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ヴィトゲンシュタインは「私は1本の木を見ている」という文章は現象を記述していないと言う。私は、私の状態という現象を記述していると思う。もし、その私がそれ以前盲目であり、手術後目隠しされたまま平原に連れて行かれ、目隠しを取られた直後の発言なら、かなりインパクトのある現象を記述しているだろう。
2018/08/31
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ヒトラーは、ユダヤ人はなるほど利口だと認める。しかし、それは他民族からの借り物だとする。そして、犠牲的精神を持たず理想的志操を全く持たないと決めつける。なんという、ステレオタイプ。こんな幼稚な論法なら、いくらでも自民族を優秀だと思える。いやいや。どの民族でも、犠牲的精神を持ち理想的志操を持つ人間など、ごく少数だろう。しかも、そんな人間に限って、とんでもない災厄をもたらすことさえあるのだ。
2018/08/30
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ドゥルーズはどうやら科学を嫌悪あるいは蔑視しているようである。それはヴィトゲンシュタインにも見られる。例えば、「わたしたちは、どのような条件において、そうした実験は反復を保証するのかと問わなければならない。類似の巨大な諸循環のなかではどんな推論も可能であって、自然現象は勝手気ままに生じるのだという考え方からすれば、あらゆるものがあらゆるものに反応し、すべてがすべてに類似することになる(雑多なもののそれ自身との類似)。ところが、実験は、比較的閉じた環境をつくり、そのなかで、わたしたちは、選択された少数のファクターに即してひとつの現象を定義する(そのファクターは、最小限二つであって、たとえば、真空中の物体の運動一般については、空間と時間である」や「反復を定立するものも、定言的なものも、あるいは反復のなかで権利上価値あるものも説明されはしない(権利上価値あるものというのは、二回目、三回目を経る必要のない、たった一回の力=累乗としての「n」回のことである)。反復は、たとえ現れ出るために、ひとつの一般的なレヴェルからもうひとつの一般的なレヴェルへの人為的移行を利用するにしても、その本質において、本性上一般性とは異なる特異な力=累乗を指し示しているのである」等に見られる。科学実験は、勿論、近似的な理想空間における概ね帰納的な営為である。なにもそんなに批判する必要もない。それよりも、ドゥルーズが力こぶを入れて主張する「たった一回の力=累乗」の価値を強調するには的外れのように感じる。
2018/08/29
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さすがジュディ・ガーランドのパフォーマンスは圧倒的だった。ヴォーカルはパワフルかつ情感に溢れていた。あれ以上と言えば、ビリー・ホリデイやエディット・ピアフくらいしか思い付かない。物語はミュージカルにありがちなチープなものだった。ピークを過ぎた人気男優ノーマンがジュディ演じる駆け出しの女性シンガー、エスターの才能を見出し売り出す。やがて、彼女は人気女優になりノーマンは素行の悪さから契約を打ち切られる。元々、酒浸りだった男はいよいよ本格的なアルコール依存症に陥る。既に結婚していた二人の家に映画プロデューサーが来て彼が再起不能であることを告げる。それを陰で聞いていたノーマンは海で入水自殺する。家でふさぎ込んでいたエスターの元に旧友のダニーがシュライン劇場のレセプションへ連れ出しに来る。エスターは「それは夫が死ぬ前にした約束だわ」と固辞する。ダニーは怒って「ノーマンが見出した才能を無にするのか!」とどなる。おそらくエスターは来れないだろうと思ったレセプションの司会者が聴衆にその旨を告げようとした時、エスターが現れる。そして、自分のことをノーマン夫人と自己紹介する。かなり冗長な場面もあったしジュディの演技にクサい所もあった。だが、彼女の内から迸る魅力が補って余りあった。
2018/08/28
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北朝鮮のプレスは厳しかった。だが、CKのこぼれ球をマナドーナが蹴り込んで先制した。DFの背後から走り込んでの彼女らしいシュートだった。前半は1-0で折り返した。後半、北朝鮮が何度か決定機を作ったが決め切れなかった。そして、途中出場の菅澤が両膝でコントロールしたボールをゴール前へ走り込んだ長谷川に浮き球のパスを渡した。それを長谷川が膝で受けGKの上を越えるループシュートを決めた。その後、阪口萌乃がボックス内で北朝鮮選手を倒してしまいPKを与えた。ボックス内で不用意に相手選手に手を掛けてはいけない。それを決められ2-1になったが最後まで守り切った。守り切ったと言っても攻撃を緩めなかったのが良かった。なでしこの先発はほぼベストだった。強いて言えば三宅と阪口萌乃がやや弱かった。阪口夢穂をケガで欠き有吉がボランチに回っていた為仕方なかったのかもしれない。宇津木も呼ばれていなかった。北朝鮮は、以前やられた11番の動きがやや遅くなっていたようだ。テクニックもなでしこの方が上のようだった。
2018/08/27
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若い頃読んだ時分からなかったが、なにやら、「ペスト」は「人が人を殺すこと」の暗喩だったらしい。それが書かれた時、フランスはナチスドイツからの解放直後で、レジスタンス派と対独協力者の対立が生々しい記憶としてあったようだ。ともあれ、「ママンの死」にさしたる感情が沸かず、恋人と遊び、挙句に「太陽がまぶしかったから」という理由でアラブ人を殺した男の物語である「異邦人」より、ペストと戦いつつ息抜きに海で泳ぐシーンのある「ペスト」の方が好きだった。そして、解説者の言った「カミュは生涯、歴史の外に居る人々の心に寄り添った」云々が印象に残った。カミュ自身はノーベル文学賞を獲ったような人気作家なので、正しく歴史の中に居る人だ。これは、「どんな気がする?誰にも知られないことは?」あるいは「オレは日の当たらない側を歩いている」と歌ったボブ・ディランにも言える。ここには華々しい人生を送る人がひっそりと生きひっそりと死んでゆく人々に心を寄せるという、ちょっとしたパラドキシカルな現象がある。私も歴史の外を生きる人間だ。その私が、「三国志」とかハリウッドのヒーロー物とかよりカミュを好んだ理由がここにあったか。それは、「車輪の下」を書いたヘッセにも言える。
2018/08/27
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「タオ自然学」でフリッチョフ・カプラが「場の量子こそ、基本的な物理的実在であり、空間中どこにでも存在する連続的媒体なのだ。つまり粒子は、単に場が局所的に凝縮したものなのだ」と書いていた。今まで、光は粒子であるとともに波動でもあると言われキツネにつままれたような気がしていた。しかし、初めて納得出来る記述に出会った。いや。以前読んだ時には読み飛ばしていた。そして、アインシュタインの「場が唯一のリアリティなのだ」を引用していた。エネルギーと物質が等価であることを示す、E=MC^2は有名だ。となると、場とエネルギーも等価なのだろう。
2018/08/26
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今日は、マイルス・デイヴィスの「Bitches Brew」に続き初期フュージョンを代表するアルバム、チック・コリアの「Return To Forever」を掛けて貰った。相変わらず、フローラ・プリムの怪しいピッチが気に成った。しかし、チックの自由で爽やかな世界観にはあれが合っているのだろう。それまで、コルトレーンのハードな世界に浸っていた身にジョー・ファレルは軟弱に聴こえたものだが、やはり、このアルバムには合っていた。そもそも、テクニック的には十分だった。アイアート・モレイラのドラムもシャープに聴こえた。改めて、リズムのラテンテイストとチックのスパニッシュフィーリングを感じた。ラテンのリズムは明らかアフリカ起源だろうが旋律にはスペイン音楽にも影響されてそうだ。
2018/08/25
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pを素数とし、aが整数でa≢0(mod p)の時a^p-1≡1 (mod p) 1≦a<p が成り立つことをフェルマーの小定理と呼ぶらしい。これは、6^22≡1 (mod 23)であり、6^22-1が23の倍数であることを示す。そして、2^35(mod 7)を計算する場合2^35=2^(6・5+5)=(2^6)^5・2^5≡1^5・2^5≡4 (mod 7)と使える。更に、2^1234566≡899557 (mod 1234567)なので1234567が素数でないことが分かる。なるほど。分かるには分かった。しかし、私が実地に使うことはおそらくないだろう。
2018/08/25
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ハイデッガーは「科学の直接的な実用的徴用は哲学的省察を不可能にする」と言う。ここには、ニーチェやドゥルーズにも見られる(実証科学を敬愛する私には看過し難い)科学への軽蔑が感じられる。だが、ヴィトゲンシュタインの「科学によって世界が完全に記述されても、尚、人生の謎は手付かずのまま残る」は真実だろう。科学の方法はあくまで帰納だ。どこまでいっても「何回やっても結果がそうなのだからそうなのだろう」止まりだ。一方、哲学は内面的思索によって「そうなってるとしか思われない」ものを炙り出す。だが、思想的趣味というバイアスの掛かったトンデモ理論に陥ることもしばしばであるようだ。ともあれ、ハイデッガーは「人間とは誰か?」という問いへ向かう。だが、身も蓋もないが、私にとってそれはどうでもよい。私にとってそれは、素晴らしい人間も居れば、例えようもなく下らなく醜い人間も居る種に過ぎない。最大の問題は、誰に時間と労力を割くかだ。そして、判断の決定的な基準は存在しない。手探りしかないし、常にリスクが伴う。つまり、人生はギャンブルなのだ。
2018/08/24
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夢生がアントラーズで天皇杯に出場していた為出ていなかった。おまけに、トーレスとイニエスタがベンチスタートだったので眠い前半だった。ヴィッセルは最終ラインの大崎から時折良いロングフィードも出ていたが、概ね、サイドからのクロスに終始していた。そして、鳥栖の左からの崩しから出たグラウンダーのクロスを渡部がオウンゴールしてしまった。前半はそのまま0-1で終わった。鳥栖はツートップの豊田と田川のプレスが効いていた。ヴィッセルはポドルスキと郷家の息が合って来ているようだった。後半すぐ、中盤の右から出たフィードを貰った鳥栖の安在が長く走りGKの少し手前で左足アウトサイドのシュートを決めた。その後、ヴィッセルはイニエスタを入れた。芸術的な身のこなしからテンポ良くパスが出たせいか他の選手の動きも良くなった。いつもながら、顔を上げたままあの正確なパスを何故出せるのか不思議だ。何度かポドルスキにパスが出たが決め切れなかった。その後、鳥栖はトーレスを入れた。遂に盟友が同じピッチに立った。他の選手にはボールを獲られないイニエスタからトーレスが2度奪ったのはさすがだった。そして、左ゴールラインで粘った福田から出たクロスをトーレスが右ポスト内側に当たるグラウンダーのシュートを落ち着いて決めた。あのコースでないとキム スンギュに止められていただろう。結果、0-3で鳥栖が勝利した。ヴィッセルは勿論、鳥栖も目の離せないチームになった。
2018/08/23
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ヒトラーは若者が民族の為に自己犠牲を捧げる理想主義を称揚する。そのことだけが民族の進歩と健全を保つと。一方、平和的おしゃべり連中や臆病な知ったかぶり連中は社会の紐帯を弱めるとこき下ろす。ヒトラー思想に導かれたドイツのその後を考えれば笑えない冗談でしかない。だが、こういう思想は現代日本における右翼にも見られる。最適解は、社会的責任を果たしつつ個人の自由も謳歌するであろう。
2018/08/23
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細胞前段階進化のレヴェルで蛋白質分子であるポリペプチドとポリヌクレオチドがお互いに触媒し合う自己生産ハイパーサイクルが生じるらしい。エリッヒ・ヤンツはそれを端的に「利他性なくして進化なし」と表現する。これは人間同士にも言えそうだ。下世話に言ってしまえば「情けは人の為ならず」という所か。当然、分子レヴェルでも人間社会レヴェルでも進化を阻害する事象も存在するだろう。それが「悪」の本質なのかもしれない。
2018/08/22
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常用対数の流れでガウスの記号が出て来た。その例のひとつに、-1.25の整数部分は-1で小数部分は0.25ではなく、整数部分は-2で、小数部分は0.75であると書いてあり、なかなか理解出来なかった。そして、もう一度、ガウスの記号が書いてある章に戻って読んでみると、ちゃんと、小数部分は、0≦s<1と書いてあった。だから、0.25は、そのままでは-0.25なので、1足して0.75にしてやり、整数部分からは1を引いて-2にしないといけないのだ。数学は細部に注意を払ってないと、なかなか先へ進めない。私のようなおっちょこちょいには実に向いてない学問だ。
2018/08/21
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ひょんなことから、暇つぶしにクロスワードパズルをするようになった。今まで、たわいない遊びだと思っていたが意外な面白さがあった。まず、時々、それほどマニアックではないが知らない言葉に出会える。もっとも、それが役に立つかどうか分からないが、元々、暇つぶしなのでそれはどうでもよい。ただ、「有為」を「能力のあること」という間違ったヒントを出す出題者も居るので気を付けないといけない。1番面白かったのは最初が「ミ」で最後が「コ」である4文字の言葉だった。「ミジンコ」が浮かんだので調べたら「オスが少ない」という条件に合っていた。だが、横の言葉が「ジンダマ」になり訳が分からなかった。嫁さんに聞くと「ミケネコやろ」を言われた。嫁さんは根っからのネコ大好き人間である。なるほど。それなら横は「ケンダマ」になり、「日本古来のおもちゃ」にぴったり合った。たまたま、ミケネコもミジンコもオスが少ないのが面白い。たまに、「高い山に登れば見れるかも」で頭が「ウ」なら「雲海」くらい分かりそうなものなのに、「ウチュウ」なんていうとんちんかんな答えを書いてしまい自分でも恥ずかしくなるが、当分、楽しめそうだ。
2018/08/20
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ヴィトゲンシュタインは「私の回りの人がロボットで、行動の仕方がこれまでも変わりないとしても、意識を持っていないと想像できないだろうか」と問う。これは簡単にできる。いや。日常を完全に習慣に従って行動する人はむしろロボットに近いだろう。逆にAIを生物と捉えることも可能なくらいだ。「意識」をいちいち考えて行動する時の精神状態と捉えるなら、それはかなり高級なことと言えるのではないか。もしそうなら、相当なエネルギーも消費しそうだ。
2018/08/19
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半径 R、中心角 θ(0<θ<2π)の扇形の弧の長さをL、面積をSとする。そして、半径 Rの円の周角は2ΠR、面積はΠR^2で、弧の長さも面積も中心角に比例するから、L:2ΠR=θ:2π、S:ΠR^2=θ:2Πが成り立つ。これより、L=Rθ、S=1/2R^2θが得られ、さらにSをLとRで表せばS=1/2R・Rθ=1/2LR。ラジアンを使うことによって扇形の面積が、S=1/2LRという実にすっきりした式で表せた。ラジアンの威力にほんの少し触れた気がした。
2018/08/18
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ニーチェは永遠回帰思想を「思想の中の思想」とえらく持ち上げる。そして、「我々は真理を実験にかける。もしかしたら、人類それで滅亡するかもしれない。さもあらばあれ」と言い切る。ここには、ニーチェの途方もなく傲岸不遜な性格が伺える。だが、こういう心情を持った人間は珍しくないだろう。おそらく、三島由紀夫、百田尚樹、ビートたけし、曾野綾子等が近いのではあるまいか。ともあれ、連中の趣味で人類が滅亡してたまるものか。かといって、永遠に繁栄するとも思えないが。しかし、ニーチェは続けてこうも言う。「世界についてのなんらかの全体感の中で一挙に休息してしまうことに対する深い嫌悪」と。これには、珍しく私も共感する。例えば、ライプニッツの能天気な楽天主義に対してそう感じる。
2018/08/17
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前半序盤、V・ファーレンのセットプレーのこぼれ球から出たクロスを、攻め残っていた最終ラインの高杉がボレーでスーパーミドルを決めた。だが、前半中盤、曽ケ端のロングフィードを受けた右サイド遠藤がオーバーラップした伊東に渡し、伊東がファーのレオ・シルバへ送り、レオ・シルバがミドルシュートを右サイドネットへ見事に決めた。その後、カウンターから中央へ切れ込んだ遠藤が左サイドへ勝ち越しゴールを決めた。前半は2-1で折り返した。アントラーズはレオ・シルバと遠藤のプレーが光っていた。V・ファーレンで上手いのは武蔵くらいに見えた。ファンマは動きにイマイチ切れがないようだった。後半、これといった見せ場もなく2-1でアントラーズが勝利した。V・ファーレンはバイスと徳永のディフェンスが良く、中村や澤田の動きも良かったがボックス内への突進力に欠けた。中盤からの良いパスも見られなかった。
2018/08/16
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ヒトラーは、ドイツ人の、時には、自分の生命をも捧げる共同体への自己犠牲精神を称揚する。そして、エゴイズムを超えた理想主義という志操がアーリア人種を世界において高い位置に置いたとする。なるほど。それが自発的なものなら英雄的行為と言えるかもしれない。だが、それが全体主義によって各個人に押し付けられた途端、地獄が現出するだろう。青臭いヒロイズムを標榜する人間を警戒しなければならない。
2018/08/16
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プレミアリーグが始まった。当然だがJリーグに比べてスピードとパスの長さがまず違った。前半の序盤こそホームのアーセナルが押していたが徐々にマンCが押し出した。そして、ゴール前で横にドリブルしたスターリングが放ったシュートが決まった。前半はそのまま1-0で終えた。マンCはレスターから移籍して来た右サイドのマレズが躍動していた。アーセナルはワントップのオバメヤンにあまりボールが来なかった。全体にマンCの方がパスが繋がっていた。後半、アーセナルのCBのコントロールミスを奪ったアグエロがGKと一対一になり放ったシュートをGKチェフに弾かれた。その直後、マンCの左SBメンディがゴールライン、ギリギリから出したマイナスのクロスをベルナルド・シウバが決めた。アーセナルは途中出場のラカゼットに惜しいシュートもあったが決め切れなかった。後半の終盤になりマンCにも綻びが見え出したが2-0でマンCが勝った。途中出場のデブルイネも目の覚めるような長い縦パスを出していた。今期のマンCも強そうだ。
2018/08/15
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ドゥルーズは、公的な教授、法則の博士をセコハンの言説を用いると痛罵し、ニーチェの輝かしき無神論をカントの道徳法則に対峙させる。そして、ツァラトゥストラの毒を含んだイロニーとブラックユーモアでもって、永遠回帰のなかで、ニーチェと一致協力しようとする。ドゥルーズは法則や道徳をいたく憎んでいるようだ。これは真面目なものを茶化すビートたけしにも似ている。それは、西欧文明を憎むISやイスラムを憎むトランプ等の態度にも似ている。とかく人は何かを執拗に憎む。ヒトラーの「わが闘争」でも、執拗にユダヤ人への憎悪、誹謗中傷が語り続けられ好い加減うんざりしている。「反復と差異」の序論でもこの始末なのだから、これからも延々と法則と道徳への攻撃が続くと思うとうんざりする。しかし、「わが闘争」が反ユダヤ主義者にとってそうであったように、法則、道徳嫌いの人間にとって、この本は福音なのかもしれない。私は吐き気を催すほど嫌悪を感じる。しかし、二十世紀最大の哲学者と呼ばれているので、一応、読んでみるしかないだろう。
2018/08/15
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正三角形の一辺を三等分し真ん中の一辺を底辺とする正三角形を付け加える。その操作を繰り返すと雪に結晶のような図形が出来上がる。その形をフラクタル、あるいは、自己同型と言うらしい。その面積は、1+3/4・[(4/9)+(4/9)^2+(4/9)^3+・・・]となり1・3/5に収束する。一方、周の長さは、1+1/3・[(4/3)^0+(4/3)^1+(4/3)^2+・・・]となり、無限大に発散する。同じ図形の中に有限と無限が存在するのが面白い。まるで、孫悟空がどこまで遠くへ行ってもお釈迦様の掌に乗っていた話や将棋盤やビリヤード台の中で無限のゲームが行われることを連想する。
2018/08/14
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ヴィトゲンシュタインは「彼が腹を立てていること知っているとはどういうことか」と問う。いや。ヴィトゲンシュタインの「人は明日も日が昇ることを知ってはいない」の比喩を借りるなら「人は彼が腹を立てていること」を知ってはいない。あくまで、「彼が腹を立てていることを確信している」なのだ。つまり、「知っている」とは「最上級の確からしさ」なのだろう。当然、その人にとっての範囲においてだが。
2018/08/13
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買い物帰りに近所の花屋でひまわりを見掛けたので3本買った。夏らしくて部屋が良い感じになった。
2018/08/12
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多くの人間が利己的でズルく残酷だとするなら、いじめ、パワハラ、セクハラ、不倫、差別、官僚や政治家の嘘、ネットの暴言、企業の不正等、すべて説明がつく。問題は比較的賢明で心の綺麗な人をどう見分けるかだ。決定的な方法はない。言動をよく観察するしかない。最も重要なのはその人が持つ思想だろう。これも発言から推し量るしかない。少なくとも、「愛も金で買える」「ボケ!この土人が!」「まだ東北で良かった」とか、米連邦裁判所が同性婚を合法とした時、「へっ!今度はペットと結婚させてくれと言いだすんじゃねぇか」あるいは、「放射線量が高い所には高齢者を住ませれば良い」などと発言する連中を信じるわけにはいかない。
2018/08/12
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前半、両チーム共動きが遅く意外性のあるパスも出ないダルい試合だった。そのせいで時間の経つのが遅く感じた。前半終了間際、V・ファーレンの選手がボックスのすぐ外でハンド取られFKを与えた。それを、サンフレッチェの柴崎がゴール左上隅に突き刺さる見事なFKを決めた。それで、ちょっと目が覚めた。後半、少しオープンな展開になった。サンフレッチェは青山や途中出場のティーラシンから良いパスが出たがパトリックは決め切れなかった。だが、終盤、V・ファーレンが前がかりになった直後、サンフレッチェのカウンターからティーラシンがドリブルでボールを持ち上がり浮き球でGKをかわし決めた。試合はそのまま2-0でサンフレッチェが勝った。サンフレッチェの底力を感じた。だが、何度もあくびが出る内容だった。V・ファーレンはワンタッチプレーがほとんど見られなかった。しかし、武蔵とファンマのプレーは光っていた。
2018/08/11
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今日はキース・ジャレットの「Treasure Island」とアル・ディメオラの「Elegant Gypsy」を掛けて貰った。キースのは「Le Mistral」が好きだったが他のもなかなか良かった。フリージャズっぽい曲も入っていて時代を感じさせた。「Le Mistral」は結局バンドで出来なかったのが無念だ。「Elegant Gypsy」はどちらかというとCD向きの音だが、ギターが柔らかく艶のある良い感じの音で鳴っていた。
2018/08/11
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散逸構造の考察でシステム理論を援用していた。曰く、「自己組織化における自由度が大きければ大きいほど、より一層秩序が生まれる」と。これは、他方の極である、ヒトラーやスターリンの全体主義における、自由度が極めて乏しく堅苦しい秩序を連想させる。そして、自由度の高い秩序が相互進化の基本としている。これは、ドゥルーズの生成変化を思い出させる。更に、非平衡構造のダイナミズムが絶対安定な状態には決してならないというのも興味深い。これは、カントの「創造は決して完成されることはない」を思わせる。となると、生命体の真の目標は、単に生命の維持ではなく創造にあるのか。これは、イエスの「人はパンのみに生きるにあらず」を思い出させる。
2018/08/11
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Loftで写真立てを買うついでにアサヒビアレスへ行った。相変わらずトリの唐揚げが激ウマだった。帰りに鯛焼きを買って帰った。
2018/08/10
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ヴィトゲンシュタインは、独我論者は実益を欲しがらないと言う。確かに実益はないかもしれない。しかし、「大勢の他者の中で自分だけは特別な存在である」という心理的に決定的な質の差を得られるのではないか。これが、ネロやヒトラーのような暴君を生む源泉なのではあるまいか。まだ、暴君とまでは言えないがトランプも。そして、高級ワインへの所有欲が強い人間の多さによってロマネコンティの値段が吊り上がる原因ではあるまいか。一流のサッカー選手の膨大な移籍金の場合、「私」ではなく、クラブは勿論、サポーターまで含めた「我々」になるが。
2018/08/10
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ヒトラーはアーリア人種の優秀さ示す為、その国家への献身を挙げる。国民が家族の為にだけ生きる国家より国家に対して献身的な国民の方が優秀な国家が形成されるというわけだ。なるほど。これは全体主義への良い理由付けではある。だが、ヒトラーは、ハチやアリの例を忘れている。比較的小規模な群れで行動するライオンやオオカミが、ハチやアリに劣っているとでも言うのだろうか。確かに、構成員が集団に献身的であるば、その集団の能力は飛躍的に上がるだろう。だが、それは、その集団のリーダーの資質に大きく左右される。間違ってもヒトラーのごとき偏狭な人間であってはならない。
2018/08/09
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今日はコルトレーンの「Crescent」を掛けて貰った。全体にコルトレーンしては大人しめだが名曲「Wise One」が入った秀作アルバムだ。レコード特有の暖か味と良いカートリッジに替えた為のシャープさが共存して鳴っていた。その後、店の常連さんで外国人に日本語を教え趣味で二胡を弾く人が一年間中国へ行くので送別会をした。夏らしくひまわりの花束を渡したら喜んでいたようだ。チーズケーキも濃厚で美味しかった。そして、いつもの演奏会になった。私がトップバッターで吹いた後、プロのピアニストがコルトレーンの「Impressions」を一緒にやってくれた。テーマを2回吹いた後、アドリブをやり出すと直ぐどこをやっているのか分からなくなった。だが、なんとか雰囲気は出ていたようだ。まだまだ精度を上げないといけないが目標をひとつクリア出来た。
2018/08/08
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ニーチェの思想は詰まる所、暴君や凶悪犯を肯定しているように感じる。ドゥルーズは狂気を。つまり、「やりたい放題やれ」という訳だ。そんなことなら哲学など要らない。そういえば、俵万智を酷評し、ベイトソンを「ロマンティックな夢想」、クリステヴァを「平凡」と切り捨てる浅田彰には傲慢さを感じる。それは、米連邦裁判所が同性婚を合法とした時、「へっ!今度はペットと結婚させろと言いだすんじゃねぇか」と言ったビートたけし、「愛も金で買える」「東大以外出ても意味がない」と言い放つホリエモン、あるいは、「放射線量の高い所には高齢者を住ませれば良い」と宣う曽野綾子等にも感じる。彼女の文章が道徳の教科書の載るなど笑えない冗談でしかない。いや。「地球温暖化は科学者達のでっちあげだ」「メキシコ政府の費用で国境に壁を造らせる」と言うトランプも大概頭がおかしい。エルサレムへの大使館の移転によって、反対デモに参加した者が100人ほど殺されたらしい。フィリピンではドゥテルテの指示によって大勢の無関係の市民が麻薬関連の犯罪者として自警団によって処刑されているらしい。シリアや北朝鮮もそうだが、政治家は合法的に人を殺せるのだ。また、水俣病、JR宝塚線、福島原発のように企業による悲惨な事故も絶えない。それに比べれば、知識人や有名人の傲慢さなど可愛いと言うべきか。所詮、口だけなのだから。だが、彼らに一定の人気があるということは、それだけ傲慢さを持った人間が少なくないということだろう。極めて、凡庸かつ寂しい結論だが、あまり人を信用してはいけない。信用出来るのは、ある程度価値観が一致し協力し合える人だけだ。
2018/08/08
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途中までよく出来たミステリーかと思ったが最後イマイチ腑に落ちなかった。多分、色んな要素を入れ過ぎた為だろう。イタリアの田舎にある湖のほとりで美女の全裸死体が発見される。綺麗に畳まれた服が近くに置かれ遺体には丁寧に上着が掛けられていた。顔が不自然に湖に向けられていたのは罪悪感にかられた親しい者の仕業だろうという警部の推理には納得した。当初、ボーイフレンドが疑われた。だが、真犯人は彼女がベビーシッターをしていた夫婦の旦那だった。旦那は彼女と出来ていたと嘘をついたが、実は、彼女になついていた障害を持つ息子を見殺しにしたのを彼女に見られたからだった。脳腫瘍で余命僅かであることを分かっていた彼女はそのことで旦那を執拗に責めた。ここが1番不自然に感じられた。そこに辿り着くまで、彼女の遺体を発見した知的障害を持つ男とその父親との葛藤、認知症に陥った妻を持つ警部とその娘との葛藤等が描かれる。そこから窺えるのはなんらかの障害を持った家族を持つ者たちの葛藤だろうか。重いテーマであることに間違いないがラストで収拾出来ていたようには感じられなかった。
2018/08/07
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zozotown社長の反論を読んだ。平たく翻訳すると「オレは社会の役に立ち大金を稼いだ。それをどう使おうが勝手だ。お前ら暇人はそれに文句を言うのか。ご苦労なこった」というところだろう。全くもって正論である。だが、自分の贅沢を見せびらかすのは良い趣味とは言えない。例え、遠回しであってもだ。
2018/08/06
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池澤夏樹がオウム真理教の死刑執行に触れていた。まず、各国では雰囲気が違うという切り口から始めた。そこで「日本人は死刑が好き」という表現にカチンと来た。無辜の一般人を無残に殺した犯罪者に強烈な怒りを感じるだけで、別に死刑が好きな訳ではない。罪の無い人が命を奪われ奪った方がこの世に生きているのが耐えられないだけだ。ともあれ、最後に報復論、及び、犯罪防止論を説得力に欠けるとした。いやいや。確かに死刑があっても凶悪犯罪は無くならない。だが、潜在的な抑止力がゼロとは言い切れない。実際、18歳になったら少年法が適応されなくなるので、それまでに殺した少年も居たそうだ。最後に池澤夏樹は、「残るは感情論?だから雰囲気なのだ」と締め括った。この上から目線の言い様にまたカチンと来た。感情論?上等じゃないか。人間はまず感情ありきだろう。今まで、この人のことを別に好きでも嫌いでもなかった。だが今回は、何度も海外へ行き各国の雰囲気を知った上、俯瞰で語る鼻持ちならない知識人だと感じた。
2018/08/06
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全体にダルい前半だった。ポドルスキとイニエスタを欠いたヴィッセルの攻撃はモタッていた。FC東京のプレスは厳しかったが攻撃は平凡だった。時折、高萩から良いロングフィードもあったが活かせなかった。ヴィッセルは中盤に入った郷家がたまに気の利いたプレーをしていた。増山のプレーも光っていた。サイドに入ったティーラトンと室屋のマッチアップも見応えがあった。0-0で前半を折り返した。後半、かなりオープンな展開になったが拮抗した状況が長く続いた。しかし、終了間際、途中出場のリンスがディエゴ・オリヴェイラから貰ったボールを素早くゴールマウスへ蹴り込んだ。DFを引き付けたディエゴ・オリヴェイラがアウトサイドで出したパスも巧かった。長谷川監督のベンチワークが効いた。試合はそのまま0-1でFC東京が勝った。ヴィッセルはポドルスキはともかくイニエスタが戻らないとしんどそうだ。ずっと球を巧く散らしていた藤田を途中で下げたのも疑問だった。
2018/08/05
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もう大分収まったようだがzozotownの前澤社長が剛力彩芽と自家用ジェットでサッカーW杯決勝を観に行ったことが騒がれていた。理由は自分がどう頑張っても出来そうにないことだからだと思っていた。だが、考えてみると、例えば、羽生結弦選手の素晴らしいパフォーマンスも大概の人は出来ないだろう。しかし、大勢の人が称賛する。それは、確かに出来ないが、やれたらやりたいからではないか。一方、前澤社長が叩かれるのは、自家用ジェットに女優を乗せたいと思う人がそれほど多くないということではないか。ひょっとすると、前澤社長はすべての人が自家用ジェットに乗れるような世の中になれば良いと思っているかもしれない。だが、世界では6億の人々が飢え、世界第3位の経済大国の日本ですら6人に1人の子供が貧困である世の中でそれはあまりにナイーヴ過ぎる考えだろう。いずれにせよ、贅沢を人々に見せつける行為には、「頑張ればああ成れるんだ」という励ましの面と、飢えている人の横で高級フレンチを美味しそうに食べる残酷さの両面があるように感じる。
2018/08/05
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ヴィトゲンシュタインは「私がある人物の友人になれるのは、彼が私自身と同じかあるいは似た能力をもっているからなのだ」と言う。常々、「数学を理解出来る能力をもたない者は数学を好きにはなれない」と思っていた。それ同様、動かし難い真実のように感じる。
2018/08/05
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Facebookに夏らしい一枚が載っていた。こんなことをしているツバメを時々見掛けるが捉えるのは難しかっただろう。暗い背景に浮かぶ腹部がドラマチックだ。翼の先がほんの少し水面に触れているのも良い。
2018/08/04
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経験則として、本は相当くたびれるまで読み込まないと内容が身に付かない。それどころか、渡辺貞夫さんが書いた「ジャズ・スタディ」は買ってから、もう、何十年も経ち、表紙は焼け、本体から外れ、ボロボロになっても精々、2,3割くらいしか理解出来てなかった。しかし、引退してからここ数年勉強したら何とか5割くらいに持って来れたようだ。なんといっても、5声によるVoicingの基礎を理解出来たのが大きい。しかし、それには、Low Interval Limit,Avoid Note,そして、18項目に及ぶVoicingの規則を頭に入れないといけないので至難の業だ。
2018/08/04
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なでしこは、ブラジルに勝ちアメリカと分けたオーストラリアに善戦していた。可能性を感じるシュートこそ無かったが動きがキビキビしワンタッチパスもよく繋がっていた。阪口夢穂の代わりにボランチに入った有吉は気の利いたパスは出せなかったが良いディフェンスをしていた。オーストラリアのワントップ、カーのドリブルは脅威だったが、CBの鮫島がよく対応し、ボールもあまり来なかった。終了間際、オーストラリアに決定機があったがなでしこが凌いで0-0まま折り返した。後半、オーストラリアが功勢に出た。すぐに途中出場の三浦がオーストラリア選手を倒してしまいFKを与えた。それをケネディが壁の間を通し決めた。4人替えた日本はパスが繋がらなくなった。途中出場の増矢、菅澤、岩淵の調子もイマイチのようだった。そして、後半終盤、カーにDF二人とGKをかわされ決められた。球際での速さ強さはさすがワールドクラスだった。試合はそのまま0-2でなでしこが敗れた。連携の精度をもっともっと上げないとW杯は覚束ないだろう。
2018/08/03
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久しぶりに梅田に出た。まず、こないだの地震で割れたコーヒーカップの代わりをLoftで探した。そこそこ気に入ったのがあった。後、阪急古書店街を冷やかした。デデキントの「数について」があったが歯が立ちそうになかったので止めた。最後に馴染みのジャズバーに寄った。昔、ケンカ別れしたバンドメンバーが居たので驚いた。意外と楽しく話せた。だが、一緒には帰らなかった。私がブルーノートのモンクを掛けて貰ったらモンクの話になった。なにやら、モンクがフランスで録音した「ソロモンク・オン・ヴォーグ」が良いらしいので買うことにする。良い曲も教えて貰ったが筆記具を持ってなかったので忘れてしまった。
2018/08/03
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エリッヒ・ヤンツは「歴史の展開は一連の対称性の破れによって特徴づけられる」と述べる。これには、最近、樹木希林が出演した最新作について「破れがなかったのでつまらない作品になったのではないかと思う」という危惧を連想する。あるいは、瀬戸内寂聴の「美は乱調にあり」も。ニーチェが、この意味において「世界の本質は混沌である」と言ったのなら正しいだろう。
2018/08/03
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ヒトラーは優秀なアーリア人種による劣等な民族の使役を肯定する。それが優秀な人種の文化が更に発展する助けなると主張する。つまり、奴隷制の肯定である。当然、平等主義に真っ向から対立する。だが、こういう思想は現在のアメリカ南部にも見られるし日本のブラック企業の経営者を始め、多くのエリート達が持っているのではないだろうか。そして、民族的エリート主義という意味では嫌韓、嫌中の人間も持っているだろう。もし、事実、脳の性能に基本的な優劣があるのならまだしも単に文化発展の時間的なズレだけが原因だっとしたら笑うべき傲慢さと言うしかない。また、これほど自分に都合に良い考え方もない。そして、ヒトラーは「この世界では、よい人種でないものクズである」と言い切る。では、第二次世界大戦に敗れたドイツ人は皆クズだったのか。いや。違う。ナチスとその支持者達がクズだったのだ。
2018/08/02
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前半序盤、フロンターレは体が重そうだった。早々にレッズの岩波のロングフィードを受けた武藤から出たグラウンダーのクロスをゴール前に走り込んだ興梠が決めた。その後、憲剛や大島から出たパスで小林悠がチャンスを作ったが決め切れなかった。前半はそのまま1-0で折り返した。レッズは右サイドに入った橋岡が良かった。フロンターレは左サイドの長谷川が光っていた。橋岡と長谷川のマッチアップは見応えがあった。後半、フロンターレがギアを上げた。何度かチャンスを作り、最終ラインの奈良から出たロングフィードを小林がヘディングシュートしたが決め切れなかった。そして、アディショナルタイム、途中出場したレッズの李が相手DFを二人かわしボックス内で倒されPKを得た。それを、ファブリシオがGKの逆を突き決めた。結果、レッズが前期王者を堂々と下した。どうやら、オリヴェイラ新監督の手腕が利いているようだ。西川もファインセーヴを連発していた。代表監督になったポイチも観に来ていたのでまた呼ばれるかもしれない。
2018/08/01
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今日は倉庫に眠っていたリー・オスカーとグレゴリー・アイザックスのレコードを掛けて貰った。Warのメンバーだったリー・オスカーのファンキーかつ哀愁のあるハーモニカを久々に聴けた。なにやら、良いカートリッジに替えたらしく以前よりシャープに鳴っていた。レゲエのグレゴリー・アイザックスを掛けて貰うのは少し気が引けたが意外と店にフィットしていた。ママさんも喜んでノッていた。レイドバックしたノリはボブ・マーリー以上に夏に合っていた。
2018/08/01
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アントナン・アルトーの「戴冠せるアナーキー」という言葉が引用されていた。意味はよく分かる。だが、私は王になりたいとは思わない。現代では既に流行遅れなのだろうが、まだ、実存主義の「実存とは存在の明るみに立つことである」の方がフィットする。そういえば、ドゥルーズの「器官なき身体」もよく分からない。それが、スピノザの実体に近いと言われればなるほどそうかとも思うが何故、わざわざ言い換える必要があるのか。また、同じくドゥルーズの「生成変化」もよく分からない。引き合いに出されるハチとランの例も単に共生としか思えない。ましてや、「それは何かに成ることを目指すものではない」などと言われるとさっぱりなんのこっちゃである。そう言われると、すべてを偶然に任せろと言われている気がする。私にポスト・ポスト・モダンは勿論、ポスト・モダンを理解する日が訪れるのはかなり遠そうだ。
2018/08/01
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