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忍草(しのぶくさ) 再演26- 3 ~ 忍草や 葉擦れの音に 耳を立て~悪鬼、下忍の池に沈むの巻 3影に忍びて、影で滅びぬ、 生きた跡なし忍草 ちょいと、畳だって裏返しがあるんだぜぃ、 伊賀の上忍の『秘命』を受けてから、鯉兵衛は十日間、昼夜となく、黒田九鬼流斎を尾行した。 七方出(しちほうで)の変装術用の衣装を纏い、商人、ほうか師、虚無僧、出家、山伏、猿楽師、棒手振り、飴売り、髪結い、或る日には商家の妻女にも化けて尾行した。 顔つき、仕草、視線、言葉遣い、歩く様、老若男女何にでも変装できるのが忍者の変装術だった。 諜報活動は忍者のお手のものであった。 夜陰に乗じて、屋敷の天井裏に潜み、床下に潜り込んでは九鬼流斎の動性を探った。黒田九鬼流斎は南町奉行鳥居耀蔵の信頼の厚い懐刀の家来である。 若輩の頃から鳥居耀蔵の手となり足となり、 常に側に仕ていたので鳥居耀蔵の裏も表も知り尽くしていた。 神道無念流の使い手で、斎藤弥九郎の九段坂下道場では師範代の次に強かった。 目配り、気配りも行き届き、一分の隙もみせな剣捌きで右に出るものはなかった。 鳥居耀蔵は黒田九鬼流斎の刀の剣の腕を見込み、 裏の暗く汚れた仕事は黒田九鬼流斎に請け負わせることが多かった。鯉兵衛が黒田九鬼流斎の怪刀を目にしたのは、張り込みをしていた神田の柳原土手だった。 九鬼流斎の子分の甚八が、夜鷹を取り締まりついでに、 夜鷹に覆い被さり交合に及ばんと褌から逸物を出した時、「阿漕なまねはやめな、それが水野殿のご改革か、笑わせるな!」 志の高そうな佇まいの浪人者が刃を抜き甚八の男根を切り落とした。悲鳴をあげた甚八は股間から血を滴らして、土手を転げ落ちた。九鬼流斎の横手切りを見たのは、その時だった。浪人者もかなりの手練れとみたが、 子分の逸物を斬られては黙ってはいられない、九鬼流斎の刃が一閃すると、 浪人者の首から上が、まるで大根でも切るようにすぱっと胴体から離れた。 「雉も鳴かずば撃たれまいのに、無駄な命を落としたな、」 無礼打ち、切り捨て御免のつもりだろうか、人を斬っても冷たい無表情であった。 <強い!隙も無い、迷いがない> 刃でまみえるのでは九鬼流斎にはとてもかなわないと、鯉兵衛は悟った。 只者ではなかった。冷酷無比、難敵である。 鯉兵衛は刃での暗殺計略を練り直し、黒田九鬼流斎の癖や習慣を観察しじっと機会を待っていた。 天保十一年、幕府内の規律は緩みきっていて、賄賂、収賄、談合、横領、陰謀が絡まりあい驕奢な腐敗臭が幕府内に蔓延していた。その悪臭は江戸庶民にも伝染し、芝居、見世物、料理茶屋、岡場所、縄暖簾の店までにも、遊びの文化が花開いていた。 道楽遊蕩に耽り、その分面白可笑しく、町には活気が溢れ、庶民も元気だった。一方で、幕府の財政状況は窮迫し八方塞がりの状況だった。 江戸の風俗の乱れの原因のひとつに奢侈(贅沢)があると判断した徳川家慶は 老中首座、水野忠邦にこの窮状を克服するため、天保の改革を推し進めたさせた。その皺寄せは庶民に降りかかっていた。『質素倹約令』である。風俗取締りの町触れを出し、身分不相応の贅沢と、奢侈を禁止し酷烈に取り締まった。老中首座水野忠邦の足腰となり改革を進める、南町奉行の鳥居耀蔵の強引な取り締まりは苛烈を極め、おとり捜査は常套手段、讒言、デッチ上げ、裏切りなど、悪辣な手口を使い綱紀粛正に走った。 冤罪もお構いなく、町をうろつく気に食わない不埒な者は片っ端からしょっ引いた。その先鋒に立って獅子奮迅の働きをしたのが黒田九鬼流斎であった。<ご改革だと?しゃらくせいや!お江戸の灯が消えちまったよ!> 南町奉行鳥居耀蔵は庶民から、妖怪、蝮などと、忌嫌われていた。 つづく 朽木一空
2026年03月29日
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忍草(しのぶくさ) 再演 26-2 ~忍草が 舟に揺られて 影踊る~ 悪鬼、下忍の池に沈むの巻 2 色、酒、欲、は忍者には禁戒、忍とは耐え忍ぶことなり けどね、草の忍者は庶民に溶け込むのが使命だから御赦免さ、 酒も女もほどほどに、、鯉兵衛さんよかったねえ、 忍草の鯉兵衛の表の仕事は、鰻捕りだった。鰻舟を操り、大川、日本橋川、神田川から、堀割りにまで、夕方、鰻筒を仕掛け、朝陽の上がらぬうちに鰻を縄上げして、日本橋から、花川戸辺りまでの、料理茶屋や船宿に届ける。二尺程度の鰻が多い中、鯉兵衛の捕る鰻は、十分に育った二尺五寸以上の大きな鰻だったので、蒲焼自慢の料理屋からの支持が高かった。 だが、鯉兵衛の鰻からはしばしば肝が抜かれていた。 鮒兵衛が生のまま肝を吸いこんでしまうのだ。 <てぃ、精力(りょくせい)根気(ねばり)頑丈さ(がんたんさ)がなけりゃ、 草の任務は遂行できねえよ>鰻舟を器用に昨夜仕掛けた鰻筒に寄せると、縄上げした鰻を素早く、竹魚籠に入れる。手慣れた手つきだった。鰻舟は、掘割から、神田川に出て、大川を下っていく。新大橋、両国橋を潜る。鯉兵衛の小舟はまるでみずすましのように川面をすいっすいっと走った。 鯉兵衛が江戸の掘割を小舟で操るのは、鰻捕りだけが目的ではなかった。 網目のように張り巡らされた江戸の掘割の癖や水の流れは 鯉兵衛はの頭の中に叩き込みまれていた。 上忍からの調べごとに素早く正確に応答するためでもあった。 草に『秘命』は下らなくとも、江戸の掘割に浮かぶ怪しげな船の動きを内報することも鯉兵衛の常時の仕事であった。 その日、鯉兵衛が鰻舟を寄せたのは、花川戸の船宿『蓮水亭』であった。 鰻卸の得意先にかこつけた鯉兵衛の息抜きの艶事の場でもあった。「鯉さん、今朝のもご立派ね、元気がいいこと、うっふふっ」花川戸の船宿『蓮水亭』のおかみ、お桃は大ぶりな鰻を手でぎゅっと掴むと、 魅惑的な視線を鯉兵衛に向けて頬を赤らめた。 だが、珍しく鯉兵衛からは色良い返事が返ってこなかった。「ちょいと野暮用があってね、午ノ刻までには、帰ってくるよ、お楽しみはそれまでお預けだよ」船宿『蓮水亭』に鰻を届けた日には、鯉兵衛は大抵うなぎの肝を吸って、一杯飲って、朝っぱらからお桃と戯れることがあったのだ。 だが、今日、花川戸まで船を運んだのは、鰻を届けるだけではなかった。『秘命』を遂行しなければならない日だったのだ。 南町奉行鳥居耀蔵の懐刀の黒田九流斎を屍骸が見つからないように始末することだった。鯉兵衛は花川戸の船宿、蓮水亭の船着き場に鰻舟を預け、 田原町から両側が寺ばかりの、新寺町をまるでムササビの如く疾走し、半刻もかからずに、下忍の池(しのばすのいけ)の畔に出、池の端仲町をやり過ごし、下忍の池の西岸に手配しておいた小舟に寝そべるように姿を消すや、 小舟は音を立てずに弁天島まで水の上を静かに滑った。弁天堂の裏に廻ると素早く町人姿の着物を脱ぎ、老人とは思えぬしなやかな筋肉の裸体になると、褌をぎゅっと締めなおしてから、ゆっくりと、池の中に体を沈めた。 <水遁の術>と<隠形の術>を使って、蓮の葉陰に潜む。 蓮の葉の陰から、鯉兵衛の黒い眼だけが光る。誰が見ても蛙が潜んでいるようにしか見えない、水猿の術であった。餌食の黒田九鬼流斎が現れるのをじいっと待った。鯉兵衛が<ぷっ!>と漏らした屁から出た泡(あぶく)が下忍の池に ぷくっぷくっと浮かんで蓮の葉を揺らした。 つづく 朽木一空
2026年03月25日
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忍草(しのぶくさ ) 再演 26-1忍草の 葉影が揺れて 掘割を 小舟浮かした 春の宵 悪鬼、下忍の池に沈むの巻 1どんな草にも咲く花がある 咲かせてならぬ草もある 陰に隠れて忍草 もういいかい? まあだだよ、忍草かくれんぼ 天保12年、皐月(さつき)明け六つ(朝6時)。鯉兵衛はまだ眠りこけてる裏長屋から、竹魚籠(びく)を腰にぶらさげ、木戸を通らずに、厠(かわや)の横をすり抜けて、掘割に繋いである小船(鰻舟)に乗る。 いくらか腰が曲がっていて、動作もゆるりとしただの老翁のように見えるが、今朝の鯉兵衛の赤ら顔は、いつもの相好を崩した温和な顔を長屋の竃(へっつい)にでも忘れてきたようだ。皺の間から覗く眼差しが、氷のように鋭く辺りを睥睨しているのを隠せなかった。 鯉兵衛は<草>と呼ばれる伊賀の忍者である。忍者でも下層の下忍である。 忍者としての素性を女房のお鮒にまで隠し通し、庶民の顔をし、鰻捕りの老翁として裏長屋の暮らしの中に溶け込んでいた。 草と呼ばれる忍者にはいつ『秘命』が下るかわからない。明日、下ることもあれば、十年も『秘命』が下らない場合もある。『秘命』が下るまでは、忍者であることを悟られないよう、江戸庶民の中に紛れ込んで暮らているのである。 <草>と云われる所以である。 秘命を受けていない間のお鮒との裏長屋の暮らしは、鯉兵衛にとっては、ただの老翁の穏やかな時間でもあったのだが、 十日前の子ノ刻、寝入っていた鯉兵衛の耳に、楠木の枝に停まった梟(ふくろう)が、 ほおぉほおぉほおぉ、ほおぉほおぉほおぉ、ほおぉほおぉほおぉと、 間をおいて三回啼いた。 <とんと,縁がねえものだと思っていたが、ついにきやがったか、>伊賀郷の元締めから『秘命』が下る合図だった。十六年振りの『秘命』であった。忍びの運命(さだめ)なのか、ゆっくりとした老爺の動きの鯉兵衛の背筋にピンと、芯が通った。鯉兵衛は水猿と呼ばれている下忍だった。『忍者八門』は極めていたが、水中での術が卓越していた。<水遁の術>では、腹に己で当身をうち、仮死様態のまま、一日中水中に潜っていることもできたし、魚のように、敏捷に泳ぎ、葉や藻のなかに、姿を隠す<葉隠の術>は誰にも見破れなかった。水上を歩く<水蜘蛛の術>では、あめんぼのように、音を立てずに自由に水面を移動できた。 そして、なにより、鯉兵衛の水猿としての奥妓は魚語が理解できる術であった。 伊賀の忍術使いでも誰にも真似ができなかった。 唇の動きで言葉を読み取る、<読唇術>という忍法は、忍者ならみな極めているが、鯉兵衛は読唇術で魚の言霊が理解できたのだった。 伊賀衆からは水猿と揶揄されていた。<でもねえ、旦那、忍者なんて格好のいいもんじゃありませんよ、 忍者なんぞ、やりたくてやっててるんじゃねえや、 伊賀の帷(とばり)から逃げ出せなくて 泣きながらやってるんでございますよ、> つづく 朽木一空
2026年03月22日
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みそひともじ(江戸短歌)与謝野三左衛門 弄り歌 花魁は とおくにありて思うもの まして銭なし武士の 帰るところにあるまじき 吉原は顔を隠して覗き見だけで帰る 悲しき勤番侍でございますかな、遊び女(め)の 熱き血汐に ふれも見で さみしからずや 銭のない君 町で声をかけた遊女でしょうかね、 「200文でどう?」 勤番侍でござんすか、銭がなけりゃ、からかうもんじゃありませんよ 盗人は 目にはさやかに 見えぬとも 呼び笛の音に おどかれぬる 江戸の夜は暗闇で物騒でございますが 盗人の出没を警戒して、奉行所も見廻りをしてますからね、 奉行所の見回り同心に火付け盗賊改方、岡っ引きに下っ匹、 怪しい影を見れば <ピーッ ピーッ>と呼び笛が鳴り響きますから 泥棒さんご注意を! 笑左衛門
2026年03月18日
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みそひともじ(江戸短歌) 石川の啄木左衛門 弄り歌御家人が 竹刀を抜いて そのあまり かろきになきて どぶに落ちたり おやおや、抜き身は質屋でございましたかな、 町中で刀なんぞを抜くことを 恥刀と申しますぞ、 御浪人 悲しからずや 藩主にも 江戸家老にも 染まず漂う 染まりたくとも仕官できないのでは 何色に染まればいいのか戸惑うばかりですかな、垂乳根(たらちね)の 長屋の母の 逞しさ 子供五人の 吸ったあとかな 五人も産んで育てれば垂乳根(たらちね)にもなりますわ、 ご立派、ご立派、裏長屋の逞しい妻女、 ご亭主残り乳でも吸いますか 笑左衛門
2026年03月15日
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お江戸みそ一文字 五七五 七七 春風心地よく 春の野辺 花傘かざる 童子(わらべ)いて 爺に手を振り 唄を歌いて 江戸の野辺はのどかですな、ご老人も幸せでございましょう、 童子たちはみな集まって遊ぶのですね。 老木の 巣箱覗いて ツピーツピー 冷やかしばかりの 四十雀さん 隠居所に仕掛けた四十雀の巣ですが 覗きに来るのですかなかなか定住してくれません。 大丈夫、虐めませんから、きてくださいね。 雲に乗り 行く当てもなく 春の空 身下げる江戸の 賑やかなこと 海には帆船が浮かび大川には小船が行きかい、 川と掘割に囲まれた江戸の景色が流れていく。 江戸城、浅草寺、日本橋、 江戸五街道の東海道に甲州道、中山道に奥州道、日光街道 広々した大名屋敷と神社仏閣の敷地、 それに引きかえごちゃごちゃとした町屋で人が忙しく動き回っている。 260年間、戦争もなく平和が続いた江戸時代だったのだ。 笑左衛門
2026年03月11日
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お江戸みそ一文字 五七五 七七 春色煩悩武士かまきりが まだかまだかと 枝揺する いざ出陣か 卵鞘(らんしょう)の城カマキリの籠っている 卵鞘は城のごとき堅牢である。 いざ出陣の時にはすでに斧を翳しておるのか、 江戸城の武士にもいまだ出陣の時は来ず。 春帰る 勤番武士の 未練節 池の蛙と にらめっこしてる 参勤交代の時期ですな、江戸に何の未練があるのですか、 町娘と恋仲にでもなりましたかな、 郷里には妻と子供も待ってますぞ、 帰る、蛙と、思案に暮れている場合ですかな、、 春きたる 種まきの様 月代が 士官の道無し 笠張り浪人春ですよ、裏長屋のご浪人様、月代も剃れないごま塩頭で、まるで、種まきした畑の様ですよ。 捨てちまって下さい武士なんざ、、笑左衛門
2026年03月08日
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お江戸みそ一文字 五七五 七七 春が来たぞい春おたべ はしゃぐ婆さん 草つみに たんぽぽよもぎ わらべとあそぶ 春は若草が萌え、江戸の庶民は草摘みに出かけます。 たんぽぽ、よもぎ、せり、のびろ、つくし、まだまだあります、、 へへ、春の恵がたのしみだったのですよ、 へたくそだ まだ早いのか ホーホ ケキョケキョ 梅の蕾で 鶯稽古 梅の蕾の頃は、鶯の囀(さえづり)はまだ練習中なのでへたくそだ。 ~ホーホケキョと~きれいには聞こえない。 音痴の親鳥の真似して懸命に稽古してますよ。 でもねえ、またへたくそな鶯の囀をおもしろがってるのが、 江戸っ子でしてね。 蓑虫が 蓑で屁をこき 藻掻いてる 脱出するぞ 蛾になるぞ 枯れ木にぶら下がって揺れてる蓑虫さん、 もう蛹(さなぎ)になってでてくる頃ですかな。 蓑の中での放屁は臭いでしょうから早く出てらっしゃい。 笑左衛門
2026年03月04日
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江戸の風景 江戸の空 風来坊の 雲うかぶ いったりきたり はなれてついて 呑気に構えている風来坊さんは小普請組(無役の御家人) でございましょうかね。 いいご身分だと?今日の飯さえ心配さ。あかあかと 夕陽とへっつい 女子の頬 貧乏長屋に 幸あるように夕暮れになると、江戸の町々に夕餉の煙が上り 子供らが<またあした!>と、長屋へ帰ります。 幸せを感じますなあ、、長屋でも 部屋毎違う 臭いあり それが混ざって 長屋の臭い おんなじ様な長屋暮らしでもそれぞれ持ち味のある家、 当たり前ですがちょっとちがう臭いが混ざって 江戸の長屋のいい臭いになるんでございましょうな。 笑左衛門
2026年03月01日
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