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老子の有名な句が引かれていた。「識る者は言わず 言う者は識らず」だ。すぐさま浮かぶのは「あなたそう言ってますよね」だ。だが、勿論、老子が言いたいのそうではない。最大限に好意的に取れば「物事の本質は言えない」ということだろう。不可知論とも言えるかも知れないが、とりあえず、フロイトが言った「父親が生涯掛けて得たことを息子に伝えることは出来ない」に似ているだろうか。だが、MITの物理学教授ウォルター・ルーインが言った「生徒が理解出来ないのは教え方が悪いからだ」もまた真実である。ともあれ、言えることだけをせっせと言うしかない。
2018/10/31
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「世の喝采」という詩の一節にこうあった。「ああ!世の人が好むのは 市にひさがれるものばかり下僕が敬うのは あらけない力に満ちたものばかり。神の力を信ずるのは おのがうちに神を宿した者のみだ」と。気持ちは分る。だが、これは身贔屓というものではないか。何の世界でもあるが、例えば、理系の人間が「数学が出来る人間は頭が良い」と主張する類だ。「おのがうちに神を宿した者のみだ」などとわざわざ言わず、単に信じておれば良いのだ。確かに、市場で売ってないもので重要なものはある。友情や名誉の類だ。また、武力より重要なものがある。魂の高潔さだ。そして、数学は極めて有用なツールだ。だが、それだけで社会は成り立たない。
2018/10/30
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一巻目の終わり近くになりヘナヘナと腰が砕けそうになる箇所が登場した。ハイデッガーによるとニーチェは永劫回帰と力への意志についてなんら明晰な洞察を示してなかったらしい。「なんじゃそら」である。そして、ニーチェは言う「汝らは、私にとって世界とはなんであるか果たして知っているか」と。正直、「お前のような傲岸不遜な誇大妄想哲学者にとっての世界なんかどうでもええわ」と言いたい。だが、怖いもの見たさでちょっと知りたい気もする。ニーチェはこう続ける。「この世界は力への意志であり、そのほかのなにものでもない」と。私はこう言いたい。「んなもん。「犬はワンと鳴く」くらい自明やろ」と。問題はその力を何に使うかだ。実際、ほとんどの人間は自分の生活で手一杯であり他のことにはほぼ無力と言って良いだろう。いや。世界一の金持ちでも貧困は失くせないし差別や内戦も止められない。人類最強の国家アメリカですら自国のことしか考えないご時世だ。なにが「力への意志」だ。笑わせるな。人間は、それがいかにささやかであっても自分に出来る最良のことを為すしかないのだ。
2018/10/29
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安易に人を信じてはならないことくらい子供でも知っているだろう。では、誰を信じるか。浮気を肯定する人間は約4割居るそうだからそういう観点では半分弱の人間が信用出来ない。酷い陰口を叩く人間も信用出来ない。人を不当に見下す人間も信用できない。上辺だけ繕う人間も信用出来ない。独善的な人間も信用出来ない。要するに自己中の人間は信用出来ない。頭が悪い人間はその判断が信用出来ない。普通の人には優しい所もあればずるい所や意地悪な所もある。どう転んでも賢明かつ善良な人間は少ない。それを判断する絶対的な方法はない。精々、言動をよく観察するくらいだろう。信用する程度にもよるがそれなりのリスクを取る覚悟がなければ人を信じてはならない。おそらく、深く信用するに値する人間は100人に1人も居ないだろう。そもそも、生きるのに一々人を深く信じる必要はないし人数も沢山は要らない。とりあえず、価値観を共有し、協力し合える人しか信じてはいけない。
2018/10/28
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ベルマーレが前半に杉岡が放ったスーパーミドルで得た1点を守り切った。後半、かなり責められたがベルマーレの守備は堅かった。寄せが早くポジショニングも的確だった。一方、マリノスは最終ラインと前線の距離が遠く、中盤からに良い縦パスもほとんどなかった。天野と中川の動きは良かった。特に、SBの山中の動きがキビキビしていてプレーも正確だったが、いかんせん、チーム全体の息が合っていなかった。ベルマーレは特に上手い選手は居ないようだったが息が合っていた。GK秋元の熱さが際立っていた。
2018/10/27
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浅田彰の「構造と力」を再読することにした。以前読んだ時、構造主義は人間の心や社会に構造を見出したが、構造そのものを突き動かす力への視点が欠けているという主張だったように感じた。そして、そのことにさして強い感銘を受けなかった。だが、現在もこの本は日本の思想界で重要らしいので再読することにした。しかし、本の帯に早速引っ掛かった。それは、「私は時代の感性を信じる」という一文だった。私にも僅かながら感性を信じる人は居るが時代の感性は信じない。特に、最近元気の良い右翼と、自家用ジェットで女優の恋人をW杯決勝に連れてゆくIT企業家に象徴される、アメリカ的虚栄心の最大化を善とするような感性は信じない。
2018/10/27
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久々、風呂上りにたこ焼きを食べられる銭湯へ行って来た。たこ焼きはそこそこだったが生ビールは超絶旨かった。大きな湯舟も実に気持ち良かった。
2018/10/26
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「永劫回帰」に続いて「力への意志」が出て来た。これは甚だ怪しい前者に比べて拍子抜けするほど自明な感じがする。力がないよりあった方が良いに決まっている。以前、ハーバードでリーダーシップについて研究している教授が「権威とはまず注目されることである」と言っていたが納得した。力=権威とするなら力がなければ社会では大したことは出来ない。人気のブロガーにせよユーチューバーにせよフォロワーの多いツイートにせよ皆権威を持っているのだ。ドゥルーズは「魅力のない者に人生はない」と言ったそうだが、力のない者にも人生はないと言えるかもしれない。人類社会には6兆円持っている者も居れば飢えに瀕している者も居る極めて残酷な面がある。但し、問題は金同様その力を何に使うかだ。そこには、単に量ではなく質、あるいは、趣味の問題が存在する。ともあれ、ニーチェにとって「力」が何を指すのか楽しみではある。
2018/10/26
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ヒトラーの執拗なユダヤ人への誹謗中傷、罵詈雑言はまだまだ続く。まだ、上巻なのでいい加減うんざりする。だが、ヒトラーの狂気と現在にも見られる排外主義の狂気を理解する為には耐えなければならない。今回は、ユダヤ人の慈善活動への攻撃だった。それは、後々、自分達が利益を得る為の、謂わば、畑への肥やしとみなされた。それには、フリーメイスンも含まれた。これは、有名人の慈善活動を売名行為と非難する下種な人間に似ている。自分には慈善の気持ちなどこれっぽっちもないから他人もそうだと思うのだろう。勿論、中にはそんな人間も居るかもしれない。だが、それはユダヤ人に限ったことではないだろう。
2018/10/25
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今日はフリューゲルホーンの名手チャック・マンジョーネの「Feels So Good」を掛けて貰った。彼のピュアで温かい音色が際立っていた。12弦ギターの響きも素晴らしかった。B&Wのスピーカーはつくづくアコースティックな音色がよく響く。それと、今日は他にお客さんも居なかったので、マスターと久しぶりによく話せた。東京ジャズで渡辺貞夫のオーケストラよりハービー・ハンコックの小編成のグループの方が遥かにグルーヴがあった話になった。日本のジャズメンには未だダウンビートとオフビートのメリハリが付いていないようだ。
2018/10/24
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漫画家の西原理恵子が東京女子大で、NHKの企画番組である「最後の講義」をやっていた。お上品な女子大生に気後れしたのか最後まで声がかすかに震えていた。自ら下品と称しているし実際下品な内容だったが繊細な所もあるのだろう。彼女は高知の、父親が母親を殴るのが当たり前の町で育った。当然ながらガキどもも柄が悪くしょっちゅう「抗争」が起こっていた。そんな町に嫌気が差した彼女は東京に出た。母親の一人目の旦那はアル中で離婚していた。二人目はギャンブル狂だった。彼女の入学金に手を付けすってしまい自殺した。母親はその金を守る為、ボコボコにされていた。それでも、彼女はその父親のことが好きだった。東京の美大に受かった彼女はすぐに自分のデッサン力が360人中360位だと悟った。それで、エロマンガで稼いだ。部屋をすぐ汚部屋にするぐうたら男が一緒に居た。ダメンズと一緒になるのが彼女の弱点である。だが、収入が30万になったのを機に引っ越し男を捨てた。彼女はそれを「男捨離」と表現し笑いを取った。次にくっついた男はカッコイイ写真家だった。それも、妊娠、出産をきっかけにアル中&DV夫に変身した。彼らは、女が逃げられない状態になると弱みに付け込み本性を現すらしい。おそらく、プライドの高さと実力とのギャップがネックなのではあるまいか。ともあれ、彼女はめげずに稼ぎまくり、今では10LDKの豪邸に住んでいる。彼女が言った「死んだ方が良い人間も居る」「女の一途は良くない」等は真理だろう。しかし、宴会でドンペリを嬉しそうに掲げた写真には映画「フィラデルフィア」でエイズ差別の裁判で勝った弁護士のデンゼル・ワシントンがトム・ハンクスと祝う為、コートのポケットからドンペリを出したカッコ良さと違い、どこか醜さを感じた。なるほど。過酷な現実に負けず成功を掴むことは素晴らしい。そして、彼女が言うように人権などという弱いものを武器に戦っても効果は期待出来ない。だが、剛力彩芽と自家用ジェットでW杯の決勝を観に行ったzozotownの社長同様、エゴイズムの果てしない追求にはどこか醜さを感じる。勿論、彼らはそんな私を「負け犬の遠吠え」と笑うだろうが。
2018/10/24
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ヴィトゲンシュタインは、「教会旋法の終止を終止だと感じるように習っているとき、どういうことが起きているのだろうか?」と問う。いや。終止だと感じるように習うことなど出来ないだろう。聴いた時、終始だと感じるか感じないかだけだ。感じない人に教えるなど不可能だろう。丁度、短3度を長3度に比べて暗く感じるかどうかのように。そう感じない人に音楽理論を教えることなど、そもそも、不可能だろう。物事には、何故そうなるのかは言えなくても基礎的事実は厳然と存在する。
2018/10/23
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ヴィトゲンシュタインは言う。「永遠を時間的な永続としてではなく、無時間性と解するならば、現在に生きる者は永遠に生きるのである」と。これは、ウィリアム・ブレイクの「一瞬の中に永遠を感じる」を連想させる。ひょっとすると、ニーチェの「永劫回帰」にも通じるかもしれない。それなら、あのような、大仰で滑稽、かつ、高慢な言い方ではなく、このようなすっきりした言い方にして欲しい。
2018/10/22
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山頭火はずっと煩悩に苦しんだようだ。幼い頃の母の自殺とダメンズだったイケメンの父親の存在が人生に暗い影を落としたらしい。アルコール依存症でもあったようだ。放浪の中から「てふてふひらひらいらかをこえた」のような好ましい句も生まれた。句作と交友が生きる糧だったのだろう。これといって人に迷惑をかけるわけでなし、「分け入っても分け入って青い山」等、名句をいくつか残した。自家用ジェットで女優の恋人とW杯の決勝を観に行く実業家よりは好ましい。
2018/10/21
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単なるラグビー映画とは全く違った。ネルソン・マンデラが南アの大統領になった頃が舞台で、南アのラグビーチーム、スプリングボクスはアパルトヘイト時代を象徴する存在だった。黒人達は国際試合があると相手国を応援した。マンデラが大統領になると早速黒人中心のスポーツ協会によりチーム名とユニフォームカラーの変更が決定された。だが、マンデラはそれに反対した。少数派にはなったが、白人から誇りを奪うことを避け、国民の融和を目指した。マンデラは低迷するスプリングボクスの主将を官邸に呼び励ました。やがて、スプリングボクスはW杯の決勝で強敵オールブラックスを倒す。試合中の迫力はさすがに本物には及ばなかった。だが、モーガン・フリーマン演じるマンデラ大統領と主将を演じたマット・デイモンの存在感は圧倒的だった。
2018/10/20
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ニーチェは言う。「回帰の教えは、初めのうちは、情熱もなく、たいした内的要求もない賤しい連中の歓心を買うであろう。もっとも卑しい生の衝動が、まっさきに同意を与えるであろう。偉大な真理はいよいよ最後にならなければ、最高の人間を味方につけない。これが誠実な人の苦悩である」と。なんという笑うべき傲慢さ。これで私の、「回帰思想は発狂寸前のニーチェが思いついた途方もないたわ言ではないのか」という疑念が深まった。それは、イエスの「右頬を打たれたら左頬も差し出せ」のような、サイコパスの餌食になるしかない無力な思想や、ブッダの一見壮大だが結局何も言ってないに等しい「空の思想」をも連想する。哲学や思想は自惚れ屋の誇大妄想、あるいは、弱者の諦念でしかないのか。それなら、芸術の慰め、もしくは、鼓舞、そして、実証科学の確かさの方が遥かに良い。
2018/10/19
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ヒトラーは胸糞悪いお世辞を使って諸侯に取り入る宮廷ユダヤ人を嫌悪する。そして、彼らは愛する国民を苦しめると断じる。勿論、そんな人間はユダヤ人に限らずどこの国でも居るだろう。だが、ヒトラーの苛烈なユダヤ人嫌悪は多分に被害妄想を含んでいると思う。一体、それはどこから来るのか。冷静に考えれば、ヒトラーは、演説は巧いが、建築家にも画家にも成れなかった、冴えない反ユダヤ主義者に過ぎない。過激な民族主義者は、一般に、民族にしか誇りを持てない連中なのではあるまいか。そして、それは誇大妄想性の極めて膨張した誇りではないのか。ともあれ、「我が国を再び偉大な国に」とか「美しい日本を取り戻す」とか叫ぶ連中を警戒しなくてはならない。
2018/10/18
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前半序盤、押していたのはウルグアイだった。しかし、先行したのは日本だった。中盤の中島から出た良い縦パスを南野が巧くコントロールしGKの足に当たりながらも決めた。その後、吉田の不用意なファールで与えたセットプレーから1点返された。だが、前半終盤、右サイド堂安が粘って出したパスを受けた中島が放ったシュートのこぼれ球を大迫が蹴り込んだ。見事な連携だった。前半を2-1で折り返した。脅威だったカバーニは三浦がよく抑えていた。一方、瞬発力に欠ける吉田は追ったボールがゴールラインを割ってしまう等、トホホなディフェンスだった。後半序盤、三浦の不用意なバックパスをカバーニに獲られ決められた。ファインセーヴを再三見せていた東口もさすがに防げなかった。その後、中盤で柴崎がボールを奪い右の堂安に渡した。それを、一旦、宏樹に預け、もう一度貰ってから左サイドネットに突き刺した。見事な代表初ゴールだった。そして、また柴崎がボールを奪い南野に渡した。南野がコントロールし切れなかったボールを堂安が強くシュートした。そのこぼれ球が南野が蹴り込んだ。その後、カバーニからのループパスを受けた途中出場のロドリゲスが東口を巧くかわして決めた。試合はそのまま4-3で日本が勝った。世界ランク第5位のウルグアイに対し堂々の勝利だった。最終ラインの吉田と三浦はやや不安だが、中盤の柴崎、遠藤航、そして、前線の大迫、南野、中島、堂安の働きは素晴らしかった。SBの宏樹、長友も安定したプレーだった。このメンバーならアジアカップ優勝はむしろ当然かもしれない。
2018/10/17
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煽り文句通り悲惨な最期だった。自然主義文学と言うが、女主人公を悲惨な方向へ向ける作為は明らかだった。要するに男の見る目の無さと自身のだらしなさ、そして、仕事の手抜きが原因だった。実際、現実にもちょっとした心得違いで転落する人は珍しくない。だが、さすがのゾラも、現代の日本でホスト通いしながら二人の子供を餓死させた母親にまでは想像が及ばなかっただろう。正に、「現実は小説より奇なり」だ。愚かな人間はとことん愚かだ。それより、この長い小説を読んだ動機は、何故、ゾラはセザンヌを酷評したかだった。なるほど。ゾラの人間を見る目は容赦ない。おそらく嗜虐性も持っていただろう。描写も丹念である。だが、セザンヌの先進性を理解するセンスは到底なかっただろう。フロイト曰く、ゾラ自身もかなり強い神経症を持っていたらしい。そこからは、ゾラの古臭く、かつ、生真面目な性質が垣間見える。
2018/10/17
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ハイデッガーの流れからドイツの詩人ヘルダーリンに辿り着いた。「ギリシャ」という詩の一節にこうあった。「死ぬがよい!高貴な精神よ!この地上では君の住まう場を求めても 所詮甲斐ないのだ」若者らしい自意識過剰気味のペシミスティックな表現だ。だが、キルケゴール、ルードヴィヒ・ヴィトゲンシュタイン、ジョン・コルトレーン、あるいは、ガンディー、ルーサー・キング、マリア・テレサ等を連想する。高貴な魂に一般的な幸福は存在しない。それは世界の特異点なのだ。
2018/10/16
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動径が為す角度をθとし、半径rの円Cと動径の交点の座標を(x,y)とするなら、sinθ=y/rであり、rの長さはピタゴラスの定理により√(x^2+y^2)だから、sinθ=y/√(x^2+y^2)。同様に、cosθ=x/r=x/√(x^2+y^2)。だから、(sinθ)^2+(cosθ)^2=y^2/(x^2+y^2)+x^2/(x^2+y^2)=(x^2+y^2)/(x^2+y^2)=1。更に、半径rを1とする単位円なら、交点の座標は(cosθ、sinθ)なので(sinθ)^2+(cosθ)^2=1は明らか。今まで、(sinθ)^2+(cosθ)^2=1の式に何か不思議な感じがしていたが消えてしまった。
2018/10/15
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益田ミリさんが打ち合わせの帰りにスマホで「銀河鉄道999」が2本立てで上映中であることを知った。「行く。絶対、行く。2本観る」と決心した。幼い頃、星野鉄郎と出会い、「しびれた。幼いわたしの胸にビリビリと電気が走った。すごいモノを観てしまった!」と思ったそうだ。そして、「星野さん」という人に会うだけで、「なんかうらやましい」のだった。館内には中年たちがわんさかいた。ちょっと同窓会みたいだった。鉄郎が命がけで入手した切符が出て来た。そう、これこれ。地球ーアンドロメダ、壮大な切符やなぁと、あの頃も感心した。そして、大人になっても心は揺れ動いた。ラストで流れたゴダイゴの「銀河鉄道999」では涙が止まらなかった。少女時代に流した涙と同じ成分だと思うとぬぐえなかった。かわらず感動できた自分自身もよかったと思う。館内が明るくなり、2本目の前の休憩時間。通路を歩いていると、ひとりの女性(同窓生と呼ぼう)が、涙目で座っているのが見えた。手を取り合いたい気持ちだった。そうそう。これこれ。伊藤理佐に欠けているのは、この純情さなのだ。
2018/10/14
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瞬発力のあるパナマの寄せは速かった。しかし、ロングフィードの精度は低かった。前半終了間際、青山からの縦パスを巧く受けた南野がパナマDFを引きはがし狭い所を通しシュートを決めた。その直前、シュート前にワンクッション入れた為クリアされたシーンを挽回した。もう一度決定機があったが決め切れず1-0で前半を折り返した。最終ラインに入った冨安のプレーは安定していた。右サイドに入った伊東も効いていた。後半、原口のパスから2点生まれた。1点目はこぼれ球を伊東が押し込み、続いて川又が押し込んだ。原口は、やや、ボールを持ち過ぎるようにも感じられたが、再三、ボールを奪っていた。結果、3-0の快勝だった。パナマにも何度かチャンスがあったが決定力に欠けた。日本は中盤の青山から何度も良い縦パスが出ていたし三竿のボール奪取能力も高かった。両SBに入った室屋や佐々木も良かった。これといった穴はなかったように感じた。
2018/10/13
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伊藤理佐の記事が載っていた。記者は「徹底的な下から目線」と表現していた。一戸建てを買い、マイレージで飛行機に乗って何泊か旅行し、果てはフランスにまで旅行出来る人間のどこが徹底的な下から目線なんだろうか。約4割が非正規労働で6人に1人の子供が貧困のこの国で。私にはもう全く理解出来ない。
2018/10/13
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ニーチェは言う、「生そのものが、生にとって最も重いこの思想を自ら創出したのだ。生は自分の最高の障害を乗り越えて行くことを意志するのだ」と。この勇ましい文には三島由紀夫にも通ずる危ない英雄主義的な匂いがする。ある意味、幼稚と言っても良いかもしれない。だが、単純に考えてサケの遡上のような必死さも感じる。しかし、普通、多くの人間はそういう生き方はしない。精々、人の顔色を窺いながら、ささやかな、あるいは、薄汚い欲望を満たして生きるだけだろう。ハイデッガーならそれを頽落と呼ぶかもしれない。ともあれ、ニーチェや三島のような生き方を誰も止められない。破滅しようがあくまで自己責任だ。私は破滅も嫌だが頽落も嫌だ。人生とは自分に合ったニッチを探す行程なのだろう。
2018/10/12
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ヒトラーは際限のない正直さでもって重工業に勤しむアーリア人種と違い、ユダヤ人は商人や金融業者であることを非難する。だが、これは他国に住む異人種のとってある程度仕方ないことではないのか。ともあれ、ヒトラーはユダヤ人を、ペスト、悪魔、吸血虫と呼び、ドイツに破滅をもたらすものと決めつける。ここまで来ると、もはや、狂気と呼ぶしかない。
2018/10/11
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今日はライオネル・ハンプトンの名ライヴ「STARDUST」を掛けて貰った。芸達者なミュージシャンたちが繰り広げる圧巻のライヴだ。特に、御大ハンプトンのヴィブラフォンによるアドリブの熱気がのっけから凄まじい。乗り過ぎて客が全員一体になって体を揺すったのでアポロシアターが揺れたというエピソードも頷ける。その後、いつもの演奏会になった。お客さんの一人が楽器に覚えのある人で、理論の初歩を教えてあげられたのも収穫だった。閉店間際に駆け込んできた友達のウクレレ奏者が演奏したジェイク・シマブクロの曲はスケールが大きく起伏も飛んでいて素晴らしかった。
2018/10/10
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「夢のやうに雨を聞いた」という一文が出て来た。俳人らしい表現だ。かつて地球に海が出来る前、10万年ほど熱湯の雨が降り続いたそうだ。その途方もない壮大さには遥かに及ばないが、あくせくした日常から遠く離れた人間の心情をよく表している。
2018/10/10
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最近、仲良くさせて貰っているQ&Aサイトの会員さんが「1番古い記憶」という質問をしていた。重い話なので迷ったが、スルー出来ず、私が3才になる直前にお産で母と妹を亡くした話を書いた。自分が生まれて間もなく両親が離婚し、母親の記憶が全くない質問者は私が母親が死んだことがなんとなく分かり「階段で火の付いたように泣いた」というところを羨ましく思うと書いていた。なんとなく分かる気がする。どれほど辛い感情でも発散出来た方が遥かにマシなのだ。俗に、「死に別れより生き別れの方が辛い」というが、それも真実だろう。死に別れも辛いのは辛いが、どこか諦めが付く。そして、私の辛さなど、親に虐待されている子供の辛さに比べれば無いに等しい。今思えば、「人生は思い通りには行かない。思い通りに行く範囲で頑張るしかない」と強く思わせてくれた薬だったようだ。
2018/10/09
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ホーキングの新刊が出るそうなので過去の著作をおさらいしている。前の「ホーキング宇宙を語る」も大概難しかったが「ホーキング、未来を語る」は更に難しい。のっけの「光円錐」を直感的に理解するのも難しい。だが、その説明の中で出て来たカントの「純粋理性の背離」の否定に興味が引かれた。これはおそらく「アンチノミー」のことだろう。「純粋理性批判」も大概難しい本だ。解説本によると、互いに矛盾する命題が成り立つことによって純粋理性の限界を示したようだ。しかし、ホーキングは、カントが前提している絶対時間を否定することで純粋理性の背離をあっさり回避している。つまり、純粋理性に背離は存在しないのだ。これは、哲学的に見てかなり重要な観点だと言えるだろう。
2018/10/08
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良い映画だった。アル中で落ち目の元大物カントリーシンガー、バッドをジェフ・ブリッジスが好演していた。ダイアン・レインなんかもそうだが、若い頃、それほど魅力を感じなかった俳優が年を食ってから味が出る。ロバート・デュヴァルは若い頃から味があったが、年老いた男にしか絶対出せない味を出していた。バッドの馴染みのバーを経営するロバート・デュヴァルとバッドが一緒に池へ釣りに行き、ボートでロバート・デュヴァルが歌うシーンは素晴らしかった。物語は、アル中でヘロヘロのバッドが、ファンである妻の為に旦那からリクエストされた曲も歌えない所から始まる。離婚を4回繰り返したバッドには長年会っていない息子が居た。自分が何から何まで教えたトミー(コリン・ファレル)の方が今や人気シンガーであるのも面白くない。そして、ドサ回りの途中で立ち寄ったサンタフェで、ピアノ弾きの姪である地元紙記者のインタビューを頼まれる。来た姪は魅力的な美人ジーンだった。彼女はバツイチで4才の息子が居たが、三人は急速に仲良くなり家族的な付き合いになる。その後、ヒューストンで長期の仕事があった時、バッドを二人が訪ねる。ジーンから息子を託されたバッドは、彼女から何度も釘を刺されていたにも関わらずバーへ行き息子の前で酒を飲み、ちょっとした隙に息子が迷子になる。警備員のお陰で見付かったが、激怒したジーンが息子と二人でサンタフェへ帰る。ボロボロに落ち込んだバッドは漸くアルコール依存症の矯正施設に入ることを決断する。立ち直ったバッドがまたサンタフェへ行きジーンの許しを請うが拒絶される。何年か経った後、辛い経験を元にしてバッドが作った曲をトミーが歌い好評を博す。トミーが歌う会場に来ていたバッドにマネージャーが曲の謝礼に大金を渡す。バッドのパフォーマンスも上々だったようだ。その会場に地元紙を離れ大きな新聞の記者になったジーンが取材に訪れる。彼女は既に再婚し幸福そうだった。バッドはそれを祝し彼女と息子のお陰で出来た曲だからだと曲の謝礼を渡す。バッドは完全に立ち直っていた。コリン・ファレルの演技はややクサかったが若手人気カントリーシンガーの役は似合っていた。アルコール依存症矯正施設の描写もあっさりし過ぎていたように感じた。そして、筋書きを改めて書いてみると、やや、出来過ぎの感じもする。それでも、ラストにカタルシスを感じたのはジェフ・ブリッジスの演技が良かったからだろう。そういえば、バッドの好きなマクルーアというウィスキーが出て来たので慌てて探したが、どうやら、アル中の主人公に飲まれることを各ウィスキー会社が嫌った為、無理やりでっちあげたブランドのようだった。本当なら何を使いたかったのか気になる。ジャニス・ジョプリンのお気に入りはワイルドターキーだったそうだが、ドキュメンタリー映画に出ていたっけ?
2018/10/07
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以前、よく質問したのでネタ切れになったのと、嫌いな会員が増えた為、投稿を止めていたQ&Aサイトにまた、回答するようになった。チップを貰えるのと少しでも役に立てればという思いからだ。そこで気付いたことがある。悩みというのは必ず少なくとも両サイドの立場がある。私のような質問者寄りだけの回答より両サイドに立った回答の方がベストアンサーを貰えるようだ。ということは、質問者も、薄々、自分の非に気付いているということなのだろう。それを他者から指摘して貰いたいのかもしれない。ともあれ、ベストアンサー率の高い人は、概ね、丁寧かつ賢明だ。だが、中にはそうでもない人も居る。例えば、「新聞に書いてあることは全部うそっぱちだ」などと書く人だ。「新潮45」は行き過ぎて休刊に追い込まれたが、極端な意見もかなりの需要があるのだろう。
2018/10/06
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嫁さんとビリヤードに行った。4-1で勝った。だが、最後の9が全部おいしい所にあったので、あまり勝った気がしなかった。
2018/10/05
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ヒトラーは、ロシア人反ユダヤ主義者による捏造である「シオンの議定書」を真実であると決めつけた。それは、ユダヤ人が世界征服を目論んでいるとするものだ。だが、その後の行動を見るとヒトラーこそがそれを目指していた。人が他者を非難する時、しばしば、自分のことを言っている好例がここにもある。
2018/10/04
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いつも通り嫁さんが私の誕生日に深紅のバラを一輪くれた。バリバリ東洋人の私には似合わないが大好きな花だ。口の悪いFacebook友達に花瓶が尿瓶に似ていると言われたが確かに似ている。変わった形が好きなので仕方ない。そして今回、子供がくれたのは赤ワインとチーズだった。赤はカリフォルニアのカベルネ・ソーヴィニョンだった。意外と重かったし、好みの種類だった。チーズも大好きなブルーチーズだった。子供とは、長い間、仲違いし、漸く和解したとはいえ反りは良くない。しかし、こういうものを貰えるとやはり嬉しいしどこか安心する。後、地元の音楽仲間が大吟醸を届けてくれた。結構、真面目に音楽理論を教えているとはいえ恐縮する。別にお礼目当てに教えている訳ではないし、こちらも勉強になるし楽しい。「教えることは2度学ぶことである」というのは真実だ。とはいえ、非常に嬉しいし、人には親切にするものだとつくづく思う。
2018/10/03
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高飛車なバラについていけない星の王子さまを指して寛容さが足りないといった発言が気になった。確かに、どんな嫌な人間にも良い所のひとつやふたつはあるだろう。だが、高飛車な態度が良くないのも事実ではある。一方的に寛容さが足りないと言ってしまっては高飛車な人間に免罪符を与えることになりはしないか。それこそ、高飛車な人間の思う壺だ。高飛車な人間にもそれなりの痛い目に遭って貰わないと。
2018/10/03
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ヴィトゲンシュタインは、黄色の布切れを見せられ黄色がどんな色であるか教えられた人が、今度は黄色のボールを持ってくるように指示された時、黄色を想像せずにその指示に従えると言う。それはそうだろう。完全に習慣化した、あるいは、身に付いたことならそうだろう。歌舞伎役者は「千回稽古して本番では忘れろ」と言うらしい。いちいち思い出しているようではダメなのだ。だが、これは哲学の問題だろうか。むしろ、心理学、あるいは、現象学のような気がする。
2018/10/02
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嫁さん曰く有名らしいが、牧水の「かたはらに秋くさの花かたるらく ほろびしものはなつかしきかな」という句が載っていた。なるほど。ほろびしものがなつかしいのか。そして、なつかしがれるものは、まだほろんでいない。なつかしがれる内が花ということか。
2018/10/01
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