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人生の原点がここにある。混迷の時代に射す光、現代語訳「方丈記」。引揚者として激動の戦中戦後を生きた著者が、自身の体験を「方丈記」に重ね、人間の幸福と老いの境地を見据えた名著。(「BOOK」データベースより)三木卓『私の方丈記』(河出書房新社新書版)◎幅広い文学活動 これまでに何冊もの、『方丈記』を読んできました。『ビギナーズ・クラッシックス・日本の古典・方丈記』(角川ソフィア文庫)、中野孝次『すらすら読める方丈記』(講談社文庫)、『永井路子の方丈記/徒然草・私の古典』(集英社文庫)、堀田善衛『方丈記私記』(ちくま文庫)などです。そして2014年2月書店で目にとまったのが、三木卓『私の方丈記』(河出書房新社・新書版)だったのです。 三木卓の「方丈記」は、『21世紀少年少女古典文学館10・徒然草/方丈記』(講談社)で読んでいました。このシリーズは、一流の作家が日本の古典を現代語訳しており、古典の入り口としては最良のものです。10巻に同時収載されている「徒然草」は、嵐山光三郎の訳によるものです。『私の方丈記』は、三木卓の体験をはさむように、まえが現代語訳でうしろが原文の「方丈記」となっています。現代語訳は、『21世紀少年少女古典文学館10・徒然草/方丈記』が底本になっています。したがって私は前後の現代語訳と原文をパスして、「私の方丈記」の章だけを読みました。 三木卓は小説家、詩人、翻訳家という、肩書をもっています。1935年に生まれ、新聞記者だった父に連れられて、2歳から小学校2年までの6年間を大連ですごしています。敗戦のため帰国の途中で、父、祖母らを亡くしています。この経験をつづったのが、連作集『砲撃のあとで』(集英社文庫)に収載されている「鶸」(ひわ)で、この作品により芥川賞(1973年)を受賞しています。 児童書の翻訳では、アーノルド・ローベル(『ふくろうくん』 ミセスこどもの本)などがあります。また名著の案内もしており、三木卓監修『日本の名作文学案内』『世界の名作文学案内』(ともに集英社)などの著作もあります。『私の方丈記』の「あとがき」には書かれていない、三木卓の『方丈記』の「あとがき」を紹介させていただきます。――兄は、当時の自分の学生生活を思い出して、「あのころは『方丈記』よりせまい生活だったなあ。」と、懐かしそうにいったことがあります。方丈の部屋というのは、一辺が約三メートルの四角形ですから四畳半ぐらいでしょうか。/わたしが大学に入ったのはそれから四年後でした。住宅事情もわたしの経済事情もまだだめでしたが、それでも三畳を借りることができましたから、兄よりもましな時代になっていたのでしょう。(『21世紀少年少女古典文学館10・徒然草/方丈記』講談社、三木卓の「あとがき」より)◎行間から原文が浮かびあがる――ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例(ためし)なし。世の中にある、人と栖(すみか)と、またかくのごとし。(『ビギナーズ・クラッシックス・日本の古典・方丈記』角川ソフィア文庫より)『方丈記』の冒頭の文章は、あまりにも有名です。難解な古語のなかで、「うたかた」の意味を知らない人はいないほどです。最近国内で自然災害があいついでいます。『方丈記』の前半には、鴨長明が直接体験した5大災害(安元の大火・治承の辻風・福原遷都・養和の飢饉・元暦の大地震)が描かれています。「私の方丈記」では三木卓の思い出と、鴨長明『方丈記』の場面が重ねてあります。最初は大連の川の思い出がつづられています。――川が結氷して驚いたのは、ふいにその朝鮮族の少年たちが、スケートをあやつって、日本人の少年たちの縄張りに侵入してきたことだった。かれらは、ものすごいスピードで川を下ってきては、「お前たちが弟をいじめたのだな。容赦しないぞ」とすごい声で脅した。体格もいいし、動きもいい。とうていかなわないような連中がやってきては、脅し去っていく。(本文P55-56より) 同様の手法で堀田善衛も『方丈記私記』(ちくま文庫)を書いています。こちらは戦時中の体験のなかから、「方丈記」の一節が浮かびあがってくる構成になっています。堀田善衛『方丈記私記』(ちくま文庫)の一部を紹介させていただきます。――方丈記の何が私をしてそんなに何度も読みかえさせたものであったか。それは、やはり戦争そのものであり、また戦禍に遭逢してのわれわれ日本人民の処し方、精神的、内面的な処し方についての考察に、何か根源的に資してくれるものがここにある。またその処し方を解き明かすためのよすがとなるものがある、と感じたからであった。また、現実の戦禍に逢ってみて、ここに、方丈記に記されてある、大風、火災、飢え、地震などの災殃の描写が、実に、読む方として凄然とさせられるほどの的確さをそなえていることに深くうたれたからでもあった。(本文P70より)『方丈記』に自らの体験を重ねるこの手法は、行間から古典の原文が浮かびあがります。私も「標茶六三の方丈記」を書いてみたくなりました。三木卓の『方丈記』についての思いを、紹介させていただきます。――『方丈記』は、人によっていろいろな受けとり方をする本だと思います。わたしは、そういう常ならぬ変転をとげる世界を生きるのが人間なのだからこそ、その一刻一刻を貴重なものとして大切に生なさい、と語っていると読みます。(『21世紀少年少女古典文学館10・徒然草/方丈記』講談社、三木卓の「あとがき」より)◎無常ということ『方丈記』第3段で鴨長明は、「無常」について書いています。「無常」とは、「生有るものは必ず滅び、何一つとして不変・常住のものは無いということ」(三省堂『新明解国語辞典』第6版より)という意味です。――知らず、生れ死ぬる人、何方(いずかた)より来たりて、何方へか去る。また知らず、仮の宿り、誰(た)が為にか心を悩まし、何によりてか目を喜ばしむる。その主と栖(すみか)と、無常を争ふさま、いはば朝顔の露に異ならず。或は露落ちて花残れり。残るといへども朝日に枯れぬ。或は花しぼみて露なほ消えず。消えずといへども夕を待つ事なし。(方丈記第3段、『ビギナーズ・クラッシックス・日本の古典・方丈記』角川ソフィア文庫より)「無常」については、『平家物語』の冒頭でも、こう書かれています。――祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず。ただ春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。(『平家物語』の冒頭より) 吉田兼好『徒然草』第25段でも、「無常」についてつづられています。――飛鳥川の淵瀬(ふちせ)常ならぬ世にしあれば、時移り、事去り、楽しび・悲しび行きかひて、はなやかなりしあたりも人住まぬ野らとなり、変らぬ住家は人改まりぬ。桃李(とうり)もの言はねば、誰とともにか昔を語らん。まして、見ぬ古のやんごとなかりけん跡のみぞ、いとはかなき。(『徒然草』第25段より) また、弘川寺の西行桜の句も有名です。西行はこの寺を隠棲の地と定め、「願わくは花の下にて春死なん そのきさらぎの望月の頃」と詠んでいます。 このように仏教的無常観を抜きにして、日本の中世文学を語ることはできません。現代では小林秀雄が「無常といふ事」(『モオツアルト/無常といふ事』新潮文庫所収)というエッセイを書いています。生と死をテーマにしたものですが、ちょっと難解かもしれません。◎追記2015.02.23 朝日新聞(2015.02.23)に「方丈記の大地震 裏付けか」という見出しがありました。「平安末期に京都を襲った大地震で起きたとみられる土砂崩れの跡を京都大防災研究所の釜井俊孝教授(応用地質学)らが京都・志賀の東山で見つけた。地震の惨状は『方丈記』や『平家物語』などに描かれ、今回は記述を具体的に裏付ける珍しい発見」と書かれていました。(山本藤光:2014.12.12初校、2015.06.27改訂)
2015年06月30日
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飲んだくれの農場主を追い出して理想の共和国を築いた動物たちだが、豚の独裁者に篭絡され、やがては恐怖政治に取り込まれていく。自らもスペイン内戦に参加し、ファシズムと共産主義にヨーロッパが席巻されるさまを身近に見聞した経験をもとに、全体主義を生み出す人間の病理を鋭く描き出した寓話小説の傑作。巻末に開高健の論考「談話・一九八四年・オーウェル」「オセアニア周遊紀行」「権力と作家」を併録する。(「BOOK」データベースより)オーウエル『動物農場』(ちくま文庫、開高健訳)◎どの訳文を選ぶのか――荘園農場のジョーンズさんは、鶏小屋の夜の戸締りをしたが、飲み過ぎていたので、くぐり戸を閉め忘れてしまった。こんな書き出しではじまるオーウェル『動物農場』は、現代の寓話として高い評価がなされています。本書はオーウェル本人が語っているように、旧ソ連のスターリン独裁体制を批判したものです。チャンス到来とばかりに、飼い主に虐げられていた動物たちは結集します。そして豚のメジャー爺さんの、演説がはじまります。私は『動物農場』を、4種類の翻訳で読みました。最初は角川文庫(高畠文夫訳)、つぎにkindle版(佐山栄太郎訳)、そして岩波文庫(川端康雄訳)。この時点で、ちくま文庫に開高健訳があることを知りました。どうしても開高健の訳で、読んでみたいと思いました。書物の内容が開高健に、ぴったりだと思ったからです。4つの翻訳を比較してみます。まず演説のときの、豚のメジャー爺さんの呼びかけのちがいに驚きました。それぞれが、「さて、同志よ」「同志のみなさん」「さて、同志諸君」「さて同志たちよ」と異なっているのです。――さて、同志よ、われわれのこの世の生活とはどんなものであるか。これをまともに考えて見よう。われわれの生活はみじめで、骨が折れて、短い。われわれは生まれて、かろうじて息をついているに足るだけの食物を与えられ、能力のあるものは力のある限り最後の最後まで働かされる。そしていよいよ役に立たなくなるとその瞬間に、恐ろしい残酷さをもって屠殺される。(kindle版、佐山栄太郎訳より)――同志のみなさん、われわれのこの世における生活の現実は、どうでありましょうか? これを直視してみましょう。われわれの生涯はみじめで、苦労にみちあふれ、しかも短いのであります。われわれは生まれ落ちるやいなや、辛うじて肉体を維持していくに足る食物を与えられるだけで、働くことができるものは、力の続く限り最後の最後まで、強制的に働かされます。そして、ものの役に立たなくなったその瞬間に、身の毛もよだつような虐殺の憂きめを見なければならないのであります。(角川文庫、高畠文夫訳P10より)――さて、同志諸君、この地上でのわしらのくらしはみじめで、苦労が多く、しかも短い。生まれると、かろうじて命をつないでいられるだけの食べ物を与えられ、最後の力がつきるまでむりやりはたらかされる。そして、つかえなくなったとたんに、むごたらしく殺されてしまう。(岩波文庫、川端康雄訳P11-12)――さて同志たちよ、われわれの今おかれている状況とはいかなるものでありましょうか。現実を直視しなくてはいけません。われわれの生涯とは、みじめで働きづめの、短くはかないものであります。生まれ落ちると、かろうじて生きていけるだけの食物しか与えられず、最後の最後まで力をしぼりとられて働かされる――そして役に立たなくなったその瞬間に、あの恐ろしい虐殺が待ちかまえているのです。(ちくま文庫、開高健訳P11より)ともあれ動物たちの蜂起は、この演説からはじまります。演説をした豚のメジャー爺は、死んでしまいます。たちまち人間は、農場から追放されます。農場の名前は「動物農場」と改められます。だれもが希望に満ちあふれた、幸せな未来を夢みていました。雄豚のナポレオンとスノーボールが中心となり、動物たちは共和国のために働きます。理論派のスノーボールは、風力発電所の建設をすすめます。風車建設の提案場面について、2つの訳文をならべてみます。――動物たちは、今までこのようなものは聞いたこともなかったので(というのは、この農場は旧式の農場で、ごく原始的な機械しかなかったから)、自分たちが牧場でのんびりと草を食っていたり、あるいは、読書や話し合いで頭脳をみがいたりしている間に、かわって仕事をしてくれる夢のような機械の様子を、スノーボールがありありとみんなの心に重い浮かばせるのを、ただびっくりして聞いているだけだった。(角川文庫、高畠文夫訳P55より)――この農場は旧式で、機械も旧式なものしかなかったので、動物たちはこういった機械のことを聞くのは初めてだった。だからみんなは、スノーボールが語る素晴らしい機械――何でも、野原で草を食んだり、読書をやおしゃべりで教養を高めている間は代わりに仕事をやってくれるそうな――の話を、感心して聞いたのだった。(ちくま文庫、開高健訳P54より)私が執拗に訳文の比較をしているのは、海外文学で複数の訳者があるときは、慎重に選んでもらいたいからです。常識的には時代にマッチした新訳を選ぶべきです。本書は嗜虐、ユーモア、妄想、スローガン、諦念などに満ちあふれています。したがってより訳者の個性が、でやすい作品なのです。いっぽう陰謀家のナポレオンは、組織の掌握をはかります。スノーボールに協力したものを、つぎつぎと抹殺していきます。このあたりの筆運びも、前掲のように訳文では大きなちがいがあります。私は開高健の、流れるような文章を好みます。スノーボールの風車は、風で倒壊します。再建しますが、今度は農場奪還をねらう人間に破壊されてしまいます。さらにスノーボールは、ナポレオンの育てた犬におそわれ、命からがら逃亡してしまいます。こうして動物農場は、ナポレオンの独裁国家となります。ナポレオンは秘密裏に会議を開催し、動物たちの労働生産性をあげようと躍起になります。◎絵に描いた餅オーウェルはとことん、スターリンを憎んでいました。当然、無口な陰謀家ナポレオンを、スターリンに模したのでしょう。構図的にはスノーボールは、トロッキーということになります、『動物農場』は現在のどこかの国にもあてはまりそうな、生々しさを感じます。開高健は巻末の「G・オーウェルをめぐって」のなかで、つぎのように書いています。――『動物農場』は完璧な作品となったのでスターリン批判を超えてしまいました。悲惨をいきいきとしたユーモアの微光で包んだこの作品を私たちは暗澹としつつ愉しみます。(P254より)独裁者ナポレオンの出現で、横並びだった動物たちに格差がうまれます。独裁者にとり巻きができます。スノーボールをおそった犬は、警察みたいな役割をになります。いっぽうで馬のボクサーは、命じられるがまま苛酷な労働に明け暮れます。そして過労死してしまい、屠殺場送りとなってしまいます。下層階級の動物たちは、昔の農場以上につらい労働を強いられます。平等をうたっていたはずのスローガンは、しだいにナポレオンの思惑で変質していきます。額に汗して働く動物たちをしり目に、ナポレオンは追放したはずの人間たちと手を結びます。崇高なはずだった革命は、雨ざらしになった塗りたてのペンキのように、たちまち影も形もなくなってしまいます。風車さえ完成すれば、すばらしい未来が生まれる。スローガンを順守すれば、平等世界ができあがる。どれもこれもが、絵に描いた餅だったわけです。革命が変質してしまった理由について、開高健は『白昼の白想』(文藝春秋)でつぎのように書いているようです。当該書籍がないので、谷沢永一・向井敏『縦横無尽・とっておきの50冊』(講談社文庫)から孫引きさせてもらいます。――きっかけはホンのちょっとした、眼につかない、小さなこと――この作品でならナポレオンが牛乳をこっそりかくしたこと――そこから変質がはじまる。一歩、一歩、部分が拡大していって全容となる。そしてある日、気がつくと、かって〈敵〉として命を賭けて憎んだものとそっくりの体系がそびえたっている。開高健の訳文を読み、巻末の「G・オーウェルをめぐって」にふれて、私のなかで『動物農場』はくっきりと浮かびあがりました。開高健は姉妹編ともいえる『一九八四年』(ハヤカワepi文庫)を失敗作と切り捨てています。読もうと準備をしていたのですが、しばらくおあずけにしておくことにしました。(山本藤光:2013.02.03初稿、2015.06.24改稿)
2015年06月25日
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幸か不幸か生まれながらのテレパシーをもって、目の前の人の心をすべて読みとってしまう可愛いお手伝いさんの七瀬――彼女は転々として移り住む八軒の住人の心にふと忍び寄ってマイホームの虚偽を抉り出す。人間心理の深層に容赦なく光を当て、平凡な日常生活を営む小市民の猥雑な心の裏面を、コミカルな筆致で、ペーソスにまで昇華させた、恐ろしくも哀しい本である。(アマゾン内容案内より)筒井康隆『家族八景』(新潮文庫)◎「家政婦は見た」を凌駕した『野生時代』(2013年8月号)で「筒井康隆特集」が組まれました。非常におもしろい、インタビュー記事がありました。本稿に加筆することにしました。以下ポイントのみ引用します。(引用はじめ)質問者:既存の小説技法に飽き足らず、つねに新しい小説の形を探究し続けていらっしゃいます。筒井さんを駆り立てているものは何でしょうか。筒井:これはやはり読者を楽しませたい、読者を喜ばせたい、読者を笑わせたい、そして何よりも読者をびっくりさせたいという強烈な思いがぼくを駆り立てているんだと思います。質問者:筒井さんの作品に共通する批評精神と、読者を喜ばせることを「両立」させるコツのようなものをぜひ教えていただきたいのですが。筒井:今までの小説になかったものを殊更に書こうとするのが、それまでの小説に対する批判になります。そうした冒険は、何度も繰り返してやるものではなく、今までの小説の欠点を次次に批判していくうちに、結果として常に新たな冒険をすることになり、これがどうも読者を喜ばせるようですね。(引用おわり) この記事を読んでから、これまで「七瀬3部作」としてひとまとめで推薦していたものを、改めることにしました。ひとまとまりだったピースがはじけとんだのです。インタビューの最後に力強い筒井康隆の宣言がありました。「同じ手法で書かないというのは自分に課したこと」である、と胸をはっているのです。 それなら「七瀬3部作」を、別々に評価してみようと思いました。それが改稿の理由です。これまで私は「絶対におもしろい『七瀬3部作』」という見出しで、本稿を書いていました。筒井宣言をうけて、3作品をばらばらに評価することにしました。それが新たなタイトル「家政婦は見たを凌駕した」の意味です。 私は『家族八景』(新潮文庫)の後続作品を、あまり高く評価していません。私という読者は、筒井康隆の新しい仕かけになじめなかったのです。したがって、本稿を『家族八景』のみにしぼって、紹介させていただくことにしました。 本谷有希子は『野生時代』(2013年8月号)のなかで、『七瀬ふたたび』の読後感をつぎのように書いています。――「この小説を永遠に読み終わりたくない」と葛藤したのは初めてです。あんなに胸がひき裂かれる読書体験は一度きり。当時、私は枕に顔を埋めて、もうすぐ読み終わってしまうことの悲しさに涙を流しました。 本谷有希子は私が一押しの若手です。彼女のように「七瀬三部作」のすべてに、満足している読者はたくさんいます。 「なにかおもしろい作品はありませんか?」という質問をよく受けます。そんなときには、必ず「どんな本を読みたいのか?」と聞き返すことにしています。せっかく薦めた本が、途中で投げ捨てられる場面を、想像するとたまらないからです。 そして相手のニーズがエンターテイメントであったら、迷わず筒井康隆『家族八景』を薦めています。読んでみておもしろかったら、続編ともいえる『七瀬ふたたび』と『エディプスの恋人』(いずれも新潮文庫)という作品があるので、読んでみたらいい。これらは「七瀬3部作」と呼ばれる筒井康隆の代表作なので。 おそらくこのような推薦の仕方になると思います。 テレビドラマに「家政婦は見た」という、人気シリーズがありましたが、『家族八景』の主人公・火田七瀬もお手伝いさんです。しかも美貌の精神感応能力者(テレパス)なのです。おそらくテレビの方は、この作品をヒントにしているのだと思います。――他人の心を読み取ることができる能力が自分に備わっていると自覚したのがいつだったか、七瀬は記憶していない。しかし七瀬は、十八歳になる今日まで、それが特に珍しい才能であると思ったことは一度もなかった。(本文より) 七瀬は自分の超能力を、相手に隠しつづけます。もしも相手の心を読んで望むとおりのことをすると、「なぜそんなに勘がいいのかと怪しまれる恐れが」あるからです。したがって七瀬は、ときどき「故意のとんちんかんを演じなければならな」りません。 七瀬の読心には、多少の努力が必要です。また読心に「掛け金をおろす」ことも大切でした。そうしなければ洪水のように、相手の思考が入ってきてしまうからです。『家族八景』(新潮文庫)には、8組の家庭が登場します。いずれも平凡な家庭です、しかしその裏には、邪心が渦巻いています。それは性的欲望や嫉妬など猥雑なものばかりです。七瀬はそれらにうんざりしています。テレパスであることが露見しないように、七瀬は住みこみでない、お手伝いさんを選んでいます。つまり8つの家族の、日常の姿にスポットがあたっているわけです。『家族八景』は舞台が家庭だけに、SFとしての仕かけはわかりやすいものになっています。しかもコミカルでどこかシニカルな文体で、平凡な人間の深層心理にせまっています。◎筒井ワールド全開ですが 第2作『七瀬ふたたび』(新潮文庫)では、火田七瀬が家政婦を辞めて母の実家に戻る夜汽車の場面からはじまります。七瀬は列車のなかで、同じ超能力を保有する3歳児ノリオに出会います。 ――この子は今、私の心を読んだ。七瀬は全身がしびれるほどの驚きで、なかば自失状態に陥った。男の子の意識野には、七瀬が今思い浮かべたばかりの崖くずれの情景がはっきりと再現され、焼きつけられていたからである。泣いたのはそのためだった。(本文より) 七瀬とノリオたちは途中下車して、危うく難をのがれます。その後の展開は、筒井康隆らしいはちゃめちゃのものとなります。ほかの超能力者があらわれたり、対決したり……。最後は超能力者に迫る国家権力まで登場します。 第3作『エディプスの恋人』(新潮文庫)の七瀬は、高校教務課職員であり、女神に変身します。ホームドラマ(家族八景)が、ハードボイルド(七瀬ふたたび)になり、ギリシャ神話(エディップスの恋人)で完結されます。私は難儀して完結まで読みましたが、本書を紹介した何人かからは「『家族八景』はおもしろかったけど……」と口をにごされました。 筒井康隆は多才な作家ですが、すべてを受けいれられる読者と辟易する読者が、半分ずつくらいかと思います。私は第1作を100点としたら、第2作70点、第3作40点と思っています。 『時をかける少女』(角川文庫)など、話題作は枚挙にいとまがありません。やがて差別用語をめぐって断筆宣言をするのですが、その前後の著作活動をふりかえってみたいと思います。年代はいずれも初出年です。 私は断筆前までの、筒井康隆作品が好きでした。筒井康隆は書き終えた原稿を、「宝石」や「SFマガジン」にもちこんでいました。今では星新一、小松左京とならび、「SF御三家」と呼ばれていますが、苦労した時代が長かったのです。 筒井康隆は1934(昭和9)年に、大阪で生まれました。はじめての出版は、27歳(1961年)のときです。早川書房から『東海道戦争』(現中公文庫)を上梓しています。東京と大阪の間で戦争が勃発します。筒井SFの原点を知るには、貴重な作品です。『時をかける少女』の連載を開始したのは、このころです。 筒井作品のおもしろさは文体そのものだったり、既成概念への挑戦だったり、ストーリー展開だったりします。著者が「停まっている」ときに、読み「進まなければ」追いつけそうにないほど、たくさんの著作があります。『東海道戦争』の扉書きに、こんな一文があります。――「僕の唾棄すべき常識を、/常に破壊してくれた、/三人の弟に――」。 筒井康隆には3人の弟がいました。彼らはそろって、筒井康隆が創刊したSF同人誌「NULL」に参加しています。筒井康隆には、デビュー前から3人の鋭い、読者兼評論家を持っていたのです。そのなかの作品「お助け」が、江戸川乱歩の目にとまりました。残念ながらその作品は、私の目にはとまっていません。◎『私のグランパ』は筒井作品ベスト3『私のグランパ』(文春文庫)はすぐれた作品です。私は『家族八景』(新潮文庫)『時をかける少女』(角川文庫)とともに、筒井作品のベスト3にあげています。『私のグランパ』の主人公・珠子(8歳)は、父親の日記のなかから「父は囹圄の人であり」という文章を発見します。珠子は「囹圄」の意味を学校の先生に質問します。両親や祖母にも質問します。答えは返ってこなかったり、あいまいなものだったりの連続です。珠子が本当の意味を、はじめて知ったのは小学5年生になってからでした。「囹圄」は「れいぎょ」または「れいご」と読み、獄舎や牢屋を意味します。珠子が物心ついてから、祖父はずっと家にいませんでした。質問しても、外国へ行っているなどとはぐらかされていました。珠子は、祖父が刑務所にいることを理解します。しかし珠子は中学1年生になるまで、そのことを家族にも黙っています。 珠子の通う公立中学校では、学内暴力が横行しています。また珠子は、いじめにも遭っています。珠子の家は、地上げ屋に脅しをかけられています。さらに珠子の両親の不仲。そんなおり、祖父の謙三が刑期を終えて、家へ戻ってくるとの知らせがありました。それを聞いて、珠子が「グランマ」と呼んでいた祖母は、家を出て行くといいます。 祖父・謙三が出所してきます。珠子の身辺に、新たな紛争の火種が降りかかります。いじめに、「前科者の孫娘」という罵声が加わりました。珠子は祖父を「グランパ」と呼ぶことにします。グランド・パパだから、「グランパ」というわけです。グランパは夜な夜な外出します。 本の帯には、「名作『時をかける少女』から35年―著者、会心の少年少女小説」とありました。私は先入観で、タイムスリップ小説を想像していました。しかしこの作品はそうではありませんでした。15年という刑期を務めたグランパが、娑婆(しゃば)にタイムスリップしてくるのです。そして次々と珠子の周囲の障壁をとり除きます。珠子をいじめていた、木崎ともみが突然謝罪にきます。校内暴力をふるっていた、男子学生が謙三に頭をさげます。 ――「いじめたこと、堪忍してくれるかなあ」あたりに誰もいない、ふたりだけの廊下で、木崎ともみは懇願するような眼を珠子に向け、詠歎するように言った。(本文より) 筒井マジックは、「グランパ」という個性に託され花開きました。筒井作品の魅力は、ミステリーツアーと似ています。目的地が見えにくいのです。 地上げ屋や菊池組組長との対決。祖父が屋根裏に隠した二億円の謎。みかじめ料を要求されるスタンド・バーへの仁義。世間で「ゴタケン」と呼ばれるグランパに降りかかる火の粉。次から次へと仕かけのあるハードルがならべられています。読者は作品に引きずりこまれ、ときには放り投げられます。 冒頭で登場した「囹圄」の2文字が、最後まで作品をひっぱります。未知なる文字が、想像もつかない祖父の生きざまとオーバラップします。原稿用紙150枚ほどの作品ですが、筒井康隆らしい高密度の作品でした。最後まで、作品のなかで重なることのなかった「グランマ」と「グランパ」の出し入れが絶妙で、この作品の大切な隠し味になっている点にも注目です。(山本藤光:2009.08.04初稿、2015.06.23改稿)
2015年06月24日
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恋愛にも大学生活にも退屈し、うつろな毎日を過ごしていたリョウ、二十歳。だが、バイト先のバーにあらわれた、会員制ボーイズクラブのオーナー・御堂静香から誘われ、とまどいながらも「娼夫」の仕事をはじめる。やがてリョウは、さまざまな女性のなかにひそむ、欲望の不思議に魅せられていく……。いくつものベッドで過ごした、ひと夏の光と影を鮮烈に描きだす、長編恋愛小説。(アマゾン内容紹介)石田衣良『娼年』(集英社文庫)◎亡き母の存在に注目 石田衣良は1998年『池袋ウエストゲートパーク』(オール読物推理新人賞、集英社文庫)でデビューしています。その後ほぼ1年に1作のペースで、『うつくしい子ども』(文春文庫、初出1999年)『エンジェル』(集英社文庫、初出1999年)『娼年』(集英社文庫、初出2001年)、『約束』(角川文庫、初出2001年)『4TEEN(フォーティーン)』(直木賞、新潮文庫、2003年)と順調に文壇を駆けあがってきました。 石田衣良は、魅力あふれる作家です。まず作品のテンポがよいこと。性を扱った場面は、研ぎ澄まされた自重気味の文章がきわだっています。石田衣良の本名は、石平庄一。苗字の「いしだいら」をそのまま、ペンネームにしています。 正直なところ、『娼年』と『4TEEN』との、どちらを取り上げようかと迷いました。迷ったすえに、ここまでの代表作は『娼年』だろうと決断しました。『娼年』の主人公・リョウは大学生です。学校にはほとんど行っていません。バーでアルバイトをしています。リョウは「女性だけではなかった。大学も友人も家族も、世のなかすべてつまらない」(本文より)と思っています。 そんなときに、客として亡き母と同年代の御堂静香があらわれます。リョウは静香に勧められて、男娼の道を歩きはじめます。中年女性の欲望に応え、謝礼としての金を受け取る。リョウは金にはこだわりをみせません。 作品のなかには、個性豊かなキャラクターが数多く登場します。御堂静香とともに暮す聾唖の少女。大学の同級生でもあるガールフレンド。あくの強いホスト仲間。どの個性もていねいに描かれており、最後まで主人公とともに日常を分かち合っています。『娼年』を引っ張っているのは、プロローグに登場する母親の存在です。存在と書きましたが、母親は亡くなっています。石田衣良は、亡き母の影を巧みに作品に投射してみせます。これが巧い。思わず本を閉じてから唸ってしまったほどです。◎川端康成『眠れる美女』がヒントに 『娼年』では、惜しくも直木賞を逃しています。選考委員の井上ひさしと阿刀田高の選評が、落選のすべてを物語っています。引用してみましょう。――「全編に埋め込んだ多彩な性描写は、どれを取って見ても扇情的でありながら清潔、具体的でありながらも豊かな詩情に溢れ、ほとんど完璧、輝くような才能である。そこで逆に、結末の、HIVがらみの因果物めいた俗っぽさが気になりもする。(中略)この結末を除けば、これは永く記憶にのこる名作なのだが。(井上ひさし選評の引用)――端倪すべからざる作品である。(中略)抑制のきいた、クールな文体。確かな観察と巧みな描写。きわどい性の世界を描きながら少しも卑しくない(中略)そんな長所を感じながら、もう一作、見たい、というのが率直な印象だった。(阿刀田高の選評の引用) その後、石田衣良は『4ティーン』で、みごとに直木賞を受賞します。『4ティーン』は確かに完成された作品ですが、私は『娼年』から石田衣良作品を読みはじめてもらいたいと思っています。そして時間のある方は、『池袋ウエストゲートパーク』シリーズへと進めばいいでしょう。 石田衣良『フォーティーン』の掌編が、「びっくりプレゼント」というタイトルで、北上次郎編『14歳の本棚・初恋友情編』(新潮文庫)に転載されています。この本にはほかに、三島由紀夫「仮面の告白(抄)や佐藤多佳子「ホワイト・ピアノ」(『サマータイム』に所収)などが紹介されています。 石田衣良は、恋愛小説について、つぎのように語っています。まだまだ引き出しは、豊富なはずです。――「恋愛の短編を書くのは、自分に向いていたみたいです。小ちゃいケーキを形よくきれいに仕上げる、ケーキ職人みたいな感じですね。僕は大げさな話より、普通の女の人が、普通の男の人にふっと心が傾く瞬間がおもしろいと思うんです。そういうのって、ありそうでないでしょう。みんなが恋愛をしているような錯覚があるけど、実はみんなけっこう寂しく生きている。人生の中で恋のチャンスって、そう何回もない。その瞬間をすくいとるのが楽しいんです。(「スマートネット」の『1ポンドの悲しみ』インタビューより)『娼年』について、石田衣良は次のように書いています。――『娼年』という学生娼夫の物語の構想を練っていたころ、参考になる小説はないかと読み漁ったのである。そのなかに川端の『眠れる美女』(新潮文庫)があった。今度は一撃で打ち倒された。/文章の見事さ、感覚表現の冴え、デカダンスを突き抜け黒々と澄んだロマンティシズム。(中略)結局『娼年』は『眠れる美女』の設定を裏返した作品になった。(「文豪ナビ・川端康成」新潮文庫収載、石田衣良「幸福な日本作家」より)『娼年』を読み終えたら他の石田衣良作品はもちろん、ぜひ川端康成『眠れる美女』(新潮文庫)にも触れていただきたいと思います。(山本藤光:2009.10.22初稿、2015.06.22改稿)
2015年06月23日
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連合赤軍があさま山荘にたてこもり、宮の森シャンツェに3本の日の丸が揚がった年は、今太閤が列島改造を叫び、ニクソンが突如北京に赴いた年でもあった。高度成長期の生真面目さとエンタテインメント志向の萌芽が交錯する奇妙な季節。3億円事件を知らない世代に熱い時代の息吹を伝える、新感覚の文化評論。(「BOOK」データベースより)坪内祐三『一九七二』(文春文庫)◎「節目」の年を深堀する 私が坪内祐三を認めたのは、2003年に発行された『一九七二』(初出2003年文藝春秋、文春文庫)からでした。表題の「一九七二」は、一九七二年のことです。本書は、1972年にまつわる事件や社会事象を題材にした評論集です。雑誌「諸君!」に約3年間、連載されていました。 1972年当時の坪内祐三は、中学1年生でした。本書では意図的に、14歳の視点は抑制されています。当時の新聞や週刊誌の記事をたどり、いまの目線で事件に迫ってみせます。ちょうど30年目にタイムカプセルを開けた、45歳の思考で当時を振り返っているのです。 横井正一が、「恥ずかしながら」といって帰国します。連合赤軍事件が昼夜を問わず、テレビで実況されつづけています。雑誌「ぴあ」が創刊され、ローリング・ストーンズが入国拒否されています。本書には、32の事件や社会事象がとりあげられています。――(註:連合赤軍事件は)何人もの作家たちがこの出来事を作品化しようと試み、失敗している。小説家の三田誠広は十数年前、この事件をモデルに『漂流記1972』(河出書房新社)と題するパロディ小説を発表した。(本文P82より) この作品は私も読みましたが、薄っぺらで軽薄な内容でした。やがて文庫化されてのですが、話題にもならずに消えてしまっています。あさま山荘のことなら、大泉康雄『あさま山荘銃撃戦の深層』(上下巻、講談社文庫)と『あさま山荘籠城』(祥伝社文庫)が秀逸です。『一九七二』には、作家や評論家、雑誌記者なども多数登場します。それらの人を坪内祐三は、ばったばったと切り捨ててみせます。坪内祐三は当時の識者のコメントを引用し、それらを切捨てながら当時の深層に迫ってみせます。 私よりも一回りも若い坪内祐三の1972年に、自分のそのときを重ねてみました。私は入社3年目のサラリーマンでした。「ぴあ」もローリング・ストーンズも、私の当時とは重なりません。本書を読んで、時代とともに歩いていないサラリーマンだった、と痛感させられました。 そして自分の14歳のときを、検証してみたくなりました。私の中1時代は、どんな事件が世の中を騒がせていたのでしょうか。そんな気持ちににさせてくれた1冊でした。誰にでも「節目」の年は存在します。そんな1年にフォーカスをあてて、深堀してみることは大切なことだと思います。 ◎『考える人』もお薦めである 坪内祐三を「文庫で読む500+α」の「知・教養・古典ジャンル」の一人に選ぶことは、以前からきめていました。実は『一九七二』にしようか、『考える人』(新潮文庫)にしょうかと迷いました。自分史に関心をもってもらいたかったので、『一九七二』は貴重なナビゲーターになってくれると思って選びました。 しかし『考える人』も捨てがたい著作です。本書は季刊誌「考える人」(新潮社)に連載されていたものを、まとめた著作です。季刊誌「考える人」は私の蔵書のなかでは特等席においてあります。特につぎの2冊は宝物のように愛しています。『考える人』2011年夏号:梅棹忠夫・「文明」を探検した人『考える人』2014年春号:海外児童文学ふたたび 坪内祐三『考える人』は、小林秀雄、幸田文、植草甚一など16人の「考える」ノウハウに迫った見事な評論集です。読書人にとって評論家の文章にふれるのは、考えを深めるための一助となります。そんな意味で『一九七二』と同様に、『考える人』にも注目していただきたいと思います。(山本藤光:2010.08.11初稿、2015.06.21改稿)
2015年06月22日
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「本」が禁じられた世界、焚書官モンターグの仕事は、本を見つけて焼き払うことだった。人々は超小型ラジオや大画面テレビに支配され、本なしで満足に暮らしていたのだ。だが、ふと本を手にしたことから、モンターグの人生は大きく変わっていく……現代文明に対する鋭い批評を秘めた不朽の名作。(文庫案内より)レイ・ブラッドベリー『華氏451度』(ハヤカワ文庫SF、宇野利泰訳)◎平穏無事がなによりレイ・ブラッドベリーは、1950年に「ファイアマン」という中篇小説を書いています。それを倍の長さにまでして、3年後に書きなおされたのが『華氏451度』(ハヤカワ文庫SF、宇野利泰訳)でした。中篇小説を長篇小説に改めるのは、簡単なことではありません。残念ながら「ファイアマン」の邦訳はありません。できればどこをふくらませて、『華氏451度』が生まれたのかを検証したかったのですが。そのあたりの苦労について、レイ・ブラッドベリーは実にあっけらかんとインタビューにこたえています。――登場人物にしゃべらせただけだよ。僕に向けて、もっと話をしてくれるようにね。焚書の署長にしゃべらせ、フェイバー教授にしゃべらせ、僕はただ聞いていた。(レイ・ブラッドベリー/サム・ウェラー『ブラッドベリ、自作を語る』(晶文社、小川孝義訳P154より)――さあ、本を燃やしましょう。なぜか? これはビーティ署長に言わせよう。本は危険だからだ。本を読むと、人は考えてしまう。考えると悲しくなる。世の中には多様性なんてものを入れる余地がない。なにしろ人間てのは、ちょっとでも違ってくると喧嘩する。泣いて寝るような不幸になる。というように『華氏451度』では、すべて逆を行ってるんだ。(レイ・ブラッドベリー/サム・ウェラー『ブラッドベリ、自作を語る』(晶文社、小川孝義訳P156より)レイ・ブラッドベリーが語るように、ビーティ署長の独演はとどまるところを知りません。彼はあらゆる書物の知識をもち、自国の歴史についても熟知しています。本文からいくつか引用させていただきます。――「おれたちの仕事が、いつから開始されたかという質問だが、どのようにして、どこで、いつ、おれたちの役所が設立されたかというと、むかし、南北戦争と呼ばれる事件があったな。すでにあのころから、萌芽みたいなものがあったのだ。」(本文P115より)――「かつては書物が、ここかしこ、いたるところで、かなりの人たちの心に訴えていた。むろん訴える内容となると、書物ごとに、さまざまだった。なにしろ、まだまだ世界は、のんびりと余裕があったからだ。ところが、その後地球上は、眼と肘と口とが、ぐんぐん数をまして、人口は倍になり、三倍になり、四倍になった。映画、ラジオ、雑誌の氾濫。そしてその結果、書物はプディングの規格みたいに、可能なかぎり、低いレベルに内容を落とさねばならなくなった。わかるかね、おれのいうことが?」(本文P116より)――「平穏無事がなにより大切だ。国民には、記憶力のコンテストでもあたえておけばいい。それもせいぜい、流行歌の文句。州政府の所在地の名でなければ、アイオワ州における昨年度のとうもろこし生産量はいくらといった問題がいい。不燃焼の資料を頭にいっぱいにさせ、うんざりするほど、〈事実〉をつめこんで、窒息させてしまうことだな。(本文P130より)◎ファイアーマン密告先へ急襲主人公モンターグの職業はファイアーマンです。この時代の建造物はすべて耐火仕様となっていて、私たちの知っている消防士は姿を消しています。ファイアーマンは正式には、焚書官と呼ばれる公務員です。彼らは本を所持しているという情報を得ると、ただちに現場に急行して本を焼き払います。本を所持している人を見つけたら、密告することは市民の義務になっています。本は有害なものである、とだれもが信じています。主人公のモンターグは妻と2人暮らしです。家の壁面は大型スクリーンになっていて、24時間娯楽番組が流れています。人々は耳に小型のイヤホーンを装着しており、そこからは常時さまざまな情報がながされています。モンターグと妻のあいだで、会話らしいものはありません。これは現代社会を、予言しているような設定です。肩をよせあった友人や恋人同士が、それぞれスマホに夢中になって会話は成立していません。本離れも目に見えて顕著になっています。若者は新聞を読まなくなりました。電車のなかで本を読んでいる人はまれになりました。かわりにゲームに興じたり、メールの送受信をしたり、おまけに化粧をしていたり、といった空間にさまがわりしています。モンターグはあるきっかけで、自分の仕事に疑念をもちはじめます。17歳の少女・クラリスとの出会いがそのひとつです。彼女は自然観察や人間観察に興味をもっており、モンターグの職業について「あんた幸福なの?」と質問をします。もうひとつのきっかけは、密告をうけて老女の家を急襲した日のことです。ファイアーマンたちは、家ごと本を燃やすことにしました。ところが本の山のなかで、老女は自殺してしまったのです。そのときにモンターグは、本が命のように大切なものという価値観を知りました。モンターグの心のなかに、そんな価値のある本を読んでみたいという思いが浮かんできます。モンターグはこれまでにも、ひそかに本をもちかえっていました。モンターグは意を決して、本を開きます。それを見た妻は、猛烈に反発します。モンターグは本を1冊もって、顔見知りのフェイバー教授のもとを訪ねます。フェイバー教授は事態を理解し、本の大切さとモンターグの今後のあり方について、アドバイスしてくれます。そんなある日、密告によってファイアーマンたちは現場にかけつけます。なんとそこはモンターグの家でした。署長のビーティはモンターグに向かって、家ごと本を焼き払う処置を告げます。モンターグは火炎放射器で、署長を焼き殺してしまいます。モンターグの逃亡生活がはじまります。ロボット犬に追いかけられながら、彼は野宿をしている5人の老人グループと出会います。彼らは担当をきめ、1冊の本を丸暗記して、後世に伝えることに使命感をもっています。モンターグは彼らから、暖かく迎えられます。『華氏451度』は、ハヤカワSF文庫として新訳版(伊藤典夫訳)がでました。まだ読んでいませんが、これからも新訳版は出されると思います。それまで待ちますか? それとも今すぐに、活字本を読みますか? 皮肉なことに、新訳版はkindleで読むことができます。あなたは電子書籍に手を出しますか? それともハヤカワSF文庫に手をのばしますか?(標茶六三:2015.01.18初校、2015.06.20改稿)
2015年06月21日
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不思議なほど父を嫌っていた母は、死の床で「おとうさん」とかすれかかる声で云った──。精神を病み、海辺の病院に一年前から入院している母を、信太郎は父と見舞う。医者や看護人の対応にとまどいながら、息詰まる病室で九日間を過ごす。戦後の窮乏生活における思い出と母の死を、虚無的な心象風景に重ね合わせ、戦後最高の文学的達成といわれる表題作ほか全七編の小説集。(文庫案内より)安岡章太郎『海辺の光景』(新潮文庫)◎落ちこぼれの人生 安岡章太郎は1920年、高知で生まれています。そして2013年に亡くなりました。文壇的には「戦中派」または「第3の新人」として、くくられています。「第3の新人」は山本健吉の命名したもので、吉行淳之介(推薦作『夕暮まで』新潮文庫)、小島信夫(推薦作『抱擁家族』講談社文芸文庫)、庄野潤三(推薦作『プールサイド小景』新潮文庫)、遠藤周作(推薦作『沈黙』新潮文庫)、島尾敏雄(推薦作『死の棘』新潮文庫)、三浦朱門、近藤啓太郎などが該当します。 安岡章太郎のデビューまでの人生は、落ちこぼれの連続でした。父親が陸軍獣医だった関係で転校をくりかえし、1年浪人して慶大文学部予科へ入ります。しかし落第したまま、召集されます。そして肺疾患のために戦地から送還され、その後脊椎カリエスで療養生活をします。 その間に書いた「ガラスの靴」が芥川賞(1951年)の候補となり、1953年「悪い仲間」と「陰気な愉しみ」によって芥川賞を受賞します。この3作品は講談社文芸文庫『ガラスの靴/悪い仲間』で読むことができます。 これらの作品には軍隊でおった傷や、その後の病気の影響が色濃くあらわれています。安岡章太郎作品は、〈恥の文学〉などといわれたりもします。しかし重い足かせをはめたまま、文壇の評価は高まりました。屈辱におびえつつ、下から上をみつめる新しい感覚というのが評価のポイントです。 新潮文庫旧版の『海辺の光景』の解説は、平野謙が書いています(新版は四方田犬彦)。平野謙は安岡章太郎自身の言葉を、次のように紹介しています。――現にいまから十年前に、自分の体のなかには、「何か良くない虫」が一匹住みついていて、その虫のせいで、入学試験や入社試験には必ず落第し、恋愛をすれば必ずヘマな失敗をし、と著者自身が語ったことがある。(新潮文庫旧版、平野謙の解説より) もうひとつだけ、安岡文学に切りこんだ論評を紹介させていただきます。――自己嫌悪が自己愛を意味し、肉親への軽蔑が肉親への愛を意味する。むろんこの逆説は自身がつくりあげ自身が選びつづけた方法の必然的な帰結というほかはないが、安岡章太郎はここでその事実に正面から向き合っているといってよい。(三浦雅士『メランコリーの水脈』福武文庫P174より)◎安岡章太郎の代表作『海辺(かいへん)の光景』(新潮文庫)は1959年に発表され、野間文芸賞を受賞しています。私は安岡章太郎の代表作だと思っています。冒頭の文章は、物語を暗示する巧みな風景描写になっています。――片側の窓に、高知湾の海がナマリ色に光っている。小型タクシーの中は蒸し風呂の暑さだ。桟橋を過ぎると、石灰工場の白い粉が風に巻き上げられて、フロント・グラスの前を幕を引いたようにとおりすぎた。(冒頭より) 主人公・浜口信太郎(30歳半ば)は父・信吉(元陸軍獣医)とともに、母・チカが収容されている精神病院を訪れます。母は郷里である高知の、海辺の精神病院で危篤状態になっています。本書は母の死を看取るまでの、9日間を描いています。引用した冒頭部分は、1年前に器質性痴呆症の母を入院させるために見た風景です。そのときは寝具などを運ぶために、古い大型車を利用しています。この冒頭部分を、安原顕は誤読しています。――主人公信太郎と父信吉は、老耄性痴呆症になった母浜口チカを病院に入れに行く。これはその冒頭シーンである。(『星々峡』2000年6月号より) 冒頭部分で乗っているのは「小型タクシー」で、回想部分のものは「古い大型車」です。どうしてこんな誤読をしたのか、不思議でなりません。『星々峡』連載をまとめた単行本『乱読すれども乱心せず』(春風社)でも、修正がなされていませんでした。『海辺の光景』は「回想小説」である、とだれかが書いているのを読んだことがあります。出典を探したのですが、みつかりませんでした。母危篤の知らせを受け、母の死を看取る。いわゆる2枚のパンにはさまれた、サンドウィッチの具材は母の狂気への回想となっています。 母チカには獣医として外地を転々としていた、夫信吉の存在は希薄なものでした。息子信太郎と2人だけの日常のなかに、帰還兵として夫信吉がもどってきます。それまで支給されていた棒給がとまり、生活はたちまち困窮します。――母親にとって戦前、戦時下は、夫が家庭にいない夫不在の二十数年であり、戦後は夫は家庭にいながら夫不在の状態がそのままつづいた二十数年だった。母親には夫がただ無為な人生失格者のようにしか見えない。単純な生活とは、一個の生のなかでだけ確立する倫理であって、妻や子供にさえ理解を求めるものではない。『海辺の光景』の母は、はっきりと父親を拒否する。(川西政明『死霊からキッチンへ』講談社現代新書P71より) 母に狂気の影があらわれます。それからいろいろあって、夫婦は故郷の高知へと都落ちすることになります。行きたくもなかった夫の郷里で、母チカの痴呆症はさらに悪化してしまいます。 帰郷してからの父信吉は、献身的に妻チカを介護します。そして嫌悪していた夫信吉に、妻チカは心を許しはじめます。戦中と戦後。夫と妻。親と子。健康と病。生と死。安岡章太郎は回想のなかに、これでもかといわんばかりの、具材をつめこみます。『海辺の光景』については江藤淳が、『成熟と喪失』(講談社文芸文庫)で「母の崩壊」の象徴的な作品としてとりあげています。本書については別途、「山本藤光の文庫で読む500+α」で紹介させていただきます。ここではふれません。◎干潮のとき 病院での信太郎は、母の病室にいるか、海辺を散歩するかしか選択肢がありません。海辺で、親切な男の患者と出会います。眼前に見える島について、信太郎は男に問いかけます。男は「あれは無人島だが、ときどき病院の患者が島へ渡っている」と答えます。それから先の展開について、本文を引用させてもらいます。結末へとつながる、たいせつな部分だからです。(引用はじめ)「しかし、どうやって渡るのだろう? 泳ぐのかな、それともそのボートにでも乗って……」「どうやって渡る? それはいろいろでしょう。大昔は島とこちらの陸地とが、ひっついちょったそうで、いまでも干潮のときウマく行けば歩いても渡れるといいますがねえ」「へえ、こうやってみると随分深そうだがな」「いまは深いですよ。潮がこんで来よるから……。干潮のときは杙が下から見えてきますよ。真珠貝の養殖をやりよるんですワ」「真珠?」(引用おわり、本文P113より) 男の話では、島は観光会社に買い取られていて、観光客目当てに「男女縁結びの神」がまつられているとのことでした。世間から隔離されている病院のある陸地と、観光客目当ての無人島、そして真珠貝の養殖。これらが干潮になればつながるという設定は、じつに象徴的で巧みです。そしてこの場面はみごとにエンディングにつながります。 島は信太郎が母とだけ過ごした、時期の象徴でもあります。そこは引き潮のときだけ、渡ることができます。安岡章太郎はていねいな筆運びで、信太郎と母とが暮らした世界を、祠のある島にたくしました。 母は引き潮にもっていかれたように、あっという間に亡くなります。そして信太郎は、見なれた光景を目にします。――岬に抱かれ、ポッカリと童話風の島を浮かべたその光景は、すでに見慣れたものだった。が、いま彼が足をとめたのは、波もない湖水よりもなだらかな海面に、幾百本ともしれぬ杙が黒ぐろと、見わたすかぎり眼の前いっぱいに突き立っているからだ。(本文P165より) 真珠貝養殖のための杙を、信太郎は「墓標のようだ」と感じます。母の看病のために幽閉されていた病院は、いま新たな世界とつながったのです。(山本藤光:2013.11.15初稿、2015.06.19改稿)
2015年06月20日
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カスミは、故郷・北海道を捨てた。が、皮肉にも、北海道で幼い娘が謎の失踪を遂げる。罪悪感に苦しむカスミ。実は、夫の友人・石山に招かれた別荘で、カスミと石山は家族の目を盗み、逢引きを重ねていたのだ。カスミは一人、娘を探し続ける。4年後、元刑事の内海が再捜査を申し出るまでは。話題の直木賞受賞作ついに文庫化。(「BOOK」データベースより)桐野夏生『柔らかな頬』(文春文庫)◎桐野夏生ができるまで 桐野夏生が文壇デビューしたのは、江戸川乱歩賞を受賞した『顔に降りかかる雨』(講談社文庫)の評価からです。桐野夏生は大学を卒業後は野原野枝実の筆名で、マンガの原作を書いたり、ジュニア小説を手がけていました。『顔に降りかかる雨』よりも約10年前には、「愛のゆくえ」(1984年)という作品でサンリオロマンス賞佳作になっているほどです。 さらに文芸誌の新人賞にも、挑戦しています。私の古い「藤光日誌」には、つぎのような記載があります。(引用はじめ) 古い文芸誌を整理していました。1992年12月の「文藝」がありました。大掃除のとき、畳の下から出てきた古新聞に読みふける。こんな状態でページをくくりました。この号では、第29回文藝賞が発表されています。受賞作は三浦恵『音符』、佳作に真木健一『白い血』が選ばれています。 選考リストには、第2次予選まで残った作者と作品名がならんでいます。そのなかに、桐野夏生『あたしの東京ランドスケープ』がありました。 つまり『顔に降りかかる雨』(初出1993年、現・講談社文庫)以前に、雑誌「文藝」の新人賞にもチャレンジしているのです。「あたしの東京ランドスケープ」とは、どんな作品だったのでしょうか? 残念ながら読むことはできませんが、その後桐野夏生は、『柔らかな頬』(文春文庫)で直木賞作家にまでのぼりつめました。 努力は継続すべきなのです。桐野夏生には努力のほかに、ちょっぴり才能があったのでしょう。漫画の原作、サンリオロマンス賞の佳作、文藝での落選。そんな世界からはいあがってきた桐野夏生は、いまもっとも輝いている作家のひとりです。(引用おわり「藤光日誌」2000.07.12より) 桐野夏生が『顔に降りかかる雨』に登場させた女探偵・村野ミロは、その後『天使に見捨てられた夜』へと書きつながれます。桐野夏生作品の魅力は、犯罪と犯罪の根底にある社会や人々を、ていねいに描いている点にあります。なかでも直木賞を受賞した『柔らかな頬』は、その集大成といえます。◎第一級のハードボイルド作家 桐野夏生は『柔らかな頬』を、女探偵ミロ・シリーズの第3作として考えていました。デビュー作でもあるミロ・シリーズ第1作『顔に降りかかる雨』(1993年講談社)、第2作『天使に見捨てられた夜』(1994年講談社)につづく作品のはずでした。 そして日本推理作家協会賞を受賞した、『OUT』(1997年講談社)よりも先に刊行する予定だったのです。『柔らかな頬』は、難渋しました。そのあたりのこと、を作者自身は次のように書いています。 ――私は改稿などという生易しい考えを捨てた。設定と登場人物は同じでも、思い切って新しい小説を書くことにしたのだ。ミロを外し、書き込みたいと思っていた母親を主人公にする。(「本」1999年5月号)『柔らかな頬』は、幼児失踪をテーマにしています。主人公・カスミは、高校卒業と同時に、北海道の漁村から〈脱出〉します。その後、カスミは勤務先である、東京の製版会社社長・森脇と結婚します。 カスミは有香と梨沙の2人の娘に恵まれます。そんなころカスミは、社員4人の会社を懇意にしてくれるデザイナー・石山との不倫に走ります。石山の口ききで、2つの家族が北海道支笏湖湖畔の別荘に集います。そしてカスミの長女・有香が忽然と姿を消すのです。 小さな山中の別荘地で起こった事件。カスミと石山の不倫の発覚。物語は隣人が失踪の犯人ではないかとの疑念に、不倫の疑念が重なり複雑にからみ出します。石山が離婚し、カスミと夫の仲にも亀裂が生じます。有香を探しつづける現在のカスミに、家出をして以来一度も両親に連絡していない自身の過去が重なります。 4年間も行方不明の娘・有香を探すカスミ。10年間も両親と音信不通のカスミ。桐野夏生は、カスミに微かな希望を与えつづけます。その理由を作者自身がこう書いています。 ――希望というものは、願いが叶った時のイメージが明確でなくては段々と力を失う。イメージという名の肥料をやり続けなければ、痩せていくものなのだ。(「本」1999年5月号) カスミのもとに、癌に侵されて死期の迫った元刑事・内海が助っ人として現れます。ここからストーリーは、起伏に富んできます。死と隣り合わせた内海の登場で、行方不明の娘の生死の問題がより鮮明になるのです。生きているという微かな希望を、バネにしてきたカスミに変化がうまれます。 ――だけど、私、有香が死体で見付かったら、どうやって生きていったらいいのか不安。だって、有香を探すからこそ生きてきたんだもの。(本文より)『柔らかな頬』は、『OUT』に勝るとも劣らない傑作です。最後まで息が抜けませんし、作品全体をひっぱる〈失う〉ことの重さが効いています。この作品は〈今あるところ〉から一つひとつ、なにかが剥がれていく孤独を描いています。 安部公房の『砂の女』を連想させられる冒頭であり、結末でもありました。人間には2つの希望があります。それは巣ごもりたいという希望と、飛び立ちたいという希望です。女探偵ではない母親を、主人公にしたのは作品に厚みをつけました。◎あの福田和也が絶賛している あの毒説・辛口の福田和也は、桐野夏生を高く評価しています。評価しているというよりも、その可能性に期待を寄せています。ずっと以前に読んだ『柔らかな頬』を、文春文庫で再読して驚きました。なんと文庫解説に、福田和也の名前があったのです。 福田和也は著作『作家の値うち』(飛鳥新社)で、石原慎太郎『わが人生の時の時』(新潮文庫)や村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』(全3巻、新潮文庫)を、最高の作品として評価している批評家です。最低の作品には、船戸与一作品をごていねいにも8つならべています。独断と偏見の批評家が解説を書いているのですから、正座して読まなければなりません。福田和也のありがたい文庫解説をご紹介しましょう。 ――(註:ゴーゴリー『外套』と対比させて)桐野夏生氏の小説世界も、救いがない。救済というようなごまかしを、一切振り捨てたところから氏は書き出している。読者が求めがちな、納得とか、満足とか、カタルシスを一切与えない。ときにそのような桐野氏の冷たさ、つれなさ、酷薄さに読者は溜め息をつき、天を仰ぎ、怒ることさえある。(文庫解説より) 福田和也は、桐野夏生を認めています。そして「桐野氏にたいして、私が敬意を抑えられないのは、自らにたいする、比類ない厳しさのためだ。氏ほど、安住という言葉と縁の遠い作家はいない」とまで書いているのです。 ちなみに『作家の値うち』では、『柔らかな頬』は88点。まあまあの評価が下されていました。私の『柔らかな頬』も同じような点数でした。ただし石原慎太郎『わが人生の時の時』への評価は、福田よりもはるかに低いものです。まあ好き嫌いの範ちゅうなのでしょうか。 桐野夏生『柔らかな頬』を、レイモンド・チャンドラー『長いお別れ』(ハヤカワ文庫)とならべて、評価する評論家がいます。これはチャンドラーに失礼です。桐野夏生はまだまだこれからの作家です。◎『玉蘭』も捨てがたい『玉蘭』(文春文庫)も、これまでの桐野夏生作品と同様のしくみになっています。相変わらず、チャンドラーの匂いは残ったままです。桐野作品では、真綿で締めつけられるような世の中の仕組みに、いずれの主人公も果敢に挑戦します。その立ち位置が読者にはたまらないのです。もう1冊、女探偵の登場しない作品をお薦めさせていただきます。 広野有子は医師である恋人・松村と別れて、上海の留学生寮にいます。有子の鞄のなかには、大叔父・質(ただし)が書いた『トラブル』という航海日誌風の文章が入っています。質(ただし)は生きていれば百歳近いのですが、52歳のときに弟宛てに遺書を書き失踪しています。 その質(ただし)が幽霊となって、不眠症で悩む有子のもとに現れます。失踪した大叔父の話も『トラブル』の存在も実話でした。桐野夏生はこの話を15年も温めていました。前作『光源』(2000年文藝春秋、文春文庫)を読んだ人なら、この逸話の記憶があるかと思います。『玉蘭』は過去と現在の時空間が、交錯する展開になっています。また7つの章は、それぞれが別の視点で描かれています。本来なら読みにくいはずなのですが、なんの不自然さも感じませんでした。それが桐野夏生の筆力なのでしょう。『玉蘭』は有子と松村、有子と他の留学生、質とその妻・浪子がひとつの核となった物語です。有子と大叔父である質の間には、2世代ものときの流れがあります。その2人が交錯します。 桐野夏生の主人公は、きまって今あるところから出てゆきます。出ていっても日常は変わりません。ところがなにかのきっかけで、突然日常がゆがんでしまいます。ここからが桐野作品のおもしろさになります。『玉蘭』は広野有子を中心に展開されますが、第3章からは質(ただし)にスポットがあたります。時代を超えた2つの物語は、男と女の固有名詞の関係で意外な結末を迎えます。 エピローグは、桐野作品ではじめての展開になります。いつもは「?」で終る作品とはちがった、クリアな結末になります。エピローグを楽しみに、読み進めていただきたいと思います。新しい桐野夏生の世界が、きっと見えてくるはずです。(山本藤光:2010.03.23初稿、2015.06.18改訂)
2015年06月19日
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10頁読めば一見識が生まれる。一夜にして書物の見方をあらためさせる。日本人全体の読書術の師範となるにふさわしい。…数々の喝采を浴びた文字通り恐るべき1冊、コラム書評のまさに金字塔だ。書物とその周辺の鬱蒼たる世界を語りつづけて15年、現行流布本に150篇を加え総項目455篇、ゆるぎない完全編集成る! (「BOOK」データベースより)谷沢永一『紙つぶて(全)』(文春文庫)◎欲のふかい企図『紙つぶて』は昭和44年から、「大阪読売新聞」月曜日の夕刊で連載されました。谷沢永一はユニークな書評コラムをもうけたいとの相談に、親身になってアイデアをだしました。アイデアとその後のてんまつについて、すこし長いのですが「後記」から転載させていただきます。――書評頁の一角に位置する以上、話題を新刊書に発すべきは動かぬにしても、できれば時間の流れを自由にさかのぼって様ざまな旧刊書と結びつけ、各種既刊書への回顧と連想をかねた新刊案内を試みながら、姿勢としては広く出版活動全般および書評趨勢の検討を心がけ、同時にまた、十分にはまだ知られていない価値ある出版物の発掘紹介検証にも意を用い、あいなるべくは書物好きにとって耳寄りな一寸した文化史的エピソードを挿入する、というような案はいかが、と気楽な他人事のつもりで口走ったところ、そんな欲のふかい内容が実現する筈は絶対にないにしても、そういう企図そのものはいちおう結構であるようだから、へらず口をたたくだけでなく、見本をすこし自分で書いてみよ、との予期せぬ指示が返ってきた。(『紙つぶて(全)』の後記より) 谷沢永一は1929年生まれで、2011年に没しています。その間にたくさんの著作を発表しました。谷沢永一の著作の特徴は、白黒を明確につける点にあります。たとえば『悪魔の思想』(クレスト社)では、著名な文化人批判を過激に展開しました。大江健三郎、加藤周一、丸山真男、鶴見俊輔などがばっさりと切り捨てられています。いっぽう司馬遼太郎や開高健にかんしては、絶賛する著作を残しています。『司馬遼太郎の贈りもの』『回想・開高健』(ともにPHP文庫)は、代表的な著作です。 ちなみに『紙つぶて(全)』(文春文庫)のなかでも、加藤周一や丸山真男への批判が掲載されています。大江健三郎は本書では無視されています。 私にとっての谷沢永一は、読書のナビゲーターの役割でした。『紙つぶて(全)』は、いまだに大切な蔵書のひとつです。すっかり黄ばんでしまい、当時引いた赤線が薄れてしまっています。455の作品に言及した本書は、書評コラムとしてゆるぎない評価を受けています。谷沢永一は書評の現状を憂いています。――現代の書評は空砲である。実弾をこめずに音だけ聞かせる儀式にすぎない。何故そうなったのか、書評が高尚になりすぎたからである。本来はスーパーやコンビニの如く直ぐ間に合う気易い店であった筈の書評が、貴金属店のように瀟洒で豪華な店構えとなり、容易には近寄りがたくなったからである。(谷沢永一『人間通』新潮文庫P118より) 新聞に掲載されている書評は、どれも学問の世界のものです。私のような平凡な人間には、まったく無縁な本ばかり紹介されています。谷沢永一『紙つぶて(全)』には、社会の匂いがあります。あるいは喜怒哀楽が露骨にあらわれています。丸谷才一は谷沢永一の訃報にせっして、こんな文章を書いています。――谷沢永一は、近代日本文学の学者としては珍しく文学がわかる人だった。いはゆる近代日本文学研究は、文学の魅力に対して鈍感と言ふよりもむしろ無感覚な人士によっておこなはれるのが普通だけれど、彼は極めて稀な例外に属してゐて、文学の美的な局面にも長けてゐた。まづ第一に文学作品の読者としての資質に富んでゐた。さういふ人物が精力的に探究したのだから、瞠目に値する成果をあげたのである。(丸谷才一『別れの挨拶』集英社より)◎大家巨匠にも容赦のない筆誅『紙つぶて(全)』はわかりやすい言葉で、1冊の著作から広く深い世界へと導いてくれます。1例をしめしてみます。――わが国のSFの開拓者の一人星新一に『人民は弱し官吏は強し』(昭和四十二年三月・文藝春秋)と題する異色作がある。これは小説ではなく、著者の父、星製薬社長・星一の回想風評伝であるが、日本の近代社会史研究の文献としても興味深いものだ。こんど新しく角川文庫に入って安価で広く読まれることになったのは喜ばしい。アメリカ帰りの、楽天的な理想主義者が、大正期の政党支配の官僚制と戦って敗れてゆく、一篇の悲話だ。(本文P133より) 谷沢永一は「星新一はSF開拓者の一人」と書いています。知識をひけらかしたいのなら、戦前の空想科学小説の開祖・海野十三や押川春浪などの名前をあげています。さらに小松左京、半村良、筒井康隆の名前をならべ、さらに手塚治虫にまで言及するところです。それを「〇〇のなかの一人」と書くところが、谷沢流なのです。読者に考えさせる余地を残すのが、谷沢の文章の味になっています。 これは600字という、コラムの制限から生まれたのでしょう。谷沢はどの部分を読者の想像力にまかせるべきか、どの情報はしらせておくべきか、を的確に判断しました。私は谷沢永一の本書コラムと、「日刊ゲンダイ」に連載されていた「狐」(山村修)のコラムを高く評価しています。狐の書評は、『水曜日は狐の書評』『もっと、狐の書評』(ともにちくま文庫)で読むことができます。「山本藤光三の文庫で読む500+α」では、山村修の『遅読のすすめ』(ちくま文庫)を推薦作にしています。 最後に向井敏の文章を、引用させていただきます。まさにそのとおりなのです。――書物随筆とはいっても、これはあたりさわりのない自家用の読書感想集のたぐいではない。身銭を切って本を買う読者のために、責任をもって明確な評価をくだすという姿勢でつらぬかれていて、世に埋もれた名著があれば慈眼をもってその美質をたたえ、名のみ高くて内容の乏しい著作に対してはどんな大家巨匠の作であっても容赦なく筆誅を加える。わけても愚書駄本を糾弾する筆鋒のきびしさはほかに例を見ず、はじめてこの本に接した読者をたじろがせるかもしれない。(向井敏『本のなかの本』(中公文庫より)(山本藤光:2013.12.01初稿、2015.06.17改稿)
2015年06月18日
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雪の降る大晦日の晩、一本も売れないマッチを抱えた少女。あまりの寒さに、一本、もう一本とマッチを点していくと……。全15編。(文庫案内より)◎まず『アンデルセン自伝』から幼いころにアンデルセン『マッチ売りの少女』を読んで、なんと残酷な話なのだろうとショックを受けました。大人になってから、新潮文庫でアンデルセン『絵のない絵本』『人魚姫』『おやゆび姫』『マッチ売りの少女』の4冊を読みました。やはり幼いころの印象と同じでした。世界的な童話作家アンデルセンって、どんな人なのだろうか。著者の生涯を、さぐってみたくなりました。『アンデルセン自伝』(岩波文庫、大畑末吉・訳)と『アンデルセン自伝・ぼくのものがたり』(講談社、高橋健二・訳、いわさきちひろ・絵)という作品がありました。それぞれの冒頭を引いておきたいと思います・――私の生涯は波瀾に富んだ幸福な一生であった。それはさながら一編の美しい物語(メルヘン)である。貧しい少年だった私がただ一人世のなかへ乗り出した当時、運命を支配する女神があらわれて、「さあ、お前のすすみたいと思う道と志とを選びなさい。そうしたら、お前の魂のそだつにつれて、この世の道理にかなうように、お前を守って導いてあげよう。」といわれたとて、私の運命はこれほどまで幸福に、賢明に、そしてたくみに導かれはしなかったろう。(『アンデルセン自伝』岩波文庫、大畑末吉・訳より)――わたしの一生は美しい童話です。/たいそうゆたかで幸福な童話です。まずしい少年のわたしが、ひとりぽっちでひろい世間にでたとき、人の運命をうごかす女の魔法使いが、わたしにむかって、/「じぶんのすすむ道と目当てを、じぶんでえらびなさい。そうしたら、おまえの心がのびていくにつれ、この世の道理にかなうように、わたしがおまえを守ってみちびいてあげるよ!」/といったとしても、わたしの運命を、わたしのこれまでの一生を、もっと幸福に、もっとじょうずに、もっとりこうにみちびくことはできなかったでしょう。(『アンデルセン自伝・ぼくのものがたり』講談社、高橋健二・訳、いわさきちひろ・絵より)私はいわさきちひろの絵が好きなので、講談社版で読みました。なんと110点もの絵が収録されており、アンデルセンの文章にやさしさをそえてくれています。『アンデルセン自伝』は童話を読む前に、ぜひ読んでおいていただきたいと思います。アンデルセン自身の生い立ちや童話を生みだす話などが披露されています。純粋無垢な人が描いた童話として、アンデルセン作品を読むのか。アンデルセンの生い立ちのなかから、孤独の影を見出して読むのか。これだけで作品は、まったく異なった味わいとなります。◎アンデルセンの孤独とエゴイズム花田清輝『復興期の精神』(講談社文芸文庫、山本藤光推薦作)のなかに、トルストイがゴーリキーに「あなたはアンデルセンのお伽噺が好きですか」とたずねる逸話が紹介されています。トルストイは「アンデルセンは非常に孤独であった」と感じています。花田清輝の文章を紹介します。――あれほどたくさんの人びとから愛されていた筈のアンデルセンを、断固として孤独だったと主張する。このトルストイの観察は、かれがアンデルセンの生活を知らなかったために犯した誤りにすぎないであろうか。私はそうは考えない。このばあい、トルストイの観察は、あくまでも正しい。彼は適確にアンデルセンの芸術の秘密をつかんでいるのだ。(花田清輝『復興期の精神』講談社文芸文庫P153より)花田清輝はトルストイに同意した理由を、つぎの作品で証明してみせます。――第一作の『火打箱』(補:新潮文庫『おやゆび姫』収載)からうかがわれるものは、当時、かれが孤独である上に、貧乏でもあり、なんとかしてこの窮地を打開したいと思いつめていたにちがいないということだ。お金が欲しい、そのためには、魔女の一人や二人くらい、殺したところで構わないと考えている。(花田清輝『復興期の精神』講談社文芸文庫P155より)――第二作『小クラウスと大クラウス』(補:新潮文庫『おやゆび姫』収載)は、もっと猛烈だ。お金を儲けるためなら、この二人の主人公は、どんなことでもする。魔女ならまだ弁解の余地もあるであろうが、自分のお婆さんを殺して、その死体をかついで、町に売りにいったりするのだ。(花田清輝『復興期の精神』講談社文芸文庫P156より)私が幼いころに感じていた残酷さの背景には、アンデルセンの孤独と貧乏があったようです。池内紀も著作のなかで、同じような見解を示しています。――アンデルセン童話は、そのひそかな捏造において、痛烈な風刺である。そこには人間的な、あまりにも人間的な冷酷さや偽り、利己主義、偽善ぶり、権力欲といったものが、あますところなく描かれている。(池内紀『読書見本帖』丸善ライブラリーP137より)私があえて、『マッチ売りの少女』(新潮文庫)を推薦作として選びました。本書には表題作のほかに、私の好きな「はだかの王さま」や「雪の女王」が収載されています。「雪の女王」はディズニー映画(アナと雪の女王)となって、大ブレイクしています。「はだかの王さま」は、芥川賞を受賞した開高健『裸の王様』(新潮文庫)の書評を書いています。誰もが知っている童話ですが、あえて紹介させていただきます。◎マッチ売りの少女「マッチ売りの少女」は残酷な話です。寒いおおみそかの晩に、少女はマッチを売りに出ています。はだしの足に、母親の大きなスリッパをはいています。しかしスリッパも失ってしまいました。マッチはまったく売れません。そのまま家へ帰ると、父親に殴られてしまいます。寒さに耐えられずに、少女は1本のマッチでわずかな暖をとろうとします。雪が降っています。少女はマッチの炎のなかに、温かい部屋やおいしそうな料理を見ます。クリスマスツリーも見ます。そしてやさしかった、死んだおばあさんの姿を見ます。佐野洋子の著作に『嘘ばっか・新釈世界おとぎ話』(講談社文庫)があります。そのなかに「マッチ売りの少女」が収載されています。佐野洋子はマッチの炎について、こんなふうに書いています。――いったい、あの子は炎の中に、なにを見てたのでしょう。この世とひきかえにしても、なおかつ見たかった炎とは、いったいなんだったのでしょう。(本文P82より)少女は炎のなかに「見たかったもの」があったのでしょうか。寒さに耐えかねて、暖をとるためにマッチをすったら、たまたま炎のなかにさまざまなものがあらわれた。私はそう読んでいます。松本侑子の著作も紹介させていただきます。こんなふうに書いています。――(補:イソップ同様に)アンデルセン童話においても、女性への歪んだ意識が感じられる。たとえばマッチ売りの少女は子どもという半人前、人魚姫は半人半魚という半人前だ。そんな大人の女性よりもさらに弱い存在を、アンデルセンは、これでもかというほど痛めつけてから死なせる。アンデルセンは生涯独身だったが、彼の複雑な女性観がうかがえるところだ。(松本侑子『グリム、アンデルセンの積み深い姫の物語』角川文庫P202より)◎雪の女王カイという男の子が、雪の女王にさらわれます。女の子のゲルダは、たったひとりでカイをさがす旅にでます。そしてさまざまな試練をのりこえます。『アンデルセン自伝・ぼくのものがたり』のなかに、こんなことが書かれています。――台所からはしごをのぼると、屋根裏部屋にあがれました。となりの家のほうにつづいている樋(とい)の中に、土をもった大きな箱がおいてありました。それに野菜が植えてありました。母の庭といえば、それだけでした。この庭は、「雪の女王さま」というわたしの童話の中で、花をさかせつづけています。(『アンデルセン自伝・ぼくのものがたり』講談社、高橋健二・訳、いわさきちひろ・絵P13より)この部分には、小川洋子も着目しています。著作のなかから引用させていただきます。――つましい生活の足しにしようとしてお母さんが植えた、箱の中の細ネギとパセリ。この記憶が、カイとゲルダの家の間に咲いていたバラのイメージを生みだしたのかもしれません。(小川洋子『みんなの図書室2』PHP文芸文庫P201より)小川洋子の文章を、もうすこし引用させていただきます。――カイとゲルダの家の間に咲いているバラの花が、本書では大切な役割を担っています。ゲルダにとって、バラがカイを象徴するものでした。ゲルダが涙をこぼした、ちょうどそこからバラの木が生え、それにキスをすると同時にカイの面影が胸に浮かぶ、という印象的な場面が出てきます。(小川洋子『みんなの図書室2』PHP文芸文庫P200-201より)この場面は私も、ぜひ映像で見たいと思います。映画のコマーシャルを、何度かTVで見ました。◎はだかの王さま有名な場面をおさらいしておきましょう。ある日王さまのところへ、ふたりのうそつきがやってきます。――(前略)「その織物でこしらえた着物は、まことにふしぎな性質をもっておりまして、自分の役目にふさわしくない人や、どうにも手のつけられないようなばかもの(補:「ばかもの」に傍点)には、この着物はみえないのでございます」と、言いふらしました。(本文P49より)◎最後に最後に『アンデルセン自伝』の読みどころを、紹介させていただきます。――『アンデルセン自伝』を冷静に読んでみると、彼の言う「精神の王国においては低い位置にある人」たちによる「非難」のかなりの部分は、アンデルセン自身の被害妄想的な性格から来ているのではないかと思えるところがある。なんの証拠もないのに天才だと思い込むその「根拠なき確信」が、周囲を顰蹙させたのだ。(鹿島茂『悪の引用句辞典』中公新書P169より)ともあれ『アンデルセン自伝』は、ぜひ読んでください。できれば、いわさきちひろ・絵を楽しんでもらいたいと思います。(山本藤光:2013.09.09初稿、2015.03.14改稿)
2015年06月17日
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国立大学の医学部第一外科助教授・財前五郎。食道噴門癌の手術を得意とし、マスコミでも脚光を浴びている彼は、当然、次期教授に納まるものと自他ともに認めていた。しかし、現教授の東は、財前の傲慢な性格を嫌い、他大学からの移入を画策。産婦人科医院を営み医師会の役員でもある岳父の財力とOB会の後押しを受けた財前は、あらゆる術策をもって熾烈な教授選に勝ち抜こうとする。(「BOOK」データベースより)山崎豊子『白い巨塔』(全5巻、新潮文庫)◎そこまでやるのか 若いころはMR(医薬情報担当者)として、大学病院を担当していました。したがって、大学病院の構造は熟知しています。教授の仕事は多岐にわたります。優れた業績をあげること、研究費を集めること、関連病院を拡充すること、患者さんから信頼されること……。 優れた業績をあげるためには、有能な医師を育てなければなりません。医師を支えるスタッフ(看護師など)も確保しなければなりません。画期的な論文を発表し、学会での地位も高めなければなりません。患者さんの評価も得なければなりません。 医局運営を円滑にするためには、病院からの補助金だけでは足りません。製薬会社や臨床試験会社からは、さまざまな依頼が舞い込みます。新薬を生むためには、臨床実験は必須です。当然謝礼をもらいます。優れた業績がなければ、これらの依頼はきません。学会での地位を高めるのも、優れた業績がなければ実現しないことです。 大学病院の医局は、教授、准教授、講師という3層になっています。教授は病院の教授会で、選ばれるのが普通です。『白い巨塔』(全5巻、新潮文庫)の主人公・財前五郎は准教授(以前は助教授といわれており、本書では助教授と表記されています)の地位にあります。野心家であり、手術の腕も高く評価されています。当然次の教授のポストをねらっています。 舞台は国立浪速大学病院の第一外科です。財前准教授は食道噴門癌の手術を得意としています。評判を聞いて、当然たくさんの患者さんが集まります。また有力者からの特別診察依頼も殺到します。財前五郎の鼻はますます高くなります。第一外科教授・東貞蔵はもうすぐ引退ですが、財前を快く思っていません。 国立浪速大学病院の第一外科の次期教授をめぐり、さまざまな思惑がうごめきはじめます。東教授は財前ではなく、他大学から候補を選ぼうとします。教授会のメンバーである他科の教授たちにも、それぞれに強い思惑があります。 財前には産婦人科医院を開業している、義父・又一がいます。財力と人脈を駆使して、彼を熱烈に支援します。山崎豊子はどろどろした世界を、みごとな筆さばきで読者に突きつけてみせます。このあたりについてふれている、文章を紹介させていただきます。――財前君の周囲は、財前君を教授にするために、えげつない票集めに奔走する。札ビラ切りまくりだ。もちろん財前君本人も、部下を使って裏工作に余念がない。「そこまでやるか!」と読んでいていっそ快感を覚えるぐらい人間関係がねっとりしている。(三浦しをん『三四郎はそれから門を出た』ポプラ文庫P132より) 財前との対極として配置した、第一内科准教授教・里見脩二は研究一筋の男で、出世欲とは無縁です。後半では影のような存在だった里見准教授にも、スポットがあたるようになります。山崎豊子は里見准教授を、陽のあたらぬ主人公として設定しています。――りっぱな医学者の人間像を、私は、小説の中の里見助教授に投影したつもりであるが、(中略)権力と名声に包まれた財前教授のような医者の心の中にある醜い欲望や冷酷さは、小説という形の中でしか強烈に描き出せない。それで私の心の中にある主人公は里見助教授でありながら、あえて財前五郎を強烈に描いた。(『作家の使命私の戦後・山崎豊子自作を語る・作品論』新潮文庫P156より) 書類審査の結果、教授候補には財前をふくめた3人が選ばれます。そして投票が実施されますが、いずれも過半数に達しません。上位2名の財前と葛西の間で決選投票がおこなわれることになります。葛西は徳島大学教授で、財前のまえの准教授だった人です。ここからは、自民党や民主党の党首選挙と同じ展開となります。落選した候補の、票のとりこみが激化するのです。なりふりかまわぬ、という言葉がこのためにあるのか、と思わせられるほど財前派は暗躍します。 結局、僅差で財前は浪速大学病院第一外科教授となります。物語はまだまだ先へと続きます。しかしストーリーを追うのは、このあたりまでとさせていただきます。ここまでが前編にあたる部分です。山崎豊子は自著のなかで、全編のエンディングのイメージを次のように語っています。――『白い巨塔』の前編も、財前教授は悪辣な方法をもって教授選に当選して栄光の座につき、里見助教授は大学の裏門からボロ屑のように吐き出されて出ていく。そういうシーンが最初に頭にあるわけです。(『大阪づくし私の産声・山崎豊子自作を語る・人生編』新潮文庫P116より)◎猛反発と取材拒否 山崎豊子は1924年に、大阪で生まれました。現在の京都女子大を卒業して、毎日新聞大阪本社に就職します。調査部から学芸部に異動したとき、上司になったのが副部長の井上靖(推薦作『天平の甍』新潮文庫)でした。井上靖の芥川賞受賞(1950年『闘牛』新潮文庫)に刺激をうけて、山崎豊子は33歳のときにデビュー作『暖簾』(新潮文庫)を発表します。本書は生家(老舗の昆布商店)をモデルにしたものです。 そして34歳のときに、『花のれん』(新潮文庫)で直木賞を受賞しています。こうなることを、上司だった井上靖は見通していたようです。部下の山崎豊子は熱心な取材をしますが、筆が遅すぎるきらいがありました。したがって井上靖は、時間がかかってもよい特集記事を担当させることにしました。また小説を書きたいという夢についても、身近な世界なら1つぐらいは小説になるとアドバイスしています。(『山崎豊子自作を語る』新潮文庫を参考にさせてもらいました) 山崎豊子が社会派作家と呼ばれるようになったのは、1963(昭和38)年から連載を開始した『白い巨塔』がきっかけでした。大学病院の現実を描いた作品は、大きな話題となりました。その後『白い巨塔』は、田宮二郎主演で映画化やテレビドラマ化されました。今回執筆にあたり再読しましたが、どうしても財前五郎が田宮二郎と重なってしまいました。 本書は阪大医学部をモデルにしたものではないかと、とりざたされました。そのために多くの病院から、取材拒否にあいました。このあたりの苦労については、『作家の使命私の戦後・山崎豊子自作を語る・作品論』(新潮文庫)にくわしく書かれています。『白い巨塔』の後編には、誤診裁判の模様がつづられています。これについても、医学界からの反発はすさまじいものだったようです。『白い巨塔』は取材魔といわれたほどの、山崎豊子以外には書けない作品です。医学界からの猛反発と取材拒否。専門用語の多い作品を、一般の読者にわかりやすい表現に改める。とんでもない連載は、1年9カ月もつづきました。山崎豊子の執念が書かせた、金字塔こそ『白い巨塔』なのです。――私の取材は、ただ直腸ガンの手術はこんなふうな順番でやるとか、そういうことではないんです。その主人公がメスを持ってるときでも、思い入れがあるでしょう。性格の反映があるでしょう。(中略)メスの持ち方一つでも性格が現れていなければ、その作品は多くの人をうたないし、読まれないんじゃないですか。(『大阪づくし私の産声・山崎豊子自作を語る・人生編』新潮文庫P122より) 引用させていただいた著作(人生編)の最後に「こぼんちゃん・おわりに」というエッセイがあります。船場育ちの山崎豊子は、幼いころに「こぼんちゃん」と呼ばれていたようです。大阪弁では「小さなやんちゃな男の子」という意味です。そしてこんな言葉で結ばれています。――『白い巨塔』あたりから、メディアに〈社会派作家〉なる肩書をつけられるようになったが、弱い立場の人を見過ごせない、不条理を許せないという元来の性格が、たまたま社会的テーマに広がっただけである。/私の小説家としてのルーツは、長らく気づかなかったが、〈こぼんちゃん〉時代にあったようだ。二〇〇九年十一月。 自信を持って、山崎豊子『白い巨塔』を推薦させていただきます。(山本藤光:2012.09.14初稿、2015.06.15改稿)
2015年06月16日
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もう神様にお願いするのはやめよう。―どうか、どうか、私。これから先の人生、他人を愛しすぎないように。他人愛するぐらいなら、自分自身を愛するように。哀しい祈りを貫きとおそうとする水無月。彼女の堅く閉ざされた心に、小説家創路は強引に踏み込んできた。人を愛することがなければこれほど苦しむ事もなかったのに。世界の一部にすぎないはずの恋が私のすべてをしばりつけるのはどうしてなんだろう。吉川英治文学新人賞を受賞した恋愛小説の最高傑作。(「BOOK」データベースより)山本文緒『恋愛中毒』(角川文庫)◎主人公が「僕」から「私」に イントロダクションでの主人公は「僕」でした。別れたいと思っている恋人の、執拗な追っかけに悩んでいます。住まいを移し、仕事も変えました。「僕」が新たに勤めたのは、芸能人・創路(いつじ)功二郎の事務所でした。その事務所に、水無月という45、6歳くらいの女性スタッフがいました。 ストーリーが次の章に進むと、突然主人公が「私」に変わっています。読み間違ったのかと思って、ページを戻したほど意外でした。いくら読み返してみても、主人公は水無月美雨になっています。 私には、主人公が入れ替わる必然性が理解できませんでした。創路という名前も、最後まで読むことができませんでした。面倒だからルビがないときは、釧路と馴染みの呼称におきかえていたほどです。 水無月は離婚して、弁当屋でアルバイトをしていました。そこに創路が、買い物にやってきます。水無月は創路のファンでした。創路の求めに応じてアルバイトを辞め、いつの間に創路の愛人兼秘書兼運転手兼雑用係になっていました。 小さな創路のオフィスには、陽子と千花という女性事務員がいました。彼女たちは「羊ちゃん」と呼ばれ、求めに応じていつでも創路と寝ていた経歴を持っています。創路は勝手気ままな男であり、先妻と別れていまは若い奥さんと暮らしています。水無月がはじめて創路のオフィスを訪れた日、陽子と次のような会話をしています。以下引用させていただきます。(引用はじめ)「先生の新しい恋人なんでしょう?」 まったく何でもないことのように彼女は聞いてきた。私はすかさずそれそ否定した。「違います」「いいのよ別に。先生は公私混同が好きだから」「だから違いますって」「先生は馬鹿だから、一回やると愛着が湧いちゃうのよ」(引用おわり)◎純文学の衣を着たミステリー「僕」が「私」に変わることについては、あえてふれません。作品の最後で私は、「なるほど」とうなってしまいました。それまでは、意味のない構成だと思っていたのです。 山本文緒はいやらしい女性を描く、天才なのかもしれません。水無月は職場の後輩にたいしても、ていねい語を用います。ていねい語というのは、相手をうやまって用いるのが普通です。でも水無月の場合は、違います。同化したくない、というきっぱりとした意識の表出が、ていねい語となってしまうのです。 最初のうちは誰もが、組しやすい相手だと心を開いてしまいます。しかし少しずつ、一風かわった本性が透けてみえはじめます。離婚した元夫、友人であり編集者である荻原、事務所の同僚たち、創路の元愛人、創路の後妻、前妻の娘、創路の前妻、そして創路功二郎にまで、それがおよびはじめるのです。 山本文緒は、この作品でブレイクしました。多くの評論家は口をそろえてそう言います。コバルトの延長線上に、飛躍の踏み台があったのでしょう。山本文緒は自らのHPに、次のような文章を掲載しています。 ――別居期間中コバルトの大先輩だった唯川恵さんと親しくなって受けた影響は、すごく大きかった。(中略)たくさんお酒おごってもらったし、ホテル代とかタクシー代がないから何度も泊めてもらったし、本当にご迷惑をかけ、かつ助けてもらいました(笑)」 創路先生のモデルは、唯川恵だったのです。作品を読んでいて、筒井康隆のイメージがついてまわったのですが、この一文にめぐりあって、胸のつかえが消失しました。 作品の性格上、あらすじには触れません。ぜひ水無月の本性を、しっかりと堪能してもらいたいと思います。本書は純文学というよりも、ミステリー小説のはんちゅうに入れるべきなのかもしれません。純文学という衣を着たミステリー。怖い小説です。 ◎ちょっと寄り道 江國香織(推薦作『号泣する準備はできていた』集英社文庫)は、唯川恵(推薦作『肩ごしの恋人』集英社文庫)の小説を「アフォリズム」に満ちていると書いています。アフォリズムとは、簡潔鋭利な表現、警句、謹厳、箴言(しんげん)のことです(「広辞苑」より)。つまり説教じみていない、すばらしい表現力の持ち主と評価しているわけです。 山本文緒は1988年(26歳)のときに結婚し、コバルト文庫で小説の腕を上げていきました。したがって本格的に小説デビューしたのは、30歳になってからです。当初の作品には、まだコバルト色が残っていました。そういう先入観で、読むためかもしれませんが。1999年、『恋愛中毒』で吉川英治文学新人賞受賞。2001年には『プラナリア』で直木賞を受賞しています。その後うつ病治療のため、執筆活動を中断していた時期があります。現在は再婚しています。 山本文緒と村山由佳は、非常に経歴が似ています。村山由佳は山本文緒の2歳下ですが、本格デビューするまでは「ジャンプ・ジェイブック」を活動の場にしていました。1993年『天使の卵』に改題)で小説すばる新人賞。2003年『星々の舟』で直木賞受賞を受賞しています。離婚経験も同じです。 2人の併走を楽しみにしています。(山本藤光:2009.07.14初稿、2015.06.15改稿)
2015年06月15日
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初版か再版か、帯や函は残っているか、美麗か、もちろん作家の人気も―さまざまな条件で古本の価値は大きく変わる。街場の古本屋は知っているのだ。本当に残るべき文学、消えていく文学とは何なのかを。読書好きのためにホンネで書ききった、「本邦初、読んで損はない、どころか読めば儲かる実益作家論」。(「BOOK」データベースより)出久根達郎『作家の値段』(講談社文庫)◎安部公房が眼前でサイン ブックオフなどの新古書店が誕生してから、初版本の価値がないがしろにされるようになったように感じます。大学生のときのことです。新宿紀伊国屋で安部公房のサイン会がありました。列にならんで、私は安部公房のデビュー作『壁』(月曜書房)の表紙をひらきました。本来は新刊を購入して、そこにサインをしてもらうのが趣旨でした。『壁』は神田の古本屋で、アルバイト日当8千円(当時セブンスターが70円)をつぎこんで買い求めたものです。 当時私は、卒業論文「安部公房・第三の道」と格闘中でした。順番がきました。安部公房は黒縁の眼鏡を鼻にのこしたまま、顔をあげました。「卒論で安部公房を書いています」と伝えました。声がうわずり、震えました。「そう」と短い返答がありました。「山本藤光様/安部公房」の文字が、寂しかったページいっぱいに広がっていました。 それから1年後、就職活動をしながら、卒業論文を仕上げなければなりませんでした。生活の糧であるアルバイトが、できなくなっていました。たちまち困窮してしまいました。宝物のように大切にしていた、署名本『壁』を手放さざるをえなくなりました。神田の古本屋に持ち込みました。35000円で買い取ってくれました。企業人になってからの初任給と同じ額でした。 就職しました。お金にも余裕が生まれました。「山本藤光様/安部公房」と大書された本を探し歩きました。見付りません。いまなお心残りですが、安部公房ファンの誰かが大切にしてくれていることとあきらめました。 古本屋に持ち込めば、目利きのプロが古書の市場価格を割りだしてくれます。新古書店のように売れ筋の本できれいなら、定価の10分の1が買いとり価格、などという設定はしていません。 出久根達郎は、古書店主であり直木賞作家です。その人が、24人の作家の古書価格と作品論をまとめあげました。『作家の値段』(講談社文庫)は、本好きにはたまらない著作です。文庫本の帯には「『竜馬がゆく』極美50万」とあります。古書価格を知らない人は、この本を新古書店に持ち込んでいます。あまりにも、もったいない話です。 自分の書棚に眠っている「帯つき」「初版本」の価値を、学んでみてもらいたいと思います。司馬遼太郎、三島由紀夫、山本周五郎、川端康成、太宰治、寺山修司、宮沢賢治、永井荷風、江戸川乱歩、樋口一葉、夏目漱石などをお持ちなら、ぜひ本書を読んでいただきたいものです。 ◎たくさんの新たな発見ができた 前記のとおり、司馬遼太郎『竜馬がゆく』のきれいな初版本は、店頭価格で50万円です。本書が優れているのは、初版本の価格以外に次のような考察が豊富にあることです。 ――「(引用者注:坂本龍馬の)残されている直筆の手紙を見ても、署名は龍だ。司馬さんはどういうつもりで竜馬にしたのだろう?」(本文P15より)――三島文学を手っ取り早く知るには、作品の書き出しと結びの文章を数行読めばよい、と私は考える。たとえば、『仮面の告白』。三島文学と三島の人となりが、一番素直にわかる。ういういしい青春小説であり、性の自伝である。(本文P35より)――直木賞を辞退した作家は、周五郎ただ一人である。『日本婦道記』は直木賞受賞作ではなく、受賞辞退作、という妙な栄光を担っている。当時の話題作であった。/「ずいぶん高価だろうね?」ワクワクしながら訊くと、大場さんが電話の向うで含み笑いを漏らした。/「だから話題になって当時は大いに売れたんだね。古書価は案外なんだ」「へえ」「三万円くらいかな」(本文P52より) 本書にたびたび登場する「大場さん」は、「龍生書林」の主、大場啓志氏のことです。古書価格にもっとも詳しい人として有名です。 私は本書のいたるところに、赤線を引きました。それだけ読み応えがあったのです。出久根達郎の直木賞受賞作『佃島ふたり書房』(講談社文庫)は、古書店を舞台にした秀作です。三上延『ビブリア古書堂の事件手帖』(メディアワークス文庫)で、古書店がスポットをあびています。古書店には、ブックオフなどの新古書店では味わえない、温もりがあります。 出久根達郎は、読書人のニーズを熟知しています。それゆえ通常の作家論とくらべて、わかりやすいのが本書の特長です。ある特定の作家を読んでみたいと思ったら、本書は格好のガイドブックとなります。特に前記の作家たちについては、たくさんの新たな発見ができました。文句なし、「知・古典・教養ジャンル」の125冊として推奨させていただきます。(山本藤光:2010.04.28初稿、2015.06.13改稿)
2015年06月14日
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翻訳の仕事をする知的で打算的なドイツ人女性ヒルデガルデ、34歳独身。彼女が見つけた新聞の求縁広告は〈莫大ナ資産アリ。ナルベクはんぶるく出身ノ未婚ノ方、家族係累ナク…〉というものだった。こうしてすべてが始まった。そして彼女は億万長者の妻の座に。しかしそこには思いも寄らぬ罠が待ち受けていた。精確無比に組み立てられた完全犯罪。ミステリ史上に燦然と輝く傑作。(「Book」データベースより)カトリーヌ・アルレー『わらの女』(創元推理文庫、安堂信也訳)◎悪女描きの名手カトリーヌ・アルレー『わらの女』(創元推理文庫、安堂信也訳)はミステリーの古典として、代表的な作品といわれています。その理由は名探偵の謎解きではなく、主人公の心理描写に力点をおいているからです。カトリーヌ・アルレーは女優からの転身でした。心理を演ずる世界から、描く世界への転身は大成功だったわけです。とくに悪女を描いた作品には、すさまじい奥深さがあります。もちろん『わらの女』には、目的のためには手段を選ばない強烈な主人公が登場します。――カトリーヌ・アルレーといったら「悪女ものの女王」というくらいで、人間を見る目の非情と皮肉は徹底的だ。何といっても、彼女の小説に出て来る「悪女」は最後まで悪い女だ。あんまり反省しない。そこがいい。(中野翠『ムテッポー文学館』文春文庫)主人公のヒルデガルデは、34歳のドイツの独身女性です。第2次世界大戦のあと、世の中は混乱し不景気の真っ只中にあります。ヒルデガルデは細々と翻訳の仕事をしていますが、単調な毎日にうんざりしています。彼女には友人も恋人もなく、孤独な生活を余儀なくされています。ある日新聞に、妻を求める広告があるのを発見します。――当方、莫大ナ資産アリ。ナルベクはんぶるく出身ノ未婚ノ方、家族係累ナク……。そんな彼女が、億万長者の妻の座をねらうことになります。ヒルデガルデは、すぐに求婚広告に応募します。そして、億万長者の秘書アントン・コルフとの面談が実現します。コルフは億万長者の甥にあたります。そして広告は、秘書コルフの仕組んだ罠だったのです。コルフはヒルデガルデに、主人のリッチモンドに気に入られる施策を授けます。そして短期間で、その施策は成功を収めます。ヒルデガルデはコルフから、結婚して主が死んだら、相当の報酬を支払うように約束させられていました。結婚後のある日、リッチモンドは毒殺死体として発見されます。コルフはヒルデガルデに罪をかぶせ、遺産の独り占めを狙います。本書の読みどころは、コルフが悪辣な方法で、ヒルデガルデを追い詰める場面にあります。遺産相続を巡る法律的な問題で、リッチモンドの遺産はどう画策してもコルフには渡らないとする説があります。その点については、巻末解説で新保博久が触れています。気になる方は、そちらをお読みください。◎「わらの女」の意味野望と策略。論理と心理。『わらの女』の前半は、密度の濃い4つの単語が交錯する世界です。何しろ億万長者は変わり者です。ちやほやされるよりも、辛辣に扱われることを好みます。コルフはそうした性癖を熟知しています。ヒルデガルデは、コルフに指南されながら、ねじ曲がったリッチモンドの心のひだへと入り込みます。後半になると、思いがけない展開が連続します。こちらについてはあえて触れないでおきます。とにかく息をもつかぬ展開に、圧倒されました。そんなストーリーを支える、アルレーの筆力について触れた文章があります。――作者の筆致は実にサディステックで、主人公ヒルデガルデは波間に漂う木の葉のようにくるくるともてあそばれる。彼女に同化してそのさまを見守る読者の心には、いつしかマゾヒスティックな悦びが生まれるはずだ。(杉江松恋『読み出したら止まらない!海外ミステリー』日経文芸文庫)タイトルの意味も含めて、興味深い解説があります。紹介させていただきます。――植草甚一氏の解説によれば、囮にされた女」という意味だそうだが、「名前だけは貸す」とか「中身はからっぽ」とかの意味も「藁」の中にある。小説の前半では、中身の詰まっていた筈の女が、後半では全くからっぽになるが、特に前半に盛られた伏線の巧みさは、作者が加害者の側に立っていなければ、気のつきそうにもない程のものだ。それを被害者の側から描いた点が凡手ではない。(福永武彦・文。丸谷才一・福永武彦・中村真一郎『深夜の散歩・ミステリの愉しみ』ハヤカワ文庫)一アルレー作品はほとんどが絶版で、読むことができません。『21のアルレー』(創元推理文庫)という短篇集を読みましたが、やはり長篇を読んでみたいと思っています。(山本藤光:2012.09.14初稿、2015.06.12改稿)
2015年06月13日
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田舎の県立高校。バレー部の頼れるキャプテン・桐島が、理由も告げずに突然部活をやめた。そこから、周囲の高校生たちの学校生活に小さな波紋が広がっていく。バレー部の補欠・風助、ブラスバンド部・亜矢、映画部・涼也、ソフト部・実果、野球部ユーレイ部員・宏樹。部活も校内での立場も全く違う5人それぞれに起こった変化とは…?瑞々しい筆致で描かれる、17歳のリアルな青春群像。第22回小説すばる新人賞受賞作。(「BOOK」データベースより)朝井リョウ『桐島、部活やめるってよ』(集英社文庫)◎桐島はまったく描かれていない 朝井リョウが直木賞を受賞したとき、頭のなかにおびただしいハテナマークが点灯しました。朝井リョウは1989年生まれの24歳。受賞作『何者』(新潮社)にいたるまでに発表したのはわずかに2冊。『何者』を読んでみましたが、若いころの三田誠広『僕って何』(角川文庫)を思い出しただけです。朝井リョウの才能は認めますが、ちょっと早すぎるかなと思いました。 朝井リョウのデビュー作『桐島、部活やめるってよ』(集英社文庫)は、小説すばる新人賞受賞作です。現役の大学生が書いた小説ということで話題になり、映画化もされました。タイトルの意外性もすばらしいのですが、物語の展開にも味がありました。『桐島、部活やめるってよ』は、関西地方の男女高校生5人の視点でつづった学園部活小説です。 学園部活小説といえば、北上次郎編『14歳の本棚・青春小説傑作選・部活学園編』(新潮文庫2007年)があります。「初恋友情編」「家族兄弟編」の3部作アンソロジーの1冊であり、部活学園に関する珠玉を網羅した存在として高く評価しています。「部活学園編」に編纂されている作品の著者は8人。森鴎外「ヰタ・セクスアリス」、井上靖「夏草冬濤」から角田光代「空のクロール」などが所収されています。 朝井リョウ『桐島、部活やめるってよ』は、これらの作品とは同化しません。格別な事件や事故はありません。がっちりとしたストーリーもありません。驚愕のエンディングもありません。点描。卒業アルバムをめくっているような、ああそんなこともあったなといった、懐かしさだけが取り柄の作品です。つまり絶対に珠玉の部活学園編には、収められない立ち位置にあるのです。だから駄作だとは言っていません。『桐島、部活やめるってよ』の評価は、2分されています。私は本書の支持派です。特に映画部の前田涼也のキャラクターが魅力的でした。グラウンドで甲高い声を張りあげる、野球部やテニス部。体育館で重い叩音を響かせる、バレー部やバトミントン部。屋上で音の洪水をまき散らす、ブラスバンド部。そして地味で誰からも、存在を認められていない映画部。華やかな部活の陰で、重い機材をあやつるオタク・前田涼也の存在は、希薄すぎますが。 表題にもなっている桐島は、バレー部のキャプテンです。彼は理由も告げずに、部活をやめてしまいます。桐島の存在は、まったく描かれていません。 本書を読みながら、朝倉かすみ『田村はまだか』(光文社文庫)と重なってしまいました。札幌の場末のバーで、吹雪のなかをきっとやってくるだろう田村を、ひたすら待ちつづける40歳の同級生たちの物語です。この作品も田村は登場しません。高校の同窓会の2次会で、過去と現在を行きつ戻りつするこの作品を、私は高く評価しています。 朝井リョウ『桐島、部活やめるってよ』に深みがないのは、登場人物が高校生だから仕方がありません。作中で存在しない人を浮かび上がらせる手法として、それぞれの重い人生をそえなければ味がでないからです。 ◎朝井リョウは対を描く 何人かの書評家が本書を、サミュエル・ベケット『ゴドーを待ちながら』(白水社)を意識して書かれていると指摘しています。ひたすら救済者・ゴドーを待ちながら暇つぶしに興じる浮浪者を描いた戯曲から、学園部活を連想できたとしたらすばらしい才能です。――中学校はこわいところだと聞いています。不良に呼び出されたり、先輩からいじめられたり、そういう先輩関係っていうか、上下関係が怖いです。心配です。 引用したのは、椰月美智子『体育座りで、空を見上げる』(幻冬舎文庫)の冒頭部分です。小学校の卒業を控えた主人公が、教師の質問(中学生になることへの不安)に答える場面です。 小学生が抱く中学への不安は、高校ではさらにエスカレートしているはずです。朝井リョウは『桐島、部活やめるってよ』で、そんな世界を描いてみせました。ただし舞台は田舎の中学校でもよかったのかもしれません。登場人物たちの感性は、中学校から成長を止めてしまったごとく幼く感じます。今風の語り口はときどき意味不明の部分がありました。登場人物の個性はすべて画一的でした。 映画では前田涼也が憧れている、かれんという女子高生にスポットがあたっているようです。彼女も桐島同様に明確には描かれていません。朝井リョウは光と陰を巧みに使い分ける、稀有な作家だと思います。さらに言及すれば、校内の上下関係、男子生徒と女子生徒、運動部と文化部など、朝井リョウは対(つい)を描くことに長けています。しかし文章も、比喩も幼稚です。「対」は世の中に、いくらでも転がっています。私たちから見ると他人面して転がっているものを拾い上げ、命を吹き込む。朝井リョウにはそうした才能があります。懐かしかったよと結んでおきます。(山本藤光:2012.12.18初稿、2015.06.11改稿)
2015年06月12日
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列島を縦断しながら殺人や詐欺を重ね、高度成長に沸く日本を震撼させた稀代の知能犯・榎津巌。捜査陣を翻弄した78日間の逃避行は10歳の少女が正体を見破り終結、逮捕された榎津は死刑に―。綿密な取材と斬新な切り口で直木賞を受賞したノンフィクション・ノベルの金字塔を三十数年ぶりに全面改訂した決定版。(「BOOK」データベースより)佐木隆三『復讐するは我にあり』(文春文庫・改訂新版)◎『復讐するは我にあり』で直木賞 驚きました。佐木隆三『復讐するは我にあり』が、改訂新版として再文庫化・復刊されたのです。本書は1975年に講談社(上下巻)から上梓されています。その後、講談社文庫(上下巻1978年)として発刊されました。 それが文春文庫として、2009年復刊されたのです。以前は上下巻だったものが、スリムな文庫1冊として改訂されました。どのくらい中味をそぎ落としたのか、興味深く読み返しました。やっぱり、ずしりと重い作品でした。しかもどこを手直ししたのか、わからないほど、完成されたできばえでした。本書は私が読んだノンフィクション・ノベルのなかでは、最高位においています。 佐木隆三は父親を戦争で亡くし、自ら原爆のきのこ雲を見ています。幼いころの生活は貧しいものでした。1960年日本共産党に入り、やがて脱会します。日本共産党批判を書いて話題になったのが、『ジャンケンポン協定』(晶文社/『河出新鋭作家叢書・佐木隆三』所収)です。ジャンケンで負けたらリストラされ、勝ったら残ることができるという、とんでもない世界を描いた作品です。 1964年連続殺人犯・西口彰の裁判を傍聴します。この体験がのちの『復讐するは我にあり』として結実されたのです。1971年沖縄返還運動では、12日間拘束された経験もあります。 私はこの作品を、30年以上も前に読んでいます。ノンフィクションというジャンルのすばらしさを教えてくれたのは、『復讐するは我にあり』でした。その後佐木隆三の初期作品を、読みあさることになります。 佐木隆三は『復讐するは我にあり』で、直木賞を受賞しました。直木賞受賞後に発売された短編集『日本漂民物語』の「男と女と金の人生ドラマ」に、佐木隆三の原点がありました。実際にあったできごとの細部を積み上げて、物語として展開させる力量は半端ではありません。◎冒頭場面から大きな手入れ『復讐するは我にあり』が描いているのは、1963年に起こった現実の事件です。警察の追跡をあざ笑うかのように容疑者は、2ヵ月半全国をまたにかけて殺人や詐欺をくりかえしました。福岡と静岡でそれぞれ2人、東京で1人が殺されました。さらに北海道や広島、千葉などで詐欺が重ねられました。 その容疑者が、逮捕されました。当時の佐木隆三は、まだ八幡製鉄に勤めていました。容疑者の西口彰(小説の主人公名は榎津巌)が、勤め先の近所の八幡署に留置されました。佐木隆三は事件に関心をもち、福岡地裁小倉支部での裁判も1度だけ傍聴しています。 佐木隆三は犯人以上に、被害者たちに関心をしめしました。被害者の多くは、犯人と同じ階層の人たちだったのです。佐木隆三は殺人・詐欺事件を外側からとらえようと試みました。そのことは、本書の書き出しで明らかです。 ――第一の死体発見者は、福岡県行橋市に隣接する京郡苅田町の六十二歳の主婦だった。日豊本線の行橋駅から二つ小倉寄りの苅田駅裏に、彼女の畑がある。十年ほど前に一町八村が合併し、人口五万の行橋市が発足しており、山間部から周防灘に面した海岸まで細長く伸びた地形で、石灰石を資源とするセメント工業が中心の苅田町は、臨海工業用地を造成中であり、死体が遺棄されていたのは、苅田駅裏台地のダイコン畑だった。 一九六三(昭和三十八)年十月十九日午前七時ころ、彼女は朝食のおかずにするダイコンを抜くために、自分の畑へ行った。(後略、「改訂新版文春文庫」の冒頭を引用) 「改訂新版文春文庫」は、単行本に大きく手入れがなされています。これが改訂新版にかけた佐木隆三の意気込みのあらわれなのでしょう。手元にある単行本『復讐するは我にあり』(1975年発行初版、講談社、上下巻)の冒頭と比べてみたいと思います。 ――第一の死体発見者は、筑橋市のはずれの穴生町の六十二歳の農婦だった。日豊本線筑橋駅から一つ小倉寄りの、穴生駅裏の家からすこし離れたところに、彼女の畑がある。ちょうど十年前に二町二村が合併して、人口五万の筑橋市が発足したのだが、山間部から周防灘に面した海岸まで細長く伸びた地形で、死体が遺棄されていたのは、英彦山を源流とする中路川の河口に近い堤防下だった。苅田駅裏台地のダイコン畑だった。 昭和三十八年十月十九日午前七時ごろ、彼女は朝食のおかずにするダイコンを抜くために、自分の畑に行った。(後略、単行本の冒頭を引用) 単行本では架空の名前だった筑橋市は、いまの地名・行橋市に改められています。改訂新版の文庫化にあたり佐木隆三は、作品に新たな血を注いだことが十分にうかがえます。細部の描写もかなりちがっていますが、大筋は記憶のとおりでした。 通常作家は、書き出しと結びの文章をことさら大切にします。それを佐木隆三は、いとも簡単に書き改めてしまいました。おそらく、書き下ろしてから30年後の舞台に、再び立ったのでしょう。セメント工場も造成中だった臨海工業用地も、現存していなかったのだろうと推察されます。 ◎まったく新しいタイプの小説『復讐するは我にあり』は、40節で構成されたノンフィクション・ノベルです。各節には、すべて漢字一字で見出しがつけられています。これがみごとにはまっています。最近では漢字一字で、世相を表現するイベントが定着したようです。『復讐するは我にあり』は、そのイベントの元祖でもあります。 佐木隆三は、小説の素材として興味を抱くのは「社会からはずれたアウトロー」(「日本読書新聞」1976年2月2日号)と語っています。そしてそのとおりに、書き連ねています。佐木隆三の特徴は、警察調書、新聞記事、裁判記録などを、総動員することにあります。そのうえでの綿密な現地取材が重なります。そのことを秋山駿との対談で、佐木隆三は次のように語っています。(単行本『復讐するは我にあり』の添付しおりより引用)――彼(殺人・詐欺事件の犯人・西口彰のこと)が幼年期をすごした五島列島は、ぜひ見たかったです。それと関係者といいますか、そういう人に可能な限り会おうと、歩きました。それから検察庁に保存されている一件記録を見せてもらったり、裁判所に残っている判決文を見せてもらったり、そういうことをかなりしつこくやりました。自分なりの想像力でカバーしたいという、なまけ心みたいなものを極力押えて、歩くだけ歩いてみることは一応果たしたつもりなんです。 佐木隆三は、人物を内面から描くことを嫌います。「犯人の内面に踏みこんで、そこから心理的・実存的ドラマを作り上げるといった通常の小説家の特権を、佐木隆三は『想像力の怠惰』としてしりぞけ、事実への謙虚さに徹しようとする」(「朝日新聞」1976年1月26日夕刊)との信念があるからです。 佐木隆三は、刺激を受けたトルーマン・カポーティ『冷血』(新潮文庫)を超えたと思います。『復讐するは我にあり』を上梓する以前、佐木隆三は文芸誌にたくさんの小説を発表しています。それらの作品は、平野謙から「軽い」と一蹴されました。しかし『復讐するは我にあり』では、秋山駿から「日本の文学にはなかった形のもの」と絶賛されました。 佐木隆三はそれまで書いていた私小説と決別するためにも、新しい小説の形を模索していました。私小説を書き続けることについて、佐木隆三は次のように語っています。「別れた人にも、女房にもたまらないものだろう。しかも自分もきずつくということで、そういうものとは違ったものを書こうとした」(「読書人」1976年2月9日号) 史上初の重要指名被疑者の公開手配にもかかわらず、最初の殺人から78日間も事件は解決されませんでした。その間、被疑者は次々と新たな犯罪を犯しつづけました。逃亡する被疑者を見破ったのは、10歳の少女でした。 私は意図的に、ストーリーを紹介しませんでした。ぜひ読んでもらいたいと思います。そして「こんな小説があったのだ」と実感してほしいと思います。佐木隆三『復讐するは我にあり』を、「山本藤光の文庫で読む500+α」の「知・古典・教養」ジャンルの作品として選ばせてもらいました。 文庫化された佐木隆三の作品のほとんどは、絶品状態です。初期作品を読んでみたい方は、「新鋭作家叢書『佐木隆三集』」(1972年河出書房新社)を探してもらいたいと思います。本書には、「ジャンケンポン協定」「大将とわたし」「奇蹟の市」「すみれ荘の二人」などが所収されています。「新鋭作家叢書」には、古井由吉、黒井千次、阿部昭、丸山健二、丸谷才一など18人の作家が網羅されています。(山本藤光:2009.11.11初稿、2015.06.10改稿)
2015年06月11日
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街道沿いのレストランで働き始めた俺は、ギリシャ人店主の美しい妻コーラにすっかり心を奪われてしまった。やがて、いい仲になった彼女と共謀して店主殺害を計画するが…。緻密な小説構成の中に、非情な運命に搦めとられる男女の心情を描きこんだ名作。(「BOOK」データベースより)ケイン『郵便配達は二度ベルを鳴らす』(光文社古典新訳文庫、池田真紀子訳)◎人を呪わば穴二つケイン『郵便配達は二度ベルを鳴らす』(光文社古典新訳文庫、池田真紀子訳)が出ました。4度目の再読となりますが、大好きな作品なので飛びつきました。今から30年前に読んだのは、ハヤカワ文庫(小鷹信光訳、タイトル「郵便配達夫はいつも二度ベルを鳴らす」)です。つぎに読んだのは、集英社文庫(中田耕治訳、タイトルは同じ)です。そのあとに出張の車中で、kindle版(底本は講談社文庫、田中小実昌訳)を読んでいます。さらに驚くべきことに、光文社古典新訳文庫が新訳で登場した翌月に、新潮文庫からも新訳(旧版は田中西二郎訳、新訳は田口俊樹訳)が発売されたのです。新訳の新潮文庫はまだ読んでいません。これらの前には、飯島正訳(荒地出版社)、蕗沢忠枝訳(旅窓新書)などの邦訳もあったようです。本書が刊行されたのは1934年です。発売してすぐに、大きな話題となりました。ところが過激なセックスシーンに批判もあり、アメリカの一部の州では発売禁止となったほどです。「人を呪わば穴二つ」ということわざをご存知でしょうか。『郵便配達は二度ベルを鳴らす』には、郵便配達夫はでてきませんし、2度ベルを鳴らす場面も登場しません。作者が前記ことわざをイメージして、つけたタイトルなのです。では「人を呪わば穴二つ」とはどんな意味なのでしょうか。辞書で確認してみます。――人をうらんで、その人を不幸におとし入れようとすれば、自分もまた、不幸な目にあうということ。「人を呪わば身を呪う」ともいう。(新国語研究会編『暮らしに役立つ・ことわざ辞典』より)これでも意味が分かりにくいと思います。「他人を呪い殺せば、自分も相手の恨みの報いを受けて呪い殺され、相手と自分の分で墓穴が二つ必要になる」ということから発したことわざのようです。ケインの文章について、ふれられた著作があります。紹介させていただきます。――ケインの文体は、しばしばヘミングウェイのそれと比較される。彼は贅肉をそぎ落したベイシックな文体を意図的に使用して、この作品を書いた。抽象的な表現はいっさい避け、形容詞はごくわずかしか使わず、たたきつけるような言葉で自分が人々に読ませたいと思ったストーリーを語った。(キーティング『海外ミステリ名作100選』早川書房、P80より)丸谷才一は著書『深夜の散歩』(ハヤカワ文庫)のなかで、ケインはカミュに影響をあたえたと書いています。――カミュの『異邦人』にはJ・M・ケイン『郵便配達はベルを二度鳴らす』が大きな影響を与えているというのは、ぼくが長いあいだ心ひそかに誇っていた発見である。たとえば、世界の不条理の象徴としての裁判というとらえ方。全篇が死刑囚の手記である。しかも最後に書き記すという手法。しかし、まず何よりも、極めてヘミングウェイふうの文体。それらはすべて両者に共通しているのだ。(丸谷才一『深夜の散歩』ハヤカワ文庫P242より)カミュへの影響について丸谷才一は、「自分が文章に書く前に、イギリスの作家レイナー・ヘブンストールに書かれてしまった」と後悔しています。この点については、前記引用者のキーティングも断定形で書いています。◎どの訳文を選ぶのか『郵便配達は二度ベルを鳴らす』の主人公は、24歳の「俺」(フランク・チェンバーズ)で、無職の風来坊です。「俺」はニック・パパダキスというギリシャ人が経営するガソリン・スタンド兼レストランへとたどり着きます。「俺」は店主からの依頼で、その店で働くことになります。店主の美しい妻コーラに惹かれたためです。多情な女コーラはすぐに「俺」フランクと関係をもち、夫を殺害する計画を練ります。1度は邪魔がはいって失敗します。しかし2度目に自動車事故に見せかけて、パパダキス殺害を成功させるのです。彼には死亡保険がかかっていました。検事サケットは、2人の犯行と疑いをかけます。しかし弁護士カッツの活躍で、無罪を獲得します。ふたたび「俺」とコーラの、甘い生活がはじまります。そんなときに、思わぬことが勃発します。ここから先についてはふれません。キーティングや丸谷才一がいうように、ヘミングウェイと似たケインの文章を堪能してください。参考までに、主人公がギリシア人夫妻の世話になった翌日の場面を5つの訳で比較してみます。ケイン『郵便配達は二度ベルを鳴らす』は、好みの訳文で読むことをお薦めします。【池田真紀子訳・光文社古典新訳文庫】翌日、二人きりになった機会に、拳でコーラの脚を叩いた。彼女はバランスを崩して倒れそうになった。「何のつもりよ?」歯をむき出してうなるピューマみたいだった。そういう彼女は本当にいい。「調子はどう、コーラ?」「退屈」そのときから、また彼女の匂いを感じるようになった。(P24より)【中田耕治訳・集英社文庫】 翌日ほんのちょっと、彼女とふたりきりになったので、つよく拳で腿をなぐりつけてやったが、もう少しでぶったおれるほどだった。「なんだってそんなまねをするのよ」 女は豹みたいにうなった。おれはそういうときの彼女が好きだった。「どうだい、コーラ?」「いやらしい」 そのときからまた彼女のからだが匂いたった。(P16より)【小鷹信光訳・ハヤカワ文庫】 翌日、ほんのしばらく、あいつと二人っきりになった。おれは、あいつの足めがけて拳を突き上げた。ひっくりかえるほど、強く。「すごい手をつかうのね」あいつはクーガーのようなうなり声を洩らした。そんなあいつがおれの好みにぴったりだった。「ご機嫌は、コーラ?」「最低よ」 そのときから、おれはまたあいつの匂いを嗅ぎはじめた。(P21より)【田中小実昌訳・kindle】 翌日、ほんのわずかだが、コーラとふたりきりになれた。おれは拳骨で、コーラの脚をぶんなぐった。かなり強くなぐり、コーラはぶったおれそうになった。「どうして、そんなことをするの?」コーラはアメリカライオンみたいに歯をむいた。おれはそんなコーラが好きだ。「ごきげんいかが、コーラ」「つまらない」 それから、また、コーラのからだがにおいだした。(位置No.171より)【田口俊樹訳・新潮文庫】 翌日、いっときコーラとふたりだけになると、おれは彼女の脚に拳を叩き込んだ。下から上に。強く叩きすぎて彼女はもう少しでこけそうになった。「なんでそんなふうになるの?」彼女は歯を剥き出してうなった。ピューマみたいに。「気分はどうだい、コーラ?」「最悪よ」そのときからおれはまた彼女のにおいを嗅ぎはじめた。(本文P22より9 私が池田真紀子訳をとりあげたのは、新しいからという理由です。新潮文庫の新訳も気になりますが、ほかの本も読まなければなりません。ですから新潮文庫については、しばらくたってから読んでみたいと思います。 ヘミングウェイ、ケイン、そしてカミュ。ぜひ読みくらべてみてください。きっと読書がさらに楽しいものになると思います。(山本藤光:2015.01.10初校、2015.06.08改稿)
2015年06月10日
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犯人が仕組んだ情死偽装トリック。容疑者には鉄壁のアリバイが…。―蘇る往時の知的興奮!本邦推理小説界の記念碑的作品。光文社創業60周年記念出版。 --このテキストは、絶版本またはこのタイトルには設定されていない版型に関連付けられています。(「BOOK」データベースより)松本清張『点と線』(新潮文庫)◎新鮮だった『点と線』『点と線』(新潮文庫)を再読しました。私が「読書ノート」をつけはじめたのは、高校1年のときです。1冊目は三浦綾子『氷点』(上下巻、朝日文庫。「山本藤光の文庫で読む500+α」推薦作)、2冊目が『点と線』だったのです。したがって、約半世紀ぶりに読み直したことになります。 松本清張『点と線』は、犯人を追い求めるミステリーが主体のなか、アリバイを打ち崩す手法で話題になりました。このタイプのミステリーは、再読に耐えられます。忘れていた主人公の着眼点を、新たな気持ちで再発見できるからです。 東京駅での空白の4分。舞台は北海道と九州。列車や飛行機の時刻を駆使した作法に、興奮した高校時代を懐かしく思い出します。その新鮮な読後感は、今回も変わりませんでした。博多に近い海岸で、中央官庁の課長補佐・佐山31歳と、料亭の中居・お時26歳の死体が発見されます。 事件は単純に情死と片づけられそうでしたが、現場に立ちあった鳥飼重太郎刑事は死因を不信に思います。青酸カリの服毒。2人が寝台特急「あさかぜ」に乗車するときの目撃者も、複数存在します。事件は簡単にお蔵入りする条件が、整っていたのですが……。 亡くなった佐山は、官庁の汚職事件の中心人物です。お時との深い接点も見出されません。寝台特急「あさかぜ」の目撃情報から、洗い直しをはじめます。目撃者は料亭の常連客で中小企業の社長と、鎌倉に帰る彼を見送った料亭の中居の2人です。彼女たちは横須賀線のホームから、たまたま「あさかぜ」に乗車しようとしている、東海道線のホームを見たのです。 東京駅へは、ひんぱんに電車が出入りしています。13番線から15番線を、本当に見渡せるのでしょうか。『点と線』はダイヤグラムに興味がなければ、生まれてこない作品です。ダイヤグラムとは、電車の出入りをきめ細かく記した運行表のことです。私の父が旧国鉄の運輸局時代に、ウンウンうなりながら定規で無数の線を描いていたことを思い出します。 亡くなった佐山は食堂車で1人で食事をし、1人で宿に泊まっています。宿では女からの電話を待っていたといいます。鳥飼刑事の疑念は膨らみ、東京から合流した三原紀一警部補とともに、鉄壁なアリバイ崩しに迫ります。 松本清張が『点と線』を書いたのは、1958(昭和33)年。東京駅には新幹線はありませんでしたし、今ほど混雑もしていなかったことでしょう。松本清張が目をつけたのは、当時もっとも電車の出入りの激しい路線だったのです。◎既存の推理小説にあきあきしていた 松本清張がデビュー作「西郷札」(『松本清張傑作短篇コレクション・下巻』文春文庫所収)を書いたのは、41歳のときです。それまでの人生は、貧乏と絶望の日々でした。松本清張自身がそれまでをふりかえって、「濁った暗い半生」と呼んでいます。15歳で奉公に出てから、わずかな給金をも家にいれなければなりませんでした。松本清張が40歳を過ぎて小説を書いたのは、懸賞金(1等30万円)が目あてでした。それまでにも、同人雑誌に習作を発表していました。しかしお金にはならない、と文学への道はあきらめかけていました。 松本清張は読書家でした。貧乏をしながら、菊池寛(推薦作『恩讐の彼方に』新潮文庫)や江戸川乱歩(推薦作『怪人二十面相』ポプラ文庫)を読んでいました。松本清張は推理小説ファンでしたが、奇想天外なトリックに走る作法に嫌気を抱いていました。『或る小倉日記伝』(新潮文庫)での芥川賞受賞は、まったく予想もしていなかったことでした。自分が勤めている朝日新聞から第1報が届いても信じられず、毎日新聞に確認の電話をしたほどでした。 当時はプロレタリア文学の全盛期で、松本清張は小林多喜二(推薦作『蟹工船』新潮文庫)らの作品と推理小説を重ねようと考えました。ストーリーに社会性をもたせ、平凡な登場人物を配し、犯罪の動機に力点をおこうと考えたのです。この発想が従前にない、新しい推理小説を生みだしました。 それから先については、みなさんがご存知のとおりです。流行作家となって、猛烈な勢いで作品を書きまくりました。発表するどの作品も、良質なものばかりでした。一時はアシスタントをたくさん雇って、松本清張工房で制作しているのではないかとヤユされたほどです。そのあたりのエピソードを、瀬戸内寂聴が書いていますので紹介します。――平林たい子さんが何かの折、「清張は、小説工場のような部屋を持っていて、複数の人がそれぞれの分野を受持って作品を作っているんだそうですよ」と、確信ありげに見てきたように話した。平林さんの口調はいつでも断定的に力強いので、そうかなと思ってしまう。それを韓国の雑誌に書いてしまったから清張さんは「日本読書新聞」にそんなことはないと反論文を書いたことがあった。(瀬戸内寂聴『奇縁まんだら』(日経文芸文庫P141より) 読者が推す松本清張ナンバーワン作品は、『砂の器』(上下巻、新潮文庫)だということです。読んだ記憶はありますが、ストーリーが思い浮かびません。高校時代に読んだカッパノベルズを思いだしながら、『砂の器』、『眼の壁』、『ゼロの焦点』(いずれも新潮文庫)を再読してみようと思っています。 江戸川乱歩をホップとしたら、松本清張はまぎれもないステップ、そしてジャンプは東野圭吾(推薦作『秘密』文春文庫)や宮部みゆき(推薦作『火車』新潮文庫)あたりになるのでしょうか。現代の推理小説(ミステリー)からも、目が離せません。(山本藤光:2009.11.07初稿、2015.06.08改稿)
2015年06月09日
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高校に入ったばかりの蜷川とハツはクラスの余り者同士。やがてハツは、あるアイドルに夢中の蜷川の存在が気になってゆく…いびつな友情? それとも臆病な恋!? 不器用さゆえに孤独な二人の関係を描く、待望の文藝賞受賞第一作。第130回芥川賞受賞。(文庫案内より)綿矢りさ『蹴りたい背中』(河出文庫)◎友達になればいいのかも 高校在学中に『インストール』(河出文庫)で当時最年少(17歳)の文藝賞受賞。つづいて大学在学中の2004年、『蹴りたい背中』(河出文庫)でこれまた当時最年少での芥川賞受賞。綿矢りさのスタートダッシュは、記録更新の華やかなものでした。『蹴りたい背中』は芥川賞の選評でも、タイトルに違和感を覚えている選者がいました。背中イコール無防備な部位、という固定観念では解き明かせないと思います。主人公の長谷川初実(ハツ)には、特定の人の背中だから蹴りたい、という確固たる思いがあります。 本書の登場人物はほかに、同じ高校の同級生にな川と絹代だけです。3人は高校に入学して2か月目をむかえています。当然輪郭の不鮮明なグループが、形成されている時期です。にな川は芸能人おたくで孤立した男子高校生です。初実もどのグループにもはいれずに浮いたままです。初実はグループについて、つぎのような考えでいます。――私は、余りものも嫌いだけど、グループはもっと嫌いだ。できた瞬間から繕わなければいけない。不毛なものだから、中学生の頃、話に詰まって目を泳がせて、つまらない話題にしがみついて、そしてなんとなく盛り上げようと、けたたましく笑い声をあげている時なんかは、授業の中休みの十分間が永遠にも思えた。(本文P12-13より) 絹代は初実と中学時代からのともだちですが、男女混成のグループにはいっています。絹代は孤立している初実に、グループへの参加をうながしつづけます。しかし初実はグループ入りを拒絶しつづけます。はぐれ者の初実とにな川がひょんなことから親しくなります。初実は以前に、にな川が憧れているモデルのオリチャンと言葉をかわしたことがあります。それを知ったにな川は、初実がオリちゃんと会った場所への案内をたのみます。 にな川はオリチャンがいた席の写真を撮り、座っていた椅子にふれます。案内した初実の存在など、彼の意識から消えています。にな川の撮影会のあと、初実は彼にこんな声をかけます。(引用はじめ)「あんたの家でちょっと休ませてほしいんだけど、いい?」 言ってから、高校に入ってからずっとできなかった、〈人に気楽に声をかける〉ということが、にな川相手だとできたことに気づいた。「ああ、別にいいよ。」(中略) こんな簡単な会話が、久々なせいか、乾いた心に水のように染みこむ。私は、この、少し前を歩く猫背の男の子と友達になればいいのかもしれない。(引用P64おわり) にな川の部屋で、初実は彼のオリチャン・コレクションに度肝をぬかれます。ちょうどラジオでオリチャンの番組があるといって、にな川は耳にイアホンをつけて初実に丸まった背中を向けます。完全に無視された初実は、唐突に彼の背中を蹴りたい衝動にかられます。 初実はにな川の丸まった背中に、天秤棒があるのを見ます。片側には「友達になればいいのかも」、と思った自分の存在があります。もう片側にあるオリチャンの重みは、初実も承知しています。しかしにな川の背中は、初実の存在を完全に消し去っています。初実は思い切り、にな川の背中に蹴りをかませます。◎「蹴りたい背中」の意味 初実はにな川から、オリチャンのライヴに誘われます。チケットを4枚も買ってしまって、余っているといわれたのです。いっしょに行くことを同意しましたが、チケットはまだ2枚余ったままです。初実は絹代を誘いました。ライヴが終わっても、にな川は楽屋口から出てくるオリチャンを待つといいます。結局3人は終バスに乗り遅れて、にな川の部屋で泊まることになります。 絹代はにな川の家の電話から、自宅へ泊るむねの電話をいれます。時代設定が携帯電話など、ないころなのかもしれません。初実は、そんなやさしい絹代が好きです。高校へはいっても中学時代のように、2人でつるんでいたかったのです。それを自分だけおいてグループにまじってしまったので、ずっと淋しく思っていました。絹代は初実にとって、かけがえのない友人だったのです。 にな川の部屋は狭く、彼はベランダで寝るといって2人に部屋を開放します。クーラーをつけ、電気を消し、2人はひさしぶりで言葉を交わします。ライヴで疲れた2人の会話は、あまりはずみません。やがて絹代の寝息が聞こえてきます。 初実はそっとベランダに出ます。そこにはにな川がいます。止めたはずのクーラーの室外機は、まだ回っていました。にな川の背中はずっとその熱風を浴びつづけていたのです。また「蹴りたい」という衝動がおきます。今度の蹴りたい気持ちは複雑です。絹代がいるのだから、あんたはいらない。オリチャンの夢を見ているかもしれない、愛しいあんたが憎い。 芥川賞選評で黒井千次はつぎのように語っています。――読み終った時この風変りな表題に深く納得した。新人の作でこれほど内容と題名の見事に結びつく例は稀だろう。」「背中を蹴るという行為の中には、セックス以前であると同時にセックス以後をも予感させる広がりが隠れている。この感性にはどこか関西風の生理がひそんでいそうな気がする。『蹴りたい背中』は最後まで「私」(初実)の視点でつづられています。綿矢りさは『蹴りたい背中』から9年後の2012年に、『ひらいて』(新潮社、現・新潮文庫)という女子高校生が主人公の小説を発表しています。これも1人称で書かれています。この作品でも主人公の「私」は、地味な男子生徒に惹かれていきます。 綿矢りさ作品は、会話の裏にある心を垣間見せてくれます。本音ではない発言やちょっとぼかした発言など、心の内がわかるので会話に味がでます。最近ピュアな小説が少なくなっており、綿矢りさの作品は楽しみにしています。(山本藤光:2011.09.11初稿、2015.06.07改稿)
2015年06月08日
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もし、自分がリンゴだったら、イネだったらと考えてみました―。「絶対不可能」と言われたリンゴの無農薬・無肥料栽培を成功させ、一躍時の人になった農業家が、波乱の人生と独自の自然観を語り、農薬と肥料に依存する農のあり方に警鐘を鳴らす。文庫化に際し「農業ルネサンスが始まった」を加筆。(「BOOK」データベースより)木村秋則『リンゴが教えてくれたこと』(日経ビジネス人文庫)◎テレビで偶然にみた「奇跡のリンゴ」 本の紹介をするまえに、私の古いブログ(藤光日誌2006)を転載します。以下は「NHKプロフェッショナルの流儀」(2006年12月7日放映)を偶然にみた、翌日のものです。(転載はじめ) 97%のリンゴは、農薬が散布されているようです。青森の一人の男が、無農薬のリンゴ栽培に挑戦しました。試行錯誤を重ねて丸6年。その間、酢を散布してみたり土壌を改良してみたりの挑戦が続きました。 しかし、収穫はゼロ。自殺を考えて、男は山に入りました。そのときに見たのが、野生のどんぐりの実だったのです。農薬を使っていないのに、たくましく実をつけている現実。男はリンゴを自然と共生させようと考えました。 農薬を浴びた土壌は、次第にやせ細ってゆきます。男は雑草が生えてくることを拒まず、そのなかでリンゴを育てました。男の願いが、かなうときがきます。農薬を散布されたリンゴと変わらぬ、収穫を得たのです。 そのリンゴは、「奇跡のリンゴ」と呼ばれています。ここまでが、昨日見たテレビの話。子育てや部下育成も、「奇跡のリンゴ」が参考にならないものでしょうか。チヤホヤするだけでは、たくましい子どもや部下は育ちません。雑草が生えてくると、たくさんの虫や鳥が集まってきます。それらが、害虫を退治してくれます。そんな環境作りが必要ではないでしょうか。(転載おわり) このブログから2年後に書店で、石川拓治『奇跡のリンゴ・絶対不可能を覆した農家・木村秋則の記録』(幻冬舎2008年、現幻冬舎文庫)を入手しました。著者はプロジェクトに携わっていた石川拓治で、「NHKプロフェッショナル仕事の流儀」制作班が監修を担当していました。 その後、木村秋則『リンゴが教えてくれたこと』(日経プレミア新書2009年)が出版され、前記『奇跡のリンゴ』が2011年に文庫化されます。奇跡のリンゴの人・木村秋則さんはマスコミにひっぱりだことなり、リンゴを買い求める顧客が殺到します。そして2013年に「奇跡のリンゴ」が映画になりました。この映画はイタリアのフィレンツェ映画祭に出品され「観客賞」を受賞します。木村秋則『リンゴが教えてくれたこと』が文庫化(日経ビジネス人文庫)されたのはそのころです。 したがって、木村秋則『リンゴが教えてくれたこと』(日経ビジネス人文庫)をあえてとりあげる必要がないかもしれません。ただし私には別の思いがあります。後日のブログを引いてみます。◎古新聞から奇跡のリンゴ 以下は後日のブログからの転記です。この時点では、まだ本は存在していません。沖縄へ旅行をしたときのことでした。 (「藤光日誌2007」の引用) 家内がフロントから、古新聞をもらってきました。お土産の壊れ物を包むのが目的でした。「沖縄タイムス・2007年9月29日」をトイレに持ち込んで読んいました。以前に触れたのですが、「奇跡のリンゴ」の記事が掲載されていました。 主人公は青森県弘前市のリンゴ農家、木村秋則さん(57歳)。以前はたっぷりと農薬を散布して、リンゴの栽培をしていました。奥さんが膚を痛めて、仕事ができない状態になってしまいました。県の指定通りの農薬と化学肥料を使っていたのですが。 それ以来木村さんは、無農薬・無肥料のリンゴ栽培に取り組みました。しかし、5年間は収穫ゼロ。必然収入はゼロとなり、周囲からはカマドケシ(津軽弁で「破産者」)と呼ばれました。 自殺しようとロープを片手に、木村さんは山中に入りました。そのときに、元気いっぱいで育っている野性のドングリと遭遇します。ここまでは、私の知っている「軌跡のリンゴ」の話。新聞記事には、知らない世界が詳述されていたのです。(つづきは明日)(「藤光日誌」2007.07.24より転載)◎奇跡のリンゴその2(昨日のつづき) トイレで排泄するのも忘れ、その記事(奇跡のリンゴ)を読みました。木村さんは、農薬なしに成長しているドングリに着目しました。そして「この環境を再現できればいける」と確信したのです。土の力を最大限に発揮させる木村さんの栽培は、徹底した観察力と分析力から生み出されました。 8年目、1本の木に7つの花が咲き、秋には小さな実が2つだけなりました。翌年、すべての木が白い花をつけました。木村さんは奥さんと泣いたそうです。こうして、自然と共存させる「奇跡のリンゴ」が誕生したのです。「育つのはリンゴ。私はその環境を整えるのが仕事」。木村さんはそういいます。これは私の哲学とまったく同じです。農薬や化学肥料(情報や知識)を与えまくる企業は、ぜひ参考にしてもらいたいと思います。 上司の大切な使命は、育つ環境を整えることにあります。偶然とはいえ、ずっと関心のあった「軌跡のリンゴ」の全容が明らかになり、感動しました。(藤光日誌:2007/07/25より転載) 私は「奇跡のリンゴ」を読む前から、偶然にもテレビや沖縄の新聞で木村秋則さんを知っていました。不可能を可能にしたものがたりを、ぜひあなたの挑戦心のターボにしてもらいたいと思います。 木村さんのリンゴは予約をしても、何年も先まで手にはいらないようです。したがって近所のスーパーで、買ったリンゴを食べています。本を読む前からの偶然に敬意を表して、あえて木村秋則『リンゴが教えてくれたこと』(日経ビジネス人文庫)を紹介させていただきました。(山本藤光:2009.08.19初稿、2015.06.06改稿)
2015年06月07日
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洗濯女ジェルヴェーズは、二人の子供と共に、帽子屋ランチエに棄てられ、ブリキ職人クーポーと結婚する。彼女は洗濯屋を開くことを夢見て死にもの狂いで働き、慎ましい幸福を得るが、そこに再びランチエが割り込んでくる……。〈ルーゴン・マッカール叢書〉の第7巻にあたる本書は、19世紀パリ下層階級の悲惨な人間群像を描き出し、ゾラを自然主義文学の中心作家たらしめた力作。(内容案内より)ゾラ『居酒屋』(新潮文庫、古賀照一訳)◎酒飲みの男に翻弄されるエミール・ゾラは1840年にパリで生まれました。文筆家としては不遇な時代を重ね、名声を得たのは第7作の『居酒屋』(新潮文庫)からでした。それ以降はフランス自然主義文学の大家として、やがてもう一つの代表作『ナナ』(新潮文庫)へとつなげます。『居酒屋』の舞台は、19世紀半ばのパリの裏町です。ゾラの最大の武器は、巧みな描写力にあります。まるでパリの下町の風景を、目の当たりにしているような感じがします。登場人物のセリフも一つひとつが心に響きます。洗濯女同士の乱闘場面がありますが、迫力に満ちた素晴らしい筆運びです。働き者で器量のよい、洗濯女のジュルヴェーズは22歳。10歳のときから、洗濯女として働いています。彼女は愛人ランチェとの間にできた2人の子供を連れて、ランチェとともにパリに転居してきます。ある日ジュルヴェーズは安宿「親切館」で、ランチェの帰りを待ちながら朝を迎えます。ランチェは戻ってきません。女と失踪してしまったのです。パリの朝の喧騒。待つ人の戻らぬ安宿の窓辺。泣きぬれるジュルヴェーズ。エミール・ゾラはそんな場面から、物語を動かします。酒飲みで浮気者のランチェが失踪した後、ジュルヴェーズは同じ屋根裏部屋に住む、実直なブリキ職人のクーポーと結婚します。2人の間に、ナナという娘が生まれます。夫婦はそれぞれ勤勉に仕事をし、少しばかりの蓄えもできます。ジュルヴェーズは、将来洗濯屋を開業したいと夢見ています。◎母と娘の物語『居酒屋』はジュルヴェーズとナナの物語です。本書では子供時代のナナが、描かれています。ゾラはその後ナナを主人公に据えた、『ナナ』(新潮文庫)という作品を発表します。ある日ブリキ職人のクーポーは、屋根から落下して働けなくなります。治療費で蓄えが、底をついてゆきます。回復したクーポーは酒を覚え、居酒屋に入り浸ります。実直なブリキ職人の面影は消え失せ、働こうとはしません。ジュルヴェーズはそんなクーポーを許しながら、健気に働き続けます。そんなときにグージェがお金を貸してくれます。ジュルヴェーズの奮闘で、店は再び隆盛を取り戻します。そこへクーポーが失踪した愛人ランチェを連れてきます。3人の不自然な生活がはじまります。働く意欲のない2人の男のために、ジュルヴェーズの生活はすさんでゆきます。ナナが家出をします。家出前のナナは、自由奔放な子供でした。その後のナナについては、『ナナ』で詳しく描かれています。ちょっとだけ文庫案内で、紹介させていただきます。――名作『居酒屋』の女主人公の娘としてパリの労働者街に生れたナナ。生れながらの美貌に、成長するにしたがって豊満な肉体を加えた彼女は、全裸に近い姿で突然ヴァリエテ座の舞台に登場した。パリ社交界はこの淫蕩な“ヴィナス"の出現に圧倒される。高級娼婦でもあるナナは、近づく名士たちから巨額の金を巻きあげ、次々とその全生活を破滅させてゆく。(文庫案内より)『居酒屋』はどん底に落ちていく、パリの下層階級の物語です。本書でのナナは、なぜか鮮明には描かれていません。おそらく『ナナ』への、伏線のつもりだったのでしょう。『居酒屋』は暗い話なのに、明るい仕上がりになっています。パリの下町の酒を、居酒屋で十分に堪能してください。(山本藤光:2011.06.09初稿、2015.06.05改稿)
2015年06月06日
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敗北が決定的となったフィリッピン戦線で結核に冒され、わずか数本の芋を渡されて本隊を追放された田村一等兵。野火の燃えひろがる原野を彷徨う田村は、極度の飢えに襲われ、自分の血を吸った蛭まで食べたあげく、友軍の屍体に目を向ける……。平凡な一人の中年男の異常な戦争体験をもとにして、彼がなぜ人肉嗜食に踏み切れなかったかをたどる戦争文学の代表的名作である。(文庫案内より)大岡昇平『野火』(新潮文庫)◎実体験をつづった 朝日新聞(2014.9.12)に、「戦場の恐怖 割れた評価」という記事が掲載されました。塚本晋也監督の映画「野火」の、ベネチア国際映画祭での反響です。この映画は商業的に難しい題材のために出資者があらわれず、塚本晋也が自主制作し自ら主演をつとめたものです。残念ながら受賞はのがしましたが、「原作の宗教性や文学性を飛び越え皮膚感覚を刺激してくる」と評価されました。 大岡昇平『野火』(新潮文庫)は著者自身の戦争体験に、俘虜収容所での見聞をかさねた作品です。大岡昇平は1944年に、フィリピンのミンドロ島へ行っています。しかし米軍に追われて山中に逃げ、やがて露営地もおそわれて俘虜となります。『野火』はしばしば、カンニバル小説の代表格としてあげられています。海老坂武司は著書『戦後文学は生きている』(講談社現代新書)のなかで、「極限の飢えの中で人間の肉を食うか否かの問いを主要テーマとしたのはこの小説が最初のはずです」と書いています。おそらく大岡昇平の描いた世界には、誰ひとりはいってこられないと思います。これは戦争体験者でなければ、描きえない世界だからです。『野火』については、さまざまな評論があります。丸谷才一は『文章読本』(中公文庫)のなかで、大岡昇平の文体について訴求しています。――『野火』の文体のことで思ひ出されるのは、『シェイクスピアの本当にすぐれたレトリックは作中人物が自分自身を劇的な光でみるといふ状況において現れる』といふT・S・エリオットの指摘である。これは今の場合にじつにうまく符合する。『野火』はまさしくそのやうな状況の連続で出来あがってゐる。しかも一人称で書かれた物語なのだから、レトリカルになるのはむしろ当然なのである。(丸谷才一『文章読本』中公文庫P226より) 丸谷才一がレトリックに着目したのにたいして、大江健三郎は「トリックスター論」を展開しています。これも非常にユニークな読み方で、私は再読にあたって、2人のコメントを念頭におかせてもらいました。――大岡昇平の『野火』のヒーローは、敗戦の戦場で軍隊の群れから離脱せざるをえなくなった一兵士であるが、かれの存在、彼のものの見方、行動には、まさに直接、ウィネバゴ・インディアンのトリックスターを思い出させるところがしばしばあるからである。(大江健三郎『言葉によって-状況・文学』新潮社P266より)「トリックスター」について、すこし説明が必要かもしれません。山口昌男『アフリカの神話的世界』(岩波新書)や河合隼雄『昔話の深層』(講談社+α文庫)にもとりあげられています。――アフリカの神話及び昔話を少しまとめて読み聴きすればすぐ気づくのだが、その中でもっとも中心的な部分を占めるのは野兎のごとき「いたずら者(トリックスター)」の神話である。(山口昌男『アフリカの神話的世界』岩波新書P5より) 山口昌男は、トリックスター研究の第1人者です。彼は引用著作のなかで「かちかち山の兎」をイメージするように説明もしています。この引用だけでは、わかりにくいと思います。山口昌男『アフリカの神話的世界』(岩波新書)については、「山本藤光の文庫で読む500+α」でとりあげる予定です。くわしくはそこで書くことにします。◎飢餓と絶望の遁走「私」田村一等兵は、敗戦濃厚なフィリピンのレイテ島に派兵されます。しかし「私」は喀血をし、5日分の食料をあたえられて野戦病院へ送られます。病院の周囲は、たくさんの入院待ち患者であふれていました。「私」はすぐに入院を許可されますが、3日めに強制退院させられます。分隊にもどると、5日分の食料をあたえたのだから、5日間は病院においてもらえといわれます。しかたがなく病院へもどりますが、病院は再入院をみとめてくれません。食糧不足のおり入院は、食料のもちこみがあるか否かできめられていました。――中隊にゃお前みてえな肺病やみを、飼っておく余裕はねぇ。(中略)死ぬんだよ。手榴弾は無駄に受領しているんじゃねえぞ。それが今じゃお前のたった一つのご奉公だ。(本文P5より)「私」は病院の外にいる、病人たちの群れのなかに身をおきます。彼らは食料にも事欠き、なすすべもなく身を横たえているだけです。翌朝、米軍の攻撃をあびます。「私」は山の中へと逃げこみます。孤独と絶望の彷徨がはじまります。ときどき「私」は野火の煙をみます。それはフィリピン人か敵の存在をしめしています。恐怖がはしります。――歩き出した「私」は、あちこちに野火を見る。それは十一月の下旬のこの島では、トウモロコシの殻を焼く野火なのだが、燃焼物と一緒に、島民がいるはずで、島民はすべて日本兵にとっては敵なのである。(宮本輝『本をつんだ小舟』文春文庫P312より) そして「私」は、倒木のかげで木の芋をみつけます。目の前までせまっていた死が遠のき、「私」は死なないことへの喜びを感じます。そんなときに、かなたに十字架をみとめます。「私」は十字架を目指して歩き出します。 略奪のかぎりをつくされ、村には誰ひとりいませんでした。そんな村へ若いカップルがやってきます。私は誤って女性を狙撃します。「私」は苦悩し、自分を責めながら村を離れます。途中で銃を捨てます。ふたたび山のなかを、さまよう毎日が訪れます。 途中でいくつもの死体に遭遇します。死体は一様に臀部が削ぎ落されていました。飢えた「私」は、その意味を理解します。山をこえ、谷をくだり、重い体を引きずりながら、「私」は歩きつづけます。 途中で将校の服をきた男と出会います。彼は死にかけており、完全に狂っているようでした。――「天皇陛下様。大日本帝国様」と彼はぼろのように山蛭をぶらさげた顔を振りながら、叩頭した。「帰りたい。帰らしてくれ。戦争をよしてくれ。俺は仏だ。南無阿弥陀仏。なんまいだぶ。合掌』(中略)「何だ、お前まだいたのかい。可哀そうに。俺が死んだら、ここを食べてもいいよ」彼はのろのろと痩せた左手を挙げ、右手でその上腕部を叩いた。(本文P129-130より)「私」は将校の死を見届けて、心をはげしく動かされました。――私は右手で剣を抜いた。/私は誰も見てはいないことを、もう一度確かめた。/その時変なことが起こった。剣を持った私の右の手首を、左の手が握ったのである。(本文P131より) この場面は『野火』全体を、凝縮していると思います。「俺は仏だ」といった将校の死体をまえに、神が出現したのです。 その後かって病院のかたわらで、知己となった安田と永松と出会います。2人は猿の干肉だといって、飢えた「私」にほどこしをくれます。 食い扶持を減らすために、安田は「私」と永松に手榴弾を投げます。かろうじてかわした永松は、安田を撃ちます。そして「私」は永松の吐いた言葉に憎悪して、彼を撃ちます。「私」の記憶は、ここで途切れます。「私」は東京の精神病院で、レイテ島の手記をつづっています。◎『レイテ戦記』を早く読め 丸谷才一は『樹液そして果実』(集英社)のなかで、『野火』は5、6回読んだと書いています。私はたった2回しか読んでいませんので、底の浅いレポートしかできません。そして『俘虜記』(講談社文庫)は読んでいますが、『レイテ戦記』(全3巻、中公文庫)は未読のままです。気になっているのですが、なかなか手がまわりません。奥泉光はつぎのように、はやく読むようにとうながしています。――『レイテ戦記』は偉大な作品である。その偉大さは、たとえばホメーロスの叙事詩に連なるような偉大さであって、日本近代文学の伝統に傑出し、幾つかの優れた例外とともに孤立している。(奥泉光『虚構まみれ』青土社P226より)(山本藤光:2012.09.22初稿、2015.06.04改稿)
2015年06月05日
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「あなたがお隣に引っ越してきてから、わたしの人生はまた乙女時代に戻ったかのような活況を取り戻しました」竹内京子、二十歳。右目の斜視にコンプレックスを抱く彼女が、就職を機に引っ越した先で、変わり者のおばあさん、杉田万寿子に出逢った。万寿子からさまざまないやがらせを受け、怒り心頭の京子。しかし、このおかしなやりとりを通じて、意外にも二人の間に、友情ともいうべき感情が流れ始めるのだった。半世紀の年齢差を超えた友情が、互いの人生に影響を与えていく様を温かな筆致で描く感涙の物語。(「BOOK」データベースより)黒野伸一『万寿子さんの庭』(小学館文庫)◎明るく〈孤独〉を描きつづける 黒野伸一は、〈孤独〉を真綿で包む名人です。 黒野伸一は47歳(2006年)のときに、『ア・ハッピーファミリー』で小学館きらら文学賞を受賞しています。本作はのちに『坂本ミキ、14歳。』(小学館文庫)と改題されています。7人家族の3女坂本ミキは、クラスで〈孤立〉しています。 最近では『限界集落株式会社』(小学館文庫)が話題を呼んでいます。これも企業を退職した主人公が過疎の集落で〈孤軍奮闘〉する物語です。テレビドラマ化された『長生き競争! 』 (小学館文庫/廣済堂文庫)も、76歳の老人グループの〈孤独〉な挑戦を描いた作品です。『2泊3日遺言ツアー』(ポプラ文庫)は、タイトルから〈孤独〉がうかがい知れると思います。 しかし黒野伸一作品には、暗さはみじんもありません。〈孤独〉は誰かの温かい行為や言葉で、しだいに薄まってゆきます。その過程とめぐりあうのが、黒野伸一作品の魅力です。私の書棚にはすでに11冊の黒野伸一著作があります。さすがに『格闘女子』『格闘美神』(ともに光文社文庫)には食欲がわかず、そのまま放置してあります。 私が読んだ9作品のなかでは、『万寿子さんの庭』(小学館文庫)がいちばん光輝いています。この作品には孤独癒し大賞を授与したいと思います。なんといっても、いじわる婆さんのような杉田万寿子さんのキャラクターが好ましいのです。◎「京子ちゃん」「万寿子さん」 主人公の京子は、斜視であることに劣等感をもっています。幼いころに母を亡くし、叔母さんに面倒をみてもらっていました。しかし伯母さんとも折り合いが悪く、短大へ入ることを理由に上京しています。京子は内気で、孤独感な20歳です。就職を機会に引っ越しをします。 引っ越した先の向いには、杉田万寿子さん78歳が住んでいました。――大家の話によると、杉田さんというのはやはり一人暮らしだった。旦那さんは、もうずいぶん前に亡くなったのだという。近所付き合いはせず、庭で草木の世話をするのが唯一の趣味のような、孤独な老人であるらしい。(本文P36より) 杉田万寿子の家の前をとおるとき、あいさつをしようと思うのですが、彼女はこちらを見ようともしません。あいさつをなげかけても無視されてしまいます。そんなとき、京子は小さな声を耳にします。――その時わたしの背中に、小さな言葉が投げつけられた。わたしは一瞬えっと思い、後ろを振り返った。杉田さんは相変わらずわたしに背を向け、土いじりに没頭している。周りを見渡したが、杉田さん以外表に人のいる気配はない。誰かがどこかの窓から言ったにしては、声はごく近くから聞こえた。/間違いない。杉田さんだ。/確かに彼女は、わたしのことを「寄り目」と言った。(本文P37より) 杉田万寿子には娘がいるのですが、折り合いが悪くて交流はありません。ゴミの分別をきちんとしないので、近所からも孤立しています。そして翌日あいさつをした京子は、「ブス」という言葉を返されます。 そんな万寿子さんと京子の距離は、すこしずつ縮まってゆきます。単なる隣人だった2人の関係は、しだいに祖母と孫のようなものにかわってゆきます。そしておたがいの呼称も、「京子ちゃん」「万寿子さん」へと進化するのです。 孤独だった2人は、いっしょに庭の花を植え替えます。デパートへショッピングにも行きます。箱根へも旅行に出かけます。そしてある日、京子は万寿子さんに老いの影を発見するのです。対等だった2人の関係に、人生のひずみが生じます。 なんともほのぼのとした、温かみのある作品でした。黒野伸一はおそらく近いうちに、大ブレークすることでしょう。もっと長い作品を読んでみたいと思います。(山本藤光:2010.07.22初稿、2015.06.03改稿)
2015年06月04日
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世間の様相や日々の暮らし、人間関係などを“融通無碍な身の軽さ”をもって痛快に描写する『徒然草』。その魅力をあますことなく解説して、複雑な社会を心おだやかに自分らしく生きるヒントにする人生論。(アマゾン案内より)荻野文子『ヘタな人生論よりも徒然草』(河出文庫)◎スローライフの先駆け 多くの人が古典にふれるのは、高校時代の3年間だけでしょう。それもほんのさわりだけです。あくびをかみころしつつ、睡魔と闘った授業を懐かしく思い出す人は多いと思います。私もそんなひとりでしたが、なぜか『徒然草』だけは好きでした。 書店で本書を手にしたときに、もう一度あの世界にふれてみたいと思いました。スローライフの先駆けである本書を読んで、のんびりとした生活をとりもどしたいと思いました。『徒然草』序段を、そらんじていえる人はたくさんいると思います。私もしっかりと記憶しています。――つれづれなるままに 日ぐらしすずりにむかひて 心にうつりゆくよしなしごとを そこはかとなく書きつくれば あやしうこそものぐるほしけれ(序段より) はじめて『徒然草』にふれたときに、作者の名前が吉田であることに驚いた覚えがあります。あまりにも今風な苗字。源(実朝)とか鴨(長明)などとくらべて、違和感を抱いたのでしょう。そして出家前の名前が、卜部(うらべ)兼好(かねよし)と知ったときには、吹き出してしまいました。 そんな意味で、『徒然草』には思い出がありました。序段の印象は、兼好って暇だったのだなということでした。今回本書に接して、『徒然草』の奥深さを学びました。『徒然草』は、立派な人生の指南書だったのです。 本書は予備校の先生が、『徒然草』をわかりやすく読み解いたものです。古典にはなじみの薄い方も、気軽に読むことができます。――「品性」とは、知性と感性を兼ね備えたもの。何かを形に残している人は、小さな積み上げをたゆまず続けている。(本文より) 著者は、ヘタな人生論よりも、『徒然草』がおもしろいと書いています。そのとおりだと思います。『新潮日本古典集成・徒然草』を買って、読み返してみたくなったほどです。本書は古典アレルギーの方にも、お薦めしたい一冊です。◎人生のすべてを凝縮 本書は、見出し、著者が抜き出した本文(現代語訳になっています)、著者の解説という構成になっています。『徒然草』の全文を読もうという人には、物足りないかもしれません。入門書としては手抜きのない、品格を備えた著作です。章立ての設定も、実に鮮やかです。観る:世間という魔物の正体を観察するつき合う:疎み疎まれずに人とつき合う極意捨てる:あれもこれもの欲望をいかに捨てるか高める:わが身を内から支える品性と教養の高め方極める:別れや死、限りある人生をどう極めるか生きる:自分らしく、つれづれの境地にあそぶ この章立ては、人生のすべてを凝縮しています。本書はまさにタイトルどおり、「ヘタな人生論」を凌駕していることを保証させていただきます。本書にふれて『徒然草』の魅力を理解したら、現代語訳または新訳を読んでもらいたいと思います。私は角川書店編『徒然草』(角川ソフィア文庫)をお薦めします。この古典シリーズは、非常に読みやすくできています。 私がお伝えしたいことは、『ヘタな人生論よりも徒然草』の「まえがき」に書かれています。拾ってみたいと思います。(引用はじめ) ――まえがき:複雑な現代社会を絶妙なバランスで歩くために。――『徒然草』は、1330年ごろに出家僧・吉田兼好によって書かれた随筆である。――兼好は、この時代には珍しく「合理的で論理的な思考」の持ち主である。世間の様相・日々の生活・人間関係などの日常的な話題から、心理・教養・哲学・宗教などの学術的な話題にいたるまで、その視線は広く深く、指摘や意見は簡潔明瞭で鋭い。(引用おわり)◎日本の古典文学を平易な本で読もう 日本の古典文学を読もう、と気合を入れた友人はたくさんいます。私もその一人でしたが、読みつづけているという友人の話は聞いたことがありません。それは読書の出発点に問題があったからです。もうひとついうなら、難解な原文に近い著作を選んだためでしょう。挫折してしまうのが当然です。 私が日本の古典に挑もうと、気合を入れてはじめて買い求めたのは、『新潮日本古典集成・古事記』でした。読破するぞと気合ははいっていましたが、読むのがつらくなりました。『古事記』すら読んでいない読書家。失望しながら、何度も自分自身をののしりました。 『古事記』を読みきれなかった挫折感は、ずっと尾を引きました。ある日、書棚から声が聞こえてきました。私の書棚は著者別に並んでいます。呼んでいるのは、あ行の阿刀田高『楽しい古事記』(角川文庫)でした。気合いをいれて再読してみました。タイトルにあるように、楽しく読み進むことができました。これだ、と思いました。文学者ではないのですから、その道の人がやさしく書いてくれた入門書からはいるべきだったのです。そうきめて、次つぎに「日本の古典」入門書を買い求めました。 そのなかの1冊が、荻野文子『ヘタな人生論よりも徒然草』だったのです。古典や哲学などの著作は、私の能力でいきなり原書に挑むのはムリです。遠回りになりますが、入門書→現代語訳→原書とたどりたいと思います。まちがっても「あらすじ本」にだけは手をだしません。 日本の古典文学にふれてみたい、という方のために格好のシリーズが刊行されました(2009年11月)。講談社『21世紀版・少年少女古典文学館』(全25巻)です。「徒然草」は、第2回配本にはいっています。執筆人がとてもビッグです。第1回配本の6冊を紹介します。源氏物語(上、下):瀬戸内寂聴古事記:橋本治枕草子:大庭みな子落窪物語:氷室冴子竹取物語・伊勢物語:北杜夫・俵万智 宣伝コピーには「辞書なしで、古典の名作がラクラク読める」とあります。実際に『枕草子』(大庭みな子)を読んでみました。ルビが多く読みにくかったのですが、古典の入門書としては良質なシリーズだと思いました。1冊1470円(税込)ですから、全巻をそろえると結構な投資になります。 このシリーズは、児童書コーナーの棚にありました。しかも千葉でいちばん大きな三省堂ですら、配本は1冊ずつのみです。出版社に気合が感じられませんけれど、日本の古典の入口としてはお薦めのシリーズだと思います。(山本藤光:2009.11.27初稿、2015.06.02改稿)
2015年06月03日
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主人公のアルセストは世間知らずの純真な青年貴族であり、虚偽に満ちた社交界に激しい憤りさえいだいているが、皮肉にも彼は社交界の悪風に染まったコケットな未亡人、セリメーヌを恋してしまう――。誠実であろうとするがゆえに俗世間との調和を失い、恋にも破れて人間ぎらいになってゆくアルセストの悲劇を、涙と笑いの中に描いた、作者の性格喜劇の随一とされる傑作。(7文庫解説より)モリエール『人間ぎらい』(新潮文庫、内藤濯訳)◎伝統の悲劇から喜劇へモリエールは、貴族的裕福な家に生まれました。シラノ・ド・ベルジュラックらとともに唯物論を学びながら、演劇の世界に傾倒してゆきます。年上の女優マドレーヌ・ベジャールに恋をし劇団一座を興しますが、やがて破産します。その後、各地を巡業しながら、イタリア喜劇に興味をもちはじめます。 プチ・ブルボン劇場での出演許可を得ましたが、上演した悲劇はことごとく失敗に終わります。この時点でモリエールは、本格的に喜劇と取り組みはじめました。1655年から上演した喜劇「粗忽者そこへ」や「恋の恨み」が評価を得て、「才女気取り」で人気が沸騰しました。 当時の演劇は、悲劇であることが伝統でした。モリエールは亜流だと、仲間うちの批判にさらされることになります。モリエールはつぎのように、それらのやっかみを切り捨てました。――喜劇は悲劇に比べて、まさるとも劣らぬジャンルであること、ドラマとは必ずしも外面的な動きばかりでなく、人間心理のなかにも存在すること、そして演技は従来の誇張されたものではなく、あくまで自然でなければならないことを強調した。(「新潮世界文学小事典」より)主人公のアルセストは、世間知らず、清廉潔白、生真面目な貴族です。年齢は定かにされていませんが、30歳後半くらいと推察できます。彼はフランス社会に憤りを感じています。特に偽善に満ちた社交界には、許しがたい感情を抱いています。 そんなアルセストが、若い未亡人・セリメーヌに恋をします。彼女は社交界の悪習にどっぷりと浸かり、若い伯爵たちを手玉にとっています。舞台は全5幕で構成されています。登場人物は少ないのですが、かみあわない会話が矢つぎばやに展開されます。何度も笑ってしまいました。 ちょっとだけ、会話の妙を味わってもらいたいと思います。セリメーヌは第2幕第1場から登場します。アルセストはいきなり「あなたのなさり方は、僕にはどうも得心が行かない。僕は、気が揉めてもめて、しょうがない」とセリメーヌに迫る場面です。(引用はじめ) セリメーヌ:すると、どうやらあなたは、喧嘩を吹きかけようと思って、わたしを家まで送って来たようじゃありませんか。アルセスト:いや、ちがう。でも奥さんは、訪ねて来る人があると、すぐだれにもなれなれしい素振りをなさるんだが、あなたのそのやり口がよろしくないんです。だからあなたのまわりには、憎からず思われようという連中が、うるさいほど押し寄せてくるんです。僕はそれを、とても平気で見てはいられないんです。 セリメーヌ:するとあなたは、どなたにも愛想よくするのが不都合だとおっしゃるのね。だって皆さまがわたしを好きで訪ねていらっしゃるんだもの、それをいけないと言うわけには行かないわ。皆さまがわたしに会おうとうれしい骨折りをなさるのに、棒を持ちだして追払うわけには行かないじゃありませんか。 (引用おわり、本文P32より) ◎モリエールのような作品は書けない モリエールのような登場人物は、どんなに熟達した劇作家でも、日本人には書けません。貴族はいませんし、社交の場もありません。アルセストは八方美人ではなく、訪問者に歓迎度合いの優劣をつけろと迫っています。つづきをご紹介したいと思います。(引用はじめ)アルセスト:いや、棒なんかどうでもよろしい。もっとみんなに、隔てのある、無愛想な仕向けをしていただきたいんです。(後略)(引用おわり、本文P33より)アルセストは、セリメーヌの恋人ではありません。一方的に彼が彼女に恋しているレベルです。アルセストは、不思議な思考回路をそなえています。それが相手には伝わりません。本書の楽しさは、腹の中でわらうたぐいのものではありません。剛速球と変化球が読者というミットに、交互に投げこまれるような感じなのです。あるいは、コインの表に喜劇、裏側に悲劇があって、それがくるくると回っているような感じです。モリエール作品のルーツは、古代ローマ時代の古典にあるようです。また吉本新喜劇に影響をおよぼしている、との記述も見つかりました。 私はアルセストによく似た、部下をもったことがあります。実直で生まじめで怒りっぽい。そこまでは似ているのですが、彼の言動からは「喜劇」を読みとることはできませんでした。 アルセストもセリメーヌも魅力的に描かれていましたが、私はアルセストの友・フィラントの役まわりに感心しました。彼はすべての球種を捕球する、名キャッチャーなのです。(標茶六三:2009.12.16初稿、2015.06.01改稿)
2015年06月02日
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17歳の時に『貧しき人々の群』で文壇に登場、天才少女として注目を集め、その後もプロレタリア文学の作家、民主主義文学のリーダー、左翼運動家として活動した。日本共産党元委員長宮本顕治の妻で、宮本と共に投獄、執筆禁止などを繰り返した。(宮本百合子について)宮本百合子『伸子』(新潮文庫)◎『伸子』は近代文学の最高峰作品 宮本百合子は、文化的にも経済的にも恵まれた家庭で育ちました。そんな環境のなかで、17歳(数え年18歳)のときに『貧しき人々の群れ』(角川文庫)を発表しています。その序には、武者小路実篤の詩文集「小さな泉」が引用されています。人道主義作家への傾倒は、祖父・中条政恒の影響によるものとされています。 祖父は幕末の米沢藩に籍をおき、北海道開拓を建議しています。百合子は幼時祖父母のところ(開成山桑野村)をたびたび訪れていて、祖父の志に影響されました。百合子の父は明治の先進的な建築家で、こうした環境が天才少女誕生のゆえんです。 宮本百合子は1918(大正7)年、小ブルジュア的・排他的な家庭がいやで、アメリカに遊学しました。コロンビア大学の聴講生となった彼女は、古代東洋語学の研究者・荒木茂と結婚します。しかし結婚生活は、『伸子』に描かれたようなすれちがいの連続でした。帰国後離婚し、宮本百合子は『伸子』の執筆を開始します。 その後彼女は、1930(昭和5)年プロレタリア作家同盟に加入し、翌年日本共産党員になっています。1932(昭和7)年に宮本顕治と結婚しましたが、1ヵ月後に彼女は検挙され、顕治は地下にもぐりました。翌年に小林多喜二が虐殺され、顕治も検挙されています。宮本百合子は顕治と12年間娑婆(しゃば)で会っていません。 神田の古本屋で、中条百合子『伸子』という本を見たことがあります。おそらく最初の『伸子』作品は、旧姓で発表されていたのでしょう。買っておけばよかったと、後悔しています。いまでは『伸子』の作者は宮本百合子と定着していますが、おそらく旧姓での本もあるはずです。 前記のとおり『伸子』は、自伝的な作品です。近代的な自我と離婚の自由を描いた、近代文学では最高峰の作品です。読んでみて、なるほどと思いました。この作品には、続編があります。『二つの庭』と『道標』です。2冊とも文庫での在庫は、アマゾンで発見できませんでした。一方スーパー源氏には、たくさんの在庫がありました。近代日本文学を探すのなら、こちらのサイトをお薦めします。◎張り詰めた風船がしぼむ 20歳の伸子は、父親・佐々のニューヨークでの仕事に随行します。母親の束縛から逃れたかったのです。伸子は、日本人学生クラブの茶話会に招かれます。しかし堅苦しい雰囲気には、まったくなじめませんでした。 そんななかで、司会をつとめた男が眼にとまりました。アメリカで15年間も古代ペルシャ語を学んでいる、35歳の苦学生・佃一郎でした。佃はたびたびホテルを、訪ねてくるようになります。 伸子はしだいに、堅物で根暗な佃を意識するようになります。そして母親の反対を押しきって、佃と結婚します。自立できない、経済的にも貧しい、自らの心のうちを明かさない。そんな佃に母性本能をくすぐられた伸子は、自ら結婚を申しでたのです。 帰国した伸子を、さまざまな困難が待ち受けています。書いた小説について、母親批判と受け止められます。佃は終始実家となじめません。伸子は現状を回復しようとつとめますが、優柔不断な佃は変わりません。結婚は2人の夢を語り合い、実現させること。伸子の夢は次第にしぼんでゆきます。自分のことしか語れない佃。いくら伸子がもちかけても、2人のことにふれようともしません。 伸子は離婚を考えるようになります。佃は世間体を第一義に、のらりくらりと拒絶します。『伸子』では、だれも亡くなりません。1人でふくらませていた風船を、2人でふくらませたい。しかし風船は目にみえて、勢いを失ってしまいます。切ない物語です。 最後の場面がきわだっています。これから読む人のためにあえてふれませんが、伸子の夫の正体があらわれるセリフが、読後の耳に残りつづけます。 宮本百合子は、プロレタリア文学作家という枠でくくられています。しかし本書はそうした枠から、はみだしています。その点についてふれた文章があります。興味深いので、転記させていただきます。 ――彼女(註:宮本百合子)の文学的才能の素晴らしさ。人間的な強さと純潔さと進歩性を高く評価した日本共産党は非公然党員の手塚英孝をひそかに彼女のもとに送ってマルクス主義の道へと導いた。手塚英孝のあとを受けついだのが宮本顕治である。それが宮本顕治と中条百合子の間に熱烈な恋愛を生み出す第一歩となる。(『新潮日本文学21・宮本百合子集』のしおり「江口渙・宮本百合子について」より) 時期は明記されていません。宮本顕治と知り合う以前の彼女は、マルクス主義など知らなかった、ということだけは確かです。そんな意味で、純粋な女性の視点で書かれた『伸子』には、政治色はありません。プロレタリア文学と毛嫌いせずに、ぜひ読んでいただきたいと思います。いま確認しました。アマゾンの中古は。千円(郵送料込み)くらいで購入できます。(山本藤光:2010.01.29初稿、2015.05.31改稿)
2015年06月01日
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