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笑左衛門都都逸 子守歌 6 赤子可愛いや あんよにほっぺ 誰が捨てたか 子守歌 五代将軍徳川綱吉の「生類憐みの令」は天下の悪法なんて言われていますが、なに、犬や馬だけ大事にしろってことじゃねえんだ、子供や老人の命も大切にするっていうのが本筋なのよ、江戸の町には捨て子が多くて「捨て子禁止令」の御法度までできていたんでございます。 ねんねんころり 可愛いもんさ やくざ稼業の 親分も サンピン侍 楊枝を咥え 武士のたしなみ 腹泣かせ 1年の扶持が三両一分の武士としては最低の身分で、サンピン侍などと蔑まれていましたが、貧しくとも武士は武士、「武士は食わねど高楊枝」と、武士としての尊厳を守っているのでしう、御立派御派! 何を願うか お百度参り 富くじじゃ あるめえな お百度を踏むてえのは、社寺の入口から拝殿まで歩いて参拝し、また社寺の入口まで戻るということを百度繰り返すことでごございますが、まさかその祈願の内容が富くじ(宝くじのようなもの)じゃあ、神様仏様もあきれちゃいますね、 姐さんの膝枕で寝んねんころりといきますか、 笑左衛門
2021年03月30日
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都都逸 せっせと江戸話 一晩寝れば 書かねばならぬ 今日もせっせと 江戸話 ~二日後に更新する江戸のブログも、結構てえへんでございますがね、 楽しみながらやらなきゃあ、江戸っ子に叱られちゃいますよ~ やけのやんぱち 都都逸騙し 笑左衛門の 苦笑い 騙すどころか面白えよ、なんて、言ってくれるお方がいませんかね、 脳味噌の中 引掻きまわし 知恵の一つも あるじゃなし ~江戸の町は広いんだ、まだまだ書くネタなんざいくらでも転がってますよ~ この世おさらば 三途の川で 鼬(いたち)笑って 最後っ屁 ~世の終わりに、ニコッと笑って、最後っ屁でも出れば上等、御立派ですヨ~ さあてと、剣菱でも呑んで眠りにつきましょうか、、 笑左衛門
2021年03月28日
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昼の顔は真面目な役人、夜の顔は戯れ文化人 してその名は 蜀山人(しょくさんじん)大田南畝(なんぼ) 太田南畝は、下級武士の貧しい御家人の家に産まれたが、幼少より学問に秀でていて、札差から借金をして国学,漢学、漢詩、狂詩、狂歌を学んだのです。 昼間は幕臣として70過ぎまで真面目実直な幕臣として努めに励み、夜になれば仲間たちと戯れる文化人で、正に二刀流、昼夜二つの顔を持つた江戸時代でも珍しい人間でございます。 狂歌、狂文、随筆、戯作、洒落本など笑いに溢れた者を執筆し、狂歌三大家と言われていました。 蜀山人(しょくさんじん)、元木網(もとのもくあみ)、智恵内子(ちえのないし)、頭光(つむりのひかり)、寝惚(ねぼけ)先生 、山手馬鹿人など、ふざけた筆名が多々あるのも面白いです。 吉原の松葉屋の遊女・三保崎を身請けし妾とし自宅の離れに住まわせるなどしておりまして、そちらのほうも御盛んだったということでございます。 では太田南畝、いや蜀山人、いや、、元木網か、智恵内子か、狂歌をお楽しみください。 ~世の中に蚊ほどうるさきものは無し ぶんぶといふて夜も寝られず~ ~世の中は酒と女が敵(かたき)なり どうか敵にめぐりあいたい~ ~世の中はいつも月夜に米のめし さてまたまうし 金の欲しさよ~ 月夜に米は満ち足りた状態でも、それでもさらに金が欲しい、 ~くれ竹の よの人なみに松たてて やぶれ障子に はるはきたけり~ 年が暮れ、松竹を立て、破れ障子を張り替え、 人並みに正月を迎えることができたなぁ、 ~今までは 人のことだと 思ふたに 俺が死ぬと は こいつはたまらん~ 辞世の句でしょうかね、登城の道での転倒が元で死去いたしました。合掌、 いや、天才とは面白い者ですな、、、 笑左衛門
2021年03月26日
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おから長屋 金は天下の廻りもの 9 あぶく浪人と捨て子6 下っ匹蜂六 御用つとめる 看板見せず 戌(いぬ)と呼ばれた 下っ匹 おから長屋の奥のどん詰まりに、ぼてふり、羅宇屋の蜂六夫婦が住んでいた。蜂六は岡っ引き伍平の子分で、羅宇屋をやりながら江戸の町を歩き、悪の臭いのすることや、不審なことを岡っ引きの吾平親分に密告している下っ匹であった。奉行所の戌(犬)とも呼ばれていた。 悪い奴らの動向を探るためだと言い訳をしながら、その日稼いだ銭を持っては、江戸の悪所、賭場や酒場、岡場所、矢場などにに出入りしていた。 ~あんたのような生業(なりわい)で、どうやっておまんま食っていくんだい~ 女房のおちかは廻り髪結いで稼ぎ、蜂六の食い扶持まで稼いでいたかかあ天下である。 楽居町の居酒屋「ひょっとこ」で看板まで呑んで、ぐでんぐでんになる、女房のおちかが迎えに来る、 「ちょいと、ぽん吉姐さん、この人にお酒飲ませないでおくれ」 「暖簾を潜ればお客だよ、男ってえのはね、こんな店に来て酒を呑まずにはいられない時があるんだよ、いちいちそんなことを聞いてちゃ商いにならなよ、」「なんだい、辰巳芸者でもあるまし黒羽織なんか羽織って、男だったら誰にでもちゃらちゃらしてるんだろうよ」 「そんなに亭主が心配なら、縄で縛って繋いどきな、流行りの絆ってやつよ、今年は丑年だ、丁度いいや」 二人は喧嘩してるようだが、案外それで仲がいい、蜂六が酔い潰れれば、ぽん吉が同じおから長屋のおちかの家まで送り届ける。おちか煮物を作ればぽん吉にお裾分けをする。蜂六がぽん吉の煙管掃除をしてあげる、おちかがぽん吉の髪を結ってあげる。喧嘩腰に見えるが腹の底には何も残っちゃいない、言いたいことを言って、さっぱりしてる、長屋の繋がりってものはみんなこんなもんだった。 だが、蜂六は、長屋のかかあたちはみな、おちかの味方なので反感を買っていた。 だが、どっこい、蜂六はお上の御用をつとめる、岡っ引き伍平の一番の手下の下っ匹でい、蜂六もお上の手先を勤めているという自負は持っていたのだった。 ところが、その蜂六、この頃、羅宇屋の仕事を早く終えて長屋に帰ってきて、井戸端へ行ったり、どぶ掃除をしてみたり、長屋の軒下の蜘蛛の巣を払ってみたり、犬の凡太の頭を撫ぜて遊んでみたり、変わり玉を買ってき子供らに配ったり、どうなっちまったんだろうと、何処か体の具合でも悪いのか、それとも、頭の方がいかれちまったのか、長屋の者だけじゃない、女房のおちかさえ心配するほどだ。 それには、訳ってえものがあったんだ。 いつものように、「ひょっとこ」で、一杯ひっかけていた時だった。「蜂六さんですかい?まあ一杯、」 身なりのきちんとした、この辺りじゃ見かけねえ、お侍が声をかけてきた。「おらあ、蜂六だが何の用でい、」「じつは、長屋で千代松という子供を預かっているそうだが、ことの次第は明かせぬが、その子供をなんとなく見張って、儂に密告しててほしいのだ、もちろん礼金は出す、十日ごとに一両だ、」 「見張って何をするのだ、あっしの身も忙しいのでな、」「わかっておる、神田周辺の御用にはお主の力が関わり合っているということも。そんなお主だからこそ、ぜひに頼みたいのだ。いや、何もしなくてよいのだ、ただ千代松の命に危険があるようなときには助けてくれればいい、その時には、儂に繋ぎを付けてくれればいい、神田淡路町の米問屋「いさみや」に言ってくれれば、繋がるようになっている」 蜂六にとっては、棚から降ってわいたようなぼたもち話だ。もったいぶっているが、このところ、懐ではぴーぴーと貧乏鴉が鳴いていたのだ。 これで少しはおちかにもいい顔ができるだろうと踏んだ、蜂六は「わかった、では力になろう」と返事した。 それとなく、おちかにも、千代松をよく見ておくように言ったのだが、やはり、受けた仕事はきちんと、やらなくてはならぬ。 で、羅宇屋の仕事も長屋を出て、~らうやぁ~、らうやぁ~と、二三軒回って、煙管の掃除をすると、すぐに長屋に帰ってくるのである。 頭がおかしくなったわけでもなく、病気でも何でもない、遠回しに千代松を見張っていたのである。 千代松は泡の助や子供たちと、おど吉の木戸番小屋の前で遊んでいることが多かった。そこに蜂六が混ざるのは不自然だったが、番太のおど吉と将棋を指したり、犬の凡太の頭を撫ぜたりしながら、千代松の様子を見ていた。 気が向けば、番屋で売っている飴を買って、子供らに配ることもあった。「こりゃ、御馳走様、みんな食べようぜ、下っ匹様からだよぉ、、」なにも気にしない、泡の助も、子供らと一緒になって喜んでいた。傍目には、穏やかで幸せそうな空気が流れていたのである。 つづく朽木一空
2021年03月24日
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おから長屋 金は天下の廻りもの 10 あぶく浪人と捨て子 7 終わりの巻 流れの中に 浮かぶ泡です すちゃらかちゃんちゃん 泣きもせず、 「泡の助殿、世話になった、実は明日、千代松は屋敷に帰ることになった。急なことで、申し訳ないが、お家の都合なのだ、許されたい」 「えっ?そうでございますか」と、唖然としている泡の助、「ご造作をおかけ申した、余は楽しかったぞ!」と、急に偉そうになった千代松、 いつかはそんな日も来るだろうとは泡の助も覚悟はしていたが、さすがに今日の明日となると、ふわふわしている泡の助にも寂しさがわいてきた。 次の日の朝、神田楽居町、おから長屋に陸奥の国青鳥藩の留守居役、剣持帯刀下、おつきの者十人以上を引きつれて、扉付きの駕籠がやってきた。 そんな立派な籠がおから長屋にくるのは、初めてのことなので、長屋の者総出で何がおきたのかと、ぞろぞろと顔を出てきた。 陸奥の国青鳥藩江戸留守居役の剣持帯刀と千代松君が並んで長屋の者に挨拶をはじめた。 ~可愛い子には旅をさせろ、世間というもの、人間というものを見させたかった。せこせこ、損得ばかりの武士社会だけを見ていては庶民のための政治はできない、 陸奥の国青鳥藩一万石の殿様から、人々が笑って暮らせる、百姓も町人も武士も同じように暮らせる国造をしたい、小藩とはいえ、日の本一、幸せに暮らせる藩づくりをしたいのだ。そのために、殿から、息子をいい人間に育ててくれと頼まれたのだ。 陸奥の国青鳥藩一万石の殿様から、頼まれた江戸留守居役の剣持帯刀がおから長屋の泡の助に千代松を預けて、庶民の暮らしというものを見させたかったのだ。「お世話になり申した。千代松君の身分も明かさずに面倒を見ていただいて藩主も感謝しております。欲もなく、身分も気にとめない、泡の助様は子供のようなお人だ、それに、住んでいるおから長屋の人たちも裏表のないいい人たちばかりだ。この長屋なら千代松君をお預けしていただけると、踏んだのでございます。その通り、千代松にはたいそういい経験を踏ませていただきました。国へ帰えってからも、人のためにいい国づくりをしていただけるでございましょう」 千代松はぴょこんとお辞儀尾する、さすが大名のご子息、きりりとしていたのが、振り向いて、母の手を取ると、今までに見せたことのない千代松の子供らしい嬉しそうな顔になった。 千代松は江戸留守居役の剣持帯刀や母の紗枝、おつきの人に囲まれて、扉付きの大名駕籠に乗って去ってしまったのだ。後ろ髪惹かれることもなかった様子だった。それが宿命とでもいうのだろうか、 陸奥の国青鳥藩の留守居役、剣持帯刀から、大家の桃右衛門のところに、長屋の者皆に世話になったという、十両の礼金が届けられた。 大名籠が去ってまだ長屋の者がうろうろしている路地で大家の桃右衛門、はこう言い放った。「千代松様の陸奥の国青鳥藩の留守居役、剣持帯刀から長屋の者へと、十両の礼金を頂いた。長屋の衆よ、おみつが父親の借金のかたで深川の富岡八幡宮の料理屋”丸”に奉公に出なきゃならねえ、ことは皆も知っての通りだ、よく、思いだしてもらいたいのだが、おみつの父親の清太郎も悪い人じゃなかった、ちょっと気が弱かっただけのことだ、そこでだ、この十両は金貸しの重蔵に返そうと思う、」 長屋の者は、誰ひとり文句は言わなかった。むしろ、みなそうして欲しかったのかもしれない。 「誰だって、銭の一文だってほしくねえ奴はいねえが、金は天下の廻りもんでえ、気持ちよく銭が廻ればそれでいいや」と、強がりみたいなことを言った。 だが、おみつは長屋に残っても、千代松が長屋からいなくなった寂しさは長屋の者みんなの心の中にあった。 「じゃあ、きまりだな、この十両でおみつの借金を払う、おみつにもお絹さんにも長屋にいてもらう、皆の衆、それでよいかな」「あっしは文句ありませんよ、千代松がこの長屋に来たきっかけもおみっちゃんだったからなあ、」「わしも、おみっちゃんがいなくちゃ、寂しいからな」「なに、金太の褌洗うためにおみっちゃんがいるわけじゃねえよ」 「泡さん、それでいいかな?」 「いいですよ、あちきはふわりふわりと生きていきますよ」 「でもよう、大家さん、千代松君お別れの宴てえのがないのは淋しいね」 長屋の者は、銭に執着していない、困った人がいれば、助ければいい、それで気持ちよく暮らしていければそれがいい、貧乏人の負け惜しみでもなく、そうして暮らしていたのだ。 集まっていた、おから長屋の者がそれぞれ、自分の家に入ろうとしたその時、「ひょっとこ」のぽん吉姐さん息せき切ってやってきた。「ちょいとお待ちよ、千代松様からね、長屋のみんなで飲み食いしてくれと、ひょっとこの店にね、樽酒に、日本橋”清膳”の料理、鰻に天ぷら、鮨が届いたんだよ、子供たちにも菓子袋が届いたよ、」 「さすがは千代松様だね、おみっちゃんんも奉公に行かずにすんだんだ、お祝いだね、さあ、しけたつらしてねえで、ね、ぱあっとやろうじゃないか、」 神田楽居町、居酒屋「ひょっとこ」ではおから長屋の者が集合して無礼講が繰り広げられていた。 木戸番小屋のおど吉の店の前には千代松の履いていた下駄が置いてあって、犬の凡太が下駄の鼻緒の臭いを嗅いでいた。 両国橋広小路はいつもの賑やかさ、、~御用とお急ぎのない方は、しばし、おみ足を止められい、ささああ、尻から火を噴く世にも珍しい 尻火芸をお見せしよう!!~ 広場では泡の助の口上が聞こえていたが、泡の助、どこか上の空のような表情をしていた。 空の雲も、あぶくもやがて破れて消えていくものなのか、ふわっと湧いてきて ふわっと消えていってしまう。あぶくのような、浮き雲のような時だったな。 泡の助や長屋の人たちのなかに優しいものを置いていった千代松。 ああ面白かったよ、楽しかったよ、千代松、、 秋の空がやけに澄み、柳原土手の空に泡の助の作った奴凧が気持ちよさそうに泳いでいて、鳶(とんび)が高い空から、身を翻させて、やってきて、奴凧といっしょに空を泳いでいた。それを、火の見櫓から高吉が眺めていて、手を振っていた。 犬の凡太が「わんっ!」と、小さく吠えた。 すちゃらかちゃんちゃん、、おから長屋の泡の助、でございました。、 おしまい、 朽木 一空
2021年03月24日
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おから長屋 金は天下の廻りもの 8 あぶく浪人と捨て子5 おみっちゃん 不憫なことは 山ほどあれど、 赦しちゃおけない こともある そんな千代松の暮しがもう一年も続いていただろうか、、、 千代松は両国広小路で初めて出会ったこともあるせいか、おみっちゃんとはとくに仲が良かった。だが、おみっちゃんは、病気のおっかさんんがいて、縫い物や、長屋の端使いをしていたので、遊ぶ時間はあまりなかった。 でも、同じ長屋なので、路地や井戸端で顔を合わせることが多かった。泡の助がお土産に飴や団子を買って帰えってきたときには、必ず、おみつの家にお裾分けするのも千代松のあげる喜びを満足させた。 だが、或る日の夕暮れ、千代松は柳原土手へ出て、自分の屋敷のある上野のお山の方を懐かしそうに眺めていた。小さい声で、「父上、母上」と、呼んでみる。 やはり、子供なのだ、夕暮れになると、恋しくなるものだった。 と、土手の中から、しくしく泣く声が聞こえてきた。おみっちゃんだった。千代松は黙っておみつの横に座って暮れなずむ町を眺めていた。 ~ おみつの父清太郎は左官の職人だった。腕のいい、真面目な仕事をしていた。 だが、仕事先の御家人、都築治左ヱ門の屋敷の壁造りや竈の修繕の仕事を頼れ、ひと月もかかった仕事を終えても、なんだかんだと難癖をつけて手間賃を払ってもらえなかった。清太郎は材料費や仕事仲間への給金で十両もの銭を借りていた。払ってもらわなければ、容易ならざるころへきていた ある夕暮れ、清太郎は他の仕事で浅草山下町を通りかっかると、御家人都築治左ヱ門がまだ宵の口だと言うのに、遊女を抱えながら酔っぱらっていい調子で騒いでた。 その姿を見た清太郎も黙ってはいられない。 「都築さま、こんなところで酒を呑んで遊んでいるのなら、仕事の手間賃をを払ってくださいませ」「なにを、この身分違いの町人が、武士に対して意見を言うのか、失礼極まる、頭が高いぞ!」 と言って、笑いながら、清太郎の顔に唾をかけた。 さすがに清太郎も我慢の糸が切れ、都築治左ヱ門をどついた。酔っていた都築治左ヱ門はよたよたと倒れ、地面に頭を打って血を流した。 清太郎は旗本に対する殺傷沙汰を起こした角で、町奉行の白州に引っ張り出され、 石川島寄場送りにされてしまったのだ。 借金の十両はそのまま残り、挙句、母のお絹が病気になり寝込んでしまったので、いつまでたっても借金は返せず利息が嵩み、おみつは、深川富岡八幡宮の参道脇の「雪乃屋」という料理屋に五年の奉公に行かねばならならなくなったのだ。 ~私は、なんでも我慢できるけど、おかっかさんが心配だ、長屋のみんなは「みんなで面倒を見る」と、言ってくれてるが、心配で可愛そうで、、~千代松は黙っておみつの話を聞いていた。 世の中には、不憫な宿命を背負わされている人がいるのだと、しみじみ思ってた。 さっきまで漏れていた夕陽も西の空から姿を隠し、柳原土手の上にも暗闇が迫っていた。 「帰ろう、おみっちゃん、何とかなるさ、大丈夫」 千代松は冷たくなったおみつの手をとっておから長屋へ向かった。 つづく 朽木一空 つづく 朽木一空
2021年03月22日
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おから長屋 金は天下の廻りもの 7 あぶく浪人と捨て子 4 千代松長屋暮らし なぜに子供が可愛いものか きれいな心が たまらない おから長屋へ千代松の手を引いての泡の助が帰ってくると、長屋中が大騒ぎしていた。千代松の両国橋広小路での武勇伝の噂はもうすでに長屋の連中にも広まっていて、「おお、この子があの暴れん坊の旗本奴をやっつけた、天晴れ千代松様か」と、半官贔屓の長屋の者が取り囲んできた。「泡の助さん、その子、捨て子なら大家さんに届け出なけりだめだよ、それが御定法ってもんだからね」 大家の桃右衛門、じっと、千代松を品定めでもするかのような眼で見て、名前、仕草、言葉遣いからしてどこかの大名か旗本の訳ありのご子息に違いない。粗末には扱えんぞ、「泡さんが飼っている犬の凡太とは違うんだ。犬なら放っときぱなしでも、文句は言わないが、人間の子供はそうはいかないよ」 凡太はいつも泡の助の長屋の前で寝そべっている犬のことだ。泡の助が拾ってはきたが、誰が飼っているんだか、長屋の者みんなで面倒を見ている犬だった。「泡の助殿、捨て犬の次はお武家様の捨て子とは、またえらい荷物背負いんだもんだな、」 江戸の町では捨て子は珍しくなかった、捨て子は拾われた町で育てることが御定法で決まっていた。したがって、その日以来、千代松は泡の助の住むおから長屋で寝起きするようになったが、泡の助は相変わらず、ちゃらんぽらんで、洗濯も飯も長屋のおかみさんの世話になっていた身分なので、千代松の面倒も、畢竟、長屋の者がみんなで、代わる代わる面倒を見ることになった。 のんびり屋の泡の助は千代松との寝起きも悪くはないと感じ、行き当たりばったりの暮らしぶりにも張りが出てきた。 両国広小路で泡の助が手妻(手品)の見世物をするときには、千代松も一緒についてくる。旗本との事件を覚えている見物人もいて「よっ、あの時の男度胸の優男!」 などと言われて、投げ銭を多く貰えたりもした。千代松は利発な子で、泡の助にでれでと甘えるような所もなく、父母のことを思い出して淋しがるようなところもなかった。凛とはしているが、子供らしさも失っていない子だった。 長屋の子供たちとも、すぐに溶け込んで仲良しになり、大人たちからは、長屋の子にはない気品のある顔や態度、言葉遣いが気に入られて可愛がられた。 木戸番小屋のおど吉の店の前に集まって、近所の子供たちともよく遊んだ。ある日には、内緒だが、自身番の上の火の見櫓にも登った。 「高吉兄ちゃん、おいらも、火の見櫓に登りてえな」「だめだ、火の見櫓にのぼるのはおいらだけに許されてるんだ。」かって、高吉が火の見櫓に登って火事を見つけ半鐘を鳴らしたお陰で、火事を免れた武家屋敷があり、大層感謝され、過分な礼金も貰ったことがあり、以来、長屋の子供の中で、高吉だけは火の見櫓に登ってもいいと、許されていたのだ。「高吉兄ちゃん、どうしても登りたいんだ、一度だけでいいからさ、」「しょうがねえな、一度だけだぞ、、」 千代松は高吉の後から梯子を上って火の見櫓に登った。「いい眺めだろう、千代松、お武家さんのお屋敷はあんなに広いんだ、この長屋が全部入ってもまだ余るくらいだ。町人はごちゃごちゃした街に閉じ込められているように見えるだろう、なにかおかしいよな、、、 千代松、お前はああいうお屋敷の子なんだろう、どこかに見覚えはねえか」「ふぃうーん、江戸の町はこんなふうになってたんだ」千代松はたった一度だけだったが火の見櫓から見る江戸の景色が忘れられなかった。つづく 朽木一空
2021年03月20日
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おから長屋 金は天下の廻りもの 6 あぶく浪人と捨て子 3 武士の子、千代松 損得勘定 長屋にゃいらぬ 誰かが困りゃあ 助け船 「やめてください!」 両国広小路で、乙女が柄の悪い旗本奴に絡まれ、手をつかまれ、連れて行かれそうになっていたのだ。見物人も人の群れも、触らぬ神に祟りなし、見て見ぬふり、誰も助けしようとはしない。 愚鬼組と呼ばれていた旗本奴はこの辺りでは手の付けられない暴れん坊で迂闊に関われば、いつこっちに火の粉がかかってくるかしれやしないのだ。 その時だ、泡の助に尻火芸をやれと言った五歳くらいの子供が、泡の助が独楽芸(こまげい)で使っていた小刀、と言っても竹光なのだが、を手に取り旗本の愚連隊の前に出て構えた。「武士のすることか、無体なことをするな、その女子を放せ、」 と、叫んだのだ。「何をこのクソガキが、武士を愚弄する気か!」 旗本も怒鳴ってはみたが、五歳の子にまともに怒っては武士の沽券にかかわる。「放してほしかったらな、坊主、この女が儂の足を踏んだ、痛くてたまらんから治療代をだせ、そうすればこの女子は放してやる」「よし、武士の約束だぞ、」 そう言うと、子供は泡の助の投げ銭の入った笊を旗本奴の前に突き出し「これで、文句はなかろう、銭を持って、女子を放せ!」 そう言うと、旗本から女を奪い取った。囲んでいた人だかりはやじ馬に変貌し、 「よっ、男だな、かっこいいぞ、」と、声がかかった。すると、群衆も自分がなにもしなかったことが恥ずかしかったのか、嬉しくなったのか、いいぞいいぞ!の大合唱、きまりの悪くなった旗本は銭を懐に仕舞ってそそくさと退散した。 その子供はすまなそうに泡の助の方を見てから、笊を持つと、 見物人の方に向かってお辞儀をした。「おお、坊主、偉いもんだ、天晴れだったぞ!」 と、言いながら、さすがは江戸っ子だ、笊の中にもう一度投げ銭を入れてくれた。 泡の助がその子供から笊を受け取ると、なんと一分金が二枚も混じっていて旗本に渡した投げ銭の三倍以上もの銭が集まっていたのだ。 泡の助は、どうなったのか、泡が泡を食っような顔をして呆然としていたが、 よく見ると、助けられた乙女は泡の助と同じおから長屋に住む、おみっちゃんだった。縫い物や、長屋の者の端使いをしながら、病気の母おきぬの面倒を見ている、孝行娘で、泡の助も井戸端でよく顔を合わせるいい子だった。「おみっちゃんんか、よかったなあ、その子のお陰だな」「ハイッ、ありがとうございます」 その子供は、泡の助をじっと見つめて「そちのおかげじゃ、よかったのう、人助けは気持ちが良いのう、」 目のくりっとして、可愛らしい、五歳くらいの男の子が泡の助を見つめて大人びた口調で、そう言った。千代松という名だそうだが、何処の誰だかは口に戸を立ててしまって話さない。その千代松は帰ろうとせずに、泡の助の傍を離れない。 「私は捨て子なのです、名前は千代松と言います。わたしをおじさんの家に連れて行ってください」 なんだかよくわからないが、泡の助は子供が好きである。 まあ、いいかという、いつもの軽い気持ちでその千代松という男のと、おみっちゃんを連れて三人で歩き出した。 懐が温かいので、途中で鰻屋に寄り、三人分を焼いてもらい、「おみっちゃん、おっかさんと食べな、精がついておきぬさんの元気が出るように」「ありがとう、泡のおじさん、おっかさん、鰻なんて食べたことないから、きっと喜ぶ」 おみっちゃんを帰して泡の助は居酒屋「ひょっとこ」の暖簾を潜った。 千代松と名乗った子供も一緒についてきた。「あら、泡さん、まあ可愛い坊やですね、隠し子がいたんですか、」 店の女将、ぽん吉姐さんに冷やかされた。 泡の助が田楽をつまみに酒を呑み、千代松は鰻を食べ始めた。「困ったことになったのかな?」「何を、泡の旦那が困るものですか、いつものように、ふわふわしてりゃあ、いいんじゃないですか、なるようになりますよ」「そうですよねええ、、」「そうですよ、泡の助様」 千代松まで調子を合わせていた。 つづく 朽木一空
2021年03月18日
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おから長屋 金は天下の廻りもの 5 あぶく浪人と捨て子 2 尻火芸 川にゃ河童が浮かぶじゃないか 長屋にゃ泡が 浮かんでる 水無月といいながら、五日も降り続いた後の雨上がり、狭い長屋の部屋でむしゃくしゃしていた町の者が湧き出てきたのか、両国広小路は大いに賑わっていた。 両国広小路は火除地として造られたのだが、ぽっかりと空いた空地を見逃すはずもなく、芝居小屋、浄瑠璃小屋、講談小屋、見世物小屋が軒を連ね、辻講釈、棒手振りに鮨、そば、天ぷらや団子、飴や煎餅などの食べ物屋が並んでいる。 広場では、居合抜刀芸、蝦蟇(がま)の油売り、猿回し、角兵衛獅子、南京玉すだれ軽業や曲毬手妻たちが客の取り合いをしていた。 その両国広小路の一角に泡の助もいた。 ~御用とお急ぎのない方は、しばし、おみ足を止められい、ささああ、尻から火を噴く世にも珍しい 尻火芸をお見せしよう!!~ 広小路は人もたくさん集まるが、競争相手もいっぱいいる。 呼び込み口上が勝負である。民衆の方も口上を楽しみにしているのである。 面白おかしく囃し立てた口上で人々の足を止め、耳を傾きさせ、 「なんだ?、なんだ?と」、口上につられて人だかりができると、、間髪いれずに泡の助、 取い出したる竹とんぼ、ぎゅっとひねると空高く舞う、次々に竹蜻蛉を宙に舞わせ、見事に手の平に帰ってくる。 見物人を飽きさせたら負けである、見物人が感心する暇なく、曲独楽(きょくこま)の芸を始める。独楽を廻して、それも大小五つの独楽を扇の端から端まで渡らせる、扇子の上で独楽が舞う色鮮やかな模様が繰り広げれる。 ~あら不思議ぃ、あら綺麗ぃ、~ 休む間もなく次は独楽の刃渡り。小刀の上を滑るように五つの独楽が動き廻る。その芸の間にも口が休むことはない。 ~懐がちょいと重くて両国広小路歩くのには邪魔な方は、巾着切りに盗まれる前に、投げ銭よろしゅうお願いいたします~ 見物人の投げ銭や放り銭をかき集めていると、必ず嫌な奴がいたもので、その日も「おじさん、尻から火が出るんじゃなかったの?」 どきっ!あの口上は人集めのための戯言なのだ、許せよ、ぼうず、そんなことできぬのは皆、承知の助なのだよ、尻から火が出るなんて口上を忘れるように、ぱっぱっと次から次へと芸を続けたのだ。充分楽しんだじゃねえか、、 ところが、群集心理とでも申しましょうか一人が口火を切ると、「そうだ、尻火芸を早くやれ、みんな待ってるぞ!」 こうなると、泡の助絶体絶命!逃げ場がない。「それではお見せしよう、どんな手妻(手品)にも西瓜や瓜と同様種があるものだが、尻火の芸には種はござらん、危険じゃ下がって下がって、、と、言い、泡の助、見物人に背中を見せると、用意してきた笹竹を口に含み、もう一方の笹竹の端を尻に挟み、思い切り口で笹竹を吹くと、、、尻に挟まれた篠竹から、あら不思議、赤い炎がちらりと見えた。唐辛子を粉末ににしたものだった。 「ああ、てえへんだ、これが秘芸火芸の尻火芸でござりまする、お腹立ちなきよう、投げ銭よろしゅうお願いいたしまする」「なあんだ、、でも、おもしれえや」 江戸っ子こんな冗談でも腹を立てることはない、面白がって銭を投げるのである。 泡の助の尻を見たのだから、二文三文と笊の中に文銭が溜まった。てなことで、その日はやけに人が集まり尻のお陰で投げ銭も多く、 早々に店終いし投げ銭を巾着に仕舞い、今日は「ひょっとこ」で一杯やろうかと、帰ろうとした時だった。 つづく 朽木一空
2021年03月16日
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おから長屋 金は天下の廻りもの 4 あぶく浪人と捨て子 1 ~ 野暮な屋敷の大小棄てて 腰も身軽な長屋住まい よいよい よいよい よいやさ ~ 江戸小唄 ほんわりゆるゆる ぶらぶらのっそり 何にもないが それがいい 神田楽居町、おから長屋に浮島泡の助という、その名の通り、ぶらぶらしてあぶくのような暮らしをしている男が住んでいた。 子供たちは、”あわっち”とよび、長屋の大人は 泡さんと呼んでいる。 その素性は、大家の桃右衛門によれば、さるお旗本の次男坊で、武士のしきたりに縛られた暮しが嫌でたまらず、まして、”武士は食わねど高楊枝”などと体面ばかりを気にし、武士道や切腹などの考えにはどうしても馴染めなず、月代も剃らず、二刀も差さず、着流しの格好で屋敷をでては、武士らしからぬ、ふわふわと江戸の町をふらついてばかりいたので、旗本家では家の威厳が保てぬと、屋敷から追い出し、名を伏せて長屋暮らしをさせているのだという。 それで、浮島泡の助などという武士に対する反抗を込めた名前を名乗っているのかもしれなかった。 神田楽居町の木戸口を出たところに、自身番屋があり、道を挟んで、木戸番屋があった。 番太郎はおど吉で、五年前に八辻が原で倒れていた無宿者が、少々頭の回転が悪かったのだが、正直が着物を着ているような嘘のない男だったので、大家の桃右衛門が預かった。 おから長屋に、気のいい働き者の娘お春という娘がいたのだが、顔の右頬に紫色の大きな痣があったせいで、男運に、めぐまれず、嫁に行きそびれていたので、大家の桃右衛門は仲を取り持ってそのお春とおど吉を夫婦にし、丁度番太郎がいなかったので木戸番にさせた。 おど吉お春夫婦なら安い給金でも済むだろうという、大家の桃右衛門の算盤もあったのだ。 番太郎の仕事は、町の木戸を四つ(午後十時)に閉めることである。木戸を閉めた後に通行人が来れば、脇の潜り戸を開けて通す。その時に、町送りといって、二人なら二回、三人なら三回、送拍子木を鳴らして、次の番屋に知らせるのである。 おから長屋の者が四つ(午後十時)を過ぎて潜戸を開けて通る時には、お小遣いの文銭をおど吉に渡した。 ぽん吉姐さんなどは「おどちゃん、ご苦労様、お春ちゃんとお食べ、」と言って、菓子折りや鰻や鮨を差し入れてくれることもあった。 また、日の暮れた町を、拍子木を打って、~火の用心さっさりましょう、~と、町内を触れ歩くのも番太の仕事であった。 おど吉夫婦の給金は町の人から集める町入用から払う低い金額だったので、それだけじゃとても食ってはいけなかった。 そのかわり、番小屋で商いをすることが許されていた。商い番屋とも言われていたのだ。 おど吉お春の番小屋でも、鼻紙,ろうそく,わらじなどの他に、子供相手に駄菓子も売っていた。金平糖、かりんとう、棒黄粉、はっか棒、変わり玉、カルメ焼きなどが並んでいて、冬は焼き芋、夏は金魚に白玉を売って凌いでいた そのおど吉お春の番小屋の商品台の上に、泡の助が長屋に来てから、独楽(こま)や奴凧、竹馬、竹とんぼなどのおもちゃが並ぶようになっていた。 みな、泡の助の手作りである。泡の助は手先が器用で、子供たちが喜びそうなおもちゃを作ってきては店先に並べていたのである。 子供が文銭を握りしめてきて、泡の助の作ったおもちゃを買い、泡の助がそのおもちゃで子供と一緒に遊んでいた。泡の助は子供と自分の作ったおもちゃで遊ぶのが大好きなのである。二文三文で売ったおもちゃの銭はおど吉お春の懐に入った。泡の助は子供と遊べればいいのだった。 「おおい、三太、凧あげに土手の上にいかねえか」「泡っち、奴凧、この風で揚がるかなあ」「でいじょうぶ、空を気持ちよさそに泳ぐよ」 「じゃあ、いこういこう、」 子供たちは泡の助に連れられて、柳原の土手の上から奴凧を揚げに走って言った。 では、泡の助はどうやって生活していたかというと、自分で工夫して作った絡繰り仕掛けの手妻(手品)を両国広小路で、披露して投げ銭を稼いでいるのだった。 つづく 朽木一空
2021年03月14日
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鮨食いねえ、 「寿司」「鮓」「鮨」みなさん「すし」でございます。 清水次郎長の子分の森の石松が、船の中で次郎長親分の噂話をする陽気な江戸の旅人に、次郎長の子分の番付を作らせて、自分の名がいつ出てくるかと期待して、 ~江戸っ子だってねぇ、食いねえ、寿司食いねぇ~ と、旅人をおだてて鮨を驕(おごる)森の石松、 ~馬鹿は死ななきゃぁあ治らない~ というくだりが有名な清水一家の森の石松の浪花節がございますな、 この時の鮨は船の中でございますから、桶に飯を盛って、そこにネタを載せた「桶ずし」とか「箱ずし」と呼ばれたものでございました。 江戸の鮨と言えば、日本橋の魚河岸界隈が発祥の地でございます。 魚河岸に集まる新鮮な魚、たとえばマグロの赤身をさっとさばいて、すばやく握った酢飯の上に載せた握り寿司は、おにぎりみたいに米の量が多く、朝早く、飯も食わずに仕入れにきた魚屋に大受けだったとか、 「おいっ、彦五郎、寿司でも食いに行かねえか」 「ようござんすね、けど、ご隠居、まさか屋台の鮨じゃあないでしょうね、鮨の元祖だと言い張ってる、江戸両国の華屋与兵衛(はなやよへい)の「与兵衛寿司」か、江戸深川は安宅六軒堀(あたけろっけんぼり)の堺屋松五郎の「松鮨」あたりがいいんんですがねえ、あそこは ~値の高いもの無頼~何て言われてますから、目の玉が飛び出るような値段だそうですよ。 ま、ご隠居さんの懐具合に合わせて、魚市場のある、江戸橋辺りにゃ旨くて手頃な、江戸前寿司屋が並んでいるそうでございますよ、そっちへ行きましょう、おっ、よだれが垂れちまいましたよ」 てんで、ご隠居と彦五郎、江戸の町へ、お出かけになります。 気の短い江戸っ子は、気軽に立ち寄れて注文するとすぐに握ってくれて、食べられる、立ち食い握り寿司は、職人や商人が仕事の合間にサッと食べられるってんで人気になり、安くて早くて旨いんで、おっと、牛丼じゃありませんよ、鮨ですよ、 まあ、ネタにもよるが、だいたい、六文から八文と安いので、あっという間に、江戸の町に拡がっていったのでございます。「彦五郎、いなり寿司てえのはどうだい?」 「ご隠居、あれは子供の食い物で、江戸っ子がぱくつくもんじゃありませんよ」「稲荷鮨はな、天保の頃、大飢饉があったろう、あの時にはな、鮨ネタを載せる肝心の米が手に入らなくなって困ったのよ、そこで、豆腐を作るときにできる「おから」を、甘辛く煮て、油揚の袋の中に詰めて売ったのんだよ、これがまた人気があってな、もうひとつの寿司として評判になったのだ、「いなりずし」の誕生ってわけよ、 稲荷鮨と名がついたのは、油揚が狐の大好物だったからだよ、」 「おっ、ご隠居、棒て振りの寿司屋がいますねえ」 ~棒て振りの江戸前の握り寿司では、鮨のことは”すう”と言い、鯵の押しずしは「あじのすう」といい、小肌の押し鮨は「こはだのすう」といいますな、 ~あじのすう~こはだのすう~ と言いながら、肩に担いで棒て振りが鮨を売りに行くのでございます。 売りに行く場所は吉原でございます。夜中過ぎ、ちょっと口寂しくなった頃、 ~あじのすう~こはだのすう~ という掛け声が吉原の内道を通る。女郎がそれを買う ~お寿司、くんなまし~ では、ご隠居、彦兵衛さん、鮨の川柳を召し上がれ、、 ~妖術と いふ身で握る 鮓の飯~ ~鮨のめし 妖術という身で握り~ 忍術使いのような手捌きで握ってさっと食べられる、寿司忍でございますかね、握ってすぐ食べられる、せっかちな江戸っ子にはもってこいの食べ物でした。 ですが、江戸の鮨は生ではありません、煮てあったり、漬けといって、ネタに味がしみ込んでいるのです。 ~ネタに仕事がしてある~という言い方をしておりました。 あっしはもっぱら回転寿司でございまして、、 笑左衛門、
2021年03月12日
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おから長屋 金は天下の廻りもの 3 火の見櫓 3 悪戯小僧 泣いて笑って おもしれえやい 金は天下の 廻りもの それから、数日後のことであった、 北町奉行所同心日下部退蔵、それに町役人の小倉屋文蔵、大家の桃右衛門、自身番役の政太郎が待つ、神田楽居町の自身番へ、鳶の甚八と息子の高吉が呼び出された。 甚八と高吉は半鐘事件の顛末にどんな罰が待っているのかおどおどしていた。おから長屋を追い出されるかもしれないとびくびくもしていた。 自身番で小さくなって座っていると、北町奉行所定廻り同心日下部退蔵が重たい口を開いた。「実はな、高吉、先日の半鐘事件のことだが、、、」 まさか伝馬町の牢に入れられやしないだろうか?高吉の顔から血の気が失せ膝が震えた。「高吉、そう緊張するな、実はな、外神田のお徒歩屋敷の犬塚八十郎という御家人から、届け出があってな、五日前の暮れ六つ、神田楽居町の半鐘が鳴ったので、驚いて庭へ出てみると、夕方焚火をした燃え滓の火が塀に移つって燃えだしていたのだ、慌てて、消し止めたのだが、あの半鐘で知らせるてくれなければ、火は屋敷に燃え移り、大変な事態になっていた。 半鐘で知らせてくれた楽居町の方にお礼がしたいと、金十両を頂いたのだよ。高吉よ、おめえが火事だと言って半鐘を鳴らしたのは嘘じゃなかったんだな、信用しなくて悪かった、このとおり謝る、」 奉行所同心が町人の子供の高吉に頭を下げた。高吉も甚八も唖然としていた。 「まあそれで、町役人の文蔵と大家の桃右衛門とも相談してな、犬塚八十郎の申し出は受けることにして、五両は高吉に渡して、残りの五両の銭は町入用として使わせてもらうことにし酔うと思っているのだが、それでよいかな、」 町役人の文蔵が高吉の顔を覗き込むようにして顎をしゃくった。 「いくら、町の悪戯小僧の高吉でも、高吉の言い分もきかねえと、筋が通らねえなええから、こうして来てもらったんだが、甚八よ、それで文句はあるめえ、高吉に着物でもこさえて、旨いもんでも食わしてやってくれ、」 「高吉よ、それでな、おめえから、何か願いはねえか、大抵のことなら聞いてやるぞ」 高吉はずっと下を向いていたのだが、疑いも晴れたせいか元気を取り戻し、「じゃあ、火の見櫓に登ってもいいってことにしてくんねかな」 自身番屋にいた一同の者、顔を見合わせたが、高吉のお陰で五両もの銭が町入用の金庫に入ったんだ、文句はなかった。「わかった、高吉が火の見櫓に登るのを許そうじゃねえか、ねえ、文蔵さん、桃右衛門さん、政太郎も聞いたな、 けどな、むやみに半鐘は鳴らしちゃあいけねえよ」 家に帰った高吉は嬉しそうだったが、落ち着かないのは甚八の方だった。 鳶の甚六は火消しだ、ねじり鉢巻き 腕には竜の彫り物、筋が通らなえ話にはてこでも動かねえところもある、しゃきしゃきの江戸っ子だったのだ。「高吉、、これからちょっと、大家の桃右衛門、の家へいってくるぞ、」と、言うと、長屋の入口にあるおから長屋の大家の桃右衛門の家の戸を叩いた。「こんな銭を持っていたんじゃ、尻がむずむずしていけねえ、早く使っちまったほうが気が清々する。江戸っ子は宵越しの銭を持っちゃ息がつまっちまうよ、 なあ、大家の桃さん、あっしは、かかあが死んでから、長屋の者には世話になりっぱなしだ、ここは一発、長屋の連中でぱあっとやって五両使っちまいましょうよ、そのほうがさっぱりしていいや」 大家の桃右衛門も店(たな)の者が喜ぶことなら大賛成だ。 というわけで、神田楽居町にある居酒屋の「ひょっとこ」を貸し切っておから長屋の者を集めて大宴会を開くことになった。 五両といえば、間男の示談金と同じ大金だ。二万文である。店賃が400文、かけ蕎麦が16文、酒一合が30文、鮨8文、初鰹だって5000文でお釣りがくる、おまけに、居酒屋「ひょっとこ」は安い居酒屋で有名だ。いくら飲んだってお釣りがくらあ、その居酒屋”ひょっとこ”は 白角屋絹三郎という、おから長屋の家主の豆腐屋がやっている店で、 酒は原価で売り、酒の空樽を売って儲けるという、鎌倉河岸で大流行りの豊島屋の真似をした商法で人気があった。 つまみは 豆腐屋が営んでいるので、夏は冷奴、冬は湯奴、それに卯の花に、豆腐田楽だけだった。まあ、50文(およそ千円)もあれば飲めるという安居酒屋だ。 その居酒屋”ひょうたん”の女将はおから長屋のぽんきち姐さんだった。もと、柳橋芸者のぽん吉は、四十の坂に差し掛かったが、黒羽織なんざ羽織って、まだまだ色気たっぷり、毒婦じゃねえが、熟女の色気で旦那を惑わすには充分であった。 さて、その居酒屋”ひょうたんん”貸し切りとなったその日、「おい、しけた豆腐料理ばかりじゃ盛り上がらねえや、!」てっんで、鮨も料理も、柳橋の料亭から取り寄せて、大判振る舞い。 おから長屋のぼてふりの魚屋の太助が鰹と鰺を捌いて船盛にする。御馳走が並び、ぽん吉の三味線と唄も混じって、店の中はおから長屋の者で喧々囂々、上や下への大騒ぎ、底抜け騒ぎのから騒ぎ、長屋か出られない病気の婆さんには膳に持って届けたし、意固地で、おから長屋に籠っている恥書捨三郎という痩せ浪人には、おせっかい婆のお鯛が酒までつけて届けてあげた。 甚八、高吉にんまり、こんなことはめったにあることじゃあない。神田楽居町 おから長屋での出来事でござんした。 神田楽居町、火の見櫓の景色 おわり 朽木一空 火事と喧嘩は江戸の華なんて言ますがねえ、 江戸の町人の住む場所は、びっしりと町家がくっつくように建っていたので火事にはめっぽう弱い町だったんですね、 お江戸八百八町、町ごとに自身番があって、自身番の上には火の見櫓があるのでございますよ。 ~笑左衛門蘊蓄~
2021年03月10日
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おから長屋 金は天下の廻りもの 2 火の見櫓2 火事だあ! 悪さするがき ゆるしゃしねえよ げんこふるって 抱きしめる ごお~~ん、、本石町時の鐘が鳴った。暮れ六つの鐘の音だった。高吉が火の見櫓から眺めていた江戸の町に 赤い夕焼雲から漏れていた陽が隠れ、 逢魔が時(おうまがとき)と江戸の人が呼ぶ闇の中に江戸の町が溶け込もうとしていた時であった。 ~お侍さんの家は広いなあ~高吉が神田川の向こうに広がる武家屋敷の方を高吉が眺めていると、闇の中から白い煙が上がり、その中から橙色の炎が見えたのだ。 高吉は躊躇わなかった。自身番がやっていた通り半鐘を鳴らした。 ~カンカンカン! カンカンカン!~ ~ ジャン ジャン ジャン!~ 驚いて、自身番屋から飛び出してきた町役人が火の見櫓を見上げると、なんとあの悪戯小僧の高吉が半鐘を鳴らしているではないか、「こら、高吉、何をしてる、早く降りろ!」 町役人は凄い剣幕で高吉を怒りまくった。高吉は怒鳴られて、渋々火の見櫓を降りた。 「馬鹿者が!」 ごつんと、自身番の政太郎のげんこつがとんだ。 「僕は、ちゃんと見たんだ、火事だよう、御徒屋敷の方だよう、」「何を言いやがる、何処にも火の手は見えねえよ、それにな、他の町内の半鐘も鳴ってねえじゃねえか、いつも言ってるだろう、火の見櫓は遊び場じゃねえんだ、それに半鐘までならして、町は大騒ぎだぞ、腕の一本もへし折ってやろうか」 と、自身番の政太郎にこっぴどく怒鳴られた。 江戸の町では、自分の子であろうと、他所の子であろうと、区別なく面倒も見たし、叱りつけたりもした。子供は町のみんなで育てていたのだ。 悪さをすれば他人の子でも当たり前のようにげんこつがとんだのだった。 自身番では、むやみに半鐘を鳴らしたことは一大事件で、半鐘を聞いた町の連中が ~なんだなんだ、火事は何処だ!~と、大騒ぎしていた。 自身番には町役人も町奉行の同心も駆け付けて、高吉を囲んで叱りつけていた。高吉は、ぐすんぐすんとべそをかいて、下を向いていた。 親父の鳶の甚八も番所に呼ばれて、町役人の小倉屋文蔵と、町奉行の同心日下部退蔵からこっぴどく注意された。 「悪戯にもほどがある、甚八さん、今度こういうことがあったら、あんた、長屋にいられなくなるかもしれないってこと、覚悟しておいてくださいね、ちゃんと高吉を躾けてくださいね」 おから長屋の大家の桃右衛門からもきついお叱り事。「へい、わかっておりますよ、うちの高吉がご迷惑をおかけいたしまして、とんでもねえ野郎で、よく言って聞かせますんで、、、」 と、自身番では頭を下げて、家に帰ってくると、甚八は高吉の頭を撫ぜて体を引き寄せて、「おお、もう大丈夫だ、おとったんがついてらあ、もう泣くな。高吉は火が上がったのを見たんだな、父ちゃんは高吉を信じてるからな、それよりよ高吉よ、あんな高え所へ上って怖くなかったのか、」「怖くなんかないよ、高い所は大好きだい」「そうかそうか、高吉はさすが鳶の甚八の子だ、将来はいい鳶になれるぞ、 火事といえば、火消し。火消しといえば、鳶だ。いいか、おめえはいつか火消しの「か組」を背負って立つ男になれ」 と、父の甚八はご機嫌だったのだったのだからあきれてものも言えない。 高吉には楽居町の町役人から宵五つ(午後八時ごろ)に、罰として十日間、火の用心、と、拍子木を打って町内を廻るという罰を与えられていた。~火の用心さっしゃりましょう~と言いながら廻るのが常だが、 「カチン、カチン、火の用心だよ屁の用心、火にも屁にも用心いたしましょう!」 拍子木と高吉の悪ふざけした声が神田楽居町には響いていて、おから長屋の住民は「くすんっ」と、笑っていた。 つづく 朽木一空
2021年03月08日
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おから長屋 金は天下の廻りもの 1 火の見櫓 1 神田柳原楽居町 いい眺めだな 火の見櫓で 暮れ六つの鐘 江戸の空 「江戸の町は広いや、いい眺めだなあ、、」高吉は江戸の町を見下ろすことのできる火の見櫓に登るのが大好きであった。みつかれば、自身番の役人にこっぴどく叱れるので、いつも、暮れ六つ近く、辺りがうっすらと靄に包まれたような夕暮れに人目を盗んで火の見櫓に登るのだった。この時刻なら自身番の者にもにも見つからない。 火の見櫓から江戸の町を眺めていると心が広々してくる。 神田楽居町の火の見櫓からは、南に江戸城が座り、その向こうは海が広がっていた、東側に目をやれば、大川が見え川面にはちょき船や屋形船も浮かんでいる。 その大川の向こうには本所深川の町家がびっしりとひしめき合っていた。 北には神田明神があり、その向こうには寛永寺のある、上野のお山が見えた。 高吉は暮れなずむ町の家々の屋根の下に灯が入り、その間から煙が立ち昇る景色が好きだった。夕餉の煙の中に幸せな空気が澱んでいるかのようだった。 高吉は幸せな気持ちに包まれ、いつまで見ていたい景色だった。 母さんのことを思い出させる景色だった。母さんは高吉が五歳の時に流行病(はやりやまい)でぽっくり逝った。 高吉は父の、鳶の甚六の男手で育てられた。 親爺が鳶職のせいでもあるまいが、高吉は高い所へ登るのがだいすきで、お稲荷様の裏の胡桃(くるみ)の木に登ったり、長屋の屋根の上で猫と寝ころんでいることもよくあった。 悪戯小僧だったので、近所の大人からは、この悪ガキが!、と、よく叱られもしたが、母を亡くした高吉のことを長屋のおかみさんはよく面倒も見てくれた。 父の甚六の帰りが遅い日には、体を井戸で洗ってくれ、夕飯を食べさせてくれた。 そんな高吉は、内緒で、火の見櫓に登って景色を見ている時には心が落ち着いて、 父や長屋のみんなが困るようなことはしないようにしようと、素直な心になれるのだった。 つづく 朽木一空
2021年03月06日
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隠居、老入でござりまする 「ご隠居さんは何歳で隠居したんですかい」 「わしか、倅が一人前になって、家業の小間物屋を継ぐというから、さっさっと引退したんだよ、50の時だったかな」 「へえ、悠々自適で、優雅でうらやましいかぎりですね、」 「そうでもねえさ、隠居するってことはね、家を息子に相続するってえことだから、こんなこざっぱりとした隠居所へ住まされて、収入はねえもんだから、倅に頭を下げて小遣いを貰わなにゃあならねえんだ」 「それでも、隠居してのんびりと趣味の盆栽に俳句それに酒と女とくれば天国でございますねえ。」 「おお、世捨て人だからな、おつりの人生だ、まあ気楽だな、、」 徳川家康は、江戸幕府を開いた1605年、つまり将軍職に就任してからわずか2年、66歳で、三男の徳川秀忠に将軍職を譲って、居城を駿府城に移し隠居した。だが、それから9年の間、大御所として息子秀忠の幕府を操縦し、75歳で没した。~儂に言わせりゃあ、楽隠居じゃねえし、老入でもないね~ 二代目徳川秀忠は45歳で将軍職を息子の徳川家光に譲り、隠居して、江戸城西の丸に移るが、やはり、父家康に倣って引退後も実権は手放さず、秀忠も大御所として二元政治を行い、54歳で没した、 ~将軍様にとって隠居は難しいことなんですかね~ 八代将軍吉宗は62歳で将軍職を長男家重に譲り、隠居するが、家重は言語不明瞭で政務が執れるような状態では無かったため、自分が死去するまで大御所として実権を握り続けて68歳で没した。 ~こうなると、隠居どころじゃありませんね、~ 十一代将軍、徳川家斉は、側室四〇人、子女五五人を数えたことで有名であるが、将軍在職50年の後65歳で隠居したが、やはり、大御所として政治の実権を握っていたため、後の人が「大御所時代」と呼ぶようになった、、69才で没。 ~ああ、徳川の将軍様は、隠居と言いながら、政治と権力を手放すことはなかったんですな、のんびり暮らす楽隠居とは程遠い隠居生活でしたなあ~ 隠居の代名詞と言えば、水戸黄門の徳川光圀や天下のご意見番大久保彦左衛門を連想しますなあ、、、 江戸時代は将軍や大名を別にすれば、若くして隠居する人もいたし、隠居後の時間を自分の趣味や研究に没頭し偉業をなしとげた人物もたくさんいたのでございます。 「人は十三才迄(まで)はわきまへなく、それより二十四五までは親のさしづをうけ、其(その)後は我と世をかせぎ、四十五迄に一生の家をかため、遊楽する事に極まれり」~井原西鶴『日本永代蔵』~ と書かれおりますぞ、四十五歳までに一生困らないだけの身代(しんだい)を築き固め、それからは、趣味に生きたり、遊び楽しむのが理想なのだそうです。 江戸時代、寿命が60歳ほどだとすれば、隠居生活残り二十年弱というわけだ。40歳で隠居だって早かねえよ、松尾芭蕉なんざ、36歳で隠居して、芭蕉庵に入って五七五を案じ、奥の細道の旅に出たんだ。 伊能忠敬は50歳で家督を景敬に譲り隠居生活に入り、それから天文学と、測量術を学び、日本全国を回り、沿岸を測量して、「大日本沿海輿地全図」をつくったのだ。御立派な隠居でございます。 伊藤若冲は(江戸の動植綵絵の一人者)宝暦5年(1755)、40歳のとき、家督を3歳下の弟・白歳(宋巌)に譲り、名も「茂右衛門」と改め、早々に隠居。本格的に絵師としての道を歩み出した。 安藤広重(歌川広重ともいう)は 江戸の定火消しの安藤家に生まれ家督を継ぎ、その後に浮世絵師となった。広重は26歳で同心の家督を譲って隠居、浮世絵師になった。 井原西鶴は33歳で若隠居しました。好色一代男などの浮世草子が大当たりして、江戸の人気をさらい、大流行したが、流行というのは廃れて行くもので、もてはやされていた西鶴も晩年の隠居生活はは困窮していたそうだ。52歳没 平賀源内。高松藩士の家督を妹に譲り26歳で隠居浪人になる。 それから江戸へ出て、その後江戸で多方面の活躍。発明家や本草学者、地質学者、蘭学者、医者、殖産事業家、戯作者、浄瑠璃作者、俳人、蘭画家としての顔も持ち合わせ、多方面で活躍した。安永8年大工の棟梁2人を殺傷したとして、投獄され、破傷風により獄死した。54歳没 第一線を退き閑な人生を過ごすことを「隠居」と称します。 武士は主君にお役御免を願い出て、 子息に家督を譲って隠居の身分となる。町人は店の中心から退くことを宣言して息子なりしかるべき後継者に財産権利を譲り、自分は隠居所に閑居する。第一線を退いて、自由気儘に自分の好きなことをして暮らすのを「隠居」と申します。 隠居は老後じゃねえよ老入とよぶんだよ、老いを楽しむんだ、老人なんて呼ぶんじゃねえよ、隠居の入り口の老いを楽しみにしてきたんだからな、年寄りの小言幸兵衛、だなんて言って、嫌っちゃあいけねえよ、 ここから、これから、よっ、ご隠居さん、 食うや食わずのあっしには隠居なんて言葉はありませんよ、 笑左衛門
2021年03月04日
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都都逸 裏長屋でござんす 3 情と忖度 まあるく絡み 井戸端かみさん なごやかに 世話焼きばばあが ふんどし洗い またぐら涼し 独り者 長屋の大家 店賃あつめ 白粉嗅ぎに 深川へ 雨降りお江戸は ぐちゃぐちゃ道で 逢いに行けない 下駄がない 寄ってみてください裏長屋 笑左衛門
2021年03月02日
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