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おから長屋 泥中に咲く花 25 山東京伝になり損ねた男 7 北町奉行所のお白州、白い砂利の上に敷かれた蓆の上に、おから長屋の住人、塵芥恥垢の助、証人に、版元の蔦屋九衛門、おから長屋の大家桃右衛門、女房のお筆が座わらされていた。 吟味与力が『殿と妾32人の御戯れ』の作者が塵芥恥垢の助であるという調書を読み上げ、奉行の遠山金四郎はそれをじっと聞いた後に塵芥恥垢の助に尋問した。 「塵芥恥垢の助、お主は山東京伝になりたいと申したな、それで手鎖の刑にしてほしいと、そう願い出たのだな、 お前の幕府を愚弄した筆禍の罪がどれほどのことなのか、わかっておるのか? 到底、軽い罪ではすまぬところだが、調べによれば、『殿と妾32人の御戯れ』と言う洒落本の筋書はお主の女房の春豆奴を身請けするために借金をした版元の蔦屋九衛門に無理やり書かされことが判明しておる。 そうに違いないな、、よし、それじゃあ、おめえを手鎖の刑にしてやるが、手鎖の刑ことを知ってるんだろうな、 前にこうして組んだ両手に鉄製の瓢箪型の手錠をかけたまま、長屋で謹慎だ、手錠は重いぞ、それに、おから長屋からは一歩も外に出ちゃいけねえよ、 牢よりはましだろうと思いがちだがな、さて、どっちがきついかな、飯を食うのも糞をするのにもしんどいぞ、 毎日、見廻り同心の日下部退蔵が長屋を訪ねて手錠改めを行うからな、その時にな、手鎖の真ん中の封印を確認するが、もし無断で錠をはずしていた事が発覚すれば、手鎖の期間はどんどん伸びるから覚悟しときな。よいな」「へいっ、山東京伝さんが我慢しなすったことですから、わたくしも喜んでお受けいたします」「よし、わかった、では、裁定を申し渡す、二十年前に山東京伝と言う戯作者に対して、奉行所は100日の手鎖(てぐさり)の刑を言い渡したという凡例があった。 だが、塵芥恥垢の助の書いた洒落本『殿と妾32人の御戯れ』は未熟の上愚作である、到底山東京伝の境地には至っておらず、手鎖100日では戯作者山東京伝に無礼にあたる。よって、塵芥恥垢の助の刑は手鎖10日の刑とする。」「その刑罰、喜んでお受けいたします。」 と、塵芥恥垢の助は白砂に響き渡る声で言い放ち嬉し涙を流したのであった。「これにて一件落着!」 北町奉行遠山金四郎、すくっと立ち上がり、白砂に背を向けると、柱の陰から裁判を見守っていた日下部退蔵に視線をお送り、片目を瞑ってニコッと笑って見せた。 ~日下部退蔵よ、これでいいんだな、おめえも甘い男よなあ、まんまと、おから長屋のお筆に乗せられちまったな。まあ、泥中に咲く花が散らずに済んだんだ、お江戸にそんな長屋があってもいいんだがな、 人の情を生かせるお裁きの奉行と言われていた遠山金四郎はそう思っていた。 北町奉行所からおから長屋へ帰ってきた大家の桃右衛門と女房のお筆 ~お筆、お前も役者じゃのう、べらべら喋りまくって、まんまと、日下部の旦那を塵芥恥垢の助のファンにしてしまったじゃないか、まあ、それにしてもよかったよ、恥垢の助が手鎖の罪で済んで、、あの人だっていなくなりゃあ、寂しいからな、おから長屋にはなくちゃあならねえお人だってことだね」「そうだけど、おまえさん、お奉行様は日下部の旦那が南町奉行所から恥垢の助三を匿ってしたことにも、気が付かれていて裁定を下したんだろうねえ、もともと、遠山金四郎様は御改革には後ろ向きなんですから、それにね、きっと、金四郎様はおから長屋が好きなんですよ、~ ~ああでもね、明日から、また仕事が増えそうで忙しそうで、嫌になっちゃいますね、そうだ、おみっちゃんにも手伝ってもらおうか、 だってねえ、版元の蔦九も財産半分没収でしょう、恥垢の助さんは手鎖でもう洒落本んも書けないし、書いた本も差し止めじゃあ、銭の入口が塞がれちまってるんですもの、春豆奴さんを身請けにいけやしない。てえことは手鎖されたまま独り暮らし、それじゃなくとも、恥垢の助さんは長屋暮しのことは何もできない人なんですから、あたいが面倒見なくて誰がだれが 塵芥恥垢の助の面倒を見るのでしょうか、 ああいやだ、厠へ行っても、尻も拭けない、あたいが恥垢の助さんの尻を拭くのかしら、ああこっちが恥垢の助になりそうです。 ところが、世の中は捨てたもんじゃない、その次の日のの夜、長屋中が大騒ぎになることがおきたのだ。 塵芥恥垢の助が10日の手鎖の刑が決まるや瓦版が摺られ、”北町奉行遠山金四郎の見事な人情裁き、10日の手鎖だ!と書かれた瓦版が江戸の町に撒かれた。すると 塵芥恥垢の助の洒落本の隠れた愛読者たちが動き出し、春豆奴の身請け金まで出して、放免祝いとやらで、おから長屋に剣菱の角樽に柳橋の料亭から料理が届いて、塵芥恥垢の助の放免祝いをやることになったのである。 やれやれ、あんまり騒ぐと、贅沢奢侈禁止令に引っかかりますから、お気をつけなすって、 ~でいじょうぶですよ、ご心配無用、北町奉行所のお役人日下部退蔵様も、岡っ引きの吾平も下っ匹の蜂六もみんな茹蛸のような顔して呑んでますから、、長屋の角から覗き見している、深編笠のお武家様、あの方は遠山の金四郎様ではございませんかねえ、、こっちへきて,呑めばいいのにねえ、、 お終い 朽木一空 付録 仲間と飲み食いをする際に当時は代表者が全部一括で勘定払いするのが当たり前でしたが、呑み食いした銭を頭数で均等に割って勘定を済ませることをしたのが山東京伝だそうです。今日割り勘と言われる支払い方ですが、当時は「京伝勘定」と呼ばれたのだそうです。
2021年05月31日
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おから長屋 泥中に咲く花 24 山東京伝になり損ねた男 6 ~お筆、儂はな、塵芥恥垢の助が、為永春水や山東京伝のように、手鎖にならねえようによ気苦労してるのよ、~ ~へええ、股下垂三郎なんて名前が淫乱のもとになりますんですかね、亭主の桃右衛門なんざ、もうずっと股下垂れ三郎でございますが、卑猥にもなりませんよね、それにね、河童の屁の話が風俗の乱れになるのですか?うっかり屁もできませんね~ ~お筆、痴れ言を言ってる場合じゃねえんだ、 だがお筆の話しを聞いてると、なんだな、その塵芥恥垢の助はどうも、山東京伝の後を追いかけてるようだなところがありそうだな、山東京伝という男もな、昔、吉原大門の横にある版元の蔦重の世話になっていてな、そのうちに、吉原の遊女を身請けして暮らしてたんだ。そしてな、その女房が死んだと思ったらまた吉原の遊女を引いて(落籍して)女房にしたのだよ、おいっ、塵芥恥垢の助と春豆奴との関わりにどこか似てねえかい?~ ~そういえば、何のお仕事をしておまんまを食べているのかと聞きましたら、洒落本を書いている、いつかは、山東京伝のような有名な黄表紙作家になるから、楽しみにしていてくれ、その時には、また八百善の料理で大騒ぎをしようじゃないか、などと言ってたことがりましたよ、でもね、書き損じの紙が部屋中にころがってばかりでね、屑屋が喜んで紙くずをを買い取りに来てましたよ~ ~なあ、お筆、ここまで来ると、儂が、恥垢の助がどんなものを書いてるのか知りてえわけがわかっただろう?、~ ~たしかに、猥雑な噺や取るに足らない噺を書いてるようですけど、ある時、こんなことも言ってましたよ、 ~わたしやあねえ、本当のことを書いてるんだ、人間の本音をね、みんな助兵衛で、欲深くて、自分さえよければいい、他人と自分を比較しては喜んでる、武士も農民も町人もみんな同じ金玉ぶら下げてんだ、そこんところの人間の性を書いてるんですよ~、何て、酔っぱらいながらも真顔で言ってたこともありましたね、~~なるほど、そんな戯言をほざいていたのか、益々訝しくなってきた。 それじゃあ、江戸の風紀を乱す、『殿と妾32人の御戯れ』、先の大御所、徳川家斉様のことを弄った噺を恥垢の助は書きそうだな、幕府としては、その作者を到底放っておくわけにはいかないんだよ、~ ~ 八丁堀の旦那はいつも正しいのですか、いつも悪は悪、善は善なのですか、いつだって前向きで、後ろを振り返って後悔することないのですか、いろんな暮らし方があって、いろんなことが言えて、それが罪になるのでございますか?~ お筆は珍しく、お役人にたてついたようだが、 ~お筆、そのうちにわかるよ、これが一番いいんんだ~ と、北町同心日下部退蔵に諭されると、やけに素直に頷いた。~じゃあ、旦那、恥垢の助さんのこと、よろしく頼みますよ~ 北町奉行所見廻り同心日下部退蔵は、大家の桃右衛門とお筆に案内させ、おから長屋の塵芥恥垢の助の家の障子を開け、岡っ引きの吾平が恥垢の助に縄をかけた。 塵芥恥垢の助は縄をかけられたまま、自身番にも大番屋の吟味も経ずににも北町奉行所の仮牢に入れられた。 今月は北町の月番で、あと三日すれば、南町奉行所が月番になる。奉行所は南と北の二か所にあり、月毎に交代で役務に着くことになっていたのだ。 このまま、塵芥恥垢の助にお縄をかけずにいて、南町奉行の配下の与力や同心の手に落ちれば、鳥居耀蔵の取り締まりは容赦なく、厳罰が下されることは火を見るより明らかだった。手鎖(てぐさり)で済むどころか、拷問の上、間違いなく打ち首になるところだ。 北町同心日下部退蔵が、お筆の話を聞いて焦って捕縛したのは塵芥恥垢の助を南町奉行に渡したくなかったのだ。 塵芥恥垢の助を捕縛して、北町奉行所にまっすぐに連行したのは、実は塵芥恥垢の助を南町奉行所から匿いたかったのだ。守りたかったのだ。 お筆の話を聞いているうちに、日下部退蔵は塵芥恥垢の助が『殿と妾32人の御戯れ』の作者だと確信を持つとともに、塵芥恥垢の助という男に人間としての温かいものを感じてしまっていたからでもあった。 つづく 朽木一空
2021年05月29日
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おから長屋 泥中に咲く花 23日記の編集・削除 山東京伝になり損ねた男 5 お筆の口も滑らかになり、油紙に灯がついたようにべらべら喋りだしていたが、喉が渇いたので、番太を促して、茶を出させてグイっと飲んだ。 ~随分遠回りしたが、そろそろ本筋の話に食い込まなきゃあならねえ~ 北町奉行見廻り同心の日下部退蔵は、お筆にこう切り出した。 ~ところで、お筆、塵芥恥垢の助がどんな噺を書いてるのか知ってるだろう?~ ~なにを書いてるってですか?盗み見は行儀が悪いんでしませんがね、 家の掃除は春豆奴さんが留守の時には頼まれてますんで、書き損じた破れた紙を掃除した時にちらっとは見ることがありますがね、 これがねえ旦那、ぷっと、吹き出しそうな物書きの名前が並んでましたよ、 「股下垂三郎」に「放屁臭三郎」に「芥川直木」に「糞出快便」ですよ、 ねえ、旦那、随分ふざけた名前でございましょう。 噺の中身ですか、わたしはけっして盗み見したわけじゃありませんよ、ただ、なんとなく目に入ったものですけどね、 ~河童の屁を集めている殿様、 河童の屁大尽、だとか、忍ばすの池の大鯉が池の端で女を襲った男の逸物を咥え込んんで呑み込んでしまった、大袋の鯉の金玉だとか 空を飛ぶ茹蛸 茹蛸空を舞うだとか、もう、弱脳にしか書けないようなの愚作ばかりでございましたよ、~ ~お筆、おめえは 為永春水ってえ『春色梅児誉美』などの春色の連作を書いた戯作者が、内容が淫らであるとして、北町奉行遠山景元の取り調べを受け、手鎖50日の刑を受け、以来、気鬱になって酒に溺れ、去年の暮れに(天保14年)に死んじまったことを知ってるだろう、まだ、54だってのに、気の毒なことをしたもんだ。おれはな、塵芥恥垢の助がそうならねえように心配してんだぜ、 宝暦から文化の頃にはな、蔦屋重三郎っていう版元から、山東京伝という戯作 者が豊富な挿絵をもつ黄表紙 (きびょうし) や合巻 (ごうかん)、遊里を描く洒落本 (しゃれぼん)、読本 (よみほん)、男女の恋愛もつれを綴った人情本 (にんじょうぼん) などで大変な人気を誇っていたんだよ、今でも貸本屋じゃあ山東京伝の読み物は人気があるそうだ。お筆も、一度くらいは目を通したことがあるんじゃねえのかい、『江戸生艶気樺焼 (えどうまれうわきのかばやき) 』『通言総籬 (そうまがき) 』『傾城買四十八手 (けいせいかいしじゅうはって) 』『桜姫全伝曙草紙』『昔話稲妻表紙 (むかしかたりいなづまびょうし) 』『人間一生胸算用』『松魚智恵袋(かつおのちえぶくろ)』『堪忍袋緒〆善玉(かんにんぶくろ おじめの善玉』『虚生実草紙(うそからでた まことぞうし)』な、本の見出しを聞いただけでも面白そうでワクワクしてくるだろう、 ところがな、寛政三年、老中となった松平定信様による寛政の改革が始まると、娯楽を含む風紀取締りは厳しくなり、山東京伝の書いた、黄表紙『仕懸文庫』、『錦の裏』、『娼妓絹ぶるい』の三冊が摘発されてな、版元の重三郎は過料により財産の半分を没収され、三東京伝は手鎖50日という処罰を受けたんだよ。 この頃の江戸の町もな、寛政のご改革に似て老中水野様が天保のご改革を推し進めていてな、今の老中水野様の天保の御改革と重なり合うんだよ、だからな、塵芥恥垢の助も危ねえよ、~ 「好色殿と40人の妾の狂瀾」という、徳川家斉を風刺した淫らな洒落本の作者を突き詰めて、お縄にするのが北町同心日下部退蔵の仕事だったが、山東京伝しかり、為永春水しかり、そして、塵芥恥垢の助という男もしかり、みな何にも縛られねえで面白そうに生きていやがる、そういう人間に嫉妬(やきもち)を焼きながら、お縄にしなけりゃあいけねえのかな? 北町奉行訴同心日下部退蔵の心には矛盾の渦が浮かんでいたのだった。 つづく 朽木一空
2021年05月27日
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おから長屋 泥中に咲く花 22 山東京伝になり損ねた男 4 ~するってえと、その春豆奴とか言う女房が深川へ行っちまえば、塵芥恥垢の助は男やもめってことだな~ ~そうでございますよ、八丁堀の旦那、大家とすれば黙って見過ごすわけにはまいりませんよ、心配ですからね、女房の春豆奴を質草にでもしたような、塵芥恥垢の助さんのお家を覗きましたよ、そうしたら、案の定、男やもめに蛆が湧くっていいますでしょう、 部屋中に書き損じの紙が丸められて転がっていて、畳は埃(ほこり)だらけ、障子には蜘蛛の巣が張り、壁にはゲジゲジが這っているし、敷きっぱなしの布団はじめじめしていて茸(きのこ)が生えていましたよ、 そうなるってえとね、わたしは急に忙しくなるんですよ。部屋の掃除はしなくちゃならない、蒲団は干さなけりゃならない、ゲジゲジは潰さなけりゃならない、 なんてったって、塵芥恥垢の助さんは長屋暮らしはいいもんだ、なんて言ったって、自分じゃあなんにもできやしないお方です、薬缶の中の蛸のようですね、手も足も出せないんでございますから、 ご飯も炊けないお方でございます、しょうがないから毎朝五合の飯を炊いて、御櫃(おひつ)にいれいてあげましたよ、 恥垢の助さんは棒て振りの味噌汁売りが来るのを待ち、おかずは横丁の四文屋(四文で売るおかずや)に、おみっちゃんに買い物を頼み、腹に収めてましたね、 夜になれば、ひょろひょろと出かけて、どこかで呑んで、最後は、表の居酒屋”ひょっとこ”で、おからをおかずに仕上げの酒を呑むのが決まりでございます。 長屋の者がひょっとこで出会えば気前よく酒を奢ってくれたそうでございます。ぽん吉姐さんもいい客種だよと喜んでいますよ。 着るものにも無頓着な恥垢の助さんですからね、着物が解(ほど)けたり破れていても構わない人なんですよ、しょうがないから、気が付けば縫い合わせてあげる、いえ、わたしがやったんじゃただ働きだからね、おみっちゃんの手間仕事にしてもらうんですよ。そんなもんだから、恥垢の助さんもねえ、おみっちゃんをそりゃあ、可愛がってましたよ。なにかといえば、おみっっちゃんの好意に甘え、それでみやげら、お小遣いをあげてますよ、 ~銭ですか、それが不思議でございますね、さっきも申しましたけど、銭はある時にはある、ない時にはない、恥垢の助さんは、銭なんぞどうにでもなる、銭に縛られちゃ、いい噺は書けないと気にしてませんでしたね。 こっちも、狐につままれたような気分になって、銭のない時にはお稲荷さんを作って持っていったり、煮物や、たまには秋刀魚も焼いてあげましたよ。 困ったのはね、恥垢の助さんが苔の生えそうな部屋で暮らしてたもんですから、 虱でも着いたんでしょうね、股下が痒い痒いって言うものですから わたしだってね、煮しめたような沢庵色の褌を洗うのなんかが御免なんですか、仕方がない、褌を洗って、虱退治にその褌をうちの鍋で煮しめてもあげましたよ。 そうしたらね、恥垢の助さんが、何と言ったと思います? ~余計なことはするな、股がすーすーして、涼しくて落ち着かんじゃないか~ などとのたまうのでございますよ、まあそんなこともありますけど、特段、迷惑をかけると言うこともないといえばなく、銭がある時には、お手当も頂けるんで、まあ、人畜無害なお人と言ってもいいんじゃないですか。 ご飯炊きから掃除、それに褌洗い、長屋の当番の厠掃除も私がやるんでございますよ、私ひとりじゃできないから、おみっちゃんにも長屋のおかみさんもみんな手を貸してくれます、塵芥恥垢の助ってえお人の長屋暮らしてえのは、長屋中の人の世話になって暮らすことなんでございますよ、 まあ、手のかかかるお方ですが、本人は酔生夢死とでも申しましょうか、いたって呑気なものですよ、~ ~お筆さん、その分のお小遣いはちゃんと、貰ってんだろう~、 ~そりゃあ、当たり前のこんこんきちでございますよ、女房の春豆奴を売り飛ばした銭で、塵芥恥垢の助さんはね、朝から晩まで酒を呑みながら、何が面白いんだかわかりませんが、洒落本をせっせと書いてるんですから、こっちだっておこぼれをもらわなけりゃやってられませんよ、~ 自由気儘、奉行所の役人の武士の堅苦しさに比べたら、提灯に釣り鐘だ、 俺だってそいうふうに生きてみてえよな、ふとそう思った、北町同心日下部退蔵だったが、慌てて首を横に振った。 つづく 朽木一空
2021年05月25日
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おから長屋 泥中に咲く花 21 山東京伝になり損ねた男 3 北町奉行見廻り同心の日下部退蔵は煙管の雁首を煙草盆の端で、ぽんっ!と、いい音を立てると、 ~ところでよ、塵芥恥垢の助にはすごい別嬪の女房がいるそうじゃねえか~ ~春豆奴さんのことですよね、そりゃあ、ねえ八丁堀の旦那、掃き溜めに鶴、私らとは月とスッポンの美形でございますよ、意気と気っ風の良さが絡み合い、、品があって凛としてて、それでいて、気取ってるわけじゃない、まあ、女から見ても惚れ惚れするような女人ですよ、 塵芥恥垢の助さんが、長屋に越してきてから、二年後くらいでしたかね、ある日突然の嫁入りでございましてね、 あの一両二分の茶漬けの目玉の飛び出るような値段の山谷掘りの料理屋の八百善から仕出し料理を取り寄せ、酒は下りものの剣菱の角樽を並べ、長屋の者にふるまって、祝言をあげたのでございます。亭主の桃右衛門が”高砂や この浦舟に帆を上げて”と祝言歌を唸りましたよ、 ですがね、その春豆奴という嫁さんは、男の気を揉ませるために産まれてきたような色気のある女でございましたから、もう、翌日から長屋の男たちは馬鹿みたいにそわそわしましてね、春豆奴を一目見ようと、用事もないのに長屋の路地をふらつき、井戸端で長居したりしてまして、まあそれは可愛いもんですがね、魚屋の魚五郎なんかは、「旨そうな鰹が入ったから、タタキにしてきたぜ、召しあがってくんな、」などと言いながら春豆奴の家の戸を叩く始末で、女房のお鯛がカンカンになって怒り夫婦喧嘩になっちまったんですよ、 それもそのはず、春豆奴っていう変てこな名は深川富岡八幡の辰巳芸者だった頃の名をそのまま使っているんでございますよ、 そう、天保のご改革で深川の岡場所や料理屋が取り潰しになった時に春豆奴も吉原に連れていかれ、仲の町の張見世に座らされたんですがね、半時も断たぬうちに塵芥恥垢の助の目に留まって一目惚れ、その日のうちに、塵芥恥垢の助は三十両で身請けしたのだそうですよ、無論、版元の蔦重に稿料の前借でございます。借金です。 塵芥恥垢の助さんというお人はね、行き当たりばったり、蛸が自分の足を食べるようなその場しのぎの料簡なんでございましょうかね、まるで、銭のことに関しては無頓着なのでございますよ~ ~なるほど、銭の算盤が不得手なようだな、~ ~そうなんですよ、八丁堀の旦那、私はね、大概のことには腹は立てませんがね、 塵芥恥垢の助という男、この点だけは堪忍できないんですよ、酷いといえばこれほど女に酷い仕打ちをする男はまあ聞いたことがありませんね、 塵芥恥垢の助、さっきも申しましたけど、銭の勘定に疎いと言うか、トンチンカンなところがあって、銭があれば、柳橋あたりの料理屋へ通い、長屋でも、酒も下りものの剣菱を飲み、長屋じゃ、みんな一汁一菜で飯を腹に押し込んでいるのに、恥垢の助と春豆奴の膳には美味しそうなおかずを並べてるんですよ。 まあ、旦那、それはそれでようございますがね、銭ががなくなると、こともあろうに、女房の春豆奴を深川富岡八幡の門前、新町の”紅鈴”という料理茶屋、といっても、ご改革の前までは岡場所だった場所でございます、そこへ、売り飛ばしてしまうのですよ。まさか芸者奉公なんてこともあるんですかね、 ”酒の相手はしても色は売らぬ”のが辰巳芸者だなんて口では言ってますがね、芸者は皆銭で転ぶって言いますからね、本当のところはわかりませんよ、それで、塵芥恥垢の助って男は、女房を売り飛ばした銭を懐に入れると、何食わぬ顔をして、柳橋あたりの小料理屋や船宿で飲み食いしながら、またいつもの長屋暮らしをしているんでございますよ。 酷い話じゃございませんか、女房を何だと思っているのですかね、 ところが、なんでしょう、本でも売れることがあるんでしょうか、大きな銭が入ると、深川富岡八幡の門前にある、”紅鈴”にいって春豆奴ををひいて(落籍して)くるんでございます。 春豆奴さんは、何もなかったように、涼しい顔をして長屋に帰ってくるのです。 それがですよ、旦那、一度じゃないんです、二度も三度も、春豆奴をいかがわしい料理茶屋に売ったんですよ。質屋じゃあるまいし、女はね質草じゃないんですよ。 わたしゃあね、おから長屋の大家の桃右衛門の女房でございますから、文句の一つも言いたくもなりますよ。 ところがね、長屋には馬鹿で助平な男がいるんでございますよ、 駕籠かきの熊吉はね、下心を褌の下に隠してね、深川の料理茶屋"紅鈴”にいって、春豆奴に会ってきたというんですよ、 その、熊吉、深川から帰ってきてからすっかり様変わりしたんですよ、春豆奴と座敷で杯を交わし何を話したのか、”芸は売るが色は売らない”辰巳芸者の粋と気っ風のいい立ち居振る舞いにすっかり当てられちまって、もう、おへちゃな女房のおうしなど相手にしないのかと思えば、なんと急に女房のおうしに優しくなったそうです。おうしさんは気味が悪くて、熊吉の頭の中に蛆虫でも湧いちまったんじゃないかと梳き櫛で頭の中を掻き廻してやったそうですよ。ねえ旦那、幸せなんてものは厄介でございますよねえ、~ ~ 塵芥恥垢の助、いい女房を抱えていやがるな~ 北町同心日下部退蔵、塵芥恥垢の助がますます羨ましくなってきていた~ つづく 朽木一空
2021年05月23日
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おから長屋 泥中に咲く花 20 山東京伝になり損ねた男 2 ~でっ、おから長屋では、どんな風にしてたんだい?~ ~暮しぶりでございますか、まあ、そりゃあ、異色と言えば異色、変わり種と言えばそうでしょうけどね、八丁堀の旦那、正直者で裏表のない人はこの江戸にはそうはいらっしゃいませんからね、あたいだって、塵芥恥垢の助さんが善人のほっかぶりした人だとは思っちゃいませんがね、恥垢さんがね、悪いことをする人どうか、そのぐらいのことはわかりますよ、ええ、長屋の人だって、土竜(もぐら)のように家に閉じこもりっきりかと思いや、急に凧のように高くとびあがる、そんな暮らしぶりですがね、恥垢の助さんのことを悪人だなんて思っている人はいませんよ、まさか、旦那、恥垢の助さんにお縄をかけるつもりじゃないでしょうね~ ~それは、これから話を聞いてからのことだ、まだな、塵芥恥垢の助が悪事を働いたと、決めつけてるわけじゃあねえよ、 お筆よ、そう早回りするな、ところで、俺が訊きたいのは塵芥恥垢の助は何で銭を稼いで、おまんまを飯を食ってるかってことなんだ、世話焼きでおせっかいのお筆なら、大概のことはわかると耳にしてるんだがな~ ~えっ?、八丁堀の旦那、あたいがおせっかいですって、そりゃわたしはね、おから長屋の大家の桃右衛門の女房ですから、店人の面倒を見ますよ、世話も焼きます、おせっかいもしますよ、ええ、長屋のことは大抵のことは知ってるつもりですけどね、~ お筆はほっぺたを膨らませちょっとむくれてから、 ~塵芥恥垢の助さんはね、どこか世を拗ねて、半分人生を捨てたような生き方をしてますね、とにかく風変わりが着物を着ているようなお人でございまして、並の人間には理解できなことが多すぎましてね 酒を呑み過ぎては苦しがって部屋の中でぶつぶつ言いながら三日も寝てたかと思えば、井戸場へきてぼおっと空を眺めていたり、厠でしゃがんだきり半日も出てこないこともあって、厠の外には長屋の者が糞したくて糞出し行列ができて、あんた、尻を振るわせて我慢してましたんでね、そん時には恥垢の助のけつを棒で突いてやりましたよ、 するとね、~飯を食って糞をしてくだけでもくたびれますね~なんて、しょぼくれていたこともありましたよ、、 ですがね、旦那、幾ら長屋だからって言ったって、何処から銭を持ってきてるかなんて、人の蝦蟇口の中までのことはよくわかりませんけどね、合点のいかないこともありますがね、そこんところはお互い様でございますよ、 垢の助さんなりに長屋暮らしに馴染もうとはしてるんですよ、迷惑もかけるが、長屋暮しも楽しんでいたんですよ、味噌や塩を貸し借りするのを面白がってましたし、あたいが煮物のお裾分け何ぞすれば、子供みたいに喜ぶもんだから、ついつい運んじまうんですよ。 塵芥恥垢の助さんというひとは、銭があるんだかないんだか、金持ちなんだか貧乏なんだかさっぱり見当のつきにくい人でございますよ、 ぴーぴーして、酒も飲めない、飯も食えないなどと愚痴ってるかと思えば、ある日突然、銭が空から降ってきたような顔をして、銭が酒に変じないうちにといって、店賃を半年分前払いすることだってあったんでございます、 それにねえ、長屋の人が塵芥恥垢の助さんが好きな訳がもう一つあるんですよ、両国越後屋若狭の羊羹、亀戸天神の船橋屋のくずもち、向島の言問団子、上野風月堂のかぼちゃ菊、桔梗屋の浅草餅、麹町の助惣の幾代餅、人形町の鹿の子餅、長屋住まいの庶民の口に入るようなものじゃない上等な美味しい御菓子を長屋の者に配るのでございますよ、いいえ、買ってきたわけじゃなく、恥垢の助さんを訪ねてくる、上品な何処かの大店の旦那か裕福なご隠居さんのような方が土産に持ってきたものでございますよ。すると、恥垢の助さんはね、「私は蜜尿病で食べませんので、みなさんで、お召し上がりになってください」と、長屋中に配るんでございます、いいえ、わたしに配ってくださいと頼むのでございますよ~ ~お筆の話じゃ、恥垢の助は隠れて暮らしてたわけじゃあなさそうだな、蜂六、おめえだって同じ長屋に住んでるんだそのくらいのことは知ってるんだろう?~ ~へいっ、恥垢の助は、長屋の行事にはたいした力にはなりませんが、必ず顔を出しておりましたよ、井戸攫いも、どぶ攫いも、師走のすす払いの時にも出てきて、煤払いの後の胴上げでをしてやったら、 ~ふううん、鳥になっいたようだ、気持ちのいいもんだ~とか言って、底抜けに喜んでいましてね、~~そうか、おから長屋に馴染もうとしてたんだな、~ ~それとね、大きな声じゃ言えませんがね、八丁堀の旦那、塵芥恥垢の助さんはね、吉原の大門前の版元の蔦重の店に居候してたせいか、やけに吉原の中のことには通じていましてね、長屋の男たちは遊びに行くときには、恥垢の助さんに声をかけて、入れ知恵してもらってたんですよ、蜂六もね、うちの旦那も下半身のお世話になったと思いますよ、~ ~ これから、お縄をかけようかと思ってる男は案外面白そうな男だな、~ 北町同心日下部退蔵はまだ目を合わせてはいないが、塵芥恥垢の助という男に惹かれていく自分を訝しく思っていた つづく 朽木一空
2021年05月21日
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おから長屋 泥中に咲く花 19 山東京伝になり損ねた男 1 ~なんですか御大層に、あたいが自身番に引っ張られっるとはねえ、お天道様が西から登るような珍事でございましょうね、 ですがね、八丁堀の旦那、あたいなんざ、逆さまにしたって、空瓢箪ですから何も出て来やしませんよ、ねえ、お前さん、どうなってるんだい?~ おから長屋の大家の桃衛門の女房のお筆はかんしゃく玉を破裂させるような勢いで憤懣をぶちまけていた。 ~なにも、そう、おかめみてえにふくれっ面して、怒らなくてもいいんだ、お役人様も、お筆のことを怪しんでるんじゃねえんだから、~ ~そうよ、お筆、儂はな、おから長屋に住んでる塵芥恥垢の助(やっかいちこうのすけ)という男のことを訊きたいだけなんだ~ 神田楽居町の自身番に、北町奉行見廻り同心の日下部退蔵と、町役人の宗兵衛、それに岡っ引きの吾平に下っ匹の蜂六が顔を揃えて、おから長屋の大家の桃右衛門と女房のお筆を呼び出して、尋問しようとしていた。 世は天保の時代、大御所徳川家斉公が崩御し、十二代将軍徳川家慶になるや、待ってましたとばかりに老中水野忠邦は、幕府財政の再興を目的とした天保の改革を推し進めたのでございます。北町奉行の遠山景元、南町奉行の鳥居耀蔵を駒として使い、綱紀粛正と贅沢奢侈の禁止を江戸市中に布告したのです。 派手な衣服、櫛、簪(かんざし)料理や菓子に至るまで細々と規制し、悪所と呼ばれた、歌舞伎や寄席は浅草の裏手の辺鄙な猿若町に移転させられたり潰されたりし、深川富岡八幡宮の門前の遊郭も摘発され、115名の娼婦は検挙され、幕府公認の遊郭の吉原に引き渡されたのでございます。 このご改革は風俗壊乱を理由に黄表紙や洒落本等の出版本にまで波は押し寄せたのでございます。 北町奉行見廻り同心の日下部退蔵は「好色殿と40人の妾の狂瀾」という、徳川家斉を風刺した淫らな洒落本が庶民にもてはやされ、その作者を探索していて、おから長屋に住む塵芥恥垢の助という男が怪しいと、睨んでいたのだ。 ~で、お筆、塵芥恥垢の助とは、どういう男なんだい?~ ~ どういう人っていったって、目が二つ、耳も二つ、鼻と口がひとつづつ、臍も尻の穴も一つでございますよ、金の玉は二つあるそうですがね、~ ~そんなことじゃねえ、はぐらかさねえで、教えてもらいてえんだ、えっ?いつからこの長屋に身を隠すようにして、いったいどんな暮らしぶりなんでい~ ~塵芥恥垢の助さんがおから長屋に引っ越してきたのは、たしか、三年前の鈴虫の鳴いてた頃でございますよ、 亭主の桃右衛門ですがね、寄合とかなんとか言いながら吉原に白粉の臭いを嗅ぎに行った時に、吉原大門を出たところにあった版元の蔦屋にいる居候(いそうろう)の面倒を見てくれと、花魁に頼まれたんでございますよ、うちの亭主は色香に弱くてね、断れないんですよ、で、その、塵芥恥垢の助という人に会いますとね、「どうしても長屋暮らしがしてみたい、長屋暮らしの中にこそ人情というものが詰まっているにちがいない、長屋の人とふれあいながら暮らしたい」 とか和顔愛語の甘言に乗せられ、蔦屋の主人の重三郎さんからも、「この男、塵芥恥垢の助は、風采上がらぬが、いつか必ず洒落本の大家になる、金の卵だ、ひとつ、面倒を見てもらえないか」 と、袖をつかまれましてね、丁度、青物売りの幸助夫婦が四谷の方に店をだすので、おから長屋から出て行って空きがあったもんで、「あい、承知の助、まかせておくなさい、」と、調子のいい返事をしたのでございますよ、 今や繁盛してる日本橋の版元の蔦九、そう、蔦屋重兵衛の蔦重をもじった版元、蔦九さんがですね、請け人になりまして、人別のお届けもいたしまして、おから長屋に住むことになった、まあ、こういういきさつでございますよ、 ですからね、塵芥恥垢の助さんはね、隠遁者とか、身を隠しているとかじゃあありませんよ、長屋暮らしが好きなんです、長屋暮らしを楽しんでいるんでございますよ、~ ~ふーん、塵芥恥垢の助、長屋暮らしを楽しみたいなどと、面白そうな男じゃねえか~ 北町奉行見廻り同心の日下部退蔵はお筆の話しぶりから、塵芥恥垢の助という男に興味がわいてきたのだった つづく 朽木一空
2021年05月19日
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江戸の端唄(小唄)でございます、 洒落がきいてますね、粋でいきましょうか、春はうれしや 二人揃うて花見の酒庭の桜に朧月(おぼろづき)それを邪魔する雨と風チョイト 咲かせてまた散らす夏はうれしや 二人揃うて鳴海(なるみ)の浴衣団扇(うちわ)片手に夕涼み雲が悋気(りんき)で月隠すチョイト 蛍が身を焦がす秋はうれしや 二人揃うて月見の窓色々話を菊の花しかとわからぬ主(ぬし)の胸チョイト 私が気を紅葉(もみじ)冬はうれしや 二人揃うて雪見の酒障子開ければ銀世界話も積もれば雪も積むチョイト 解けます炬燵(こたつ)なか チョイと、あっしも仲間に入れてくだしゃんんせ、 笑左衛門
2021年05月15日
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へた絵画廊のどれをとっても別嬪揃いの貴重な女たちでございます。 では、お愉しみを、へっへっへっ、、 おっ、深川芸者ですかね、 ”芸は売れども色は売らぬ” 粋と突っ張り、 江戸から見たら深川は辰巳の方向てっんで辰巳芸者と呼ばれておりますが、天保12年、天保の改革、吉原以外の岡場所は幕府非公認でございまして、あえなく、深川の岡場所も取り潰しになったのでございます。 哀れ、娼妓たちは吉原に送られましたが、辰巳芸者が住まい替えしたのが柳橋、『意気と張り』をそのままの引き継いでできた辰巳芸者のつくった、柳橋の花町は人気になったのでございます。 男娼、若衆、色子、陰間、などと呼ばれる男娼のいる陰間茶屋がりまして、いずれも美少年でございました。戦国の世から男色趣味はお盛んでございまして、将軍様も大名様も、もちろん庶民にも男色が流行っているのでございますよ、 褌一つ、生きる女の逞しさ、 人生へろへろ、尻振り思いだす わちきみたいな女を『おへちゃ』といいます。ふんどしお絹(このブログ内にある)もおへちゃでしたが、おへちゃを乗り越え、生きてゆく悲しくも楽しい女の物語でございます。是非一読を! 廓言葉(くるわことば)を御存知かえ、、 吉原の女もあちこちの地方から女衒(ぜげん)と呼ばれる人買いに売られた田舎者が多かったのだが、訛り丸出しじゃよく聞き取れないし、色気もくそもない、かといって、訛りを治すのには時間がかかる。 はて、どうしよう? それじゃあ、てんで、廓言葉を考えたのだとさ、そうすりゃあ、訛りもわかりやしない。 これがまた、男にとっては特別な気持ちにさせてくれて廓言葉になりまして、人気があるんでござりんす、、 あちきは、主さんが好きでありんす、 ござりんす、なんし(してください)ほんざんす、 ああ、女は優しい生き物ですなあ、 笑左衛門、
2021年05月13日
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江戸の狂歌 皮肉とおかしみが凝縮されている 五七五七七 ほとゝぎす 自由自在に聞く里は 酒屋へ三里 豆腐屋へ二里 (頭光(つむりのひかる)大田南畝の筆名です),花鳥風月を常に楽しめるような場所は、酒肴を買う店が遠くて不便だという意味で、風流趣味を揶揄している。 ほとゝぎす鳴きつるあとに あきれたる 後徳大寺の有明の顔(大田蜀山人、大田南畝の筆名です)百人一首の徳大寺実定の歌(ほととぎす鳴きつる方をながむれば ただ有明の月ぞ残れる)が元歌。 歌よみは下手こそよけれ 天地の 動き出してたまるものかは(宿屋飯盛)古今和歌集の「力をもいれずして天地を動かし…」をふまえた作。 はたもとは今ぞ淋しさまさりけり 御金もとらず暮らすと思へば 享保の改革の際に詠まれたもので、旗本への給与が遅れたことを風刺している。 白河の清きに魚のすみかねて もとの濁りの田沼こひしき 白河は松平定信の領地で定信の厳しい改革より、その前の賄賂政治ではあったが、田沼意次の政治の方が良かったことを風刺した歌。 どの狂歌にも味がありますなあ 笑左衛門
2021年05月11日
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へた絵画廊でござんす。 下手糞でも味があるなんて、誰でい、煽ててるのは、、 駄洒落を肴にお楽しみくだせえ、、 ~恐れ入谷の鬼子母神~ 恐れ入った、まいったねえ 入谷の鬼子母神の朝顔市は有名でございますなあ、 ~その手は桑名の焼き蛤~ おっと、その手は喰わないよ ~草加そうか、越ヶ谷、千住の先よ~ 千住を後に草加、越ヶ谷は日光街道の宿場町でございます。 ~お煎餅で美味いのは、千住の先よ、あ、草加(そうか) 草加煎餅は上手くて有名だったのでございます。 ~そうで有馬の水天宮~ そうでありますと言やあいいいのに回りくどいね、 駄洒落もつかれまする 笑左衛門
2021年05月09日
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都都逸 大川花火 出自だ身分だ ちゃんちゃらおかし あっしは風の 旅がらす 負けちゃならねえ 世間の噂 俺とお前は 枯れすすき 俺に縋って 泣くあほうどり 明日は何処か つっかえ棒 明け六つの鐘 ぼてふり稼業 今日も明日も 風任せ 大川花火が ドカンと咲いて 男女寝ころぶ 土手の下 ええぞ、 やるじゃねえか、、、 笑左衛門
2021年05月07日
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都都逸 案山子 9 田圃の案山子に 雀が止まり おれの背中で 母子泣く かさぶた大事 包帯巻いて 三文芝居で 朝酒よ 店の暖簾も 時代にゃ勝てぬ 浮世の苦労 悲し鳥 色の縺れを どうほどきましょ 銭にまかせりゃ 曇りなし 貧乏背負う 着物がふらり 地蔵の前の 餅を食う まだ、ぼけちゃいねえな、、、笑左衛門
2021年05月05日
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人情駕籠 5 人情駕籠舁 5 最終章 遠山金四郎町駕籠に乗るの巻 猫も居眠り、穏やかな陽だまりの両国橋の袂、 こちとら、江戸の駕籠かきでぃ、病人、動けない人、困った人がいれば、何処へでも運びますよ、「寅よ、このごろ、あのお貧婆さん見かけねえな」「そうだな熊さん、まさか、病気になってるんじゃねえだろうな」「まあ、あの婆さんなら病気の方から逃げていくだろうがな」 熊五郎と寅吉、いつものように両国橋の袂で客待ちをしていた。 雲行きのあやしい空であった。今にも降り出しそうだった。 熊五郎と寅吉は柳橋の柳の木の下でもろ肌さらして川風に吹かれていた。こんな日には駕籠を担ぐのはていへんだ。終いにするか、と思った時、そんなときに限ってくる客がいたもんだ。 駕籠屋なんてえのは、人が困ったときに助ける乗り物なんだが、お武家様は足があるのに、人に担がせちゃいけねえな、と思いつつも、 「おいっ、そこの駕籠屋、呉服橋までやってくれ、」と言われれば、断りはできない。 足の生えてる着流しの浪人風情のお侍である。腰には二本ぶら下げていた。「へいっ、呉服橋なら100文でいかがですか」「よし、それでいい、やってくれ、」~えいっほっ、えいっほっ、えいっほっ、えいっほっ、~ 「なかなか揺れ心地がいいな、先棒と後ろ棒の気が合ってるな」「旦那、籠の良し悪しはこの駕籠の揺れでございますからね」 呉服橋を渡り、北町奉行所の門前で駕籠を降ろした。 すると、門番が深々とお辞儀をした、「お奉行、お帰りなさいませ」 なんと、熊五郎と寅吉が乗せた着流しの浪人の侍は北町奉行遠山金四郎のお忍びの姿だったのだ。 「噂通りの駕籠舁きだな、江戸に助け駕籠というのがあるって聞いてたが、本当だったな、熊五郎と、寅吉だな、奉行所の中へはいってもらいたいのだ」 熊五郎と寅吉、遠山金四郎に促されて、おそるおそる奉行所の中に入った。「このところ、コソ泥がおおくてな、岡っ引きも躍起になって探すのだが、なかなか尻尾をつかませない、そのうちにな、本所入江町にある塵屋敷が怪しいと密告があってな、お貧の家を探ってみたら、案の定、塵の中から盗品が出てきたのよ。お貧婆さんを問い詰めるとな、、、 ~盗んだ盗品は質屋に持ち込めば足がつく、捌けぬ盗品を大川に投げ込めば鯰の餌になる、鯰は何だって食うそうですから、でもそれじゃあ、折角盗んできたものだ、もったいない、それで、私が二束三文で私が買たたいたのでございます~ と、白状した。遠山金四郎はお貧を白砂に呼び、 ~盗品とうすうす知っていながら盗品を買ったこと、その罪は重いぞ、江戸払いにいたすところだが、もし、お貧があの塵屋敷を片付けて、あの場所を立ち去ると言うのなら、罰を減じようと思うが、お貧、どうするか自分で決めな、と儂が言うと、お貧婆さん何と言ったと思う、「はああ、わたくしも、もう、銭や物にこだわることはやめにいたします。両国橋の駕籠屋に教えられました、銭じゃねえ、気持ちよく駕籠を担ぐ生き方に惚れました。私もこれからは、あの駕籠舁きのように物にこだわらねえで暮らしていきたいと思います。と、言ったので、こんな裁きでお貧の塵屋敷も片付いたのよ。 ~ところが、まだ後の話があるのよ、 これからは、両国橋の駕籠屋、熊さん寅さんのような暮しをすると言い、お貧婆さんはな、家にある塵、中にはお宝もあったそうだが、全部売り払って、さらに、床下の壺には数えきれないほどの銭をためこんでいて、そのあらましを小石川の養生所に寄贈したそうだ。 ~寄付するってえのも気分のいいもんだね。~と笑っていたよ、「それで、これからお貧さん、どこで暮らすんだい?」と、聞いたらね、 はああ、わたくしも、もう、銭や物にこだわることはやめにいたします。 それで驚くなよ、お貧はな、熊五郎とおんなじ神田楽居町のおから長屋に引っ越すことになったんだよ、 大家の桃右衛門に請け人になってもらってね、厠の隣で音と臭いがきつくて、ずっと空き店になっていた場所を、350文におまけしてもらって住むことにしたんだ、と言ってたよ。熊五郎と、寅吉のような暮らしをしたいんだと言うんだから駄目とも言えねえだろう、はっはっはっ、熊五郎と、寅吉によろしくと、言ってたぞ。 これで、コソ泥も、塵屋敷事件も一件落着ということになったのだ。 まあ、そんなことがあったんでな、おめえらの駕籠に乗ってみようと思ったのさ、お貧婆さんの言う通り、乗り心地はよかったよ「これは、儂が乗った分の駕籠賃と、お貧婆さんの分、それに、両国橋で助られた人の分だ、とっておけ」 遠山金四郎は盆に乗せた金三両を熊五郎と寅吉の前に出した。 おけらが両手を拡げて笑い転げるように、熊五郎と寅吉もなぜか嬉しかった。 駕籠政の頭、政五郎に今までの駕籠賃、籠の修理代掃除代などの借金一両を返し、 神田あ楽居町の居酒屋ひょっとこで、長屋の者を集めておびんの歓迎会歓も兼ねて、大宴会を開いた。 無論、長屋の子供たちにも土産を買って帰ったし、熊五郎の家の米櫃も味噌甕も久しぶりに満杯になっていた。 ~えいっほっ、えいっほっ、えいっほっ、えいっほっ、~ おっ、今日も江戸の町に人情駕籠屋の掛け声が聞こえていた。 お終い 朽木一空
2021年05月03日
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人情駕籠舁 4 「おおい、大家さん、お絹さんが大変だ、苦しみだしてひでえ熱を出してるよ、おみっちゃんが泣いてるよ」 魚屋のぼてふり魚五郎の女房のお鯛が、大家の桃右衛門の戸を叩いた。神田楽居町のおから長屋だ、その、長屋の大家と言えば、親も同然の桃右衛門だ、家を飛び出し、お絹の家を飛び込んで、お絹の様態を見るや、 「凄い熱だぞ、こりゃあ、てえへんだ、医者へ運ばなきゃ、それも、藪じゃだめだ、銭もかかるし、腕もよくねえ、小石川養生所なら安心だ、そこへ運ぶんだ」「へいっ、任してくんねえ、戸板用意して、あっしと、甚八で運びましょうか」 魚屋の魚五郎が手を挙げた。「馬鹿だねおめえは、死にそうな病人だぞ、それに外は雨だ、寒い中、戸板に乗せてびしょびしょに濡れてみろ、お絹さん小石川の養生所に着く前に三途の川を渡っちまうよ」 「それじゃあ、あっしがおんぶしていきましょうか、、、」「魚五郎、気がきかねえ野郎だな、熊五郎に駕籠を頼むんだよ、今日は雨だ、奴も長屋でごろごろしてるに違いねえ」じゃあってんで、熊五郎の長屋の戸を叩く、 「熊五郎さん、駕籠をを出しちゃもらえねえだろうか、お絹さんが苦しんでるんだ」「言われるまでもねえや大家さん、いつ頼みに来るかと待ってたとこだ、長屋のみんなには、普段から、世話になりっぱなしだ、長屋の者が困ってるのに、黙っていられるかてっんだ、こっちは江戸の駕籠舁きでぃ」 熊五郎の銭にこだわらない駕籠舁きの仕事のせいで、 「あんた、御櫃の底が見えてるよ、」女房のお牛に泣きつかれても、 「ぐだぐだ言うねえ、腹はすいても心はすっきりして気持ちがいいんだよ、」と掛け合わない、いつだって銭がなくてぴ-ぴ-泣いていて、腹をすかしていて、長屋のみんなに助けられて、暮らしてきた熊五郎一家だ、息子の鹿之助も娘の兎も、幾度、みんなに飯を食わせてもらったか知れやしない、 こんな時にお返ししなきゃ、男がすたるってもんだ てなことで、お絹さんを小石川の小石川養生所に運ぶことになった熊五郎。相棒の寅吉だって嫌な顔はしやしねえ、むしろ、人の役に立つ仕事なら銭なんかに関わっちゃいねえ、心持の問題だという男だった。 ~えいっほっ、えいっほっ、えいっほっ、えいっほっ、~ 土砂降りの雨の江戸の町、道はぐちゃぐちゃにぬかるんでいた。 尻から背中から頭のてっぺんまでまで泥だらけ、もちろん駕籠も泥だらけだ、明日になれば、駕籠政の頭の政五郎に、 「おいっ、駕籠をこんなに泥だらけにしやがって、駕籠の掃除代もつけとくからな」と、言われるに決まっている。 ~えいっほっ、えいっほっ、えいっほっ、えいっほっ、~ 駕籠賃も貰わねえ仕事だったが熊五郎と寅吉の気持ちの中には清々しい空気が流れていた。 ~こんなふうに、人の役に立って暮らしていければそれでいい、なあ、寅さん~ ~そうよ、熊さん、おいら、籠を担いでいい気持にさせてもらってんだぃ~ 江戸の雨の中、四つ手駕籠がぴしゃぴしゃ音を立てて走っていた。 「大丈夫、お絹さん もううすぐ養生所だよ、、」 つづく 朽木一空
2021年05月01日
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