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自治体問題研究所の池上洋通さんを迎えて「合併問題を考える」学習会が行われた。以前、長野で行われたシンポジウムにパネラーとして参加されていてお話に納得!と感銘を受け楽しみにしていた。地方自治とはなんぞやと、憲法や地方自治法の原則に照らして今の合併をとらえ直すことができ、まさに胸に落ちるお話だった。少子高齢化、財政危機、地方分権の受け皿等々まやかしであるということがすぐわかるのだけれど、なぜごまかされてしまうのか・・・それは日本人の考え方の中に大きいこといいことだという意識が非常に強いから、またお上のいうことは仕方がないことと受け入れてしまう素地があること(本当の民主主義が根付いていない)という話にそうかもしれないと思わされた。バブルの時代を過ぎて、これからは大きいことたくさんあることがいいという価値観を変換しなければ地球も人類も破滅の道に突き進んでいくしかない。小さくても持っているものが少なくても何を大事に生きていくか、いったい私たちはどんな社会を作ろうとしているのか原点に戻って考えるべきだとお話しされた。茅野市の特徴は何か、田や畑、山、森や林、このすばらしい自然を大切にしていくこと、そして緒についたパートナーシップ=住民参加を本物にしていくこと。
2003年08月31日
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市役所周辺で茅野市の総合防災訓練が行われた。バケツリレー、救急法の講習、消火訓練、炊き出し、倒壊した家屋自動車の中からの救助、無線訓練、道路の整備等々さまざまな訓練が行われた。みんな一生懸命に緊張した面持ちで取り組んでいた。 庁舎3階からの救助で車いすに乗った人をロープで下ろす訓練があった。(乗っていたのは人形だったが)車いすがぐらぐらしていてしかも車いすの向きが下を向いていて、あれでは恐怖で心臓もとまってしまうよ・・・・。たとえば車いすに乗った人を階段から下ろす場合は確か後ろ向きにして下ろすんじゃなかったかな。車いすに乗ってみれば怖さはわかると思うけど。マニュアルには車いすのまま下ろすようになっているのかもしれないけど、降ろして救助する方法はないのかなあ。(今日9日消防所長さんが車いすは下を向いて下ろすようにマニュ アルにあるんだと教えて貰った。私の間違いでした。申し訳ありません)茅野市は東海地震の危険地域にも指定されている。阪神大震災でなくなった人は、家具の下敷きになった人が多かったいう。我が家もそんな目で見てみると本棚がタンスが危ない。懐中電灯とろうそくと食料も缶詰くらいは備蓄しておいた方がいいか。水は大清水(茅野市の水源・・こんこんと湧き出す水が川となって流れている)に行って汲んでくればいいか・・と夫と話し合った。9月1日は防災の日。
2003年08月30日
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茅野市役所で行われた任意合併協議会を傍聴。午前中決算についての学習会が延びて少し遅れて参加。新市建設案と、新市の事務所の位置についてが主な議題。新市建設計画については分厚い冊子が配られた。大事なところだけだが目を通した。合併のメリットについてはそのまま書いてあり、(本当にめりっとといえるかどうか?という項目もあったが・・。)デメリットについては「合併による懸念事項とその対応方向の検討」と書かれてあり、住民の声が届きにくくなる、周辺部が取り残される、役所が遠くなり不便になるなどについては「分権型合併」をすることにより懸念は解消できるとしている。 しかし、この分権型合併はずっと続くのではなく新市の一体感ができたところで段階的に再編(解消?)していくといういわゆるソフトランデイングにすぎないわけだから、デメリットの本質が解消されるわけでもなく、先送りにされるということではないか。また合併したときとしないときの財政についても資料のなかで触れられていたが、合併特例債が使え地方交付税の経過措置がある10年間しか試算されておらず、その後地方交付税の優遇措置がなくなり、合併特例債の返済が重なるその後の方が問題だと思うのにどうして必要がないようにいうのだろうか。 私の生まれは長野市篠ノ井、以前は篠ノ井市であったが長野市に合併した。千曲川を渡れば更埴市で長野市のはずれに位置している。いますんでいる人たちがどのように思っているのかわからないけど、周辺になった状況を表しているのではないかと思う。いったい篠ノ井の人で長野市役所に行く人がどれくらいいるのかとも思う。だからそれぞれの6市町村の良さがなくなっていくのではないか心配。 調整項目に農業活性化事業があったが、制度があるのは茅野、原、富士見。商業では原村には制度がない。それぞれのまちづくりに特徴があって発展してきていることを示している。それぞれの町の特徴は何か、それを発展させる方向の先に合併が考えられるのではないか。新市の事務所の位置については継続、首長間で調整し、たたき台を作って再度提案となった。
2003年08月29日
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30人規模学級の高学年への拡大について、市町村の意向を聞いて再度県から提案があった。県の事業として実施し、人件費について市町村に財政力に応じて負担を求めるものだ。一歩前進!ところが・・・今朝の新聞報道によれば、市長会では4年生については負担もやむを得ないが、5,6年生については県が全額出すべきだとの意見集約がされ、町村長会とも協議する方向と書かれてあった。年間約一兆円の予算に一兆6千億円の借金は全国2位、財政再建団体に陥るかという長野県の財政。それでも市町村と協力して子どもの教育に精一杯のお金かけようとしている。該当する学級担任の先生も子どもも親も本当に喜んでいる。子どもの最善の利益をという立場で一緒にすすめて欲しいものだ。 赤旗日曜版に折り込みをしている「茅野民報」に、30人規模学級の経過について書いた。左のページ一覧に掲載するのでご覧下さい。9月の一般質問でも取り上げるつもり。
2003年08月28日
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茅野に嫁いでから初めて食べたのが“のたもち”ゆでた枝豆を水かゆで汁を少し入れてすり鉢でよくすり、塩と砂糖で味付けして、餅米とお米を半々にして炊いたご飯にかけて食べるのである。うす緑の色が美しくて、こんな食べ方もあるのだと感激した。大好きな食べ物だが手間がかかる。我が家では夫が主役で作ってくれている。今日は友達と一緒にのたもちつくりに挑戦。ちょっと味が薄かったが美味しくできて、今度は一人でもできるかな。豚肉、なす、ジャガイモ、インゲン、ミョウガが入ったゆうがお汁とキュウリの粕もみ、トマトのサラダと季節の野菜がたっぷりの昼食をいただきながら話に花が咲いた。気心しれた友達との楽しいひととき。
2003年08月27日
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先日の続きの合併問題特別委員会が開かれた。この間は茅野の市役所を使えばいいのではという意見が殆どだったのだけれど、市長の弁を受けて合併に支障が出ないようにいう配慮か、今回殆どの議員が新しい事務所の場所にはこだわらない、茅野市と諏訪市の間くらいの適当な場所でという意見にかわった。 始めに企画課の方から、総合庁舎方式をとるとすると、あくまで机上での試算だが、管理部門で100名事業部門で100名計200名からの職員が新事務所にはいることになり、現在の6市町村の庁舎では入りきらないという説明があった。 合併になって庁舎はすぐ建てるわけではないけれど、諏訪の市役所を建て替えるそんな時期を目安に合併特例債を残しておいて(100億から150億)諏訪地方のほぼ真ん中でアクセスなどを考えて庁舎建設が必要だろうということ。 200名が入るかどうかを前提にさんざん論議したのに、最後にこれは試算である。100名でいいのか50名でいいのかあくまで仮定の話で、数字が一人歩きしても困るという話があった。えーっ・・・。 任意合併協のなかで当初は仮に事務所を設けるが、いずれは庁舎を建てるということをいわなければならないし、合併4項目(合併の時期、合併の方式、新市の名称、新市の事務所の位置)をきちんと示して住民投票やアンケートなどの参考にすべきである。 茅野市の庁舎が一番新しい。8階の大ホールや議会棟の会議室を使えば広さとしてもじゅうぶんではないか。また今までそこを使っていた会合等は新市民会館が17年3月にできるのだからそれを活用すればよい。事務所を仮に借りるより経費もかからない。そんな理由で私は茅野市の庁舎でよいと発言した。そしたら合併をすすめようという立場で言っているのかとクレームが付いた。任意合併協議会は総務省も言っているとおり「合併の是非も含めて協議する場」である。もし合併した場合にどうなるか論議しているわけで、今すすめられている6市町村合併には賛成できないからと、議員としてどうにでもなれと何も言わないでいるのは無責任と思う。少数意見を排除せず意見の違いを認め合うのが民主主義。長いものに巻かれることはいや。様々な意見が活発に自由に出されることが必要だと思う。
2003年08月26日
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お盆を過ぎて残暑がきびしい。けど少しは暑くなくては作物も心配だし、景気への影響も心配。不破議長の日本共産党81周年記念講演のビデオを後援会の方たちと視聴。42年ぶりの綱領改定の中身についてわかりやすく解説している。今の日本をどう見るのか。どのような道筋で改革していくのか。ダイジェスト版だったので手軽ではあったが、やはり深く理解するには全部見た方がいいなあ。その後駐車場でバーベキュー。暑かったからビールのおいしかったこと!宴が進むにつれ、戦争を体験した人が次々に立って自分の体験を話された。満州で、中国で、ロシアで経験したこと、どうしても伝えたいという思いがあふれている。思いが強すぎてつい言葉も強くなることもあったが・・・。何とか記録に残せないかと思った。夜、夫に「火星が見えるよ」と教えて貰った。夜空を見上げると赤く輝く星が見える。テレビで見ると半分は赤茶けており鉄さびのようなものだそうだ。一番下に白い部分があって、それは二酸化炭素が気化したドライアイス。それに比べれば地球は青く生命に満ちている。火星をみて宇宙から見た地球はどうだろうかと思いをはせた。いのちあふれる地球が人間によって破滅の道に突き進んでいるように見える。
2003年08月24日
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県内でおきた中学校の爆破予告事件で、教師が起訴されたというニュースが報道された。やりきれないものを感じる。事件を起こしたことは、教師として人間としてとても許されないことだが、今の学校をめぐる問題がその背景にある。事件にはならなくも、教師がストレスをため込んで追いつめられていることがたくさんあるのではないかと思う。調査によると療休をとっている教師が増えているという。それらに目を向けなければ本当の解決にはならない。この事件から何を学んで今後に生かしていくのか本気で考えなければならないとおもう。「初めての担任でとても忙しくまた生徒との対応も大変だった。やったこともない部活を持たされ生徒にはバカにされるし、親には突き上げられるし苦痛だった。」事件後信濃毎日新聞の囲み記事で書いてあったことである。(続き)掲示板にかきこみのNOKUさんの指摘にもあったが、犯罪を犯すことについては人として、特に子どもたちを指導する教師として許されないこと。ちょっと言葉足らずだったかもしれない。 先日ある宴会の席で中学生の子どもをを持つ親が、「部活に全然でて来ない、よくあれで大会の時の選手交代ができるよ」と批判をしていた。子どもや親はもっと指導して貰って強くなりたいと思うだろうし、教師は教師でやったこともない種目を指導するのは苦痛でしかない。 一つ思うことは、個人の資質の問題と今の学校や教育をめぐるシステムや体制などとは分けて考えなければならないと思う。、 社会体育の受け皿がないところでは学校がになうことになるが、部活動のあり方については大きな問題。どんなやり方がよりベターなのか。
2003年08月22日
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昨日の合併問題特別委員会。前回の任意合併協議会の報告、新市の庁舎の位置について、次回任意合併協議会にむけて議員の意向を聞くという中身で行われた。報告では学童保育、障害者福祉、敬老祝い金などについて調整した事柄について報告があった。学童保育については岡谷、下諏訪、諏訪が無料、茅野、原、富士見月期3000円徴収していて、このことについては合併後3年かけて調整していくという中身であった。今までのさまざまな事柄についても、3年後、5年後に見直すという項目がけっこうある。任意合併協議会は合併したらサービスや負担はどうなるのかを市民に示すもの。調整がつかず合併後に見直すという項目が増えていけば市民に示す新市の姿も曖昧になっていく。学童については文言には入っていないが、延長保育が有料であることの整合性から有料化の方向での調整だと言うことだ。なんだかほんとに無責任。時間がかかってもしっかりと調整して貰いたい。期限までにというのであちこちに無理が出てきている。だいたい全国一斉に2005年3月までに合併させようなんて、これこそ国の押しつけでなくて何であろうか。地方主権、住民参加、これからの時代の流れに反している。次に新しい庁舎の位置について話題になった。議員は市役所が一番新しいし、ほぼ真ん中にあるということで、茅野市の市役所がよいのではないかという意見がほとんどだった。が、市長の方から茅野市にこだわればこの合併がご破算になるかもしれないという発言があり、結論は出さず次回にということになった。首長と議会は立場が違うのだから、意見が違ってもいいわけで、それを合わせようというのはおかしい。またこの続きを26日に行う旨の連絡があったがどうなるか。 合併についてはいろんな学習会、シンポジウムなどが行われているが、合併推進の立場ばかりである。 8月31日(日)岡谷の男女共同参画センター あいとぴあで自治体問題研究所事務局長池上洋通さんの講演がある。以前長野で行われたシンポジウムにパネリストとして参加されていて、その話に納得! 合併について知りたい方、賛成、反対の人是非たくさん参加して貰いたい。
2003年08月19日
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夫の学校は夏休みが昨日で終わって、今日から学校。夏休みには鶏小屋を造ってくれると言っていたのに・・ゆっくりする日が欲しいねと言っていたのに・・。部活、会議、日直、植物を見てくるといって毎日があわただしくあっという間に終わってしまった。田んぼや畑も父母ができなくなった分夫にかかっていて、時間を見つけては農作業をしている。獣に小麦の穂を食べられた、カボチャ全滅とがっかりしているが、めげずにがんばっている。昨日は「もっと早くやればいいのにな」といいながら、夜遅くまでテスト問題つくりをしていた。このごろ自分のことばっかしで、さまざまな面で助けられているのに感謝の気持ちを忘れていたような・・・。夫が出勤した後一人になってちょっと反省した。お盆も終わって議会の方もいろいろ予定が入ってきている。今日は午後から合併問題特別委員会。9月議会の告示も今週中。頭を切り換えてまたがんばらねば・・・・。
2003年08月18日
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今日は58回目の終戦記念日。衆議院議員の木島日出夫さん、小選挙区4区立候補予定の上田ひであきさんとともに、米沢ジャスコ前で街頭宣伝。午後篠ノ井の実家に里帰り。父は平成5年、母は11年に亡くなっていて、茶臼山動物園入り口より少し下ったところにある家には今だれも住んでいない。須坂から上山田の方まで見渡せる見晴らしのいいところにある。長野にいる弟が時々きて家の管理やリンゴの手入れをしてくれている。忙しがっていてあまり帰ることが出来ないが、文句も言わずによくやってくれていて頭が下がる。家に帰ると在りし日の母の姿が思い出され胸がつんとなる。いつも冬は茅野にきていたのに、最後の冬は近所の老健施設にいた。さみしいと書いた葉書も来て、最後の時ぐらい一緒に暮らしたかったとそのことを思うと涙が出てきてどうしようもなくなる。きょうだい、夫からも母に似てきたねといわれる。母のことが思われてならない今日お盆の日。
2003年08月16日
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今日からお盆。夫は長男なので毎年お盆とお正月には兄弟や甥や姪が我が家に集まる。朝から家の片づけと掃除、料理つくりと座ってはいられない。このごろはあまりに情報量が多すぎて、またゆっくり整理している間もないので片づけがままならず散らかしっぱなし。ただただごったくを移動したに過ぎないが、何とか無事にみんなを迎えることができた。甥や姪ももう20台、今時の若者らしいが、ちゃんと食事も作って食べ勉強もしているようで頼もしい。姪は2年間大学院に行ってそのあとは絶対東京に就職すると宣言していた。私なんか東京には住みたくないと思っていた。今でもたまに東京に行くときがあるが、あの喧噪の中にいると疲れてしまう。人はそれぞれだ。 希望を持ってがんばって生きていって欲しい。夜は茅野商工会議所の花火大会。運動公園野球場で7時30分からはじまった。経済建設委員は商工会議所からご招待いただいていたので、初めて特等席で見学させてもらった。たくさんの見物客が集まり結構にぎやかだった。花火もなかなかよかったですよ。夫も一緒に来ればよかった。ちなみに花火はわが村埴原田の田村煙火店さんが打ち上げた。“その技術はすごい”となんか誇らしく思った。
2003年08月13日
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昨日、9日長崎の平和祈念式を黙祷のあとテレビで視聴した。長崎市長の平和宣言は、原爆が投下された市として今のアメリカの新たな核兵器開発や北朝鮮の核開発問題、そしてイラク戦争など現在の平和の問題に触れ、人類の知恵と英知で平和を作り上げていこうという大変格調高いものであった。それに比べ小泉首相のあいさつの何と空虚に響いたことか。「憲法9条を守り、平和を守っていく・・・・」ただただ書かれた原稿を棒読みするだけで心というものが感じられない。自分の思っていることと違う文章を読むのだからともおもうが、一国の首相たるものウソをついてはいけません。被爆者の代表として加藤さんというろうあ者の方が手話で自分の経験と語り続けていく決意を話された。何かひとり芝居を見ているようなその姿に美しさを感じ、また手話の美しさを感じ感動に涙がにじんだ。お元気で人々に、特に若い人に語り続けていって欲しい。長崎市の平和宣言については、長崎市のホームページに掲載されています。
2003年08月10日
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台風が日本列島を駆け抜けた。茅野もすごい風と雨だったがたいした被害はなく一安心。ちのどんばんまつりの日だったが、昼間の行事は取りやめ夕方からの踊りのみ実施となった。議員も連をつくって毎年参加している。5時30分に集合し少し食べ物をお腹に入れて、6時10分から9時まで踊った。そんなに激しい踊りではないけれどふくらはぎに疲れを感じた。運動不足がたたっているのかな。どんばんにいく前に、岡谷で開かれている戦争展に行く。青年劇場富田祐一さんのひとり語り「戦艦武蔵野最後・・下級兵士の見た沈没」を見に行った。このごろ美化されて語られがちな戦艦武蔵の沈没の実際について、経験した者として残しておきたいとつづった柴田庫治さんの手記を迫力ある語り口で話された。戦争展の展示は過去から学ぶということで、15年戦争に日本がどのようにして突入していったのか。現在の有事法、イラク特措法に見られるように今またいつか来た道に戻ろうとしている現状にも警鐘を鳴らしている内容で見応えのあるものであった。石川文洋さん(諏訪市在住)のベトナム戦争の写真、森住卓さんのイラク湾岸戦争の写真は、本当に迫力があり、戦争の残酷な現実をつたえてあまりあるものであった。会場には結構若い人たちの姿が見られて心強く思った。
2003年08月09日
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大阪府枚方市日本共産党の議員さん6人が茅野市に視察に見えられた。新市民会館建設過程と中央病院の2カ所を視察だったが、こども館も見たいという希望でベルビアの0123広場と中高ランドちのちのをご案内した。 0123広場は雨模様だったので50組を超える親子でにぎわっていた。「ちのちの」はバンドの練習に2組と学習室に数人で、意外と少なかった。中高ランドの充実には今後文化が必要だと思う。 お昼は「更級」で一緒におそばをいただく。枚方市は人口40万、6人の議員さんのうち4人は女性、さすが共産党は女性参画が進んでるう・・・・・・。「いとまち日記」も見ていて下さって、いとまちさんと旧知のように親しく話して下さった。全国津々浦々どこにでもいい世の中をつくりたいとがんばっている日本共産党の仲間がいる。日々大変のこともあるけれど、一緒にがんばりましょうと連帯と力をいただいたような気がする。
2003年08月08日
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昨年から導入された30人規模学級、今年は3年生まで拡大された。本当に子どもも先生も喜んでいる。該当の先生は、初めは何となくさみしいような気がしたが、ひとりひとりに手が入るようになったし、ゆとりも出てきてとてもよいと話してくれた。。日記や提出物を見ること、テストの答え合わせ、人数が少なければ丁寧に見ることができる時間もかからない。給食の用意も短くてすむ。学校の日課に、先生にゆとりができる。この教育効果は予想以上に大きいと思う。4年生でまた元に戻ることになったらと本当に心配している。4年生以上への拡大について、県と市町村の溝が埋まらずにいる。どんなやり方にせよ、子どもが犠牲になることのないようにして貰いたい。8月末に結論を出すということなので、議員団として急遽市長に申し入れをした。子どもを犠牲にしないということでは同じ意見、今後県教委も市町村も、子どもの最善の利益をということで一致すれば、紆余曲折はあっても道は開けていくのではないだろうか。そうなって欲しい。30人学級の効果や今の状況について、たくさんの人に知って貰い、市民の声を大きくしていきたい。
2003年08月07日
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毎年恒例の8月6日平和記念式が、運動公園駐車場内の「平和の塔」の前で行われた。毎年平和行進と平和記念式は参加するようにしている。前の日は大雨と雷でどうなるかと思ったが、暑い日差しの一日となった。不思議に毎年この日は暑い。58年前のヒロシマも人が燃えるほど暑かったであろうと、なくなった20万人の人々のことをおもった。実行委員長のあいさつや来賓の方のあいさつは今の憂うべき現状を思い、感動的な話だった。おしなべて戦争の風化を憂い平和の大切さをはなされた。 有事法の成立、イラク戦争支持、イラク特措法成立と、市民の平和への思いとは反対の方向に政治が動いていっている。平和を願うのなら、戦争をすすめる勢力を選挙で選ばないことだ。茅野市の平和行政はなかなかよいと思う。党の先輩のみなさんががんばって提案し、作り上げてきた。 平和教育ー原爆パネル展が市内中学校を巡回し、2年生全員が朗読劇「この子たちの夏」を鑑賞して感想文を書く。その中から各学校2名の代表が選ばれ、8月6日のヒロシマの平和記念式に参加するというとり組み。 8月6日、行政も参加した実行委員会がつくられ、平和記念式、式の後引き続いて「戦争体験を聞く会」が行われた。被爆者のかたと、東京大空襲を経験された方がお話をして下さった。 8月6日と9日、ヒロシマ長崎に原爆が落とされた時間に市内に広報が流され鐘の音に合わせて1分間の黙祷をする。本当にいいことだと思う。ただ思うことはヒロシマ長崎の学習がそれにとどまっていては本当の学習にならないのではないかと思う。湾岸戦争やイラク戦争では劣化ウラン弾が使われ、何も知らされていない人々が今も被爆しているという。自分に引き寄せて今に置き換えて見ることが必要。
2003年08月06日
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肢体不自由児養護学校の稲荷山養護学校に4年間勤務していた。その時の教え子の同級会があったので更埴市稲荷山に行って来た。稲荷山共同作業所に通っている生徒が、毎年呼びかけてくれている。クラスには7人の生徒がいたが、参加者は3名。もう30代後半になっている。そのうちの2人は同級生同士で結婚して上田にいる。上田しいのみ学園に通所しながら、すぐそばに身障者用の市営住宅があるのでそこに住んでいるということだ。新市民会館の起工式があったので、遅れていった。待っていたようにいいたいことがあると「障害年金が下げられて本当に困る」と口々に訴えられた。2人でつましく暮らしているが、やはり大変だということだ。それでも施設のすぐ近くに住宅があって恵まれている方かもしれないが、贅沢はしなくても心配しないで暮らしていくだけの年金が欲しいという切実な願いだ。長野市のS君は独学でパソコンの勉強をして、自宅で仕事をしている。豊田村のKさんは自宅にいるようだが、去年同級会に送ってきてくれた兄さんがなくなり、今年は参加できないということだった。中野市のYさんは、結婚して家にいるらしい。同級会を設定してくれたS君は自宅から稲荷山共同作業所に通所している。みんなそれぞれに生きがいのある人生を送って欲しいと願っている。障害があってもなくても働く場と安心して暮らしていける保障を!やはり政治の問題。夜に会が設定されていたので大急ぎで高速をとばして帰ってきた。忙しい一日だった。
2003年08月02日
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