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忍草 (しのぶくさ)26-12~ 忍び草 江戸の帳に 隠れ咲き~白蛇に抱かれた奉行 3羽根がなければ飛べねえって?足がなければ歩けねえって?蛇には足はいらないよっ、こいつは、とんだ蛇足でございやした、 欅の葉が空に半円形の樹冠を作り、濃い緑色に変わってきて、夏が近いことを感じさせていた。その欅の葉から木洩れ陽が庭の池の水にキラキラと踊るように光っていた。色鮮やかな斑点模様の錦鯉が餌と間違えたのか、その光を追って、尾鰭を動かしていた。 南町奉行鳥居甲斐守耀蔵はその優雅に泳ぐ錦鯉を朧な眼で見ることもなく見ていた。もし町民が飼っていたら、錦鯉は贅沢禁止令で即没収するところだ。 ふと、黒田九鬼流斎が釣り道楽で、いつか必ず下忍の池の大鯉を釣り上げてやると駄法螺を拭いていたことを思い出した。 鳥居耀蔵が九鬼流斎を始末させたのだが己の片腕を失ったような淋しい風が吹き抜けるのを感じていた。幼いころからの腹心である。誰よりも、自分の考えを理解し、改革を推し進めてくれた男だった。黒田九鬼流斎がいなければ、今の自分もいない。それほどに、信頼していた腹心であった。その、天保の改革を先頭に立って推し進めていた黒田九鬼斎が突然姿を消したのだ。 このままでは改革が足踏みするかもしれぬ。 北町奉行の遠山影元は<遊び人の金さん>などと云う町人に化けて 江戸の町を探索しているようだ。 「よし、儂も、奉行自ら江戸の町の探索に出張ろう!」 鳥居耀蔵は、かっての黒田九鬼流斎の部下たちを率いて、役宅を出、柳原土手を下り、神田弥平町辺りの、飴屋、団子屋、油屋、豆屋、味噌屋、蝋燭屋、青物屋、古着屋、などの間口の狭い商店が並ぶ、通りを偵察しながら歩いた。 奉行自ら街中を歩くことはめったになかっので、物珍しくもあった。「随分と、狭っ苦しいところに住んでいやがる、息が詰まって窒息しちまいそうだ」弥平町全部で自分の屋敷分もあろうか、そこに、押し込められたように、人々が生活していた。ごちゃごちゃした通りには、やけに人が多かったし。子供が戯れ、犬が走っていた。『どんな病もケロリと治る、薬種販売、蛇惚屋』という、看板に鳥居耀蔵は異なものを感じた。暖簾をくぐって、店の中に体を入れる。異様な薬臭が蔓延していた。思わず鼻をつまむ。「おいっ爺、おぬし、どんな薬種を売っているのだ?」鳥居耀蔵が高飛車に訊ねた。「頭から、胸から、腹から、便通まで、どんな病にも効く薬種がございます。死にたくなる病もお助けします。楽しくてしょうがない気持ちになれる薬種も配合いたします」「如何わしい薬種屋じゃのう、痺れ薬や眠り薬も、お主がすべて配合するのか?」「へいっ、日本橋本町の薬種問屋で仕入れしたり、野山で蒐集しました草、根、木、花、動物の肝など、百種類から配合いたします。曼陀羅華やすずらんの根、夾竹桃の枝、フグの肝、毒茸、毒を以て毒を制すのでございます」 「不老長寿の薬というのもあるのか?」 「はい、ございますとも、 家康将軍様は 漢方15種類以上をご自身で調合しておりまして、 精気に溢れ、側室20人、お子様16人を産み、75歳で推挙するまで壮健な生涯でございましたよ、」「うむ、この店で儂が長生きできる薬はあるか?」「伊賀の兵糧丸などいかがですかな、癖があって苦いのですが、一粒で三日は疲れ知らず、飢餓から救われ、精神がよくなり頭が冴えます、 お勤めもはかどりましょう、なにせ、馬に5粒食わせれば、三日は走り通すと云われてい居ります。」「蛇惚屋と申したな、儂にはお主の蘊蓄は信用できぬわ、」鳥居耀蔵は、馬鹿ではなかった。店の中の薬草棚や、薬研に目をやりながら、何やら胡散臭さを感じとっていた。「ふむっ?でぃ、裏の崩れそうな蛇惚長屋もお主の所有するものか?」「へいっ、尻十八でございます」江戸では、人糞が肥料として貴重なものだったので、長屋の人数は尻の数で云うことが多かった。 つづく朽木一空
2026年04月29日
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忍草 (しのぶくさ) 26-11 ~忍草や 梟鳴きて 目覚めけり~ 白蛇に抱かれた奉行 2たまげた駒下駄東下駄 どうぞ叶えて暮れの鐘かい?そうじゃねえ、 八九間 空で屁をひる 火の見櫓の 蜘蛛左が鳴らす半鐘の音でございますよ、 神田弥平町にある伝蔵長屋(蛇抜け長屋)は貧乏人の吹き溜まりではあるが、貧乏人は貧乏人らしく案外楽しく暮らしていた。棒手振りの魚屋、太助は、顔が腐って溶けていく難病で長患いの母親の面倒を見ていた。弱い者いじめを見捨てておけない性分だが、喧嘩っ早くて、喧嘩に弱いのがのが玉の疵だった。粂次は傘貼りが生業だが、南町奉行の同心、間河長十郎の配下の下っぴきでもあった。下層社会の情報集めに粂次のような、人間も必要だったのだ。粂次は利用されてるだけなのだが、「おいら、お奉行様の下で働いてるんだい」と胸を張って見せるが、お人好しで、あわてん坊で、ちょいと、頭が足りない、どこか抜けているところもあったので憎めない。傘張りの方は、もっぱら女房のおかなと六歳になる息子の淳之介の仕事になっていた。熊さん八つぁんは、二人三脚の駕籠舁。体力があれば誰にでもできる下層の仕事だった。店に属さない辻籠で、一本の棒の下に竹製の籠を載せただけの簡単な四手駕だった。今日はあっち、明日はあっちと気楽な稼業だ、前と後ろの二人が息をぴったりと合わさなければ駕籠が揺れる。だから、熊さん八っさんはすこぶる仲のいい相棒だった。お福とお萬は多摩の貧乏小作人の娘で、吉原の女郎屋に売られるところ、女衒の目を盗んで、逃げだし、偶然通りかかった熊さん八っさんの駕籠に匿ってもらい、そのまま長屋まで駕籠に揺られてきて、お福とお萬は懇ろになり女房になった。裏切っちまった、おかっさん、おっとさんのもとへも帰れない二人が女衒の目から身を隠すのに蛇惚長屋はうってつけだったのかもしれない。 「おいおい、熊さん、昨日は日本橋から品川、浅草今戸まで担いだから、肩が痛くて泣いてらあ、ぐいっと一杯飲ってから、一仕事といこうか」朝っぱらから酒を喰らう相談をしている。「いいねえ、八っさん、おらあ、『瓢ひさご』のおきみちゃんの酌で飲みたいねえ」八っさん、熊さん、ご機嫌だ。おっとどっこい、そうはいかねえ、かかあ天下のお江戸でござる。むんずと、襟首を掴まれたふたり、お福とお萬の太い腕が離さない。「てやんでえ、こちっとら江戸っ子よ、銭がありゃあ酒を飲む、銭がなけりゃ水を飲むだけでぃ」「まったく呆れるよ、熊さん、お福さんの腹にゃあんたの子が孕んでるんだよ!」「どこの間男の子でえ、おらあ、自慢じゃねえが、かかあに乗っかちぁいねえよ」「あら、熊さん、昨夜も、うっふんあっはん どたばたすっとん 励んでたんじゃないかい?『馬鹿夫婦、春画を真似て、手をくじき』そのものだったよ、手が痛くないかい?」九尺二間の長屋の境は杉板一枚、障子に耳ありどころか、隙間だらけで声は筒抜け節穴から隣は丸見え、だから、長屋暮らしでは隠し事が通用しない。みんな、あけっぴろげで暮らしている。長屋の端には、菊模様の着流しを粋に着こなす、歌舞伎役者顔負けの色男、遊び人の菊之介。年中ぶらぶらふらふら、いい紐でもつかんでいるのか、お気楽者だと呆れられている。隣には柳橋芸者のぽん吉姉さん。ついこの間までは辰巳芸者だったが、風俗取り締まりの手は、深川一帯の岡場所、歓楽街にまで手が伸び、ぽん吉のいた。置屋『椿楼』も閉鎖の憂き目に合い、遊女たちは逃げるように、柳橋界隈へ住み替えとなった。ぽん吉姉さんも柳橋に流れてきた。ぽん吉というふざけた名前も男勝りの辰巳芸者の時の名残である。「芸は売っても色は売らない」気風の良さと、粋が自慢でもあった辰巳芸者。ぽん吉姉さんも、べらんめえ調で、男羽織を引っ掛けて座敷に上がり、軟な男は相手にしない。そんなところが、気に入られ、贔屓の旦那も多かった。「土産だよっ!」といっては、日本橋の杵屋の饅頭を買ってきて、長屋の連中に配る。ぽん吉がいると、ぱっと花が咲いたように明るくなる。じめじめした蛇抜け長屋の華でもあった。夜泣き蕎麦屋の喜助は夜のお勤めができない隙に、間男に嬶(かかあ)を取られ、父娘暮らし。「毛饅頭が喰いてえよぅ」と嘆く夜。豆腐のおからみてぃだと、長屋の連中に笑われている。娘のお加代はよろず引き受け、長屋の洗濯、子守、裁縫、雑用で健気に凌いでいる。大工の甚八は博打が飯より好きで、女房のおときと、しょっちゅう夫婦喧嘩。長屋中がてんやわんやの大騒ぎになることもあるが、博打だけに、負けているばかりでもない。「ツキが廻ってきてよ、お天道様も見捨てちゃいねぇってことよ、ほら、喰いねえ、飲みねえ」宵越しの銭は持たねえよっ。七輪で鍋を煮て、団扇をバタバタさせて、いい匂いをさせ、長屋の連中に気前よく振舞う。遠慮はいらねえ、ご相伴に預かる。年に一二回のことだったが。外から見れば、貧乏で、汚らしくて、気持ちの悪くなるような長屋に見えたが、口喧しく思うこと叶わねばこそ浮世とは、なやまない、くやまない、くさらない、ねたまない、さばさばした明るい絶望を抱えていながら、遠慮もせずに、他人の家にもずかずかと入り込み、なんだかんだと云いながらも、その日暮らしを、結構楽しく暮らしていた。えっ、明日のことかい?『明日ありと、思う心の仇桜、夜半に嵐の吹かぬものかは』て、よっ!そして、この蛇抜長屋には「草」と呼ばれる、下層の忍者が紛れ込んで住み着いていた。忍者の正体を悟られぬよう隠して、市井の中に埋もれて、普段は庶民と同様の暮らしをしていた。 だから長屋の中でも、誰が草であるのか誰もがわからなかった。みな偽名である。素性も、生い立ちも全部作りものの嘘で固めている。隠しごとのできない長屋暮らしで、仮の姿に化けて溶けこんで暮らしているのが「草」である。本当の自分は殺している。生きているのは自分ではなかった。 六尺を超える白蛇が住んでいる気味の悪い長屋には 棒手振りさえ近づかなかったのが<草>にとっては都合がよかった。誰かに怪しまれたら、下忍としての役目は終わる。そして、それは死を意味していたのだ。草は、目には見えない上忍から常に見張られてもいたのである。黒田九鬼流斎を始末した水猿こと、鰻捕りの名人鯉兵衛も蛇抜け長屋の住民だった。忍者だとはおよそ思えない。いくらか腰の曲がった老人で、動作はゆっくりとしていた。酒の臭いの消えない、鼻の頭を赤くした顔でいつもにこにこ笑っている。三十も歳下の十人目の女房、若いお鮒と暮らしている。女癖が悪い訳ではない、草の役目を悟られないよう、怪しまれる前に女房を変えている。悲しい宿命でもあった。子の刻になると、長屋が揺れる。お鮒の歓喜の悲鳴が聴こえる。毎晩のことだ。鰻の肝を吸う、酒好きの助平爺。そうでもしなけりゃ息が続かない、水猿と呼ばれた下忍の仮の姿でもあった。 蛇惚長屋のみんな、大家兼務の木戸番の蜘蛛佐はお見通しだよ。 つづく 朽木一空
2026年04月26日
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忍草 (しのぶくさ) 再演 26-10~ 忍草が 蛇抜け長屋に ひっそりと~ 白蛇に抱かれた奉行 1柳、やなぎで世を面白う うけて暮らすが命の薬梅にしたがひ、桜になびく 其日、そのひの風次第虚言も実も義理もなし ~ 江戸の端唄~ ですがね、忍びの者はそうはいかねえ、花のお江戸の八百八町、庶民のほとんどは九尺二間(約六畳)の長屋で暮らしていた。神田弥平町にある伝蔵長屋も、似たり寄ったりの裏店だが、表店が二階になってて、長屋のどんづまりが堀に突き当たっているので、陽も当らぬ、雨漏りはする、 どぶ板も朽ちてどぶがむき出しのせいでじめじめしていて、蛞蝓が這い回っている。おまけに、六尺をこえる、白蛇までが、住んでいた。 江戸の堀には駕籠に乗せられた捨て子が流されてくるのはよくあることだった。 誰かが拾って育ててくれるのが江戸の町の人情であった。 その日も、籠に乗せられ、布に包まれた赤ん坊が堀を流れてきたが、 「うぎゃあ、うぎゃあ」と、赤子が手足をバタバタさせて泣き叫び、 駕籠が揺れていまにも堀に落ちそうになった。 <危ねえ!、> 家主の伝蔵は肝を冷やした。 と、その時、六尺を超える大白蛇が音もなく寄ってくると、その駕籠を抱くようにして赤ん坊を助けた。 赤子は女子でめんこくておまけに気品のある顔立ちをしていた。 子宝に恵まれなかった伝蔵は、一目で気に入り、 流れてきた捨て子に蝶と云う名をつけ、自分の子として育てることにしたのだ。 お蝶を救った大白蛇も縁起のいい運のある蛇だと家族のように大切にし, 毎日高価な伊賀の兵糧丸五粒と生卵三つを食べさせた。白蛇はすっかり懐いてしまった。 娘のお蝶も白蛇を怖がらずにたいそう可愛がり、自分の蒲団で白蛇と添い寝することもあるほどだった。 白蛇は厠と堀の間に棲家があり、長屋の通路をしゅるるしゅるると這い回り、機嫌が悪いと蜷局を巻く。天気のいい日には石置き屋根で日向ぼっこをする。しゅろしゅろと割れた良く伸びる舌を出し、細い小さな赤い眼を光らせている。おかげさまで長屋に鼠公はいなくなったが、ご近所様は気味悪がって、伝蔵長屋とは呼ばずに、蛇ぬけ長屋(じゃぬけながや)と蔑んでいて、めったに近寄らなかった。 蛇の住む気味悪い長屋なので、なかなか借り手が見つからなかったので、 空き家にしておいては廃れる一方なので、弥平町辺りの長屋の店賃は三百文が相場だが、伝蔵はたったの百文の店賃しかとらなかった。 一杯十六文のかけ蕎麦六杯分の家賃なので、長屋が空くことはなかった。 おまけに、家賃はある時払いの催促なしときてるから店子にとっては伝蔵は仏様だった。 吹き溜まりの様な、ぼろ長屋の店子も当然貧乏人の訳ありだったが、威勢だけはよかった。「せいぜい稼いだところで、また、稼がねえところで、貧乏は貧乏よ、抜けられやしねえ、あがいてみたって、世の中、そういう仕組みになってらあ。あくせくするだけ損だってことよ、ほらっ、貧乏神がくしゃみしてらぁ。どうせ、貧乏、笑って暮らせぇ。明日は明日の風が吹かぁ。朝から晩まで寝る間もなく稼いで、大店持った尾張町の大金呉服店の旦那様、しまいにゃあ、銭持ちすぎて、心配事が溜まって、遊ぶ間もなく、脳卒中であの世行きとは、世話ねえぜぃ。 家督を守るのに、しきたり、つきあい、出世のために、ぺこぺこ、あくせく、びくびく、金欠病で、ぴいぴい云いながら、『武士は食わねど高楊枝』とは、痩せ我慢のお武家様だい」負け惜しみにも聞こえるが、あっけらかんとした諦めの生き方は清々しくもみえた。木戸番の蜘蛛左は四尺に満たぬ小柄な男で、頭が尻の倍以上もあり、手が地面に着くほど長い。異形な容姿で、嗤われ、忌み嫌われる生涯だが、殺されぬだけましだったのかもしれない。親は蜘蛛左が産まれるとすぐに、気味悪がって、村八分にならぬうちに、隠すようにして山寺に捨てた。檀家でもあった家主の伝蔵が住職に頼みこまれ、密かに預かって育て、今は、長屋の木戸番をやらせている。 蜘蛛左は口重だが犬耳で動きは敏捷だった。 遠くの半鐘の音を耳で捉えると、素早く、向いの自身番屋にある火の見櫓をすすっと登り、火事の火元を見つけるや、半鐘を鳴らすのである。 火の見櫓の半鐘は本来自身番屋の番太の仕事だったが 自身番屋の役人も素早い動きの蜘蛛左をすっかり頼りにしていた。 家主の伝蔵が蜘蛛左に木戸番をやらせる理由はもうひとつあった。 近所の餓鬼どもが木っ端を刀代わりに手にして、白蛇に悪戯をしないか見張らせているためだでもあった。 木戸番は明け六つ(朝6時)に長屋の木戸を開けて、夜四ツ(午後十時)木戸を閉めるのが仕事だが、木戸番御の蜘蛛左は店賃も回収するし、井戸の修繕、雨漏り修理、厠やどぶの掃除もするので大家の仕事も兼ねていた木戸番でもあった。 大家と言えば親も同然なので、長屋の揉め事、諍い、よろず相談にも乗るのだが、、蜘蛛左にはそんな器量もなくその時は家主の伝蔵に持ち込まれた。 つづく 朽木一空
2026年04月22日
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忍草(しのぶくさ) 再演 29-9~忍び草 一輪咲くか 裏長屋~悪鬼、下忍の池に沈むの巻 9 風に揺れ 裏翻る 光る青葉の 忍草 錦鯉とは優雅さが違いすぎますが 金魚も生きていちゃいけませんか 南町奉行鳥居耀蔵の私邸は練塀の立派なお屋敷が並ぶ下谷練塀小路にある。 非番の月、久々に私邸で寛ぎ、ぱくっぱくっと口を開けて寄ってくる、 錦鯉に餌を撒きながら吉報を待っていた。 庶民には金魚でさえ贅沢だと取り締まっていたが、 鳥居耀蔵の私邸の広い池には 紅白、三色、五色、などの色鮮やかな錦鯉が優雅に体をくねらせて泳いでいた。 <まだ、仕留められるのか?> 黒田九鬼流斎の暗殺を伊賀曲竹郷の忍草元締めの柘植孫太夫に 千両を届け、依頼してから、早ひと月も経っていた。 柘植孫太夫は仕事の依頼を受けて仕損じたことはないという、 だが、いかなる方法で、いつ殺るかは誰にも洩らさなかった。 仕事人の忍草にも、何処の誰からの頼み事であるかは伝えなかった。 <草>と呼ばれる伊賀の忍者は筋合いも知らされず、只命じられた仕事をするだけであった。 虚しいといえば空しい、意味があるかと云われれば意味もなく ただ、命じられたとおりに人の命を奪う、因果な宿命である。 気を揉んでいた鳥居耀蔵の元へ密偵から吉報が届いた。 「むっ、九鬼流斎を消したのか」」 「御意、鯉兵衛と申す<伊賀の草>が首尾よく九鬼流斎を仕留めました。」 「うむ、どこでだ、」 「上野不忍の池にござりまする、今や池の鯉の餌になっていることでしょう、 屍骸が見つかることはないと存じます」 「九鬼流斎の身体、この池の錦鯉にも食わせてやりたかったのう、」 鳥居耀蔵はほっと胸をなでおろし、口元に苦笑いを浮かべた。 天保12年(1841年)、市民に人気のあった南町奉行矢部定謙を讒言により失脚させ、 その後任として鳥居耀蔵は南町奉行となった。 矢部家は改易、定謙は伊勢桑名藩に幽閉となり、ほどなく絶食して憤死した。 後味がわるかった。 矢部定謙を追い落とした悪巧みは黒田九鬼流斎と企んだ罠であった。 近頃は黒田九鬼流斎は我が物顔で奉行所の中を闊歩していて、 奉行の鳥居耀三を差し置いて同心たちに指示することさえあった。 鳥居耀三の黒い過去を知る黒田九鬼流斎は最早危険な男になっていた。 伊賀曲崖郷の<忍草>の元締め柘植孫太夫に屍骸が見つからぬように、 失踪にみせかけ、この世から黒田九鬼流斎を抹殺するよう命じたのだった。~刑場の犬は死体の肉を食らうとその味が忘れられなくなり、 人を見れば噛みつくのでしまいに撲殺される。 鳥居のような人物とは刑場の犬のようなものである~ 誰かが辛辣に鳥居耀三のことを毒を含んでこう言った。伊賀曲竹郷の忍者は大名家や幕府の仕事を請け負うが、それ以外の関係は結ばない。 まして主従関係になることはない。 相手が誰であっても、どんな仕事でも銭と引き換えに引き受けるだけである。仕事が済めば風馬牛の無縁仕事であった。 鯉兵衛も仕事が済めば、また元の鰻捕りの老爺として 江戸の掘割に鰻舟を浮かべていることだろう。 黒田九鬼流斎の殺害で誰が得をして何が動いたのかの関心は持たない。 忍草が知ることは無用であった。悪鬼、下忍の池に沈むの巻 終わり 朽木一空
2026年04月19日
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忍草(しのぶくさ) 28-8 ~心無し一夜艶事 忍び草~ 悪鬼、下忍の池に沈むの巻 8忍ぶ、下忍(しのばず)恋の病に溺れて鯉の餌になりませぬように、下忍の池には蓮の葉が繁って初夏の風に揺れていた。黒田九鬼流斎は六尺もある黒竹の棹を、弁天島の方に向かって投げた。弁天島の下で水に体を沈めたまま、一刻半も観察していた鯉兵衛こと、忍者水猿はにたっと哂う。池の中で ぷっと鯉兵衛が忍び屁を漏らす、大鯉が向きを変え、大鯉もぷっと尻から音を出す、屁は鯉兵衛と大鯉の符号であった六尺を越える、大鯉が水猿に寄り添うようにして、鰭を揺らしている。ぱくっぱくっと大鯉の口が開く。水猿が頷く。読唇術だった。人と魚が会話をしているようだ。水猿は石を抱いて池の底に潜る、池の底の泥を掻きながら、九鬼流斎の投げた棹の先へ進む。大鯉は、その上をゆったりと泳ぐ、大きな蓮の葉が揺れる。下忍の池の水面には、黒田九鬼流斎の表情が映っていた。 釣り糸を垂れ、じっと、浮きの動きだけに集中していると、奉行の鳥居耀蔵から解放されている自分が、嬉しがっているのを隠すことができなかった。市中を取り締っている時の鬼の形相とは思えない、見せたことのない、穏やかな柔らかい表情をしていた。庶民の下の者の楽しみまで奪い、江戸市中から、少しづつ、元気が消えていくのも感じていた。「だが、改革はやらねばなるまい。嫌われようが、誰かがやらねば、幕府は立ち行かぬ」自分の残虐な取り締まりを正当化して、苦虫を潰した。その、苦虫を潰した九鬼流斎の表情が一変した。蓮の葉がそこだけ、激しく揺れ、六尺の黒竹の棹が撓った。浮きは水の中にぐぐっと、引き込まて、もう見えない。力いっぱい棹をあげる。「かかった!」 黒田九鬼流斎の顔に、「やった!」という煌めきの表情が浮かんだ。立ち上がった。土手に踏ん張る。物凄い引きだ、懸命に棹を引き上げる。「大魚だ、主鯉に違いない。やったぞ!」棹に力が入る。ずずっと、足元の土手が崩れる。その時、六尺もあろうか、大鯉が波を立てて、水面から半身を躍らせて、舞い上がった。「おおっ、ついに来たか、この化け物鯉よ!」黒田九鬼流斎の興奮は絶頂に上り詰めた。股間が濡れている。大鯉は大きな目玉で、ぎろっ!と九鬼流斎を睨み付けると、次の瞬間、頭を下にして、尾鰭をはためかせ、身を捩らせて、池の中へ勢いよく、飛び込むように沈んだ。「あっあっあっ!」ぐっぐっぐっ、棹の先が池の中に吸い込まれていく、凄まじい力だ。だが、黒田九鬼流斎は釣った魚は逃がすものかと、棹を離さない。三年間の執念が詰まっている。「一世一代の大勝負だ!」腕の筋肉がぴくんぴくんと震える。 歓喜の表情が顔面にいっぱいに拡がる。 恍惚に震え逸物からは濃厚な白い液体が漏れ出てていた。 「ううううむ、、」 次の瞬間、九鬼流斎は棹ごと、頭から、つんのめるように、ざぶっんと、池の中に引きこまれた。 水面に波紋の輪が不忍池いっぱいに拡がり、きらきらと輝いていた。 黒田九鬼流斎は恍惚の表情のまま身体は池の底深くへ沈んで行った。 ぶくっぶくっぶくっと、九鬼流斎の最後のあがきの泡(あぶく)が水面に浮かんだ。 もう九鬼流斎が池面に浮かんでくることはなかろう、 <ふつ、これで、仕事は終わった、> 鯉兵衛がふっと力を抜いた時であった。 <んっ?何者だ!> 鯉兵衛の仕事の顛末を草藪からじっと隠れ見されていることに鯉兵衛は感ずいた。 つっつっつっーと、人差し指ぐらいの竹筒が下忍の池の真ん中にある、弁天島に向かって鯉兵衛が動き、大きな鯉が尾鰭を揺らせて、蓮の葉をぴしゃっと撥ねて、ゆうゆうと、池の中を泳いで行った。 鯉兵衛は草藪の中から動静を伺っている者の気配が消えるのを待って、 弁天島から一艘の小舟を漕ぎ池の端へ静かに水面を走らせた。 いつの間にか、水猿と呼ばれた忍者のたたずまいではなく、 年老いた町人に支度を変えていていた。鯉兵衛の顔の皺が薄く嗤っていた。 ここで、鯉兵衛の水猿の水中忍法をここで明そう。水猿は魚言葉が理解できる。読唇術だ。不忍の大鯉は二百年も生きている。人間の心が読めた。池の底から、水猿は大鯉を抱きかかえ、池の上に大きく跳び上げた。その瞬間、九鬼流斎の釣り針を池の底に力いっぱい、ひっぱりこんだ、底に沈めた。九鬼流斎が池に落ちると、頭の後ろを、鰻銛で突く、血は出ない。その身体を沈めて、杭に繋ぐ。池に沈んだ黒田九鬼流斎の遺体は二度と浮かんでこない。あとは、鯉の餌になる。水猿と大鯉の協同戦線だった。両者に便益があった。以来、不忍の池の鯉は人肉の味が忘れられず、池の端で情事に及ぶ男女を池に引き摺りこんで食べ尽くすという、怖い逸話がうまれたのもこの頃からである。町人姿になった水猿、鯉兵衛は、今度はゆっくりとした足取りで、賑あう浅草寺の境内を抜けて、船宿『蓮水亭』に上がり、おかみのお桃と酌を交わしていた。「鯉さん、鰻屋でせかすのは野暮でござんすよ」 鯉兵衛の手は早くもお桃の股倉で動き始めていた。 つづく 朽木一空
2026年04月15日
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忍草(しのぶくさ) 再演 26-7 ~忍草の 裏と表を 知る奉行~悪鬼、下忍の池に沈むの巻 7水清ければ魚棲まず 騙しの褌が緩まねえように 気を付けな忍者、水猿こと、鯉兵衛は、黒田九鬼流斎を十日間尾行してもなかなか隙が見つからなかった。 神道無念流の使い手で、常に手下を十人以上は連れている。密偵、忍者も忍ばせている。用意周到な警備に守られ、とても、手が出せるような相手ではなかった。もし、悟られたり、しくじったり、捕えられたりしたら、奥歯に詰めた毒薬を噛み砕いて死ななければならぬのが忍者の掟である。『秘命』は死とともに消えるのだ。失敗は許されない。ことは慎重に運ばなければ死につながる、それが忍者の宿命である。だが、黒田九鬼流斎が魚釣り好きで、非番の日には、下忍の池(しにばすのいけ)に、子分を連れず、一人で、棹を差すことを突き止めた。下忍池には、六尺を越える下忍池の主と呼ばれている大鯉がいる。もう、200年も生きていると言われている。その大鯉を九鬼流斎は狙っていた。今日は黒田九鬼流斎の非番の日だった。~九鬼流斎は必ずやってくる~奴は、取り締まりのるつぼにはまり、苦しんでいる。どこかに逃げ道が必要なのだ。鯉兵衛は確信していた。人間、どこかに空気の抜け穴がなければ、窒息してしまう。神田の料理茶屋『極楽里』で子分共と、酒食肉淋の宴会をしている時にも、黒田九鬼流斎はほとんど酒を口にしない、女も近づけない。宴会は配下の者の志気を高めるためだけの戦術だった.ある意味、九鬼流斎自身は純粋な剣客なのかもしれない、と、すれば、剣客、黒田九鬼流斎が鬱憤を晴らすのは、この下忍の池の大鯉しかいないのではないだろうか、まだ、陽が頭のてっぺんに昇るまでには時間があった。水猿は水の中にじぃっと潜んでいた。巳の刻を過ぎた頃、案の定、黒田九鬼流斎は釣竿を肩に担いで、下谷広小路から、たった一人で、三橋を渡ってやってきた。池の端の蕎麦屋の屋台に腰を降ろし、かけ蕎麦を注文する。「おやじ、今日こそは、下忍の主の大鯉を釣り上げるぞ!」「旦那、昨日の雨で、水が濁ってまさぁ、綺麗な水じゃぁ掛かりません。こういう日には大物が掛かるでさぁ」蕎麦屋の親爺も話を合わす。黒田九鬼流斎はご機嫌で、「そうか」と、大きく頷く。一昨年の夏、「下忍池の主」とも云われる、大鯉が掛かったが、すんでのところで、逃げられ、以来その大鯉をどうしても仕留めたくて、非番になると、釣り糸を垂れる。「釣り落とす魚は噺にひれがありなんてもうしますからねえ」 と、蕎麦屋の親爺がちゃちゃをいれる。「そうではない、本当にかかったのだ」だが、その言葉は飲み込んだ。市中取締りで鬱屈が溜まっていた。やらねばならず、やればうらまれ、それでもやるさ、やらねばなるまい、だが、下級武士、商人庶民には窮屈を押し付けながら、幕府内には相変わらず、腐敗臭は蔓延っていたし、大御所の徳川家斎は大奥に入りびたり、日がな、女を物色しては淫蕩にふけり、すでに、判明しているだけで、妾を25人、子も、55人儲けていた。それでも飽きずに大奥をふらついている。将軍家慶は老中首座の水野忠邦に天保の改革を押し付け、評定の場では、何かにつけ「そうせい、そうせい」と、任せっきり。 家臣たちは裏では「そうせいさま」と、揶揄していた。 柳に風のていたらく、家慶もまた、親爺の家斉に負けずと、大奥で淫蕩三昧の生活を送る色爺だった。すでに、25人の子供を儲けていた。九鬼流斎は矛盾を感じていた。上司である老中首座水野忠邦や南町奉行鳥居耀蔵は自分の出世しか頭にない。「抜かりなく、徹底して取り締まれ!」と言う命令を出すだけである。やるのは、自分や与力、同心、配下の岡っ引き下っ匹であった。 北町奉行の、遠山影元はその二枚舌の欺瞞を知らぬふりして、取り締まりを緩めているから、狡い。『水清ければ魚棲まず』というが、人間社会も同じなのか?色々考えると嫌になる。嫌になるがやらねばならない。損な役回りを押し付けられているのじゃないだろうか?そんな、鬱屈を晴らすのには釣りが一番だった。その時だけは嫌なことから解放される。いや、忘れていられるというのが正直な気持ちだった。忘れたくて釣り糸を垂れるのかもしれなかった。皮肉にも、九鬼流斎の子分が立てた「魚釣りならず、立ち入り禁止」という取り締まりの触れ看板を足蹴にして、池の繁みに九鬼流斎は足を踏み入れた。もう、心は魚釣りでうきうきしていた。至福の時間が訪れていた。 つづく 朽木一空
2026年04月12日
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忍草(しのぶくさ) 再演 26ー6 ~忍び草 一筋の風 命の香 ~ 悪鬼、下忍の池に沈むの巻 6 音もなく、臭もなく 智名もなく 勇名もない 屁のことじゃありませんよ、 えっ?屁のようだと?忍者がですかい? 江戸幕府百人組の一つの伊賀組は、神君家康公伊賀越えの際道中を警護した者の子孫で、「御忠勤格別之者」という特別扱いの家来であった。 江戸城大手三門の警備を担当し、甲賀組、根来組、二十五騎組とともに百人番所に詰めていた。 組頭は江戸城西端の半蔵門を警護した服部半蔵正成を継ぐ服部家であった。 組屋敷は四谷伊賀町に与えられていた。 江戸幕府開府の後、伊賀に残った者は平穏な暮らしを求めて、藤堂高虎支配下で<無足>という身分で抱えられた。 <無足>とは、普段は村に住む百姓の形をして農業に勤しみ、有事の際には武力を使い軍役を務める、武士と百姓の両方の性格を有する上層農民としての身分であったが、平穏な江戸時代に武勇を馳せることは皆無であり、穏やかな農民としての暮らしに甘えていた。 これで、伊賀の忍者としての灯火は消えたはずなのだが、 あくまでも伊賀忍者の忍術と掟を伝承する小さな集団は伊賀の里の奥に、密かに隠れ住んで修行を重ねていた。 鉄砲火薬術の一党、薬の一党、 仕掛人の一味、はては、盗賊黒雲一味など、 悪事に足を染めた一党もいたが、戦国の世でもない平穏な徳川の世にも、 幕府、大名、旗本などから、諜報活動、破壊工作、暗殺、権謀術策を用いて罠を仕掛ける依頼が消えたわけではなく、手足となって動く伊賀の忍者の需要はまだ存在したのだった。 幕府や大名には仕えない、仕事を依頼されるが、仕事以上の関係は一切関りあうことのない、自主独往の忍者組織であることも安心して仕事を依頼できる理由であった。 曲崖郷の柘植孫太夫率いる<忍草>の一党もそのうちの一つであった。幕府や大名には仕えることはない、あくまでも野育ちの自由な身分を守り、依頼人が悪であっても、敵同士であっても一向に構わないし、銭さえ積めばどんな仕事も引き受けた。依頼された仕事をこなせば、以後の一切かかわりを持つことはなかった。ただし、仕事上の秘密は遵守するという道義を守った。 北町奉行も遠山影元も内密の探索に伊賀一党の忍者を使うことはよくあった。 曲崖郷の柘植孫太夫は南町奉行鳥居耀蔵から 神道無念流の使い手、黒田九鬼流斎の暗殺依頼を引き受けた。 草の仕事はいつでもあるわけではない。 好機用来とみた柘植孫太夫は千両という値で仕事を引き受けた。 法外だと?伊賀の隠里と諸国に散る草の面倒を見るのには、莫大な銭が必要だったのだ。<つけられている?見張られている?>黒田九鬼流斎は近頃、己の身に妖しい影が迫っていることも感じていた。 それが、誰なのか、敵なのか味方なのか、ただの探索なのか、暗殺準備なのか まだわららぬが、剣客としての感性が危険を知らせていた。~馬鹿な傾奇者の仕返しか?もしや、鳥居耀三の手の者か?それとも伊賀者か?~ 疑心暗鬼が独り歩きしていた。「疲れているのか?それとも、取り締まりのやりすぎなのか?」いや、自分のしていることは、庶民に憎まれていようがいまいが、徳川幕府を支えるための必要悪なのだ。明日は、非番だ、下忍の池の大鯉を釣り上げてやろう。ようやく、眠りにつけた鳥居耀蔵であった。 つづく 朽木一空
2026年04月08日
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忍草(忍びくさ) 再演 26ー5 ~ 耳澄まし 人の気配に 怯えつつ 酔いもせぬのか 忍び草 ~悪鬼、下忍の池に沈むの巻 5忍草に沽券もなけりゃ矜持もねえ、 江戸っ子は見栄坊で生きるが、 陰に生きる忍草には鼻っから見栄の張りようもねえ、 黒田九鬼流斎は南町奉行鳥居耀蔵のどす黒い過去を知り過ぎていた。 裏の悪事に九鬼流斎を使った分だけ弱みを握られていた。 天保12年南町奉行の座を何としても欲しかった鳥居耀蔵は江戸の市民に人気のあった南町奉行矢部定謙を黒田九鬼流斎を使って讒言の罠に嵌めて失脚させた。 矢部家は改易、定謙は伊勢桑名藩に幽閉となり絶食して憤死した。 後任として南町奉行の座に座ったのが筋書き通り鳥居耀蔵であった。 南町奉行となった鳥居耀蔵は筆頭老中水野忠邦が推し進める天保の改革を黒田九鬼流斎を先頭に立て、強権的に江戸市中の取締りを行った。 その取り締まりは非情、酷烈、おとり捜査を常套手段とするなど権謀術数に長けていたため、江戸庶民からは“蝮(マムシ)の耀蔵”、耀蔵の名をもじって“妖怪”と綽名された。 ~町々で惜しがる奉行、やめ(矢部)にして、どこがとりえ(鳥居)でどこが良う(耀)蔵~という落首まで詠まれた。 南町奉行鳥居耀蔵に嫌な風聞が耳に入ってきた、 あらぬ噂であればよいのだが?、、、鳥居耀蔵の猜疑心ははちきれそうに膨らんでいた。 <黒田九鬼流斎が夜半過ぎに老中水野様の屋敷の門を潜ったそうです、> <老中水野様の元に九鬼流斎からの密書らしき書付が届いたそうです>~むむ、、黒田めが、老中水野様に数ある悪行を密告されば儂は一巻の終わりだ~ そんな折、江戸城御用部屋で筆頭老中の水野忠邦から、「鳥居殿、お主はよい部下を配下に抱えておるそうじゃのう、」 「はっ!、誰のことでござるか?」 「とぼけなくともよいわ、神道無念流の使い手で、斎藤弥九郎の九段坂下道場では師範代を務めたこともある黒田九鬼流斎という男じゃ、 どうだ、その男、南町奉行の内与力にしたら、いかがかな?」 「はっ、恐れ入りまして、よく吟味したします。」 内与力とは奉行所に仕えるのではなく奉行個人に仕える与力であり、黒田九鬼流斎を内与力として抱えることに何の問題もなく、 まして、老中の推挙があれば必然のように思えた。 南町奉行所内ではすでに黒田九鬼流斎は内与力並みの地位で動いていたが、 身分上あくまでも奉行の私的な側人であった。 <九鬼流斎めが、己の出世のため、老中にまで手を回したのか、?> 城から下がり南町奉行所の私邸に入るや、鳥居耀三は片口徳利の酒を一気に飲み干した。 眼を真っ赤に充血させ黒田九鬼流斎への腹立ちを抑えきれなかった。 鳥居耀三は手下の裏切りを黙って見過ごす軟な男ではなった。 己の身を守り、老中への階段を上るのには九鬼流斎は危険すぎた、最早邪魔者であった。 鳥居耀蔵は人前では自信に溢れた振る舞いを崩すことはなったが、 内心では猜疑心の塊に怯える男であったのだ。 腹心の黒田九鬼流斎に恐れを感じていたのだ、いつか、寝首を掻かれるのではないかという不安が暗雲のように広がっていた。 この頃では九鬼流斎の蛇のような冷たい視線を見ると、 心が読まれているような気がして手が震えるのを抑えきれないのであった。 いつか、寝首を掻かれるのではないかという不安が暗雲のように広がっていた。 <儂は老中になる男だ、誰にも邪魔はさせぬわ、>鳥居耀三は黒田九鬼流斎を抹消することを決断した。 密かに<忍草>の元締である伊賀曲崖郷の柘植孫太夫に 黒田九鬼流斎の暗殺を依頼する使者を走らせたのだった。 つづく 朽木一空
2026年04月05日
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忍草(しのびくさ) 再演 26- 4 ~影を追う 闇に紛れて 忍び草 ~ 悪鬼、下忍の池に沈むの巻 4 叶わねばこその浮世なら、 絶望とてあっけらかんと居眠りしてるご時世だ 兎のぬいぐるみを来て取り締まったって 悪鬼だとすぐに露見しちまうよ、九鬼流斎の旦那、 南町奉行鳥居耀蔵の天保の改革における『質素倹約令』の市中取り締まりの先鋒を請け負っていた実働部隊が、南町奉行鳥居耀蔵の懐刀の黒田九鬼流斎であった。 岡っ引き、下っ引き、柄の悪い小物を何十人も引き連れて、江戸市中を容赦なく厳しく取り締まっていた。 黒田九鬼流斎が移動する三間四方には、密偵、間者を張りこませて偵察せ、二重三重に眼を光らせていた。歌舞音曲、歌舞伎小屋、芝居小屋、見世物小屋、遊女屋、矢場、料理茶屋、屋台店、湯屋まで、見廻り、目につく贅沢、着物、簪、凧揚げ、魚釣り、縁台将棋、碁の類、お椀、簪までに難癖をつけ、果ては、無宿人はもちろん、河原乞食や、願人坊主、夜鷹、瞽女、座頭 まで、すべてが取り締まりの対象で、春画本や、かわら版、浮世絵の類いも、当然取り上げ、文句を云うものや、刃向うものには、「不埒者め、ご政道に逆らうのか!」と、有無を言わせぬ取り締まりで、片っ端から、しょっぴき、弾圧した。そして、暮れ六つがくれば、目こぼしを代償に、神田の料理茶屋『極楽里』で子分共と、今日の取り締まり話を餌にして、酒食肉淋の宴会を連日開いた。 <てぃ!お役人ばかりがいい思いをしやがって!> 取り締まりが厳しさを増せば増すほど、江戸の町から明かりが消え元気がなくなりつつあった。江戸庶民は、南町奉行の鳥居耀蔵は妖怪、黒田九鬼流斎は悪鬼だと、罵り、憎んだ。かわら版屋は、鳥居耀蔵や黒田九鬼流斎の悪口憎悪を並べて囃し立てた。 <妖怪鳥居、悪鬼黒田、蝮に喰われて地獄へ落ちろ!>庶民は瓦版を呼んで、手を叩き、留飲を下げた。そこが、黒田九鬼流斎には面白くなかった。 「北町奉行の遠山左衛門尉影元はずる賢い野郎だ、遠山の金さんなどと煽てられて、甘い取り締まりで、目こぼしばかりしやがるから、人気者になっている。ご政道に忠実に仕事をしているのは儂の方だ。 兎のぬいぐるみを着た人気取りや甘い吟味では、幕府の改革はできやしねえ、遠山だって、曖昧や妥協でご政道が成り立つはずがないことは解っているくでに、」 黒田九鬼流斎は機嫌が悪かった。機嫌の悪さが、鬼のような形相で庶民の弾圧と思われるような取り締まりをさせてるのかもしれなかった。 だが、九鬼流斎の気分を塞いでいる訳はそれだけではなかった。 <簀子の下の舞の儂の力がなければ、出世も思いのままにならなかっただろうに、> 南町奉行の鳥居耀蔵をここまで押し上げてきたのは己の力があったからだと己惚れていたのだ。 黒田九鬼流斎は南町奉行鳥居耀蔵の絶対の信頼を得ている懐刀である。 鳥居耀蔵がまだ、無役の時からの家来で、ことあるごとに表裏となって、鳥居耀蔵を助け支えてきた。 汚い裏の仕事や邪魔者の始末はもっぱら神道無念流免許皆伝の使い手である黒田九鬼流斎の仕事だった。 すでに、鳥居耀蔵の我欲のために十人は斬ったであろうか。 だが、鳥居耀蔵は黒田九鬼流斎を役目に付けることはせず、常に陰として利用してきた。 「鳥居様、某にも陽の当たる仕事を頂けませぬか、」 「何を申す、そなたは陰となって儂を支えるのが嫌になったのか?」 「いえ、ただ、奉行とともに危ない橋も泥水も飲んでまいりました 報いは何であったのかと?」 鳥居耀蔵は黒田九鬼流斎との問答で、最早、黒田九鬼流斎はこれまでと見切りをつけた。 <この男は危険すぎる、老中に登りつめるのには秘密を知り過ぎた者は始末せねばなるまい> 鳥居耀蔵に長い間仕えてきた黒田九鬼流斎には猜疑心が強く、邪悪な心を持つ 鳥居耀蔵がすでに己に対して疑念の気持ちを持ち始めたことを察し、 命の危険さえを感じ取っていたのだった。 つづく 朽木一空
2026年04月01日
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