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報道で何回も聞いたり見たりしていたので、ある程度は覚悟していたけれど、手取りがえっと思うほど減っておりました、ボーナス。支給されただけでも有り難いことかもしれませんが。社会保険料は昨年にくらべれば228%、税金は92%で済んだが、ほんとうに形のない出費がかさんだ。珍しく保険医療費も、交際費も、住居費も膨らんでしまった。腰痛のレントゲン代もあって、本人3割負担はこういうことなのね。たまにかかる医療費なので、しかも健康保険もたっぷり支払っていると思うと、なんとかして欲しかったぁ。交際費は友が遠方よりやって来て、谷中のおそばやさん「鷹匠」での美味しいお酒。住居費は1991年からずうっと働いてきた電気釜のコンセントが熱くなっているのに気が付いて、残念ながら、新しい釜に交代となったことによる。今まで、この大都会で冷房なしで生活してきたことが誇りでもあった。しかし、体力の限界と暑さに抵抗してがんばるよりも、もっと活動的な毎日にしようということも考えて、やっとエアコンを導入することになった。新しくない建物なので、工事費と本体がほぼ同じお値段という見積もりになってしまった。7月の家計はこれで占められてしまうことになる。これから工事に入るので、暑くなるまでに間に合いそう。食費は6月はお誕生日の家族のために外食費が多くなった。肉・魚が減って、野菜の購入が多くなっている。お昼を軽くエネルギーのみの補給となっている若者のために、意識して茹でたとうもろこし、枝豆、さといも、ブロッコリー、じゃがいもなどを作る機会を多くしている。塩や塩コショウとオリーブ油で味付けをすると、かなり好評だ。
2003年06月30日
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気温が低いので、3時間半ほど換気扇、台所周り、床の雑巾がけにいそしんだ。4年もお掃除していない部屋の換気扇(注:我が家ではない)は手ごわかった。換気扇のお掃除ってなるべくやりたくない作業なのね。古いトレーナーをはさみで切って、使い捨て雑巾をたくさん用意しておいたのが功を奏した。しかし、Mクリンはほとんど1本を消費してしまった。ステンレスの特注フードがやたらと大きく、ベッタリ面積も大きい。Mクリンの霧にむせそう。でも努力の甲斐あってピカピカになった。ラジオを聞きながらの仕事は孤独ではない作業となった。ビニール手袋の内側も外側もベタベタとして、おまけにきれいになった換気扇のスイッチ部分の金具が外れてしまって、直すのに一苦労。ペットボトル(自家製麦茶)で水分を補給して一休みすると、難なく解決。我が家に戻って、着替えると、さわやかな気分。汗を流す労働はまた心地よい。でもでも先は長い。もう少し手持ちの材料で工夫した道具を作りたい。経済的環境的お掃除を考えたい。Mクリンをこんなに使ってはいけない。
2003年06月24日
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東京のカラスは減ったような気もする。実を埋めて16年、1年に一度のびわの収穫を待っていたのは私だけではなかった。14個の緑色のかたい実うす黄色、淡いオレンジ色と少しずつ変化してきて、明日は食卓にと思っていたら、2個忽然と消えてしまった。そして翌日は8個も、これは1個も食べられない可能性もあると、一番小さなオレンジ色のを1個もいで、家族に食べてもらった。感想はすっぱいのみ。まったく甘さはないと。残った3個はまだうす緑色。まだまだおいしくはないはず。ところが今朝は1個のみ。近い外でカラスの声。犯人は現場に戻ってきていた。大きめだが威嚇するような感じではない。ちょっと見つめ合ってしまった。すっと離れていった。青いびわ1個はまだ無事。山の手線の窓から見えた大きなびわの木は、たくさんの実がオレンジ色に輝いておいしそうだった。こんな目立たない貧弱なびわの木はカラにされているのに、どうしてあの木は無事なんでしょうね?帰ったら、最後の1個も姿を消していた。
2003年06月22日
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ちょっと気分転換をしたく、「映画を見たいなぁ。」と言ったら、「めぐりあう時間たち」ならいいんじゃない(戦闘、恋愛ものは好まないので、範囲が狭い)と夫がチケットを購入してきた。先入観を持たないで行ったら、ということで観たわけですが、心理描写に優れていることは確かだが、分からない、理解したくない。作者が自殺してしまっている文学作品は読みたくなくて、太宰や芥川も自分からは読んでいない。基本的に元気になる本、映画、絵、写真、音楽を好む。若いころ、友人と電話していて、ちょっとこれは話す内容に気を付けないと、なるべく明るい前向きな光ある方向へ話を変えようと努力する場面があった。それから1ヶ月後、その方のお母様より、友人は2週間前に亡くなりましたと電話をいただいた。そのことが、どんなに偉大な作品であっても、どんな理由があっても受け入れられない状態にしている。幼い子どもを置いて家出する母も描かれていたけれど、その日からお母さんの作ったご飯が食べられない子どもの姿が目に浮かんでしまう。私の気分は沈んだのですが、イタリア歌曲のきれいなメロディーとノーテンキに歌うテノールのCDも購入してきたので、これからはたぶん、更年期のうっとうしさも、くもり時々晴れとなるでしょう!
2003年06月19日
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ここのところ、あっと思う。絵に描けるような、日本家屋のお宅に重機が入って、あっという間に更地に変わっている。ある程度の由緒のあるお宅はなんとか残っているけれど、絵になるまたは準絵になる、30年前にはこのような落ち着いた感じの家が多かったが、もうほとんどなくなってきている。それも1本の通りでほぼ同時進行で。木は切られ、ちいさな土の色の地面が並ぶ。更地になると、思っていたよりとても狭い地面だ。あの家の大きさはこの地面よりずいぶん大きかったような気がする。庭木もうっそうとしていたし、そこだけは都会ではなかった。その上に小さな高いビルが建つのだろうか?道路に沿ってケーブルの束がきれいでない曲線で続いているけれど、ますますゴチャゴチャの空になってしまう。きれいなすっきりした町にはもうなれないのか。
2003年06月13日
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「お金をください」ではなく、「食べ物をください」とおじさんに言われたとき、いつも手元にすぐ食べられる食べ物を持っていない。今まで2回、そういう場面に出会っている。教会で何か用事をしていたとき、突然にドアがノックされ、申し訳なさそうな顔をしたおじさんがそこにいる。「ハラがスイテ、食べられるものならなんでも」と言う。今回は台所のすみにあったずいぶん前のクッキーとおせんべいを「もしかしたらシケッテいるかもしれないけれど、申し訳ないわねぇ。」と袋に入れて差し出した。教会というと何かもらえるというイメージで来る方が多いのだけれど、普通は何もないし、お金をもらいにきてもお金もないんです。その人の姿にキリストを見るというお話をよく聞くが、突然やって来るその人に何にもできなかったと、心にグサッと突きつけられたような気持ちになってしまう。せめて、次の機会には。この小さな出来事をできる限り周りの人に話そうと思う。空腹にはもう賞味期限も、食物連鎖も添加物もなくなってしまう。今日1日生きるってとっても大変なことだ。おいしいものしか食べない(高価という意味ではなく、温かいもの、冷たいものというような)毎日に、冷水が浴びせられた。おじさんは立ち去る時に「来ようと思って来たわけではないんだけど。」とまた申し訳なさそうな顔をした。
2003年06月10日
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このところ忙しい毎日が続いている。昨日は夫が「矛盾しているけれど・・・」と切り出した話にのって、教会の礼拝、発送作業を終えて、午後3時近くに逗子市の教会で行われるバッハ教会カンタータの音楽会に出かけてしまった。招待券2枚をいただいたそうで。開演前の1時間、海を見るべく散歩をした。片道30分の範囲でも磯の香りがして、ウインドサーフィンも見えた。ハマヒルガオやトベラなど海浜植物も。靴が砂だらけ。音楽会なのに。会場のお手洗いで、偶然知り合いの方に「わたし(ステージに)のるの」と声をかけられた。空いていた席が一番前、なんとヴァイオリンを弾くその方の真後ろ80cm。そして見事な演奏。そして案の定の不安も実現してしまった。夫は生のバッハを聞きながら、とっても贅沢なお昼寝を始めている。先週の疲れを知っているので、とても起こすなんてできない。たぶん知り合いは背を向けているヴァイオリン奏者と指揮者のみ。また聞いてみたくなる演奏と歌だった。バッハはライプチヒで毎日曜日の礼拝のためにこのような曲を3年間作っていたらしい。大バッハさんとと毎週ささやかな文書作成をしている私のプレッシャーが共通しているなぁと、大それたことに共感していた。気分爽快になった夫と、夕食は海辺のレストランでとバスに乗って探しに行った。リストランテでブオニッシモなお料理に心もおなかも大満足。でもおサイフは軽く、バスは来ない。暗い夜道で来ないバスを待つのは心細い。もう9時半、今日中に帰れることができるのか、とっても心配になった。あたりは淡い半月と波の音。待つこと15分、バスは快適に駅へ。乗り換え乗り換えで急行にたどり着き、うたた寝をしていたら、もう山手線の駅。本当に夢の中の出来事のような楽しい1日となりました。23:30帰宅。
2003年06月09日
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