 でも、いまの私たちはどうでしょうか。 当時から比べれば、 必ずプリントアウトして読む、 プリントアウトしたものも同時に保存する という行為は減っているのではないかと思います。 当時は、いま一つ思惑通りには進まなかったペーパーレス (文書の電子化) も、環境や資源に対する企業の意識向上などもあって、それが社員一人一人に徹底 (あるいは、外力として作用) し、浸透してきた感もありますが、それに加えて、一人一人の情報リテラシーの変化もあるのではないかと思います。 (本来であれば、情報リテラシーの “向上” と書きたいところですが、自分も含め、必ずしも皆が “向上している” とは言えないでしょうから、あえて “変化” という表現にしました。) 私自身は、ペーパーレスに抵抗感がなくなったということと、紙の本ではなく電子書籍でも抵抗感がないということが、何らかの形で関連していて、 紙に書かれたものを読まなくても抵抗感がない 目に見える実体として保存する (棚に並べる) ことに拘らないということの背後には、現代人の情報リテラシーの変化も影響しているのではないかと思います。 そう考えていくと、(もちろん、端末自体の性能の向上もかなり大きな要因だと思っていますが)、電子書籍の登場は別に驚くことではなく、ごく自然な流れであったと言えるのかもしれません。
2010.08.16
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書店は、編集者にとって、自社の本 (自ら編集を担当した本) を販売してもらう空間であり、また、一読者として本を購入する空間であると同時に、新しい企画の種 (アイディア) を得ることができる情報空間でもあります。 ネット書店というものが登場し始めてから、これまでの街の書店はリアル書店とも呼ばれるようになったわけですが、よく考えてみると、ネット書店も現実に存在している書店であり、その意味ではどちらもリアル書店であることは確かです。 というわけで、 改めて言うまでもないことですが、 “リアル” というのは、読者が実際に本を手にして選んで購入できる、ということを意味しているのでしょう。 編集者だけでなく、企画に関わる仕事をしている人であれば、街の書店を訪れ、本棚に並べられた様々な本の背表紙を眺めながらいろいろとアイディアを練る (思索に耽る) ということをしているのではないかと思います。 私も、もちろんその一人であるわけですが、“アイディアを練る”、 “企画のヒントを得る” ということで言えば、その活用度は圧倒的にリアル書店ではないかと思います。 私の場合について言えば、 ネット書店に並べられた書籍情報を眺めていても、 新しいアイディアはなかなか湧いてきませんが、もちろん、これは人によると思うので、 「自分はリアル書店もネット書店も一緒」 という方もおられるかもしれません。 なぜネット書店を眺めていてもアイディアが湧かず、リアル書店だとアイディアが湧いてくるのか。 これは、両者の大きな違いは何か、ということを考えることが大切のように思うのですが、私が思うに (自分の勝手な解釈ですいません) 、リアル書店では、お店に入った瞬間から、自分が選択するしないに関わらず、 自分にとって未整理な (混沌とした) 情報が飛び込んでくるのに対し、ネット書店では、自分が選んだカテゴリー (例えば、大きなカテゴリーでは、人文系、ビジネス系、科学系、・・・) の情報ずつしか見ることができない、というところにあるのではないかと思います。 つまり、リアル書店では、一歩お店に入れば、 “自分にとって未整理な情報が自然に目に飛び込んでくる” のに対し、ネット書店では、“情報が自然に目に飛び込んでくるのではなく、一度振るいにかけられた (自分が選んだ) 情報を目で追いかけて見ることになる” ということが大きな違いであって、何か新しいアイディアを得ることにおいては、前者の “自分にとって未整理な情報が自然に目に飛び込んでくる” という環境 (空間) が大切なのではないかと思います。 人は混沌とした情報から組み合わせや関連付けを行なうプロセスを通してアイディアが浮かんでくるのだとすれば、 この点が、 「リアル書店だとアイディアが浮かびやすいけれど、 ネット書店だとなかなか浮かばない」 ことの理由の一つなのかなぁとも思うわけですが、新しいアイディアが浮かぶためには、日頃から様々なことに関心を持って情報を眺めることが大切なことは言うまでもありません。 関心を持って情報を眺めているからこそ、「これとあれを組み合わせるとどうなる? これって、面白くないかな?」などと考えを巡らせることができるわけで、 ただ漠然と情報を眺めていたのでは、 企画のヒントに成り得た情報さえも、目の前をただ素通りしてしまいます。 同じ情報やモノを眺めても、人によってそこから新たに掴むこと (発想) ができることが違うのは、その人の中にある引き出しの数と視点、様々な情報への関心の高さにあるのかもしれませんが、人が何か新しいアイディアを得るための場 (空間) として、リアル書店がネット書店よりも秀でているのだとすれば、逆にこの点を活かした工夫をすることで、これまでにないリアル書店のカタチを創ることができるのかもしれません。
2010.08.08
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