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↑クリック日本版マンハッタン計画の指導者、仁科芳雄博士↑クリックアメリカ本土爆撃予定の伊400号潜水艦と晴嵐爆撃機東條英機は、サンフランシスコに原爆を投下する事を起死回生策と本気で脳裏に描いていたのだろうか。超歴史的な俯瞰でいえば、もしそのような発想があったのならば、よくよく無能な男だと思わずにいられない。実は、自分が小学生時代すでに仁科芳雄博士らが日本国内で原子爆弾開発に着手を行っていたという事実は、知っていた。今回、ザスクープなどの報道で、その具体的な活動規模などを窺い知って、その確度は適切な規模と資金、計画的な開発指導が存在しておれば、実現可能な域であったことはよく理解できたように思う。しかし、あの戦艦大和をまんまと造艦させてしまうような間抜けどもが「戦局打開」などという発想で、場当たり開発を命じるという発想が、負け犬そのものなのだと思わずにいられない。この国では、いつも声だけがデカい田舎者がどこからか、しゃしゃり出てきて物言わぬ大多数の善良な多数国民が余程酷い眼にあう、というおなじみのパターンが定着しているのだと思わずにいられない。歴史のイフを、いえばあのルーズベルトと蒋介石らに嵌められた「ABCD包囲網」に、まんまと封じ込められてしまうことも愚かだが、ヒットラーにまで裏切られ枢軸国だの、防共協定だとの重々しく合意を結んでおきながらドイツに中国向け武器輸出で荒稼ぎを許した、など当時の日本の軍事指導者の底抜けバケツぶりには、開いた口がふさがらない。自分だって、クラウゼビッツも石原莞爾も読んだのだけれども、戦争ってドンパチだけが戦争ではないと知った。つまり、ヒトラーとあんな合意をしたことが愚か、騙されたうえに貢がされたようなものだ。冷静であれば、持久戦にもってゆき、この国力であれば、確実に核開発は可能だっただろう。ソビエトとアメリカの冷戦の前に、核抑止の構造へ突入することも可能だったはずだ。石原莞爾は、それを念頭においていたのではなかったか。やっぱり、東條英機と松岡洋右は皇居前広場で晒して、国民の手でギロチンにかけるべきだった。それを、国民は好まず、マッカーサーも適当に手打ちしてせいぜい北一輝の「日本改造案大綱」を虎の巻に占領政策を推し進めるという程度のアイロニカルな仕打ちをした。しかして毒はたっぷりと注入されていて、いまや衛星軌道から、日本の政財界のお歴々のゴルフ姿はすべてアメリカへ筒抜け。自民党から共産党まで、だれが政権取ろうが戦後の日本は、どう転んでもアメリカの植民地みたいなものに成り下がった。東條や、松岡が神になっているなどという靖国神社などとても、参拝などできるものではない。だったら、あっさりハワイに続いて星条旗の中の星に納めて貰ったらどうなのだろう。どうせ昨今じゃあ、どなたも子どもの頃にミッキーマウスの枕で、寝ていらっしゃった御仁ばかりでは?
2006年07月31日
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恐ろしいものだ。たまゆら1/f氏に教えられて、Google earthを覗くと眼が眩む。高所恐怖症の自分が、スクロール一発で、東京からカトマンズまで超音速で視点が移動する。この速度は、大陸間弾道弾よりも速い。母親の実家の屋根まで、克明に写っているし、プライバシーもなにもあったものではないな。パソコンの中まで、丸ごと持って行かれた上に、日常生活もへたをすれば衛星軌道から眺められる。これが、アップデイトなサービスになれば、一億のストーカーが発生するようなものだ。相互監視も極めれりである。さて、半島情勢を衛星軌道から早速眺めてみた。いや、韓国人がつくづく気の毒である。こんなとてつもなく強い国が太平洋の入り口で蓋をしている。「北」も韓国も、ノイローゼになるのも無理からぬ。中国だって、多分この太平洋側の国が属国だったら、どれほど痛快だろう、ときっと思っているだろう。わざわざ覚せい剤やらヘロインを密貿易してでも、国ごと弱体化してやろうという闘志が湧いてくるのは実に良く分かる。われわれも、その動機を先読みして備えなければならない。まあ、ちゃぶ台(太平洋)の上のお菓子はみんなボク(日本)のモノって、言ってる嫌われものの末っ子みたいなものだ。この画像をみていると、そんな気がふとした。少なくとも、向こうはそう思っていることだろう。
2006年07月31日
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今日は、日本語教室が休みなので一日をたっぷり懸案事項に投じた。---まず、いきつけの診療所にいって義理を果たして。GATEWAYの長時間サポートを3回も受けて、おかげで長期交渉の課題解決を実現。なんと、事実上の2度目の初期不良を認めさせた。昨年購入の機種は、この冬に交換だった。2代目の機種も、ずっと不具合があったのを今回、どうしても初期不良と認めたがらなかったので、烈しい応酬の結果ついにハードディスクの支給を引き出した。これで来週ぐらいには、到着するらしい。リカバリー実行しても、ハードディスクのスペアがあると一安心かも。そこに、ネット通販で購入したデジカメが到着した。一眼レフタイプを購入しても使いこなせない。で、WEB最安値圏で購入した。いたって満足。滋賀は、被写体には不自由しない地域なので、あちこちを画像に収めようと思っている。できれば鬼室神社にも、出向いてきたい。 近江朝廷が大津に都を定めた頃、現在の韓国、時の百済(クダラ)国からわが国へ渡来をした多数の渡来人の中の優れた文化人でああった鬼室集斯という高官の墓碑がこの神社の本殿裏の石祠に祀られているところから社名が付けられました。 古くは不動堂と言い小野(コノ)村の西の宮として江戸期まで崇敬された社であり、小野の宮座である室徒株によって護持されてきました。近江って、司馬遼太郎の「街道をゆく」シリーズでは相当手厚く取材されている地域だ。特に、大津に住んでいるあいだに滋賀の踏査は相当実現しそうに思う。坂本は、祖先が明智光秀の凋落で城を拝命した丹羽長秀、その後に浅野長政と続く。実は、浅野家の家臣団として福井からこの地に滋賀入りしたのが、わが血のルーツとなっている。滋賀入りした最初の地だ。往事は、ルイス・フロイスが安土城に並ぶ美しい城と称賛したという。いまはその面影はない。しかし、散策には楽しめる地域だ。そもそも四国高知の坂本龍馬は、もともと明智手勢の朋輩、逃げ落ちて高知に根を下ろしたと言われている。坂本家の家紋は、明智光秀ゆかりの「升に桔梗」とか。
2006年07月30日
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登録制ですし、信用出来る方のみにお伝えしています。出玉PRスタッフ募集中につき、客寄せのために、当社指定の台で打って頂きます。軍資金一切不要でプロが必ず勝てる攻略法を教えつつ、給料+勝ち分がそのまま収入になります。 少しでも興味をお持ちでしたら、下記URLもしくは、完全無料フリーダイヤルまでお問い合わせ下さい。URL http://www.mwjq.com/?num=8TEL 0120-757-709 ユーザー体験人気NO.1サイト!女性会員が日本最大級の圧巻サイトです。恋人、不倫、セフレ、目的に沿って募集が可能。約60%程の女の子が写真を掲載している。これだけ掲載が多いのは、女性会員も出会う目的が念頭にあり、本サイトの会員傾向が、既に「会うこと前提」である証明と言ってよい。約40%の女の子が可愛いと思える子です。お試しあれ!!!!この手の迷惑メールは、本気でプロバイダーが追跡して警察に突き出す義務があるのではないか。毎日、二桁三桁もの規模で垂れ流し状態というのは異常だとしか、言いようがない。一説によれば、これら迷惑メールが2万通で被害者が一人、5000円程度送金するというようなレートだという。この一人の間抜けな犠牲者を求めて膨大な規模の迷惑メールが世に放たれているわけである。想像できるように、このメールはその犠牲者のオツムにあわせて作成されている。だから、どう考えても分かるような稚拙な語彙と発想で綴られているわけだ。迷惑メールを出しているやからも、それほど馬鹿ではないのかもしれない。しかし、このようなメールでフォルダーを一杯にされている利用者はたまったものではない。しかも、このような悪質極まりない詐欺まがい行為を実行して最盛期には月度1000万円を越える送金が稀ではなかったという。逆算すれば、年間一業者が軽く50億通もの迷惑メールを放っているという事だ。いや、最近はヒット率が低下していることだろう。騙される利用者も減ってくる。当然、迷惑メールは過熱するに決まっている。道路上で、真面目に働いている市井の人々がわずかの所用の間に駐車禁止で罰金を取られる一方で、これだけ公序良俗に反する破壊的な規模の迷惑メールを連打している連中が、逮捕拘禁されないのは本当に不思議としか思えない。あの堀江貴文や、「北」のカネがからんだ連中が経営している出会い系サイトというものがその主流だと思うが、今回その迷惑メールにパチンコ店のサクラ募集というのが混じってきた。笑うしかない。次第に、正体をみせはじめたようだ。パチンコ屋のサクラは、出会い系サイトのサクラとはわけが違う。立派な納税忌避行為、つまりは脱税ではないか。これをしょっ引かないのならば、この国が法治国家だとはまちがっても言えるものではない。
2006年07月29日
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さて、昭和天皇の明々白々なA級戦犯合祀に対する不快感表明によって、一言でいうなら、靖国問題は、決着がついたといっていいと思う。最近、「東京裁判は誤りだ。靖国神社にA級戦犯が合祀されてどこが悪い」といった論調がだいぶ幅をきかせるようになってきていたが、これで、再び主流の論調は逆転し、「A級戦犯合祀は誤り、A級戦犯が合祀されている限り、小泉首相は参拝すべきでない」とする議論のほうが、自民党でも多数を占めることになるだろうと思う。天皇絶対主義の時代はとうに終わったとはいえ、天皇発言の持つ影響力はいまだに日本の社会においてきわめて大なるものがある。天皇は自己の発言力の大きさを十分すぎるほど知っていたから、いまの天皇も、先代の天皇も、できるだけ自分の個人的な意思を表現しないようにしてきた。戦後、天皇が意識して影響力を行使したことはない。天皇にはもちろん天皇個人の意思があるだろうが、天皇はそれを傍目から全く見えないように見事に隠してきた。しかしそれだけに、今回のように、個人的意思がたまたま外にもれ出してしまうときには、その意思がより一層の影響力を持ってしまうものである。天皇の意思と一般社会の意思がぜんぜん正反対に食いちがっているというならともかく、そうでなかったら、天皇の意思の方向にことは動いていくだろう。小泉首相にとりわけショックだったろうと思うのは、天皇のほうが、小泉首相得意の「心の問題」の論理を使ってしまっていることだ。A級戦犯合祀に賛成できないから、A級戦犯合祀後の靖国神社には参拝しない。「それが私の心だ」とはっきりいっているのである。それに対して、小泉首相が、「天皇の心は天皇の心だ。それに対するに私の心が正反対の方向を向いていてもそれはそれでかまわないではないか」として、あくまで靖国参拝を貫くか、といえば、そうはならないと思う。天皇の意思としてこれだけ明確なものが出てきた以上、国民の大多数は「A級戦犯合祀に反対」「A級戦犯がまつられている靖国神社への首相の公式参拝反対」の声が圧倒的多数派になるのは、時間の問題だと思う。 第78回 靖国参拝論議に終止符 天皇の意思と小泉の決断 (2006/07/21) 7月20日の日経新聞の大スクープ記事は、一種の政治テロに近い衝撃だったと思う。立花の論は、素直にいただけないものの「大勢」が決着したという観測には、多少納得できるものもある。自分は、あの記事の流れ方には確かに猛烈な不快感はある。しかし、さはさりながらひとつの「政治的テロ」であるとすればこれはもう勝敗は決着したと思う程だ。小泉が、自身の思惑を封殺されるぐらいの著しい効果を生じている筈だからである。ネット右翼の諸兄が、どれほど歯軋りしても、このような時期に狙い済まして打ち上げられたこの種のクーCoup d'etatには、流れを変えてしまうほどの衝撃力はあるものだ。それは、自分が小学生時代に経験した。たとえば浅沼刺殺事件を思い起こせば充分だろう。(参照 「不倫と経済社会」)汝、浅沼稲次郎は日本赤化をはかっている。自分は、汝個人に恨みはないが、社会党の指導的立場にいる者としての責任と、訪中に際しての暴言と、国会乱入の直接のせん動者としての責任からして、汝を許しておくことはできない。ここに於て我、汝に対し天誅を下す。 皇紀二千六百二十年十月十二日 山口二矢あの衝撃は、ちょっと言葉にはできない。デジタルで育っている諸兄には、あえて申し上げたい。刺殺でテロを行うというのは並大抵の覚悟や努力でやれるものではない。剣道の達人だから、できるというものではないだろ。彼は、あの瞬間に向けて人知れず、おそらく常人が想像できない規模の鍛錬を実行した筈だ。私が英語の習熟について投じている時間など足元にも及ばぬほど。数層倍もの規模、繰り返し繰り返し無生物に向って襲撃の練習を行ったことは間違いない。浅沼刺殺に成功しただけではなく、その暗黙の首尾手だてに国民は震撼となったわけだ。今回は、日経新聞の記事のかたちをとっているが、要するに政治テロと大差ない。そういう風に自分は、思っている。はたまた、今回の日経新聞のスクープをアメリカが事前に察知していたのではないかとすら疑っているほどだ。小泉の顔を潰すことが目的であるようでもあり、その後につづく安倍やら、谷垣やらにもこのメッセージは肺腑を刺すように伝わったことだろう。
2006年07月28日
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イラク軍からクウェートを奪還するために開始された"砂漠の嵐作戦"。米軍の圧勝だけがクローズアップされたこの戦争で、激戦をくぐりぬけた兵士たちは帰還後に原因不明の病に悩まされていた…。どこまでが物語でどこまでが事実なのか? 異色の構成でお送りする、湾岸戦争の真実に迫るドキュメンタリードラマ。監督は、アメリカが抱える数々の問題をTVムービー化することで定評のあるロッド・ホルコム。出演は「マシニスト」のジェニファー・ジェイソン・リー、「プライベート・ライアン」のテッド・ダンソンほか。 ガルフ・ウォー出演ジェニファー・ジェイソン・リー ブライアン・デネヒーマージ・ヘルゲンバーガーテッド・ダンソンスティーヴン・ウェバー 87年頃、8月に近づくと関西テレビの深夜で結構秀作記録映画が連夜放映されたりしたものだ。あれらの映画をみてきての感想をいえば間違いなく日本では戦前と大差ない報道管制がなされていると思う。歴史の事実を証言するような作品は、ほとんどビデオショップでも見る機会が得られない。映画「第五福竜丸」など、娯楽作品としてみても相当できばえがいいのだが関西テレビのその番組以外でVHS版を見かけたこともない。映画の時代は、自分が小学入学当時だと思うが、まったく上映されたこと自体記憶にない。内容は、露骨な反戦的傾向を前面にだしたようなテーマではなくまじめな記録映画仕立てになっていたと思う。その後、そのテレビ局の放映する深夜番組は実に貴重な映像作品を次々と追いかけていた。記憶しているだけでも、あのマイケル・ムーアが直接師事したケヴィン・ラファティ監督「アトミックカフェ」とか、以前自分がここで御紹介した「ダークサークル」だ。これも凄い映画で、アカデミー賞を特別枠で取っているほどの作品なのだけれど、日本のビデオショップでは絶対にみることができない。一度みると人生観がかわるほど衝撃的な事実性が作品に込められている。これもマイケルムーアの師匠となった女流監督のジュディーアービング女史Judy Irvingだ。こんな流れからすれば、この「ガルフウォー」の今日的意味は大きい。なんとあの有線のGAYOが無料で動画配信してくれている。しかし、残念なことに武富士のCMがうざい。しかし、これは我慢しかないな。何気なく映画情報を見ていて、『アトミック・カフェ』(―“原子爆弾カフェ”)のタイトルにあっと驚いた。『ボーリング・フォー・コロンバイン』に続いて、いま世界中の注目を集めている映画『華氏911』の監督マイケル・ムーア氏が若いころ、ドキュメンタリー映画の手法について教えを乞うたケヴィン・ラファティ監督の作品とのこと。1982年の作品なのだが、実は83年に日本で自主上映されていて、私も観た記憶がある。しかし同名の違う作品かもしれないなどと思いつつ劇場に行ってみた。ディレクターズカット版とのことで初公開時とは多少違う内容になっているようだが、確かに同作品だ。共産主義圏と核開発競争をしていた1950~60年代に米国で作られていた10,000本もの国家によるプロパガンダ映画フィルムをつなぎ合わせ、ナレーションを一切加えず編集のみで、ブラックユーモア満載、痛烈な風刺が効いた作品に仕上がっている。核攻撃への不安感を煽る膨大な量の情報がメディアを通じて流され、全米に吹き荒れた疑心暗鬼のアカ狩り旋風。”自由”を旗印に掲げる国で個人が孤立させられていく。観終わってコワさがじわりと迫ってくる。83年に、アトミック・カフェ上映事務局というのが作られて、翌年上映の『ダークサークル』(こちらは監督は違うが、やはり82年にアメリカで上映されて以来、全米各地で絶賛され、アカデミー賞等多くの賞を獲得した)と共に、フィルムが全国を回っていたはずである。シルクウッド→危険な話 ~メリル=ストリープはなぜ死んだか~from ピンキィ君の夫☆投稿者コメント「阪神タイガースが優勝した年の夏、大阪の関西テレビが深夜に反核映画を一週間ぶっ続けで放映したことがありました。順番は不確かですが「シルクウッド」「ヒロシマ・モン・アムール」「博士の異常な愛情」「ダークサークル」「ゴジラ(1954)」「アトミック・カフェ」という何とも凄いラインナップでした。そして最終日にはゴールデンタイムで「チャイナ・シンドローム」(これはフジテレビからの全国放送でしたが)。この素晴らしい企画は、京都に住んだ6年間に観たテレビ番組の中で「エンドレスナイト」と並んで最も印象深いものでした。それにしても、動燃は一体何をやってるんだ!!」
2006年07月27日
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↑CLICKで動画配信2006年7月23日 サンデースクープ「昭和天皇と靖国神社-東條由布子さん」東條英樹の孫という東條由布子氏の発言は、自分とは対極的なスタンスだと思うのだが論としてはまだしも分かるような気がする。東條英樹ら、国際A級戦犯をなぜ分祀などできようか、という意見は現状日本国民に広く理解され難いとしても「神ながらの世界」に戦争犯罪も、上も下もあったものではない。それがひらの日本国民の素朴信条である。神社で鯨が祀られていようが、狒狒が崇められていようが、自分は知った事ではない。まして靖国神社などへ足を向けたことがない自分らには鰯の信心と大差ないからだ。いま、むしろ問題なのは日本人の信仰生活にかかわる、所詮国内問題に過ぎない内容に対して、中国あたりが口ばしを挟むというふざけた構図に、対中国利権代弁勢力が加担し、ことあるごとに謀略的な工作を仕掛けていることこそ国民にとり不本意そのものだ。国威を損なう愚かな議論に逸脱し旋回しているのだと自覚すべきではないだろうか。 東條由布子氏は、はっきりとこのメモの登場は昭和天皇のお立場を傷つけるものであると明言している。余程物事が分かっていると思わずにいられない。いま単純かつ俗流なまでの「平和主義者」として昭和天皇を持ち上げようなどという無造作きわまりない愚かな連中らが結果的には戦後的な擬制の根源に位置する昭和天皇を毀損直撃することになるという、この話題特有の本質的な構造機微を理解していないという事が露呈した。この国の平和主義者なる存在が、所詮は親米ポチと五十歩百歩の情けない党派であるということを見事に白日の下に曝け出したのだ。今回の騒動は、その程度の意味しかない。この時代に、ふたたび国民的合意が国際配慮を優先し、散り散りに乱れかたちを為す事が困難となれば、戦争で斃れたすべての戦争被害者、幾百万もの御霊もうかばれないだろう。この騒動の影にかくれて、実は産経新聞にコメントしているアーミテージ駐日大使の発言が光っている。わたしのような反米愛国論者が眺めていても、今回はこの駐日大使の意見がもっとも秀逸だと思わずにいられない。日本の平和主義者なる存在の拙劣な右往左往には心底呆れるばかりである。つくづく情けない。首相の靖国参拝について、(1)米国社会で犯罪者も丁重に埋葬されるように、A級戦犯も含めて戦没者などの先人をどう追悼するかは日本自身が決めることで、とくに死者の価値判断は現世の人間には簡単に下せない(2)中国は日本への圧力の手段として靖国問題を使っているため、日本側が譲歩して首相の参拝をやめたとしても、必ず別の難題を日本にぶつけてくるだろう(3)小泉首相は公人ではなく私人として参拝することを強調したが、中国側はその「譲歩」を全く認めず、靖国だけを問題にしているのではないことを印象づけた-などという点を指摘した。アーミテージ氏はさらに「中国政府は日本の首相に靖国神社に参拝するなと指示や要求をすべきではない」と中国の対日要求を不当だと断じ、とくに「民主的に選出された一国の政府の長が非民主的な国からの圧力に屈してはならない。小泉首相には中国が靖国参拝反対を主張している限り、参拝をやめるという選択はない」と強調した。ただし、靖国境内にある軍事博物館の遊就館については「戦争に関する一部展示の説明文は日本で一般に受け入れられた歴史の事実とも異なり、米国人や中国人の感情を傷つける」と述べた。
2006年07月26日
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ヴァイニング夫人Elizabeth Gray Vining 1902 - 1999 1902年、アメリカ、ペンシルヴァニア州 ジャーマンタウン生まれ。プリン・モア大学卒業のころから、短編の執筆をはじめる。教職に1年間就いたのち、ドレクセル・インスティチュートの大学院に進み図書館学を学ぶ。1929年にMorgan Fisher Vining 氏と結婚後も、結婚前の名前で著作活動を続けた。1933年に自動車事故で夫を亡くし、翌年、失意の中、それまで親しんできたクエーカー教の正式会員となる。 その後も、『旅の子アダム』(1943年度ニューベリー賞受賞)をはじめとする数々の著作を発表し続けた。1945年には平和に貢献するため著作活動を停止し、アメリカン・フレンズ奉仕団(クエーカー教徒の奉仕機関)広報部に勤務。1946年 には、当時の皇太子の家庭教師に選ばれて来日。皇太子殿下に深い影響を与えた。1950年にアメリカへ帰国。1952年に出版された『皇太子の窓』はベストセラーとな った。1999年に亡くなるまで、皇室や日本の友人との交流が続いていた。 日本に帰ってから恵泉で4年教えました。その頃、天皇陛下が、アメリカから狂信的でないクリスチャンの婦人を自分の皇太子のために捜してほしいと教育使節団長のストダード(Stoddard)博士にお頼みになったわけですね。皇太子の教師を迎える方たちは非常に慎重でした。家庭教師のお住みになる家はもちろんのこと、お料理をするお手伝いさん、メイドさん、秘書、全部きちんとそろえてお迎えするということになりました。秘書を選ぶ段になって、山梨勝之進さんと言う学習院の院長先生が、秘書はどういう人がいいだろうか、と霊南坂教会の小崎牧師に相談にいらしたんです。山梨先生は元海軍中将でいらした方ですから、さぞや雄々しいかと思えばそうではなくて、とっても細かいことに気のつくお優しい方で、その方がまず小崎牧師に、「ヴァイニング夫人の秘書になる人はどういう人がいいだろう」とご相談したところ、小崎牧師が「クエーカーは普通のプロテスタントの人たちとはちょっと違うから、できればクエーカーの人の中から秘書になる方を選ぶのがよろしいのではないでしょうか?」とアドバイスをなさいました。その結果、クエーカーの人たちの中で英語を話せて、ちょうど年頃で秘書のできる人がいるかどうか、ということで人選が始まりました。クエーカーは今でも人数が少ないくらいですから探すのは簡単でした。私が4年前に戦争中のアメリカから交換船で帰ってきていて、しかも帰る前にクエーカーの学校に行っていた、というのですぐに私に決まってしまい、まわりも私もびっくりしました。プロテスタントといっても、いろいろあるものであえてクエーカー教徒のヴァイニング女史を乞い求めたという昭和天皇の「政治性」は、注目すべきだろう。これはどう考えても戦後占領憲法的なるもの、ヤルタ=ポツダム的な体制を好んで招き寄せたとしか思えないわけだ。ほかならぬ昭和天皇自身が、である。あの三島由紀夫が、ヴァイニング女史について深い嫌悪感をつつみかくさず表明していたのは、知る人ぞ知る。「英霊の声」が、反天皇的ですらあるのはその伏流があるからではなかったか?
2006年07月25日
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剣道形というのがあって、これはやっぱり大事だとか、表向きは言うのといっしょですね。建前では剣道形は大事なのです。けれど、実際、脇構なんて、さっきもやりましたけれど剣先を後に向けてこんな構をしたら、「そんなのは間に合うわけがない」と思っているんですよ。「役に立つ」という実感が今の剣道をやっている人には、まるでない。本音では「こんな構でどうするんだ」と思いながらも「大事だ」と言われるので従っている。そんなことをやっていたらどんどん裏表のある人間になっていって人格修養どころではないと思います。ひょっとしたら日本共同体ではそういう裏表を身につけるのが大人の腹芸で、この国で生きていくには必要な生活の知恵であり、それを身につけるための剣道なのかなって、皮肉のひとつも言いたくなります。 甲野善紀「自分の頭と身体で考える」PHP出版【社説】2006年07月21日(金曜日)付 A級戦犯合祀 昭和天皇の重い言葉 メモには「A級が合祀され その上 松岡、白取までもが」と記されている。日独伊三国同盟を推進した松岡洋右元外相と白鳥敏夫元駐イタリア大使への怒りもうかがえる。 A級戦犯の合祀に対し、昭和天皇がかねて不快感を示していたことは側近らの証言でわかっていた。 それなのに、昭和天皇が靖国参拝をやめたのは合祀が原因ではないとする主張が最近、合祀を支持する立場から相次いでいた。 75年に三木武夫首相が私人として靖国参拝をしたことを機に、天皇の参拝が公的か私的かが問題になったとして、「天皇の参拝が途絶えたのは、これらが関係しているとみるべきだろう」(昨年8月の産経新聞の社説)という考えだ。 こうした主張にはもともと無理があったが、今回わかった昭和天皇の発言は、議論に決着をつけるものだ。 現在の天皇陛下も、靖国神社には足を運んでいない。戦没者に哀悼の意を示そうにも、いまの靖国神社ではそれはかなわない。 だれもがこぞって戦争の犠牲になった人たちを悼むことができる場所が必要だろう。それは中国や韓国に言われるまでもなく、日本人自身が答えを出す問題である。そのことを今回の昭和天皇の発言が示している。 おお、なんと愚かな嘘を嘘で塗りかためる真似を行うことか。「国際A級戦犯」とは、ほかならぬ超級戦犯である昭和天皇迪宮裕仁を救済し免責するために無理やり極東占領軍が、こしらえた戦後向け神話だったではないか。そんなこともキチンと若い世代に口伝で伝えることもできないという情けない国になり果てたようだ。これが神話だということを、ほかならぬ昭和天皇が実は一番痛烈に知り抜いていた。すべてを一切合切、国際A級戦犯の責任、ということにしてまんまと天皇の戦争責任を問う事もなく、戦後的な平和憲法下の人間天皇などという噴飯ものの新しき神を演出し、かくまたそれを演じきった。あのマッカーサーとのひそやかな合意だ。これを裕仁は「男の約束」と、呼称していた。そしてそんな作為に満ち満ちた脚本に、まもなく丸ごと憑依して自らも人間天皇というまことしやかな「神」になるべく終生努力をおしまなかった。それが昭和天皇裕仁という人物なのである。楽天ブログにかかわらず、皆さん一様に記憶から失念なされようとしているが、いまの平成天皇が皇太子時代には、昭和天皇裕仁はなんと絶対非戦を信仰とするクエーカー教徒の家庭教師を、息子明仁親王につけるように画策した。だが、昭和天皇裕仁が本当に彼の宣言どうりに「人間」であるならばそんな姑息な真似を行うことなく、堂々と退位しはたまた皇籍離脱をもなし、あるいは自衛隊の前進母胎であるし警察予備隊の発足に際してもからだを張って反対するべきだろう。事実、彼が招き寄せ、明仁親王にあてがい敬愛された家庭教師のヴァイニング女史は、その後ベトナム戦争に反対して逮捕されてもいる。見事なまでの正真正銘の反戦平和主義者だ。しかるに昭和天皇裕仁は、その後も「人間天皇」という奇怪な自作自演の「神」に成り上がり日本の軍拡を推し進める歴代首班に対して、たとえ国会の指名に基づくとはいえ内閣総理大臣らを自ら任命し続けている。なんのことはない、国際A級戦犯とはほかならぬ昭和天皇のための金的隠し、つまりはカバーストーリーだったのだ。松岡や、東條が免責されないという他ならぬ理由は、昭和天皇をまんまと戦後に魔界転生させるための天を恐れぬ、大胆な大嘘。マッカーサーと昭和天皇のひそやかな「手打ち」だったに過ぎない。これは間違ってもいわゆる「論」ではない。つまりはヤクザ、テキヤレベルの手打ちなのだ。松岡や東條らは、ヤクザのエンコ詰めの小指として。永遠にまな板から斬りおとされた存在なのだよ。そんな無理無体な、けじめの強行でもって辛くも我々の戦後平和なるものが維持されているに過ぎないのだ。今もって寝とぼけた多数国民が忘れかけているのが情けない。ましてやリベラルなどと尊大な日本の良識派を振舞う市民とやらの、素性のうさんくささが際立つのである。
2006年07月24日
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天皇が、平和主義者だったという。では、天皇の名の下に召集され、戦地で斃れたわれわれの伯父や祖父母の世代はいったい何のために死ぬことを強いられて逝ったのだろう。「進め、一億火の玉だ」ということだから、死んでもゆけたのではないか。まんまと生き延びて、腹も切らずに平和主義など言われても到底承服できるものではないだろう。自分は天皇裕仁に憎悪を燃やすというような世代では、当然ない。また、謝罪をしなかったから咎めようという意図もない。人を殺そうと思っても、殺せるものではない。また、好んで国民を死地に赴かせようという意志があったとは思えない。しかし、英霊たちは天皇裕仁にあまり簡単に「人間でした、すみません」などとは聞かされたくはなかっただろう。我々の腑に落ちる論を耳にしたいだけだ。昭和は、よくも悪くも裕仁の治世だった。自分にとっての明瞭な昭和というものを折り合いをつけたいと思う。伯父は、ニューギニアで戦死どころか餓死だ。近衛師団に、寸でのところで選に洩れた。この明暗は大きい。本人は、直前まで近衛師団入営を確信していたらしいが、外地で骸骨になりはてた。この遺恨は、靖国神社に祀られたからといってはらせるものだろうか。アメリカが、同盟国だという。上等だ。ならば、戦争末期のドサクサに日本国土の非戦闘員を病的な嗜好のように無差別殺戮を実行したことについての反省の言はないのか。同盟国の国民に対して、きちんと表明するという礼儀を持ち合わせていないのか、と問いただしたい。日本が、アメリカの植民地ならばいざ知らず。あえて同盟国であるというのならば、その感覚を相互に問いただすという機会があってもいいのではないか、と思うわけだ。2004/04/30増補「焦土の青春」 2004/05/05人は、戦争で死ぬために生まれてはこない。 米国人はなにかにつけてリメンバーパールハーバーを言うが、彼らが戦争中に本来の軍事行動とはまったく関係のないこのような軍人による犯罪行為を多数繰り返していることについては、どのように考えているのだろうか。軍指導の上層もこれを諌めて抑止していたというフシも感じられない。そもそもカーチスルメイ将軍など、いかに効率よく日本の非戦闘員(ようするにじいちゃん、ばあちゃん、にいちゃん、ねえちゃん)を焼き殺すかを熱心に研究していたわけだ。日本人は戦後、なにかと言うと広島、長崎の原子爆弾のお話にもってゆくが、東京や大阪、名古屋でアメリカが落とした油性爆弾で木造家屋を焼かれて死んだ人が壮絶に多いのだ。これについて戦後、アメリカにまっすぐに抗議した人の話を聞いた事がない。また、殺されかけたことも忘れて靖国神社に出向いて清掃奉仕をしようという親戚のおばさんがいたので、わが母親は罵倒してやめさせた。靖国神社の宮司かなんぞの中に、アメリカが意図的に非戦闘員とあきらかに分かっている日本人へ向けて実行されたこれら殺傷行為を犯罪であると糾弾したものがいるのか。寡聞にして耳にしたことがない。彼らが全国から参拝する遺族や国民からの浄財でなりわいしているのであるのならば、その国民がいわれなく戦争被害者として戦中、戦後悲嘆の苦しみに喘ぎ過ごしたことについて一度はきちんとアメリカにむけて抗議してみたらどうなのだろう。戦争に参加した軍人の慰霊を話題にするのならば、彼ら軍人や戦争指導者らが粗忽にも無計画に始めた戦争でロクすっぽ勝てもせず、いたずらに戦争にまきこんで殺されていった幾百万もの国民の慰霊をどのように考えているのか。
2006年07月23日
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毎週、琵琶湖を一周している。湖北の日本語教室かよいである。まあ、精神のリファビリのようなものなので収支では判断していない。日本語を教える、という困難さを身をもって味わうと、その価値が際立ってよく分かる。なんと普通に日本語を使えていることが有難いことであるのか、である。つまるところ、私が使える日本語とは、「私自身」なのだと思う。ところが、珍しく日本語教室のロビーに英語が聴こえた。この冬から、毎週通っていても英語を耳にしたのはまったく皆無に近かった。おもに、ポルトガル語、スペイン語、中国語、ロシア語とまあ、とんでもない地域だと思っている。そこに珍しく英語を聞くとなんだか、ホッとするのだから不思議だ。だが、ロビーに出てあきれた。中年のアメリカ人、聞けばオーストラリア人らしい男女が加わって、ロビーでテーブルに足をあげてだらしがない。どうも引率でついてきた教職員だというので、もう一度呆れた。いったい何事が、起きたのかと聞けばどうやら地元の高校野球チームあたりが、友好親善野球大会でアメリカやらから試合相手を招いたものらしい。東部のミズーリー州からのゲストだという。それに、一部オーストラリア人が混じっているとか。まあ、アメリカ人というのはどこでみかけてもこんな風だ。気さくに受け答えして陽気なのは、良いことだ。肝心の野球は、強いのかと聞くと「日本の野球チームには、てんで勝ち目がない」とあっさり認めていた。日本では、ゆっくり英語で話すクセがついているのか、聞き取り易い。国際化というのか、庶民レベルでも、どんどん地方都市側からも如実に進んでいるのをまのあたりにした感がある。
2006年07月22日
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1988年12月、当時の本島等長崎市長が、昭和天皇には戦争責任があると思う、と発言したことに対し、保守陣営などからの反発と右翼からの脅迫が起こった。本島市長は発言の撤回をせず、右翼の構成員の銃弾を受けることとなった。天皇を巡る右翼の銃撃について嶋中事件との関連で言及する声もあった。 昭和天皇が1988年、靖国神社のA級戦犯合祀(ごうし)に強い不快感を示し、「だから私はあれ以来参拝していない。それが私の心だ」と、当時の宮内庁長官、富田朝彦氏(故人)に語っていたことが19日、日本経済新聞が入手した富田氏のメモで分かった。昭和天皇は1978年のA級戦犯合祀以降、参拝しなかったが、理由は明らかにしていなかった。昭和天皇の闘病生活などに関する記述もあり、史料としての歴史的価値も高い。 (07:00) 1988年という年は、昭和最後の年だ。個人的にも、さまざまな思い出がある。わずか20年ほどの間に、日本は絶頂から奈落へと転落した。そんな想いまでも湧くほど、激変が訪れたのだけれど昭和天皇は、その激動の戦後史をついに退位することもなく、天皇のままで逝去した。その最晩年の過熱報道では、毎晩のように食卓へ夕食時期に糞便に混じった血液量、いわゆる下血報道が連日かたじけなさそうにアナウンスされ、国民的規模での顰蹙をかったものだった。その最晩年の死の直後に、口頭で宮内庁長官へ「遺言」のように語り伝えたという内容は、これまで公表されなかったことも哂えてしまう。何と情けない、荘厳さのかけらも与えられない、惨めな臨終であったことか。報道管制に近い、すざまじい規模の垂れ流し情報に食傷した大多数の国民はビデオショップに殺到し、「天皇崩御」に決するやラブホテルの玄関には順番待ちする長蛇の車列が並んだ。昭和天皇のその歓迎されざる昭和史の軌跡と裏腹に、いまごろなにやらその御意志とやらが亡霊のように鎌首をもたげているらしい。甚だしいにいたっては、昭和天皇に「平和主義者」の像をかぶせるトンマな発言がここ楽天ブログ内部には散見する。噴飯ものというしかない。日本国民は、よほど自己撞着が烈しくなったとかねてより危惧していたが、もはや精神における統合性失調症病の域というほかない。昭和天皇は、わたしシャルドネには敬愛されている。それは天皇としてでもなく、間違っても平和主義者などとしての虚構像についてでもなく、まさしく超級戦争犯罪人として敵国占領軍マッカーサーに接見し、その短い交渉において「男同士の約束ですから」と敗戦国のエンペラーとしてぎりぎりの交渉を敢行しえたその胆力においてである。むしろ迪宮(みちのみや)裕仁の本領は、生きながら反戦後憲法的な存在感を呈ししていた。あの児玉譽士夫にまで虚仮にされ、天皇の戦争責任を言いつのられるという情けない立場に甘んじながら墳墓に赴くまですべて沈黙をもってしたその忍耐力については驚くばかりである。迪宮裕仁が、国際A級戦犯と呼称される連中に対して烈しい怒りを抱いていたのは当然である。勝てるはずもない先の大戦を、あたかも勝てる見込みがあるかのような大博打を打ちあげく責任を背負うこともなく、左顧右眄を繰り返す手合い。超級戦犯であるわが身と照らしても東條英機、板垣征四郎らと同列に扱われることを、不本意としたのは、最低の「矜持」というものであろう。間違いなく、裕仁は先の大戦においてアメリカに闘い勝って勝利しようと祈念していたわけである。負けるような戦争指導をした間抜けな連中を祭祀しているような靖国神社などへ、なにゆえおめおめと出掛けられようか。そんなことはけして容喙できるような内容ではない。私が、大行天皇裕仁を敬愛するのはまさしくその「矜持」の所在ゆえである。中曽根康弘らは、あの三島由紀夫の狂気を述べたが、むしろ三島は天皇の奥底にある懊悩についての最高のプロンプターだったように私は思う。
2006年07月22日
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最近、立て続けに坂上二郎さんや真屋順子さんがテレビで発言しているのを見かけた。お二人とも壮絶なリハビリ経験者だそうだ。80年代のあれほど楽しませてくださった、お二人だがその後思いもしない劇的な生活の転換が訪れたものらしい。噂では耳にしたように思うが、直接画面で語るところを耳にすると並大抵の復帰努力ではなかったらしい。頭がさがる思いがする。あの絶頂期のコント55号の記憶からすれば、体が思うように動かないことの絶望感は、余人の想像を絶する域のものがあったのではなかろうかと思う。坂上二郎さんは、一時はリファビリを断念するぐらいの時期があったそうだ。動いていた体が動かなくなるということの、情けなさは当人になってみないでは理解できるものではないようだ。自分は、幼少期に何度も死にかけたり殺されかけたりしたわりには、それ以後おかげさまで身体的にはすこぶる頑健で、大病することもなくこれまで過ごしてこれた。先日も、自分のことを「運の悪い人」と、評した人がいたのだけれど笑って別れた。私が、運の悪い人の筈がない。ふところに大枚がない事以外は、むしろ強運の持ち主というものだろう。神仏の加護というものは、私のためにあるような言葉だと思っている。そんな幸運さは、心から感謝しているのだけれどリハビリに耐え抜ける精神だけは、常に心がけて鍛えあげておく必要があると思う。語学の学習を、この後襲い掛かってくるやもしれないリファビリ生活に耐えるための訓練習慣という意味で受けとめれば、何らの苦痛もなく日々行える。脳みその訓練は、どうやら四十代、五十代の方が向いているという意見もあった。自分は、常々人から言われる。「シャルドネ君、きみはいったいなにが専門なのか」「君は、なにがしたいのか」などなど。そういう言われ方は日常的に耳がタコになるほど言われてきた。財務なのか、経理なのか、マーケティングなのか、営業なのか、と。部門で割付をしないと我慢できないらしい。特に、日本の人事屋は話にならない。実は、厚生労働の内部にいる人たちからすらも、日本の人事屋とかリクルート系企業の日本型組織に対する過剰適応ぶりには、病的だという声がある。規格品の金太郎飴を大量に雇用したいという組織ばかりではないと思うのだけれども、病的な過剰適応した人事は、パラノイア的なまでに部門業務へ向けての傾斜ぶりを求める。そんな過剰と呼びたくなる労働品質を、平気で追い求めているのが実態だ。実は、この人たちは組織が毀れかけたときには、ほとんど使いものにならない。制動をかけられる単位は、いまの人事からは絶対に出てこないといって良い。理由は、簡単だ。現状、組織と呼ばれる存在の内部には、一切方法論が存在しない。方法論と呼ぶべきか、R&Dは、まったく費目立てされている気配がない。その理由は、人事の法務支配が貫徹しているからだ。法務とは聞こえがいいが、ようするに過去実績、既存の購買力、そしてなによりもキャッシュフローが主となっている。そのココロは、使い捨てである。実は、このような組織は一端毀れ始めると始末に悪い。一切収拾しようもないほど暴走を始める。いや、当事者たちは暴走しているとすら思わない。短期視野で、経営上層が頭をすべて持ってゆかれてしまえば、もう下部は沈黙するしかないのだ。その典型的な事例を、ひとつあげればあの@niftyだろう。彼らは、経営の視野閉塞を、組織内部で誰一人制動することが出来なかった。自分の専門をと敢て問われれば、それは方法論だとでも言ってみたい。残念ながら、誰もそんなことを理解できる人がいないので言葉を呑みこむだけだ。リハビリというのは、健常な人たちには気の毒な哀れむべき、無用な行為を余儀なくされているという風に見えるのかもしれないが、それはけしてそうではない。ある意味で、リハビリが企図され、遂行でき、実現が可能な人格というものは人間にとって最も崇高で高級な能力と意志の持ち主なのである。それは拡大して企業社会についても言えることだろうと思う。優れた方法論と、高い志操なくしてけして実現できない、それが機能再生だと思う。実は、日本の企業社会はおろか、国民に向けての教育の現場全般から見事に方法論が払底している。このような社会は、瓦解するのは瞬間である。巨大地震などやってこなくても、日本が丸ごと沈没するときは、一瞬だ。
2006年07月21日
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ニフティ株式会社 平素はアット・ニフティをご愛顧いただき、誠にありがとうございます。 この度、2007年 3月31日(土)をもちまして「フォーラム@nifty」(フォーラム、サークル、マイデスク機能)を終了 することとなりました。これまで長い間、当サービスをご利用いただきましたお客様には深く感謝申し上げます。 1987年 4月よりワープロ・パソコン通信サービス「ニフティサーブ」において提供を開始したフォーラムは、ネット上での数多くの出会いを生み、それまでになかった形のコミュニケーションをとることができる場として発展してまいりました。 また、インターネットに移行後「@niftyコミュニティ」と統合することで「フォーラム@nifty」の場を拡大し、結果としてこれまで多くのお客様にご愛顧いただいてまいりました。 しかしながら、個人で自由にコミュニティを構築できるサービスがインターネット上で数多く提供されるようになり、「フォーラム@nifty」のご利用が減少してきたため、当サービスとしてはその役割を終えたと判断し、今年度末をもってサービスを終了させていただくことになりました。やれやれ・・・最近のニフティーの凋落振りは、つくづく酷いものだと思ったが、改めてやはりということになるだろう。役割をおえた、だとよくぞそんな風なことをいけしゃあしゃあと述べられるものだ。本来果たすべき役割をなにも果たさなかったがゆえに、あまた存在した素晴らしい利用者とその活動をことごとく忌避し、駆逐してしまったのだとついに気づいていなかったようだ。パソコン通信の勃興という「幸運」は、富士通にとってただあれよあれよと巨額のお金の流れを招きよせたのだろうけれど、ついにそれを支えている無名のミクロにまで想像を及ぼすことなく、新興のネットベンチャーに譲り渡すこととなったらしい。いまや迷惑メールの攻撃目標でしかない、@niftyのIDなどなんの値打ちもない。この際、さっさと解約してしまおうか、というぐらいに思っている。以下、同感。いつまでも時代の先駆者であり続けることは非常に困難なことであるが目先の流行と欲に左右され、過去の原資を切り捨てて行くような恐竜的生き方が、未来永劫に続くことはないという自然の摂理とともにここで『さようなら』と気持ちの解離を宣言することをもって語るに落ちるとさせていただく。メールアドレスはある。ブログも引越すのはめんどうだ。ゆえに最低限の『利用費』を支払い続けて行くことにはなるがこれ以上のサービスは要求しないし提供されても受け入れることは無いと思われる。恐竜は、大きくなった自分たちの身体を維持するためにとてつもない食料を地上から食い尽くしたらしいがその将来性に投資をしようと考えるものなど、どこにもいないはずだ。なんたらフェスタなんておちゃらけてメルマガ送ったり、もうしないでね。迷惑メールとしてアドレス登録しちゃうよ。(笑)何を言われてもプロバイダーだ。infowebがなければ、名乗れないなんて事実は黙っていれば良いすべてを失っても富士通だ。パッケージ販売で『知らない人をだまし続け』適当に生き続けるのだろう。ただ、人々から受け入れられなくなった人気商売はその結果だけで『生きながらにして死んだも同然』であることをわすれるべからず。くそったれやろうどもに、最後の花束をくれてやるぜ
2006年07月20日
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確かに、Picasaは便利だ。ただ、最初のインストール時にパソコン本体と外づけのメデアを家捜しされるのは警戒した方がいいと思う。自分の知りえぬ情報、失念したものもすべて無生物のパソコンソフトにゆだねるという思想が恐ろしい。早い話、このソフトで自分の脳みそを丸見えにされている体感を得た。それは、路上でストリップしているのと大差ない。だから、最初が肝心。サーチをするか、しないかと聞いてきたときは速攻で「不要」とする。また、サーチなどされなくてもきちんと動く。必要のない画像は、どうせ遭遇した時点で廃棄することになるだろう。鷹揚に構えていて、良いと思う。
2006年07月19日
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Picasa from Google↑クリックで使えば使うほど、抱腹絶倒である。ざっと、カウントして自分が好んで集めた画像が13000を軽く超えていた。マニアならば、もっと外づけHDに多数保有していることだろう。いや恐ろしい。パソコンも恐ろしいが、これだけの画像に執着がある自分が恐ろしい。さらに恐ろしいのが、こんな規模の画像にすべて取得した瞬間の記憶や動機がからまっている。それを大体覚えているということが空恐ろしい。しかも、その中でなぜ取得されたのかまったく記憶にないような夾雑物のような画像がある。それは、見事にみわけられる。これはいったいどういうわけなのだろう。パソコンの能力、機能は、意外なことにこのような我々の人智の淵源にある独特のアナログさに依存していると思われる。IT革命だの、WEB2.0だのと言ってみても、結局その利用する個々の人間の、固有さに振り回されることは必定だ。今回、まさにPicasaで自分の脳みその中味を俯瞰するという境地に陥ったが、ますます自分という奴のミョウチキリンさ加減がよくわかる。よく「自分さがし」などというが、自分はパソコンやテレビを利用しない時間が一番だと思う。なぜなら、自分など探さなくてもこのHD上の13000の画像が如実に実態を示しているからだ。探すまでもない、みえみえなのである。
2006年07月19日
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Picasa from Google↑クリックで夕方、たまゆら1/f氏とまたつるんでスカイプで話込みしていた。ひょんなことで、Picasa from Google の話題になったのだが、まだ二人とも利用したことがなかった。そこで早速物好き二人がダウンロード。いや、絶句。これは、googleが登場した時以来の驚愕のソフトだ。いや、個人的には息を呑むほどの利便という他ない。パソコン上の画像ソフトがまさしくパノラマ状態。夢にまでみた、夢のような展開である。なにせ、自分のこだわりで集めた画像が一気に整然とみえてくる。いわば自分の脳みそを覗き込んでいるような状態になる。あっというまに数時間が過ぎてしまった。もし、お試しになられていないのであれば即座にダウンロードされることをお奨めしたい。これが無料なのだから、恐ろしい。
2006年07月19日
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↑CLICK この世の現実を知りたき人は、必ずクリックする。1945年滋賀県守山の空襲で、母親を殺されかけたという話題は何度も繰り返している。母親の目の前で、幼児を背負った母子のその背中の赤ちゃんの首が機銃で吹き飛んだという話題もくどいほど繰り返してきた。くどいと思われる方は、このブログを苦痛をこらえてまで読まれる必要はない。実は、イラクで1945年の日本で実行されていたものと軌を一にした、アメリカによる殺人実験が続いていたらしい。まずは、冷静に動画をご覧あれ。静かに耳を傾ければ、異国の言葉とてその意味は分かるというものだ。7月30日守山空襲 ↑クリック人は、戦争で死ぬために生まれてはこない。 ↑クリック捜せるのだろうか? ↑クリック滋賀県新知事の裁量だのみ ↑クリック
2006年07月18日
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今までに何度も何度も何度も何度も何度も何度も言ってるけど、この「きっこの日記」は、あくまでもあたしのプライベートな日記であって、あたしが書きたいことを書くための日記だ。だから、読者のために書いてるんじゃなくて、あたしの自己満足のために書いてる。だけど、ものすごくたくさんの応援や感想のメールが届くから、一応は、「皆さん、いかがお過ごしですか?」とか言ってみたりして、読者のことも意識して書いてるけど、基本的には、あたしのプライベートな日記だ。だから、読みたい人は勝手に読めばいいけど、こっちから「読んでください」なんて頼んだことは一度もないし、あたしと考え方や趣味の違う人は、わざわざ読んで不愉快になる必要もないし、読まなきゃいいと思う。世の中には、星の数ほどWEB日記やブログがあって、色んな考え方や趣味の人がいるんだから、他人の日記を読むことが好きな人は、たくさんある中から、自分の好きな日記を探して、それを読めばいいってことで、何もわざわざ自分と違う考え方の日記を読んで、不愉快になることはないと思う。 きっこの日記 2006.02.27無断転用、転載を禁ずなどといわれても「引用」を拒むような高邁な精神の持ち主は、インターネットをやるべきではないと思う。もっとも、自分のゴミのようなログは誰も引用も、転載もしないだろう。そのあたりの格差は、ひとえにログ発生者の持ち味。その差異なのかもしれない。楽天ブログでも、何度も話題になっているようだがあまり関わりを持ちたいと思わせるものは、感じなかった。最近、自分を含めてWEBの住人の病理というものは相当掴めてきたように思う。引き続きその話題は、こちらで追うことにする。今日は、このきっこの日記について複数の面白いコメントを読んだ。各位 3月24日(土)、政策担当秘書である坪井瑞恵(30)が公務員住宅に侵入し、住民に対して傷害を起こしたとして逮捕されました。 私自身は、24日の夜、坪井が逮捕されたとの知らせを新宿警察署から受けました。25日(日)朝、同署の担当の方から直接話を聞き、弁護人に坪井本人への接見を依頼いたしました。捜査中のため、私自身は坪井と接見をすることができておりません。弁護人の話によると、今回の事件の背景には、坪井本人の個人的な事情があったとのことです。本人の将来およびプライバシーの問題を考慮して、また、事件の詳細が不明であったことから、今まで公表を控えてまいりました。 私が初当選いたしました直後の昨年7月、複数の政策担当秘書の有資格者に対する面接を行い、坪井瑞恵の採用を決定いたしました。以降、政策スタッフとして、議員立法、国会質問など、政策立案活動のサポートに従事してまいりました。本人は政策立案能力も高く、勤務態度も真面目であり、有能な秘書であると考えてまいりました。それだけに、今回の事件に対しては、私自身、大きな衝撃を受けております。 衆議院議員 細野豪志あるシンプルなキーワードをいれてネット検索すると芋づるのようにそのリレーが、浮かび上がってくる。最初は、民主党衆議院議員細野豪志氏のコメントだ。細野議員の政策秘書が、スキャンダラスな事件を起こした。京都大学出身で中央官庁のエリート官僚の奥さんとつかみ合いの大喧嘩を彼の自宅の前でくりひろげ玄関先に制作秘書がいたずら書きをしているところをみつけられての逆ギレだったことが表沙汰になる。その政策秘書は、坪井瑞恵と呼ばれ大阪では知名度がある。父親は、元参議院議員坪井一宇。不倫相手の山田宗範は大阪府の副理事で出向中で、あったが京大法学部卒エリート財務官僚である。坪井瑞恵とは・・・早稲田大学出身で在学中は「準ミス早稲田」にもなったことがある。あの大阪府知事太田房江の至近で個別には府知事のアシスタントの動きも経験があるし、そもそも不倫解消に結婚した相手は、これまた衆議院議員の中村哲治氏。奈良県第2区選出。京大法学部卒なのである。このパワーエリート達の「内海の環」を眺めてみると興味深い。坪井瑞恵が、太田房江のシャドーワークを担ったほどだったという表現をすれば、ピンとくる筈。普通の代議士の妻という程度だったのだろうか。そういえば、前原誠司前民主党代表も京大法学部卒。なんのことはない、このドタバタ関係者は、どちらを向いても前原代表の後輩たちで京都大学卒者で、あの永田メールで右往左往した舞台裏と重なるようだ。実は、坪井一宇などといっても大阪以外では誰も関心がないだろうが一点指摘しておく。坪井元参議院議員は、森善朗元内閣総理大臣とも近い。ながらく政権与党の大阪の顔だった。大阪の政治で、在日、未解放部落、創価、広域と関わりをもたずに済ますことは不可能だ。それらを、坪井一宇の周辺が集約してきたということは間違いない。なにせ68万票を取っても落選する時は落選するという土地柄だ。選挙制度のしわ寄せが坪井一宇には集中しているという側面もある。名前に一宇とあるように、「右」にも強い。ご出身が、そちらだろう。2006/04/12付「夕刊フジ」が報道したとのことだが、フジはおろかYahooの記事もいまWEB上にまったくみかけなくなった。他ならぬ坪井瑞恵、すなわち元民主党衆議院議員細野豪志政策秘書にして、前民主党議員中村哲治夫人が投身自殺したのだという。まだ3ヶ月程前であるにもかかわらずいくら検索しても記事が出てこない。削除されているサンケイのキャッシュでは、以下の様相だ。まったく知らなかった。 民主党の中村哲治前衆院議員(34)=奈良2区=の妻(35)が大阪市内のマンションの植え込みで死亡していたことが分かった。大阪府警鶴見署は飛び降り自殺とみている。 調べによると、8日午後3時35分ごろ、同市鶴見区今津北4丁目のマンション西側の植え込みに中村氏の妻が倒れているのを住民が見つけた。病院に運ばれたが、全身を強く打ち即死状態だったという。ほかならぬ、坪井瑞恵のことである。前原誠司 1962年生 京大法学部大西健介 1971年生 京大法学部 衆議院議員馬淵澄夫政策担当秘書 元外務省北東アジア課職員中村哲治 1971年生 京大法学部 民主党前衆議院議員 亡き妻は、坪井瑞恵芳野正英 1974年生 京大 篠原孝公設秘書佐藤晶 1971年生 京大経済学部 篠原孝 1948年生 京大法学部 細野豪志 1971年生 京大法学部 松永英明 1969年生 京大文学部
2006年07月18日
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剣道形というのがあって、これはやっぱり大事だとか、表向きは言うのといっしょですね。建前では剣道形は大事なのです。けれど、実際、脇構なんて、さっきもやりましたけれど剣先を後に向けてこんな構をしたら、「そんなのは間に合うわけがない」と思っているんですよ。「役に立つ」という実感が今の剣道をやっている人には、まるでない。本音では「こんな構でどうするんだ」と思いながらも「大事だ」と言われるので従っている。そんなことをやっていたらどんどん裏表のある人間になっていって人格修養どころではないと思います。ひょっとしたら日本共同体ではそういう裏表を身につけるのが大人の腹芸で、この国で生きていくには必要な生活の知恵であり、それを身につけるための剣道なのかなって、皮肉のひとつも言いたくなります。 甲野善紀「自分の頭と身体で考える」PHP出版【社説】2006年07月21日(金曜日)付 A級戦犯合祀 昭和天皇の重い言葉 メモには「A級が合祀され その上 松岡、白取までもが」と記されている。日独伊三国同盟を推進した松岡洋右元外相と白鳥敏夫元駐イタリア大使への怒りもうかがえる。 A級戦犯の合祀に対し、昭和天皇がかねて不快感を示していたことは側近らの証言でわかっていた。 それなのに、昭和天皇が靖国参拝をやめたのは合祀が原因ではないとする主張が最近、合祀を支持する立場から相次いでいた。 75年に三木武夫首相が私人として靖国参拝をしたことを機に、天皇の参拝が公的か私的かが問題になったとして、「天皇の参拝が途絶えたのは、これらが関係しているとみるべきだろう」(昨年8月の産経新聞の社説)という考えだ。 こうした主張にはもともと無理があったが、今回わかった昭和天皇の発言は、議論に決着をつけるものだ。 現在の天皇陛下も、靖国神社には足を運んでいない。戦没者に哀悼の意を示そうにも、いまの靖国神社ではそれはかなわない。 だれもがこぞって戦争の犠牲になった人たちを悼むことができる場所が必要だろう。それは中国や韓国に言われるまでもなく、日本人自身が答えを出す問題である。そのことを今回の昭和天皇の発言が示している。 おお、なんと愚かな嘘を嘘で塗りかためる真似を行うことか。「国際A級戦犯」とは、ほかならぬ超級戦犯である昭和天皇迪宮裕仁を救済し免責するために無理やり極東占領軍が、こしらえた戦後向け神話だったではないか。そんなこともキチンと若い世代に口伝で伝えることもできないという情けない国になり果てたようだ。これが神話だということを、ほかならぬ昭和天皇が実は一番痛烈に知り抜いていた。すべてを一切合切、国際A級戦犯の責任、ということにしてまんまと天皇の戦争責任を問う事もなく、戦後的な平和憲法下の人間天皇などという噴飯ものの新しき神を演出し、かくまたそれを演じきった。あのマッカーサーとのひそやかな合意だ。これを裕仁は「男の約束」と、呼称していた。そしてそんな作為に満ち満ちた脚本に、まもなく丸ごと憑依して自らも人間天皇というまことしやかな「神」になるべく終生努力をおしまなかった。それが昭和天皇裕仁という人物なのである。楽天ブログにかかわらず、皆さん一様に記憶から失念なされようとしているが、いまの平成天皇が皇太子時代には、昭和天皇裕仁はなんと絶対非戦を信仰とするクエーカー教徒の家庭教師を、息子明仁親王につけるように画策した。だが、昭和天皇裕仁が本当に彼の宣言どうりに「人間」であるならばそんな姑息な真似を行うことなく、堂々と退位しはたまた皇籍離脱をもなし、あるいは自衛隊の前進母胎であるし警察予備隊の発足に際してもからだを張って反対するべきだろう。事実、彼が招き寄せ、明仁親王にあてがい敬愛された家庭教師のヴァイニング女史は、その後ベトナム戦争に反対して逮捕されてもいる。見事なまでの正真正銘の反戦平和主義者だ。しかるに昭和天皇裕仁は、その後も「人間天皇」という奇怪な自作自演の「神」に成り上がり日本の軍拡を推し進める歴代首班に対して、たとえ国会の指名に基づくとはいえ内閣総理大臣らを自ら任命し続けている。なんのことはない、国際A級戦犯とはほかならぬ昭和天皇のための金的隠し、つまりはカバーストーリーだったのだ。松岡や、東條が免責されないという他ならぬ理由は、昭和天皇をまんまと戦後に魔界転生させるための天を恐れぬ、大胆な大嘘。マッカーサーと昭和天皇のひそやかな「手打ち」だったに過ぎない。これは間違ってもいわゆる「論」ではない。つまりはヤクザ、テキヤレベルの手打ちなのだ。松岡や東條らは、ヤクザのエンコ詰めの小指として。永遠にまな板から斬りおとされた存在なのだよ。そんな無理無体な、けじめの強行でもって辛くも我々の戦後平和なるものが維持されているに過ぎないのだ。今もって寝とぼけた多数国民が忘れかけているのが情けない。ましてやリベラルなどと尊大な日本の良識派を振舞う市民とやらの、素性のうさんくささが際立つのである。
2006年07月17日
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↑CLICK42秒の燃焼で発射された、テポドンはどう考えても120キロほどしか飛べないはずだという。それが8分ものながきにわたって500キロを越える距離を飛翔し続けた。この「衝撃」を秘匿するためにことさらに失敗説が喧伝されているのだという説が紹介されている。かりに蓋然的な仮説だとしても、われわれの精神にひとつの緊張を強いるという意味できわめて有意義な提唱だという気がする。
2006年07月17日
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記号学(きごうがく)は、言語を始めとして、何らかの事象を別の事象で代替して表現する手段について研究する学問を指す。記号論(きごうろん)ともいう。記号論(Semiotics)と記号学(Semiology)とわけることがあるのは、記号論がアメリカの学者パースから発生するものに対して、記号学にはフェルディナン・ド・ソシュールを祖とするフランス系(ロラン・バルトなど)の流れが存在しているからである。記号論や記号学が記号に関する学問というのは間違いではないが、特に記号学においては記号とその記号の体系、そしてその解釈、生成を行う主体に関する学問であり、その解釈におけるイデオロギーやシステムを問題にする批判理論とも結びつきが強い。現代における記号論学者としてはウンベルト・エーコなどがいる。「何らかの事象」を、「別の事象」で、代替せねばならない理由はなぜなのだろうか?実は、われわれは「なぜなのだろうか?」と問いただす以前に、さっさと実行をしている。たとえば、金儲けである。給与支払いである。われわれの働きは、結果としてお金で換算されて、成果を表現されて手元に戻ってくる。パースや、ソシュール、バルトなど皆目知らなくても生きていける。生きていけるように、知らなくてもまったく生きていくに際して問題ないのだが、われわれは日常立派に記号論をやらかして生きていることだけは間違いない。今日も朝から、せっせと英単語をイメージで脳みそにほりこむ作業をしている。これが結構面白い。むかしから、分からなかった言葉の構造がみえてくるというのは意外な程愉快なのである。人間、愉快なことしかやりたがらない。自分は、飯を食うことよりも面白いと思えること以外、人間はやらぬのだと思った。ところで、言葉はなぜかくも意味に縛られているのだろうか。それは、たぶん言葉が意味についての記号だという風に信じられているからだ。言葉は、背後に意味を隠していると信じられているが、それ故に言葉には敬意が払われるべきだと密かに希望されている。ところが、なかなか昨今、それが守られてはいない。早い話、娘や息子の世代の言葉づかいにいささかなりとも不快を表明せぬ親は少ない。いたって不機嫌であれ、ぐっと我慢を強いられて生きている。そのあたりが大方の姿勢というものだろう家族のあいだに不機嫌な情緒を介在させることは、けして宜しからぬので只管我慢されているのである。しばしばそれが露出すると自宅を放火されたり、バットで殴られたりしかねない。人間関係をまっとうし続けるためには、言葉の些事にかまけては、得策ではないとの判断があるのかもしれない。しかし、言葉へのこだわりが噴出しないことは、別途大きな問題をまねく筈だ。以前、このブログでも述べた記憶があるが、「言葉は、それ自体が価値」なのだ。これを本気で自覚している大人が少なくなった。なんのことはない、いま大人と呼ばれている御年配そのものが、言葉を乱してきた最初の一群だったのかもしれないのだ。それでは、またの機会になぜ言葉はそれ自体が価値なのかについて考えてみたい。
2006年07月17日
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↑CLICK論評以前のレポート性とでも言うべきか。笑いをとっているのか、時代を描写しているのか。かつて、流行のファッションのように浅田彰やら、「構造と力」が読まれた時代があった。パソコン通信を始めた頃、あたりまえのように思想フォーラムで、超越的な思想の座などが崩壊した、と若い学生に斬ってすてられるように託宣されたものだ。価値相対化のような、感覚が世に流れている。それは確かに間違いない。だが、それゆえに世の中は価値倒錯の実態で横溢していると言いたげだ。果たして本当にそうなのか。劇団ひとりの、この笑いのゆるさはどういう事なのだろう。ポストモダンという思想が流行りだしてから、ドミナント(支配的)なストーリーはなくなったなんて言われるけど、そんなこともまったくない。現に、「純粋な私」だとか「家族は親密であるべき」というドミナントストーリーに縛られている人は大勢います。 内田樹そうなのだ。実は・・・この笑いの「ゆるさ」(緩さ)そのものが「今」の時代のあたらしいドミナントストーリーなのだ。それに、当事者らはもしかしたならばそのことに気づいていないのかもしれない。内田樹などや、自分らの世代は他者に耳を傾けられることはなくとも胸裏には確信するものがある。あたらしいメデアが登場しようと、WEB2.0環境の深化が進もうと、この程度の緩い主張と場当たりなまでの情緒感覚が感覚のままでわれわれの社会に永らえることはない。消費された瞬間に、無限に消費されることを準備しつづけることは極めて困難だ。球形の巨大な檻の内部にあって、いったいどこにいつまで「脱走」するつもりなのだろう。村主章枝の幼馴染だという、川島省吾。彼の引き出す笑いにはこの時代のそんな緩さが稠密だ。
2006年07月16日
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↑CLICK驚かないでね。でも、少し涼しくなれるかも、、(笑)
2006年07月15日
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↑とりあえず笑いたい方はクリック暑い一日、いかがお過ごしでしたか?偶然みつけたクールな映像で、お楽しみください。いや、笑ってやってくだせえまし。
2006年07月14日
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2年前の夏に、「水に流そう」というアップをした。2004年8月のことである。今日は、まずアーカイブとしておこう。続きもある。----------以下再録--------------------------------楽天日記に、はねられつづけて整然と投稿する意欲を削がれた。日曜日の報道特集で、あのカクレクマノミに代表される熱帯魚の今を取り上げていた。しかし、最近の報道特集って全体に鈍い感じがしてならない。田丸美寿々世代になってから、どこかの放送局の番組のリメークみたいなものばかりで独自にテーマを追っているというような迫力がすこぶる低い。しかし、この海洋汚染と日本の熱帯魚ブームの相関はかなり以前から伝えられていた。今回の報道は、まったくスクープ性がなく、またも状況を後追いしているという印象を強く感じた。70年代から、原発の問題は同じことがらを旋回している。なにも変わっていない。日本先住民であったアイヌは民族としても水を汚すことに対して実に繊細な恐れの感覚を抱いていたと聞く。彼らは、大地も自然も汚すことなく何千年も日本の国土を養ってきた。ところが米を喰らうわれわれの先祖はどうも水を汚すことが大好きらしい。「米を研ぐ」のも水を汚す作業だし、なんでもかんでも「水に流す」という神をおそれぬ所業を好む。神社にゆけば口を漱いで、穢れを落とすということなのだけれど落とされた「穢れ」の方は、水に流すのだ。アイヌ民族は、日本人の祖先がまだ大陸を追われて日本海を渡ってくるはるか以前からアリューシャン列島をわたりイヌイットともなり、南下してはアメリカインデアンとなった。南米のペルーのメヒコ(インディオ)も遺伝子的には同じ。彼らの特徴はみごとに水を汚さない。カクレクマノミに限らず、熱帯魚ブームとやらで大量のシアン化合物が熱帯の海にまきちらされている。ようするに需要期に必要な規模の熱帯魚を空輸してでもまにあわさなければならないために貧しいアジアの漁村があわてて金属メッキなどに使用する青酸ソーダのようなものを希釈して、くりかえし海洋にながしてまで熱帯魚を集めている。実は、田丸美寿々らは今ごろ気がついたように言っているがこの件だけでも相当以前から繰り返し行なわれている知れ渡った話である。大阪に、海遊館という近鉄系が経営するドデカイ水族館がある。こちらの熱帯魚を含めて、海外の魚類の収集に際してアジアの漁民による海洋汚染は相当話題になっていた。つまり、台湾などの漁民が珊瑚礁へ大量の青酸、シアン化合物をまきちらして沿岸部の海底中の自然環境が極度に悪化し、珊瑚礁が続々死滅していると環境保護団体は伝えていた。しかし、例によって例のごとく朝日、読売、毎日はまともに報道してはこなかった。いまごろ「ファインディングニモ」にかこつけて忘れた頃に報道特集がアリバイ証明を行なおうとしている。とかく、日本人は水や海を汚すことに躊躇がない。原子力発電所の冷却水は、放射能核種をいっぱい吸い込んで日本海に垂れ流し。なにしろ日本海側の原子力関連施設が廃棄する冷却水というもの。汚染物質だけではなく、熱までも捨てている。この廃熱たるや膨大なもので日本海全体の海温を2度も上げる力があるという。ほかならぬ田原総一郎の「原子力戦争」という本に書いてある。この本が発刊されたのは1973年だ。日本のジャーナリストも、垂れ流し体質は変わらない。↑CLICK
2006年07月13日
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自分が、子どもの頃。実家が放火されて燃やされた57年から、わずかに2年を過ぎてようやく心の平静を取り戻した時期に、スーパーヒーローが登場した。「遊星王子」という。実は、なぜかこのスーパーマンが気になってしかたがない。子どもの頃のヒーローなのだが、一度しかみたことがない番組であってもその像が不思議な印象に残っている。映画好きの自分だが、放火された直後の数年はまったくといって放映された映画の記憶がない。やはり、我慢して過ごしていたのだろうと思う。遊星王子は、とにかくわけがわからない存在だ。彼は、あのマークトゥエンの「乞食王子」のアンソロジーというわけでもないのだろうが、なぜ王子なのかどこの星なのか、馬の骨なのか、とりあえず自称遊星王子だ、という豪快さで登場する。しかし、東京ではガード下で靴磨きをしていたりする。空飛ぶ円盤、いまでいえばUFOを自家用機でもっているというような富豪がなぜ、都内で10円玉を追うような小商売をしているのか、気が滅入るような設定なのだが、当時の空気では強引に理解できてしまうから恐ろしい。後に映画では、あの梅宮辰夫が主演で跳梁跋扈する。こちらは、相当洗練された遊星王子で、胸がすくほどのカッコよさだった。映画でリメイクされるぐらいなので、テレビ版も結構好評だったのだろう。この成功が基礎になって、脚本家はのちに「仮面ライダー」を手がけることにもなったのだろう。伝説的な忍者剣豪シリーズ「隠密剣士」も、同じ脚本家である。三丁目の夕日の時代に、風景に馴染むのはバイクで爆走するスーパーマンたちだったが、その中でやけに恥かしがりやで他人目を憚る遠慮がちなヒーローもいたのだ。武器をもたない使わない。演じていたのは今もテレビでレポーターなどを今にいたるもされている、あの村上不二夫氏だ。前後して、宣弘社から登場した「月光仮面」ではいきなり拳銃を撃ち放つというようなことが多かったのだけれど、このお間抜けなまでのスーパーマンは、ついぞそのような飛び道具は使わなかった。未来兵器的な光線銃のたぐいさえ用いることがなかった。それゆえ一層、お間抜けぶりが際立つのだ。伊上勝という脚本家。凄い人だ。他ならぬ、遊星王子の原作者である。仮面ライダー世代は、この遊星王子の成功がいかに大きな意味合いがあるのかを少しはさかのぼって検証して欲しいと思う。淵源が、なくて結果はありえない。遊星王子や、スーパージャイアンツの成功なくして、仮面ライダーの隆盛はありえなかっただろうと想像する。最近、宇津井健扮するスーパージャイアンツをDVDで入手した。スーパージャイアンツが、反核運動家として地球に来たのだと初めて知った。子ども時代にも面白かったが、意外にもこのシリーズは見ごたえがある。監督は、あの網走番外地で高倉健を押し出した石井輝男である。【原作】1959.05.19 遊星王子 東映東京 1959.05.25 遊星王子 恐怖の宇宙船 東映東京 【主な脚本作品】アクマイザー3 悪魔くん イナズマン 宇宙からのメッセージ 銀河大戦 仮面の忍者赤影 仮面ライダー 仮面ライダーアマゾン 仮面ライダーX 仮面ライダー(新)スカイライダー 仮面ライダーストロンガー 仮面ライダースーパー1 仮面ライダーV3 がんばれ!レッドビッキーズ スーパーロボット レッドバロン 大鉄人17 超人バロム・1 特撮 忍者キャプター 変身忍者 嵐 冒険ファミリー ここは惑星0番地 【映画脚本】1964.03.28 隠密剣士 東映京都 1964.08.01 続・隠密剣士 東映京都 1966.07.21 大忍術映画 ワタリ 東映京都 1966.12.21 怪竜大決戦 東映京都 1968.12.19 河童の三平 妖怪作戦 東映テレビ 1969.08.13 賞金稼ぎ 東映京都 1971.07.18 ゴーゴー 仮面ライダー 東映東京 1972.03.18 仮面ライダー対ショッカー 東映東京製作所 1972.07.16 超人バロム・1 さいとうプロ 1972.07.16 変身忍者・嵐 石森プロ 1972.07.16 仮面ライダー対じごく天使 東映東京製作所 1973.03.17 仮面ライダーV3 石森プロ 1973.07.18 ロボット刑事 東映東京 1973.07.18 仮面ライダーV3対デストロン怪人 東映東京製作所 1974.07.25 五人のライダー対キングダーク 東映東京製作所 1975.07.26 仮面ライダー ストロンガー 石森プロ=毎日放送=東映 1977.04.29 恐竜 怪鳥の伝説 東映京都 1977.07.17 大鉄人 17 空中戦艦 MBS 1978.07.22 宇宙からのメッセージ 銀河大戦 東映東京
2006年07月12日
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日本語教室で、初歩の初歩。ひらがなの書き方ぐらいを、担当している。ボランティア講師は、いくらいても間に合わないぐらい生徒がルーズな上に、教室がそれほど便利な場所にないからだ。まあ、意見を言っても聞きそうにない地域なので、おとなしく役割分担をこなしてよしとしている。まあ、それでも日本の日々の市民生活にも不便があるだろから最初の文字、それもひらがなの書き方でも四苦八苦してくれている。一生懸命にかき方を学ぼうとしているブラジル移民の男女をみていると、なんとか早くに覚えて貰えるように工夫もしなければならない。もう、半年ぐらいになるわけだが、まったく進捗しているように思えない。学習意欲に飛んだグループは、固定的に通ってくるが、入り口でつまづく多くの初心者組は、いれかわり立ち代りで情けないほど定着性が悪い。たしかに、日本語は「ひらがな」「カタカナ」「漢字」「ローマ字」にまだ英語までまじえて文書づくりするのだから恐ろしい。はやく会話に、入りたいと思っているやさきに、二三週習字させられると気が滅入ってしまうのだろう。気の毒といえば、気の毒だ。むかし、日本の社会では職人の中でも名をなした「名工」とぐらいに呼びなされているクラスの方になると、直弟子にはすぐになにか仕事をさせたりは、しなかったという。つまり、教えなければならない高い質と技量の呼吸が、まず相手に吸収できる環境が、整っているのかどうかを瀬踏みしてヨシと納得できるまで、一切伝授せねばならない内容を切り出したり、言及したりすらしなかったのだという。これは、今の時代ならばギスギスしているのでうっかり、名工が意地悪なのだと誤解するような可能性もあるだろうけれど、それはけしてそのような意味ではない。教えられた内容を、身に吸い込めるような感覚的な素地ができるのを「見とどけ」ておられるわけであって、むしろ伝授のタイミングを見計らっている。意地悪や、思わせぶりで焦らすようなものとは違っているらしい。これは、自分自身で英語を学習していてなるほどと感じる部分がある。たしかに、この年齢になるまで英語の学習に発起しなかったことは不覚ではあるのだけれど、逆に中学時代や、高校時代には苦痛で学ぶ事が忌避された内容が、ものすごく理解しやすかったり、目の前がひらけるように理解できたりすることが今は大変嬉しい。いまごろ、GETとTAKEのイメージ領域が、体感されるなど、恥ずかしいかぎりだが、大発見のように愉しめる。まあ、恥をかくのさえおそれなければ愉しいものだ。
2006年07月12日
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最近知ったが勝海舟、大村益次郎は、どちらも大砲の操術の素養がある。自分の記憶では、数学者の遠山啓先生が、ナポレオンの数学好きをくりかえし例えにだしておられたものだが、実はナポレオンも砲科出身だ。彼らは、洋の東西の違いはあるものの所謂出世を遂げた。まずもって、栄耀栄華という域だろう。大村益次郎は、とりわけ余りにも早くに遭難しすぎた。もう少し、ながく存命であれば日本の近代の様相はさらに明晰な合理性に富んだものになったのではないだろうか。それは、さておき彼らの共通項は、断然数理に明るいことだ。つまり、単純な反復作業の中にすら数的な秩序を感受してそれを表現するというスキルに高かったことが指摘できると思う。砲科出身者は、数理に通じておらずには成り立たない。砲弾が目標に届かなくなるからだ。実は、あの撃墜王坂井三郎は、戦艦榛名の主砲で二番砲手だった。海軍で戦艦、それも主砲の砲手というのは、エースだ。日本全国の少年の憧れのまとのポジションだといっていい。それを、あの時代に惜しげもなく蹴って航空機操縦練習生へ転出している。これも奇跡に近い。少しものごとの分かった人ならば、気づくと思うが殺人的な虐待を受けたそうだ。しかし超人的な努力と勉学で、まんまと戦闘機にたどり着き、あまつさえ撃墜王。戦後は娘をアメリカ人の嫁にして、アメリカで日本の撃墜王としての講演を繰り返した。このような離れ業を繰り返す人たちは、どこか数理の鬼のような資質があるのだ。会社経営者は、実はそのような計数についての感覚的素養があることが必須だろう。会社法的にたまたま役員であったり、管理職であるなどというのは本人にとっては一種の不幸である。もともと資質として、数理の受容を感覚的に快適であるという方々が、本来は会社や組織のマネージメントに当たるべきなのである。、さいきん、経理センスの無い経営者を何人も見てきた。いや、かく言う自分自身もけして数字に強いとは思えない。しかし、10年ぐらい決算を行った過去があるので、流石に決算書を眺めて多少の感慨や、印象は湧く。今言うのは、その域にもないが、何かの間違いで会社を維持している方が大勢おられることに気づいた。これは、問題だろう。世の中は、お金儲けカルト全盛である。お金を執拗に追いかけるというスタイルのない人間は、まず早晩お金から逃げられる。会社代表であっても、約束を守らない人。約束の破り方が下品な人は、お金を追っているようでいて、お金を追い散らしているようなものだ、と私は思う。もし決算や経理に疎くても、儲かっている会社があるとすればそれは経営者が、ケチでこまかいという傾向がありそうだ。ただ、こまかいだけで不快な経営者も少なくない。数百円のコストを圧縮するために、全職員を振り回すというような社長をみたことがあるが、多分その会社はもっと大規模な利益を出すチャンスを潰しているはずだったもの。会社代表の公私混同で、その機会を逸しているのだろうと思われた。ただ、圧倒的な吝嗇さのゆえに、会社は確実に利益をあげており、とりあえず会社倒産の憂き目にはあわないでいる。それはそれで、従業員に対しての一応の責任を果たしているということになるのだろう。ところが、世間的にみて優良中小企業といわれている企業が、原価計算法を総点検して洗いなおしてみたところ、売り上げこそ急伸長で、右肩あがりなのになぜか赤字だったなどという事が発覚することがある。経営陣は、ほぼ30%の粗利益をイメージしていた。また、稀代のしまり屋で、乾いたタオルを絞るような詰め方をしていたにもかかわらず、総点検してみると17をキリかけていると判明。仰天したのである。なかなか一筋縄では、まいらぬのが会社経営というべきではないか。だが、一旦数字で表現された場合、生地が優良な事業者の場合は、挽回が早い。社内に、数字という根拠で合意が形成されやすいので、多少の違和感があったとしても我慢もできる。事実、従業員の給与を見直し、昇給を保留して、個別の製品を総点検し、見事に利益体質に復帰できたりなどもする。実は、昨今動画配信の無料コンテンツは素晴らしく充実してきている。あのITバブルの絶頂でアマゾンから一億ドルもの巨額の資金を調達して、IPO目前と確信しながら市場から消え去り、退場したベンチャー事業者を紹介している。その企業は、KOZMOという。無料配信のドキュメンタリーだが、学ぶところは多い。90分もの大作だが、ぜひ通して見られることを強くお勧めする。経営者は、善い奴ではつとまらない。煮えない喰えない、金の挙動を知り抜いて徹底した、資金管理の鬼とならねば創意と、卓越したビジネスモデルを提供できえたとしても、明日はKOZMOの轍を追うことになりかねないだろう。IT ドキュメンタリー e-dreams ↑CLICKで、動画配信ページへオンライン・コンビニエンス・ストアのKozmoがサービス停止2001/4/13 TCP/IPを実機で学べる!実践ネットワーク基礎講座無料開催。 今話題の《メディアオンライン》を体験するならこのパソコン! ネット投資家の行動パターンを本格的に分析 インターネットで注文を受けて配達してくれるサービスとして話題となったオンライン・コンビニエンス・ストアのKozmoが、サービスを停止した。Kozmoは、98年にニューヨーク市でKozmo.comとしてサービスを開始した。レンタルビデオや日用雑貨をインターネットで注文すると数時間以内に配達してくれるうえ、料金はローカル店と同じぐらいという、便利で格安なサービスが好評だった。配達のスピードを生かして、食品や花などの生鮮品も取り扱うようになり、またたく間にボストンやシアトルなど9都市に市場を広げた。メンバー数も約40万人を数えるまでに成長した。2000年にはStarbucks Coffeeとマーケティング提携契約を結び、Starbucks CoffeeにKozmo製品の返却ボックスが設置されて話題となった。また、Amazon.comがKozmo.comに出資した際は、Amazon.comがKozmo.comの地域密着型のスピード配送サービスを取り込むのではないかと噂された。
2006年07月11日
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このブログでは繰り返し取り上げてきた。アメリカの戦闘機に殺されかけた母親のことである。さすがに八十にもなろうというのに執念深いなどと思われる方もおられるだろう。左様な方は、ぜひ一度アメリカ軍に殺されかけてみられることを御薦めする。なに、アメリカの属国のように成り果てようやく、殺されずにすんでいる名誉アメリカ同盟国民の諸兄は、今日もミッキーマウス柄の枕で眠りにつかれるのだろうとは思う。7月30日守山空襲 ↑クリック人は、戦争で死ぬために生まれてはこない。 ↑クリック捜せるのだろうか? ↑クリック実は、昨年8月8日に滋賀県彦根市の機縁でわが母親が滋賀県の戦災調査の対象となるらしいという話題についてなんどか触れた。(「7月30日守山空襲 」参照)さきほど、大阪の実家にいる母親と電話で連絡がついて驚いた。七夕さまでもあるまいに、先週の後半ようやく滋賀県側から職員が母親の元に取材に出向いたのだそうだ。母親は、そそくさと迎えたことだろう。昨年息子のわたしが、偶然彦根市に交渉した事が契機となって滋賀の空襲の生き証人として語り継ぐ一助にでもなれば、という風な思いを抱いた。この件、ご記憶いただいている方も多いと思う。ところが、、、、なんと、滋賀から職員がやってきたのは一年後の先週末。しかも、滋賀の空襲について一切の知見は持ち合わせていない方だという。母は、相当悔しい思いが湧いたようだ。職員は、実妹と同年らしいが滋賀出身者でもないらしく、婚家が滋賀だということで、空襲の記録を取りまとめる役務に当ったものらしい。だから、当時の空襲で罹災者がどれほどおられて、ご存命な当時の死傷者の家族などがすでにリストになっていると思い込んでいた母親は、絶句したらしい。現状先の大戦でこうむった滋賀の空襲や、爆撃についてほとんど被害者レベルでの掌握がなされているという事態にはないもののようだ。つまり、滋賀ではアメリカの戦闘機に人々が殺されたという記憶が完全に風化しているのだ。一年ものあいだ、母親は過去の記録と自身の記憶を呼び覚ましノート数冊に纏め上げておいたようだが、県の職員は最寄のコンビニ店でそれを複写して、持ち帰っただけだったらしい。■7月30日 守山市、守山駅の列車[機銃掃射]/死者11名・負傷者24名 (守山市史による) 彦根市[爆弾・機銃掃射]/負傷者2名 東近江市(旧能登川町) 日清紡[爆弾・機銃掃射]/死者1名・負傷者1名 大津市、大津陸軍少年飛行兵学校[爆弾]/死者1名 大津市、滋賀海軍航空隊[爆弾] 東近江市(旧永源寺町)[機銃掃射]/死者2名 近江八幡市、列車[機銃掃射]/死者1名いまとなっては、当時18歳だった母親がこの屠殺行為のようなアメリカ戦闘機による民間人非戦闘員に向けた殺戮の「生き証人」は、事実上母親だけなのかもしれないと、母は思ったという。昨今、アメリカ軍に日本人が虫けら同然に殺されていったという事実をまったく知らないという風潮が当たり前のようになった。今や日本の国土を星条旗で護って貰えるのだなどという、ヒステリックな信仰生活者の巣窟のような様相になっているように思うのが情けない。今なおアフガンを数百回以上もの規模で空爆をするというアメリカ。そしてあのコソボでの虐殺のようなアメリカの爆撃の事を、完全に失念している人たちがこの楽天にも大勢とぐろを巻いているらしい。われわれは、よくよく神を恐れた方が良いと思うのだ。いまテポドンやノドンに、日本の大手製造メーカーの電子部品が多用されていると驚いているようだが、ベトナム戦争以来一貫してアメリカのハイテク兵器には、あなたや私がよく存知あげている日の丸印の大手メーカーの軍事転用民生品が湯水のように蕩尽されてきているのだ。なぜ日本だけが例外であり続けることが永劫に可能であると思われるのだろうか。↑赤字部分を、かならずCLICKしてください。実は、さきごろ滋賀では県知事選挙で京都精華大教授の嘉田由紀子氏が当選した。京都精華大といえば、上野千鶴子が広告塔で教授になるなどとかく進歩的で極左色すらある開明的な大学だ。滋賀県民が、そのような大学教授を県知事に選ぶなどというのは、よくよくの事情があるのだと思う。しかし、どうもこの一件に関しては、思いもよらない舵取りになる可能性があるという。実は、滋賀県の空襲を県が取材を始めた理由は、前県知事が個人的に戦災孤児だったという事が発端だったらしい。まさか、と母親が呆れたのだけれども空襲の被害者やその存命かもしれない御家族に、声をかけるどころか県の戦後はじめてというような聞き語りの収録活動は、新県知事の就任とともに見直され、おぼつかなげに始動した職員は、ことと次第では嘱託業務を満了とは聞こえが良いが、お払い箱になる可能性もあるのだという。敵討ちはおろか、アメリカの戦闘機に殺された人々の記憶は、こと滋賀においては資料として温存されることすら無くなるかもしれないらしい。母親の手元に残ったノートだけが、すべてだというのだろうか。
2006年07月10日
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南アフリカのシール島というのは、全長800メートル程度の南北に細長い島で、島の渉りはほぼ45メートルだという。その島にアザラシが、群がっている。その数は、壮絶なもので、あのホオジロ鮫あたりならば、らくらく餌に不自由しないように素人考えでは思う。しかし、海洋生態系の極相にあるようなホオジロ鮫ですら、それほど小海獣のアザラシを楽々捕食できるわけではないようだ。その証拠が、いくつもある。なにげなく数字を打った画像だが、この画像はシール島の南北東西を6区画に分けたものだ。ホオジロ鮫が、凶暴で荒い反射的な素行を繰り返すようなノータリンな生物ならば、アザラシの被害は、この島の全域に散在して、死骸が万遍無く確認できるはずだと、RICK ALLEN らは思ったらしい。ところが、彼や彼の師事する海洋生物学者の文字どうり決死の調査でアザラシの被害が、数字の4の箇所に集中していることを見つけたそうだ。4のゾーンは、島の西南側でもっとも急激に深くなっており、相当深みから急速浮上しながら狙いをさだめてアザラシを攻撃するというホオジロ鮫の運動性にふさわしい空間が確保されている。つまり、経験に学んだのか一年に一回狩りにやってくる、彼らホオジロ鮫は、それほど馬鹿ではない。俊敏な、アザラシをあの巨大な体躯で姿をあらわせば覿面逃げられてしまう。それを死角から冷静に距離をつめて獲物を狙う緻密なハンターの姿をかさねあわせると過去の人食い鮫の印象とは、少々違った貌がみえてくる。昨今経営コンサルタントの諸先生が、お手本にしたくなるほどのクールさだ。あまり繰り返しして恐縮だが坂井三郎氏の高いスキルを踏み込んで問いただした中で浮かびあがる境地は、まさにこのホオジロ鮫の捕食行動と「相似」ではないかと思う。錬度が進むと、一機の敵を墜したら次にどれを追うか、そういうことが見えるようになるという。そしてさらに自分を襲うであろう敵機の未来位置にまで、気を配ることができるようになるという。碁や将棋でも、素人は三手、専門家は200手ほど先を読む。そういうことと同じである。ただし飛行機乗りの場合には、瞬時に判断できることが絶対の条件である。結局先を読むのは、相手を発見した瞬間に遡る。相手を発見したとき「読み」がはじまる。この瞬間に空中戦がはじまっているのである。 加藤寛一郎「零戦の秘術」講談社1991年坂井三郎のスキルを、繰り返しの取材とインタビューでまとめた「零戦の秘術」はきわめて学ぶものの多い秀逸なドキュメントだ。その中で、事前には予想もしなかった多くの知見を得たが、いわゆる一撃離脱といわれる闘いも、素人が考えているような単純な構造ではなくきわめて高度に知的な集約度のある「ヨセ」の技量に支えられているということが良く理解できたと思う。ちなみに、過日このブログでわたしが「洗脳」を行っているなどという乱暴な指摘を行う向きがあった。馬鹿馬鹿しい。このブログは、連日せいぜい数百の物言わぬ熱心な読者で構成されている。その大半にわたしがいったいどのような影響力があるというのだろうか。そのような指摘には、物言わぬこのブログの読者への軽侮の念があるとしか思えない。これほど論理的で構造の複雑なテーマを、知的に収容を可能にするわれわれのWEBの可能性と現在について一度は真面目に検証して貰いたいものだ。その可能性が、自分を含め多くのWEB上の「愚民」に向けてすら開放されているということが、まさしくわれわれのWEB2.0的な状況の楽しみなのだと私は思っている。加藤寛一郎1935年東京生れ。1960年東京大学工学部航空学科卒業。川崎重工、ボーイング社を経て1971年より東京大学工学部航空学科助教授、1979年より同学科教授、1996年東京大学名誉教授。1996年から5年間は日本学術振興会理事。工学博士。
2006年07月09日
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RICK ALLEN co-founder Nautilus Productions, broadcast video producer and videographer has been diving the oceans of the world and shooting video since 1983. As a video producer, director and videographer his work has appeared on ABC, A&E, BBC, CBS, Discovery, The Learning Channel, 48 Hours, ESPN, Lifetime, National Geographic, Turner and more. He has traveled from Cuba to Kazakhstan with the US Military, weathered live broadcasts during hurricanes and gone nose to nose with 14 foot Great White sharks during underwater expeditions. After 12 years in broadcast television Allen opened his own video production company in 1997 focused on documentary production and providing freelance videography and underwater video services to broadcast clients. Allen is an avid wreck diver and shark lover who can be found most weekends diving the Graveyard of the Atlantic.鮫の海洋生態を捉えた貴重なRICK ALLEN 動画配信ページです。↑CLICK海洋カメラマンとして知られるRICK ALLEN の作品をみていると実に興味深い。彼は、とくにGreat White sharks/ほおじろ鮫などの撮影にたびたび成功している。根気強さと、体力と危険を恐れぬ気力、対象についての熟知を要する知的な闘いの連続だろうと思われる。彼の、作品をみているだけで鼓舞されるのは私だけだろうか。彼のレポートをみて、感嘆したのはまさしき既存のありふれた通念、俗説などにまとわれた人食い鮫がとんでもなく知的な戦略家であり、また貪欲な知的好奇心が高く、闘いに臨んで諸葛孔明ばりの布陣で仕掛けてゆくのだということを如実に示してくれる。”間合い近ければそのまま打つべし 間合い遠ければするすると寄って打つべし”夕雲流剣術書夕雲流って、将軍家師範役柳生新陰流の前史に名をつらねる流儀ですが剣術書というものはやはり極意でも、マニュアルでもなく熾烈な実戦から離れてゆきつつある時期の「技術概論」だったのだろうという気がします。「間合い」とは、まさしくビジネスでの「機会発見」であります。仕掛けるタイミングを逸すれば刀が空を切ります。次の一閃で自身の胴が二つに斬りさかれかねません。マーケティングなどという洒落た話ではなく、どこかのビジネス書のタイトルのようないわゆる「あたるもマーケティングはずれるもマーケティング」みたいな牧歌的な風景ではなく文字どおり死活につながるギリギリの見切りだと思います。 かならず「小」は「大」に勝つ! 2003年8月4日 第25号 少々古いネタの掘り起こしで恐縮だが、自身が以前連載していたメルマガ「かならず小は大に勝つ」で、とりあげていた必勝攻撃論の流れで、機会発見の寄せがどれほど大切かということについて、はくりかえし話題にした。鮫が、アザラシを追い求める姿をみて、大が小を喰うに際してもこのようなワザをかけているのをみて驚いたのである。アザラシは、RICK ALLENが選り抜いて求めた南アフリカ沖合いの群棲地で獲物とするホオジロ鮫も、季節労働者なみに訪れてはアザラシの捕食をするというお定まりになっている。一見して粗野で、動物反射だけで妄動してそうな鮫が、アザラシの捕食について緻密な地勢的な優位さを読みながら、アザラシの視野が届かぬ死角から渾身の力を振り絞って万全に狙いさだめる姿をみていてRICK ALLENならずとも、その知能の卓越していることを画像を通じて確信せざるを得ないと思った。実は、この呼吸はあの撃墜王坂井三郎の著書にくりかえし登場するメインテーマだ。ホオジロ鮫に比べて、遥かに非力な小海獣であるアザラシを餌として捕食行動を行うに際しても、仕掛け、間合い、觀察眼と、古典的なまでの必勝法のオンパレードなのである。RICK ALLENのカメラ越しにみえる海洋の覇者ホオジロ鮫のリアルな実存形態は、もうわれわれと同胞だという親近感すら感じさせる。余談になるが、半島の小独裁国家が自前の最終兵器の大半を開示していかなる方策をもって、世界の並みいる大国にはたして不用意な挑発の果てに勝利条件を見い出せるのだろうか。いまや現代戦は、大きく戦争概念を刷新して昨今は戦術のIT化を踏まえたRMAなどという局面にある。ミサイルのパフォーマンスのような真似事を実行して、もともと勝利条件が立てにくい「北」が、どのような軍事的な活路を拓けるというのだろう。あの国の軍事指導者らは、ホウジロ鮫の脳機能や知略にも悖ると言わねばならない。
2006年07月09日
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騙されてはいけない。みなさん、この画像を良くご覧になられませんか。たかだかミサイルにすがっているだけの「北」に、朝から大騒ぎしているのが滑稽な気がしている。いきなり銀座に、ゴジラが現れて踏み潰されても怪しまないという時代ではない。東京にミサイルが飛んでくるのならば、迷惑な話だがその瞬間に金正日は、「この世の人」ではいなくなるだろう。かりそめにも最高権力者がそのようなことを願うとは思えない。いま、謀略があるとすればこの半島の「暗黒の最貧国」をどこへババ抜きするのかという画策なのである。韓国は、明らかに逃げを打ってゆくだろう。中国も「北」の復興を引き受けるつもりはありはしない。つまり、アメリカも、中国も、韓国も、腹づもりの中で、「北」というババ抜きのババを日本に振り込もうと目配せしているフシは濃厚だ。今回の7発のミサイルとやらはその仕掛けだとみるのが順当だろう。本当に、頭上にテポドンが落ちてくるなどという心配を自分はただの一度もしたことはない。やれるものなら、やってみて貰いましょう。国内にある米国国債を堂々と国際市場に売りたてて、空爆復興に使おうではありませんか、ご同輩。
2006年07月09日
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まともに読んだこともないくせに「三島は凄い」とかいう輩が多すぎたので、多くはそれに影響されて買いかぶってしまったのだろうけれど、普通に読めば、確かに失笑ですよね。大まじめはいいけど、過ぎたるはなんとやらで。 tak-shonaiさん (2006/07/08 01:11:09 AM)なんで三島由紀夫が好きなのか、といわれると説明に困るのですけれど彼はどう考えても優れている資質が招きよせている環境に比して、生きていく上で必要な「なにか」がごそっと欠落している方にして特有の「悲哀」が身辺に滲み出ているような気がするんですね。なぜか読者側であるにもかかわらず庇護してあげなければなどという風なやや僭越な気持ちにさせるところがあるんですね。2ちゃんねる的な表現でいえば「痛い人」ですよね。ほんとうに、痛いこともしちゃったわけですけれど、、、(笑)結果として、そのような雰囲気を周囲に放ってしまっていることは、彼には不覚だろうと思うのですが、彼の才能をもってしても、その運命的なハンデは漏れ放たれてしまっていると思うわけです。本当は、彼を至近で看ていた人は鼻持ちならないと嫌っているようなケースが多かったように思います。けれど、彼の仕事をみているとどこか世話焼きであちこちに声をかけたり、妙に面倒見がよかったりしませんか。彼も、その軌跡をみれば相当狭い隘路を駆け抜けた人生だから、孤独感も凄かったのじゃないでしょうか。彼が日本共産党に入党しかけた、というのは有名な話だけれどまかり間違えれば真面目に「左」をやっていた可能性だってあるわけですよね。話は、かわりますが彼の空手の突きを新潮社提供の番組でみたのですがよくあんな稚拙な突きをカメラに収録したものだと驚いた記憶があります。彼は、結構諧謔的な性格があって、自分自身をも笑い飛ばそうという視点が少しはあったのかもしれないですね。そんな気がするんですよ。彼は、体躯会系ではあっても、体育会系ではけしてない、そんな「武辺」ってありえるのでしょうか?はなはだ失礼ながら、KAWADE文芸ムック特集「三島由紀夫」の表紙におさまっている三島由紀夫のシルエット、そのスタイルが、わが親にそっくりなので思わず笑えてしまった。日本共産党オタクのおやじとは、対極的なようで同世代的な疎通もあるのかな、と印象するわけです。食べ物の嗜好についても、どこか毀れているような面があるし、あやしげな手つきで武道に絡みたがるところなど重ねあわせると相似なものは、結構あるんですよね。共時性って、恐ろしいなと思いました。赤尾 敏(あかお さとし:通称「びん」、1899年1月15日 - 1990年2月6日)は、日本の元国会議員。右翼活動家。初代大日本愛国党総裁。旧制愛知第三中学卒業後は左翼運動に参加し、大杉栄や後の日本共産党書記長徳田球一らと活動するも逮捕され、釈放後の1925年に転向。建国会の書記長に就任。以後右翼活動に加わる。1942年のいわゆる翼賛選挙では、大政翼賛会の推薦を受けられないいわゆる非推薦候補ながら東京6区から出馬し、3位で当選を果たす。当選後は鳩山一郎、斎藤隆夫、中野正剛、笹川良一など他の非推薦議員と同様に翼賛政治会(翼政)に加入はしたが、1943年の第81通常議会では戦時刑事特別法改正案に抗議し委員を辞職(3月8日)、また続く第82臨時議会では東條英機首相の施政方針演説に対し野次を飛ばして議場退場処分(同年6月16日)、翼政を除名されるなど、右翼ながら反体制派議員としての行動が目立った。尚、国会内でのビラ撒きにより元議員待遇を剥奪されている。
2006年07月08日
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↑CLICKで動画へ三島由紀夫は、割合読んだ。高校時代、周囲で「潮騒」が読まれていることが多く、新聞広告でも「葉隠入門」や、少々古くは「不道徳教育講座」という読み物が出まわっているのはたびたび見かけた。当時、学生や青年層が比較的信頼して手にしていた雑誌に、平凡パンチとか週刊プレイボーイとかがあって、表面の装いに比べて記事は、意外に生真面目なものも少なくなかった。三島由紀夫もコラムなどをもって折々に扇情的なメッセージを放っていたと思う。「葉隠入門」を読んだ動機は、三島由紀夫を知りたかったからで葉隠そのものにも、山本常朝自身に興味があったわけでもない。昨今、葉隠=三島由紀夫という風な感覚で受け止められているむきがあるとすれば、それは67年の光文社刊行のこのコンパクトブックのインパクトが今にいたるも続いているというだけのことだろう。個人的には、当時つねにそうであったように三島イズムがハイジャックする憑りつき先を、古典葉隠にまで仮託した裏声メッセージというようなものだったという気がする。自分は、当時すでに左翼性の欠如した無政府主義者のような心象で生きていたので「国家」論などを体得するようなチャンネルが皆無だった。父親は、三島由紀夫と同年だがむしろ国には恨みを燃やしていた。アプレゲールの中心といえるだろう。国家論などを父親から耳にしようという発想は、当初から断念していた。わが父親は、村上龍のそれとはまったく違いインテリでもなく、集中した思考を国に対して向け続けたというようなフシもない。村落社会の外側の巨大な強制力として終生忌み嫌って生涯を閉じることになるだろう。そこで自分は、つねに内面における欠落をもてあますという傾向もあり、三島由紀夫に死生観や、国家概念を探ろうと読み進めた。しかし、わずか17歳の自分にしても三島由紀夫の荒くたい論の運びには失笑を禁じえなかった。この動画をみられよ。一部、「右」傾斜の趣味者らはこの三島のメッセージを額面どうりに理解をしようとされるのかもしれない。わたしは、真っ平ごめんである。三島由紀夫は、大好きだが彼のメッセージを真顔で読み解きしたことは、ただの一度もない。腹を斬ったから、彼の主張が一貫していたとか、眞摯な持続した思考の結実だなどと今にいたるも、まったく信じていない。まあ、面白い死に方を選んだものだと今でも思っている。彼の評論も、小説の意匠も、いつも無理目なくわだてに満ちている。間違っても真似をしようなどと、思ったことはない。さて、問題の国家論だが、後年三島が自刃したあとでヘーゲルを読んだ。遥かに明快に、国家というものの複雑な構成が、手品のように描写されているのを驚いて読んだものだ。三島があれを読んでいないとは思えない。むしろ、その頂上に一度は参画したほどの人物だろう。東大法学部、大蔵省入省。東大でも、優等で昭和天皇から金時計を貰ったと、ほんとうに嬉しそうに石原慎太郎に語っている対談集を読んだ記憶がある。彼は、小説家として転身したときに国家を担っての目論見として、ノーベル賞を本気で欲していたのではないか。彼には、ノーベル文学賞を授与されていさえすれば切腹することはなかっただろう。師匠の川端康成が受賞したこと。これが両者にとっての不幸だというような気がする。
2006年07月07日
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「プロフェッショナル・仕事の流儀」は、楽しみな番組だ。あのプロジェクトXのインチキぶりに比べると遥かにまともな気がする。今日は、奥山清行氏が登場して、いまデザインの先端でどのような心象が走っているのか、わからないまでも感じさせてくれるような気がした。零式艦上戦闘機について、後知恵めいた話をするのは少し後ほどにまわそう。デザインが、いま旬を目指してどこに向かっているのかを隠居ぐらしのような自分に、見える限り見通してみたい。奥山清行山形県山形市出身。山形東高、武蔵野美術大学卒業。 1985年、(米)アートセンター・カレッジ・オブ・デザイン卒業。卒業後、GM(米)、ポルシェ(ドイツ)で研鑽を積み、イタリアのデザイン会社ピニンファリーナのチーフデザイナーとしてやフェラーリ・エンツォ、フェラーリ・スカリエッティ、マセラティ・クワトロポルテなどのカーデザインを担当した。 その後、(米)アートセンター・カレッジ・オブ・デザインにてアジア人初の学部長を務めた。奥山は、自身も日本人の草食動物なところがあると告白する。日本人、それは他者と自分が「同じ」であることに有価値を覚える生理と呼び換えてもいい。わたしと彼が同じ熱い思いであると、涙がでるほど感激するようだ。わたしは、まっぴらごめんで誰がなんと言おうと野球にも、サッカーにも興味がない。テレビ放映されている番組など、みている暇があったら遣りたいことは山ほどある。自分は、どこにいっても歓迎はされない。では黙殺されているのか、というと黙殺というのではなく圧倒的に意図的な封殺がしばしばだ。つまりは、周囲から相当な圧力で潰しを蒙ることが多い。なんだ、実のところは何をしているのかに興味深々なのである。日本人は、実は他者の固有な発想や、企画力、創造力についてはじつに鋭敏に反応する。でなければ、盗賊並に他者の特許を盗み取ったり、競合企業の新製品をコピーできはしない。つまり表相では、「予定調和」で「和気藹々」、仲良きことはうるわしいとかなんとか言いながら革新的新規性については、執念深いほどに好奇心を発揮するのも、日本人である。たとえば、携帯電話のニューモードのこの底抜けの売れ行きはどうだろう。新しいもの好きは、日本人の明記すべき特徴だ。いまや新興宗教並にひろがってゆく「左脳・右脳」議論もその好奇心の延長という風にも思えないでもない。いわく、右脳は創造力、ひらめきの座で豊穣なる感性の源であり、創造力の源泉だ、というわけなのである。しかし、ふと立ち止まって考えた時に、その左脳・右脳という几帳面な分類というのかステレオタイプイメージに事象を還元しようとする姿勢は、まさしく非科学的なまでの枠組み思考そのものだ。あなたも右脳、わたしも右脳、ほなサイなら。なんという知性の停滞、非創造的な思考停止。まさしく脳高次機能失調症のような事態だろうか。はっきり言おう。東京大学法学部を出た日銀総裁が、後輩の村上ファンドに「退職金」を託し、頑張れと牛尾治朗氏が巨額のファンド資金の提供を後輩に申し出るというこの国の権力形成の月並みなまでの「おさだまり」。それこそが、まさに自らの頭で「考えないで成果を秒速でパクる」ことで目的に早く達する。あの長い受験戦争時に鍛えあげたワザなのだ。そんななさけない勝利体験を繰り返し、繰り返し実感させて受験戦争の勝者として崇め奉られる仕組みの岩盤の上に築きあげられていることにこそ骨頂とするものだ。偏差値の高い、と言祝ぎされ続けた学生や卒業生たちこそ、だれよりもあ先んじてこの国のその不公正な仕組みに気づくことが可能となる。そこへ向けて全神経を集中して、先達の轍を踏襲し続けその指し示すとうりのままに過去形の知識を吸収し、優秀と折り紙をつけられて世に出てゆく。勝ち組の頂点にある彼ら日本の法科支配層らは、その絶頂において、しばしば創造力を、ひらめきを、独自の発想を求められることになる。誰も知るように、それは無茶というものだ。そのようなものを99.9999・・・・%排除することで手にいれたもの。それが彼らの権力とステイタスを根拠づけているのだ。「考えず」「口にせず」徹底して育ってきた彼らが、人事権を統べている。なんと、彼らの人事ほど滑稽なものはない。もっとも創造的で価値破壊的な力強い知的活動を彼らの学窓の後輩たちに求めようとするのだ。「決まりきった準拠枠」に従って。この国に秀逸なデザインが登場しないのは、ある種不可避だろう。もしかしたならば、中田英寿だって若くしてそれに思い至ったというようなことだってありえないことでもなかろう。自分にはそんな風に思えてならない。
2006年07月06日
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同い年の村上龍が、子どもの頃。彼の父親に安保条約というものはどういうものなのか、と質問したという。彼は、実に偉いと思う。自分など安保条約には、まったく関心がなく、60年安保闘争時代、大阪の小学生だった自分は、貸本屋で、手塚治虫の新刊を待ちわびているだけの空想少年だった。世相にも安保条約にもあまり興味もわかず、知ったとしても理解もできなかったと思う。村上龍の父親は、幼い村上に「安保というのは、日本がアメリカの家来になることだ」と答えたという。実に明快だ。今朝未明、北朝鮮が5発ほどのミサイル発射を実行したという。nak1さんともども、歓迎したい。これで世界の御荷物、北朝鮮を叩き潰す国内合意が成立することだろう。喜ぶべきことだと思う。安保条約の問題を、いまひとつ言えば日本国内に国家としての統合感覚をついに国民的なレベルで広汎に合意形成ができなかたということだ。あの時代、石原慎太郎東京都知事や、評論家の森田実氏などが学生反対派として徹底的な反対表明にまわっていた。いまや保守論陣の顔ぶれが、軒並み国家安全保障を基礎づける条約締結に猛反対したのだ。その理由は、やはり集団自衛権などの美名の下に、アメリカの政治経済的従属の構図が露骨にみえたからだろう。さて、今回のミサイル発射で日本人はいよいよ安全保障についての自律的な機制を決意する必要が、体感レベルでも募ってきただろう。われわれがようやく国家経済にふさわしい統合感覚を取り返すタイミングがやってきたのだろう。最後のチャンスかもしれない。東京大学工学部卒業。東大時代は香山健一とともに全国学生自治会総連合(いわゆる全学連)の指導部を形成し、反米反基地闘争などを指導。全学連森田派をなす。その後、共産党を除名されると多くの学生党員らと、共産主義者同盟を結成し、主に労対関係の任に当たっていた。その後、日本評論社出版部長、『経済セミナー』編集長を経て、1973年から政治評論家として活動。
2006年07月05日
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会社設立ノ目的 一、 真面目ナル技術者ノ技能ヲ、最高度ニ発揮セシムベキ自由豁達ニシテ愉快ナル理想工場ノ建設 一、 日本再建、文化向上ニ対スル技術面、生産面ヨリノ活発ナル活動 一、 戦時中、各方面ニ非常ニ進歩シタル技術ノ国民生活内ヘノ即事応用 一、 諸大学、研究所等ノ研究成果ノ内最モ国民生活ニ応用価値ヲ有スル優秀ナルモノノ迅速ナル製品、商品化 一、 無線通信機類ノ日常生活ヘノ浸透化並ビニ家庭電化ノ促進 一、 戦災通信網ノ復旧作業ニ対スル積極的参加並ビニ必要ナル技術ノ提供 一、 新時代ニフサワシキ優秀ラジオセットノ製作普及並ビニラジオサービスノ徹底化 一、 国民科学知識ノ実際的啓蒙活動 東京通信工業株式会社設立趣意書 - 井深 大 1946年5月7日東京通信工業という会社が設立された。「大きな会社と同じことをやったのでは、我々はかなわない。しかし、技術の隙間はいくらでもある。我々は大会社ではできないことをやり、技術の力でもって祖国復興に役立てよう」と、創業者は語る。それからすでに60年ほどの時が過ぎているが、この思いは古びてはいないようだ。東京通信工業とは、ほかならぬ今のソニーのことである。まだ、ベンチャービジネスなどという言葉がなかった時代。のちに、ベンチャービジネスというような言葉が一人歩きしだした頃にさえ、井深大のような明瞭な「目的」を口にするという事業者は、少なかったのではないだろうか。つい先ごろ、大阪の堺筋本町で友人と二人。路上でソニー製品の罵倒をしていたら周りで面白がって、知らないうちに取り囲む人が出来てしまい拍手が湧いた。往事のソニーでは、思いもよらぬことだと思う。娘が、MDウォークマンを欲しいという。自分が持っているソニー製品を与えた。あまりにも使いづらくて継続して利用しづらいため白旗をあげた。娘も、その製品があまりにも使い難く私の知らないうちに今ひとつ他社製品を購入したという。娘にも呆れたが、ソニー製品にはつくづく失望させられることが多い。トランジスターラジオを世に送り出した頃のソニーは、ある種の社会正義の体現者だと思ったものだ。昨今のソニーは、どうも怪しくて仕方がない。
2006年07月05日
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人から見れば棺桶に動力みたいなものかもしれませんが、所詮は野次馬の言うことではないでしょうか。零戦ならぬうちのような零細企業は、それでも進まなければなりません。野次馬からは一粒の米すらご馳走にはなれませんからね(笑)。鍛冶屋の息子さん 七夕を前にして、またガソリンが高騰するようだ。自分は、贅沢にも高年式のクーペと250CCのバイクを使い分けて暮らしている。ガソリン価格があがるのは、少々痛い。次第に、二輪で所要を済ませる頻度があがってきたのは、ガソリン価格の問題が大きい。わたしは、このブログでいつも悪態をついている。その標的は、つねに「この国のかたち」が、いやらしく前近代的で、さらに踏み込んで言えば江戸時代もさながらという、村社会だからである。湖北に出向いては毎週なにか発見して戻ってくる。それは、良い意味でもそうでない意味でもこの県北辺住民の古色蒼然とした中世的なセンスについてである。できればそれをこの時代にも温存するべき美質であると気持ちの上で折り合いをつけようとするのだが、しばしばどうしようもなく。ときに排外的で、地域に暮らす近親者でかたちづくった縁故や知己にどっぷりとつかっている姿をながめて、戻ってくる。滋賀も大津ぐらいになれば、すこしは都市化が進んでいるがトンネルを越えて、京都、大阪と往還しているとこの国は、ほんとうに複雑な構造だということがよく分かる。わたしが多少そういう「傍観者」的な感慨に染まりやすい理由は、もっぱら、ガソリンに依存しているせいである。いわば、シャルドネの固有の思考癖があるとすれば、それは大いにこのガソリンを燃料とする内燃機で駆動する近代装備の付与する生活様式が原因だろう。偉そうな事をいうが、自分自身の脳みその中味はたぶん色濃く村社会に傾いている筈だ。そうでなければ、瞬時も生きてゆくことはできないだろう。現金収入は、たちまち途絶えてしまう。それがこの国の現実だろうと思う。シャクにさわることには、生活がクルマ、バイク、テレビ、パソコン、インターネット、下手をすれば夜にはポーランドであれ、カトマンズであれチャットやスカイプで話ができてしまう。生活のスタイルだけは、あまりにも抜きん出てポストモダンなまでに都市型なのだ。そこでまたしてもガソリン問題だ。実は、偉そうな認識めいたものを日々吐いている。だがその実質。支えているものは、これまでの処リッター120円以下だったガソリンが支えていたのだと痛切に思う。実もふたもない話だ。われわれ個人の哲学とやらも、実はガソリンスタンドが付与する世界認識だと思わずにいられない。
2006年07月04日
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シャルドネ>棺桶に動力つけたみたいな、あの零戦はいじれば>いじるほど支離滅裂な戦闘力に堕していった。>機嫌よく人間が動けないというのは、ほんとうは>問題なんですよね。>-----人から見れば棺桶に動力みたいなものかもしれませんが、所詮は野次馬の言うことではないでしょうか。零戦ならぬうちのような零細企業は、それでも進まなければなりません。野次馬からは一粒の米すらご馳走にはなれませんからね(笑)。 鍛冶屋の息子さん 出張から帰ってきたら、鍛冶屋の息子さんが珍しくコメントを下さった。現役の会社社長として、多忙な中楽天ブログで日記更新されている珍しい方だ。こちらで「本質的なこと」をとりあげている矢先だからよそ道してみたい。零戦マニアというものまで存在するという、あの零戦こそわれわれが本質的なことを取り沙汰することがいかに不得手か、という証左だと思う。五十代から上のかつての少年たちにとっては、巨人大鵬たまごやきに零戦が加わる。日教組も踏み込めなかった零戦について、毎年のように思いを馳せるのは、結構大切な作業のような気がする。零戦を回顧することは、日本人の脳みその中を直截のぞきこむことにつながる。
2006年07月03日
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↑CLICKすると面白い占いに飛びます。伝統的な寿司屋に言わせれば、回転寿司は邪道だと思うのかもしれませんが、結果として、大衆の人が寿司を食べる機会が増え、そして、伝統的な寿司屋にも寿司を食べようと思う人が増えているのではと思われます。 JinSatoインターネットをブラウジング(ウィンドショッピングと同じ意味だ)しているという事は、結局自分の頭の中を覗いていることとほとんど同じことだと思う。このあいだも外付けのHDに過去10年ぐらいの画像や、動画が満杯になったのでDVDで焼いて引越しさせてみた。なんと5ギガ近かった。DVDという素敵なメデアのおかげで非力なHDが、相当広く使えそうだ。恐ろしいのは、その画像のひとつづつに、理由が分からない執着がある。いわゆる女性の怪しい画像や動画もふくまれているが、それらも存外たやすく削除はし難い。その理由は、なぜそれらの月並みな、あまりにも月並みな画像に自分が執着しているのかという謎にはいまだに迫れていないからだ。削除することは瞬間だと思うのだけれども、それを削除したと同時に永遠に答えと離れ離れになってしまう。それが遥かに怖い。自分が小学生の時、マリリンモンローが殺されるという事件があった。あの時代彼女は、すでに存在そのものがスキャンダルななにかで、クラスで名前を口にしただけで担任の教諭に文鎮でぶん殴られた同級生がいた。鼻血を垂れ流して、廊下で立たされている奴をさすがに当時でも誰もが同情をしていたと思う。あの空気を今再現しようと思っても難しいだろう。三十代頃に、商社にいた時大手製薬会社が大学病院や、有力な病院経営者にマリリンモンローのラベルを貼り付けたプライベートワインを贈答品に届けたことがあった。商社が関与するほどの規模を贈答品に使う。世は空前のバブル景況ということで、なんの疑いもなく派手な贈答が日常だったのである。概ね好評だったようなのだが、某支店ではパニックになった。地域のボスドクター夫人が支店長に強硬な抗議を行った。支店長とその周辺では、胃袋が口から飛び出すほどの大騒ぎになったらしい。どうやらボスドクター夫人らの世代にとって、モンローは所詮はポルノ女優に過ぎないという位置づけだったらしい。嘘のような話だが、本当だ。自分も、鼻血流して贖罪させられた犠牲者を同級生に持っている訳だ。横行する私刑が当然正体の分からない根拠で実行されるという現実については、はからずも追体験したのだ。つねに緊張感を抱いて身構えている。自身、けしてリベラルな意識を自覚したことがなかったその大手製薬会社の支店長らはなにが起きたのか、抗議の電話を受け取るまで夢にも思わなかったらしい。本質的なことが、根づかないわれわれの社会は、回る寿司を卑しむあまり伝統的な寿司を食べる機会の奪われた無名の大衆は今日も回る寿司に嬉々として追いやられている。
2006年07月02日
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インターネットの御蔭で、もう一度見たかった1991年の麻原彰晃を見る事ができるようになった。実は、自分もこの番組をVHSで収録していたのだ。ところが、家族の不手際で深刻な破損をしてしまった。シリーズ「朝まで生テレビ」の中でも、この番組は特異だと思っている。明らかに、田原総一郎は麻原寄りに大きく傾斜している。理由は、当時なにかと話題になった「幸福の科学」叩きに意識が向かっていたからだろうと推量する。ふたたび記憶の底に沈んでいたこの番組をみて今昔の感が湧く。しかし、WEBにアップされているものがダイジェストである理由は、幸福の科学の陣営によるなんらかの意趣返しなのだろうか?あの時代は、渦中にあっても不思議の連続だった。おそらく「北」から運ばれる覚せい剤と、オーム真理教が国内製造している覚せい剤が地下経済に循環するというようなことが怪しまれず実行されていたという。そしてそれを擁護する宗教評論家、「尊師さまとお呼びすればいいのか」と上祐に問いただす田原総一郎、、、すべて滑稽なまでの愚かしさのままに歴史の闇に消されてゆく。朝まで生テレビ1991年 part1朝まで生テレビ1991年 part2朝まで生テレビ1991年 part3
2006年07月01日
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