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さて、安倍晋三新政権についての見通しだ。個人的に、20代でご兄弟のおひとりに近接して裏側を拝見したことがある。従って、安倍晋三御自身とそのご兄弟にはどうしても点数が辛くなる傾向は避け難い。まあスキャンダルといえば、スキャンダルだが内容的には、迫力がなく、ショボいのである。あまりのショボさに暴露も情けない。時間も経過したから、墓に持ってゆくつもりだ。安倍晋三の持ち上げに、岸の孫だという妙な発想がテレビで垂れ流しだ。岸は、60年代小学生だったわれわれにも鬼畜のように喧伝されていた男だ。これがいつのまにか「ありがたい」何者かに化けてしまっているのが笑える。実は、自分が初めて手にした少年マガジン創刊号あたりから高野よしてるの「13号発進せよ」という人気ロボット漫画が掲載されていた。あれは現在のガンダムやマジンガーZなどの起源に位置する貴重な作品だと思う。その中に、岸信介らしき政治家が登場して、宇宙人風陰謀団の手先として洗脳がされるという描写があり愕然とした記憶がある。当時の小学生は、政治的にはけして鈍磨されてはいなかったのかもしれない。陰謀団とは、当らずといえど遠からず。シオニストの手先という寓喩だったのだろう。個人的には、岸信介はあの34代大統領アイゼンハウワーとワンセットで理解している。60年代安保全学連と同伴者らは、われわれ日本国民に対してアイゼンハウワーをほぼ絶対悪として喧伝し続けた。しかも1960年6月15日街頭デモ中で死去した樺美智子は、なぜか無抵抗なまでに圧倒的なビッグネームで、その背景でアイゼンハウワーは無前提の「巨悪」だった。わずか8歳の自分は、なにしろ超ヘソ曲がりで理由の分からない感情が押し寄せてくることに対し猛烈な不快感があり、樺美智子の優しそうなおばさん顔がどうしても手放し礼賛の対象にならなかった。単なる直感だが、小僧の真実というものである。とにかく左右を問わず、扇動というのが生理的に嫌いなのである。一方、アイゼンハウワー自身については、ながらく謎だった。彼が、その後JFKことケネディー大統領誕生に深い関与の痕跡があることなどから独特の複雑さを感じ続けてきたという側面がある。61年のケネディー大統領就任は、当時新聞がまだ丁寧には読めない小学生の身ながら、猛烈なポジティブ感があった。畢竟前任者としてのアイゼンハウワーにも、いわゆる左翼扇情とは違った貌があるように思われてならなかったと思う。そんな背伸びした小学生の直感めいた謎は、いまもよく解明ができないでいる。猛将パットンが敬意を抱き、ルーズベルトが信頼を寄せていたアイゼンハウワー将軍には、たぶん人間ばなれした実務能力が備わっていたのだろう。自分の能力を見抜き引き立ててくれた参謀総長マーシャル大将への敬意を終生抱いていたらしく、その為か、マッカーシーの反共キャンペーンに対して密かに不快の念を抱いていたフシもある。有名な政治謀略を描いた秀作「五月の七日間」という小説では、冒頭にアイゼンハウワーの退任演説を掲げていた。この小説はフィクションの顔をかぶったドキュメントだといわれている。63年には映画化もされた。個人的には、岸信介とはアイゼンハウアーの「舎弟」のようなものだとの認識だ。以後、岸信介とその系統はアメリカ共和党の利益代弁者という側面が発生したと考えてよいのか。これが直感的な、私自身のざっくりとした把握だ。言うまでも無く、岸の孫である安倍晋三。その総理就任によって形成される安倍新政権のカラーもこの轍を大きく逸脱はできない内容に収斂することになるだろう。
2006年09月30日
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「2002年の小泉訪朝の際、随行員を排除して小泉純一郎首相と金正日総書記だけが密談する「空白の10分間」が存在した」「張作霖爆殺事件は旧ソ連・コミンテルンによる犯行だった」「少子化を憂う必要はない、格差社会が広がりコンドームを買えない貧困層が増えれば子どもはすぐ増える」「「阪神大震災の際、倒壊家屋から北朝鮮の武器が発見された」風聞では安倍晋三が傾倒する中西輝政先生は、なかなか豪傑のようだ。そのエネルギーの半分ぐらいでも嫌米、反米で組み立ててもらえると有り難い。どうせあと10年もすれば、日本の財政的なたくわえはみなアメリカに吸われてしまう。そのころになれば中国、韓国、「北」と派手に渡り合った記憶など忘れてしまうだろう。
2006年09月29日
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あのTVタックルでお馴染みの、阿川佐和子の父親作品が無邪気にホームドラマでテレビに流れていたのは自分の中学時代だったのだろうか。野際陽子は、まだ千葉真一と結婚していなかった。憎まれ役ばかりやるのに、なぜか人気のある不思議な女優さん。主演は、むしろ野球選手と結婚した、姿美千子の方だったかもしれない。当時では知名度も高く超高感度で知られる俳優でかためていたのだから、テレビ局でも力が多少入っていたのだろう。このドラマの隠された主人公は、実はあの戦後日本初の国産旅客機YS-11だった。テレビドラマ「あひる飛びなさい」阿川弘之原案、猪俣勝人・田村幸二脚本、難波敏夫監督、里井茂、菅原謙二、姿美千子、万里昌子、桂伸治、野際陽子、小林勝彦今日のNHKニュースで、YS-11が規制についてゆけず現役から退くとの報道があった。ついに来るべき時がきた、ということなのだが自分の個人的な嗅覚からいうと、これは巨大プラントの操業能力が払底するという兆しだ。もっとも危ないのは原子力施設だと思う。なにを言っているのか、分からない人もいるだろう。航空機を国産で維持賦活する力とは、そのまま原子力施設を維持する国家的潜勢力と極めて深いところで疎通している。個人的な確信だ。86年のチェルノブイリで、多少は学んだのである。案の定、東京の京葉線で全線停止。16万人もの足がマヒして運行休止が大量勃発しているではないか。なんの疎通もないという理解でいる人は、無邪気である。旅客機YS-11の蹉跌は、つまり「親米ポチ」の蹉跌である。ポチでもっとも不味かったのは、営業ができないことにある。飼い主の顔色をみて物事を考えないという徹底した訓練を子供の頃から刷り込まれた官僚や、政治家2世が続々輩出しているこの国は、間違っても旅客機を真面目に売ろうとしているフシがない。NHKテレビでみていて笑ったのは、YS-11の営業担当があの島津製作所の矢嶋英敏会長だというではないか。儲からなくて止めさせられたというが、販売ノルマはこなしても国家プロジェクトで大失敗をしでかした、その張本人が島津製作所の会長職にあるというのは、まさに象徴的である。もし田中主任の発明を、世界出願しておれば島津製作所はノーベル財団から「欲が無いところが、清々しい」などとノーベル賞を職員に与えられることはなかったかもしれないが、世界市場から軽く3兆円規模の外貨をせしめて来れた筈だとの試算もある。思えばあの島津製作所の田中主任に関しても到底美談とは私には思えない。世界的な発明者、ノーベル賞級発明をなんと日本国一国特許出願などという「冷や飯喰らい」扱い。粗末にし続けてきたことが白日の下に晒されたという図ではなかったでしょうか。日本の産業空洞化を、まさしく好んで仕掛けてきた。他ならぬ政、官、企業に巣くう既得権益に惰眠をむさぼる「法科」の停滞した世襲、反国民的なイスワリが真因との見方。もはや誰の眼にも明らかでしょう。↑クリックダーウィンの進化論を知らないものはいない。しかし、今西学説と言われる「棲み分け理論」を知っている人は少ない。ばかばかしいが日本人は、日本の高級な学問的成果について世界で一番鈍い。日本人の大多数が無視しているものが、えてして世界最高水準だったりする。はやいはなし島津製作所の田中主任は、あのまま放置しておけば同期の取締役に見捨てられて狭い研究所で一生主任で終えた筈の人だった。政治、大学、市民、こどもにいたるまで日本の「おねうち」には終始眼だまがついていないかのようである。↑クリックなぜ営業力がなければ、航空機産業が自立しないのだろうか。それは航空機が、「作って」「売られて」「使われる」ということで完結する巨大システムだからである。日本は、良い飛行機は、「作った」が、それは性能の良い飛行機でしかなかった。しかし、航空機の課題は、性能の良い飛行機にあるのではなく、完璧に社会生活に同伴し、一国経済下に留まらず世界経済に寄与貢献することが前提となる巨大最適制禦システムである。しかも意外なことに知られていないのだが新幹線や航空機、そして原子力発電所などは、その中枢部分を大量生産技術では構成できない。高度のハイテク技術を駆使した「職人芸」なのだ。これを歴代親米ポチ政権は、いとも簡単に明け渡してきた。設計仕様は、戦闘機から民間旅客機までみなボーイングが握って離さない。にもかかわらず設計詳細は、日本が担わなければならない。分かりやすくいえば座布団を与えられて飛んでゆく三味線芸者のようなものだ。高級芸者でございの、利益の大きい下請けですと、富士重工や三菱が胸を張る。だが、所詮は芸者。芸者は、自分の能力を旦那に売るについても置屋が介入してくるのだ。だから所詮は芸者だといわれてしまう。営業力がない、ということが芸者としての完成度の高さを保証してしまっているのだ。こんな国が、航空機をまっとうに作れる筈がない。謎を解いて差し上げよう。実は、日本の航空機産業は、自動車業界にまんまと寝首をかかれたのだ。自動車を世界市場で売り込み、トヨタ、日産を世界ブランドにすることが実現可能性が高いと目論見がなされ、そのために航空機産業は、日陰者になった。一方、アメリカは優秀な技術者を航空機産業にもってゆかれてアメリカの自動車メーカーは、一斉に優秀な技術者の草刈場にされてしまったのだ。日本でも、人工衛星もまともにキビキビと打ちあげられないのである。どうせ航空機産業や人工衛星では稼げぬだろうと、早い時期に見捨てられていた。それを、阿川弘之は見抜けなかっただけのことだ。
2006年09月28日
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また久しぶりに、実家の母親を様子窺いしたところ気炎を吐いている。医師から余命いくばくも無い、みたいな診断をされて大手病院に通わされたのだそうだ。余命いくばくも無い婆さまが怪気炎を吐いているはずがない。なんだ、藪医者にとっつかまったのかと聞くと、どうやらそのようらしい。なんだか昨今高精度のセンサーで装備された検査機器が揃ってきはじめて、どうしようもなく医師に本来必要な動物的なまでの嗅覚を、国公立大学出身の諳記大好き人間らでしめられた行政がみごとに減衰させてしまった結果、こういうことが多発するようになったのだろう。聞けば母親に癌と、子宮筋腫と、肝臓に異変が一度にでているみたいな大ノケの誤診だったそうだ。さすがに青くなって大きい病院で精密診断を受けると一体なにを根拠にそんな看立てになるのか、と笑われたらしい。「宮廷女官 チャングムの誓い」をみていても、医女の鑑のようなチャングムが、脈診で王の体内の異変の大多数を推量するみたいな誇大ぎみなシーンがでてくる。しかし3年も鍛錬すれば概略が把握できるぐらいにはなるものだ、とNHKの解説がついていた。まああたらずといえども遠からずで、むかしの医者は大体嘱望される程の方は、大体そうだった。いまでも、たまゆら1/fさんに紹介された大和郡山の柔道整骨師など見事に触診でばりばり的中させなさる。答案用紙に脳の高度な推量機能を試問すべく用意された数学の問題集もあらかじめ解答を丸暗記するれば偏差値があがるというような小癪なワザでまんまと登りつめたような厚生労働の官僚が、まさに日本の医学の水準を下げたのだと言ってまず間違いない。大阪大学医学部でも、昨今医学部学生がまるで触診が出来ないので呆れたという医師がいた。人間が、あらかじめ解答のある答案用紙としかみえない狂人の群れが怒涛のように医師に育って行くとしたら空恐ろしい。以前わが母が、アメリカの戦闘機に殺されそうになった話。くどい程繰り返したのでご記憶かと思うが、母親は戦時医療支援で大量に傷病者と接してきた。現役の知識はないが、多少の医療現場で場数を踏んできたと自負しているように、体調の異変には多少は推量もする。しかし、トンマとはいえ医師に余命いくばくもないなどといわれてしばらく落ち込んでいたらしい。酷い話だ。ところで、その滋賀県守山空襲の件。ついに滋賀県の戦史編纂から取材が入ったと、以前に伝えた。前知事の置き土産事業らしく、いまの嘉田滋賀県知事に決裁を仰げないでいるのかどうかは知らないが、滋賀の広報誌ではなく、日本遺族会の機関誌か何かに体験談が収載されて、発刊されるそうだ。はて、、、靖国神社の釣りネタにされては不快だ、記事掲載などいらぬと母親が伝えたらしいが、記事内容に相当加筆訂正をいれて最終原稿にするといっているらしい。遊就館の訪問者にでもばら撒くパンフレットに化けるのだろうか。滋賀県新知事の裁量だのみ↑クリック人は、戦争で死ぬために生まれてはこない。 ↑クリック 7月30日守山空襲 ↑クリック捜せるのだろうか? ↑クリック抱腹絶倒!「アメリカちゃん」↑クリック
2006年09月28日
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新華社電によると、中国雲南省牟定県が、県内の犬の98・8%に当たる5万4429匹を殺す一斉処分に乗り出している。県は流行の恐れがある狂犬病対策を理由にしているが、容赦ない手段に内外で批判が高まりそうだ。 牟定県では今年、357人が犬にかまれた。このうち9割以上が7月に入ってからの被害で、狂犬病で死亡した住民も3人に上った。 7月31日付の中国各紙によれば、県当局はこうした事態を重視し、公安局長を隊長に「犬退治隊」を結成。7月25日から警察犬と軍用犬を除く犬の集中的な処分を行った。 街頭で犬退治隊にペット犬が見つかった飼い主は「家族の一員で、狂犬病にはならない」と訴えたが、犬は棍棒(こんぼう)で殴り殺されたり、薬で安楽死させられたりした。飼い主には1匹5元(約72円)の補償金が支払われただけだった。 雲南省では4月にも、羅平県当局が毎日、野良犬を殺し続け、「狂犬病防止」を主張する県側と「残酷だ」と抗議する住民の間で論争になっていた。(北京=時事)こちらでは、少女ひとり殺されても大事件である。さりとて、犬にせよ一時に5万4千匹殺すというのは狂気の沙汰のような気がする。この産経のWEB記事がなんらかの事実を踏まえているのならば、インターネットがもたらす狂気(もしくは「狂気のシステム」)が、事を増幅させ奔流となることの危惧を平時のいまから考えておいた方がいいという気分が湧く。少女を狼藉した被告に判決がおりた日。感じるのは、刑法というシステムだ。同時に、いかな中国であれ6万匹にもおよぶ犬を撲殺することができるのも行政的なレベルのシステムが介在せずには進まない。われわれは、日頃通販会社などから「システム上の都合により」などと平気で突き放されて悔しい思いをすることがある。悔しい思いだけで済めば良いのだけれども、現実にはシステムが法体系であれ、行政であれ侮り難い脅威であることは、そろそろ肌身で感じられ始めて来たという気がする。この次に来るのは、少女を意図的に狼藉する確信犯と同じ病理が、システムに阻まれて社会の抑止から逃れ、なんらかのシステムを利用して増幅された反社会的な攻撃をしかけてくる場合だ。病理の連鎖というものを社会のリスクとして考えるのならば、そこまで徹底する必要はある。ここまでの私の話が、抽象的だと感じている方は相当重症なシステム依存者だと思う。わたしは間違っても抽象的な話題を取り上げてはいないし、またわたし自身が抽象的な議論の中で完結するというような人間ではないからだ。たとえば、すでに述べたように父母の考え方を理解し、その間合いを折り合いつけるために少なくとも滋賀、京都、大阪の隔地間で生起する状況に対して自身でわれとわが身を投じて論じている。つまり、徹底的に具体にこだわっているアナログ人間なのである。私ほど徹底した具体を追い求める姿勢は、マレではないかとすら思っている。ところが、このアナログ人間を、抽象的だという風にみえてしまう人たちは必ずいる。それは、システムに包囲されて生きることを忌避できないほど具体的に活動している都市生活者である。都市部では、成人はシステムに包囲されて生きている。システムとは、畢竟人間の意識ではないか。意識は、しかり自働化の権化だ。およそシステムと呼ばれているほどのものは、人間の意識によって徹頭徹尾「設計」されて存在する。その設計が不備であれば、システムの及ぼす社会に対する脅威は半端ではない。わたしはこの日記で4年近く、その一点だけにこだわって繰り返し描写してきたつもりだ。ご存知のように、わたしは大変子供好きで人間といわず犬猫でも子供は大好きである。実は、生き物というものは、とりわけ子供時代。その存在はシステムと相容れぬ対極的な魂なのである。私は、成人が本当に守るべきものについて指し示しているつもりだ。
2006年09月27日
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ここのところ、滋賀、京都、大阪を巡回していると書いた。なんだその程度のことをことさらに言うと、思っている人は以下を読む必要はない。これは滅多になされない試みのようだ。しかも週末には、湖北へ北上してワイワイガヤガヤ授業めいたことまでしているわけである。そもそも、滋賀の普通の市民は勤務者以外は大阪へ出向くことを億劫がる。よほど目的と気持ちが固まらなければ出てゆくという街ではないらしい。京都だって、滋賀は隣接しているだけで彦根ぐらいでも、出向きたがらない。クルマ屋は、納車先が彦根、米原などは隣接県だという意識ではない。バイク屋に至っては草津から北にはヤマハ、ホンダも黙殺だ。そもそもバイクなど買う人間がいるとは思っていないらしい。ひとつには雪がある。現実には、湖北には相当バイクの走行する姿があるが、皆大阪、京都ナンバーの日帰り凱旋ばかりらしい。大阪が通勤圏といっても、滋賀はまだまだ一部上場の大手企業所属のエリートサラリーマンぐらいのものだ、という認識で間違いなさそうだ。行政組織の疎通の悪さは、大阪府、兵庫県で経験したことがあるが、京都府、滋賀県も大差ないだろう。 一口に農村文化というけれども、そもそも農村に文化があるか。盆踊りだのお祭礼風俗だの、耐乏精神だの本能的な貯蓄精神はあるかも知れぬが、文化の本質は進歩ということで、農村には進歩に関する毛一筋の影だにない。あるものは排他精神と、他へ対する不信、疑ぐり深い魂だけで、損得の執拗な計算が発達しているだけである。農村は淳朴(じゅんぼく)だという奇妙な言葉が無反省に使用せられてきたものだが、元来農村はその成立の始めから淳朴などという性格はなかった。日本の農村は今日に於ても尚奈良朝の農村である。今日諸方の農村に於ける相似た民事裁判の例、境界のウネを五寸三寸ずつ動かして隣人を裏切り、証文なしで田を借りて返さず親友を裏切る。彼等は親友隣人を執拗に裏切りつづけているではないか。損得という利害の打算が生活の根柢で、より高い精神への渇望、自我の内省と他の発見は農村の精神に見出すことができない。他の発見のないところに真実の文化が有りうべき筈はない。自我の省察のないところに文化の有りうべき筈はない。 「続堕落論」坂口安吾笑った。私が、言い放たなくても坂口安吾が痛罵している。少なくともその概略が、失せたとは言えどつい数十年前までの滋賀はよく似たものだったのではないか。これがいきなり現代化するのかと思いきや、キャノンだかIBMだかがどかどかやってきて、移民労働者を収容するのだからますますおかしい。過疎というものの凄さだ。都市部よりも、国際化の進展が著しい地域もあるのはお伝えしたとうり。JRは、今後この滋賀に琵琶湖環状線を巡回させるらしい。都市化の速度は、一層加速するだろう。問題も増えるだろうが、致し方が無い。北部と南部の格差を温存したまま、暴走のように国際化するぐらいならばもっと関西経済圏の恩恵に北部が浴するようであるべきだろう。最近、余呉町長が核廃棄物処分場として町に誘致するなどという。狂気の沙汰だ。近畿圏の水がめ。その水源中の水源、琵琶湖最北部に位置する余呉に高濃度核廃棄物を貯蔵するなど、「北」の首領様の脅威と大差ないではないか。
2006年09月27日
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事件を起こした被告の一人が、死刑を望み判決も死刑だったという。この被告の場合、心理を描写する言葉を社会が持たない。実は、こういう瞬間には被告自身が心理を描写したところで、それはいわゆる言葉でしかなく、けして描写された心理として我々は理解を示さないだろう。ここで、分かることは「我々の心理」とは、個的なものではないということなのだ。意外にも。学生時代、当時の学問の水準があまりにも拙劣だったこともいとわずに心理学の初等読本をいろいろ読んでいた。まもなく、ほとんどの書物がいわゆる人間的な心理を正しく描写することを断念していることに気づいた。心理学の立場では、個的な意識を個的に妥当だと思えるように描写することは、科学とは見なせないという事になっているらしい。あくまでも心理学の言う個人の意識とは、他者(ほとんど社会と言っていい)が理解できるというレベルに還元することで終えられる。われわれも心理という言葉を使ってしまう以上、心理学の立場を軽侮し難い。心理とは、あらかじめ大多数の人々に理解されるかぎりでの心理をさすとお取り決めになっている。だから、少女に狼藉を行って死刑判決を被った被告の「心理」は、正確にいえば心理と呼び難いものなのかもしれない。たとえば、精神的に衰弱のあまり病んだ人がいる。そんな人を我々は理解できなかったりするが、それは責められないし責められても困る。それは、あらかじめ理解を絶した精神であるとされているし、またそれは当然なのである。このような被告を、刑法で裁く事は当然避け難いとしても本当にそれは社会にとっても最適解なのだろうか、といぶかしく思う。刑法が裁くべき対象は、心理の発現する人間的行為に限られるのではないだろうか。まさか刑法の各条は、人間的心理の及ばぬ精神の内部に踏み込んで司法行為が実行されるなどという事は本当は想定されてはいない。今回、裁判官は法にのっとり裁いたという形式を採用してはいるけれど実のところ、日本の社会にあまねく普及している我々の美意識や、無意識が、裁判官の裁量を強く刺激したというのが実態ではないか。ところが、被告側はこの裁判官の心理を含めたわれわれの社会の共通感覚の外で生きている魂であるから死刑判決をまんまと歓迎しているらしい。これを彼の虚勢だ、というのは簡単だ。虚勢だときめつけてしまいたいという動機も心理も、われわれの延長にある。しかし、現実には、われわれの延長にない被告のような魂が地上に存在していることも、法が雪道のノーマルタイヤのように滑っているのだという危機感を改めて考えておく時期が来ているのかもしれない。
2006年09月26日
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滋賀に住んでみて、解けた謎が多い。滋賀を知らなかったわけはない。おやじもおふくろもどちらも滋賀の産で、滋賀には子供の頃、むしろ足しげく通った地域社会だ。むかしは、田舎と言った。住んでみて「分かった事」は、論理的なものだとは思っていない。「分かったようなもの」は、感覚的なものだ。良い悪いではなく、これがこの地域の流儀なのだろうというものが、頭で分かるというよりも皮膚感覚で感じるような感じである。排他的というのは(南はさほどでもないと思うが)ある程度排他的になるのは、仕方が無い。日常住んでいる人たちが、快適を求める都合もある。そう、思えるようになってきたのは至近距離から観察していてのことだ。つまり、都市住民的なスタイルがこちらの生活に必要な場合には、最終的には近づかないか、もしくは通過するだけの方がいいのだろう。いずれにせよ、子供の頃に親が自分らを持て余した理由は分かるような気がする。ただ、両親は最後まで変わらないだろう。聞けば12歳以前にできちまったものは修復が難しいらしい。12歳以前に戻っていれば帰国子女も日本の社会に苦しまずに復帰できると聞いた。最近、滋賀から京都、大阪といったりきたりする。各駅停車して、所用をすませているとつくづく感じる。この差異は今後も急速に減衰してゆくとは思えない。よくよく考えてみれば、滋賀から大阪へでかけて来たのは親の勝手である。自分は、大阪で生まれたが、大阪で生まれるべき運命だったのかどうか。いずれにせよ、自分は親が思っているイメージの子供には育たなかっただろう。そもそも、そんなイメージの子供が大阪で育つはずが無い。これに、気づかないのは相当トンマである。残念ながら、わが親はトンマだったのだろう。そのうち、大阪に馴染んでしまってメンタルに虐待していたという記憶も失せていることだろう。よくよく考えてみると、自分には祭りがない。天神祭など、眺めているだけであれは自分の祭りではない。祇園祭も、学生時代うるさいだけで雑音だった。左義長(地域によっては、どんど焼き というのだろうか)も、親はつれてゆくと言いながらついに連れてゆかなかった。ここまでのところで、自己憐憫を言っていると思われると残念だ。自己憐憫をやらかすような年齢は、遥かに過ぎ越してしまった。自分は、あの時代の感情の荒れに興味があるだけだ。感情が荒れると、物事が歪んでみえる。歪んでみえていたものを、あらためて自分の年齢で補整してあらためて見直したい。これが、老人力とかいわれるものの一部だろうと思っている。滋賀を評価するということは、自分には謎解きであった。謎解きは、それ自体で快感をもたらすものだ。残念ながら、滋賀が都市化してきたので分かり安く解けてきたのかもしれない。
2006年09月26日
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associationという概念も、思想も、実践も日本では定着しにくいという風に聞いた。法治社会だったら、法についての共通感覚がウラ張りされていないといけない。そもそも機能しないのだ。ところが、われわれの社会には、そんな共通感覚をつくるところで、なんども下手を打つ。もともと縄文文化を、平気で「みえない」ことにして、社会の裏へ隠して平気で非人だとか、この世の事ではない、などと澄ましてきた横着な精神というものが世を占めているので、カッコよく洋学でそまったお人好しらが、ぬくぬくとassociationを語っているのを見かけるが、大抵が嘘パチである。それを考えると、嘘を見抜いた岡本太郎などはスゴイ嗅覚だ。大体、日本の全共闘世代というのがどこに雲隠れしたのかさっぱり風采が上がらぬ。個々人は、あの学生騒乱期を誇らしく思ってるらしいのだけれども、まんまと個々に日本的風景に潜り込み、本来もっとも嫌っていたはずの権力的な装置に安住して平気で年金生活の開始時期まで日めくりをめくっていたりする。この連中の一部が、中国や北朝鮮などと絡んで好き放題してきたというのが70年代以後の日本の息苦しさをもたらした最大の原因だろう。小泉行財政改革が、まことに言葉どうり「行財政改革」だったとは夢にも信じちゃあいないのだけれども、そんな団塊世代を中心にした親中国派を一定封殺しようとしたという試みレベルで、日本の少なからぬ規模の大衆的支持を得て喝采を受けたというのが、ここしばらくのわが国の大状況だろう。このあいだ、つま恋で吉田拓郎や かぐや姫のコンサートが開催されたと報道で知った。笑ってしまった。当時から、自分はあの連中を全然信用していない。♪下駄をならして 奴がくる 腰に手ぬぐいぶら下げて 学生服に しみ込んだ 男の臭いがやってくる ああ~夢よ 良き友よ~♪ 「我が良き友よ」大嘘だろう。70年当時、すでにこの唄は大嘘だった。これを放歌吟唱するという感覚が、一種の自虐的なカリカチャーであって、立派にアナクロだった。そんなものを喜んで歌っていた連中が、もういちど35年も経過して、またぞろ集まりむかしの大嘘を踏襲して盛り上がろうというグロテスクな感覚が、どうしても理解できない。共産党支持者のおやじが酒飲んで、軍歌歌っている方がよほど理解できる。
2006年09月25日
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環境ボランティアも、来年で3年目になる。環境保全にも、いろいろな作業があって毎回現場作業の体験が出来るのが面白い。作業も多いが、大半が環境系の学習のようなもので書物では得られない、いろんな話題が応酬されるので、愉しい時間だ。今日は、高島の琵琶湖畔にある木道の補修作業だ。ここはバードワォッチングの名所でまもなく秋でシーズンが近づいているが、朽ちた木道は危ないだろう。社会的関心が募っている折から、折角渡り鳥をながめに来る人たちが、間違っても怪我をしてはいけないと我々ボランティアが木道を手直しするのだが、これが面白い。これでも県と地元市の職員と、市民ボランティアの混成グループ。現場で、合流しただけの人間関係なのだけれど、マニュアルなしのプラモデルみたいな仕事を、各自持ち寄りの道具と創意工夫で、新しい木材に取り替えて整える。周囲は、絶景だし風も心地よい。道具の使い方も教えてもらって、作業は快適に進む。とにかく、県側提供の道具がスゴイ。手入れは、ばりばり。草刈をおこなって、現場作業をしやすく整地から始めるのだが、これまで使った事が無いほど未体験な感覚でスルスルと草が刈れる。ノコをつかっても、切れる切れる。プロの道具というのは、こういうものなのかと素人はうれしくてたまらない。接合部を結合させる電動工具も、パワーで選んで、目移りするぐらい揃っているし、木穴が不足でもドリルで補整する。そのドリルの先の刃が、口径から、深さに対処できるようにと選ぶのに迷うほどでてくる。作業量よりも、周囲にいる職員やボランティアの数が多いので、あっというまに作業が終わる。家で、安物のDIYセットで汗まみれになっているのとは、まるで違った。手先の不器用な市民ボランティアも、丸で足でまといにすらならないのは、やはり調整されて研ぎまくられた刃物や電動工具のおかげだろう。その素人の筈の市民ボランティアの中にも、プロの工務店社長さんとかが混じっているので、自治体職員よりも遥かに手ばやかったりする。もともと女性も参加するぐらいの環境ボランティアなので、メニューはいつも軽めなのだけれど、予定時間を遥かに短縮して早々と予定箇所を仕上げてしまった。表からはみえないが、剥がしてみるとシロアリなどにやられて結構朽ちていたりするものだ。いつ、ズボっと崩落するかわかったものではない。せっかく環境意識の高い人たちがやってくるロケーションなのだから、こんなところで怪我をして貰っては申し訳ない。しかし、こういう事をやらせると、本当に滋賀県民はスゴイ。この呼吸は、地域性というのかちょっとしたものだ。仕事も、段取りが良いし、道具の整備は抜群。そもそも道具は、ディスカウントで揃えたようなものはまったくない。すべてプロ使用に耐えるようなもの。気持ちよく進むので手抜きするというような人は、誰もいない。琵琶湖とそれを取り巻く環境に恵まれているとはいえ、滋賀で環境ボランティアとは、金を出しても参加したくなるような結構贅沢な体験だと思った。しかも、毎回飽きさせないように趣向を変えてくださっているので労務というような感覚もない。県下の見どころを毎回背景にして、愉しい作業があるのがただのハイキングよりも嬉しいほどだ。来月は、信楽での作業らしい。
2006年09月24日
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【マドリード17日】報道によると、18日から開幕するマドリード・ファッションウィークの「パサレラ・シベレス」で、やせ過ぎのモデル5人が測定の結果、不採用となった。主催者は先に、一定の基準を満たさないやせ過ぎのモデルの参加を禁止することを決めていた。]ファッションショーの世界で、モデルがやせ過ぎを理由に出演を拒否されたのは初めてという。パサレラ・シベレスの主催者は、禁止決定は世界保健機関(WHO)や国内の規定に基づいており、時には死に至る拒食症との闘いに資するものだとしている。 68人の国際的なモデルが16日、ボクサーよろしくはかりの上に乗って、175センチで56キロ以上の基準を目安にして体重を測定した結果、スペイン人モデル5人が不採用となった。主催者によると、このほかに、昨年のショーに参加したモデルの30-40%を測量の前に事前に不採用にしたという。 世界をリードするパリとニューヨークのファッション界は、この動きを批判している。仏ファッション連盟の会長は「ファッションは規制されるべきではない。もし同様の措置がフランスで取られたら、みんなが笑うだろう」と語った。 また、米デザイナー協会の会長は、これは差別的な措置であり、ニューヨークのファッション界ではやせ過ぎのモデルは問題になっていないと述べた。〔AFP=時事〕スペインのニッチ志向に、座布団一枚!どうせファッションモデルって、アパレル業界や装身具、ヘアメイク業界のご都合で出来ているに決まっている。量販ゾーンに最適化すれば女の身体がギスギスの方が都合がいいからだ。ほとんど男どもの都合など考えているとは思えない。このあいだ、ニッチについての統計的な指標を週刊ダイアモンドが掲載していたのは慧眼だと思った。つまり、ニッチの総市場規模は合算すると全市場規模の過半数を超える勢いだという。ようするに需要は、供給側の論理だけでは動いていないという証左だろう。ならば、パリやニューヨークの都合にあわせずにマドリード発信というチャンネルを切り開くという選択は、遥かにビジネス収支を狙いすませて正しい挙動だ。MBIならば、製薬会社のサイトから
2006年09月23日
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♪Progress♪作詞・作曲: スガ シカオ編曲: 武部聡志・小倉博和プロデュース:武部聡志 ぼくらは位置について 横一列でスタートをきった つまずいている あいつのことを見て 本当はシメシメと思っていた 誰かを許せたり 大切な人を守れたり いまだ何一つ サマになっていやしない 相変わらず あの日のダメな ぼく ずっと探していた 理想の自分って もうちょっとカッコよかったけれど ぼくが歩いてきた 日々と道のりを ほんとは“ジブン”っていうらしい 世界中にあふれているため息と 君とぼくの甘酸っぱい挫折に捧ぐ・・・ “あと一歩だけ、前に 進もう” 空にはいつでも まるでぼくらの希望のように こぼれそうなくらい 星が輝いて 届かないその手を伸ばしたんだ ガラスケースの中 飾られた悲しみを見て かわいそうに・・・なんてつぶやいてる こんな自分 ケリたくなるくらい キライ! ねぇ ぼくらがユメ見たのって 誰かと同じ色の未来じゃない 誰も知らない世界へ向かっていく勇気を “ミライ”っていうらしい 世界中にあふれてるため息と 君とぼくの甘酸っぱい挫折に捧ぐ・・・ “あと一歩だけ、前に 進もう”
2006年09月22日
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いまでこそ総会屋は、さまざまな法規で企業側が完封したかのような言い方をする。一時は、ソニーなどでも10時間を越えるような長時間な株主総会を実行したと伝説もある。その盛衰を生きて時代証言するかのようなSさんの話には、まったく魅了された。一説には、総会屋が衰退したには、総会屋が瓦解したというよりも日本の企業側がヤクザ化して、企業舎弟たちから鬼畜技を奪い取って極道が市場占有率を無くしたからだという説がある。関西でも広域暴力団の下部に位置する組長が、あまりにも日本の企業の極道体質に世も末とわが身を儚んで投身自殺するなどという事件があったことは、記憶に明るい。そんな突飛な説を笑って過ごしていたが、Sさんのような方のお話をまじかで耳にすると、なるほどと唸るばかりだ。総会屋が、各種法規で企業社会から締め出されるプロセスとは、それすなわち日本の企業が、極道総会屋に相互浸透して手口やスキルを身につけていった、そのプロセスだということになるだろう。自分らも、プラニング部門と協調した企画で活動していた時代など大日本印刷やNTTのベンチャーつぶしの荒ワザをさんざん聞き及んだ。一部は、まじかでも目撃したものだ。総会屋のスキルに加えて資本の論理なのだから、これはもうファシズムの萌芽というしかない。そのSさんは、総会屋との交渉歴と巧みな質問力で総会屋の背景に通じる西日本でも有数の消息通となって講演会を開催できるほどになっていたが、社の中で、総務人事全般の業務を掌握するという努力を重ねて主に製品のクレーム処理に培った技倆で対応して手腕を振るったという。あるとき、そのメーカー系列で販売した食品に大量の不良腐敗が発生したものを、回収がまにあわずこれがよりによって組関係者幹部に食されてしまった。社でも稀にみる大問題となり、その組の親分さん宅に社長を筆頭に日参せざるをえなくなったという。大事件の勃発だ。ここでもSさんは、他の総務部員の右往左往する中で、方法論で対処する。いかに平素は姿かたちがないようにみえていても、突発時には日ごろから蓄積された方法論が、企業のリスクを低減するのだという典型的な逸話だろう。Sさんは、恐れをなして組長宅の玄関土間から上がろうとしない総務部員を促して、組長の応接間に案内されて上がっていったという。Sさんによれば、総会屋から教えられたのは、かならず交渉の場に臨み交渉ではいかなる事があっても50対50のスタンスにあるという事実を示さなければ、解決はありえない、という原則だったという。非が当方にあろうと、なかろうとこれは交渉なのだ。交渉だとなれば、それは応酬の場でなければならない。まちがっても組事務所の玄関土間であっていい筈は無いのだという。応接間での交渉についても、10時間に及ぶ押し問答だったというがこれも総会屋から示唆されたスキルや、見通しがあって十分な心がまえと準備で臨んでいたために、組長以下幹部が舌をまくほどの圧倒的なスタミナでSさんと社長らは持ちこたえたという。その際に、相手の顔のどこを凝視して、眼をそらさぬようにとの事細かなノウハウもすべて総会屋仕込みで練達だったという。長時間の応酬の果てに、引け際。実は本当の交渉が開始される。これも折り込み済みで挨拶をして分かれる際のキワに、Sさんは呼ばれて別室に。これも妥結に向けての準備万端に、Sさんは真の交渉の場、瞬間と位置づけて心構えと用意をされていたという。まるで総会屋との交渉歴で築いたスキル、ノウハウの総決算のようだったと語っていた。日本の企業は、このようにして1982年10月1日に改正商法施行までに確実に地下社会との深い関係に距離感、間合いを身に着けてバブル期を迎えてゆくことになったのだという。ネゴシエーター、交渉人は存在した。しかし、銃ともナイフとも関わり無くどこかのビル街で靜かにOLたちに混じって天丼を食べていたりする。
2006年09月22日
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番組を見ていて驚いたのは、弟さんの意思を受けて医師を目指したという述懐だ。そういうことが、普通に起きる家庭というのはどういうものなのだろうか。毀れている家族では、こういうことはまず起きないだろう。なぜこんなに絆の深い家族がなりたつのだろう。そこが不思議な気持ちの湧いたところだ。医師になる、ならないは才能もあるのだけれども、踏み込む意思の力。それを喚起する思いが重なるというのは、能力を越えた基礎的な信頼だと思う。こういう家族関係は、どこから湧いてくるのだろう。進藤医師の弟さんは、不治の病に斃れるだろう自分の将来を予感して、そんな哀しみを味わう人たちがこれからも続かないようにと願って、姉の進藤医師に託す。まず、弟さんの博愛心がクリアだ。こういうクリアさは、眼の濁った人間に生じようが無い。姉に、このような依頼をする弟の信頼感もはためでみていて見事。それを、実現しちまう姉の胆力もさらに一層環をかけて見事である。こういう見事さが、家族の中から出てくるということを奇跡をみるような思いで眺めているのは、結構辛い。医術のスキルの確かさ、凄さに驚くのは、むしろその遥かあとだ。WHO 医師・進藤奈邦子(2006年2月28日放送) NHK プロフェッショナル再放送
2006年09月21日
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面白い人と会った。「人間至るところ青山あり」とかいうが、その生きたお手本のような人だ。もともと大阪市職員だったそうで、苦学して市職員になって待遇にも満足していたのに、よりによってそのぬるま湯さに辟易して職を辞したという。言葉にすれば簡単だが、普通は辞めないだろう。しかし、二十代には得てして魔がさす瞬間があるものらしい。それから民間とも呼び難いレベルの企業で相当苦労されたらしいが、それでも履歴を汚しながらなんとその後数社をへて二部上場企業に雇用されたらしい。ある種のツキもあるのかもしれないが、その配属先を聞けば誰もが仰け反るようなポジションだ。なんと総会屋専従だという。形式的には、総務部員ということかもしれないが数十年前のその手の人士といえば、紳士然としてはいても一皮めくればヤの字だろう。事実、相当怖い眼に遭遇することばかりだったらしい。いくら世間に通った会社とはいえ、尻尾をまいて退散する筈の配属を、その方は逃げ隠れができない事情もあり、背負うことにしたのだという。その方は、Sさんという事にしておく。予想どうり、相当大変だったらしい。しかも、その企業は「総会屋を怒らせるな」「金は包むな」という方針を厳命したのだという。金を取りに来るから総会屋なのだから、金を包まなければ怒り出すに決まっている。そこを怒らせずに、金をださないというワザを一つづつ体験で身に着けていったのだそうだ。そうこうするうち、ある時毎回定期的に訪ねてくるのに一切金を無心しないという総会屋がいることに気づいたそうだ。そこで、おそるおそるいつも訪問されるが、なぜ満足して帰って行かれるのかを遠まわしに聞きただしたのだそうだ。度胸が良いとしか言いようがない。取り方次第では、挑発しているようなものだ。相手はスキあらば金にしようと仕掛けて来る。鬼畜も、鬼畜、プロの鬼畜なのだ。Sさんの話では、総会屋らはもともと広域暴力団員で、総会屋になる前に組織暴力団で徹底的に、見習いから始めてこの種のシノギで稼げるようになるために合理的な研修を受けてきているのだという。それは人事部に近い、総務部員も耳にすれば驚くほど徹底した研修なのだそうだ。つまり広域暴力団も、経済系で切れ味のいい仕事をするためには、目的に合致した訓練のメソッドを持っているし、その目的の実現と貫徹の為のトレーナーも、指導法も育成メニューもすべて体系的に保有しているのだという。そんなプロの総会屋に、動機を聞くなど空恐ろしい話だが何か直感が働いてその総会屋には、質問してもいいような気がその時Sさんに湧いたそうだ。すると、その顔見知りの総会屋のいわくそれはSさんが真剣に話を聞いてくれるからだ。そういう風に答えたという。男は、やはり交渉の場で緊張の連続だ。訪問する企業で、いつも緊張ばかりしていると交渉の場の語りにキレもさがる。そこで、気晴らしの語りも、自分の話術の訓練のための語りの場も欲しくなる。しかし、まともに話に取り合わない総務部員や、ロクすっぽ話を聞いていない窓口では、気晴らしにもならない。ところが、Sさんがいつも丁寧に話を聞いてくれるので、その総会屋は自分のリズムを整える目的でSさんの会社へ回って来ていたのだという。Sさんに、そう話したそうだ。これが契機になって、Sさんは総会屋の心理や方法論について相当学習していったと言う。総会屋に限定してとはいえ、企業のリスクのひとつについての習熟が深まれば、社の中でも中枢に関わる内容だ。当然、経営にも近くなる。早晩総務の要職を経由して、同社の役員に。果てはその業界についての企業側対策で知らぬ人がいない、という処まで行かれる。人が嫌がることも、いとわずに徹底して通じるという事で、人生が大きく展開するということもあるのだとおっしゃる。Sさんの偉いところは、そのポジションに満足されることなく人事、労務、総務と入社以来のコースでは習得できなかったスキルも、経営中枢に信頼を形成するにつれて、配属先として願い出てそれぞれのポジションでも十全な錬度を得て、さらに難易度の高い、クレーム処理の所属長にも挑戦。自社系列の食品で、発生した不良品が引き起こした大事件に挑んだという。(つづく)
2006年09月21日
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遺伝子組み替え穀物の恐ろしさを昨日アップしたところ、楽天でも早速みらい0614さんさんや、kaiser1さんがトラックバックしてくださったりスカイプで概略を伝えた、たまゆら1/fさんが自身の日記で話題にしてくださったり、それぞれの胸裏でこの「大事件」の受け止めと覚悟のほどを靜に反芻していただけているのかと思う。それでは、自分がなぜこの件を「大事件」だと思っているのかについて敷衍amplificationしてみたいと思う。いま自分が滋賀に住んでいる理由のひとつに、厚生労働関係者として大変お世話になり、心から傾倒しているYさんという存在があった。滋賀での仕事にも、Yさんの人脈を通したネットワークが絡んでいた。そんなYさんが、この春突然そんな国の外郭団体で嘱望された環境をにわかに辞して、農業に転進された。それを聞き及び友人知人でもアッという声があがった。時折、立ち寄る大阪の厚生労働出先機関でも、Yさんの名前は鳴り響いていて、なにしろNHKなどのニュースで取材を受けたりなどしては放映されて顔も売れている。京阪神で、Yさんのお世話になったロートルは相当多いのではないだろうか。その氏が、定年またずに現在の職を辞して、よりによって農業だというので、皆仰け反ってしまったのである。Yさんは、実はまさしく今回問題になっている多くの遺伝子組み替え軍団の枢軸的な企業の一社であるノバルティス(旧チバガイギー)社(スイス本社)の中核的な社員だった人だ。今回の日経の記事を読んで、思わず得心がいった思いがする。民間企業から、政府系外郭団体というのもひとつだが、その後が農業とは謎めいたものを感じたのだが、今回の日経の記事を読んだ瞬間にYさんの顔が脳裏によぎった。なぜ、こんなに遺伝子組み替え穀物にこだわるのかというとあの86年のチェルノブィリ原発災害とその後に続く穀物汚染に触発されたことが大きいと思う。埼玉大学教授だった、市川定夫先生の著作と講演は、相当何度も聞き強い影響を受けたということがある。自分自身は、反原発運動には、まったく関与しなかったが、生物における遺伝子とその外部環境からの影響という視点については、眼からウロコが落ちるほどの衝撃を受けた。いま、放射線被曝をした遺伝子もさることながら、その遺伝子が自身の情報を修復する際に、その遺伝子の周囲の健常な遺伝子を「巻き込む」という新しいメカニズムすら最近発見されて、一層の驚きをさそっている。遺伝子は、間違っても人間がおいそれと弄ってよいようなものではなく相当繊細なものだということだけはイメージで刷り込まれた。生物は、まちがっても閉鎖系ではない。生物は、ジョークのように言えば相互に「生物学的無線通信」とでも呼ぶしかない深い呼応関係があるのだ。個別種に生じた異変は、個別種において完結したものではすまない。細胞を構成しているRNAだって、ミトコンドリアだって太古の昔にはこの地球上の別系統の生物だったと検証されてきている。それが細胞内で共棲するに至るまで、半端ではない時間軸を生物は通過してきているわけだ。たかだか100年の歴史も経過していない、猪口才な生物学者がDNAをそれこそ知育玩具かなにかのように弄って遊んで貰っては困るのだ。遺伝子組み換えなどといっても、実に野蛮な手口が多い。たとえば金の微細粒子で弾丸をこしらえて遺伝子の情報構成要素を載せて撃ちこむというようなレベルだったりするのだ。彼らは、この地球上のすべての生命に対していかなる責任を取るつもりでいるのだろうか。とれるはずがない。彼らが個人としてそのような真似を実行できる筈もない。その基礎には多国籍企業、多国籍製薬企業などの隠された資本の論理というものが見え隠れするわけなのだけれども、彼らはこの行為について、今後予想される法的な制約などを受ける前に前例と実績をつくれるだけ作ろうと目論み、暴走的な逸脱行為を行っているのである。この遺伝子組み換え穀物の作付け面積の拡大は、地球環境に対する脅威であり、まかりまちがえばとんでもない天文学的規模での巨額の債務不履行事件に発展する可能性大なのだ。もはや経済行為ではなくなり、国家間で常態的な戦争以外に収拾できなくなるほどの途轍もないリスクを生じると思う。組み換え作物の安定性や長期的安定性は、最優先の重大事なのにもかかわらず、遺伝子組換え作物の遺伝的安定性や環境変化への反応に関する研究論文は殆ど出されていない。 組み換え大麦の研究ではGM大麦は在来の物より多くの遺伝的性質や環境条件に対する適応力で劣っていることが示されている(Horbath et al2001)。 このような問題は、体細胞クローン変異の結果なのか、予期しなかった遺伝子の失活、又は他の予期せぬ遺伝子の組み換えを反映しているのかも知れない。 結論として、遺伝的不安定性がどういう結果をもたらすのか完全に調査されるまでは、GM作物の使用と流通は中止すべきである。 何の疑いも持たない人々に表示も無しで売られる商業作物に、予期せず発現するDNA配列があると突然発表しても良いようになっていることの重大性を監督官庁が無視するようなことのないようにしなければならない。「GM作物はみんな不安定」よりThe Institute of Science in SocietyPO Box 32097, London NW1 OXRhttp://www.i-sis.org/Prof. Joe Cummins訳 山田勝己米国産遺伝子組み換え大豆、作付けの9割に 世界最大の大豆、トウモロコシ産地である米国で遺伝子組み換え作物の作付比率が上昇している。大豆は9割に迫り、トウモロコシも6割を上回った。農作業が省力化できるほか収穫量も上がるため、農家が次々と切り替えた。日本では消費者の抵抗が強く、中小食品メーカーを中心に原料の調達先を米国以外に拡大している。 米産の大豆とトウモロコシは9月後半から11月に収穫期を迎える。米農務省のまとめでは今年の大豆の作付面積約3031万ヘクタールのうち89%が遺伝子組み換え品。6年前(54%)に比べ21ポイント増えた。トウモロコシも25%から61%へと36ポイント拡大した。 (16:29)
2006年09月20日
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米国産遺伝子組み換え大豆、作付けの9割に 世界最大の大豆、トウモロコシ産地である米国で遺伝子組み換え作物の作付比率が上昇している。大豆は9割に迫り、トウモロコシも6割を上回った。農作業が省力化できるほか収穫量も上がるため、農家が次々と切り替えた。日本では消費者の抵抗が強く、中小食品メーカーを中心に原料の調達先を米国以外に拡大している。 米産の大豆とトウモロコシは9月後半から11月に収穫期を迎える。米農務省のまとめでは今年の大豆の作付面積約3031万ヘクタールのうち89%が遺伝子組み換え品。6年前(54%)に比べ21ポイント増えた。トウモロコシも25%から61%へと36ポイント拡大した。 (16:29) まもなくこの怖さを思い知ることなるだろう。↑クリックで根拠資料へ遺伝子組み換え穀物の登場の一番の目的は、なんのことはない「農薬」の節約なのだ。除草薬を山ほど売ってきたアメリカのメーカーが、これからもうんと儲けられるように考えたビジネスなのだ。主眼となっているのは、除草薬剤の耐性で、7割以上の目的が設定されている。そして、怖いことに穀物そのものに殺虫性を持たそうという目論みがある。これが3割を占めている。ざっくりといって、そういう理解を願いたい。その証拠に、もっとも遺伝子組み換え穀物に関心の高いメーカーは、たとえばモンサント社などだけれども、農薬でしこたま儲けてきた企業だ。そこが自社の農薬をずっとパーマネントに製造できるようにと、自社の農薬の耐性を穀物に与えようなどと目論みしている。とんでもない天を恐れぬ所業である。立前上では、農薬の消費規模を減らし投与回数も減るなどとうるわしいことを言う。言うのは勝手だが、そうは上手く行くものか。種苗・農薬・使用権料と加えてオイシイのが特許料で、穀物は安くなるどころか高値に誘導されるのだ。アメリカが思いつくことで、請求書をスルっとまわせる国、決まっているじゃないか。日本である。すなわち豆腐、しょうゆ、油、スナック菓子、大豆タンパク、はてはコーンスターチ。とにかくありとあらゆる種類の食品となってわれわれに見えない課金収入を投網でかけて来るつもりなのだ。9月の米穀物需給、トウモロコシ生産量過去2番目の高水準推定 【シカゴ支局】米農務省は12日に発表した9月の穀物需給で、今年収穫分の米産トウモロコシの生産量は111億1400万ブッシェル(前月比1億3800万ブッシェル増)と、市場予想を上回る過去2番目の高水準になる見通しを示した。また、大豆の生産量も30億9300万ブッシェル(同1億6500万ブッシェル増)と、過去2番目の高水準を推定した。 トウモロコシの推定期末在庫量は、輸出増を受け前月比下方修正した。このため、生産増見通しにもかかわらず、10%を切ると需給逼迫(ひっぱく)を示すとみられる期末在庫率(期末在庫量を総需要で割った数字)は、前月の10.4%から10.2%に減少した。大豆の期末在庫率は17.4%と前月の15%から増えた。吉野家の牛丼だって、油断できない。牛が喰らう穀物飼料。家畜の餌として、この遺伝子組み換え穀物は大量に使われる。いうまでもなく、安全性はまったく保障のかぎりではなく調べられてなぞいない。 いや、牛どころか哺乳類でもスケールの小さいネズミでは、遺伝子組み換えのジャガイモを食べたネズミでの実験に恐ろしい結果が出ている。なんと脳を含む臓器の重量が小さかったり、ご想像どうり免疫力が著しく低下したりという結果が出ている。 ネズミもさることながら。これら遺伝子組換え穀物の帯びる殺虫性が、まさかとは思われた茎から根から本来ならば極めて大切な土壌中の微生物やミミズまでもを減らすというレポートまである。(オレゴン州立大学1995) ことは、アメリカばかりではない。フランス比較無脊椎神経生物学研究所での実験によれば、遺伝子組換えを施したナタネの花に集まりその蜜を吸ったミツバチの寿命がほぼ半分になり、花の芳香を嗅ぎ分ける昆虫本来にそなわった能力が愕然とするのだが、半分に激減したというのだ。(New Scientist,Aug.16,1997) 酷い話だが、これら遺伝子組換え穀物を捕食したアブラムシをさらに食物連鎖で上層から捕食することになるてんとう虫の寿命が滅殺しているというのである。(New Scientist,1997)しかも、その組換え遺伝子DNAが恐ろしい。自律的に動き出して、動物の胎内で消化吸収されずに動き出すようなのだ。大腸菌のDNAをなんとネズミに食べさせた後での調査を実行したところ、、本来ならば消化液で消化されているべきはずのDNAが、消化されずに腸壁から体内へ吸収されてしまったことが判明する。これは、確かドイツでの実証だったと思う。(イエナ大学 独)日本は1998年の統計で、輸入大豆は500万トン以上もの輸入を行っている。そのうちアメリカのものは、400万トン近くほぼ75%だった。この90%がすでに遺伝子組換え大豆だと宣言されたのだ。この恐ろしさが分かるだろうか。
2006年09月19日
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米国産遺伝子組み換え大豆、作付けの9割に 世界最大の大豆、トウモロコシ産地である米国で遺伝子組み換え作物の作付比率が上昇している。大豆は9割に迫り、トウモロコシも6割を上回った。農作業が省力化できるほか収穫量も上がるため、農家が次々と切り替えた。日本では消費者の抵抗が強く、中小食品メーカーを中心に原料の調達先を米国以外に拡大している。 米産の大豆とトウモロコシは9月後半から11月に収穫期を迎える。米農務省のまとめでは今年の大豆の作付面積約3031万ヘクタールのうち89%が遺伝子組み換え品。6年前(54%)に比べ21ポイント増えた。トウモロコシも25%から61%へと36ポイント拡大した。 (16:29) なんという恐ろしい事態だろうか。「北」への金融制裁発動も大きな事件だとは思うが、個人的にはこの報道に釘付けになった。とてつもなく恐ろしいことだと思う。だからアメ公は信用できないのだ。自分らがやっていることが、神をも畏れぬ乱暴狼藉であるということが、ついに理解できないのだろう。太平洋戦争の敗戦で、日本に乗り込んできたアメリカの将校が日本の床の間にペンキで色を塗ったなどという笑い話があるが、イラクなどでも回教徒に絶望的な落ち込みをさせるような真似を何度もやらかしたというのは耳にするところだ。しかし彼らの自国でのこととはいえ、農産物の遺伝子組み換えなど彼らの自国消費だけに留めてくれるのならば、まだしも輸出するつもりならば断然不買運動を実行するべきだと思う。断言してもいいと思うが、百害あって一利もない。↑クリックで、警鐘を発する各種論文へジャンプ自分は、すでに何度も述べたがアトピー体質で、igERIST値は、一時期数千もあった。確度の高い指標ではないと言うが、自覚する掻痒感との近似的な関連はあると思っている。いずれにせよ、普通の人の感度よりは数十倍も高い。リスクも当然高いと推量している。それでなくても、輸入食品が多くて危なくて困惑しているところに同盟国のアメリカがこのようなデタラメな穀物生産を実行しているとなると、もうまともに食べられるものが急激に減ってゆくという印象だ。個人的には、スリーマイル島原発核暴走事故が起きたときぐらいの驚きだ。とりあえず、この種のネタでは80年代から信頼性の高い神戸新聞の少し古い社説を読まれることをお勧めする。穏やかな表現はされているが、相当な危機感を感じている報道機関だと思う。---------------------------遺伝子組み換え/国際的にチェック強化を 2001/05/26
2006年09月19日
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多極化と日本(2)北方領土と対米従属田中宇のいわゆる「北方領土」問題要約だが、これまでなかなか耳にしなかった切り口とはいえ世間的には、理解されやすい論議の運びだと思う。ただ、せっかくの知見であるから細部には慎重でいて欲しいものだ。20代から、街宣車右翼の正体を考えてきた。どう考えてもマイクでがなっている連中は、半島系在日色が濃厚で、そもそも神戸の日本最大の組織の下部にはそんな韓国人がゴロゴロいるのは関西で暮らしていればわかる。銭湯で顔をみただけでばくぜんとわかってしまうものが多いわけで、彼らが何を意図して街宣活動をしているのか、ぼんやりとやり過ごしながら観察し続けてきたというところだ。郊外の河川敷や、それに隣接する地域に自称右翼と標榜する団体(いやほんとうに団体であるのかすら怪しい)の街宣車が駐車している。その周囲は、大体土建屋が多い。同じ敷地で、鳶職の営業車両がとまっていたりする。看板がデカいから東京の都心や、大阪の御堂筋を走り回っているものと同様の改造車だというのはよく分かる。この連中が、アメリカから資金を得て現実に活動しているという風には、到底思えない。 この運動を展開してきた右翼に対し、アメリカからの資金提供がなされていたという報道もあったが、これらのことから考えると、北方領土返還運動とは、日本に対米従属を維持させ、日本がソ連などアメリカ以外の勢力との関係を持たないようにさせることを真の目的として、日米の上層部によって構築されたものだろう。真に領土の返還を求めている人は、この運動に乗せられるべきではなかった。(田中宇)彼の論が、説得力を帯びるためにはこの資金提供が現場の似非右翼街宣屋のところまで届くながれを描写される必要があると思う。まともに中学、高校も出ていないような、せいぜい元某暴走族、眼光だけはやたら鋭い連中がまんまとアメリカの謀略的な資金に、ありつけるとは失礼ながら思えないからだ。喰いつめれば、縁日の売店でデズラを使い込みすらしそうな手合いばかりだろう。ヤクザには弱い連中が、警察にやたらと居丈高なのも興味深い傾向だ。田中宇のいう、「資金提供」というのも現状では都市伝説に近いのではないか。伝説のソースは、いまのところ辛淑玉の幻のコメント(「朝日ドットコム」英語版2001年12月9日)に依存しているようだ。そもそも彼女の発言に、どのような権威があるのか分からないが、その発言そのものすらどこにも収録されたものがみあたらない。BBCに向けてコメントされたものだというが、BBCそのものとて、事実性を根拠づける権威だとも思えない。北方領土返還運動が、それすなわち任侠系右翼の妄動で、それらが在日半島系韓国人で占められており、そこにアメリカの資金が流れ込んでいるというのは個別に実証してもらいたいものだ。ありそうな話であるがゆえに、よほどきちんとかためて貰わないと話が、ますますややこしくなる。任侠系右翼には稲川会系の大行社、 住吉会系の大日本朱光会、山口組系の日本皇民党、住吉会系の日本青年社があり、行動右翼と呼ばれる一方、国政選挙への出馬を行なったことがある。(wikipedeia)おお、なんだ。街宣右翼団体というのは東証マザーズや、JASDAQ上場などの新興市場進出の企業らと系列的には大差ないではないか。電信柱にケーブルを這わせていた在日系企業やら、ダイヤルQ2でしこたま儲けたのやらが、とかくベンチャー事業だと胸張って紳士顔するのが大流行だとみえる。それらが街宣屋と、一味同心だとすればアメリカもややこしい資金の使い方をするものだと思わずにいられない。もっとも、Wikipedia のボランティア活動で編集に巣食っている連中には 引きこもりのニートと在日系韓国人が少なからず潜り込んでいるとの風評もあり、インターネットはさながら謀略中傷合戦の一大戦場という気がしてきた。とりわけ Wikipedia で配信されている内容の信憑性はきわめて低く、その詐術的な謀略的議論には辟易するばかりである。
2006年09月19日
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たかがノート法だが、ひとつ方法論をもっているということは大きい。大げさかもしれないが、立派に方法論なのである。われわれの最大の弱点は、生活と行動において「方法論」を持ち合わせていないという点にある。これは、ただのノートではあるが、方法論の萌芽という意味では、なかなか侮り難い大きな躍進なのである。画像のノート法は、たまたまかよっている日本語教室に併設されている英語教室の講師から教えられた。よく見て欲しい。ひとつのページが、二つ折りになっていて、左右みひらきなのだが記入されている事柄が違っている。まず、A とB には対応関係がない。あるのは、左のページのAとは右のページのA’とである。同時に、左のページのBとは、右のページのB'とが関係している。まず、A’に英文がはいる。それの訳文は、左のAに記入される。右のB'の中には、もっともコアな意味を占めている単語が一字だけ記される。左のBに書き込まれるのは、その英英辞典での意味だ。このノート法は、記入しているだけではなくて、その後に利用することを想定されているものだ。まず左のページを折ると、暗唱に便利だ。日本語の訳文を読みながら左の英文を瞬時にひきだせるまで練習する。意味をわすれたときには、B'が助太刀をしてくれる。ところが、単語をみてすら思い出せないという困った記憶の浅さもある。その時には、単語の意味をみる。しかし、英英辞典なので、自分を甘やかしはしない。最後は、日本語訳を見ずに、この単語一字で英文を復唱できるようにする。ノートみひらきで 例文を5つという風に割りふっている。そこに、以下のような「なんちゃって例文」が綴られている。抜群のイメージ喚起力が、記憶を助けてくれる。つまらないアドバイスのような方法論の提起で、学習が継続できたりするものだ。Takeshi Yourou derives pleasure from observing insects.
2006年09月19日
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「身毒丸」というと、昨今ならば寺山修司か演出家の蜷川幸雄を想起するのだろうか。しかし、ひと昔前ならば、「身毒丸」とは折口信夫作品ときまっていたものだ。(クリックから青空文庫へ)実は、大阪の東側の地域に俊徳という地域がある。ここが、どうやら身毒丸のルーツにちなんだ地名なのだという。なんだあの開かずの踏み切りがあった俊徳道駅が、身毒丸の語源だったなんて。いまは近鉄の高架になって、流れはむかしより遥かに良くなっているがいつも大渋滞で怪しい地域だった。あそこから近鉄長瀬の駅に向っては、府下でも有名なチロリン村である。まあ、近畿日本鉄道という会社そのものが、たぶんにチロリン村なのであるが、この鉄道沿線の駅名はなかなか考えれば意味深いものがありそうに思う。三島由紀夫が、「近代能楽集」にもタイトルであらわれる弱法師、それがつまりは俊徳なのだね。いや、弱法師という綽名がついた人物が、俊徳丸という人物なのだ。そういえば、三島由紀夫もチロリン村については相当意識していた人だったらしい。中世の説教話というのだが、説教といったってどこまでどうなのだろうか。なにやら下層階級のプロパガンダみたいなものだったのだろうか?聞くところによれば、 「俊徳丸」「信徳丸」「身毒丸」とさまざまな呼称されてはいるが皆同じで、河内国(つまり、東大阪市)の伝説にあらわれる高安長者の息子のことらしい。これが今ならばともかくも中世では大変な病気 leprosy 持ちで、ついに視力も失い大阪天王寺を乞食として彷徨したものらしい。つまり大阪の天王寺というところは、もともとそういう方面なのだろう。高安というには、河内高安であって身毒丸ならぬ俊徳丸の父親である左衛門尉通俊という人物の子である。身毒といわれるのはライ病leprosyもち、または盲目であって、いずれにせよ放浪と困苦の果てに親子の不和が癒されるというような説教話で、もともとは寺の境内で僧侶などが檀家信徒にむけて有難いお話として取り上げたのかもしれない、さまざまな語られ方があって、たとえば長者がなかなか子供を授からなかったところ、長者夫婦がようやく子をさずかったところ、すくすくと成長したわいいが母が、ふとしたことから観音を冒涜するかどで死んでしまう。後妻がやってきて継母が、前妻の子であるしんとく丸を忌避して、呪詛し、結果眼をつぶし乞食となり、あの四天王寺や熊野古道を放浪するというわけである。なんだか子供の頃に読んだ、シンデレラの反転したような話なのだが、四天王寺で舞い踊る姿をみて某姫が見染め慕ってあとを追うが、天王寺西門前で非人と暮らしている彼にその姫が訪れて観音菩薩のご利益で身体が癒される。一方しんとく丸をパージした父親の方は、後妻ともども乞食同然の日々を送ることになる。どちらにしても、身分社会では、底の底へおいやられ、身は業病や視力障害などの絶対的な負荷をしいられていたものが、仏や観音菩薩の威光で救済されるというドラマだ。いまでこそ、原因も解明されて治癒できる症病でしかないが世界史的にも癩病は難病であっただけではなく、身分制度やカーストの根拠ともなる差別、被差別の根拠とでもいわぬばかりの扱いで、たとえば書籍にも「暗喩としての病気」というものがあるほど。その中でも選り抜きが、天然痘と癩病、そして黒死病ペストである。ところが不思議なことに、ペストほどすざまじいものでは社会差別や排除、村八分などが追いつかない。結果、いじめや排斥の都合では治癒しにくい日々の癩病ハンセン病が典型的なものとして考えられていたのだろう。しかも、この「穢れ」感覚が一方で神道などの「祓い」「潔め」と、どこかでつながってもいるのだろう。複雑でややこしくて仕方が無い。たまゆら1/f氏がさもひとりで悩んでいるかのようであるが、こと宗教的に混迷しているのはネパールだけではなく、日本でもご同様なのである。キリスト教圏でも、けしてこれは事情が違うわけではない。映画「ベンハー」などでも癩病もちの苦悩を描いて救済に至るまでなぜか不思議なほど身毒丸譚と同じようなものだ。実のところ、この癩病もちは貧しく、精神に平衡を維持できない傾向と、犯罪者の像が混じあってユダヤ人差別意識の底に沈澱してゆくことになる。階級社会に「非人」などという言葉があるが、その非人の群れの中で癩病が極相のようにあつかわれ不浄のひとつの最悪の姿として繰り返し総括されるのである。日本でも、神道だ仏教信仰だなどとありがたそうに語られる一方、実のところ社会排外主義や、身分差別を固定化するためいどれほどその信仰生活が関与していることか枚挙に暇がない。一方、信者にたいしては生きている地獄として指し示し信仰へ囲い込もうとする動機も垣間見られる。えてして、説教というものはそのような罪深い動機を底に隠しもっているものなのだ。われわれがいま演芸として愉しんでいる、落語、講談、漫才、浪曲など実のところこれら仏教説話の講話から派生したものが大半だ。つまり近鉄大阪線の沿線を辿れば今里駅にたどりつくまでの区間が、大衆演芸の一千年ほどの歴史を要約しているかのようだ。(今里は、かつて千日前からの路面電車終着駅としてあって大衆演芸場の大多数が存在していた。関西の漫才師の名跡は今里の小屋からのスタートだった。)
2006年09月18日
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最近、ノートにはまっている。いや、少女趣味にノートという雑貨を集めているわけではなく、ノートに字をかくことに改めて開眼したのである。思えば80年代に8ビットのワープロが普及した事件は衝撃的だった。とにかく、それまで字が汚くてまったく文章を書いたことがなかったのが、ワープロのおかげで文字をつづるのも、書き物するのにも抵抗がなくなり、おかげでそれまでつけたことがなかった日記も、いともかんたんに続けられるようになった。楽天日記に来てからだけでも原稿用紙換算すると何万枚分もの文書作成をしたことか、想像もできないほどだ。おかげで腱鞘炎の兆しもなしとは言えない。しかし、ノートに筆記するのが面白くなっている。自分の汚い筆致であるが少しづつ字を手で書きながら、眺めていると過去に思いも寄らなかった文字の歴史を考えやすいような気がする。最近、皇室の誕生で用いられている「壽」というのは、どうも中国では最近はつかわれているフシがない。自分らは、子供の頃から結婚式といえばこの字が刻印された饅頭がどかどかと家にやってくるものだった。中華料理店の丼には底にこの文字がつきものだし、そもそもこの字が地域に躍るぐらいのことが一番めでたいのだ。どうもこの文字は、最近みかけなくなった。役所にゆくとロクすっぽ探しもせずに、使えない文字だとか平気で言う。あのビルゲイツの野郎のおかげで、日本人は文字表現を相当抑圧されているような気がする。「登」「卩」小平という文字は、自分の個人の辞書登録はされているので、ワードでは使えるが、ネットでは文字化けする機種依存文字だとう謂われなき差別を蒙っている。こういう野蛮なネット環境を世界に押し付けた、ふざけたマイクロソフトの執行役員の自宅には、いつか神の業火に祟られて家屋に雷が落ち、その子弟はおそらく業病でのたうち回ることになるだろう。古代中世では、癩病のような病が社会差別の淵源にあったのだけれどもこれからの社会では、言葉についての感度とか表記文字の禁忌が、ひとつの社会差別の指標になる可能性もあるのではないだろうか。とくに、子供の頃にくらべても文字差別、語彙選別、言葉狩りが一層酷くなっているような気がする。いまどき「おおどののほかいいびと」(延喜式)などというような表現を喰らって差別されたと胸が疼く人間がいるとは思えない。眼科系で眼の異変(麦粒種)について、「ものもらい」などというがこれなどまかり間違うと反社会的なまでの差別用語にもなりかねない表現だが、まさか差別用語として使っているものなど、誰もいない。つまり、差別などとは差別する精神の問題であって、表現や表現の歴史には罪はなく、むしろ積極的にそれら歴史と表現の起源にさかのぼって縷々考究の対象とすべきなのである。その点で、自分のノートにだけは、好きなことが書ける。結構気楽でいい。ワープロのせいで、使いたい言葉が使えないというのも快適ではない。ノート術についても、あらためて考え直してみたい。
2006年09月17日
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日本人は、歴史を消すという妙な癖がある。早い話、自分で体験して自分で言葉を探すということができない人が圧倒的に多いと思う。自分で、やりたいことを見つけて自分で問題をつくれというと頭をかかえて、「奥が深いですね」などという。いや奥が深いのではなくて、あなたが、浅すぎるのですよと言いたくなる。ほんとうに体験から、身に沁みておれば簡単にありえない間違いを犯したりはしないものだ。ここで戸惑う人は、つまりは自分で考えているようでして、背後に帰属する共同体(むら)をどっぷりと引き摺っているのである。しかも本人が、引き摺っている「ムラ社会」に胸まで漬かりきっているために、それがムラことば、ムラのしきたりへの過剰適応なのだということに、滅多に気づかない。個人的には、滋賀県は空間としてはともかくなにかにつけて相当危ない地域だと思っていた。現に湖北は、やや危惧されるものが多い。ところが、県南部はどうやら他府県からの流入人口も増え、また全域に製造メーカーがやたらめったら南米やら中国やらから労働者を招きいれているために、今後かなりな摩擦も予想されるものの同時に可能性を孕みはじめたような気がする。そもそも日本は、日清日露で「大勝」とやらをしてから危うくなったと言われる。そうかもしれない。自分の頭の中に、ムラをつくって祠(ほこら)まで養っているために、どっぷりと頭ごともってゆかれている自覚もないままに、むしろ本来的な日本の厚みのある伝統を平気で見ない、聞かない、語らないということを平気でできるようになった。そこにハリウッド製の安手な情念装置が次々と乗り込んできて、もはや日本などという言葉に実体があるものか、どうかも怪しい気がする。あの巨額の不良債権も、消えた筈がない。歴代親米ポチ政権は、とうとう日本人という輪郭も、以後崩して平気というところまで妥協を積み上げた。もはや、われわれは一からはじめて、感覚や体験を言葉に移し返るという訓練をする方が早いのかもしれない。いまどき、日本だ日本だとことさらに言っている手合いほど、危ないものはない。実は、もっとも伝統から遠い連中が日本、日本と言っている可能性すらある。
2006年09月17日
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画像は、びわ湖ホールで催された「多文化交流フェスティバル」の午前中に登場されたパネリストの諸兄である。以前にも御紹介したと思うが、今日がその開催日であった。台風上陸前の曇天とて参加者は、やや少なめという印象ながら独特の熱気があった。事前に、日本で暮らす移民労働者や研究者などのディスカッションがあるという程度の聞き込みで会場に出向いたのであるけれど、着席するやいなやバイオリニスト李陽さんの華麗な「タイスの瞑想曲」が始まったのに、ゾクっとしてしまった。クラシックバイオリンを生で聴くなどとは辻久子のストラディバリウスを物見遊山で聴き取りに出向いて以来だ。事前に知っていれば、演奏開始前に着席するなどという、失礼な真似はできなかったと思う。着席するや否や、始まった弦のストロークごとに躍り出る素晴らしい音色に、リベット銃で座席に貼付けにされたような緊張が走った。なにごとにも前ぶれというものが欲しいものだ。最後の「荒城の月」変奏曲などでは、もう情緒的に脳みそから搾り出されるような感動に近いもので、たっぷりと満喫しながらもあまりの出し抜けさに、へとへとになってしまった。その流れで、画像にあるように「外国人若者しゃべり場」とタイトルされたパネルディスカッションが始まった。外国人若者などと、あるが現実にはそれぞれ日本滞在歴にさることながら、おのおの斯界で立派にご活躍の方々ばかりで、これも予想を多いに裏切り大変貴重なお話を沢山聞くことができて有意義であった。日本語弁論大会という風な打ち出しなので、当然なのだけれどもあまりの日本語の上手さにまた仰天。われとわが身のふがいなさに、忸怩たる思いである。自分自身は、といえば英語はおろかドイツ語、スペイン語ともども、まるで駄目。開発途上とも言い難い域であるから諸兄の努力の軌跡がつくづく推量でき頭が下がる思いだ。日本語習得は、たしかに相当な壁の厚さだと思われる。しかし、習得できた人たちにとってはこれはちょっと他にない、なかなかの大道具を獲得したともいえるだろう。その後の人生設計を大きく塗り替える域の出来事が待ち構えていることだろう。これは、われわれが英語やスペイン語を習得するのとは多少違っているかもしれない。滋賀というような風通しのよいのか悪いのかというような地域で、よくぞ移民労働者が根を下ろしてくださるものだ、と改めて感謝せねばならない面もそこにはあるのかと思う。なにしろ、BRICSなどという言葉があるぐらいだ。これから日本は、ブラジル、ロシア、インド中国などの経済発展の後塵を拝するぐらいの気分で生きて行かねばならないのかもしれない。ご多分にもれず、今回のパネリストの方々は大半がブラジル、中国で、まだまだ滋賀にはロシア人やインド人の占める割合がやや少ないのかな、という程度だが今後はどのような展開になるやもしれず、予断を許さないということだろう。新県知事の采配に、関心が湧く。さて、ヴァイオリニストの李陽さんの美貌と名演に緊張して画像を収録し忘れたが、ディスカッション終了後に、ホールの中ほどで今度は中国琵琶の演奏がされていた。突然、テレサテンのお馴染みの旋律が流れてくる。ふと、江蘇省の空気を思い出したりした。もういちど李陽さんの演奏があるというので、少し心のこりだったがとりあえず催事を一巡して周ったが見所満載であっというまの一日。折からあいにくの台風で刺激された曇天、予想された6万人などというような規模での動員はなかったと思うが、それぞれ力の入ったなかなかに充実したブースやコンサートばかり。夕方からの無情の風雨で惜しいという気がした。来年も、開催されれば是非参加したい。多文化社会へ歩む滋賀のクオリアたちは、確実に散開しているようだ。
2006年09月17日
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インターネットの時代となり、なにが凄いといってやはり検索力だろう。使い込めば、使い込むほど凄くなる。とりわけ、男の手料理系だ。俺のような不器用な男が、いそいそと夕方になって厨房でごそごそやっている理由は、やはりこの検索エンジン多用型のど根性グルメである。なにしろ冷蔵庫の中の怪しい残り物とか、衝動買いしたような調味料とかを巧みに組み立てて勝手にそこそこ口に合うものを作れてしまう。信じられないパワーだと思う。ネット検索して、マーボ豆腐に関係するスキルというスキルをいいとこ取りして全部試してみたら、驚いたことに上海で食ったマーボ豆腐より遥かに自分の口にあう。非力な装備と、でたらめな残り物、まったくムチャクチャな調理力で、こういう風に仕上がるというのがよく分からないがインターネットというものは、母親や料理の教え方もしらない女どもよりも遥かに賢い。というわけで、ここのところスーパーのお惣菜コーナーに立ち寄ることは皆無だ。
2006年09月17日
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こんにちは。民族の持つ「無意識」というのは興味があります。今の社会は人間自らが作り上げた価値観に逆にがんじがらめになっている場合も多いように思います。もちろん逆説的だけど価値観など人間が作り上げる以外の何者でもありませんけれど・・もともと人間そのものにはあまり意味などない、といっちゃ怒られちゃいますか? マリィ ジョー ♪さん (2006/09/10 05:15:36 PM)個別に生きている人間に意味がないという発想は、大胆だ。誤解したり、怒り出したりする前にマリージョー♪さんの真意を思いつくかぎり妥当な組み立てを試みてみよう。哲学屋さんとか、精神分析屋さんは、いまだにカビくさい省察録や夢判断で飯が食えると思っているらしいが、これらはもうオタクというのか、サブカルチャーの刻印押してゴミ箱へほり込んで問題なし。聞きかじりで、他人の話に過剰流動性与えて御仕舞という人もこの亜種だ。少しは、自分の頭で考える習慣をつけよう。われわれの魂は、・・・(といってもカルト系や電波系の「魂」を言っているのではない。これが前提。ここ大丈夫かな?危ないかな。)魂とは、存在にとっての本質的な領野なのだ。それ無くしては存在そのものが毀損しかねない、猛烈な繊細さを帯びている。その理由は、私見ながら、こうだ。存在とは、それが超越的な離在(普通は、神などと呼ばれる)にせよなににせよ、存在とはその関係の濃度なのだ。「意識とは、その存在がそれとは別の一つの存在を巻きぞえにするかぎりにおいて、それにとってはその存在においてその存在が問題であるような一つの存在である」 (サルトル「存在と無」上 松浪信三郎 訳人文書院)サルトルも、この松浪という偉そうな学者も読み手の都合を考えぬふとどきなヤロウだとは思うが、その視点はおそらく魂について言及するための下拵えのようなものなのだろう。つまり、本質も存在も、ともに意識に登ってくるほどのものは、すべて関係であって、「巻きぞえ」にするのか、「問題であるのか」は知らないが、無理心中するほどの濃密な関わり方がむしろ主眼なのだという風に述べているのだ。この関係強迫が、ものごとの存在の背後で確実にセットされていて、われわれはいわば幽体と一線を画している。オーム信者のような新参のおまぬけさんは、生きながらこの幽体に憧憬を抱いたりするから、話がややこしい。しかし、われわれは尋常であれば、あきらかに無意識であることよりも「うつし世」の存在として濃密な関係を抱いていると、考えられるはずである。尋常が嫌いなのならば、さっさと逝ってくれていいよ、という事だろう。「人間そのもの」または「もともと人間そのもの」と、マリィ ジョー ♪さんが何を指しているのかは判然とはしないが、ヒラに理解して、肉体や70キロ±のわれわれの物質的な目方でいえば、それが意味を構成する源泉ではないことは明瞭だと思う。かつて、そんな物質がすべてだと主張した党派もいた。彼らは唯物論というカルトだ。われわれは、その意味の源泉としてこの関係濃度に依存しているのは、かれら唯物論者ですらもその真理性が彼らの脳裡にある濃密なある種カルト的な「こだわり」の海のような関係濃度に漂っていることからも分かる。「実存は、本質に先立つ」というのは「われわれ」自体が、それぞれおよそ語られた「人間そのもの」などのオマトメよりも遥かに当事者として、切実だということを稚拙に語っているに過ぎない。さて、存在そのものが(神のように「離在」というかたちを選んだ場合ですら)われわれ人間におけるかかわりの姿としては、自立して周囲から隔絶して存在するなどというようなことは無い。存在の輪郭は、つねに閉じてはおらず、開放系なのである。いやえてして周囲に拡大しつつ、周囲に溶解しようとすらする。いま企業社会でも、金に固執しているオヤジたちが結局は巨額の不良債権を大量に発生させたように、この関係濃度を閉じようとする試みは、まず間違いなく瓦解してしまうのである。つまりもっともゴリゴリに蓄財へ偏執する者こそが、実は極限的に柔軟であったりするものなのである。日常、われわれはWEB上において膨大な規模の言葉を読み解きして暮らしている。だが、そこに情報と呼びえるほどのものが漫然と浮遊しているわけがない。つまり、コピーペーストで拾える情報など、およそ情報の本質から遠いのである。実は、真に情報足りえるものは個々の情報を関係の再構成という普遍的な関係とその再編的な増殖の道筋の途上において、「それとは別の一つの存在を巻きぞえにする」かぎりにおいてなのである。ロクすっぽ信仰などしておらぬヤカラが、神の福音をコピーペーストなどして情報化できるはずはないのだ。「生きている人間に意味がない」というのは、正しくは生きている人間にこだわりが失せれば、生きていることに意味を生じ難いとでも言うべきかもしれない。
2006年09月16日
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「大長今」---宮廷女官 チャングムの誓い↑クリックからこれも、母親がはまっていて毎週みているらしい。所用で実家にたちよると、まず間違いなく週末はこれだ。ところどころつまみぐいみたいに横でみていて、なにか不思議な魅力があるドラマだというのは、感じていたのだが話の筋が分からなかったのでいつかDVDでも借りてみようと思っていた。たまゆら1/f氏から、Yahoo動画の話をきいて見直してみたらなんと一話から流れが読めるまで無料配信しているではないか。これは有難いと早速みたらおなじみの顔ぶれが、話の端緒からご登場でようやく筋がつかめた。これは、折口信夫などから教えられたあの「貴種流離譚」の典型的な踏襲だ。イアン・フレミングのOO7ですらそのプロトタイプは北欧神話だなどと言われる。それぐらいだから、世界的に叙事詩級物語の骨格として普遍的なものなのである。しかし、この象徴的な詩情は一体はなんだろう。ドラマは、靜溢な情緒を喚起しつつ人性への観照的なまでの遥かな視点が折り込まれて魅了される。高々宮廷女官の権力抗争だという風に、思ってしまうことはやはり短慮に過ぎると思われる。チャングムの父親の、老師から伝えられた運命の女たちの存在は、かたちを変えてわれわれの身の上にも当然のように控えている「何か」だろう。旧いむかしにそこを通過した、忘れかけて虞なければならない倫理の里程標であるかのようだ。宮廷が、善いとか悪いとか先験的に語ってみてもしかたがない。どうやら我々が情緒的に開放されて生きるためには、倫理の総体を容れる大きな装置が必要なのだ。その装置に、揺られて揺れて生きていたのが中世だよ、と。そんな声がどこからか聞こえてくる。子供の頃、韓国人租界の渦中で生まれて育ったが、チマチョゴリを着ているのはさすがに老婆だけだった。やや衣装が華やか過ぎる嫌いがあると直感するが、心模様を視覚的に表現するのには、多少の方便は許されるというものなのだろう。
2006年09月15日
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幼稚園に行く、行かないというぐらいの時代にみたのは映画「挽歌」だ。映画の中で、シーズンという言葉を覚えた。これが57年。それと無理やり連れて行かれた、「ゼロの焦点」が61年。久我美子は、好きも嫌いもなく只々眼と感情に押しかけてきたという記憶だ。もう、圧倒的な気品とまずくはない容姿にくわえて、背筋の通ったキリっとした演技と度胸の良いところ。あの時代の俗っぽい女優と隔絶する有無をいわせない格別な技量の物差しになった。評論家の夏目通利が、可愛くてたまらない姪の久我美子については新聞連載で手放しだったので、よく記憶している。父親は、侯爵で貴族院議員。東京府知事を務めたほどの人。いまなら石原慎太郎の娘みたいなものだ。村上源氏の流れを汲む華族の家系とかで清華家格を有した堂々の御公家さん。堂上十家のひとつ。ちなみに、村上源氏ということで行くと久我家、中院家、六条家、岩倉家、千種家、久世家、東久世家、梅渓家、愛宕家、植松家 ということらしい。「おひいさま」という語感は、こういう人のためにあるのだろうか?それが、あの岡田英二とのガラス越しのベーゼだから戦後的には話題沸騰というのは分からないでもない。ただ、なにせ右も左も分からない洟垂れ小僧であった自分は、久我美子のお値打ちが、当時それほど明瞭に理解できたわけではない。今回「戦艦大和」(53年)で、ひさしぶりに久我美子の姿をみて愕然としたものだ。ちなみに、旦那はあのゴジラ初代でがんばった平田 昭彦だ。旦那の方も、子供の自分が毎回東宝SFでお世話になった個性派俳優だが、東京陸軍幼年学校、陸軍士官学校を経て、なんと東京大学法学部卒というから並大抵ではない。マニア級SFファンの中では、初代ゴジラの芹沢博士は、不滅のヒーローだろう。なんといっても、オキシジェン・デストロイヤーは凄い。ゴジラが、一瞬でぼろぼろになる。ついついOxygenと聞くたびにゴジラを思い出しちまう。ただ、自分的には小学生になってからの岸恵子、浅丘ルリ子に気持ちがいってしまう。昨今、ロリコンなどという正体の分からない言葉があるがウラジミールナボコフが嘆息しそうなほど、下品な用法に貶められ残念だ。しかし、個人的な考えとしてはあの女子大生猥褻行為実行犯として鳴り響いてしまった元NHKディレクターにして脚本家の和田勉がいうように、女優など焼肉につかう牛肉と大差なくて、やや痛みかけぐらいで朽ちかけているほうが美味しいなどという。まずは暴論というべきか、希代の正論か。左様な視点もある。あの夏目雅子などから神憑りなまでの魅力を導きだしたおやじの弁として、興味深い。確かに、18歳の林 真理子よりも還暦前の岸恵子や久我美子の方が興味を惹くものだ。若ければいいというものではない。いま片っ端から棺桶に向っていそうなぐらいの婆さま達が個人的には、大変いとおしい。浜美枝などまだ、ニ三十年は大丈夫だろうが、この美貌の記憶が次々遠慮がちに消えて行くのが惜しい。すでに新珠三千代は、逝ってしまった。上海では、まだ「夜来香」と李香蘭の迫力は通じるし、大東亜共栄圏とは、詰まるところ高峰三枝子のブロマイドだったのではないか、などと思ったりする。実は、誰も気づいていないが日本の国力と経済的発展が減衰し始めたタイミング。やはり樋口可南子が、元中核派の糸井重里だけにみせればいいものを写真集で売り物にし始めてから加速したと感じる。婆さま達世代では、絶対にありえなかったことだ。
2006年09月14日
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植草一秀先生の「再犯」事件は、困惑だ。病気というのか、なんというのか。興奮する回路が、狂ってしまった人ならではの悲哀という気がする。星飛雄馬のおやじが卓袱台返ししちゃうのとは、対極的な卓袱台返しだ。まっさきに彼の奥さんの気の毒さが脳裏を過ぎった。ほかの事ならば、スキャンダルの応酬になっても、昨今珍しいこともないので、芸能三面記事を賑わして終わりというようなものだろうがひとたび冤罪と声をあげて、支援者団体巻き込んでの上で再犯しちゃったら洒落にならない。あの宮台真司なんか、植草先生招いて有料動画コンテンツまで披露していたではないか。面子まるつぶれ。さぞや支援者らも無念だろう。いや、参った。警察にマークされているのはミエミエなんだからなあ。分かっていてやるかよなあ。自爆特攻じゃん。ビックル一気飲みなんてもんじゃないぜえ。(笑)↓クリックから話題の植草一秀先生のご高説が拝聴できます。↑クリックから話題の植草一秀先生のご高説が拝聴できます。
2006年09月14日
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ミクシィ、買い注文殺到で初値付かず・マザーズ上場 ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)最大手のミクシィが14日、東京証券取引所マザーズに新規上場した。新世代のインターネットサービス銘柄として投資家の関心は高く、買い注文が殺到。午前の取引では初値が付かず、買い気配値は243万円と公募価格(155万円)を57%上回った。 午前の取引終了時の買い注文は約1万4000株と、売り注文の2300株を大きく上回った。気配値で計算した時価総額は1713億円となり、新興三市場では10位に相当する。 思ったとうりだ。しかし、ビックル一気飲みのような暴騰が2度、3度生じると思うと妄者道驀進必定だろう。早く売り逃げて、未練があってもふたたび底値で買い戻すぐらいの老獪さで生き抜いてくださいましなどと老婆心ながらつらつら思んみる、今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?
2006年09月14日
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上海の和平飯店で、舐めていたマティーニは不味かった。爺さんばかりのビッグバンドが、結構愉しかったのだがせっかく口に運ぶ酒はスコッチのストレートの方が明朗だ。最近、ウィスキーばかり飲んでいるが理由は、ビールを飲むことが激減したということがある。懐具合がよければ山崎あたりに手がでるのだけれども、最近は、ニッカのMolt club とか、バーボンでワイルドターキー8年とかをダブルで飲んでいることが多い。酒は、なんでもいいのだけれども子供の頃ウィスキーが嫌いなオヤジの貰い物が物置にゴロゴロ転がっていたので、夜中に呷って寝ていたら癖になった。誰も飲まないので、減っていても全然バレないのである。実は、学生時代に味を覚えたジンが好きなのだけれど、酒屋であまり銘柄が選べないので、じゃまくさくなって今はウィスキーで我慢している。ジンが、近頃高すぎるような気がする。70年代は、安いから呑んでいたのだ。友達の母親は、「ウィスキー通はサントリー 大レッド ペット 4000mlだ」と言う。それでは、ただのアル中だろう。やはりまずいウィスキーは、飲んだ気がしない。ところで、ジンもカクテルでマティーニで呑むなどというジャマ臭いのは嫌だ。ライムでもあれば、十分でストレートでもいいと思っている。ただジンは、冷えている方が旨い。中学時代に読んでいた、ジェームスボンドシリーズではやけにマティーニにこだわるボンドの趣味が衒いぎみに繰り返し出てくる。JFKも好んで読んでいたというのだが、あれは映画よりも遥かに勉強になる。わけの分からない秘密兵器は、出てこないが道具には普通ではないこだわりが延々と語られるわけで、同じ感覚で酒にもネクラにうるさい。あまりにも有名なのは、・・・Vodka Martini. Shaken, not stirred.「ウォッカでマティーニを、シェイクせずに揺すって仕上げてこい」みたいな。中学時代は、正直ボンドをかっこいいというよりも、アホかこいつ、と思った。南高梅干の紫蘇を眺めるだけで、お茶漬け食べられなければ一人前じゃないと言われているようなものだ。通というより、そりゃあ落語だろ。腹が減っている中学生ならばそう思うのが順当である。サントリーの広報担当だった作家の開高健の説では、イタリアのマルティーニ・エ・ロッシ社が自社のベルモットを拡販するために目論んだ発明がマティーニというカクテルなのだとか。ようするに養命酒が、焼酎で割って呑んでもおいしいですよ、みたいな話だったらしい。それが、やや喰えないおやじらが甘口のベルモットを、ほとんどからかうようにしか使わずジンでいただくマッチョな飲み物にしたらしい。戦時内閣で、あまりにも有名なチャーチルが梅干の紫蘇どころか、ベルモット瓶のラベルを眺めるだけでドライジンを飲んだなどと粋がっている。たしかに、イギリスのジンはブランドになっているが、あれはもともとイギリスの開発した酒ではない。ジンの起源は、1660年、オランダのライデン大学の医学部教授、フランシスクス・シルヴィウスが作った解熱・利尿用薬用酒、ジェネヴァ Jenever がその起源だとされているのは結構有名だ。つまり、Jenever がイギリスの下町で JINN - GINに化けたらしい。イギリス人は、モッタイつけているが食文化については、日本の足元にも及ばない。娘の母親は、ガーデニングなどで英国をルックアップしていたが、あのガーデニングだって、実のところ幕末に日本にきていた英国人が山形あたりの日本庭園で学習したものを本国に持ち帰り再構成して、日本に文化輸出しているという還流だ。創意は加味されていても、他所の国のパクりで偉そうにしているのが大英帝国ではないか。日本は、こういう煮ても焼いてもくえないイギリスをもっとひきよせ上手く使いまくるべきだ。
2006年09月13日
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あの新東宝が、戦艦大和の映画を作っていたとは夢にも思わなかった。俳優は、自分の親父世代だが顔ぶれをみれば相当気合の入った映画だということが分かる。なにせ元華族のお姫様俳優だった久我美子や、山田五十鈴の娘、嵯峨美智子までいる。まったく知らなかったことが不思議な気がするほどだ。なるほど、自分が生まれて直後ぐらいの映画である。再上映されることもなければ、ビデオショップでみることもけして無かったような映画だ。それが、インターネットのおかげで動画配信にはのるらしい。生きているあいだに、こんなものをみれるとは。まったくもって驚きだ。敗戦後、わずか8年ほど。東京だって、大阪だって爆撃跡地が生々しく残っていた時代だろう。原作は、このあいだから話題になっているあの吉田満氏だ。 たしかに特撮は稚拙かもしれないが、演じている連中はもしかしたらあの大戦で戦死したやもしれない時代の当事者感覚は昨今のそれとは違うだろう。3000人も勝てないとわかっている戦争で死地に追いやられるというのは文字どうり大仰けの大愚行だ。神社に祀られたぐらいで安らかに眠れるものならば幸いだ。平将門の怨霊と同伴して地獄からこの世に戻ってきて貰う方がよほど良い。 能村副長 ................ 藤田進 大森中尉 ................ 中山昭二 森少尉 ................ 片桐余四郎 その愛人 ................ 久我美子 尾形少尉 ................ 丹波哲郎 片山少尉 ................ 中原謙二 高田少尉 ................ 高島忠夫 西田少尉 ................ 片山明彦 その妹 ................ 嵯峨美智子 吉村少尉 ................ 舟橋元 聯合艦隊司令部参謀 ................ 三津田健 〃 ................ 中村伸郎 〃 ................ 宮口精二 〃 ................ 安部徹 〃 ................ 原文雄 〃 ................ 近衛十四郎
2006年09月12日
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偽「有栖川宮」、詐欺罪で2人に実刑・東京地裁 大正時代に廃絶した皇族「有栖川宮」を名乗って結婚披露宴を開き、祝儀名目で現金などをだまし取ったとして、詐欺罪に問われた北野康行(44)、坂本晴美(47)の両被告の判決公判が11日、東京地裁であった。大島隆明裁判長は「皇室、皇族を崇敬する参会者の心情に巧みに付け入った悪質な犯行」と述べ、両被告にそれぞれ懲役2年2月(求刑懲役3年)を言い渡した。 公判で両被告は「北野被告は皇族のご落胤(らくいん)だ」などと無罪を主張したが、同裁判長は「皇族と血縁関係があった形跡は全くうかがわれない」と指摘。一方で、同裁判長は披露宴出席者のうち76人については「北野被告が皇族関係者でないと知っていた可能性があり、詐欺罪は成立しない」とした。 判決によると、北野被告らは2003年4月、同被告が「有栖川識仁」を名乗り、坂本被告を新婦役として、東京都港区のイベントホールで披露宴を開催。61人から祝儀として現金計294万5000円と絵画一点を詐取した。400人参加者の中に、76人もの規模で彼らの素性を知っていたものが出席しているというのも凄い。実害があるとしたら、宮家の共同の不利益がどこに所在するのかという気がするのだけれど、またしても法の執行者らの「裁量」だという気がしてしまう。ようするに法を牛耳っている連中の、不敬感覚というやつだろう。そもそも有栖川宮を僭称して、この両名らの実質的な収支はあっていたのだろうか。わずか300万円満たずのインカムで、400人もの規模の宴会を維持できたのが不思議なほど。ある種、この事件の実態はロイヤルファミリー嗜好な電波系のコスプレパーティーではないか。これをみとがめて実刑判決というのは、どうも権力側の怪しい仕儀という風に印象しないでもない。実害といったところでこの二人が、普通に働いて稼いでも数年で返せるような規模の金額だろう。ミンミンの和解で済むようなレベルだ。ここでも「おかみ」は、酷い真似をするものだと思う。北野康行は、当時右翼団体の名誉総裁などにも奉りあげられていたという。宮家の箔付けと、どちらが実態経済に与える影響が大きかったものか、にわかには判断できないあたりだ。「開成中学合格」だの、 「山本權兵衞の子孫」だの、 「シカゴ大学統計学博士課程卒」とか、詐欺やる奴はなんでも言いたいこと口ばしるものだ。「DELL社の株を$2.40」で買ったとかいって信者を翻弄するのと、どちらが罪作りで悪いのか一概に言えない。按摩で稼いで旗本株買った爺さまのおかげで枢密顧問官、正二位勲一等伯爵までいっちゃった維新の元勲も凄いが、いまだにその末孫だと悦にいっているのとくらべで俗悪さにおいては大差ないだろう。
2006年09月11日
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↑クリック母親が熱心に読んでいた、「ワイルドスワン」だ。滅多に書店で本を購入するということがない人なので、不思議に思ったものだ。子供の頃に、本を買ったら怒られた。本など読んで、ロクな人間にならないというのである。まあ、当らずと言えども遠からずである。その母親が、書店で新刊を買って読んでいるのだから尋常ではない。いま自分の手元にあるのだけれども、どうして読もうかと遠巻きに眺めていた。そこへ、あの石原慎太郎東京都知事の絶賛モードである。分かっていることを、改めて整理しなおすという意味でも「マオ」ともども読むべきだろう。サイト検索してみても、あの希代の秀才、池田信夫も4日通して読んだといっている。途中で、ほかの書物を読む気がしなかったという意味だろう。分かるような気がする。日本の戦後は、毛沢東でどれほど汚されたか想像を絶するものがある。あの田中角栄の秘書だった早坂茂三氏が、精神的に毛沢東にイカれていたのはこちらの楽天ブログでも、おなじみの みちのくはじめさんなどの証言にもある。橋本龍太郎らが、中国にフリチン外交やっちまった現実もよくよく我々の今後を占う意味合いでも、踏まえておくべきだろう。ほかにすることは、山ほどある?忙しいの?まあ、そんなことは言われなくてもこちらも同じだ。まあ、騙されたと思ってユンチアン著「マオ 誰も知らなかった毛沢東」。一緒に読んでみようじゃないか。新たな資料と証言で明かされた驚くべき真実。権謀術数渦巻く20世紀中国を圧倒的な筆致で描いた歴史巨編!建国の英雄か、恐怖の独裁者か。『ワイルド・スワン』の著者、待望の新作!
2006年09月10日
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↑クリック1996 第1次橋本内閣発足(1/5)1996 司馬遼太郎(2/12)と遠藤周作(9/29)が死去1996 チャールズ皇太子とダイアナ妃が離婚(2/28)1996 将棋で羽生善治が全タイトルを独占する(2/14)1996 台湾の総統選挙にたいし中国軍が牽制する(3)1996 韓国が再度、竹島の領有権を主張する1996 中国と台湾が尖閣列島の領有を主張する1996 アトランタオリンピック(7/19)1996 渥美清死去(8/4)~「男はつらいよ」の主人公・車寅次郎役1996 低金利により短期的な住宅ブーム1996 ミャンマーで軍事政権と民主派の対立が続く1996 韓国とポーランドがOECDに加盟する1996 小選挙区、比例代表区による衆議院選挙(10/20)、小選挙区で落選した候補者が比例代表区で当選し不評1996 三井三池炭坑が休業し、残りは2カ所になる(10/23)1996 ローマ法王ヨハネ・パウロ二世が進化論を認める、ローマ各紙は「バチカンがダーウィン と和解」と冷笑(10/24)1996 第2次橋本内閣発足(11/7)~自民党単独政権1996 ペルーの日本大使公邸がゲリラに占拠される(12/18)この96年発足の橋本「売国奴」内閣は、歴史的な日本売りの皮切りだとふり返って思わずにいられない。月刊誌「諸君!」98年6月号の「橋本首相『中国人女性』とODA26億円の闇」というレポートで保守系論陣に暴露されたことで呆れるのであるが、大宅賞作家の加藤昭氏らにより数ヶもの執念の踏査で北京・長春の調査結果としてあの橋本龍太郎元内閣総理大臣がある中国人女性といっても、配偶者のいるれっきとした人妻であるが深い不倫関係にあったことを克明に「情報公開」してくださっている。ご存知のとうり、その女性は衛生部通訳というカバーストーリーつきの中国諜報部員であって工作目的は、北京市の中日友好病院と長春市の白求恩医科大学付属病院の2つの病院に対して日本からの無償援助を引き出すため、橋本に接近、2つのプロジェクトの折衝と接待係の役割を表立って仕掛けいたのだけれども、この表のストーリーだけでも26億円もの無償援助となっている。不倫交際のお手当てに国民の税金を、26億円もくれてやる総理大臣も総理大臣だが、こんな総理大臣に国政を任せきった国民も、不幸である。この年、まさしく中国はあの尖閣列島の領有を露骨かつ明快に突きつけて来たのである。26億円の援助交際。はらわたが煮えるほどの憤怒をわれわれに生じさせるに足るものだ。この弱みを握られた橋本総理では、到底中国側の領土的野心を押し返すだけの気迫は、阻喪していたのだろう。われわれの固有の領土であると、きっぱり明言すべきその瞬間に下半身を露出しちまった、橋本龍太郎は、歴代内閣首班中でも有数のたわけ者と呼ばざるを得ない。ところで、谷垣 禎一も中国のホテルに女を招き寄せてまんまと現地公安(警察)に踏み込まれたという過去がある。「週刊文春」12月8日号「谷垣財務大臣 中国人女性『買春』疑惑」が、それだ。恥かしげもなくポスト小泉総裁選だ、などとどの顔を下げて出てこれるのかが不思議でならない。こいつらにかかったら、そのうち北海道も沖縄も平気で他国に進呈しかねないと心底危惧するものだ。以上あまりにも有名で、あちこちに記載されているもの。いまさら再度整理するのも不要かと思われたが、石原慎太郎東京都知事が、あのトロンの挫折にも橋本龍太郎がからんでいるとの指摘をみつけて、再び怒りが漲ってきた。ビルゲイツの野郎が、こんなまともに動かぬWindowsOSをパソコンに標準化させたについても、リーゼント親父の無為無策かと思うとつくづく情けない。石原慎太郎の論は、しかし10年遅い。「たとえば橋本龍太郎、総理大臣までやったけどさ。この人は通産大臣の時に、坂村健という人が作ったトロンというものをつぶしたんだ。通産省の要するに最高責任者が、通産省が一番大事にしなければならない、日本人の発明をつぶしたんだ。おかげでビル・ゲイツは世界一の金持ちになった」石原慎太郎↑クリック
2006年09月09日
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「日米防衛協力ガイドライン」Guidelines for Japan-U.S. defense cooperationなんのことかな、ピンポンパン。実は、war manual の事らしい。アメリカはwar manual のつもりだし、左様に述べていたりする。日本という国は、国民もまるごとカルト教団のような行政に従順なのでこんな大嘘に唯諾々と従っている。英語で、war manual というほうがよほど明朗かつ正鵠を得ているというものだ。これを日本の官僚用語で、「日米貿易協力ガイドライン」と訳するらしい。こういう日本語をつかわせる国では、国民が英語を上手に使える筈がない。行政側が自衛官から、奪っている日本語がある。「軍」と「兵」だ。あんな露骨な軍隊を、周辺の関係者もふくめて20万人近くに大嘘をつかせて平然としている。役人も、役人ならば国民も国民だ。こんな大嘘を、一億で平気で実行するのだからオーム真理教も、笑えない。自分は、かつて研究開発補助金というものを国から、自治体を経由して貰ったことがある。インチキをして、補助金詐欺をさせないようにと山ほど制度に仕掛けがしてあるのだ。たとえばデーターの解析を行うためのパソコンを購入したいというと一切申請に計上できない仕組みになっていた。パソコンは、なんにでも使える汎用品なので、本来の研究開発の目的外転用する可能性がある、というのだ。おかげで評価機材や検査機の打ち出す貴重なデーターを、すべて自前のパソコンで解析をしなければならなくなった。その際、必要な試薬、ビーカー、試験管立てに至るまで、すべてをすべてに補助金で買ったものだと印をいれろといわれた。細い実験道具には、すべてサインペンで、書き込めろというのである。なぜならば国が補助金を与えて購入した資材とそうでないものとを区別して、のちのち立ち入り検分する際に、係官が補助金充当の予算で実行された実験の費用がまちがいなく使われているのかを、確認するためだというのだ。破損したものは、名前を書きこんだまま、別途保管するようにという指示も受けた。たとえば、その予算書がすべて承認を受けたとしよう。いまかりに1000万円の補助金だとすると、その補助金総額が、全研究活動予算の3分の2でなければならないなどという風なとりきめになっている。場合によっては、3分の1などという屈辱的な内容のものもある。となると、一年乃至規定の数年間のあいだ、補助金総額の1.5倍もの予算をカンペキに使い切らなければならないのである。そもそも補助金などというものを所望の事業者は、研究開発予算が恐ろしく払底しているから補助金申請をするのである。そんな超貧乏な零細ベンチャー事業者に対して、早くても一年後の春まで1500万円の現金を使い切れという要求を国が強いるのである。ちょっとまともな感覚があれば、狂気の沙汰だという風に理解できるだろう。いや、役所の側からいわせれば国民の貴重な税金を投じるのだ。無駄遣いされてはこまる、というのである。無駄遣いが、聞いて呆れるのだが、なるほど国の税金を賜って研究開発をやっているのだから偉そうに言うな、というのも分からないではない。しかし、そもそも補助金というものは、活動を補助支援の目的で出されるものではないか。その活動が、やりにくくむしろ疎外されかねない金の出方、出し方をしているのではないかという反省はないのだろうか。貧乏所帯の研究開発型事業者。金に困ってまともなR&Dが、やれないから「駆け込み寺」のつもりで、補助金申請してくるのだ。そこへ一年間余もの期間、多額のR&D経費の支出に耐えろとは、一体どういう論理で組み立てられているという制度であろうか。多額の融資を受けてまで補助金を誘致できるぐらいならば、自前で実行できるのである。補助金支給総額を遥かに越える資金調達に奔走せねば、研究開始もままならない。しかもその開始時期も、行政からの指導で開始期間が決められている。フライングはけして許されないのである。支出を余儀なくされては、ついに事業本体を揺るがす事態になりかねない。そんな予想される事態を、なぜ簡単に想像ができないのだろうか。ご存知のとうり、第三次ベンチャーブームの渦中でも通産大臣賞受賞企業で脚光を浴びていた板倉雄一郎氏の会社。ハイパーネットがまっさきにコケている。もっとも彼の会社が、R&Dでコケたわけではないとは思うが、金融機関の貸し剥がしを喰らおうが、自己破産しようが、どちらにせよまともに事業育成など考えた役人や官僚がそれほど多かったわけではないという証左だろう。もしハイパーネットが、さらにR&Dなど費目での支出がもっと多い体質だったら、一層早く貸し剥がしを喰らっていたに違いない。この国の役人や官僚の権力の源は、まさしく法をわたくしして気随気ままに「解釈」しては、「裁量」で「法運用」してきている。それは今に続くもので顧みられることは、まずあるまい。経済産業省と名前が変わろうと最近では、とうとうベンチャー事業の定義から、研究開発だの革新的進歩性だのを、夜陰に乗じてはずしてしまったらしい。90年代方針は、知らぬまにこそこそと店じまいしているらしい。なるほど、金貸しか投資事業者にすぎなかった堀江貴文や村上世彰らがベンチャー事業育成だの、ファンドだのと言われてきたわけである。お寒い話なのだ。東京都ベンチャー技術大賞は、革新的な技術や製品開発に挑むベンチャー企業を育成支援し、顕彰するというもの。2004年度のテーマは「付加価値の高いものづくり~新たな市場を創造する~」で、革新的な新機軸を取り込み、高い市場効果を生み出すベンチャー企業が開発した技術・製品を表彰するという。大賞には副賞として300万円を贈呈。優秀賞、奨励賞も設定されている。 石原都知事は受賞者に対して、「本当におめでとうございました、というより都民を代表して感謝と敬意を申し上げる」と祝意を表した。「人間の歴史において、発展の引き金になるのは技術。しかし、わが国では一部の政治家が、今回表彰されたような技術を握りつぶしたり、無視してきた経緯があった」とし、「あたかも日本にはオリジナルの技術がないような評判までされるようになった」という。 例えば、東京大学大学院情報学環の坂村健教授による「TRON PROJECT」について、「当時の橋本龍太郎通産大臣が米国の圧力に負けて、握り潰してしまった過去がある」と説明。「しかし、TRONはその後トヨタに採用され、今では多くの携帯電話にも採用されている。なくてはならない存在になった」と日本発の技術であるTRONの隆盛ぶりを強調した。
2006年09月08日
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無意識とは、なんだろう?かつて日本でも、心理学がブームになった時期がなんどかあると思う。いまそれほど心理学に熱い思いが湧かない。その理由は、センサー技術の無言の迫力というものではないか。非破壊で、頭の中の活動が相当みえてきた。だから、いまやフロイトやユングなど、一種の星占いや、血液型性格判断と大差なくなってしまった、という事がある。この手のレトロな擬似科学が、退場しない理由は、19世紀の思想界に与えた影響が壮絶で、そのことを整理して読み解くために、素養として今なお必要とされている。その程度の意味しか、残っていないような気がする。自分が思うに、無意識の問題の大半は性格形成期までの当人の置かれた状況の読み解きだろう。けして、環境とはいわないが、当人がどのような環境を認知していたのか、というレベルで環境が良かろうが、悪かろうが認知された心象としての、状況が無意識の問題の大半なのではないだろうか。我々の個々の無意識をいくら掘りおこしてもたいしたものが出てくるわけがない。我々の無意識は、所詮日本人のとんでもない無意識の総体にとっては、その索引の一行ほどにも届かないからだ。バカな作家が、猫を殺していると表明する。それをおかしいじゃないかと叩く。叩く奴らを、また病的でヒステリックだと叩く。なんだか叩きあいの状況が、現代人の猪口才な無意識。そのさもしさ、貧しさ、低廻ぶりを浮かび上がらせる。実は、われわれ日本人は、本来相当逞しい無意識をゆりかごにして育ってきた。これは誇っていい。日本人が、フロイトさまに指摘されなくても、無意識を養うことにかけては地球上で唯一無二の単一文明というぐらい、長けていた。たとえば、あの天皇制だが、天皇制そのものは、幕末明治からにわかにもっともらしくつくった粗製濫造のバラック建築みたいなもので、その背後には天皇にまつわる奥深いファンタジーが底なしにある。底なしの証拠に、現代人がとっくに忘れてしまっているぐらい、見えないのである。だから無意識だというのだけれども、8月15日まで鬼畜米英で反米一途。生まれたばかりの赤ちゃんだって当たり前だのクラッカーだった。それが、一夜にしてハーシーほしい、ギブミーチョコレートである。あのフセインの子分たちですら、いまだに爆弾かかえて自爆テロを敢行しているというのに、わが日本人は終戦後アメリカ兵にお尻をなぜられてうっとりしてみせたわけである。つまり、日本人の研究は山本七平のように「空気」を研究してもいいのだけれど、もっとも見なければならないのは、日本人のいかなる国にも類例のない、その無意識の伝統的なアナーキーさである。さきの作家は、たぶん猫を生物だとも、大切な魂だとも無意識の世界では一切思っていなかったのだ。国立大学を出ていたって、そんな浅い教養では日本人は読み解けない。つまり、日本人の無意識の中には、猫や犬どころか、人間すら生命だ、霊魂だ、などと思ってもいない不可思議な伝統がある。死んだら神だ、などわざとらしい。もっとも正確にいえば、死んだら自然に戻るのだ。日本人の無意識の本音レベルでは、もはや猫も生き物ではなく自然そのものなので、生きるの死ぬのが差異として、機能していなのである。おそらく人間に対しても、平気で直視しないという伝統である。こんな無意識の独特の形成は、実は日本の国土に縄文人と弥生人の二重権力期が長らく続き、これらが相互に影響を与えながら平気で同じ国土の生活を温存するという長年の知恵が、強いたものだろうと思われる。歴史の教科書では、縄文時代とは弥生時代のはるか以前という遠景で描かれてしまうが、このように歴史すらまんまと無意識においやり実態で江戸時代にまで縄文が営々と続いていたことを完全に失念してしまう。この特異なワザは、我々の死生観に直結してくるものと思われる。日本人は、長年仏教思想の影響で四つ足の獣を食べなかったとされている。これも、大嘘だろう。実は、畜獣を食べる人は、透明人間であって見ていても見なかったのだ。見えていても、見なかった。だから非人と呼ぶならわしになっていた。だから、仏教の方便で、殺生だといいながら、一方で見えない非人が、堂々と四つ足を煮炊きして喰らっているのはそしらぬ顔で見過ごしてきたのだ。米を作り蓄えることで権力を目指した弥生人と大和の治世は、わざわざ米よりも作り安く、栄養価もある稗、粟、黍、麦などを雑穀などと蔑称して、食べ物だとも思わないことにした。租税についても、平気で奥州東北にまで、無理難題な米作を強要して、徴税権者として放埓なまでの要求を繰り返した。そして、そんな無理強いで飢えた人たちが、雑穀を口に運び、四つ足を食べていても殺生を行っているなどとはいわずに、「あれは、薬膳だ」と平気でおのれの魂を騙し続けてきたわけである。つまり、畜獣を食しているのではなく、薬を摂取しているのだというわけだ。明治になり、文明開化がやってきて変わったのは食生活の方ではなく、人間の意識の中に、変化があったのだ。薬膳が、牛鍋に化けた。それだけの事なのである。その傍証に、わが滋賀県では彦根藩歴代。江戸年間を通じて牛肉の味噌漬けを特産品として、江戸幕閣への年末恒例の歳暮として好評を博していた。つまり、将軍家は歴代四つ足を珍味だ、滋養に富んだ薬膳だと摂食していたのである。綱吉の「生類憐れみの令」とても、社会の特定の階層についての、手厚い配慮であった可能性は捨てきれないと思っている。滋賀をルーツとするわが実家の家系も、比叡山坂本を明智光秀が追われて近江の国が、豊臣政権下であった時代には、滋賀県南部域の徴税権にかかわる一族であったらしい。しかし、なにせの関が原の合戦での大敗で、所領のすべてを実態で召し上げられ、以後は代々薬種薬膳のスキルで生活をやりくりしていたらしい。石高は名ばかりで、一切めぼしい収入がないままに江戸期を貧乏所帯でやりくりできたのも、その捨て身の転身がなければなりたつ筈がない。日本国に平和憲法があるなどと有難がっている人たちは、めでたい。この国が法治国家だと、本気で信じているらしい。交通違反の検挙のありかた一つとってみても、この国が法治国家とは似て非なるものであることは、明らかだ。この国は、法で治められている顔をしているが、実は、解釈で気随気まま。法の解釈とは、それすなわちわれわれの無意識が、ご主人さまだということなのだ。
2006年09月07日
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↑クリックこの日記は僕こと うり坊が株式相場で1億円を稼ぐまでの道のりを書き込んでいくものである。なぜ1億か・・・・。ミリオネアーという言葉があるように1億ってやっぱりすごいと思うから。でも 1億円あっても年間1000万円使って暮らしていったら10年しかもたない(もちろん全く働かなくてだが)のである。別にそう考えたらたいした額でない気がする。つまり 1億円稼いでもそれは通過点にしたいということ。 なんか 大口をたたいている気がするけど1億円までの軌跡を見届けてやってください。↑クリックテレビにときどき出てくる人、うり坊氏だがこの楽天ブログで名を馳せてきた時期があるようだ。いま、さっさと楽天日記をほりだしてよそで転戦しているそうだが、自分が楽天に来たのと同じ時代を通過した人が、さっさとメジャーになってゆくのもお金の迫力というものだろう。まあ、彼の年齢はもしかしたら自分の息子ぐらいのものなので、お金の件をさしひけばどことなく可愛い気がしてしまう。自分は、紀子さまが男子をお産みになられてもさほど感慨が湧かない。問題の焦点がそのようなところには、動かない理由もある。そもそも、うり坊氏らにとっての一億円というものをじっくり考えてみれば日々の景色などあまり眼には映えないのである。うり坊氏は、無邪気に一億円をやっぱり凄い、というのであるが、自分にとって凄い一億円というものはやはり80年代以前のそれであって、2006年における一億円は、さんざん小泉にいたるまでの歴代首班が日本売りをバナナのように叩き続けた結果としてあり、彼がいう一億円を稼ぐというかっこ良さげな台詞についても、多少理解が違っている。まず、その一億円とやらでたしかにベンツも買えればマンションも買える。それは間違いなく日本の通貨価値として、お値打ちがあることは認めるのであるけれどもしかし、この日本のお値打ちが間違いなく変質して現在のひとつの夢うつつに支えられているものだということを脳裏のどこかで自覚していて欲しい、と願うものだ。つまり、日本銀行がキ印のようにお札を刷りに刷った。お札を国が刷るのが何が悪いという人も多いと思う。それはお札を刷る権力があるから刷れるのだけれども、本来天然自然、宇宙の摂理から考えればこの国で「価値」が生産されてもいないのにバランスを崩してお札をするということを、日本国民が許したとしても神が許すという所業ではない。人が欲し、国が欲したことが、正義ならば地球は温暖化しないし揚子江が砂漠になることもない。要するに日本銀行だ、日本政府だ、などと言っているけれども、それは国だ、組織だの顔をしているだけで人の欲なのだ。欲の都合なのである。つまり、もとはといえば人の欲で日本銀行がお札を刷りまくったのである。それは、並大抵の規模ではない。日本円の過去の価値相当であれば、日本人がそのまま数百年は働かずに暮らせるほどのお札を刷ったわけである。いってみれば日本の政府が、泥棒のようにコソコソせずに堂々と白昼から日本銀行でニセ札を刷ったようなものなのである。しかし、もともとがそのような素性の悪い動機で刷られたお札であるから市中には簡単に開放できないのだ。そこでそんな性悪のニセ札を刷った連中はさらに悪巧みを行った。つまり、手下の市中銀行に低利とは聞こえがいいが、ゼロ金利で貸し出しをする。まあ、やったも同然だ。貰ったほうも最初は良くても、あとで冷や汗が出るような金である。これを貰った手下の市中銀行は、あわてて日本国債を購入する。日本国債は、なんのことはないこの種の怪しい札で買い支えられている。借りたばっかのお札で、手元に日本国債が市中銀行の天井が抜けるほど買われる。お札はふたたび日本銀行に戻ってきてしまう。そこで再び手下に命ずるわけだ。その手元の日本国債を担保提供せよ、というわけである。担保提供とは、聞こえがいいがようするに怪しい札で刷ったお金を、ゼロ金利で借りただけ。それをまた国債に替えてみても手品のようなものだ。ふつうの神経ならば、キツネに化かされたようなものなのだが、なにせ国の偉そうなヤカラから命じられたら一も二もない。早速市中銀行は、日本銀行に日本国債を差し出すのである。差し出した「担保」に再び恐ろしいほどのお札がやってくる。なんだかトランプのババ抜きのようなものだ。そこで、こまった市中銀行はその尨大な規模のお札でまともげなものを買おうと画策する。とりあえずまともげなものといえば・・・そうだ米国国債である。などという手筋で、ほぼお分かりかと思うが、日本銀行がキ印のようになって刷りに刷ったお札は、かたちを変えてアメリカやその他の国を駆け巡っているわけである。つまり、あの160万円を5年、6年で120億円にしたという神憑りなB・N・F氏の儲けやうり坊氏の蓄財に大きく背後で貢献したであろう海外機関投資家とやら、投資信託マネーといわれるものの少なからぬ一部は、さきの日本銀行で刷られたお札のブーメランだと読んでも間違いはなかろう。つまり、「やっぱり凄いな一億円」は、実態で、やっぱり「やられたなニセ札掴み」である可能性は捨てきれないのだ。、実のところ、お札だと思っていたものはもしかしたら日本国民の借用証文の束である可能性は、大だと私は思っている。しかし、その借用証文の返済人は当然B・N・F氏や、うり坊氏ではない。これは間違いはなかろうと思う。それでは、その借用証文は、一体誰が責任持ってあたるのだろうか。これは、自分のようなオヤジの言う事で誰も信じてはくれないだろう。けれども、霊的な直感でいえば、昨日お生まれになった紀子さまのご長男が、いつぞや皇位継承なさる時代の、臣民候補。すなわちみなさまのお子様、お孫様だろう。無論、まだ独身のB・N・F氏や、もしかしたら子供がいるかもしれないけれども、うり坊氏らの結婚相手が生む子弟、またはその孫の世代である。ようするに自分のパラノイアックな、妄想的邪推で言えば「やっぱりすごいと思う」一億円とは、自分の子や孫に押し付けた金銭消費貸借を、まんまと現金でせしめてしまうという今様の凄さだと思う。
2006年09月06日
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唐津一って、威勢のいいおやじがいて講演会ではいつも火を噴いてるのだけれど、彼の講演会ってどこから割り出したのか数字のパレードなのである。なかなか良い事を言っているのだけれど、やや激しやすく感情的な論議も過多かな、と思うことも多い。 「マスコミの論調では、日本の現状について悲観的な見方が多いが、それは正しいか。具体的な数字でみて欲しい。日本は面積で世界の0.3%、人口で2.1%を占めるに過ぎないが、GDPは2001年でも15%を占めている。日本が世界のトップを握る製品は、乗用車、造船などの機械・装置、VTR、CD、MD等の家電電子機器、半導体用シリコン、封止材、セラミックパッケージ等の電子材料・部品など数多い。マスコミは全体的な日本製品の強さを知らない。(中略)今や日本は技術輸出も世界一であり、その技術を最もたくさん買っているのがアメリカである。とくにIT分野では、日本の技術を使わなければ何もできない。基礎特許の部分では遅れているといわれるがそれも『常識のウソ』。アメリカの特許取得件数をみると上位10社のほとんどを日本企業が占めている(2002年)。この話は、大阪にいるときに動員かけられて出向いた講演会で聞いた。また派手な話だと思ったが、真面目に聞いているオヤジが多かったと思う。たしか、このブログでも取り上げた記憶がある。日本が、そのアメリカにしてやられているとしたら、対米従属の親米ポチぶりのきわみといえる、昨今の貧困な政治に実力以下に貶められているという面は、少なからずあるのだろう。「昔、第一回の南極越冬隊が日本を出発したとき、私はこれを見送りに行ったことがある。そのときの越冬隊長は西堀栄三郎という先生であった。ところが、そのとき、越冬隊長は西堀先生だが、全体の観測隊長は永田という先生であった。そして、出掛ける前にこの二人が大きな喧嘩をしたというのである。後で聞いてみると、こういうことだった。 永田先生は物理を教えている先生で、しかも全体の隊長であった。そこに、越冬するかどうかという問題が起こった。何しろ南極というのは非常に厳しい自然環境である。下手をすると、生命を失うこともある。そうなれば当然、隊長に責任がある。そこで永田さんは、いろいろ調べて越冬可能ということがわかったら、越冬しようと考えた。つまり事前にいろいろと調査して、結論として越冬可能となったときに初めて越冬する。これが永田論理であった。 ところが、西堀論理はまったく違う。まず越冬することを先に決めようというのである。乱暴だと思われるかもしれないが、まず目的をはっきりさせよう。勿論そのまま行くわけにはいかない。そこで初めて調べるわけだ。永田さんは調べてから決める。西堀さんは決めてから調べる。ここに根本的な方法論の違いがある。 西堀流でいうと、とにかく越冬することに決める。それで調べる。そうすると、調べてから決めるのと、また逆に決めてから調べるのでは、調べる中身が当然変わってくる。決めてから調べても、わからないことがいくらでも出てくる。西堀さんに言わせると、永田流で調べれば調べるほど、難しいという結論が出て、結局、越冬は止めたということになるに決まっていると。だから、自分は越冬することを先に決める。そしてそのために調べる。しかし、調べても調べても、わからないことは必ず残る。そこで、越冬隊員として人を選ぶ時に、どんな不測の事態が起きても、自分だけはそれに耐え抜くことができるという訓練をする。そして、その自信がついた者だけを連れて越冬するという案を出したわけである。」「コンセプト・エンジニアリング革命」去年、ちょうど今頃の季節に西堀栄三郎記念館を訪問した。長年行きたかった南方熊楠記念館と、西堀栄三郎記念館をクリアできてほんとうに嬉しかった。唐津一教授が、西堀の南極越冬隊出発に際して立ち会ったのは知らなかった。唐津一教授のほらふきドンドンで景気良ければ幸いだが、日本は技術屋を最後の最後に冷遇するというメカニズムが、どこかこの社会に色濃くある。それと為替が円安に傾かねば、技術の水源を維持することも、また製品を世に問うという状況そのものを得られず、唐津教授の気炎は、導火線にも届かない。国がポチでは、アメリカとだって思う存分闘えないのも技術屋の哀しいところではないか。そもそも、自分が小学生時代にアフリカやインドで日本製の機関車をみて日本製だと信じた子供はいなかった。ソニーがトランジスタラジオを売るまで、日本製とは粗悪品の代名詞だった。最近、韓国や中国で反日ブームだという。自分なんぞは、随分と日本も出世したものだと感心する。貧乏で、粗悪品ばかりを作っていたら、これほど日本嫌いをまねかなかっただろう。今後、奴らが育ってゆくのには眼の上のたんこぶのように日本が行く手をさえぎっているからだろう。自分なりに思うのは、いま時いちいち韓国や、中国の「反日的言動」に反応しているのは根本的に間違っている。いま、韓国や中国が一番嫌がることは、日本がぶっちぬきのナンバーワンであり続けることなのである。最近、シャープが威勢がいいのかな。自分は、携帯電話は随分パナソニックでかためていたが、そろそろシャープも考えよう。唐津教授が、シャープの携帯を使い出したら自分は唐津教授の本を熱心に読んでもいい。経歴 昭和17年 東京大学工学部電気工学科卒業 昭和23年 日本電信電話公社(抜取検査、品質検査、ORの研究に従事) 昭和36年 松下電器産業(株) 昭和53年 同社 昭和60年 松下電器産業(株) 昭和61年 東海大学開発技術研究所 平成2年 東海大学福岡短期大学 平成4年 学校法人東海大学 平成6年 (株)電通 平成10年 東海大学 受賞 昭和56年 デミング賞本賞 昭和57年 通産省情報化促進貢献個人賞表彰 昭和59年 正論大賞 平成7年 山本七平賞
2006年09月05日
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ミクシィの公開価格、仮条件上限値の155万円で決定 [東京 5日 ロイター] ミクシィは5日、公開価格について仮条件(130万─155万円)の上限値である155万円で決定したと発表した。 同社は今月14日に東証マザーズに新規上場する。余計な御世話かもしれないが、IPOで抽選に当った方はまずはおめでとう。さりながら、「初値」で売られるのが堅いと自分は思う。まあ、初値で売っちまって損をすることは少ない。個人的には、MIXIのような商売に惚れ込んで資産株もどきに見立てるというような度胸はない。あの中で、なにが起こっても不思議はないだろう。たとえば、創価学会のグループと、反創価学会のグループの大喧嘩だ。もつれてバトルになる、訴訟になってみなされ。MIXIは、一体どうして収拾するつもりなのだろう?えっ、MIXI自体が創価学会銘柄なのか?それは知らないが、それでもますます収拾の行方がみえなくなる。そうでなければ、更にだ。あのビジネスモデルを、どのように評価するのかということだが自分ならばミニ株でも手を出すのはまっぴらゴメンだ。
2006年09月04日
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いつもは見ていない「発掘あるある」だけれど、昨日は偶然みていた。いつも見ていないけれど、あの番組で知ったことは結構実践している。ここが不思議なところで、偶然というものの効用というものを信じているわけである。たぶん偶然は、なにかの引き合わせなのだ。毎週みていればいいというものではない。偶然というものは、もっと積極的ななにかなのだと考えているからだ。昨日は、小脳についてだ。実は、この番組でもなんども小脳のテーマはとりあげられてきた。メモにはとっていないが、結構記憶している。メモをとらない理由は、記憶の中で取捨選択をしているからだ。人間は、思考に頼りすぎる。記憶の中で感覚的取捨というのも立派な方法だからだ。過去の小脳のテーマは、なかなか秀逸だと思った。いわゆる小脳域トレーニングといわれるものだろう。これは正解だと思う。都市部で暮らしていることの負荷が、集中してくる感官だからだ。1、左手を前にだし、パーにして目をつむる。右手は人差し指だけ立て頭の上に上げる。右手をゆっくりおろして、左手の親指から小指までゆっくりと一本ずつ指先を触る。小指までいったら逆戻りして、これを左右それぞれ2往復ずつやる。2、100円玉コインを3枚用意。左右どちらかの手をたてに広げ、指をひろげる。指の間にコインを1枚ずつはさみましょう。はさむ順番は自由。3枚はさめたらコインを落とさないように水平にして5秒間キープしましょう。これを3回繰り返す。3、雑誌を開いた状態で、頭の上にのせる。片足をあげ身体を前傾姿勢に。両手をひろげ、雑誌を落とさないように飛行機のポーズで10秒キープ。10秒たったら左右の足を入れ替え、また10秒。このように左右の足で二回ずつやりましょう。あのコエンザイムだの、アルファリボ酸だのという物販屋が喜ぶようなテーマとは違うが、こちらの方がよほど効き目がありそうだ。たしかに、バランス感覚は大事。英文暗唱でも、椅子にすわっているより立ち上がって歩き回りながら暗唱する方がよほどいいと思う。たぶん記憶で、納まる脳の場所まで変化するのではないか。受験生なども、諳記に集中するときに、椅子からたちあがってメモを握り締めて家をでて散歩しながら、覚える方が試験会場で記憶が戻ってくる確率があがるような気がする。人間の運動機能、感覚機能というものは統合感覚で維持されているらしい。統合感覚A unification senseが、狂ってしまうと手がつけられない。人間は、この辺から毀れやすい。犬やイルカにはまる人が多い理由は、そのわれわれ特有な肉体的な怯えから始まる依存かもしれない。
2006年09月03日
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毎年賑やからしい。普段は、日本語の通じないペルー、ブラジル、ロシア、フィリッピン、中国の諸氏に日本語教室でボランティア活動をしているのだけれども、この日はへたな英語で学生さんつかまえていろいろ質問でもしてみようか、と思っている。滋賀県は、オヤジが英語を勉強するには相当ハンデがあるのではないか。民間の英語学習サークルでは、年齢制限で排除される。英会話サークルでも、子供のクラスに熱心で、ついで主婦。とにかく、オヤジは御呼び出ない。だったら、でかけて押しかけるしかない。湖北の日本語教室の講師も、多少は出向いてくるらしい。『おうみ多文化交流フェスティバル'06』 『おうみ多文化交流フェスティバル'06』■ 日時 2006年9月17日(日) 10:00~20:00 ※詳細は内容でご確認下さい。■ 会場 滋賀県大津市浜大津 びわ湖ホールとその周辺■ 主催 おうみ多文化交流フェスティバル実行委員会■ 参加費 無料 申し込み不要■ 内容 1、ええやんかパレード(びわ湖ホール前なぎさ通り/15:00~17:00) おうみ多文化フェスティバルのメインイベント! ほんまにめっちゃでかいパレードやっちゃいます。 なぎさ通りを15時から17時の間交通封鎖して、各国の踊りが披露されます。 パレードのラスト30分は子供から大人までみんなで一緒に踊ります。 2、多文化交流広場(打出の森/10:00~20:00) 大学生ボランティアが中心となって多くのイベントを開催! 屋外ステージ、交流広場、多民族料理など様々なものにぜひ触れてみて下さい!! 3、外国人若者しゃべり場(びわ湖ホール小ホール/11:00~13:10) 4、世界の音楽とダンスのコラボレーション(びわ湖ホール中ホール/11:00~15:10) 5、展示・体験コーナー(びわ湖ホール大・中ホワイエ/10:00~17:00)■ 交通案内 JR琵琶湖線「大津駅」より徒歩20分、「膳所駅」より徒歩10分。 京阪電鉄石山坂本線「石場駅」より徒歩5分。■ ホームページ http://www1.odn.ne.jp/tryjing/eeyanka/
2006年09月02日
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最近、英文の暗誦がホイホイ進む。例のDUO3.0がメインの学習教材なのである。そこで、御存じの方は、ご存知なのだと思うが、第348例文に以下のものがある。In 1995、Ando recieved architecture's most prestigious award,The Pritzker Architecture Prize という奴の事だろう。これはハィアットホテルアンドリゾートのオーナーであるPritzker一族が、創設してハイアット財団がくれる建築家向けの栄誉ある賞だそうだ。なんでも建築家のノーベル賞のようなものらしい。オリンピックの金メダルと同様、かたじけないものだそうだ。なにしろ英文暗唱のテキストの例文になるぐらいだから、並みの出来事ではないということになる。これが、短い例文だということもあるが瞬間に耳に馴染んだ。暗唱など、効率よくさっさと頭にはいった方がいいに決まっている。そこで、かたぱしから例文を勝手に書き換えて記憶しやすく加工した。覚えちまったほうが勝ちって奴だ。まあ、かなり「なんちゃって例文」だが覚えるのに時間がかかった時にくらべてはかどるのは格段の差だ。 The passive man Hirohito seldom、if ever、express himself in public.Professer Otsuki convinced us that all superstition are irrational.They exchanged frank opinions in Asa-nama, but consensus is yet be reached regarding Yasukuni issue.No one including the Cabinet backed Koizumi up at first、but eventually he talked all LDP members into going along with his plan,Seicho Matsumoto said there's some hidden plot of US pulling strings behaind Simoyama case.The Chief Secretary Takebe was suspected of accepting bribes from Livedoor,but there wasn't sufficient evidence to arrest him.Muneo Suzuki,who was in charge of Northern territories return project, was dismissed for corruption.Ayako Otobe flatly denied leaking any confidential information.To my knowledge, Hidetsugu Aneha、he has not beeen involved in the fraund sheme.Heizou Takenaka argues that the administration must look for alternative sources of revenue.DNA of sperm left on skin of Benett correspond with the suspect.It tooks us all by surprised when noted psycologist Iwatsuki was accused of indecent act.Takeshi Yourou derives pleasure from observing insects.
2006年09月01日
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