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2012.11.10
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カテゴリ: 読書案内
【佐藤春夫/この三つのもの】
20121110

◆細君譲渡事件の真相が語られる

さんま、さんま、
さんま苦いか塩つぱいか、
そが上に熱き涙をしたたらせて
さんまを食ふはいづこの里のならひぞや。
あはれ
げにそは問はまほしくをかし。

(「秋刀魚の歌」より抜粋)

いつ頃このさんまのフレーズを覚えたのか、なぜか耳に残っている。この詩を作ったのが佐藤春夫だということも、恥ずかしながら最近知ったようなありさまで、よもや内容が佐藤本人と谷崎潤一郎と、その妻・千代との三角関係を憂えたものだなんて、知る由もない。
私が読んだ小田原事件の顛末によると、まずは谷崎潤一郎の女性に対するおかしな嗜好から始まっているように思えて仕方がない。というのも、その作風からも分かるように(例えば『瘋癲老人日記』『鍵』『痴人の愛』など)、女性は型破りで、妙に気が強く、手足がほっそりとして美しくなければ存在する意味がないとでも思っている節が見受けられるのだ。だから谷崎の最初の妻・千代が、いくら家庭的で嫁としても申し分のない妻であろうとも、容姿があまりよろしくなく、ずんぐりした体型であっては、谷崎にとって幻滅だった。

一方、佐藤も妻・香代子には泣かされた。谷崎とは逆で、香代子が佐藤の実弟・秋雄と深い関係になってしまったのだ。それだけに香代子は、まじめだけがとりえのような佐藤春夫に、男としての魅力を感じなかったのかもしれない。
後に、佐藤はこの仕打ちに疲れ果て、香代子とは離別するが、谷崎の方の千代は女の身で簡単に離婚など出来るはずがない。そこには経済的な事情も絡むし、何より世間体というものがある。また谷崎も、せい子との再婚が叶いそうもないとなると、にわかに千代の存在を邪険に出来なくなる。どうやら千代と佐藤の間に、淡い恋心が芽生えているのを知ると、男としておもしろくない。(自分の不貞はさておき)結果、谷崎は佐藤と絶交。これがいわゆる小田原事件のあらましだ。

この佐藤春夫という作家の、文士としてのプライドをかなぐり捨てた恋模様は、私小説というには余りにもドラマチック過ぎて、読む者を熱くさせる。どこまでも愛を貫く一途な男の姿は、偏屈な谷崎さえ折れずにはいられない。最終的に和解の方向へと傾いてゆくのだ。
谷崎は佐藤の作家としての資質を高く評価し、また佐藤も谷崎に対する恩を忘れてはいなかった。不遇の身の佐藤を救ったのは、谷崎その人だったからだ。
二人は長い年月をかけ、お互いを認め、理解し、漸く谷崎の離婚、そして佐藤と千代の結婚を果たす。(細君譲渡事件)

佐藤が千代を恋する余り、谷崎との交友を絶ったのが29歳の時。やっと佐藤の誠実さが通じ、千代との結婚に踏み切ることが出来たのが38歳。実に、9年もの月日をかけた結果だ。
この闘いは、佐藤のひたすらに恋焦がれるまじめさに、谷崎が負けたような形になるが、未完に終わる『この三つのもの』を手掛けた佐藤が、いかに谷崎を慕っていたかがよく分かる。
愛情の苦悩と友情に生きる文士が書けなかった結末は、どちらが勝った負けたなんてどうでもいい。ただ、今ある我々が存在することの意義、意味こそが大切なのだと絶唱しているように思えてならない。

重厚にしてリアリティに溢れたこの作品は、余りにも優れた純文学で、読了するのに切なさやら寂しさを伴う。未完で終わるのも、「まことの恋と友情と智恵の石と、この三つのもの」を限りなく尊んだ結果によるものだろう。

『この三つのもの』佐藤春夫・著


~読書案内~   その他

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■No. 5 青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ
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■No. 7 白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す
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◆番外篇.1 新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る!





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最終更新日  2012.11.11 06:11:10


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