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もっとも、一応健康体になった今でも、痛みは完全には治らず、もう一生付き合っていくものと半ば諦めている。
そんな肩の凝る毎日が続いていたある日、職場のすぐ近くに、いつの間にかマッサージパーラーが出来ているのを発見した。足つぼコースから本格的な全身コースまで、メニューも豊富だ。
たまたま仕事が立て込んでくたびれていたので、これ幸いと「全身一時間コース」を申し込んだ。若くてハンサムなお兄さんが笑顔で迎えてくれ、僕は施術台に横たわった。
ところが、僕の身体をほぐし始めるや否や、お兄さんの表情が一変した。
「…目を酷使されていませんか?」
「最近生活が不規則でしょう」
「若いのに、あちこちガタが来てますねえ」
「内臓全般が弱ってますよ」
ぎくぎくぎくΣ( ̄□ ̄;)。いちいち耳が痛い。
特に足の裏を押された時は、絶叫したくなるほどの激痛が走り、脂汗を流しながら拷問に耐えなければならなかった。一時間後、僕は来た時よりもいっそう憔悴して、パーラーを後にした。お兄さんの「またお越しくださいませ~」という明るい声が恨めしかった。
さて、マッサージを受けたい理由も人それぞれで、中には「 滝川クリステルみたいな綺麗なお姉さん
に優しく癒してもらいたい」などと考えるオジサンも多い。
ある時、僕は仕事で業界関係の会合に出席するため、有馬温泉のホテルに宿泊した。その時同室したのが、闊達でいつも笑顔が絶えない、某居酒屋系全国チェーンの専務A氏と、温厚な人柄で知られる食品会社の社長T氏である。二人とも仲が良く、エンゾーはいつもお世話になりっぱなしだ。
その夜、僕とA氏は温泉の気持ち良さについ長風呂し過ぎ、部屋に帰ってぐったりと横たわっていた。元気なのは風呂好きのT氏だけで、「別の岩風呂にも入って来る」と出て行ったっきり、まだ部屋に帰ってこない。すでに食事は済ませていたが、しかしまだ寝るには早い…
そんな時、ふいにロマンスグレイA氏が僕にある『提案』を持ちかけた。
「エンゾー君、君は温泉旅館でマッサージを頼んだ事はあるかい」
「いえ、ないですね~」
「よし、じゃあ今から頼もうよ。やっぱりさ、温泉といったらマッサージでしょ。エンゾー君もやってみてごらんよ」
「はあ、そうですね…じゃあそうしましょうか」
「早速フロントに電話してくれないか。Tちゃんもやるだろうから、若い子を三人寄越すように。マッサージは若い子じゃなくちゃね」
「はいはい、そう言いますよ(^_^;」
僕は、「若い子だからね!」と後ろで念を押すA氏の指示に従い、電話でマッサージをお願いした。が、あいにくその日は宿泊客が多く、マッサージは予約が殺到しており、3人一度には派遣出来ないとの返事。受話器を押さえ、振り向いてその旨を伝えると、A氏は勢い込んでこう言った。
「じゃあ、俺が最初ね!こういう時は、最初に一番良い子が来るもんだ。で、次が君ね。Tちゃんは風呂から帰って来たらってことにしておこう」
結局、15分おきに一人ずつマッサージ師が部屋を訪れるということで話はまとまった。
さて、待つ事20分。
予定より少し遅れて、最初のマッサージ師が到着した。「失礼しま~す」という明るい声と共に襖を開けて入ってきたのは、どう見ても5児の母といった風情の、たくましいおばさんである。それを見たA氏、僕が何か言うより早く、
「さ、エンゾー君、生まれて初めての温泉マッサージをやってもらいたまえ。気持ちいいぞ~」
と言って、あっさり身を翻した。見事なまでの変わり身の早さに感心しながら、まずは僕が揉んでもらう事になった。
僕が布団に横たわってからしばらくすると、T氏が風呂から帰ってきた。
「お、マッサージなんか呼んじゃって。いいねえ自分たちだけ」
「いやいやTちゃん、ちゃんとTちゃんの分も呼んでるから」
などと言ってるところへ、タイミング良く「失礼します」と二人目が登場。
今度こそと身を乗り出すA氏の前に現れたのは、孫が8人はいそうなお婆さんだった。どうも、どんどん年齢層が高くなっていっている。僕は笑いを噛み殺した。
当然のように、A氏はまたしても素早い転身を見せた。臨機応変の方針転換は、さすが(?)やり手の経営者である。
「Tちゃん、ちょうど良かっただろ。君が帰ってくるのを見計らって呼んどいたんだよ。どうぞお先に」
「あ、そうなの?悪いなあ。じゃあお先に」
人を疑わないT氏は、素直に申し出を受けてマッサージを始めてもらった。その横で、A氏が「エンゾー君、ホントにフロントにはちゃんと言ったの?」などとブツブツ言っている。
そして15分後。ようやく、A氏待望の最後のマッサージ師が到着した。三度目の正直となるか。
「ごめんくださいませ」
一瞬、部屋に沈黙が降りた。あの時の、鳩が豆鉄砲を食らったようなA氏の顔を、僕はいまだに忘れる事が出来ない。僕とT氏は、思わずマッサージも忘れ、お腹がよじれるほど笑い転げた。
渋い声と共に現れたのは、滝川クリステルではなくて、頭が禿げ上がり痩せ細ったお爺さんだったのである。
「効くなあ、やっぱりマッサージは男の人でなくっちゃ。力が要るからねえ」
お爺さんの肘を背中に受けながら、A氏は、複雑な顔で負け惜しみを言った。
(以前某所で書いたコラムに、加筆訂正したものです)
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