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貞観七(865)年正月、高丘親王は唐の広州から海路天竺へ向った。幼時から父平城帝の寵姫藤原薬子に天竺への夢を吹きこまれた親王は、エクゾティシズムの徒と化していたのだ。鳥の下半身をした女、犬頭人の国など、怪奇と幻想の世界を遍歴した親王が、旅に病んで考えたことは…。遺作となった読売文学賞受賞作。(「BOOK」データベースより)澁澤龍彦『高丘親王航海記』(文春文庫)◎夢のような天竺『高丘親王航海記』(文春文庫)は、澁澤龍彦の遺作となります。下咽頭癌のために59歳で亡くなるのですが、私は本書を澁澤ワールドの集大成と受け止めています。 澁澤龍彦の著作は『ちくま日本文学018渋澤龍彦』(ちくま文庫)で一通り読んでいました。「高丘親王航海記」も、そのなかの収載作でした。しかし「儒艮」と「蘭房」しかなかったために、『高丘親王航海記』(文春文庫)を購入しました。本書には7つの作品が所収されています。 高丘親王は幼いころから父親が寵愛する藤原薬子によって、天竺(インド)は夢のような世界だと吹き込まれていました。67歳のとき高丘親王は、2人の僧侶(安展、円覚)と秋丸(女子)を伴い、天竺へ船出します。 航海の途中のできごとについては、倉橋由美子が著作のなかで全部書いています。それを引用させていただきます。――主人公が次々に出会うのは、人語をしゃべるジュゴン、女の顔をもった鳥、本当に夢を食べて生きているバク、そのバクの肉を食べるという王女、蜜だけを食べて飲食を断ちミイラ化した「蜜人」、雷に感応して卵から生まれてくる美少女、一年以内に死ぬ人の顔は映さないという「鏡湖」、幽霊船じみた海賊船……すべて「澁澤幻想博物館」の逸品ぞろいで楽しめます。(倉橋由美子『偏愛文学館』講談社文庫) 幻想的な長い航海が続きます。やがて親王は自分の死期が近いことを悟ります。なんとか天竺に行きたい親王は、天竺まで飛ぶように駆ける虎の存在を知ります。虎は生身の人間しか食しません。天竺への思いを果たすために、親王は自らの身を虎にゆだねます。 とにかく読んでみてください。幻想に満ちた天竺への挑戦は、ジョナサン・スウィフト『ガリヴァー旅行記』(新潮文庫、「標茶六三の文庫で読む400+α」推薦作)の読者なら、十分に堪能できると思います。◎寓話を引っ張る「球体」 書棚には数冊の澁澤龍彦訳の本があります。サド作では『悪徳の栄え(上下巻)』『新ジュスティーヌ』『恋の罪』、コクトー作では『ポトマック』『大胯びらき』(すべて河出文庫、澁澤龍彦訳)などです。――澁澤龍彦の翻訳した作品で最初に本になったのは、ジャン・コクトーの『大胯びらき』(河出文庫)である。だが、澁沢の声名を一挙に高めたのが、マルキ・ド。サドであることは周知のとおりだ。(ダ・ヴィンチ『解体全書2リクルート) 澁澤龍彦が28歳のときに、『サド選集』(全3巻)を翻訳出版してています。この選集の序文を澁澤は、三島由紀夫に依頼し快諾を得ています。以降三島由紀夫との交流が続きました。澁澤が初めて海外旅行に行ったとき(40歳)、三島由紀夫は楯の会のメンバーと空港へ見送りに行ったほどです。その後、三島は自決しました。澁澤はお別れにきてくれたんだと、当時を述懐しています。 澁澤龍彦の業績については、巖谷國士の著作から引かせていただきます。―― 一九五〇年代の後半以降、この作家・エッセイスト・仏文学者のおよぼしてきた影響は大きい。各時期に、各世代の反応があった。サド文学の紹介者として、反体制的思想家として、いわゆる「異端」文学・芸術の発掘者として、特異な文化史家・博物誌学者として、新しい思想・新しい文学ジャンルの導き手として、また、すぐれた日本語の書き手として――等々。(巖谷國士『澁澤龍彦考』河出書房新社) ずっと気になっていましたが、田中励儀の解説を読んで納得しました。紹介させていただきます。――とめどないほどの挿話をつなぐのは、永遠の女性薬子と、頻出する〈球体〉である。〈球体〉は薬子が天竺へ投げる「小さな光もの」に始まり、鳥を孕む石、獏の糞といったオブジェを経て、親王が呑みこんだ「死の珠」真珠へと展開する。「完全性の象徴」として澁澤が偏愛する〈球体〉は、「世界の縮図としての宇宙卵」の相貌を帯びている。(知っ得『現代の小説101篇の読み方』学燈社、田中励儀) 澁澤龍彦は懐の深い作家です。しかも少年の心を失わない、稀有な作家だと思います。池内紀はそんな澁澤を、次のように書いています。――澁澤龍彦は少年のヴィジョンを失うことなく成熟した数少ない大人の一人だった。(中略)若いころから「異端の作家」などといわれた。フランスの異端サド侯爵の紹介が皮きりで、以降、自動人形、怪物、遊戯機械、畸形、偏愛作家たちをめぐって語りつづけた。そこにつらぬいているものをひとことでいうと、いつも新鮮に驚くことのできる能力だろう。(池内紀『文学フシギ帖』岩波新書)(山本藤光:2013.11.25初稿、2015.07.27改稿)
2015年07月31日
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写真家をめざす大学生の圭司は、公園で偶然に出会った男性から、奇妙な依頼を受ける―「妻の百合香を尾行して写真を撮ってほしい」。砧公園、世田谷公園、和田堀公園、井の頭公園…幼い娘を連れて、都内の公園をめぐる百合香を、カメラ越しに見つめる圭司は、いつしか彼女に惹かれていくが。憧れが恋へと成長する直前の、せつなくてもどかしい気持ちを、8つの公園を舞台に描いた、瑞々しい青春小説。(「BOOK」データベースより)小路幸也『東京公園』(新潮文庫)◎ファインダーのなかの母子 書棚には30冊を超える、小路幸也の文庫がならんでいます。2003年メフィスト賞を受賞した『空を見上げる古い歌を口ずさむ』(講談社文庫)から、10冊くらいまでは「出たらホイ」という感じで読みつないできました。北海道(1961年旭川生まれ)の期待の若手。そんな肩入れがありました。 ところがついに、息切れしてしまいました。『東京公園』(新潮文庫)を過ぎたあたりで、呼吸困難になりました。というわけで、初期作品のなかから、1冊推薦作を選ばせてもらうことにします。「東京バンドワゴン・シリーズ」も2冊を読んだだけですので、評価の対象外にしてあります。『東京公園』は、ほんのりとした味わい深い作品です。主人公の志田圭司は、カメラマンになることを夢見る大学生です。彼は時間がゆるすかぎり、「家族」を撮影するために公園に出かけます。首からさげているのはフォトグラファーだった、母の遺品の一眼レフです。被写体として「家族」を選んでいるのは、母親を亡くした寂しさからのものです。 ある日公園で、幸せそうな母子を見つけます。撮影の許可をもらうために歩みかけた圭司は、男に呼びとめられます。男は初島と名乗り、母子の父親だと告げます。そして今後もこっそりと、母子を撮りつづけてほしいと頼まれます。 初島百合香23歳と娘のかおり2歳を追いかけて、志田圭司のアルバイトがはじまります。百合香は晴れた日には必ず、娘のかおりを連れて東京都内の公園に向かいます。 緑豊かな公園でたわむれる母子を、ファインダー越しにとらえながら、圭司は少しずつ百合香に惹かれてゆきます。そしてある日、ファインダーのなかの百合香に不自然さをおぼえます。撮られていることに、気づいているのではなかろうか。 初島からどこの公園へ行くというメールが届くようになります。百合香は行先を、夫に告げるようになったのです。遠い距離にいる母子を、望遠で近くに引きよせていた圭司は、隠し撮りをしられていると確信します。遠い存在だった百合香の存在が、身近なものへと縮まってきます。シャッターで切りとっていた時間が、動きはじめます。 小路幸也はカメラという小道具を用いて、しっかりと描きわけます。本書には8つの小編が収載されています。なぜ初島が母子の尾行を依頼したのか。初島の家族はなんだったのか。そのあたりについては、本書で確かめてください。◎To 〈Follow Me〉とは『東京公園』の最後の1行にひっそりと、「To 〈Follow Me〉」と書かれています。おそらく通常なら、読み流してしまうかもしれません。しかし1ページを丸々使って、それだけが書かれていたのですから、気になりました。調べてみました。『フォロー・ミー』という映画がありました。原題は「The Public Eye」でした。夫に頼まれた探偵が、人妻を尾行するストーリーでした。小路幸也はこの映画を見て、『東京公園』の着想を得たのでしょう。それゆえ巻末に献辞をのせたのです。 調べおわって、山崎まどかの「解説」を読みました。なんとしっかりと、そのことにふれていました。『東京公園』も映画化されたようですので、『フォロー・ミー』と2本立てで見たいと思います。『東京公園』にはサイドストーリーがあります。アーチスト志望の同居人ヒロ。幼馴染で元彼女の富永。3人が映画を観たり食事をしたりする場面には、若いっていいなと痛感させられました。ヒロのやさしい気遣い。富永の破天荒な行動。どれもが作品のなかで、ストロボ撮影のような輝きをみせます。 そのほか、義姉の咲実、故郷の両親。バイト先のマスターなど、いずれも人間味のある個性で、主人公の圭司をやさしく包みこんでくれます。 最後に『東京公園』のサイドストーリーのページをくくって、これはという場面でシャッターを押してみます。ピンボケかもしれませんが、私の撮った写真をご笑納ください。――実家から荷物が届いているぞとヒロが言った。大きな段ボールの中にはお米と野菜と味噌やらマヨネーズやらの調味料。/一年に四回、こうやって父さんから荷物が届く。僕が東京に出てからそれはずっと続いていて、どうやら季節ごとにこの日に荷物を送ると決めているらしく、いつも同じ日に送られてくる。/実際には、お母さんからだろうけど。/正確には義理の母親。裕子さん。(本文P34より)――両親の話をするときのヒロの声音には、ほんの少しだけ、誰にもわからないぐらいの淋しそうな色が混じる。/ヒロには親がないと言う。実際にはまだ生きているらしいけど、中学生のころから捨てられたも同然という話を聞いた。(本文P37-38より)――ゲイのマスターに奥さん? と疑問に思ったのだけど、いろいろあるらしくて詳しくは訊いていない。とにかく普通に女性と結婚したのだけどガンでなくなってしまったのだそうだ。(本文P100より)――今まで富永が絵を描いているところなんて見たことがない。でもそういえば小学校でも中学校でも、絵は上手かったっけと思い出した。/「本を作りたいって、この絵でか?」/ヒロの問いにこくんと頷いた。/「この絵と、あとたとえば同じ風景を圭司くんが写真に撮ったりして、そしてヒロにレイアウトしてもらってデザインやら装幀やら」/僕とヒロは顔を見合わせてから、すぐに互いに頷いた。(本文P273-274より) 家族っていいな。友だちっていいな。親子っていいな。夫婦っていいな。雇い主とアルバイトの関係っていいな。義理の母も姉もいいな。(山本藤光:2009.11.12初稿、2015.07.29改稿)
2015年07月30日
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アメリカ人を驚愕させ、熱狂させた驚異のルーキー、ICHIRO。衝撃のデビュー、オールスターゲーム、そして新人王、MVPの獲得。マリナーズ番記者歴16年、ベテラン米国人記者だからこそ知りえた証言で綴る大リーガーICHIROのインサイド・ストーリー。(「BOOK」データベースより)ボブ・シャーウィン『ICHIROメジャーを震撼させた男』(朝日文庫清水由貴子・寺尾まち子訳)◎これは番記者の懺悔録でもあるいまでこそ「イチロー」本は、珍しくなくなりました。イチローの言葉を列記した本は、数多く書店で見かけます。ボブ・シャーウィン『ICHIROメジャーを震撼させた男』(朝日文庫)は、『ICHIRO〈2〉ジョージ・シスラーを越えて』(朝日新聞社2005年)も発刊されています。こちらは文庫化されていません。しかし内容が充実しているので、あわせて読んでいただければ、メジャーリーガー・イチローのすべてが理解できると思います。『ICHIRO・2』は、84年前のシスラーの記録を超えた2004年にフォーカスをあてた著作です。本書のすべては、「はじめに」に網羅されています。少し長くなりますが、ポイントを紹介したいと思います。筆者はアメリカ人の番記者ボブ・シャーウィンです。 ――メジャーリーグに挑戦した最初の1年で、イチローは不朽の名声を得た。この愛知県出身の27歳の青年、1年前には大半のアメリカ人がその存在すら知らなかった若者が、「ichiro」というファーストネームを偉大な野球選手としてアメリカ中に浸透させたのである。(「はじめに」P10より)――日本人野球選手として、イチローは新しい次元への道標をつけた。その重圧は想像するにあまりあるが、イチローがおさめた成績は予想をはるかに超えるものだった。その独特の打撃スタイル、俊足、強肩、冷静沈着ぶりでアメリカ人を納得させ、味方に引き入れた。(「はじめに」P11より)――「ICHIRO」というファーストネームをひっさげたこの青年は、日本球団からマリナーズに移籍し、メジャーリーグで初の日本人野手になれると考えているらしい。そりゃ無理な話だ。正直なところ、私はそう思った。(「はじめに」P12より)――アメリカ人はパワーを好む。バリー・ボンズ、マーク・マグワイアといった特大ホームランをかっとばす選手が好きなのだ。アメリカ人にとっては、何をおいても、ホームラン、ホームランである。そこへ、安打と内野安打を得意とする青年が来るという。アメリカの野球ファンがイチローに慣れるには、だいぶ時間がかかると思われた。(「はじめに」P13より)――この若者にマリナーズが総額2710万ドルもの契約金を支払ったのは、カネばかりかけた愚行であり、ただの無駄遣いにすぎないとも言われた。(「はじめに」P13より)――そろそろ懺悔しなければならない。この日本から来た未知の選手、この「たたき打ち」タイプの細身の打者を信用していたアメリカ人が、いったいどれだけいただろう。そのうえ、これほどの短期間でアメリカの野球界に衝撃を与える選手になることを、いったい誰が予想しただろう。(「はじめに」P15より)ボブ・シャーウィンは、常に間近でイチローを見てきました。アメリカのファンの驚愕を体感してきました。そんな人にしか書けないのが、『ICHIRO』(朝日文庫)です。ぜひ読んでいただきたいと思います。 ◎ヘミングウェイ『老人と海』にシスラーが登場本書のサブタイトルには、「メジャーを震撼させた男」とあります。攻走守の3拍子がそろったイチローの活躍は、確かにメジャーに一石を投じました。本書はそんなイチローを、暖かい視点でみごとに描きあげています。日本人野手として、はじめてのメジャー挑戦。当初イチローには、大きな期待を寄せられていませんでした。あのヤンキースが高い金を提示していないことからも、そのことは歴然としています。のちにヤンキースのオーナーが、地団太を踏むことになります。そしてやがてイチローはヤンキースに迎えられました。著者はアメリカ人の目で、海を渡ってきたクールな野球選手を見つめています。本書には、日本人では書けないいくつもの視点があります。特にマリナーズの同僚へのインタビューは、番記者でなければ拾えないもので斬新です。いとも簡単に、ヒットを量産するイチロー。風のように、つぎのベースを奪うイチロー。エリア51と呼ばれた広範囲な守り。そして矢のような球を投げて、走者を封殺する肩。本書にはさまざまなイチローが登場します。賞賛と驚愕の言葉が満ちあふれています。 興味深い記述がありました。――ブーン(補:内野手)が言いたかったのは、3人のスター選手がいなくなり、かえってロッカールームの雰囲気が良くなったということではないだろうか。雰囲気は良くしようと思ってもそうはならない。自然と変わるものなのだ。(本文より)3人のスタ選手が移籍し、そこに言葉も通じないイチローがはいってきます。言葉は通じなくても、練習態度や試合での一挙手一投足をみれば、だれにでも情熱は伝わります。イチローはぽっかりとあいた3つの穴を、みごと埋めてみせたのです。ヘミングウェイ『老人と海』(新潮文庫)に、メジャーリーガー・シスラーが登場しています。イチローが84年ぶりに記録を更新した、安打製造機として名高いのがシスラーです。漁に出た老人が孤独な船上でメジャーリーグ中継を聞いています。そんな場面に登場するシスラーの記録を塗り替えた男がイチローです。その1年間については、ボブ・シャーウィン『ICHIRO・2』を読んでいただきたいと思います。こちらもお薦めです。朝日新聞社は、どうして文庫化してくれないのでしょうか。(山本藤光:2010.02.05初稿、2015.07.28改稿)
2015年07月29日
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暗い冬の日、ひとりの少女が父親と霧の立ちこめるロンドンの寄宿制女学校にたどり着いた。少女セーラは最愛の父親と離れることを悲しむが、校長のミス・ミンチンは裕福な子女の入学を手放しで喜ぶ。ある日、父親が全財産を失い亡くなったという知らせが入る。孤児となったセーラは、召使いとしてこき使われるようになるが…。苦境に負けない少女を描く永遠の名作、待望の新訳! (「BOOK」データベースより)バーネット『小公女』(新潮文庫、畔柳和代訳)◎V字回復のものがたりバーネット『小公女』は、若いころに新潮文庫(伊藤整訳)で読んでいます。その後、青空文庫(菊池寛訳)でも読みました。今回新潮文庫から新訳(畔柳和代訳)が出たので、また読んでみました。私はV字タイプのストーリーが好きなようです。頂点にいた主人公がどん底まで落ちて、ふたたび頂点をきわめる。ちょうど「V字回復」の構造になっている小説の、代表格が『小公女』だと思います。ちなみにバーネット『小公子』(新潮文庫、中村能三訳)は「ルート(√)型」の小説で、どん底から高みにのぼりつめる出世型の小説です。文藝春秋編『少年少女小説ベスト100』(文春文庫ビジュアル版1995年)では、『小公女』が45位、『小公子』が5位です。やはり「√型」のほうが人気があるようです。『小公子』について少しだけ紹介させていただきます。――祖父のイギリス貴族にひきとられたアメリカ生まれの少年が、その純真さで祖父の愛を得る善意の物語。(「新潮世界文学小辞典」より)『小公女』の主人公セーラ・クルウは、インドに住む7歳の少女です。母親はセーラを産んですぐに亡くなり、彼女は父親の手で育てられました。セーラの父・クルウ大尉は、実業家で大金もちです。セーラはロンドンの、女子学院寄宿舎にあずけられることになりました。学院はミンチン女史が経営しています。セーラは特別室をあてがわれ、優遇されます。セーラはプリンセスと呼ばれます。 ところが父親のクルウ大尉は、事業に失敗して死んでしまいます。一文なしになったセーラに、ミンチン女史は冷酷なさたをくだします。部屋は屋根裏へ移され、下働きを命じたのです。行き場のないセーラは、黙々と働きました。食事も満足にあたえられず、こきつかわれつづけます。セーラと同様の境遇で小間使いをしている、同年代のベッキイに心をよせます。ある日セーラは、道で銀貨を拾います。空腹だったので、それで甘パンを4個買うことにします。パン屋の女主人はセーラのみすぼらしい身なりをみて、2個おまけをしてくれます。しかしセーラは1個だけを残して、甘パンを乞食の女の子にわけあたえます。ひもじい思いを、特別のまじない(……のつもり)でいやします。セーラは身なりこそ貧そうですが、慈愛の心や気品は失いません。お姫さまから一転、下働きとなったセーラのその後についてはあえてふれません。V字回復がどんな状況でおきるのか。苛め抜いたミンチン女史は、そのときどう豹変するのか。屋根裏部屋の隣人、小間使いのベッキイと乞食の女の子はどうなるのか。ぜひご確認ください。青空文庫の『小公女』には、訳者の菊池寛の「はしがき(父兄へ)」があります。『小公子』との関係についてふれていますので、引用させてもらいます。――『小公子』は、貧乏な少年が、一躍イギリスの貴族のこになるのにひきかえて、この『小公女』は、金持の少女が、ふいに無一文の孤児になることを書いています。しかし、強い正しい心を持っている少年少女は、どんな境遇にいても、敢然としてその正しさをまげない、ということを、バーネット女史は両面から書いて見せたに過ぎないのです。(青空文庫、菊池寛「はしがき(父兄へ)」より)◎大人向けに訳された『小公女』フランシス・ホジソン・バーネット作品は、『小公子』『小公女』(ともに新潮文庫)『秘密の花園』(光文社古典新訳文庫)という順序で読みました。白髪の爺(私のこと)とバーネット作品は、あまりにも不似合なのは重々承知していました。しかしバーネット作品を「標茶六三の文庫で読む400+α」の推薦作から除外することはできません。迷ったあげく『小公女』を選ぶことにしました。孫は小学校低学年3人(男児2、女児1)と幼稚園児1人(女児1)です。彼らに読んで聞かせるとしたら、3作品のうちどれがいいだろうか。選択基準は完全に爺の立場ででした。お姫さまがどん底まで落ちる場面を、孫たちはどんなふうに受けとめるのでしょうか。そしてふたたびお姫さまにもどる場面に、どんな反応をしめすのでしょうか。すでに『リトルプリンセス-小公女 新装版』(講談社青い鳥文庫、 藤田香・イラスト、曾野綾子訳)を買い求めてあります。おそらく来年になれば、書棚から選んでくれるだろうと期待しています。新潮文庫(新訳版)の訳者である畔柳和代(くろやなぎ・かずよ)は「あとがき」で、大人も楽しめる翻訳を心がけたと書いています。そのとおりで、新訳はこども向けの表現を一掃しています。まず主人公の名前が、サアラ(伊藤整訳)からセーラにかわっています。このほうがずっと現代的だと思います。カバー挿画もSUITAから酒井駒子にかわり、華やいだものが消えています。またせりふまわしが、大きくちがっています。ミンチン女史が孤児になったセーラに、新たな立場を伝える場面を比較してみます。――「もったいぶったようすはやめてちょうだい。そんなようすをさせるわけは、なくなったのだから。もう公女さまなんかじゃないのだよ。馬車や小馬はよそへやってしまうし、女中にはひまをやる。いちばん古いいちばん汚い着物を着るのだよ――もうあんなぜいたくな着物なんかは、にあわないからね。ベッキイと同じだよ――自分の食べるだけの働きをしないといけないのだよ。」(新潮文庫、伊藤整訳、P132より)――偉そうにするんじゃありません。もうそんな態度はとれないんだから。もうプリンセスじゃない。馬車もポニーもよそへやられる――女中はクビになる。一番古くて地味な服を着るんです――あの上等な服を着られる立場じゃないから、ベッキーのようなもんです。――働いて食い扶持を稼ぐんです」(新潮文庫、畔柳和代P119より)ついでに菊池寛訳(青空文庫)もご紹介させていただきます。――勿体ぶった様子なんかおしでないよ、もう、お前は宮様じゃアないのだからね。お前は、もう、ベッキイと同じことさ。自分で働いて、自分の口すぎをしなければならないのだよ。」(青空文庫、菊池寛訳より)私は新訳にふれて、岩波少年文庫を読んでいるようなイメージを払しょくしました。訳者がいうように新訳『小公女』は、りっぱな大人向けの作品に変身していました。実は角川文庫から川端康成訳『小公女』が出ています。アマゾンでは3千円以上もしています。古書店で探しているのですが、いまだにゲットしていません。菊池寛、川端康成、伊藤整と大物が翻訳を手がけるほど、『小公女』は魅力的な作品なのです。最後に重兼芳子からのメッセージを、引用させていただきます。――父親の援助もなく、たった一人でこの世にほうり出されたセーラに対し、卑しい大人たちの手を変え品を変えてのいじめがはじまる。少女の運命を手中に収めたミンチン先生はじめ、同級生たちのいじめのいやらしさ。現代の学校で流行している陰湿ないじめ、いじめる方にもいじめられる方にも、『小公女』をじっくりと読んでもらいたい。(重兼芳子、朝日新聞学芸部編『読みなおす一冊』朝日選書より)(標茶六三:2013.12.23初稿、2015.07.27改稿)
2015年07月28日
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平凡な家庭を持つ刑務官の平穏な日常と、死を目前にした死刑囚の非日常を対比させ、死刑執行日に到るまでの担当刑務官、死刑囚の心の動きを緊迫感のある会話と硬質な文体で簡潔に綴る芥川賞受賞作「夏の流れ」、稲妻に染まるイヌワシを幻想的に描いた「稲妻の鳥」、ほかに「その日は船で」「雁風呂」「血と水の匂い」「夜は真夜中」「チャボと湖」など初期の代表作七篇を収録。(「BOOK」データベースより)丸山健二『夏の流れ』(講談社文芸文庫)◎1行ずつ書かれた『夏の流れ』 丸山健二は『夏の流れ』(講談社文芸文庫)で、文学界新人賞と芥川賞のダブル受賞をしました。当時は最年少の芥川賞受賞で、22歳の文壇デビューは話題になりました。この作品は、勤め先の電信室で書かれています。そのくだりが面白いので紹介します。――いずれは発覚するにしても、だが当分の間は誰にも知られたくなかった。一行分だけ切り抜いた厚紙を原稿用紙の上にかぶせ、まわりにたくさんの書類をばらまいてカムフラージュすることにした。その方法を思いつくまでに一週間も費やした。(『新鋭作家叢書・丸山健二集』河出書房新社、巻末の著者寄稿「四つの場所のなかの四つの作品」より) こうして書き上げたのが、処女作でもある『夏の流れ』でした。その後、『正午なり』(『夏の流れ/正午なり』講談社文庫)は結婚後の、世田谷区烏山の三畳間で書かれています。外部がうるさくて、耳栓をはめて書いたようです。『明日への楽園』(新潮社、文庫なし)は東京を逃げだして、長野県阿智村で書かれています。ところがそこは、新任の学校の先生に明け渡さねばならないことになり、長野の実家にころがりこみました。そして書かれたのが『僕たちの休日』(単行本なし)でした。これら4つの作品を読むには、先に引用した『新鋭作家叢書・丸山健二集』河出書房新社』を捜し求めるしか方法がありません。 丸山健二には、自然を文章にしたいという欲求があります。逆境を工夫によって、乗り越える知恵があります。そしてなによりもひたむきで、自らに妥協を許さない厳しさがあります。それゆえ、研ぎ澄まされた文章が生まれます。ちょっと以前の丸山健二は、安曇野を愛し、シェパードとともに自然の中を駆けめぐり、オフロードに夢中になっていました。 現在は安曇野に定住して、バラづくりに夢中になっています。そのあたりのことは、『荒野の庭』(求龍社)に詳しく書かれています。本書は庭師丸山健二のすべてが、写真と文章に凝縮されています。◎死刑囚と看守の対比 今回紹介させていただく『夏の流れ』(講談社文芸文庫)には、他の初期6作品が収載されています。『夏の流れ』の主人公「私」は、死刑囚を収容する刑務所の看守です。塀の外の家庭には、7歳を頭に2人の息子がいます。妻の腹には7ヶ月ほどになる赤ん坊がいます。 塀のなかは処刑を待つ囚人たちと、釣り談義に花を咲かせている看守たち。そのひとりに、若い中川という男がいます。初めての死刑執行担当を命ぜられた彼は、自分には人を殺せないと尻ごみをはじめます。魚釣りに誘いだし、リラックスさせようとするのですが、彼は退職してしまいます。 死刑執行翌日の特別休暇で、私は子供たちを前から約束していた海へ連れて行きます。ストーリーはおよそこんな具合です。素材の面白さに加え、対比の妙がこの作品を生き生きとしたものにしています。 塀の外と内の生活。死に行く囚人と、新しい生命の誕生を待つ家族。受刑者と看守。生涯をまっとうする職業と考えている私と、去って行く若い中川。塀の中の四角く区切られた自然と無限につづく海や川。 丸山健二は特殊な舞台よりも、こうした職業のひとりの日常を書きたかったのだと思います。そんなふうに、この作品はさらっと仕上げられています。――仕事を終え、皆は処刑室を出た。雨はあがり、雲は切れ切れに吹き飛ばされていた。/蝉が鳴きはじめた。ときどき吹く風がヒマラヤ杉を揺らし、しずくをバラバラ落とした。(本文より) 丸山健二の文章には、新しい息吹があります。修飾語を極端にそぎ落とし、たたみかけるような短文でつないでいます。単行本『夏の流れ』の巻頭には、スキンヘッドではない丸山健二の写真があります。黒縁のメガネをかけ、指には煙草がはさまっています。 私はデビュー作からずっと、丸山健二を追いかけてきました。最近の長編には、写真のような初々しさはありません。まるで丸山健二文学研究工房のようになっています。はじめて長編を手にして、辟易してしまう読者が多いようです。まずは初期作品を読んでもらいたいと思います。そうすれば丸山健二の「今」が理解できることでしょう。◎孤高の作家といわれているが 丸山健二の現在にふれている、文章を紹介させてもらいます。――丸山健二は、孤高の作家といわれている。文壇から離れ、安曇野に隠遁しているからだろうか。そのことについて丸山健二は、「小説家は隠花植物」「人間嫌いだと小説は書けない。文壇以外の人とはつきあっている」などと説明している。(2005年「週刊ブックレビュー」より) 「週刊ブックレビュー」は、ネットで動画配信されています。スキンヘッドにサングラスの丸山健二と、バラの庭園をみることができます。丸山健二の最近作は、難解になってきたともいわれています。そのことについては、本人が「レベルの高い読者を意識して書いている」と述べています。(2005年「週刊ブックレビュー」を参考にしました) 丸山健二は「私小説」を、自分のために書いている作品であると嫌っています。めくるめくような言葉に、酔いしれてもらうのが小説家だと断言しています。 芥川賞選考委員の選評を読むかぎり、丸山健二『夏の流れ』は好評ではなかったようです。軽すぎる、うそくさい、冒険心がないなどという厳しい評価が多々ありました。それらをかいくぐったのは、若いのだからこんなものだろうというやさしい結論だったのです。――男性的ないい文章であり、いい作品である。海に臨む刑務所の、生と死が、市民生活と犯罪が、夏の日のくっきりした光と影のように対蹠(たいせき)的に置かれているガランとした環境がよく描かれている。(中略)しかし二十三歳という作者の年齢を考えると、あんまり落ち着きすぎ、節度がありすぎるのが気にならぬではない。(三島由紀夫、芥川賞の選評より)――この作家はなんでもこなして行く力倆を持っていると思う。資質を大切にして大成してもらいたい。(井上靖、芥川賞の選評より) 選考委員は前記の2人のほかに、瀧井孝作、石川淳、石川達三、大岡昇平、中村光夫、永井龍男、川端康成、丹羽文雄、船橋聖一でした。候補作は丸山健二のほかに11作品もありました。第56回(昭和41年下半期)は、そうそうたる審査員となみいるライバルのなかで決定されたのです。 しかし丸山健二は、審査員ともライバルとも決別してしまいました。「山本藤光の文庫で読む500+α」執筆のために、「丸山健二ノート」を書いて驚きました。新刊として流通している丸山健二の文庫は、見つかりませんでした。文庫になっている作品も、あまり多くはありません。これでは広く読んではもらえまい、と思いました。「売れる作品を書いてください」と頼むような編集者がいたら、一喝されて関係は終わりとなるはずです。それが丸山健二の文学なのですから。 丸山健二は1982年の『ときめきに死す』(文春文庫)を境に、大きな変貌をとげています。大衆受けしないから、読者レベルを引き上げたのかどうかはわかりません。私は丸山健二の短編が好きです。初期作品集『夏の流れ』(講談社文芸文庫)には若い未完成な、読者目線の丸山健二がいます。 現代の日本文学を代表する硬派の作家は、丸山健二と中上健次(推薦作『枯木灘』河出文庫)の「ダブルケンジ」だと思っています。最近マスコミに登場する20歳代の作家とくらべてみてください。文章の重さがちがいすぎます。描く世界がちがいすぎるのです(山本藤光:2010.02.17初稿、2015.07.26改稿)
2015年07月27日
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■04:どん底にふさわしい人材ばかり――小説『どん底塾の3人』 翌日2人は、駅前の喫茶店で待ち合わせた。2人とも、半信半疑だった。約束の時間までは、まだ間がある。「定食屋のおやじに、いったいなにができるのだろうか?」 大河内雄太は、さっきから同じ疑問を口にしている。加納百合子にしても、思いはいっしょだった。「信用できるんでしょうね。正直そうな人だったけど……」「まあ、おかしな展開になったら、席をけって店を出ればいいだけだろう」 午後9時ちょうどに、2人は定食屋「どん底」を訪れた。すでにのれんは、とりこまれている。引き戸が開くのを待ち構えていたように、店主が2人を迎えた。「おお、よくきたな。まあ、座れや」 店内のテーブルが、ロの字型にセットされている。先客がいた。昨日店にいた貧相な営業マンだった。席の後ろには、ホワイトボードが置かれていた。2人は、空いている席に腰を下ろす。店内には、揚げ物の匂いが漂っていた。 「まずは、自己紹介といこうじゃないか。おれの名前は亀田鶴一。どうだ、おめでたい名前だろう。元百貨店の外商で、3年前に脱サラをして、この店を開店した。50歳のときだ。 趣味はおまえたちみたいな、ダメ営業マンを再生することだ。おまえたちさえその気なら、『どん底塾』に4か月通いな。おれが本物の営業を教えてやるから」 貧相な男が立ち上がる。相変わらず、猫背のままだった。「海老原浩二、25歳の独身です。夕ご飯を食べにきたら、おやじさんから『どん底塾』の話があって、おもしろそうなので参加させてもらいました。 会社の合併で余剰人員となり、2年前に総務部から自動食器洗い乾燥機の営業に配置転換されました。自慢じゃないですが、ぜんぜん売れていません。このままでは、メンテナンス部門に飛ばされそうで、危機感をもっています」 「大河内雄太、38歳。妻子もちですが、女房が出産のために実家に帰っていまして、いまは独身です。仕出屋に勤めていましたが、会社が倒産し、現在は生命保険会社の営業をやっています。ぼくも売れていません。 実は半信半疑のまま、ここにやってきました。定食屋のおやじさんになにができる、との思いが強かったのです。でも、おやじさんの前歴を聞き、少しだけ安心しています」 「加納百合子です。大河内さんとは、大学の同級生です。いまは食品会社の人事部に席がありますが、リストラ要員になっています。それで、思い切って営業職でもやろうか、と迷っている最中です。 38歳のバツイチ、小学5年の綾乃という女の子がいます。この子のためにも、豊かな生活を築きたいと思っています。どうぞよろしくお願いします」 定食屋「どん底」の店主は、「おまえたち」と呼んだ。乱暴な言葉遣いだったが、大河内には心地よく響いた。店主が立ち上がる。「それにしても、ひどいメンバーが揃ったものだな。脱サラ、合併に配置転換、倒産とリストラか。サラリーマンの行く末が、全部集まったみたいだな。まさに、どん底にふさわしい人材ばかりだ。笑っちゃうよ」 豪快に笑い飛ばし、店主が続ける。「おれには、25年間の営業経験がある。その間、ずっとトップを独走した。百貨店の外商は、法に触れないものならなんでも売る。ゆりかごから墓石まで、なんでもだ。 そのノウハウをあますことなく、おまえたちに伝授したい。独立して3年。胸のなかで、営業魂が不完全燃焼していた。そんなときに、さえないおまえたちが出現した。おれに賭けてみないか。金はいらない。ただし定食屋どん底の再建に、力を貸してもらいたい」
2015年07月26日
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亡くなった恋人を追悼するため東尋坊を訪れていたぼくは、何かに誘われるように断崖から墜落した……はずだった。ところが気がつくと見慣れた金沢の街にいる。不可解な思いで自宅へ戻ったぼくを迎えたのは、見知らぬ「姉」。もしやここでは、ぼくは「生まれなかった」人間なのか。世界のすべてと折り合えず、自分に対して臆病。そんな「若さ」の影を描き切る、青春ミステリの金字塔。(文庫案内より)米澤穂信『ボトルネック』(新潮文庫)◎あとがきに魅せられた『氷菓』 米澤穂信は、ずっと期待している若手作家です。米澤穂信は『氷菓』(角川文庫)で、生まれたばかりの「角川学園小説大賞」の「ヤングミステリー&ホラー部門」で奨励賞(2001年)を獲得しました。当然のことながら、この賞は消滅しています。なんとも時代錯誤の小説賞で、笑ってしまったほどです。 米澤穂信をはじめて読んだのは、『氷菓』(角川文庫)でした。栄えある作品を本屋で、ぱらぱらと立ち読みしました。「あとがき」を読んでみました。期待モードが一気にふくらみました。――この小説は六割くらいは純然たる創作ですが、残りは史実に基づいています。新聞の地方版にも載らなかったささやかな事件が、この物語の底流にあります。/ちなみに創作部分と史実部分を見分けるコツですが、いかにもありそうななりゆきを記した部分が創作、どうにもご都合主義っぽい部分が史実だと思っていただければおおむね間違いないと思います。(『氷菓』あとがきより) なかなかそそられる文章でした。のぞき見趣味といいますか、なんとなくそうした箇所を、確認したくなってしまいます。 ところが『氷菓』は、つまらない作品でした。有名高校の古典部に入った主人公が、サークル活動で遭遇するさまざまな謎。薄っぺらな事件を大げさにつづっただけの、ちっぽけなミステリー雑記でした。◎及第点の『ボトルネック』 タイムスリップ小説は、もっとも作者の技量が問われるジャンルです。米澤穂信『ボトルネック』(新潮文庫)は、それゆえに成長を楽しみにして読みました。「このミス第1位」と帯にあったので、大いに期待して読みました。まあ及第点だろうな。これが偽らざる感想です。 やたらに会話の多かった『氷菓』にくらべて、登場人物の内面をしっかりと描いています。この点は評価したいと思います。米澤穂信は確実にレベルアップしていました。それでも物足りなさを感じるのは、作品のなかに「とんがり」部分が、少ないせいだろうと思います。 あまりにも淡々としていて、ストーリーに起伏が認められません。この点を是正すれば、米澤穂信はもっとよい作品が書けると思います。――兄が死んだと聞いたとき、ぼくは恋をした人を弔っていた。諏訪ノゾミは二年前に死んだ。ここ東尋坊で、崖から落ちて。せめて幸いなことに即死だったという。(本文冒頭より) 冒頭部分は、期待に満ちあふれていました。現在の「兄の死」、2年前の「恋人の死」という2つの死をいきなり突きつけ、舞台を東尋坊に設定しました。読者は2つの死がどんな形で融合するのか、かたずをのんで見守ります。 それからが唐突でした。主人公のぼくは、東尋坊でなぜか墜落してしまいます。気がつくと、自分の家のある金沢にいます。自宅へ行くと、見知らぬ姉に出迎えられます。異次元の世界に入りこんだぼくは……。これから先はふれないでおきます。 米澤穂信のさらなる成長を願って、『ボトルネック』を「文庫で読む500+α」の現代日本文学125冊に加えたいと思います。ぎりぎりのリストアップですけれど、あと1作だけ読んでみたい作家なのです。 とにかく「学園もの」の「ヤングミステリー」から脱皮できたことだけでも、おおいに賞賛に値します。恩田陸も辻村深月も、出発は同じ路線でした。それがみごとに現代のミステリー界を牽引する作家になっているのです。期待をこめての1票です。◎『満願』で開花『満願』(新潮社)は、kindle版で読みました。まだ文庫化されていませんので、「山本藤光の文庫で読む500+α」の該当作品ではありません。米澤穂信作品については『氷菓』『ボトルネック』と、リスト作品を更新してきました。『満願』が文庫化されたら、ちゅうちょすることなく、3度目の更新となるでしょう。 非常にハイレベルな短編集で、いずれ近いうちに書評発信させていただきます。 (山本藤光:2010.10.13初稿、2015.07.24改稿)
2015年07月26日
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戦後思想史に独自の軌跡をしるす著者が、戦中・戦後をとおして出会った多くの人や本、自らの決断などを縦横に語る。抜きん出た知性と独特の感性が光る多彩な回想のなかでも、その北米体験と戦争経験は、著者の原点を鮮やかに示している。著者八十歳から七年にわたり綴った『図書』連載「一月一話」の集成に、書き下ろしの終章を付す。(「BOOK」データベースより)鶴見俊輔『思い出袋』(岩波新書)◎不良少年だった『鶴見俊輔コレクション』(全4巻、河出文庫)を味わいながら、読んでいる最中の訃報でした。つい先日の新聞に、安保法案反対の呼びかけ人の一人として、鶴見俊輔の名前もありました。反骨の知識人。鶴見俊輔は私の敬愛する知識人の代表格です。『鶴見俊輔コレクション』を通読してから、発信しようと思っていました。しかし間に合いませんでした。以前に書いた『思い出袋』(岩波新書)の書評を中心に、感謝をこめて鶴見俊輔に迫ってみたいと思います。(引用はじめ) 鶴見俊輔『思い出袋』(岩波新書)は。いきなりジョン万次郎のエピソードからひもとかれます。ジョン万次郎については、井伏鱒二『さざなみ軍記・ジョン万次郎漂流記』(新潮文庫)を読んで以来、ずっと興味を持っていました。その後、山本一力『ジョン・マン・波濤編』(講談社2010年)を読んで、さらに興味が増しました。山本一力「ジョン・マン」は、シリーズとして書き継がれるようですので、楽しみにしています。――ジョン万次郎は私の出会った人ではないが、私の記憶の中できわだった人である。十四歳の少年として舟に乗りこみ、予想外の嵐にあって無人島に流され、アメリカの捕鯨船に助けられた。(鶴見俊輔『思い出袋』岩波新書P2) 鶴見俊輔の筆は鮮やかな記憶を切り取り、それをビーズのようにつなげてみせます。難解な言葉はどこにもでてきません。 本書は岩波書店の情報誌『図書』に、「一月一話」というタイトルで書かれていたものをまとめた随筆集です。書き始めが80歳のときで、それが7年間続けられました。鶴見俊輔の経歴や思想、交友や読んだ本などを知るうえで、貴重な1冊です。 これまでに『期待と回想』(上下巻、晶文社)を読んでいました。分厚いインタビュー集でした。不良少年だった鶴見俊輔は、15歳でアメリカに留学します。『思い出袋』はそれらを言葉ではなく、文章で伝えてくれています。肩がこらない、1回が原稿用紙3枚ほどの掌編ですので、本書をお薦めさせていただきます。(引用おわり「藤光日誌」2011.06.04)◎アメリカ的リベラル『思い出袋』のジョン万次郎は、おそらく15歳のときに留学した自分と重なっていたのだと思います。鶴見俊輔は、小田実らとともに「べ平連」の中心にいました。訃報を伝えた朝日新聞には、「鶴見俊輔さんの歩み」という記事がありました。ポイントを拾ってみます。1922年:東京に生まれる1939年:米ハーバート大哲学科入学1942年:米FBIに連行され、日米交換船で帰国1946年:雑誌「思想の科学」創刊1965年:小田実さんらと「ベトナムに平和を!市民連合」(ベ平連)結成2004年:小田実さん、加藤周一さん、大江健三郎さんらと「九条の会」の呼びかけ人となる 鶴見俊輔は一貫して、戦争に反対し続けました。井上ひさしとの対談で、鶴見俊輔は沖縄について次のように語っています。――沖縄というのはね、虚心に考えてみると、自治領として独立する条件は十分に整っていた、と思うんですよ。あれは日本の国家から賠償を取るべきであってね、一億玉砕とか本土上陸作戦とかいうことが、あそこだけで行われてきたんだし、日本の軍隊があそこで闘って、玉砕命令も随分出したんだし、たくさんの人が殺されたわけでしょう。(井上ひさし『笑談笑発・井上ひさし対談集』講談社文庫、鶴見俊輔の談) 鷲田小弥太は『昭和の思想家67人』(PHP新書)の一人として、鶴見俊輔をあげています。鷲田小弥太は別の著作の中で、次のように書いています。――アメリカ的思考の豊かさと貴重さを、「リベラル」というキ^ワードで押さえて、戦後一貫して説き続けてきたのが鶴見である。(鷲田小弥太『日本を創った思想家たち』(PHP新書) 鶴見俊輔は幼いころはグレていましたが、アメリカで哲学を学んでから一度もブレたことはありません。ただし時々ノイローゼの症状に見舞われることがありました。そのあたりについて、埴谷雄高は著作の中で次のように書いています。平野謙とタクシーの車窓から、見た風景です。――そとを眺めると、鶴見俊輔と夫人の姿がすぐ前に見えた。その頃、鶴見俊輔はノイローゼ気味と聞いていたので、健康のための散歩と見受けられたが、傍らに並んだ夫人のレイン・コ-トのポケットに手をつきこんだかたちが看護婦兼医者兼貞淑な話し相手という閃くような直観を喚起して印象的であった。(埴谷雄高『戦後の文学者たち』構想社) 頑固で硬派の印象が強い鶴見俊輔の、なんとも微笑ましい日常に、思わず笑ってしまいました。感謝。◎追記2015.07.29:「グアダルーペの聖母」「朝日新聞」(2015.07.29)に小熊英二(歴史社会学者)の「鶴見俊輔の追悼文」が掲載されていました。ちょっと引用させていただきます。――国という枠組みにこだわらない彼は、日本の外にも、そうした想像力を見いだした。その一つが、征服者が押しつけた聖母像を、メキシコ先住民たちが褐色の肌の女神につくりかえた「グアダルーペの聖母」である。「グアダルーペの聖母」は『鶴見俊輔コレクション3・旅と移動』(河出文庫)に収載されています。鶴見は日本国憲法も、アメリカから押しつけられたものである。しかし押しつけられた「嘘」から、「誠」を出したいと主張していました。 朝日新聞の追悼記事を読んで、「グアダルーペの聖母」を読み直しました。『トム・ソーヤの冒険』が大好きだった鶴見俊輔は、本日の参議院を見守っているにちがいない。(山本藤光:2011.06.04初稿、2015.07.24改稿)
2015年07月25日
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■03:リストラよ、冗談じゃないわ――小説『どん底塾の3人』 大河内の携帯電話が鳴った。「加納百合子」と表示が出ている。大学時代の同級生で、いまでも親しくしている仲間である。1昨年に離婚して、1人娘の綾乃とともに実家で暮らしている。現在は大手食品メーカーで、人事課長補佐として活躍中だ。 「雄太、相談があるの。生命保険会社って、38歳でも採用してくれるかしら?」「どうしたんだ? 突然、なにをいっている」 加納の声には、アルコールが混じっていた。「リストラよ。冗談じゃないわ。15年間も、身を粉にしてつくしてきたのに、合理化の名の下で、ポイだって」「いま、どこにいる。相談に乗るよ。すぐにこい」 他人ごとではなかった。手元にあったはし袋を見ながら、大河内雄太は定食屋「どん底」の住所と電話番号を知らせる。 生命保険会社へ転職する以前、大河内は仕出屋の営業として企業回りをしていた。会社は、順調に業績を上げているかに見えた。ところが、突然の倒産。基礎体力のないまま、業務を拡大したツケが回ってきたのだ。 クレームが増えていたのには、大河内も気づいていた。会社の対応が、後手後手になってしまっていた。そして引き潮のあとのように、顧客は消えていたのである。 だから加納の痛みは、手にとるようにわかる。本来なら、自分が加納のところへ駆けつけるべきだった。しかし、その間も加納は飲み続けているだろう。これ以上、飲ませてはいけない。そう思った大河内は、とっさに「こいよ」といったのだった。 30分ほどして、加納百合子はタクシーでやってきた。肩まである髪を後ろで束ね、高級スーツに身を固めている。想像していたほど、酔ってはいないようだ。「ひどい名前の店に、呼んでくれたものね。どん底か、これはいいや。最高のプレゼントだわ」 開口いちばん、加納は笑い声を上げた。彼女が笑うのは、珍しいことだった。落ちこんだ反動なのだろうか。「何で、リストラなんだ。会社は順調なのだろう?」「アウトソーシングだって。人事部の仕事を、外部に丸投げしてしまうというわけ」「配置転換とかの方法はないのか?」「全員が物流部ですって。物流って、倉庫担当のことよ。やってられるかっちゅうの」「で、どうするつもりだ?」「転職するつもり。綾乃も小さいし、バツイチなんだから、実力で稼げる世界で働きたいの。生保レディって、実力次第で給料がもらえるのでしょう」 「仕出屋が倒産したとき、百合子はおれに『何とかなるさ』といったよな。今度はおれが百合子に、同じ言葉を返さねばならない。皮肉なものだな。営業は大変な世界だけど、百合子がやりたいのなら反対はしない」「倒産やリストラ。みんな他人ごとだと思っていた。それが、あなたに降りかかり、今度は私を直撃した。どうなっているんだ、って叫びたいわ」「もはや、終身雇用なんて言葉は、死語になりつつある。自分の価値を、高めておかなければならない時代だ」 「生命保険の仕事は、どうなの? 業績は上がっているの?」「それが、どん底だよ。両親と兄弟には入ってもらったのだが、それ以外の顧客が広がらない。ともだちを勧誘したくないし……」「そういえば、私に保険の話をしたことがないね。きっと、公私混同がいやなんだ。うさんくさい商品でないかぎり、私ならともだちに頭を下げると思う。あなたには野球部の仲間がたくさんいるのに、もったいないと思うわ。ところで、保険の営業って、難しいの?」「お客さんから別のお客さんを、何人紹介してもらえるかが仕事のすべてさ」「私にできるかな?」「正直いって、内勤職からいきなりでは、歓迎されないだろう。それよりも、15年間の人事経験を生かせる会社を、探す方がいいと思う」「こんなことになるなら、もっと早くから、自分自身を鍛えておけばよかった。情けないわ」 おでんを追加注文しようとして、店内に誰もいないことに気がついた。大河内は厨房に向かって、「おでんを1つお願いします」と声をかける。厨房から、店主らしい男が顔を出す。ハリネズミのような短い頭には、白髪が目立った。50歳前後だろう。 おでんが運ばれてくる。「そろそろラストオーダーだけど、まだ飲むかい?」 ビールを注文したあとに、思い出したように加納が続ける。「ひとつ質問してもいいですか? お店の名前なんですが、なぜ『どん底』としたのですか?」「落ちこんでいる人たちに、安らぎを与える店。そんなつもりだったんだが、店の方がどん底になっている」「どん底って、これ以上落ちない場所ですよね」「はい上がれない、という説も有力だけどな」 人懐っこい笑顔だった。店主らしい男が続ける。「何やら、深刻な話だったようだな。もしよかったら、明日この時間にこないかい? おじさんが、相談に乗ってあげるから。こう見えても、面倒見はいい方なんだ。必ず、お客さんたちの役に立つ。おじさんは、お客さんたちの目の前に流れてきたワラなんだ。どうする? すがってみないか。やる気があるなら、明日待っている。ただし、素面でくること。元気を出しなよ。まだ若いんだから、なんとかなるって」 2人は店主に、肩を叩かれた。有無をいわせぬ、説得力のある強い力だった。 ※加納百合子の日記 久し振りに雄太と会った。「どん底」という名の定食屋だった。いまの私を象徴しているようで、笑ってしまった。帰りぎわに、店主に肩を叩かれた。私たちの話が聞こえていたらしい。「相談に乗る。明日こい」といわれた。 実直そうな人だったし、叩かれた肩には温もりを感じた。
2015年07月24日
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息子夫婦の家を出てしまった兄、音信不通の亡夫の母……。市井に生きる人々の心の機微を繊細なタッチで綴った心温まるオムニバス。(出版社からのコメント)※写真は単行本のものです内海隆一郎『欅の木』(小学館文庫)◎断筆から15年 内海隆一郎は1969年、処女小説「雪洞にて」(講談社文庫『蟹の町』所収)で文学界新人賞を受賞しています。しかし翌年、「蟹の町」が芥川賞候補となりますが落選して、以降15年間にわたって断筆しました。 15年間のブランクのあと出版されたのが『人びとの忘れもの』(ちくま文庫、初出1985年)です。これは日本ダイナースクラブの月刊会員誌 に寄せた、一話完結の短編小説をまとめたものです。市井の人びとを描いた本書は、大きな話題となりました。私が内海隆一郎にはまったのは、まさにこの作品集からでした。「内海隆一郎の本棚」というHPがあります。最新は2014年6月23日です。ここに内海隆一郎は発作的にエッセイを執筆しています。ときどき訪問するのですが、更新されていないとがっかりさせられます。 内海隆一郎は伊藤桂一に師事しています。「わが師の恩」というエッセイにこんなことが書いてあります。――「橋の上を、両岸から男と女が歩いてきて、途中で二人はすれちがう。……それだけのことを丹念に書くのが短編小説なんですよ」まさに極意ともいうべき教示である。 本来は『人びとの忘れもの』(ちくま文庫)を紹介する予定でした。しかし作画・谷口ジロー『欅の木』(小学館文庫)を読んでから、個々の作品集にふれていただくのもオツなものに思えました。 内海隆一郎の作品「水曜日のクッキー」が、「中学国語1」でとりあげられていることを知りました。この作品は『人びとの旅路』(新潮文庫)に所収されているものです。中学生が読んでくれていることを、わがことのようにうれしく思います。――ニトロを携行して、いつ来るかもしれない発作におびえる石川さんでした。その石川さんが、毎週水曜日手作りのクッキーを売りにくる障害者の青年に出会います。病に立ち向かう前向きな生き方を、石川さんはその青年から学んでいきます。(教科書「国語1」のガイドより)◎ホロリとさせられるエンディング『欅の木』(小学館文庫)は、内海隆一郎・原作、谷口ジロー・作画のコミック書です。収載作は表題作をふくめて、全部で8編あります。収載作は「人びとシリーズ」から選ばれています。すべて活字の世界で読んでいる作品ですが、コミック版で読んでみるとさらに味わいがゆたかになります。 表題作「欅の木」(『人びとの忘れもの』ちくま文庫所収)は、庭にある1本の大きな欅の木をめぐる話です。原田さん夫婦は、都心を離れて引っ越してきます。中古の家を購入したのは、広い庭にあった樹々に魅せられたからでした。それらが根こそぎぬかれていて、ぽつんと欅の巨木だけがのこされていました。 引っ越してきて間もなく、近所の主婦たちがやってきます。欅の落ち葉が雨どいにつまったり、毎日の掃除がたいへんだという苦情でした。原田さんは欅の木を伐採することをきめます。季節はめぐり、丸裸だった欅に新芽がめぶきます。春の陽光にかがやく新芽の美しさに、原田さん夫妻は魅せられました。 新芽が輝く日原田さんは、欅の木を見あげている初老の男と出会います。前の持ち主でした。入院中に息子たちが庭木ごと、家を売ってしまったと語ります。新芽を見たい。男はその一心でやってきたと告げます。「白い木馬」(『人びとの光景』新潮社所収)は再婚する長女から、孫のヒロミをあずかる木下さん夫妻の話です。孫が喜ぶと思って遊園地へ連れていくのですが、孫はいっさい乗り物に乗ろうとしません。そしてずっとつづいたぶっちょう面はおさまりません。帰りぎわに木製の木馬をみつけ、ヒロミはそれにまたがります。ヒロミにはあるトラウマがありました。 「再会」(『人びとの旅路』新潮文庫所収)は離婚のために別れた、娘の絵の個展にでかける岩崎さんの話です。会場には元妻の姿もありました。岩崎さんは展示の絵のなかから、懐かしいピエロが描かれた絵を発見します。彼はそれを買い求めます。「兄の暮らし」(『人びとの季節』PHP文庫所収)は屋根職の家業を継いだ長兄の晩年を、3男坂本さんが訪ねる話です。長兄は家業を継がない息子との同居を嫌い、安アパートで独り暮らししています。坂本さんは長兄の身をあんじていたのですが、逆にかくしゃくとした姿に出会います。こども夫婦と同居している楽隠居の坂本さんには、長兄がまぶしくうつりました。 他の4篇についてのレビューは省略します。いずれの作品も、ホロっとくるエンディングとなっています。いちど活字で読んだ作品を、コミック版で読むのははじめての経験でした。谷口ジローの絵にふれたのもはじめてです。落ち着いていて味わい深い絵は、心温まるものでした。 谷口ジロー画で、川上弘美『センセイの鞄』(全2巻、双葉社&小学館)も出版されています。買い求めましたが、まだ読んでいません。◎古典文学の再評価 内海隆一郎に『波多町(なみだまち)』(集英社文庫)という作品があります。その作品について、筒井康隆はつぎのように書いています、内海作品全体につうじる話なので、紹介させていただきます。――作者は社会体験が豊富で、昔芥川賞の候補にもなり、出版社勤務の経歴もあって、あらゆる小説を読んできている。五十歳を過ぎてからエンターテインメントを書き出したこういう人の視野に入るものは、当然のことながら衰退した現代の純文学などではない。古典文学である。エンターテインメントの活力が豊饒な古典文学の再評価の中に秘められていること、小説隆盛の基盤は今、そこにしかないらしいことを、この作品は証明しているのだ。(筒井康隆『本の森の狩人』岩波新書より)(山本藤光:2015.03.03初校、2015.07.23改稿)
2015年07月24日
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孤児のアンは、プリンスエドワード島の美しい自然の中で、グリーン・ゲイブルズのマシュー、マリラの愛情に包まれ、すこやかに成長する。そして笑いと涙の感動の名作は、意外な文学作品を秘めていた。シェイクスピア劇・英米詩・聖書からの引用をときあかす驚きの訳註、みずみずしく夢のある日本語で読む、新完訳の決定版!楽しく、知的で、味わい深い…、今までにない新しい本格的なアンの世界。(「BOOK」データベースより)モンゴメリ『赤毛のアン』(新潮文庫、村岡花子訳)◎娘から孫へ文藝春秋編『少年少女小説ベスト100』(文春文庫ビジュアル版1992年)では、『赤毛のアン』(新潮文庫、村岡花子訳)は第39位となっています。個人的にはもっと上位にあってもよい、と思っています。私のベスト5は、次のとおりです。1.ヴェルヌ『十五少年漂流記』(集英社文庫)2.ルイス・キャロル『不思議の国のアリス』(新潮文庫)3.モンゴメリ『赤毛のアン』(新潮文庫)4.バーネット『小公女』(新潮文庫)5.ルイザ・M・オールコット『若草物語』(新潮文庫、松本恵子訳)このほかにはまだ執筆していませんが、サン・テグジュペリ『星の王子さま』(新潮文庫、河野万理子訳)ケストナー『飛ぶ教室』(光文社古典新訳文庫、丘沢静也訳)、マーク・トゥエイン『トム・ソーヤーの冒険』(光文社古典新訳文庫4-1土屋京子訳)などを紹介させていただく予定です。そのなかでも、モンゴメリ『赤毛のアン』には、忘れられない記憶があります。幼い2人の娘とテレビアニメ『赤毛のアン・世界名作劇場』を観た日のことです。札幌への転勤の辞令を持ち帰った日だったのです。「札幌って、こんなところかな?」次女の呟きに長女は、「千葉よりはずっと都会だよ」と答えていました。画面には緑豊かな、プリンス・エドワード島のアポンリー村が映っていました。札幌で『赤毛のアン』(新潮文庫、村岡花子訳)を買い求めて、読みました。小説世界のプリンス・エドワード島は、アニメで垣間見たような極彩色ではありませんでした。むしろ光と影と風と草花の香りに満ちた、落ち着いた雰囲気の村だったのです。『赤毛のアン』(新潮文庫、村岡花子訳)を読んで以来、私はアン・シャリーとプリンス・エドワード島のとりこになりました。娘と娘の孫といっしょに、行ってみたいと夢見るようになりました。結局夢は実現していませんが、代わりにたくさんの『赤毛のアン』関連本を読んでいます。松本侑子『アメリカ・カナダ物語紀行』(幻冬舎文庫)を読んで、松本侑子訳『赤毛のアン』(集英社文庫)も読みました。塩野米松『赤毛のアンの島へ』(文春文庫ビジュアル版)は、美しいカラー写真がふんだんにあり、憧れの島に魅了されました。小倉千加子『「赤毛のアン」の秘密』(岩波現代文庫)、村岡恵理『アンのゆりかご・村岡花子の生涯』(新潮文庫)、茂木健一郎『「赤毛のアン」に学ぶ幸福になる方法』(講談社文庫)、バッジ・ウィルソン『こんにちはアン』(上下巻、新潮文庫、宇佐川晶子訳)、『世界名作劇場・赤毛のアン』(竹書房文庫)なども読みました。書棚のモンゴメリのコーナーには、これらの本が仲良く並んでいます。いつか孫たちが読んでくれるだろうそのときまで、出番を待ってくれているのです。◎プリンス・エドワード島のアン主人公のアン・シャリーは11歳の孤児です。マシュウとマリラという、老いた兄妹の家の養女となります。2人は農業の手伝いをしてもらうために、男児をもらいうけるつもりでした。ところが手違いで、孤児院からは女児がやってきたのです。マリラはアンを送り返そうとしますが、マシュウはおしゃまなアンを引きとりたいと思います。結局マリラが折れて、アンは晴れて2人の養女として迎え入れられます。本書はそうしたアンの成長物語です。アンは初めて得た我が家に興奮します。アンはそそっかしく、想像力に富んだ、およそこどもらしくない饒舌家です。老兄妹の愛情を受けながら、アンは自然豊かな村でスクスクと成長します。 アンはたくさんの失敗を重ねます。「腹心の友」であるダイアナを得ます。アンは学校でも優秀な生徒でした。ある日、主席を争っている男児・ギルバートに「にんじん」と赤い髪をからかわれます。それ以来、アンはギルバートを拒絶します。あらゆる自然を愛し、受け入れてきたアンが唯一遠ざけてしまった存在です。アンの成長は、老兄妹にとっても幸せな毎日となります。やがてアンは短大へと進学することになります。短大へ進学すると寄宿舎生活となり、マシュウとマリラとは離れ離れになってしまいます。マリラは嘆き苦しみます。そんなときに、突然の不幸が訪れます。これから先には触れないことにします。『赤毛のアン』は、こどもから大人まで、必読の1冊だと思っています。私はあえてエンディングを紹介しませんでしたが、立花えりかは、その不幸を乗り越えたアンをつぎのように書いています。――「世はすべてよし」とささやくアンは、生きる勇気にみちあふれながら私の前に立っています。赤毛とそばかすとかがやく目の、永遠の少女の姿をして。(朝日新聞社学芸部編『読みなおす一冊』朝日選書、立花えりか)アンが自然の美しさに歓喜して名づけた「輝く湖水」「恋人の小径」も、りんご並木の「よろこびの白い道も。野生の桜の「雪の女王」も、「ドリュアスの泉」も、プリンス・エドワード島に現存しています。日本人の観光客も多いこの島への思いをはせつつ、現在の村人のことを紹介して結びとしたいと思います。私はこの文章を読んで、思わず「それはないだろう」と叫んでしまいました。――この町の郊外の丘の上で、真っ白な花をつけた桜の木に出会った。牧草地の端にあるその木は、アンが「雪の女王」と名づけた大木を思わせた。私たちが日本で見る桜とは遠い五弁の花びら一枚一枚が細長いのだ。自転車で通りかかった農夫に、「あの花は何ですか?」と聞いたら、「ワイルド・チェリーだ」と答えて、去って行った。(塩野米松『赤毛のアンの島へ』文春文庫ビジュアル版P13)(標茶六三:2014.06.22初稿、2015.07.22改稿)
2015年07月23日
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■02:1年たっても芽が出ない――小説『どん底塾の3人』 大河内雄太が外食をするのは、久し振りだった。ビールを飲みながら、彼はぼんやりとプロ野球中継を観ていた。妻は3人目の子どもの出産で、実家に帰ったばかりだった。 新たな生を受ける子どものためにも、何とかしなければならない。少しでも高収入をと選んだ生命保険会社だったが、思うように業績が上がっていない。 さっきから、「どん底」という店の名前のことが気になっていた。はじめて入った店だ。なんとも、いまの自分にふさわしい店を選んでしまったものだ。大河内は思わず笑ってしまう。 客はテレビの前に3人と、隣席に若い男がいるだけである。どん底。夢のかけらもない名前だった。大河内は、店主の顔が見たいと思った。「だめじゃないの、営業は第一印象が大切なのだから、もっと身ぎれいにしなくちゃ……」 女店員が隣席の男を励ましている。貧相な男だった。この男は営業に向いていない。大河内は、瞬時にそう判断した。背筋が伸びていないし、着ているスーツもヨレヨレだった。 何の営業をしているかはわからないが、これでは売れないと思う。自分の業績を棚に上げて、大河内はやっぱり第一印象は大切だよと心のなかでつぶやく。 大河内雄太は、ビールを日本酒に変える。16年間勤めた会社が、1年前に倒産した。顧客だった生命保険会社の支社長から、大河内に誘いがあった。会社説明会に出席した。やれると思った。ところが、1年たっても芽が出なかった。 大河内は、友人たちを勧誘していない。どうしても、踏みこめないのだ。公私混同という言葉が、彼を抑制させていた。所長からは、そのことでいつもなじられている。 電話でアポイントメントを取る。契約したお客さんから、新たなお客さんを紹介してもらう。この基本的な活動だけで、なんとかなる。いまは運が悪いだけだ。大河内は、まだそう信じている。だから友人や親戚には、声をかけたくなかった。 大河内は大学時代、伝統ある野球部に所属していた。毎年、寄付金と入れ違いに送られてくる名簿には、そうそうたる企業に勤めるOBの名前が並んでいる。支社長が大河内に関心をもったのは、そうした財産だったはずだ。 リストにある仲間数は、千人を超えている。最後までレギュラーになれなかったが、代打では2割そこそこの記録を残している。 何をちゅうちょしているのだ。名簿を活用しろ。大河内の耳に、所長の甲高い声が聞こえる。
2015年07月22日
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「杳子は深い谷底に一人で座っていた。」神経を病む女子大生〈杳子)との、山中での異様な出会いに始まる、孤独で斬新な愛の世界……。現代の青春を浮き彫りにする芥川賞受賞作『杳子』。都会に住まう若い夫婦の日常の周辺にひろがる深淵を巧緻な筆に描く『妻隠』。卓抜な感性と濃密な筆致で生の深い感覚に分け入り、現代文学の新地平を切り拓いた著者の代表作二編を収録する。(文庫案内より)古井由吉『杳子(ようこ)』(新潮文庫)◎現代日本文学の最高峰 古井由吉は、現代日本文学の最高峰に位置しています。現実と非現実をゆったりと融合させる文章は、水墨画を思わせる淡い色調でつづられます。朦朧文などと揶揄する人もいますが、私は古井由吉の文体が好きです。奥泉光(推薦作『シューマンの指』講談社文庫)も小説を書きはじめたころに、『杳子』の文章に学んでいます。――いまこの本を開く読者は、冒頭から繰り返される、山中で男女が出会う場面の執拗な描写に驚くかもしれない。だが、それらの必ずしも滑らかでない言葉の群れが、独自の時間を創出するという、小説の最大の目的を果たすためにはどうしても必要なのだと、きっと理解されることだろう。(奥泉光『虚構まみれ』青土社P232より) 古井由吉は1937年に生まれ、34歳のときに『杳子(ようこ)』(新潮文庫)で芥川賞を受賞しています。このときの芥川賞最終候補には、ほかに強烈な作品がノミネートされていました。「杳子」はその作品を蹴落として、晴れて芥川賞に輝きました。不運にも落選を余儀なくされた作品は、「妻隠」でした。今回とりあげる新潮文庫のタイトルは『杳子・妻隠』となっています。いわば受賞作と落選作が同居しているのです。 古井由吉は、「内向の世代」の代表格として評価されています。「内向の世代」というくくりは、1970(昭和45)年に小田切秀雄がもちいたとされています。くくりのなかにはほかに、黒井千次、後藤明生、阿部昭、小川国夫、柏原兵三らがはいっています。――「内向の世代」の特色は、公的な大義名分の相対化されつくした地点で、〈私〉の感知しうる領域として〈家族〉や〈血族〉の力を意識したところにあった。(松原新一ほか『戦後日本文学史・年表』講談社P355より) すこし強引なとらえかたのように思います。このくくりは「社会問題などから逃避して」という前提でなされています。小田切秀雄の業績は高く評価していますが、このくくりには首をかしげてしまいます。◎山と町のものがたり 主人公は、20歳を少し越えたばかりの青年。3日間の単独登山は終わりに近づいていました。下山の途中、男の目に岩の上でうずくまっている女性(杳子)の、生気のない姿がとびこんできます。――岩に腰をおろして、灰色のひろがりの中に軀を沈めたとたんに、杳子はまわりの重みが自分のほうにじわじわと集まってくるのを感じて、思わずうずくまりこんでしまった。(本文P15より) 青年は杳子から、麓まで連れて行ってほしいと頼まれます。青年は、途中崩れ落ちそうになる杳子を支えて下山します。 そして3か月後、2人は偶然駅のホームで出会います。それから2人の交際がはじまります。2人とも大学生であることがわかります。杳子は神経を病んでいます。普通の人間にとってなんのことはない、日常生活を重労働のように感じています。奇妙な偏執をみせたり、時には方向感覚を失ったりします。青年は杳子の病によりそい、なんとか治癒させようと努力します。 杳子は姉夫婦と同居しています。そして姉にたいして、憎しみをいだいています。姉も以前は杳子と同じ病をかかえていました。いまは回復しています。姉をめぐっての2人のやりとりを紹介します。(引用はじめ)(補:青年)「姉さんは健康になったのだろう。いまでは一家の主婦で、二児の母親じゃないか」「それが厭なの。昔のことをすっかり忘れてしまって、それであたしの病気を気味悪そうに見るのよ」「それでいいんだよ。健康になって病気のことを忘れるのは、しかたないことじゃないか」「病気の中にうずくまりこむのも、健康になって病気のことを忘れるのも、とちらも同じことよ。あたしは厭なの」(引用おわり、本文P98より) ある日青年は姉から、杳子を病院へ連れて行ってほしいと懇願されます。彼は杳子のいまをそっとしておくほうがいい、と思っています。しかし杳子は自ら病院へ行く決心をします。そして独り言のようにいいます。「ああ、美しい。今があたしの頂点みたい」と。 第64回芥川賞の選評を、いくつが紹介させていただきます。(『芥川賞全集第八巻』文藝春秋より)――何か混沌とした、」暗い明晰でない、灰色の感じが、この小説の場合には、この灰色の混沌も、小説の色どりと持味になって、密度の濃い、面白いヤヤコシさで、筆の妙味に陶然とさせられた。(瀧井孝作)――古井君が硬質なことばをもって組みあげるスタイルは、なにかを表現するのではなくて、なにかを突きとめようとするもののごとくである。(石川淳)――作者の進境がよく見えた。「妻隠」と「杳子」の二作のどちらを受賞させるかについて、論議がわかれ、一票の差で「杳子」に決った。(船橋聖一) 石川淳は著作『文林通言』(講談社文芸文庫)のなかで、『杳子』は山と町の小説であると書いています。――谷底からはじまって、女は男にたすけられて、あぶない吊橋をわたり、山をおりて、町にかえる。これが最初の出逢いである。町は赤の他人が渦を巻いて方角の知れにくいところだが、それでも男女は再会する。町の日常性の尺度をもってすれば、女はいささか異常である。その異常性をめぐる交渉が心情のうつろいをともなってつづく。(石川淳『文林通言』P143より) 2012年に『古井由吉自撰作品』(全8巻、河出書房新社)が刊行されました。『杳子』は、その第1巻に所収されています。この個人全集は新版で、私がもっているのは1982年発行の旧版(全7巻)です。旧版では第2巻に所収されていた『杳子』を、自選集(新版)では第1巻にすえられました。古井由吉の作品にたいする思いが、あらわれているとうれしくなりました。(山本藤光:2013.06.14初稿、2015.07.20改稿)
2015年07月22日
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広告代理店営業部長の佐伯は、齢五十にして若年性アルツハイマーと診断された。仕事では重要な案件を抱え、一人娘は結婚を間近に控えていた。銀婚式をすませた妻との穏やかな思い出さえも、病は残酷に奪い去っていく。けれども彼を取り巻くいくつもの深い愛は、失われゆく記憶を、はるか明日に甦らせるだろう!山本周五郎賞受賞の感動長編、待望の文庫化。(「BOOK」データベースより)荻原浩『明日の記憶』(光文社文庫)◎若年性アルツハイマーの初期症状 荻原浩のデビュー作『オロロ畑でつかまえて』(集英社文庫)を読んだとき、化けるか消滅するかのどちらかだと思いました。その後いくつかの作品を読んでみて、純文学でもなくミステリーでもない中途半端さに失望してしまいました。 事実、荻原浩は泣かず飛ばずの時期が、つづいていました。そして『明日の記憶』(光文社文庫)で、大ブレークしました。荻原浩は、軽妙な文章を書くことができる作家です。ところが筆がすぺりすぎるきらいがありました。それはあつかうテーマが軽すぎたからだと思っています。 私は『明日の記憶』の初版本を読んだとき、思わず「やったな」と叫んでしまいました。ずっと軽く感じてきた単行本に、どっしりとした重い手ごたえを感じたのです。以下、当時の「読書ノート」を転記してみたいと思います。 (引用はじめ) 主人公は、広告代理店の営業部長・佐伯雅行50歳です。娘の梨恵は、結婚を目前に控えています。佐伯は物忘れがひどくなっている自分に気づいています。しかしそれを、単なる加齢によるものと片づけていました。仕事が多忙であり、睡眠不足の日がつづきました。病院へ行き、睡眠薬の処方を依頼します。検査の結果が告げられます。 ――私の顔と枝実子の顔を見比べて、それから医師は言った。「おそらく若年性アルツハイマーの初期症状だと思われます」 頭の上に、空が落ちてきた。(本文P84より)――アルツハイマーの症状は、しだいに患者本人の苦痛ではなく、介護する人間の苦痛になっていくのだ。/このまま症状が進むと、記憶障害や随伴症状だけでなく行動障害が起きるようになる。たとえば、徘徊。(本文P242より) 読みながら、自分がこんな診断をされたらどうなるかを考えました。恐怖が走りました。地獄の診断。記憶力がどんどん退化し、最後は自分自身まで喪失してしまうのです。 主人公も、恐怖でパニック状態におちいります。当初は医者の誤診と思いこもうとしましたが、しだいに兆候があらわれてきます。仕事にも支障が生ずるようになり、記憶もあいまいになっていきます。 ずっと軽妙な作品ばかり発表してきた荻原浩は、新しい境地を拓いたようです。床に伏す以上に怖い病気。読み終えてからも、恐怖が消え去りませんでした。本書のエンディングは、涙なしには迎えられません。怖いけれども温かい。本書はまぎれもなく、荻原浩の代表作といえます。(引用おわり。「藤光日誌」2005年5月3日より)『明日の記憶』は2006年、堤幸彦監督・渡辺謙主演により東映から映画化されています。私はみていませんが、友人たちのあいだでは非常に評価が高かったようです。本書を読んだ主演の渡辺謙が「映画にしたい」、と著者に手紙を書いたとの逸話があります。◎病気小説の最高峰 山本周五郎賞の選評で『明日の記憶』について、重松清はつぎのように語っています。なるほどと思いますし、読みながら私もダニエル・キース『アルジャノンに花束を』(早川ダニエル・キイス文庫)を思い出していました。――どうしても一点、気になるところがあった。記憶を喪い、言葉を奪われつつある主人公は、しかし、物語の語り手として、最後まで明晰な語り口と豊かな語彙を保っているのだ。本作の場合は「どう語るか」が作品のモチーフに直接つながるのだから、『アルジャーノンに花束を』の二番煎じになることなく、しかしその地平にまで挑んでもらいたかった。(重松清の選評より) 他の選者からも、「性」や「死」にまで切り込むべきだとの意見もありました。病気を小説のテーマにするのは、非常に難しいことです。主人公を「彼」や「彼女」で書いてしまうと、どうしても薄っぺらなものになってしまいます。『アルジャノンに花束を』は、彼(リチャード・ゴードン)の視点で書かれていますが、経過報告という手法で深みをつくっています。 「私」という一人称でとことん病気を突き詰めると、重松清の指摘に行き着いてしまいます。荻原浩には、ぜひもう一段高みを目指してもらいたいと思います。飾り気のない淡々とした筆致は、魅力にあふれています。(山本藤光:2010.07.20初稿、2015.07.20改稿)
2015年07月21日
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■01:お前なんか辞めっちまえ ――営業マン必読 小説『どん底塾の3人』 呼び出し音が鳴っている。できることなら、誰にも出てほしくなかった。生つばを飲みこみ、25歳になったばかりの海老原浩二は、あと1回で電話を切ろうと思う。会社へ電話をするのは、夕食をとってからでも遅くはない。 多少熱があるようだが、寒気は失せていた。放り投げたロープをたぐりよせようとした瞬間、思わぬ反応があった。 ――もしもし。――ビリーか? いきなり所長の関根が、電話に出てしまった。まずい、と思ったが遅すぎた。「もしもし」の声で、正体がばれたらしい。――はい。 観念して答えてしまう。頭の中が真っ白になる。所長の席に張ってある、赤い棒グラフが浮かび上がる。 「お前なんか辞めっちまえ!」 今朝、狂ったように怒った所長の顔がよみがえる。いままでも、何度も辞めようと考えた。この仕事に向いていないことは、自分自身がいちばんよく知っている。ゆううつな気分だった。水が入った靴をはいているみたいに、うっとうしかった。――やったか? 有無をいわせぬ詰問が、退路をふさぐ。答えはふたつしかない。頭のなかで、コインがくるくると回る。表がイエスで、裏はノー。返事を急がなければならない。いらついた荒い息が聞こえる。――ええ、やりました。3件です。 破れかぶれで、思わずいってしまう。声が裏返り、足が震えた。――そうか。その気になればできるんだよ。 一呼吸おいて、所長は満足そうな声で反応する。興奮を抑えているようでもあり、すべてを見透かしているようにもとれる微妙な声だった。 3件は多すぎだった、と後悔する。受話器を置くと、掌が汗で濡れていた。頭の芯が凍りついたように冷たい。ウソをついたときにきまって感じる、罪意識が全身を包みこむ。 もう泥沼だった。ノルマを達成するために、架空の契約書を作成する。契約が成立すると、コミッションが入ってくる。しかしウソの契約分の支払いが、大きな口をあけて待ち構えている。支払い条件をボーナス一括払いにしているだけに、なけなしの賞与は右から左へと動くにすぎない。 とりあえず今回の3件の支払いは、暮れのボーナスで穴埋めするしかない。部屋のなかは、ダンボールの山だった。あと2カ月で、夏のボーナス分の支払いをしなければならない。 海老原浩二は暗い気持ちで、定食屋「どん底」ののれんをくぐる。「……らっしゃい」 いつものように語尾だけしか聞きとれない、店主の声に迎えられる。先月まで低調だった同年代の2人が、今月に入ってから数字を伸ばしている。それゆえ所長の怒りが集中するのも、仕方がなかった。 自動食器洗い乾燥機が最も売れるのは、冬場とボーナス時期だった。ビ―ルの後は、熱燗にしようと思う。うんと熱いのを飲んで、厚着をして寝ようと思う。さっきのウソが重くのしかかってくる。 明朝、また架空の契約書を提出しなければならない。そしてダンボールを3個、部屋に運びこむことになる。
2015年07月20日
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■00:営業マン必読・小説『どん底塾の3人』まえがき 営業マン必読・小説『どん底塾の3人』は、私が本名(山本藤光)で上梓した『世界一ワクワクする営業の本です』(日本実業出版社2005年)に大幅な加筆修正をした連載です。『世界一ワクワクする営業の本です』は増刷されましたが、現在絶版になっています。ただし、オーディオブックでは購読できます。 オーディオブック:FeBe(http://www.febe.jp/product/23326) 本書のあらましについては、「FeBe」のガイドを引用させていただきます。(引用はじめ) 定食屋「どん底」で毎週開かれる「どん底塾」。営業で悩む3人組を立派な営業マンに育てあげるのがこの塾のねらいです。・リストラで、人事部から生保レディへの転身を目指す加納百合子。・公私混同が頭をよぎり、営業に消極的な大河内雄太。・気に入らない上司の下、業績の上がらない海老原浩二。 本書では、この3人の登場人物があなたに変わって営業のノウハウを実践していきます。営業に携われば誰もが体験する失敗、感じる疑問。リアルな視点で描かれる3人の物語はきっとあなたの悩みを解決するでしょう。 読めば営業が楽しくなる。今、仕事にやりがいを見出せない方に、ぜひおすすめの一冊です。(引用おわり)■ブログ連載のまえがき まったく売れない営業時代を経験している。自分自身が情けなく、絶望的な毎日だった。売れている同僚からノウハウを学び、競合会社の営業マンからもスキルを盗んだ。それでも売れなかった。 そんな私を変えてくれたのは、親しくなった顧客の助言だった。「正直いって、きみと会っていると疲れるんだよ。もっと肩の力を抜いて、相手と楽しい時間を共有するつもりでやってみたら」 スキルやノウハウ以前に、私には根本的な問題があったのだ。こんなによい製品を、買わないのはおかしい。私のセールストークを、顧客はそう受け止めていたらしい。「楽しい時間の共有」という言葉が、腑に落ちた。 顧客と目線を合わせる。顧客と呼吸を合わせる。難しいことではなかった。それを覚え、実行してから、営業成績は飛躍的に上がった。自分自身が仕事を楽しんでいるのだから、相手も楽しくなる。好循環が生まれた。 営業の仕事が好きだ。でも伸び悩んでいる。そんな人に、この連載を捧げたい。連載には、4人の登場人物を配した。4人はいずれも、困難な現実のなかにいる。だれもが、「どん底」から脱却したいと思っている。彼(彼女)らに、自分自身を重ねてみてもらいたい。きっと新しい何かが、発見できるはずだ。 ちょっとしたきっかけで、仕事は楽しくなる。本来、仕事って楽しいものだ。多くの人は、仕事の楽しみ方を知らない。本書をあえて物語にしたのは、そうしたプロセスを体感してもらいたかったからである。 雪道でスリップし、立ち往生している車がある。渾身の力をこめて、後ろから押してあげる。微動だにしない。さらに力を入れる。車がゆっくりと動きはじめる。 立ち往生している車は、自力では動かない。何とか後押ししてあげたい。そうしたイメージで、本書をまとめた。最初のうち、とてつもなく重かったものが、動き出すとスムースになる。 営業マンは、会社の代表として顧客に接する。誇り高く、刺激的な仕事だ。仕事って何か。どうしたら、仕事が楽しくなるのか。本書が多くの営業マンやビジネスパースンに読まれ、どん底から抜け出すきっかけになってくれればと切に願う。 ちょっとしたきっかけで、見違えるほど仕事が変わる人がいる。もちろん本人に、現状を打破したいという熱い思いがなければ変化は起こらない。 さて始業の鐘が鳴った。「どん底塾」の開講である。気楽な気持ちで、受講してもらいたい。ひとつだけ、約束してもらいたいことがある。連載に共感した人は、勇気を持って感想をコメントしていただきたい。投稿はオープンになるが、「どん底塾」の塾生同士で語り合ってほしい。もちろん、私も参画したい。 起立! 礼! ※小説『どん底塾の3人』のバックナンバーは、画面左の「フリーページ」にあります。こちらからは、まえがきから01,02と一挙に読むことができます。
2015年07月20日
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人には14歳以後、一度は考えておかなければならないことがある!今の学校教育に欠けている、14、5歳からの「考える」ための教科書。 「言葉」「自分とは何か」「死」「心」「体」「他人」「家族」「社会」「規則」「理想と現実」「友情と愛情」「恋愛と性」「仕事と生活」「メディアと書物」「人生」など30のテーマを取り上げる。読書感想文の定番,中高大学入試にも頻出の必読書。年代を超えて読み継がれる著者の代表作。(本書案内より)池田晶子『14歳からの哲学』(トランスビュー)◎哲学することの意味 本書はちまたの「哲学」関連本とは、まったくちがっています。私の書棚にはたくさんの「わかりやすい哲学」「哲学入門」などの書籍があります。大学時代はそれこそ「デカンショー」を読んでいなければ、恥ずかしいという強迫観念にかられていました。読んでみてもさっぱりわかりませんでした。そのあげく簡便本でお茶をにごしていたのでしょう。デカンショーが、「デカンショ」は、「デカルト」「カント」「ショーペンハウエル」の略であることは、年配の人ならご存知でしょう。 私が本書を読んだのは、年金受給者になってからです。孫にプレゼントするような顔をして、自分のために買い求めました。読んでみました。「1.考える」のページから、早くもストンとなにかが腑におちてきました。――生きていることが素晴らしかったりつまらなかったりするのは、自分がそれを素晴らしいと思ったり、つまらないと思ったりしているからなんだ。(本文P5より)――君は、つまらないことをつまらないと思わないこともできるはず。(本文P5より) 私が営業リーダー時代、不愉快そうにしている部下がいました。私は笑いながら彼の肩をたたいて、「声にだして、不愉快だ、と10回くりかえしてごらん」といいます。呪文のように「不愉快だ」をいっている彼は、途中から「愉快だ」といっています。「ほら、不愉快が愉快になっただろう」。若いころのこんな場面がよみがえってきました。 池田晶子が説いている世界は、心の中のこと、あるいは考え方についてですが、じつにわかりやすい言葉で諭してくれます。 ――自分では正しいと思っているんだけど、本当は間違っているという場合は、どうしたものだろう。自分では絶対に正しいと思っているんだけど、本当はまったく間違っていて、そのこと気がつかずに、大きな声でそれを主張しているとしたら、これはすごく恥ずかしいことなんじゃないだろうか。(本文P13より) 池田晶子は「考えよう」とくりかえします。そして「思う」と「考える」のちがいについて、言及してみせます。井上ひさしの著作にもこの2つのちがいにふれているものがあります。出典はわすれましたが、こんな感じです。「マンションを買おうと思う」「マンションを買おうかと考えている」 ちがいを説明できますか? 前者は漠然としている心理状態です。後者はAかBかなどと、選択にまよっているレベルの表現です。◎「友情と愛情」をじっくりと考える 池田晶子は難解な哲学用語を、いっさい封印しています。また先達の哲学者の言葉を、寸借することもしていません。まるで目の前の14歳に、話しかけているような感じです。後半は「17歳からの哲学」という章となり、「自由」や「宗教」などについても示唆してくれます。「15友情と愛情」の章をくわしく紹介させていただきます。本書が従前の哲学書とは、ちがうことを実感していただくためです。14歳というと「友だち関係で悩んでいる人が多いみたいだ」と前おきしてから、「友だちが少ない」などと具体例を列挙します。そして「単なる遊び友だち」と「大事なことを語り合える友だち」との違いを示してみせます。――本当の友情というのは、自分の孤独に耐えられる者同士の間でなければ、生まれるものでは決してないんだ。なぜだと思う?/自分の孤独に耐えられるということは、自分で自分を認めることができる、自分を愛することができるということなんだ。そして、自分を愛することができない人に、どうして他人を愛することができるだろう。(本文P100より)――孤独というのはいいものだ。友情もいいけど、孤独というのも本当にいいものなんだ。今は孤独というとイヤなもの、逃避か引きこもりとしか思われていないけれども、それはその人が自分を愛する仕方を知らないからなんだ。自分を愛する、つまり自分で自分を味わう仕方を覚えると、その面白さは、つまらない友だちといることなんかより、はるかに面白い。(本文P100-101より)――自分を愛し、孤独を味わえる者同士が、幸運にも出会うことができたなら、そこに生まれる友情こそが素晴らしい。お互いにそれまで一人で考え、考えを深めてきた大事な事柄について、語り合い、確認し、触発し合うことで、いっそう考えを深めてゆくことが出来るんだ。(本文P101より) この流れは、心底いいなと思います。おしつけがましくなく、断定形でもなく、池田晶子は病床に見舞いにきた人のように、静かに淡々と語ります。私は若い営業マンや営業リーダーに向けて、たくさんの本を書いています。『14歳からの哲学』にふれてみて、絶叫調の自分の著作が恥ずかしくなりました。「愛情」についても、こんなヒユがありなのか、と思わず納得してしまいました。引用してみます。――もしも君が、犬や猫やハムスターや、自分のペットを買っているなら、彼らに対する気持ち、あれが愛情の原点だ。大事で、いとおしくて、何がどうなのであれ、居てくれればそれでいいと思うだろう。少々噛みつかれたりひっかかれたりしても、まあコイツのすることならいいやって、許しちゃうだろ。つまり、彼らのすべてを丸ごと受け容れて認めること、無条件の愛情だ。愛情というのは無条件であるものなんだ。ただ、ペットの場合は、彼らの方が無条件でなついてくるから、人間の方も無条件で受け容れやすい。(本文P101より)「自分を愛する」のは、とてもたいせつなことです。それは最終的に社会や世界を愛することになります。 池田晶子の『14歳からの哲学』の「あとがき」を、紹介させていただきます。あとがきは、「14歳の人へ」と「14歳以上の人へ」と区分されています。 あとがきの「14歳のきみへ」では書店や図書館へいけば、おびただしい数の「哲学」と出会うことができる、と書きだされています。――でも、たとえ今の君がそれらの本を手に取って読んでみても、聞きなれない言葉や変な言い回しがいっぱい出てきて、おそらくちんぷんかんぷんでしょう。――君が求めているのは、「考えて、知る」ことであって、「読んで、覚える」ことではないからです。自分で考えて知るために、他人の本を読んで覚える必要はありません。 「14歳以上の人へ」のポイントも、紹介させていただきます。――対象はいちおう14歳の人、語り口もそのように工夫しましたが、内容的なレベルは少しも落としていません。落とせるはずがありません。なぜなら、ともに考えようとしているのは、万人もしくは人類に共通の「存在の謎」だからです。――子供とともに、生徒とともに、あるいは一人で、なお謎を考えて知りたいという意欲をおもちのいかなる年齢の人にも、何らかお役に立てるものと思っております。 『14歳からの哲学』(トランスビュー)は、地道に売れています。やさしい本ではありません。私自身も3回読み直し、書評を書いています。「自分とはだれか」「他人とはなにか」「死をどう考えるか」など、避けてはとおれない難解なテーマが、びっしりとならんでいます。本書の初出は2003年なのですが、哲学の古典みたいに評価は高まるいっぽうです。 一つひとつの問いかけごとに、活字から目を離して考えてみました。こんな世界を、まともに考えたことはありませんでした。それゆえ、おおいなる刺激をあたえられました。◎自分の頭で考えなさい ――生命体を維持するための食欲、子孫を繁殖するための性欲、じゃあ恋愛は、何のためにするものだろう。自然法則にとっては恋愛なんて、無用のものでしかないはずだ。もし恋愛が自然の本能だったら、恋愛の相手は、誰でもいいのでなければおかしいね。子孫を増やすためだけなのだったら、雄と雌であればいいはずだよね。(本文P106より) 著者の問いかけのひとつを紹介してみました。では生きるってなにか。読者は、ひたすら考えまくることになります。14歳には難しい設問ですが、一度は考えておきたいテーマです。 本書は、自分の頭で「考えなさい」と一貫しています。水辺まで読者をつれていき、そこで放りだします。考える習慣をつけるためには、うってつけの「教科書」だと思います。そういえば本書のサブタイトルは、「考えるための教科書」でした。 池田晶子の著作は、文庫化されているものもたくさんあります。「哲学」は敷居が高いと考えているのなら、何冊か手にしていただきたいと思います。ざっとあげてみます。『ソクラテスよ、哲学は悪妻に訊け』(新潮文庫)『メタフィジカル・バンチー 形而上より愛をこめて』(文春文庫)『考える人・口伝西洋哲学史』(中公文庫)『帰ってきたソクラテス』(新潮文庫)『さようならソクラテス』(新潮文庫絶版) 本書を卒業したら、すばらしいアンソロジーがあります。北上次郎編『14歳の本棚』(新潮文庫)です。本書は「部活学園編」「初恋友情編」「家族兄弟編」とテーマごとに3冊になっています。とりあげている作品に味があります。本書は「知・教養・古典ジャンル」の125+αとしてとりあげる予定です。(山本藤光:2010.05.13初稿、2015.07.19改稿)
2015年07月20日
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恋人から投稿ヌード写真撮影に誘われた女性店員、「人格者だが不能」の貧乏寺住職の妻、舅との同居で夫と肌を合わせる時間がない専業主婦、親に家出された女子高生と、妻の浮気に耐える高校教師、働かない十歳年下の夫を持つホテルの清掃係の女性、ホテル経営者も複雑な事情を抱え…。(「BOOK」データベースより)桜木紫乃『ホテルローヤル』(集英社文庫)◎同郷の作家が直木賞 ――文庫になるのを待てません。すこしでも早く紹介したいという思いが強いのです。フライングしてしちゃいます。 これは2014年10月に発信した「山本藤光の文庫で読む500+α」の冒頭分です。でもやっと文庫になりました。少しだけ手を加えたいと思います。(2015.07.19追記) 桜木紫乃は釧路市出身の直木賞作家です。同郷だということで、ずっと追っかけていました。藍川京のようにグロテスクではない、性愛をさらりと書く名人。それが桜木紫乃という作家です。 桜木紫乃が釧路出身の作家・原田康子の『挽歌』(新潮文庫)を読んだのは、中学生のときでした。15歳のときに父親が釧路でラブホテル・ローヤルの経営をはじめます。桜木紫乃は掃除などの手伝いをさせられました。 性愛にたいする冷めた視点は、こうした体験が背景にあるとされています。24歳で結婚。2児をもうけます。小説を書きはじめたのは、それからのことです。 37歳のときに書いた「雪虫」(『氷平線』文春文庫所収)が、オール読物新人賞を受賞します。そこからは一直線でした。私が追っかけを開始したのは、この時点からです。2007年に初出版の『氷平線』(文藝春秋)を手にしたとき、まるでわが子の出産に立ちあったような喜びをおぼえました。『ラブレス』(新潮文庫)のなかに、つぎのような文章があります。――沿道を日の丸が埋めつくしていた。/厳しい冬を前にして、市街地には華やかなお祭り気分が漂っている。/昭和二十五年十一月一日、標茶村は標茶町になった。新しい建物も増えていた。杉山百合江が小学校に上がったころにはなかった文房具屋も店を開いた。(本文P18より) 本文中の「標茶」は「しべちゃ」と読みます。私の故郷の名前です。私の筆名「標茶」は「しるべちゃ」とルビをつけなければなりませんが、故郷の名前をちょうだいしたものです。標茶町は釧路から釧網線で1時間ほどのところにあります。釧路湿原が流れる酪農の町です。釧路湿原の約半分は、標茶町を流れています。私は高校生のころ、ひんぱんに釧路へ遊びに行っていました。 桜木紫乃の実家が「ホテルローヤル」を開業したのは1980年ですので、私は社会人になって東京住まいをしていました。したがって利用したことはありません。父親の経営していた「ホテルローヤル」は、現在解体されて存在していません。そのことを桜木紫乃は次のように語っています。――本が出たと同時期に、偶然にも建物も解体されたと聞いて、ぞっとしました。現実のホテルがなくなって、この本が残ったなんて、奇妙な縁を感じずにはいられないですよね。(「女性セブン」2013年9月5日号より)◎オムニバス小説の最高峰 桜木紫乃『ホテルローヤル』は、これまで読んで来たオムニバス小説のなかでは、抜きんでてすばらしい完成度でした。『ホテルローヤル』には、7つの短編が収載されています。すべての作品は、釧路湿原を見おろす高台にある「ホテルローヤル」にまつわる話です。 冒頭の「シャッターチャンス」は、同級生だった男女の破局を描いた切ない話です。男はアイスホッケーの花形選手でしたが、けがのために現役を引退しています。男は挫折から立ち直れないでいます。彼は女を廃墟になっている、ラブホテルに誘います。そこでヌード写真を撮りたいと迫ります。男はカメラマンになりたいという新たな夢を語りますが、その言葉は廃墟の冷え冷えとした残骸にむなしく響きます。女の心はしだいに冷めてゆきます。「シャッターチャンス」は、理解しあえない男女のすれちがいを描いた、釧路湿原から早朝に立ちのぼる湯気のような作品です。この作品が本書のカバーイラストになっています。文庫になっても同じものだったので、安心しました。「本日開店」では、不能の貧乏住職と20歳下の妻が登場します。妻が行き場のない、ホテルのオーナーの遺骨をあずかるという話です。「えっち屋」には、心中事件がもとで客足が途絶えたホテルローヤルが営業を終える日が描かれています。「バブルバス」は、貧しい生活をしている夫婦が、思いがけず手にした5千円でラブホテルにはいろうとする、涙をさそう話です。 オムニバス形式の7つの話は、ホテルローヤルが廃墟になった時点から開業時へとつながります。どの話も少しだけ芯の強い女性が、中心に描かれています。いずれも平凡な日常なのですが、なぜかいびつな世界にみえてきます。 桜木紫乃はラブホテルにまつわる話を、完成度の高い作品群としてまとめました。高校生時代にラブホテルの掃除などを手伝った体験が、この作品を書かせたといってもいいと思います。直木賞の受賞インタビューで、桜木紫乃はつぎのように語っています。――あのとき、あの場所にいたかもしれない人を、ちゃんと書きたい。どこにでもいそうな人を、丁寧に、自分なりの切り取り方で。(「News Watch 9」より)――たぶんお客さんが去ったあとの部屋を、ずっと見てきたこともある。掃除をしているときに痕跡だけが残っていて、人と人との関係が、人を見るよりもはっきりとわかることがある。/ベッドをきれいに直していく方は、(お互い)まだ遠慮のある2人。ぐちゃぐちゃにして帰っていけるのは、気心が知れている関係。今はこうして言葉にできるが、言葉にできないところで感じとったのは10代で、ああいうものを見てきたのはとても貴重な経験。」(「News Watch 9」より) 男女の微妙な関係を、やわらかなタッチで描ける作家は、かならずしも多くはありません。安直に小道具に走ったり、事件をつくりあげたりと苦労するのが常です。桜木紫乃には、そうした仕かけは不要なようです。大切なのは男女が育った世界と、生きている環境なのです。それらを包括するのが、釧路あるいは道東という舞台なのでしょう。 いまは「山本藤光の文庫で読む500+α」の、「+α」として紹介させていただきます。文庫化されたら高速エレベーターのように、現代日本文学トップ10までたどり着くことでしょう。◎追記2015.07.19『ホテルローヤル』(集英社文庫)ついに文庫化されました。もちろん再読しました。文句なしに、現代日本文学のベスト10入りです。文庫の解説・川本三郎の文章が素敵です。私の文章をリセットしてしまいたくなったほどです。(山本藤光:2014.10.22初校、2015.07.19改訂)
2015年07月19日
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ネッド・アレンにとって、栄光は目前だった。メイン州を出てほぼ10年、マンハッタンはいよいよ彼に微笑みかけようとしていた。だが、破滅は前触れもなく襲ってきた―失業。残された負債。不信を募らせる妻。それでも、辛酸をなめ尽くした彼にも蜘蛛の糸は下りてきた。ビッグ・ビジネスのチャンス。ところが…。『ビッグ・ピクチャー』で世界の注目を浴びた著者の再就職サスペンス。(「BOOK」データベースより)ダグラス・ケネディ『仕事くれ。』(新潮文庫、中川聖訳)◎ありきたりな主人公『仕事くれ』会社内で他部門の人と会うと、交わされるあいさつはこんな具合です。「どう、忙しい?」「まあまあ」。サラリーマンは、忙しくもなく、暇でもない状態が最も好ましいものです。だからこんなあいさつになります。ときには時候のあいさつていどの問いかけに、本気になって答える人もいます。「めちゃ忙しくて、ぶっ倒れそうだよ」。こんな人にかぎって要領が悪く、うだつがあがっていないものです。『仕事くれ。』(新潮文庫、中川聖訳)の主人公・ネッド・アレンは田舎の出身で、3流大学を卒業したことにコンプレックスをもっています。出世欲は旺盛で、一流品へのこだわりも強くもっています。現在ネッドは、「コンピュワールド」の地域セールスマネージャーです。「コンピュワールド」は、アメリカで3番目に大きなコンピュータ雑誌です。4年前に業界に参入したものの、2番手の「コンピューターアメリカ」の発行部数に迫りつつあります。ネッド・アレンは腕利きのマネージャーで、雑誌の広告とりに駆けまわる部下たちを強力にサポートしています。 多忙な毎日の連続で、妻との日常に亀裂が入りはじめています。しかしネッドはまったく意にかいしません。そんなとき、彼の会社が吸収合併されることになります。彼は「コンピュワールド」の発行人を内示され、降ってわいたような幸運に狂喜します。のぼりつめたジェットコースターは、ここから一挙に落ちはじめます。とことん奈落まで墜落してしまうのです。まず吸収合併された会社が、更に身売りされることになります。ネッドの発行人の夢は、同時に失墜します。 職を失ったネッド。再就職先を探しまわる毎日がつづきます。しかし道はひらけません。穴のあいた広告を、なかば恐喝まがいの行動で埋めた過去が邪魔をしています。「コンピュワールド」の発行人を内示した男への、暴力が露呈します。浮気がもとで妻が離れてゆきます。急速に「負」へ転ずる日常。喪失感を酒でいやす毎日。ここまではミステリーというよりも、企業小説のようです。これまでの「ツケ」がネッドを包みこみます。そして、事態はもっと悪くなります。ネッドの同級生が、ある魅力的な仕事をもちかけてきます。巧妙な罠を仕掛けられたネッドは、にっちもさっちもいかなくなります。まだ墜ちるのかと思わず胸を痛めてしまうほどに、主人公は絶望の淵に立たされます。こんなにすさまじい小説は、読んだことがありません。殺人事件が起きます。それもネッドが見ている前で。しかも状況証拠は、すべて犯人がネッドであるように仕組まれています。手のこんだ罠が、ネッドを呪縛します。迫りくる警察。死を考えるネッド。スピーディな展開は猜疑が不安に変わり、絶望が絶体絶命にまで追いこまれます。優秀なセールスマネージャーだったネッドには、偉大なる財産がありました。それは4人の元部下。1人は仕事に絶望して自殺しますが、残る3人は上司の恩を忘れていません。ネッドは、自分を理解してくれる人たちの支えでよみがえります。ダグラス・ケネディは前作『ビッグ・ピクチャー』(新潮文庫)でも、追いつめられてもけっしてあきらめない主人公を描いてみせました。◎七転び八起きの人生人はだれでも、未来に夢をはせます。そして挑戦します。成功か、失敗か、結果がでます。成功なら有頂天になります。失敗なら落ちこみます。簡単にいってしまえば、人生ってこんな感じになるものなのでしょう。ダグラス・ケネディの小説は、いずれも生真面目にこの世界を描きつづけています。主人公と環境を変えただけのように、感じるほどです。極端にいうと、初期作品『どんづまり』(講談社文庫)のくりかえしなのです。ところが、まったくあきません。読者は知らぬ間に、主人公に感情移入しているのです。「がんばれ」「負けるな」「やめておけ」……。読者は主人公に向かって、心のなかで何度も叫び声をあげることになります。『仕事くれ』は、入手が難しいようです。アマゾンを検索してみました。1円で38冊ありました。安心してお薦めさせていただきます。日本にはこのような世界を、描ける書き手はまだいません。最近の池井戸潤(推薦作『下町ロケット』小学館文庫)が近いかもしれません。現代の日本の写し絵のような世界を、堪能していただきたいと思います。(山本藤光:2009.08.19初稿、2015.07.18改稿)
2015年07月19日
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瀬戸の小島の分教場に赴任して来たおなご先生と12人の教え子たちの胸に迫る師弟愛を、郷土色豊かな抒情の中に謳いあげた名作「二十四の瞳」。戦争という不可抗力に圧し潰されながらも懸命に生きる女教師と生徒たちを描いたこの作品は、昭和29年、名匠・木下恵介により映画化され空前のヒットをとばし、「ヒトミ・ブーム」という言葉さえ生んだ。(「BOOK」データベースより)壺井栄『二十四の瞳』(新潮文庫)◎輝いている二十四の瞳 壺井栄『二十四の瞳』(新潮文庫)では、まず時代と舞台があきらかにされます。ところが地名は最後まで特定されていません。本書が発表されたのは1952(昭和27)年で、その2年後に映画化されました。そのときに壺井栄の出身地が香川県小豆島であることから、映像舞台として小豆島が選ばれたのです。映画は木下恵介監督で、大石先生役を高峰秀子が演じました。映画は1987年(朝間義隆監督)に、田中裕子主演でリメイクされています。――昭和三年四月四日、農山漁村の名がぜんぶあてはまるような、瀬戸内海べりの一寒村へ、わかい女の先生が赴任してきた。(本文P5の4行目より) 洋服で自転車にまたがってやってきた大石先生を見て、村人たちは目を丸くします。大石先生が受けもった1年生のクラスには、12人の生徒がいました。余談ですが、大石先生役の高峰秀子は自転車に乗れませんでした。何度も練習した成果が、あの映画の名場面になっているのです。――きょうはじめて教壇に立った大石先生の心に、きょうはじめて集団生活につながった十二人の一年生のひとみは、それぞれ個性にかがやいていてことさら印象ぶかくうつったのである、このひとみを、どうしてにごしてよいものか。(本文P28より) 貧しさに負けない清らかな瞳をみて、大石先生は深く心にきざみます。洋装で自転車にまたがった大石先生は、村のお母さんたちから反発されます。生徒たちも小さな大石先生を「大石・小石」といってからかいます。周囲から浮いた感じで、大石先生の奮闘はづづきます。 ある日、大石先生は生徒がつくった落とし穴で、アキレス腱をきって学校を休みます。12人の生徒は先生に会いたくて、泣きながら8キロの道のりをやってきます。松葉づえの先生と生徒たちは、浜辺で写真を撮ります。この写真が生涯、彼らの宝物になります。このできごとで、村人たちはこどもたちに愛されている大石先生を認めます。 その後、大石先生は本校へ転勤となります。世の中が急速に不景気になっていきます。貧しさのために夜逃げしたり、身売りされたりするこどもがでます。戦争がはげしくなってゆきます。かっての教え子が出征していきます。大石先生の夫と末の娘も帰らぬ人になります。このあたりのことについて、小川洋子の感想を引かせていただきます。――自分が〈お国のために……〉と教え込んだ子どもたちが、戦場に送り出され、命を落としていった。教師としてこの後悔がどれほど苦しいものであったか、経験者でなければ想像もできないことでしょう。(小川洋子『みんなの図書室2』PHP文庫より)◎十四の瞳の同窓会 敗戦の翌年、10数年ぶりに大石先生が分教場に戻ってきます。先生を歓迎する同窓会がひらかれます。参加者は男子5人のうちの2人。3人は戦死しています。女子は1人が病死で1人が行方不明で5人が参加しました。戦地で失明したかっての男子生徒が、写真を指さしながらみんなの名前を読み上げます。 苛酷な世の中の運命に、ほんろうされつづけた仲間たち。大石先生が12人の生徒たちといっしょにいたのは、ほんの数か月のことです。にもかかわらず、大石先生の気持ちは、しっかりとこどもたちに届いていました。新米の先生とピカピカの1年生。いまの時代ならうすっぺらな関係なのでしょうが、日本がもっとも貧しかった時代の話です。支え合い、いたわりあって生きてゆかなければなりません。 壺井栄はそんな時代を、新米先生と初々しい12人の生徒だけで、みごとに活写してみせました。舞台もここでなければならない、というくらいぴったりの選択でした。 壺井栄については、「朝日新聞」の切抜きから紹介させていただきます。――壺井栄の父は醤油樽職人だ。子が10人いたうえ孤児2人を引き取り12人を育てた。栄は家計を助けようと10歳で子守をし、15歳で郵便局に勤めた。繁治と結婚して東京に住み、隣の林芙美子や近くの平林たい子と助け合って暮らした。小説家になったのは、周囲の女性作家の影響が大きい。宮本百合子の力添えで最初の小説を書いたのは38歳。「二十四の瞳」は1952年、58歳のときの作品だ。(「朝日新聞」2013年8月10日、「映画の旅人」より) 壺井栄が結婚した壺井繁治は、同じ島出身のアナーキスト詩人です。思想犯として何度も検挙され、栄は苦難の生活を余儀なくされました。このころ栄は、佐多稲子とも親しくしています。『二十四の瞳』は読み方によって、反戦文学とも児童文学とも受けとれます。冒頭の時代は昭和3年4月4日です。「世の中の出来事と言えば、普通選挙法というのが生まれ」と書かれています。普通選挙法といっても、まだ女性には選挙権があたえられていませんでした。したがって女性の抵抗を描いたプロレタリア文学である、とくくっている本もあります。 映画の舞台になった岬の分教場は、地元の保存会が守っているようです。前記朝日新聞の特集には、そのカラー写真が掲載されています。木造平屋建ての入り口には、青銅色の鐘が下がっていました。(山本藤光:2013.12.05初稿、2015.07.17改稿)
2015年07月18日
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日本最大の貯水量を誇るダムが、武装グループに占拠された。職員、ふもとの住民を人質に、要求は50億円。残された時間は24時間!荒れ狂う吹雪をついて、ひとりの男が敢然と立ち上がる。同僚と、かつて自分の過失で亡くした友の婚約者を救うために―。圧倒的な描写力、緊迫感あふれるストーリー展開で話題をさらった、アクション・サスペンスの最高峰。吉川英治文学新人賞受賞。(「BOOK」データベースより)真保裕一『ホワイトアウト』(新潮文庫)◎社会派から冒険小説へ 真保裕一は1961年、東京で生まれました。作家になる以前は、アニメの世界で仕事をしていました。「笑ゥせぇるすまん」「おぼっちゃまくん」の演出や、「ドラえもんのび太の魔界大冒険」などを手がけています。 真保裕一は3段目のギャチェンジを、おこなっているようです。デビュー作『連鎖』(講談社文庫)で、江戸川乱歩賞を受賞して以来、一貫して社会派ミステリーを書いてきました。『取引』『震源』(いずれも講談社文庫)と、ディック・フランシス(推薦作『興奮』ハヤカワ文庫)の影響が色濃い作品がつづきました。ディック・フランシスは、イギリスの騎手出身の異色小説家です。邦訳のタイトルは、漢字2文字で統一されています。これらの作品は、「小役人シリーズ」といわれています。平凡な公務員が、犯罪に巻きこまれるという筋書きです。同じようなパターンのくりかえしに辟易して、新作には手をださないでいました。 友人から「真保の『ホワイトアウト』はいいぞ」とのメールがありました。読んでみました。まったく新しい冒険小説でした。書きかけの書評をおしやって、いち早く紹介しようとあせりました。以下は以前に、PHP研究所メルマガ「ブックチェイス」に掲載したものの転載となります。(転載はじめ) 真保裕一は、社会派の衣を脱ぎ捨てて、新たな装いの作品を書きました。『ホワイトアウト』(新潮文庫)は、まったく別人が書いた作品のようです。コインを積み上げるゲームのように、真保裕一はディテールを重ねてゆきます。『ホワイトアウト』(新潮文庫)の舞台は、周囲を2000メートル級の山々に囲まれた奥遠和。11月中旬にもかかわらず、豪雪がすべての景色を埋めつくしています。 主人公の富樫輝男は、ダムの運転員です。遭難者らしい人影を目撃し、同僚・吉岡と救助にむかいます。荒れ狂う雪に、視界が遮断されます。ホワイトアウトとは、吹雪や霧で視界を失う現象をいいます。真保裕一はていねいな筆致で、自然の猛威を描きあげます。そのなかで人間は無力です。自然に飲みこまれ、生命が危うくなります。 ――千丈ヶ岳からの強風に乗って、ガスをまとった雪が、雲を引きずり左方向から押し寄せてきた。瞬間、視界が奪われ、辺りが白一色に浸された。/何も見えない。目の前に、白い闇が広がっていた。/ホワイトアウトだ。(本文P33より) 富樫はホワイトアウトに巻きこまれた、親友を亡くします。さらに、とてつもない事件が起きます。日本一の貯水量をほこるダムが、武装グループによって占拠されるのです。武装グループに監禁されたダムの従業員のなかに、たまたま死んだ友人の婚約者・平川千晶がいました。武装グループは、50億円の身の代金を要求しています。 自らの失態で友人を亡くした、富樫が立ちあがります。奥遠和へ通じるすべての道は、爆破により遮断されていました。孤立した白い世界。警察も自衛隊も手のくだしようがありません。富樫だけが侵略者に迫ります。 真保裕一は、1年に1作品のペースで力作を発表しています。本書はそのなかでも、代表的な作品だと思います。これだけていねいに書きこまれた、自然の猛威は読んだことがありません。そして疲れきった肉体を支える精神力を、ここまで追求した作品はありません。真保裕一は力強くギアチェンジし、新たな世界にとびこんだようです。お薦めです。(転載おわり) 真保裕一は現在、3段目のギアにチェンジしはじめました。『デパートへ行こう』(講談社文庫)、『ローカル線で行こう!』(講談社)など、タイトルと作品に丸みがでてきています。◎『ホワイトアウト』から『奪取』へと加速 真保裕一の描く主人公は、愚直で友人思いです。人物造形には、とことんこだわりをもっています。――いつも考えるのは、人物と物語の核になる部分とが、どう融合できるか。とちらかだけがよくても面白くないと思うんです。まれに人物だけでも面白い場合はありますが、でもその人物が何かせざるを得ない状況に追い込まれたり、悩んだり踏ん張ったりすることが面白いのであって、人物と物語のどちらかに偏ったらダメだと思います。その人物の器みたいなものが融合されたときに、自分の中では小説につながっていくのかなと思います。(『解体全書neo』ダ・ヴィンチより) 真保裕一の意図は、みごとに成功したと思います。馳星周になる前の坂東齢人もそれを認めています。――主人公の闘いのディテイルを徹底して描ききる、そのディテイルのリアリティが、平凡な人間であるはずの主人公の超人的な行動を支え、読む者の手に汗を握らせるのだ。徹底してディテイルにこだわったからこそ、主人公のモチベーションのくささに深みが増して、逆に説得力を与えるのだ。行動の前に思想の嘘臭さは霧消する。そして、行動は徹底したディテイルによって命を吹き込まれるのだ。(坂東齢人『バンドーに訊け!』本の雑誌社より) いっぽう福田和也は、著作(『作家の値打ち』飛鳥新社)のなかで「なぜそのようなことをするのか、という欲望や動機をつかむことができていない。すべて理におちる〈動機〉ばかりである」と辛口のコメントをしています。 自分のミスで無二の親友を亡くした。その婚約者である平川千晶がダムを訪れ、拘束されている。官憲は冬山の厳しさに対応できない。私には富樫が単独で救出に向かう、動機が理解できます。 維住玲子という北海道の作家が、『ブリザード』(中央公論新社)という厳しい世界を書いています。文庫化されていれば、「標茶六三の文庫で読む400+α」でとりあげたかった作品です。私は真保裕一の『ホワイトアウト』に、同じような力強さを感じました。『ホワイトアウト』のあとに書かれた、『奪取』(上下巻、講談社文庫)に小役人は登場しません。親友が暴力金融に引っかかります。その借金を奪い返すために、ハイテクオタクの主人公が立ちあがります。山本周五郎賞、日本推理作家協会賞長編部門を受賞した『奪取』を読んで、私は2段目のギアチェンジで加速されていることを実感しました。(山本藤光:2010.03.28初稿、2015.07.16改稿)
2015年07月17日
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サル学の世界では、日本の学者たちによって[常識]を覆す新事実が次々と解明された。ヒトと動物の境を探る立花ファン必読の一作!(文庫案内より)立花隆『サル学の現在』(上下巻、文春文庫)◎サルなんぞに学ぶことはない?『サル学の現在』(上下巻、文春文庫)は、絶版になっているようです。もったいないと思います。探し出してでも読んでいただきたい、著作なのです。 下巻の巻末には、おびただしい「参考文献」が紹介されています。数えてみると、180冊ありました。これらのエキスを吸い上げ、多くの取材でそれらを掘り下げてみせる。立花隆の力技に頭が下がります。立花隆の著書は、『田中角栄の研究』(上下巻、講談社文庫)『日本共産党の研究』(全3巻、講談社文庫)や『臨死体験』(上下巻、文春文庫)など、徹底した取材と幅広い研究テーマで有名です。 本書は文庫化される前に、店頭で見ています。そのときはボリュームに圧倒されて、手を出しませんでした。そして文庫化されたとき、迷わずに購入しました。当時の私は分厚い本を買うときに、通勤電車のなかで読めるか否かを基準にしていました。四六版(通常の単行本)で300ページ前後が限界でした。片手は吊革にあるため、空いているもういっぽうで支える限度が、このくらいなのです。 今回「文庫で読む500作品+α」で取りあげることにして、ひさしぶりに再読してみました。『サル学の現在』は、読んでいて飽きがきません。妙におかしいし、ときには深く考えさせられる部分もあります。著者は20人を越える、サル学に関するインタビューを試みています。 本書は素人にもわかりやすく、まとめられています。著者のインタビューの巧さもさることながら、京大を中心とした学者たちの気の長いフィールドワークにも胸を打たれます。たとえば「ハーレムと同性愛・ゴリラ」の章でのやりとりは、こんな具合です。 ――「同性愛というのは、このグループ以外にもあるのですか」「カリソケの三つのグループを八年間観察した記録のよると、二十三例のホモ行為と六例のレズ関係があったようです」(本文より)「ヴェールをぬいだ新世界ザル」の章には、こんな逸話があります。 ――「大人のオスがオッパイを飲むなんて、このサルだけですよ」「それは人間のおとなのオスと同じで、本当はオッパイを飲むのが目的なんじゃなくて、性行動なんじゃないんですか」「その可能性もあるんです。今オッパイ飲み行動と交尾行動がどう関連しているかを、西邨君が調査しているところです。実はこのウーリーモンキーは、性行動に熱心なサルで、交尾のとき、ペニスを挿入したまま十数分も念入りなスラストを続けます。」(本文より) サルといえば、人間の祖先として余りにも有名です。サル学の学者たちは、長期間の観察を通して様々な発見をします。同性愛あり、乱交パーティあり、チンパンジーとゴリラの比較あり、先に引用した新世界ザルありと、サルの特性のオンパレードです。 オラウータンの日常は怠惰ですが、セックスは濃厚であったり、ピグミーチンパンジーのセックス社会の紹介があったり。ボスザルやババザルの分析があり、子殺しの話まで出てきます。『サル学の現在』には、人間に最も近いサルのすべてが語られています。この本は何人にも紹介しましたが、読んだ人は少ないと思われます。ケッ、サルなんぞに学ぶことはないよ。みんなそうした冷ややかな反応をするのです。 まずは読んでみていただきたい。凡人にはわかりにくい専門領域の話を、インタビューという形式で、ここまでまとめあげた立花隆の世界を、実体験してもらいたいと思います。動物園の猿しか知らない私にとって、『サル学の現在』は刺激的なものでした。サルの世界を通じて、人間社会が見えてくる図式になっていないのが、この作品の特徴でしょう。 サル学者たちは真摯な目でサルだけを追いかけており、著者も「サル学」のはんちゅうを逸脱することなく、学者の業績を上手に引きだしています。立花隆の仕事には、賛否両論があることは知っています。 否定論で目立つのは、現場にも行かず資料と小手先だけで書いている、というものです。しかしそうした意見は、本書にはあてはまらないと思います。立花隆の著作は、時代の変化とともに色あせてしまう類のものが多々あります。ただし本書は、時代を超えて、読みつがれることになるでしょう。 (山本藤光:2010.07.06初稿、2015.07.15改稿)
2015年07月16日
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詩人コクトー(1889‐1963)の手にかかると、子供の世界も、ギリシア悲劇を思わせる格調の高さをもって、妖しく輝きだす。白い雪の玉で傷ついた少年ポールが、黒い丸薬で自殺するという幻想的な雰囲気のなかに登場する少年少女は、愛し、憎み、夢のように美しく、しかも悲痛な宿命をになって死んでゆく。(「BOOK」データベースより)コクトー『恐るべき子供たち』(岩波文庫、鈴木力衛訳)◎三島由紀夫が敬愛するラディゲとコクトー三島由紀夫に、『ラディゲの死』(新潮文庫)という著作があります。20歳の若さで亡くなったレイモン・ラディゲは、ジャン・コクトーにあこがれていました。『ラディゲの死』には、ラディゲがコクトーと出会い、彼に見守られながら息を引きとった様子が書かれています。ラディゲは、三島由紀夫が敬愛する作家のひとりでした。三島由紀夫は亡くなる3年前にラディゲと会っています。その体験については、「ドルヂェル伯の舞踏会」(新潮文庫『裸体と衣装』所収)に詳しく書かれています。コクトーはよく変人呼ばわりされていますが、情の深い人だったと思います。コクトーは早熟で、はちゃめちゃな人でした。前衛芸術家とだけ書かれているプロフィールもありますが、活動の範囲は詩人、小説家、劇作家、画家、脚本家、映画監督など幅広いものです。そして彼は、あらゆる領域で天才的な力量を発揮しています。もうひとつ忘れてはならない才能がありました。人を育てる力です。コクトーは14歳下のラディゲの才能を見抜き、その死まで看取りました。彼は友人と触発し合ながら、仕事をするのを好みました。ピカソ、サティ、シャネルは、コクトーによって表舞台に引っぱりだされています。さらに写真家として有名になったマン・レイや、画家のハンス・ベルメールなどの作品を、自らの著作に用いています。愛人関係にあった俳優のジャン・マレーのためには、戯曲を書き映画も作りました。またジュネの『ブレストの乱暴者』(河出文庫、絵は掲載されていません)に水平の絵を描き、サルトルの『汚れた手』(『サルトル全集・第7巻』人文書院所収)の演出にも力を貸しました。(この段落の文章は、『解体全書2』リクルートを参考にまとめています)さらにコクトーは、『源氏物語』まで知っている稀有な読書家でもありました。彼が俳優で愛人のマレーのために「これは読んでおくべき本のリスト」を提供しています。世界の名作がならんでいます。『源氏物語』はそのなかの1冊です。コクトーは35歳のとき、アヘン中毒の治療を受けています。そのときに書いたのが、『恐るべき子供たち』なのです。三島由紀夫は著書のなかで、コクトーについてつぎのように書いています。――コクトーが日本でもてはやされるのは、フランスのものが何でも日本人に受けるというのとは少し違うと思う。一例がコクトーの散文の文体は、これ以上痩せようがないほど簡潔な文体であるが、それはスタンダアルのような論理的な文体ではなく、むしろわが西鶴に似た、イメージのいっぱい詰まった砂金の袋を目にもとまらね早さで打ちつづけるボクサーのような運動と、それによってあたりへ撒き散らされる砂金とから成る文体だ。(三島由紀夫『三島由紀夫文学論集3』講談社文芸文庫より)◎『恐るべき子供たち』は大人社会の縮小版『恐るべき子供たち』(岩波文庫、鈴木力衛訳)は、子供たちの雪合戦の場面からはじまります。ガキ大将のダルジュロスの投げた雪球が、病弱で華奢なポールに直撃します。ポールは胸を打って昏倒します。ポールは自動車でアパルトマンに運ばれます。そこには母親の看病で疲れた姉・エリザベートがいました。やがて母親は死に、アパルトマンには2人の姉弟がとり残されます。姉のエリザベートは16歳、弟のポールは14歳。金持ちの叔父に生活の面倒をみてもらっています。2人はモンマルトルのアパルトマンを拠点として、勝手気ままな生活をしています。2人はいがみあいつつも離れず、まるで一心同体であるかのように暮らします。2人ついては、わかりやすい解説があります。引用させていただきます。 ――二人は「幼い時代を生きるために生まれてきて、つながった揺籠(ゆりかご)に並んでいるかのようにいきつづけ」、しかも生きることを芝居のように演技して、お伽噺の世界に逃避し、閉じこもり、その硬質な美しさで人を打つが、結局はもろいガラス細工のように、自分自身を傷つけ、こわれてしまうのである。(加藤民男編『フランス文学・名作と主人公』自由国民社より) 友人であるジェラールと、孤児のアガートが同居するようになります。姉弟の間に、愛憎のもつれがおきはじめます。ジェラールは当初、同性であるポーに密かな愛情を抱いていました。同居するようになってから、姉のエリザベートを恋しく思うようになります。アガートは洋品店の店員で孤児ですが、ポーが密かに恋心をもちはじめます。ひとつの屋根の下で、子供たちの葛藤劇がくりひろげられます。 外部の侵入を許さぬアパルトマンでのてんまつは、とんでもない結果を迎えます。ギリシア悲劇を模した展開に、読者は打ちのめされるでしょう。愛憎、同性愛、窃盗、偽善、虚偽、毒薬、巨万の富……。この作品は、大人社会の縮小版でもあります。『恐るべき子供たち』は、ストーリー性のない難解な文章です。最初は角川文庫(東郷青児訳)で読みました。ちょっと難しかったので、岩波文庫を購入して読み直してみました。印象に変化はありませんでした。角川文庫の訳者は、有名な画家の東郷青児です。彼は「あとがき」で、白と灰色と黒だけの世界とこの作品を称しています。冒頭部分に登場する鮮血が、悲劇への警鐘だったのかもしれません。倉橋由美子は『恐るべき子供たち』について、つぎのように書いています。――ここに描かれている少年少女の行動には、一九二〇年代という第一次大戦の「戦後の時代」(アプレ・ゲール)の、一切のタガが外れたような時代の風俗や若者の犯行が反映しているのかもしれません。それも、神とか、道徳観念とか、制度とか、外から人間を制約するものがあらかたなくなった時、人間は何をするのも自由であるかわりに、何をしていいかわからず、何をしても手応えを感じないという状態に陥ります。(倉橋由美子『偏愛文学館』講談社文庫より)こうして物語は終局へと向かいます。あえてストーリーにはふれませんが、津島佑子の文章によって結びとさせていただきます。――「子どもたち」の純粋培養された王国は、三年も続いた。そうして、その王国を危ういものにしようとするひとつの邪魔ものが現れる。つまり、成長である。特にエリザベートにとって、弟の成長が不安に感じられる。いくらおとなっぽくなっても、弟は自分にとって無力な存在のままでいてくれなくては困る。弟にこの姉を乗り越えさせてはいけないのだ。今まで保ち続けてきた子どもの王国を守るために。(津島佑子『本のなかの少女たち』中公文庫より)『恐るべき子供たち』は、中条省平訳(光文社古典新訳文庫)でも読むことができます。また青空文庫でも、岸田国士訳で読むことが可能です。まだ2人の訳本は読んでいませんが、研ぎ澄まされたコクトーの文章をどう翻訳しているのか、楽しみでもあります。(山本藤光:2009.11.01初稿、2015.07.14改稿)
2015年07月15日
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「…私はひとを呼ぶ/すると世界がふり向く/そして私がいなくなる」(『六十二のソネット』所収「62」より)。時代を超えて愛される谷川俊太郎の詩作のすべてから新たに編んだ21世紀初のアンソロジー。第1巻は処女詩集『二十億光年の孤独』『愛について』『日本語のおけいこ』『旅』『ことばあそびうた』など17冊の著作と未刊詩篇より、1950~70年代の代表詩を厳選。巻末カラー付録に初版装幀選も。(「BOOK」データベースより)谷川俊太郎『谷川俊太郎詩選集』(全3巻、集英社文庫)◎国民的な詩人 谷川俊太郎をひとことでいうなら、「国民的な詩人」ということになるでしょう。詩は難解なものという通説を、谷川俊太郎はいとも簡単に否定してみせました。私が詩を読めるようになったのは、谷川俊太郎との出会いからです。 谷川俊太郎は、1931年に生まれました。詩人であり、翻訳家であり、絵本作家であり、作詞家でもあります。ただし小説家という肩書だけは、つけられていません。詩の世界から小説の世界に、参入する作家は数多くいます。しかし谷川俊太郎は、かたくなに詩の世界にとどまっています。 そのあたりのことに、ふれられている文章があります。大江健三郎は著作『方法を読む・大江健三郎文芸時評』(講談社)のなかで、「谷川が小説を書くことへの期待があったが」としたうえで、「かれには詩の形式をつうじてあらゆることが表現できるし、かつ詩の形式をとらぬかぎり、なにひとつ確実には表現できぬと、かれ自身確信している」(P175より)と結んでいます。 谷川俊太郎の作詞による歌で、いちばん有名なのはレコード大賞にもなった「月火水木金土日のうた」です。フランク永井が、松島みのり、真理ヨシコといっしょに歌っていました。また「鉄腕アトム」の「空をこえて ラララ 星のかなた」というのも谷川俊太郎の作詞によるものです。『谷川俊太郎詩選集』(全3巻、集英社文庫)によせて、沼田充義はつぎのように書いています。――このたびこの詩人の半世紀以上にわたる業績を見渡せるような詩選集が、簡単に買える全三巻の文庫本になって登場した。編者は、中国人の谷川研究者であり、谷川詩の中国語訳者として大きな業績のある田・原さん。まる一年を費やし、全作品を周到に調査して編んだ。まさに入魂のアンソロジーだ。(毎日新聞「今週の本棚」2005.10.22より) 谷川俊太郎の詩について、鶴見俊輔が著作のなかでつぎのように書いています。――日本人の日常生活そのままに、その生活にそうて歩いてゆき、じれて日常生活の切断をはかることなく、どこまでも普通に歩いてゆこうとする。彼の詩は日常の言葉でどこまでゆけるかの実験である。(鶴見俊輔『思想をつむぐ人たち』河出文庫P187より) 正直なところ谷川俊太郎の、どの著作を紹介すべきか迷いました。『マザー・グース』(全4巻、講談社文庫)も好きですし、『詩めくり 』(ちくま文庫)も捨てがたい著作です。 でもいちばんたくさんの詩にふれられるからという理由で、『谷川俊太郎詩選集』(全3巻、集英社文庫)を選ぶことにしました。『谷川俊太郎詩選集1』の巻末にはカラーで、「収録詩集装填選」がつけられています。どの詩集も、うっとりするほど味わい深いものがあります。これだけでも、本書を選ぶ価値がありそうです。 谷川詩集は、ページのどこから開いてもかまいません。そのページをじっくりと、読んでいただきたいと思います。えいやっとめくってみました。こんな詩にであいました。(引用はじめ)(「わらべうた・続」より)あしたあしたのしたは どんなしたああしたこうした にまいじたゆめをみるまに だまされるあしたのあしは どんなあしぬきあしさしあし しのびあしかおもみぬまに にげられる(『谷川俊太郎詩選集1』P141より)(引用おわり)◎紹介しきれない著作 ちなみに『マザー・グース』(全4巻、講談社文庫、谷川俊太郎訳)は、和田誠の絵が表紙になっていて、巻末には「原詩と解説」がそえられています。「1.あそばせうた・こもりうた」の最初のページを紹介させていただきます。(引用はじめ)おやゆびこぞうが なやにおしいりひとさしゆびが むぎをぬすみなかゆびじいさん そいつをはこびくすりゆびくん すわってみてただけどこゆびは おかねはらった(引用おわり) 原詩はもちろん英語で掲載されています。Thumbikin,Thumbikin,broke the barn.Pinnikin,Pinnikin,stole the corn.Long,back’d Gray carried it away,Old Mid-man sat and saw.But Peesy-weesy paid for a’. そして解説にはつぎのような説明がなされています。――手指遊び。幼児の手指を、親指から順番に、この唄に合わせてつまんであやす(後略)。「マザー・グース」は、英米を中心に親しまれている英語の伝承童謡の総称です。私は大学卒業後に、外資系製薬会社に入社しました。そのときに語学力をあげるためにと、先輩から紹介されたのが「マザー・グース」でした。『詩めくり』(ちくま文庫)には365日の暦と短詩がのせられています。たとえばこの原稿を書いている11月14日のページをひらくと、つぎのような短詩があらわれます。(引用はじめ)生まれたその日から一人の女の顔を(できれば自分の顔を)毎朝一コマずつボレックスで撮って二十分前後の短篇に仕上げ<お早よう>という題名をつけるそんな映画を見たいと思うのは何故かしらというスクリプトをさっき読んだ(引用おわり) 大江健三郎は著作『方法を読む・大江健三郎文芸時評』(講談社)のなかで谷川俊太郎の文章を引用しています。孫引きさせていただきます。大江は谷川を「平明な音楽性とともに、よく制御された言葉をかきつける詩人」(同書P173より)と評価しています。――自分の貧しさにくらべて、いかに日本語の世界が深く豊かであるか、そのことに気づき始めてから、私は自分がずっと自由になったように感じている。(『谷川俊太郎詩集・続』思潮社) 私の孫たちは「鉄腕アトム」を歌っています。母になった私の娘たちは「月火水木金土日のうた」をそらんじて歌えます。くたびれた妻は老眼鏡ごしに、「マザー・グース」を読んでいます。川上弘美は「夜のミッキー・マウス」への思いを、『大好きな本』(文春文庫)のなかに書いています。そして私は、毎朝暦がわりに『詩めくり』(ちくま文庫)のしおりを、1ページ分だけ動かしています。(山本藤光:2010.02.05初稿、2015.07.13改稿)
2015年07月14日
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新宿でオカマの「閻魔」ちゃんと同棲して、時々はガールフレンドとも会いながら、気楽なモラトリアムの日々を過ごす「ぼく」のビデオ日記に残された映像とは…。第84回文学界新人賞を受賞した表題作の他に、長崎の高校水泳部員たちを爽やかに描いた「Water」、「破片」も収録。爽快感200%、とってもキュートな青春小説。(「BOOK」データベースより)吉田修一『最後の息子』(文春文庫)◎『最後の息子』はいまだに代表作 たびたび「衣替え」をしています。「山本藤光の文庫で読む500+α」は4つのジャンルから、それぞれ12500+α作品を選ぶことにしています。原則は1著者1作品としている関係で、著者が新たな優れた作品を発表した場合、当然原稿の差し替えをしなければなりません。重松清はなんと5回の差し替えをしました。これを私は「衣替え」といっています。 吉田修一は『悪人』(上下巻、朝日文庫)で、大きな話題をふりまきました。映画にもなった作品です。読んでみました。吉田修一の推薦作である『最後の息子』(文春文庫)を、凌駕する作品ではありませんでした。 吉田修一は1999年『最後の息子』(文学界新人賞、芥川賞候補、文春文庫)でデビューしています。その後、2000年『熱帯魚』(文春文庫)、2002年『パレード』(山本周五郎賞、幻冬舎文庫)、2002年『パーク・ライフ』(芥川賞、文春文庫)、2007年『悪人(上下)』(朝日文庫)と書きつらねてきました。 しかし「衣替え」には、いたっていません。『最後の息子』は完成度の高い作品です。以前にPHP研究所「ブックチェイス」(1999年7月17日号)に掲載したものを、転載させていただきます。(引用はじめ) まず純文学の世界に、注目すべき新人が登場したことを確認しておきたいと思います。吉田修一は24歳から小説を書きはじめました。川端康成が好きだというだけあって、文章が滑らかでわかりやすいものです。 現在31歳の吉田修一は、表題作「最後の息子」にて文学界新人賞を受賞しました。新宿で「閻魔ちゃん」と呼ばれるオカマと同居する青年の話です。ただし「新宿」「オカマ」といった、他の作品に見られる常套的な構図にはなっていません。 ある日「ぼく」と「閻魔ちゃん」のともだちである、「大統領」がホモ狩りにあって死亡します。今まで日常のなかにあったものが、忽然となくなる喪失感が作品を覆います。 本書は、主人公「ぼく」がビデオ日記を見ながら、過去を回想する形式になっています。主人公と「閻魔ちゃん」との危うい関係が、「大統領」の死に重なります。形あるものはいつかはなくなる、という事実が主人公を突き動かします。回想が新たな回想を呼びます。吉田修一の作品は、現在から過去へと遡及するところに、絶妙な味があります。 「最後の息子」には、重要な2つの小道具が登場します。ビデオと修正液です。過去を塗りつぶして、現在に置き換える文具。過去の映像の上に現在を撮影できるメカ。現在から過去へと回想しつつ、醜悪な過去を修復できる2つの小道具が光ります。 吉田修一が最初に書いたのは収載作「Water」で、文学界新人賞の最終選考まで残っています。この作品の主人公は、高校の水泳部キャプテンです。メドレーリレーで、全国大会出場を夢見ています。 水泳部の先輩だった兄がバイク事故で亡くなり、その影響で母親が精神的におかしくなっています。家族の崩壊とひたすら全国大会にむける青春のひたむきさ。家業の酒屋を手伝いながら、仲間と目標に向かう真摯さ。 この作品では、100メートルを泳ぎきれない後輩・省吾の存在が光ります。著者自身が高校時代に水泳部でしたし、実家も作品同様に酒屋を営んでいます。そんな環境が作品の細部を整え、思わず目頭を熱くさせます。「破片」は東京へ出ていった兄と、地元に残って家業の酒屋を継いだ弟の話です。しかしこの作品も表向きはそうなのですが、随所に回想される過去が現在を浸食します。作品の構成を追ってみたいと思います。 最初は穏やかな磯遊びの場面です。幼い兄弟と父親だけが描かれ、母親が他界していることを暗示しています。つぎは東京から帰省してきた兄と弟が、酒屋のトラックで語り合う場面です。そして局地的な大雨による土石流の回想。母親が土石流の巻きこまれて死亡します。磯遊びでは穏やかだった「水」が、濁流となって牙をむいてきたのです。 このように吉田修一は、器用に現在と過去を出し入れします。吉田修一自身が原点である作品「Water」について、つぎのように語っています。それが吉田作品を表す、すべてではないかと思います。――最初にまず、タイトルだけが浮かんだんですね。水のことを書きたい。透明で、味もなく、清潔な(「ダ・ヴィンチ」1999年8月号) 浅田次郎の『鉄道員』(集英文庫)に涙した読者なら、吉田修一の世界を理解できます。そんな作家の誕生です。私はもろ手をあげて、新人作家の登場を喜びたいと思います。(引用おわり)『最後の息子』が第84回文学界新人賞を受賞したときの選評を紹介させていただきます。・ナイーブでいてクール、狡猾でいて爽やか――そう、これは現代の「青春」そのものだ。(浅田彰)・とても、キュートだと思いました。人の見くびり方に品のある感じ、この小説が好きな人は多いはず。(山田詠美)◎『熱帯魚』も『熱帯魚』(文春文庫)は、著者2冊目の作品集です。デビュー作の『最後の息子』は、著者の将来性を予感させるものでした。『熱帯魚』には表題作を含めて、3つの短編が収載されています。いずれもちょっとした事件があって、主人公の心模様が変化するたぐいの話です。 収載作のなかでは、「熱帯魚」がいちばん印象的でした。この作品は芥川賞の候補作にもなり、村上龍だけが推していました。最終的には落選したのですが。 主人公の大輔は大工です。子もちの真実と同棲しています。そこには熱帯魚を飼う光男も同居しています。大輔と光男は兄弟でした。大輔が11歳で光男が10歳のときに、2人の両親は離婚しています。 光男はどんな仕事をしても、長続きしません。昼間からマンションで、怠惰な生活をしています。熱帯魚の飼育が唯一の仕事なのですが、それを放棄してマンションを出ていきます。そんなときに大輔は、真実に籍をいれようと提案します。それにたいする真実の反応が、この作品のすべてを物語っています。――急にどうしたの? 光男くんがいなくなって心細くなった?」(本文より) 積み木みたいな日常は、突然安定感を失います。ひとつの切片を失うと、それをカバーするために、他の切片に加重がかかります。「熱帯魚」は不思議な関係で安定していた日常に、空いた穴を描いた作品です。 「グリンピース」「突風」は、小手先だけで仕上げた退屈な作品でした。吉田修一は、階段を上り下りしています。失敗作の後ろに見え隠れしている光。つぎの作品では、大きな事件を描いてほしいと思います。(この項はPHP研究所「ブックチェイス」2001年2月11日号掲載分に加筆修正しました)◎デビュー作をしのぐ作品を『悪人』には、たくさんのハテナマークが点灯しました。「偶然」バスジャック被害から免れる。「偶然」警察署のトイレの窓が開いている。パトカーよりも速く、目的地に到着する。経歴が明らかなセミナー講師が、詐欺グループとつながっている。私には不自然に思われる場面が多かったのです。 そんなわけで、ずっと吉田修一作品を読んできましたが、まだデビュー作に勝るものに遭遇していません。だから「衣替え」なしで、むかしの原稿をご紹介することになっています。(山本藤光:2009.12.05初稿、2015.07.12改稿)
2015年07月13日
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ウィリアム・A・オールコット(知的生きかた文庫、竹内均訳) あたりまえな毎日の中での「がんばり」が人の魅力をつくる。高い目標を掲げよ。忍耐と勤勉をもってすれば、必ず実現できる。(文庫コピーより) ◎高い目標を掲げるとは 本書を購入したのはいまから10年前です。文庫の奥付に2004年20刷とあります。著者のウィリアム・A・オールコットは、1798年に生まれのアメリカ人です。「なまけものは常に『苦しみの鎖』をひきずる」、というコピーにひかれて本書を手にしました。 赤線や書きこみだらけの本は、紙ヤケが活字にせまっていました。再読してみて「人生」については、本書を紹介したいとの思いを強くしました。赤線を引いた文章を中心に紹介させていただきます。 ――小さな目標しかもたない者には、小さなことしか達成できない。大きな希望をもって、大きなことを試みるべきである。このことを常に心がけるかどうかで、一生をおくるうえで天と地ほどの差がでてくる。(中略)進歩と成功の度合いは、それぞれの目標の高さに応じて決まる。(本文P16より) この文章で流し読みしてもらいたくないのは、「小さな目標」と「大きな目標」のちがいです。この言葉はあまりにも、漠然としています。人生にはかならず先達がいます。大きな目標とはかぎりなく、その先達に近い到達点を意味します。たとえ切手の収集でもかまいません。日本一の切手コレクターをしらべて、まずはその人を目標とするのです。 「知的な毎日をすごす」などといった、高い目標は無意味です。これでは成果の検証ができません。つまり「目標」は、検証可能なものにしなければならないのです。この点をしっかりと理解していただければ、本書のほとんどをマスターしたことになります。 ――「やってみる」「まず手をつける」というたったこれだけの小さなことが、時として大きな結果をもたらす。できない、できないといっていては、いつまでたっても、何事も成し遂げられない。やってみようという決心一つが奇跡をもたらすのだ。(本文P18より) 目標を設定したら、つぎなるステップは「とにかくやってみる」ということです。失敗したってかまいません。やってみて、ちがう目標に変更するのもかまいません。 ◎生きがいということ 私は以前に「なぜ生きるのか」という文章を書いたことがあります。「藤光日誌2003.04.23」から引用させていただきます。 (引用はじめ)なぜ生きるのか。この設問がむずかしければ、なぜ死にたくないのかを考えてみればいいのです。そうしたら、まぶたのうらに、いくつかの案件がちらつくはずです。・自分自身にまだやりたいこと、やり残したことがある。・家族のためにも感嘆には死ねない。・社会への恩返しがまだ済んでいなし。 これは本書のつぎの文章と完全一致しています。――何のための生活か、何のための行動か。1.自分自身にとって何がいちばん幸せなのかをつきつめ、それを大事にすること。2.自分の家族を大事にすること。3. 自分がほんとうにやりたいことをやって、ひいてはそれが社会のためになるように、人格を大いに向上させようと努めること。(本文P19より)(引用おわり) W・A・オールコット『知的人生案内』を読んだときに、「N」の赤線が多かったのは、自分の考えと「似ていた」からです。何度も書いていますが、私は読書をしながら「W」「I」「N」「K」「S」という記号を用います。ウインクスと呼んでいます。両目をとじて「ウーム」とやるイメージです。説明させていただきます。 W:わからないI:いただき(共感した文章のファイル「知育タンス」へ入れる)N:にている(自分の考えていたことと近い)K:これだよ(簡単な同意)S:しらべてみよう(原書にあたるなどあとで調査してみたい) 本書にはたくさんの「N」が書きこまれていました。「N」をいくつか引用してみます。 ――人生も終わりに近づき、仕事から引退した人が往々にして心を病むのは、この「張り」がなくなるからである。そして、自分の人生を楽しむことも、他の人を幸福にすることもなく、かえって周囲の人々の不幸の元凶になってしまうのである。(本文P26より) ――自分の専門外のことにもしっかり目を開けておかなければいけない。そうすると、意識の網に意外な、予期しないものがひっかかり、自分が大きく発展するもととなることが多い。(本文P108より) ――自分を正しく評価するのはわれわれの義務だが、うねぼれは普通どんな場合でも過ちなのである。(本文P175より) 目標を掲げてまずは挑戦してみる。熱中できることなら、情報は自然にはいってくる。活き活きとしている人の周囲の人も幸せになる。だからたのしく学ぼう。ウィリアム・A・オールコット『知的人生案内』には、そんなメッセージがこめられています。(山本藤光:2009.03.05初稿、2015.07.11改稿)
2015年07月12日
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ある日、鼻が顔から抜け出してひとり歩きを始めた…写実主義的筆致で描かれる奇妙きてれつなナンセンス譚『鼻』。運命と人に辱められる一人の貧しき下級官吏への限りなき憐憫の情に満ちた『外套』。ゴーゴリ(1809‐1852)の名翻訳者として知られる平井肇(1896‐1946)の訳文は、ゴーゴリの魅力を伝えてやまない。(「BOOK」データベースより)ゴーゴリ『鼻』(岩波文庫、平井肇訳)◎ロシア写実主義文学の開祖「標茶六三の文庫で読む400+α」の掲載作を、「外套」と「鼻」のどちらにしようか、迷いました。迷ったすえに、該当(外套ではありません)作を「鼻」としました。ゴーゴリは、ロシア写実主義文学の開祖です。演劇俳優を目指しましたが、挫折して役人になります。在職中に著作を自費出版しましたが、これもまったくかんばしくありませんでした。 当時ゴーゴリはたくさんの作品を書いており、それらをまとめて「ペテルブルグ物」と呼ばれています。翻訳本がないので読んではいません。ゴーゴリ研究所によると、不安、奇妙な幻想、超自然を描いた作品が多いようです。 『鼻』は、ユーモアと諷刺のきいた空想譚小説です。貧乏な床屋が朝食のパンを食べようとします。そのなかから「鼻」がでてきます。よくみると、週2回髭剃りにくる8等官コワリョーフのものだとわかります。驚いた床屋は、自分が誤ってそり落としたのではないかと錯乱してしまいます。鼻をボロ布に包んだ床屋は、鼻の捨て場所を探します。こっそりと落としたふりをしましたが、「おーい、なにか落としたぞ」と警察に注意されます。あっちこっち迷い歩き、床屋は鼻の始末に悩んでしまいます。このあたりから、ゴーゴリの筆は滑らかに進みます。なにしろ作者の独白まで挿入されています。いいな、と思いました。 ――そこで彼(註:床屋のこと)は、何とかしてネヴァ河へ投げ込むことは出来ないだろうかと思って、イサーキエフスキイ橋へ行ってみようと肚をきめた……。ところで、このいろんな点において分別のある人物、イワン・ヤーコウレヴィッチについて、これまで何の説明も加えなかったことは、いささか相済まない次第である。(本文P77より)このあと、イワン・ヤーコウレヴィッチが飲んだくれで、自分の髭はそったことがない、などの記述がつづきます。読んでいて、彼が主人公だと思ってしまったほど、ていねいな記述が連なるのです。 ◎シュールレアリズムの世界ところがつぎの章になると、鮮やかに場面が転換されます。8等官コワリョフが目を覚まします。鏡を見る。自分の鼻がないことに気がつきます。そして再び、著者の独白が挿入されます。 ――ところで、これが一体どんな種類の八等官であったか、それを読者に知らせるために、この辺でコワリョフなる人物について一言しておく必要がある。(本文P81より)ハンカチで欠けた鼻を隠し、コワリョフはいつもの散歩にでます。彼はマントに身を包み、鼻血でもでているように装います。ある街角で、彼は上等な服を着た5等官に出会います。それはコワリョフの鼻をつけた男でした。 なぜコワリョフの鼻をつけた男なのかは、説明がなされていません。このあたりが、ゴーリキらしいところなのでしょう。 ――馬車が玄関前にとまって、扉があいたと思うと、中から礼服をつけた紳士が身をかがめて跳び下りるなり、階段を駆けあがって行った。その紳士が他ならぬ自分自身の鼻であることに気がついた時のコワリョフの怖れと愕きとは如何許(いかばか)りであったろうう!(本文P84より)鼻男は寺院に入っていきます。追いかけながら、コワリョフは声をかけることをちゅうちょします。やがて勇気をだして、「もし、貴下」と声をかけます。これから先の場面は、読んでのお楽しみとさせていただきます。読者はシュールレアリズムの世界へと、誘われることになります。 「鼻」は、もっともゴーリキらしい作品だと思います。これから紹介する「外套」と同じカッコでくくる論評が多いのですが、「鼻」は下級官僚を諷刺している作品ではありません。笑いと諷刺という意味では、のちほど紹介する「外套」の方が優れています。芥川龍之介の『鼻』が、発表されたのは1916年です。ゴーゴリの『鼻』は、それよりも80年前の1836年に発表されています。芥川龍之介が『鼻』の下敷きにした「池尾禅珍内供鼻語」(『今昔物語』所収)、「鼻長き僧の事」(『宇治拾遺物語』所収)が成立したのは、それぞれ平安時代末期(1100年代)、鎌倉時代初期(1200年代)ですから、ゴーゴリよりも700年以上前になります。 私は『21世紀版少年少女古典文学館9・今昔物語』(講談社)で、「世にもふしぎな鼻ものがたり」を読みました。吹きだしてしまいました。『宇治拾遺物語』は手元にないので、まだ読んでいません。 夢野久作に「鼻の表現」(「夢野久作全集11」ちくま文庫に所収)という著作があります。少し長いのですけれど、とにかくまじめで愉快な考察です。もちろん有名なフレーズ「クレオパトラの鼻が、今すこし低かったならばローマの歴史を通じて世界の歴史に変化を与えただろう」にもふれられています。 ◎「外套」も「査察官」も読んでもらいたいゴーゴリ「外套」は社会からしいたげられた、下級小役人の悲劇的な運命を諷刺した作品です。苦い笑い、突き刺さる棘、いやみったらしい諷刺、悲哀感が、全編に満ちあふれています。岩波文庫も光文社古典新訳文庫も、「鼻」と「外套」は併載されています。読みくらべて、堪能してもらいたいと思います。 ドストエフスキーは、「われわれはみなゴーゴリの『外套』からでたといっています。人道主義小説のゴーゴリの思想は、ドストエフスキーはもちろん、トゥルゲーネフやチェーホフに受けつがれています。そのゴーゴリは、プーシキン(推薦作『スペードの女王』岩波文庫)から大きな滋養を得ています。本多秋五『物語戦後文学史(下)』(岩波現代文庫)に興味深い記述がありますので引用させていただきます。 ――ゴーゴリは、『検察官』の主題にしても、『死せる農奴』の主題にしても、プーシキンにもらったといわれる。彼はプーシキンにあてて「お願いです、何か主題をあたえてください、滑稽なものでも滑稽でないものでも結構です。ただ純ロシア的なアネクドート(註:逸話、奇談のこと)をあたえてください。喜劇を書きたくて書きたくて手がぶるぶる震えています……どうかお願いです、主題をあたえてください……」という、有名な手紙を書いた。(上記P116を引用した) 「外套」の舞台については、朝日新聞社編『世界名作文学の旅』(朝日文庫下巻)で紹介されています。本書は書店の棚で、見かけなくなっています。世界名作文学を読んでいる方は、常備しておく名著だと思います。私はしばしば未知なる場所へ、空中遊泳させてもらっています。 「検察官」は、社会風刺の喜劇です。現代の日本にも通じる、官僚世界が描かれています。この作品でゴーゴリは、ロシア文学のなかで確固たる地位を固めました。「鼻」「外套」「検察官」を読んでいただくなら、光文社古典新訳文庫をお薦めしたいと思います。この3作品を読んで、ぜひドストエフスキーらの作品のなかに、ゴーゴリの影を見つけてもらいたいものです。(山本藤光:2010.02.08初稿、2015.07.10改稿)
2015年07月11日
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とつじょ大繁殖して野に街にあふれでたネズミの大群がまき起す大恐慌を描く「パニック」。打算と偽善と虚栄に満ちた社会でほとんど圧殺されかかっている幼い生命の救出を描く芥川賞受賞作「裸の王様」。ほかに「巨人と玩具」「流亡記」。工業社会において人間の自律性をすべて咬み砕きつつ進む巨大なメカニズムが内蔵する物理的エネルギーのものすごさを、恐れと驚嘆と感動とで語る。(文庫案内より)開高健『裸の王様』(新潮文庫)◎開高健ができるまで 文壇デビュー前後の開高健について、すこしだけ整理しておきます。開高健について書かれた、2つの著作からまとめてみます。谷沢永一『回想開高健』(PHP文庫)向井敏『開高健青春の闇』(文春文庫) 開高健は大学在学中に、谷沢永一主宰の同人誌『えんぴつ』に参加しています。同人仲間には向井敏や牧羊子などがいました。やがて開高健は羊子さんと結婚します。そして羊子さんの後任として、壽屋(現サントリー)宣伝部に中途採用されます。ここで開高健は「洋酒天国」の編集兼発行人となり、坂根進や柳原良平といっしょに仕事をします。さらに山口瞳や山川方夫なども参加してきます。 開高健の実質的なデビュー作(1957年)は「パニック」です。そのあとに発表されてのが「巨人と玩具」でした。「裸の王様」は3作品目となります。それらの作品について、向井敏が種明かしをしていますので、紹介させていただきます。「パニック」執筆の動機は、たまたま目にした新聞記事「木曽谷ネズミ騒動記」というものでした。――(補:開高健が)書きはじめてまもなく、彼は同じ新聞記事を種にして新作を書こうとしている作家に出会い、それが『パニック』執筆と筆速を異常に高めるという、第二の偶然に遭遇することになる。/その作家の名は安部公房。(中略)安部公房は昭和二十六年に短篇『壁―S・カルマ氏の犯罪』で芥川賞を射止め、新作を出すたび当時の文壇を騒がせていた新進気鋭の作家である。その彼が自分と同じササとネズミの物語を書くというのだ。(向井敏『開高健 青春の闇』文春文庫P165-166より) さらに向井敏はつづけます。――アンデルセン百年祭の記念行事で裸の王様の絵を募ったところ、フンドシ姿の殿様を描いた子供がいたという話を坂根進から聞きこみ、それをもとにして『裸の王様』の物語を組みたてた。(向井敏『開高健 青春の闇』文春文庫P179より) 初期の開高健は、借り物競走のように題材をさがしていました。開高健は独特の感性で、小さな種を発芽させる名人でもあったのです。◎報道陣が「パニック」 開高健が『裸の王様』(新潮文庫)で芥川賞を受賞したのは、27歳(1957年)のときです。このときのエピソードを、谷沢永一が書いています。下馬評では、大江健三郎『死者の奢り』が圧倒的に優勢でした。記者やカメラマン、機材などが不足していた時代の話です。芥川賞発表の知らせを待つマスコミ各社は、すべて大江健三郎の下宿前に陣取りました。そのときの開高健の家の様子を、谷沢永一(推薦作『紙つぶて(全)』文春文庫)は実に丹念に紹介してくれています。――(補:開高健のすまいについて)書斎は、ない。押し入れの横にできた空間、そこをいじましく占拠して、ひきだしもない小さな机をおき、背中すれすれにカーテンで仕きった。「パニック」から「なまけもの」まで、五作が生まれた聖地である。夕食後、この、城、に蟠踞した。しずまりかえった夜である。なにも、ない。情報が、ない。動きが、ない。もともと、電話はそなえつけていない。そういう、時代だったのである。このまま、なにごともなく、いたずらに、夜がふけるのであろうか。もう、あかん、と思た、由である。/そのとき、である。(谷沢永一『回想・開高井健』PHP文庫P223-224より) このあと、大江健三郎の下宿前にいた報道陣の大移動がはじまるのです。まさに報道陣の「パニック」を描いた、谷沢永一らしい文章です。大江健三郎は翌年(1958年上半期)、『飼育』(新潮文庫)で芥川賞を受賞しています。 芥川賞受賞を機に、開高健は文筆に専念することになります。しかし1964年には、朝日新聞社臨時特派員として戦時下のベトナムへいきます。この体験はのちに、『輝ける闇』『夏の闇』『花終わる闇』(いずれも新潮文庫)の3部作として結実します。◎フンドシ姿の殿様『裸の王様』(新潮文庫)は、さきにふれたように実話を下敷きにした作品です。 主人公「ぼく」の画塾に、ひとりの少年・大田太郎が友人の紹介でやってきます。少年の父親は大手の絵具会社の社長でした。ところが太郎はただじっとすわっているだけで、絵を描こうとはしません。太郎の父は多忙であり、継母は若くて少年の心情を理解していません。「ぼく」はいじけた太郎の、内面にある闇にせまります。「ぼく」はかねてから、外国のこどもたちの絵を集めたいと思っていました。「ぼく」はデンマークに向けて書簡で、日本のこどもたちが描いたアンデルセン童話の挿絵と、交換したいとはたらきかけます。 このはたらきかけは、やがて太郎の父親が知ることになります。彼はアンデルセン童話の挿絵を、全国規模の公募にしたいともちかけてきます。「ぼく」は大田社長の魂胆をしりつつ、その話をうけることにします。 その間、太郎の心をひらこうと、「ぼく」はさまざまな工夫をほどこします。すこしずつ太郎に変化がうまれます。やがて太郎は絵を描けるようになります。「ぼく」はアンデルセン童話の挿絵コンクールの選考会場にいきます。1枚の絵をもって。絵を披露したとたん、会場に哄笑と侮蔑の声がひろがります。「裸の王様」のコーナーにもちこまれた絵には、フンドシ姿の殿様が描かれていました。「ぼく」は「太田社長の息子の太郎くんの絵です」とつげます。審査員たちの表情がかわります。 太郎の絵は絵本や漫画からの借り物ではありません。彼が幼いころ、実母と過ごした田舎で見た芝居の場面をイメージして描いたものだったのです。(山本藤光:2012.12.09初稿、2015.07.09改稿)
2015年07月10日
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〔直木賞受賞作〕連合赤軍が浅間山荘事件を起こし、日本国中を震撼させた一九七二年冬。当時学生だった矢野布美子は、大学助教授の片瀬信太郎と妻の雛子の優雅で奔放な魅力に心奪われ、かれら二人との倒錯した恋にのめりこんでいた。だが幸福な三角関係も崩壊する時が訪れ、嫉妬と激情の果てに恐るべき事件が!?(文庫内容紹介より)小池真理子『恋』(ハヤカワ文庫)◎サスペンスから恋愛小説へ 1990年、小池真理子は夫の藤田宜永とともに、軽井沢へ転居します。小池真理子は、ずっと退屈なミステリー小説を書いていました。そのあたりのことを福田和也はつぎのように表現しています。 ――言葉の最良の意味での「通俗作家」である。軽井沢、避暑地の生活、旧華族の子弟、全共闘運動の挫折といったショート・ケーキのような紋切り型を組み合わせながら、コクのある物語を作る力量をもっている。ハーレクイン的道具立てにたじろがない消化力のある読者ならば、相応に楽しむことができよう。(福田和也『作家の値打ち』飛鳥新社P53より) 軽井沢で小池真理子は、いきなり恋愛小説を書きはじめます。苦労して完成させた作品が『恋』(ハヤカワ文庫)でした。それまでの作品に辟易していた私は、『恋』のあとに発表された『欲望』(新潮文庫)の方を先に読んでいます。当時はPHP研究所メルマガ「ブックチェイス」に書評を連載していました。そんな関係で、『欲望』が謹呈本として届いたからです。 『欲望』の帯には、「ミステリー」や「サスペンス」という単語はありませんでした。噂では小池真理子の転身を知っていました。どんなふうに変わったのか、興味深く読みました。――彼は抱かなかった。抱けなかった。エクスタシーなどあり得ないはずだった……。新潮書き下ろしエンターティンメント。直木賞以来2年目の沈黙を破る『究極の恋の物語』(初版本帯コピーより) 『欲望』を読んでみて驚きました。ハーレクイン臭が、完全消失していたのです。『欲望』についての言及は、最後にさせていただきます。これがあの小池真理子なのか、と半信半疑になりながら『恋』を買い求めました。『欲望』をはるかに上回る傑作でした。この時点で、新たな小池真理子を認知しました。 恋愛って、一種のサスペンスだと思います。『恋』は、そんなことを実感させてくれました。語り口の巧みさでは定評のあった小池真理子が、一皮むけました。私は『恋』をわくわくしながら読みました。坂東齢人(馳星周の書評家時代の筆名)『バンドーに訊け』(本の雑誌社)で、彼は「サスペンスとしては物足りない」と書いています。そのとおりです。本書は以前の小池真理子の幻影に、しばられないで読んでもらいたいと思います。◎妻の浮気を公認している 女ともだちから電話がありました。「あなたの読書感想文がバレンタインのチョコレートと一緒に配られているよ」 ある店の企画のひとつだったようです。私の書評が使用されているのは、知りませんでした。でも抗議はしませんでした。いいじゃない、ありがたいことだと思いました。以下そのときの文章に加筆修正しています。 ずっと読んでみたかったのですが、新刊に追われて機会をのがしていました。小池真理子の最新作品は、『欲望』(1997年新潮社)しか読んだことがありません。私は『欲望』の「読書ノート」に、浅田次郎『鉄道員』に匹敵する作品と書いています。作品の構成力、人物描写、会話の妙には何度もうならせられました。『恋』は、著者の直木賞受賞作です。読んでおかなければ、今後の作品にふれることがなくなる。そんな強迫観念にかられて、正月に読みました。 『恋』は、主人公・矢野布美子の葬儀場面から書きおこされます。会葬者は13名。鳥飼三津彦が遺影を見上げます。そこには殺人罪で10年間、服役していた矢野布美子の笑顔があります。彼女の死因は子宮癌。享年45歳。時は1995年4月。 鳥飼三津彦が、矢野布美子の名前を知ったのは2年前です。浅間山荘事件の原稿を書こうとしていた鳥飼は、偶然にも同じ新聞紙面のなかから若い女の犯罪記事を発見します。1972年2月29日付朝刊でした。 東京の私立大大学院生が、猟銃で25歳の電機店員を射殺。片瀬信太郎という35歳の大学助教授にも、重傷を負わせています。恋愛感情のもつれによる犯行で、現場には片瀬の妻・雛子もいあわせていました。 事件に興味をもった鳥飼は、刑期を終えていた布美子への取材を重ねます。「布美子が鳥飼に語った話は、以下のようになる。」との記述で、1970年4月に引き戻されます。そこには、主人公・布美子がいます。 ――今からちょうど、二十五年前の春、私は片瀬夫妻と出会った。晴れていたが花冷えの、風の強い日だった。(本文より) 小池真理子は物語のなかに、もうひとつの物語をはさみこみます。同棲していた学生運動家と別れたばかりの矢野布美子は、翻訳のアルバイトをもちかけられます。それが片瀬信太郎と雛子夫妻との運命的な出会いとなります。 2人は仲の良い夫婦なのですが、夫は妻の浮気を公認しています。妻も、布美子が信太郎と性的な関係になることを拒みません。布美子は、次第に2人の奇妙な夫婦関係にのめりこみます。 なぜ布美子は、殺人を犯したのでしょうか。どうして恋する信太郎に重傷を負わせたのでしょうか。小池真理子は、官能と嫉妬、絶望と疑心に揺れる布美子を、見事な筆さばきで描きだします。浮世離れした片瀬夫妻の日常に、徐々に染まってゆく布美子を、安定した視点で読者に提供します。 布美子は死んでいます。布美子は事件を起こしています。私はしばしば、そんな前提を忘れてしまいました。小池真理子は、布美子の「今」を執拗に突きつけます。私はいつの間にか、「殺すな、撃つな」と叫んでいます。「文庫版あとがきに代えて」に、非常に興味深い記述がありました。阿刀田高に指摘された箇所を、迷った末に訂正しなかったというくだりです。 私も読んでいて気になりましたが、「あとがき」を読んでみてなるほどと思いました。この作品の「あとがき」は、絶対に先に読まないこと。お薦めの一冊です。◎三島由紀夫『豊饒の海』を基軸に『欲望』(新潮文庫)は、『恋』(ハヤカワ文庫)に匹敵するほどの傑作です。作品の機軸に、三島由紀夫の『豊饒の海』(全4巻、新潮文庫)をおいています。類子と阿佐緒と正巳は、中学生時代からの仲良し3人組です。『欲望』は彼らが、大人の恋をする年代になってからを描いています。 中学生のときに遭遇した交通事故が原因で、性的不能者になった正巳。三島由紀夫の家と全く同じ建物を建てた男と結婚した阿佐緒。2人の狭間で揺れる類子。3人の人生が微妙に重なり、また離れてゆきます。 作品は類子が病弱な夫の主治医への、お礼の品物を買いに出るシーンからはじまります。しかし類子の夫が再び登場するのは、終章になってからです。その間はずっと過去の回想がつづきます。 作品は私(類子)の視点で展開されますが、間にはさまった正己の手紙が下敷きになっています。欲望とは何か。セックス、芸術、金、住まい、仕事など、『欲望』の冠をつけるに相応しいものはたくさんあります。 この作品に、たった1回だけ子供の描写があります。池の鯉に食パンを投げ与える5歳の少女。少女は赤ん坊の成長産物ですが、赤ん坊はセックスでの産物です。 赤ん坊とはまったく無縁の正巳。阿佐緒の夫も、自分の遺伝子には無頓着な男です。阿佐緒をはらませたいという正巳の欲望。阿佐緒をはらませることを考えてもいない袴田(阿佐緒の夫)。はらんでしまうかもしれないセックスに溺れる類子。はらみたいと思いつづける阿佐緒。 小池真理子は、この作品を楽しんで書いたと思います。読んでいてじれったさはありませんでした。仲良し3人組が大人になって、違う人生を歩きはじめると、こうなるのだと素直に思えました。 7章の正巳と類子の夜。8章(終章)の袴田と類子の会話。大きな波が弾け、静かな凪を迎える展開に脱帽しました。最後に著者自身のコメントでしめくくります。 ――人間性の歪みの一部とか倒錯した何かを織り混ぜることによって、美意識が刺激されるようなところが昔からあったんで、その流れで書いてしまうんでしょうね、恐らく。何かそこに一つのショッキングなテーマを持ってきたくなっちゃう癖が昔からある。(新潮社「波」1997年7月号より) 小池真理子の初期作品『知的悪女のすすめ』(初出1978年、角川文庫)は、書店でも新古書店でもみつかりません。小池真理子は、ミステリー作家としてデビューしたわけではありません。それゆえ、ミステリー以外の女性論を読んでみたいのですが、ずっと入手できないでいます。 『欲望』は、恋愛とサスペンスを融合させた、『恋』のシリーズ第2弾という位置づけになります。『恋』の読者には、ぜひ読んでいただきたいと思います。(山本藤光:2010.07.16初稿、2015.07.07改稿)
2015年07月09日
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動物には数がわかるのだろうか。また、私たち人類の祖先はどのように数を数え、その時、手足の指はどんな役割を果たしたのだろうか―。エジプト、バビロニアにおける数字の誕生から、「数学の神様」といわれたアルキメデス、三角形の内角の和が180度であることを独力で発見したパスカル、子供の頃は「落第ぼうず」と呼ばれたニュートンの功績など、数学の発展の様子をやさしく解説。数学の楽しさを伝え続けるロングセラー。(「BOOK」データベースより)矢野健太郎『数学物語』(角川ソフィア文庫)◎アラビア数字はアラビアで生まれたのではない 小川洋子『博士の愛した数式』(新潮文庫。「山本藤光標茶六三の文庫で読む500+α」推薦作)のヒットで、がぜん庶民的になった数学の世界。この本がなければ、「文庫で読む500作品+α」の「知・古典・教養ジャンル」に数学の本を選ばなかったと思います。 矢野健太郎は、著名な数学者であることは知っていました。しかしわざわざ、著作を買い求める気にはならなかったと思います。『数学物語』の改訂版(角川ソフィア文庫)が出たのは2008年でした。小川洋子『博士の愛した数式』が文庫化されたのは2005年ですから、そのころから数学ブームははじまったのでしょう。 構えて読みはじめた私の肩を、矢野健太郎『数学物語』はやさしく押しもどしてくれました。実にわかりやすく、数学の歴史や数の不思議がまとめられていました。人間以外の動物は、数がかぞえられるか。こう前置きされた文章から読者は、巧みな船長のあやつる遊覧船で、未知なる世界へと誘われます。 つづいて数学の起源は、4大文明にあるとの文章があらわれます。読者は学校で習った4大文明を、再確認することになります。エジプト、バビロニア、インド、中国と紹介されます。そして川のある肥沃な土地に、文明が栄えたと結ばれます。ナイル河、チグリス河とユーフラテス河、ガンジス河、黄河……。これらの話がなぜ「数学」なのか、と思わずつっこみたくなるほど、矢野健太郎の文章はゆったりと流れます。 川は氾濫します。氾濫すると、もとの区画がわからなくなります。そのために、測量技術が必要だったのです。幾何学は英語で測量を意味しています。ゆったりとした流れから、やっと原風景が広がってきます。見事な筆さばきです。 本書は数学の博物館、ともいえる様相です。なんでも陳列されています。どれもが一度は聞いたことも、見たこともある陳列物です。しかしだれもが、くわしく知っていないことばかりです。アラビア数字は、インドで生まれました。知りませんでした。アラビア数字は、インドの隣国・アラビアで発明されたものだと思っていました。 ふだん疑問に思ってもみなかったものが、ちょっとお耳を拝借のような感じで説明されています。肩をはらずに、寝そべってでも読むことのできる数学の本。それが矢野健太郎『数学物語』でした。わずか200ページほどの本です。知らなくてもいいのですが、知っていると数字をみるのが楽しくなります。◎三角定規を用意する 私の手もとに、矢野健太郎『数学のたのしさ』(新潮文庫)があります。日焼けがひどく、黄ばみは活字を侵食するほどまでせまっています。1976年発行ですからムリもないと思います。カバーには柳原良平のイラストが描かれています。今回紹介している『数学物語』とちがい、この本は数字のクイズというスタイルになっています。 多湖輝『頭の体操』(「標茶六三の文庫で読む400+α」では『頭の体操BEST』光文社新書を推薦)の第1弾が世に出たのは1966年ですから、その流れにのったのだと思います。「数学」という堅物は、直球勝負では絶対に売れません。硬い数学を柔らかく解き明かす。矢野健太郎は、そうした活動にも熱心でした。『数学のたのしさ』は絶版になっています。せめて『数学物語』で、遠くにあった数学を身近なところまで。ひきよせてもらいたいと思います。『数学物語』のなかに、「直線定規と三角定規を用意してください」(P96)というくだりがあります。 これには赤面させられました。一般家庭で、三角定規を常備しているところがあるのでしょうか。うちには30センチの直線定規があるだけです。数学を庶民に親しんでもらいたいのなら、こんな「常識」を要求するべきではありません。残念ながら、三角定規を常備しておく必然性までは、訴求されていませんでした。 だいいち「直線定規」なる言葉も、一般的ではありません。定規といえば、世間では直線にきまっているはずです。広辞苑を引いてみました。「定規」を確認しました。各種類が載っていましたが、「直線定規」なる単語は「定規」の説明にはいっていませんでした。 本書のなかには、退屈すぎる章もありました。数学は得意な科目であり、いまでも暇なときには中学生の問題集を開いたりしています。正解のない世界でビジネスをしているので、正解のある数学問題集はストレス解消になっているのです。 本書にはたくさんの数学者の生いたちが紹介されています。アルキメデスやニュートンの逸話は、そうだったのかと感心させられました。数学者の多くは、物理学者でもあり、天文学者でもあります。その広範な「知」の秘密も、本書で学ばせてもらいました。 専門性って、どのくらい周辺知識を磨いているか、ということなのでしょう。そんなことも実感させられました。一気に読みつらぬく本ではありませんが、少しずつページをくくってもらいたいと思います。(山本藤光:2010.01.21初稿、2015.07.07改稿)
2015年07月08日
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行方不明をつたえられた富豪ヨーク・ハッターの死体がニューヨークの湾口に揚がった。死因は毒物死で、その後、病毒遺伝の一族のあいだに、目をおおう惨劇がくり返される。名探偵レーンの推理では、あり得ない人物が犯人なのだが……。ロス名義で発表した四部作の中でも、周到な伏線と、明晰な解明の論理は読者を魅了する古典的名作。(文庫案内より)エラリー・クイーン『Yの悲劇』(創元推理文庫、鮎川信夫訳)◎トップの座を明け渡したけれど恥ずかしい話ですが、エラリー・クイーンは女性作家だばかりと思っていました。岡嶋二人『焦茶色のパステル』(講談社文庫)の書評を読んでいて、エラリー・クイン作品も合作の産物であることを知りました。というわけで、エラリー・クイーンを辞書で確認させていただきます。――アメリカの探偵小説家フレデリック・ダネーと従弟のマンフレッド・B・リーの筆名。二人はこの筆名を用いて合作し、処女作『ローマ帽事件』など合計100冊に近い著書を出している。(『新潮世界文学小辞典』の一部を抜粋しました)約100冊のクイーン作品のなかで、もっとも評価の高いのは『Yの悲劇』(創元推理文庫、鮎川信夫訳)です。私は『Xの悲劇』も『Zの悲劇』(ともに創元推理文庫)も読みましたが、世評のとおりの印象をうけました。『東西ミステリーベスト100』(文春文庫1986年発行)で『Yの悲劇』は第1位となっています。その最新版(2013年発行)では、クリスティ『そして誰もいなくなった』に首位をうばわれていますが、第2位と健在です。2冊の『東西ミステリーベスト100』のなかからベスト10を並べてみます。左の数字は2013年度版、カッコ内は1986年版の順位です。01(04)クリスティ:そして誰もいなくなった 02(01)クイーン:Yの悲劇03(10)ドイル:シャーロック・ホームズの冒険04(02)アイリッシュ:幻の女05(08)クリスティ:アクロイド殺し06(03)チャンドラー:長いお別れ/ロング・グッドバイ07(-)エーコ:薔薇の名前08(24)チェスタトン:ブラウン神父の童心09(-)ハリス:羊たちの沈黙10(14)ディクスン・カー:火刑法廷18(09)ダイン:僧正殺人事件19(05)ヒギンズ:鷲は舞い降りた25(06)ライアル:深夜プラス133(07)クロフツ:樽これをご覧いただいても、『Yの悲劇』の人気の高さはわかると思います。以前私は『ミステリ・ハンドブック』(ハヤカワ文庫1991年発売)を入手して、年内にベスト10をぜんぶ読もうと発奮したことがあります。『Yの悲劇』は第7位でした。トップから読みはじめたので、『Yの悲劇』は7番目に読んだことになります。読み終えてから「絶対読むぞリスト」をながめていて、とんでもない謀略に気づきました。なんとそれまでの6冊はすべてハヤカワ文庫のものだったのです。ちょっと紹介してみます。1アイリッシュ:幻の女:2ライアル:深夜プラス13ドイル:シャーロック・ホームズの冒険4チャンドラー:長いお別れ5ダール:あなたに似た人6ラヴゼイ:偽のデュー警部7クイーン:Yの悲劇8レヴィン:死の接吻9トレヴェニアン:夢果つる街10デクスター:キドリントンから消えた娘ちなみに『そして誰もいなくなった』は24位です。これってだれが考えてもおかしいですよね。世界の古典の頂上に君臨していたのは、クリスティ、クイーン、カーの3人です。カー『火刑法廷』は55位でした。誤植かと思ったほどです。◎ドルリー・レーンの登場『Yの悲劇』の舞台は、富豪ヨーク・ハッター家。家主の死体が、ニューヨーク湾から引き上げられます。溺死ではなく、毒物死でした。家主は化学者であり、自宅に実験室までもっていました。遺書が発見されます。「私は完全に正常な精神状態で自殺する」と書かれていました。家主は、一家の人間関係に悩み果てていました。青酸カリでの自殺が有力視されます。 ヨーク・ハッター家の居住者は、表紙裏の「登場人物」に譲ります。全部「あやしい」人々なのです。家主が亡くなってから2ヵ月後、ハッター家で殺人未遂事件が起きます。この家には、盲・聾・唖の3重苦を抱えた長女・ルイザが住んでいます。 彼女が毎日欠かさず飲んでいる卵酒を、死んだヨーク・ハッターの孫にあたる少年・ジャックが飲んでしまったのです。卵酒には毒物が混入されていました。ジャックは命をとりとめましたが、こぼれた卵酒を飲んだ子犬は死んでしまいます。 ヨーク・ハッター事件を調べていたサム警部は、家主の死と孫の殺人未遂事件の接点を捜します。そして元シェイクスピア劇の俳優だった、ドルリー・レーンの登場となります。レーンは聴覚障害者です。しかし相手の口唇読解術にたけていて、コミュニケーションには不自由していません。 それから2ヵ月後、ヨーク・ハッターの妻・エミリーが殺害されます。夫の存命中からそうでしたが、エミリーはハッター家に君臨していました。3重苦のルイザをこよなく愛し、彼女と寝室も同じにしていました。殺人事件は、ルイザがいるなかで実行されたのです。 ルイザは、失神して倒れていました。目を覚ましたルイザには、犯人の顔や物音を聞きようがありません。殺害現場には、いくつかの物証は残されていました。ルイザのコミュニケーション手段は手動式の展示盤だけです。ルイザは残さている嗅覚と触覚での情報を、証言として伝えました。 これ以上先については、読んでのお楽しみとさせていただきます。清水義範も著作のなかでこう書いています。――この小説(註『Yの悲劇』のこと)もまた、私この身である。この小説のトリックは、読書好きの人間をヒヤリとさせるのだ。書くとか、読むということをトリックに使っているからである。それ以上は言えなのだが。(清水義範『独断流「読書」必勝法』講談社文庫より)私には最後まで、展開が読めませんでした。本書は名優ドルリー・レーンのシリーズ第2作にあたります。第4作『レーン最後の事件』で完結となります。このシリーズは、X、Y、Z、『レーン最後の事件』の順番に読んでください。名優の進化の過程がよくわかりますので。(山本藤光:2010.05.25初稿、2015.06.06改稿)
2015年07月07日
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桜の森の満開の下は怖ろしい。妖しいばかりに美しい残酷な女は掻き消えて花びらとなり、冷たい虚空がはりつめているばかり―。女性とは何者か。肉体と魂。男と女。安吾にとってそれを問い続けることは自分を凝視することに他ならなかった。淫蕩、可憐、遊び、退屈、…。すべてはただ「悲しみ」へと収斂していく。(「BOOK」データベースより)坂口安吾『桜の森の満開の下』(岩波文庫)◎敗戦とともに花咲いた坂口安吾 坂口安吾『明日天気になれ』(青空文庫)のなかに「桜の花ざかり」という掌編があります。――戦争の真ッ最中にも桜の花が咲いていた。当たり前の話であるが、私はとても異様な気がしたことが忘れられないのである。 こんな文章で書きだされる「桜の花ざかり」は、本来にぎわいを見せる桜の木の下の「いま」を、つぎのように描写しています。――三月十日の初の大空襲に十万ちかい人が死んで、その死者を一時上野の山に集めて焼いたりした。まもなくその上野の山にやっぱり桜の花がさいて、しかしそこには緋のモーセンも茶店もなければ、人通りもありゃしない。 坂口安吾が『桜の森の満開の下』(岩波文庫)でイメージしたのは、まさに「桜の花ざかり」に描いた原風景でした。本書は世界中で翻訳され、映画や演劇などにもなっています。日本の幻想文学の代表作として『日本幻想文学大全』(全3巻、ちくま文庫、東雅夫・編)の第1巻「幻妖の水脈」にも所収されています。 坂口安吾は太宰治とともに、「無頼派」としてくくられています。坂口安吾が頭角をあらわしたのは、戦後になってからです。――坂口安吾という人は、世間の常識を越えた自由奔放の生活をし、作品の中でも、そういう人間のことを、さも面白そうに書く人であったが、戦争中はいろいろな統制がきびしくて書けなかったのに、敗戦とともに、取締まりがゆるんで、何を書いてもいい時代がきたのである。(杉森久夫『小説坂口安吾』河出文庫P102より) 杉森久夫の書いているとおり、坂口安吾は『堕落論』(新潮文庫)や『白痴』(岩波文庫『桜の森の満開の下』に併載)で、一躍文壇の寵児となっています。これらの作品は多くの読者に受けいれられました。特に瀬戸内寂聴(当時は晴美)は、「『堕落論』を読んで、目を打たれたように鮮烈な印象を得、これから生きてゆく上の大きな勇気を与えられた」(杉森久夫『小説坂口安吾』河出文庫)とのべています。◎男のロマンの物語――桜の花が咲くと人々は酒をぶらさげたり団子をたべて花の下を歩いて絶景だの春ランマンだのと浮かれて陽気になりますが、これは嘘です。『桜の森の満開の下』は、こんな書き出しではじまります。鈴鹿峠は春になると、満開の桜で彩られます。桜が満開のときにここを通ると、気が狂うといういいつたえがありました。旅人はみな、桜の森を迂回しなければなりませんでした。 そこに1人の山賊が、住むようになります。――この山に一人の山賊が住みはじめましたが、この山賊はずいぶんむごたらしい男で、街道へでて情容赦なく着物をはぎ人の命も断ちましたが、こんな男でも桜の森の花の下へくるとやっぱり怖ろしくなって気が変になります。(本文P212より) 山賊には7人の妻がありました。山賊は8人目の妻として、若くて美しい女をさらってきます。この女はひどくわがままで横暴でした。女は1人を残して6人の女房を殺させ、新たな生首をもってくるように山賊に命じます。そのあたりについて、つぎのような文章があります。――今は昔、山賊の女房が生首のコレクションに凝りだした。この女房が醜女では、単なるブスの逆上と復讐になってしまう。が、どうしてなかなか、彼女は満開の桜のように妖しく、美しく、その上わがままで冷酷無残ときている。山賊が愛しいワイフのために老若男女さまざまな首をちょん切って運んでくると、女は首相手に地獄のママゴトをして遊ぶ。(荻野アンナ『アイ・ラブ安吾』朝日文芸文庫P40より) 女はさらに、こんな山奥に住むのはいやだ、都に住みたいとゴネます。山賊は女のいうがままになり、都へと住まいを移します。やがて山賊は女の存在を、桜の森の木の下を通るときのように感じだします。 山賊は山へもどることで、その呪縛からのがれようとします。山賊は女を背負って、山への道をたどります。そして桜の森にはいったとき、背中の女が鬼であることを知ります。山賊は女を締め殺します。このあとの展開についてはふれません。『桜の森の満開の下』のエンディングは秀逸です。 斎藤孝は著作のなかで安吾の『恋愛論』(青空文庫)をもちだして、本書を「男のロマンの物語」と解説しています。――こうした妖花のような女性像は、安吾自身が激しく焦がれた女性たちの投影でもあり、(中略)こんな女と出会いたいという男のロマンのあらわれでもある。それゆえ、『桜の森の満開の下』は血なまぐさい世界であるのに、不思議な透明感がただよっている。(斎藤孝『クライマックス名作案内2・男と女』亜紀書房より)(山本藤光:2011.07.26初稿、2015.07.05改稿)
2015年07月06日
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同棲していた恋人にすべてを持ち去られ、恋と同時にあまりに多くのものを失った衝撃から、倫子はさらに声をも失う。山あいのふるさとに戻った倫子は、小さな食堂を始める。それは、一日一組のお客様だけをもてなす、決まったメニューのない食堂だった。巻末に番外編収録。(「BOOK」データベースより)小川糸『食堂かたつむり』(ポプラ文庫)◎切なさを背負って 評判なので読んでみました。主人公・倫子は25歳。あらゆる不幸を背おいこんでいます。本書は1人称「私」で書かれていますので、特に女性読者は感情移入がしやすいと思います。 倫子はインド人の恋人と同棲していました。ある日アルバイトから戻ると、部屋はもぬけの殻でした。家財道具はもちろん小物まですべてが消えていました。唯一残されていたのが、祖母の形見の糠床だけでした。 失意の倫子は15年前に背を向けた、故郷へと帰ることにします。ふるさとには、母親が一人で暮らしています。母親はアムールという、小さなスナックを経営しています。母親には、ネオコンという愛人がいます。倫子と母親は、あまり仲よくありません。つまり倫子はふるさとへ戻っても、居場所がないのです。おまけに倫子はインド人に裏切られたショックで、声がでない状態になっています。 ――十五歳で家を出てから、一度もふるさとには帰っていない。/実家は山あいにある静かな村で、自然がとても豊かなところにあり、私はその場所を、心から愛していた。けれど、中学の卒業式を終えたその夜、私はひとりで家を出た。今と同じように、深夜高速バスに乗って。(本文P13より) 小川糸の文章は、きわめてわかりやすいものです。どこにも難解な単語はでてきません。古米ばかりを提供する現代作家のなかで、小川糸の文章は新米のようにきらめき味わい深いものです。 最近、児童文学出身作家の活躍は目立ちます。代表格は、江國香織(推薦作『号泣する準備はできていた』新潮文庫)、佐藤多佳子(推薦作『しゃべれどもしゃべれども』新潮文庫)、森絵都(推薦作『カラフル』文春文庫)などです。あさのあつこ(推薦作『バッテリー』角川文庫)、村山由佳(推薦作『天使の卵』集英社文庫)なども、この範ちゅうに含めていいのかもしれません。これらの作家の共通点は、文章の平易さです。 5人の作家の、言葉の輝きに注目してもらいたいと思います。◎倫子は母親を「おかん」と呼んでいる 15年ぶりのふるさとは、昔のままでした。唯一変わったのは、バンジージャンプ場ができていたことだけです。そのあたりのことを、小川糸は実にていねいに描きだしています。 ――カマキリも、アケビも吾亦紅(われもこう)も、みんなあの頃の姿と変わっていない。ペンションも素泊まり宿も、外壁の汚れや錆は増えたけれど、窓辺に何枚もの手ぬぐいが干してあるから営業を続けているのがわかる。道端のお地蔵様には、きれいな布の前掛けがかかり、カップ酒の瓶には花びらの先の先までぴんぴんとした色鮮やかな菊の花が活けられている。お供え物のお饅頭も、つやつやと光っていた。(本文P48より) 私はこの文章を読んで、小川糸の意図的(しゃれではない)な筆運びを感じました。「ぴんぴん」とか「つやつや」などのくりかえしは、通常はさけるべきといわれています。それを平気でつかってしまいますし、その方が情景描写になじめます。小川糸はとっぴな比喩を用いません。抑制された文章に、ありふれた比喩をはさみこみます。その効果を意識しているのです。 児童文学作家は、こどもでもわかる比喩を用いなければなりません。そうした感性が、『食堂かたつむり』(ポプラ文庫)にも活かされているのでしょう。 倫子は母親を「おかん」と呼んでいます。おかんは毎晩、自宅脇のスナック・アムールに出勤します。おかんはエルメスという名前の豚を、ペットとして飼育しています。倫子に与えられた仕事は、エルメスの面倒をみることだけです。おかんが不在の家で、深夜12時になると、きまってふくろうが12回鳴きます。 ふるさとで自活するためには、得意の料理の腕を活かそう。孤独ななかで、倫子はひとつの結論を導きだします。「食堂かたつむり」が動きだします。倫子の食堂かたつむりは、願いごとを叶えてくれるとの噂が流れます……。これ以降にはふれないでおきます。 『食堂かたつむり』は、自然の素材を活かした、さっぱりとした味つけでした。スパイスは、あまり効いていません。隠し味として「ふるさと」「親子」「人情」など、懐かしい素材がつかわれています。 いいな、と思いました。久し振りで、糠漬けつきの白粥を味わいました。1日1組の限定ですけれど、食堂かたつむりにはぜひ予約をいれてもらいたいと思います。 ◎ちょっと寄り道 「WEB本の雑誌」の「作家の読書道」(第88回)に、小川糸のインタビュー記事が掲載されていました。このシリーズは著者の本音を引きだしていて、いつも楽しく読ませてもらっています。一部引用させていただきます。(引用はじめ)――デビュー作にしてベストセラー、『食堂かたつむり』は、どのような思いから生まれたお話なのでしょうか。小川 : 最初に思ったのは、主人公の女の子がひたすら料理を作る話を書きたいなということ。物語を書きたいと思い始めてからずいぶん時間が経っていて、いろいろ考える時期でもあったんですよね。このままやっていてもダメならもう諦めよう、だったら最後に自分にとって一番身近にある、料理をテーマに書きたいなと思ったんです。 ――主人公は失恋し、財産もなくし、声も出なくなってしまう。どん底の状態においたわけですよね。小川 : 自分自身の状況を考えても、すごくハッピーというわけではなかったので(笑)。 ――だからこそ、再生の物語にもなっている。ただ、それだけではなく、かなりつらい現実も直視していますよね。小川 : 生活をしていると、楽しいことばかりじゃない。人と人がつきあっていると傷つけてしまったりすることも避けて通れない。そういうことから目を逸らさずに、リアルな話を書きたいんです。 (引用おわり) 豊崎由美は『ガタスタ屋の矜恃・寄らば斬る篇』(本の雑誌社)のなかで、『食堂かたつむり』をばっさりと切り捨てています。たとえば食堂を開くのには、調理師免許が必要なのに、糠床以外はなにもないと書いているなどと突っこみます。もうひとつの豊崎の疑問については、ネタバレになりますのでふれません。 私は豊崎由美のように、ディテールにこだわる読書家ではありません。また作品をこきおろすタイプの書評を、好ましく思いません。書評家は自分の好みにあわない素材を、俎上にのせるべきではありません 私は小川糸が児童文学を卒業したこと、に拍手をおくっています。なぜなら『食堂かたつむり』は、児童書には不向きな内容ですから。豊崎由美がまた咆哮するかもしれませんが、『つるかめ助産院』(集英社文庫)もよい作品です。小川糸は着実に成長している、期待の作家なのです。(山本藤光:2010.02.14初稿、2015.07.04改稿)
2015年07月05日
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マンガ・アニメが席巻し、世界はいま空前の日本ブーム。しかし理由はそれだけではない。食文化、モノづくり、日本語、和の心、エコ―あらゆる日本文化に好意が寄せられている。それなのに自分の国を愛せなくなったのはあまりにも悲しい。なぜ『ミシュランガイド』は東京に最多の星を付けたのか?どうして「もったいない」が環境保全の合言葉に選ばれたのか?「クール・ジャパン」の源流を探ると、古代から綿々と伝わる日本文明の精神、そして天皇の存在が見えてくる。(「BOOK」データベースより)竹田恒泰『日本はなぜ世界でいちばん人気があるのか』(PHP新書)◎元気をもらった タイトルに魅せられて手にしました。買ってきてから著者のプロフィールをみました。竹田恒泰は旧皇族のようです。これまでの仕事ぶりをみると、天皇や皇族に関するものばかりでした。失敗だったかな、と思いました。でもそんな懸念は、あっという間に吹き飛んでしまいました。――日本人の日本に対する評価は肯定が四三パーセントと極めて低調である。一方、中国人の中国の評価は肯定が八一パーセント、韓国人の韓国の評価は七六パーセントと高く、米国六〇パーセント、英国六二パーセントなどと比較しても、日本の数字は異常である。(本文P28より) 本文は豊富なデータに裏うちされており、著者の現地での体験談も随所に披露されています。日本人はもっと自国に誇りをもちなさい。日本人は外国から、こんなにも評価されているのです。なぜ国の伝統や文化を尊重しないのですか。 これらのことを著者は、次のような章立でていねいに解き明かしてくれます。・「ミシュランガイド」が圧倒的に東京を支持している理由。・世界中に愛されている日本のモノづくり。・世界語になった「もったいない」の具体的な事例。・大自然と調和する日本的な思考。・安全な国である日本。京都御所にはお堀がない。 久しぶりに元気のでる本に出会いました。元気がでた記述を少しだけ紹介したいと思います。――土器の出現が文明の出発点であると考えれば、四大文明が成立するはるか前に、日本文明が成立していたことになる。(本文P45より)――日本が二千年以上国家を営んできたことは世界中の奇蹟に違いない。その歴史がいかに長いかは、他の国と比較すると分かりやすい。日本に次いで長い歴史を持つ国はデンマークである。デンマークは建国から千数十年が経過したが、それでも日本の半分以下である。(本文P179より) ともすれば絶叫型になり、上滑りしてしまうテーマです。著者は抑制をきかせた文章で、事実だけを開陳しています。日本人が日本の未来を不安視しているなか、本書はこんなに世界から愛されているのだから、自信を持ちなさいと戒めています。 政治家が日本という原点を忘れて、足のひっぱりあいをしています。暗い世のなかにあって、本書は日本人に向かってメッセージを発信してくれました。それは「和の心」なのです。 巻末の北野武との対談も、すばらしいものです。この2人に日本をひっぱってもらったら、まともな政治になるだろうなとすら思いました。本書の帯には「最強の日本論」とあります。私はそれを実感しました。お薦めです。◎『日本人はなぜ日本のことを知らないのか』もお薦め 竹田恒泰『日本はなぜ世界でいちばん人気があるのか』(PHP新書)を紹介させてもらったのは、2011年3月でした。同年11月に『日本人はなぜ日本のことを知らないのか』(PHP新書)が出て、それを追いかけるように発刊されています。いつの間にか、竹田恒泰はひっぱりだこになっていました。タレントとのうわさが、テレビに流れるようにもなりました。 本書は「日本がわかる」3部作の2作めにあたります。すでに完結編『日本人はいつ日本が好きになったのか』 (PHP新書)も発売されています。まだ読んでいませんので、ひょっとしたら本稿にさらなる手入れが必要になるかもしれません。 本書の冒頭に著者の手書きのメッセージ「本書を手に取った方へ」が掲載されています。およそ達筆にはほど遠い文字なのですが、最初の1行でガツンとやられました。――今、世界に現存する国のなかで、日本が世界最古の国であることを知っている人はどれだけいるでしょうか。 竹田恒泰は一貫して、日本人はもっと日本のことに関心をもつべきであると説きます。本書のなかでもっとも興味深かったのは、日本は中国の「冊封(さくほう)体制」(朝貢体制)から離脱して、はじめて独立をなしとげたというところです。「冊封体制」とは簡単にいえば、中国側からみた思想で、自分たちは特別である。守ってもらいたいのならば、貢物を提供せよというものです。遣唐使とか遣隋使という言葉はご存知だと思います。彼らは中国の先進文化を吸収するために送った、朝貢使なのです。私はそうとばかり思っていました。――聖徳太子以降、日本は中国に対して、対等外交を原則とするようになった。遣隋使と遣唐使の派遣により、日本は「朝貢すれども、冊封は受けず」の立場を築いてきた。これにより日本は完全なる独立を実現させた。(本文P151より) 私は、冊封イコール朝貢だとばかり思っていました。本書を読んで、はじめて2つには別の意味があったことを知りました。竹田恒泰は終章で、日本の教科書問題をとりあげています。日の丸や君が代を拒む先生は、たくさんいます。教科書をうんぬんする前に、この問題をかたづけなければなりません。マスコミに露出する機会がふえた竹田恒泰をめぐって、ぼつぼつと論争の火種がでてきました。 しばらくは目が離せない人、それが竹田恒泰という皇族の玄孫なのです。この点についてもすでに「自称」と横槍をいれている論客がいるほどです。「愛国心」をこんなにやさしく語ってもらったことはありません。それだけに竹田恒泰の、「日本がわかる」シリーズには触発されました。(山本藤光:2011.03.06初稿、2015.06.03改稿)
2015年07月04日
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虚栄心はあるが温順で信心深い長女メグ、独立心が強く活発な次女ジョー、心優しくはにかみやの三女ベス、無邪気でおしゃれな四女エミイ―ニューイングランドに住むマーチ家の四人姉妹は、南北戦争に従軍した父の留守宅で、母を助け貧しいながらも誠実さと希望をもって、懸命に暮す。著者の少女時代を題材に、人間として成長していく四人姉妹の複雑で微妙な心の動きを捉えた感動作。(「BOOK」データベースより)ルイザ・メイ・オールコット『若草物語』(新潮文庫、松本恵子訳)◎ルイザ・メイ・オールコットの自伝的な小説ルイザ・メイ・オールコットの父親について、知っておかなければなりません。『若草物語』(新潮文庫、松本恵子訳)の解説では、次のような説明がなされています。――オールコット氏は哲学者で、非常な理想家で、四海同胞主義を実践的に行い、豊かでもないのに、困窮している人々を見ればだれ彼の差別もなく、行路病者でもなんでも家に引き取って世話をしたので、オールコット家は常に無料宿泊所の観を呈し、親子水入らずで暮らすなどということはほとんどなった。(本書「解説」より)ルイザ・メイ・オールコットは、そうした父の理想と母の愛情のなかで育てられました。引用文中の「四海同胞主義」は。「超絶主義」「超越主義」などと書いてある解説書もあります。しかし主義の中味は、引用文のとおりです。ルイザの幼いころを、紹介している文章があります。――ルイーザは学校に通いながら読書や創作にはげみ、また姉アンナと演劇の真似事をしたりして楽しく過ごす。理想を追って生活を顧みない父と、その父に代わって牛馬のごとく働き続ける母を見て育った彼女が、近い将来自分が一家の稼ぎ手として両親と姉妹の面倒を見ようと決意したのも、この時期のことであった。(定松正・編『イギリス・アメリカ児童文学ガイド』(荒地出版社より)生活の足しにとルイザは、16歳から塾教師やお針子やメイドとして働きはじめます。その合間に小説も書くようになります。そのころのことを紹介している文章を引用します。――(補:著者ルイザ)十六歳のときに、彼女は自分の家の納屋で学校を開いて、エマソン氏の子供たちを教えていたし、仕立物やよその家の召し使いのようなことまでやって家計を助けていた。また二十歳のときには、エマソン氏の娘のために書いてやった『花物語』という小さな本を買いあげられて、実際に出版さえされたこともある。(池田理代子『名作を書いた女たち』中公文庫より)引用文中のエマソン氏は、ルイザ一家を支援したアメリカの思想家ラルフ・ウォルドー・エマソンのことです。『自己信頼』(海と月社)という著作や、著作集も出版されています。1867年(ルイザ35歳)に、少女向けの小説を依頼されて、書きあげたのが『若草物語』です。この作品でルイザは、一躍人気作家となりました。『若草物語』はルイザの自伝的な小説です。実際に彼女は4人姉妹であり、アンナという姉につぐ次女として生まれています。◎個性豊かな4姉妹『若草物語』の最大のポイントは、4人姉妹の個性にあります。新潮文庫のカバー裏コピーをベースに、紹介させてもらいます。長女メグ(マーガレット)16歳:虚栄心はあるが温順で信心深い。家事をてきぱきとこなす。次女ジョー(ジョセフィン)15歳:独立心が強く活発。小説家志望で、ふるまいは男っぽいが涙もろい。3女ベス(エリザベス)13歳:心優しくはにかみや。病気がちですが、他への思いやりが強い。4女エミイー12歳:無邪気でおしゃれ。みんなからかわいがられる、わがままな気分屋。マーチ家の4姉妹は母とともに、ニューイングランドで暮らしています。父は奴隷解放のための南北戦争に、北軍の従軍牧師として出征しています。マーチ家は貧しいながらも、明るく仲のよい家族です。姉妹は父の留守をまもり、母を助けています。ものがたりはそんな4人姉妹のクリスマスの夜から、翌年のクリスマスまでの1年間が描かれています。ものがたりの幕開けは、次女ジョーのこんなセリフです。――「プレゼントのないクリスマスなんて実際意味がないわ」(本文の冒頭より)これにたいして長女メグは、次のように語り、「自分の着古した服を見まわして溜息をし」ます。――「貧乏ってほんとうにつらいものね」なにやら暗い幕開けとなりそうです。私は貧乏だからプレゼントがもらえない、とばかり思っていました。1読後に長山靖生『謎解き少年少世界の名作』新潮新書)を読んでいて、ショックを受けました。なんと薄っぺらな読み方だったことでしょう。前記引用文のあとに、つぎのような文章がつづいていたのです。――しばらくだれも口をきかなかったが、今度はメグが前とは調子をかえて、妹たちを見渡しながらいいだした。/(中略)兵隊さんたちが戦地で苦労している時に、わたしたちが快楽のためにお金を浪費しては申し訳ないと(補:母は)考えていなさるのよ、わたしたちは何も国家奉仕ができないんですもの、たとえわずかでも犠牲的行為をすることができたら、喜んでやらなければならないのよ」(本文P6より)これ以降は、貧しいながらも、希望に満ちた4人姉妹の世界が広がります。そのあたりについて小川洋子は著作のなかで、次のように書いています。――貧しさが文学を生む、とはよくいわれることですが、ここでもその法則が当てはまるでしょう。お金で買えないものに幸福を見出すのが、一家の基本姿勢になっています。/足りないものは他の何かで代用し、姉妹で芝居を演じて愉しみ、秘密クラブを結成して新聞を発行し、夜は針仕事をしながら楽しいおしゃべりに興じる――。(小川洋子『みんなの図書室』PHP文庫P224より)それから数か月後、父危篤の一報がはいります。母は姉妹に留守をたのんで、夫のもとにかけつけます。父の病状は回復せず、母の不在は長引きます。そんな間に、ベスがしょう紅熱で倒れます。父とベスの回復を祈りながら、残された姉妹は自分たちのいたらなさとベスの美点を語り合います。本書は少女向けに書かれたものです。したがってエンディングは、予想通りとなります。私は『続・若草物語』を講談社文庫(掛川恭子・訳)で読みました。正直な感想は、読まなければよかった、ということです。4人姉妹をけなげで初々しいままにしておくべきだったと、後悔しています。最後に『若草物語』を的確に語っている、文章を引用させてもらいます。――この四人の少女が生き生きと魅力的なのは、彼女たちの心根が根本的に美しいからではなく、それぞれが欠点を持っているところである。(角田光代『私たちには物語がある』小学館文庫より)なるほど本書は、みごとに4人の強みと弱みを、描きわけていると思います。孫娘が小学校の高学年になったら、児童書『若草物語』をプレゼントしようと、いまから楽しみにしています。クリスマスは避けます。世の中には、困っている人がたくさんいますので。(山本藤光:2011.09.18初稿、2015.07.02改稿)
2015年07月03日
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辻口は妻への屈折した憎しみと、「汝の敵を愛せよ」という教えの挑戦とで殺人犯の娘を養女にした。明るく素直な少女に育っていく陽子…。人間にとって原罪とは何かを追求した不朽の名作!(原田洋一)三浦綾子『氷点』(上下巻、角川文庫)◎原罪を糖衣がけして 三浦綾子『氷点』は、1963年朝日新聞の懸賞小説当選作です。当時、1000万円の賞金に驚き、しかも受賞者が雑貨屋のおかみさんであることにも驚かされました。芥川賞の賞金は100万円という時代でした。カレーライス120円(現在580円)、コーヒー80円(現在320円)、あんぱん20円(現在100円)、大卒の初任給48000円(現在199600円)という時代です。 そして驚きは、あっという間に賞賛にかわりました。北海道発の小説が中央の文壇を制覇したのは、2度目のことでした。最初は原田康子『挽歌』(新潮文庫)で、釧路の幣舞橋を一躍有名にしました。 木原直彦『北海道文学史・戦後篇』(北海道新聞社)に、受賞作『氷点』が朝日新聞で連載されたころの評価について書かれた文章があります。紹介させていただきます。――キリスト教を据えて〈原罪意識〉を追求したといわれるこの小説の人気の秘密について、尾崎秀樹は、道徳性・情緒性。救い、という家庭小説の三大条件を今日的な姿で巧みに甘いオブラートに包んだところにあるとしている。江藤淳も「大衆的家庭小説のわくと手法によって展開されている作者の人間観や生活感覚の新鮮さ」とほめた。(木原直彦『北海道文学史・戦後篇』北海道新聞社P180より)『氷点』は当初、「風」というタイトルで考えられていたようです。新聞(朝日新聞デジタル2014.6.28)で「創作ノート発見」の記事を読み、本書のなかを吹き荒れる風と雪の場面がよみがえってきました。冒頭の最初の1行はつぎのとおりです。――風は全くない。東の空に入道雲が、高く陽に輝やいて、つくりつけたように動かない。 無風状態ですべりだした物語は、行方不明のルリ子捜索場面あたりから一変します。つぎの引用は捜索中に夏枝を回想する新婚旅行からの帰途のシーンです。――その夜は激しい風が吹きまくっていた。林の樹は口のあるもののようにわめいていた。夜がふけるにつれて、ますます風は吹きつのった。林はごうごうと土の底から何かがわき返るような恐ろしい音を立てていた。/その時夏枝は、この風が、自分の結婚生活を象徴しているような不吉な予感に襲われて、思わず啓造の胸にすがりついたのだった。(本文P35より)◎氷点とは?『氷点』の舞台は、旭川市郊外の個人病院です。病院院長の辻口啓造と妻の夏枝のあいだには、2人のこどもがあります。夏枝が応接室で村井眼科医と密会しているとき、3歳のルリ子が誘拐されます。ルリ子は翌朝、美瑛川の河原で扼殺死体で発見されます。犯人の佐石は、留置所で自殺してしまいます。 夏枝は事件のショックから、精神病院に入院します。退院してからは、娘がほしいとひんぱんにいうようになります。夏枝は避妊手術をほどこし、こどもがさずからない身体になっています。そんななか啓造は、妻の夏枝の不倫を察知します。 啓造は友人の産婦人科医・高木が嘱託医をしている乳児院から女児をもらう決意をします。啓造は妻への復讐のために、ルリ子殺しの犯人・佐石の遺児を要求しました。女児には陽子という名前がつけられました。陽子はかしこく、素直なこどもとして、すこやかに成長します。 陽子が小学校にあがった年の暮れ、夏枝は陽子の出生の秘密を知ります。やさしかった夏枝は、てのひらをかえしたように陽子を処遇します。陽子は母の豹変に驚き戸惑います。冷遇され、いじめがどんどんエスカレートしてゆきます。陽子はひたすら耐えます。 兄の徹も陽子の秘密を知ります。徹はずっと陽子をかわいがっていました、秘密を知ったとたん、それが結婚を意識する愛にかわりました。しかし陽子には秘かに思いをよせる人がいました。兄の友人の北原です。夏枝は強引に2人の仲を引きさきます。 この先のエンディングには、ふれないでおきます。かわりに林真理子の一文を、ご紹介させていただきます。――物語は結末に向かって、ひとつの疑問を読者につきつけるのだ。/「人は本当に許すことが出来るのであろうか」/許すことが出来ぬから憎しみが生まれる。そしてその憎しみがまた別の事件や不幸をつくり出す。人間はそれを繰り返すのだろうかと、作者は問いかけているわけだ。(林真理子『名作読本』文春文庫より)『氷点』はたしかに、原罪と救済をテーマにしています。しかしそうしたキリスト教的なテーマは、あまり色濃くでていません。氷点ブームまでまきおこした本書は、いまも旭川の原生林とともに、しっかりと人々の心に根づいています。(山本藤光:2011.11.14初稿、2015.07.01改稿)
2015年07月02日
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かつどんにとって最も重要なものは何か。豚肉、卵、ご飯、玉葱―具材それぞれの代表者たちが、かつどんへの愛と名誉のためにバトルを繰り広げる「会議」の顛末とは?表題作他、政治をくじで決めようという理論が巻き起こす騒動を描く「くじびき翁」、当事者に代わって最良の謝罪をする「謝罪士」の活躍を描く「メンツ立てゲーム」を収録した、新奇想小説の旗手・原宏一のデビュー作品集。(「BOOK」データベースより)原宏一『かつどん協議会』(集英社文庫)◎原宏一をとことん応援する 原宏一にかんする資料は、ほとんどありません。通常は新聞や雑誌の切り抜きでぱんぱんになるファイルですが、「鳩よ:小説家への道2」(マガジンハウス)とメモがあるだけです。これが手もちのなかで、唯一の原宏一関連資料掲載本ということになります。しかたがありませんので「ウィキペディア」にたよることにしました。以下一部の引用です。――1997年、「かつどん協議会」で作家デビュー。その後も執筆を続けて作品を発表し続けるも芽が出ず、いつも初版止まりだった。才能の無さを感じ、2007年に一度作家を辞める決心をする。資料なども処分したが、その1か月後、1999年発表の『床下仙人』(祥伝社文庫)が有隣堂ルミネ町田店の書店員の目に止まって店頭にPOPを掲げられたことをきっかけに売れ始め、初の増刷が決定。(ウィキペディア) 原宏一は1954年生まれですから、60歳になったかなろうとしている年齢です。残念ながら『床下仙人』以降もヒット作はありません。私はデビュー作『かつどん協議会』(集英社文庫)で、がぜん原宏一に注目した一人です。清水義範のデビュー作『蕎麦ときしめん』(講談社文庫、推薦作)をほうふつとさせてくれるほど、笑いながら読みました。第2作『こたつ』(ベネッセ、文庫なし)でもおおいに笑いました。『かつどん協議会』には表題作をふくめて3篇、『こたつ』には2篇が収載されています。わたしは表題作には高い評点をつけましたが、残る3篇はまったく評価できませんでした。ちょっとしたアイデアだけで書いている、底の浅い作品。それが×印をつけた3篇にたいする印象でした。しかし「かつどん協議会」と「こたつ」については、しっかりとPHP研究所メルマガ「ブックチェイス」に書評を書いています。60歳がんばれとのエールをこめて、再録してみます。◎思わず笑ってしまいました(引用はじめ)原宏一『かつどん協議会』(ベネッセ。1997年5月発売)「なにかおもしろい本を紹介してください」と質問されると、これまでは筒井康隆(推薦作『家族八景』新潮文庫)と清水義範(推薦作『蕎麦ときしめん』講談社文庫)の作品を薦めていました。最近では自信をもって、原宏一を追加できるようになりました。 原宏一は1997年、『かつどん協議会』(集英社文庫)でデビューしています。おおいに笑わせてくれました。こんな世界がまだ残されていたのかと、驚愕させられたデビュー作でした。原宏一は題材にした対象物を、執拗に描きます。たとえばこんな具合です。 ――かりりと揚ったとんかつに、さくりと心地よい音を響かせ包丁を入れ、しゃりりと切り口もみずみずしい玉葱を甘辛のつゆでさっと煮立て、とろりと半熟の卵でとじる。ほかほかごはんを金糸模様もあざやかな丼にこんもりと盛り、ひょいとかつとじ煮と合体させたら、ぱらりと三つ葉でも散らしてふたをする。(本文より) かつどんの作り方をこうまで執拗にに描写したら、なにか崇高な食べものみたいになります。たまたま、ほんの一ヶ所を引用しましたが、万事がこの調子なのです。なんでもないなにかを、とことん見つめて、ときには直球で、ときには変化球で勝負を挑む。原宏一の作品には、つぎはどの球でくるのかな、といった楽しみがあります。(引用おわり「Book chase」1998年2月15日号より)◎第2作『こたつ』にも笑いました(引用はじめ)原宏一『こたつ』(ベネッセ、1998年1月発売) 原宏一は、第2作『こたつ』(角川文庫)でもやってくれました。今度は題材が「こたつ」です。それも「こたつ道」の話です。同棲していて結婚しょうとした相手が、金沢のこたつ道総本家の跡取りでした。結婚するためには、「こたつ道」をきわめなければなりません。――小器用に回し終えた布団を掛けたところで『入り』となる。/『入り』には、全部で六つの手順がある。まず、座例。こたつに相対して居ずまいをただし、いまこうして温もりをいただける幸せに感謝の礼を捧げる。続いて座礼の姿勢のまま、挨拶。/「おこた、いただき申す」/謹んで、しかしながら毅然として態度で宣言したところで、めくり……。(後略、本文より) なんでもありの世界を、原宏一はみごとに創りだします。ただし前作『かつどん協議会』も『こたつ』も<組織>におもしろみがありません。対象物をあれほど巧みに描く著者なのですから、組織とそのなかの個人もにも命を与えてほしいものです。「こたつ道」という奇妙な「道」は、読んでいて吹きだすくらいの楽しさでした。一方、主人公が修行する分家と総本家の亀裂や、こたつ道の歴史・由来が伝わってきません。 対象物の描写と同様に、ぎくしゃくとした<組織>にも笑ってみたいものです。(引用おわり「Book chase」2000年10月9日号より) 原宏一の作品は、対象物の加工をちょっと誤ると、ひとりよがりの食えない料理になってしまいます。失敗と成功をくりかえしながら、原宏一は大化けするような気がします。『床下仙人』はわたしもおもしろく読みました。 『かつどん協議会』を、「山本藤光の文庫で読む500+α」の「日本現代文学ジャンル125+α」作品として、私は胸をはって「めしあがれ」と読者にさしだしたいと思います。このジャンルは若手がどんどんはいりこんできます。消えるのか、新たな作品で食い込むのか、私の大化けの期待にこたえてもらいたいと思います。 (山本藤光:2009.11.07初稿、2015.06.30改稿)
2015年07月01日
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