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「何でもやってやろう屋」を自称する元私立探偵・成瀬将虎は、同じフィットネスクラブに通う愛子から悪質な霊感商法の調査を依頼された。そんな折、自殺を図ろうとしているところを救った麻宮さくらと運命の出会いを果たして―。あらゆるミステリーの賞を総なめにした本作は、必ず二度、三度と読みたくなる究極の徹夜本です。(「BOOK」データベースより)歌野晶午『葉桜の季節に君を想うということ』(文春文庫)◎10年間のブランクから脱出 歌野晶午(うたの・しょご)の速射砲のような文章が好きです。いきなり射*後の倦怠感からはじまる文章は、こんな感じで転調されます。(*わいせつ表現と出るので精を伏字にしました)――雲が切れて丸い月が覗く。雲が流れて月が隠れる。空は最前からずっとそんな調子で白んだり深い灰色になったりと、落ち着きがない。/あたりはしんとしている。雲はあんなに動いているのに、木立の葉が風にそよぐことはない。鳥や虫の声も絶えてない。/闇の中に懐中電灯の光の輪が浮かんでいる。(本文P10より) 形容詞と比喩を極力おさえ、点描のように風景に形を浮かべてみせます。この筆力は一級品です。歌野晶午は師と仰ぐ島田荘司の推薦により、27歳(1988年)のときに『長い家の殺人』(講談社文庫)でデビューしています。以後、『白い家の殺人』『動く家の殺人』(いずれも講談社文庫)の「家シリーズ」を発表していますが、大きな評価は得られませんでした。 歌野晶午には、約10年のブランクがあります。そして久々に姿をあらわしたときに、重厚な『葉桜の季節に君を想うということ』(初出2003年文藝春秋、文春文庫)を引っ提げていました。 久しぶりに読んだ歌野晶午の作品は、大きく様変わりしていました。小手先のミステリーの世界が消え、ハードボイルド風味の叙述ミステリーだったのです。本書は数々の賞を受賞し、いまなお多くのミステリーファンから評価されています。――二〇〇三年を代表するミステリーといえば、本作おいてほかにあるまい。蓬莱倶楽部という団体を通してイカサマ企業のやり口を具体的に描いていく情報小説的な側面から、成瀬の軽妙でいて男気溢れる活躍ぶり、魅力的なヒロイン・麻宮さくらとの微笑ましいやりとりといった私立探偵小説としての面白さ、なにより最終的な企みとその深い意図に至るまで、多くの読者の心を打つ傑作であった。(文藝春秋編『東西ミステリーベスト100』文春文庫より)◎伏線という地雷原 主人公の成瀬将虎は、パソコン教室の講師と警備員のアルバイトをしています。彼は暇があると、フィットネスクラブに通っています。 そんな成瀬はフィットネスクラブで顔見知りの、社長令嬢・久高愛子から相談をうけます。祖父がひき逃げ事件で死亡した。それは仕組まれた、保険金殺人ではなかろうか。愛子はそんな疑惑をなげかけてきます。そして愛子は、蓬莱倶楽部への調査を依頼します。蓬莱倶楽部は、高齢者向けの悪質なマルチ商法をしている会社です。成瀬の後輩キヨシは、ひそかに愛子にほれています。彼からも支援の要請があり、むかし探偵だった成瀬はその依頼を受諾します。 フィットネスクラブの帰りに、成瀬は駅のホームから投身自殺をしようとした女性を助けます。成瀬はそのまま立ち去ったのですが、後日、麻宮さくらと名乗る女性から「お礼がしたい」という電話があります。やがてさくらとの恋愛がはじまります。 暴力団の覚せい剤抗争で、クスリ配達人だった組員が惨殺されます。内偵捜査をまかされた成瀬は、敵対する戸島会の組員となります。やがて戸島会の兄貴分が、むごたらしい死体となって発見されます。クスリの配達人のときと、まったく同じ手口での死体でした。 成瀬は、飲み屋ともだちの安さんの肉親探しをしたことがあります。2つの過去のてんまつについては、ふれません。これらの経験をいかして、成瀬は愛子からの調査依頼に挑みます。 蓬莱倶楽部は悪質な手口で、老人から金を巻きあげています。無料体験会に参加したり、事務所に忍びこんだり、成瀬はすこしずつ蓬莱倶楽部の闇にせまります。しかし知らぬ間に、蓬莱倶楽部の逆襲がはじまっていたのです。 物語の構成は、蓬莱倶楽部の調査が主軸です。そこに過去の暴力団の内定が加わり、重層な展開になります。物語のなかのいたるところに、伏線がしかけられています。地雷が埋められた戦地を歩くように、読者は慎重にページを進まなければなりません。 ラストはほとんどの読者が、絶賛しているとおりです。私もみごとに騙されました。途中で地雷を爆破しなかった箇所が、いくつもありました。読み終わったあとに、地雷原をもどることになったわけです。おみごと。歌野晶午の復活を祝います。(山本藤光:2011.08.15初稿、2015.05.30改稿)
2015年05月31日
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稲田浩二・稲田和子・編著『日本昔話100選』(講談社+α文庫)その2その1のつづき【日本一へのこだわり】 桃太郎が鬼退治に出陣するとき、爺は「日本一の桃太郎」というのぼりをつくります。婆は「日本一のきび団子」をつくります。なぜ「日本一」なのでしょうか? おまけに鬼が島についたとき、「日本一の桃太郎である」と口上を述べています。「日本一」にどんな意味があるのでしょうか。【家来の存在】 新入社員への訓示で、「桃太郎」を引用にする人がいます。猿は知力、雉は情報収集力、犬は行動力の象徴とし、みなさんは3つを兼ね備えなさいと結びます。わかりやすいたとえです。家来はなぜ犬と猿と雉でなければならないのでしょうか? 私は選択基準を「日本」に、こだわりたいと思います。雉は日本の国鳥です。だから鳥類の代表として選ばれるのは当然です。猿も犬も「日本」の冠をかぶせた品種があります。ほかに「日本」をかぶせられた動物はいるのでしょうか? 少なくとも「広辞苑」には記載がありません。思い浮かぶのは日本カモシカ。これは洋モノっぽいし、力はなさそうです。逃げ足だけは速そうですが。桃太郎が選んだ家来は、いずれも日本の代表的な品種。そう考えて間違いないと思います。 桃太郎の類話「桃の子太郎」では、鬼が島へ渡るには、大きな河を越えなければならないことになっています。桃太郎は犬の背に乗り、流れを渡ります。猿は雉の背に乗り、宙を飛びます。だから雉と犬は必要だったと説明すると、猿の存在の意義がわからなくなります。 桃太郎は、智恵も行動力も兼ねそなえています。ではなぜ、智恵・猿と行動力・犬が必要だったのでしょうか? 鬼が島に、鬼がどのくらい棲息していたかの記載はありません。桃太郎の実力プラスきび団子効果(十人力)だけでは、太刀打ちできなかった数の鬼がいた。こう解釈するのが正しいと思います。だから桃太郎は家来を欲っしたのです。それも自分の分身みたいな、猿と犬が必要だったわけです。猿と犬の参加により、もう一人前の桃太郎が誕生しました。桃太郎が2人できた計算になります。 桃太郎はまだ不安でした。絶対的に勝利するためには、なにかが欠けています。そんなときに雉があらわれました。 やがて家来となる3種の動物が、桃太郎の前に登場する順序に着目したいと思います。多くの物語は、犬、猿、雉の順序で家来になっています。私はトリで現れる鳥に注目したいと思います。桃太郎には、雉のヘリコプタービュー(高いところから大局を観る)だけはできません。桃太郎が、もっとも必要としていた家来は雉。真打は最後にあらわれるのです。 例外のテキストもあります。、犬、雉、猿の順序で登場します。あ行のいぬ、か行のきじ、さ行のさるの順番だろうでは、説得力がありません。 【鬼ケ島について】 私の記憶のなかの「桃太郎」には、鬼退治に行く必然性が希薄です。鬼は村人たちに危害を及ぼしているのだろう、との推測はできます。1つのテキストでは、殿様の命令で鬼退治に行くことになっていますが、理由ははっきりとしていません。別のテキストには、鬼が村へやってきて、小判や村人の大切なものを盗んで行くとあります。 鬼が島へ行く目的は妹探し。「巷の文芸」の例は先に紹介しました。ほかには「嫁探し」とする話も存在するようです。松居直『ももたろう』(福音館書店)がそうらしいのですが、まだその本が見つかりません。 あるテキストには、「桃太郎は日本一という旗を背負い日本男児の象徴として、侵略戦争の国威発揚の道具とされてゆく」てんまつが書かれています。このころの「鬼」は、鬼畜米英に見立てられていました。この説は後づけだと思います。桃太郎の話が伝播したのは、はるかに前のことですから。 【持ち帰った財宝】 桃太郎にひれ伏し、鬼は命乞いをします。助けてくれれば、奪った財宝のすべてを返却するといいます。桃太郎は財宝をもち帰ります。爺と婆は、元気で戻ってきた桃太郎を見て安心しました。ほとんどのテキストは、こんな具合に物語は終っています。ただし2冊のテキストだけは、天子さまが桃太郎の活躍にほうびをくれるとなっています。それで爺と婆は幸せに暮しましたと結ばれています。 類話「桃の子太郎」は、「爺さまと婆さまはよい着物ばかりきて、いつまでもながく暮した。そこでとっぱれ。」で終ります。これでは鬼からとりもどした財宝を、着服したように感じてしまいます。2人は豊かにならなくともよいのです。 【その後の桃太郎】 桃太郎の話は、まだ完結していません。鬼退治を終えた桃太郎は、目標を失ってしまい、虚脱感にさいなまれています。することがないのです。ましてや、山の中での暮らしです。退屈で仕方がないはずです。若くて力持ち、しかも聡明で勇気があります。この人をいつまでも、田舎暮らしさせておくわけにはゆかないと思います。 「続・桃太郎」の話は、どこかに存在しているはずです。もしも存在していなければ、私が書こうと思います。 まずは、稲田浩二・稲田和子・編著『日本昔話100選』(講談社+α文庫)を探してみていただきたいと思います。そして私の設問のようなことを考えてみてください。結構楽しめますよ。 (山本藤光:2010.05.22初稿、2015.05.30改稿)
2015年05月30日
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私は今まで夫の人形にすぎなかった! 独立した人間としての生き方を求めて家を捨てたノラの姿が、多くの女性の感動を呼ぶ名作。(文庫案内より)イプセン『人形の家』(新潮文庫、矢崎源九郎訳)◎当時の社会に大きな問題提起『人形の家』(新潮文庫)はイプセンの代表作でもあり、世界屈指の戯曲でもあります。本書は、女性や夫婦とはなにかに切りこみ、当時の社会に大きな問題提起をしました。日本での初舞台は、明治44年坪内逍遥が主宰する文芸協会試演場(坪内逍遥の邸宅内)ででした。その後帝国劇場で開催され、主演のノラ役は松井須磨子が演じています。『人形の家』は、イプセンの生いたちから生まれた作品です。ちょっとだけ、紹介させていただきます。――南ノルウェーのシーエンに生まれる。父は裕福な実業家だったが、イプセンが八歳の時破産して、一家は貧困のどん底に落ちた。一五歳の時、グリムスターという小さな田舎の薬局の見習いとなり、完全に下層階級の扱いを受けた。これらの経験から市民階級に対して強い反感をいだき続けたことが、後年の作品に強い影響を与えている。(「新潮世界文学小辞典」より)イプセンは必ずしも、順調に名声を勝ち得たのではありません。文献によると、1866年『ブラン』、1867年『ペール・ギュント』、1873年『皇帝とガリレア人』(いずれも文庫見あたりません)までは、苦難の連続であったようです。イプセンの地位を不動のものにしたのは、『人形の家』に代表される社会劇に挑戦してからでした。 前記のように、イプセンの初期作品は文庫では読めません。また『人形の家』を除くと、後期作品も書店では手に入りません。「笹部博司の演劇コレクション・イプセン編」(メジャーリーグ文庫)には、『人形の家』以外の前記作品が収載されているようです。戯曲としての『人形の家』について、劇作家・田中千禾夫はつぎのように書いています。――『人形の家』は近代劇の模範的典型だったが、それは主題の剛強もさることながら、時間、場所、人物、すべて単純を旨とする劇作法の根幹をなす「三単一」の法則に準拠した構成の緊密に負うている。当節は飛んだり跳ねたりの活劇が流行するが、凝縮して練り上げる劇作法として、今日でも有効性を失うべきではあるまい。八方美人的にぎやかさに欠けるけれど。(田中千禾夫、朝日新聞社学芸部編『読みなおす一冊』朝日選書より)◎かわいい小鳥ちゃんの決断ヘルメス弁護士の妻・ノラは夫から、「かわいい小鳥ちゃん」と呼ばれるほど愛されています。ノラには3人のこどもがいます。ある日ヘルメスが、銀行頭取に出世することがきまります。夫は堅物ですが、頭取就任はうれしくてたまりません。 バラ色にみえたヘルメス一家に、暗雲がたちこめます。ノラには夫に隠している秘密がありました。新婚当時夫が病に倒れ、その転地療養のために、多額の借金をしていました。ノラは自分の父親から借りたと夫に伝えていましたが、ある男から借りたものでした。しかもノラは男から借りた借金証書に、父親の名前を偽造していたのです。借金をした男・クログスタットは、ヘルメスが就任する銀行に勤めています。彼は過去に不祥事をおこし、ヘルメスは解雇の意志をもっています。それを察知したクログスタットは、ノラを脅しはじめます。借金の件を公にしないかわりに、自分を銀行に残すようヘルメスを説得せよ、と詰めよってくるのです。 ヘルメスはきまじめな性格であり、ひどく世間体を気にします。ノラはそうした夫の性格を熟知しており、途方に暮れてしまいます。クログスタットを解雇しないように、夫に要請しますが聞きいれてはもらえません。 夫・ヘルメスはクログスタットからの、脅迫の手紙を読んでしまいます。夫は自分の世間体を気にして、ノラを激しく叱責します。この間のやりとりは、非常に緊迫感があります。これまで「かわいい小鳥ちゃん」と呼んでいた夫の逆上ぶりに、ノラは夫の本質に気づかされることになります。 テンポのよい会話のキャッチボールは、とんでもないなりゆきで終わってしまいます。クログスタットからの新たな手紙で、元どおりの平穏を取り戻すはずでした。ところが「かわいい小鳥ちゃん」は、それではおさまりません。いちど本性をあらわした夫を許せないのです。 『人形の家』は、わずかに3幕の戯曲です。クリスマスイヴからの3日間で、小鳥ちゃんが豹変してしまいます。このあたりのテンポのよさとエンディングは、みごとだと思います。――ノラ:あなたはあたしに対して、いつも大変親切にしてくださいました。でもあたしたちの家庭はほんの遊戯室にすぎませんでした。あたしは実家で父の人形っ子だったように、この家ではあなたの人形妻でした。(本文P139より)自分はなんだったのか。夫の単なる人形にすぎなかったのではないか。ノラはある決断をし、そのことを実行にうつします。(引用はじめ)ノラ:あたしはここから今すぐ出てまいります。今夜はクリスチーヌさんが泊めてくれますでしょう――ヘルメス:お前はどうかしている! そんなことは許さん! わたしが禁じる!ノラ:これからはあたしに何を禁じようとなさっても、なんにもなりません。あたしは自分の物だけ持ってまいります。あなたからは何も頂きません。今後もそうです。(引用おわり、本文P141より)斎藤美奈子は著書『名作のうしろ読み』(中央公論新社)のなかで、最後の場面に注目しています。ノラが「さようなら」といって、「玄関を通って出て行く」場景の直後です。(引用はじめ)ヘルメス:(扉のそばの椅子に頽れて、両手で顔をおおう)ノラ! ノラ!(そこらを見回して立ち上がる)いない。行ってしまった。(一縷の望みがわいてくる)ああ、その奇蹟中の奇蹟が――!?(下から家の大扉にがちゃりと錠の下りる音が聞こえてくる)(引用おわり)「一縷(いちる)の望みがわいてくる」とは、なんだったのでしょうか。私はヘルメスが「妻はまだ外にはでていないので、後悔して部屋にもどってくる」と思ったのだろう、くらいに受けとっていました。そして最後の「がちゃり」でかすかな希望も潰えたと思っていました。斎藤美奈子はこう書いています。――最後のせりふを考えると、彼は妻を追っていきそうな勢いだ。ヘルメスは何もわかっていないのである。わかっていたら、絶望で終わるはずだもん。(斎藤美奈子『名作のうしろ読み』(中央公論新社より)(山本藤光:2010.06.30初稿、2015.05.28改稿)
2015年05月29日
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貧窮の中に結ばれた夫婦の愛を高らかにうたって芥川賞受賞の表題作ほか「初夜」「帰郷」「団欒」「恥の譜」「幻燈画集」「驢馬」を収める。(アマゾン内容案内より)三浦哲郎『忍ぶ川』(新潮文庫)◎身辺小説で血の浄化 三浦哲郎の死去(享年79歳)を知り、代表作『忍ぶ川』を再読しました。短編小説の名手として、「盆土産」や「とんかつ」は中学校や高校の教科書にも掲載されています。私も若いころは、「拳銃と十五の短編」(講談社文芸文庫)や「おろおろ草紙」(講談社文庫)などに夢中になりました。『忍ぶ川』(新潮文庫)は、昭和を代表する名作です。三浦哲郎は血の浄化を志し、とことん身辺小説にこだわりました。三浦哲郎作品(血の浄化)を理解するためには、その生い立ちにふれなければなりません。 ――青森県八戸市に生まれる。2人の兄と3人の姉がいた。37年の次姉の投身自殺をきっかけとして、以後長男、長姉、次兄が次々と自滅の道を辿ることになる。49年、早大政経学部に入学したが、世話になっていた次兄が失踪したため、帰郷して中学の助教諭となる。一族の血の問題をめぐって煩悶し、そのなかで次第に創作に活路を見出すようになっていく。(「現代の作家ガイド100」学燈社より)『忍ぶ川』には表題作を含めて、7つの短編が所収されています。「忍ぶ川」「初夜」「帰郷」の3作品は、姉妹編としてくくってもよい作品です。いずれも実話です。そのあたりのいきさつについて、三浦哲郎は『雪の音雪の香り・自作への旅』(新潮文庫)でつぎのように書いています。 文中の「菅原さん」は、文芸雑誌「新潮」の編集部・菅原国隆氏のことです。菅原氏は挫折しかけている三浦を励ましつづけた恩人です。菅原氏は、三浦哲郎の師でもある井伏鱒二の担当者でもありました。――私は、せっかくの機会だから、これまで何度も書こうとして結局書けずにいた自分の結婚のいきさつを書くことにしたいといった。それはいい、と菅原さんは即座に賛成してくれた。大学時代の恩師も、その作品の構想を話すと、それはきっといい作品になるだろう、できるだけありのままに書くといいと助言してくださった。(『雪の音雪の香り・自作への旅』新潮文庫P23より) そうして書いた『忍ぶ川』は、芥川賞を受賞することになります。三浦哲郎29歳のときでした。芥川賞選考委員の石川達三の書評を紹介しておきます。 ――私小説系統の作品で、古いと云えば古い、甘いと云えば甘い、きれいごとで済ませていると云うならそうも云える。しかしそれらはこの作品の場合に大きな欠点とはなっていない。私小説系ではあるが身辺雑記で終わっていない。そして何よりも私がこれを推そうと考えたのは、この作品が報告書や記録や日記や、そう云ったかたちのものではなく、小説の原型とも云うべき正しい形のものであることと、表現の一字一句がまさしく小説であって、それ以外のものではないということであった。(石川達三の『忍ぶ川』選評、「芥川賞全集第6巻」文藝春秋より) ◎寝るときはなにも着ないんだよ 東北出身の大学生「私」は、料亭「忍ぶ川」で働く「志乃」に出会います。志乃は深川で生まれ育ち、「私」にとっても深川は忘れがたい土地です。志乃はくるわの町・深川の射的屋の娘として生まれました。私には、兄との思い出が詰まった町が深川だったのです。 愛し合うようになった2人は、深川を訪れます。その場で志乃は、自らの出自について告白します。「私」も意を決して、自らの不幸な家庭状況を手紙で伝えます。志乃は母を亡くし、父は病床にあり、兄弟は栃木で貧しく暮らしていると告げました。「私」は4人の兄姉が次々に自殺や失踪したことを書き、自分には血の宿命があると告白しました。お互いにそれらを認め合いながら、次第に深く愛し合ってゆきます。 ある日、志乃の父親が危篤との知らせが入ります。2人は疎開先だった、栃木の志乃の家を訪れます。家は神社のお堂でした。父が死に、弟妹は離散し、志乃は「私」と暮らしはじめます。志乃の父の喪があけたころ、私は志乃をともなって、雪深い故郷へ帰ります。そこには年老いた父母と、目の不自由な姉が待っていました。 志乃と「私」は、身内だけのつつましい結婚式をあげます。その夜、2人は素っ裸で抱き合い、翌日新婚旅行へと出かけます。ものがたりは、ここで終わりとなります。新潮文庫『忍ぶ川』には、その続編ともいえる「初夜」「帰郷」が収載されています。 貧しい境遇に育った志乃。不幸な血を背負った「私」。2人の愛は、北国の雪のように清らかです。三浦哲郎は静謐な筆致で、暗い出自を真っ白な世界にすえてみせました。みごとな作品というしかありません。 まずは新婚初夜の場面から。 ――「雪国ではね、寝るとき、なんにも着ないんだよ。生まれたときのまんまで寝るんだ。その方が、寝巻きなんか着るよりずっとあたたかいんだよ」/さっさと着物と下着をぬぎすて、素裸になって蒲団へもぐった。志乃は、ながいことかかって、着物をたたんだ。それから、電燈をぱちんと消し、私のもとにしゃがんでおずおずといった。/「あたしも、寝巻きを着ちゃ、いけませんの?」「ああ、いけないさ。あんたも、もう雪国のひとなんだから」(本文P49より) 私も気に入った場面なのですが、林真理子はつぎのように書いています。 ――そしていよいよラストシーンの初夜となるのであるが、これほど綺麗でこれほどイヤらしい性描写もちょっとないかもしれない。今日びの小説と違って大胆なことはなにひとつ書かれていない。それなのにぞくぞくとくるのである。(林真理子『林真理子の名作読本』文春文庫P72より) 林真理子の文章をつづけます。 ――そして無事に初夜を終えた二人は、静かな雪国の夜に耳を澄ます。やがて馬橇の鈴の音が聞こえてくる。二人は、ひとつの丹前にくるまり、真っ白い雪の道を走る橇を見つめる。まるで北欧の神話のような一シーンだ。ここが『忍ぶ川』をして、永遠の名作にした箇所ではないかと思っている。(同P73より) 三浦哲郎は、私の文章修行の師でした。特に前記『おろおろ草子』(講談社文庫)は、三浦が人肉食いに迫った作品として、高く評価しています。同様のテーマを扱った、武田泰淳『ひかりごけ』(新潮文庫)や野上弥生子『海神丸』(岩波文庫)などと併読してもらいたいと思います。 三浦哲郎は、どうしても読んでもらいたい作家のひとりです。できれば、『忍ぶ川』と『おろおろ草紙』を読んでいただきたいものです。あなたの読書の幅を広げるためにも、三浦哲郎は欠かせない作家なのです。(山本藤光:2010.10.04初稿、2015.05.27改稿)
2015年05月28日
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高校一年の斉藤くんは、年上の主婦と週に何度かセックスしている。やがて、彼女への気持ちが性欲だけではなくなってきたことに気づくのだが――。姑に不妊治療をせまられる女性。ぼけた祖母と二人で暮らす高校生。助産院を営みながら、女手一つで息子を育てる母親。それぞれが抱える生きることの痛みと喜びを鮮やかに写し取った連作長編。R-18文学賞大賞、山本周五郎賞W受賞作。(内容紹介より)窪美澄『ふがいない僕は空を見た』(新潮文庫)◎3つの「せい」(生・性・青)のそろい踏み 初の短篇集『ふがいない僕は空を見た』(新潮文庫)が、順調なステップを踏んでいます。著者の窪(くぼ)美(み)澄(すみ)は1965年生まれの、新進気鋭の女性作家です。2009年「ミクマリ」で「R-18文学賞」大賞を受賞しています。2011年、受賞作を収録した『ふがいない僕は空を見た』(新潮社)で第24回山本周五郎賞受賞、第8回本屋大賞第2位。2012年10月に作品が文庫化され、もうすぐ映画も公開されます。『ふがいない僕は空を見た』には、5つの短篇が所収されています。連作小説集といえる内容で、主人公は高校1年生の斎藤卓巳くん。母子家庭で育ち、母親は助産院を経営しています。 私はこの作品を単行本で読み、文庫化されて再読しました。「山本藤光の文庫で読む500+α」で紹介することは、単行本を読んですぐに決めていました。当初は主人公の名前のように、巧みな作家が登場したなという印象でした。 文庫を読むにあたって、大好きな重松清の解説を先に読んでしまいました。掟破りかもしれませんが、単行本を読み終えている小説が文庫化されると、必ずそうしています。記憶を呼び戻すといえば格好がいいのですけれど、文庫本の愉しみはだれが「解説」を書いているのか、なにを書いているのかにあります。それゆえ「解説:重松清」をみたときに、思わず「やった」と叫んでしまったくらいです。『ふがいない僕は空を見た』は、重松清の世界に似ています。重松清の初期作品『ビフォア・ラン』(幻冬舎文庫)、『舞姫通信』(新潮文庫)などと重なってしまいます。「生」と「性」は小説の最大のテーマです。2人の共通点は主人公が落ちこぼれという点で、このあたりの設定が他の小説とは異なります。さらに2人の共通点は3つめの「青」(せい)をみごとに描く点にあります。どうしようもない若者にたいして、いつも「しっかりしろよ」といいたくなる作風なのです。 お断りしておきますが、未読の方は絶対に「解説」から読んではいけません。重松清の解説は、すばらしすぎるからです。◎重松清の文庫解説はあとから読むこと 収載作「ミクマリ」は「R-18文学賞」大賞を受賞しています。賞の名称を正確に書くなら、冠に「女性による女性のための」というリンカーンみたいな言葉が付記されています。 年上の主婦・あんずに求められてコスプレイセックスに興じる卓巳と、卓巳に思いを寄せる同級生・松永七菜のすれ違いに「しっかりしろよ」の叱咤がでてしまいました。 収載作「世界ヲ覆フ蜘蛛ノ糸」の主人公は、年上の主婦・あんずとなります。旦那は存在感のない人。私が若いころ経験したMR(医薬情報担当者)をしています。この人がなんともふがいない。ここでも読みながら、何度もツッコミを入れることになりました。作者の窪美澄さんに、いいたいことがあります。MRってあなたの描く姿と全然違っていますよ、と。――慶一郎(注:あんずの旦那)さんは製薬会社でMRと呼ばれる営業の仕事をしています。また、ドクターにいじめられたのかな。開業医の担当になってから、こんなに早く帰れることはめったにないのです。慶一郎さんの担当ドクターのなかにひどく難しい方がいるらしく、休日に早朝からゴルフにつきあわされたり、娘が行きたいというジャニーズのコンサートチケットを用意させられたり、苦手なカラオケで夜遅くまで接待させられたりと、大学病院を担当していたときとは違う慣れない営業が続いていたのです。(本文P46より) MRは接待禁止ですし、大学病院担当者が開業医担当になるのはきわめてマレな例です。「2035年のオーガズム」「セイタカアワダチソウの空」「花粉・受粉」になると、斎藤卓巳くんはわき役となります。性にあこがれる女子同級生、アブノーマルな性を嗜好するバイト先の男性先輩、生をつかさどる母親が主役にとってかわるのです。 5つの作品を解説の重松清は、とてもすてきなキーワードでつないでいます。さすがだなと感心しつつ、窪美澄の魅力を再発見させられました。いまは待望の第2作品『晴天の迷いクジラ』(新潮社)を開くのを楽しみにしているところです。 窪美澄のステップアップは、見えています。吉川英治文学新人賞か芥川賞。それまでにぜひ、産まれたてのほやほや『ふがいない僕は空を見た』をお読みいただきたいと思います。読み終わったら、あなたの読後感と重松清の解説を、照合してもらいたいものです。素晴らしい作品に乾杯。(山本藤光:2012.11.11初稿、2015.05.26改稿)
2015年05月27日
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アイディアが軽やかに離陸し、思考がのびのびと大空を駆けるには? 自らの体験に則し、独自の思考のエッセンスを明快に開陳する、恰好の入門書。内容(「BOOK」データベースより)外山滋比古『思考の整理学』(ちくま文庫)◎突然売れはじめた不思議 外山(とやま)滋比(しげひ)古(こ)『思考の整理学』(ちくま文庫)は、私の書棚で忘れ去られたまま眠っていました。「山本藤光の文庫で読む500+α」の「知・教養・古典ジャンル」にはノミネートしているものの、ずっと下の方に位置づけていました ところが、そうではすまされなくなりました。爆発的に売れはじめたからです。そのことを朝日新聞(2009年8月3日)では、教育面で大きくとりあげています。以下紹介させてもらいます。 朝日新聞は「東大・京大で昨年最も読まれた『思考の整理学』/外山さん『忘却こそ大切』」との2段見出しで、売れている秘密に迫っています。なぜ読者が生まれる以前に出版された本に、突然火がついたのか。そんな興味から、記事は書き起こされていました。なにしろ88万部も売れているのです。 記事によると2007年盛岡市の書店員が、「もっと若いときに読んでいれば……そう思わずにはいられませんでした」と手書きのコメントをつけて、販売したのがきっかけだったそうです。発売から21年かけて17万部というゆっくりとした売れ行きに、1枚のPOPが火をつけたのです。(ここまでは当時の私のメモより) 私は文庫本の初版(1986年)で、『思考の整理学』を読んでいました。当時の私はダボハゼのように、「思考」「整理」「知」などのキーワードに飛びついていました。ハウツー本だとばかり思っていたので、エッセイであることにがっかりした記憶があります。つまり読み流していたのです。 文庫のカバー表紙が大好きな安野光雅でしたので、本の記憶は鮮明に残っていました。本文は忘れていました。再読してみました。なるほど、売れるはずだと思いました。なによりも文章が平易です。思わず笑ってしまうエピソードが、ふんだんに盛り込まれていました。 ◎笑えるエピソードが満載 『思考の整理学』は、考えることの意義や楽しさを述べた本です。各章が短いので、すきま時間に読むことができます。「知恵」という章がありますが、「知恵」とはなにかということにはまったくふれていません。たくさんのエピソードが紹介されているだけです。情報をいくつかつなぎあわせると、立派な「知恵」になります。著者は遠まわしに、そう語っているだけです。 革の旅行かばんがくたびれてきました。周囲の人は、みっともないから買い換えろといいます。よごれ落としのクリーナーで磨いてみました。しゃんとなりました。考えてみれば、革靴はていねいに磨くのに、ほかの革製品を磨く習慣がありません。こんな「大発見」から、著者の思考はあっちへとびこっちへとびと膨らんでゆきます。 バナナの皮で磨くと、タンニンが含まれているのできれいになります。切れる包丁は錆びやすいので、使ったあと湯に浸しておいて、乾いた布で拭けばいい。こんな知恵をなぜ包丁屋は教えないのか。すぐに錆びたほうが、売上に貢献する。だから隠しているのだろう。 こんな感じで、著者は思考の広がりを語ります。きんぴらごぼうの話から、「戦争中に捕虜にゴボウを食わせた。雑草を食わせたのは、捕虜虐待であると、訴えられて、戦犯になった所長のあったことを思い出す」(本文より)と思考がジャンプします。 繊維質の野菜は老化防止につながる。こんな話が、きんぴらになり、捕虜収容所までとんでしまいます。外山滋比古は、驚くほどの引き出しをもっています。それゆえ、湯水のごとくエピソードがとびだすのでしょう。 ◎考えることと忘れること 朝日新聞の記事に戻ります。新聞では、東大駒場キャンパスでの講演内容をを紹介しています。――「人間は記憶と再生で、コンピューターにかなわない。私たちの記憶力は不完全で、絶えず忘れてしまう。でも、人間のように選択しながら忘れることがコンピューターにはできない」(新聞記事引用)――「忘れることを恐れないこと。おびただしい情報で頭がメタボになれば、考えることができなくなる」(新聞記事引用) 私は梅棹忠夫『知的生産の技術』(岩波新書)に、たくさんの知恵をもらいました。梅棹忠夫は1920年生まれで、外山滋比古よりも3歳年長です。2冊の本を重ね合わせると、薄っぺらな私の「知」はもっと膨らんだかもしれません。ハウツー本を活用するには、ベースとしての良質な「思考」が必要だったのです。 最近では、加藤秀俊(『隠居学』講談社文庫)や松浦弥太郎(『松浦弥太郎の仕事術』朝日文庫)などを好んで読んでいます。 外山滋比古『思考の整理学』により、「考えること」の大切さと「忘れること」の価値に気づかせてもらいました。情報を集め、ファイリングしているだけでは意味がありません。ときどき取り出し、考えてみる。何も浮かばなかったら、またファイルに戻せばいいだけなのです。それが「忘れる」ということなのでしょう。 エッセイのよいところは、小刻みに読むことができる点です。時間がないを口癖にしている人には、特におすすめのジャンルです。(山本藤光:2012.02.27初稿、2015.05.25改稿)
2015年05月26日
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『重力の虹』など、現代アメリカ文学史上に聳える3つの傑作長編を発表後、十余年の沈黙の後に、天才作家自身がまとめた初期短篇集。「謎の巨匠」と呼ばれてきたピンチョンが自らの作家生活を回顧する序文を付した話題作。ポップ・カルチャーと熱力学、情報理論とスパイ小説が交錯する、楽しく驚異にみちた世界。(内容案内より)トマス・ピンチョン『スロー・ラーナー』(ちくま文庫、志村正雄訳)◎ちょっと難解だけれどトマス・ピンチョンは、謎につつまれたアメリカの小説家です。1937年生まれですから、もうすぐ80歳になろうとしています。処女作「小雨(スモール・レイン)」を発表したのは大学生のときです。ピンチョンのくわしい経歴は不明です。写真も撮らせませんし、文学賞の授賞式にも姿を見せません。したがって半世紀以上も、正体不明のままなのです。彼の履歴でわかっていることは、コーネル大学物理学部に入学し、途中海軍に入り、ふたたび今度は英文学科に戻っていることくらいです。ピンチョンは世界中で非常に高い評価をうけ、日本にも根強いファンがいます。かくいう私も脳みそを撹拌されながら、好んでピンチョン作品を読んでいます。最近、新潮社から「トマス・ピンチョン全小説」という全集が刊行されました。 ピンチョンは、日本に何度かきているようです。来日するなり、山手線を5周したなどというエピソードが残されています(出典は忘れました)。ピンチョンを最初に読んだのは、『競売ナンバー49の叫び』(筑摩書房)でした。いまはちくま文庫になっていますが、当時はサンリオ文庫(絶版)しかなく、図書館で借りて読みました。『スロー・ラーナー』というタイトルは、「のろまな子」という意味です。ピンチョンは1962年(25歳)のときに、実質的な文壇デビューともいえる、『V』(全2巻、図書刊行会)を発表しています。『スロー・ラーナー』には『V』発表前後に書かれた、処女作「小雨」をふくめた5つの短編が収載されています。 『スロー・ラーナー』をはじめて読んだときは、とにかく難解で何度も立ち往生しました。ところが、ちくま文庫で読んだときは、すんなりと作品に入れました。訳者は志村正雄と同じなのですが、黄ばんだ本と新刊のちがいが影響しているのでしょうか。ピンチョンの作品は、さまざなま形容詞で評価されています。「破戒的」「不条理」「混沌」「野放図」「脱線」「博学」「繊細」「ユーモア」……。ピンチョンの作品には、骨格がありません。ピンチョンの気まぐれな運転につき合う、くらいの軽い気持ちでページをくくらなければなりません。ちくま文庫の再読で、やっとピンチョンのクセが飲みこめました。頑固で移り気な著者の運転に、慣れてきたのです。現在、昨日、15年前、現在、明日……。時空間を遊泳しながら、こんな作家は日本にいないよなと思いました。舞台もコロコロ変化します。考えごとをしながら活字を追っていると、いつの間にかとんでもない場所にいたりします。船酔いに似た感覚になります。◎『スロー・ラーナー』は初の短編集 『スロー・ラーナー』は有名な大作『重力の虹』(初出1973年、「トマス・ピンチョン全小説集」上下巻)が発表されてから、11年ぶりの新刊として話題になりました。ピンチョン作品には他の短編がないので、本書は格好のドアオープナーとなるでしょう。ただし本書もやや難解です。『スロー・ラーナー』の冒頭には、「スロー・ラーナー(のろまな子)序」が掲載されています。若いころの自作を自虐的に語る掌篇ですが、私は腹を抱えて笑いました。どんな作家も自分のデビュー作や初期作に遭遇すると、赤面するか目を背けてしまいます。ピンチョンは堂々と辛らつな口調で、ののしりつづけたのです。読者はまず「序」で驚かされます。こんなふうに書かれています。――以下の短篇を再読してのぼくの最初の反応はイヤコイツハ参ッタで、詳説すべからざる肉体的徴候がそれにともなった。考えなおして、何とか全面的に書きなおせないものかと思った。(中略)いまやぼくは、その当時のぼくであった青年作家に関して、ある次元の明晰さに到達したふりをしている。というのが、この男をぼくの人生から締め出してすましているわけにも行かないのだ。しかし何らかの、今のところは未開発の科学技術を通じて、彼に今日出会うとしたら、何と安らいだ気持で彼に金を貸してやったり、それどころではない、通りへ出て行ってビールを飲みながら昔の話をしたりもすることだろう。(「序」より)つづいて、こんな文章が展開されます。――どんなに思いやりの深い読者に対しても、以下の作品にはどこかにそうとう退屈な部分があり、少年っぽくもあり不良っぽくもあると警告しておのが公正というものだろう。同時に、ぼくの望むぎりぎりのところは、以下の作品がときどき、うねぼれの強い、間抜けな、思慮の足りないものになるにしても、そうした欠点をそのままにしておいてなお、駆け出しの小説が当然含んでいる諸問題の例として、また年少の作家にとって避けたほうがよい実際例への戒めとして、役には立つだろう。(「序」より)「序」の引用だけで、本稿は埋まってしまいました。すこしテンポをあげます。片岡義男が以前ブログに書いていました。彼はデビュー作のころの自分を、主題にして書いてみたかったとのことです。片岡義男は、大のピンチョン崇拝者です。ピンチョンに『神曲』(ダンテ作)を書かせてみたいと思うほどですから、ピンチョンにたいしては相当いれこんでいます。 収載作について、簡単に紹介しておきます。ストーリーをたどる意味はあまりないのですが、流れだけは示しておきたいと思います。 「小雨」ピンチョンの処女作。主人公・リヴィアンは陸軍の通信兵。大学を卒業し、みずから志願したのです。彼は気力というものが欠落している若者です。彼の唯一の楽しみは、休暇のことだけです。ある日彼は、ハリケーンに襲われた村へと、救助活動に出向かなければならなくなります。この作品には当初、「少量の雨」というタイトルがついていました。それを「小雨」と改めた経緯については、文庫の「訳者あとがき」に詳しく書かれています。 「低地」 主人公・デニスは、妻とともにロング・アイランドで暮らしています。ロング・アイランドは、ピンチョンが生まれ育ったところです。フィツジェラルド『グレート・ギャツビー』(新潮文庫)にもこの舞台は登場しています。 ゴミ屋とドロボウをしている友人が訪ねてきます。激昂した妻はデニスを追い出し、彼は友人とともにゴミ集積所で寝泊りをすることになります。寓話的なこの作品のキーワードは「ゴミ」「見捨てられた人間」など、いわゆる落ちこぼれです。いきなり六本木のライブハウスに、連れこまれたような混乱におちいりました。 「エントロピー」「広辞苑」の意味を転記しようと思いましたが、エントロピーは難しすぎます。またこの作品は「低地」よりもっと難しいものでした。文庫本「訳者のあとがき」を読んでも、頭のなかに点灯したハテナマークが消えません。紹介するのはパスさせてください。「秘密裡に」時代背景はよくわかりませんでした。でもこの作品は好きです。主人公・ポーペンタインは英国のスパイです。彼は友人のグッドフェロウといっしょに列車に乗りこみます。テロを防ぐためです。ドイツ側のスパイとくりひろげられる展開は、ピンチョンの長編作品と通じるところがあります。この作品はのちに、『V』の第3章に組み込まれることとなります。「秘密のインテグレーション」 この作品は、『V』上梓後に書かれています。だから厳密にいうと、初期作品にはなりません。私はピンチョン『スロー・ラーナー』を読むときは、最初にこの作品を選ぶべきだと思っています。もっともわかりやすい作品です。主人公は天才少年グローヴァ。自宅の地下で、不思議な実験をくりかえしています。はかの登場人物は4人のこども、1匹の犬、イボをもった隣りのこども、黒人、アルコール中毒だったこども……。彼らはとんでもない計画を進行中です。 『スロー・ラーナー』の「秘密のインテグレーション」のなか(P202)に、「ドラえもん」を連想させられる記述があります。主人公のグローヴァが、作品のなかで読んでいる本がそれです。――グローヴァは『トム・スウィフトと魔法のカメラ』を読んでいた。ヴィクター・アプルトンの書いたものだ。アプルトンが『トム・スウィフト』を書いたのは、1910年から1941年にかけて。シリーズ作品の主人公・トムは次々と社会のため、国のために発明品を生み出す。(本文と注釈の一部を引用)残念ながら、この作品は見当たりません。したがって断言はできませんが、「ドラえもん」の著者が、原文で読んでいた可能性は否定できません。◎『競売ナンバー49の叫び』も魅力的なのですが『競売ナンバー49の叫び』がちくま文庫になりましたので、こちらを紹介しようかなとも思いました。しかしピンチョンへの入口としては、短篇集の方がふさわしいと判断しました。応援演説を紹介させていただきます。――ピンチョンにも若くて生意気で、カッコつけたがる時期があって、憧れている作家がいて、そりゃあピンチョンだからまだ学部生の頃に書いた作品だって驚くくらい巧みなんだけど、でも、やっぱり背伸びしている姿は丸見えで、処女長篇『V』に圧倒され、『競売ナンバー49の叫び』はそれと比べれば愉しく読めたとはいうものの、自分には一生ピンチョンを十全に堪能することはできないのかもしれないと怯えていたわたしは、初期作品ばかり収めた『スロー・ラーナー』を読むことで、気を取り直すことができたのだ。(豊崎由美『ガタスタ屋の矜恃・場外乱闘篇』(本の雑誌社)『競売ナンバー49の叫び』には本文とは別に、約50ページの「競売ナンバー49の叫び・解注」がつけられています。本文にちりばめられた、天文学、歴史学、民俗学などたくさんの「○○学」の知識が、そこで解説されているわけです。ただし本文には「注釈あり」の記号がつけられておらず、「競売ナンバー49の叫び・解注」は独立した作品としても読まなければなりません。 青木淳悟のデビュー作『四十日と四十夜のメルヘン』(新潮文庫)は話題になりました。朝日新聞2012年5月16日の「顔」欄(実際には三島由紀夫賞を受賞した『私のいない高校』を伝える記事なのですが)に、こんな文章がありました。――「ピンチョンが現れた!」早大在学中の2003年、「四十日と四十夜のメルヘン」でデビューし、米国の作家になぞらえ高く評価された。あれから9年。気鋭の小説家に贈られる賞を射止めた。(新聞より)青木淳悟『私のいない高校』(講談社)は、文庫化されたら「標茶六三の文庫で読む400+α」で紹介させていただくつもりです。それにしても「ピンチョン現れた!」は、書き過ぎではないでしょうか。もっともピンチョンの初期短篇よりは、ずっとわかりやすいのですが。 (標茶六三:2010.03.11初稿、2015.05.24改稿)
2015年05月25日
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江戸文学のなごりから離れてようやく新文学創造の機運が高まりはじめた明治二十年に発表されたこの四迷の処女作は、新鮮な言文一致の文章によって当時の人々を驚嘆させた。秀才ではあるが世故にうとい青年官吏内海文三の内面の苦悩を精密に描写して、わが国の知識階級をはじめて人間として造形した『浮雲』は、当時の文壇をはるかに越え、日本近代小説の先駆とされる作品である。(文庫案内より)二葉亭四迷『浮雲』(新潮文庫)◎ロシア憎いから好きへ 二葉亭四迷は、小説を3編しか書いていません。しかも私のつたない調べでは、『浮雲』以外は文庫化されていません。もちろん、通(つう)のための個人全集は発行されています。出版社はその他の作品について、一般読者向けに文庫化するだけの価値を認めていないのでしょうか。つまり売れるとは思っていないのでしょう。 私も著者名と作品名くらいしか知りませんでした。「山本藤光の文庫で読む500+α」執筆にあたり、有名な作品は読んでおかなければなりません。そんな義務感で、二葉亭四迷『浮雲』(新潮文庫)を読みました。いいね、これは、と思いました。 『浮雲』は言文一致体の小説の先駆けとなった作品であり、二葉亭四迷の処女作でもあります。非常に読みやすいし、当時の社会や思想が手にとるように理解できました。二葉亭四迷の文学は、ロシアを抜きにしては語れません。 ロシア憎しの気持ちが、ロシア文学にふれるうちに大きな変化をみせます。二葉亭四迷は1864年に生まれ、1909年に死去しています。明治8年(1875年)千島樺太交換条約に刺激され、ロシアの侵攻を防ぐために軍人を目指しました。しかし陸軍士官学校を受験しましたが3度落ち、東京外語学校露語部に入学しています。大学では、ゴーゴリ(推薦作『外套』岩波文庫)、トゥルゲーネフ(推薦作『初恋』光文社古典新訳文庫)、トルストイ(推薦作『戦争と平和』全4巻、新潮文庫)などを学びながら、ドストエフスキーの『罪と罰』(上下巻、新潮文庫)に感動してしまいます。 ◎現代に通じるものがたり『浮雲』の主人公・内海文三は、叔父の家に身を寄せています。明治11年15歳のときのことです。そこには如才のない叔母と、文三よりも5つ年下のお勢が住んでいます。内海文三は、学業を終え某省の下級官員になっています。文三はいつか、やんちゃなお勢と結婚するものと思っていました。 ある日文三は、人員整理にあい仕事を失ってしまいます。文三はそのことをうちあけられないまま、時をすごします。そして偶然、お勢と2人きりになる機会を得ます。お勢は遠まわしに、親は文三と結婚したらいいといっているなどと話します。 文三の失職を知ったお勢は、急に冷たくなります。文三の同僚である本田昇が、お勢にとりいりはじめます。本田は出世欲が強く、順調に官員の仕事をこなしています。上司へのとりいり方も巧みで、世渡り上手でした。本田は自分の口利きで、復職は可能だと文三に伝えます。お勢もそれに賛成します。 出世してほしいと願う文三の実母。お勢と結婚したいと願う文三。出世のためなら、と課長の腰ぎんちゃくになって世渡りをしている本田。本田に心をゆるしつつあるお勢の本心。『浮雲』は複雑な人間模様を、明快なリズムで写しとっています。 ものがたりは、現代にも通じます。いちばんいやな男から、復職に手を貸してやろうかといわれる。これって、つらすぎます。 内海文三は学校教育で教わった条理にしたがって、「仕事」を考えるまじめなタイプでした。ところが某省では、お世辞、つけ届けが出世の道だと知ることになります。明治時代はしっかりと勉学に励めば、出世できるというのが常識でした。結婚も、親の意向抜きには考えられなかった時代です。 文三は出世競争をひた走る本田に、お勢を渡してはならないと焦っています。お勢のことを軽薄だと思います一方、このままでは幸せにならないと思ってもいます。条理だけでは通用しない世の中。理性や学問だけでは、ままならないお勢への恋情。お勢の心根がつかめぬまま、本田が楔(くさび)のように2人の間に分けいってきます。 学問ってなんなのだろう。もんもんとしながら、文三はお勢への恋情を捨てきれません。そのうちに、お勢と本田の間も疎遠になってゆきます。文三はお勢がぐっと近づいてきたことを意識します。今度こそ、自分の気持ちを打ち明けよう。もしダメだったら、この家を出るしかないと決心します。 ものがたりは、プツンと途切れてしまいます。二葉亭四迷がつぎに小説を書いたのは、そこから20年の後でした。『浮雲』は、3篇の構成で、19回雑誌連載されています。実は20回以降のストーリーもあったとされています。しかし二葉亭四迷は、公表しませんでした。20年間のブランクの意味は、20回目の連載を中止したことと通じています。そのあたりのことについて知りたい人は、小田切進『日本の名作』(中公新書)を立ち読みするか、買い求めてもらいたいと思います。 小谷野敦が『もてない男・浮雲新訳』(河出書房新社)を刊行しています。小谷野敦らしい切り口で、なかなかユニークな仕上がりになっています。参考まで。(山本藤光: 2009.09.07初稿、2015.05.23改稿)
2015年05月24日
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僕がマユに出会ったのは、代打で呼ばれた合コンの席。やがて僕らは恋に落ちて…。甘美で、ときにほろ苦い青春のひとときを瑞々しい筆致で描いた青春小説―と思いきや、最後から二行目(絶対に先に読まないで!)で、本書は全く違った物語に変貌する。「必ず二回読みたくなる」と絶賛された傑作ミステリー。(「BOOK」データベースより)乾くるみ『イニシエーション・ラブ』(文春文庫)◎「タロット・シリーズ」第2弾『イニシエーション・ラブ』の初出は、2004年原書房からです。文庫化されたのは、それから3年後。そして芸能人(しゃべくり有田)がテレビで火をつけました。2015年には映画化もきまって、ついに100万部突破とのことです。 本書は「タロット・シリーズ」の第2作にあたります。シリーズの第1作『塔の断章』(講談社文庫)は1999年に発表されました。タロット・カードの「16番・塔」をイメージにした作品です。――作家・辰巳まるみが書いた小説『機械の森』。そのゲーム化をはかるスタッフ8人が湖畔の別荘に集まった。その夜に悲劇が起こる。社長令嬢の香織が別荘の尖塔から墜落死したのだ。しかも彼女は妊娠していた。自殺なのか、それとも? 誰もが驚くジグソー・ミステリ、著者自身による解説を加えた「完全版」で登場!(文庫案内より) この作品はあまり評判にはなりませんでした。そして『イニシエーション・ラブ』(文春文庫)は、タロット・カードの「6番・恋人」がもちいられました。『イニシエーション・ラブ』初出(原書房)のカバーは、セピア色の写真になっています。テーブルの上には、ホットコーヒーとアイスコーヒとともに、タロットカード6番とカセットテープがのせられています。私はこのカバーが好きだったのですが、文庫になったのをみて驚きました。手を固く結びあっている、2人の写真になっていたのです。タロット・カードは小さく右下にそえられていました。 そして第3作『リピート』(文春文庫)には「10番・運命の輪」がつかわれています。そのあたりについて、乾くるみ自身はつぎのように語っています。――何かいいカードはないかとめくっていて、「運命の輪」のカードが使えるんじゃないかと。輪廻とか時の循環を連想させるでしょう。だからタイムトラベルを繰り返す話。タロット・カードには番号がついていて、「運命の輪」は10番なので、10人、10カ月……と連想してつくりました。(『文蔵』2014.7)より)『イニシエーション・ラブ』は、レコードのようにside-A、Bの表裏のような構成になっています。この方法は以前に本多孝好が『真夜中の五分前』(2分冊、新潮文庫、「山本藤光の文庫で読む500+α」推薦作)で試みており成功しています。『真夜中の五分前』は、驚愕のエンディング(side-B)で評判となりました。「かならず(side-A)からお読みください」と帯に警告がなされていたほどです。『イニシエーション・ラブ』もまったく同じ構造になっています。(side-A)は甘いラブソング、(side-B)には別れをにおわせる曲目を見出しにしています。乾くるみは、おそらく熱烈な本多孝好の読者だと思います。◎亀裂の間から、きなくさいにおいが 物語の舞台は、1980年代の静岡です。乾くるみは、1963年に静岡で生まれた男性作家です。黒々としたあごひげをはやし、縁なし眼鏡をかけています。大学も地元の静岡大学理学部数学科を卒業しています。 本書は恋愛小説というよりは、まぎれもなくミステリー作品のはんちゅうにおさまるべきです。ただしミステリー小説に変化するのは最後の2行からですが。それまではタイトルどおり、ごくごく普通(イニシエーション)の、少し退屈なラブ小説です。 主人公の鈴木夕樹(たっくん)は就活中の大学の4年生。人数あわせで誘われた合コンで、歯科衛生士の成岡繭子(マユ)と知り合います。2人は、恋におちいります。夏休みがすぎクリスマスを迎えて、2人のぎこちない恋はすこしずつ進展してゆきます。たっくんの就職がきまります。配属先は東京となりました。ここからが(side-B)となります。 静岡と東京。2人の遠距離恋愛がはじまります。たっくんは毎日電話をして、毎週末に静岡にもどろうと心にきめます。ところがいろいろな予定がはいって、それらの実行が難しくなっていきます。文面から亀裂がはいる音が聞こえてきます。たっくんは必死の努力をしてマユに会いにいきますが、マユは東京に出てこようとしません。亀裂の間から、きなくさいにおいが、たちのぼりはじめます。『イニシエーション・ラブ』は、書評家泣かせの作品なのです。ここまでに私は、乾くるみの仕掛けたいくつかの地雷(伏線)をふんでいるはずです。しかし古風な恋愛小説を読んでいる感覚から、脱しきれません。就活、合コン、遠距離恋愛など、ありきたりなお膳立てにへきえきしてくるような展開です。B面の収録曲が残り少なくなってきました。この先にはふれられません。 私は個人的に、存分に楽しませてもらいました。文句なしに日本の現代文学125+α入りの作品です。(山本藤光:2014.12.05初稿、2015.05.22改稿)
2015年05月23日
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陰翳礼讃/懶惰の説/恋愛及び色情/客ぎらい/旅のいろいろ/厠のいろいろ 人はあの冷たく滑かなものを口中にふくむ時、あたかも室内の暗黒が一箇の甘い塊になって舌の先で融けるのを感じ、ほんとうはそう旨くない羊羹でも、味に異様な深みが添わるように思う。(本文より) -西洋との本質的な相違に眼を配り、かげや隈の内に日本的な美の本質を見る。(「BOOK」データベースより)谷崎潤一郎『陰翳礼讃』(中公文庫)◎床の間を知らない生徒たち 日本の伝統美は陰翳のなかにある、と谷崎潤一郎はいいます。昔の家屋はいちようにほの暗かったし、街並みも薄明のなかにしずんでいました。縁側がベランダに、厠がトイレに、台所がキッチンに、障子がガラス戸なりました。欄間や床の間すら、ない家がめだちます。『陰翳礼讃』(中公文庫)は教生だった私が、中央大学附属高校で教えた作品です。それゆえ繰り返し読んでいますし、教則本も熟読しました。教科書に載っていたのは、「日本座敷」の章でした。私は「わらんじゃ」「吸い物椀」「昔の女」の章が好きだったので、いつも脱線してこれらの章を紹介したものです。 教壇に立った私は黒板にむかって、積み木のような単純な家と太陽の絵を描きます。長方形の上に大きな台形をかさねます。「これが昭和8年当時の、代表的な日本の家屋です」 いっせいに笑いがおきます。絵が稚拙すぎるようです。私はつづけます。「きみたちもノートに家と太陽の絵を描いて、影をつけなさい」 一瞬静寂がおとずれますが、お互いの絵を見せ合って、ふたたび笑いがおきます。「影を美しいと思いますか?」だれもうなずきません。つぎに「家に障子がある人?」と質問します。さらに「家に床の間のある人?」と質問します。どのクラスでも手をあげるのは数人ぐらいのものでした。障子はほとんどの生徒が知っていましたが、床の間のイメージができない生徒もけっこういます。これでは教科書の冒頭部分が理解されません。――もし日本座敷を一つの墨絵に喩えるなら、障子は墨色の最も淡い部分であり、床の間は最も濃い部分である。(「日本座敷」より) しかたがないので黒板に向かって、さらに「床の間」らしい絵を少しだけ立体的に描きます。――そこにはこれと云う特別なしつらえがあるのではない。要するにたゞ清楚な木材と清楚な壁とを以て一つの凹んだ空間を仕切り、そこへ引き入れられた光線が凹みの此処彼処へ朦朧(もうろう)たる隈(くま)を生むようにする。にも拘らず、われらは落懸(おとしがけ)のうしろや、花活の周囲や、違い棚の下などを填(う)めている闇を眺めて、それが何でもない蔭であることを知りながらも、そこの空気だけがシーンと沈み切っているような、永劫不変の閑寂がその暗がりを領しているような感銘を受ける。(本文P35より) 生徒が教科書を朗読します。朗読がすんだら「落掛」(おとしがけ)などの意味を「床の間の正面上部の下り小壁を受け止める横木のこと」ですなどと注釈します。これでは日本家屋の微妙な美しさを理解してもらえません。 そこで「舞妓さんって、顔から首筋まで真っ白に塗るけれど、なぜだか知っている人?」となげかけます。このあたりの展開は指導要領にはない、私のアドリブです。「吉行淳之介って、作家はしっているよね」と念押ししてから、私はつぎの文章を紹介することになります。――『陰翳礼讃』を途中まで読んだときに気がついた。芸者のあの化粧は、わが国の照明がまだ燭台とか行燈によっていて部屋が仄暗かったときのものにちがいない、ということだ。つまり仄暗さのなかで効果が出て、美しく見える化粧である。(吉行淳之介『自家謹製小説読本』集英社文庫P229より)「吉行淳之介は『陰翳礼讃』を読んでいて、自分は大発見をしたと早とちりしたのです。この文章の後段には、谷崎潤一郎はそのことにまで言及している、ときちんと書いているんです」◎暗さを尊ぶこと 高校生に『陰翳礼讃』の一部だけをきりとって、指導するのはたいへんなことでした。しかも蛍光灯の明かりのしたでの授業です。できれば教室のカーテンをしめて、燭台のもとで教科書を読ませたいと思いました。男子生徒ばかりでしたので私の脱線はエスカレートしてゆきました。 ――日本の厠は実に精神が安まるように出来ている。それらは必ず母屋(おもや)から離れて、青葉の匂や苔の匂のして来るような植え込みの蔭に設けてあり、廊下を伝わって行くのであるが、そのうすぐらい光線の中にうずくまって、ほんのり明るい障子の反射を受けながら瞑想に耽り、または窓外の庭のけしきを眺める気持は、何とも云えない。(「京都や奈良の寺院」P11より)――殊に関東の厠には、床に細長い掃き出し窓がついているので、軒端や木の葉からしたゝり落ちる点滴が、石燈籠の根を洗い飛び石の苔を湿おしつゝ土に沁み入るしめやかな音を、ひとしお身に近く聴くことが出来る。まことに厠は虫の音によく、鳥の声によく、月夜にもまたふさわしく、四季おりおりの物のあわれを味わうのに最も適した場所であって、恐らく古来の俳人は此処から無数の題材を得ているであろう。(「京都や奈良の寺院」P12より) 厠は田舎に実家がある生徒にはイメージできたようです。ドッポン式のトイレの臭気など、生徒たちも脱線をはじめます。脱線を沈めるために冗談で、「金隠しと金閣寺のちがいがわかるかい?」などと、笑わせてもいました。――日本の漆器の美しさは、そう云うぼんやりした薄明りの中に置いてこそ、始めてほんとうに発揮されると云うことであった。「わらんじや」の座敷と云うのは四畳半ぐらいの小じんまりした茶席であって、床柱や天井なども黒光りに光っているから、行燈式の電燈でも勿論暗い感じがする。が、それを一層暗い燭台に改めて、その穂のゆらゆらとまたゝく蔭にある膳や椀を視詰めていると、それらの塗り物の沼のような深さと厚みとを持ったつやが、全く今までとは違った魅力を帯び出して来るのを発見する。(「わらんじゃ」より) 鎌田浩毅が『座右の古典』(東洋経済)のなかで、つぎのように書いています。――陰翳礼讃とは暗さを尊ぶことである。明るい光の中ではわからない物の魅力が、陰の中に置くと格段に栄える場合があり、これこそ日本における美の神髄であると大作家、谷崎は主張する。英語で陶器をチャイナ、漆器をジャパンと言うが、まさに漆器の魅力は日本的な陰翳の内にこそ浮かび上がるのである。(鎌田浩毅『座右の古典』東洋経済P140より) 大きな脱線をしてから、教科書にもどります。「山本藤光の文庫で読む500+α」では、近代日本文学の代表作として『痴人の愛』(新潮文庫)を紹介させていただいています。批判的な書評を書いている人もいますが、私は「陰翳」を掘り下げた感性を高く評価しています。(山本藤光:2012.07.26初稿、2015.05.21改稿)
2015年05月22日
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ニューヨーク郊外の豪壮な邸宅で夜毎開かれる絢爛たるパーティ。シャンパンの泡がきらめき、楽団の演奏に合わせて、着飾った紳士淑女が歌い踊る。主催者のギャツビーは経歴も謎の大富豪で、その心底には失った恋人への焦がれるような思いがあった…。第一次大戦後の繁栄と喧騒の20年代を、時代の寵児として駆け抜けたフィッツジェラルドが、美しくも破滅的な青春を流麗な文体で描いた代表作。(「BOOK」データベースより)フィッツジェラルド『グレート・ギャツビー』(新潮文庫、野崎孝訳)◎アメリカンドリームを理解してから『グレート・ギャツビー』(新潮文庫、野崎孝訳)は、アメリカンドリーム成就と崩壊の物語です。それゆえ「アメリカンドリーム」なる時代背景を、理解しておかなければなりません。18世紀、ヨーロッパは王制や貴族制度に支配されていました。どんなに努力をしても、生まれながらの身分を越えられないのです。そんなとき新大陸アメリカでは、トーマス・ジェファーソンによって起草された「独立宣言書」(1776年)が発せられました。だれでも均等に、勤勉さと努力で成功を獲得することができるようになったのです。これが「独立宣言書」の趣旨です。 その後、第6代アメリカ大統領・ジョン・クィンシー・アダムスの「帝国の進路は西を目指してゆく」宣言により、一挙にアメリカンドリームが現実のものとなりました。いわゆる「西部開拓時代」の幕開けです。黄金郷や地下資源を求めて一攫千金を目指し、ヨーロッパからも次々に新大陸へと夢みる人群れが移動しました。 一方、西部開拓時代は先住民や黒人の人権を踏みにじる残酷な現実も露呈しました。こうしたアメリカンドリームの代表格としては、エイブラハム・リンカーンやジョン・ロックフェラーなどの名前があげられます。実はフィッツジェラルド自身が、アメリカンドリームの体現者でもあります。紹介させていただきます。 ――フィッツジェラルドは二十世紀前半のアメリカの浮沈を体現したような作家である。二十代のはじめに人気作家として注目をあび、時代の気分を代弁するような小説を書く一方で、パーティに明け暮れる浪費の日々を送るうちに、1929年の大恐慌とともに時代はかわり、たちまち人気はおとろえ、妻の発狂とみずからのアルコール中毒に苦しみながら、ハリウッドのシナリオライターにおちぶれて世を去った。(木原武一『要約世界文学全集(1)』新潮文庫より) 福沢諭吉が『学問のすすめ』を書いたのは、1871(明治4)年のことです。つまり「アメリカ独立宣言書」が公布されてから、約100年もあとだったのです。おそらく福沢諭吉は、アメリカンドリームのその後についても、見聞したことでしょう。前記の2人について、すこしだけ補足させていただきます。エイブラハム・リンカーンは、貧しい開拓民のこどもとして生まれ、独学で法律を学びました。大統領にまでのぼりつめ、奴隷解放、南北戦争による国家分裂を回避しました。ジョン・ロックフェラーは商家のこどもとして生まれました。油田に着目し、石油精製会社を創設しました。スタンダード・オイル社は、石油精製業の95%を独占するまでになりました。◎大邸宅と入り江の向こうの住まい『グレート・ギャツビー』の扉には、「ふたたびゼルダに」という献辞が載っています。ゼルダとは1919年に婚約しています。しかしフィッツジェラルドの生活が、不安定なために解消されました。1920年フィッツジェラルドは『楽園のこちら側』(邦訳見あたりません)を発表し、ベストセラーになりました。それを機会に、ゼルダとは再婚約しています。『グレート・ギャツビー』は、「ジャズエイジ」という時代を諷刺しています。「ジャズエイジ」という言葉は、1920年代のアメリカ文化・世相をいいあらわしたものです。フランスの「レ・ザネ・フォール」(狂乱の時代)と重ねられます。この言葉は、フィッツジェラルド『ジャズ・エイジの時代』(1922年)から命名されています。証券会社に勤めるニック・キャラウェイは、アメリカ中西部からニューヨーク郊外に家を借ります。ロングアイランドのウエスト・エッグというところです。入り江の向こう側には、イースト・エッグの灯りがまたたいています。ニックの家の隣には、豪邸がありました。そこの主がタイトル名にもなっている、ジェイ・ギャツビーです。 入り江の向こうには、ニックのまたいとこであるディズィと夫のトムが住んでいます。のちほど明らかになりますが、ギャツビーの昔の恋人がディズィだったのです。ギャツビーが兵役に出ている間に、ディズィは大金持ちのトムと結婚していました。 失意のギャツビーは、ディズィの住まいが望める場所に大邸宅を購入しました。ギャツビーは金の力で、ディズィの愛を取りもどせると信じていました。ありとあらゆることをして、大金を溜めこんだのです。 ギャツビーは、夜な夜なパーティを開きました。入り江の向こうに、華やかな灯りを誇示するためです。なんとしてでも、ディズィの関心を引きよせたい。それだけがギャツビーの願いでした。 一方ディズィの夫・トムには情婦がいました。そのことはディズィも知っています。やがてギャツビーとディズィは、パーティ会場で再会することになります。ギャツビーには、愛をとリもどしたように思えました。ところが……。――読み進めていくうちに、この話が悲劇で終わるだろうということがだんだんはっきりしてきます。どんなに美しい情景にも、ほとばしる情熱にも、崩壊の影が宿っています。ひたすら絶望という一点にのみ、物語は突き進んでゆきます。誰もギャツビーを止めることはできません。(小川洋子『心と響き合う読書案内』PHP新書より) 小川洋子の予言どおりに、物語はどんどん暗くなってゆきます。 ある日ギャツビーの車を、ディズィが運転してニューヨークに向かいます。車は飛びだしてきた、トムの情婦をはねてしまいます。トムは情婦の夫に、殺したのはギャツビーだとほのめかします。情婦の夫は、彼を射殺し自殺します。 ギャツビーの葬式に、ディズィは姿をみせません。夫のトムと旅行に出かけてしまったのです。弔問客のない淋しい葬式。やがてニックも、東部に嫌気をさして故郷である中西部へともどります。―― 一九二〇年代、あのタイタニック号遭難の少し後、世界が大恐慌に襲われる少し前、こんな華やかな時代があったのかと我々は驚く。日本の八〇年代のバブルは何も生み出さなかったが、アメリカはフィッツジェラルドを生んだ。男と女のおとぎ話を、現代の怜悧さで描くことが出来た作品である。(林真理子『名作読本』文春文庫より) 『グレート・ギャツビー』は中央公論新社から、「村上春樹翻訳ライブラリー」として刊行されています。私も新しい物語を読んでいるような、興奮をおぼえました。翻訳家の鴻巣友季子『本の寄り道』(河出書房新社)の応援メッセージを、紹介させていただきます。――村上春樹の『グレート・ギャツビー』の新訳にみなぎる頼もしさは、深い作品理解もさることながら、高い翻訳技術力に由来する。失った恋人を追い求める男と、一九二〇年代というはかない狂乱の時代、場面の展開が鮮明に感じられ、物語の輪郭と細部の美しさがきわだっている。「標茶六三の文庫で読む400+α」は、文庫中心のブックナビです。村上春樹訳ファンの方には申し訳なく思います。私も村上春樹の名訳に、酔いしれたひとりです。(標茶六三:2009.12.09初稿、2015.05.21改稿)
2015年05月21日
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自分の人生と<処女>の扱いに戸惑う22歳の杉子に対して、中年男の佐々の怖れと好奇心が揺れる。二人の奇妙な肉体関係を描き出す。(文庫紹介より)吉行淳之介『夕暮まで』(新潮文庫) 「わいせつ、もしくは公序良俗に反すると判断された表現がふくまれています」と出るため送信できません。まったくどこが該当するのかわかりませんので、伏字を多用することにしました・◎川端康成『雪国』のような書き出し 書き出しが有名な代表作として、川端康成の『雪国』(新潮文庫)は不動の地位を占めています。私は吉行淳之介『夕暮まで』(新潮文庫)の書き出しに、同様の評価をしています。少し引用が長くなりますが、じっくりと読んでみてください。(引用はじめ) 大型バスが走っている。舗装された道が一本,真直ぐにつづいていて、その左右はひろびろとした野原である。ところどころに、人家がみえる。やがて、海が見えた。その海はしだいに迫ってきた、道のすぐ下が波打際になった。波が砕けて、白く飛び散る。人家の密集地があらわれてきて、道はその中を貫いている。家々の陰に、海が隠れた。魚のにおいが、車内に漂った。停留所に二ヶ所停まり、バスはふたたび海のみえる道に出て、大きく左へ曲り、しだいに海から遠ざかった。(引用おわり) 短いフレーズでたたみかける、見事な描写です。聴覚に訴える描写がありませんが、海鳴りの音が聞こえるような気がします。吉行淳之介の作品は、よく難解だといわれます。それは現実と夢の世界がごっちゃになって書かれたり、物語がいくつもの筋にわかれたりする手法に起因しています。風景描写は前に引用したとおり、実にわかりやすく安定しています。 大隈秀夫に『名文はだれでも書ける・作家五十人の「書き出し」と「結び」の技術』(番町書房)という著作があります。吉行淳之介『夕暮まで』は、もちろんとりあげられています。大隈秀夫は「吉行は作品の冒頭にしばしば物語の舞台をもってくる」と書いたあとに『夕暮まで』について、つぎのようにつづけます。――『夕暮まで』にも同じ手法を用いている。芝居の幕が開いて一つの情景が現れる。主役をつとめる男女が両わきから姿を見せる。ドラマが始まる。吉行の作品はきちんとしているので、わかりやすい。読みやすさというか、ついつり込まれていく秘密はこの辺りに潜んでいる。(大隈秀夫に『名文はだれでも書ける』番町書房P72より) 筒井康隆は著作のなかで、『夕暮まで』の文章を引用して、つぎのように書いています。――吉行さんの小説を読んでいつもとてもかなわないなと思うのはその感覚的な文章で、きらめくように各所に散在していて時おりどぎまぎさせられる。「崖の上の地面をおおう薄紫色の空気の層は、まるで電気を帯びているように皮膚の上にかすかに放電してくる……」(中略)「薄黒い膜のようなものが、杉子を取り囲んでいる。その全身の輪郭に沿って厚さ十ミリほどに粘りついている汚れた灰色の空気の層に、見知らぬ若い男と佐々自身がいた」 こういう表現はやはり散在しているからいいのであって、へたにやると満艦飾となり、最近賞をとったあれそれ誰これの文章のようになる。小説は飾りものではいないのだ。(筒井康隆『みだれ撃ち瀆書ノート』集英社文庫より) 吉行文学の原点は、萩原朔太郎の詩にあります。吉行が好んだ『青猫』の影響が、作品のなかに見受けられます。そのなかの「閑雅な食慾」という章を引用してみます。私も大好きな詩です。(引用はじめ)松林の中を歩いてあかるい気分の珈琲店(かふぇ)をみた。遠く市街を離れたところでだれも訪づれてくるひとさへなく林間の かくされた 追憶の夢の中の珈琲店である。をとめは恋恋(れんれん)の羞(はぢらい)をふくんであけぼののやうに爽快な 別製の皿を運んでくる仕組私はゆつたりとふ(フ)ほふく(オーク)を取つておむれつ ふらいの類を喰べた。空には白い雲が浮んでたいそう閑雅な食慾である。(引用おわり) 吉行淳之介は現実と夢を、微妙に織りなす名人です。それは萩原朔太郎のこの一篇からはじまりました。◎吉行淳之介のこと 吉行淳之介は1924(大正3)年に、吉行エイスケと吉行あぐりとのあいだに生れています。妹には吉行和子と吉行理恵がいます。 1944(昭和19)年、東大文学部英文科へ入学するとともに。吉行は軍隊に召集されます。しかし持病の気管支ぜんそくのために、4日間で戻されます。その後、父・エイスケの他界で東大を中退し、娯楽雑誌の記者となります。 デビュー作「薔薇販売人」(『原色の街/驟雨』新潮文庫所収)を書いたのは1948年(24歳)のときです。つづいて発表した『原色の街』(新潮文庫)は、1951年芥川賞候補作となります。1953年肺結核のために、療養所生活をおくります。そして翌年、30歳のときに発表した『驟雨』(新潮文庫)で芥川賞を受賞します。 それ以降、1961年『闇の中の祝祭』(角川文庫絶版)、1964年『砂の上の植物群』(新潮文庫)、1967年『月と星と天の穴』(講談社文芸文庫)、1970年『暗室』(講談社文芸文庫)、1974年『鞄の中身』(講談社文芸文庫)と書きつなぎます。 そして1978年『夕暮まで』(野間文芸賞、新潮文庫)の発表にいたるわけです。吉行淳之介は、エロ作家とか永井荷風2世だといわれます。「狐」(山村修)が著作のなかで、「下品である」と切り捨てた鼎談があります。それが掲載されている、上野千鶴子・小倉千加子・富岡多恵子『男流文学論』(ちくま文庫)から引用します。(引用はじめ)上野:吉行と比べると、荷風のほうがはるかに粋人ですよ。富岡:それはそうなんですけど、私は荷風もやっぱりひっかかるな。(中略)小倉: これを読むと、この人、性的にも、テクニック的にも、すごく下手そうでしょう(笑)富岡:これは傷つくぞ(笑)小倉:荷風のほうが上手そう。上野:ぜったいそうね。富岡:すごいなあ、これは、文学批評を越えてテク批評(笑)(引用おわり)「狐」は『狐の読書快然』(洋泉社)のなかで、前記鼎談を「じつに読むにたえぬ下品さである」としたうえで、つぎのように結んでいます。――とりわけ『驟雨』など、五十年代に書かれたあらゆる日本語の散文作品の中でも、おそらく最高度の質をもつ一つである。 私も吉行作品を、3人のおばさんたちのような読み方しかできない読者を悲しく思います。吉行淳之介は性を書いているのではありません。性を通じて、女性の内面に迫っているのです。しかも、とぎすまされた、削りに削ったみごとな文章で。 松浦理英子『親指Pの修業時代』(上下巻、河出文庫)で、私は小倉千加子の無知ぶりを紹介しています。なにしろ松浦理英子に「殺してやる」といわせたほどの、トンチンカンな書評をしているのです。(「山本藤光標茶六三の文庫で読む500+α」参照してください)◎性を素材にしたしかけ『夕暮れまで』は、中年男と若い女の奇妙な関係を描いた作品です。かたくなに処女性を守りたい22歳の杉子は、佐々との交わりを拒否しつづけます。ただし交わり以外はなんでも許します。吉行淳之介は男女の性を好んで描きますが、この作品は古い表現を使えば、素*を材料にしています。(*股) 性交に代わる疑似セッ**。杉子はその形式に最低限の自己主張をたくします。それをこえてしまったら、単なる不倫となってしまうからです。プラトニックなつき合いと疑似セッ**。この作品は杉子のそうした意地を描いていると読むと、新しいタイプの性愛物語とはなりません。吉行淳之介が描きたかったのは、グロテスクな性描写の多い小説に対するアンチテーゼです。またそれを迎合する読者への警鐘です。(**クス) 吉行淳之介の代表作といえば、『原色の街』(新潮文庫)や『砂の上の植物群』(新潮文庫)、そして芥川賞を受けた『驟雨』(新潮文庫)があげられます。いずれも性を素材にした作品です。吉行がなぜ、性にこだわるのか。本人はそのことについて、こう語っています。――私の性描写は植物の茎の切り口から出る液のような透明さをもっている筈である。透明なのは、ロマンチシズムの霧をとおして性を眺めようとせず、細胞に即して描いているためである。(「われらの文学14巻・吉行淳之介」講談社より)『原色の町』は、吉行25歳のときの作品です。著者自身が「世の中の性というものについての受け取り方にたいしての憤り」が書かせた作品と述べています。(「われらの文学」を参考にしました) 吉行淳之介は「第3の新人」と呼ばれています。鮎川信夫・吉本隆明『対談・文学の戦後』(講談社文芸文庫)のなかで、第3の新人と吉行淳之介にふれている箇所があります。紹介します。 (引用はじめ)鮎川;吉行なんか書いているのを見てみると、いわゆる第三の新人はあっちからもこっちからもつつかれどうしで非常にコンプレックスを抱いて苦労したように書いているね。上には第一次戦後派ががんばっているし、偉い苦労をした。彼らの実感からいつとそうなんだろうね。吉本:そうなんでしょうね。鮎川:吉行の場合は、*ロ文学とかいう非難もかなり受けていたでしょう。もともと彼なんか、自分の文学が重厚だとは思っていない。軽薄派だと思っているし、戯作派だと思っているからね。けれども、その後はどういうわけか、す-と上昇していっちゃったというのはおもしろいですね。確かに、吉行という人には、ほかの人にないスマートさがあるんです。あれはホントやっぱり都会人なんじゃないかと思うね。(引用おわり)(*エ) 私も吉行淳之介作品を、性的描写力でくくるような、ばかげた読み方はしません。柴門ふみが指摘するポイントは、前記のおばさんたちとはちがいます。――『夕暮まで』という作品のキーポイントは、「まっ白なウェディングドレスを着るために処女だけは守り通す若い女」にある。(柴門ふみ『恋する文豪』角川文庫)『夕暮まで』には、2人の細かな性格などは描かれていません。杉子は*ロ写真のコレクションをし、ひたすら純潔のまま結婚したいと願っています。いっぽう中年の佐々は、セッ**することだけを考えています。柴門ふみも引用した著書に書いていますが、吉行淳之介は読者の感情移入をきらったのです。(*エ、**クス) こうした設定について、浅野洋はつぎのように解説しています。引用させてもらいます。――処女のまま貪欲に性*に耽る若い女と中年男の倒錯した**は、実は読者の淫靡(いんび)な(小説を読む)期待を裏切るための巧緻な<陥穽(かんせい)>でもある。肝心の処***の場面の素っ気なさは、<性>も<物語=筋>もその中心が大きな<空洞>であることを暗示する。(浅野洋の解説。小田切進・尾崎秀樹『日本名作事典』平凡社より)(*戯、**性、***女喪失)『夕暮まで』は、吉行淳之介が意図したとおり、完成度の高い作品です。吉行の意図について、書かれている文章があります。――吉行淳之介の作品が表面の戯れに、眼の遊戯に固執するのは、画家が二次元に固執するのに等しい。いうまでもなく、そこにこそ人間の秘密が潜んでいるのだ。表面の戯れ、眼の遊戯が浮かびあがらせる世界はつねに幻想に近接しているが、人間の現実とはもともとそういうものなのだ。(三浦雅士『メランコリーの水脈』福武文庫P149より) 吉行淳之介の作品を読む場合は、できれば執筆年次の順番をたどってもらいたいと思います。作家の成長過程がよくみえます。そしてなによりも、吉行淳之介のしかけの進化が発見できると思います。(山本藤光:2012.10.29初校、2015.05.19改稿)
2015年05月20日
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深夜のファミリーレストランで突如、男の身体が炎上した!遺体には獣の咬傷が残されており、警視庁機動捜査隊の音道貴子は相棒の中年デカ・滝沢と捜査にあたる。やがて、同じ獣による咬殺事件が続発。この異常な事件を引き起こしている怨念は何なのか?野獣との対決の時が次第に近づいていた―。女性刑事の孤独な闘いが読者の圧倒的共感を集めた直木賞受賞の超ベストセラー。(「BOOK」データベースより)乃南アサ『凍える牙』(新潮文庫)◎女刑事・音道貴子の登場 乃南アサは『凍える牙』(新潮文庫)で、1996年に直木賞を受賞しました。私はデビュー作『幸福な朝食』(新潮文庫)で、日本推理サスペンス大賞優秀賞(1988年)を受賞して以来のファンです。 乃南アサ作品の特徴は、とことんまで人間を描きあげることにあります。最初のころは、狭い日常のはんちゅうにとどまる作品が目立ちました。しかし『凍える牙』で、乃南アサはとても魅力的な女刑事を登場させました。それからは作品が一変しました。小さな世界では犯罪が起きにくく、必然新たな世界を構築することになったのです。 音道貴子31歳。離婚したばかりの、警視庁機動捜査隊員です。相棒である昔気質の中年刑事・滝沢とコンビを組み、犯罪を追いかけます。滝沢は女性刑事と組むことを迷惑に思う、典型的な男性至上主義者です。まず2人の微妙な確執が作品の1本目の基軸となっています。滝沢刑事について、著者自身がつぎのようにコメントしています。――何よりも女性刑事に対して「こっちから見ればお荷物なんだよ」と思っていることを口にするおじさんは、作品にとって必要だと思った……。(「波」1996年9月号より) 2本目の基軸は、ウルフドックの存在です。犬と狼の混血であるウルフドックは、孤独で聡明です。これは主人公の貴子と酷似しています。 ストーリーは、ショッキングな冒頭場面からはじまります。深夜のファミリーレストランで、男がいきなり燃えあがります。焼死体には野獣のような噛み跡がついていました。つづいておこる殺人事件でも、同様の傷跡が発見されます。 事件を追う貴子と滝沢の、微妙な距離は縮まりません。貴子は女を認めようとしない滝沢にいらつき、ますます孤独感を深めます。2人は一定の距離をおいたまま、コンビとして正体不明の野獣に迫ります。この小説の3本目の基軸は2人の関係にあります。滝沢から見た貴子像の変遷を、彼の台詞から拾ってみます。 ――「(貴子の背丈)でかいな」/「飾りもんじゃ、ねえんだ。少しは、役にたってもらわなきゃあ」/「さすがに、繊細なお嬢さんにゃあ、ちょいとキツいヤマになってきたからな」/「あんた、口が軽くないから、いいよな」/「何せ、(貴子が)頭がいいんだもんな。下手すりゃあ、俺よりも利口かも知れねえ」(本文より) 3本目の基軸は、多少距離を縮めるものの、ありきたりな恋の予感はどこにもありません。冷めた2人の関係は、作品に緊張感をあたえて効果的です。 乃南アサの魅力は、女性の細かい心理描写にあると書きました。直木賞を受賞してからは、多くの作品が文庫化されています。なかでも冒頭にあげたデビュー作『幸福な朝食』と、第2作品『6月19日の花嫁』(ともに新潮文庫)はお薦めです。 また聴覚障害を抱える女子高生を主人公とした『鍵』と続編の『窓』(ともに講談社文庫)もお薦めです。この作品について、著者自身が語っています。乃南アサの感性の原点として、つぎの一文を紹介させていただきます。 ――最近の女子高生の成長ぶりには、目をみはるものがある。だが、外見の成熟度とは反対に、その考えの稚拙さ、短絡的なこと、感性の鈍さには、頭を抱えたくなる。(「本」1997年1月号より) 乃南アサは文芸評論家のあいだで、極端に評価が分かれる作家です。のちの馳星周は「本の雑誌」のライター時代(筆名:坂東齢人)に、『凍える牙』についてつぎのような評価をしています。 ――乃南アサ『凍える牙』を読んで、今年のベスト1に決めてしまった。だって、泣けるんだもの。心が躍るんだもの。ヒロインの貴子と、貴子に対峙する滝沢の描き方も好感が持てる。(坂東齢人『バンドーに訊け』本の雑誌社より) 一方、福田和也は『作家の値うち』(飛鳥新社)のなかで、つぎのような評価をしています。福田和也は乃南アサを、「予想の範囲を一歩も出ない作家」とこき下ろしている評論家です。――いかにもという、ホラーであるし、ネタを割られると脱力してしまうが、一応結末まで読ませる力を持っている。(福田和也『作家の値うち』飛鳥新社より引用) なんと福田和也は、『凍える牙』を56点としています。彼は「人前で読むと恥ずかしい作品。もし読んでいたら秘密にした方がいい作品」としたのです。 私は馳星周(坂東齢人)の評価が、まともだと思います。福田和也の書評は、独善的で好き嫌いが極端すぎます。乃南アサは堅実で、地味なミステリー作家なのです。◎『ボクの町』でおまわりさん高木聖大登場 乃南アサは『ボクの町』(新潮文庫)で、とんでもないキャラクターをこしらえました。主人公の高木聖大は、警察官のタマゴ。大学を出て就職活動に出遅れ、おまけに彼女にふられた腹いせに警察官を選択しました。 耳にはピアスの穴がありますし、短気でおっちょこちょいなうえ、態度は大きく言葉遣いも荒っぽい若者です。まったく警察官のイメージからかけ離れた、極端な男なのです。 私は作品を読みながら、少年ジャンプの『こちら亀有駅前派出所』(タイトルは違うかもしれません)の眉毛のおまわりさんを連想してしまいました。 ――聖大は、自転車をこぐ足に力を加えて、班長と並んだ。/「常識で考えろよ。普通、プリクラなんか、貼るか? 警察手帳に」/班長は、いかにも愉快そうに笑って、「そんな阿呆、見たこともねえや」と続けた。(本文より) 聖大は交番勤務実習の初日から、叱られています。警察手帳に、昔の彼女とのプリクラシールを貼っていました。引用部分はそのときを回想する、聖大の指導担当・宮永巡査長の話です。 主人公のキャラクターはもちろん、この作品は脇役の存在が活きています。宮永巡査長しかり、同期の三浦しかりです。三浦の方は、聖大とは正反対の性格をしています。なにしろ勤務初日に自殺未遂者の血を見て、貧血をおこしてしまうタイプなのです。しかし失敗ばかりしている聖大をしり目に、同輩の三浦は着実に成果をあげてゆきます。 ――本当のことを言うと、聖大の心の中には、たかが初検挙ではないかという思いがあった。どんな仕事であれ、大真面目にやるなんて馬鹿馬鹿しい。適当に、あまり疲れない程度にこなして、余暇に備えるのが人間らしい暮らしを維持するポイントだと信じてきた。それが、同期生がその手で犯罪者を捕まえたと知った途端に、こんなにも動揺している。(本文より) 乃南アサ「女刑事・音道貴子シリーズ」は、順調に数をのばしています。『ボクの町』の続編も出ました。『駆け込み交番』(新潮文庫)も笑ってしまう作品でした。一方は、敏腕美貌の女刑事。もう一方は駆け出し中のドジで短気なおまわりさん。二人は何かの事件で出会うのでしょうか。そう考えるだけで楽しくなります。『ボクの町』には大きな事件はありません。職務質問や火事現場の交通整理、110番マニアとのやりとり、などが克明に描かれているだけです。主人公や脇役の個性がなければ、つまらない読物になっていたことと思います。――交番には、実に色々な人がやってくる。それらの人々は、大きく分けると地理案内や落とし物など、交番に用がある場合と、逆に不審者などのように、警察側が、その人を呼び寄せる場合との、二つになる。どちらの場合にも共通するのは、簡単な地理案内でもない限りは、それなりの手続きが必要だということだった。(本文より) おまえは疫病神だといわれながらも、聖大はそれらの一つひとつを学ばなければなりません。乃南アサは、登場人物のキャラクターを描く能力に秀でています。上司にどやしつけられながら、高木聖大は今日も、立番をしているような気がします。さわやかな読後感の作品です。(山本藤光:2010.03.07初稿、2015.05.18改稿)
2015年05月19日
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日本人が忘れてしまった「日本」をその著作に刻みつづけた民俗学者、宮本常一。戦前から戦中、高度経済成長期からバブル前夜まで日本の津々浦々を歩き、人々の生活を記録、「旅する巨人」と呼ばれた宮本の足跡を求め、日本各地を取材。そのまなざしの行方と思想、行動の全容を綴った。宮本が作りあげ、そして失われた「精神の日本地図」をたどる異色ノンフィクション。(「BOOK」データベースより)佐野眞一『宮本常一が見た日本』(ちくま文庫)◎芋と海人に 日本のノンフィクション作家の代表格といえば、佐野眞一というのが定番でした。ところが週刊朝日の橋下徹特集記事問題でミソをつけてしまいました。いつも楽しみに読んでいた「テレビ幻魔館」(「ちくま」2013年3月号)の連載55回には、「しばしのお休みを」とのタイトルがありました。そして次のように書かれていました。――今回で休載としたのは、昨年秋の「週刊朝日」連載中止問題などのけじめをつけ、少しゆっくり考える時間を持ちたいと思ったからである。/返す返すも残念だが、開けない夜はない。それまでしばらくの休載をお許し願いたい。(本文より) 休載は仕方がないとしても、それまでの業績をないがしろにするわけにはいきません。佐野眞一の著作の代表を、紹介させていただきます。 宮本常一の代表作『忘れられた日本人』(岩波文庫)は、「山本藤光の文庫で読む500+α」で、別途紹介しています。佐野眞一は以前、『旅する巨人・宮本常一と渋沢敬三』(文春文庫)を上梓しています。今回紹介させていただく『宮本常一が見た日本』(ちくま文庫)は、そのなかから宮本常一の部分だけを抜き出し、大幅に筆を加えた著作です。――宮本は七十三年の生涯に合計十六万キロ、地球をちょうど四周する気の遠くなるような行程を、ほとんど自分の足だけで歩きつづけた。(本文P11より)――宮本は民俗学に軸足を置きつつも、「学問」の世界だけで自足できる男ではなかった。宮本はあるときは卓越した農業技術指導者であり、あるときは離島振興に情熱を傾ける傑出したオルガナイザーだった。(本文P11より) このように冒頭から、宮本常一像をくっきりと浮かびあがらせてくれます。佐野眞一の筆は熱い。『旅する巨人・宮本常一と渋沢敬三』を読んだときに、抑制をきかせた文章だと思いました。ところが本書には、ほとばしる情熱を感じました。宮本常一ブームが、ひそかにおきています。佐野は十分にそれを意識し、自らの足でさらなる宮本像に迫りました。 「ブリタニカ国際大百科事典」では、宮本常一と柳田國男についてこう書かれています。 ――日本各地を広く調査してまわりおもに離島や山林に暮らす人々、定住しない人々など、表だって語られることのなかった庶民の生き方を対象に研究して、柳田の水田農作民中心の視点と対比された。(「ブリタニカ国際大百科事典」より) この点に関して、佐野眞一は次のように書いています。 ――稲作と山人にこだわった柳田國男に対し、宮本は芋と海人に自分の学問的基礎を置いた。(本文P98より) 実に簡単な記述ですが、この言葉のなかに本書のコンセプトが凝縮されています。宮本常一は、民俗学の先達である柳田國男(推薦作『口語訳・遠野物語』河出文庫、佐藤誠輔訳)とは、まったく異なるフィールドにせまります。宮本常一は自らの足で、新たな世界を構築してみせたのです。そのあたりについて、佐野眞一はさらに言葉を重ねます。 ――柳田國男の民俗学は、個別の伝承者に頼りながら、「治者」のまなざしからくるヒエラルキーの序列によって結果的に個を消去し、具体的な土地にすがりつつ、それを日本一般に昇華し普遍化するのに急なあまり、個別の地域性をネグレクトする結果に終わった。これに対し、宮本民俗学は地域の生活と個のライフヒストリーを最重視した。(本文P302より) この文章は、宮本常一のすべてを物語っています。佐野眞一のノンフィクション著作は、旺盛なフィールドワークによってまとめあげられています。佐野が尊敬してやまない宮本常一の世界を、彼は具現化しているのです。 ◎宮本常一ブームがおきている 確かにいま、密かな宮本常一ブームがおきています。あの司馬遼太郎も、宮本常一を尊敬していた一人です。――宮本を敬愛してやまなかった作家の司馬遼太郎は、宮本を称して次のように述べている、〈宮本さんは、地面を空気のように動きながら、歩いて、歩きさりました。日本の人と山河をこの人ほどたしかな目で見た人はすくないと思います〉(本文P12より) 私の手元にある切り抜き「佐野眞一が柴田秀利を語る」のなかに、宮本常一についてふれている箇所があります。宮本常一と佐野眞一との出会いとして、きわめて重要な文章です。ただしこの切抜きには、日付が記されていません。――私は13の時に宮本常一の『忘れられた日本人』を読んで感動したという話を何回もしたことがあります。私が13の時というと安保闘争、昭和35年、1960年でした。世の中物情騒然としている、政治の季節。それからもう一方では、同時に高度経済成長の時代が始まっている、家電製品がどんどん入ってくる、テレビがはいってくる、電気冷蔵庫、洗濯機が入ってくる、つまり政治と経済が一緒にやってきた季節だったわけです。世の中泡立つような時代だった。 そうした時代に背を向けて四国の山奥でたった一人で盲目の博労の話を聞き取っているオヤジがいる。あるいは対馬の海っぺりにいて、開拓漁民といいますが、一つの漁村を開いたじいさんの話に耳を傾けているオヤジがいる……この姿に私は感動しました。非常に孤独な背中、その姿に感動したんだとおもいます。(東京国際ブックフェアでの講演採録より) 佐野眞一の丹念な取材力には、いつも驚かされます。私は『旅する巨人・宮本常一と渋沢敬三』(大宅壮一ノンフィクション賞、文春文庫)を、「山本藤光の文庫で読む500+α」に選んで準備をしていました。しかし『宮本常一が見た日本』が待望の文庫化されましたので、迷うことなくこちらを推薦本とした次第です。 まずは本書にふれ、未読の方はぜひ宮本常一『忘れられた日本人』(岩波文庫)を手にしてもらいたいと思います。きっとあなたのなかで、なにかが動きだすはずです。(山本藤光:2010.07.15初稿、2015.05.18改稿)
2015年05月18日
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ハーヴァード大の図像学者ラングドンはスイスの科学研究所長から電話を受け、ある紋章についての説明を求められる。それは十七世紀にガリレオが創設した科学者たちの秘密結社<イルミナティ>の伝説の紋章だった。紋章は男の死体の胸に焼印として押されていたのだという。殺された男は、最近極秘のうちに大量反物質の生成に成功した科学者だった。反物質はすでに殺人者に盗まれ、密かにヴァチカンに持込まれていた―。(「BOOK」データベースより)ダン・ブラウン『天使と悪魔』(上中下巻、角川文庫、越前敏弥訳)◎ラングドン・シリーズの第1弾 ダン・ブラウン『ダ・ヴィンチ・コード』(全3巻、角川文庫)は、世界で大ベストセラーになりました。もちろん私もたいへん楽しく読みました。しかしこの作品は、「ラングドン・シリーズ」の第2作にあたるものです。やはり順序よくシリーズの第1作から紹介すべきと思います。ラングドン初登場の場面を、的確に紹介してくれている本があります。引用させていただきます。――午前五時、宗教象徴学の専門家ロバート・ラングドンは電話で叩き起こされる。続いてファクシミリで送られてきた写真を見て、彼は一も二もなく出立を決めた。そこに写っていたのは、十六世紀に創設されたといわれる秘密結社イルミナティの紋章を胸に焼き印で刻まれた死体だったのである。差し回された専用機の行き先はスイスのジュネーヴにある欧州原子核研究機構(CERN)だった。そこで待ち受けていた物理学者マクシミリアン・コーラーは、ラングドンに驚くべき話を打ち明ける。(杉江松恋『海外ミステリーマストリード100』日経文芸文庫より)ラングドンの専門である「宗教象徴学」について、解説が必要だと思います。引用させていただきます。――絵画や彫刻、建造物などの芸術作品には、往々にして社会的な意味や宗教的なメッセージが隠されているといわれるが、20世紀の美術史では、それらを読み解くことにより作品を生み出した社会や文化との関係を明らかにしていく学問が発達を遂げた。それがラングドン教授の専門分野である宗教図像解釈学である。(ダン・ブラウン研究会『ダン・ブラウン徹底攻略』角川文庫より)「ラングドン・シリーズ」の第1作『天使と悪魔』(全3巻、角川文庫、越前敏弥訳)は、『ダ・ヴィンチ・コード』以上に迫力があります。この作品をおさえておくとシリーズの進化がわかり、もっと楽しいものになります。シリーズは第3作『ロスト・シンボル』(全3巻、角川文庫)まで邦訳されました。第4作はアメリカでも、まだ上梓されていません。『天使と悪魔』の舞台はローマです。行ったことがありません。ただし作品のなかに登場する建造物は、どれも写真で眺めたことのあるものばかりでした。ダン・ブラウンは、ヴァチカンの地図上に十文字の線を引き、それぞれに4つの事件を重ねて見せました。科学の4つの元素・「土」「空気」「火」「水」が、事件の舞台を解くキーワードになります。事件そのものには、まったくリアリティがありません。それは『ダ・ヴィンチ・コード』でも感じたことと同じです。ダン・ブラウンの優れたところは、臆面もなく歴史の謎を重ねる技術にあります。『天使と悪魔』でもとうに壊滅したと思われていた、「イルミナティ」が忽然とよみがえりました。イルミナティは、カトリック教会(ヴァチカン市国)の壊滅をねらう秘密結社です。ダン・ブラウンはさらにこれでもかというように、現存する古い慣習まで素材にしてしまいました。次期教皇を選ぶコンクラーベは、一切の例外を認めない厳粛な行事として紹介されています。ストーリーの滑りだしは先に引用したとおり、欧州原子核研究機構(CERN)で化学者が殺害される場面からです。そこからはとてつもない破壊力を有する、「反物質」が盗まれていることがわかります。『天使と悪魔』は、ミステリー・エンタテイメント作品です。読者はこじつけっぽい謎解きを共有し、主人公とともに知恵を総動員しなければなりません。私の手元には、2000年発行の『海外ミステリー事典』(新潮選書)があります。ダン・ブラウンの名前は掲載されていません。デビュー作『パズル・パレス』の発刊が1998年(邦訳初出は2006年角川書店)ですので、当然かもしれません。伝統的な料理に、現代風な素材を加える。さらに強烈なスパイスを加え、豪華なメニューをそえる。それで、ダン・ブラウンの新たな料理の完成となります。途中までは、舞台を変えただけで『ダ・ヴィンチ・コード』と同じじゃないか、と突っこみながら読みました。こんな感想をいだくのは、シリーズ第2作(『ダ・ヴィンチ・コード』)を先に読んでしまったからです。 しかし、後半のスリルとどんでん返しの連続は、私の満足中枢を刺激してくれました。本書を読みながら頭のなかで、私は大好きな北海道の地図を広げました。その上に、雪の結晶を乗せてみます。事件は札幌、函館、釧路、襟裳岬で起きます。屯田兵とアイヌの末裔が、新しい結社を組織します。ターゲットは道庁の赤レンガです。 ちまちま考えないで、幅広い舞台を思い描く。そこに歴史のポールを立てる。ポールには謎がなければなりません。先端にジャガイモの男爵や夕張メロンを、つけるのもいいと思います。ダン・ブラウンは読者に、そんな楽しみを教えてくれました。◎『ダ・ヴィンチ・コード』『ロスト・シンボル』について 「標茶六三の文庫で読む400+α」では、『ダ・ヴィンチ・コード』をリストアップしていました。それを『天使と悪魔』に変更することにしました。やはり、ロバート・ラングドンは、第1作から読むべきなのです。これは角川文庫の責任でもあります。文庫化された年次をならべてみます。カッコ内はアメリカでの初出年です。私は『ダ・ヴィンチ・コード』を先に読んでしまったことを後悔しています。2006.3『ダ・ヴィンチ・コード』(2003)2006.6『天使と悪魔』(2000)2009.3『パズル・パレス』(1998)2012.8『ロスト・シンボル』(2009)2012.12『デセプション・ポイント』(2001) 私は『ダ・ヴィンチ・コード・ヴィジュアル愛蔵版』(角川書店、2005年、4500円+税)を買い求めたほど、はじめて読んだダン・ブラウンにほれこみました。ヴィジュアル愛蔵版には、大好きなパリやロンドンの写真が豊富についていました。自分の目で見た建造物を思い出すのには、格好の「旅の案内書」でもあったのです。『ダ・ヴィンチ・コード』の舞台はパリ。ルーヴル美術館館長の殺人事件から幕があきます。館長は孫娘にメッセージをのこしています。そこには「ロバート・ラングドンを探せ」と書かれています。警察に追われながら、真相にせまるラングドンは、やがて「聖杯」にたどりつきます。「聖杯伝説」については、あらかじめ予備知識があった方がよいと思います。引用しておきます。――聖杯伝説:キリストが最後の晩餐に用い、アリマタヤのヨセフが十字架のキリストの血をうけブリタニアにもたらしたという聖杯を、騎士たちが求める物語。(「広辞苑」より)『ロスト・シンボル』は、ラングドンの友人が誘拐されるストーリーです。彼は友人の身柄と交換に、フリーメースンの秘密を解明するようもとめられます。タイムリミットは12時間です。フリーメースンについては、すこしだけ説明が必要でしょう。――フリーメーソン:アメリカ・ヨーロッパを中心にして、世界中に組織を持つ慈善・親睦団体。起源には諸説があるが、18世紀初頭ロンドンから広まる。貴族・上層市民・知識人・芸術家などが主な会員で、理神論に基づく参入儀礼や徒弟・職人・親方の三階級組織がその特色。普遍的な人類共同体の完成を目指す。モーツアルトの歌劇「魔笛」などで知られる。(「広辞苑」より)とにかく「ラングドン・シリーズ」を、むさぼるように3作ペロリとたいらげてしまいました。先に引用した杉江松恋にいわせれば、『デセプション・ポイント』(上下巻、角川文庫)はとてつもなくおもしろいようです。第4作の上梓までに、こちらも読んでみようと思っています。(標茶六三:2008.06.01初稿、2015.05.16改稿)
2015年05月17日
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明治以来の文学史上、屈指の名編と称された表題作をはじめ、いのちの不思議な情熱を追究した著者の円熟期の名作9編を収録する。(文庫案内より)岡本かの子『老妓抄』(新潮文庫)◎大母性であり童女であり巫女であった 瀬戸内晴美(現・寂聴)に、『かの子撩乱』(講談社文庫)という著作があります。伝記文学を好んで読んでいますが、そのなかでも『かの子撩乱』は最高傑作と推奨したいと思います。文庫の推薦文には、つぎのように書かれています。 ――奔放で奇嬌な行動と常に噂の絶えることのなかった男性遍歴、また夫一平との世俗の常識を超えた異常の愛――。岡本かの子は童女だったのか、聖女だったのか。絢爛豪華な文学遺産と多くの伝説を残したまま火のような生涯を閉じたかの子の内面を快心の筆で抉る伝記文学の傑作!(講談社文庫カバーより) 岡本かの子について、息子の岡本太郎の文章を紹介させてもらいます。講談社文庫カバーと、まったく同じようなかの子像となっています。――彼女は大母性といわれたり童女といわれたり、また人によっては古代の巫女のようだとなどと言ったりする。まことに神秘的なほど複雑な面と、ひどく無邪気、むしろ幼稚な面が、異様な形で彼女の中に存在していた。それがとかく大人ぶった同時代の知識人たちには、不可解であり、そのナマな肌ざわりがどうも、やりきれなかったらしい。(岡本太郎「童女の呪術」/「日本文学全集56・岡本かの子」新潮社、昭和38年7月付録より) もうひとつ歌人岡本かの子が、小説家になったころを眺めておきたいと思います。――(岡本かの子は)たしかに歌人として知られていた。十代半ばで投稿して入選。はやばやと雑誌「明星」で頭角をあらわした。二十三歳のときに最初の歌集。ついで第二、第三歌集。/しかし、歌人かの子にもっとも不満だったのは、かの子自身である。四十歳のときの四冊目は『わが最終歌集』と名づけられた。歌はこれで打ち切りの宣言である。/岡本かの子が書きたかったのは小説だった。ひとりでせっせと勉強した。三年、五年たっても、思いどおりに書けない。(中略)昭和十一(一九三六)年六月、川端康成の推薦文つき『鶴の病みき』が「文学界」に掲載された。以後、堰を切ったようにして小説があふれ出る。(池内紀『文学フシギ帖・日本文学百年を読む』岩波新書P132より) 小説デビュー作である『鶴の病みき』は、手元にある全集にも掲載されていません。芥川龍之介の晩年を描いた作品らしいのですが、まだ読んでいません。 ◎パトロンとペット『老妓抄』(新潮文庫)は、ひとりの老女のものがたりです。老妓「小その」は花柳界で苦労をして、一通りの蓄財を手にいれました。彼女は現代でいう定年後のサラリーマンのように、打ちこむべきものを失って、空虚感をいだいています。 遠縁の娘・みち子を幼女に迎えたり、自ら稽古事をはじめたり、家に電化製品をそろえたりと、さまざまなことに熱中しはじめます。しかし老妓の心は満たされません。そんなとき電気屋の蒔田が、発明家志望の青年・柚木を連れてきます。老妓に新たな希望の火がともります。老妓は柚木のパトロンとなります。老妓は柚木の若い夢と情熱にほれこみ、生活の一切の面倒をみることを約束します。 柚木は幸福な毎日を過ごすことになりますが、やがて老妓の期待にわずらわしさを覚えはじめます。次第に発明の夢がしぼみ、柚木は脱走を試みます。そのたびに老妓は、青年を連れ戻します。そして有名な歌を詠みます。 ――年々にわが悲しみは深くして いよよ華やぐいのちなりけり この歌は、『老妓抄』の骨子ともいえます。さまざまな書評家が、この歌をとりあげています。老妓はペットのように青年を扱います。ひとつの人生の山を駆け上がった老妓は、山を下る寂しさを青年に託しました。それは岡本かの子、その人の人生そのままの世界でした。 『老妓抄』には、ほかに8篇が所収されています。岡本かの子作品の特徴として、なにかに没頭する人物へのこだわりがあります。『老妓抄』の柚木は発明、『金魚撩乱』の青年は最高の金魚作り、『家霊』の人妻は彫金に没頭しています。 岡本かの子作品のもうひとつの特徴は、硬質な形容詞の多用です。『金魚撩乱』(「ちくま文学全集文庫037・岡本かの子」)には、つぎのような描写が登場します。 ――万華鏡のやうな絢爛、波爛を重畳させつつ嬌艶に豪華に、また淑々として上品に この表現について石川淳は、「ふつうならばどうも、挨拶にこまるしろものである。しかし、それを他のどんな表現に置きかへて、より切実なることをうるか、初等技術批評を尻眼にかけて、何といっても、この一節は、精彩溌剌たる文章に相違ない」と記しています。(「国文学」昭和53年11月臨時増刊号より) 逃げる青年を追いかける老妓。それが喜びであり、生きがいでもあります。岡本かの子はあまり読まれていないようですが、『老妓抄』『金魚撩乱』『家霊』はぜひお読みいただきたいと思います。これらの作品を網羅しているのは、「ちくま日本文学037・岡本かの子」ちくま文庫)です。きっとすさまじい筆力に圧倒されることでしょう。(山本藤光:2010.09.22初稿、2015.05.15改稿)
2015年05月16日
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欲しいものは欲しい、結婚3回目、自称鮫科の女「るり子」。仕事も恋にものめりこめないクールな理屈屋「萌」。性格も考え方も正反対だけど二人は親友同士、幼なじみの27歳。この対照的な二人が恋と友情を通してそれぞれに模索する<幸せ>のかたちとは―。女の本音と日常をリアルに写して痛快、貪欲にひたむきに生きる姿が爽快。圧倒的な共感を集めた直木賞受賞作。(「BOOK」データベースより)唯川恵『肩ごしの恋人』(集英社文庫)◎「アフォリズム」の天才 唯川恵の作品は、「アフォリズム」でなりたっています。そのことは文庫解説・江國香織(推薦作『号泣する準備はできていた』新潮文庫)も指摘しています。「アフォリズム」の意味は、つぎのとおりです。田辺聖子(推薦作『感傷旅行・田辺聖子コレクション3』ポプラ文庫)は「田辺聖子文学館」というHPをもっています。そこの説明を引用させていただきます。 ――アフォリズム(aphorism)とは、金言、警句、箴言などを意味する英語。人生についての真理や戒めや、恋愛をはじめ人間関係の在り方などの指針となるような言葉で、古今東西の聖人、高僧、偉人や作家、詩人などの言葉が多く見られる。(「田辺聖子文学館」より) なんとなく、イメージしていただけたでしょうか。アフォリズムといえば、『ラ・ロシュフコー箴言集』(岩波文庫)が有名です。日本文学では、田辺聖子『苦味(ビター)を少々・399のアフォリズム』(集英社文庫)や寺山修司『両手いっぱいの言葉・413のアフォリズム』(新潮文庫)が代表的な著作となります。また岩波文庫別刷として、『ことばの花束・岩波文庫の名句365』などがシリーズで発刊されています。「アフォリズム」を意識的に用いると、エラソーな文章になってしまいます。いわゆる鼻につく文章になりがちです。あるいは使い古された表現の、オンパレードになりかねません。唯川恵は抑制された文章のなかで、さらりとそれをやってしまいます。嫌味にはなりません。少しだけ、引用してみたいと思います。――どうして結婚したとたん、こんなにセックスがつまらなくなってしまうのだろう。シーツに顔を押しつけて、口を薄く開けながら、気持ちよさそうに寝息をたてている信之を残して、るり子は、ベッドから抜け出した。(本文P21より)――若い女は嫌いじゃない。けれど若さを武器にしたり、被害者になる知恵をつけた女は嫌いだ。(本文P47より)――夢も想いも、忘れるのは簡単だ。そして、いったん忘れたら、もう思い出せなくなってしまう。(本文P52より) 作品の前半部分だけでも、こんなにならべられています。別に偉そうではありませんし、注意していなければ、ニヤニヤして読み流してしまいます。アフォリズムを多用できるのは、天性のものなのかもしれません。 元祖アフォリズム『ラ・ロシュフコー箴言集』から、ちょっと拾っておきます。小説家は本書を読んではいけません。なにも書けなくなってしまうからです。 ――よい結婚はあるが楽しい結婚はない。(P40、#113より)――女は最初の恋人を長い間確保しておく、二人目を作らない限り。(P115,#396より)◎テンポのよい文章と会話 唯川恵は、前から気になっていた作家でした。直木賞受賞を機会に読んでみて、はまってしまいました。唯川恵は10年間のOL生活をへて、ジュニア小説から出発しています。ジュニア小説作家は、だいたいアフォリズムの名手です。説教臭くならないていどに、「愛って」「友情って」「セックスって」などと書かなければ読者は納得しないからです。 受賞作『肩ごしの恋人』は幼なじみの27歳、「るり子」と「萌」を中心に展開されます。2人は、家出高校生「崇」との奇妙な同居をしながら人生を考えます。 2人は相反する個性をもっています。るり子は結婚離婚をくりかえしながら、常に男を求めつづけます。萌は自立に向けて、冷静に自分自身を見つめます。 この2人は本来1人の女性がもっている内面を、著者が分離し描きわけたものです。それを象徴する場面があります。――萌はしばらく考え、尋ねた。「ねえ、女に、恋は必要なものだと思う?」当然ながら、るり子は頷いた。「当たり前じゃない。それがなくてどう女でいろって言うのよ」「いろいろあるじゃない。仕事に打ち込むとかさ、のめり込む趣味を持つとかさ」「それと恋とを、比較の対象にすること自体、私には理解できない。もし仕事と恋の選択があったとしてよ、仕事を選ぶ女がいたら、狂ってるとしか思えない。仕事とも趣味ともセックスできないのよ」(本文より) 著者は2人の出し入れをつうじて、女性の内面を照射してみせます。自由奔放に生きるるり子。自立を目指す萌。2人の間には、さまざまな男たちが現れます。物語は2人の微妙な日常を忠実に描きだし、考えさせられる結末を迎えます。 第126回の直木賞は、また新しい作家との出会いを演出してくれました。テンポのよい文章と会話に脱帽しました。ここまでは、2002年2月24日の「読書ノート」に加筆修正しています。 その後、『恋せども愛せども』(新潮文庫)と『愛に似たようなもの』(集英社文庫)を読みました。そろそろ「愛」などの呪縛から、逃れてもいいのにと思います。タイトルをみただけで「またか」と思うのは、単に年齢のせいなのでしょうか。 早く「枯れた世界」を描いてもらいたいと思います。あれだけの文章力と、アフォリズムという感性をもっているのですから、できないことはないはずです。と苦言はこのくらいにして、この人の才能には「脱帽」とまた書きそうになりましたが、さっき帽子は脱いでいます。帽子がないこの状況の結びを、唯川恵ならどんな表現をつかうのでしょうか。(山本藤光:2010.05.24初稿、2015.05.14改稿)
2015年05月15日
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女も坊主。起床は5時前。携帯・恋愛もちろん禁止。仕事で迷い、悩んでいるなら、かつて日本人が実践してきた、苦しくも実りある、この働き方に学んでみよう。(「BOOK」データベースより)秋山利輝『丁稚のすすめ』(幻冬舎)◎「徒弟制度」を頑固に実践 本書のことも著者のことも、まったく知りませんでした。友人からメールをもらいました。「あなたの主義主張と同じことが書いてあった」と知らせてくれていました。いまでは死語になってしまった「徒弟制度」を、頑固に実践しているのが秋山木工である、とメールにありました。 最初に著者のプロフィールにふれておきます。――秋山利輝:1944年、奈良県生まれ。有限会社秋山木工代表取締役。中学卒業とともに、家具職人への道を歩みはじめ、1971年に秋山木工を設立。秋山木工の特注家具は、迎賓館や国会議事堂、宮内庁、有名ホテルなどで使われている。スパルタ教育で職人を育てる独特の研修制度でも注目を集めており、テレビや雑誌の取材も多い。(『丁稚のすすめ』の「著者紹介」より) 秋山木工が脚光をあびているのは、だれもができないことをやっているからです。厳格な面接試験をおこない、入社した社員は4年間丁稚奉公をしなければなりません。男も女も頭を丸め、寮生活に入ります。給料はほんのわずかです。彼らは先輩に教えられながら、ノミやカンナを磨く以前に、まず「人間性」を磨くこのになります。 秋山木工には、「職人心得28箇条」なる教えがあります。丁稚たちはそれを暗記しなければなりません。いまどきの考えでは、時代錯誤と片づけられそうに思います。それを愚直にも継続しているのです。それが秋山利輝の哲学なのですから。「職人心得28箇条」には、目新しいものはありません。 1.あいさつのできた人から現場に行かせてもらえます。2.連絡・報告・相談のできる人から現場に行かせてもらえます。 こんな文章からはじまり、「28.レポートがわかりやすい人から現場に行かせてもらいます」で結ばれています。これらを毎朝全員で唱和し、気を引き締めているのです。 丁稚期間中は、恋愛をしてはいけません。親元に帰るのは盆と正月だけです。「職人心得28箇条」以外にも、さまざまな不文律が存在しています。 こんなこと、まねができないよな。そんな気持ちで本書を読みました。全部を模倣することは難しいのですが、「こころ」を取り入れることは可能です。そのあたりについて、私の気づきをまとめてみたいと思います。◎すべてを真似ることはできないが「丁稚には毎日レポートを書かせる」 きまった書式があるわけではありません。スケッチブックをあてがっています。丁稚たちは自由な思いを書き連ねます。大工道具の写真を張る。イラストを書き込む。なんでもありです。本日気がついたこと、明日への糧になりそうなことなどを、丁稚たちは思い思いに書いています。 私が主張している営業担当者の、「1日の思い描きと振り返り」ステップとまったく同じです。本日の最大の成果を思い描く。失敗をおそれずに挑戦する。新しい何かを発見する。それらを明日につなげる。 これらのことを、秋山木工では毎晩レポートにさせています。それを先輩が読み、社長も読んで、コメントを記入します。ただ提出しているだけの役にも立たない日報とは、価値観が違います。 フリースタイルのレポートには、定型書式と違い管理の臭いがありません。ただ漫然と書かれている日報と異なり、書いたことが自分自身に跳ね返ってきます。これが魅力的です。 「腕を磨く以前に人間性を高める」 まったく同感です。企業の新人研修で欠けているのが、この「人間性」を高めるプログラムです。知識を教える。大切なことです。社会人としてのマナーを教える。これも大切なことです。 秋山木工で最初に教えるのは、感謝の気持ちです。親に感謝し、恩師に感謝する。その気持ちがやがて、先輩に感謝し、会社に感謝し、顧客に感謝するように、ステップアップすることになります。 私の研修プログラムに、「日常を磨く」という項目があります。限られた時間のなかで、このプログラムはもったいない。もっと受講者にノーハウを教えてほしい、という意見も提起されることもあります。そんなとき、私は必死で説得にあたります。まず「人間力」という背骨を鍛えなければなりません。 ほとんどの企業のトップは、私の主張を理解してくれます。「焦りすぎだよね」と自戒する幹部もいました。秋山木工は4年間をかけて、丁稚の人間力を磨きつづけます。ウサギとカメの競争ではありませんが、私はこの期間の価値をだれよりも信じています。 本書を読んで、ほかにも考えさせられることはたくさんありました。「人を育てる」ことの原点を、ここまで実践している人がいる。秋山木工をそのままあなたの会社に持ち込めないけれど、精神から学ぶべき点は多いと思います。ぜひ読んでみてください。 (山本藤光:2010.07.07初稿、2015.05.13改稿)
2015年05月14日
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ライン河畔の貧しい音楽一家に生れた主人公ジャン・クリストフは、人間として、芸術家として、不屈の気魄をもって、生涯、真実を追求しつづける。この、傷つきつつも闘うことを決してやめない人間像は、時代と国境をこえて、人びとに勇気と指針を与えてきた。偉大なヒューマニスト作家ロマン・ローランの不朽の名作。(アマゾン内容紹介より)ロマン・ロラン『ジャン・クリストフ』(全4巻、岩波文庫、豊島与志雄訳)◎ベートーヴェンがモデルロマン・ロラン『ベートーヴェンの生涯』(岩波文庫)を先に読んでいるせいでしょうか。一般的にいわれているように、主人公のジャン・クリストフの個性が、ずっとベートーヴェンと重なりつづけました。『ジャン・クリストフ』(全4巻、岩波文庫、豊島与志雄訳)の第1部は、ベートーヴェンの生い立ちとほとんど同じ展開になります。2つを重ねてみたいと思います。【『ジャン・クリストフ』第1部】クリストフは、音楽家の家庭に生まれます。父は宮廷オーケストラの一員で、飲んだくれです。クリストフに、英才教育をほどこします。家計を支えてきた祖父が死に、父が失職し、家計は苦しくなります。クリストフは11歳のときにオーケストラの一員として働きます。やがて父が死にます。【ベートーヴェン】宮廷歌手の家庭に生まれます。父は宮廷歌手で、飲んだくれです。ベートーヴェンに、天才教育をほどこします。家計を支えてきた祖父が死に、生活は困窮します。ベートーヴェンは7歳のときに演奏会に参加します。やがて母が死に、父も死にます。第1部は「あけぼの」「朝」「青年」という、3つの章で構成されています。クリストフの家族は、おおよそ前記のとおりです。祖父は宮廷指揮者でした。クリストフに古いピアノをあたえ、やさしい眼差しで彼を見守りつづけます。母は心の清らかな人ですが、病弱で人前にでることを嫌います。父がクリストフに英才教育をほどこすのは、お金のためです。したがって指導は、曲を会得することに専念されます。クリストフは、新しい曲を創りだしたいと思っています。しかし父には反抗できず、いやいやピアノのまえに座らざるをえません。父の英才教育を受けたクリストフは、たちまち才能を開花させます。貧困生活のなかで、彼は偉大な音楽家になる夢をふくらませます。一家は彼の稼ぎで安定してきます。父の死。祖父の死。友情と裏切り。初恋の人の死。初体験。世の中への絶望。第1部の終わりでは、彼は堕落への道をたどりかけます。そんなときに、伯父ゴットフリートがあらわれて、彼の心をひらきます。クリストフはさまざまな体験をしながら、青年へと成長します。◎永い眠りにつくまで第2部は「反抗」「広場の市」という、2つの章で構成されています。クルストフはこれまで愛してきた、ドイツの作曲家たちに欺瞞を感じます。そしてドイツ社会にたいしても同様の嫌悪感をおぼえるようになります。そうした彼に、公衆はそっぽを向きはじめます。クリストフは幼いころから、自尊心が強く繊細な心のもちぬしでした。感情が表にではじめ、彼は宮廷を追われます。クリストフは理想をもとめて、パリへと向かいます。しかしそこも理想とはかけはなれた、混濁した社会でした。職もなく、孤独な彼はどん底生活を余儀なくされます。そんなときに、詩人オリヴィエ・ジャンナンと出会います。第3部は「家の中」「アントワネット」「女友だち」という、構成になっています。クリストフはオリヴィエと自分とに、接点があったことを知ります。2人の友情のきずなは、よりかたいものとなります。クリストフはオリヴィエを通じて、すこしずつフランス社会に溶けこんでゆきます。やがてオリヴィエは恋をし、結婚します。しかし長男を産んだあと、結婚生活は破綻します。クリストフも大使館員の妻グラチャを愛するようになります。第4部は「燃えるいばら」「新しい日」という、構成になっています。クリストフとオリヴィエの友情はつづいています。しかしメーデーの混乱のなかで、オリヴィエは警官に刺殺されてしまします。クリストフも警官に襲われますが、逆に剣を奪って警官を殺します。クリストフは、スイスに亡命して、友人の医師にかくまわれます。やがて彼は、友人の妻アンナと深い仲になります。クリストフは苦悩のすえ、アンナと別れる決意をします。失意のクリストフは神の存在を見出します。その後、クリストフは大作曲家となります。物語はさらに、佳境へと進みます。親友オリヴィエには、男の遺児がいます。そして偶然再会したグラチアにも、女の遺児がいます。クリストフは2人を添いとげさせ、永い眠りにつきます。ジャン・クリストフは幼いころの気質を、生涯ひきずりました。第1部での彼は生まじめすぎて、真の友人ができませんでした。自己顕示欲が強く、それでいて人から愛されることを熱望していました。そんなクリストフが成長の過程で、自らの気質に挑戦しつづけます。死。孤独。愛。別離。孤独。この循環はクリストフの内面に、「強さ」というかすかな生きざまを生成してゆくのです。壮大なドラマでした。ありきたりですが、ベートーヴェンの「運命」が聴こえてきました。(標茶六三:2014.11.06初稿、2015.05.12改稿)
2015年05月13日
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研ぎ澄まされた理知ゆえに、青春の途上でめぐりあった藤木忍との純粋な愛に破れ、藤木の妹千枝子との恋にも挫折した汐見茂思。彼は、そのはかなく崩れ易い青春の墓標を、二冊のノートに記したまま、純白の雪が地上をおおった冬の日に、自殺行為にも似た手術を受けて、帰らぬ人となった。まだ熟れきらぬ孤独な魂の愛と死を、透明な時間の中に昇華させた、青春の鎮魂歌である。(「BOOK」データベースより)福永武彦『草の花』(新潮文庫)◎託された2冊のノート 福永武彦の代表作『草の花』(新潮文庫)は、36歳のときに発表された作品です。福永武彦にはロマネスク文学の確立、という目標がありました。そのためにさまざまな手法を試み、『草の花』でその完成形にたどりついたといえます。 文芸用語としてのロマネスクは、スタンダールが好んで用いています。仏語のロマンから派生し、現実の論理・事象の枠を飛びこえた空想的、神秘的、幻想的な性質の小説のことです。 福永武彦の作品は、とぎすまされた文章と構成でなりたっています。中村真一郎は福永武彦を「完璧主義」といっています。福永武彦の小説について、小久保実はつぎのように書いています。――「風土」も「草の花」も「忘却の河」も「海市」も、保守的な物語ではなく、内面の暗い意識を明晰なイメージでとらえ、描写が象徴にたかまるだけでなく、ひとつの世界を構築するといった小説である。(『国文学』昭和50年11月号より) 新潮文庫の扉には、新約聖書からの引用が掲載されています。――人はみな草のごとく、その光栄はみな草の花の如し(ペテロ前書、第一章、二四) タイトルの「草の花」は、この引用によるものです。本書のなかでは、つぎのように書かれています。――時間は絶えず流れ、浅間の煙は何ごともなく麓の村に灰を降らしていたのだ、草の花は咲き草の実はこぼれ、そして旅人は、煙のような感傷を心に感じていたでもあろう。(本文P215より)『草の花』は「冬」と「春」の章のあいだに、「第一の手帳」と「第二の手帳」をはさみこんだ構造になっています。冬と春の章は語り手「私」がサナトリウムに入院している、戦時中の現在を描いています。 死と隣り合わせの今を生きる「私」たちの病室に、汐見茂思30歳という男が入院してきます。病室で平気で煙草を吸う汐見に、長期療養中の同室の患者たちは、辟易とさせられます。毎日の検査結果に一喜一憂する患者のなかで、汐見は危険な肺の手術の道を選択します。 汐見は手術にのぞむ前に、自分が死んだら読んでもらいたいと、2冊のノートを「私」にたくします。手術は非常に危険なものでした。手術の結果、汐見は還らぬ人となります。私は汐見のノートをひらきます。2冊のノートには、汐見の青春がつづられていました。◎同性・藤木忍への愛「第一の手帳」 18歳の春、汐見は旧制高校生で、弓術部(補:弓道部のこと)に所属しています。彼は同じ部の後輩男性・藤木忍を愛しています。同性愛なのですが、汐見には肉欲がありません。ひたすら藤木からの愛をもとめています。――藤木の眼、――いつも僕の心を捉えて離さなかったのは、この黒い両(ふた)つの眼だ。あまりに澄み切って、冷たい水晶のように耀く、それがいつも僕の全身を一息に貫くのだ。そして僕はその度に、僕の心が死んで行くように感じ、そしてまたより美しくなって甦るように感じるのだ、その眼は何かを語っている。しかし僕には、もどかしくも、それが何であるのか、語られているのが何であるのか、暁(さと)ることが出来ないのだった。(本文P60より) なんと一途な気持ちなのでしょう。さらに愛についての、2人の会話に注目したいと思います。(引用はじめ) 藤木はそこで少したじろいだ。僕は藤木が顔を赧(あか)らめているような気がした。――言いたまえ、何だい?――愛するというのは、つまり愛されることを求めるということじゃないんですか? 汐見さんが僕を愛してくれるのも、僕が汐見さんを好きになるのを待っているからなんでしょう?――僕はただ愛してさえいればいいんだ。――違うと思う。それだったら汐見さんはなにもそう苦しむことはない筈じゃありませんか?(引用おわり、「第一の手帳」P114-115より)「第一の手帳」は、藤木との別離でむすばれます。そして、こんな文章でおわります。藤木は若くして病死してしまうのです。――明日の晩、しかしその晩に椿事(ちんじ)が出来した。(本文P121より) 私は「椿事」という単語に、目をうばわれました。以前に書いたことがあるのですが、三島由紀夫に「15歳の詩」という作品があります。引用させてもらいます。――わたくしは 夕な 夕な/窓に立ち 椿事を 待った くわしくは「山本藤光の文庫で読む500+α」の三島由紀夫『潮騒』(新潮文庫)でふれています。興味があればそちらをごらんください。ただし磯田光一のつぎの一文は再掲させてもらいます。 まさにこの解説は、福永武彦『草の花』にも合致するからです。――「椿事」とは、彼(補:三島由紀夫のこと)のエッセイ『魔・現代的状況の象徴的構図』(「新潮」36年7月)の言葉をかりれば、「死が一つの狂ほしい祝福であり祭典であるような事態」にほかならず、「かっては戦争がそれを可能にしたが、今(戦後)の身のまはりにはこのやうな死の可能性は片鱗だに見当たらぬ」という種類の、苦悩にみちた、しかし光栄である、充足した「死」にほかならなかった。(磯田光一『殉教の美学』冬樹社より引用)◎異性・千枝子への愛「第二の手帳」 24歳の秋、汐見は召集令状の到着をおそれながら、藤木忍の妹・千枝子を愛しています。千枝子は熱心なキリスト教の信者で、汐見の愛を容易にうけようとはしません。2人のまじわらない会話を引用させていただきます。(引用はじめ)――あたしは汐見さんが御自分のことを孤独だとおっしゃるのを聞くたびに、身を切られる思いがするの。あなたがどんなに孤独でもあたしにしてあげられることは何もないんじゃないの。――君が愛してさえくれればいいんだ。――愛するといったって、……ねえ汐見さん、本当の愛というものは、神の愛を通してしかないのよ、(引用おわり、本文P227より) 千枝子は兄の忍と同じように、汐見の一方的な愛の押しつけが、わずらわしくなります。千枝子は汐見のともだち・石井と結婚してしまいます。そんなときに、汐見に召集令状がきます。◎一読者として殆んど藤木に恋着した そして『草の花』は終章「春」となります。語り手「私」は、汐見の2冊のノートを、石井千枝子に送ろうかどうかを迷っています。汐見の形見であるノートの存在を手紙で、千枝子に知らせます。しかし返事は長文ですが、やんわりと拒絶の意志をしめしたものでした。 汐見の孤独と愛の青春ノートは、宙ぶらりんのままに、「私」の手元にのこされてしまいます。『草の花』において、語り手「私」が汐見と出会ったのは、「第二の手帳」に書かれているように、彼が出征してからのことです。2つの愛に破れたあとのことです。冒頭の同室患者にしめすふてぶてしい態度は、2冊のノートからは想像できません。 そのあたりについて、三島由紀夫は著作のなかでつぎのように書いています。――よみおわったあとでの主人公汐見の像は、プロロオグで自殺的手術を進んでうける汐見の、生の奥底を見透かしたような剛毅な像と喰いちがってくる。それを作者はわずか数行で、戦地へ行った汐見に何か重大な転機があったにちがいないと暗示するにとどめている。むしろこの間の飛躍が小説的に重要なのだ。(三島由紀夫『文學的人生論』知恵の森文庫P124より) 三島由紀夫は最後に、「近代日本文学で、かほど美しく描かれた『美少年録』を私は知らない。一読者として殆んど藤木に恋着したのであった」と結んでいます。『草の花』はページをくくるたびに、汐見の孤独と愛の色彩が増してゆきます。(山本藤光:2012.07.15初稿、2015.05.11改稿)
2015年05月12日
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長崎県五島列島のある中学合唱部が物語の舞台。合唱部顧問の音楽教師・松山先生は、産休に入るため、中学時代の同級生で東京の音大に進んだ柏木に、1年間の期限付きで合唱部の指導を依頼する。それまでは、女子合唱部員しかいなかったが、美人の柏木先生に魅せられ、男子生徒が多数入部。ほどなくして練習にまじめに打ち込まない男子部員と女子部員の対立が激化する。一方で、柏木先生は、Nコン(NHK全国学校音楽コンクール)の課題曲「手紙~拝啓 十五の君へ~」にちなみ、十五年後の自分に向けて手紙を書くよう、部員たちに宿題を課していた。提出は義務づけていなかったこともあってか、彼らの書いた手紙には、誰にもいえない、等身大の秘密が綴られていた。(文庫案内より)中田永一『くちびるに歌を』(小学館文庫)◎課題曲は「手紙」 中田永一は乙一(おついち)ではないか、という論争がありました。結論はイエスということです。乙一の著作は『ZOO』(集英社文庫)しか読んでいませんでしたので、論争にはあまり興味がありませんでした。そんな状況下で中田永一『くちびるに歌を』(小学館2011年)を読んで、すごい新人が登場したと感動したものです。このときは「中田永一=乙一」論争は知りませんでした。 中田永一名義の著作を、初出年次でならべてみます。2008年『百瀬、こっちを向いて』(祥伝社のちに祥伝社文庫)2009年『吉祥寺の朝日奈くん』(祥伝社のちに祥伝社文庫)2011年『くちびるに歌を』(小学館のちに小学館文庫) 私はこの系譜を逆に読んでいます。『くちびるに歌を』で感動し、つぎに文庫化されている『百瀬、こっちを向いて』を手にとりました。2つの著作に共通しているのは、ほのぼのとしたミステリアスな作風という点でした。薄味なのに、食後の満足感のある料理。これまで読んできたどんな作品にもない、独特の味わいだったのです。『くちびるに歌を』(小学館文庫)は、長崎県五島列島の中学校合唱部の物語です。部活モノはこれまでに数多く読んできました。ところがこの作品には、ミステリアスな仕掛けがほどこされていました。青春ってミステリアスなものなのだよ。作者のそんな声が聞こえてきます。 舞台は長崎県五島列島の、ある中学校合唱部です。合唱部顧問の松山先生は産休のため、同級生だった臨時教員の柏木に、1年間の期限つきで顧問を依頼します。柏木は元神童といわれた女性で、その美貌は評判でした。 合唱部にはそれまで、女性部員しかいませんでした。柏木先生が顧問になったと同時に、入部希望の男子生徒が急増しました。女子生徒には男子の入部動機に、不快感をしめす人がいました。そのひとりが2人の語り手のなかの仲村ナズナでした。彼女は不幸な環境で育ったために、男性社会をきらっていま もう一人の語り手・桑原サトルは、空気のような存在でした。彼には自閉症の兄がいます。彼は校庭で柏木先生がタクトをふる合唱に魅せられて入部します。「NHK全国学校音楽コンクール」の県大会が近づいてきます。女子部員は従来のように女子だけのエントリーを希望しています。しかし柏木先生は混声合唱での出場を決めてしまいます。課題曲は「手紙~拝啓 十五の君へ」でした。柏木先生は部員たちに、15年後の自分に向けて手紙を書くように命じました。 ここから先については、ふれることができません。部員たちはどんな手紙を書いたのかは、読んでのお楽しみです。ただし必ずハンカチを、用意しておいてください。◎感涙のラストシーン 中田永一の細かなプロフィールはありません。私のファイルから「乙一」(おつ・いち)を紹介させていただきます。1978年生まれ。1996年、「夏と花火と私の死体」で第6回ジャンプ小説・ノンフィクション大賞(集英社)を受賞し、17歳(執筆時は16歳)という若さでデビュー。選考では、栗本薫が強く推した。この作品は集英社文庫(乙一名義)で読むことができます。『くちびるに歌を』を読みながら、壺井栄『二十四の瞳』(新潮文庫)と重なったのは私だけでしょうか。最近部活ものはわんさと書かれています。そのなかで『くちびるに歌を』は、群をぬいて光り輝いています。『くちびるに歌を』は、2012年本屋大賞で4位になりました。書店員さんのコメントをいくつか、『本屋大賞2012』(本の雑誌社)から紹介させていただきます。――サトルの手紙にはやっぱり泣いてしまいましたが、それ以外の子たちひとりひとりにも、みんなそれぞれ抱えているものがあって、でも大丈夫だよ、大丈夫だからねと抱きしめたくなりました。甘くて苦い、今をいきるために、おばちゃんもまだまだ頑張ってくからね。(匿名、TSUTAYA Wonder Goo弘前店)――特にエピローグの合唱コンクールが終わってからの場面が素晴らしくて、涙が溢れて仕方なかった。15歳の多感な時期の主人公たちの心情がとても丁寧にかつ温かい視線で描かれているので、中高年はもちろん、オトナになってしまった人たちにも読んでほしいと思った。(峰多美子、宮脇書店唐津店)『百瀬、こっちを向いて』『吉祥寺の朝日奈くん』(ともに祥伝社文庫)も私の好みの作品でした。ぜひこちらも読んでみてください。(山本藤光:2014.12.09初稿、2015.05.10改稿)
2015年05月11日
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恋多きゼウスと、嫉妬に狂う妻ヘラ、その子ヘーパイトスと美の女神アプロディテ、恋の矢をもつエロス…オリュンポスの神々はいかに戦い、いかに恋したか。しなやかな哲学者による、ギリシア神話入門の決定板。(「BOOK」データベースより)串田孫一『ギリシア神話』(ちくま文庫)◎天地創造からはじまる ホメロスの『イーリアス』および『オデッセイア』(ともに上下巻、岩波文庫、松平千秋・訳)を読んだのは、33歳のときです。新人MR研修所に、この2冊を持ち込んだのです。私は念願かなって、入社10年目に営業職への転身をなしとげました。研修は半年間、静岡県袋井市でおこなわれました。 朝から晩まで薬の勉強に明け暮れました。そんな環境のなかで2冊は、気分転換にもってこいのものでした。半年間の研修を終えて、赴任地の札幌に赴任してから、ヒギーヌス『ギリシャ神話集』(講談社学術文庫、松田治・青山明男・訳)とブルフィンチ『ギリシア・ローマ神話』(岩波文庫、野上弥生子・訳)も読みました。 私は現在、企業のリーダー研修をしています。受講者には読書の大切さを訴求しています。わけても『源氏物語』と『ギリシア神話』は、死ぬまでに絶対に読んでおくべきだと強調しています。 入門書的なのですが、串田孫一『ギリシア神話』(ちくま文庫)がお薦めです。ほかに入門書として、阿刀田高『ギリシア神話を知っていますか』(新潮文庫)や木村千鶴子『ギリシア神話がよくわかる本』(PHP文庫、吉田敦彦・監修)などがあります。あるいは児童書(青い鳥文庫など)やマンガ(中公文庫)などで助走をつけるのもよいかもしれません。 以前朝日新聞(2012.3.12)で「はじめてのギリシャ神話」という特集が組まれました。――あえて言おう。人の模範となる行動はほとんどない。近親が契り、人も巻き込んでの奔放な夫に妻が嫉妬し、骨肉の裏切りなどで塗り固められている、と。 新聞記事を読んで、正直すぎると思わず笑ってしまいました。これじゃ、だれもが引いてしまいます。私は「ギリシア神話」への誘いとして、阿刀田高『私のギリシア神話』(集英社文庫)の冒頭の文章を支持しています。――神話というものは、たいてい冒頭に天地の創造が置かれている。日本の「古事記」「日本書紀」もそうだし、旧約聖書の冒頭もそうなっている。これは宗教としての本質や民族の世界観を考えるうえでとても大切な部分だが、少々わかりにくい。読みづらい。(阿刀田高『私のギリシア神話』集英社文庫P16より) その点、串田孫一『ギリシア神話』(ちくま文庫)は、非常に平易な文章でつづられ、読みやすいものです。これが哲学者の串田孫一が書いたものなのかと驚いてしまうほど、わかりやすい筆運びになっています。◎「423」ってなにか?「ギリシア神話」に「423」という数字が出てきます。「朝は4本足、昼は2本足、夜は3本足になるものはなにか?」 この問いはクイズの定番になっていますので、ほとんどの人は答えられると思います。ただし、種明かしの部分で、間違った解説をする人が多いのが現状です。実は私も誤解して覚えていました。「ギリシア神話」に出てくる謎かけであることは、承知していたのですけれど。 高津春繁『ギリシア神話』(岩波新書)を再読しました。1965年3刷の本で、経年ヤケは活字面にまでおよんでいます。 正しいストーリーを引用しておきたいと思います。――女面で獅子の身体をもち、翼のある怪物で、ピーキオン山の上に坐り、一つの声をもち、四足、二足、三足になるものは何か(または、二人の姉妹で、一方が他方を生み、また反対に他方がいま一つの方を生むものは何か)という謎をテーバイ人にかけ、これを解くことができないものを取って食った。(高津春繁『ギリシア神話』岩波新書P138より) この謎かけ部分は、本によって微妙にちがいます。2冊だけ引用させてもらいます。――スピンクスは彼に尋ねました。「朝には四足、昼には二足、夕方には三足となって歩行する物は何だ。」オイディプスは答えました。「それは人間だ。人間は子供の時は両手と両膝ではって歩く。壮年にはまっすぐに立って歩く。老年には一本の杖の助けを借りて歩く」。(プルフィンチ『ギリシア・ローマ神話』岩波文庫、野上弥生子訳P171より)――そこへオイディプスがやって来た。みんながとめるのに、彼は自分からスピンクスのところへ出かけて行って謎をきくと、はじめは四本の足、後二本になり、最後は三本になるものは何だというので、彼は簡単に、それは人間だと答えた。(串田孫一『ギリシア神話』ちくま文庫P136より) プルフィンチの謎かけは、設問に「時間(朝・昼・夕方)」の概念がはいっているのでわかりやすいものです。他の本はおおむね、スピンクスがもうひとつの謎を重ねるようになっています。――重ねてスピンクスは第二の謎を出した、二人の姉妹で一方が他方を生み、また反対に一方が片方のものを生むものは何か、と訊ねられ、これもまた至極あっさりと、昼と夜だと答えてしまったので、スピンクスは口惜しがって山の崖から身を投げて死んでしまった。(串田孫一『ギリシア神話』ちくま文庫P136より) スピンクスは城山より身を投じて死に、オイディプースはテーバイの王となり、知らずに母を妻とした。(同P139より引用) ちなみに「スピンクス」はギリシア語で、エジプト語では「スフィンクス」といいます。 この謎かけから、私が着想した数字があります。スピンクスのマネをして、2問をあみだしました。――最初は4で、その後3-4-2-1-4となるものは何か――最初は1で、その後2-3-2-1となるものは何か◎なぜ串田孫一なのか 文庫の解説で竹西寛子は、串田孫一に『ギリシア神話』を執筆してもらいたいという、筑摩書房時代の思い出を書いています。――人間といわず世界に対して、つねに柔軟で公平な目を向けてこられた氏の、あの明晰な日本語によって『ギリシア神話』が語られる時、かねてから逢いたかった知恵の持主達に私は初めて逢えるに相違ない。(竹西寛子、本書解説より) 私はたくさんの「ギリシア神話」を読んできました。そのなかで串田孫一の著作を推薦するのは、竹西寛子の書いているとおり、透明感のある日本語にふれていただきたいからです。 最後にスピンクスにならって、私が通りすがりの読者に投げかけた謎の回答にふれておきます。第1問は幼児の乗り物の進化です。乳母車、三輪車、補助付き自転車、補助なし自転車、小学校で習う一輪車、そして運転免許書をとっての自動車です。第2問は、独身、結婚、こどもができた家族、親元をこどもが離れてまた夫婦だけになる、そして伴侶の死。最後はギリシア神話みたいになってしまいました。お粗末さまです。(山本藤光:2013.05.09初稿、2015.05.09改稿)
2015年05月10日
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ウォール街の証券マン、ニックは、偶然巻き込まれた事故で突如<透明>になってしまった。透明になったら無限の自由が手に入ると思っているあなた、ちょっと待って下さい。透明な人生は決して楽ではありません。食事は?買物は?生活費は?でも見えても見えなくても、人は生きていかねばなりません。透明人間の苦難と哀しみの底から、不透明な現代が浮び上がってくる秀逸な作品。(「BOOK」データベースより)H.F.セイント『透明人間の告白』(上下巻、新潮文庫・高見浩訳)◎それでも透明人間になりたいですかH.F.セイント『透明人間の告白』(上下巻、新潮文庫、高見浩訳)は、単行本で1988年の後半に読んでいます。文庫化されたので、再読してみました。初出のときには重過ぎて、通勤電車にはもちこめませんでした。文庫の方は上下巻になり、サイズも小さいのでカバンにおさまります。文庫の帯には、心躍るコピーがしたためられています。私も納得のコピーです。――「1988年『本の雑誌』が選ぶ30年間のベスト30」堂々の第1位! 無限の自由が手に入ると思っていた彼。「堂々の第1位」は、どうでもいいことです。「週刊文春」では、1988年ミステリ部門の第7位でした。私は単行本で読んでいましたので、雑誌が選ぶ順位には関心がありません。それよりも気になったのは「無限の自由が手にはいると思っていた彼」というコピーです。だれにでも透明人間願望は、あるのかもしれません。私は現実的だったので、考えてみたこともありません。文庫での読み方は、新たな発見にウエイトをおきました。だから、急いでページをくくる必要はありません。それでもあのときの感動は、同じようによみがえってきました。この作品はおそらくベスト・ミステリー作品として、永久に語りつがれると思います。作品は題名のとおり、透明人間になってしまった「僕」の告白手記、という体裁になっています。――ともかく、事の発端は、僕のごく平凡な人生の中途で起きた、ある小規模ながら異常な科学的不祥事だったのだ。それが、ニュージャージーの地表のごくごく狭小な地域をまったく透明に変えてしまったのである。そして僕は、まさしくその決定的瞬間、偶然にも、その狭小な地表にいた。おかげで、すぐ周辺にあった事物もろとも、あっというまに変身してしまった。(本文P6より)ウオール街に勤める若い証券アナリスト、ニック・ハロウエイはある日、爆発事件に巻きこまれます。かろうじて難をのがれたニックは気を失い、目覚めた翌朝、室内のすべてのものが透明になっていることを発見します。そして自分自身も、透明人間になっていたのです。――ふるえながら手をのばして、失くなった足をさぐった。あるべきところに、ちゃんとあるような気がする。すこし身を起こして両膝に体重をかけ、身体全体をさぐってみた。なにもかもそろっている――いつものようにビジネス・スーツまで着ているのが感触でわかる。にもかかわらず、どんなに頭をよじっても、眼をこらしても、自分の体がまったく見えない。(本文P106より)ニックはニューヨークタイムズの記者である、アンに思いをよせていました。爆発の1週間前に1夜を交わし、恋人になりそうな予感がしていました。爆発した研究施設には2人できていました。第1章では、アンについての回想がつづきます。爆発現場は、政府機関により完全に包囲されます。彼らは苦労して、透明の猫を捕獲します。ニックにも捕獲の手がのびてきます。彼は混乱した頭で、モルモットにされてしまうと考えます。逃げのびる決断をします。この記述は初稿のものですが、重大な読み落としがありました。――自分の姿を他人に見られないということは、それなりのメリトがあるはずだ。並みの人間には望めない自由も享受できるはずだ。(上巻本文P161より)ニックにはモルモットにされてしまう、という恐怖感は希薄でした。私は初稿(5年前)で前記のように書きました。しかしそうではありませんでした。ニックはばりばりの証券アナリストというよりは、すこし軽薄な男だったのです。このあとにつづく記述も、私は完全に読み落としていました。――いま現在身につけているものは、僕と同じく透明だから、そのまま着用しつづけることができる。その点でいえば、いま現在この<マイクロ・マグネティックス社>の屋内にあるものならすべて、これからも利用できるだろう。それらもやはり、僕と同じく透明だからだ。こいつはいい。そうだ、見えないこの社屋は、透明な品々の貯蔵庫と言ってもいいではないか。(上巻P161より)透明人間になっているニックを保護しようと、秘密諜報員が必死に探索しています。ニックは恐怖のなかで、冷静にそう考えたのです。そしてニックは、透明になっているいくつかの品物をもって、現場から孤独な逃亡をはかります。H・F・セイントは、ウェルズ『透明人間』(岩波文庫)よりも、デフォー『ロビンソン漂流記』(新潮文庫)を参考にしたと語っています。(文庫あとがきを参考にしました)孤独をいやすための道具の存在。H・F・セイントはおそらく、透明な品物をもちはこぶ場面のヒントを、『ロビンソン漂流記』から得たのでしょう。私は再読してよかったと思いました。そして注意力散漫な、自分の読書法を反省しました。秘密諜報員の追撃で、ニックは自宅も追われます。このとき彼は自分の存在をしめす日記、手紙、写真などを燃やします。それは社会から、自分自身を消し去ることを意味します。こうしてニックは、ニューヨークの街中を逃げまどうことになります。ここからはデビット・ジャンセンの「逃亡者」を連想させられます。物語はさらに、スリリングな展開となります。――信号が青になったので道路をわたりだしたちょうどそのとき、横の停車線で停まっていたタクシーが、突っ切っても大丈夫とみたのだろう、突然信号を無視して飛び出したのだ。よけるまもなく、僕はそのバックミラーにはじきとばされて、駐車中の車に倒れかかった。(上巻P263より)――透明人間として白昼の街頭を歩いていくためには、じっさい、絶え間ない注意が必要なのだ。とりわけ用心が肝心なのは、ウォークマンを聞きながらローラースケートで滑っている連中だった。(上巻P381より)恋とサスペンスに加えて、この作品の優れている点は、主人公の日常生活を克明に描いていることにあります。なにげなく暮らしていた都会が、透明人間になった瞬間から、危険きわまりないものに変貌するのです。 引用例のように著者は、甘い透明人間願望を、みごとに打ちくだいてみせます。ここまでディテールに固執した変身譚は、おそらくほかに例はないと思います。◎ラブストーリーへの変化主人公は逃亡をつづけながら、ある日顔見知りの女性と出会います。もちろん彼女の方から主人公は見えません。後をつけてゆくと、パーティ会場でした。主人公はアリスという女性に、一目惚れします。透明人間が自ら、はじめてコンタクトをとります。アリスは驚きながらも、透明人間を受けいれます。物語はここから一変します。透明人間の孤独感と、政府機関の執拗な追跡から逃れる基調が、ラブストーリーに変わるのです。ミステリーからサスペンス。そしてラブストーリーへの展開はみごとです。透明人間であることにたいする孤独感。自己主張できないことへの歯がゆさ。元の姿にもどれないことへの絶望感。本書を読んだ人はいちように、透明人間にはなりたくないと思うはずです。透明人間になって片思いの人の私生活をのぞいてみたい、などという邪悪な気持ちはなえてしまうことでしょう。透明人間を題材にした作品は数多くあります。元祖のH・G・ウェルズが『透明人間』(岩波文庫)を上梓したのは、1987年でした。文庫になった翻訳本は複数あります。『透明人間の告白』と読みくらべてもらいたいと思います。文庫本の訳者あとがきに、印象的な記述があります。――もしあなたが透明人間になったとして、人前でなにを食べたらその体はどう見えると思いますか。/その場合、ワインとポークではどう違うのでしょうか?/それから生じる不都合を最小限に抑える方法や如何?/ウェルズ先生の『透明人間』を読んでも、そういう現実的かつ切実な問にはまったく答えてくれない。が、本書『透明人間の告白』は、アメリカの評論家がいみじくも評したように、<万一あなたが透明人間になった場合の格好の暮らしの手帳>たるべく、実に懇切丁寧に答えてくれるのである。(あとがきより)本書をていねいに読んだので、私の場合はいつ透明人間になってもだいじょうぶです。ちなみに「標茶六三の文庫で読む400+α」のH・G・ウェルズ作品は、『タイムマシン』(ハヤカワ文庫SF)を推薦作としています。(標茶六三:2009.06.29初稿、2015.05.08改稿)
2015年05月09日
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飛騨天生(あもう)峠、高野の旅僧は道に迷った薬売りを救おうとあとを追う。蛇や山蛭の棲む山路をやっと切りぬけて辿りついた峠の孤家(ひとつや)で、僧は匂うばかりの妖艶な美女にもてなされるが……彼女は淫心を抱いて近づく男を畜生に変えてしまう妖怪であった。幽谷に非現実境を展開する『高野聖』ほか、豊かな語彙、独特の旋律で綴る浪漫の名作『歌行燈』『女客』『国貞えがく』『売色鴨南蛮』を収める。(文庫案内より)泉鏡花『高野聖』(新潮文庫)◎読者を夢幻の世界に誘う 泉鏡花の文章は、驚くほど読みやすいものです。一文が当時としては、極端に短いためでしょう。一般的に泉鏡花の文章は、美文調といわれています。単語を重ねると、どうしても文章がぎすぎすしてしまいます。ところが、泉鏡花の文章は澄んでいます。 『高野聖』は旅籠屋で眠れない「私」に、道連れになった僧が語ってくれた話です。飛騨から信州へ向かう分かれ道で、僧は富山の薬売りが危険な近道を行ったことを知ります。そのまま見殺しにはできず、僧も危険な道に分けいります。 蛇や山ヒルに遭遇しながら、僧は山道への難行をつづけます。薬売りの姿は見えません。そんなとき僧は、一軒家を発見します。そこには絶世の美女が住んでいました。僧は一宿をお願いします。女は僧を川へと案内します。女は川で僧を裸にし、自らも全裸になります。 川への往復では、蛙や蝙蝠が近寄ってきます。女は「お客さまがあるじゃないかね」とはねつけます。猿が女に抱きつきます。「畜生、お客様が見えないかい」といい捨てて殴りつけます。 家へ入ろうとすると、小父様と称する男が、女に問いかけます。「やあ、大分手間が取れると思ったに、御坊様旧(もと)の体でかえらっしゃったの」。 このあたりから否応なく、不気味さが増してきます。この先にはふれませんが、泉鏡花はあやしげな世界へと読者を引きずりこみます。泉鏡花は森鴎外『即興詩人』(上下巻、岩波文庫)などの影響を受け、美しく流れるような文章を追い求めたました。 ◎『高野聖』は「能」の世界と同じ『高野聖』に関する書評は、びっくりするほどたくさんあります。そのなかで、村田喜代子(推薦作『鍋の中』文春文庫)が書いた「泉鏡花『高野聖』・魔界の子守歌」が、もっとも的を得ていると思いました(大岡信、加賀乙彦ら編『近代日本文学のすすめ』岩波文庫別冊13に所収)。引用してみたいと思います。――鏡花の幻想怪奇物は、「能」などと似ている。近代小説は読者の日常と地続きの場所で話がはじまるものだ。しかし鏡花の小説は能の舞台と同様な、異域、神域の舞台の上でおこなわれる。最初に嘘の約束事が必要となる。何もない所に結界の線を引いて、暗黙の内に了解し合うのは古来からの男の世界だ。/そこでは「やり過ぎじゃありませんか」とか、「そんな女いないわよ」などと水をかけるような女性は入場禁止で、覗き趣味の私のような者は、闇にまぎれて入り込むしかない。(本文より) 村田喜代子は女には書けない世界である、といっています。女が女を描くのとちがい、男はさまざまな女を表出できるのでしょう。山奥の女は、生娘であったり、娼婦であったり、女王さまであったり、母のようであったり、妖女であったりします。 飛騨から信州へと分け入る近道は、泉鏡花の幼い時期と重ね合わせています。泉鏡花はさまざまな作家から評価、尊敬されています。「新潮日本文学小辞典」から、泉鏡花について評価をしている作家の名前だけを拾ってみたいと思います。 芥川龍之介、夏目漱石、志賀直哉、谷崎潤一郎など。佐藤春夫は、漱石、鴎外と並ぶ作家と評価していました。 プロからプロが評価される。これは稀有な例だと思います。泉鏡花は初期作品『夜行巡査』および『外科医』では、一定の評価を得ていました。しかし泉鏡花を有名にしたのは、『高野聖』を発表してからのことです。怪奇・ロマンティシズムに満ちあふれた作品は、「幻想文学」の先駆者といわれました。このジャンルは、上田秋成『雨月物語』以来、鳴りを潜めていました。そこに再びスポットをあてた、泉鏡花の功績は非常に大きなものでした。(山本藤光:2009.08.13初稿、2014.10.16改稿)
2015年05月08日
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「右手を見せてくれ」。スーパーで万引犯を捕捉する女性保安士・八木薔子のもとを訪れた刑事が尋ねる。3年前に別れた不倫相手の妻が殺害されたのだ。夫の不貞相手として多額の慰謝料をむしり取られた彼女にかかった殺人容疑。彼女の腕にある傷痕は何を意味するのか!?第42回江戸川乱歩賞受賞の本格長編推理。(「BOOK」データベースより)渡辺容子『左手に告げるなかれ』(講談社文庫)◎実力派の新生が出現(2009年「日刊ゲンダイ」掲載時の見出し) 渡辺容子は『左手に告げるなかれ』(講談社文庫)で、江戸川乱歩賞を受賞しました。これまで同賞に2度落選しており、『左手に告げるなかれ』は3度目の正直となったのです。この作品の主人公・八木薔子(ショウコ)は33歳の保安士。保安士といってもなじみがないと思いますが、著者自身がその職業についてつぎのように書いています。――スーパー、百貨店などの売り場を、買い物客を装った姿で巡回して万引の警戒にあたる私服保安士の方々を取材させていただき、万引犯罪が増加の一途を辿っていることを実感させられた。(「本」1996年10月号より) 渡辺容子は入念な取材をおこない、保安士の仕事や心がけを作品のなかに結実させました。まるで保安士マニュアルを読んているような、記述もたくさんあります。しかしそれが作品を平坦にはしていません。一人称で書かれているために、視野が限定され単調になりがちなのですが、会話を多く取り入れることで作品に広がりをもたせています。万事が計算されてのことでしょう。マニュアルの部分はこんな具合です。――スーパー、百貨店といった小売業では売上に対して、一・五パーセント前後の棚卸しロスが生じるといわれている。百億の売上があれば、帳簿在庫とを突き合わせると一億五千万円前後の差が生じるのだ。このうちの六割、つまり九千万円分は万引、もしくは内部不正によって生じたロスであるというのが、この世界の定説となっている。(本文より) ある日、主人公を訪ねて刑事がやってきます。薔子は3年前に勤めていた証券会社を退職しています。当時不倫関係にあった木島とのことが発覚して、会社にいられなくなったのです。 薔子は木島の奥さんへ慰謝料400万円を支払うために、車やマンションを売却しました。木島の奥さんが何者かに殺害されます。刑事はその辺の経緯から、主人公に対して殺人の嫌疑をかけたのでした。帰り際に刑事がこんなことをいいます。この言葉の意味を後に知ることなりますが、このセリフがストーリーを引っぱっています。――捜査に協力すると思って、ひとつセーターをまくって右手を見せてもらえませんか。(本文より) 被害者は、ダイイング・メッセージを残していました。それが「……みぎ手」であったのです。そして主人公の右手には傷がありました。薔子は右手にかけられた疑惑を晴らすべく、自ら真犯人をさがします。 いっぽう薔子以外にも、この事件を追っている探偵が現れます。探偵は不倫写真を撮ったために、薔子の人生を狂わせた責任をとりたいといいます。探偵の出現で作品は、さらに厚みを増します。素人探偵・薔子の視点のみでのなぞ解きでは、深みが生まれません。渡辺容子は探偵を登場させることで、ストーリーに新しい展開を生み出しました。 これ以上書くと、タイトルの意味も含めて、ルール違反になってしまいます。この作品のよさは、前述のとおり周到な準備と人物造形の巧みさにあります。会話は厚みに乏しいものの、一人称小説をカバーするには、十分な流れになっていました。 注目すべき新人の誕生です。今回渡辺容子に賞をさらわれた候補者の中に、高嶋哲夫、野沢尚がいました。この2人にも注目しています。 (山本藤光:2009.09.26、「日刊ゲンダイ・My Review」1996年10月20日号に藤光伸のペンネームで掲載したものを加筆修正しました)◎『流さるる石のごとく』もお薦め 渡辺容子は多作の作家ではありません。じっくりと大切に作品を仕上げています。デビューは1992年、「売る女、脱ぐ女」で小説現代新人賞を受賞しています。しかしこの作品は見あたりません。1996年『左手に告げるなかれ』で江戸川乱歩賞を受賞しました。 主人公の八木薔子は、その後の作品にも登場します。文庫化されている著作でお薦めなのは、『ターニング・ポイント ボディーガード八木薔子』(講談社文庫)、『要人警護』(講談社文庫)そして八木薔子シリーズ最後の作品『罪なき者よ、我を撃て』(2013年講談社)の文庫化を待っている状況です。 八木薔子シリーズ以外の作品では、『流さるる石のごとく』(講談社文庫)がお薦めです。『流さるる石のごとく』の主人公・速水圓(まどか)は万引き癖があり、アルコール依存症です。そして脇役として、万引き防止システムの設計・施工会社社長の稲葉が登場します。 速水圓は、日本屈指の大富豪のひとり娘です。夫・速水道之は大学病院の助教授。父親に猛烈に反対されながら結婚しました。結婚して7年になりますが、子供はいません。夫婦仲には亀裂がはいっており、いつしか圓は夫に殺されるかもしれないと思いはじめています。それが万引きとアルコール摂取に拍車をかけています。 渡辺容子は、好んでめちゃくちゃな(ファニーな)ヒロインを描いています。その理由について、著者自身がつぎのように語っています。――私の中では、ファニーという言葉がぴったりのヒロインというと、『ティファニーで朝食を』のホリー・ゴライトリなんです。いわゆるアウトサイダーですが、あのホリーの物語は何度読み返しても切なくなります。(「青春と読書」1999年10月号)――アルコール依存症者をヒロインにしたのは、酔った彼女の目を通して見えてくる社会の歪みのようなものを描きたかったから。(同) 事件が起きます。圓のもとに「速水道之氏を誘拐した」と脅迫電話がはいります。夫が勤める病院へ電話をいれます。「奥さんが大怪我をした」という電話があり、そっちへ向かったという返事でした。 圓はジュエリー全品をボストンバックに詰めて、犯人の要求にしたがいます。犯人は徹底的に圓を振りまわします。東京自由が丘駅、東京駅、新神戸駅、宇治山田駅、猿田彦神社、賢島と犯人の指示が変わります。 そして、もう一つの事件が起きます。家へ戻った道之のもとへ、「圓を誘拐している」と脅迫電話が入るのです。犯人の要求で十億円を抱えて、指定の場所へ向かう道之。その間、圓はころころ変わる犯人の指示に振り回されています。だれひとり監禁されることのない誘拐事件。やがて道之の死体が発見されます。現金は消えていました。 この作品には、いたるところに「伏線」がはられています。読み進めるうちに、思わず前のページをくくりたくなるほどです。そしてさまざまな「依存症」が登場します。万引き防止の装置に依存する店舗。心臓のペースメーカーに依存する夫・道之。アルコールに依存する圓。お手伝いさんや速水の義母に依存する速水家の日常。病める社会の象徴として描かれているのが、「依存」なのです。 渡辺容子は「依存」を通じて、そんな現象にスポットをあててみせました。『流さるる石のごとく』は、「伏線の妙」と「依存」に着目して読んでいただきたいと思います。(山本藤光:2009.10.16初稿、2015.05.06改稿)
2015年05月07日
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独創的かつ大胆な発想とレトリックを駆使、ルネッサンス期に生きたレオナルド、ルター、更にポー、ゴッホら二十二人の巨人達を俎上に載せ、滅亡に瀕した文化の再生の秘密を探る。戦時下、自由な言論が窒息するなかで書き継がれた本書には、目前に迫る滅びから必死の反撃を試みんとする比類のない抵抗精神と、生涯を貫く「近代の超克」への強烈な意志が凝縮している。花田清輝の代表作にして古典的名著。(「BOOK」データベースより)花田清輝『復興期の精神』(講談社文芸文庫)◎楕円のレトリック 大学時代の私は、超貧乏学生でした。そんな私ですがアルバイトをしながら、『花田清輝著作集』(全7巻、未来社)を揃えました。卒論が安部公房だった関係で、どうしても避けて通れない人だったのです。安部公房は花田清輝を尊敬していましたし、大きな影響を受けています。『復興期の精神』(講談社文芸文庫)は、1946年に発行されています。実質的には第2評論集なのですが、この著作で一躍脚光を浴びたので、デビュー作ととらえられています。幻の名作といわれた処女評論集『自明の理』は、学生時代ずっと入手できませんでした。それが1977年に『花田清輝全集』(全15巻+別巻2巻、講談社)が刊行され、第2巻「復興期の精神」に所収されたのです。 戦時中の花田清輝について、書かれた坂口安吾の文章があります。紹介させていただきます。坂口安吾は花田清輝『復興期の精神』が誤読されるのを恐れて、つぎのように書いています。――ファンタジイを見るのみで、彼の傑れた生き方を見落してしまふのではないかと怖れる。彼の思想が、その誠実な生き方に裏書きされてゐることを読み落すのではないかと想像する。(坂口安吾『花田清輝論』青空文庫より) そしてつぎのようなエピソードを紹介しています。――彼は戦争中、右翼の暴力団に襲撃されてノビたことがあつた筈だ。戦争中、影山某、三浦某と云つて、根は暴力団の親分だが、自分で小説を書き始めて、作家の言論に暴力を以て圧迫を加へた。文学者の戦犯とは、この連中以外には有り得ない。/花田清輝はこの連中の作品に遠慮なく批評を加へて、襲撃されて、ノビたのである。このノビた記録を「現代文学」へ書いたものは抱腹絶倒の名文章で、たとへばKなどといふ評論家が影山に叱られてペコ/\と言訳の文章を「文学界」だかに書いてゐたのに比べると、先づ第一に思想自体を生きてゐる作家精神の位が違ふ。その次に教養が高すぎ、又その上に困つたことに、文章が巧ますぎる。つまり俗に通じる世界が稀薄なのである。(坂口安吾『花田清輝論』青空文庫より) 講談社文芸文庫の巻末参考資料のなかに、花田清輝自身はつぎのように書いています。――戦争中、私は少々しゃれた仕事をしてみたいと思った。そこで率直な良心派のなかにまじって、たくみにレトリックを使いながら、この一連のエッセイを書いた。良心派は捕縛されたが、私は完全に無視された。今となっては、殉教面ができないのが残念でたまらない。思うに、いささかたくみにレトリックを使いすぎたのである。(巻末「初版跋」花田清輝より) 花田流レトリックについては、百目鬼恭三郎がわかりやすい解説をしています。引用させていただきます。――転形期を捕まえるには、事実というひとつだけの焦点をもって円をえがいていてはだめで、虚と実、二つの焦点をもって楕円を描かなければならない。ところが世間は単円主義者ばかりで、事実の論理しかうけつけない。したがって、この世が楕円であることを彼らにわからせるには、論理ではなく、虚を実のようにのみこませるレトリック(修辞)によるほかはない、というのが花田の文学論であるようだ。(百目鬼恭三郎『現代の作家一〇一人』新潮社P162より)◎言論弾圧を逃れるため 花田清輝は難解だという人がいます。しかしそれは大いなる誤解で、非常に歯切れのよい、わかりやすい文章です。長くなりますが、1例を示します。「極太・極小―スウィフト」の章では、こんなことが書かれています。――習慣とは何か。ドストエフスキーの『悪霊』の冒頭に、ガリヴァが小人国から帰ってきたとき、自分だけすっかり大人気どりで、ロンドンの街をあるきながら、通行人や馬車に向かって、さあ、どいた、どいた、用心しないか、うっかりしているとぶっつぶすぞと怒鳴りつけ、人びとから冷笑されたり、罵倒されたり、無作法な馭者などからは鞭でなぐられさえした、まことに習慣の力は恐ろしいものだ、というようなことが、もっともらしく書いてある。ところが、これがドストエフスキー一流の出鱈目で、『ガリヴァ旅行記』によれば、主人公が錯覚をおこし、そういう侮蔑をうけるのは、小人国からではなく、大人国から帰ってきたときのことなのだ。まるで反対である。大人ばかりみなれていたために、普通人まで小人のように感じた、というのがスウィフトの論理なのだ。(本文P125より) このあとに、なぜドストエフスキーは錯誤したのか、の論考がつづきます。そして突然、ユークリッドが登場します。花田清輝の著作を読んでいると、知らぬ間にとんでもない世界に迷いこむことがしばしばあります。 前記「楕円」の考えについては、「楕円幻想 ─ ヴィヨン」の章にくわしく書かれています。ここでは最初に「円は完全な図形であり、それ故に、天体は円を描いて回転する」というプラトンの説と、デンマークの天文学者ティコの予言「惑星の軌道は楕円を描く」をならべて提示します。それからコクトーは神戸で、日本のこどもが路上に完全な円を描くのをみて、感動したというエピソードが紹介されます。そして核心部分に筆が進んでいきます。――「焦点こそ二つあるが、楕円は、円とおなじく、一つの中心と、明確な輪郭をもつ堂々たる図形であり、円は、むしろ、楕円のなかのきわめて特殊なばあい、── すなわち、その短径と長径とがひとしいばあいにすぎず、楕円のほうが、円よりも、はるかに一般的な存在であるともいえる。(本文P221より)『復興期の精神』には引用例のほかに、ダンテ、レオナルド。ポー、ゲーテなど22人のヨーロッパの文化人がとりあげられています。いずれも楽しいエピソードをちりばめながら、花田節が炸裂します。それぞれは短い章だてなのですがまるで寄木細工のように、たくさんの人物や作品がもちいられています。 丸谷才一も著作『文学のレッスン』(新潮文庫)のなかで書いていますが、花田清輝の文章は「曲がりくねってどちらともとれ」ます(本文P194より)。これは本人が書いているように、言論弾圧を逃れるための手段だったのです。したがって読者は虚と実を、しっかりと読みこむ必要があります。そんな楽しみが花田清輝の著作にはふんだんにあるのです。◎追記:花田清輝『復興期の精神』のこと朝日新聞に作品社の増子信一さんが、花田清輝『復興期の精神』(講談社文芸文庫)について書いていました。本書は「山本藤光の文庫で読む500+α」で取り上げています。増子さんは次のように時代を語っています。――1970年代の初めは「埴谷千年、吉本万年」という言葉がまだ生きていて、埴谷雄高『幻想のなかの政治』、吉本隆明『共同幻想論』がもて囃されていた。(朝日新聞2019.04.17)このあと増子さんは、――花田・吉本論争でコテンパンにやられたオールド・左翼、花田を読んでいると白眼視されること必至。と書いています。しかし私同様、花田清輝によって読書の幅が拡大したとも添えています。若い人にはぜひ読んでもらいたい作家が、花田清輝です。埴谷、吉本よりもずっと知的だと、私は信じています。もっとも二人はほとんど読んでいないのですが。山本藤光2019.04.22(山本藤光:2012.07.24初稿、2018.02.20改稿、2019.04.21追記)
2015年05月06日
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史上初の推理小説「モルグ街の殺人」。パリで起きた残虐な母娘殺人事件を、人並みはずれた分析力で見事に解決したオーギュスト・デュパン。彼こそが後の数々の〈名探偵〉たちの祖である。他に、初の暗号解読小説「黄金虫」、人混みを求めて彷徨う老人を描いたアンチ・ミステリ「群衆の人」を新訳で収録。後世に多大な影響を与えた天才作家によるミステリの原点、全6編。(「BOOK」データベースより)ポー『モルグ街の殺人』(新潮文庫、巽孝之訳)◎推理小説の開祖ポーは24歳のときに、『壜のなかの手記』で懸賞小説に入選しています。これが実質的な小説デビュー作品です。ただしこの作品は、図書館で検索しても、「該当なし」となっていました。ところが2014年10月に刊行された『kindle版新潮文庫準拠:ポー短編集・黒猫/黄金虫』(99円)のなかに、「罎の中から出た手記」というタイトルで所収されていたのです。「新潮文庫準拠」とありますが、手元にある新潮文庫には所収されていません。「罎の中から出た手記」(佐々木直次郎訳)は曇天文庫版を使用したとあり、「壜のなかの手記」と同じものだとの添え書きがついています。この原稿の改訂中に、ダウンロードしました。まだ読んではおりません。 ポーの作品を経時的にたどるなら、2009年に刊行された『ポー短編集』(「ゴシック編」と「ミステリー編」の全2冊、新潮文庫)がお薦めです。「ゴジック編」には『黒猫・アッシャー家の崩壊』、「ミステリ編」には『モルグ街の殺人・黄金虫』が収載されています。『ポー短編集』2冊には、探偵小説、ミステリー小説の開祖・ポーの魅力が凝縮されています。 ――推理小説の歴史は1841年のポーの短篇『モルグ街の殺人事件』にはじまるというのが定説である。それまでは犯罪実話か、単純な事件読み物であったが、ポーはこの作品で初めて、提示した不可解な謎を論理と推理を駆使して合理的に解決に導いている。(『海外ミステリー事典』新潮社より)もう少し辞書的な解釈を借用してみます。 ――ポーの作品はほとんど幻想と怪奇が中心であり、推理小説に属するものは極めて少ない。『モルグ街の殺人事件』のほかには、『マリー・ロジェエの怪事件』(1842-43発表)、『盗まれた手紙』(1844年発表)、『黄金虫』(1843年発表)、『お前が犯人だ』(1844年発表)の計5編であり、厳密にいえば後の2編は推理小説から除かれている。(『海外ミステリー事典』新潮社より)これら5作品はすべて、『ポー名作集』(中公文庫)に所収されています。『モルグ街の殺人』(新潮文庫のタイトルにしたがって表記)が後年に与えた影響は絶大でした。この作品に世界ではじめての探偵、C・オーギュスト・デュパンが登場します。デュパンと語り手「わたし」という形式は、やがてホームズとワトスンの名コンビ(ドイル『シャーロック・ホームズの冒険』)に引きつがれます。日本の推理小説のパイオニアである江戸川乱歩の筆名が、エドガー・アラン・ポーからのもじりであることはあまりにも有名な話です。◎世界の探偵第1号・デュパンの登場「モルグ街の殺人」は、密室殺人事件を扱っています。パリのモルグ街の一室から、悲鳴が響き渡ります。建物の4階からでした。そこには老夫人と令嬢が暮らしています。近所の人々が階段を駆け上がります。扉は施錠されていました。室内からは悲鳴と人が争っているような声が聞こえます。扉を蹴破って、室内になだれこみます。令嬢は狭い煙突のなかに、逆さまになった死体で発見されました。老婦人は坪庭で、バラバラ死体になって絶命していました。窓も施錠されており、完全なる密室殺人事件です。警察は事件の解決を、一人の男に依頼します。ここで世界の探偵第1号・オーギュスト・デュパンが登場します。 近所の人はなかで発せられた声を、母国語ではないと断言します。フランス語、スペイン語、イタリア語などと、さまざまな憶測が乱れます。これが論理的な、世界はじめての推理小説なのだと、読んでいて感激してしまいました。 デュパン探偵が登場する第2作「マリー・ロジェエの怪事件」は、『モルグ街の殺人・黄金虫』(新潮文庫)には収載されていません。先に記したように、中公文庫『ポー名作集』に頼るしかありません。個人的には、「盗まれた手紙」(『モルグ街の殺人・黄金虫』所収)が好きです。誰も殺されないミステリー。第1作品(「モルグ街の殺人」)に登場する探偵・C・オーギュスト・デュパンの第3場は、ポーの最高傑作ともいわれています。 「盗まれた手紙」は、最初から犯人がわかっています。テレビで好評だった「刑事コロンボ」は、この流れを組んでいます。警察がどんなに家捜ししても、犯人が隠した手紙は見つかりません。ここでデュパンの直感が冴えわたることになります。もう1作あげるなら「黄金虫」がすばらしい。本作はこども向けに書かれた、暗号小説です。論理的であり、視覚的でもあり、怪奇的でもあります。ドイル『シャーロック・ホームズの冒険』を読む前に、ポーのほかの作品にふれておくべきだったと後悔しています。最後に「ブリタニカ国際大百科事典」から、ポーの評価について紹介したいと思います。 ――ポーは、詩においても小説においても、美の創造を目的とし、単一の効果をもたらすために、短く、音楽的な形式を主張した。生前および没後しばらくは、英米での評価はあまり高くなく、ボードレールをはじめとするフランス象徴派によって認められた。(標茶六三:2010.06.09初稿、2012.05.04改稿)
2015年05月05日
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熱海の海岸で、許婚者の宮の心が金持ちの他の男に傾いたことを知った貫一は、絶望の余り金銭の鬼と化し高利貸しの手代となる……。(文庫案内より)尾崎紅葉『金色夜叉』(新潮文庫)◎『小説神髄』を忠実に実践――「十年後の今月今夜も、僕の涙で月は曇らして見せるから、月が曇ったらば、貫一は何処かでお前を恨んで、今夜のやうに鳴いてゐると想ふが可い」 お宮に向かっての貫一の捨てセリフは、あまりにも有名です。熱海に行ったときに、「お宮の松」を見ました。間貫一がお宮を足蹴にした場所です。私はそこまでの物語しか知りませんでした。噂には聞いていましたが、『金色夜叉』は想像以上に長い作品でした。 新潮文庫(平成19年、46刷)では、そこまでが「前編」。さらに「中編」「後編」「続金色夜叉」「続続金色夜叉」「新続金色夜叉」と続いています。ページ数は599。とてつもなく長いものがたりです。最後まで読みましたが、何だか間延びした感じを受けてしまいました。 尾崎紅葉は、坪内逍遥『小説神髄』(岩波文庫)を忠実に実践した作家です。幸田露伴『五重塔』(岩波文庫)と並んで、『金色夜叉』は「擬古典主義」の代表作として評価されています。坪内逍遥『小説神髄』のポイントを、整理した文章を引用しておきます。 ――人間とは欲望の生き物であり、道徳にしばられた生き方などは、本来の人の姿ではない。(中略)そんな人間の内面を描くのが、文学なのだ。(長尾剛『早わかり日本文学』日本実業出版社より)『金色夜叉』は1897年から5年間、読売新聞に連載されました。連載は大評判で、何度も中断をしながら書き連ねられました。そんな苦労のあとが、物語の後半で露呈してしまいます。物語のなかに、別の物語が挿入されているのです。『金色夜叉』は、地の文が文語体、会話が口語体という当時としては、新しいタイプの小説です。しかも文語体は、がちがちの漢文調だけで統一されていません。実にユニークな文体で、物語を巧みに動かしています。尾崎紅葉は、美文家として知られています。『金色夜叉』は、まさにそれを実証した作品です。文語体は読みにくくてという方にも、すらすら読むことができる作品なのです。『金色夜叉』の前編しか知らなかった私が、先を読んでみたいと思った場面があります。壮絶な間貫一のセリフを、引用したいと思います。――宮、おのれ、おのれ姦婦、やい! 貴様のな、心変をしたばかりに間貫一の男一匹はな、失望の極発狂して、大事の一生を誤って了ふのだ。学問も何ももう廃(やめ)だ。この恨の為に貫一は生きながら悪魔になって、貴様のような畜生の肉を啖(くら)つて遺る覚悟だ。富山の令……令夫人! もう一生お眼には掛からんから、その顔を挙げて、真人間で居る内の貫一の面を好く見て置かないかい。(「前編」本文P88より)◎「金色夜叉」になった貫一 間(はざま)貫一(かんいち)は早くに両親を亡くし、15歳のときに鴫沢(しぎさわ)隆三(りゅうぞう)家に引き取られました。鴫沢は亡き父親に恩があり、貫一の学費まで支援してくれています。 鴫沢家には宮という一人娘がいました。貫一は宮に恋をし、宮も貫一に好意を寄せていました。鴫沢も将来的には、貫一に婿入りしてもらいたいと思っていました。 そんな青写真が、崩壊しはじめます。正月のカルタ会の席上で宮は、銀行家の御曹司・富山唯継に見初められるのです。彼はダイアモンドの指環を光らせ、嫁選びをしていたのです。 ――富山唯継の今宵ここに来たりしは、年賀にあらず、骨牌(かるた)遊びにあらず、娘の多く聚(あつま)れるを機として、嫁選せんとてなり。彼は一昨年の冬英(イ)吉(ギ)利(リス)より帰朝するや否や、八方に手分けして嫁を求めたけれども、器量望の太甚(はなはだ)しければ、二十余件の縁談皆意に称(かな)はで、今日が日までもなほその事に齷齪(あくさく)して巳(や)まざるなり。(本文P22より) 宮の心は、間貫一から離れてゆきます。鴫沢家としても、宮を富豪のもとに嫁がせたいと願います。貫一に対する鴫沢家の説得が続きます。そんな折り貫一は、宮と富山唯継が熱海で密会するのを知ります。貫一は熱海に行き、必死で宮を説得します。そして破局。それが有名な場面へとつながるのです。―― 一月十七日をもって彼(注:お宮のこと)は熱海の月下に貫一と別れ、その三月三日を択(えら)びて富山の家に輿入したりき。その場より貫一の失踪せしは、鴫沢一家の為に物化(もっけ)の邪魔払たりしには疑(ぎうたがひ)無(な)かりけれど、家内は挙(こぞ)りてさすがに騒動しき。その父よりも母よりも宮は更に切なる誠を籠めて心痛せり。彼(注:お宮のこと)はただに棄てざる恋を棄てにし悔に泣くのみならで、寄辺あらぬ貫一が身の安否を慮(おもひはか)りて措(お)く能(あた)はざりしなり。(「後編」本文P244より) こうして間貫一は、高利貸し業に身を転じます。それが前編以降の展開です。ここからはまったく別人の貫一となります。恋人に去られ、恩人にも欺かれた原因は金でした。金の亡者と化した貫一は、タイトルのとおり「金色夜叉」に変身してしまうのです。 明治時代、大衆からもっとも支持された『金色夜叉』。尾崎紅葉はさらに先の物語を考えていましたが、病のために未完に終わってしまいました。「新続続金色夜叉」を、あなたならどう書くでしょうか。『金色夜叉』は、ブルジア社会に一石を投じた作品です。読みながら、明治の庶民の喝采が聞こえてくるような錯覚を覚えたほどです。(山本藤光:2010.06.21初稿、2015.05.03改稿)
2015年05月04日
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「愛美は死にました。しかし事故ではありません。このクラスの生徒に殺されたのです」我が子を校内で亡くした中学校の女性教師によるホームルームでの告白から、この物語は始まる。語り手が「級友」「犯人」「犯人の家族」と次々と変わり、次第に事件の全体像が浮き彫りにされていく。衝撃的なラストを巡り物議を醸した、デビュー作にして、第6回本屋大賞受賞のベストセラーが遂に文庫化!“特別収録”中島哲也監督インタビュー『「告白」映画化によせて』。(「BOOK」データベースより)湊かなえ『告白』(双葉文庫)◎新人作家としては合格 湊かなえは2007年「聖職者」にて、小説推理新人賞を受賞しています。この作品は処女作『告白』第1章として用いられています。それ以前に湊かなえは、2005年にBSi新人脚本賞佳作、2007年創作ドラマ大賞を受賞しています。 ところが当時は淡路島に住んでいたために、脚本の打ち合わせがひんぱんにできず、脚本家の道を断念しました。そんな環境下で、湊かなえは小説家の道を目指したのです。この転進は、湊かなえ作品にプラスとして現れています。 デビュー作『告白』(双葉社)は、まさにラジオドラマ仕立ての作品でした。発売時に読んだとき、私は「読書ノート」にこんなメモを書いています。(以下転記) 湊かなえのデビュー作『告白』は、新人作家としては合格点をあげられます。これまでにも、日記、手紙、電話が小道具として使われる作品はたくさんありました。『告白』はそれらに、携帯、ブログ、地方新聞が加わります。 さらに登場人物も、今風の設定になっています。シングルマザー、ヤンキー先生、無気力な同級生、歪んだ母と子(中学生)が2組……。 書き出しのホームルームのところは退屈しましたが、あとは短くテンポのよい筆運びでした。筆力はありますし、登場人物の個性もみごとに描き分けられていました。読者の目先を変えながら、物語をつなぐのは割合容易なことです。できれば小道具に走らない作品を読んでみたいと思います。湊かなえの評価をするのは、それからになるでしょう(「読書ノート」2009.05.04より) その後、『少女』(早川書房、現双葉文庫)、『贖罪』(東京創元社、現双葉文庫)を読んで、私は湊かなえに本物の合格点をつけました。とにかく人物造形が優れているのです。登場人物ひとり一人の履歴書を作って書いている、と何かの雑誌にありました。どうやら、それは本当だろうなと思います。若手でここまで登場人物の内面に迫れるのは、たいへんな強みといえるでしょう。◎巧みな人物造形と小道具の活用『告白』は、6章で構成されています。前半は、いずれも「小説推理」に短篇として発表されたものです。『告白』はそれらに、書き下ろしの3章を加えて完成させました。前半は退屈でした。糸を引かない納豆みたいに、味気のない代物でした。それが途中から、喉ごしのよい蕎麦にかわりました。納豆そばは好きですけれど、融合していなければ味気ないものになります。 本書は本文からではなく、帯(単行本)からはじまっています。「愛美は事故で死んだのではありません。このクラスの生徒に殺されたのです」のコピーが効いています。 第1章「聖職者」は、前記のように単独として「小説推理新人賞」に輝いた作品です。語り手は、「私」こと中学1年の担任女教師。結婚するはずだった男がHIVに感染していることを知り、未婚の母として娘・愛美を育てています。 ある日、一人娘の愛美は、学校のプールで水死体として発見されます。警察は事故死として処理しましたが、女教師・森田悠子は生徒のAおよびBが、殺害したと確信しています。終業式当日のホームルームで悠子は、2人の生徒が犯人であると名指しします。少年法で守られた、彼らの刑は重くありません。悠子は自分の手による、復讐を仕掛けたのです。 第2章、第3章も独立した作品でした。第2章「殉教者」は「小説推理」2007年12月号、第3章「慈愛者」は「小説推理」2008年3月号に発表されたものです。湊かなえはばらばらだった作品を、透明な糸でつないでみせました。それまで他人面して存在していた3つの個性が、融合しはじめるのです。そのための仕掛けは、多用な小道具の活用でした。小道具が多すぎると思っていましたが、やむをえないことなのかもしれません。 本書については、最後まで紹介できません。新人離れした人物造形と、コミュニケーション・ツールの機能に、注目していただきたいと思います。 改稿作業中に『Nのために』が文庫化(双葉文庫)されました。単行本で読んだ時点の「読書ノート」は未整理のままです。円熟したこの作品を、推薦作とするべきだろうな、と迷っています。(山本藤光:2010.04.07初稿、2015.05.02改稿)
2015年05月03日
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旅が生活であった芭蕉の旅日記「おくのほそ道」。だが、単なる日記を超えて、風雅の誠を求め続けた魂の記録でもある。現代語訳だけ読んでもダイレクトに古典の面白さを味わえる。地図や名所、植物など、図版も豊富に収録。(「BOOK」データベースより)松尾芭蕉『おくのほそ道』(角川ソフィア文庫)◎今から325年前46歳の男が ドナルド・キーンに、『百代の過客』(講談社学術文庫、金関寿夫訳)という著作があります。日本は日記文学の質が高く、重要視されている唯一の国である、との論調で書かれています。タイトルの「百代の過客」は、松尾芭蕉『おくのほそ道』の書きだしを借用しています。そのなかでキーンはつぎのように書いています。――芭蕉の日記は、自己発見の表現でもあった。彼にそれらを書かせたのは、『万葉集』から今日まで、日本の文学に一貫して流れる旅を愛する心ではなく、旅の中に、彼自身の芸術の、ひいては人として、詩人としての、自己存在の根源を見つけ出そうとする欲求であったのだ。(『百代の過客』(講談社学術文庫P17より) 松尾芭蕉が死を覚悟して旅に出たのは、46歳(1689年)の3月末(現代の暦では5月半ば)でした。当時の46歳といえば、かなりの老齢です。よほどの覚悟がなければ、できないことです。旅には弟子の、河合曾良が随行しています。いまから325年前の話です。 小川洋子もまったく同様の見識を著作に書いています。――松尾芭蕉の旅は、もちろん単なる物見遊山の旅ではありません。古来有名な和歌に詠まれてきた名所、歌枕といいますが、そこを訪れてその地の歴史に思いを馳せ、むかしの歌人たちと感動を共有しながら、松尾芭蕉も自分の俳諧の修業をするという芸術的な旅です。(小川洋子『心と響き合う読書案内』PHP新書より)『おくのほそ道』は前記のような目的でなされた、7か月におよぶ長旅の旅行記です。それを原稿用紙にして、わずか30枚ほどに圧縮しています。最初の1句を紹介します。――草の戸も住み替はる代ぞ雛の家(この小家もこんど代がわりすることになった。新しく入る家族には女児がいると聞く。殺風景な男所帯から、おひなさまを飾る、はなやいだ一家に変わるのだ。季語―雛(春) これがあの「古池や蛙飛びこむ水の音」と、同一人物の句なのかと疑ってしまいます。中学時代に教わった芭蕉は、茶目っ気のある俳人でした。江戸時代の前期に登場した松尾芭蕉は、70年ほど遅れてあらわれた与謝蕪村に大きな影響をあたえました。小林一茶がでてくるのは、さらに50年後のことです。◎優10(とう)生が選んだ1冊 日本の古典は、角川ソフィア文庫「ビギナーズ・クラシックス・日本の古典」で読むようにしています。国文学を専攻していた関係で、教授の執筆による分厚い古典には辟易していました。そんな私には、ポケットサイズのシリーズはなによりの喜びです。散歩の途中に、公園のベンチにすわり息を整えるのには、このシリーズが最良です。 松尾芭蕉『おくのほそ道』(角川ソフィア文庫)は、シリーズ第1期の10冊目となります。本書はまず現代語訳文があり、そのうしろに原文と解説がついています。私はこの構成を好みます。いきなり原文がでてきてそのあとに訳文では、口中にそしゃくしきれない食物を残したまま、ページをくくるような感じがするのです。こう書くとかならず「甘っちょろい」とお叱りのメールが届きます。「原文で読めないのを恥ずかしいと思わないのか」と長文の手紙がきます。私は国文学を専攻していましたが、落第生です。優が10個しかなかった「優10(とう)生」なのです。かんべんしてください。 曾良は『曾良奥の細道随行日記』を書いています。角川ソフィア文庫には、「現代語訳」というもう一種類のシリーズがあります。「ビギナーズ・クラッシックス」にはついていないので、『おくのほそ道―現代語訳・曽良随行日記付き』(角川ソフィア文庫)も併読しています。また岩波文庫『芭蕉おくのほそ道』(萩原恭男校注)には、「曾良旅日記」として併載されています。『曾良奥の細道随行日記』の存在が発見され、上梓されたのは1943年です。『芭蕉おくのほそ道』は1689年に発表されていますから、なんと250年もたって明るみにデタのです。これによって、芭蕉の旅日記に虚構があることがわかりました。 あわてたのは芭蕉研究者たちでした。なにしろ「曾良の日記」は、備忘録のようなもので、虚偽がはいりこむ可能性は少ないのです。その点について嵐山光三郎は著作のなかで、つぎのように書いています。――曾良の『旅日記』には三月二十日に深川を出船し千住に上陸したとある。つづいて三月二十七日夜、春日部に泊まるとある。『細道』本文には三月二十七日の出発(弥生も末の七日)と書いてあって、この七日の誤差はいったいなにを意味するのだろうか。曾良が誤記して、七の字を脱字したという説もあるが、曾良ほど几帳面な男が間違うはずがない。(嵐山光三郎『芭蕉紀行』新潮文庫P218より)◎古典このシリーズときめている理由『おくのほそ道』の冒頭はだれでも、そらんじていえると思います。角川ソフィア文庫「ビギナーズ・クラシックス・日本の古典」の現代語訳、原文、解説をならべてみます。――時は永遠の旅人である。すなわち、月も日もそして年も、始まりと終わりを繰り返しながら、歩み続けて止むことはない。したがって時が歩みを刻む人生は、旅そのものであるといえる。旅客を乗せて送り届ける業者(船頭・馬方など)は、毎日が旅であり、旅のなかに住んでいるようなものだ。昔の有名な文人にも、旅のなかで一生を終えた人がたくさんいる。(現代語訳)――月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり。舟の上に生涯を浮かべ、馬の口とらへて老いを迎ふる者は、日々旅にして、旅を栖(すみか)とす。古人も多く旅に死せるあり。(原文)――「おくのほそ道」は冒頭に芭蕉の人生観を掲げた。ただし、人生すなわち旅という観念は、芭蕉の独創ではない。古代中国の唐の詩人李白や杜甫、日本の歌人西行や宗祇などの生き方に、芭蕉は学んでいる。むしろ、その人生観を実生活のなかで徹底したところに、芭蕉の独創がある。(解説) 角川ソフィア文庫の「原文」は、すこし時代にあった言語に修正されています。岩波文庫ではつぎのようになっています。――月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。舟の上に生涯を浮かべ、馬の口とらえ(へ)て老いをむかふる物(もの)は、日々旅にして、旅を栖(すみか)とす。古人も多く旅に死せるあり。(岩波文庫) 私が古典を読むときに、好んで角川ソフィア文庫「ビギナーズ・クラシックス・日本の古典」を選ぶのは、なめらかさにあります。このシリーズは、現在第3期(1期10冊ずつ)を刊行中です。あれほど苦手で避けていた日本の古典文学を、いまでは楽しみながらスラスラ読んでいます。もっと早くにめぐりあっていたら、「優」の数は5割増しくらいになっていたでしょう。◎「古池や」についての2つの解釈 小林信彦『ちはやふる奥の細道』(新潮文庫)は、抱腹絶倒の1冊です。表向きは著者・W.C.フラナガン、小林信彦訳となっています。このフラナガンなる気鋭のアメリカ人は、日本文化研究の第一人者と自称しています。俳聖・松尾芭蕉の生涯を追跡し、芭蕉の真実の人間像に迫った1冊のはずですが、とてつもない誤解とコジツケのオンパレードとなっています。たとえば芭蕉は忍者のこどもだったという珍説。しかもあらゆるテストに不合格の劣等児だったとしています。そして有名な句について、こんな解釈がなされます。「古池や蛙飛び込む水の音」の解釈を2つならべます。――そこには<水ぐも>をひっくりかえして、池に沈んでしまった<不甲斐ない、忍者の子>のコンプレックス、精神的外傷の叫びがひそんでいる。(この場合、蛙はむろん芭蕉自身をさしている。第二次大戦中、われわれも水中の勇者を<フロッグマン>と呼んだはずである。)(小林信彦『ちはやふる奥の細道』新潮文庫P28より)――この句は、静寂、虚無、衰亡、荒廃という寂びたものを表現していながら、その世界を生きたものとして描いているのである。(中略)蛙の動作やそこから生じる水の音は、美的とは言いかねるもので、雅なるものではない。そういう、雅に反するものを、芭蕉は見捨てられた世界に添えた。ここに優雅とはまったく違う世界が生まれたのである。侘び、寂びというのは完全なる死の世界ではない。生きている現実的世界の中に生じる雰囲気を指すのだ。(大輪靖宏『なぜ芭蕉は至高の俳人なのか』祥伝社P114より) 芭蕉ものでは、嵐山光三郎に『芭蕉紀行』『悪党芭蕉』(ともに新潮文庫)や『奥の細道 温泉紀行』(小学館文庫)などの著作があります。おもしろいです。(山本藤光:2013.02.12初稿、2015.05.01改稿)
2015年05月02日
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夜は若く、彼も若かったが、夜の空気は甘いのに、彼の気分は苦かった……ただ一人町をさまよっていた男は、奇妙な帽子をかぶった女に出会った。彼は気晴らしにその女を誘ってレストランで食事をし、カジノ座へ行き、酒を飲んで別れた。そして帰ってみると、けんか別れをして家に残してきた妻が、彼のネクタイで絞殺されていた! 刻々と迫る死刑執行の日。唯一の証人「幻の女」はどこに? サスペンスの詩人の、不滅の名作。(文庫案内より)アイリッシュ『幻の女』(ハヤカワ文庫、稲葉明雄訳)◎不可解性、サスペンス、スリル、意外性、申し分なし終戦後、アメリカ軍人がおいていった原書が、古書店で出まわるようになりました。江戸川乱歩はアイリッシュ『幻の女』を探し求めていました。念願かなって発見し、むさぼるようにして読みました。そして興奮し、表紙裏につぎのような書きこみをしました。その書きこみ本を、北村薫は「江戸川乱歩展」で目のあたりにしたのです。――「昭和二十一年二月二十日読了、新しき探偵小説現れたり、世界十傑に値す。直ちに訳すべし。不可解性、サスペンス、スリル、意外性、申し分なし……」/乱歩が読み、書き込みをした、まさにその本なのです――わたしが展覧会で見られたのは! 何行にもわたって並んだ文字からは、ミステリの優れた紹介者乱歩の情熱が、直接、伝わってきました。(北村薫『ミステリ十二ゕ月』中公文庫P24より)江戸川乱歩が『幻の女』を入手するまでを紹介した文章があります。少しながいのですが、引用させていただきます。――アメリカで『幻の女』の評判が高いことを知った乱歩は、何とか手に入れて一読したいと思ったがなかなか本が見つからない。そんなある日、足しげく通っていた神田の古書店で、ひと括りにした本の束の一番上に『幻の女』が載っているのを目にした。それは、当時〈雄鶏通信〉の編集長だった春山行夫に売約済みの本の束であったが、乱歩はたまたま同紙に原稿を頼まれていたのをいいことに、ちゃっかりと横取りしてしまう。店を出ようとしたところへ当の春山行夫が現れ、当然ひと悶着あったのだが、乱歩は「有無を云わせず本の包を抱えて、一目散に逃げ出し」た。(『ミステリ・ハンドブック』ハヤカワ文庫より)実は江戸川乱歩よりも早く、『幻の女』を読んでいた日本人がいました。大岡昇平です。その点にふれている文章を紹介させていただきます。丸谷才一・向井敏・瀬戸川猛資の鼎談のなかでの、丸谷才一の発言です。――大岡さんが戦争でフィリッピンに行って、捕虜になって、捕虜収容所でウイリアム・アイリッシュの『幻の女』を原語で読む。それから一年ぐらい経ったときかしら、江戸川乱歩も同じ版で『幻の女』を読んで熱狂する。(丸谷才一『快楽としてのミステリー』ちくま文庫P26より)江戸川乱歩の予言どおり『幻の女』は、いまだに高い評価を得ています。文藝春秋編『東西ミステリーベスト100』(文春文庫)では、1985年版で第2位、同2012年版では第4位と30年間上位に君臨しています。そして『ミステリ・ハンドブック』(ハヤカワ文庫1991年)の「読者が選ぶ海外ミステリ・ベスト100」では、堂々の第1位となっています。それぞれの選評を紹介させていただきます。創元推理文庫から「アイリッシュ短編集」(全8巻)が出ています。ヒッチコック映画になった「裏窓」は、第参巻に所収されています。アイリッシュといえば短篇の妙手のイメージがありました。しかし『幻の女』(ハヤカワ文庫、稲葉明雄訳)を読んで、評判どおりの高純度な作品だと痛切しました。文庫案内にあるとおり、冒頭の文章はあまりにも有名です。――The night was young,and so was he.But the night was sweet,and he was sour.(夜は若く、彼も若かったが、夜の空気は甘いのに、彼の気分は苦かった)読者は独特の文体に、いきなり鷲づかみされてしまいます。全23章の目次は「1.死刑執行前百五十日午後六時」からはじまり、「23死刑執行後一日」でおわります。◎かぼちゃ帽子の女夕暮れのニューヨークの街中を、1人の男(スコット・ヘンダースン)が沈んだ様子で歩いています。彼は妻とケンカして、家を飛び出してきました。彼はなにかに誘われるように、目にとまったバーへはいります。カウンターにすわっていた、かぼちゃのような帽子をかぶった女が目にとまります。――変わっているのは彼女の帽子だった。それは南瓜(かぼちゃ)にそっくりだった。形や大きさだけでなく、色合いまで似ていた。燃えるようなオレンジ色をしていて、その鮮やかさは眼に痛いほどだった。(本文P13より)彼は今夜だけの友だちとの約束で、帽子の女と食事をしショーを見ます。時間は深夜の12時15分前。2人は最初に出会ったバーへ戻り、お酒を飲んで別れます。出会いから6時間。別れはあっけないものです。引用してみます。(引用はじめ)「もう気分が落ちついたのだから、家に帰って、彼女と仲直りしたらいかが?」/彼はちょっと驚いたような顔をした。/「わたし、最初からわかっていたのよ」/彼女は静かにそういった。それを合図に二人は別れた。(引用終り、本文P35より)スコット・ヘンダースンが帰宅すると、家には警官がたむろしています。妻は彼のネクタイで、絞め殺されていました。スコットには愛人がいました。彼は離婚をもとめており、ケンカの原因もそのことでした。当然あらゆる状況証拠から、妻殺しの嫌疑はスコットに向かいます。スコットは疑う刑事に、帰宅するまでのアリバイを伝えます。アリバイを証明するためには、かぼちゃ帽子の女を見つけださなければなりません。さらに立ち寄った店の従業員や、乗車したタクシーの運転手に、証言をもとめなければなりません。ところが得られた証言は「彼は一人だった」というものだけでした。アリバイを証明できないスコットは、死刑の判決を受けます。スコットを逮捕した刑事バージェスは、スコットが実行犯であることに疑問をもっています。死刑執行日は刻々と迫ってきます。刑事バージェスは、だれかに「幻の女」を探してもらえと、スコットにアドバイスします。親友のジャックと愛人のキャロルが支援をかってでてくれます。新聞広告をだしたり、帽子屋をめぐったり、2人は時間との競争を開始します。ここから先にはふれません。スコットは死刑執行を免れるのか。真犯人はだれなのか。本書のだいご味を伝えてくれている文章で結びたいと思います。とにかく詩情あふれる文章は、まるでヘミングウェイを読んでいる感すらありました。――スリラー物は一般に言って、非力な主人公もしくは女主人公が、いつの間にやら運命或いは悪人どもの網に引っかかり、次第に危機感が迫るという筋書きだ。この悪人が誰なのか、アイリッシュの『幻の女』やレヴィンの『死の接吻』(補:ハヤカワ文庫)など、すぐれたスリラーでは容易に分らず、主人公に迫って来る危機感に犯人は誰かの推理的要素が加わって、スリルを一段と高める。これが読者をおびやかす公式と言える。(福永武彦の第8回講義。福永武彦・中村真一郎・丸谷才一『深夜の散歩・ミステリの愉しみ』ハヤカワ文庫P47より)(山本藤光:2011.04.26初稿、2015.04.30改稿)
2015年05月01日
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